特許第6202352号(P6202352)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6202352微生物の新規な培養方法、新規な元素構成を有する微生物細胞を製造する方法、及び製造された微生物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6202352
(24)【登録日】2017年9月8日
(45)【発行日】2017年9月27日
(54)【発明の名称】微生物の新規な培養方法、新規な元素構成を有する微生物細胞を製造する方法、及び製造された微生物
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20170914BHJP
   C12R 1/01 20060101ALN20170914BHJP
   C12R 1/07 20060101ALN20170914BHJP
   C12R 1/32 20060101ALN20170914BHJP
   C12R 1/365 20060101ALN20170914BHJP
   C12R 1/84 20060101ALN20170914BHJP
   C12R 1/85 20060101ALN20170914BHJP
【FI】
   C12N1/00 L
   C12N1/00 F
   C12N1/00 K
   C12N1/00 L
   C12R1:01
   C12N1/00 L
   C12R1:07
   C12N1/00 L
   C12R1:32
   C12N1/00 L
   C12R1:365
   C12N1/00 K
   C12R1:84
   C12N1/00 L
   C12R1:85
【請求項の数】5
【全頁数】35
(21)【出願番号】特願2016-94056(P2016-94056)
(22)【出願日】2016年5月9日
(62)【分割の表示】特願2012-550752(P2012-550752)の分割
【原出願日】2011年9月5日
(65)【公開番号】特開2016-136972(P2016-136972A)
(43)【公開日】2016年8月4日
【審査請求日】2016年6月8日
(31)【優先権主張番号】特願2010-294074(P2010-294074)
(32)【優先日】2010年12月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】513159158
【氏名又は名称】合同会社パラ微生物研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(72)【発明者】
【氏名】田中 芳武
【審査官】 太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】 WOLFE-SIMON F et al.,A Bacterium that can grow by using arsenic instead of phosphorus.,Science,2010年12月 2日,DOI: 10.1126/science.1197258,URL,http://www.sciencemag.org/content/early/2010/12/01/science.1197258
【文献】 MULLER S et al.,The formation of diselenide bridges in proteins by incorporation of selenocysteine residues: Biosynt,Biochemistry,1994年,vol. 33,p. 3404-3412
【文献】 BUDISA N et al.,High-level biosynthetic substitution of methionine in proteins by its analogs 2-aminohexanoic acid,,Eur. J. Biochem.,1995年,vol. 230,788-796
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Bacillus subtilis, Corynebacterium glutamicum, Mycobacterium smegmatis、Nocardia asteroides, Escherichia coli, Pichia pastoris, Saccharomyces cerevisiae、のいずれかに属する細菌、又は酵母のいずれかの微生物を下記の培養方法で培養した微生物の菌体であって;
前記培養方法は、培地中のC、N、P又はS元素を含む栄養源(以下、C源、N源、P源又はS源と呼ぶことがある)を制限した栄養制限培地であって、C源、N源、P源又はS源の含量が栄養制限を解除した元の培地におけるC源、N源、P源又はS源の含量の1%以上10%以内である前記栄養制限培地に、V,Mo,B,Si,及びGeからなるグループから選択される1ないし2以上の元素であって該制限したC,N,P又はSを代替する元素(以下代替元素と呼ぶ)を含む化合物(以下代替化合物と呼ぶ)を添加した代替化合物添加培地で当該微生物を培養し増殖させる工程を含む、当該微生物細胞の構成元素として前記代替元素を取り込ませる方法である、
前記微生物菌体。
【請求項2】
前記微生物が、C、N、P、又はSのいずれかを含む栄養源を利用する能力が低下又は欠失した変異株、および代替化合物を利用する能力が強化された変異株を含む、代替元素を取り込む能力が高くなった変異株である請求項1記載の微生物菌体。
【請求項3】
代替元素を含む代替化合物が、代替元素を1ないし2以上含み、前記代替元素の酸化物、若しくはハロゲン化物、若しくはアルカリ金属塩、若しくは錯体、若しくはその他の無機化合物、又は単純なアルキル基、若しくはアルコール、若しくは有機酸、若しくはアミン、若しくはアミド基などが結合した有機化合物である請求項1〜のいずれか1項記載の微生物菌体。
【請求項4】
記微生物がBacillus subtilis NBRC13169, Bacillus subtilis NBRC13719, Corynebacterium glutamicum NBRC12168, Nocardia asteroides NBRC 15531,Escherichia coli NBRC3301, Escherichia coli NBRC3993, Pichia pastoris NBRC10777, Saccharomyces cerevisiae NBRC 0268のいずれかに属する菌株である、請求項1〜のいずれか1項記載の微生物菌体。
【請求項5】
微生物を培養する培地に添加する代替化合物の種類および/または量を変化させることにより、微生物菌体の元素組成、菌体構成物質および/または微生物代謝産物の量および/または性質を変化させる請求項1〜のいずれか1項記載の微生物菌体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、微生物の新規な培養方法、及び該培養方法により必須元素の代替元素を含む化合物を当該微生物に利用させることにより、新規な元素構成を有する微生物細胞を製造する方法、及び製造された微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
1.はじめに
微生物は形態分類上は多種類であるが、細胞を構成する必須元素からみればより少数の種類である。微生物細胞を構成する主要な必須元素は有機元素6種(C, N, P, S, O, H)と電解質元素5種(Na, K, Ca, Mg, Cl)の合計11種がおそらく全微生物に共通にふくまれている。これに加えて基本微量元素として9種(V, Mo, Se, Mn, Fe, Co, Ni, CuおよびZn)については、2種(VとMo)は特定の微生物種に含まれ、残り7種はほぼ共通に含まれ、さらに一般微量元素3種(W, Si, Sn)は、いずれかが特定の微生物種に含まれているか、もしくは含まれていないことが知られている。
【0003】
2.必須の元素
ところで、生物にある元素が必須であるかどうかは、一方法においては、例えば、その元素の供給量と生物反応を調べて、その元素がその生物にとって必須元素であるか否かを明らかにすることができる。具体的には、ある元素の供給量をゼロから次第に増加させた場合、ある用量範囲で生物反応が、生育せず――生育微弱、栄養欠乏症――加速的生育――最適生育――生育不良、有害症状――生育不可ないし死亡という順で現れるときに当該元素がその生物に必須であると判断する手法である。すなわち、ある生育環境において、例えば、Znが低濃度範囲ではマウスの生育が遅れる影響をあたえるとする。もしZnをもう少し高濃度にした場合に加速的に生育促進させる場合、さらに高濃度では阻害的に作用する場合、Znはマウスにとって必須元素と見なす。必須であることを示す栄養学的な証拠とする。
【0004】
3.一般微生物に含まれる非必須元素としては次のようなものが報告されている。
【0005】
3−1.(V, Mo)
バナジウム元素(V)はラットやひよこで必須元素である事が証明されている(非特許文献1)。また海鞘(ほや)の血液細胞中に特異的に高濃度に存在する事が知られているが、海鞘におけるVの由来、同化の機構や役割は明らかではない。また、モリブデン含有水酸化酵素は細菌からヒトにいたる多くの生物種に存在することが知られている(非特許文献2)。
【0006】
高等植物は自身で空気中の窒素を利用する能力を持っていない。アンモニアや硝酸基の供給を微生物の窒素固定能に依存している。微生物による窒素固定の重要な段階である大気中の窒素からアンモニアを生じる反応を担う酵素ニトロゲナーゼ(nitrogenase)はVまたはMoを含む金属酵素である。従って窒素固定微生物の菌体はVまたはMoを含む(非特許文献3−6)。VとMoのどちらを含むかは微生物種により異なる。
【0007】
窒素固定菌としては嫌気性、好気性の従属栄養細菌(Azotobacter sp., Clostridium sp., Desulfovibrio sp., Escherichia sp., Klebsiella sp.など)の10数種、豆科植物に共生する根粒細菌Rhizobium sp.ならびに光合成細菌とラン藻類約40種などである。およそ10万種といわれる微生物の中に於いて窒素固定菌の種の数は限られているが、地球上に広く分布する。これらの窒素固定菌にとって、窒素固定条件下で生育するとき、VとMoは必須元素であるが、従属栄養条件下で生育するときは、必須元素ではない。
【0008】
一方、キノコ類と真菌類の限られた種でC-ハロゲン結合を分解する反応を行う酵素ハロパーオキシダーゼ(haloperoxidase)はVを含む金属酵素である。
【0009】
3−2.(Si)
広義の微生物(細菌、酵母、糸状菌、担子菌と藻類、原虫類が含まれる)のうち藻類の一種はSiを必要とする。珪藻類においてSiは細胞壁の構成成分として含まれるので、必須である(非特許文献7)。Siはある種の放散虫にも見出される。しかし、藻類及び珪藻類以外の一般微生物(細菌、酵母、糸状菌、担子菌)では、Siの必要性は証明されていない。
【0010】
またいくつかの微生物が有機ケイ素化合物や有機シリコーンを代謝する能力が試験された。その結果、比較的多数の糸状菌や細菌が有機ケイ酸化合物を代謝することが見出された(非特許文献8)。また、Bacillus sp.の菌株がリン鉱石からリン酸基を溶出させる能力の有ることが見出された(非特許文献9)。この場合、微生物菌体はSiを含有する。しかし、微生物は有機炭素部分を分解代謝したが、ケイ素を同化したことは報告されなかった。むしろ最終的に無機ケイ素が生じたと推測されている。
【0011】
3−3.(Ge)
Ge含有酵母菌体が作成された(特許文献1)。この文献では栄養豊富な培地で取り込ませるもので、Ge化合物がたまたま酵母に取り込まれたが、取り込み効率は低く、また、ほかの微生物でも出来ることは示されなかった。
【0012】
3−4.(Te)
Te化合物に自然耐性のある糸状菌にTeを取り込ませたと報告された。上記文献では、本文献の糸状菌においてTeはS源制限下で使用されているが、広く一般微生物においてS源,P源,N源,またはC源の代替として使用できることは報告されていない。
【0013】
3−5.(金属の微生物吸着)
Cr, Cd、HgやPbなどの有害金属を除去する事を目的に微生物に吸着させる研究が行われた結果、多数の微生物が多様な金属を吸着する事が見出され、例えば、特許文献2にも報告されている。例えば、Pbは細胞膜や外膜多糖に結合したことや、クエン酸鉛塩として取り込ませた結果クエン酸部分は栄養分として代謝されたが、鉛は細胞表層に結合し析出したと報告されている。
【0014】
3−6.(まとめ)
上記のとおり、従来、微生物が非必須元素を取り込むことを示した事実が少数報告されている。それには以下の特徴がある。
【0015】
1.対象の非必須元素は毒性の高い元素を含み、種類は少数に限られている。
【0016】
2.使用される微生物は特定の少数微生物である。それは目的の元素を含む化合物を取り込む能力のある微生物として新たに自然界から分離されたか、または既存の多数の微生物の中から選別されたものである。こうして選別された株以外の微生物でも目的の元素が取り込まれるかどうかについて記載されていない。
【0017】
3.安全な、または低毒性の非必須元素を取り込ませることを目的に、微生物培養法を改良した例は報告されておらず、また微生物を変異などにより改変して効率よく取り込ませることが可能であることを示した報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特許第2737636号
【特許文献2】米国特許5520811号
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】The chemistry and biochemistry of vanadium and the biological activitiesexerted by vanadium compounds. Crans DC, Smee JJ, Gaidamauskas E, Yang L. Chem Rev.2004 Feb;104(2):849-902.
