特許第6200216号(P6200216)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6200216生体信号測定システム、生体信号測定装置、および生体信号測定装置の制御プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6200216
(24)【登録日】2017年9月1日
(45)【発行日】2017年9月20日
(54)【発明の名称】生体信号測定システム、生体信号測定装置、および生体信号測定装置の制御プログラム
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/1455 20060101AFI20170911BHJP
【FI】
   A61B5/14 322
【請求項の数】11
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-124830(P2013-124830)
(22)【出願日】2013年6月13日
(65)【公開番号】特開2015-127(P2015-127A)
(43)【公開日】2015年1月5日
【審査請求日】2016年2月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000230962
【氏名又は名称】日本光電工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001416
【氏名又は名称】特許業務法人 信栄特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 直樹
(72)【発明者】
【氏名】平原 英昭
【審査官】 田中 洋行
(56)【参考文献】
【文献】 特表2005−533609(JP,A)
【文献】 特開2006−075354(JP,A)
【文献】 特表2003−532107(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/06 − 5/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体信号の測定システムであって、
互いに異なるN種(Nは4以上の整数)の波長を有する光を出射する発光部と、
被検者の生体組織を通過または反射したN種の光の受光強度に応じてN種の信号を出力する受光部と、
前記受光部から出力された前記N種の信号の前記生体組織の圧迫に伴う変化に基づいて、N種の減光度を取得する第1演算部と、
前記N種の減光度から選ばれた(N−1)種の組合せに係る2つの減光度の差分に基づいて、(N−1)種の血液由来の減光度を取得する第2演算部と、
前記(N−1)種の血液由来の減光度に基づいて、(N−1)種の血液中物質の濃度を特定する第3演算部と、
特定された前記濃度を出力する出力部とを備える、測定システム。
【請求項2】
前記差分の取得に用いられる前記2つの減光度に対応する2波長は、前記N種の波長のうち、血液以外の組織の減光度の差がより小さい波長同士として選択される、請求項に記載の測定システム。
【請求項3】
前記差分は、対応する波長における血液以外の組織の減光度に対応する係数を乗算した上で求められる、請求項またはに記載の測定システム。
【請求項4】
前記Nは4であり、
前記血液中物質は、酸素化ヘモグロビン、還元ヘモグロビン、一酸化炭素ヘモグロビン、およびメトヘモグロビンから選ばれた3種である、請求項1からのいずれか一項に記載の測定システム。
【請求項5】
前記Nは5であり、
前記血液中物質は、酸素化ヘモグロビン、還元ヘモグロビン、一酸化炭素ヘモグロビン、及びメトヘモグロビンである、請求項1からのいずれか一項に記載の測定システム。
【請求項6】
前記濃度の特定を前記第3演算部に所定のタイミングで行なわせる監視部を備える、請求項1からのいずれか一項に記載の測定システム。
【請求項7】
前記監視部は、前記出力部を通じて前記生体組織を圧迫するタイミングを報知する、請求項に記載の測定システム。
【請求項8】
前記生体組織に加えられた圧力を検知し、当該圧力に応じた信号を出力する圧力検知部を備える、請求項1からのいずれか一項に記載の測定システム。
【請求項9】
