【実施例1】
【0010】
まず、構成を説明する。
実施例1における車両の制駆動力制御装置の構成を、[車載システム構成]、[制駆動力制御の全体システム構成]、[制駆動力制御装置の詳細構成]、[制駆動力制御処理の詳細構成]に分けて説明する。
【0011】
[車載システム構成]
図1は、実施例1の制駆動力制御装置が適用された前輪駆動の電気自動車を示し、
図2は、後輪駆動のエンジン車を示す。以下、
図1及び
図2に基づき、車載システム構成を説明する。
【0012】
まず、制駆動力制御装置とは、車両の動力源(
図1では、制駆動用電動モータ)による制駆動トルクを、車体の振動に合わせて適切に制御することにより、その振動を制御する機能を持つ。また、本発明の効果が付加される事で、操舵時のヨー応答向上、リニアリティの向上、ロール挙動の抑制、の効果も得られる。
【0013】
車両の構成は、前輪駆動の電気自動車で、その制駆動力制御はコントローラである制駆動モータECU101にて行われる。制駆動モータECU101は、各輪(102FR,102FL,102RR,102RL)に接続された車輪速センサ(103FR,103FL,103RR,103RL)からの信号、ステアリングホイール110に接続された操舵角センサ111からの信号、及びブレーキペダル104とアクセルペダル105からのドライバ入力に応じてモータ108への制駆動指令値を算出し、インバータ106へ指令値を送る。インバータ106はこの指令値に基づき、バッテリ107からの電力をモータ108へ供給する。これによりモータ108はトルクを発生し、発生したトルクは変速機109を介して前輪102FR,102FLへと伝達され、車両を制駆動することができる。
【0014】
ここで、実施例1の制駆動力制御装置が適用される車両としては、
図2に示すように、動力源がモータ108でなくエンジン108bまたはその他制駆動手段、駆動方式が前輪駆動ではなく後輪駆動または四輪駆動、変速機109が自動変速機109b(または手動変速機)及びディファレンシャルギア109cで置き換えられたエンジン車でも良い。更に、動力源として、モータ108とエンジン108bが搭載されたハイブリッド車でも良い。
【0015】
[制駆動力制御の全体システム構成]
図3は、実施例1の制駆動モータECU101の内部構成を示す。以下、
図3に基づき、制駆動力制御の全体システム構成を説明する。
【0016】
制駆動力制御装置の制御プログラムは、制駆動モータECU101内にプログラムされていて、内部構成として、
図3に示すように、ドライバ要求トルク演算部1201と、トルク指令値演算部1202と、制駆動力制御装置1203と、を備えている。
【0017】
前記ドライバ要求トルク演算部1201は、通常、アクセルペダルとブレーキペダルを介してドライバ入力を取得し、ドライバ要求トルクを演算する。
【0018】
前記トルク指令値演算部1202は、基本的に、ドライバ要求トルク演算部1201からのドライバ要求トルクと、他システム(例えば、VDCやTCSなど)からのトルク要求も受けて、モータ108へのトルク指令値(制駆動指令値)を算出する。このとき、ドライバ要求トルクには、制駆動力制御装置1203からのトルク補正値(トルク補正量)によるトルク補正が加わる。なお、トルク指令値演算部1202及びモータ108(エンジン車の場合は、エンジン108b)は、ドライバ入力(ドライバに代替し車両を制御するシステムからの入力を含む)に基づき、車輪に制駆動トルクを発生させる制駆動トルク発生手段に相当する。
【0019】
前記制駆動力制御装置1203は、
図3に示すように、入力変換部1204と、車体振動推定部1205と、トルク補正値算出部1206と、出力処理部1207と、を備えている。この制駆動力制御装置1203においては、ドライバ要求トルク、モータ回転数、車輪速、操舵角に基づき、トルク補正値を算出し、これを補正トルクとしてドライバ要求トルクに加算する形で制御を行う。なお、制駆動力制御装置の制御プログラムを、任意のコントローラ内にプログラムし、制駆動モータECU101やエンジンECU101bといった駆動力源コントローラに制駆動力制御指令値を送っても良い。
【0020】
[制駆動力制御装置の詳細構成]
図4は、実施例1の制駆動力制御装置を示す制御ブロック線図であり、
図5は、制駆動力制御処理の流れを示すフローチャートである。以下、
図4及び
図5に基づき、制駆動力制御装置の詳細構成を説明する。
【0021】
前記制駆動力制御装置1203は、
図4に示すように、入力変換部1204と、車体振動推定部1205と、トルク補正値算出部1206(トルク補正量算出手段)と、出力処理部1207と、の4部構成となっている。以下、4部構成のそれぞれについて詳細に説明する。
【0022】
(入力変換部)
まず、入力変換部1204では、車両からのセンシング情報を後段の車体振動推定部1205で用いる車両モデル1307の入力形式、具体的には車体に加わるトルクまたは力の次元に変換を行う。この入力変換部1204は、駆動トルク変換部1301と、サスストローク算出部1302と、上下力変換部1303と、車体速度推定部1304と、旋回挙動推定部1305と、旋回抵抗推定部1306と、を有する。
【0023】
前記駆動トルク変換部1301では、ドライバ要求トルク値にギア比を積算してモータ端値(エンジン端値)から駆動軸端値に変換する。ギア比は、車輪速(駆動輪の左右平均回転数)とモータ回転数(エンジン回転数)の比より算出する。このギア比は、変速機の総ギア比(自動または手動変速機とディファレンシャルギアで構成される場合は両者を合わせた総ギア比)となる。
【0024】
前記サスストローク算出部1302では、車輪速からサスペンションのストローク速度及びストローク量を算出する。サスペンションがストロークする際には、
図6に示すように、タイヤは前後方向にも変位をもち、この関係性は車両のサスペンションのジオメトリによって決まる。これを図示したものが
図7(前輪)及び
