(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
車両のディファレンシャルギアを収容する胴部と、前記胴部の開口面に溶接された板状のフランジとを有するアクスルハウジングの前記フランジの表面を切削するためのアクスルハウジング製造装置において、
前記フランジの表面に垂直な軸上に配置された第一のラックと、前記フランジの表面に平行に配置された第二のラックと、前記第一のラックおよび第二のラックと噛合するピニオンギアと、前記第二のラックに固定され、前記フランジの表面に切削部が接触する切削工具と、を有し、
前記第一のラックとピニオンギアと第二のラックは、前記第一のラックの中心軸の周りに、一体的に回転可能であることを特徴とするアクスルハウジング製造装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
アクスルハウジングにおいては、長期間を経ても注入した機械油が漏れ出さないように、フランジ面が高いシール性能を有していることが求められる。このため、フランジ面には切削加工が施され、面粗度を下げる(平滑化する)ことが図られている。切削加工は、従来一般にはフライス盤を用いて行われ、この場合には通常、
図4のように、フランジ面91の外周縁93と内周縁94を結ぶ多数の略円弧状の切削痕(ツールマーク)92が不可避的に形成される。このような従来のアクスルハウジングにおいては、経年使用に伴い、フランジ部分からの機械油の漏出が起こってしまう。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、フランジ部からの油漏れが防止されたアクスルハウジングを提供すること、およびそのようなアクスルハウジングを簡便に製造することができるアクスルハウジング製造装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者は、従来一般のアクスルハウジングにおけるフランジ部からの油漏れの原因がフランジ面に形成された切削痕にあると考え、本発明を完成するに至った。
【0008】
つまり、本発明にかかるアクスルハウジングは、車両のディファレンシャルギアを収容する胴部と、前記胴部の開口面に溶接された板状のフランジとを有し、前記フランジの表面には、同心円状または渦巻き状の切削痕が形成されていることを要旨とする。
【0009】
また、本発明にかかるアクスルハウジング製造装置は、車両のディファレンシャルギアを収容する胴部と、前記胴部の開口面に溶接された板状のフランジとを有するアクスルハウジングの前記フランジの表面を切削するためのアクスルハウジング製造装置において、前記フランジの表面に垂直な軸上に配置された第一のラックと、前記フランジの表面に平行に配置された第二のラックと、前記第一のラックおよび第二のラックと噛合するピニオンギアと、前記第二のラックに固定され、前記フランジの表面に切削部が接触する切削工具と、を有し、前記第一のラックとピニオンギアと第二のラックは、前記第一のラックの中心軸の周りに、一体的に回転可能であることを要旨とする。
【発明の効果】
【0010】
上記発明にかかるアクスルハウジングによると、フランジの表面に同心円状の切削痕が形成されている場合には、フランジ面の外周縁と内周縁とをつなぐ切削痕が存在しない。また、渦巻き状の切削痕が形成されている場合には、フランジ面の外周縁と内周縁が切削痕によってつながっていないか、または1本の連続した切削痕によってつながるのみである。そのため、切削痕を介した機械油の漏出が起こりにくい。
【0011】
上記発明にかかるアクスルハウジング製造装置によると、フランジ表面に同心円状または渦巻き状の切削痕を形成しながら、フランジ表面を切削する工程を簡便に行うことができる。これにより、機械油の漏出が防止されたアクスルハウジングを簡便に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態にかかるアクスルハウジングおよびアクスルハウジング製造装置について、図面を用いて詳細に説明する。
【0014】
図1に本発明の一実施形態にかかるアクスルハウジング1の概略を示す。アクスルハウジング1は、トラック等の大型車両の後車軸用等に用いられ、ディファレンシャルギア等を収容するギアボックスとして機能するとともに、車両積載物等の荷重を支持する役割を果たす。
【0015】
アクスルハウジング1の本体部10は、トランスミッションから動力を伝達するプロペラシャフトの先端部とディファレンシャルギア等を収容する胴部11を中央に有する。胴部11は、鋼板が半筒形(断面略U字形または断面略コの字形)に曲げられ、略円環状に膨出形成されている。