前記生体組織を圧迫可能に前記被検者に装着される圧迫部と、
前記生体組織の減光度変化を発生させる前記圧迫部を制御する圧迫制御部とを備える、請求項からのいずれか一項に記載の測定システム。
【請求項10】
生体信号の測定装置であって、
被検者の生体組織を通過または反射したN種(Nは4以上の整数)の波長を有する光を受光可能な位置に配置された受光部から当該N種の波長を有する光の強度に対応するN種の信号を受信する信号受信部と、
前記N種の信号の前記生体組織の圧迫に伴う変化に基づいて、N種の減光度を取得する第1演算部と、
前記N種の減光度から選ばれた(N−1)種の組合せに係る2つの減光度の差分に基づいて、(N−1)種の血液由来の減光度を取得する第2演算部と、
前記(N−1)種の血液由来の減光度に基づいて、(N−1)種の血液中物質の濃度を特定する第3演算部と、
特定された前記濃度を出力する出力部とを備える、測定装置。
【請求項11】
生体信号の測定装置を制御するプログラムであって、
前記測定装置は、
被検者の生体組織を通過または反射したN種(Nは4以上の整数)の波長を有する光を受光可能な位置に配置された受光部から当該N種の波長を有する光の強度に対応するN種の信号を受信する信号受信部と、
前記信号受信部と接続されたコンピュータと、
前記コンピュータと接続された出力部とを備えるものであり、
前記プログラムは、前記コンピュータを、
前記N種の信号の前記生体組織の圧迫に伴う変化に基づいて、N種の減光度を取得する第1演算部と、
前記N種の減光度から選ばれた(N−1)種の組合せに係る2つの減光度の差分に基づいて、(N−1)種の血液由来の減光度を取得する第2演算部と、
前記(N−1)種の血液由来の減光度に基づいて、(N−1)種の血液中物質の濃度を特定する第3演算部として動作させ、
さらに特定された前記濃度を前記出力部より出力させる、プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体信号測定システムに関する。特に生体の一例としての被検者より取得した生体信号に基づいて、血液中物質濃度を特定するシステムに関する。また本発明は、当該システムに用いられる生体信号測定装置、および当該装置を制御するプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
血液の酸素化の程度を測定することは、生体組織への血液供給が十分に行なわれているかを判断するために重要である。動脈血液の酸素化の程度すなわち動脈血酸素飽和度は、パルスオキシメータを用いて容易に測定できるようになっている。また、異常ヘモグロビンである一酸化炭素ヘモグロビンCOHbやメトヘモグロビンMetHbの血液中濃度をパルスオキシメータの原理を用いて測定する方法も知られている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−228578号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
パルスオキシメータの原理を用いると、無侵襲で簡単な測定が可能となるが、脈波振幅の大きさが測定精度に依存してしまう。例えば循環に障害が発生して脈波が極端に小さくなると、測定不能となる。また、一酸化炭素中毒では、COHb濃度が50%を超えると心機能が低下して昏睡状態となる。このような場合も、パルスオキシメータの原理を用いる方法では測定できないことがある。
【0005】
よって本発明は、例えば昏睡状態で循環に障害が生じた患者に対しても、簡便な手法によって血液中物質濃度に係る情報を取得しうる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、本発明がとりうる第1の態様は、生体信号の測定システムであって、
互いに異なるN種(Nは4以上の整数)の波長を有する光を出射する発光部と、
生体組織を通過または反射したN種の光の受光強度に応じてN種の信号を出力する受光部と、
前記N種の信号に基づいて、N種の減光度を取得する第1演算部と、
前記N種の減光度から選ばれた(N−1)種の組合せに係る2つの減光度に基づいて、(N−1)種の血液由来の減光度を取得する第2演算部と、
前記(N−1)種の血液由来の減光度に基づいて、(N−1)種の血液中物質の濃度を特定する第3演算部と、
