(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
核酸抽出用容器内において、水に不溶であり、かつ溶融温度が40〜90℃の範囲内である包埋剤によって包埋された包埋組織の表面の少なくとも一部を、当該包埋剤の溶融温度以上で、界面活性剤及びアルカリ性物質からなる群より選択される1種以上を含む核酸抽出用水溶液中に接触させることにより、当該包埋組織中の核酸を前記核酸抽出用水溶液に抽出し、溶融した前記包埋剤を主成分とする包埋剤層と、抽出された核酸を含む水層とに分離する抽出工程と、
前記抽出工程後、前記核酸抽出用容器の内部に、当該核酸抽出用容器の内面形状に対応する外周面形状を有する筒状部材を、当該筒状部材の少なくとも下端部が前記水層に接し、当該筒状部材の少なくとも上端部は前記包埋剤層に接していないように設置した状態で、前記水層は液状に保持したまま、前記包埋剤層を固化させる包埋剤固化工程と、
前記包埋剤固化工程後、前記筒状部材を固化した包埋剤層と共に前記核酸抽出用容器から取り外す包埋剤除去工程と、
を有することを特徴とする、包埋組織からの核酸抽出方法。
前記抽出工程後、前記包埋剤除去工程前に、前記水層を、前記タンパク質分解酵素がタンパク質分解活性を有する温度よりも高温でインキュベートする、請求項3又は4に記載の包埋組織からの核酸抽出方法。
【背景技術】
【0002】
一般的に、組織(標本)は、長期間の保管を目的として、固定された後にワックスに包埋される。組織(標本)の固定は、通常、酸、アルコール、ケトン等のタンパク質に対して沈殿作用や架橋作用を有する化合物によって行われており、中でも、ホルムアルデヒドの水性溶液(ホルマリン)がよく用いられている。固定に用いるワックスとしては、主にパラフィンが用いられる。今日、病理診断などで用いた数多くのホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)標本が保存されている。これらの標本から生体分子の情報を取得することができれば、過去の症例を用いて、診断法、治療法、病理所見、予後等をレトロスペクティブ(retrospective)に検討することが可能になり、疾患の発生病理の研究や新薬の開発等において大きな利点となると認識されている。
【0003】
近年、FFPE標本から収集されたDNA(デオキシリボ核酸)やRNA(リボ核酸)等の核酸を、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)等の高感度検出技術により分析する遺伝子検査等も重要になっている。FFPE標本中の核酸に対する遺伝子検査は、一般的には、ミクロトームによりFFPE標本から作製された薄層切片(FFPE切片)に対して、パラフィンを除去する前処理(脱パラフィン処理)が行われ、その後、 核酸の抽出・精製、分析が行われる。脱パラフィン処理として、キシレンを用いてパラフィンを除去する有機抽出法が古くから報告されている(例えば、非特許文献1参照。)。具体的には、FFPE切片をパラフィンが可溶化されるまでキシレン浴に浸漬させて脱パラフィン処理を行った後、アルコール濃度を段階的に下げていった一連のアルコール溶液によって洗浄してキシレンを除去した後、水で洗浄する。しかし、当該方法は煩雑であることに加えて、キシレンは引火性及び揮発性であり、かつ毒性の有機溶媒であるため、特殊な取り扱いを要する。そこで近年、キシレン処理工程を含まない他の脱パラフィン方法の開発が進んでいる。
【0004】
例えば特許文献1には、脱パラフィン処理剤として、キシレンに代えて、直鎖状、分枝状及び環状の炭素数10〜16のアルカン並びにそれらの混合物を含む群から選択される有機溶媒が使用可能であること、特にテトラデカン、ペンタデカン又はヘキサデカンが最も好ましいことが記載されている。当該方法では、キシレンを用いた場合と同等の品質の核酸が抽出及び精製が可能であると報告されている。
【0005】
有機溶剤を使用せずに脱パラフィン処理を行う方法としては、例えば、特許文献2には、染色前のパラフィン切片をスライドガラスに乗せた状態で熱処理し、溶融したパラフィンを水やバッファー等で洗い流す方法が開示されている。また、特許文献3には、パラフィン切片を水溶液中で懸濁させ、得られた懸濁液を加熱して水性媒体と溶融したパラフィンとを分離した後、そのまま(すなわち、パラフィンが液状のまま)又はパラフィンを融点未満の温度に冷却して固化させた後に、上層の吸引等の物理的手段によって水性媒体を溶融したパラフィンから分離回収する方法が開示されている。
【0006】
こうして脱パラフィン処理された後のホルマリン固定された組織からは、プロテアーゼ、リパーゼ、界面活性剤、アルカリ溶液等を用いることにより、核酸を放出させることができる(例えば、非特許文献2参照。)。
【0007】
また、溶融させたパラフィンを含む状態から直接核酸を回収する方法も報告されている。例えば、非特許文献3には、FFPE試料の薄層切片(FFPE切片)3〜4枚を300μLのミネラルオイルに入れ、パラフィン溶解のために90℃で20分間熱処理を行い、得られた溶解液から市販の核酸精製キットを用いてDNAを精製したことが記載されている。当該文献では、得られたDNAに対してPCRやゲノタイピング試験等を行ったところ、FFPE切片作製からの年数に従ってPCRの効率は下がる傾向がみられたものの、27年前の試料からも比較的短い産物(191bp以下)の増幅は可能であった、と報告されている。また、非特許文献4には、FFPE切片を、アルカリ溶液又は界面活性剤溶液に浸漬させて、80〜120℃で20分間熱処理した後、得られた溶解液に対してフェノール/クロロホルム処理を行ってタンパク質を変性除去し、次いでイソプロパノール沈殿を行うことによってDNAを回収したことが記載されている。
【0008】
脱パラフィン工程を核酸放出工程後に行う方法も報告されている。例えば、非特許文献5には、1〜1.5cm
2のFFPE切片を250μLのdigestion solution(TEバッファー、0.5% Tween(登録商標)20、0.1mg/mL プロテイナーゼK)に浸透させて一昼夜45℃で処理し、次いでプロテイナーゼKを熱処理(100℃、15〜30分間)により失活化させた後、パラフィンの破片を14,000rpm、2分間の遠心分離処理により沈澱させることによって上清を得、これをPCRに用いたことが記載されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1〜2の方法のように、FFPE切片を水性媒体に懸濁させた後、熱処理により溶融させたパラフィンを溶融させた状態で除去する方法では、パラフィンは完全には除去できず、精製された核酸にはパラフィンが混入してしまう。非特許文献3の方法のように、溶融させたパラフィンを含む状態から核酸を回収した場合にも、多量のパラフィンが混入する。パラフィンが混入している核酸を分析に用いた場合には、分析方法によっては信頼できる結果が得られないおそれがある。また、マイクロ流路等の微細な構造を含む分析装置による分析では、固化したパラフィンによって流路が詰まってしまうという問題もある。
