特許第6202202号(P6202202)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6202202圧電薄膜、圧電薄膜素子及びターゲット並びに圧電薄膜及び圧電薄膜素子の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6202202
(24)【登録日】2017年9月8日
(45)【発行日】2017年9月27日
(54)【発明の名称】圧電薄膜、圧電薄膜素子及びターゲット並びに圧電薄膜及び圧電薄膜素子の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 41/187 20060101AFI20170914BHJP
   H01L 41/316 20130101ALI20170914BHJP
   H01L 41/29 20130101ALI20170914BHJP
   H01L 41/332 20130101ALI20170914BHJP
   C23C 14/34 20060101ALI20170914BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20170914BHJP
【FI】
   H01L41/187
   H01L41/316
   H01L41/29
   H01L41/332
   C23C14/34 A
   C23C14/08 K
【請求項の数】15
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2016-521022(P2016-521022)
(86)(22)【出願日】2015年5月1日
(86)【国際出願番号】JP2015063120
(87)【国際公開番号】WO2015178197
(87)【国際公開日】20151126
【審査請求日】2016年7月4日
(31)【優先権主張番号】特願2014-103352(P2014-103352)
(32)【優先日】2014年5月19日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001232
【氏名又は名称】特許業務法人 宮▲崎▼・目次特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池内 伸介
(72)【発明者】
【氏名】米田 年麿
(72)【発明者】
【氏名】松木 善隆
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 尚之
【審査官】 小山 満
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−109037(JP,A)
【文献】 特開2012−019050(JP,A)
【文献】 特開2012−094613(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0121690(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0106242(US,A1)
【文献】 国際公開第2012/005032(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/020638(WO,A1)
【文献】 Y.LEE(他6名),Electrical Properties of a 0.95(Na0.5K0.5)NbO3-0.05CaTiO3 Thin Film Grown on a Pt/Ti/SiO2/Si Substrate,Journal of the American Ceramic Society,2014年 6月28日,Vol.97,No.9,p.2892-2896
【文献】 S.IKEUCHI(他8名),Preparation of (K, Na)NbO3-CaTiO3 Film by RF Magnetron Sputtering,2014 IEEE International Ultrasonics Symposium Proceedings,2014年 9月 6日,p.1578-1581
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/00−41/47
C23C 14/08
