【実施例】
【0049】
・V
2O
3およびV
2O
5からのVO
2の製造
出発原料として、純度99.8%の三酸化バナジウム(V
2O
3)および純度99.9%の五酸化バナジウム(V
2O
5)を準備した。これを、V
2O
3/V
2O
5=25/25の混合比で、出発原料を、総重量120gになるように秤量し、ポリポット容器に部分安定化ジルコニア(PSZ:Partial Stabilized Zirconia)ボール、純水、分散剤(サンノプコ製:SN5468)とともに入れて、16時間湿式粉砕を行った。その後、混合スラリーを乾燥し、整粒して、
図1に示す100×100×50mm
3(内容積90×90×40mm
3)のムライト製のさやに入れて蓋をして、水/水素/窒素雰囲気中で、熱処理した。
【0050】
熱処理は、表1に示すように、昇温工程における800℃での酸素分圧、高温保持工程の温度および酸素分圧、ならびに降温工程における800℃での酸素分圧を変更して、試料番号1〜23(*を付した番号は比較例である)について行った。なお、昇温工程における開始温度は、室温であり、所定の温度まで、3.5時間で昇温した。高温保持工程は、4時間であった。降温工程は、室温になるまで静置して冷却した。
【0051】
熱処理中、酸素分圧は、150℃以上の区間では水蒸気量と窒素量を一定とし、酸素分圧をモニターし、水素量を調節することにより制御した。酸素分圧は、炉内のガスをサンプリングしてジルコニア式酸素分圧計で測定することによりモニターした。
【0052】
【表1】
【0053】
・V
2O
3およびV
2O
5からのV
0.995W
0.005O
2の製造
出発原料として、上記した三酸化バナジウム(V
2O
3)および五酸化バナジウム(V
2O
5)に加え、酸化タングステン(WO
3)を準備した。これを、WO
3/V
2O
3/V
2O
5=0.5/25/24.75の混合比で、出発原料を、総重量120gになるように秤量した。その他の工程は、VO
2の製造と同様にして、試料番号24〜27(*を付した番号は比較例である)について、熱処理を行った。処理条件は、下記表2に示す。
【0054】
【表2】
【0055】
・特性試験
(粉末X線回折測定)
上記で作成した試料番号1〜27について、粉末X線回折(XRD:X-ray Diffraction)測定を行い、結晶性を評価した。XRD測定では、
図2に示すように、さやの表面部、中央部、そして底面部から、試料をサンプリングして測定を行った。結果を下記表3に示す。
【0056】
(示差走査熱量測定)
上記で作成した試料番号1〜27について、示差走査熱量測定(DSC:Differential scanning calorimetry)を行い、吸熱量(潜熱量)を評価した。結果を下記表3に併せて示す。
【0057】
【表3】
※表3において異相生成とはXRDの回折強度から主成分であるVO
2に対して、他の酸化バナジウムが20%以上存在していたことを示す。
【0058】
表3の結果から、本発明の製造方法によれば、単相で、かつ、吸熱量の高い酸化バナジウム(VO
2)を得ることができることが確認された。一方、昇温工程の800℃時点での酸素分圧が、本発明の範囲よりも高い試料番号1(1.0×10
−8MPa)、試料番号7(1.0×10
−9MPa)、試料番号13(2.2×10
−10MPa)、試料番号14(1.0×10
−8MPa)および試料番号17(1.0×10
−8MPa)、高温保持工程の温度が、本発明の範囲外である、試料番号20(850℃)および試料番号21(1250℃)、ならびに、高温保持工程での酸素分圧が、本発明の範囲よりも高い試料番号5(1.0×10
−6MPa)は、異相が生成し、吸熱量も小さくなった。また、データは示していないが、本発明のVO
2は、ロットによる吸熱量のばらつきがないことも確認された。
【0059】
これは、昇温工程の800℃時点での酸素分圧が、本発明の範囲よりも高い場合には、800℃時点で原料中にV
2O
5が存在し、これが溶融し、異相を生成するためと考えられる。また、高温保持工程の温度が低い場合には、昇温工程で還元されたバナジウムが、4価まで十分に酸化されないためと考えられる。さらに、高温保持工程の温度が高い場合、および酸素分圧が高い場合には、バナジウムが4価以上に酸化されて、異相が生成するためと考えられる。
【0060】
・市販のVO
2と本発明のVO
2との比較
2種の市販のVO
2(試料番号28および29)について、上記と同様に、DSC測定を行った。結果を、表4に示す。
【0061】
【表4】