非特許文献4のように、包埋組織からDNAを抽出した後、フェノール/クロロホルム処理等を行ったり、非特許文献5のように、回収された核酸を解析に供する前に遠心分離処理によりパラフィンを除去することにより、パラフィン混入量が抑えられた核酸が得られる。しかし、これらの方法は、遠心分離処理が必須であり簡便性に欠ける上に、FFPE切片中のパラフィン量の影響により核酸を含む溶液の単離操作が難しくなり、収量が著しく落ちるおそれもある。
【0012】
本発明は、キシレン等の有害な有機溶媒を使用せずに、パラフィンをはじめとする包埋剤に埋め込まれた生体試料から、迅速かつ簡便に、包埋剤を除去し、核酸を抽出するための方法、並びに、当該方法に用いられる包埋剤除去用具及びキットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る包埋組織からの核酸抽出方法、包埋剤除去用具、及び核酸抽出用キットは以下の通りである。
[1] 核酸抽出用容器内において、水に不溶であり、かつ溶融温度が40〜90℃の範囲内である包埋剤によって包埋された包埋組織の表面の少なくとも一部を、当該包埋剤の溶融温度以上で、界面活性剤及びアルカリ性物質からなる群より選択される1種以上を含む核酸抽出用水溶液中に接触させることにより、当該包埋組織中の核酸を前記核酸抽出用水溶液に抽出し、溶融した前記包埋剤を主成分とする包埋剤層と、抽出された核酸を含む水層とに分離する抽出工程と、
前記抽出工程後、前記核酸抽出用容器の内部に、当該核酸抽出用容器の内面形状に対応する外周面形状を有する筒状部材を、当該筒状部材の少なくとも下端部が前記水層に接し、当該筒状部材の少なくとも上端部は前記包埋剤層に接していないように設置した状態で、前記水層は液状に保持したまま、前記包埋剤層を固化させる包埋剤固化工程と、
前記包埋剤固化工程後、前記筒状部材を固化した包埋剤層と共に前記核酸抽出用容器から取り外す包埋剤除去工程と、
を有することを特徴とする、包埋組織からの核酸抽出方法。
[2] 前記抽出工程を、前記筒状部材を内部に設置した核酸抽出用容器内において行う、又は、
前記抽出工程後に、前記筒状部材を前記核酸抽出用容器の内部に設置する、前記[1]の包埋組織からの核酸抽出方法。
[3] 前記核酸抽出用水溶液が、界面活性剤及びタンパク質分解酵素を含む、前記[1]又は[2]の包埋組織からの核酸抽出方法。
[4] 前記タンパク質分解酵素が、プロテイナーゼKであり、
前記抽出工程を、前記包埋剤の溶融温度以上かつ65℃以下で行う、前記[3]の包埋組織からの核酸抽出方法。
[5] 前記抽出工程後、前記包埋剤除去工程前に、前記水層を、前記タンパク質分解酵素がタンパク質分解活性を有する温度よりも高温でインキュベートする、前記[3]又は[4]の包埋組織からの核酸抽出方法。
[6] 前記抽出工程を、90〜100℃で行う、前記[1]又は[2]の包埋組織からの核酸抽出方法。
[7] 前記抽出工程後、前記包埋剤除去工程前に、前記水層に水分を添加する、前記[1]〜[6]のいずれかの包埋組織からの核酸抽出方法。
[8] 筒状本体と、固化した包埋剤は透過できず、液状の包埋剤は透過可能な選別部材とを備え、
前記選別部材は、前記筒状本体の一方の端部又はその近傍に設けられており、
包埋剤によって包埋された包埋組織から核酸を抽出するために用いられる核酸抽出用容器の内部に設置されることを特徴とする、包埋剤除去用具。
[9] 筒状本体と、前記筒状本体の外周面又は内周面から張り出した突出部とを備え、
包埋剤によって包埋された包埋組織から核酸を抽出するために用いられる核酸抽出用容器の内部に設置されることを特徴とする、包埋剤除去用具。
[10] 界面活性剤及びアルカリ性物質からなる群より選択される1種以上を含む核酸抽出用水溶液と、
前記[8]又は[9]の包埋剤除去用具と、
を備え、水に不溶であり、かつ溶融温度が40〜90℃の範囲内である包埋剤によって包埋された包埋組織から核酸を抽出するために用いられることを特徴とする、包埋組織からの核酸抽出用キット。
[11] さらに、核酸抽出用容器を備える、前記[10]の包埋組織からの核酸抽出用キット。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る包埋組織からの核酸抽出方法により、パラフィン等の水に不溶であり、かつ溶融温度が40〜90℃の範囲内である包埋剤によって包埋された包埋組織から、迅速かつ簡便に核酸を抽出することができ、さらに、抽出された核酸を、面倒な洗浄処理等を要することなく、包埋剤が除去された状態で得ることができる。特に、当該方法では、核酸抽出用容器の内面形状に対応する外周面形状を有する筒状部材を用いることにより、遠心分離処理等を要することなく、抽出された核酸から包埋剤を分離することが可能であるため、当該方法の実施により、包埋組織から核酸を抽出し、得られた核酸を分析するという一連の工程の全自動化を実現できる。
また、本発明に係る包埋剤除去用具又はキットを用いることによって、本発明に係る包埋組織からの核酸抽出方法をより簡便に実施することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[核酸抽出方法]
本発明の第一の態様に係る包埋組織からの核酸抽出方法(以下、「本発明に係る核酸抽出方法」)は、核酸抽出用容器内において、水に不溶であり、かつ溶融温度が40〜90℃の範囲内である包埋剤によって包埋された包埋組織の表面の少なくとも一部を、当該包埋剤の溶融温度以上で、界面活性剤及びアルカリ性物質からなる群より選択される1種以上を含む核酸抽出用水溶液中に接触させることにより、当該包埋組織中の核酸を前記核酸抽出用水溶液に抽出し、溶融した前記包埋剤を主成分とする包埋剤層と、抽出された核酸を含む水層とに分離する抽出工程と、前記抽出工程後、前記核酸抽出用容器の内部に、当該核酸抽出用容器の内面形状に対応する外周面形状を有する筒状部材を、当該筒状部材の少なくとも下端部が前記水層に接するように設置した状態で、前記水層は液状に保持したまま、前記包埋剤層を固化させる包埋剤固化工程と、前記包埋剤固化工程後、前記筒状部材を固化した包埋剤層と共に前記核酸抽出用容器から取り外す包埋剤除去工程と、を有する。
【0017】