C23C 14/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOで表される組成物を含む圧電薄膜であって、
前記一般式におけるm、n及びxが、0.87≦m≦0.97、0.005≦n≦0.065及び0≦x≦1の範囲にある、圧電薄膜。
【請求項2】
前記一般式におけるxが、0.52≦x≦1の範囲にある、請求項1に記載の圧電薄膜。
【請求項3】
前記一般式におけるxが、0.52≦x≦0.74の範囲にある、請求項2に記載の圧電薄膜。
【請求項4】
前記一般式におけるxが、0.61≦x≦0.74の範囲にある、請求項3に記載の圧電薄膜。
【請求項5】
前記一般式におけるnが、0.011≦n≦0.059の範囲にある、請求項に記載の圧電薄膜。
【請求項6】
さらにMnを含む、請求項1〜のいずれか1項に記載の圧電薄膜。
【請求項7】
前記一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOで表される組成物100モルに対する前記Mnの含有量が、0.1モルより大きく、10モル以下である、請求項に記載の圧電薄膜。
【請求項8】
基板と、
前記基板上に設けられた、請求項1〜のいずれか1項に記載の圧電薄膜と、
前記圧電薄膜を挟むように設けられた第1,第2の電極とを備える、圧電薄膜素子。
【請求項9】
一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOで表される組成物を含むターゲットであって、
前記一般式におけるm、n及びxが、1≦m≦1.05、0.005≦n≦0.065及び0.43≦x≦0.74の範囲にある、ターゲット。
【請求項10】
前記一般式におけるn及びxが、0.011≦n≦0.059及び0.52≦x≦0.74の範囲にある、請求項に記載のターゲット。
【請求項11】
請求項9または10に記載のターゲットを用い、スパッタリングすることにより圧電薄膜を得る、圧電薄膜の製造方法。
【請求項12】
請求項11のいずれか1項に記載のターゲットを用い、スパッタリングすることにより圧電薄膜を得る工程と、
前記圧電薄膜上に第1の電極を形成する工程と、
前記第1の電極とともに前記圧電薄膜を挟み込むように、第2の電極を形成する工程とを備える、圧電薄膜素子の製造方法。
【請求項13】
前記圧電薄膜上に樹脂レジストを用いてマスク層を形成する工程と、
前記マスク層を介して、前記圧電薄膜をドライエッチングする工程とをさらに備える、請求項12に記載の圧電薄膜素子の製造方法。
【請求項14】
請求項11のいずれか1項に記載のターゲットを用いてスパッタリングするに際し、さらにMnを含むターゲットを用いてスパッタリングすることにより圧電薄膜を得る、請求項12又は13に記載の圧電薄膜素子の製造方法。
【請求項15】
請求項11のいずれか1項に記載のターゲットが、さらにMnを含む、請求項12又は13に記載の圧電薄膜素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニオブ酸カリウムナトリウム系の圧電薄膜、該圧電薄膜を用いた圧電薄膜素子及び上記圧電薄膜を形成するためのターゲットに関する。
【0002】
また、本発明は、上記圧電薄膜及び圧電薄膜素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0003】
従来、非鉛系の圧電磁気組成物として、ペロブスカイト結晶構造を有するニオブ酸カリウムナトリウムからなる圧電材料が注目されている。
【0004】
下記の特許文献1には、一般式:(1−n)(K1−x−yNaLi(Nb1−zTa)O−nM1M2Oで表される組成物を主成分とする圧電磁気組成物が開示されている。
【0005】
特許文献1では、上記m、n、x、y及びzがそれぞれ0.98≦m≦1.0、0<n<0.1、0.1≦x、y≦0.3、x+y<0.75及び0≦z≦0.3の範囲にあるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−228227号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の圧電磁気組成物を用いれば、圧電特性が良好な圧電素子を得ることができる。しかしながら、上記圧電磁気組成物を薄膜化した場合、ペロブスカイト構造以外の異相が発生することがあった。また、薄膜化すると、圧電特性がなお十分でない場合があった。
【0008】