図8(後輪)である。この関係性を線形近似し、前後変位に対する上下変位の係数を前輪と後輪でそれぞれ係数KgeoF,KgeoRとすると、前後輪の上下変位Zf,Zrは、タイヤの前後位置xtf,xtrに対して次式の関係となる。
Zf=KgeoF・xtf
Zr=KgeoR・xtr
上式を微分すると、タイヤの前後速度と上下速度の式となるため、この関係を用いてサスストローク量と速度を算出する。
【0025】
前記上下力変換部1303では、サスストローク算出部1302にて算出したサスストローク量と速度に対し、バネ係数と減衰係数をそれぞれ積算して和を取ることで、上下力に変換する。また、前記車体速算出部1304では、従動輪の車輪速度平均値を車体速度として出力する。
【0026】
前記旋回挙動推定部1305では、車体速度Vと操舵角入力より、次式でヨーレイトγと車体横滑り角βvを算出する。
なお、δは操舵角より算出されるタイヤ転舵角、lはホイールベース、lf及びlrは車体重心から前後車軸までの距離、mは車重、Cpはタイヤコーナリングパワーをあらわす。
【0027】
前記旋回抵抗推定部1306では、ヨーレイトγと車体横滑り角βv及びタイヤ転舵角δより前後輪のスリップ角βf,βrと、これにコーナリングパワーCpf,CprをかけたコーナリングフォースFyf,Fyrを算出し、車輪スリップ角とコーナリングフォースの積を旋回抵抗として出力する。なお、前後輪のスリップ角βf,βrは、
βf=βv+lf・γ/V−δ
βr=βv−lr・γ/V
の式で計算できる。
【0028】
以上が入力変換部1204における処理である。この入力変換処理は、
図5のフローチャートにおいて、ステップS1401→ステップS1402→ステップS1403→ステップS1404→ステップS1405→ステップS1406→ステップS1407→ステップS1408→ステップS1409→ステップS1410→ステップS1411へと進むことでなされる。
【0029】
(車体振動推定部)
次に、車体振動推定部1205では、入力変換部1204における処理にて算出されたドライバ要求トルク、路面外乱、旋回抵抗相当の力を、
図9に示すような車両モデル1307に入力し、バネ上挙動を表す状態量の算出を行う。この車体振動推定処理は、
図5のフローチャートにおいて、ステップS1411からステップS1412へ進むことでなされる。
【0030】
(トルク補正値算出部)
次に、トルク補正値算出部1206では、車体振動推定部1205からの制御対象とする状態量に対しレギュレータ1308,1309,1310によるゲイン処理を行い、重み付けを行うためのチューニングゲインを積算してその和をとり制御に必要な補正トルク値を算出する。そして、リミット処理部1311で補正トルク値の絶対値をドライバが前後G変動として感じない範囲のトルクに制限する。
【0031】
ここでは、まず制御に必要な補正トルク値を算出するために、『駆動トルクによるピッチ速度』、『駆動トルクによるバウンス速度』、『外乱(車輪速からの推定分)によるピッチ挙動』、『外乱(車輪速からの推定分)によるバウンス挙動』、『旋回抵抗による前輪荷重変動』を制御対象とし、5つのレギュレータゲインF1〜F5とチューニングゲインK1〜K5を設定する。
【0032】
各状態量にレギュレータゲインF1〜F5を積算した値を車両の駆動トルクから差し引けば、各状態量は平衡状態(ここでは振動が止まる方向)に働く。より正確に言うと、各状態量に負のレギュレータゲインを積算した値を補正トルクとし、これを駆動トルクに加算する。ただし、駆動トルクを変動させるため、そのまま補正トルクすると、前後G変動が乗員に違和感を与えることがあるし、また、狙いとする操舵応答向上やロール挙動の積極的な制御を実現することができない。そこで、チューニングゲインK1〜K4は、振動を抑制する正方向の値で、かつ前後G変動を乗員に違和感を与えない範囲の値に設定する。一方、チューニングゲインK5は、振動を助長する負方向の値で、かつ前後G変動を乗員に違和感を与えない範囲の値に設定する。ゲイン設定の方向をイメージ化した図を、
図10に示す。これらチューニングゲインを積算した値の和を、車両駆動軸に付与することにより、荷重を安定化させタイヤの性能を十分に発揮させることが可能となり、また操舵時には荷重を乗せ操舵応答の向上、穏やかなロール挙動を実現できるようになる。
【0033】
このトルク補正値算出処理は、
図5のフローチャートにおいて、ステップS1412からステップS1413→ステップS1414→ステップS1415→ステップS1416→ステップS1417→ステップS1418へ進むことでなされる。
【0034】
具体的な時系列での補正トルクと車両挙動の関係を
図11に示す。
直進走行から時刻t0にて操舵入力を加えると、制駆動力制御によって出力される制御指令値(=駆動トルク)は、
図11の制御指令値特性に示すように、(車体振動を抑制する指令トルク)+(操舵応答をコントロールする指令トルク)により与えられる。
このため、制御後のピッチレイトは、
図11のピッチレイト特性に示すように、制御なし(点線特性)に比べ、操舵過渡領域において適切な荷重移動が実現され、その後のピッチレイトが抑制される。制御後のヨーレイトは、
図11のヨーレイト特性に示すように、制御なし(点線特性)に比べ、旋回開始域での初期応答性が向上し、旋回に入った後の巻き込みが抑制される。制御後のロールレイトは、
図11のロールレイト特性に示すように、制御なし(点線特性)に比べ、旋回中のロールレイトが抑制される。
【0035】
(出力処理部)
次に、出力処理部1207では、減速要求の強弱に応じたトルク補正処理をし、その後、駆動系共振対策としてフィルタ処理をし、そして最終的なリミット処理を行った後に出力する。この出力処理部1207は、走行状態判定部1312(減速要求判定手段)と、トルク補正量処理部1313(トルク補正量処理手段)と、バンドパスフィルタ1314(駆動系共振周波数成分除去処理手段)と、リミット処理部1315と、駆動トルク変換部1316と、を有する。
【0036】
前記走行状態判定部1312では、車両の減速度要求の強弱判定を行う。ここで、減速度要求の強弱判定は、
1.車両ECUの演算した要求減速度