特定された前記濃度を出力する出力部とを備える。
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明がとりうる第2の態様は、生体信号の測定装置であって、
被検者の生体組織を通過または反射したN種(Nは4以上の整数)の波長を有する光の強度に対応するN種の信号を受信する信号受信部と、
前記N種の信号に基づいて、N種の減光度を取得する第1演算部と、
前記N種の減光度から選ばれた(N−1)種の組合せに係る2つの減光度に基づいて、(N−1)種の血液由来の減光度を取得する第2演算部と、
前記(N−1)種の血液由来の減光度に基づいて、(N−1)種の血液中物質の濃度を特定する第3演算部と、
特定された前記濃度を出力する出力部とを備える。
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明がとりうる第3の態様は、生体信号の測定装置を制御するプログラムであって、
前記測定装置は、
被検者の生体組織を通過または反射したN種(Nは4以上の整数)の波長を有する光の強度に対応するN種の信号を受信する信号受信部と、
前記信号受信部と接続されたコンピュータと、
前記コンピュータと接続された出力部とを備えるものであり、
前記プログラムは、前記コンピュータを、
前記N種の信号に基づいて、N種の減光度を取得する第1演算部と、
前記N種の減光度から選ばれた(N−1)種の組合せに係る2つの減光度に基づいて、(N−1)種の血液由来の減光度を取得する第2演算部と、
前記(N−1)種の血液由来の減光度に基づいて、(N−1)種の血液中物質の濃度を特定する第3演算部として動作させ、
さらに特定された前記濃度を前記出力部より出力させる。
【0009】
N種の波長を用いて(N−1)種の血液由来の減光度を取得することにより、吸光係数と血液中物質濃度の関係のみを抽出し、当該濃度を特定することができる。この結果を得るために操作者が行なう実質的な作業は、例えば4波長以上で測定するパルスオキシメトリ用プローブを被検者の生体組織に装着するのみである。すなわち特殊なプローブの用意や特殊な作業を要することなく、多波長パルスオキシメータを用いて迅速に血液中物質濃度を特定することができる。
【0010】
例えば、前記2つの減光度の差分に基づいて、前記血液由来の減光度を取得する構成とすることができる。ここで前記差分の取得に用いられる前記2つの減光度に対応する2波長が、前記N種の波長のうち、血液以外の組織の減光度の差がより小さい波長同士として選択される場合、より正確に血液中物質の濃度を特定することができる。
【0011】
前記差分は、対応する波長における血液以外の組織の減光度に対応する係数を乗算した上で求められる構成としてもよい。
【0012】
この場合、適切に係数を選ぶことにより、血液以外の組織の減光度の波長依存性が除去され、より正確に血液中物質の濃度を特定することができる。
【0013】
例えば、前記Nを4とし、前記血液中物質は、酸素化ヘモグロビン、還元ヘモグロビン、一酸化炭素ヘモグロビン、およびメトヘモグロビンから選ばれた3種とすることができる。あるいは、前記Nを5とし、前記血液中物質は、酸素化ヘモグロビン、還元ヘモグロビン、一酸化炭素ヘモグロビン、およびメトヘモグロビンとすることができる。
【0014】
前記濃度の特定を前記第3演算部に所定のタイミングで行なわせる監視部を備える構成としてもよい。
【0015】
この場合、被検者の末梢循環の状態を連続的に監視することが可能となり、例えば一酸化炭素中毒患者の容体把握の助けとなる。
【0016】
前記監視部は、前記出力部を通じて前記生体組織を圧迫するタイミングを報知する構成としてもよい。この場合、前記減光度は、前記生体組織の圧迫に伴う前記受光強度の変化に基づいて取得される。
【0017】
前記生体組織に加えられた圧力を検知し、当該圧力に応じた信号を出力する圧力検知部を備える構成としてもよい。
【0018】
この場合、医療従事者による圧迫の度合いの相違を考慮した制御が可能となる。
【0019】
血液中物質濃度の正確な特定にあたっては、生体組織の圧迫をその都度行なうことが望ましい。上記の構成によれば、操作者は報知に基づいて圧迫を行なえばよいため、血液中物質濃度の特定を確実に行なうことができる。
