(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
波長が10μm程度の遠中赤外線は、室温付近の黒体放射スペクトルのピークに相当する。そのため、この波長帯における高性能な検出器が、暗視装置やリモートセンシング応用の面から強く望まれている。冷却型赤外線検出器としては、一般に、HgCdTe(水銀カドミウムテルル)系の材料を用いた直接遷移型赤外線検出装置が主に使われてきた。ところが、HgCdTe系材料は、大面積基板の均質性が乏しく、加工プロセスも困難である。よって、HgCdTe系材料を用いて赤外線検出器を作製すると、価格が高くなってしまう。
【0003】
一方で、近年の半導体結晶成長技術の進展と成熟に伴い、特にGaAs(ガリウムヒ素)等のIII−V族半導体では、均質性の高い大面積基板が低価格で提供されるようになった。これにより、III−V族半導体を用いた赤外線検出器(例えば量子井戸型赤外線検出器)が開発されてきた。
【0004】
このようなIII−V族半導体赤外線検出器の中でも、量子ドットを光吸収層として用いた量子ドット型赤外線検出器が、近年注目を集めている。以下、量子ドット及び量子ドット型赤外線検出器の動作原理について簡単に説明する。量子ドットは直径がナノメートルサイズの3次元的な微小構造である。以下では、量子ドットとは、異なる組成の半導体結晶の接合界面における格子定数の違いによる歪みを解消するために、自然に形成される(Stranski−Krastanovモード、以下S−K)ものを指す。S−Kモードで形成される半導体量子ドットは、S−K量子ドットと呼ばれている。
【0005】
S−K量子ドットは、周囲の半導体のバンドギャップに比べて狭バンド幅の半導体組成で作製される。従って、S−K量子ドットが形成されるヘテロ界面では、伝導帯や荷電子帯に不連続なギャップが生じ、ポテンシャルの井戸が形成される。そのため、量子ドット内に複数個の電子や正孔を保持することができる。量子ドット内の電子や正孔は、それらのド・ブロイ波長より小さな微小空間に3次元的に閉じ込められるため、例えば水素原子中の電子状態のように、離散化したエネルギー準位を持つ。量子ドットが形成された層に入射した赤外線は、基底状態(上述の離散化準位のうち、最もエネルギーの低い準位)に保持されていた電子又は正孔を、量子ドット内の高次の離散化準位に励起(サブバンド間遷移)するか、又は更にエネルギーの高い連続準位等に励起する。このように励起された電子又は正孔をコンタクト電極まで到達させて電気信号として測定できれば、赤外線を検出することができる。
【0006】
半導体量子ドット型赤外線検出器は、前述の離散化したエネルギー準位に起因してキャリア(電子及び正孔)の熱励起が強く抑制される。そのため、半導体量子ドット型赤外線検出器は、優れた熱雑音特性を有し、信号・雑音比の高い赤外線検出が可能である。また、量子ドット型赤外線検出器は量子井戸型赤外線検出器とは異なり、キャリア(電子及び正孔)が3次元的に閉じ込められているため、基板に垂直方向の入射光に対しても感度を有するという利点もある。
【0007】
量子ドット型赤外線検出器の検出波長特性は、ドット内の基底状態と、光吸収後の高次の離散化準位又は連続準位と、のエネルギー差によって決定される。そのため、量子ドット型赤外線検出器は、原理的に狭帯域の検出器である。すわなち、量子ドット型赤外線検出器は、分光器等を用いなくても特定の波長の光のみを選択的に観測できるという利点を有する。
【0008】
一方、量子ドット型赤外線検出器の検出波長は、一般に検出器の製造工程において、結晶成長時のエネルギーバンド構造で決まってしまう。そのため、検出器の作製後に検出波長を調整することができない。そこで、検出波長を調整するために、バイアス電圧の正負を切り替えたり、偏光子を用いることで、予め決まった検出波長間で検出波長を切り替えることのできる量子ドット型赤外線検出器が開発されてきた(特許文献1及び2、非特許文献1)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。各図面においては、同一要素には同一の符号が付されており、必要に応じて重複説明は省略される。
【0018】
実施の形態1