【0062】
表4から明らかなように、同じVO
2であっても、本発明の酸化バナジウム(試料番号30)と比較して、市販のVO
2は吸熱量が小さいことが確認された。また、ここでは示さないが、市販のVO
2は、ロットによって吸熱量がばらついており、ロットによっては50J/gを超える吸熱量を示すロットもあることを確認した。
【0063】
・従来の製法で製造したVO
2からの本発明のVO
2の製造
三酸化バナジウム(V
2O
3)および五酸化バナジウム(V
2O
5)の代わりに、試料番号28のVO
2を用いること以外は、試料番号1〜27と同様にして、試料番号31〜53のVO
2および試料番号54〜57のV
0.995W
0.005O
2を製造した。得られた試料について、上記と同様に、粉末X線回折測定および示差走査熱量測定を行った。結果を下記表6に示す(*を付した番号は比較例である)。
【0064】
【表5】
※表5において異相生成とはXRDの回折強度から主成分であるVO
2に対して、他の酸化バナジウムが20%以上存在していたことを示す。
【0065】
表5から明らかなように、吸熱量が低いVO
2であっても、本発明の方法に付すことにより、吸熱量が向上することが確認された。
【0066】
・吸熱量と酸化開始温度の関係
従来の製法により製造されたVO
2と本発明のVO
2の吸熱量を違いの原因を確認するため、試料番号2(試料番号30)、試料番号28および試料番号29について、粉末X線回折測定および示差熱−熱重量同時測定(TG−DTA)を行った。結果を、それぞれ、
図3および
図4に示す。
【0067】
図3から明らかなように、3つの試料間には、粉末X線回折測定で観測可能な結晶性の違いは見られなかった。しかしながら、
図4から、TG−DTAでは、3つの試料は、明らかに重量増加の開始温度が異なっていることが確認された。VO
2は大気中で高温に熱処理すると、4価のVO
2からより高価数の5価のV
2O
5へ酸化する。この酸化反応は、VO
2中に含まれる欠陥量に大きく影響されると考えられ、例えば酸素欠陥量が多ければより低温で酸化して重量が増加し、また、結晶性が低い場合も同様に低温で酸化されて重量が増加すると考えられる。したがって、これらの結果から、酸化バナジウム(VO
2)の吸熱量は、粉末X線回折では検出できない程度の僅かな結晶性の違い、特に酸素欠陥に起因するものであると考えられる。
【0068】
上記の吸熱量と酸化開始温度の関係を確認するため、試料番号31〜57についても、TG−DTA測定を行った。TG−DTA測定による200℃における重量を基準とした、重量増加率(%)−温度(℃)グラフにおいて、重量増加率が4%である点と2%である点を結んだ直線が温度軸と交わる温度を、「酸化開始温度」と定義し(
図6参照)、各試料について酸化開始温度を求めた。結果を、吸熱量(J/g)−酸化開始温度(℃)のグラフにプロットした(
図5)。
【0069】
図5から、酸化開始温度と吸熱量は強い相間を示し、酸化開始温度が高くなるに従い、吸熱量が向上することが確認された。このように、酸化開始温度は、吸熱量の指標として用いることができる。なお、本実施例では主にバナジウム酸化物を用いた結果を示したが、酸化開始温度と吸熱量の関係は原料としてバナジウム酸化物を利用したVO
2に限るものではなく、たとえばNH
4VO
3などの塩を酸化して製造したVO
2にも適用される。
【0070】
・吸熱量と粉砕時間の関係
次に、試料番号2(試料番号30)の試料を用いて、粉砕による影響を調査した。
粉砕は100gの試料番号2のVO
2粉末と5φのPSZメディア(600g)と水(100g)を秤量し、500mlのポットにて、6、12、24および48時間粉砕し、それぞれの時間粉砕して得られたスラリーを乾燥させることにより試料を調製した。得られた試料番号58〜61の試料について、DCSおよびTG−DTA測定を行い、吸熱量と酸化開始温度の評価を行った。DCSの結果を下記表6、TG−DTAの結果を、
図5に併せて示す。
【0071】
【表6】
【0072】
表6から明らかなように、粉砕により吸熱量の顕著な低下がみられた。これは粉砕により欠陥が導入されるためであると考えられる。実際、TG−DTA測定から求める酸化開始温度が、粉砕時間が長くなるに従い低下し、48時間粉砕した試料では酸化開始温度が400℃より低くなり、吸熱量も40J/g以下となった。したがって、優れた冷却能を有するVO
2を製造するためには、VO
2の熱処理条件の最適化に加え、粉砕など欠陥を誘起するプロセスにも細心の注意を払う必要があることが確認された。