【実施例1】
【0019】
図1は、実施例1の発光素子の構成を示した図である。実施例1の発光素子は、
図1のように、サファイア基板10を有し、そのサファイア基板10の一方の表面上に、III 族窒化物半導体からなるn型層11、発光層12、p型層13が順に積層された構造を有している。また、p型層13上には透明電極14、透明電極14上にp電極15が位置し、p型層13側から開けられた溝の底面にn電極16が設けられている。また、サファイア基板10裏面10a(n型層11形成側とは反対側の面)には、誘電体多層膜17(本発明の反射膜に相当)が設けられている。この実施例1の発光素子は、p電極15、n電極16が同一面側に位置し、p電極15側から光を取り出すフェイスアップ型の素子である。
【0020】
サファイア基板10は、その主面上にIII 族窒化物半導体を結晶成長させるための成長基板である。主面は、たとえばa面やc面である。サファイア基板10の厚さは100〜600μmである。サファイア基板10のn型層11側の表面には光取り出し率を向上させるためにドット状、ストライプ状などの凹凸加工が施されていてもよい。
【0021】
サファイア基板10の裏面10aの粗さは、Ra(算術平均粗さ)が0.2nm以下、RMS(二乗平均平方根粗さ)が0.2nm以下、Rz(十点平均粗さ)が5nm以下とするとよい。サファイア基板10の裏面10aをこのような高い平坦性を有した面とすることで、誘電体多層膜17による反射率を高めることができる。
【0022】
n型層11は、サファイア基板10の表面上にAlNからなるバッファ層(図示しない)を介して位置している。また、n型層11は、サファイア基板10側から順に、nコンタクト層、ESD層、nクラッド層が積層された構造である。nコンタクト層は、たとえばSi濃度が1×10
18/cm
3 以上のn−GaNからなる。nコンタクト層はSi濃度の異なる複数の層で構成してもよい。ESD層は、たとえばノンドープGaNとn−GaNを積層した層であり、静電耐圧を高めるための層である。nクラッド層は、たとえばInGaNとn−GaNを交互に繰り返し積層した超格子構造の層である。
【0023】
発光層12は、井戸層、保護層、障壁層がこの順に積層された構造を単位として、その単位構造が繰り返し積層されたMQW構造である。繰り返し回数は3〜10回である。井戸層はInGaNからなり、厚さは1〜5nmである。保護層はGaNやAlGaNであってバンドギャップが障壁層のバンドギャップ以下である。井戸層側から順にGaN、AlGaNの積層としてもよい。この保護層は井戸層と同じ温度で成長させる層である。厚さは2〜20Åである。障壁層はAlGaNからなる。Al組成比は3〜10%であり、厚さは1〜10nmである。障壁層はAlGaN単層に限らず、複数の層で構成してもよい。たとえば、Al組成比の異なる複数の層とすることができる。
【0024】
p型層13は、発光層12側から順にpクラッド層とpコンタクト層が積層された構造である。pクラッド層は、p−InGaNとp−AlGaNが交互に繰り返し積層された超格子構造である。p−InGaNのIn組成比は5〜12%であり、厚さは2nmである。また、p−AlGaNのAl組成比は25〜40%であり、厚さは2.5nmである。また、pコンタクト層はMg濃度が1×10
19/cm
3 以上で厚さが80nmのp−GaNである。pコンタクト層はMg濃度の異なる複数の層で構成してもよい。
【0025】
透明電極14はITOからなり、p型層13表面のほぼ全面に形成されている。透明電極14の材料にはITO以外にも、IZO(亜鉛ドープの酸化インジウム)、ICO(セリウムドープの酸化インジウム)などを用いることができる。
【0026】
p電極15は透明電極14上に位置している。n電極16は、溝の底面に露出したn型層11のnコンタクト層上に位置している。溝は、半導体層(n型層11、発光層12、p型層13)の一部に設けられたものであり、p型層13表面からn型層11のnコンタクト層に達する深さである。p電極15、n電極16は、ワイヤと接続するパッド部と、パッド部に連続して線状に伸びる配線状部とを有している。
【0027】
誘電体多層膜17は、SiO
2 膜(図示しない)とTiO
2 膜(図示しない)が交互に繰り返し積層されたDBR(分布ブラッグ反射鏡)である。サファイア基板10裏面10aに接する膜はSiO
2 膜である。繰り返し回数は3〜50回である。SiO
2 膜およびTiO