まず、本発明の実施の形態1にかかる量子ドット型赤外線検出器100について説明する。量子ドット型赤外線検出器100では、例えばInAsのS−K量子ドットが用いられる。InAsからなるS−K量子ドットは、GaAsよりも格子定数が大きいInAsからなる数原子層程度の薄い層(濡れ層とも称する)を、GaAs基板上に積層させることで、自発的に形成される。
【0019】
図1は、実施の形態1にかかる量子ドット型赤外線検出器100の構成を模式的に示す構成図である。量子ドット型赤外線検出器100は、GaAs基板1上に形成されたメサ部10を有する。GaAs基板1は、バルクのGaAsで構成される。
【0020】
GaAs基板1上には、i(intrinsic)−GaAs緩衝層2(厚さ100nm)が積層されている。i−GaAs緩衝層2の上には、下部n型コンタクト層3が積層される。下部n型コンタクト層3は、Siなどのn型不純物をGaAsに添加した層(例えば、2×10
18cm
−3、厚さ数百nm)で構成される。
【0021】
下部n型コンタクト層3上の一部には、メサ部10が形成される。メサ部10は、GaAs中間層12a、12b及び12c、第1の量子ドット層13、第2の量子ドット層14、n−GaAs上部コンタクト層4を有する。なお、
図1では表示していないが、下部n型コンタクト層3上に、ノンドープのi−GaAs層が100nmほど積層されていてもよい。
【0022】
メサ部10では、下部n型コンタクト層3上にGaAs中間層12aが積層される。GaAs中間層12a上には、InAsからなる第1の量子ドット層13が積層される。第1の量子ドット層13上には、GaAs中間層12b(厚さ10nm以下)が積層される。GaAs中間層12b上には、InAsからなる第2の量子ドット層14が積層される。第2の量子ドット層14上には、GaAs中間層12cが積層される。以下、GaAs中間層12a、12b及び12c、第1の量子ドット層13、第2の量子ドット層14により構成される半導体積層体を、積層体11と称する。なお、GaAs中間層12a、12b及び12cは、それぞれ第1〜第3の半導体層とも称する。
【0023】
図2は、積層体11の構成を模式的に示す拡大図である。第1の量子ドット層13には、第1の量子ドット13aが形成される。第1の量子ドット13aは、GaAsよりも格子定数の大きい第1の量子ドット層13を積層することで、微小突起として自発的に形成される。第2の量子ドット層14には、第2の量子ドット14aが形成される。第2の量子ドット14aは、GaAsよりも格子定数の大きい第2の量子ドット層14を積層することで、微小突起として自発的に形成される。
【0024】
第2の量子ドット14aは、第1の量子ドット13aの上方に並んで形成される。これにより、並んで形成された第1の量子ドット13a及び第2の量子ドット14aは、二重量子ドット15を構成する。
【0025】
積層体11のGaAs中間層12c上には、n−GaAs上部コンタクト層4が積層される。なお、
図1には図示していないが、n−GaAs上部コンタクト層4の表面酸化を防ぐため、n−GaAs上部コンタクト層4上にi−GaAs層(例えば、厚さ10nm)が積層されてもよい。
【0026】
n−GaAs上部コンタクト層4上には、上部コンタクト電極5が形成されている。n−GaAs上部コンタクト層4上の上部コンタクト電極5が形成されていない部分は、検出対象となる光を受ける受光窓6として機能する。
【0027】
メサ部10が形成されていない領域の下部n型コンタクト層3上には、下部コンタクト電極7が形成される。
【0028】
続いて、量子ドット型赤外線検出器100の製造方法について説明する。
図3A〜3Cは、実施の形態1にかかる量子ドット型赤外線検出器100の製造工程を模式的に示す断面図である。
図3Aに示すように、まず、GaAs基板1上に、i−GaAs緩衝層2(厚さ100nm)、下部n型コンタクト層3(厚さ数百nm)を順に積層する。
【0029】
そして、下部n型コンタクト層3上に、GaAs中間層12a及び第1の量子ドット層13を順に積層する。これにより、第1の量子ドット13aが形成される。その後、第1の量子ドット層13上に、厚さ10nm以下のGaAs中間層12bを積層する。GaAs中間層12bの厚さは10nm以下であるが、5nm以下であることがより望ましい。
【0030】