【0020】
前記生体組織を圧迫可能に前記被検者に装着される圧迫部と、前記生体組織の減光度変化を発生させる前記圧迫部を制御する圧迫制御部とを備える構成としてもよい。この場合、測定装置の操作者や測定の繰返し回数によらず血液中物質濃度の特定を自動化できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の一実施形態に係る生体信号測定システムの構成を示す機能ブロック図である。
図2】上記生体信号測定システムにおける第2演算部が行なう処理の一例を説明する図である。
図3】上記第2演算部が行なう処理の説明を補足する図である。
図4】吸光係数と血液中物質濃度の関係を説明する図である。
図5】生体組織の圧迫を伴う血液中物質濃度の特定について説明する図である。
図6】変形例に係る生体信号測定システムの構成を示す機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の実施形態の例について、添付の図面を参照しつつ以下詳細に説明する。なお以下の説明に用いる各図面では、各部材を認識可能な大きさとするために縮尺を適宜変更している。
【0023】
図1に示すように、本実施形態に係る生体信号測定システム1は、測定装置10およびプローブ20を備えている。測定装置10は、指示受付部11、制御部12、信号受信部13、および出力部14を備えている。本実施形態のプローブ20は、被検者の指30に装着される構成を有するものであり、発光部21および受光部22を備えている。
【0024】
指示受付部11は、測定装置10の外面に設けられたマンマシンインターフェースであり、測定装置10に所望の動作を行なわせるためにユーザより入力される指示を受け付け可能に構成されている。
【0025】
制御部12は、各種演算処理を実行するCPU、各種制御プログラムを格納するROM、データ格納やプログラム実行のためのワークエリアとして利用されるRAM等を備え、測定装置10における様々な制御を実行する。制御部12は、指示受付部11と通信可能に接続されている。指示受付部11は、受け付けた指示に応じた信号を制御部12に入力する。
【0026】
プローブ20の発光部21は、測定装置10の制御部12と通信可能に接続されている。発光部21は、第1波長λ1を有する第1の光、第2波長λ2を有する第2の光、第3波長λ3を有する第3の光、および第4波長λ4を有する第4の光を出射可能とされている。
【0027】
本実施形態において発光部21は、第1波長λ1の一例として660nmの赤色光を出射する発光ダイオード、第2波長λ2の一例として940nmの赤外光を出射する発光ダイオード、第3波長λ3の一例として810nmの赤外光を出射する発光ダイオード、および第4波長λ4の一例として620nmまたは635nmの赤色光を出射する発光ダイオードを備えている。各発光ダイオードは、制御部12からの制御信号に応じて、所定のタイミングで発光する。出射された第1の光、第2の光、第3の光、および第4の光は、それぞれ生体組織の一例としての指30に入射する。
【0028】
プローブ20の受光部22は、指30を通過した第1の光、第2の光、第3の光、および第4の光を受光可能な位置に配置される。受光部22は、受光した第1の光の強度I1に応じた第1信号S1、受光した第2の光の強度I2に応じた第2信号S2、受光した第3の光の強度I3に応じた第3信号S3、および受光した第4の光の強度I4に応じた第4信号S4を出力可能な構成とされている。
【0029】
本実施形態においては、このような構成を有する素子としてフォトダイオードを用いている。受光部22は、測定装置10の信号受信部13と通信可能に接続されている。受光部22より出力された信号S1、S2、S3、S4は、信号受信部13に入力される。
【0030】
信号受信部13は、制御部12と通信可能に接続されている。信号受信部13は、受信した信号S1、S2、S3、S4を制御部12に入力する。制御部12は、第1演算部41、第2演算部42、第3演算部43、および監視部44を備えている。
【0031】