本発明に係る核酸抽出方法では、抽出工程において、包埋組織からの核酸の抽出と包埋剤の溶融とを同時に行うため、包埋剤の溶融除去と核酸抽出とを独立して行う方法に比べて、工程数が少なく、より短時間で包埋組織から核酸を抽出することができる。
【0018】
前記抽出工程により、溶融した包埋剤層と核酸を含む水層の二相に分離する。本発明に係る核酸抽出方法では、溶融した包埋剤層を、核酸抽出用容器自体の内壁ではなく、当該核酸抽出用容器の内壁に密着させた筒状部材の内壁に接触させた状態で固化させることにより、当該筒状部材の内壁に接着した状態で包埋剤層を固化させる。その後、当該筒状部材を固化した包埋剤層と共に当該核酸抽出用容器から取り外すことにより、当該核酸抽出用容器内に、核酸を含む水層のみを残すことができる。このように本発明に係る核酸抽出方法は、筒状部材を使用することにより、キシレン等の有機溶媒を用いることなく、また煩雑な洗浄処理等を要することなく、迅速かつ簡便に、包埋組織から抽出した核酸を、包埋剤の混入量が顕著に低減された状態で得ることができる。
【0019】
<包埋剤と包埋組織>
本発明に係る核酸抽出方法に供される包埋組織の包埋剤は、水に不溶であり、かつ溶融温度が40〜90℃の範囲内のものである。当該性質を満たすものであれば特に限定されるものではなく、パラフィン、セロイジン、樹脂等の当該技術分野で一般的に用いられている包埋剤の中から適宜選択して用いることができる。市販されているものをそのまま用いてもよい。当該包埋剤としては、パラフィンが好ましく、溶融温度が40〜65℃の範囲内であるパラフィンがより好ましく、溶融温度が40〜50℃の範囲内であるパラフィンがさらに好ましい。ここで、包埋剤として用いるパラフィンは、パラフィンのみからなるものであってもよく、副成分として他の樹脂や各種添加剤を含むものであってもよい。
【0020】
本発明に係る核酸抽出方法に供される包埋組織は、核酸を含むことが期待される生体試料を、包埋剤によって包埋したものである。当該生体試料としては、例えば、ヒトをはじめとする動物や植物から採取された組織片(組織塊)が挙げられ、病理標本であることが好ましい。生体試料は、細胞や組織中の生体成分の変性を防止するため、包埋前に固定されていることが好ましい。固定処理は、ホルマリン固定、アルコール固定等の公知の固定法の中から、生体試料の種類に応じて適宜選択して行う。本発明の優れた核酸抽出効果がより発揮されることから、本発明に係る核酸抽出方法に供される包埋組織は、ホルマリン固定後に包埋されたもの(FFPE試料)であることが好ましい。
【0021】
生体試料の包埋方法は、用いる包埋剤に応じて常法により実施することができる。例えばパラフィンを包埋剤とする場合、エタノール等で脱水処理を行った後、キシレンやアルコール等を浸透させた後、液状のパラフィンを全体に浸透させた後に固化させることにより、生体試料からFFPE試料を調製することができる。
【0022】
本発明に係る核酸抽出方法に供される包埋組織は、塊のようなある程度の厚みを有する形状であってもよいが、核酸抽出効率の点から、薄層切片であることが好ましい。薄層切片は、ミクロトーム等を用いて常法により作製できる。
【0023】
<抽出工程>
本発明に係る核酸抽出方法では、まず、抽出工程として、核酸抽出用容器(核酸抽出反応に用いる容器)内において、包埋組織の表面の少なくとも一部を、当該包埋組織の作製に用いられた包埋剤の溶融温度以上で核酸抽出用水溶液中に接触させる。核酸抽出用水溶液と接触した表面から、包埋組織中の生体試料に含まれていた核酸が抽出される。この際、核酸抽出用水溶液の温度が包埋剤の溶融温度以上であるため、当該包埋組織の包埋剤も溶融する。包埋剤の溶融を同時に行うため、核酸抽出を効率よく行うことができる。
【0024】
本発明において用いられる核酸抽出用水溶液は、界面活性剤及びアルカリ性物質からなる群より選択される1種以上を含む。界面活性剤又はアルカリ性物質の少なくとも一方を含有することにより、包埋組織中の生体試料から、DNAやRNA等の核酸を、タンパク質等と分離した状態で核酸抽出用水溶液に抽出することができる。当該核酸抽出用水溶液は、界面活性剤とアルカリ性物質を共に含んでいてもよい。
【0025】
核酸抽出用水溶液に含まれる界面活性剤は、生体試料から核酸を抽出する際に当該技術分野で一般的に使用されている界面活性剤から適宜選択して用いることができる。本発明において用いられる界面活性剤としては、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)等のイオン性界面活性剤であってもよいが、非イオン性界面活性剤が好ましく、Triton(登録商標) X(Polyoxyethylene(10)Octylphenyl Ether)、Tween(登録商標) 20(Polyoxyethylene(20)Sorbitan Monolaurate)、Tween(登録商標) 40(Polyoxyethylene(20)Sorbitan Monopalmitate)、Tween(登録商標) 60(Polyoxyethylene(20)Sorbitan Monostearate)、Tween(登録商標) 80(Polyoxyethylene(20)Sorbitan Monooleate)、Nonidet(登録商標) P−40(Polyoxyethylene(9)Octylphenyl Ether)、Brij(登録商標)35(Polyoxyethylene(23)Lauryl Ether)、Brij(登録商標)58(Polyoxyethylene(20)Cethyl Ether)、ジギトニン、又はサポニン等がより好ましく、Triton X、Tween 20、又はNonidet P−40がさらに好ましい。また、核酸抽出用水溶液に含まれる界面活性剤は、1種類のみであってもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0026】
核酸抽出用水溶液が界面活性剤を含む場合、核酸抽出用水溶液中の界面活性剤の濃度は、核酸抽出効果が発揮される濃度であればよく、用いる界面活性剤の種類を考慮して適宜調整することができる。例えば、核酸抽出用水溶液中の界面活性剤の濃度を0.01容量%以上、好ましくは0.05容量%以上、より好ましくは0.1容量%以上とすることにより、充分な核酸抽出効果が期待できる。また、界面活性剤の濃度を10容量%以下、好ましくは5容量%以下、より好ましくは1容量%以下とすることにより、核酸抽出用水溶液の過剰な泡立ちが抑えられるため取扱い性が優れることに加えて、核酸が抽出された核酸抽出用水溶液(核酸抽出液)を、各種核酸分析に用いる際の界面活性剤の持ち込み量を抑えることができる。
【0027】