続いて、GaAs中間層12b上に、第2の量子ドット層14を積層する。これにより、第2の量子ドット14aが形成される。その後、第2の量子ドット層14上に、GaAs中間層12cを積層する。なお、GaAs中間層12bは10nm以下と十分に薄いので、第2の量子ドット層14は第1の量子ドット層13の結晶歪みが十分に緩和されないうちに積層される。そのため、第2の量子ドット14aは、第1の量子ドット13aの上方に形成される。これにより、第1の量子ドット13aと第2の量子ドット14aとは対となり、二重量子ドット15を構成する。
【0031】
量子ドットの密度やサイズは、成長温度や原料となるIn又はAs原子ガスの圧力や成長時間等の様々なパラメータによって決まる。本実施の形態では、量子ドットのサイズのバラツキが最小化でき、量子ドットが高密度に得られる条件であることが望ましい。
【0032】
最後に、GaAs中間層12c上に、n−GaAs上部コンタクト層4を積層する。なお、i−GaAs緩衝層2、下部n型コンタクト層3、GaAs中間層12a、第1の量子ドット層13、GaAs中間層12b、第2の量子ドット層14、GaAs中間層12c、n−GaAs上部コンタクト層4は、例えば分子線エピタキシー法や有機金属気相成長法により積層される。
【0033】
続いて、
図3Bに示すように、例えば紫外線又は電子線リソグラフィーにより、n−GaAs上部コンタクト層4上にフォトレジストパターン16を形成する。その後、フォトレジストパターン16上に、上部コンタクト電極5を形成するための金属膜を蒸着する。そして、リフトオフ法によりフォトレジストパターン16を除去し、上部コンタクト電極5を形成する(不図示)。上部コンタクト電極5は、例えばAuGe/Ni/Au多層膜により構成される。
【0034】
続いて、
図3Cに示すように、例えば紫外線又は電子線リソグラフィーにより、n−GaAs上部コンタクト層4及び上部コンタクト電極5上に、フォトレジストパターン17を形成する。その後、例えばウェットエッチングにより、メサ部10を形成する。
【0035】
続いて、例えば紫外線又は電子線リソグラフィーにより、下部n型コンタクト層3上にフォトレジストパターンを形成する(不図示)。その後、フォトレジストパターン上に、下部コンタクト電極7を形成するための金属膜を蒸着する。そして、リフトオフ法によりフォトレジストパターンを除去し、下部コンタクト電極7を形成する(不図示)。下部コンタクト電極7は、例えばAuGe/Ni/Au多層膜により構成される。すなわち、下部コンタクト電極7は、上部コンタクト電極5と同様の方法で形成することができる。
【0036】
フォトレジストパターンを除去後、水素ガスを含む還元雰囲気で400℃程度の温度でアニール処理を行う。これにより、n−GaAs上部コンタクト層4と上部コンタクト電極5との間、下部n型コンタクト層3と下部コンタクト電極7との間に、オーミックコンタクトが形成される。その後、チップの切り出しを行い、
図1に示す量子ドット型赤外線検出器100が作製される。
【0037】
以上の工程で作製された量子ドット型赤外線検出器100を含む半導体チップは、適当な支持基材上に固定される。支持基材としては、例えばセラミックスやSi基板などを用いることができる。続いて、上部コンタクト電極5及び下部コンタクト電極7に対してワイヤーボンディングにより電気配線(典型的には直径数10 μmの金線)を結線する。それぞれの電極からの配線は、バイアス電圧印加のための電圧源や読み出し用のIC回路などに接続される。
【0038】
次に、量子ドット型赤外線検出器100の動作について説明する。
図4は、1組の二重量子ドット15の断面と伝導帯のエネルギーとの関係を模式的に示す図である。なお、
図4では、基板成長軸方向を紙面水平向(紙面左側が基板上面側)としている。本実施の形態の二重量子ドット15では、第2の量子ドット14aの高さが、第1の量子ドット13aより高いものとする。なお、
図2に示すように、二重量子ドット15は複数形成されるが、説明の簡略化のため1組の二重量子ドット15に着目して説明する。第1の量子ドット13a及び第2の量子ドット14aの高さのバラつきが十分小さければ、複数の二重量子ドット15は同様に振る舞うので、1組の二重量子ドット15に着目するだけで、量子ドット型赤外線検出器100の動作を理解することが可能である。
【0039】