第1演算部41は、第1信号S1に基づいて第1の光の減光度A1を取得し、第2信号S2に基づいて第2の光の減光度A2を取得し、第3信号S3に基づいて第3の光の減光度A3を取得し、第4信号S4に基づいて第4の光の減光度A4を取得するように構成されている。減光度A1、A2、A3、A4は、それぞれ第1信号S1、第2信号S2、第3信号S3、および第4信号S4の、ある時刻(例えば生体組織の圧迫前)における受光光量と別の時刻(例えば生体組織の圧迫中)における受光光量の比として計算され、次式で表わされる。

A1=log(I1/Io1) (1)
A2=log(I2/Io2) (2)
A3=log(I3/Io3) (3)
A4=log(I4/Io4) (4)

ここでIo1、Io2、Io3、Io4が基準時刻(例えば生体組織の圧迫前)における受光光量を示し、I1、I2、I3、I4が測定時における受光光量を示している。添え字1は第1の光を、添え字2は第2の光を、添え字3は第3の光を、添え字4は第4の光を表している。
【0032】
第2演算部42は、第1演算部41が取得した第1の光と第2の光の減光度A1、A2に基づいて、また第2の光と第3の光の減光度A2、A3に基づいて、さらに第2の光と第4の光の減光度A2、A4に基づいて、血液由来の減光度を取得するように構成されている。具体的には、減光度A2と減光度A1の差分に基づいて、血液由来の減光度Ab21を取得し、減光度A2と減光度A3の差分に基づいて血液由来の減光度Ab23を取得し、減光度A2と減光度A4の差分に基づいて血液由来の減光度Ab24を取得するように構成されている。この処理の原理について、以下詳しく説明する。
【0033】
指30を圧迫して生体組織の厚みを変化させた際に生じる減光度の変化Aは、血液の厚み変化と血液以外の組織の厚み変化とに起因する。この事実は次式で表わされる。

A1=Ab1+At1=E1HbDb+Z1Dt (5)
A2=Ab2+At2=E2HbDb+Z2Dt (6)
A3=Ab3+At3=E3HbDb+Z3Dt (7)
A4=Ab4+At4=E4HbDb+Z4Dt (8)

ここで、Eは吸光係数(dl g-1cm-1)、Hbは血色素濃度(g dl-1)、Zは血液以外の組織の減光率(cm-1)、Dは厚み(cm)を表している。添え字bは血液を、添え字tは血液以外の組織を、添え字1は第1の光を、添え字2は第2の光を、添え字3は第3の光を、添え字4は第4の光を表している。
【0034】
血液以外の組織の波長依存性は無視できるため、Z1=Z2=Z3=Z4とできる。ここで式(6)より式(5)を減じ、式(6)より式(7)を減じ、式(6)より式(8)を減ずると、次式を得る。

Ab21=A2−A1=(E2−E1)HbDb (9)
Ab23=A2−A3=(E2−E3)HbDb (10)
Ab24=A2−A4=(E2−E4)HbDb (11)

右辺には血液の情報のみが含まれている。したがって、減光度A2と減光度A1の差分、減光度A2と減光度A3の差分、および減光度A2と減光度A4の差分をとることにより、血液由来の減光度Ab21、Ab23、Ab24を得ることができる。
【0035】
次に、式(9)を式(10)で除算し、式(9)を式(11)で除算すると、HbとDbの項が削除され次式を得る。

Ab21/Ab23=(A2−A1)/(A2−A3)=(E2−E1)/(E2−E3)
(12)
Ab21/Ab24=(A2−A1)/(A2−A4)=(E2−E1)/(E2−E4)
(13)

ここで式(12)と式(13)における(E2−E1)、(E2−E3)、(E2−E4)は、酸素化ヘモグロビン濃度O2Hb(%)、還元ヘモグロビン濃度RHb(%)、一酸化炭素ヘモグロビン濃度COHb(%)の関数である。各吸光係数E1、E2、E3、E4は、次式で表わされる。

E1=Eo1・O2Hb+Er1・RHb+Ec1・COHb (14)
E2=Eo2・O2Hb+Er2・RHb+Ec2・COHb (15)
E3=Eo3・O2Hb+Er3・RHb+Ec3・COHb (16)
E4=Eo4・O2Hb+Er4・RHb+Ec4・COHb (16)
O2Hb+RHb+COHb=1 (17)

ここで、Eoは酸素化ヘモグロビンの吸光係数を、Erは還元ヘモグロビンの吸光係数を、Ecは一酸化炭素ヘモグロビンの吸光係数を表している。添え字1は第1の光を、添え字2は第2の光を、添え字3は第3の光を、添え字4は第4の光を表している。
【0036】