本発明の目的は、異相が発生し難く、圧電特性が良好な圧電薄膜、該圧電薄膜を用いた圧電薄膜素子及び上記圧電薄膜を製造するためのターゲットを提供することにある。本発明の他の目的は、上記圧電薄膜及び圧電薄膜素子の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、鋭意検討した結果、一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOで表される組成物を含む圧電薄膜において、上記一般式におけるm、n及びxを特定の範囲に限定することで、上記課題を達成できることを見出し、本発明を成すに至った。
【0010】
すなわち、本発明に係る圧電薄膜は、一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOで表される組成物を含む圧電薄膜であって、上記一般式におけるm、n及びxが、0.87≦m≦0.97、0≦n≦0.065及び0≦x≦1の範囲にある。
【0011】
本発明に係る圧電薄膜では、好ましくは、上記一般式におけるxが、0.52≦x≦1の範囲にある。より好ましくは、上記一般式におけるxが、0.52≦x≦0.74の範囲にある。さらに好ましくは、上記一般式におけるxが、0.61≦x≦0.74の範囲にある。
【0012】
本発明に係る圧電薄膜では、好ましくは、上記一般式におけるnが、0.005≦n≦0.065の範囲にある。より好ましくは、上記一般式におけるnが、0.011≦n≦0.059の範囲にある。
【0013】
本発明に係る圧電薄膜は、好ましくは、さらにMnを含む。より好ましくは、上記一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOで表される組成物100モルに対する上記Mnの含有量が、0.1モルより大きく、10モル以下である。
【0014】
本発明に係る圧電薄膜素子は、基板と、上記基板上に設けられた上記本発明に係る圧電薄膜と、上記圧電薄膜を挟むように設けられた第1,第2の電極とを備える。
【0015】
本発明に係るターゲットは、一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOで表される組成物を含むターゲットであって、上記一般式におけるm、n及びxが、1≦m≦1.05、0≦n≦0.065及び0≦x≦1の範囲にある。上記一般式におけるn及びxは、0.005≦n≦0.065及び0.43≦x≦0.74の範囲にあることが好ましい。上記一般式におけるn及びxが、0.011≦n≦0.059及び0.52≦x≦0.74の範囲にあることがさらに好ましい。
【0016】
本発明に係る圧電薄膜の製造方法では、上記本発明に係るターゲットを用い、スパッタリングすることにより圧電薄膜を得る。
【0017】
本発明に係る圧電薄膜素子の製造方法は、上記本発明に係るターゲットを用い、スパッタリングすることにより圧電薄膜を得る工程と、上記圧電薄膜上に第1の電極を形成する工程と、上記第1の電極とともに上記圧電薄膜を挟み込むように、第2の電極を形成する工程とを備える。
【0018】
本発明に係る圧電薄膜素子の製造方法では、好ましくは、上記圧電薄膜上に樹脂レジストを用いてマスク層を形成する工程と、上記マスク層を介して、上記圧電薄膜をドライエッチングする工程とをさらに備える。
【0019】
本発明に係る圧電薄膜素子の製造方法では、好ましくは、上記本発明に係るターゲットを用いてスパッタリングするに際し、さらにMnを含むターゲットを用いてスパッタリングすることにより圧電薄膜を得る。
【0020】
本発明に係る圧電薄膜素子の製造方法では、好ましくは、上記本発明に係るターゲットが、さらにMnを含む。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、異相が発生し難く、圧電特性が良好な圧電薄膜及び圧電薄膜素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る圧電薄膜素子の模式的正面断面図である。
図2図2は、本発明の一実施形態に係る圧電薄膜のXRDスペクトルを示す図である。
図3図3は、一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOにおけるmの値と、図2のXRDスペクトルにおける異相のピーク強度との関係を示す図である。