量子ドットは、高さが高いほど基底状態のエネルギーが低くなり、バルクのInAsのエネルギー状態に近づく。よって、第1の量子ドット13aの基底状態31と第2の量子ドット14aの基底状態32との間には、エネルギー差が生じる。以降では、第1の量子ドット13aの基底状態31と第2の量子ドット14aの基底状態32との間のエネルギー差を、エネルギーオフセットと称する。
【0040】
量子ドット型赤外線検出器100は、基板成長軸方向にバイアスを印加して光電流を検出する縦バイアス印加型の赤外線検出器である。この際、バイアス電圧を印加することで、上述のエネルギーオフセットを変調することができる。これにより、量子ドット型赤外線検出器100の検出波長を調整することが可能である。以下に、検出波長を調整する方法について具体的に説明する。
【0041】
図5は、実施の形態1にかかる量子ドット型赤外線検出器100にバイアス電圧を印加してエネルギーオフセットを0にした場合の1組の二重量子ドット15の断面と伝導帯のエネルギーとの関係を模式的に示す図である。この場合、エネルギーオフセットは0なので、第1の量子ドット13aの基底状態31及び第2の量子ドット14aの基底状態32のエネルギーレベルが等しくなる。
【0042】
このとき、第1の量子ドットの基底状態31の波動関数と第2の量子ドットの基底状態32の波動関数が合わさって、電子が束縛される領域が空間的に広がった電子状態を形成することができる。このように第1の量子ドット13aと第2の量子ドット14aとに跨って形成された電子状態を、結合状態(及び反結合状態)と呼ぶ。
【0043】
第1の量子ドットの基底状態31を|ψ
1>、第2の量子ドットの基底状態32を|ψ
2>と表記する場合、上述の結合状態は、これらの線形結合で表される。この条件で、以下の式(1)に示すトランスファー積分t及び重なり積分sを得ることができる。但し、式(1)において、Hは二重量子ドット15のハミルトニアンである。
【数1】
【0044】
結合状態を表す線形結合において、相互作用を考慮しない場合の単一量子ドットの基底状態|ψ
1>及び|ψ
2>に対して0でない係数を持つための条件から、結合状態のエネルギーEを求める式(永年方程式)は以下の式(2)で表される。
【数2】
但し、式(2)のH及びSは、以下の式(3)に示す2行2列の行列である。
【数3】
【0045】
ここで、|ψ
1>と|ψ
2>とは、それぞれの量子ドットに強く束縛された状態を表しているので、重なり積分sを0と近似する。この場合、式(2)に示す永年方程式の解は、以下の式(4)で表される。
【数4】
但し、ε
1は第1の量子ドット13aの基底状態のエネルギー、ε
2は第2の量子ドット14aの基底状態のエネルギー、Δε=ε
2−ε
1はエネルギーオフセットである。
【0046】
図6は、結合状態のエネルギーEとエネルギーオフセットΔεとの関係を示すグラフである。
図6に示すように、エネルギー固有値が低い状態を結合状態51と称する。エネルギー固有値が高い状態を反結合状態52と称する。エネルギーオフセットΔεが0のとき、結合状態では、相互作用が無い場合の量子ドットの基底状態からトランスファー積分tだけエネルギーが下がって安定化していることが分かる。また、|Δε|>>tであるときの結合状態のエネルギーは、相互作用の無いとき単一量子ドットのエネルギー固有値(ε
1またはε
2)に漸近することが分かる。
【0047】
続いて、エネルギーオフセットΔεの変調により量子ドット型赤外線検出器100の検出波長を調整する方法を説明する。まず、バイアス電圧が0のときを考える。
図7Aは、バイアス電圧が0の場合の二重量子ドット15の伝導体のエネルギーを示す図である。
図7Bは、バイアス電圧が0の場合の第1の量子ドット13aの基底状態31のエネルギーレベルε
1と第2の量子ドット14aの基底状態32のエネルギーレベルε
2との関係を示す図である。
図7Cは、結合状態のエネルギーEとエネルギーオフセットΔεとの関係を示すグラフである。
図7Cでは、この条件は符号61で示す領域に相当する。
【0048】
この場合では、第2の量子ドット14aの基底状態32は第1の量子ドット13aの基底状態31よりエネルギーが低い。すなわち、エネルギーオフセットΔεは負となる。但し、量子ドット型赤外線検出器100にはバイアス電圧が印加されていないので、赤外線吸収によって励起された光電子を電極側に引き抜くことができない。よって、この場合には量子ドット型赤外線検出器100は検出器として機能しない。
【0049】