ここで図2を参照しつつ、減光度の差分をとることの意味について説明する。図2は、プローブ20の上から指30を圧迫した場合における、減光度A1、減光度A2、および血液由来の減光度Ab21(=A2−A1)の経時変化を示すグラフである。
【0037】
圧迫を解除しても減光度A1、A2の値が圧迫開始前の水準に戻らず、血液以外の組織の変形が影響を及ぼしていることが判る。一方、減光度の差分値(A2−A1)すなわち血液由来の減光度Ab21は、圧迫の解除後に圧迫開始前の水準に収束していくことが判る。すなわち、異なる波長の光を生体組織に照射することにより得られた減光度同士の差分をとるという単純な演算操作のみで、血液以外の組織の変形の影響を除去できる。
【0038】
前述の通り、血液以外の組織の波長依存性は無視できるが、まったく等しいわけではない。血液が無い鳥のささみ肉および水の光吸収スペクトルを図3に示す。600〜1100nmの範囲では、鳥のささみ肉の吸光度はほぼ一定であるが、長波長に比べ短波長の減光度は大きい。したがって、上記の減算を行う際には、血液以外の組織の減光度の差がより小さい波長により得られた減光度同士の減算とした方が血液以外の組織の影響をより軽減可能であり、正確な血液中の物質濃度計算を行なうことができる。例えば、660nmと940nmの値で減算を行なうよりも、810nmと940nmの値で減算を行なう方が血液以外の組織の影響を軽減できる。
【0039】
なお前述のとおり、血液以外の組織の減光度は波長により僅かに差があるが、厳密に組織の影響を除去することも可能である。各波長における血液以外の組織の減光率がZ2=K2Z1、Z3=k3Z1、Z4=k4Z1の関係であれば、

A1=Ab1+At1=E1HbDb+Z1Dt (18)
k2A2=k2Ab2+k2At2=k2E2HbDb+k2Z2Dt (19)
k3A3=k3Ab3+k3At3=k3E3HbDb+k3Z3Dt (20)
k4A4=k4Ab4+k4At4=k4E4HbDb+k4Z4Dt (21)

と定数kを乗算してから減算すると、血液以外の組織の減光度の項は完全に消去されて誤差の無い、より精度の良い測定が可能となる。係数k2、k3、k4は、例えば図3のような測定によりあらかじめ決定することが可能である。
【0040】
図4は、血液中のヘモグロビンがO2Hb、RHb、COHbの3種類であるとした場合における、上記(E2−E1)、(E2−E3)、および(E2−E4)の各々と、O2Hb濃度、RHb濃度、COHb濃度との関係を示している。(E2−E1)、(E2−E3)、および(E2−E4)は、O2Hb濃度、RHb濃度、COHb濃度の関数であるため、計測値である式(12)と式(13)の左辺は、O2Hb濃度、RHb濃度、COHb濃度の関数となる。なおRhb濃度については図中に直接の記載はないが、Cohb濃度とO2Hb濃度の和を100%から減算した値が、Rhb濃度となる。
【0041】
以上より、少なくとも4種の波長を有する光を用いて血液由来の減光度Ab21、Ab23、Ab24を測定すれば、(12)から(17)式を通じて血液中のO2Hb濃度、RHb濃度、COHb濃度を定量的に特定できることが判る。第3演算部43は、この原理に基づいて、O2Hb濃度、RHb濃度、COHb濃度を特定するように構成されている。COHbに代えてMetHbとしても、同様の測定が可能である。
【0042】
制御部12は、第3演算部43による判定結果を示す信号S5を出力部14へ入力する。出力部14は、測定装置10の外面に設けられたマンマシンインターフェースであり、視認可能な情報を表示するディスプレイを含んでいる。ディスプレイは、信号S5に応じた適宜の態様で判定結果を表示する。
【0043】
よって本実施形態の構成によれば、4波長以上で測定するパルスオキシメトリ用のプローブ20を被検者の指30に装着するのみで、血液中物質濃度を特定することができる。例えば救急の現場において、特殊なプローブの用意や特殊な作業を要することなく、多波長パルスオキシメータを用いて簡易かつ迅速に血液中物質濃度を特定することができ、優先度の迅速な決定に寄与しうる。
【0044】
なお用いる波長数を5つとした場合、4種のヘモグロビン濃度を得ることができる。例えば、O2Hb濃度、RHb濃度、COHb濃度、MetHb濃度を同時に得ることができる。第5波長λ5の一例としては、第4波長λ4を620nmまたは635nmの一方とした場合のもう一方が挙げられる。