【非特許文献2】生化学第80巻第6号, pp.531-539, 2008
【非特許文献3】Nitrogenase gene diversity and microbial community structure:a cross-system comparison. Zehr JP, Jenkins BD, Short SM, Steward GF. Environ. Microbiol. 2003 Jul;5(7): 539-54.
【非特許文献4】Vanadium nitrogenase. Rehder D.J. Inorg Biochem. 2000 May 30;80(1-2):133-6.
【非特許文献5】Mechanism of Mo-dependent nitrogenase. Seefeldt LC, Hoffman BM, Dean DR.Annu Rev Biochem.2009;78:701-22.
【非特許文献6】Biosynthesis of the iron-molybdenum cofactor of nitrogenase. Rubio LM, Ludden PW. Annu. Rev. Microbiol.2008;62:93-111.
【非特許文献7】Diatoms-from cell wall biogenesis to nanotechnology.RE Hecky et al. Marine Biol., 1973,19,323.
【非特許文献8】Biodegradation of dimethylsilanediol in soils. Sabourin CL, Carpenter JC, Leib TK, Appl. Environ. Microbiol. 1996 Dec;62(12):4352-60.
【非特許文献9】Effect of an arbuscular mycorrhizal fungus, Glomus mosseae, and a rock-phosphate-solubilizing fungus, Penicillium thomii,on Mentha piperita growth in a soilless medium. Cabello M, Irrazabal G, Bucsinszky AM, Saparrat M, Schalamuk S. J Basic Microbiol.2005;45(3):182-9.
【非特許文献10】Incorporation of tellurium into amino acids and proteins in a tellurium-tolerant fungi. Ramadan SE, Razak AA, Ragab AM, el-Meleigy M. Biol Trace Elem Res. 1989;20(3):225-32
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
大腸菌など微生物の細胞を構成するDNAやタンパク質などの主要物質は共通の基本物質を素材として構築されている。微生物細胞の主要な構成元素はほぼ共通である。したがって、新規微生物の探索において元素レベルで新規な微生物を発見したいと期待しても、元素組成は比較的少数の組合せに限られるので限界があった。もし、有機元素6種の一つの代わりに微生物に利用されるとは知られていなかった新規な元素を含有する微生物を創製できれば、それは元素組成のレベルで新規な微生物であると考えられる。同時に形態学的、化学分類的手法の分類に於いても新規な微生物であると考えられる。
【0021】
そこで、本願発明は、元素組成レベルで新規な微生物を提供すること、及びそのような微生物を提供するための手法を提供することを課題とする。
【0022】
さらに、本願発明は、単に微生物に通常微生物が利用しない元素を含む化合物が吸着などにより付着又は吸収された微生物を提供するのではなく、従来微生物にとって必須元素と考えられて来なかった元素Xを必須の元素として含有する微生物菌体を提供すること、及びそのための手法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本願明細書中では、C元素を含む栄養源をC源、N元素を含む栄養源をN源、P元素を含む栄養源をP源、S元素を含む栄養源をS源と呼ぶことがある。
【0024】
本発明者は、微生物の必須栄養源であるC源、N源、P源、またはS源の一つの含量を低下させ、この減量分を補う様に非必須元素Xを構成元素として含む含X化合物を添加した培地で培養することにより、当該微生物に非必須元素を効率よく含ませることに成功した。
【0025】
微生物としては、既存の微生物、ならびに自然界の試料から分離した微生物、野生株のほかにC源、N源、P源、またはS源化合物の透過不良変異株や代謝欠損変異株などを使用できる。
【0026】
本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願2010-294074号の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【発明の効果】
【0027】
本発明により、既存の微生物を、C源,N源,P源,又はS源いずれかの栄養源が制限された条件下で、従来微生物菌体に見いだされなかった元素Xを構成元素とする含X化合物を添加した培地で培養すれば、含X化合物に依存的に増殖し、効率的に前記元素Xを取り込ませることができる。元素Xとしては具体的にはSc, Y, La, Nd, Eu, Er, Ti, V, Nb, Mo, W, B, Si, Ge, Sn, As, Sb,及びTe等が挙げられる。
【0028】
本発明の菌体は、対照の菌体、すなわちC源,N源,P源,およびS源とその他の栄養素を豊富に適量含有する最適培地で得られる菌体に比べ、X元素の含量が増加している。
【0029】
本発明の微生物菌体は、例えば、VやMoを取り込ませた時には、含量は100ppm以上であり、窒素固定菌における自然条件下のVあるいはMoの含有量である1ppmレベルに比べて桁違いに多く取り込ませることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】C源欠失培地に制限量のC源(αCと記す)とC源代替化合物(Xと記す)として有機ケイ素化合物を添加した場合の細菌と真菌3株の増殖を調べた結果を示す。
図2】少量の有機酸を添加したC源制限培地にC源代替化合物としてメチル基を含む有機ケイ素化合物mmSiを添加した培地を使用して大腸菌の増殖を調べた。また、培養終了時に同じ組成の培地に継代培養、すなわち馴化培養した影響を調べた結果を示す。
図3】N源欠失培地N(-)に制限量のN源(αNと記す)とN源代替化合物(Xと記す)を添加した培地における大腸菌(洗浄菌体)の増殖を調べた結果を示す。
図4】制限量のN 源(αNと記す)とN源代替化合物(Xと記す)存在下の培地における大腸菌(飢餓培養菌体)の増殖を調べた結果を示す。
図5】E. coli K12 NBRC3301株を培養し、生育量をコロニー計数法で測定した結果を示す。
図6】B. subtilis Marburg NBRC13719株のN飢餓培養菌体を種菌として使用し増殖を調べた結果を示す。
図7】P源欠失培地に制限量の P源(αPと記す)とP源代替化合物(Xと記す)を添加した培地における大腸菌NBRC3301の増殖を調べた結果を示す。
図8】同様に制限量のP源(αPと記す)とP源代替化合物(Xと記す)を添加した培地におけるNocardia asteroides NBRC15531の増殖を調べた結果を示す。
図9】同様の方法で、経時的にNocardia asteroides NBRC15531の増殖を調べた結果を示す。
図10】S源欠失培地S(-)に制限量のS 源(αSと記す)とS源代替化合物(Xと記す)を添加した培地における大腸菌NBRC3301の増殖を調べた結果を示す。
図11】S代謝の欠損した大腸菌変異株NBRC3993を用い、図10の場合と同様にS源欠失培地S(-)に制限量のS源(αS)とS源代替化合物(Xと記す)を添加した培地で培養し増殖を調べた結果を示す。
図12】大腸菌の変異株NBRC3993を用いた図11の試験で使用しなかった別のS源代替化合物を用いて試験した結果を示す。
図13】E. coli K12 cys, met要求変異株NBRC3993がSiを利用して増殖するときSi用量と増殖の関係を調べた結果を示す。
図14】Nocardia asteroides NBRC15531の株の馴化培養の成績を示す。
図15】S源欠失培地S(-)に制限量のS源(αS)とS源代替化合物(X)を添加した培地で酵母Piahia pastoris NBRC10777を生育させ、続いて同じ組成の培地で継代培養を繰り返した場合の増殖を調べた結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0031】
1.はじめに
1−1.生命体を構成する元素について
大腸菌の細胞を顕微鏡で観察すれば、細胞壁、細胞質膜、細胞質液、リボソーム、核、鞭毛等の構造物からなることが明らかにされている。これらの構造物は、DNA、タンパ質、多糖、脂質などの主要物質(高分子物質である)が組み合わされて構築されている。これらの主要物質は「生命の基本物質」と呼ばれる少数の低分子物質群を部品として構成されている。生命の基本物質とは5種類の核酸塩基、10種類以上の糖類、20種類以上のアミノ酸、10種類以上の脂肪酸などである。すなわち、主要物質の一つであるDNAは核酸塩基(5種)と糖類(2種類)とリン酸からなり、別の主要物質であるタンパク質はアミノ酸(20種)の100〜1,000個が基本的には縦一列につながって出来ており、このアミノ酸鎖に糖が結合している箇所もある。また別の主要物質である多糖は糖類(10種類以上)が縦一列や枝分かれ状に連結されており、ここにリン酸根や硫酸根や脂肪酸が結合していることもある。脂質はグリセリンと各種脂肪酸(10種以上)が結合した化合物であり、ここに多糖やリン酸根、硫酸根、もしくはセリン(アミノ酸の1つ)が結合していることもある。