従って、量子ドット型赤外線検出器100を検出器として機能させるためには、量子ドット型赤外線検出器100にバイアス電圧を印可する必要が有る。ここでは、エネルギーオフセットΔεが0になる状況までバイアス電圧を印加する場合について説明する。
図8Aは、エネルギーオフセットΔεが0になる状況までバイアス電圧を印加した場合の二重量子ドット15の伝導体のエネルギーを示す図である。
図8Bは、エネルギーオフセットΔεが0になる状況までバイアス電圧を印加した場合の第1の量子ドット13aの基底状態31のエネルギーレベルε
1と第2の量子ドット14aの基底状態32のエネルギーレベルε
2との関係を示す図である。
図8Cは、結合状態のエネルギーEとエネルギーオフセットΔεとの関係を示すグラフである。なお、
図8Aでは、相互作用を考えない場合の第1の量子ドット13a及び第2の量子ドット14aの基底状態のエネルギーレベルを点線で示している。
図8Cでは、この条件は符号62で示す領域に相当する。
【0050】
この場合、上述のように、相互作用を考えない場合の第1の量子ドット13a及び第2の量子ドット14aの基底状態のエネルギーレベルよりトランスファー積分tだけ低い位置に結合状態が形成される。そのため、電子は結合状態に束縛される。結合状態に束縛された電子は、赤外線を吸収して第1の量子ドット13a及び第2の量子ドット14aのいずれかの励起状態に遷移しうるが、光電流として寄与するのは主に正極側(低バイアス側)の第1の量子ドット13aの励起状態に遷移した場合である。従って、最も波長の長い(すなわち、エネルギーが小さい)遷移は、結合状態51から第1の量子ドット13aの第1励起状態への遷移となる。
【0051】
続いて、さらにバイアス電圧を印加して、エネルギーオフセットΔεを正側に大きくした場合について説明する。
図9Aは、エネルギーオフセットΔεが正の値になる状況までバイアス電圧を印加した場合の二重量子ドット15の伝導体のエネルギーを示す図である。
図9Bは、エネルギーオフセットΔεが正の値になる状況までバイアス電圧を印加した場合の第1の量子ドット13aの基底状態31のエネルギーレベルε
1と第2の量子ドット14aの基底状態32のエネルギーレベルε
2との関係を示す図である。
図9Cは、結合状態のエネルギーEとエネルギーオフセットΔεとの関係を示すグラフである。
図9Cでは、この条件は符号63で示す領域に相当する。
【0052】
エネルギーオフセットΔεがトランスファー積分tより十分大きい場合、結合状態51のエネルギーは第1の量子ドット13aの基底状態31に限りなく漸近するので、基底状態31に等しいと考えて差し支えない。すなわち、二重量子ドット15間の相互作用は限りなく小さく、電子は第1の量子ドット13aに局在している。このとき、赤外線吸収による電子の励起による光電流生成を考えると、最も波長の長い遷移は第1の量子ドット13aの基底状態31から第1励起状態への遷移となる。この遷移エネルギーは、エネルギーオフセットΔεが0のときの遷移エネルギーと比較して、トランスファー積分tだけ小さい。
【0053】
より具体的には、エネルギーオフセットΔεが0のときの検出波長がhc/(ΔE+t)であるのに対して、エネルギーオフセットΔεが十分大きいときの検出波長はhc/ΔEとなる。なお、hはプランク定数、cは光速、ΔEは第1の量子ドット13aの基底状態31と第1励起状態との間のエネルギー差である。つまり、エネルギーオフセットΔεを大きくすることで、検出波長を長波長化することができる。
【0054】
さらに、本実施の形態にかかる量子ドット型赤外線検出器100では、第1の量子ドット層13と第2の量子ドット層14との間のGaAs中間層12bの厚さが薄いほどトランスファー積分tが大きくなり、波長調整域を広げることができる。
【0055】
以上の説明では、エネルギーオフセットΔεが0のとき、トランスファー積分tより十分大きいときの2例についてのみ言及したが、その中間のバイアス電圧の領域でも同様の動作ができることは言うまでもない。すなわち、本実施の形態にかかる量子ドット型赤外線検出器100によれば、バイアス電圧の印加により二重量子ドット15のエネルギーオフセットΔεを変調することで、赤外線検出波長をhc/(ΔE+t)からhc/ΔEまでの任意の波長に調整することができる。
【0056】
実施の形態2