図4図4は、本発明の一実施形態に係る圧電薄膜において、一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOにおけるxの値を、0.41から0.83まで変化させたときの、圧電薄膜の表面状態を示す図である。
図5図5は、圧電薄膜の成膜温度を500℃〜650℃の範囲において変化させたときの一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOにおけるxの値と、圧電定数|d33|との関係を示す図である。
図6図6は、一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOにおけるnの値と、圧電定数|d31|との関係を示す図である。
図7図7は、微細加工を施した圧電薄膜素子サンプルのP−Eヒステリシスである。
図8図8は、微細加工を施す前の圧電薄膜素子サンプルのP−Eヒステリシスである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照しつつ、本発明の具体的な実施形態を説明することにより、本発明を明らかにする。
【0024】
(圧電薄膜素子)
図1は、本発明の一実施形態に係る圧電薄膜素子の模式的正面断面図である。圧電薄膜素子1は、基板2を備える。基板2はSiにより形成されている。もっとも、基板2は、ガラスやSOI、その他の半導体材料や単結晶材料、ステンレスやチタンなどの金属材料により形成されていてもよい。
【0025】
基板2上には、SiO膜6が形成されている。SiO膜6を設けた場合、後述する第1の電極4と基板2を形成する材料とを電気的に絶縁することができる。もっとも、本発明において、SiO膜6は、設けなくともよい。
【0026】
SiO膜6上には、第1の電極4が設けられている。より詳細には、第1の電極4は、SiO膜6上に第1の密着層7を介して積層されている。第1の電極4は、高温酸素雰囲気下でも安定な材料で形成されることが望ましい。このような材料としては、例えば、Pt、Au又はIrなどの貴金属材料や導電性酸化物材料が用いられる。本実施形態において、第1の電極4は、Ptにより形成されている。第1の密着層7は、Tiにより形成されている。第1の密着層7は、密着層としての機能を持つTiOなどの材料により形成されていてもよい。
【0027】
第1の電極4上には、圧電薄膜3が積層されている。圧電薄膜3は、一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOで表される組成物を含んでいる。
【0028】
圧電薄膜3上には、第2の電極5が形成されている。より詳細には、第2の電極5は、圧電薄膜3上に第2の密着層8を介して積層されている。第2の電極5は、Ptにより構成されている。もっとも、第2の電極5は、他の適宜の導電性材料により構成されていてもよい。第2の密着層8は、Tiにより形成されている。第2の密着層8は、密着層としての機能を持つTiOなどの材料により形成されていてもよい。
【0029】
なお、本発明においては、第1,第2の密着層は設けられていなくともよい。すなわち、圧電薄膜3は、第1,第2の電極に直接挟まれるように形成されていてもよい。
【0030】
(圧電薄膜)
上述したように、本発明に係る圧電薄膜は、一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOで表される組成物(KNN−CT)を含んでいる。上記一般式におけるm、n及びxは、0.87≦m≦0.97、0≦n≦0.065及び0≦x≦1の範囲にある。
【0031】
上記mが、0.87より小さい場合、KNN−CTの有するペロブスカイト構造以外の異相が顕著に発生する。本発明に係る圧電薄膜は、後述するようにスパッタリング法により成膜されるため、成膜に際して、KやNaなどのAサイトイオンを損失しやすい。そのため、m、すなわち(K+Na)/Nbが小さい場合、KやNaなどのAサイトイオンが不足し、ペロブスカイト構造以外の異相が発生するものと考えられる。
【0032】
他方、上記mが0.97より大きい場合、後述するようにKNN−CTを含む圧電薄膜をスパッタリングにより製造することが難しい。従って、本発明における上記一般式のmの値は、0.87≦m≦0.97である。
【0033】
また、上記一般式におけるnの値が上記範囲内にある場合、良好な圧電特性を得ることができる。これは、以下のメカニズムに基づくものと考えられる。
【0034】