【0032】
生命の基本物質である核酸塩基、糖類、アミノ酸、脂肪酸などは、6種の元素C, N, P,S.O及びHの一部また全部の元素で構成される分子である。従って大腸菌の細胞に含まれる主要物質は主に生命の基本物質を構成する6種類の元素から出来ている。実際には大腸菌の細胞中にはそのほかに約14種の無機元素が存在する。これらはNa, K, Mg, Ca, Clなど5種類の無機元素とV, Mo, Se, Mn, Fe, Co, Ni, Cu, Znの9種類(高等生物についてはCrを加えて10種類)の微量金属元素合計14種で合計20種の元素になる。後者14種の無機元素と微量金属元素は生命の基本物質の構成元素としては含まれない。しかし、多くの場合、主要物質に結合して存在し、DNAやタンパク質など高分子物質である主要物質の立体構造を維持したり、酵素活性など主要物質の機能発現にとって必須の役割を果たしている。
【0033】
1−2.必須の元素
現在用いられている必須元素の決定法の一つは次のとおりである。ある元素の供給量と生物反応を調べて、その元素がその生物にとって必須元素であるか否かを明らかにする方法である。ある元素の供給量をゼロから次第に増加させた場合、ある用量範囲で生物反応が、生育せず――生育微弱、栄養欠乏症――加速的生育――最適生育――生育不良、有害症状――生育不可ないし死亡の順に現れる場合、当該元素をその生物に必須であると決定する方法である。例えば、Znが低濃度範囲ではマウスの生育が遅れる影響をあたえるとする。もしZnをもう少し高濃度にした場合に加速的に生育促進させる場合、さらに高濃度では阻害的に作用する場合、その生育環境においてZnはマウスにとって必須元素と見なす。必須であることを示す栄養学的な証拠とできる。本発明ではこの方法を微生物に適用した。すなわち、例えば大腸菌にとって必須元素と見なされていないある元素、例としてSiを挙げると、Si元素を含むSi化合物を大腸菌の生育培地に添加するとき、大腸菌の増殖が無添加より用量依存的に増加し、しかも大腸菌においてSi元素の菌体内含量が増加する場合に、その条件においてSi元素は大腸菌の必須元素であるとみなした。
【0034】
2.微生物が通常利用しない元素を利用する微生物の分離
本発明者らは、まず自然界の土壌試料からS源の代わりにケイ酸塩を利用する微生物を分離することを検討した。微生物分離の先例にならい、培地のpH、温度、塩濃度、等を種々に変化させて作り出された特殊環境の寒天培地で分離を試みた。その結果、寒天培地にコロニーを生じたけれども、それらはほぼ全部が同じ組成の培地で継代培養を数回繰り返した後には増殖が減衰する傾向を示した。
【0035】
次に本発明者らは既存菌の代表として大腸菌を用い、液体培地で上記と同じ試験を実施した。ある試験において、培地の必須栄養素であるC源,N源,及びP源を適量含み、S源を制限量含有させた合成培地にケイ酸ナトリウムを添加した液体培地を作成し、ここに洗浄した大腸菌を播種し、37℃で培養した。この時明白に増殖が認められ、無添加対照培地よりも多く増殖し、また、同じ培地に継代しても再度増殖することを見出した。続いて、ケイ酸塩以外にも一般微量元素や微生物に必須ではないとみなされてきた元素の化合物を用いた場合にも大腸菌が増殖すること、同様の条件下で他の細菌、放線菌、酵母、糸状菌なども増殖することを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0036】
3.必須元素を代替する代替元素を含む代替化合物を微生物に取り込ませる培養方法
3−1.培地
3−1−1.栄養欠失培地
本願発明では、C、N、P又はSのいずれか1または2以上の元素が欠失した培地を栄養欠失培地と呼ぶ。
例えば、完全栄養培地(CM培地と記す)から上記C、N、P又はSのいずれか1元素を含む栄養源だけを除いた培地が挙げられる。具体的には、完全栄養培地から、S源だけを除き実質的にS源を含有せず、大腸菌をそこに播種しても実質的に増殖出来ない培地が挙げられる。これをS(−)培地と記す。同様に、他の栄養源欠失の場合、CM培地からC源, N源,またはP源だけを除き、実質的にC源, N源,又はP源を含有せず、大腸菌をそこに播種しても実質的に増殖出来ない培地が挙げられる。これらをそれぞれC(-)培地, N(-)培地,又はP(-)培地と記す。
【0037】
なお、CM培地とは、大腸菌など本発明の対象とする微生物の生育に適した培地を意味する。例えば、大腸菌について言えば、大腸菌の増殖にとって必須の栄養素であるC源、N源、P源、S源、食塩や微量金属塩などの無機物、ならびに栄養要求物質などをすべて適量含む組成の培地であって、大腸菌がその中で概ね公知の量や速度で生育できる培地である。
【0038】
発明者等は主として2種のCM培地とその改変培地を使用した。その組成は以下の通りである。
【0039】
(a)GY培地:これは種培養に用いた。組成(mg/mL)グルコース 10、酵母エキス5、ペプトン 10、NaCl 3,グルタミン酸ソーダ 2、pH 6-7。
【0040】
(b)CM培地:これは無機塩合成培地である。生育試験などに使用した。
【0041】
(成分濃度 mg/mL):
(C源)グルコース 10、グリセロール 5
(N源)NH4Cl 1、尿素0.1
(P源)K2HPO4 0.6、KH2PO4 1.4 合計 2.0
(S源)Na2SO4 0.2
(無機塩 mg/mL)NaCl 1.5、KCl 0.1
(金属塩 mcg/mL)Mg 150、Ca, Fe, Zn 各10、Mn, Cu, Co, Ni, Mo, W 各3
(アミノ酸、各mg/mL)Arg.HCl 0.5、Asparagine 0.5、Glutamine 0.5、Lysine.HCl 0.5
(添加物)以下の物質を各々必要時に使用した。
【0042】
酵母エキス(0.01-1.0,mg/mL,以下同じ)、トゥイーン20(0.1),オレイン酸Na(0.1)、2-ケトグルタール酸(0.1)、ビオチン(0.01または0.001), 栄養要求変異株使用の場合、該栄養要求物質
脱イオン水,培養開始前pH 6.0 - 7.5,
培地 10mL/100mL-容試験管、培地20mL/100mL容三角フラスコ、培地120mL/500mL容三角フラスコなどを使用した。
【0043】
また、本願発明で、「実質的に増殖できない」とは培養開始時に移植された菌体量の2倍程度以下しか増殖できない事を意味する。必須栄養源を欠失したC(-), N(-), P(-),あるいはS(-)培地に播種したにもかかわらず、移植された菌体の増殖が起こることがあるが、これは、移植される菌体に伴って不可避的に栄養分が搬入される場合などに起こり得る。しかしこのような増殖は継代に伴い減衰するので、一時的に生じるに過ぎない。
【0044】
なお、例えば、S(―)培地を調製する場合、C源、N源などの選択に、硫酸塩、含Sアミノ酸、又はスルフォン酸塩などの含S化合物を使用しない。同様に市販されている酵母エキスなどの複合天然栄養源には含Sペプチドが含まれているのでS(−)培地の栄養源に用いる場合は注意が必要である。本発明ではS(―)培地として無機塩合成培地を使用した。C(-)培地、N(−)培地、あるいはP(-)培地を調製する場合も同様である。
【0045】
3−1−2.栄養制限培地
本願発明では、上記C、N、P又はSのいずれか1ないし2以上の元素が欠失した栄養欠失培地に、当該欠失した元素を含む化合物を制限量だけ添加した培地を栄養制限培地と呼ぶ。
【0046】
例えば、C源欠失培地にC源を制限量添加した培地はC(αC)と記載することがあり、N源欠失培地にN源を制限量含めた培地はN(αN)と記載することが、P源欠失培地にP源を制限量含めた培地はP(αP)と記載することがあり、S源欠失培地にSを制限量含めた培地はS(αS)と記載することがある。
【0047】
また、S源を制限する場合を例に「制限」の意味を説明する。Sを含む化合物(含S化合物)の濃度は制限量であれば、かならずしも厳密に規定する必要はないが、通常のCM培地のS源量の1−10%とすることができる。Sを含む化合物の添加量が少な過ぎれば増殖がおこらないであろうし、添加量が多過ぎれば、下記で説明する代替化合物添加培地で増殖するようにみえても、実際は含S化合物を利用して増殖している可能性がある。この中間範囲が本発明にとって有用な制限量といえるが、それは使用する微生物や代替化合物添加培地に含まれる代替化合物やその他の条件により、変動しうる。
【0048】
C源、N源、あるいはP源を制限する場合も同様に、制限量は必ずしも厳密に規定する必要はない。通常のCM培地に含まれるC源、N源、あるいはP源の量の1−10%とすることができる。
【0049】
3−1−3.代替化合物添加培地
(1)本願発明では、上記C、N、P又はSのいずれか1ないし2以上の元素の存在量を制限し、該制限された元素を代替する元素X(以下代替元素と呼ぶ)を含む化合物(以下代替化合物あるいは含X化合物と呼ぶ)を添加した培地を代替化合物添加培地と呼ぶ。C源, N源, P源,またはS源を制限した栄養制限培地に代替化合物を添加した場合、それぞれC(αC+X)培地, N(αN+X)培地, P(αP+X)培地,またはS(αS+X)培地と記載できる。
【0050】
代替化合物としては、長周期表において第3, 4, 5, 6, 13, 14, 15,及び16族並びに第2,第3,第4,第5,及び第6周期に属する元素に含まれ、かつC、N、P、S及びOを除く一群の元素から選ばれる1ないし2以上の元素を構成元素として含む化合物であって、微生物が利用しうる無機化合物または有機化合物が挙げられる。
【0051】
代替元素としては、Sc, Y, La, Nd, Eu, Er, Tb, Ti, V, Nb, Mo, W, B, Si, Ge, Sn, As, Sb,及びTe等が挙げられる。好ましい具体例としては、La, Nd, Eu, Ti, V, Mo, W, B, Si, Ge, Sn,及びTeからなるグループから選択される1ないし2以上の元素が代替元素として挙げられる。更に、好適には、Nd, Eu, V, Si,又はGeが挙げられる。
【0052】