次に、本発明の実施の形態2について説明する。本実施の形態は、量子ドット型赤外線検出器100のバイアス電圧の調整方法にかかるものである。本調整方法により、エネルギーオフセットΔεが0となるバイアス電圧を決定することができる。
図10は、量子ドット型赤外線検出器100のバイアス電圧の調整するためのシステム構成を模式的に示すブロック図である。
【0057】
コントローラ201は、パーソナルコンピュータと同様に、入力部と出力部とを有する。コントローラ201は、バイアス電源202、読み出し装置203及び分光器204を制御する。バイアス電源202は、量子ドット型赤外線検出器100にバイアス電圧Vbを印加する。読み出し装置203は、量子ドット型赤外線検出器100の光電流を読み出す。分光器204は、黒体輻射炉などの参照光源205から所望の中心波長λ
cと半値全幅W
hを有する赤外線を取り出し、取り出した赤外線を量子ドット型赤外線検出器100に照射する。分光器204は、分光手段の一例であり、本構成には限定されない。なお、コントローラ201は、測定した光電流に対して数値微分演算を行うことができる。
【0058】
上述の分光器204及び参照光源205は、エネルギーオフセットΔεを0にするバイアス電圧Vbを特定する作業を行う際(すなわち、工場出荷時の初期設定など)にのみ用いられる。よって、実際の量子ドット型赤外線検出器100の動作時、すなわちバイアス電圧Vbを変化させて検出波長を調整して検出器を使用する場合には必要ではない。
【0059】
以上構成により、コントローラ201は、プログラム206を実行することにより、エネルギーオフセットΔεが0となるバイアス電圧Vbを決定する。以下、バイアス電圧Vbを決定する動作原理について説明する。
【0060】
まず、バイアス電圧Vb(1V程度)を印可した状態で、光電流又は検出感度の波長依存性を測定する。これにより、第1の量子ドット13aの基底状態31と励起状態間のエネルギー差に対応するピーク(すなわちサブバンド間遷移に起因するピーク)が少なくとも1つ以上得られる。続いて、ピーク波長を中心とした強度が波長に対して略一定で半値全幅が5μm以下のブロードな励起光を検出器に入射させ、バイアス電圧Vbを0Vから増加させゆく。仮に結合状態を考慮しない場合、光電流はバイアス電圧Vbに対して単調に増加する。しかし、量子ドット型赤外線検出器100では、光電流はあるバイアス電圧Vbで小ピーク構造をとってから再び単調に増加する。この小ピーク構造を取るバイアス電圧Vbを印加したときが、エネルギーオフセットΔεが0となる場合に対応する。その理由を以下で説明する。
【0061】
量子ドット型赤外線検出器100では、基底状態から赤外線を吸収して励起状態に遷移した電子を低バイアス側に光電流として引き出すことで信号を検出する。よって、一度光を吸収した量子ドットが次の光子に反応するためには、基底状態に再度電子を供給する必要がある。エネルギーオフセットΔεが0で結合状態が形成されている状況下では、波動関数が第2の量子ドット14aの領域まで空間的に広がっている。従って、エネルギーオフセットΔεが0でない場合と比べて、バイアス電圧Vbの印加によって高バイアス側からGaAs中間層の連続状態を伝って伝導してくる電子が結合状態(基底状態)に捕獲されるレートが高い。すなわち、量子ドットが一度赤外線を吸収して光電子を放出した後、速やかに電子を基底状態に取りこんで、次の赤外線吸収に対応することができる。これにより、強度が波長に対して一定のブロードな光を入射しながらバイアス電圧Vbを変化させてゆくと、結合状態が形成されるときのバイアス電圧Vbを印加した際に光電流が増大する。その結果、光電流をバイアス電圧Vbに対してプロットした際に、小ピーク構造を見出すことができる。
【0062】
上述の動作原理に基づいたエネルギーオフセットΔεが0となるバイアス電圧Vbの決定方法について説明する。
図11は、量子ドット型赤外線検出器100においてエネルギーオフセットΔεが0となるバイアス電圧Vbの決定方法を示すフローチャートである。
図11に示す手順は、コントローラ201でプログラム206を実行することで実現される。
【0063】
まず、量子ドット型赤外線検出器100に、バイアス電圧Vbの値を設定する。この際、バイアス電圧Vbとして、例えば波長依存性を測定する際の適当な電圧(例えば1V程度)を設定する(ステップS1)
【0064】
設定したバイアス電圧Vbを検出器に印加しながら光電流I