まず、バルクのKNN−CTでは、0.04≦n≦0.06の範囲において結晶構造が斜方晶から正方晶に相転移する。そのため、0.04≦n≦0.06付近においては、結晶構造は非常に不安定な状態になり、圧電特性が高められる。さらにnを増加させると、n≦0.1の範囲までは圧電特性が高められるが、n>0.1の範囲では、圧電特性が低下する。これは、結晶内に固溶しきれなかったCaTiOが析出し、圧電特性に悪影響を及しているためであると考えられる。
【0035】
ここで、圧電薄膜は、元来、内部応力や結晶欠陥などを有することから、バルクと比較して上記相転移が起こるnの範囲が低い方向にシフトする。そのため、圧電薄膜においては、0≦n≦0.065の範囲内において良好な圧電特性が得られるものと考えられる。
【0036】
以下、図2図5を参照して、本発明における上記一般式で表される組成物のm、n、及びxの範囲についてより具体的に説明する。なお、m、n及びxは、ICP−MSによる定量分析によりK、Na、Nb及びCaの含有量(モル)を測定し、下記式(1)〜(3)を用いて算出した。
【0037】
m=(K+Na)/Nb ・・・式(1)
n=Ca/Nb ・・・式(2)
x=Na/(K+Na) ・・・式(3)
【0038】
図2は、本発明の一実施形態に係る圧電薄膜のXRDスペクトルを示す図である。なお、XRDスペクトルは、CuKα線(λ=0.154056nm)を用い、out−of−planeにおける2θ/ωスキャンにより測定した。また、図2において、圧電薄膜のミラー指数は、結晶構造を擬立方晶と仮定して表記している。
【0039】
図2より、KNN−CTのペロブスカイト構造に起因するピークに加えて、2θ/ω=28°〜30°付近に異相に起因のピークが存在していることがわかる。
【0040】
図3は、一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOにおけるmの値と、図2のXRDスペクトルにおける異相のピーク強度との関係を示す図である。図3より、mの値が0.87≦m≦0.97の範囲において、異相のピーク強度が低められていることがわかる。
【0041】
図4は、本発明の一実施形態に係る圧電薄膜において、一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOにおけるxの値を、0.41から0.83まで変化させたときの、圧電薄膜の表面状態を示す図である。なお、図4における表面状態の観察は、レーザー顕微鏡を用いて、125μm四方の視野を観察することにより行った。
【0042】
図4より、xの値が0.52≦x≦0.74の範囲内にある場合、圧電薄膜の表面がより一層平滑であることがわかる。
【0043】
xの値が小さすぎると、すなわちNa/(K+Na)におけるKの比率が大きすぎると、スパッタによる最適な成膜条件の範囲が狭まるため、圧電薄膜の表面が荒れやすくなるものと考えられる。
【0044】
他方、xの値が大きすぎると、圧電薄膜の内部応力が強い引張応力として作用しやすくなるものと考えられ、その結果表面にクラックが発生しやすくなるものと考えられる。
【0045】
図5は、圧電薄膜の成膜温度を500℃〜650℃の範囲において変化させたときの一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOにおけるxの値と、圧電定数|d33|との関係を示す図である。
【0046】
なお、圧電定数|d33|は、上記本発明の一実施形態に係る圧電薄膜素子1と同じ構造を有する圧電薄膜素子を作製し、Double Beam Laser Interferometer(DBLI)装置(aixACCT社製)を用いて測定した。具体的には、上記第1,第2の電極4,5間に電位差を与えることにより圧電薄膜3の厚み方向に電界を印加し、その電界誘起歪による厚み方向の変位量を測定し圧電定数|d33|求めた。
【0047】
より詳細には、第2の電極5をグラウンド電極として、第1の電極4に正電圧を印加し、圧電薄膜3にかかる電界が90kV/cmとなるように調整した。また、各温度におけるサンプルとして、x以外の成膜条件がほぼ同等であり、ペロブスカイト構造に対する異相の絶対量が少ないものを用いた。
【0048】
