(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記肉盛層は、金属硼化物または金属炭化物が結合相中に分散し、その粒径が1μm以下である金属組織を有することを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載のTダイの製造方法。
【背景技術】
【0002】
樹脂フィルムの製造方法の一つとして、Tダイと呼ばれるスリット状のオリフィス(吐出口)を有するダイを用いて溶融樹脂を押し出す方法がある。特に光学用途の樹脂フィルムにおいては、高い膜厚均一性を有することおよびダイライン(押出方向の縦筋)が無いことが求められている。このため、当該用途に用いられるTダイにおいては、Tダイ内部の溶融樹脂流路の内壁面が平滑で溶融樹脂の摩擦が小さいこと、オリフィスの先端のリップ部の寸法精度が高くかつシャープエッジとなっていること、そしてこのような状態が長期間にわたって維持されるように高い耐久性を有していること、が求められている。この要求に応じて、従来から、溶融樹脂流路には硬質クロムめっき層等の被覆層を設け、リップ部にはさらに硬い硬質被覆層を設けることが行われている。
【0003】
特許文献1には、硬質粒子としてのWC粒子と、バインダーとしてのNi,Co若しくはCrとを混合してなる合金からなるWC系被覆層を、リップ部に、溶射により設けることが記載されている。リップ部以外の溶融樹脂流路の内壁面には硬質クロムめっき層が設けられている。WC系被覆層は鏡面性仕上げ性も高く、シャープエッジも得られやすい。後述するようにエッジRが小さいほど優れた性能を示す。しかし、このような被覆層は比較的脆いため、溶射後に研削および研磨加工によりエッジ部を仕上げる際に、剥がれ、クラック若しくは欠損等の欠陥が生じることは不可避であり、エッジにφ10μm程度の欠陥が生じた場合は一度仕上げた面からさらに研削加工で追い込んで欠陥を許容範囲に入れて再仕上げすることなどが必要であった。このような欠陥は、ダイライン発生の原因となる。また、WC系被覆層と硬質クロムめっき層との密着性があまり良くないため、これら2つの層の間で剥離またはクラックが生じるおそれもある。
【0004】
特許文献2には、超硬合金からなる平板状のリップ部材をセラミックス系接着剤により本体部材に接着したTダイが形成されている。これによれば、リップエッジをシャープエッジに仕上げることができる。しかし、超硬合金は硬質クロムめっき層との密着性があまり良くなく、また、接着部があるので、リップ部以外をめっき仕上げすることが難しい。
また、十分な接着強度を確保するには接着面積を大きくとる必要があり、このため超硬合金部分を大きくする必要があるので、材料コストが高くなる。
【0005】
特許文献3および4には、オーステナイト/フェライトの二相ステンレス合金からなるダイ本体に、HIP(Hot Isostatic Press 熱間等方加圧)処理によって耐食耐摩耗性合金の粉末を焼結同時拡散接合により結合してリップ部を形成することが記載されている。耐食耐摩耗性合金としては、B(硼素)を含有するニッケル系合金またはコバルト系合金が用いられる。リップ部以外の溶融樹脂流路の内壁面には硬質クロムめっき層が設けられている。特許文献3、4記載の方法により得たリップ部は、金属組織が緻密であり欠陥も少ないため、エッジ部を高精度のシャープエッジに形成することができる。しかし、特許文献3、4記載の方法の実施には、非常に複雑、高価、大型の製造設備が必要である。
また、HIP処理時には、ダイ本体を例えば1300℃、130MPaといった高温高圧に曝すため、ダイ本体の歪みおよび曲がりが生る。このため、その分を見込んだ加工をダイ本体に施しておく必要がある(特に特許文献3を参照)。すなわち、特許文献3、4の方法の実施には、多大な手間およびコストがかかるという問題がある。
特許文献5には、Ni基合金粉またはCo基合金粉などに、硼化物の1種あるいは2種以上を5〜60%混合したサーメット粉をレーザービーム中に供給して金属または合金上に肉盛溶接する肉盛溶接法が記載されている。この場合合金粉ばかりでなく硼化物を完全に溶融あるいは分解し、その後溶着凝着する際に、再度硼化物となって析出するため、再析出した硼化物は溶着したサーメット中に細かく、かつ均一に分散することと記載されている。
【0006】
しかし、特許文献5は、粉末は硼化物混合体限定になっており(請求項、説明文)、また急冷して微細化すると記述しているが、当然その前に急速加熱され、記載されている混合させる粗大な硼化物(50〜300メッシュ)を完全溶融する時間的余裕はない。炭化物は不適と記述している。そのため、微細化するには加熱をオーバー気味にせざるを得ないことは明白なので、鉄基材を溶かし、希釈してしまうリスクが高い。硬度を上げようと硼化物を増やすほど、さらに出力を上げざるを得なく上記問題が大きくなるうえ、凝固までの温度差が大きくなり割れやすくなる。実際65%添加すると割れると記述してあり、いっそうの硬化つまり耐摩耗性向上は難しい、ことが問題になっている。
