(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6201716
(24)【登録日】2017年9月8日
(45)【発行日】2017年9月27日
(54)【発明の名称】自動車用足回り部品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B60G 7/00 20060101AFI20170914BHJP
B21J 5/00 20060101ALI20170914BHJP
C22F 1/04 20060101ALI20170914BHJP
B21K 1/26 20060101ALI20170914BHJP
C22C 21/02 20060101ALN20170914BHJP
C22C 21/06 20060101ALN20170914BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20170914BHJP
【FI】
B60G7/00
B21J5/00 D
C22F1/04 A
B21K1/26
!C22C21/02
!C22C21/06
!C22F1/00 606
!C22F1/00 630A
!C22F1/00 630K
!C22F1/00 631A
!C22F1/00 631Z
!C22F1/00 681
!C22F1/00 682
!C22F1/00 683
!C22F1/00 684C
!C22F1/00 694A
!C22F1/00 694B
!C22F1/00 602
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-259461(P2013-259461)
(22)【出願日】2013年12月16日
(65)【公開番号】特開2015-116846(P2015-116846A)
(43)【公開日】2015年6月25日
【審査請求日】2016年2月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129632
【弁理士】
【氏名又は名称】仲 晃一
(74)【代理人】
【識別番号】100148426
【弁理士】
【氏名又は名称】森貞 好昭
(72)【発明者】
【氏名】白井 孝太
(72)【発明者】
【氏名】井尻 哲也
(72)【発明者】
【氏名】岡田 浩
(72)【発明者】
【氏名】角 慎一郎
(72)【発明者】
【氏名】若井 幸一
(72)【発明者】
【氏名】森山 慶彦
【審査官】
岡▲さき▼ 潤
(56)【参考文献】
【文献】
特許第4224676(JP,B2)
【文献】
特開2008−075169(JP,A)
【文献】
特開2003−001357(JP,A)
【文献】
特開2010−241379(JP,A)
【文献】
特開2011−074471(JP,A)
【文献】
特開2012−077319(JP,A)
【文献】
特開2011−189851(JP,A)
【文献】
特開2006−037139(JP,A)
【文献】
特開2012−158776(JP,A)
【文献】
特開2011−214093(JP,A)
【文献】
特表2008−537977(JP,A)
【文献】
特開2009−035775(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60G 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金製の鍛造部品であって、
外力が印加された場合の最大応力発生部位の負荷応力方向において、結晶方位から算出されるシュミット因子の逆数の平均が2.37以上であること、
を特徴とする自動車用足回り部品。
【請求項2】
前記鍛造部品が熱処理型のアルミニウム合金製であること、
を特徴とする請求項1に記載の自動車用足回り部品。
【請求項3】
アルミニウム合金を鋳造する第一工程と、
前記第一工程で得られるアルミニウム合金鋳塊に塑性変形を加えて、結晶方位を制御し、外力が印加された場合の最大応力発生部位の負荷応力方向において、結晶方位から算出されるシュミット因子の逆数の平均が2.3以上とする第二工程と、