photoの波長依存性(I
photo−λ)を測定する(ステップS2)。
【0065】
測定された光電流の波長依存性において、ピーク構造の有無を判定する(ステップS3)。ここでいうピーク構造とは、第1の量子ドット13aの基底状態31と励起状態との間のエネルギー差に対応するピーク(すなわち、サブバンド間遷移に起因するピーク)を指す。
【0066】
ピーク構造が観測されなければ、ステップS1に戻ってバイアス電圧Vbを変更する。設定したバイアス電圧Vbが1.0Vであれば、例えば1.1Vに変更する。
【0067】
ピーク構造が観測された場合は、ピークの中心波長λ
cと、検出器に入射するブロードな入射光の半値全幅W
h(例えば2μm)と、を設定する(ステップS4)。
【0068】
上述の中心波長λ
cと半値全幅W
hを有するブロードな入射光を検出器に照射しながら、光電流I
photoのバイアス電圧依存性(I
photo−Vb)を測定する(ステップS5)。
【0069】
続いて、測定された光電流のバイアス電圧依存性(I
photo−Vb)を、バイアス電圧に対して数値微分処理を行う。そして、処理結果にディップ(へこみ)構造があるかを判定する(ステップS6)。
【0070】
ディップが観測されなければ、ステップS4に戻って半値全幅を変更する。例えば設定した半値全幅が2.0μmであれば、0.1 μm増加させて2.1 μmとする。
【0071】
ディップが観測された場合には、ディップ位置でのバイアス電圧Vbを出力して、処理を終了する。この数値微分においてディップが観測されるバイアス電圧Vbとは、前上述の光電流のバイアス電圧依存性におけるピーク構造が観測されるバイアス電圧を意味する。これは、エネルギーオフセットΔεが0のときのバイアス電圧に相当する。
【0072】
以上、本方法によれば、量子ドット型赤外線検出器100において、エネルギーオフセットΔεが0となるバイアス電圧Vbを決定することができる。
【0073】
実施の形態3
次に、実施の形態3にかかる量子ドット型赤外線検出器300について説明する。量子ドット型赤外線検出器300は、量子ドット型赤外線検出器100の積層体11を積層体41に置換した構成を有する。
図12は、実施の形態3にかかる量子ドット型赤外線検出器300の積層体41の構成を模式的に示す断面図である。積層体41は、積層体42が繰り返し積層された構造を有する。積層体42は、積層体11と同様の構成を有する。換言すれば、量子ドット型赤外線検出器300は、積層体11が複数積み重なった構造を有する。
【0074】
n(nは、1以上の整数)組目の第2の量子ドット層14と(n+1)組目の第1の量子ドット層13との間のGaAs中間層(n番目のGaAs中間層12c及び(n+1)番目のGaAs中間層12a)の厚さは20nm以上であり、典型的には50nmである。
【0075】
本構成によれば、量子ドット型赤外線検出器100と同様に検出波長を調整できる量子ドット型赤外線検出器を提供することができる。
【0076】
なお、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。例えば、上述の実施の形態では、赤外線検出に用いられるキャリアが電子である場合について説明したが、キャリアが正孔である場合でも同様の効果を発揮できることは勿論である。
【0077】
上述では、III−V族半導体としてGaAsを例として説明したが、組成はGaAsに限られない。例えば、InPやGaNなどの他の2元混晶を用いて検出器を作製することも可能である。また、一部又は全部の半導体層に、3元混晶や4元混晶などの多元混晶を用いることも可能である。
【0078】
上記の実施の形態の一部又は全部は、以下の付記のようにも記載され得るが、以下には限られない。
【0079】
(付記1)半導体基板と、半導体基板の上方に積層された受光層である積層体と、を備え、前記積層体は、前記半導体基板の上方に積層された第1の半導体層と、前記第1の半導体層の上方に積層された厚みが10nm以下である第2の半導体層と、前記第2の半導体層の上方に積層された第3の半導体層と、前記第1の半導体層と前記第2の半導体層との間に積層され、前記第2の半導体層との間の界面に第1の量子ドットが形成された第1の量子ドット層と、前記第2の半導体層と前記第3の半導体層との間に積層され、前記第1の量子ドット層の略上方に前記第1の量子ドットと二重量子ドットを構成する第2の量子ドットが前記第3の半導体層との間の界面に形成された第2の量子ドット層と、を備える、量子ドット型赤外線検出器。