代替元素の無機化合物,あるいは有機化合物として以下を例示することが出来る。なお、下記において、(AcO)はアセチル基を、(2PrO)はイソプロポキシル基を、 (EtO)はエトキシ基を、Meはメチル基を、 (MeO)はメトキシ基をしめす。(Sc) (2PrO)3Sc、(Y) YCl3、(Er) (2PrO)3 Er, (Yb) (AcO)3Yb、(Ti)TiCl4, (EtO)4Ti、(Zr) ZrCl4, (EtO)4Zr, (V) Na2VO4, NH4VO3, (EtO)3VO、(Nb) (EtO)5Nb 、(Mo)Na2MoO4, (W) Na2WO4、(B) Na3BO3, (MeO)3B、(Al) AlCl3, Me3Al, (Si) Na2SiO4, Na2SiO3, water glass, Me(MeO)3Si, (Ge) Et4Ge, (EtO)4Ge、(Sn) K2SnO4,(As) Na2AsO4, (Te) K2TeO4
すなわち、代替化合物とは代替元素の酸化物、塩化物、又はその他の無機化合物、或いは有機化合物であって、栄養制限培地にこれらを添加した代替化合物添加培地において、播種された微生物が利用できる化合物を意味する。代替元素をXとすると、代替化合物である含X化合物には、(1)Xの酸化物のアルカリ金属塩、あるいはアンモニウム塩、(2)Xの塩基の無機酸塩、あるいは有機酸塩、(3)Xの無機酸にメチル基やエチル基の結合したものなど簡単なエステル、エーテル類 を含む 。すなわちXがSiの場合にはシランを含み、XがBの場合、ボランを含む。例えばMe(MeO)3Si(メチルトリメトキシシラン)が含まれる。
【0053】
また、含X化合物のアミノ酸誘導体、糖誘導体、あるいは脂肪酸誘導体なども使用可能である。すなわちX元素を含む化学合成化合物でもよいし、天然物由来の化合物でもよい。含X化合物は単量体でも良いし、2量体、3量体、4量体などの多量体も使用可能である。
【0054】
これらの化合物は水溶性物質でも水に不溶性の物質でもいずれも利用できる。
【0055】
代替化合物の培地添加は、最初から一括して添加でもよいし、分割して途中で添加しても良い。
【0056】
代替化合物を複数添加した場合に、単独添加の場合よりで増殖量がさらに増す場合がある。
【0057】
また、上記いずれも培地の形状は液体、固体、半流動のいずれでもよい。
【0058】
(2)代替化合物の添加量
添加量については、以下のように検討できる。
【0059】
公知の文献において組成化合物の濃度が既知の合成培地において、S源化合物の濃度はおよそ0.1g/L〜1g/Lである。硫酸アンモニウムをN源として使用する場合はこれより高い濃度の場合がある。
【0060】
培地に添加する代替化合物はS源の代替物質と位置づけられるので、その添加濃度は公知の文献に掲載されるS源化合物の濃度に準じる。すなわち、濃度で0.1g/L〜1g/L、0.1〜50mMが好適である。しかし、微生物により、培養条件によりこれ以外の濃度でもよい。
【0061】
S源の制限量は、X化合物の1-10% 程度が好適である。しかし、菌株により、培養条件により、これに限定されない。
【0062】
微生物の増殖促進剤として酵母エキスなどの複合天然栄養物質を培地に微量添加することは一般に 有用である。本発明においても代替化合物添加培地に添加することは必要かつ有用であることが多い。しかし複合天然物質は増殖促進剤であると同時に必須栄養源であるC, N, P,またはS源にもなり得る。本発明では、代替化合物無添加の栄養欠失培地または栄養制限培地に複合天然栄養物質を添加しても微生物の増殖量に変化を与えない範囲の量ならば、C, N, P, またはS源を添加したとは見なさないことにした。C(-)培地に酵母エキスを0.5 mg/mL 以下で添加した場合、大腸菌の増殖量に影響を与えなかったので、この場合酵母エキスは制限量の炭素源(αC)とは見なされない。同様に本発明者らの使用した条件下において、酵母エキス0.05 mg/mL以下の場合,制限量のNまたはP源と見なさず、0.01 mg/mLは以下では制限量のS源とは見なさない。
【0063】
CM培地、S(―)培地、S(X)培地、S(X+αS)培地のpHは特に限定されない。大腸菌の場合、培地pHは5−8が好適である。
【0064】
もし、微生物が栄養要求株であって、生育のためにメチオニンやビオチンなど含S化合物の存在を要求する場合には最小量を培地に添加して栄養要求を満たさなければならない。
【0065】
その他の添加物
増殖試験培地に脂肪酸、2ケトグルタール酸、あるいは酵母エキスを少量添加した場合にS(X)培地で微生物の増殖が促進される場合がある。添加する脂肪酸としてはC10〜C18の飽和または不飽和脂肪酸が例示される。この場合に、微生物の生育が促進されるメカニズムは現在不明である。
【0066】
C源, N源, P源,およびS源の配合比は微生物学の書籍に記載されている培地を参考に決定することが出来る。
【0067】
以上、大腸菌をS制限かつ含X化合物添加培地で培養する場合を例に説明した。
【0068】
(3)培地の表記法
S源以外の他のP源,N源,あるいはC源を制限した条件下に含X化合物を添加した培地で培養する場合、それぞれ
CM培地、P(―)培地、P(αP )培地、P(X+αP)培地
CM培地、N(―)培地、N(αN )培地、N(X+αN)培地
CM培地、C(―)培地, C(αC)培地、C(X+αC)培地
等を用いることができる。
【0069】
S(X+αS)培地、P(X+αP)培地、N(X+αN)培地、またはC(X+αC)培地に、さらに要求される栄養物質や、増殖促進の目的でアミノ酸(aまたはaaと略記する場合がある)、酵母エキス(Yと記す場合がある)、脂肪酸(fと記載する場合がある)、および/または2ケトグルタール酸(kと略記する場合がある)を添加する場合がある。この場合の培地の表記法は以下の通りとした。例えばN(X+αN)培地に酵母エキス(Y)と2ケトグルタール酸(k)を添加した場合はN(X+αN)Yk培地と記載する。同様にS(X+αS)培地に脂肪酸(f)とアミノ酸(a)を添加した培地はS(X+αS)fa培地と記載できる。P(X+αP)培地にXとαP以外の添加物を添加する場合もこれに準じて表記する。例えばP(X+αP)Ya培地、あるいはC(X+αC)Ya培地などと表記する。
【0070】
大腸菌以外の細菌、酵母、糸状菌を培養する場合、それぞれに適した培地、培養条件を選択して実施するのが望ましいが、試験目的によっては一つの培地で目的を達する事が出来る。 培地のpHと培養温度は微生物が増殖すれば特に限定されない。一般微生物の場合、培養温度は10℃〜45℃範囲が使用可能である。好熱微生物を使用する場合はより高温で実施するべきである。また、pH1〜12の範囲で微生物が増殖する。
【0071】
S(X+αS)培地に添加する含S化合物の濃度は制限量であれば、かならずしも厳密に規定する必要はない。添加量が少な過ぎれば増殖が減衰ないしおこらないであろうし、添加量が多過ぎれば、たとえ微生物がS(X+αS)培地で増殖するようにみえても、実際は添加した含S化合物を利用して増殖している可能性がある。この中間範囲が本発明にとって有用な制限量といえるが、それは使用する微生物やX化合物やその他の条件により、変動しうる。しかし、上記のとおり、2つの培地での増殖量の差という指標により、判断できる。S(X+αS)培地での微生物増殖量とX無添加対照であるS(αS)培地での増殖量に明瞭な差があるかどうかで判断できる。これがX化合物依存的増殖の一つの指標であり、本発明の微生物菌体であると判断する一つの根拠とできる。
【0072】
S(X)培地やS(X+αS)培地は本発明ではじめて開示される。従来の新規微生物を探索する研究においてこの種の培地を使用した例はなかった。S(X)培地に第三の成分を添加した培地も含まれる。例えば酵母エキスを少量添加したS(X)Y培地は本発明に含まれる。また、S(―)培地と含X化合物溶液を別々に作成し、使用時にもしくは培養途中に含X化合物を添加する場合も本発明に含まれる。
【0073】
3−2.微生物の培養方法
本発明には、保存機関または試験室で保存された菌株、自然界から分離した野生株、臨床分離株、ならびに遺伝子組換法や人工変異剤による方法で得られた変異株を使用することが出来る。
【0074】
本願発明者等は、培地中のC、N、P又はSのいずれか1元素の栄養源を制限量添加し且つ該元素を代替する元素(代替元素)を含む化合物(代替化合物)を添加した代替化合物添加培地で微生物を培養することを含む培養方法により、当該微生物菌体の構成元素として前記代替元素を取り込ませることができることを見出した。
【0075】
その方法は以下の方法を含む。
【0076】
3−2−1.培地中の必須元素であるC、N,P,またはS元素を含む栄養源を制限した培地に該制限した元素を代替する元素を含む化合物を添加した培地で微生物を培養する方法。
【0077】
3−2−2.馴化培養する方法。すなわち代替化合物添加培地での培養を繰り返すことにより、更に効率的に代替元素を微生物に取り込ませることができる。適切な馴化培養期間は、通常、馴化培養を1代実施すればよいが、これに限定されない。第1回目の種培養、第2回目の種培養と兼ねて馴化培養を実施することが出来る。
【0078】
3−2−3.種培養を飢餓培養させてから代替化合物添加培地で培養する方法。
【0079】
種菌を予め飢餓培養、すなわち栄養制限させる必須栄養素がゼロの培地で種菌を一定期間培養して、菌体内に残留するC,N,P,またはS源となる栄養素を枯渇させてから、上記3−1−3に記載した代替化合物添加培地で培養する培養方法を用いることができる。適切な飢餓培養期間は通常は1代、数時間から24時間以内が適切である。必要に応じて2代以上繰り返すことがある。飢餓培養開始時の菌体濃度、例えば比濁法で測定した時の濁度(OD値)が培養時間が進んでももはや変動しなくなる事を指標の一つとして飢餓培養終了時期を判断できる。しかし、当該微生物の種類と飢餓培養以前の培養条件、特に培地組成により変動する。飢餓培養の際、代替化合物は培地に加えても加えなくてもよい。
【0080】