前記第二工程で得られる結晶方位制御アルミニウム合金に鍛造を施し、前記応力発生部位の前記シュミット因子の逆数の平均が2.3以上である鍛造部品を得る第三工程と、を有すること、
を特徴とする自動車用足回り部品の製造方法。
【請求項4】
前記第二工程と前記第三工程とを略同時に行う工程を有すること、
を特徴とする請求項3に記載の自動車用足回り部品の製造方法。
【請求項5】
前記第二工程は、前記アルミニウム合金鋳塊の端部を、外力が印加された場合の最大応力発生部位の負荷応力方向に伸長させるように塑性変形する工程であること、
を特徴とする請求項3又は4に記載の自動車用足回り部品の製造方法。
【請求項6】
前記第一工程の前記鋳造に半連続鋳造法を用い、
前記半連続鋳造法により鋳造した鋳造棒を、鋳造進行方向と略垂直方向に切断し、
前記切断によって得られるスライス材の断面形状を、前記鍛造部品を鍛造時の鍛造プレス作動方向へ投影した形状に近似するように設計し、
前記スライス材を前記アルミニウム合金鋳塊とすること、
を特徴とする請求項3〜5のいずれかに記載の自動車用足回り部品の製造方法。
【請求項7】
更に、前記第三工程で得られた前記鍛造部品に溶体化処理及び時効処理を施す第四工程を有すること、
を特徴とする請求項3〜6のいずれかに記載の自動車用足回り部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高強度を有するアルミニウム合金製の自動車用足回り部品及びその製造方法に関し、より具体的には、アルミニウム合金鋳造材からの鍛造部品としても、十分な強度を有するアルミニウム合金製の自動車用足回り部品及びその効果的な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の輸送機器の分野において、排ガス規制や二酸化炭素の排出抑制の要求が高まっている。これらの要求に対し、車体の軽量化による燃費の向上が注目され、従来の鉄系材料に替えてアルミニウム系材料の適用が盛んに検討されている。
【0003】
輸送機器用のアルミニウム材としては、耐食性のみが要求される場合には1000系や3000系アルミニウム合金が多用されているが、耐食性、高強度、及び高靱性が要求される場合には、これらの特性バランスに優れ、生産性も高い6000系アルミニウム合金等が適用される例が多い。
【0004】
しかしながら、2000系、6000系、及び7000系等の時効硬化型のアルミニウム合金においては、加工後に溶体化処理等の熱処理が必須となり、当該熱処理に起因する結晶粒の粗大化が生じてしまう。特に、近年では、部品が非常に薄くなっていること等が影響し、押出材からの鍛造材では、溶体化処理〜時効処理等のプロセスにおいて、結晶粒が粗大化する傾向が顕著になっている。押出材を素材とする場合、押出材そのものが有する集合組織は強度向上に好ましいが、ひずみの導入によって再結晶及び粒成長が生じやすい状態になっており、上記溶体化処理〜時効処理等のプロセスにおける部品の強度低下を抑制することは極めて困難である。
【0005】
これに対し、出願人は丸棒鋳造材や鍛造最終製品の製品投影形状に近似したスライス断面形状を有する異形鋳造材を鍛造することで、再結晶及び粒成長しない範囲で強度を確保したアルミニウム合金製の自動車用部品を製造してきた。例えば、特許文献1(特許第4224676号公報)では、アルミニウム合金を半連続鋳造法により鋳造し、当該鋳造棒を鋳造進行方向と略垂直方向に切断したスライス材を素材とし、製品の平均板厚よりも大きい反りを有する製品を鍛造で製造する際に、鋳造棒の鋳造進行方向と略垂直な断面での断面形状を、最終製品を鍛造時の鍛造プレス作動方向へ投影した形状に近似するように設計し、鍛造の第1工程で、鍛造プレスの作用方向が鍛造後に形成される反りの方向と略平行で、しかも素材端部のスライス面方向と略垂直となるような方向で鍛造し、素材の側端に反りの変形を加えることなく素材中央部のみに、最終製品の反りの30%以上に相当する反りの変形を与えることを特徴とするアルミニウム合金の鍛造方法を提案している。
【0006】