2.要求ブレーキ液圧
3.ブレーキペダル操作量
4.ブレーキペダル踏み増し速度
5.ブレーキペダル戻し速度
6.エンジンブレーキ相当を強めるモードが選択されている
7.アクセルペダルが踏まれていない状態で、車速に合わない低ギヤ段が選択されている
8.スイッチ等による本制御のトルク補正変更要求がある
以上のいずれか、あるいは以上の任意の組合せを指標とする。
そして、上記指標を元に、減速要求係数Cddを下記の式により求める。
Cdd=ΣKi・Ii
ここで、Iiは上記各指標、Kiは夫々の重み係数とする(i=1〜8)。上記指標6〜8(i=6〜8)では、条件成立時にIi=1、そうでない場合Ii=0とする。また、減速要求係数Cddは、各指標毎にマップから参照するようにしても良いし、各指標の関数としても良い。マップあるいは関数として減速要求係数Cddを求める場合の一例として、ブレーキペダル操作量(上記指標3)とブレーキペダル操作速度(上記指標4、5)の関係を
図12に示す。
【0037】
前記トルク補正量処理部1313では、トルク補正値算出部1206で算出された補正トルクの正側トルク補正量調整処理を行い、調整後の補正トルクdTw1を算出する。
dTw1=Kout・Max(dTw,0)+Min(dTw,0)
ここで、Koutは、正側トルク補正量調整ゲインであり、走行状態判定部1312で求まった減速要求係数Cddに応じてKoutを、0または0〜1の間の値をセットする。その際、減速要求が強いほどKoutを0に近づけると良い。尚、制駆動力制御装置1203の起動時など、最初のルーチンでも演算が行えるように、Koutの初期値を例えば1に設定しておく。
図13にトルク補正量処理前の補正トルクdTwと、正側トルク補正量調整ゲインKoutと、トルク補正量処理後(調整後)の補正トルクdTw1と、の特性例を示す。Kout=1のときには、補正トルクdTwは調整されず、1>Kout>0のときには、補正トルクdTwのうち正側トルクが0に近づくほど小さくなるように補正量調整され、Kout=1のときには、補正トルクdTwのうち正側トルクが除去される。
【0038】
また、下記のように補正トルクdTw自体に正側トルク補正量調整ゲインKoutを乗じ、
dTw1=Kout・dTw
正負を問わず補正量を調整する手段としても良い。
【0039】
その他の調整方策として、上記処理のように正側トルク補正量調整ゲインKoutを用いず、下記のようにdTwにリミッタをかける手段としても良い。
dTw1=Min(dTw,Cout)
ここでリミッタ値となるCoutは0とする。または0より大きいが、通常算出されるdTwの絶対値より小さい値とするのも良い。CoutについてもKoutと同様に走行状態判定部1312での結果に応じて決定する。また、最初のルーチンでも演算が行えるように、Koutの初期値は例えば最終的なリミット処理での補正トルク上限値と同値に設定しておく。
【0040】
前記バンドパスフィルタ(BPF)1314では、正側トルク補正量調整処理を終えた値に対し、駆動系共振対策として、車体バネ上振動成分を抽出するとともに駆動系共振周波数成分の除去を行う。これは、実際の車においては、駆動トルクに不用意に振動成分を付加すると駆動系共振と干渉して違和感となる振動が発生するおそれがあることによる。
【0041】
ここで、バンドパスフィルタ1314の設計方法について説明する。一般に、駆動系共振周波数はギア段によって異なり、低速ギアでは低周波より、高速ギア段では高周波よりの共振周波数を持つ(
図14)。ここで設置するバンドパスフィルタ(BPF)は、バネ上共振周波数(一般に1〜2Hz付近)のゲインを0dBとなるように設定する。また、低速ギア段の共振周波数が車体バネ上共振周波数と近い場合、
図15(a)の点線特性に示すように、そのギア段にあるときは制御中断とし、駆動トルクの補正は行わないこととする。そして、制御作動ギア段として設定したギア位置における駆動系共振周波数特性を図示した際の頂点を結んだ図形(
図15(a)の破線特性)を、0dBの線で上下反転させた領域に干渉しないようバンドパスフィルタ(BPF)の周波数特性を設定する(
図15(b)の実線特性)。このようにバンドパスフィルタ(BPF)を設計することで、駆動系共振により指令値が増幅されても、予めバンドパスフィルタ(BPF)でゲインを下げておくため系全体では0dBとなり、バンドパスフィルタ(BPF)前段のリミッタで制限した挙動より大きな挙動が発生することがなくなる。
なお、所定の周波数帯の振動成分を通過させるバンドパスフィルタ1314に代え、ローパスフィルタ、またはローパスフィルタとハイパスフィルタの組合せにより駆動系共振周波数成分の除去処理を実施するようにしても良い。
【0042】
次に、最終的なリミット処理部1315では、トルク補正量の絶対値をドライバが前後G変動として感じない範囲のトルク指令値幅に制限し、駆動トルク変換部1316では、トルク指令値幅を制限した後に、ギア比に応じたモータ端値に変換し、出力する。この出力処理は、
図5のフローチャートにおいて、ステップS1418からステップS1419→ステップS1420→ステップS1421→ステップS1422→ステップS1423へ進むことでなされる。
【0043】
ただし、指令値演算を制駆動モータECU101ではなく、他コントローラで行う場合、出力処理部1207での処理は、補正トルクの演算を行うコントローラで行っても良く、制駆動モータECU101に補正トルクを送った後に制駆動モータECU101で実施しても良い。
【0044】
次に、作用を説明する。
実施例1の車両の制駆動力制御装置における作用を、[減速要求の強弱による正側トルク補正量調整作用]、[駆動系共振周波数成分の除去作用]に分けて説明する。
【0045】
[減速要求の強弱による正側トルク補正量調整作用]
まず、走行状態判定部1312において、減速要求無しの走行状態であると判定されたときは、トルク補正量処理部1313において、正側トルク補正量調整ゲインKoutが、Kout=1とされ、トルク補正値算出部1206で算出された補正トルクdTwがそのままバンドパスフィルタ1314に出力される。つまり、トルク補正量処理部1313にて正側トルク補正量調整処理が行われない。