【0045】
また本実施形態の構成によれば、5波長以上で測定するパルスオキシメトリ用のプローブ20を被検者の指30に装着するのみで、血液中物質濃度を特定することができる。例えば、昏睡状態で循環に障害が生じた患者に対しても、特殊なプローブの用意や特殊な作業を要することなく、多波長パルスオキシメータを装着して血液中物質濃度に係る情報を取得しうる。
【0046】
また本実施形態によれば、色素希釈法を実施できる。色素希釈法とは、血液中に色素を投与した後の血液中色素濃度を測定し、循環機能や肝臓機能を評価する方法である。色素としては、インドシアニングリーンなどが用いられる。
【0047】
監視部44は、監視処理を実行するように構成されている。監視処理とは、上記の各種ヘモグロビンの特定を、第3演算部43に所定のタイミングで実行させる処理である。より具体的には、指30が圧迫されたことを認識した際に当該処理を開始し、所定時間が経過するごとに、第3演算部43に各種ヘモグロビン濃度の特定を行なわせる。
【0048】
このような構成によれば、被検者の末梢循環の状態を連続的に監視することが可能となり、例えば一酸化炭素中毒患者に対する酸素吸入による治療効果を確認する際の助けとなる。図5を参照しつつ、この点について説明する。
【0049】
図5の(a)に示すように、プローブ20が装着される指30は、動脈血Ba、静脈血Bv、血液以外の組織Tsを含んでいる。この状態から指30を圧迫すると、図5の(b)に示すように、血液以外の組織Tsが圧縮されるとともに、動脈血Baと静脈血Bvが排除される。圧迫状態を解除すると、図5の(c)に示すように、先ず動脈血Baの流入が始まり、血液以外の組織Tsの厚みが元に戻り始める。次いで図5の(d)に示すように、静脈血Bvの流入が始まる。図5の(e)は、動脈血Ba、静脈血Bv、血液以外の組織Tsの厚みが圧迫前の状態に戻ったことを示している。
【0050】
圧迫が解除された後、指30の厚みが元に戻るにつれて減光度は大きくなる。減光度の変化は、動脈血Ba、静脈血Bv、血液以外の組織Tsそれぞれの厚み変化寄与分を含んでいるが、上述の手法によれば、血液以外の組織Tsの変化分の影響を排除して血液中物質濃度の特定が可能である。図5の(c)に示す時点では、主に動脈血Baが血液以外の組織Tsに流入する。図5の(d)および(e)に示すように静脈血Bvが流入するにつれて、減光度における静脈血Bvの寄与分が大きくなる。しかしながら、異常ヘモグロビン濃度や血液中に投与した色素の濃度などは、動脈血Baと静脈血Bvの間で差がない。
【0051】
本実施形態の構成によれば、任意の時点における血液中物質濃度の値を特定することが可能である。例えば、図5の(a)に示す時点で測定した受光光量を基準値(式(1)から(4)におけるIo1、Io2、Io3、Io4)とし、図5の(b)に示す時点で測定した受光光量を同式におけるI1、I2、I3、I4とすれば、圧迫により排除された血液の血液中物質濃度を測定することができる。また図5の(b)に示す時点で測定した受光光量を基準値とし、以降の任意の時点で取得される測定値から計算した減光度の変化は、実質的に血液のみの厚み変化によりもたらされるものと見ることができる。したがって、より精度の高い血液中物質濃度の連続監視が可能となる。
【0052】
指30が圧迫されたことの判断は、第2演算部42が取得した血液由来の減光度Ab21、Ab23、Ab24の微分値を、監視部44が取得することにより行なわれる。指30の圧迫により減光度Ab21、Ab23、Ab24が急上昇すると、微分値が大きく変化する。圧迫された箇所から血液が排除されると、減光度Ab21、Ab23、Ab24は最大値付近においてほぼ一定値をとるため、微分値はゼロ付近を推移する。最初の微分値の大きな変化をもって生体組織の圧迫がなされたことを認識し、次いで微分値がゼロ付近を推移し始めた時点で、血液の排除がなされたと判断して測定開始のトリガとする。
【0053】