上記特許文献1に開示しているアルミニウム合金の鍛造方法では、素材の厚さよりも薄肉部を有する製品を鍛造する際に、鍛造の第1工程での圧下量を調整することで鍛造欠陥を回避することができ、歩留まりの向上と製品の信頼性向上に資することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第4224676号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、近年では車体軽量化への要求が更に高くなっており、より薄く高強度なアルミニウム製の鍛造部品が求められているところ、上記特許文献1のアルミニウム合金の鍛造方法では、未だに十分な部品強度が得られていない。
【0009】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、アルミニウム合金鋳造材からの鍛造部品としても、十分な強度を有するアルミニウム合金製の自動車用足回り部品及びその効果的な製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、高強度を有するアルミニウム合金製の自動車用足回り部品及びその製造方法について鋭意研究を重ねた結果、鍛造の前工程としてアルミニウム合金鋳塊の任意の領域に塑性変形を加え、製品で耐力と引張強度を必要とする箇所の結晶方位を制御することが極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0011】
即ち、本発明は、
アルミニウム合金製の鍛造部品であって、
外力が印加された場合の最大応力発生部位の負荷応力方向において、結晶方位から算出されるシュミット因子の逆数の平均が2.3以上であること、
を特徴とする自動車用足回り部品を提供する。
【0012】
ここで、シュミット因子とは、金属材に対する巨視的垂直応力と分解せん断応力の間の係数であり、単結晶金属では、シュミット因子の大きな結晶ほど小さな外力で塑性変形が開始することになる。試料の断面積をA、引張力の大きさをFとすると、引張応力σはσ=F/Aとなる。また、引張力の方向とすべり面法線nのなす角をθ、引張方向とすべり方向dのなす角をφとすると、引張力のすべり方向への分力はFcosφであり、すべり面の面積はAs=A/cosθであるから、外力のこのすべり系への分解せん断応力τは、τ=Fcosφ/As=(F/A)・cosθcosφ=σcosθcosφとなる。ここで、cosθcosφがシュミット因子である。
【0013】
アルミニウムなどの面心立方格子の金属は、一般に12個のすべり系が活動する。結晶の方位と応力方向が決まれば、個々のすべり系はそれぞれ特有のシュミット因子を持ち、シュミット因子の大きなすべり系ほど活動に必要な応力は小さく、より活動しやすいすべり系であると言える。任意の結晶におけるシュミット因子とは、12個のすべり系の中で最も値が大きく、最も活動しやすいすべり系(主すべり系)のシュミット因子を指す。
【0014】
各結晶に加わる応力は巨視応力と等しく、導入されるひずみは結晶粒毎に異なり、活動するすべり系は主すべり系の1つである、と仮定するSachs理論においては、耐力はσ
0+τ
CRSS・mとなる。ここで、σ
0はアルミニウム合金の固有の強度に粒度の効果を加味した耐力、τ
CRSSは臨界分解せん断応力、mはシュミット因子の逆数(m値)である。
【0015】
つまり、シュミット因子の逆数(m値)が大きな部材では、当該シュミット因子の逆数(m値)を測定した方向に関して、高い強度を示すことができる。上述のとおり、本発明の自動車用足回り部品は、外力が印加された場合の最大応力発生部位の負荷応力方向において、結晶方位から算出されるシュミット因子の逆数(m値)の平均が2.3以上であること、を特徴とするものであり、最大応力発生部位の負荷応力方向の強度が効果的に改善されている。
【0016】
なお、シュミット因子は引張力の方向とすべり面が45°の角度をなす場合に最大値0.5となり、引張力の方向とすべり面が垂直又は平行の場合に最小値0となる。
【0017】
上記本発明の自動車用足回り部品においては、前記鍛造部品が熱処理型のアルミニウム合金製であること、が好ましい。
【0018】
また、本発明は、
アルミニウム合金を鋳造する第一工程と、
前記第一工程で得られるアルミニウム合金鋳塊に塑性変形を加えて、結晶方位を制御する第二工程と、