つまり、混合粉の採用は硬化(耐摩耗性向上)の阻害要因になっており、当業者であれば引用文献1と5を組み合わせようとしない。
それに対して、本発明は最初から微細な硼化物、炭化物を一体化したNi、Co粉末を使用することで完全溶融しなくても良い。硼化物量が多いと割れやすくなるので、文献5とは逆に出力を小さくして肉盛し硬さを上げる。これにより、割れ無し、硬さムラなしで、エッジだけではなくリップ合わせ面およびリップ端面を全面被覆、硬化肉盛することを発明した。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に添付図面を参照して発明の実施形態について説明する。
【0013】
図1に示すように、Tダイ1は、一対のダイ部材3、4からなるダイ本体2を有している。ダイ部材3、4の間に溶融樹脂流路(流動性材料流路)5が形成されている。溶融樹脂流路5は、上流側から順に、流入部6、マニホールド部7、およびスリット状の吐出部8を有している。Tダイ1の長手方向中央部にある流入部6は図示しない押出機に接続され、この流入部6から溶融樹脂流路5内に溶融樹脂が供給される。供給された溶融樹脂は、Tダイ1の長手方向に延びる略円形断面のマニホールド部7に流入し、Tダイ1の長手方向に広がった後に、スリット状の吐出部8に流入し、吐出部8の開口端縁から膜の形態で、図示しないローラー上に押し出される。各ダイ部材3、4の吐出部8の開口端縁の近傍の部分は、リップ部9と呼ばれる。
図1(c)において、符号6a、7a、8aは、流入部6、マニホールド部7、吐出部8にそれぞれ面するダイ部材3(4)の壁面を示している。なお、当業者に周知の通り、粉末あるいは顆粒状の樹脂原料を溶融して押し出す押出機本体(図示せず)、押出機本体の吐出口に取り付けられた上記のTダイ、Tダイから押し出されたフィルム状の樹脂を受けるローラ(図示せず)により押出成形機が形成される。
【0014】
Tダイ1のリップ部9は、耐食性及び耐摩耗性の良好な合金粉末を粉末レーザ肉盛溶接によって、母材であるダイ部材3,4と接合した肉盛層10によって形成されている。肉盛層10は、各図において梨地模様を付けて示してある。溶融樹脂流路5に面するダイ部材3、4の表面(内壁面)にはめっき層20が形成されている。また、リップ部9と連続するダイ部材3、4の下面にもめっき層20が形成されている。特に
図1(b)に明瞭に示されるように、めっき層20は肉盛層10と連続して設けられている。
【0015】
めっき層20は、溶融樹脂との間の摩擦が低く、かつ、溶融樹脂の流れに曝されても容易に損耗しない耐摩耗性を有していることが好ましい。また、溶融樹脂から腐食性のガスが発生する場合には、この腐食性ガスにより容易に腐食しない耐食性をめっき層20が有していることも好ましい。具体的には、めっき層20は、硬質クロムめっき層とすることができる。めっき層20は、上記の特性を具備するのであれば任意のものとすることができ、例えば、無電解ニッケルめっき層であってもよい。
【0016】
肉盛層10を形成する材料は、ニッケル系合金またはコバルト系合金からなる粉末であることが好ましい。ニッケル系合金またはコバルト系合金は耐食性、耐摩耗性に優れているものが多く、樹脂成形の用途に適している。ニッケル系合金またはコバルト系合金は、ダイ本体の材料として好適に用いることができる鉄鋼材料との接合力に優れており、溶接肉盛材料として好適である。ニッケル系合金またはコバルト系合金は、様々な組成のものが市販されており、重視する特性(例えば、耐摩耗性、耐食性、シャープエッジの形成容易性、靭性、ダイ本体への接合性)に応じた材料選択をすることができる。特に、B(硼素)またはC(炭素)が添加されたニッケル系合金又はコバルト系合金は、B化合物またはC化合物が結合相中に分散した金属組織を呈し、このため合金の硬度が高く、また、耐摩耗性に優れている。一般的には、硬度が高い材料の方がそうでない材料と比較して、エッジ部をより鋭利に(シャープエッジ化)することができ、この点においてもTダイのリップ部の材料として適している。
【0017】
混合粉の採用は硬化(耐摩耗性向上)の阻害要因になっており、当業者であれば引用文献1と5を組み合わせようとしない。
それに対して、当発明では肉盛に使用される粉末は一つ一つの粒子毎に最初から微細な炭化物や硼化物の硬質粒子とNi基合金およびCo基合金からなる複相構造として一体化(合金化)していることを特徴とする粉末であり、肉盛時に完全溶融しなくても十分に微細な複相構造の金属組織を得られる。硬質粒子量が多いと割れやすくなるので、文献5とは逆に出力を小さくして肉盛し硬さを上げる。これにより、割れ無し、硬さムラなしで、エッジだけではなくリップ合わせ面およびリップ端面を全面被覆、硬化肉盛することを発明した。