【0016】
胴部11の両端部には、中空の筒状部12が形成されている。筒状部12には、アクスルシャフトが挿通される。また、胴部11と筒状部12の間に形成されている空隙部には、略三角形板状の三角板13が取付けられている。
【0017】
アクスルハウジング1の筒状部12の先端には、図示しないが、チューブ状の構造を有するチューブエンドが同軸状に取り付けられる。チューブエンドは、ホイールベアリングを支持し、アクスルシャフトからの動力をホイールに伝達する役割を果たす。
【0018】
胴部11は略円環形の開口面11a、11bを有する。一方の開口面11aには、ドーム状のカバー20が溶接されている。他方の開口面11bには、略円環形状を有する板状のフランジ30が溶接されている。車両の後車軸部に使用されるアクスルハウジング1の場合、車両の進行方向に対して、カバー20が溶接されている側が後方、フランジ30が溶接されている側が前方となるように、車両に組み付けられる。
【0019】
フランジ30にはねじ穴(不図示)が形成され、ディファレンシャルギアを回転可能に支持するケース状のデフキャリアが締結固定される。デフキャリアの取り付けに際し、フランジ30の表面(フランジ面)31には、硬化性を有するペースト状のシール材(不図示)が塗布される。シール材は、時間が経過すると固化し、フランジ30とデフキャリアの間を液密に封止する。
【0020】
これにより、胴部11とカバー20、フランジ30、デフキャリアに囲まれて、液密に保たれた空間が形成される。この空間の内部には、機械油が注入され、ディファレンシャルギア等の部品の動作のための潤滑油として機能する。なお、胴部11には、補修点検時などにこの機械油を抜くためのドレイン穴14が形成されている。
【0021】
本実施形態にかかるアクスルハウジング1は、フランジ30の構成に特徴を有する。具体的には、フランジ面31に形成された切削痕(ツールマーク)の形状に特徴を有する。切削痕はごく浅いものであり、
図1に示したようなスケールで視認されるものではないが、切削痕の形状を強調したものを、
図2および
図3(a)に模式的に示す。なお、分かり易いように、
図2および
図3では、切削痕の密度を、実際よりも低くして示してある。
【0022】
本アクスルハウジング1のフランジ面31には、フランジ面31の中心(重心)を中心とする複数の同心円状の切削痕32aが形成されている。これにより、アクスルハウジングの経年使用中に、フランジ面31から機械油が漏出することが防止される。
【0023】
アクスルハウジングにおいては、内部に注入された機械油を液密に保持する必要性から、フランジ面に高い平滑性が求められる。そのため、従来から、平滑度の高いフランジ面を得るべく、フランジ面には切削加工が施されている。しかしながら、切削工具を用いて切削加工を行うかぎり、理想的に平滑なフランジ面を得ることはできず、不可避的に、切削痕が形成される。
【0024】
従来一般のアクスルハウジングにおいては、フライス盤を用いてこの切削加工を行っており、
図4のように、フランジ面91の外周縁93と内周縁94を結ぶ略円弧状の切削痕92が多数形成される。この場合、アクスルハウジングの経年使用に伴って、フランジ面91からの機械油の漏出が高確率で起こっていた。これは、フランジ面91上に塗布されたシール材が経年劣化すると、シール材とフランジ面91の間に隙間が生じ、胴部内に注入された機械油が切削痕92を経路として伝い、内周縁94側から外周縁93側へと流出することによると考えられる。
【0025】
これに対し、本実施形態にかかるアクスルハウジング1においては、フランジ面31上に、多数の同心円よりなる同心円状の切削痕32aが形成されている。この場合、上記従来のアクスルハウジングにおける切削痕92とは異なり、切削痕32aを形成する各同心円は閉じた曲線となっており、フランジ面31の外周縁33にも内周縁34にも接続されていない。つまり、フランジ面31の外周縁33と内周縁34が切削痕によって結ばれる経路が存在しない。また、複数の同心円の間を相互に結ぶ経路も存在しない。このようなフランジ面31の表面にシール材を塗布すると、シール材が経年劣化して、シール材とフランジ面31の間に隙間が生じた場合でも、胴部11内の機械油がフランジ面31の内周縁34側から外周縁側33に流出可能な経路は形成されず、機械油が外周縁33側に流出することが阻止される。仮に、内周縁34に近いフランジ面31の比較的内側の位置まで機械油が漏出したとしても、その機械油が外周縁33まで到達することができる経路が存在せず、油は容易にはフランジ30の外にまで漏出できない。このように、切削痕32aの形状の効果により、フランジ面31からの機械油の漏出を、高確度に防止することができる。