前記第二工程で得られる結晶方位制御アルミニウム合金に鍛造を施し、前記応力発生部位の前記シュミット因子の逆数の平均が2.3以上である鍛造部品を得る第三工程と、を有すること、
を特徴とする自動車用足回り部品の製造方法も提供する。
【0019】
前記第二工程及び前記第三工程を施す回数は1回とは限られず、前記第二工程及び前記第三工程をそれぞれ複数回施してもよい。
【0020】
上記本発明の自動車足回り部品の製造方法においては、前記第二工程と前記第三工程とを略同時に行う工程を有すること、が好ましい。前記第二工程における結晶方位の制御と前記第三工程における成形加工を略同時に行うことで、自動車用足回り部品の製造工程を簡略化することができる。
【0021】
上記本発明の自動車用足回り部品の製造方法においては、前記第二工程は、前記アルミニウム合金鋳塊の端部を、略一方向(外力が印加された場合の最大応力発生部位の負荷応力方向)に伸長させるように塑性変形する工程であること、が好ましい。
【0022】
また、上記本発明の自動車用足回り部品の製造方法においては、前記第一工程の前記鋳造に半連続鋳造法を用い、前記半連続鋳造法により鋳造した鋳造棒を、鋳造進行方向と略垂直方向に切断し、前記切断によって得られるスライス材の断面形状を、前記鍛造部品を鍛造時の鍛造プレス作動方向へ投影した形状に近似するように設計し、前記スライス材を前記アルミニウム合金鋳塊とすること、が好ましい。
【0023】
また、上記本発明の自動車用足回り部品の製造方法においては、更に、前記第三工程で得られた鍛造部品に溶体化処理及び時効処理を施す第四工程を有すること、が好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、アルミニウム合金鋳造材からの鍛造部品としても、十分な強度を有するアルミニウム合金製の自動車用足回り部品及びその効果的な製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の実施形態に係る自動車用足回り部品の一例を示す概略斜視図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る自動車用足回り部品の使用時の負荷状態の一例を示す概略図である。
【
図3】本発明の自動車用足回り部品の製造方法の工程図である。
【
図4】本発明の自動車用足回り部品の製造方法で使用する、異形連鋳棒及びそれをスライスしたスライス材の一例を示す概略斜視図である。
【
図5】本発明の自動車用足回り部品の製造方法で使用する、スライス材の外観写真である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、図面を参照しながら本発明の自動車用足回り部品及びその製造方法についての代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。なお、以下の説明では、同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する場合がある。また、図面は、本発明を概念的に説明するためのものであるから、表された各構成要素の寸法やそれらの比は実際のものとは異なる場合もある。
【0027】
1.自動車用足回り部品
車体軽量化の観点からの自動車用部品のアルミニウム合金化は種々検討されており、例えば、自動車用のサスペンション部品であるアッパアーム、ロアアーム、及びトランスバースリンク等についても、アルミニウム合金の熱間型鍛造品が用いられるようになっている。これらの部品は昨今の自動車の車室寸法拡大、走行性能向上、コストダウンのための部品の一体化により形状が複雑化しているため、特定の部位に応力が集中しやすい。その他の自動車用部品としては、例えば、ナックル、トレーリングアーム等を挙げることができる。
【0028】
