(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
フィッシャー・トロプシュ合成油(以下、FT合成油という)は、天然ガス、石炭、又はバイオマス等を原料として合成されることから、硫黄や芳香族分を含まない。そのため、燃焼時の硫黄酸化物や粒子状物質(PM)の排出などを抑える環境に優しい燃料としての利用が期待され、近年では、A重油基材としての利用も試みられている。
【0003】
A重油を製造・販売する場合、税法上(軽油引取税)の観点から軽油組成物との区別ができるように、10%残油の残留炭素分が0.20質量%を超えることとされており、残留炭素分を含む残渣油などの重質留分(以下、残炭調整材という)を灯油・軽油留分に少量添加する必要がある。そのため、灯油や軽油に比べ、残炭調整材中の特定の成分が燃焼機器などの燃料供給系統に設置されているフィルターを閉塞させてしまうという不具合が懸念される。FT合成油をA重油組成物の基材として使用する場合も同様に、残炭調整材に起因するフィルター通油性の悪化が懸念される。そこで、FT合成油が基材として使用されたA重油組成物のフィルター通油性向上を図る試みがなされている。
【0004】
例えば、特許文献1(特開2007−269926号公報)には、FT合成油が基材として使用されたA重油組成物の残炭調整材として、エキストラクト油を混合することが提案されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、残炭調整材としてエキストラクト油を使用する場合、潤滑油製造プラントを備えた製造施設やエキストラクト油を持ち込むことができる製造施設においてしか製造できず、実用化が難しいという問題がある。また、その他の残炭調整材を使用するとしても、FT合成油をA重油組成物の基材として使用した場合、残炭調整材の性状がA重油のフィルター通油性に及ぼす影響は不明である。
【0007】
FT合成油をA重油組成物の基材として使用する場合に、残炭調整材に起因するフィルター通油性の悪化が懸念される理由の一つとして、FT合成油は芳香族分を含まないことが考えられている。そこで、フィルター通油性の問題を改善するために、芳香族分を配合する方法も考えられるが、芳香族分の中でもフィルター通油性を向上させるためにどのような芳香族分が有効なのか明確ではない。
【0008】
一方、FT合成油は、芳香族分を含まないため、セタン指数が高いので着火性が良く、環境に優しいという優れた面を有する反面、発熱量が低いため燃費を悪化させるという懸念がある。
【0009】
ところで、A重油から天然ガスなどへの燃料転換が急速に進んでいる昨今では、A重油やその基材の一つである分解軽油が余剰となっている。従って、社会の実情に十分対応しながらA重油燃料のフィルター目詰まり等の問題解決を図るためには、多くの製造施設で余剰気味となっている分解軽油を有効に活用する必要がある。しかも、分解軽油は、芳香族分を多く含むという特性を有するため、FT合成油を使用することによるフィルター通油性悪化を改善できる可能性も考えられるが、単に分解軽油を含ませた場合、セタン指数が下がり、着火性を悪化させ、ディーゼルエンジンやボイラーなどの燃焼機器の着火不良や始動渋滞などの不具合が懸念される。
【0010】
そこで、本発明は、着火性が良く、フィルター通油性に優れ、燃費が良く、且つ製造が容易なA重油組成物及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
以上の目的を達成するために、本発明者らは、FT合成油と分解軽油および使用する残炭調整材の特性を考慮しつつ、それらの性状がA重油のフィルター通油性能等に及ぼす影響について鋭意研究したところ、着火性が良く、フィルター通油性に優れ、燃費が良く、且つ製造が容易なA重油組成物を提供できることを見出した。すなわち、本発明は、FT合成油、分解軽油及び残炭調整材を含み、
残炭調整材が0.3〜3.0容量%、芳香族分が15.0容量%以上、及び2環以上芳香族分が5.0容量%以上であり、密度が0.820〜0.890g/cm
3、ASTM蒸留で95%カット後の残油の炭素/水素比が6.4以下、及び10%残油の残留炭素分が0.20質量%を超えるA重油組成物である。また、本発明は、密度(15℃)0.770g/cm
3以上、及び炭素数21以上のノルマルパラフィンが2.0〜10.0質量%であるFT合成油と、密度(15℃)0.860g/cm
3以上、芳香族分が50.0容量%以上、及び2環以上の芳香族分が40.0容量%以上である分解軽油とを混合する工程を備えるA重油組成物の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