したがって医療従事者は、4波長以上で測定するパルスオキシメトリ用のプローブ20を被検者の指30に装着し、プローブ20の上から指30を圧迫するという作業のみで、圧迫時点の指先の血液中物質濃度を測定できるだけでなく、以降の経時変化を監視できるようになる。同じくプローブ20により取得可能な動脈血酸素飽和度(SpO2)と比較しながら監視することにより、例えば一酸化炭素中毒患者の末梢循環の状態変化を把握することができる。
【0054】
本実施形態に係る上記の説明は、本発明の理解を容易にするためのものであって、本発明を限定するものではない。本発明は、その趣旨を逸脱することなく変更・改良され得ると共に、本発明にはその等価物が含まれることは明らかである。
【0055】
受光部22は、必ずしも指30を通過した光を受光する位置に配置されることを要しない。指30を反射した光を受光する位置に配置され、各波長の反射光強度に基づいて上記の減光度が取得される構成としてもよい。
【0056】
またプローブ20が装着される生体組織は、指30に限られるものではない。所望の測定がなしうる限りにおいて、任意の生体組織を対象に選ぶことができる。例えば耳たぶなどを対象とすることができる。
【0057】
上述のように、指30の圧迫により受光光量の基準値を得ることにより、以降の血液中物質濃度の連続測定が可能となる。しかしながら、測定中にプローブ20と生体組織の位置関係がずれた場合、基準値を更新しないと正確な測定ができなくなる。そこで圧迫を定期的に行なって基準値を更新していくことにより、測定の信頼性を向上させることが可能となる。したがって監視部44は、一定時間の経過ごとに、出力部14を通じて視覚的あるいは聴覚的に圧迫のタイミングを報知する構成としてもよい。医療従事者が当該報知に従って指30の圧迫を行なうことにより、血液中物質濃度の特定を確実に行なうことができる。
【0058】
なお指30の圧迫により受光光量の変化を取得するにあたっては、圧迫時の受光強度と圧迫解除後の受光強度を比較してもよいし、圧迫前の受光強度と圧迫時の受光強度を比較してもよい。
【0059】
本発明の効果として、血液中の物質濃度を特定するにあたって特殊なプローブの用意が必要ない旨を先に述べたが、追加設備の使用を禁止する意図ではない。例えば図1に破線で示すように、プローブ20を覆うカフ50(圧迫部の一例)を被検者の指30に装着し、カフ50の内部の気圧を制御するカフ圧制御部46(圧迫制御部の一例)を制御部12が備える構成としてもよい。
【0060】
カフ圧制御部46は、先ずカフ50がプローブ20を介して被検者の指30を所定の圧力で圧迫できるように、カフ50内部を加圧する。そして所定時間の経過後、カフ50の内部が減圧される。このような構成によれば、操作者や繰返し回数によらず、常に一定の条件で圧迫を行なうことができる。したがって、より正確に血液中の物質濃度を特定することができる。
【0061】
また図6に示すように、プローブ20に圧力検知部60を設けてもよい。この場合、医療従事者による指30の圧迫を圧力検知部60が検知し、圧力に応じた信号が制御部12に入力される。制御部12は、当該信号に応じた血液中物質濃度の計算を行なうように構成される。このような構成によれば、医療従事者による圧迫の度合いの相違を考慮した制御が可能となる。
【0062】
特定された血液中物質濃度は、必ずしも数値として出力部14のディスプレイに表示されることを要しない。これに加えてあるいは代えて、血液中物質濃度を示す色やシンボルを出力部14のディスプレイに表示してもよい。また出力部14は、血液中物質濃度を示す音声を出力してもよい。
【0063】
上述した第1演算部41、第2演算部42、第3演算部43、監視部44、およびカフ圧制御部46の機能は、回路素子等のハードウェアの動作、コンピュータの一例としての制御部12に格納されたプログラム等のソフトウェアの動作、あるいはこれらの組合せによって実現される。
【符号の説明】
【0064】
1:生体信号測定システム、10:測定装置、12:制御部、13:信号受信部、14:出力部、21:発光部、22:受光部、41:第1演算部、42:第2演算部、43:第3演算部、44:監視部、46:カフ圧制御部、50:カフ、A1:第1の光の減光度、A2:第2の光の減光度、A3:第3の光の減光度、A4:第4の光の減光度、Ab21、Ab23、Ab24:血液由来の減光度、I1:第1の光の強度、I2:第2の光の強度、I3:第3の光の強度、I4:第4の光の強度
図1
図2
図3
図4
図5
図6