図1は、本発明の実施形態に係る自動車用足回り部品の一例を示す概略斜視図である。自動車用足回り部品1は鍛造サスペンション部品であり、反りが大きく三次元的に複雑な形状を有している。自動車用足回り部品1はアルミニウム合金製であり、熱処理型のアルミニウム合金製であることが好ましい。熱処理型のアルミニウム合金とは、熱処理によって所定の強度を得るアルミニウム合金であり、2000系合金(Al−Cu−Mg系合金)、6000系合金(Al−Mg−Si系合金)、7000系合金(Al−Zn−Mg系合金)、AC1B合金(Al−Cu−Mg系合金)、AC2A合金(Al−Cu−Si系合金)、AC2B合金(Al−Cu−Si系合金)、AC5A合金(Al−Cu−Ni−Mg系合金)、AC4A合金(Al−Si−Mg系合金)、AC4C合金(Al−Si−Mg系合金)、AC4CH合金(Al−Si−Mg系合金)、AC4B合金(Al−Si−Cu系合金)、AC4D合金(Al−Si−Cu−Mg系合金)、AC8A合金(Al−Si−Ni−Cu−Mg系合金)、AC8B合金(Al−Si−Ni−Cu−Mg系合金)、AC8C合金(Al−Si−Ni−Cu−Mg系合金)、AC9A合金(Al−Si−Cu−Mg―Ni系合金)、AC9A合金(Al−Si−Cu−Mg―Ni系合金)等を例示することができる。
【0029】
自動車用足回り部品1には上記熱処理型のアルミニウム合金を用いることができるが、自動車用足回り部品1の強度及び信頼性を担保する観点から、展伸材を用いることが好ましく、6000系合金を用いることがより好ましい。
【0030】
自動車用足回り部品1は、使用中に最大の応力が発生する最大応力発生部位をアーム部2に有しており、当該最大応力発生部位は使用態様に即して十分な強度を有している必要がある。ここで、最大応力発生部位は、外力が印加された場合の負荷応力方向において、結晶方位から算出されるシュミット因子の逆数の平均が2.3以上となるように設計されている。
【0031】
自動車用足回り部品1は、概ね
図1に示すような略三角形の全体形状からなり、各三角形の頂点部分に、アーム部2で繋がれたボールジョイント取付部4及びブッシュボス6を有している。アーム部2は、その幅方向の各周縁部(両側端部)に、アーム部2の長手方向に延在するリブを有しており、その幅方向の中央部に、アーム部2の長手方向に延在するウェブを有しているのが一般的である。自動車用足回り部品1の使用時は、ブッシュボス6にブッシュを圧入し、ボールジョイント取付部4にボールジョイントを組付ける。
【0032】
上記の自動車用足回り部品1の全体構造や形状を前提として、通常の自動車用足回り部品1では、使用中に最大応力が発生する(最大応力が負荷される)特定部位は、アーム部2のボールジョイント取付部4側となる。また、自動車用足回り部品1の構造設計条件等で多少の差異は生じるものの、アーム部2への負荷応力方向は、アーム部2の略長手方向となる。
【0033】
図2に、自動車用足回り部品1の使用時の負荷状態の一例を示す概略図を示す。ブッシュを固定として、ボールジョイント取付部4に荷重方向‐1及び荷重方向‐2に示す方向に荷重が加わる場合、自動車用足回り部品1の最大応力発生部位はa及びbの領域となる。
【0034】
ここで、アーム部2の最大応力発生部位の強度が十分でない場合、自動車用足回り部品1の全体としての強度を高く維持しながら軽量化を図るのが困難となる。これに対し、本発明の自動車用足回り部品1では、外力が印加された場合の負荷応力方向(アーム部2の略長手方向)において、結晶方位から算出されるシュミット因子の逆数の平均が2.3以上となっており、集合組織の最適化によって強度を向上させている。
【0035】
集合組織により強度が異なることについては広く知られているが、本発明の自動車用足回り部品1においては、最大応力発生部位に関して選択的に集合組織を最適化している。その結果、応力方向に対する強度を高くすることができる。
【0036】
以下に、外力が印加された場合の負荷応力方向(アーム部2の略長手方向)において、結晶方位からシュミット因子の逆数(m値)を得る方法について説明する。
【0037】
先ず、最大応力発生部位における引張試験片の採取位置の集合組織を、走査型電子顕微鏡に付属している後方散乱電子回折測定装置(SEM−EBSD)により測定する。具体的には、観察面が応力方向に垂直になるように試験片を採取し、観察面に対して機械研磨、バフ研磨を行った後、電解研磨により加工層を除去する。当該観察面に対してSEM−EBSD測定を行うことで方位情報を取得する。
【0038】