このようにすることで、効率よく代替元素を含む代替化合物を利用して用量依存的に微生物を増殖させ、菌体構成元素として代替元素を取り込ませることができる。
【0081】
3−2−4.変異株の利用
上述したように、使用する微生物株に効率的にX化合物を取り込ませるためには、C源,N源,P源又はS源を制限した条件下、代替化合物(X化合物)を存在させて増殖させる方法が有効であるが、微生物にとっての必須栄養源を制限することは、培地組成の変更以外に他の方法でも実施できる。例えば、C源,N源,P源あるいはS源の細胞膜透過能が不良ないし欠失した変異株、あるいはC源,N源,P源あるいはS源の代謝能が不良ないし欠失した変異株で同じ効果を期待できる。大腸菌K−12株から誘導した含硫アミノ酸要求変異株であって微生物保存機関所有のNBRC3993株などはその一例である。実施例に記した。
【0082】
微生物にとって含X化合物を取り込む能力を亢進させた変異株、例えば組換え技術により含X化合物の受容体を異種生物細胞から取り出して新たに組み込んだ変異株、あるいは受容体タンパク質の発現を強化した変異株なども利用可能である。その他Xの利用効率を増加させた変異株も利用できる。
【0083】
また、上記培養法と組合せて用いることも可能である。
【0084】
4.飢餓培養による代替化合物取込み促進の推定メカニズム
飢餓培養や代謝欠損変異株で代替化合物の利用が促進されるメカニズムについて、文献情報から考えられる推定メカニズムは以下のとおりである。
【0085】
代替化合物の取込みには受容体タンパク質を含む取込み機構が働いていると考えられる。C源,N源,P源,あるいはS源 いずれかの栄養源が不足して飢餓状態になった場合、取込み系に関与するタンパク質の発現が亢進することが知られている。大腸菌などにおいて、N源が欠乏状態になった場合にはNH4や硝酸根の透過蛋白(トランスポーターと言われる)と取り込んだN源化合物を同化するグルタミン合成酵素の遺伝子の発現が亢進する。代替化合物がこの取込み系を利用して取り込まれる場合にはN飢餓培養により取込みが促進されるのは上記のメカニズムによると理解できる。
【0086】
5.微生物菌体
本発明の方法で得られた菌体は構成元素として代替元素を含む。
【0087】
大腸菌ではC源,N源,P源,S源それぞれについて、欠失或いは制限した培地を用いて、代替元素を導入することができ、他の細菌、真菌、担子菌でも同様に、実施できる。また遺伝子組換え技術を応用することで、受容体の取込み能の強化、低下、変更、削除が可能である。
【0088】
培地に添加した代替化合物は菌体内に取り込まれて必須元素として利用され、細胞構成物質になると考えられる。必須元素と同様の挙動で取り込まれると考えられる。
【0089】
C源代替物質として利用された場合、菌体のSi元素含量は50ppm以上である。N源, P源, 又はS源代替物質として利用された場合は5 ppm 以上である。一方、公知の文献において、細胞の元素組成は一例としてSi 40, Sn, Mo, B,又はVはいずれも1ppm 以下である(E. Ochiai”Bioinorganic Chemistry, An Introduction”Allyn and Bacon, Inc. 1977)。すなわち本発明の菌体の方が含量が大きい。
【0090】
増殖量は代替化合物無添加の対照より用量依存的に増加する。取り込まれたSiは細胞壁画分と蛋白画分を含む部位に分布する。
【0091】
本発明で得られた菌体を5代以上継代しても基本的に同じ性質を維持できる。一方、Cd,Pb,Crなどの有害物質が吸着した微生物菌体は継代培養により同じ性質を維持出来ることは明らかにされていない。
【0092】
本発明の微生物菌体は化学分類上、元株とは異なると分類される可能性がある。含Si化合物を利用して増殖した本発明の微生物菌体は元株と比較して以下の点で異なった。
【0093】
・顕微鏡でみる大きさが変化した。
【0094】
・微生物菌体内での存在が初めて認められた非必須元素を含有した。
【0095】
・細胞壁画分の免疫反応が変化した。
【0096】
・20種アミノ酸とは異なるアミノ酸を含むことが示唆された。ただし、取り込まれた元素が公知のアミノ酸に結合している可能性が考えられる。
【0097】
・本発明の放線菌は抗生物質を生産した。その構造は元株が生産する抗生物質とは異なると期待される。
【0098】
6.代替化合物添加培地での増殖及び代替元素の微生物による取り込みの検証
6−1.増殖の分析
本発明の微生物の分析法について説明する。
【0099】
本発明に用いる微生物の増殖量は微生物学の定法により測定できる。すなわち、比濁法、MTT法、乾燥菌体重量法、コロニー計数法などである。本発明者らは、大腸菌の増殖定量には、比濁法をしばしば用いた。
【0100】
細菌類は一般に菌体が均一に懸濁するので、比濁法を適用できる。しかし、糸状菌や放線菌などの増殖では菌体が均一に懸濁した状態ではなく、菌体は液体培養においてしばしば直径1-5 mmの 毛玉を形成しながら増殖する。この場合には比濁法を使用できないが、代わりにMTT法などを使用できる。
【0101】
6−2.代替元素を必須の元素として菌体内に取り込むことの検証
生物無機化学の学説によれば、S(X+αS)培地での微生物の増殖量が、無添加対照であるS(αS)培地の増殖量より多い場合、含X化合物に依存した増殖であると考える。増殖が含X化合物用量に依存するならX化合物依存的増殖であることが確認される。この場合、含X化合物のX元素は代謝の流れに沿って化学変換され、必要な物質になったと考える。すなわちこの場合、X元素は必須元素として機能している可能性がたかい。
【0102】
そこで、本発明では代替元素(含X化合物)に用量依存的に微生物が増殖する場合に、当該微生物にとり、前記代替元素が必須であると判断する。
【0103】
本発明においては、含X化合物依存的増殖を確認するため、たとえば、Sを制限する場合は、S(X+αS)培地での微生物増殖量と無添加対照であるS(αS)培地の増殖量の差を測定した。C源, N源,あるいはP源を制限する場合は、前記におけるS源の代わりに、C源, N源又はP源を当てはめて、同様に行えばよい。
【0104】
6−2−1.元素分析
微生物菌体に含有されている元素を検証することは本発明の重要な課題である。そのために以下の方法を使用できる。以下に例示する分析方法で陽性結果が得られた場合、その元素が含有されている事実だけでなく、同時に大腸菌が元素Xを含むX化合物、例えばSi含有化合物に依存的に増殖したこと、またはSiを必須元素として増殖した可能性を示す。
【0105】
菌体に含有される全元素の分析は例えば、誘導結合プラズマイオン捕捉質量分析法(すなわち、ICP-MS法)、あるいはイオンペアクロマトグラフィ法で実施できる。特定の元素の分析はそれぞれの元素を選択的に検出定量する光電比色定量法などを使用できる。
【0106】
6−2−2.菌体の元素分析
(全菌体分析)
元素Xを含むX化合物、例えばSi含有化合物の存在下で大腸菌を増殖させて得た菌体を洗浄、不活化する。大腸菌など感染の可能性のある菌株の菌体は測定前に不活化する。不活化は加熱処理、ホルマリンやベータプロピオノラクトンによる殺菌処理等の使用が可能である。
【0107】
その後、ICP-MS法、あるいはイオンペアクロマトグラフィ法やその他の機器分析法により、全菌体の元素分析を行う。対照として、X元素化合物の非存在下で増殖した大腸菌菌体を同様に処理して、結果を比較する。
【0108】
(菌体画分の元素分析)
全菌体を用いる代わりに大腸菌菌体の画分を用いて元素分析を実施することができる。大腸菌菌体を超音波破砕機あるいはフレンチプレス破砕機などに付して菌体を破砕し、その後、遠心して、沈降部分(細胞壁が含まれる)あるいは上清可溶部分(タンパク質が含まれる)を元素分析に負荷すれば、この画分におけるX元素の存否が検証できる。
【0109】
(結合型、非結合型の元素の分析)
試験培地での培養で得た微生物菌体を低温条件下で水に対して透析する。菌体内の遊離型の化合物を拡散させて除去し、その後菌体内の元素分析を行う。検出された元素は結合型で菌体内に存在すると解釈する。
【0110】
同じ目的のためにアセトン処理菌体を使用する事が出来る。菌体のアセトン処理により、細胞表層の脂質が溶出されるために菌体内に遊離型で存在する化合物にとって細胞壁の拡散が容易になる。アセトン処理菌体を含水アセトン中で1夜放置すると、菌体に取り込まれたX化合物のうち、結合型の物だけが菌体内に残存する。これを検出する。
【0111】
6−2−3.アミノ酸分析法
タンパク質画分にX元素が取り込まれたかどうかを検証するには、タンパク質を酸性下で加水分解し、その後、アミノ酸分析を実施する。タンパク質構成アミノ酸は20種と言うことが公知であるので、20種以外のピークが見出される場合にはその物質を精査することができる。
【実施例】
【0112】
以下の試験例及び実施例で使用する培地の例と作成手順を以下に表で示す。
【表1-1】

【表1-2】
【0113】
本発明の培地作成法は3−1項に説明されている。栄養欠失培地、栄養制限培地、および代替化合物添加培地を使用する。ここでは具体的にS源に関する栄養欠失培地、栄養制限培地、および代替化合物添加培地の作成を例に説明する。
【0114】
まずA.基礎培地であるS(―)培地を作成する。S(―)培地はS源となる化合物が無添加であることをしめす。その組成は培地の表(表1−1)記載されている。この培地で微生物は実質的に増殖できない。S(―)培地にオレイン酸(fと略記する)とアミノ酸(aおよび)aaの2種類の混合物がある)、並びに緩衝剤としてSシリーズの培地に加えるグルタミン酸Naを添加する。これでB.栄養欠失培地であるS(―)faが出来上がる。これはS源飢餓培養に使用する。次にS(―)fa培地に制限量のS源と酵母エキス(Yと略記)を添加する、S(αS)Yfa培地、すなわち栄養制培地が出来上がる。最後に取込まれる元素Xからなる含X化合物を添加するとD.代替化合物添加培地S(αS+X)Yfaが出来上がる。P源やC源のシリーズの栄養欠失培地、栄養制限培地、および代替化合物添加培地は同様の手順で作成する。
【0115】
また、以下の試験例及び実施例で使用する略号とその化合物を以下に表で示す。