核酸抽出用水溶液がアルカリ性物質を含む場合、核酸抽出用水溶液中のアルカリ性物質の濃度は、核酸抽出用水溶液を核酸抽出効果が発揮される程度に充分にアルカリ性にするような濃度であればよく、用いるアルカリ性物質の種類を考慮して適宜調整することができる。本発明においては、核酸抽出用水溶液のpHが11以上になるようにアルカリ性物質を含有させることが好ましく、pH12〜13になるように含有させることがより好ましい。
【0028】
核酸抽出用水溶液に含まれるアルカリ性物質は、核酸抽出用水溶液に溶解可能であって、抽出された核酸に特段の影響を及ぼさないものであればよい。当該アルカリ性物質としては、具体的には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等が挙げられる。
【0029】
核酸抽出用水溶液は、溶媒に界面活性剤とアルカリ性物質の少なくとも一方を添加して混合することにより調製できる。当該溶媒は、脱イオン水や超純水等の水であってもよく、バッファーであってもよい。核酸抽出用水溶液がバッファーの場合、そのpHは抽出される核酸の種類(DNAかRNAか)や、抽出された核酸の分析方法等を考慮して適宜決定される。本発明においては、核酸抽出用水溶液が、pH5〜9のバッファーであることが好ましく、pH6.5〜8.5のバッファーであることが好ましい。抽出する核酸がDNAの場合には、特に、pH7.0〜8.5のバッファーであることが好ましい。当該バッファーは、核酸の抽出や精製、分析の際に当該技術分野で一般的に使用されているバッファーから適宜選択して用いることができる。当該バッファーとしては、具体的には、Tris(トリスヒドロキシメチルアミノメタン)−HClバッファー、リン酸バッファー等が挙げられる。
【0030】
核酸抽出用水溶液は、界面活性剤やアルカリ性物質に加えてさらに、タンパク質分解酵素を含むことが好ましい。タンパク質分解酵素が共存することにより、包埋組織中の生体試料からより効率よく核酸を抽出することができる。当該タンパク質分解酵素としては、当該包埋組織の作製に用いられた包埋剤の溶融温度以上でタンパク質分解酵素活性が発揮される酵素であればよい。本発明においては、プロテイナーゼKを用いることが好ましい。
【0031】
核酸抽出用水溶液がタンパク質分解酵素を含む場合には、当該核酸抽出用水溶液は、界面活性剤を含み、pH5〜9であることが好ましい。核酸抽出用水溶液中のタンパク質分解酵素の濃度は、酵素活性の強度に応じて適宜調整される。例えば、核酸抽出用水溶液中のタンパク質分解酵素の濃度を0.05〜1.00mg/mLとすることにより、核酸抽出効率をより高めることができる。
【0032】
核酸抽出用水溶液は、界面活性剤やアルカリ性物質に加えてさらに、核酸分解酵素に対する抑制作用を有する物質(核酸分解酵素抑制剤)を含んでいてもよい。核酸抽出用水溶液が核酸分解酵素抑制剤を含むことにより、抽出された核酸の分解を抑制し得る。核酸分解酵素抑制剤としては、キレート剤が好ましい。当該キレート剤としては、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)等が挙げられる。EDTAを用いる場合、核酸抽出用水溶液中のEDTA濃度を0.1〜10mMとすることができる。
【0033】
核酸抽出用水溶液は、界面活性剤やアルカリ性物質に加えてさらに、カオトロピック塩を含んでいてもよい。核酸抽出用水溶液がカオトロピック塩を含むことにより、核酸の抽出効率がより向上し得る。当該カオトロピック塩としては、グアニジン塩、ヨウ化ナトリウム、又は過塩素酸ナトリウム等が挙げられる。グアニジン塩としては、グアニジンチオシアン酸塩、グアニジン塩酸塩等が挙げられる。グアニジン塩を用いる場合、核酸抽出用水溶液中のグアニジン塩濃度を0.5〜6Mとすることができる。
【0034】
なお、核酸抽出用水溶液は、本発明の効果を阻害しない限りにおいて、その他の物質を含んでいてもよい。
【0035】
抽出工程において、包埋組織の表面に接触させる核酸抽出用水溶液の量は、包埋組織の体積や形状、核酸抽出用容器の容量や形状等を考慮して適宜決定することができる。核酸抽出効率の点からは、包埋組織の表面全体が濡れている状態にできる量であることが好ましく、包埋組織を核酸抽出用水溶液中に浸漬させることができる量であることがより好ましい。例えば、1.5mL容の核酸抽出用容器に、包埋組織の薄層切片を1〜5枚投入したものに、核酸抽出用水溶液を50〜500μL、好ましくは80〜200μL添加することができる。
【0036】
核酸抽出用容器は特に限定されるものではなく、当該技術分野で一般的に使用されている容器を使用することができる。核酸抽出用容器の形状としては、例えば、略半球状、略半偏心球面状または略錐状の凹部をなすものが挙げられる。
【0037】
包埋組織の表面全体が濡れている状態や、包埋組織の一部の表面のみが核酸抽出用水溶液に接触している状態で核酸抽出を行う場合には、予め調製した核酸抽出用水溶液を、核酸抽出用容器内の包埋組織の表面に注入滴下することが好ましい。
一方で、包埋組織が核酸抽出用水溶液中に浸漬させた状態で核酸抽出を行う場合には、予め調製した核酸抽出用水溶液を核酸抽出用容器に注入してもよく、包埋組織が投入された核酸抽出用容器内に核酸抽出用水溶液の原料試薬を個別に添加して、当該容器内で核酸抽出用水溶液を調製してもよい。例えば、包埋組織が投入された核酸抽出用容器内に、バッファーと界面活性剤(及び/又はアルカリ性物質)と必要に応じてその他の物質をそれぞれ個別に添加してもよい。また、核酸抽出用水溶液がタンパク質分解酵素を含む場合には、包埋組織が投入された核酸抽出用容器内に、タンパク質分解酵素以外の全ての原料試薬を添加した溶液を添加した後、適当量のバッファーに溶解させたタンパク質分解酵素溶液を添加してもよい。
【0038】
包埋組織に核酸抽出用水溶液を接触させた後、ボルテックスミキサーによる撹拌処理や、ダウンス型ホモジナイザーによるホモジナイズを行うことも好ましい。これらの処理により、包埋組織が核酸抽出用水溶液中でより小片となり、核酸抽出用水溶液との接触面が増大する結果、核酸抽出効率がより高まる。
【0039】
核酸抽出は、当該包埋組織の作製に用いられた包埋剤の溶融温度以上で行う。核酸抽出温度を包埋剤の溶融温度以上にすることによって、包埋組織から包埋剤が溶融し、包埋組織の深部からも効率よく核酸を抽出することができる。包埋剤の溶融がより速やかに行われるため、核酸抽出温度は、包埋剤の溶融温度よりも少なくとも2〜3℃高い温度とすることが好ましい。包埋組織に核酸抽出用水溶液を接触させた後に、加熱することによって当該溶融温度以上に調製してもよく、あらかじめ当該溶融温度以上に調整した核酸抽出用水溶液を包埋組織に接触させてもよい。
【0040】