得られた方位情報から、EBSD解析ソフトを使用してシュミット因子の逆数(m値)を求めるが、その解析ソフトとしては、例えばTSL社製の「OIM Analysis」を用いれば良い。具体的には、活動するすべり系を{111}<110>と仮定し、観察面に垂直な方向に引張変形を与える条件のもとで、測定視野中の各測定点(約10万点)のそれぞれのシュミット因子を算出する。算出されたシュミット因子から、逆数を算出し、全測定点の平均を取ることで、測定視野におけるシュミット因子の逆数(m値)を算出することができる。
【0039】
2.自動車用足回り部品の製造方法
本発明の自動車用足回り部品の製造方法は、上記本発明の自動車用足回り部品の効果的な製造方法を提供するものである。
図3は、本発明の自動車用足回り部品の製造方法の工程図である。本発明の自動車用足回り部品の製造方法は、アルミニウム合金を鋳造する第一工程(S01)と、前記第一工程(S01)で得られるアルミニウム合金鋳塊に塑性変形を加えて、結晶方位を制御する第二工程(S02)と、前記第二工程(S02)で得られる結晶方位制御アルミニウム合金に鍛造を施す第三工程(S03)と、を有している。また、更に、前記第三工程(S03)で得られた鍛造部品に溶体化処理を施す第四工程(S04)を有すること、が好ましい。なお、第二工程(S02)と第三工程(S03)は、一つの工程としてまとめて実施してもよい。
【0040】
(1)アルミニウム合金の鋳造(第一工程)
アルミニウム合金を鋳造する第一工程(S01)には、半連続鋳造法を用いることが好ましい。
図4に、異形連鋳棒及びそれをスライスしたスライス材の一例を示す概略斜視図を示す。第一工程(S01)では、鍛造最終製品の製品投影形状に近似したスライス断面形状を有する異形連鋳棒8を製造する。なお、上述のとおり、アルミニウム合金には熱処理型のアルミニウム合金を用いることが好ましく、特に、6000系アルミニウム合金を用いることがより好ましい。
【0041】
異形連鋳棒8の断面形状としては、最終製品の投影形状よりも大きな形状とすることも可能であるが、鍛造の際の素材となるスライス材10の断面形状が最終製品の投影形状よりも大きいと、歩留まりを良くするために異形連鋳棒8をスライスする際の切断板厚を薄くする必要がある。しかし、肉厚をあまり薄くすると製品の厚肉部が欠けてしまういわゆる欠肉が生じやすくなるので、スライス材10の板厚を極端に薄くすることはできない。すなわち、スライス材10の板厚下限は、最終製品の最大厚肉部に欠肉が発生しないことが基準となる。
【0042】
なお、製品形状に仕上げる鍛造は、粗鍛造でほとんど製品形状に近い形状に鍛造し、その後の仕上鍛造で形状を整えるのが一般的である。
【0043】
(2)塑性変形による結晶方位制御(第二工程)
第一工程(S01)で得られるアルミニウム合金鋳塊に塑性変形を加え、アルミニウム合金鋳塊の結晶方位を制御する第二工程(S02)では、異形連鋳棒8を切断して得られるスライス材10の端部を、略一方向(外力が印加された場合の最大応力発生部位の負荷応力方向)に伸長させるように塑性変形を加える工程であること、が好ましい。
【0044】
スライス材10の端部を伸長させた領域は、最終的に自動車用足回り部品1のアーム部2となる領域に相当する。当該領域において、外力が印加された場合の負荷応力方向(アーム部2の略長手方向)における結晶方位から算出されるシュミット因子の逆数(m値)の平均が2.3以上となるように鍛造する(特定の方向にメタルフローを形成させる)ことで、軽量かつ高強度な自動車用足回り部品1を得ることができる。なお、伸長の方向はアーム部2の略長手方向とすることが好ましい。
【0045】
第二工程(S02)には上記形状を有するスライス材10を用いることができるが、鍛造によってスライス材10の端部が伸長するため、予め端部を短く設計したスライス材を用いることが好ましい。
図5に、(a)鍛造による端部の伸長を考慮しないスライス材、及び(b)鍛造による端部の伸長を考慮したスライス材の外観写真を示す。(b)においては、第二工程(S02)によって矢印方向に端部が伸長することによって、適当な形状及び大きさのスライス材10が得られることになる。
【0046】