2 膜の厚さは、その光学膜厚がλ/4となる厚さである。ここでλは実施例1の発光素子の発光波長である。たとえばλが450nmの場合、SiO
2 の屈折率はおよそ1.47、TiO
2 の屈折率はおよそ2.67であるため、SiO
2 膜の物理的な厚さは76.5nm、TiO
2 の物理的な厚さは42.1nmである。
【0028】
このDBRである誘電体多層膜17は、光の干渉効果によって波長がλ付近の光を強く反射する。波長λにおける反射率が90%以上、望ましくは95%以上となるように、誘電体多層膜17の繰り返し回数などを設計するとよい。
【0029】
誘電体多層膜17はサファイア基板10の裏面10aに設けられているため、発光層12からサファイア基板10方向に向かう光を誘電体多層膜17によってp電極15やn電極16方向へ反射させることができる。実施例1の発光素子はフェイスアップ型であるため、p電極15やn電極16側が光取り出し側である。よって、誘電体多層膜17を設けることにより光取り出し率を向上させることができる。また、先に説明したように、実施例1の発光素子はサファイア基板10裏面10aの平坦性が高いため、誘電体多層膜17による反射効率が高い。そのため、誘電体多層膜17がそのDBR構造による反射機能を十分に発揮し、光取り出し率が向上する。
【0030】
なお、誘電体多層膜17の2種の材料は上記に限るものではない。発光波長λに対して光を透過する任意の誘電体材料であって、屈折率の異なる2種の材料を用いることができる。屈折率差が大きいほど誘電体多層膜17の反射率を向上させることができるため、波長λにおける屈折率差は1以上、望ましくは1.5以上となる2種の材料を用いるとよい。
【0031】
上記以外の誘電体多層膜17の具体的な材料を挙げると、金属酸化物として、Al
2 O
3 、ZrO
2 、Ta
2 O
5 、Nb
2 O
5 、ZrO、ZrO
2 、金属窒化物として、AlN、SiN、TiN、金属酸窒化物として、SiON、金属フッ化物として、MgF
2 、CaF
2 、などである。
【0032】
また、SiO
2 膜およびTiO
2 膜の厚さは、光学膜厚がλ/4となる厚さに限らず、λ/4の奇数倍となる厚さであってもよい。ただし、誘電体多層膜17全体が厚くなるため、光学膜厚がλ/4となる厚さが望ましい。また、厳密にλ/4の奇数倍である必要はなく、λ/4の奇数倍の0.9倍〜1.1倍の範囲で誤差を許容する。
【0033】
次に、実施例1の発光素子の製造工程について
図2、3を参照に説明する。なお、III 族窒化物半導体の結晶成長にはMOCVD法を用いる。MOCVD法において用いる原料ガスは、窒素源として、アンモニア(NH
3 )、Ga源として、トリメチルガリウム(Ga(CH
3 )
3 )、In源として、トリメチルインジウム(In(CH
3 )
3 )、Al源として、トリメチルアルミニウム(Al(CH
3 )
3 )、n型ドーピングガスとして、シラン(SiH
4 )、p型ドーピングガスとしてシクロペンタジエニルマグネシウム(Mg(C
2 H
5 )
2 )、キャリアガスとしてH
2 、N
2 である。もちろん、原料ガスとしてこれら以外の有機金属ガスを使用することも可能である。
【0034】
まず、厚さ500〜1000μmのサファイア基板10を用意し、水素雰囲気で加熱して表面のクリーニングを行う。次に、サファイア基板10上に、MOCVD法によって、AlNからなるバッファ層(図示しない)を形成し、バッファ層上にIII 族窒化物半導体からなるn型層11、発光層12、p型層13を順に積層させる(
図2(a)参照)。
【0035】
次に、p型層13表面の所定領域に、透明電極14を蒸着あるいはスパッタによって形成する。そして、p型層13の所定の領域をドライエッチングして、p型層13表面からn型層11のnコンタクト層に達する深さの溝19を形成する。次に、透明電極14上にp電極15、溝底面に露出したn型層11のnコンタクト層表面にn電極16を形成する(
図2(b)参照)。
【0036】
次に、サファイア基板10の裏面10aを研磨し、サファイア基板10の厚さを100〜600μmに薄くする(
図3(a)参照)。サファイア基板10を薄くすることで光取り出し率の向上を図っている。
【0037】
なお、単にサファイア基板10裏面10aの平坦化のために研磨を行ってもよい。また、サファイア基板10裏面10aを研磨せずに次工程を行ってもよい。ただし、研磨を行ってから次工程のイオン照射を行うと、サファイア基板10裏面10aの平坦性がより向上するため、イオン照射前に研磨を行うことが望ましい。研磨の方法としては、機械研磨の他、CMP研磨などを用いることができる。