核酸抽出用水溶液がタンパク質分解酵素を含む場合、核酸抽出温度は、包埋剤の溶融温度以上であり、かつ当該タンパク質分解酵素の酵素活性を奏する温度にする。この際、溶融温度がタンパク質分解酵素の至適温度よりも低い包埋剤であることが好ましい。例えば、タンパク質分解酵素としてプロテイナーゼKを用いる場合には、核酸抽出温度は、包埋剤の溶融温度以上であり、かつ65℃以下であることが好ましく、包埋剤の溶融温度よりも少なくとも2〜3℃高く、かつ65℃以下であることがより好ましい。
【0041】
核酸抽出用水溶液がタンパク質分解酵素を含まない場合、核酸抽出温度は、80〜100℃が好ましく、90〜100℃がより好ましく、95〜100℃がさらに好ましい。界面活性剤とアルカリ性物質の少なくとも一方を含む溶液中で、高温でインキュベートすることによって、包埋組織中の生体試料に含まれていた核酸が抽出される。
【0042】
核酸抽出の時間は、包埋組織の体積や形状、核酸抽出用水溶液の組成、核酸抽出用水溶液と包埋組織の体積比、核酸抽出温度と包埋剤の溶融温度と差等を考慮し、適宜決定することができる。例えば、核酸抽出の時間は、所望の核酸抽出温度で1分間〜2時間とすることができ、5分間〜1時間とすることが好ましく、5〜45分間とすることがより好ましい。
【0043】
タンパク質分解酵素は、PCRやインベーダープラス反応等の核酸抽出後の高感度な分析の阻害因子となるおそれがある。このため、核酸抽出用水溶液がタンパク質分解酵素を含む場合には、前記抽出工程後、後記前記包埋剤除去工程前に、核酸抽出用水溶液と抽出された核酸とを含む水層(核酸抽出液)を、前記タンパク質分解酵素がタンパク質分解活性を有する温度よりも高温でインキュベートすることが好ましい。当該インキュベートにより、当該水層中に含まれているタンパク質分解酵素が失活することに加えて、当該水層中の核酸とタンパク質の架橋構造が分解して核酸が遊離する。当該インキュベート処理の温度や時間は、タンパク質分解酵素の種類等を考慮して適宜決定することができる。例えば、当該水層を、70〜100℃、好ましくは80〜100℃、より好ましくは90〜98℃で、1〜90分間、好ましくは10〜60分間、より好ましくは15〜60分間インキュベートすることにより、タンパク質分解酵素を失活させ、タンパク質と核酸の架橋構造を破壊することができる。
【0044】
抽出工程後、核酸抽出用容器内は、包埋剤を主成分とする包埋剤層と、核酸抽出用水溶液を含む水層の二相に分離する。包埋剤層が上層であり、水層が下層である。包埋組織から抽出された核酸は、水層に存在する。
【0045】
水層と包埋剤層の境界面は、核酸抽出用容器の底面(又は、核酸抽出用容器が載置されている面)に対して略平行であることが好ましい。水層の量が少なすぎる場合には、水層と包埋剤層の境界面が核酸抽出用容器の底面等に対して平行にはならない場合がある。このような場合には、後記包埋剤除去工程前に、前記水層に水分を添加してもよい。添加する水分は、水であってもよく、核酸抽出用水溶液であってもよく、各種バッファーであってもよい。
【0046】
<包埋剤固化工程>
前記抽出工程後、核酸抽出用容器の内部に、当該核酸抽出用容器の内面形状に対応する外周面形状を有する筒状部材を設置した状態で、前記水層は液状に保持したまま、前記包埋剤層を固化させる。当該筒状部材は、核酸抽出用容器の内面形状に対応する外周面形状を有するため、核酸抽出用容器の内壁面に密着するように設置される。核酸抽出用容器の内壁面ではなく、筒状部材の内壁面に接触させた状態で包埋剤層を固化させるため、当該筒状部材に接着した状態で包埋剤層は固化する。包埋剤層の量が少量の場合には、当該筒状部材の内壁表面に固着するように、ドーナツ形状に包埋剤層が固化する。
【0047】
包埋剤層の固化は、具体的には、溶融した包埋剤層と水層の二相に分離した状態で、液温を、水の凝固温度(0℃)以上であって包埋剤の溶融温度より低い温度として所定時間インキュベートすることにより行う。これにより、水層を液状に保持したまま包埋剤層のみを固化させることができる。固化温度としては、包埋剤を充分に固化させることができるため、0〜15℃が好ましく、0〜8℃がより好ましい。インキュベーション時間は、包埋剤の量や固化温度等を考慮して適宜決定することができる。当該インキュベーション時間としては、例えば、前記インキュベーション温度において1〜30分間が好ましく、5〜10分間がより好ましい。
【0048】
当該筒状部材は、包埋剤層を固化する前に核酸抽出用容器の内部に設置される。筒状部材は、核酸抽出用容器に包埋組織や核酸抽出用溶液を投入する前に、予め核酸抽出用容器の内部に設置しておいてもよく、抽出工程後、包埋剤を固化する前に、核酸抽出用容器に設置してもよい。
【0049】
当該筒状部材は、溶融した包埋剤層が、核酸抽出用容器自体の内壁ではなく、当該筒状部材の内壁とのみ接触させるために用いられる。このため、筒状部材は、当該筒状部材の少なくとも下端部(核酸抽出用容器に設置した際に下方に位置する端部)が前記水層に接し、当該筒状部材の少なくとも上端部(核酸抽出用容器に設置した際に上方に位置する端部)が溶融した包埋剤層に接していないように設置する。すなわち、当該筒状部材は、その外周面が、核酸抽出用容器の内壁全体(但し、底面を除く。)に密着するものであってもよく、核酸抽出用容器の内壁のうち、溶融した包埋剤層と接触する領域を含む部分のみと密着するものであってもよい。
図1に、核酸抽出用容器2の内壁のうち、溶融した包埋剤層と接触する領域を含む部分のみと密着する筒状部材1の一態様の側面図を示す。
【0050】
当該筒状部材は、包埋剤が固着しやすいように、疎水性の材料で形成されていることが好ましい。また、当該筒状部材の少なくとも内周面に撥水性処理が施されていることも好ましい。
【0051】
筒状部材の下端部又はその近傍には、固化した包埋剤は透過できず、液状の包埋剤は透過可能な選別部材が備えられていてもよい。当該選別部材は、液状の包埋剤と水は透過できるため、溶融した包埋剤層と水層の二相構造が損なわれることはない。また、筒状部材を核酸抽出用容器から取り外す際には、水層は選別部材を透過して核酸抽出用容器に残留するが、筒状部材の内壁から剥離してしまった固化した包埋剤は透過できないため、包埋剤が水層に再び混入してしまうことを防止することができる。
【0052】
当該選別部材の形状としては、例えば、環状(
図2(A)の選別部材3a)、網目状(
図2(B)の選別部材3b)、多孔性形状(微小な貫通孔が複数存在する形状)(
図2(C)の選別部材3c)等が挙げられる。
【0053】
当該筒状部材は、核酸抽出用容器から取り外しやすいように、核酸抽出用容器の内部に設置された状態で、当該核酸抽出用容器に接しておらず、外部から把持可能な部位を備えていることが好ましい。例えば、核酸抽出用容器の内部に設置した状態で、筒状部材の上端部が当該核酸抽出用容器の外にはみ出るように、筒状部材の高さを高くした場合には、当該筒状部材の上端部を把持することにより、当該筒状部材を容易に核酸抽出用容器から取り外すことができる。