【0046】
したがって、減速要求無しの走行状態のときは、通常の制駆動力制御が実施されることになる。通常の制駆動力制御を実施することにより、車体の振動要因を操舵によるものとそれ以外に分離し、操舵時には前輪荷重が増加するよう積極的にノーズダウン挙動を助長することでヨー応答を向上させ、同時に余計な振動成分は抑制することでリニアリティを確保する。さらに、これらを同時に行うことで横Gの急変が抑えられるため、ロールレイトの抑制を実現できるという本制御が狙いとする効果が実現されるし、併せて、駆動系共振による振動発生を防止することも可能となる。もちろん、走行中の振動抑制効果も両立されているため、乗心地の向上も同時に実現できる。
【0047】
一方、走行状態判定部1312において、減速要求有りの走行状態であると判定されたときは、トルク補正量処理部1313において、トルク補正値算出部1206で算出された補正トルクの正側トルク補正量調整処理が行われ、バンドパスフィルタ1314に出力される。
【0048】
すなわち、減速要求がある走行状態においては、駆動トルクを抑制することが望ましいが、制駆動力制御を禁止した場合、制駆動力制御による荷重の安定及び振動の抑制効果を失い、車両のノーズ下がりを抑える効果が急に得られなくなる。そのため、制駆動力制御を行いつつ駆動トルクを抑制することが望ましい形態である。
【0049】
そこで、実施例1では、減速要求があるとき、制駆動力制御を止めることなく、減速要求が強いと判定した場合に、相対的に弱いと判定した場合に比較して、制駆動トルクの補正量を小さくする構成を採用した。
したがって、車両の減速要求が強い場合には、減速要求が弱い場合に比べ、制駆動トルクの補正量が小さくされ(制動力確保優先)、制駆動力制御にて駆動トルクを増やす補正により制動力が減少することを抑制できる。一方、車両の減速要求が弱い場合には、減速要求が強い場合に比べ、制駆動トルクの補正量が大きくされ(制駆動力制御優先)、制駆動力制御によるバネ上挙動抑制効果が発揮され、ノーズ下がりを抑える効果が得られる。
このように、減速要求があっても、減速要求の強弱に応じて制駆動トルクの補正量を変更する構成とすることで、車両のノーズ下がりを抑える効果が急に得られなくなるのを防止することができる。
【0050】
実施例1では、減速要求があるとき、減速要求が強いと判定した場合に、相対的に弱いと判定した場合に比較して、正トルク側の制駆動トルクの補正量を小さくする構成を採用した。
すなわち、正側トルク成分(駆動トルク成分)と負側トルク成分(制動トルク成分)の両方を含むトルク補正量のうち、負側トルク成分をそのまま残し、減速要求が強いほど正側トルク補正量を調整する正側トルク補正量調整処理が実施される。
したがって、減速要求があるときに、制駆動力制御を実施しながらも、減速要求に応じて与えられる制動力の低下を抑えることができる。
【0051】
実施例1では、減速要求が強いとき、正トルク側の制駆動トルクの補正量をゼロとする構成を採用した。
すなわち、正側トルク成分(駆動トルク成分)と負側トルク成分(制動トルク成分)の両方を含むトルク補正量のうち、正側トルク成分を除去し、負側トルク成分のみをそのまま残す正側トルク補正量調整処理が実施される。
したがって、減速要求が強いときに、減速要求に応じて与えられる制動力に、制駆動力制御でのトルク補正による負側トルク成分(制動トルク成分)が加わり、強い減速要求に応える制動力を確保することができる。
【0052】
[駆動系共振周波数成分の除去作用]
上記のように、実際の車において、駆動トルクに不用意に振動成分を付加すると駆動系共振と干渉して違和感となる振動が発生するおそれがあるため、予め駆動系共振周波数成分を除去しておく方が好ましい。以下、駆動系共振周波数成分の除去作用を説明する。
【0053】
減速要求がある走行状態のとき、補正トルクの正の成分を小さくするためには、演算された補正トルクの正の成分にゲインを乗じ小さくする、もしくは正の成分にのみ除去(ゼロ)とすればよい。しかしながら、上記操作を行うと補正トルクの波形が大きく変わるため、補正トルクに本来望ましくない周波数成分が生じる可能性がある。望ましくない周波数成分とは、駆動系共振を起こす周波数成分である。そのため、トルク補正量処理部1313にて補正トルクの正の成分を小さくした後、バンドパスフィルタ1314にて駆動系共振周波数成分の除去処理を行う。この結果、減速要求がある走行状態で正側トルク補正量調整処理を採用しても、駆動系共振の発生を防止することができる。
【0054】
制駆動力制御は、車体バネ上挙動を制御することを目的としているため、指令値の車体バネ上共振周波数成分の位相が変化すると、当然制御効果は低下する。そこで、駆動系共振周波数成分は除去しつつも、性能実現のため、指令値の車体バネ上共振周波数成分の位相は変化させない構成とする必要がある。このため、実施例1では、バンドパスフィルタ1314を、車体のバネ上挙動から演算された補正トルクに含まれる車体バネ上共振周波数成分の位相特性を維持する処理を実施するものとした。
【0055】
実施例1では、バンドパスフィルタ1314で透過される車体バネ上共振周波数を、車体のピッチ、バウンス、ロール共振周波数のいずれか、またはそれらの間にある周波数とした。正確には、ピッチ・バウンス・ロール方向で共振周波数は異なるため、主に抑えたい方向の周波数成分、もしくはそれらの中間的な値を制御主対象とする『車体バネ上共振周波数』として設定した。このため、抑えたい方向の駆動系共振の発生を防止することができる。
【0056】
駆動系共振周波数成分の除去といっても、実際には完全に消すことは難しいため、どのレベルまで抑制すればよいかを定義しておく必要がある。実施例1の場合、駆動系共振周波数成分の除去処理によるゲインを、駆動系共振による増幅ゲインとの積が0dB以下になるように設定している。
【0057】
次に、効果を説明する。