【0038】
次に、サファイア基板10の裏面10aにArイオン照射を0.08keVの加速エネルギーで10分間行う(
図3(b)参照)。これにより、サファイア基板10裏面10aにダングリングボンド(未結合手)が露出し、そのダングリングボンドを減らす方向に表面の再構成が起こるため、サファイア基板10裏面10aは平坦化する。これにより、サファイア基板10裏面10aの粗さは、Raが0.2nm以下、RMSが0.2nm以下、Rzが5nm以下となるようにするとよい。
【0039】
照射するイオン種として、Ar以外の希ガス(He、Ne、Kr、Xe)や酸素を用いることも可能であり、それらを混合して用いてもよい。なお、各イオン化ポテンシャルは酸素が13.6eV、Heが24.Neが21.6eV、Arが15.8eV、Krが14.0eV、Xeが12.1eVである。
【0040】
なお、イオン照射の加速エネルギーは上記値に限るものではなく、0.08〜0.15keVであればよい。0.08keV未満ではエネルギーが小さすぎてサファイア基板10裏面10aにダングリングボンドが露出しないため望ましくなく、0.15keVより大きいとサファイア基板10内部にイオンが注入されて表面にダングリングボンドが露出せず望ましくない。
【0041】
また、イオン照射時間も上記値に限るものではなく、5〜10分間であればよい。照射時間がこの範囲であれば、効率的にサファイア基板10裏面10aを平坦化することができる。
【0042】
また、イオン発生の方式には、DC方式やRF方式など各種方式を用いることができるが、RF方式がよい。イオンに大きなエネルギーを与えることが容易なためである。
【0043】
また、イオン照射中、サファイア基板10の温度は室温とすることができる。サファイア基板10の温度を上げることで裏面10aの平坦性はより高まると考えられる。しかし、加熱によりサファイア基板10表層の原子に与えられるエネルギーは、イオンのエネルギーに比べて非常に小さい。そのため、サファイア基板10を加熱しながらイオン照射を行っても平坦性の向上にはさほど影響はなく、加熱の手間を考えると室温で行うのがよい。
【0044】
次に、サファイア基板10裏面10aに蒸着あるいはスパッタによって、光学膜厚がλ/4のSiO
2 膜と、光学膜厚がλ/4のTiO
2 膜を交互に繰り返し積層して誘電体多層膜17を形成する(
図3(c)参照)。
【0045】
ここで、サファイア基板10裏面10aは、Raが0.2nm以下、RMSが0.2nm以下、Rzが5nm以下であって非常に平坦性が高い。そのため、誘電体多層膜17による反射効率が高まり、光取り出し率を向上させることができる。
【0046】
次に、素子分割予定ラインに沿ってレーザーを照射してサファイア基板10中に改質部および改質部に連続するクラックを形成し、ブレーキングすることで改質部およびクラックを起点として各素子ごとに分割する。このようにして、実施例1の発光素子が製造される。
【0047】
以上述べた実施例1の発光素子の製造方法によれば、Arのイオン照射によってサファイア基板10裏面10aに表面再構成を生じさせて平坦性が非常に高くなるため、光取り出し率を向上させることができる。
【0048】
次に、実施例1の発光素子に係る各種実験結果について説明する。
【0049】
図4は、Arのイオン照射前後におけるサファイア基板10裏面10aの粗さを測定した結果をグラフにしたものである。イオン照射は0.08keVで10分間行った。また、粗さはRa、RMS、Rzの3通りの方法で評価した。裏面10aの粗さ曲線はAFMによって測定し、そのうちランダムに選択した50μmの区間について用いた。
【0050】
図4のように、イオン照射によってRaは0.124nmから0.1nmに、RMSは0.164nmから0.131nmに減少しており、Ra、RMSともに若干の改善が見られた。一方、Rzは15.061nmから2.153nmに大きく減少していた。このように、イオン照射によって表面再構成が起こり、サファイア基板10裏面10aの平坦性が向上していることがわかった。
【0051】