【0054】
核酸抽出用容器の内部に設置された状態で外部から把持可能な部位としては、筒状部材の外周面又は内周面の少なくとも一部に、核酸抽出用容器と接しない突出部を設けることも好ましい。外部から把持しやすいため、突出部は、筒状部材の上端部又はその近傍に設けられていることが好ましい。突出部は1個であってもよく、複数あってもよい。
【0055】
当該突出部は、
図3(A)の突出部4aに示すように、筒状部材の外周面から筒状部材の開口部の外側へ張り出すものであってもよく、
図3(B)の突出部4bに示すように、筒状部材の内周面から筒状部材の開口部の内側へ張り出すものであってもよい。また、
図3(C)の突出部4cに示すように、筒状部材の内周面の2箇所から内側へ設けた突出部を連結させてもよい。なお、2箇所から内側へ設けた突出部は、角度をつけて連結させてもよい。
【0056】
<包埋剤除去工程>
包埋剤固化工程の後、包埋剤除去工程として、前記筒状部材を固化した包埋剤層と共に前記核酸抽出用容器から取り外す。これにより、当該核酸抽出用容器内に、核酸を含む水層のみが残される。
【0057】
図4に、抽出工程から包埋剤除去工程までの一態様を模式的に示す。まず、内部に筒状部材1を予め設置した核酸抽出用容器2に、包埋組織と核酸抽出用溶液を入れ、当該包埋剤の溶融温度以上でインキュベートする(抽出工程)。これにより、溶融した包埋剤層6aと水層5の二相に分離する。筒状部材1は、少なくとも下端部が水層5に接し、上端部が溶融した包埋剤層6aに接触しないように設置する。次いで、低温でインキュベートすることにより、包埋剤を固化させる(包埋剤固化工程)。さらに、固化した包埋剤層6bが固着した筒状部材1を取り外すことにより、核酸抽出用容器2の内部には、包埋組織から抽出された核酸を含む水層5のみが残る(包埋剤除去工程)。
【0058】
包埋剤除去工程後の核酸抽出用容器内に残った水層は、包埋組織から抽出された核酸が含まれているが、包埋剤はほとんど混入していない。このため、当該水層は、包埋されていない生体試料から抽出された核酸抽出液と同様に、各種核酸分析の分析試料とすることができる。特に、包埋剤の溶融温度以下(例えば、室温)としても、固化した包埋剤は混入していないため、当該水層を各種分析装置に用いた場合でも、問題が生じ難い。特に、詰まりを起こすおそれが非常に小さいため、マイクロ流路等の隘路を備える装置を用いた分析装置にも用いることができる。
【0059】
包埋剤除去後に回収された水層は、そのまま核酸分析の試料として用いてもよいが、希釈することにより、当該水層中の界面活性剤濃度やアルカリ性物質濃度を低減させた希釈液を、核酸分析の試料として用いることも好ましい。希釈は、水を用いて行ってもよく、以降の核酸分析に用いるバッファーを用いて行ってもよい。
【0060】
また、当該水層から、エタノール沈殿法、シリカを用いた固相精製法、塩化セシウム密度勾配超遠心法等の核酸精製法を用いて核酸を精製してもよい。
【0061】
本発明に係る核酸抽出方法によって得られた核酸抽出液(包埋剤除去工程で得られた水層、当該水層の希釈液等。)は、いずれの核酸解析に供されてもよいが、特に遺伝子多型や遺伝子変異の解析に供されることが好ましく、SNP(一塩基多型)や一遺伝子変異の解析に供されることがより好ましい。当該核酸抽出液は、包埋剤が除去されているため、包埋剤が混入しているものよりも信頼性の高い解析結果を得ることができる。
【0062】
遺伝子解析をはじめとする核酸解析は、一般的に、解析対象の核酸を分析し、分析の結果に得られた情報を解析する。核酸分析は、主に、核酸の塩基配列をシークエンサー等で直接読む方法、特定の塩基配列からなる領域と特異的にハイブリダイズするプライマーを起点としたポリメラーゼ反応を利用する方法、又は特定の塩基配列からなる領域と特異的にハイブリダイズするプローブを用いる方法により行われる。本発明に係る核酸抽出方法によって抽出された核酸は、通常は多種多様な遺伝子の核酸を含むため、解析対象遺伝子は、プライマーとプローブの少なくとも一方を用いる方法によって分析することが好ましい。少なくともプライマーを用いる方法としては、例えば、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法、リアルタイムPCR法、TaqMan(登録商標)−PCR法、LAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法、SMAP(SMart Amplification Process)法、NASBA(Nucleic Acid Sequence-Based Amplification)法、RCA(rolling circle amplification)法、及びこれらの改変方法等が挙げられる。また、プローブを用いる方法としては、例えば、Invader(登録商標)法、DNAマイクロアレイ等が挙げられる。これらの方法は、適宜組み合わせて用いてもよい。
【0063】
本発明に係る核酸抽出方法では、包埋組織から核酸を回収するため、特に薄層切片から核酸を抽出した場合には、微量の核酸しか得られない場合がある。このため、プローブを用いた核酸増幅反応を利用した分析方法や、第一段階としてPCR等により核酸を増幅させ、第二段階として、第一段階で得られた増幅産物に対して核酸分析を行う方法が好ましい。前者としては、例えば、特定の遺伝子型に特異的なプライマーを用いて伸長反応を行うアレル特異的伸長法、TaqMan−PCR法等が挙げられる。後者としては、例えば、インベーダープラス法、PCR−RFLP(制限酵素断片長多型)法、PCR−SSCP(1本鎖高次構造多型)法等が挙げられる。中でも、解析対象の核酸の量が非常に微量の場合であっても、高感度かつ高精度に核酸解析を行うことが可能であるため、本発明に係る核酸抽出方法によって得られた核酸を、まずPCRによって増幅させた後、得られた増幅産物に対してインベーダー法を行うインベーダープラス法が好ましい。
【0064】
以下に、インベーダープラス法により、特定の遺伝子(解析対象遺伝子)を検出し解析する方法の例を示すが、本発明に係る核酸抽出方法によって得られた核酸の核酸解析方法は、これに限定されるものではない。
【0065】
まず、本発明に係る核酸抽出方法によって得られた核酸抽出液(回収工程で回収された水層)に、インベーダープラス反応液であるインベーダープラスバッファーと、解析対象遺伝子を検出するためのオリゴミックスと、エンザイムミックスとを混合した後に、変性処理(95℃、2分間加熱)することによりDNAの二重螺旋を一本鎖に融解させる。なお、オリゴミックスは、PCR用プライマー、DNAプローブ、インベイディングオリゴ、FRETカセットから成る。