図5より、0.55≦x≦0.74の範囲内において、圧電定数|d33|がより一層高められていることがわかる。また、成膜温度が高いほど、圧電定数|d33|がより一層効果的に高められていることがわかる。具体的には、成膜温度が550℃以上のサンプルでは、0.55≦x≦0.74の範囲において|d33|≧63(pm/V)であり、圧電定数|d33|が高められていることがわかる。
【0049】
ここで、|d33|≧63(pm/V)であるサンプルは、|d31|≧50(pm/V)を満たすことが確認できている。また、一般的に|d31|≧50(pm/V)にある圧電薄膜は、アクチュエータ系デバイスとして好適に用いられることが知られている。よって、成膜温度が550℃以上の場合、上記一般式におけるxは、0.55≦x≦0.74の範囲にあることが好ましい。
【0050】
他方、図5より、成膜温度が500℃である場合においても、0.61≦x≦0.74の範囲において、|d33|≧63(pm/V)と、圧電定数|d33|がより一層効果的に高められていることがわかる。
【0051】
一般的に圧電薄膜を成膜する場合、成膜温度が高すぎると、密着層の拡散による密着力低下や成膜プロセスのリードタイムの増加などの問題が生じる場合がある。一方、成膜温度が500℃より低いとペロブスカイト結晶が成長し難い。従って、成膜温度は、500℃とすることが好ましい。
【0052】
よって、上記一般式におけるxの値は、成膜温度を500℃としたときにも|d33|≧63(pm/V)を満たすことができる、0.61≦x≦0.74の範囲にあることがより好ましい。
【0053】
図6は、一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOにおけるnの値と、圧電定数|d31|との関係を示す図である。
【0054】
上記圧電定数|d31|を測定するに際しては、まず、上記本発明の一実施形態に係る圧電薄膜素子1と同じ構造を有する圧電薄膜素子を作製した。また、圧電特性を測定するために、圧電薄膜3と基板2とで構成される片持ちのユニモルフカンチレバーを作製した。
【0055】
次に、圧電薄膜3にかかる電界が90kV/cmとなるように、第2の電極5をグラウンド電極とし、第1の電極4に正電圧を印加した。この電圧印加によるユニモルフカンチレバーの先端変位から、圧電定数|d31|を算出した。なお、本実験例における圧電定数|d31|の測定方法は、特開2012−019050号公報と同じ方法である。また、圧電定数|d31|を算出するにあたって、圧電薄膜3のヤング率は、バルクのKNN−CTの値と同じ値を使用した。サンプルとしては、n以外の成膜条件がほぼ同等であり、ペロブスカイト構造に対する異相の絶対量が少ないものを用いた。
【0056】
図6より、上記一般式におけるnが、0≦n≦0.065の範囲にある場合、圧電定数|d31|が高められていることがわかる。また、nが0.005≦n≦0.065の範囲にある場合、|d31|≧50(pm/V)の関係を満たしていることがわかる。圧電定数d31が50(pm/V)以上である場合、アクチュエータ系デバイスとして好適に用いられるため、上記一般式におけるnは、0.005≦n≦0.065の範囲にあることが好ましい。
【0057】
さらに、nが0.011≦n≦0.059の範囲にある場合、|d31|≧60(pm/V)の関係を満たしており、より一層効果的に圧電定数|d31|が高められていることがわかる。よって、上記一般式におけるnは、0.011≦n≦0.059の範囲にあることがより好ましい。
【0058】
上記のように、本発明に係る圧電薄膜を構成する一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOで表される組成物において、mの値が、0.87≦m≦0.97の範囲内にある場合、ペロブスカイト構造以外の異相の発生が抑制される。
【0059】
また、上記一般式におけるxの値が0.52≦xの範囲内にある場合、圧電薄膜の表面をより一層平滑にすることができ、xの値がx≦0.74の範囲内にある場合、圧電薄膜の表面におけるクラックの発生をより一層効果的に抑制することができる。さらに、xの値が0.61≦x≦0.74の範囲内にある場合、圧電薄膜の圧電特性がより一層効果的に高められる。
【0060】
従って、xの値は0.52≦x≦1であることが好ましく、0.52≦x≦0.74であることがより好ましく、0.61≦x≦0.74の範囲にあることがさらに好ましい。
【0061】