実施例1の車両の制駆動力制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0058】
(1) ドライバに代替し車両を制御するシステムからの入力、またはドライバからの入力に基づき、車輪に制駆動トルクを発生させる制駆動トルク発生手段(トルク指令値演算部1202及びモータ108)と、
車体バネ上振動または輪荷重を制御するための制駆動トルクの補正量を算出するトルク補正量算出手段(トルク補正値算出部1206)と、を備え、
前記制駆動トルク発生手段は、前記トルク補正量に基づいて制駆動トルクの補正を行い出力する車両の制駆動力制御装置において、
前記車両の減速要求の強弱を判定する減速要求判定手段(走行状態判定部1312)と、
前記車両の減速要求が強いと判定した場合に、減速要求が相対的に弱いと判定した場合に比較して、制駆動トルクの補正量を小さくするトルク補正量処理手段(トルク補正量処理部1313)と、
を有する(
図4)。
このため、減速要求があっても、車両のノーズ下がりを抑える効果が急に得られなくなるのを防止することができる。
【0059】
(2) 前記トルク補正量処理手段(トルク補正量処理部1313)は、減速要求が強いと判定した場合に、減速要求が相対的に弱いと判定した場合に比較して、正トルク側の制駆動トルクの補正量を小さくする(
図13)。
このため、(1)の効果に加え、減速要求があるとき、制駆動力制御を実施しながらも、減速要求に応じて与えられる制動力の低下を抑えることができる。
【0060】
(3) 前記トルク補正量処理手段(トルク補正量処理部1313)は、減速要求が所定以上の強いとき、正トルク側の制駆動トルクの補正量をゼロにする(
図13)。
このため、(1)または(2)の効果に加え、減速要求が強いとき、減速要求に応じて与えられる制動力に、制駆動力制御での補正による制動トルク成分が加わり、強い減速要求に応える制動力を確保することができる。
【0061】
(4) 前記トルク補正量処理手段(トルク補正量処理部1313)は、前記トルク補正量算出手段(トルク補正値算出部1206)または前記制駆動トルク発生手段(トルク指令値演算部1202)とともにコントローラ(制駆動モータECU101)の内部に有する(
図4)。
このため、(1)〜(3)の効果に加え、トルク補正量算出手段(トルク補正値算出部1206)での内部処理または制駆動トルク発生手段(トルク指令値演算部1202)での内部処理により、トルク補正量を減速要求の強弱に対応して変更することができる。
【0062】
(5) 前記減速要求判定手段(走行状態判定部1312)は、車両ECUの演算した要求減速度、要求ブレーキ液圧、ブレーキペダル操作量、ブレーキペダル操作速度、エンジンブレーキ相当を強めている状態(エンブレモードの選択や、車速に合わない低ギヤ段が選択され、かつアクセルペダルが踏み込まれていない状態)、運転者からトルク補正量の変更要求がある場合などから減速要求の強弱を判定する(
図4)。
このため、(1)〜(5)の効果に加え、ドライバのブレーキ操作のみならず他の車載システムからの減速要求などを含む幅広い情報に基づいて、車両の減速要求の強弱を判定することができる。
【0063】
(6) 前記車両の減速要求の強弱に応じて、前記トルク補正量を変更処理した後、駆動系共振周波数成分の除去処理を実施する駆動系共振周波数成分除去処理手段(バンドパスフィルタ1314)を備え、
前記制駆動トルク発生手段(トルク指令値演算部1202及びモータ108)は、共振周波数成分を除去した後の値をトルク補正量出力値とする(
図4)。
このため、(1)〜(5)の効果に加え、減速要求がある走行状態でトルク補正量変更制御を採用しても、駆動系共振の発生を防止することができる。
【0064】
(7) 前記駆動系共振周波数成分除去処理手段(バンドパスフィルタ1314)は、車体のバネ上挙動から演算された補正トルクに含まれる車体バネ上共振周波数成分の位相特性を維持する処理を実施する(
図13)。
このため、(6)の効果に加え、駆動系共振周波数成分は除去しつつも、車体バネ上挙動を抑制する制駆動力制御性能を実現することができる。
【0065】
(8) 前記駆動系共振周波数成分除去処理手段は、バンドパスフィルタ1314により駆動系共振周波数成分の除去処理を実施する(
図15)。
このため、(6)または(7)の効果に加え、駆動系共振を避けるようにBPF特性を設計することで、駆動系共振周波数成分を除去することができる。
【0066】
(9) 前記駆動系共振周波数成分除去処理手段は、前記バンドパスフィルタ1314で透過される周波数を、車体バネ上共振周波数とする(
図15)。
このため、(8)の効果に加え、電費または燃費を優先する走行状態でトルク補正量変更制御が実施されるとき、車体バネ上共振の発生を防止することができる。
【0067】
(10) 前記駆動系共振周波数成分除去処理手段(バンドパスフィルタ1314)は、車体のピッチ、バウンス、ロール共振周波数のいずれか、またはそれらの間にある周波数を車体バネ上共振周波数とする(
図15)。
このため、(9)の効果に加え、電費または燃費を優先する走行状態でトルク補正量変更制御が実施されるとき、車体バネ上共振のうち、振動抑制を狙うピッチ共振、バウンス共振、ロール共振のいずれかを防止することができる。
【0068】
(11) 前記駆動系共振周波数成分除去処理手段は、ローパスフィルタ、またはローパスフィルタとハイパスフィルタの組合せにより駆動系共振周波数成分の除去処理を実施する(
図4)。
このため、(6)または(7)の効果に加え、バンドパスフィルタ1314に代え、ローパスフィルタ、またはローパスフィルタとハイパスフィルタの組合せを用いて、駆動系共振周波数成分を除去することができる。
【0069】
(12) 前記駆動系共振周波数成分除去処理手段(バンドパスフィルタ1314)は、駆動系共振周波数成分の除去処理によるゲインを、駆動系共振による増幅ゲインとの積が0dB以下になるように設定した(
図15)。
このため、(6)〜(11)の効果に加え、トルク補正量変更と駆動系共振周波数成分除去処理を実施しないとき以下の駆動レベルに抑えることができる。