【表2】
【0116】
化合物の略号は実施例中の表やグラフ中に記載したものであり、この表2で略号の意味を明示する。
【表3】
【0117】
表3は、表2の続きである。
【0118】
[試験例1]
大腸菌の変異株 E. coli K-12 (NBRC3993)を使用し、その生育特性を調べた。
【0119】
GY培地(栄養培地)とS(―)fa培地(S源欠損培地)を使用した。培地組成は次項に示す。
【0120】
S(―)fa培地に含S化合物を添加した培地を作成し、培地10mLをいれた試験管(TTと記す、サイズ2.6 x 18cmφ)中、37℃、1日間NBRC3993株を振盪培養した。その後、濁度法で増殖量を測定した。結果を表4に示す。
【表4】
【0121】
表4の結果からNBRC3993はシステインおよび/またはメチオニン要求株であることが分かる。
【0122】
NBRC3993株を用いてS源制限下でX化合物を取り込ませると、親株であるE. coli K-12株より効率的に取り込まれることが判明した。実施例に記す。
【0123】
[実施例1]
C源欠失培地C(―)培地に制限量のC源(αCと記す)とC源代替化合物(Xと記す)として有機ケイ素化合物を添加したC(αC+X)培地で培養した場合の細菌と真菌3株の増殖を調べた。
【0124】
(方法)
使用菌株として下記3株を使用した。各菌株のC源飢餓培養菌体を種菌として使用した。
【0125】
菌株1:E. coli K12 NBRC3301 (図1の左3つ)、
菌株2:B. subtilis (former natto) NBRC13169(図1の中3つ)、
菌株3:Saccharomyces cerevisiae NBRC0268(図1の右2つ)。
【0126】
培地:C飢餓培養にC源欠失培地であるC(-)培地、増殖試験にはC(-)培地に制限量のC源(αC)と 含X化合物ならびに酵母エキス(Y)を添加したC(αC+X)Y培地を使用した。ただし、制限量のC源(αC)には:glutamic acid Na(表中ではgluと記載する,1mg/mL),またはlactate Na(表中ではlacと記載する,0.5mg/mL),またはglucose(表中ではglcと記載した,0.5mg/mL)にいずれも酵母エキス(Y)0.5mg/mLを合わせたものを用いた。緩衝剤としてリン酸緩衝液(KH2PO4-K2HPO4,pH 6.4)(8mg/mL)を添加した。
【0127】
C源代替化合物(X):eSi (tetraethyl silicate), emSi (diethoxydimethylsilane)を使用し、添加量は図1中に示す。
【0128】
培養条件 10mL/TT、33℃、160rpm
種培養、その後の飢餓培養、増殖試験培養などを以下の通り実施した。
【0129】
種菌をGY培地(グルコース10、ペプトン10、酵母エキス5、NaCl3、グルタミン酸1ナトリウム2、pH7)中、33℃で1昼夜培養後、遠心で菌体を集めた。菌体をリン酸緩衝洗浄液中、遠心で2回洗浄し、OD660nmが約5になるように菌体濃度を調整しながら、C(-)培地に洗浄菌体を再懸濁した。これを30℃で振盪し(すなわちC飢餓培養し)、その後OD5の懸濁液を種菌液として使用培地に5-7%(v/v)播種し、33℃、160rpmで振盪培養した。2日目(d2)に少量を採取し、水で10倍希釈した液のOD660nmを測定して増殖量とした。
【0130】
(結果)
結果を図1に示す。E. coli K12株の増殖量(OD値)は、制限量のC源の存在下にC源代替化合物としてシラン類を添加した場合に無添加対照よりも増加した。使用したケイ素化合物は培養液中でケイ酸塩とエタノールを生じると予想されるので、比較のためにemSi中のエチル基と等モル相当量のエタノールを添加した場合、ODはemSiの場合より低かった。従ってemSi中のSiを利用して増殖したと考えられた。他の2菌株でも同様の傾向であった。
【0131】
[実施例2]
C源欠失培地C(―)培地に制限量のC源(αCと記す)としてlactate Naを添加したC源制限培地(C(αC)培地)にC源代替化合物すなわち含X化合物としてメチル基を含む有機ケイ素化合物mmSi(メチルトリメトキシシラン、化合物の略号は表2〜3を参照)を添加したC(αC+X)培地を使用して大腸菌の増殖を調べた。また、一代目(T1)培養終了時に同じ組成の培地に2代目を継代培養(T2)、すなわち馴化培養した影響を調べた。
【0132】
(方法)
使用菌株はE. coli K12のC源飢餓培養菌体を使用した。
【0133】
菌株1:E. coli K12 NBRC3301、
培地:C(αC +X)Y培地を使用した。
【0134】
制限量のC源(αC):lactate Na(図中ではlacと記載した。2mg/mL)+酵母エキス(Y)0.5mg/mL。
【0135】
C源代替化合物:X:mmSi(methyltrimethoxylsilane)。添加量を図2中に示す。
【0136】
培養条件 100mL/三角フラスコ、33℃、130rpm。一代目の培養終了時に培養液の一部を採取し、遠心で菌体を洗浄して、同じ組成の培地に播種した。培養開始時のOD値は1代目の初期OD値と同様になるように調整した。
【0137】
(結果)
結果は図2に示す。実施例1の場合と同様に、種菌をGY培地で増殖させ、菌体を洗浄後、C源飢餓培養した菌体を種菌として培地に播種した。2日目に1代目(図中ではT1d2と記す)の菌体を洗浄しこれを種菌として同じ培地に播種し2代目として馴化培養し2代目の2日目(T2d2)に生育を測定した。
【0138】
E. coli K12株は制限量のC源だけの無添加対照よりもC源代替化合物としてmmSiを添加した場合にOD値が増加した。OD値の増加は用量に依存して変化した。また初代より2代目の方の増殖量が高い傾向が認められた。使用したケイ素化合物のmmSiは培養液中でケイ酸塩とメタノールを生じると予想される。E. coliはメタノールを利用する能力があるとは知られていない。事実、E. coliはここで使用した条件でmmSi単独(図2の右端)で増殖しなかった。従って、OD値の増加はmmSi 中のSi部分を利用した結果であると考えられる。また、この結果は初代の培養結果の比較で無添加対照との差がわずかであっても、2代目以降にはより大きな差になる場合があることをしめす。
【0139】
[実施例3]
ケイ素化合物を使用する培地での増殖量をコロニー数で計測した結果をしめす。
【0140】
(方法)
使用菌株は下記3株を使用した。各菌株のC源飢餓培養菌体を種菌として使用した。
菌株1:E. coli K12 NBRC3301、
菌株2:B. subtilis (former natto) NBRC13169、
菌株3:Corynebacterium glutamicum NBRC12168。
【0141】
培地:C源欠失培地であるC(-)培地、並びにC源制限培地、ならびに代替化合物添加培地であるC(αC+X)Y培地を使用した。ただし、制限量のC源(αC)としてlactate Na(図中でlacと記載する。2 mg/mL)またはglucose(図中ではglcと記載した。2 mg/mL)を培地に添加した。またそれぞれに酵母エキス(Y)を0.5mg/mL添加したを合わせたもの。なお菌株3:Corynebacterium glutamicum NBRC12168はビオチン要求性なので、培地にビオチン(5−10 mg/L)を添加した。C源代替化合物:R-Si: CaSi (calcium silicate), emSi (diethoxydimethylsilane),またはborax (BB)。
【0142】
緩衝剤としてリン酸緩衝液(KH2PO4-K2HPO4,pH 6.4)(8 mg/mL)を添加した。
【0143】
培養条件 10mL/TT、33℃、160rpm
試験菌株を実施例1の場合と同様に種培養並びに飢餓培養して使用した。増殖量はOD 660nmまたはコロニー数計数で測定した。CaSiは水に不溶性であり、培地に10 mg/mL 添加した場合に白濁するので、コロニー数計測の結果がより信頼できると思われる。コロニー法は、培養液を10倍段階希釈した希釈液をGY寒天培地に播種し、35℃、2日間保温した後に、コロニー数を計測した。一方並行して試験に用いたBBは水に可溶なので、培養液の増殖はOD値を測定した。
【表5】
【0144】
(結果)
結果は表5に示す。E. coli K12株は制限量のC源だけよりもC源代替化合物としてCaSiまたはBBを添加した場合にそれぞれコロニー数、またはOD値が増加した。Bacillus属やCorynebacterium属の菌株でも同様の傾向が認められた。
【0145】
[実施例4]
Si化合物を利用して生育した細菌と真菌3株の菌体中のSi含量を測定した結果を示す。
【0146】
使用菌株:以下の3株の洗浄菌体を使用した。
【0147】
E. coli K12 NBRC 3301、
B. subtilis Marburg NBRC13719、
S. cerevisiae NBRC0268。
【0148】
培地:C源代替化合物添加培地C(αC+X)Yを使用した。ただし、Y=酵母エキス1 mg/mL添加、
制限量のC源:αC=lactate Na(図中ではlacと記す。1または3 mg/mL)、C源代替化合物として, emSi (diethoxydimethylsilane),およびmmSi(methyltrimethoxylsilane)を使用した。
【0149】
実施例1の場合と同様に使用菌株をGY培地で種培養した。菌体を遠心で集め、リン酸緩衝洗浄液に懸濁して遠心で2回洗浄し、洗浄菌体液を5%(v/v)培地に播種した。ナルゲン社製500mL 容角形フラスコに培地120mLを入れた。温度35℃,130rpm.培養22時間目に培養を終了し、ODとpHを測定した。
【0150】
約100mLの培養液から得られる菌体を遠心で集め、リン酸緩衝洗浄液中遠心で3回洗浄した。沈渣にアセトンを3mL加え、撹拌してから冷所に1昼夜保存、これを再度繰り返した。
【0151】