【0066】
次に、PCR(95℃、30秒間−66℃、25秒間)を35サイクル行うことにより、解析対象遺伝子に相当する部分の核酸の増幅反応を行った後、Taq(登録商標)ポリメラーゼの失活処理(99℃、30秒間加熱)を行い、PCRを停止させる。
【0067】
最後にインベーダー(登録商標)法(61℃、30分間)を実施し、解析対象遺伝子に対応する核酸配列を有する領域に特異的にハイブリダイズしたDNAプローブを分解させる。次いで、当該分解反応により生成されたDNAの加熱プローブの5’−オリゴヌクレオチドが蛍光色素を持つFRETカセットと結合し、さらに当該FRETカセットが分解されて蛍光色素が当該FRETカセットから遊離して蛍光を発光するようになる。この蛍光を測定することにより、解析対象遺伝子を間接的に検出し測定できる。すなわち、蛍光シグナル強度が対応する解析対象遺伝子の検出量を示す。
【0068】
インベーダー(登録商標)法により解離された蛍光色素の蛍光シグナル強度(例えば、蛍光色素がFAMの場合には、FAMの蛍光シグナル強度(励起波長:485nm、発光波長:535nm)は、蛍光測定装置で測定する。当該蛍光測定装置としては、例えば、ロシュ・アプライド・サイエンス社製の蛍光測定装置LightCycler480等が挙げられる。
【0069】
[包埋剤除去用具]
本発明に係る包埋剤除去用具は、本発明に係る核酸抽出方法において、包埋剤によって包埋された包埋組織から核酸を抽出するために用いられる核酸抽出用容器の内部に設置される前記筒状部材として使用することができる。
【0070】
本発明に係る包埋剤除去用具の第一の態様としては、筒状本体と、固化した包埋剤は透過できず、液状の包埋剤は透過可能な選別部材とを備えるものである。当該選別部材は、前記筒状本体の一方の端部又はその近傍に設けられている。当該選別部材の形状としては、例えば、環状、網目状、多孔性形状等が挙げられる。また、筒状本体は、円柱状であってもよく、一方の端部よりも他方の端部の開口部が広くなるように外周面が傾斜した形状であってもよい。
【0071】
当該包埋剤除去用具は、さらに、筒状本体の外周面又は内周面から張り出した突出部が設けられていてもよい。当該突出部を把持することにより、核酸抽出用容器の内部に設置された包埋剤除去用具を当該核酸抽出用容器から容易に取り出すことができる。核酸抽出用容器の内部に設置された状態で外部からより容易に把持できるため、当該突出部は、筒状本体の前記選別部材が設けられている端部とは逆の端部又はその近傍に設けられていることが好ましい。
【0072】
当該突出部は、筒状本体の外周面又は内周面の少なくとも一部分から張り出すように形成されていればよい。例えば、筒状本体の端部の外周面又は内周面全体から張り出すように形成されていてもよく、端部の一部分のみから張り出すように形成されていてもよい。また、当該突出部は、筒状本体の外周面端部から筒状本体の開口部の外側へ張り出すものであってもよく、内側へ張り出すものであってもよい。
【0073】
当該包埋剤除去用具が備える突出部は、1個であってもよく複数個であってもよい。また、筒状部材の内周面の2箇所から内側へ設けた突出部を連結させてもよい。なお、2箇所から内側へ設けた突出部は、互いに平行になるように連結させてもよく、角度をつけて連結させてもよい。
【0074】
図5に、筒状本体と選別部材とを備える包埋剤除去用具の例を示す。
図5(A)は、筒状本体12と、環状の選別部材13aとからなる包埋剤除去用具11a、
図5(B)は、筒状本体12と、網目形状の選別部材13bと、筒状本体12の外周面端部から開口部の外側へ張り出した突出部14aとからなる包埋剤除去用具11b、
図5(C)は、筒状本体12と、多孔性形状の選別部材13cと、筒状本体12の内周面の2箇所から内側へ設けた突出部同士を連結させた突出部14cとからなる包埋剤除去用具11cの斜視図をそれぞれ示す。
【0075】
本発明に係る包埋剤除去用具の第二の態様としては、筒状本体と、前記筒状本体の外周面又は内周面から張り出した突出部とを備えるものである。筒状本体及び突出部は、前記第一の態様のものと同様である。
図5(D)に、筒状本体12と、筒状本体12の外周面端部から開口部の外側へ張り出した突出部14aとからなる包埋剤除去用具11d、
図5(E)に、筒状本体12と、筒状本体12の内周面の2箇所から内側へ設けた突出部同士を連結させた突出部14cとからなる包埋剤除去用具11eの斜視図をそれぞれ示す。
【0076】
[包埋組織からの核酸抽出用キット]
本発明に係る包埋組織からの核酸抽出用キット(以下、「本発明に係る核酸抽出用キット」)は、前記核酸抽出用水溶液と、前記包埋剤除去用具とを備え、本発明に係る核酸抽出方法によって、水に不溶であり、かつ溶融温度が40〜90℃の範囲内である包埋剤によって包埋された包埋組織から核酸を抽出するために用いられることを特徴とする。当該核酸抽出用キットを用いることによって、本発明に係る核酸抽出方法をより簡便に実施することができる。
【0077】
当該核酸抽出用キット中には、核酸抽出用水溶液をそのまま含ませてもよく、核酸抽出用水溶液の原料試薬をそれぞれ別個に備えさせてもよい。例えば、バッファーと界面活性剤とタンパク質分解酵素とキレート剤とをそれぞれ別個に備えていてもよく、界面活性剤とキレート剤とを含むバッファーと、タンパク質分解酵素とを備えていてもよい。
【0078】
当該核酸抽出用キット中には、前記核酸抽出用水溶液と前記包埋剤除去用具に加えて、その他の試薬や器具等を備えていてもよい。例えば、核酸抽出用容器や、当該核酸抽出用キットの使用説明書等を備えていてもよい。その他、抽出された核酸を解析する際に用いる試薬(例えば、反応用バッファー、ポリメラーゼ等の酵素、プライマー、プローブ等)を備えることもできる。
【実施例】
【0079】
以下、実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0080】
[実施例1]
<FFPE組織サンプルから抽出されたDNAと包埋剤との分離>
本発明に係る核酸抽出方法により、FFPE組織サンプルからDNAを抽出し、包埋剤から分離した状態で得た。