【実施例2】
【0070】
実施例2は、要求制駆動力及び前後方向外乱による車体バネ上振動を抑制させるように制駆動トルクを補正する制駆動力制御を実施する例である。
【0071】
まず、構成を説明する。
実施例2における車両の制駆動力制御装置の構成を、[全体システム構成]、[制駆動力制御処理の詳細構成]に分けて説明する。
【0072】
[全体システム構成]
図16は、実施例2の制駆動力制御装置を示す全体システム図であり、
図17は、実施例2の制駆動力制御装置が搭載された車両を示す全体構成図である。以下、
図16及び
図17に基づき、全体システム構成を説明する。
【0073】
実施例2の車両の制駆動力制御装置は、要求制駆動力及び前後方向外乱による車体バネ上振動を抑制させるように制駆動トルクを補正するものである。その際、駆動トルクの増加方向、減少方向どちらにも補正を行う。しかし、電費または燃費を優先する走行状態においては、駆動トルクの増加方向に関しては補正量の抑制を行うことで、電費または燃費を高めることができるものである。
【0074】
前記制駆動力制御装置は、
図16に示すように、車輪速センサ10と、アクセルペダル踏み込み量検知部20と、ブレーキ操作量検知部30と、コントローラ50と、駆動力制御手段60と、制動力制御手段70と、を備えている。
【0075】
前記車輪速センサ10は、各車輪の回転数からそれぞれの車輪の速度を検出する。前記アクセルペダル踏み込み量検知部20は、運転者によるアクセルの踏み込み量を検出する。前記ブレーキ操作量検知部30は、運転者によるブレーキ操作量を検出する。
【0076】
前記コントローラ50は、制駆動力制御装置全体の制御を行う。このコントローラ50は、アクセルペダル踏み込み量検知部20から入力されるアクセル踏み込み量、及びブレーキ操作量検知部30から入力されるブレーキ操作量に基づいて、運転者が要求している制駆動トルクを算出する。また、コントローラ50は、車輪速センサ10から入力される各車輪の車輪速に基づいて、各車輪速の変化からタイヤに働く前後方向外乱を算出する。コントローラ50は、算出された要求制駆動力と前後方向外乱とから車体バネ上の挙動を推定する。そして、コントローラ50は、推定された車体バネ上挙動の振動を抑制するような補正トルクを算出する。その後、算出された補正トルクに対し出力調整処理を行い、補正トルク指令値を決定し、補正トルク指令値を駆動力制御手段60と制動力制御手段70へと出力する。
【0077】
前記駆動力制御手段60は、制駆動モータ(あるいはエンジン等、その他駆動手段)への制御指令を算出する。
図18に駆動力制御装置60のブロック図を示す。アクセル開度に従ってドライバ要求駆動トルクを算出するとともに,コントローラ50から出力される補正トルク指令値とこれを加えることで目標駆動トルクを算出し、制駆動モータコントローラは目標駆動トルクに従って制駆動モータへの制御指令を算出する。ここで、ドライバ要求駆動トルクは、
図19に示すような、アクセル開度とドライバ要求モータトルクの関係を定めた特性マップから読み出したドライバ要求モータトルクに対し、ディファレンシャルギア比、自動変速機(あるいは手動変速機)の変速比で駆動軸端に換算することで算出される。
【0078】
前記制動力制御装置70は、ブレーキ液圧指令を出力する。
図20に制動力制御装置70のブロック図を示す。ブレーキペダルの操作量に従って、ドライバ要求制動トルクを算出するとともに、別途入力される補正トルク指令値とこれを加えることで目標制動トルクを算出し、ブレーキ液圧コントローラは目標制動トルクに従ってブレーキ液圧指令を出力する。ここで、ドライバ要求制動トルクは、
図21に示すような、ブレーキ操作量とドライバ要求制動トルクの関係を定めた特性マップから読み出すことで算出される。
【0079】
[制駆動力制御処理の詳細構成]
図22は、実施例2のコントローラ50で行う処理を示す制御ブロック線図である。以下、
図22に基づき、制駆動力制御処理の詳細構成を説明する。
【0080】
前記コントローラ50は、
図22に示すように、要求制駆動トルク算出手段51と、前後外乱算出手段52と、バネ上挙動推定手段53と、補正トルク算出手段54と、走行状態判定手段55(減速要求判定手段)と、補正指令値トルク算出手段56と、を有する。
【0081】
前記要求制駆動トルク算出手段51は、アクセルペダル踏み込み量検知部20とブレーキ操作量検知部30とからの信号を入力し、運転者が要求している制駆動トルクを算出する。
【0082】
前記前後外乱算出手段52は、車輪速センサ10から入力される各車輪の車輪速に基づいて、各車輪速の変化からタイヤに働く前後方向外乱を算出する。
【0083】
前記バネ上挙動推定手段53は、要求制駆動トルク算出手段51から算出された要求制駆動トルクと、前後外乱算出手段52から算出された前後方向外乱とから車体バネ上の挙動を推定する。
【0084】
前記補正トルク算出手段54は、バネ上挙動推定手段53で推定された車体バネ上挙動の振動を抑制するような補正トルクを算出する。
【0085】
前記走行状態判定手段55は、実施例1の走行状態判定部1312と同様に、車両の減速要求の強弱を判定する。
【0086】
前記補正指令値トルク算出手段56は、走行状態判定手段55の判定結果に基づいて、補正トルク算出手段54で算出された補正トルクの出力を調整し、補正トルク指令値を決定する。この補正指令値トルク算出手段56は、トルク補正量処理部561(トルク補正量処理手段)と、バンドパスフィルタ562(駆動系共振周波数成分除去処理手段)と、リミット処理部563と、制駆動トルク変換部564と、を有する。
【0087】
次に、作用を説明する。
【0088】
実施例2による制駆動力制御装置の作用、
図23及び
図24を用いて説明する。
図23は、実施例2のコントローラ50における制駆動力制御処理の処理手順を示すフローチャートである。なお、本処理内容は、一定間隔、例えば10msec毎に連続的に行われる。
【0089】