【0018】
また、前記粉末は、金属硼化物または金属炭化物などの硬質粒子が結合相中に分散し、その粒径が1μm以下である場合に、リップ合わせ面およびリップ端面を全面被覆、硬化肉盛を割れ無し、硬さムラなしで施工できる。全面に肉盛するには幅方向に複数回ビードを設ける必要があるが、このとき繰り返しの熱影響により、硬質粒子は粗大化する傾向にあり、さらには溶融している結合相と密度差があるため硬質粒子の浮上および沈降が生じやすい。当然、このような組織ムラが大きいほうが割れやすくなる。Tダイのような高精度な製品は全体を高温に加熱することができない。そのため高硬度な材料を肉盛する場合に必須な予熱、後熱、焼鈍などが従来方法では必須であった。
【0019】
肉盛層10の材料として好適なニッケル系合金粉末の組成を以下に4つ例示する。
(Ni系合金−1)71.65wt%Ni−20.0wt%Mo−3.1wt%B−5.2wt%Si−0.05wt%C
(Ni系合金−2)65.92wt%Ni−20.5wt%Mo−5.0wt%Cu−3.3wt%B−4.7wt%Si−0.08wtC
(Ni系合金−3)54.14wt%Ni−22.5wt%Mo−9.5wt%W−5.0wt%Cu−2.8wt%B−5.4wt%Si−0.66wt%C
(Ni系合金−4)57.0wt%Ni−16.5wt%Cr−17.0wt%Mo−5.0wt%Fe−4.5wt%W
好適なコバルト系合金粉末の組成を以下に2つ例示する。
(Co系合金−1)68.5wt%Co−20.0wt%Cr−5.1wt%W−1.5wt%Ni−3.1wt%B−1.8wt%Si
(Co系合金−2)46.0wt%Co−30.0wt%Cr−2.5wt%C−1.0wt%Si−1.0wt%Mn−1.0wt%Mo−3.0wt%Fe−3.0wt%Ni−12.5wt%W
上記組成のニッケル系合金粉末またはコバルト系合金粉末を用いることにより、硬度460〜900Hvの肉盛層10を得ることができる。
【0020】
肉盛層10の寸法は、
図2(a)に示すように、リップ合わせ面側W1、リップ端面側の肉盛層幅W2を全面とすることが望ましい。もちろん、次段落に後述するように必要に応じてエッジ部周辺だけ肉盛されていても効果的であり、経済的であるのでそれも好ましい。
ただし、全面肉盛するのは熱による変形が大きくなるのが不利な点である。本発明において、中央側から外側に向かって肉盛することで曲がりを大幅に低減できることがわかった。具体的には330mm幅のTダイにおいて中央付近から外側へ肉盛し、それを2mmずつずらしながら4回繰り返し、10mm幅のリップ合わせ面側全面を肉盛した。その後にリップ端面も同様に10mm幅全面肉盛したときの反り量は最大位置で0.2mmであった。それに対し、横端面エッジ部から反対側のエッジ部まで肉盛した場合は0.8mmであり、Tダイとして仕上げるには難しい結果であった。
このとき、中央側で重ねる距離が近いと割れが発生する。具体的には50mm以内では割れることがあり、100mm以上では皆無であった。
【0021】
また、リップ部9のエッジ部9aの半径R(
図1(b)参照)すなわちエッジRは、1〜10μmであることが好ましい。Tダイを用いた押出機によって製造される樹脂フィルムにおいては、エッジRは小さければ小さいほど、厚みの偏差、筋状欠陥(ダイライン)および樹脂の滞留が軽減されることが公知である。そのため、エッジRが10μm以下であることが「シャープエッジ」の業界基準の一つとされている。但し、上記材料を用いて下記の方法で製造されたダイ部材3、4においては、エッジRが1μm未満になると、製造時、使用前後の取付け取り外し時、清掃時等にエッジ部に欠けが生じる頻度が高くなるため、経済的ではない。上記の理由により、エッジRは1〜10μmとすることが好ましく、特に1〜2μmとすることがより好ましい。
【0022】
当然エッジ以外においても、エッジ近傍はエッジRと同程度の欠陥サイズに留めることが必要なので、肉盛溶接時に少なからず発生してしまうポロシティのサイズをエッジRと同程度にする必要がある。
ポロシティはレーザ出力が小さいと未溶融などにより発生しやすくなるが、反対にレーザ出力が大きすぎてもシールドガスの固溶量が増大し、凝固時に気泡となるので、最適なレーザ出力、ノズル移動速度、入射エネルギの関係を解明することが必要であった。入射エネルギが小さいと不可避的に発生した気泡が浮上し、溶融金属外へ放出される時間が不足し、入射エネルギが大きいと溶融金属内に取り込まれてしまうガス量が増えポロシティも増え、大きくなってしまう。
【0023】
肉盛層10の寸法は、