また、上記一般式におけるnの値が、0≦n≦0.065の範囲にある場合、良好な圧電特性を得ることができる。さらに、上記nの値は、0.005≦n≦0.065の範囲にあることが好ましく、0.011≦n≦0.059の範囲にあることがより好ましい。nが上記範囲内にある場合、圧電薄膜の圧電特性がより一層効果的に高められる。
【0062】
(ターゲット)
圧電薄膜3は、本発明に係るターゲットを用いて製造される。本発明に係るターゲットは、一般式:(1−n)(K1−xNaNbO−nCaTiOで表される組成物を含む。本発明において、上記一般式におけるm、n及びxは、1≦m≦1.05、0≦n≦0.065及び0≦x≦1の範囲にある。
【0063】
後述するように、本発明に係る圧電薄膜は、上記ターゲットを用いスパッタリングすることにより製造される。このような方法で製造すると、圧電薄膜の成膜時にKを最大で3割損失することが知られている。その場合、Kを損失した分だけ、得られる圧電薄膜の組成がターゲット組成からずれることとなる。
【0064】
例えば、xの値が0.33であり、(K+Na)/Nb、すなわちmの値が1であるターゲットを用いた場合、成膜される圧電薄膜のmの値は、Kを3割損失するとm=0.80となる。同様にして、xの値が0.77であり、mの値が1であるターゲットを用いた場合は、m=0.93が得られる。すなわちxの値が、0.33≦x≦0.77であり、mの値が1であるターゲットを用いた場合、成膜される圧電薄膜のmの値は、0.80≦m≦0.93となる。ここで、圧電薄膜のmの値をm>0.93とするためには、ターゲットのmの値をm>1とする必要がある。しかしながら、ターゲットのmの値をm>1.05とした場合、すなわちKの量を多くしすぎると、固溶限界を超えたKが粒界に析出する。この場合、Kがもつ潮解性のために、ターゲットの形状安定性が失われることとなる。従って、本発明におけるターゲットのmの値は、1≦m≦1.05である。
【0065】
従って、ターゲットのmの値が1≦m≦1.05かつ、0.33≦x≦0.77のとき、得られる圧電薄膜3のmの値は、0.80≦m≦0.97となる。従って、上記mの値が1≦m≦1.05であるターゲットを用いれば、Kを3割損失するような成膜条件においても、mの値が0.87≦m≦0.97である本発明の圧電薄膜を製造することができる。
【0066】
同様に、例えば、xの値が0.52≦x≦0.74の圧電薄膜を得たい場合、Kを最大で3割損失することを考慮すれば、ターゲットのxの値は、0.43≦x≦0.74とすればよく、xの値が0.61≦x≦0.74の圧電薄膜を得たい場合、ターゲットのxの値は、0.52≦x≦0.74とすればよい。
【0067】
なお、Kが関係しないnについては、圧電薄膜の組成とターゲットの組成がずれることがないため、目的とする圧電薄膜のnの値をターゲットの組成としてそのまま適用することができる。
【0068】
例えば、nの値が0.005≦n≦0.065の圧電薄膜を得たい場合、ターゲットのnの値は、0.005≦n≦0.065とすればよく、nの値が0.011≦n≦0.059の圧電薄膜を得たい場合、ターゲットのnの値は、0.011≦n≦0.059とすればよい。
【0069】
(製造方法)
圧電薄膜素子1の製造方法では、まず基板2上にSiO膜6を形成する。しかる後、SiO膜6上に第1の密着層7及び第1の電極4をこの順に積層する。
【0070】
次に第1の密着層7上に、スパッタリングにより圧電薄膜3を成膜する。なお、第1の電極4と圧電薄膜3との間には、配向や応力を制御するためのバッファ層を設けてもよい。バッファ層を形成するための材料としては、LaNiOやSrRuOなどのペロブスカイト酸化物材料や、低温で成膜されたニオブ酸カリウムナトリウム(KNN)系薄膜などが挙げられる。
【0071】
上記スパッタリングは、例えば、RFマグネトロンスパッタリングにより行うことができる。スパッタリングの際に用いるターゲットとしては、上述した本発明に係るターゲットを用いることができる。
【0072】
上記スパッタリングの条件としては、成膜された圧電薄膜3がペロブスカイト構造を有する限り、特に限定されないが、例えば、以下の条件で行われる。
【0073】
基板加熱温度は、装置設定温度で500℃〜650℃とする。また、スパッタリングは、ArとOとの混合ガス雰囲気下で行ない、ArとOとの比率O/(Ar+O)がおおよそ1〜10%となるように調整する。スパッタリングの圧力は、0.3Paとする。さらに、単位面積当たりのカソード電力を2.5W/cmとし、成膜された圧電薄膜3の膜厚が、1〜3μmとなるように成膜時間を調整する。