この2回目のアセトン処理後、自然乾燥と30℃に保温乾燥してアセトンを除き、アセトン処理乾燥菌体を得た。
【0152】
アセトン処理菌体中のSi元素含量をICP/MS(誘導結合プラズマイオン質量分析法)で測定した。ICP/MS測定の定法に従い、菌体を硝酸で加熱分解後、水で15mLに定容した。これを測定試料とし、ICP/MSで測定した。得られた結果からアセトン処理菌体重量(mg)あたりのSi含有量(ng)を算出した。
【表6】
【0153】
結果は表6に示す。本発明の条件でSi化合物存在下で増殖させた細菌B. subtilisにおいて、アセトン処理菌体中のSi含量は120ppm以上(試験番号3,4)であるのに対し、グルコースで増殖した対照菌体(試験番号2)では80ppm以下であった。酵母S. cerevisiaeにおいても同様の傾向であった。
【0154】
[実施例5]
N源欠失培地N(-)に制限量のN源(αNと記す)とN源代替化合物(Xと記す)を添加したN源代替化合物添加培地すなわちN(αN+X)培地における大腸菌(洗浄菌体)の増殖を調べた。
【0155】
(方法)
使用菌株としてE. coli K12 NBRC3301株の洗浄菌体を種菌として使用した。
培地:増殖試験にはN(αN+X)Yk培地を使用した。ただしN源欠失のN(-)培地に以下を加えた。制限量のN源(αN)として酵母エキス(Y)(0.2 mg/mL), N源代替化合物(X)(0.8 mg/mL)、ならびに2ケトグルタル酸(k)(0.1 mg/mL)。
【0156】
培養条件 10 mL/TT、35℃、130rpmで培養し、2日目(d2)及び4日目(d4)のOD値を測定した。ただし、Te(テルル酸ナトリウム)の培養液は4日目に黒色の析出物を生じたのでOD測定不能であった。
【0157】
(結果)
結果は図3に示す。E. coli K12株の増殖量(OD値)は、制限量のN源の存在下にN源代替化合物としてSiなどを含有する化合物を添加した場合に無添加対照よりも増加した。しかし増加の程度は僅かであった。
【0158】
[実施例6]
実施例5の場合と同様に制限量のN源(αNと記す)とN源代替化合物(Xと記す)存在下の培地における大腸菌(N源飢餓培養菌体)の増殖を調べた。
【0159】
(方法)
使用菌株としてE. coli K12 NBRC3301株を使用した。N源飢餓培養菌体を種菌として使用した。
【0160】
N源飢餓培養にはN源欠失培地であるN(-)培地を使用した。増殖試験用にはN(αN+X)Yk培地を使用した。ただし制限量のN源(αN)として:グルタミン(0.05 mg/mL)、酵母エキス(Y)(0.1 mg/mL),2ケトグルタル酸(k)(0.1 mg/mL)を使用した。
【0161】
培養条件 10mL/TT、35℃、130rpmで培養し、2日目(d2)及び4日目(d4)のOD値を測定した。
【0162】
(結果)
結果を図4に示す。E. coli K12の増殖(OD値)は制限量のN源の存在下にN源代替化合物としてNb, B, Si,又はSnなどを含有する有機または無機化合物を添加した場合に無添加対照より増加した。N源代替化合物の種類や増殖の増加は実施例5の場合より多い傾向が認められた。
【0163】
[実施例7]
実施例6の場合と同様の方法でE. coli K12 NBRC3301株を培養した。生育量をコロニー計数法で測定した。
【0164】
(方法)
実施例6の場合と同様に培養した。N源代替化合物の一部が水不溶性物資なので、この場合にも信頼できる結果を与えると思われるコロニ数で計測した。コロニー法は、培養液を10倍段階希釈した希釈液をGY寒天培地に播種し、35℃、2日間保温した後にコロニー数を計測した。
(結果)
結果を図5に示す。大腸菌のコロニー数はネオビウム、ケイ素、またはスズなどを含有する有機または無機化合物をN源代替化合物として添加した場合に無添加対照より増加した。また大腸菌の増殖はケイ素またはスズ化合物をN源代替化合物として添加した場合に用量に依存的に増加した。
【0165】
[実施例8]
実施例6の場合と同様の方法でB. subtilis Marburg NBRC13719株を培養した。N源飢餓培養菌体を種菌として使用した。
【0166】
(結果)
培養2日目(D2)及び6日目(D6)のOD値を図6に示す。B. subtilis Marburg株の増殖は、Ti, Nb, Si,またはSnなどを含有する有機または無機化合物をN源代替化合物として添加した場合に、無添加対照より増加した。
【0167】
[実施例9]
P源欠失培地であるP(―)培地に制限量のP源(αPと記す)とP源代替化合物(Xと記す)を添加したP源代替化合物添加培地であるP(αP+X)培地における大腸菌の増殖を調べた。
【0168】
(方法)
使用菌株としてE. coli K12 NBRC3301株を使用した。P源飢餓培養菌体を種菌として使用した。
【0169】
培地:P源飢餓培養にP源欠失培地であるP(-)培地、増殖試験にはP(-)培地にαP+Xを添加したP(αP+X)AA培地を使用した。ただし、制限量のP源(αP)としてKH2PO4(0.002 mg/mL)、P源代替化合物(X)として図中に示す化合物(0.5 mg/mL)を培地に添加して培養した。さらに20種アミノ酸混合物(AA,2.8 mg/mL)と緩衝剤glutamate Na(8 mg/mL)を増殖試験培地に添加した。
【0170】
培養条件 10 mL/TT、33℃、160rpm
使用菌株の種培養、その後飢餓培養、増殖試験培養などを以下の通り実施した。
【0171】
種菌をGY培地中33℃で1昼夜培養後、遠心で菌体を集めた。菌体をグルタミン酸緩衝洗浄液中、遠心で2回洗浄し、OD660 nmが約5になるように菌体濃度を調整しながらP(-)培地に洗浄菌体を再懸濁した。これを30℃で振盪し(すなわちP源飢餓培養し)、その後およそOD5の懸濁液を種菌液として使用培地に5-7%(v/v)播種し、33℃、140 rpmで振盪培養した。培養2日目(d2)及び3日目(d3)に少量を採取し、水で10倍希釈した液のOD 660 nmを測定して増殖量とした。
【0172】
(結果)
結果は図7に示す。E. coli K12株のP源飢餓培養菌体を用いた場合、増殖量(OD値)は、制限量のP源の存在下にP源代替化合物としてB, Si, Ge,またはSnなどを含有する化合物を添加した場合に無添加対照よりも増加した。比較のためにGY培地で増殖させたE. coli K12株の洗浄菌体を使用した場合、P源代替化合物の種類や増殖の増加は少ない傾向が認められた。
【0173】
[実施例10]
実施例9の場合と同様に制限量のP源(αPと記す)とP源代替化合物(Xと記す)を添加した培地におけるNocardia asteroidesの増殖を調べた。
【0174】
(方法)
使用菌株としてNocardia asteroidsNBRC15531株を使用した。洗浄菌体を種菌として使用した。
培地:増殖試験にP源代替化合物添加培地であるP(αP + X)AA 培地を使用した。ただし、制限量のP源(αP)としてKH2PO4(0.02 mg/mL)、P源代替化合物(X)として図中に示す化合物(0.3 mg/mL)を使用した。20種アミノ酸混合物(AA, 4.5 mg/mL)とグッドの緩衝剤MOPS(10.5 mg/mL)を増殖試験培地に添加した。Tween 20(0.1 mg/mL)をすべての培地、洗浄液に添加した。
【0175】
培養条件 10 mL/TT、35℃、140rpm
使用菌株の種培養、増殖試験培養などを以下の通り実施した。
【0176】
種菌をGY培地中33℃で2日間培養後、遠心で菌体を集めた。菌体をMOPS緩衝洗浄液中、遠心で2回洗浄し、その後OD5の懸濁液を種菌液として使用培地に5-7%(v/v)播種し、33℃、140rpmで振盪培養した。培養4日目(d4)に少量を採取し、水で10倍希釈した液のOD660 nmを測定して増殖量とした。
【0177】
(結果)
結果は図8に示す。Nocardia asteroides株の増殖量(OD値)は、制限量のP源の存在下にP源代替化合物としてB, Si, Snなどを含有する化合物を添加した場合に無添加対照よりも増加した。
【0178】
[実施例11]
実施例10と同様の方法で実施し、経時的にNocardia asteroidesの増殖を調べた。
【0179】
(結果)
結果を図9に示す。Nocardia asteroides株の増殖量(OD値)は、制限量のP源の存在下にP源代替化合物としてSi化合物以外に、Ge含有化合物を添加した場合も増加した。
【0180】
[実施例12]
S源欠失培地S(-)に制限量のS源(αSと記す)とS源代替化合物(Xと記す)を添加したS(αS+X)Yfa培地における大腸菌の増殖を調べた。
【0181】
(方法)
菌株としてE. coli K12 NBRC3301株を使用した。洗浄菌体を種菌として使用した。
【0182】
培地:増殖試験にはS(αS+X)Yfa培地、すなわちS源欠失培地S(-)に制限量のS源(αS)とS源代替化合物(X)を添加した培地を使用した。ただし 制限量のS源(αS)としてNa2SO4 0.01 mg/mL, S源代替化合物(X)(0.2mg/mL)として図に示す化合物、その他(Y)酵母エキス(0.1),(f)オレイン酸Na(0.1),(a)アミノ酸として含硫アミノ酸のメチオニンとシステインを除く18種アミノ酸の混合物(4.8 mg/mL)、緩衝剤としてグルタミン酸Na(6 mg/mL)を添加した。
【0183】
培養条件 10mL/TT、35℃、130rpm
使用菌株の種培養、増殖試験培養などを以下の通り実施した。
【0184】
種菌をGY培地中33℃で1昼夜培養後、遠心で菌体を集めた。菌体をグルタミン酸Na緩衝洗浄液中、遠心で2回洗浄し、その後OD5付近になるように懸濁液を作成した。これを種菌液として使用培地に5-7%(v/v)播種し、33℃、140rpmで振盪培養した。培養1日目(d1)と3日目(d3)に少量を採取し、水で10倍希釈した液のOD660 nmを測定して増殖量とした。
【0185】
(結果)
結果を図10に示す。E. coli K12株の増殖は使用したS源代替化合物の存在下に無添加対照とほぼ同じであった。