図1(b)に示すように、リップ合わせ面側の肉盛層幅W1が0.2〜1.7mm、リップ端面側の肉盛層幅W2がエッジから0.2〜2.4mmとなっていることは初期コスト低減としては好ましい。好適な一実施形態として、リップ合わせ面側の肉盛層幅W1が1.2mm、リップ端面側の肉盛層幅W2が2.1mm、リップ部9の全長が1100mm、が例示される。なお、
図1から
図4においては図面を見やすくするためにめっき層20をかなり厚く表示しているが、実際にはめっき層20の厚さは最終製品において100μm未満、例えば数十μmであり、肉盛層10の厚さより大幅に小さい。
【0024】
肉盛層10の寸法設定の理由について以下に述べる。
Tダイ1の性能だけを考慮するなら、最も負担の大きいリップ部9のエッジ部9eだけが肉盛層10により形成されていれば十分であり、エッジ部9e以外の溶融樹脂接触部分は、肉盛層10より廉価に形成することができるめっき層20(硬質クロムメッキ層、無電解ニッケルメッキ層等)により構成して何ら問題はない。肉盛層10の材料は非常に高価であるので、コスト低減の観点からも、肉盛層10の寸法をあまり大きくすることは好ましくない。
【0025】
しかし、リップ部9(特にエッジ部9e)に欠け等の欠陥が生じた場合、研削または研磨加工によりその欠陥を修正できるので、この点からも肉盛層10の寸法をある程度大きく設定した方が好ましい。
【0026】
また、製造技術上の観点からも、エッジ部9eから所定範囲内は肉盛層10により形成されていることが好ましい。幅広樹脂シート成形用のTダイには、その長手方向幅が3メートルを越える長尺なものまであり、このサイズの場合には、低歪みで施工可能なレーザ肉盛溶接といえども、ダイ部材3、4の素材にある程度の曲がりが発生しうる。ダイ部材厚さ方向の曲がりが発生するとその修正はかなり困難である。リップ端面側の肉盛層幅W2をある程度大きめに設定しておけば、ダイ部材厚さ方向の曲がりが発生しても、研削加工によりリップ部9を直線状に加工することができる。なお、ダイ部材厚さ方向の曲がりと比較して、ダイ部材高さ方向の曲がりは発生し難いため、リップ合わせ面側の肉盛層幅W1はリップ端面側の肉盛層幅W2よりも小さくてもよい。
【0027】
また、肉盛層10のリップ合わせ面側の肉盛層幅W1およびリップ端面側の肉盛層幅W2が0.2mmより小さいと、肉盛層10がエッジ状になり、その後に施工されるめっき
処理において良質なめっき皮膜が得られなくなり、肉盛層とクロムめっきの境界に剥離、
欠けなどの欠陥が生じるので好ましくない。よってこの観点からは、肉盛層幅W1、W2
は0.2mm以上とすることが好ましい。
【0028】
また、後述するように、レーザ肉盛溶接時のレーザ光径が2.4mmあるときに肉盛層の割れ、ブローホールが発生せずしかも高効率で肉盛ができることがわかっている。2.4mmの光径のレーザで効率良く肉盛溶接(ウイービング等無しに1パスでの溶接を行う)を行うには、肉盛溶接面(
図3に示す斜面4a)の幅を2.4mmまたはこれよりやや大きくするのが良い。これに合致する肉盛層幅W1、W2として、W1=1.7mmおよびW2=1.7mmの組み合わせを採用することができる。また、リップ合わせ面側の肉盛層幅W1を最小の0.2mmとした場合には、リップ端面側の肉盛層幅W2は最大で2.4mmとすることができる。
【0029】
上記のことを考慮して、肉盛層幅W1を0.2〜1.7mm、肉盛層幅W2を0.2〜2.4mmとするのが好ましいと結論付けることができる。なお、厳密には、Tダイ1の最終製品における好ましい肉盛層幅W1、W2の値は、上記好ましい肉盛層幅W1、W2の値からめっき層20の厚さを減じた値となるが、最終製品におけるめっき層20の厚さは数μmであり肉盛層幅W1、W2よりかなり小さいため、説明の便宜上ここでは無視している。
【0030】
リップ部9のエッジ部9aの半径R(
図1(b)参照)すなわちエッジRは、1〜10μmであることが好ましい。Tダイを用いた押出機によって製造される樹脂フィルムにおいては、エッジRは小さければ小さいほど、厚みの偏差、筋状欠陥(ダイライン)および樹脂の滞留が軽減されることが公知である。そのため、エッジRが10μm以下であることが「シャープエッジ」の業界基準の一つとされている。但し、上記材料を用いて下記の方法で製造されたダイ部材3、4においては、エッジRが1μm未満になると、製造時、使用前後の取付け取り外し時、清掃時等にエッジ部に欠けが生じる頻度が高くなるため、経済的ではない。上記の理由により、エッジRは1〜10μmとすることが好ましく、特に1〜2μmとすることがより好ましい。
【0031】