ステップS100では、走行状態を読み込む。ここで、走行状態は、運転者の操作状況や自車両の走行状況に関する情報である。そこで、車輪速センサ10により検出される各車輪の車輪速VwFR,VwFL,VwRR,VwRLと、アクセルペダル踏み込み量検知部20により検出されるアクセル開度APOと、ブレーキ操作量検知部30により検出されるブレーキ操作量S_bを読み込む。
【0090】
ステップS200では、ステップS100で読み込んだ運転者の操作状況に基づいて、要求制駆動トルクTwを以下に従って算出する。
アクセル開度APOから、
図19に示すような、アクセル開度とドライバ要求モータトルクの関係を定めた特性マップに基づいてドライバ要求トルクTm_aを読み出す。
そして、読み出されたドライバ要求モータ(エンジン)トルクTm_aを、ディファレンシャルギア比Kdif、自動変速機(または手動変速機)のギア比Katに基づいて駆動軸トルクに換算し、ドライバ要求駆動トルクTw_aを算出する。
同様に、ブレーキペダルの操作量S_bから、
図21に示すような、ブレーキ操作量とドライバ要求制動トルクの関係を定めた特性マップからドライバ要求制動トルクTw_bを算出する。
そして、算出されたドライバ要求駆動トルクTw_aとドライバ要求制動トルクTw_bとから要求制駆動トルクTwを、
の式により算出する。
【0091】
ステップS300では、ステップS100で読み込んだ各車輪の車輪速に基づき、後述する運動モデルに入力される前後方向外乱を算出する。ここで前後方向外乱は、路面から各車輪に入力される力であり、以下に従って算出することができる。
各輪車輪速VwFR,VwFL,VwRR,VwRLから実車速成分Vbodyを除去して車体に対する各輪速度を算出し、各輪速度と各輪速度前回値の差分をとり、時間微分することにより各輪加速度を算出する。算出した各輪加速度にバネ下質量を乗じることで、前後輪の前後方向外乱ΔFf、ΔFrを算出する。
【0092】
ステップS400では、ステップS200で算出された要求制駆動トルクTw、及びステップS300で算出された前後方向外乱ΔFf、ΔFrとから、バネ上挙動を推定する。
【0093】
まず、本実施例における運動モデルについて説明する。運動モデルは
図24に示すとおり、車体に対して前後にサスペンションを持つ前後2輪モデルである。すなわち、車両に発生する制駆動トルク変動ΔTw、路面状態変化あるいは制駆動力変化・ステアリング操舵等に応じて前輪に発生する前後方向外乱ΔFf、後輪に発生する前後方向外乱ΔFrとをパラメータとして備え、前後輪1輪に対応したサスペンションのバネダンパ系とを有するサスペンションモデルと、車体重心位置の移動量を表現する車体バネ上モデルにより成り立っている。
【0094】
次に、車両に発生する制駆動トルク変動が発生し、路面状態変化・制駆動力変化・ステアリング操舵の少なくとも一つがタイヤに加えられたことにより前後方向外乱が発生した場合に関して、車両モデルを用いて説明する。
【0095】
車体に制駆動トルク変動ΔTw、前後方向外乱ΔFf、ΔFrの少なくとも一つが発生したとき、車体はピッチ軸まわりに角θpの回転が発生するとともに、重心位置の上下移動xbが発生する。ここで制駆動トルク変動ΔTwは、ドライバのアクセル操作及びブレーキ操作から算出された制駆動トルクΔTw
nと、制駆動トルク前回値ΔTw
n-1の差分から演算する。
【0096】
前輪側サスペンションのバネ定数・減衰定数をKsf、Csf、後輪側サスペンションのバネ定数・減衰定数をKsr、Csrとし、前輪側サスペンションのリンク長・リンク中心高をLsf、hbfとし、後輪側サスペンションのリンク長・リンク中心高をLsr、hbrとする。また、車体のピッチ方向慣性モーメントをIp、前輪とピッチ軸間距離をLf、後輪とピッチ軸間距離をLr、重心高をhcg、バネ上質量をMとする。
この場合、車体上下振動の運動方程式は、
で表すことができ、また、車体ピッチング振動の運動方程式は、
で表すことができる。
これら二つの運動方程式を、
と置いて、状態方程式に変換すると
と表現できる。
ここで、それぞれの要素は、
である。
さらに、上記状態方程式を制駆動トルクを入力とするフィードフォワード(F/F)項,前後輪の走行外乱を入力とするフィードバック(F/B)項と入力信号により分割すると、
フィードフォワード項は、
と表現でき、
フィードバック項は、
と表現できる。
このxを求めることにより、制駆動トルク変動ΔTw、及び前後方向外乱ΔFf、ΔFrによる車体バネ上の挙動を推定することができる。
【0097】
ステップS500では、ステップS400で推定したバネ上挙動に基づき、車体振動を抑制させるような補正トルクdTw
*を算出する。このステップS500で行う処理を、以下に説明する。
【0098】
ステップS200で算出された要求制駆動トルクTwの変動成分ΔTw、及び前後輪の前後方向外乱ΔFf、ΔFrに対する、それぞれのバネ上挙動[x1 x2 x3 x4]
Tから、要求制駆動トルクにフィードバックする補正トルクdTw
*を算出する。
このときフィードバックゲインは、θp微分値と、xb微分値の振動が少なくなるように決定する。
例えば、フィードバック項においてxb微分値が少なくなるようなフィードバックゲインを算出する場合は、重み行列を、
のように選び、
におけるJを最小にする制御入力である。
その解は、リカッチ代数方程式
の正定対称解pを元に、
で与えられる。ここでF
xb_FBはフィードバック項におけるxb微分値に関するフィードバックゲイン行列である。
フィードバック項におけるθp微分値の振動が少なくなるようなフィードバックゲインF
thp_FB、及びフィードフォワード項におけるxb微分値とθp微分値が少なくなるようなフィードバックゲインF
xb_FF、F
thp_FFも同様に算出できる。
フィードバック項におけるθp微分値の振動が少なくなるようなフィードバックゲインF
thp_FBは、重み行列を、
と設定し、
として算出する。
【0099】
同様に、フィードフォワード項におけるxb微分値が少なくなるようなフィードバックゲインF
xb_FFは重み行列を、
と設定し、