【0026】
また、別の機械油の漏出を防止できる実施形態として、フランジ面31上に同心円状の切削痕32aを形成する代わりに、
図3(b)のように、フランジ面31の中心(重心)を中心とした、渦巻き状の切削痕32bを形成する形態を示すことができる。切削痕32bの形状以外の構成は、上記実施形態におけるアクスルハウジング1と同様である。
【0027】
渦巻き状の切削痕32bの場合、切削痕32bの始点32b1および終点32b2は、それぞれフランジ面31の内周縁34および外周縁33に接続されていなくても、されていても構わない。接続されていない場合は、同心円状の切削痕32aの場合と同様に、内周縁34と外周縁33を切削痕によって結ぶ経路が存在せず、機械油の漏出を阻止することができる。また、
図4(b)に示したように、始点32b1および終点32b2が内周縁34および外周縁33に接続されている場合には、内周縁34と外周縁33が1本の切削痕32bによって結ばれることになる。しかし、従来のアクスルハウジングにおいては、切削痕92が、内周縁94と外周縁93を短距離で結んで多数形成されているのに対し、本実施形態においては、内周縁34と外周縁33とが1本の切削痕32bで結ばれるだけであり、しかもこの切削痕32bに沿った経路は、切削痕92の場合に比べてかなり長い。よって、シール材の経年劣化によって、切削痕32bの始点32b1近傍の部位に機械油が浸入したとしても、その機械油が長い切削痕32bを通って終点32b2の位置まで到達することは容易には起こらない。よって、従来のような切削痕92が形成されている場合に比べ、機械油の漏出を高確度に防止することができる。
【0028】
このように、切削痕が同心円状または渦巻き状に形成されていることにより、機械油の漏出を効果的に防止することができる。同心円の密度、および渦巻きを構成する線の密度を高くするほど、機械油漏出を防止する性能が高まる。フランジ面31の面粗度を、JIS B0031に規定される仕上げ記号で▽▽以下とすれば、油漏れ防止の効果を一層高めることができる。
【0029】
機械油の漏出は、フランジ面31の面粗度が低いほど(平滑性が高いほど)高確度で防止されるので、フランジ面31を砥石等の研削工具を用いて平滑化する場合に、最も確実に防止することができる。しかし、アクスルハウジングのような大型の部材に研削を用いることは、工程の煩雑さおよびコストの観点から現実的ではない。一方で、上記2つの実施形態によれば、比較的容易でコストも低い切削という方法を用いて、機械油の漏出を効果的に防止することができる。
【0030】
上記のような同心円状または渦巻き状の切削痕32a、32bを有するフランジ面31は、いかなる切削方法を用いて形成されてもよいが、以下に示すような切削装置(アクスルハウジング製造装置)40を使用すれば、簡便に形成することができる。
【0031】
切削装置40の構成を
図5に示す。切削装置40は、被削面(フランジ面31)に垂直に配置された垂直ラック(第一のラック)41と、被削面41と平行に配置された平行ラック(第二のラック)42と、垂直ラック41および平行ラック42の両方に噛合するピニオンギア43を有する。平行ラック42は、板状のバイトホルダ44と一体的に形成されている。そして、バイトホルダ44の先端部には、被削面に向かって垂直に突出して、例えばバイト45のような切削工具が突出している。バイト45は、バイトホルダ44を介して平行ラック42に対して固定されている。
【0032】
垂直ラック41は、垂直方向に上下運動可能であり、この上下運動は、例えば、垂直ラック41の上端に結合されたピストン(不図示)によって駆動される。また、垂直ラック41、平行ラック42、ピニオンギア43、バイトホルダ44は、収容軸46に内包され、一体的に(同じ回転速度で)垂直ラック41の中心軸Aの周りに回転可能となっている。この回転運動は、例えば収容軸46に結合されたモータ(不図示)によって駆動することができる。
【0033】
このような構成を有する切削装置40において、垂直ラック41を垂直方向下方D1に移動させる運動を駆動すると、垂直ラック41と噛合するピニオンギア43の後方(バイト45から垂直ラック41へ向かう方向)D2への回転が駆動される。すると、ピニオンギア43と噛合する平行ラック42と一体化されたバイトホルダ44が前方(バイト45が取り付けられた方向)D3へ移動する。つまり、垂直ラック41の下方D1への運動によって、バイト45の前方D3への運動が駆動される。
【0034】