図5、6は、実施例1の発光素子、および比較例1〜3の発光素子の放射強度を比較したグラフである。比較例1の発光素子は、実施例1の発光素子において誘電体多層膜17を設けなかったものである。比較例2の発光素子は、実施例1の発光素子においてイオン照射を行わずに誘電体多層膜17を設けたものである。比較例3の発光素子は、実施例1の発光素子において、イオン照射を行わず、誘電体多層膜17に替えて発光波長における屈折率が1.2の低屈折率材料を設けたものである。放射強度はサファイア基板10の主面に垂直な方向におけるものであり、比較例1の放射強度を基準とした相対値である。
【0052】
図6のように、比較例2の発光素子は、比較例1の発光素子よりも放射強度が低下していた。つまり、DBR構造の誘電体多層膜17が、光取り出し率を向上させる反射膜として機能していないことがわかった。また
図6のように、低屈折率材料を設けた比較例3の発光素子は、比較例1、2の発光素子よりも放射強度が低下していた。このことから、比較例2の発光素子では、Rzが15nm以上であるため放射強度を低下させていると考えられる。
【0053】
また、
図5のように、実施例1の発光素子は、比較例1の発光素子に比べて放射強度が1.2%向上していた。比較例2との対比から、実施例1の発光素子では、Rzが5nm以下であるため、誘電体多層膜17の反射膜としての機能が発揮され、放射強度を向上させたものと考えられる。
【実施例2】
【0054】
図7は、実施例2の発光素子の構成を示した図である。なお、実施例1と同様の構成部分には同一の符号を付している。
【0055】
実施例2の発光素子は、
図7のように、サファイア基板10を有し、そのサファイア基板10の一方の表面上に、III 族窒化物半導体からなるn型層11、発光層12、p型層13が順に積層された構造を有している。また、p型層13上には透明電極14、透明電極14上に複数のドット状のpコンタクト電極25が位置し、p型層13側から開けられた溝の底面にnコンタクト電極26が設けられている。また、サファイア基板10裏面10a(n型層11形成側とは反対側の面)には、単層AR膜27(本発明の反射防止膜に相当)が設けられている。
【0056】
また、各pコンタクト電極25、nコンタクト電極26の上面を除いて絶縁膜20に覆われている。絶縁膜20の中にはAlからなる反射膜(図示しない)が設けられている。各pコンタクト電極25上には、それら各pコンタクト電極25を互いに接続するようにしてp接合電極28が設けられ、nコンタクト電極26上にはn接合電極29が設けられている。この実施例2の発光素子は、pコンタクト電極25、nコンタクト電極26が同一面側に位置し、pコンタクト電極25、nコンタクト電極26側とは反対側、すなわちサファイア基板10裏面10a側から光を取り出すフリップチップ型の素子である。
【0057】
単層AR膜27は、光学膜厚がλ/4であって、屈折率がサファイア基板10と実施例2の発光素子の封止部材(図示しない)との間である誘電体からなる。たとえばSiO
2 膜である。この単層AR膜27をサファイア基板10と封止部材との間に設けることで、光取り出し側に向かう光がサファイア基板10と封止部材との界面で反射されるのを防止し、透過率を高め、光取り出し率を向上させることができる。
【0058】
実施例2の発光素子の製造工程においては、サファイア基板10上に素子構造を作製後、単層AR膜27を形成する前に、サファイア基板10裏面10aを研磨し、サファイア基板10裏面10aにArのイオン照射を行って表面再構成を生じさせている。研磨やイオン照射は実施例1と同様である。これにより、サファイア基板10裏面10aの平坦性を非常に高くしている。そして、その後に単層AR膜27を形成している。したがって、実施例1と同様に、サファイア基板10裏面10aと単層AR膜27との界面の平坦性が非常に高くなるため、光取り出し率が向上している。
【0059】
なお、本発明は、実施例1、2に示した素子構造に限らず、従来知られている任意の構造のフェイスアップ型素子あるいはフリップチップ型素子に対して適用することができる。また、フェイスアップ型素子の場合、サファイア基板10裏面10aに設ける膜は、実施例1のようなDBR構造の誘電体多層膜17に限らず、光の干渉を利用して光取り出し側へ光を反射させる誘電体からなる反射膜であれば、単層、複層を問わず従来知られている任意の構造を用いることができる。また、フリップチップ型素子の場合、サファイア基板10裏面10aに設ける膜は、実施例2のような単層AR膜27に限らず、光の干渉を利用して光取り出し側とは反対方向への光の反射を防止する誘電体からなる反射防止膜であれば、単層、複層を問わず従来知られている任意の構造を用いることができる。