【0074】
なお本発明においては、圧電薄膜3が、さらにMnを含んでいていてもよい。このMnを含む圧電薄膜3は、さらにMnを含む上述した本発明に係るターゲットを用いてスパッタリングすることによって作成することができる。または、上述した本発明に係るターゲットとは別に、さらにMnを含んだターゲットを用いてスパッタリングすることによっても作成することができる。
【0075】
このように、さらにMnを添加して成膜する場合、得られた圧電薄膜3のリーク特性をより一層改善することができる。他方、Mnを添加しすぎると、ペロブスカイト構造が崩れる場合がある。
【0076】
従って、圧電薄膜3中のMnの含有量としては、KNN−CT100モルに対して、0.1モルより大きく、10モル以下であることが好ましく、0.1モルより大きく、5モル以下であることがより好ましく、1モル以上、2モル以下であることがさらに好ましい。
【0077】
最後に、圧電薄膜3上に第2の密着層8及び第2の電極5をこの順に形成することにより圧電薄膜素子1を得ることができる。なお、第2の電極5を形成する前あるいは第2の電極5を形成した後には、圧電薄膜3に所定の温度でポストアニール工程、すなわち追加の熱工程を行ってもよい。
【0078】
得られた圧電薄膜素子1は、通常、ドライエッチングによりパターニングされるが、上述したように圧電薄膜3がMnを含んでいる場合、ドライエッチング後の絶縁特性の劣化が抑制される。これを以下、具体的な実験例を用いてさらに詳細に説明する。
【0079】
具体的には、まず、上記圧電薄膜素子1の製造方法に従い、圧電薄膜におけるKNN−CTのx及びnの値がそれぞれ、x=0.65、n=0.023であり、KNN−CT100モルに対し、Mnが2モル添加されている圧電薄膜素子を作製した。
【0080】
しかる後、ICP−RIE装置(サムコ社製、品番「RIE−10iP」)を用いて得られた圧電薄膜素子にドライエッチングにより微細加工を施した。微細加工を施す際の反応性ガスとしては、ArとCHFとの混合ガスを用いた。なお、CHFの代わりにC等のフッ素系反応ガスや塩素ガスを用いてもよい。また、本実験例において、追加の熱工程は実施しなかった。
【0081】
次に微細加工を施した圧電薄膜素子の第1,第2の電極間に電位差を与えることにより、圧電薄膜の膜厚方向に電界をかけ、その強誘電特性を確認した。具体的には、電界の大きさを変化させ、その際の分極特性の変化を確認した。
【0082】
図7は、微細加工を施した圧電薄膜素子サンプルのP−Eヒステリシスである。また、図8は、微細加工を施す前の圧電薄膜素子サンプルのP−Eヒステリシスである。
【0083】
図7及び図8より、微細加工を施した圧電薄膜素子サンプルでは、微細加工を施す前の圧電薄膜素子サンプルにおける強誘電特性が維持されていることが確認できた。
【0084】
また、下記の表1に、上記実験例の圧電薄膜素子において、x、n、Mnの添加量及び微細加工前の事前熱処理の条件を変化させたときの、微細加工前後のリーク電流を示す。表1から、いずれの条件においても、リーク電流の劣化、すなわち絶縁特性の劣化が抑制されていることが確認できた。
【0085】
【表1】
【0086】
なお、本発明においては、樹脂レジストを用いてドライエッチングすることにより、圧電薄膜素子にパターニングしてもよい。
【0087】
すなわち、本発明の圧電薄膜素子の製造方法においては、圧電薄膜上に樹脂レジストを用いてマスク層を形成する工程と、上記マスク層を介して、圧電薄膜をドライエッチングする工程をさらに備えていてもよい。
【0088】
樹脂レジストとして用いられる樹脂材料としては、プロピレングリコールモノメチルアセテートを主成分として、ノボラック樹脂誘導体及びナフトキノンジアジド誘導体が所定量含有されている材料を用いることができる。本発明では、AZエレクトロニックマテリアル社製、品番「AZP4903」を用いた。
【0089】
上記のような樹脂レジストを用いてドライエッチングする場合、ドライエッチングによる絶縁特性の劣化を抑制することができる。この場合、追加の熱処理工程を実施しなくとも、圧電特性の良好な圧電薄膜素子を得ることができる。
【符号の説明】
【0090】
1…圧電薄膜素子
2…基板
3…圧電薄膜
4,5…第1,第2の電極
6…SiO
7,8…第1,第2の密着層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8