ダイ部材3、4の材料としては、上記の合金粉末をレーザ肉盛溶接することにより形成されたニッケル系合金またはコバルト系合金と熱膨張率の近い鋼材を用いることが好ましい。なお、粉末レーザ肉盛応接は母材に与える熱影響が少ないので、耐熱性の低い安価な構造用合金鋼例えばSCM420〜SCM435を母材として用いても問題はない。なお、このような廉価な構造用合金鋼を用いることにより、硬質クロムメッキ処理が有効に生かされる。もちろん、必要に応じて母材鋼種は変更可能で、例えば、耐食性および硬度に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼、具体的にはSUS420J2あるいはその類似鋼種などを、コスト高にはなるが、用いることもできる。なお、上記のNi系合金およびCo系合金の熱膨張率は概ね10.5〜12.5×10
−6/℃であり、上記した構造用合金鋼およびマルテンサイト系ステンレス鋼の熱膨張率に近いという点においても好ましい。
【0032】
次に、Tダイ1のダイ部材3、4の製造方法について、ダイ部材4を例にとって、
図3を参照して説明する。
【0033】
まず、概ね最終形状と同じ形状の(すなわち最終形状から加工しろ分だけ大きい)ダイ部材4の素材4A(以下「ダイ素材」と称する)を用意する。そして、
図3(a)に示すように、このダイ素材4Aの、リップ部9のエッジ部となる部分の近傍を面取り加工する(すなわち破線で示した部分を除去する)。このときの面取り量(寸法C1およびC2)は、4mm以下とすることが好ましい。この場合には、斜面4aの幅は、[(4)
2+(4)
2]
1/2=5.6mm以下ということになる。前述したように肉盛層幅W1を0.2〜1.7mmの範囲内に、肉盛層幅W2を0.2〜2.4mmの範囲内に設定するのであるなら、斜面4aの幅は、[(0.2)
2+(0.2)
2]
1/2〜[(1.7)
2+(2.4)
2]
1/2、すなわち約0.28mm〜約3mmの範囲に設定するのがよい。
【0034】
次に、
図3(b)に示すように、面取りにより形成した斜面4aの上に、前述したニッケル系合金粉末(コバルト系合金粉末でもよい)をレーザ肉盛溶接によって肉盛して、肉盛層10を形成する。なお、レーザ肉盛溶接については後に詳述する。
【0035】
次に、
図3(c)に示すように、ダイ素材4Aの側面4b(リップ合わせ面、すなわちスリット状吐出部8の内面となる面)および下面4c(リップ端面となる面)とそれぞれ面一となる面10bおよび、面10cを肉盛層10が有するように、肉盛層10の一部を研削加工により除去する。すなわち、
図3(b)に示す肉盛層10の破線より外側の部分を除去する。その結果、肉盛層10の面10bと面10cとが交わる部分がエッジ10e(ここでは直角のエッジ)となる。研削加工時に、ダイ素材4Aの一部が削られてもかまわない。なお、
図3(b)に示す状態から
図3(c)に示す状態に移行させる研削加工は省略することもできる。この場合、後に説明する
図3(e)に示す状態から
図3(f)に示す状態に移行させる研削加工時に肉盛層10を削ることにより、
図3(f)に示す状態と等価な状態を実現することができる。しかしながら、この場合には、めっき層20と同時に比較的多い量の肉盛層10を研削しなければならず加工性の観点から好ましくないため、
図3に示した一連の流れを実行することが望ましい。
【0036】
次に、硬質クロムめっき処理の前処理として、
図3(d)に示すように側面4bおよび下面4cをそれぞれ、肉盛層10の面10bおよび面10cよりも低くなるように、切削または研磨により除去するアンダーカット処理を行う。このとき、ダイ素材4Aに接している肉盛層10の一部も一緒に除去される。すなわち、
図3(c)に示す肉盛層10およびダイ素材4Aのうちの破線より外側の部分が除去される。このときのアンダーカットの深さU1、U2は、最終的に得られるめっき層20の厚さを考慮して決定される。例えば、深さU1、U2は、最終的に得られるめっき層20の厚さとほぼ等しいか、僅かに大きい値に設定される。
【0037】
次に、
図3(e)に示すように、ダイ素材4Aの溶融樹脂流路5に面する全表面(側面4bを含む)、肉盛層10、そして、ダイ素材4の下面4c(リップ端面となる面)の上に、硬質クロムめっき処理を施し、硬質クロムめっきからなるめっき層20を形成する。
めっき層20の厚さは、この後に研削加工を行うことから、最終の厚さよりも十分に大きい値、例えば100μm程度とする。硬質クロムめっき処理を行う際には、めっきが不要な部分には、適当なメッキ防止手段(例えばマスキング)を施すことができる。あるいは、めっきが不要な部分のめっきをめっき後に研削加工等によって除去してもよい。
【0038】
次に、
図3(f)に示すように、ダイ素材4Aの側面4bおよび下面4c上の硬質クロムメッキ層20と肉盛層10の表面10bおよび10cとがそれぞれ面一になるように研削加工を行う。すなわち、