第二工程(S02)における鍛造の圧下率は、10〜70%が好ましく、30〜50%がより好ましい。圧下率が大き過ぎると再結晶によって強度低下が生じ、小さ過ぎるとシュミット因子の逆数(m値)の平均を2.3以上とすることができないからである。
【0047】
なお、第二工程(S02)を施す回数は1回とは限らず、複数回施してもよい。
【0048】
(3)鍛造(第三工程)
第二工程(S02)で得られる結晶方位制御アルミニウム合金に鍛造を施し、自動車用足回り部品1の最終形状とする工程である。なお、鍛造方法は特に限定されず、本発明の効果を損なわない範囲で従来公知の種々の鍛造方法を用いることができる。
【0049】
なお、第三工程(S03)を施す回数は1回とは限らず、複数回施してもよい。
【0050】
(4)溶体化処理及び時効処理(第四工程)
アルミニウム合金として熱処理型のアルミニウム合金を用いた場合には、上記第三工程(S03)の鍛造によって最終形状とした鍛造部品に溶体化処理及び時効処理を施すことが好ましい。溶体化処理後、適当な時効処理を施すことによって、鍛造部品全体の強度を向上させることができる。
【0051】
溶体化処理及び時効処理の条件は特に限定されず、本発明の効果を損なわない範囲で従来公知の種々の溶体化処理及び時効処理を用いることができる。なお、これらの最適条件はアルミニウム合金の種類や鍛造部品の形状及び大きさ等に依存するため、溶体化処理及び時効処理後の鍛造部品について組織観察や機械的特性の評価を行い、適宜好適な条件を選定することが好ましい。
【0052】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0053】
≪実施例≫
表1に記載の組成を有する熱処理型のアルミニウム合金を、
図3に示した形状に半連続鋳造した。得られた鋳塊を均質化処理した後、それぞれ30mmの厚さに切断した(第一工程)。
【0054】
得られたアルミニウム合金鋳塊に塑性変形を加えて結晶方位を制御する第二工程の後、熱間鍛造(第三工程)[粗鍛造→仕上鍛造]を行い、
図1に示す形状の鍛造品を得た。第二工程の塑性変形には熱間鍛造を用い、当該熱間鍛造の条件は、素材温度500℃及び圧下率40%とした。なお、得られた鍛造品にはT6調質処理を施した(第四工程)。
【0055】
得られた鍛造品の最大応力発生部位(
図2に示すa及びb)から試験片を採取し、シュミット因子の逆数(m値)を上述のSEM−EBSD法にて算出した。なお、測定は日本電子製の走査型電子顕微鏡(SEM)と、TSL製の後方散乱電子回折測定装置(EBSD)の複合システムを用いて行った。測定条件は、視野面積800μm×800μm、結晶方位測定点間の距離(ステップサイズ)3μmである。測定後に、TSL社製OIMシステムを用いて結晶方位解析を実施した。得られたシュミット因子の逆数(m値)を表2に示す。
【0056】
また、鍛造品の最大応力発生部位(
図2に示すa及びb)から取得した試験片に関して引張試験を行い、0.2%耐力、引張強度、及び伸びを測定した。引張試験片はJIS Z 2241に記載の14号A試験片を用いた。引張速度はJIS Z 2241に準拠し、0.2%耐力までを2mm/min、0.2%耐力以降を5mm/minとした。なお、N数は3本とし、平均値を計算した。得られた値を表2にそれぞれ示す。
【0057】
≪比較例≫
アルミニウム合金鋳塊の結晶方位を制御する第二工程を施さない以外は実施例と同様にして鍛造品を得た。また、実施例と同様にしてm値、0.2%耐力、引張強度、及び伸びを測定した。得られた値を表2にそれぞれ示す。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
実施例の鍛造品においては、全ての試験片でシュミット因子の逆数(m値)が2.3以上となっているが、比較例の鍛造品では全ての試験片でシュミット因子の逆数(m値)が2.3未満となっている。これに対応して、実施例の鍛造品の0.2%耐力は比較例の鍛造品と比較して明瞭に向上していることが確認できる。
【符号の説明】
【0061】
1・・・自動車用足回り部品、
2・・・アーム部、
4・・・ボールジョイント取付部、
6・・・ブッシュボス、
8・・・異形連鋳棒、
10・・・スライス材。