【0080】
(付記2)前記第1の量子ドットの高さは、前記第2の量子ドットの高さと異なる、付記1に記載の量子ドット型赤外線検出器。
【0081】
(付記3)前記第1の量子ドットの高さは、前記第2の量子ドットの高さよりも低い、付記2に記載の量子ドット型赤外線検出器。
【0082】
(付記4)前記第1の量子ドット層は、前記第1の半導体層よりも格子定数が大きく、前記第2の量子ドット層は、前記第2の半導体層よりも格子定数が大きい、付記1乃至3のいずれか一に記載の量子ドット型赤外線検出器。
【0083】
(付記5)前記積層体を複数備え、複数の前記積層体は繰り返し積層される、付記1乃至4のいずれか一に記載の量子ドット型赤外線検出器。
【0084】
(付記6) 前記複数の前記積層体は、第1の積層体と、前記第1の積層体上に前記第1の積層体と隣接して積層された第2の積層体と、を含み、前記第1の積層体の前記第3の半導体層と前記第2の積層体の前記第1の半導体層との合計厚みは、20nm以上である、付記5に記載の量子ドット型赤外線検出器。
【0085】
(付記7)前記第1の積層体の前記第3の半導体層と前記第2の積層体の前記第1の半導体層との合計厚みは、50nmである、付記6に記載の量子ドット型赤外線検出器。
【0086】
(付記8)前記積層体には、外部からバイアス電圧が印加される、付記1乃至7のいずれか一に記載の量子ドット型赤外線検出器。
【0087】
(付記9)付記8に記載の前記量子ドット型赤外線検出器と、参照光を出力する参照光源と、前記参照光源から特定の波長及び半値全幅を有する光を前記量子ドット型赤外線検出器に出力する分光手段と、前記量子ドット型赤外線検出器に前記バイアス電圧を印可するバイアス電源と、前記量子ドット型赤外線検出器の光電流の前記光電流の値を読み出す読み出し手段と、前記分光器に前記光を出力させ、前記バイアス電源に前記バイアス電圧を変化させながら、前記読み出し手段に前記量子ドット型赤外線検出器の光電流を測定させることにより、前記光電流の前記バイアス電圧に対する変化率の変曲点におけるバイアス電圧を、前記二重量子ドットのエネルギーオフセットを0にするバイアス電圧として決定するコントローラと、を備える、量子ドット型赤外線検出器のバイアス電圧決定システム。
【0088】
(付記10)前記分光器に、前記量子ドットのサブバンド間遷移波長を中心波長とする、半値全幅5μm以下の光を出力させる処理と、前記光が入射された状態で、前記バイアス電源に前記バイアス電圧を変化させながら、前記読み出し手段に、前記量子ドット型赤外線検出器の光電流を測定させる処理と、前記光電流の前記バイアス電圧に対する変化率の変曲点を検出させる処理と、前記変曲点におけるバイアス電圧を、前記二重量子ドットのエネルギーオフセットを0にするバイアス電圧として決定させる処理と、を付記9に記載の前記量子ドット型赤外線検出器の前記コントローラに実行させる、量子ドット型赤外線検出器のバイアス電圧決定システムの制御プログラム。
【0089】
(付記11)付記8に記載の前記量子ドット型赤外線検出器に、前記量子ドットのサブバンド間遷移波長を中心波長とする、半値全幅5μm以下の光を入射させ、前記光が入射された状態で、前記バイアス電圧を変化させながら前記量子ドット型赤外線検出器の光電流を測定し、前記光電流の前記バイアス電圧に対する変化率の変曲点を検出し、前記変曲点におけるバイアス電圧を、前記二重量子ドットのエネルギーオフセットを0にするバイアス電圧として決定する、量子ドット型赤外線検出器のバイアス電圧決定方法。
【0090】
(付記12)半導体基板の上方に、受光層である積層体を積層し、前記積層体の積層に際して、前記半導体基板の上に第1の半導体層を積層し、前記第1の半導体層の上に、前記第1の半導体層よりも格子定数が大きい第1の量子ドット層を積層することにより第1の量子ドットを形成し、前記第1の量子ドット層の上に、厚みが10nm以下である第2の半導体層を積層し、前記第2の半導体層の上に、前記第2の半導体層よりも格子定数が大きい第2の量子ドット層を積層することにより第2の量子ドットを形成し、前記第2の量子ドット層の上に、第3の半導体層を積層する、量子ドット型赤外線検出器の製造方法。