図3(e)に示すめっき層20のうちの破線より外側の部分を除去する。この状態からさらに僅かに研削加工を進め、肉盛層10のエッジ部10e(この部分がリップ部9のエッジ部9eとなる)のエッジRが1〜2μmとなるようにシャープエッジ加工を行う。このとき、肉盛層10の表面10b、10cの一部が僅かに削られる。上記の研削加工の後に、鏡面仕上げのための研磨ないしラッピングを行ってもよい。なお、先に例示したような材料を用いて形成した肉盛層10は硬さと靱性のバランスが良く、また、肉盛層10の研削時に用いる砥石が同時に接触する硬質クロムめっき層20との硬度差も小さいので、研削によるリップ部のエッジ部のシャープエッジ化が容易である。実際の製造においても、エッジRが2μmのエッジ部9eを問題なく加工することができることが確認されている。
【0039】
また、ダイ素材4Aの溶融樹脂流路5に面する硬質クロムめっき表面、特にマニホールド部に面する表面およびスリット状吐出部に面する硬質クロムめっき表面は、バフ研磨等により鏡面仕上げを行うことが好ましい。
【0040】
上記の一連の肉盛層10およびめっき層20の形成処理が終了した後、ダイ素材4Aの全体を所定の最終形状に加工(切削加工、研削加工および鏡面仕上げ等)することにより、ダイ部材4の製作が完了する。ダイ部材3も同様にして製造することができる。なお、レーザ肉盛溶接によるダイ素材4A全体の熱変形は非常に小さいため、ダイ素材4Aに設ける加工しろは非常に小さくてもかまわないし、また場合によっては、ダイ素材4Aの大部分を所定の最終形状に加工した後にレーザ肉盛溶接およびめっき処理を行うことも可能である。
【0041】
なお、上記の説明では、各ダイ部材3,4が単一のピースからなるものとして説明をしているが、例えば大型のダイ部材を形成する場合等において、複数のピースからダイ部材を構成することもできる。例えば、リップ部9から所定範囲(例えばリップ合わせ面およびリップ端面を含む範囲)を1つのピース(上記肉盛層10およびめっき層20を有するリップ部材)として形成し、当該リップ部材を、他のピースとボルト結合する等によってもダイ部材を構成することもできる。
【0042】
Tダイの他の実施例の製造方法について
図4を参照して説明する。
図4(a)は母材である。エッジ部の面取りはあっても無くてもよい。この母材のリップ合わせ面およびリップ端面の全面にレーザ肉盛を行ったものが
図4(b)である。
【0043】
次の
図4(c)では、この肉盛層と連続する流動性材料流路の内壁面にめっきを行う。めっきを行う範囲が先ほど形成した肉盛層の上に行ってもかまわない。次の
図4(d)では肉盛層の部分の研削を行う。
図4(e)ではめっき部分の研磨をし、仕上げを行う。
【0044】
次に、レーザ肉盛溶接について
図5を参照して説明する。
図5は上述した肉盛層10を形成するために適したレーザ肉盛溶接装置の一例を示す説明図である。レーザ発振器101によって発振されたレーザ光は、ミラー102および集光レンズ103を介して、肉盛すべき母材であるダイ素材4Aに照射される。その際、照射されたレーザ光の焦点がダイ素材4Aの表面上に位置しないように(母材Aの表面上で合焦しないように)、焦点位置が制御される。焦点位置でのレーザ光径(すなわち)は、例えば約2.4mmとすることができる。
【0045】
ダイ素材4A上の肉盛対象部位に向けて一対の原料粉末供給ノズル104が所定角度で傾斜して取り付けられている。原料粉末容器105内に、原料粉末を貯留するホッパ106が設けられ、ホッパ106からの原料粉末の流出量が制御ディスク107により制御される。原料粉末としては、前述したようにニッケル系合金粉末又はコバルト系合金粉末であることが好ましく、さらに流動度を考慮すると球状のアトマイズ粉末であることが好ましい。ホッパ106から流出した原料粉末は、キャリアガス供給源108から供給された不活性ガス等の非反応性ガスからなるキャリアガスと一緒に、原料粉末供給ノズル104から肉盛対象部位に供給される。原料粉末は、レーザ光のエネルギにより溶解され、ダイ素材4A上に肉盛される。このとき、シールドガス供給源109から、不活性ガス等の非反応性ガスからなるシールドガスが、シールドガスノズル110を介して肉盛対象部位の周囲に供給される。従って、溶接装置を収容する真空チャンバー等の大型設備は必要ない。ダイ素材4Aはクランプ111により保持される。クランプ111に駆動機構を設けてよりダイ素材4Aを紙面垂直方向に移動させることにより、肉盛位置を移動させることができる。レーザ肉盛装置(光学系およびノズル)を移動させることにより、肉盛位置を移動させてもよい。
【0046】
レーザ肉盛溶接の具体的条件について以下に述べる。特に、B(硼素)が入っており硬質で高性能であるが溶融凝固時などに割れやすいとされるニッケル系合金粉末又はコバルト系合金のような材料においては、前記母材の表面に照射されるレーザの入射エネルギが、30〜150J/mm