以上のように、本発明によれば、着火性が良く、フィルター通油性に優れ、燃費が良く、且つ製造が容易なA重油組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
〔A重油組成物〕
本発明に係るA重油組成物は、基材として、FT合成油及び分解軽油を含む。FT合成油は、天然ガス、石炭、又はバイオマス等を原料としてフィッシャー・トロプシュ合成によって得られる。FT合成油は、経済性や入手容易性の観点から、原料が天然ガスであるGTLであることが好ましい。基材としては、その他の基材を含んでいてもよく、例えば、脱硫軽油、直留軽油、直脱軽油、及び間脱軽油などの軽油留分、並びに脱硫灯油、及び直留灯油などの灯油留分が挙げられる。
【0014】
また、前記基材の他に、本発明に係るA重油組成物は、残炭調整材を含む。残炭調整材としては、原油を常圧蒸留して得られる常圧残渣油や、減圧蒸留して得られる減圧残渣油の他、常圧残渣油や減圧残渣油を脱れき処理して得られる脱れきアスファルト、或いは流動接触分解装置から得られる残油(スラリー油)などを用いることができる。近年の社会的要請に従えば、それらの混合比率はできるだけ高くすることが好ましい。付加価値の低いC重油基材を用いる場合、残炭調整材は残留炭素分の高いものが好ましい。常圧残渣油や減圧残渣油から芳香族分を溶剤に溶解して抽出除去して得られるエキストラクト油は、既述の通り、製造容易性などの観点からは不適である。
【0015】
更に、本発明に係るA重油組成物は、添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、例えば、低温流動性向上剤、セタン価向上剤、界面活性剤、防錆剤、清浄剤、潤滑性向上剤、及び識別剤などが挙げられ、これらを1種又は2種以上組み合わせて用いてもよい。
【0016】
用いる基材の種類や含有量は、本発明に係るA重油組成物の構成を満たす範囲とすればよい。例えば、FT合成油は、A重油組成物中に、1.0〜50.0容量%含まれることが好ましく、10.0〜45.0容量%含まれることがより好ましく、25.0〜35.0%含まれることがさらに好ましい。分解軽油は、A重油組成物中に、5.0〜50.0容量%含まれることが好ましく、10.0〜40.0容量%含まれることがより好ましい。脱硫軽油を含む場合は、例えば、20.0〜50.0容量%含ませることができる。残炭調整材は、A重油組成物中に
、0.3〜3.0容量%である。
【0017】
本発明に係るA重油組成物は、芳香族分を15.0容量%以上含んでい
る。芳香族分としては、例えば、ベンゼンにアルキル基やナフテン環を有する1環芳香族分、ナフタレンにアルキル基やナフテン環を有する2環芳香族分、及びフェナントレンやアントラセンにアルキル基やナフテン環を有する3環芳香族分が挙げられる。芳香族分は、スラッジの溶解性を高め、通油性能を高めるため、より好ましくは20.0容量%以上、さらに好ましくは23.0容量%以上である。ただし、芳香族分は、多すぎるとセタン指数が低下し、エンジンの始動性不良などの不具合を生じるため、50.0容量%以下であることが好ましく、45.0容量%以下であることがより好ましく、43.0容量%以下がさらに好ましい。芳香族分の調整は、例えば、分解軽油の性状や、A重油組成物中の分解軽油の比率を変えることで適宜調整することができる。
【0018】
本発明に係るA重油組成物は、芳香族分として2環以上の芳香族分を5.0容量%以上含
み、15.0容量%以上含むことがより好ましく、25.0容量%以上含むことがさらに好ましい。2環以上の芳香族分の含有量を調整するには、例えば、分解軽油を製造する際の流動接触分解装置の運転条件を調整したり、FT合成油と分解軽油との配合割合を調整したりすればよい。フィルター目詰まりを起こりにくくするために、10%残留炭素分とセタン指数のバランスを考慮しながら、2環以上の芳香族分量を、後述のASTM蒸留で95%カット後の残油の炭素/水素比(以下、単に炭素/水素比という場合がある。)に基づいて調整するのが好ましい。
【0019】
本発明に係るA重油組成物は、炭素数21以上のノルマルパラフィンが0.1〜4.0質量%であることが好ましく、0.5〜4.0質量%であることがより好ましく、1.0〜3.5質量%であることがさらに好ましく、2.0〜3.0質量%であることが特に好ましい。炭素数21以上のノルマルパラフィンが多すぎると、フィルター通油性が悪化することがあり、少なすぎるとセタン指数が低くなりすぎることがあるので好ましくない。炭素数21以上のノルマルパラフィンの含有量は、例えば、FT合成油中の炭素数21以上のノルマルパラフィンが10.0質量%以下となるようにFT合成油の製造条件を調整したり、或いは、FT合成油と分解軽油との混合比率を適宜調整したりすることによって調整することができる。