として算出する。
【0100】
また、フィードフォワード項におけるxb微分値とθp微分値が少なくなるようなフィードバックゲインF
thp_FFも重み行列を、
と設定し、
として算出する。
これは最適レギュレータの手法であるが、極配置など他の手法にて設計しても良い。
【0101】
燃費または電費を優先する走行状態においては、駆動トルクを抑制することが望ましいが、本制御を禁止した場合、本制御による振動の抑制効果を失うため、車両の進行方向以外へのエネルギ散逸も増加する。そのため、本制御を行いつつ駆動トルクを抑制することが望ましい形態である。
【0102】
ステップS600では、車両の減速度要求の強弱判定を行う。ここで、減速度要求の強弱判定は、
1.車両ECUの演算した要求減速度
2.要求ブレーキ液圧
3.ブレーキペダル操作量
4.ブレーキペダル踏み増し速度
5.ブレーキペダル戻し速度
6.エンジンブレーキ相当を強めるモードが選択されている
7.アクセルペダルが踏まれていない状態で、車速に合わない低ギヤ段が選択されている
8.スイッチ等による本制御のトルク補正変更要求がある
以上のいずれか、あるいは以上の任意の組合せを指標とする。
そして、上記指標を元に、減速要求係数Cddを下記の式により求める。
Cdd=ΣKi・Ii
ここで、Iiは上記各指標、Kiは夫々の重み係数とする(i=1〜8)。上記指標6〜8(i=6〜8)では、条件成立時にIi=1、そうでない場合Ii=0とする。また、減速要求係数Cddは、各指標毎にマップから参照するようにしても良いし、各指標の関数としても良い。マップあるいは関数として減速要求係数Cddを求める場合の一例として、ブレーキペダル操作量(上記指標3)とブレーキペダル操作速度(上記指標4、5)の関係を
図12に示す。
【0103】
ステップS700では、ステップS500で算出された補正トルクdTw
*の正側トルク補正量調整処理を行い、調整後の補正トルクdTw1
*を算出し、駆動系共振対策としてBPF(バンドパスフィルタ)で車体バネ上振動成分を抽出するとともに駆動系共振周波数成分の除去を行い、最終的なリミット処理として補正量の絶対値をドライバが前後G変動として感じない範囲のトルクに制限する。
まず、正側トルク補正量調整処理では、補正トルクdTw
*の正側トルク補正量調整処理を行い、調整後の補正トルクdTw1
*を算出する。
dTw1
*=Kout・Max(dTw
*,0)+Min(dTw
*,0)
ここで、Koutは正側トルク補正量調整ゲインであり、ステップS600で求まった減速要求係数Cddに応じてKoutを、0または0〜1の間の値をセットする。その際、減速要求が強いほどKoutを0に近づけると良い。尚、コントローラ50起動時など、最初のルーチンでも演算が行えるように、Koutの初期値を例えば1に設定しておく。
図13にトルク補正量処理前の補正トルクdTwと、正側トルク補正量調整ゲインKoutと、トルク補正量処理後(調整後)の補正トルクdTw1と、の特性例を示す。Kout=1のときには、補正トルクdTwは調整されず、1>Kout>0のときには、補正トルクdTwのうち正側トルクが0に近づくほど小さくなるように補正量調整され、Kout=1のときには、補正トルクdTwのうち正側トルクが除去される。
【0104】
また、下記のように補正トルクdTw自体に正側トルク補正量調整ゲインKoutを乗じ、
dTw1=Kout・dTw
正負を問わず補正量を調整する手段としても良い。
【0105】
その他の調整方策として、上記処理のように正側トルク補正量調整ゲインKoutを用いず、下記のようにdTwにリミッタをかける手段としても良い。
dTw
*=Min(dTw
*,Cout)
ここでリミッタ値となるCoutは0とする。または0より大きいが、通常算出されるdTw
*の絶対値より小さい値とするのも良い。CoutについてもKoutと同様にステップS600での結果に応じて決定する。また、最初のルーチンでも演算が行えるように、Coutの初期値は、例えば最終的なリミット処理での補正トルク上限値と同値に設定しておく。
【0106】
その後、駆動系共振対策として実施例1で説明したBPF(バンドパスフィルタ)で車体バネ上振動成分を抽出するとともに駆動系共振周波数成分の除去を行い、最終的なリミット処理として補正量の絶対値をドライバが前後G変動として感じない範囲のトルクに制限した後に、駆動力制御手段に出力する補正トルクについてはギア比に応じた制駆動モータ(あるいはエンジン等、その他駆動手段)端値に変換する。
【0107】
ステップS800では、ステップS700で算出した最終的な補正トルク指令値を、駆動力制御手段60、及び制動力制御手段70に出力し、今回の処理を終了する。
また、コントローラ50が駆動力制御手段60、及び制動力制御手段70のコントローラと異なる場合は、ステップS700はコントローラ50で実施せずステップS800を実施し、ステップS700は駆動力制御手段60、及び制動力制御手段70にて行っても良い。なお、他の作用と、実施例2の効果は、実施例1と同様であるので説明を省略する。
【0108】
以上、本発明の車両の制駆動力制御装置を実施例1及び実施例2に基づき説明してきたが、具体的な構成については、これらの実施例に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0109】
実施例1,2では、トルク補正量処理手段として、減速要求が強くなるほど、トルク補正量の正側(加速側)の成分を小さくし、減速要求が所定以上の強さになったらトルク補正量の正側(加速側)の成分を除去するトルク補正量処理部1313,561を用いる例を示した。しかし、トルク補正処理手段としては、減速要求が強くなるほど、トルク補正量の正側(加速側)と負側(減速側)の両成分を共に徐々に小さくするトルク補正量処理を行うような例としても良い。
【0110】
本発明の制駆動力制御装置は、制駆動トルクの補正により車体バネ上振動または輪荷重を制御するものであれば、電気自動車、エンジン車、ハイブリッド車、等のあらゆる車両に適用することができる。