まず、筒状部材を予め内部に設置した核酸抽出用容器内において、ヒト大腸癌症例FFPE切片(腫瘍部:約1cm×1mm×10μm)1枚を、600μLの核酸抽出用水溶液(1% Tween20及び0.5mg/mL プロテイナーゼKを含むTEバッファー)に浸漬させ、52℃で30分間インキュベートした後、90℃で10分間インキュベートした。インキュベート後には、パラフィン層と水層の二相に分離しており、パラフィン層は、核酸抽出用容器の内壁ではなく、筒状部材の内壁に接触していた。次いで、当該核酸抽出用容器内の液体を4℃で5分間インキュベートし、パラフィン層を固化させた。固化処理後、核酸抽出用容器から筒状部材を取り外し、核酸抽出液(水層)のみを核酸抽出用容器に残留させた。取り外した筒状部材と、核酸抽出用容器の写真を
図6に示す。核酸抽出用容器2の内部には、核酸抽出液5が残っており、筒状部材1の内部には、固化したパラフィン6bが接着していた。核酸抽出用容器2内の核酸抽出液5は無色透明であり、パラフィンの混入は確認できなかった。
【0081】
[実施例2]
<FFPE組織サンプルからのDNA抽出効率の比較>
FFPE組織サンプルから、本発明に係る核酸抽出方法によりDNAを抽出した。1.5mL容のプラスチックチューブを核酸抽出用容器とし、筒状部材として、
図4に示す筒状部材2と同様の形状のものを用いた。
【0082】
まず、筒状部材を予め内部に設置した核酸抽出用容器内において、ヒト大腸癌症例FFPE切片(腫瘍部:約1cm×1mm×10μm)1枚を、100μLの核酸抽出用水溶液(0.5% Tween20及び0.1mg/mL プロテイナーゼKを含むTEバッファー)に浸漬させ、52℃で30分間インキュベートした後、90℃で10分間インキュベートした。インキュベート後には、パラフィン層と水層の二相に分離しており、パラフィン層は、核酸抽出用容器の内壁ではなく、筒状部材の内壁に接触していた。次いで、当該核酸抽出用容器内の液体を4℃で5分間インキュベートし、パラフィン層を固化させた。固化処理後、核酸抽出用容器から筒状部材を取り外し、核酸抽出液(水層)のみを核酸抽出用容器に残留させた。
【0083】
対照として、同量のFFPE切片から、市販精製キット(製品名:QIA(登録商標)amp DNA FFPE Tissue Kit、Qiagen社製)又は市販簡便キット(製品名:QuickExtractキット、Epicentre社製)を用いて、それぞれのキットの取扱説明書に基づいて核酸抽出を行った。市販精製キット及び市販簡便キットでは、スピンカラムに吸着させた核酸を100μLで溶出し、これを核酸抽出液とした。
【0084】
これらの方法で得られた核酸抽出液のDNA濃度をPicoGreen試薬(Invitrogen社)により測定した。測定結果を
図7及び8に示す。
図7は、核酸抽出液のDNA濃度(ng/μL)の測定結果であり、
図8は、DNA濃度から算出されたDNA収量(μg)の測定結果である。
図7及び8中、「1」は市販精製キットを用いた結果であり、「2」は市販簡便キットを用いた結果であり、「3」は筒状部材を用いた本発明に係る核酸抽出方法により行った結果である。
図7及び8に示すように、本発明に係る核酸抽出方法によって得られた核酸抽出液(図中、3)に含まれるDNAの濃度及び収量は、市販精製キットや市販簡便キットを用いた場合よりもやや多く、良好であった。
【0085】
また、得られた核酸抽出液の外観を観察したところ、市販簡便キットで得られた抽出液は、パラフィンが残留しているため白濁していた。これに対して、本発明に係る核酸抽出方法によって得られた核酸抽出液は、無色透明であり、核酸抽出液からパラフィンが完全に除去されていた。これらの結果から、本発明に係る核酸抽出方法により、包埋剤の混入量を抑えつつ、少ない工程数で包埋組織から核酸を抽出可能であることが明らかである。
【0086】
[実施例3]
<抽出された核酸の遺伝子解析サンプルとしての適性>
FFPE試料より核酸を抽出する方法の評価法として、得られた核酸抽出液の濃度測定の他に、純度や下流の核酸分析の成功率測定が行われている。
そこで、本発明に係る核酸抽出方法により回収されたDNAが、遺伝子解析サンプルとして適するか、インベーダープラス法を用いてK−ras遺伝子を検出することにより、検証した。
【0087】
(対象遺伝子)
本実施例では、FFPEサンプルを検体とした遺伝子解析の中で世界的に意義が認められているK−ras遺伝子のコドン12の6変異及びコドン13の1変異を、検出対象遺伝子として実施した。
【0088】
(核酸抽出液の調製)
まず、筒状部材を予め内部に設置した核酸抽出用容器内において、ヒト大腸がん組織のFFPE切片(腫瘍部:約1cm×1mm×10μm)5枚を、100μLの核酸抽出用水溶液(0.5mg/mL プロテイナーゼK及び1%のTween20を含むTEバッファー)に浸漬させ、52℃で30分間インキュベートした後、90℃で10分間インキュベートした。インキュベート後には、パラフィン層は、核酸抽出用容器の内壁ではなく、筒状部材の内壁に接触していた。次いで、当該核酸抽出用容器内の液体を4℃で5分間インキュベートし、パラフィン層を固化させた。固化処理後、核酸抽出用容器から筒状部材を取り外し、核酸抽出液(水層)のみを核酸抽出用容器に残留させた。
【0089】
(インベーダープラス反応)
まず、専用反応容器に、あらかじめPCR試薬(純水、バッファー、DNAポリメラーゼ、dNTP、プライマー1001及び1002)と、インベーダー試薬(純水、バッファー、クリベース酵素(Hologic社製)、インベイディングオリゴ1003、1004、1005、1006、1007、アレルプローブ1008〜1016、FAM標識FRETカセット(Hologic社製)、及びZ35 Red DyeFRETカセット(Hologic社製)を充填し、前記でFFPE切片から抽出した核酸抽出液および反応用バッファーとの混合液を専用反応容器に添加し、12.5μLの反応液を調製した。反応に用いた合成オリゴDNA(1001〜1016)の塩基配列を表1に示す。
【0090】
【表1】
【0091】
次に、自社開発蛍光測定装置を用いて、インベーダープラス反応を行った。反応条件は、変性(95℃、2分間)、PCR増幅[1サイクル当たり、(95℃、20秒間−66℃、16秒間)を35サイクル]、ポリメラーゼ失活化(99℃、2分間)、インベーダー反応(63℃、10分間)を行い、K−ras遺伝子変異7種を検出した。陽性対照(PC)として、市販精製キットを用いて精製したDNAを用いた以外は同様にしてインベーダープラス反応を行った。
【0092】
図9に、反応液(変異が検出された反応液の結果のみ)の蛍光増幅曲線を示す。
図9に示すように、本発明に係る核酸抽出法によって抽出されたDNAを鋳型とした場合の蛍光増幅曲線(
図9中、「2」)は、市販精製キット(
図9中、「1」)により得られたDNAを鋳型とした場合とほぼ同様であり、K−ras遺伝子変異が検出できた。これらの結果から、本発明に係る核酸抽出法によって抽出されたDNAは、インベーダープラス法の分析試料として使用可能であることがわかった。