【0020】
本発明に係るA重油組成物は、ASTM蒸留で95%カット後の残油の炭素/水素比が6.4以下であり、6.0〜6.3であることが好ましく、6.2〜6.3であることがより好ましい。炭素/水素比が前記範囲外であると、フィルター目詰まりを生じさせることがあり、フィルター通油性を十分に改善できないことがあるので好ましくない。炭素/水素比の調整は、例えば、残炭調整材の密度が0.931g/cm
3以上となるように原油常圧蒸留装置などの蒸留装置の運転条件を調整したり、灯油・軽油留分の混合比率を適宜調整したりして行うことができる。
【0021】
本発明に係るA重油組成物は、排ガス中の硫黄酸化物削減の観点から硫黄分が0.15質量%以下であることが好ましい。
【0022】
本発明に係るA重油組成物は、密度が0.820〜0.890g/cm
3であり、0.850〜0.880g/cm
3であることが好ましい。密度が小さすぎると、燃費が悪化し、密度が大きすぎると、セタン指数が下がり、着火性・燃焼性が悪化する場合がある。
【0023】
本発明に係るA重油組成物は、動粘度(50℃)が2.0〜4.5mm
2/sであることが好ましく、2.0〜2.5mm
2/sであることがより好ましい。動粘度が小さいと、潤滑性能が悪化し、動粘度が大きいと、燃焼機内の噴霧状態が悪化し、排ガス性状も悪化させる場合がある。
【0024】
本発明に係るA重油組成物は、目詰まり点が、−2℃以下であってもよい。
【0025】
本発明に係るA重油組成物の蒸留性状において、10%留出温度は195〜260℃が好ましく、230〜250℃がより好ましい。10%留出温度が小さいと燃焼時白煙が生じやすくなり、大きすぎると低温流動性が悪くなるおそれがある。50%留出温度は260〜310℃が好ましく、270〜300℃がより好ましく、280〜290℃がさらに好ましい。50%留出温度が低すぎると燃費や着火性に影響を及ぼす場合があり、高すぎると低温流動性が悪化する可能性がある。90%留出温度は315〜370℃が好ましく、320〜350℃がより好ましく、320〜340℃がさらに好ましい。90%留出温度が低すぎると着火性に影響を及ぼす場合があり、高すぎると低温流動性が悪化したり、燃焼排ガス中の黒煙が増加したりする可能性がある。
【0026】
本発明に係るA重油組成物において、着火性はセタン指数を指標とすることができ、セタン指数(新)が、例えば、40以上、好ましくは45以上とすることができる。セタン指数は、高い方が着火性の観点で好ましいが、高すぎると排ガス性状が悪化する可能性があるので、70以下が好ましく、60以下がさらに好ましい。フィルター通油性は、例えば、流量1.0L/hの条件でメンブランフィルターに1時間通油させた後のフィルター前後の差圧が0.7kg/cm
2以下とすることができる。燃費は、発熱量を指標にすることができ、例えば、発熱量が37500kJ/L以上を良好であると判断することができる。本発明に係るA重油組成物は、エキストラクト油を用いなくても、着火性が良く、フィルター通油性に優れ、燃費が良いA重油組成物を容易に製造することができる。
【0027】
〔A重油組成物の製造方法〕
本発明に係るA重油組成物の製造方法は、特に限定されるものではないが、例えば、以下のように製造することができる。
【0028】
密度(15℃)0.770g/cm
3以上、及び炭素数21以上のノルマルパラフィンが2.0〜10.0質量%であるFT合成油と、密度(15℃)0.860g/cm
3以上、芳香族分が50.0容量%以上、及び2環以上の芳香族分が40.0容量%以上である分解軽油と、残炭調整材とを混合する。脱硫軽油を合わせて混合してもよい。
【0029】
FT合成油は、例えば、天然ガスをガス化し合成ガス(一酸化炭素と水素)を得、FT合成し、得られた合成物を水素化分解、蒸留することにより得ることができる。分解軽油は、例えば、直脱残渣油・間接脱硫残渣油・減圧軽油等を原料に流動接触分解装置で分解後、蒸留操作により得ることができる。
【実施例】
【0030】
(実施例1〜5,比較例1〜4)
表1に記載されたGTL軽油(密度(15℃)0.782g/cm
3,初留点202℃,10%留出温度239℃,50%留出温度285℃,90%留出温度328℃,終点342℃,引火点92℃,セタン指数89.2,動粘度(30℃)3.966mm
2/s,硫黄分1質量ppm以下,芳香族分1容量%以下,炭素数8〜20のノルマルパラフィン29.80質量%,炭素数21以上のノルマルパラフィン9.15質量%)、接触分解軽油(密度(15℃)0.946g/cm