切削装置40を用いてアクスルハウジング1のフランジ面31を加工するに際し、垂直ラック41の中心軸Aの延長線上にフランジ面31の中心が位置するようにアクスルハウジング1を配置すればよい。そして、バイト45を、切削痕の始点となるべきフランジ面31の内周縁34近傍の位置に配置し、垂直ラック41の下方D1への運動と、収容軸46の方向D4への回転運動による垂直ラック41、平行ラック42、ピニオンギア43およびバイトホルダ44の回転を駆動すれば、同心円状の切削痕32aまたは渦巻き状の切削痕32bを形成しながらフランジ面31を切削することができる。
【0035】
同心円状の切削痕32aを形成するためには、垂直ラック41の下方D1への運動を停止させた状態で収容軸46をD4方向に1回転させ、その後垂直ラック41をある距離だけ下方D1へ移動させるというように、垂直ラック41の下方D1への運動と収容軸46の回転運動を交互に繰り返せばよい。一度に垂直ラック41を移動させる距離を調整することで、切削痕32aを構成する同心円の間隔を制御することができる。
【0036】
渦巻き状の切削痕32bを形成するためには、垂直ラック41の下方D1への運動と収容軸46の回転運動を、同時に、連続的に駆動すればよい。2つの運動の速度比を調節することで、渦巻き状の切削痕32bを構成する線の間隔を制御することができる。
【0037】
このように、切削装置40を用いれば、垂直ラック41の直線運動および収容軸46の回転運動を駆動するだけで、同心円状の切削痕32aまたは渦巻き状の切削痕32bを有するフランジ面31を得ることができる。また、垂直ラック41の直線運動の駆動方式を変更するだけで、同一の切削装置40を用いて、同心円状の切削痕32aと渦巻き状の切削痕32bの両者を作り分けることができる。
【0038】
同心円状の切削痕32aと渦巻き状の切削痕32bとを比較すると、上述したように、機械油の漏出をより高確度に防止するという点においては、フランジ面31の外周縁33と内周縁34を結ぶ切削痕が存在せず、円形の各切削痕の間も結ばれていない同心円状の切削痕32aを形成する構成の方が好適である。一方、切削装置40を用いた加工の簡便性という観点においては、垂直ラック41の運動の停止および駆動を収容軸46の運動と関連させて制御する必要のない渦巻き状の切削痕32bの方が優れている。要求される機械油の漏れ防止の程度と加工の簡便性を勘案して、いずれかの形態を選択すればよい。
【0039】
なお、切削装置40は、独立した装置として形成されてもよいし、後述するアクスルハウジング1の全長加工等、他の工程を実行するための装置と複合された加工装置として形成されてもよい。アクスルハウジング1の製造工程全体の効率化のためには、他の装置と複合することが好適である。
【0040】
次に、上記のようなフランジ面31の切削工程を含むアクスルハウジング1の製造工程の全体を簡単に説明する。
【0041】
アクスルハウジング1の本体部10は、鋼板をプレス加工等して得た2つの本体部材を主体として形成される。本体部材は、半筒形(断面略U字形または断面略コの字形)で、中央部に胴部11となる膨出部30aを形成するように鋼板を曲げて形成される。次に、2つの本体部材を相互に突き合わせて溶接し、さらに胴部11となる箇所と筒状部12となる箇所の間の空隙に、別途形成した三角板13を溶接し、本体部10とする。
【0042】
この後、本体部10の筒状部12に据え込み加工を施すことが好ましい。つまり、筒状部12の先端部を加熱しながら、プレス等の手法によって加熱された部分を外側から叩くように押し込み、筒状部12の先端部の肉厚を大きくする。その上で、筒状部12の先端部の内周面の黒皮(酸化被膜)を除去すれば、筒状部12の先端の肉厚を確保することができ、チューブエンドとの接合部において、高い機械的強度を得られる。
【0043】
次いで、胴部11の開口面11aにカバー20を溶接するとともに、開口面11bにフランジ30を溶接する。さらに、上で説明したように、フランジ30にフランジ面31に対して切削加工を行い、同心円状または渦巻き状の切削痕32a、32bを形成する。
【0044】
フランジ面31の切削加工の後、フランジ30にデフキャリアを締結するためのねじ穴を形成する。さらに、本体部10全体の歪みや形状を微調整する全長加工や、チューブエンドの取り付け等の工程を経て、最終的なアクスルハウジングが完成される。
【0045】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。例えば、加工の順序等、製造方法における詳細は、適宜変更してもよい。また、本発明は、アクスルハウジングおよびその製造装置に関するものであるが、上記切削装置は、流体の漏出の防止が要求される種々の平板状部材の加工に転用することができる。