2の範囲となるように前記レーザの照射強度を調整することが好ましい。入射エネルギが30J/mm
2よりも小さい場合には、熱量が不足するため粉末の溶融不足および母材との接合不足が発生しやすい。一方、入射エネルギが150J/mm
2よりも大きい場合には、母材の最表面が過度に溶融して母材の成分元素、特にFe(鉄)が肉盛層内に非常に多く拡散し、肉盛層の組成が金属粉末の組成と大きく異なってしまい、所望の特性が得られなくなる。さらに、溶融過多により凝固収縮の度合いが大きくなり割れが格段に発生しやすくなる。このとき母材を予熱しておくことで割れの確率を低減できる。もちろん、母材の変形、軟化を考慮すると、250℃を上限とすることが好ましい。
【0047】
好適な肉盛溶接条件として、レーザ出力1300W、ノズル移動速度480mm/min、入射エネルギ86J/mm
2が例示される。この条件下で上記(Ni系−1)の合金で硬質粒子径が平均0.6μmの粉末(
図6A)を用いて肉盛層を形成したところ、肉盛層のエッジ部近傍において硬さは746Hvを示しシャープエッジ加工がしやすい硬さが得られた。このときの肉盛層の硬質粒子粒径は最大で0.4μmであった。また、ポロシティは最大で1μm程度であり、エッジに出現してもエッジRと同程度で問題にならない大きさであった。ここで
図6Cに、レーザ肉盛溶接により形成した前述したNi系合金−1からなる硬質被覆層(肉盛層10)の金属組織写真の写しを示す(粗大な硬質粒子がない)。上記のレーザの好適な入射エネルギ範囲から外れた範囲で、上記(Ni系−1)の合金を用いて肉盛層を形成した結果もあわせて述べる。レーザ出力800W、ノズル移動速度240mm/min、入射エネルギ172J/mm
2の条件で溶接を行ったところ、肉盛層中のFe含有量が30%超となり、すなわちFe(鉄)が肉盛層の主成分となってしまった。この場合、硬さは458Hv程度であり、また、肉盛層に割れが入る、肉盛層表層側に30μm超のポロシティが発生する場合もあった。
【0048】
このときの肉盛層の硬質粒子粒径は20μm超の粗大粒子が多く析出した。ここで
図6Dに、レーザ肉盛溶接により形成した前述したNi系合金−1からなる硬質被覆層(肉盛層10)の金属組織写真の写しを示す(粗大な硬質粒子が確認できる)。当然のことながらこのような組成では、耐食性にも期待はできない。また、レーザ出力800W、ノズル移動速度1440mm/min、入射エネルギ29J/mm
2の条件で溶接を行ったところ、肉盛層深層部には巣、ブローホールなどの欠陥が多く現れ、さらに、溶融不足および接合不足であり仕上げ加工中に母材から脱落してしまった。
【0049】
次に硬質粒子径が平均3μmの粉末(
図6B)を用いて肉盛した場合前述の好適な肉盛溶接条件で肉盛しても、肉盛層の硬質粒子粒径は20μm超の粗大粒子が多く割れてしまった。
このような事例は超硬溶射、やHIP方式では溶融時間が長いことや使用粉末の特性上不可能である。また、多数のレーザ肉盛の文献があるが、硬質粒子の粒径にまで言及した例はない。
【0050】
上記の実施形態によれば、以下の優れた効果が得られる。
肉盛層10を形成するために用いられるレーザ肉盛溶接は、高エネルギ密度のレーザ光により局所的に金属を溶解することにより溶接を行うので、母材(ダイ素材)に対する熱影響を低く抑えることができる。また、肉盛材料として、棒状、ワイヤー状またはフィラー状のものではなく、粉末状のものを使用することにより、肉盛幅を小さくすることができるので母材への入熱量が小さくなり、母材に悪影響を及ぼすことなく母材表面を耐摩耗性金属で肉盛被覆することができる。
【0051】
また、レーザ肉盛溶接では、原料粉末が溶融した後に急冷凝固されるため、凝固後の金属組織は非常に微細かつ均質なものとなる。微細な金属組織はHall−Petchの法則などで硬さも向上する。特に、前述したNi系合金−1〜3およびCo系合金−1或いはこれらに類似する組成の合金においては、B化合物(金属硼化物)等の硬質粒子が析出するが、その硬質粒子の粒径は1μm以下であり、条件によっては0.1μm以下と、非常に微細かつ均質である。ここで
図6Cに、好適な条件でレーザ肉盛溶接により形成した前述したNi系合金−1からなる硬質被覆層(肉盛層10)の金属組織写真の写しを示す。この写真からも、微細な金属硼化物(写真の例ではMo硼化物、Ni−Mo硼化物、Ni硼化物)等の硬質粒子が結合相(本例ではNi中にMoおよびSiが固溶した相)中に分散した金属組織が形成されていることが明らかである。なお、現れる硬質粒子の組成は合金成分により変化するが、ここで用いられる合金は硬質粒子として金属硼化物および金属炭化物の少なくとも一方を含んでいる点において共通している。
【0052】