3,1環芳香族分17.7容量%,2環芳香族分49.3容量%,2環以上芳香族分59.5容量%,3環以上芳香族分10.2容量%)、脱硫軽油及び残炭調整材を表1に記載された配合量(容量%)で混合し、実施例1〜5及び比較例1〜4に係るA重油組成物を得た。なお、上記性状等は、得られたA重油組成物と同様に測定して求めた。
【0031】
残炭調整材には、以下のものを用いた。
「残炭調整材1」
密度(15℃)が1.033g/cm
3、流動接触分解装置から留出した、硫黄分0.79質量%、残留炭素分5.91質量%のスラリー油。
「残炭調整材2」
密度(15℃)が0.939g/cm
3、硫黄分1.00質量%の中東系原油を常圧蒸留装置で処理して得られた、硫黄分2.15質量%、残留炭素分5.95質量%の常圧残渣油。
「残炭調整材3」
密度(15℃)が0.993g/cm
3、硫黄分2.92質量%の中東系原油を常圧蒸留装置で処理して得られた、硫黄分3.55質量%、残留炭素分12.0質量%の常圧残渣油。
【0032】
【表1】
【0033】
実施例1〜5及び比較例1〜4に係るA重油組成物について、組成及び性状を以下のように測定した。結果を表2及び3に示す。
【0034】
動粘度(50℃):
JIS K 2283「原油及び石油製品−動粘度試験方法及び粘度指数算出方法」に従って測定した。
10%残油の残留炭素分:
JIS K 2270「原油及び石油製品−残留炭素分試験方法」に従って測定した。
目詰まり点:
JIS K 2288「石油製品−燃料油−目詰まり点試験方法」に従って測定した。
【0035】
密度(15℃):
JIS K 2249「原油及び石油製品−密度試験方法及び密度・質量・容量換算表」に従って測定した。
ASTM蒸留:
JIS K 2254「石油製品−蒸留試験方法 4.常圧法蒸留試験方法」に従って測定した。
【0036】
「炭素分」、「水素分」、「炭素/水素比」
JPI−5S−65−2004「石油製品の炭素・水素・窒素・硫黄分試験法」により測定された炭素分、水素分、及び水素に対する炭素の質量比である。ただし、測定対象は、ASTM蒸留で95%カット後の残油である。
【0037】
炭素数21以上のノルマルパラフィン:
ASTM D 2887「Standard Test Method for Boiling Range Distribution of Petroleum Fraction by Gas Chromatography」を参考にガスクロマトグラフ法を用い、得られたクロマトグラムから各炭素数毎の炭化水素含有量を算出することによって得た。すなわち、炭素数の異なるノルマルパラフィンの混合物を標準物としてリテンションタイムを調べておき、ノルマルパラフィンのピークの総面積値からノルマルパラフィンの含有量を求めた。
なお、ガスクロマトグラフ法におけるカラムの種類は、HP5(長さ;30m,内径;0.32mm,液層厚さ;0.25μm)であり、各分析条件は以下のとおりである。
カラム槽昇温条件;35℃(5分)→10℃/分(昇温)→320℃(11.5分)
試料気化室条件;320℃一定 スプリット比150:1
検出器部;320℃
【0038】
硫黄分:
JIS K 2541-4「原油及び石油製品−硫黄分試験方法 第4部:放射線式励起法」に従って測定した。
芳香族分:
JPI−5S−49−97「石油製品−炭化水素タイプ試験方法−高速液体クロマトグラフ法」に従って測定した。
セタン指数(新):
JIS K 2280「石油製品−燃料油−オクタン価及びセタン価試験方法並びにセタン指数算出方法 8. 4変数方程式を用いたセタン指数の算出方法」に従って測定した。
セタン指数(旧):
JIS K 2204-1992「軽油」に準拠して得られるセタン指数を意味する。
【0039】
通油性:
試験装置はIP387/07を参照し、フィルターユニットを直径90mmとしたものを使用した。フィルターはメンブランフィルターLSWP09025(製品名:メルク社製)を用いた。試験燃料を油温13℃、流量1.0L/hの条件で1時間通油させ、通油後の圧力値を測定した。ただし、通油後の圧力差が0.7kg/cm
2を超えた場合は、「>0.7」とした。なお、通油性の判定は実際の使用において目詰まりを生じた製品を模して調製したA重油組成物についての測定結果が0.7kg/cm
2を超えたことから、この数値を基準として0.7kg/cm
2以下を合格とした。
【0040】
発熱量:
JIS K 2279 「原油及び石油製品−発熱量試験方法及び計算による推定方法」により算出した。計算に必要な灰分および水分は測定の結果微量であったので、0質量%として計算した。
【0041】
【表2】
【0042】
【表3】