レーザ肉盛溶接により形成した硬質被覆層は、非常に微細かつ均質な組織を有しているため、同じ合金を用いてHIP法や溶射法で形成したものと比較して、硬質粒子の分散状況に起因する硬度ムラが少ない。HIP法や溶射法では原料粉末を完全溶融させることはなく、また急冷凝固もしないため、硬質粒子は粒径が1μm以上のものが大半となる。HIP法および溶射法で形成された硬質被覆層は、硬質粒子があるところと無いところで200Hv以上の硬さの差があることは一般的であると認識されている。これに対して、レーザ肉盛溶接により形成された金属組織は微細かつ均質であるため、硬質被覆層内における硬さのばらつきは非常に小さく、100Hv以下に収まり、条件によっては40Hv以下に収まる場合もある。ここで、レーザ肉盛溶接で形成した硬質被覆層の硬度分布を
図7Aに、HIP法で形成した硬質被覆層の硬度分布を
図7Bにそれぞれ示す。レーザ肉盛溶接で形成した硬質被覆層の硬度のばらつきが少ないことが明らかである。
【0053】
また、レーザ肉盛溶接により形成された金属組織は微細かつ均質であるため、研磨等の最終仕上げ後の面粗さを非常に小さくすることができる。具体的には、例えば、前述したNi系合金−1においては、レーザ肉盛溶接により形成した硬質被覆層の面粗さは、ラップ仕上げを行うことにより、Ra0.01程度まで小さくすることができるのに対して、HIP法により形成された硬質被覆層の面粗さはRa0.02程度までしか小さくすることができない。前述したNi系合金−2〜3およびCo系合金−1においても同様の傾向を示す。また、レーザ肉盛溶接により形成された金属組織は微細かつ均質であるため、リップ部9のエッジ部9eを、エッジRが1〜数μmオーダーのシャープエッジに仕上げることができる。
【0054】
また、レーザ肉盛溶接には、HIP処理(背景技術を参照)と異なり、焼結部周囲のカプセル化、カプセル内への合金粉末の充填およびカプセルの脱気密封処理等の非常に煩雑な前工程が不要である。また、レーザ肉盛溶接には、HIP処理とは異なり、ダイ素材の全体を高温高圧下(例えば1300℃、130MPa)にすることができる大型かつ高価な設備は不要である。
【0055】
また、レーザ肉盛溶接では、HIP処理とは異なり、ダイ素材の全体を接合する合金の溶融温度近傍まで昇温する必要はなく、レーザ光照射部近傍のみが局所的に加熱されるだけであるので、ダイ素材(例えば鉄鋼材料)の曲がりは非常に小さいか若しくは無視できる程度に小さいため、熱変形を見込んだダイ素材の加工は必要ないか、あるいは最小限で済む。
【0056】
また、前述したHIP処理との比較からも明らかなように、溶射により得られた硬質被
覆層(肉盛層)と比較しても、レーザ肉盛溶接により形成された肉盛層10は、(1)より強靱であり、研削または研磨時に欠け、剥がれまたはクラックなどを発生することがなく、(2)また、肉盛層10と硬質クロムめっき層20との境界部における接合強度の低下や結合欠陥の発生もなく、さらには(3)肉盛層10により構成されたリップ部9の表面粗度が大幅に改善される。
【0057】
また、レーザ肉盛溶接により形成された肉盛層10は、母材であるダイ本体3、4に対
して溶け込みを有するため、溶射により形成された肉盛層と比較すると、母材との接合強
度が格段に大きくなる。
【0058】
リップ部9、特にそのエッジ部9eに欠け等の損傷が生じた場合には、当該損傷が判別できなくなるまで肉盛層10の(一緒に硬質クロムめっき層20も)研削加工を行うことにより、補修を行うことができる。一般には0.01mmを超える欠損が生じた場合には許容範囲外となり、補修が行われる。この補修は、最初に形成した肉盛層10および硬質クロムめっき層20が無くなるまで何度でも行うことができる。なお、硬質クロムメッキ層20は、逆電処理(めっき剥離処理)および再めっき処理を行うことにより、安価で復元することができる。
【0059】
リップ部9に比較的大きな欠陥が生じた場合には、その欠陥の大きさが肉盛層10の幅W1,W2を超えないのであれば、レーザ肉盛溶接によりその欠陥を埋めることができる。
図5に示したレーザ肉盛溶接装置を用いて、レーザの合焦位置を変更してレーザ光径を変化させることにより、欠陥をスポット的にかつ瞬時に補修することができる。補修部は盛り上がっているので、当該補修部が周辺部分と面一になるように研削加工を行う。なお、レーザ肉盛溶接により補修を行っても、その熱影響は局所的である。このため、周囲のクロムめっき層20が悪影響を受けることはないので、めっき剥離や再めっきを行うことなく、新品同様の状態に補修が可能である。また、補修時の熱影響によりダイ部材3、4が歪むこともない。すなわち、補修工期が短く、補修後のダイ部材の品質もよい。
【0060】
なお、上記の実施形態においては、Tダイは溶融樹脂の押出に用いるものであったが、塗工液の吐出に用いるものであってもよい。