【0186】
[実施例13]
S代謝の欠損した大腸菌変異株を用い、実施例12の場合と同様にS源欠失培地S(-)に制限量のS源(αS)とS源代替化合物(Xと記す)を添加したS(αS+X)fa培地で培養し増殖を調べた。
【0187】
(方法)
菌株としてE. coli K12 NBRC3993(met-)株を使用した。試験例(表4)に示す通り、この菌株はL-システインとL-メチオニンの両方を(合計0.2 mg/mL以上)添加した培地で旺盛に生育することを確認した。洗浄菌体を種菌として使用した。
【0188】
培地:実施例12の場合に準じて増殖試験にはS(αS+X)fa培地を使用した。すなわちS源欠失培地S(-)に制限量のS源(αS)とS源代替化合物(X)を添加した培地を使用した。ただし 制限量のS源(αS):L-システインとL-メチオニンの両方合計0.01 mg/mL, 図11に示すS源代替化合物(X)(0.2 mg/mL)、その他実施例12の場合と同様に(Y)酵母エキス(0.1),(f)オレイン酸Na(0.1),(a)含硫アミノ酸を除く18種アミノ酸の混合物(4.8 mg/mL)、緩衝剤としてグルタミン酸Na(6 mg/mL)を添加した。
【0189】
培養条件 10mL/TT、35℃、130rpm、実施例12の場合と同様に実施し、毎日ODを測定し、2日目(d2)及び3日目(d3)の結果を示す。
【0190】
(結果)
結果を図11に示す。
【0191】
E. coli K12由来の含硫アミノ酸要求変異株NBRC 3993 の増殖量(OD値)は、制限量のS源の存在下にS源代替化合物としてV, Mo, W. B, Si, Ge, Sn, As,またはTeをなどで構成される化合物を添加した場合に無添加対照よりも増加した。この結果は親株を使用した実施例12の結果と対照的である。NBRC3993は変異によりS代謝が欠損しており、しかも培地中に供給する含硫アミノ酸量を制限したので、菌体内S含量が低下しており、この状況ではS元素を含有していない多様な化合物を取り込みやすくなったことによると考えられる。
【0192】
[実施例14]
大腸菌の変異株を用いた実施例13(図11)の試験で使用しなかった別のS源代替化合物を用いて試験した結果を示す。
【0193】
(方法)
使用菌株と増殖試験培地は酵母エキス添加料を0.005 mg/mLとする以外は実施例13と同様に実施した。培養1日目(d1)と2日目(d2)の結果を示す。
【0194】
(結果)
結果を図12に示す。
【0195】
E. coli変異株NBRC 3993 の増殖量(OD値)は、制限量のS源の存在下にS源代替化合物としてLa, Nd, Erなどの元素を含有する化合物を添加した場合、無添加対照より増加した。実施例13の結果から陽性対照として用いたB, Si含有化合物は予想通り生育を促進した。
【0196】
[実施例15]
E. coli K12 cys met変異株がSiを利用して増殖するときSi用量と増殖の関係を調べた。
【0197】
(方法)
菌株としてE. coli K12 NBRC3301株とE. coli K12 NBRC3993(met-)株を使用した。
【0198】
培地: 実施例13の場合に準じて増殖試験にはS(αS+X)fa培地、すなわちS源欠失培地S(-)に制限量のS源(αS)とS源代替化合物、さらにオレイン酸(fと略記する)とアミノ酸(aと記す)を添加した培地を使用した。E. coli K12 NBRC3301株(親株)の場合、制限量のS源(αS)としてNa2SO4(0.01 mg/mL)を添加し、E.coli K12 NBRC3993 変異株の場合、制限量のS源(αS)としてL-システインとL-メチオニンの両方合計0.02 mg/mLを添加した。さらにS源代替化合物としてケイ酸ナトリウムの濃度を変化させて加えた。
【0199】
培養条件 20 mL/三角フラスコ、35℃、130rpm。
【0200】
(結果)
培養2日目の結果を図13に示す。E. coli K12 NBRC3301株(親株)の増殖量はケイ酸ナトリウムの用量に依存しなかった。一方E. coli K12の変異株NBRC3993(met-)株の増殖はケイ酸ナトリウムの用量に依存した。この結果はE. coli K12の変異株NBRC3993(met-)株が使用した条件下でケイ酸を必須化合物として取り込み、増殖したことを示唆する。また、実施例12、13、及び14の結果と正に対応している。
【0201】
[実施例16]
大腸菌(親株)をS源飢餓培養1代と馴化培養を5代継続した後、この菌株を使用して制限量のS源と無機ケイ素化合物存在下で増殖させた菌体を元素分析しケイ素含量を計測した。
【0202】
(方法)
使用菌株:E. coli K12NBRC3301株を使用した。S源飢餓培養菌体を種菌として使用した。
【0203】
培地:S源飢餓培養にはS源欠失培地S(-)fa培地を、馴化培養にはS代替化合物として二ケイ素酸ナトリウム(dSiと略記する。表2,表3を参照)を用いたS(dSi)fa培地を、また増殖試験にはS源代替化合物添加培地であるS(αS+dSi)fa培地、すなわちS(-)faに制限量のS源(αS)とケイ素化合物を添加した培地を使用した。ただし制限量のS源(αS)(mg/mL):硫酸ナトリウム(ゼロまたは0.02), S源代替化合物として二ケイ酸ナトリウム(dSi, 0.4)、その他オレイン酸Na(0.1),含硫アミノ酸のメチオニンとシステインを除く18種アミノ酸の混合物(4.8 mg/mL)、緩衝剤としてグルタミン酸Na(8 mg/mL)を添加した。
【0204】
(培養方法)
培養と分析は以下の通り実施した。
【0205】
1.S源飢餓培養と馴化培養
E. coli K12 NBRC3301株をGY培地で種培養し、次に菌体をS(-)fa培地に移しS源飢餓培養した。次にS飢餓培養菌体をS源無添加、かつケイ素化合物としてdSiを添加したS(dSi)fa培地に懸濁し、100 mL 容の三角フラスコ中S(dSi)fa培地(20 mL)で、35℃にて馴化培養した。馴化培養で継代を5回繰り返した。最後に菌体を遠心で集め、菌体を冷所に保存した。
【0206】
2.菌体採取用の培養
次に馴化培養し保存した菌体を使用してS(dSi)fa培地で2代種培養した。これをプラスチックス製500mL容角形ラスコ中120mLのS(αS+dSi)fa培地に播種し、35℃で2−4日培養した。
【0207】
培養終了後、菌体を遠心で集め、グルタミン酸ナトリウム緩衝液で洗浄し、約10 mLに濃縮した。濃縮液を60-65℃で30分保温して大腸菌を不活化して、冷所に保存した。
【0208】
3.菌体の元素分析
菌体の元素分析はICP-MS法(誘導結合プラズマイオン質量分析,Inductively combined plasma ion trapping mass spectrometry)によった。菌体試料を硝酸分解し、60 mLにメスアップし、この一部を機器に負荷して元素分析した。測定後、元の培養液中の濃度に換算して示す。
【0209】
(結果)
まず、S(dSi)fa培地における馴化培養において、1代目から5代目までの培養終了時のOD値は以下の通りであった。培養フラスコ2-3本の平均値を示す。培養開始のOD値は0.4 -0.5であった。
【0210】
(培養日数、OD 660 nm) (1) d 13, OD 2.13, (2) d 9, OD 2.00, (3) d 7, OD 1.91, (4) d 3, OD 1.93, (5) d 3, OD 3.22 。
【0211】
次に、制限量のS源と二ケイ酸ナトリウム (dSi) 存在下の培養とケイ素含量の測定結果を 表7に示す。S含量は試験#1と#2の陽性対照において49 - 67 mcg(マイクログラム、以下同様)/mL であった。試験番号#3では培地S源を制限量にした結果、S含量は9.6 mcg/mL に低下した。一方、ケイ素含量は#1と#2は低い値であったが、ケイ素存在下で増殖した#3と#4では50-100倍増加した。リン酸含量の変動は穏やかであった。
【0212】
この結果は、本特許の培養方法を用いた場合、大腸菌K12株の菌体内S含量を低下させ、同時にケイ素含量を増加させることができることを示す。
【表7】
【0213】
[実施例17]
Nocardiaの株の馴化培養の成績を示す。
【0214】
S源欠失培地S(-)に制限量のS源(αS)とS源代替化合物(X)を添加した培地でNocardia属の菌株を生育させ、続いて同じ組成の培地に継代し、馴化培養を続けた。
【0215】
(方法)
使用菌株はN. asteroides NBRC15531株である。種培養後にS(―)fa培地に懸濁してS飢餓培養をした菌体を種菌として使用した。
【0216】
培地、培養条件:種培養培地と増殖培地などに界面活性剤tween20(0.1 mg/mL)を添加した。ほかの条件は、実施例13の場合と同様に実施した。Nocardia属の菌株を振盪培養し、培養終了時にそれぞれ同じ組成の培地に継代培養する馴化培養を3回繰り返した。馴化培養1代目の6日目(T1d6),馴化培養2代目の6日目(T2d6), 及び馴化培養3代目の8日目(T3d8)の結果を示す。ただし、noneとSでは、馴化培養の2代目、3代目の測定を実施しなかった。
【0217】
(結果)
結果は図14に示す。N. asteroides NBRC15531株はS源代替化合物としてW, Siなどを含む化合物を添加した場合に無添加対照よりもOD値が増加した。OD値は1代目より3代目の方が高い傾向が認められた。 また、この結果は1代目の比較で無添加対照との差がわずかであっても、2代目以降にはより大きな差になる場合があることをしめす。
【0218】
[実施例18]
S源欠失培地S(-)に制限量のS 源(αS)とS源代替化合物(X)を添加した培地で酵母を生育させ、続いて同じ組成の培地で継代培養を繰り返した場合の増殖を調べた。
【0219】
(方法)
使用菌株はP. pastoris NBRC10777である。洗浄菌体を種菌として使用した。本株はビオチン要求性なので、種培養用のGY培地と試験培養培地に添加した。
【0220】
培地:増殖試験にはS(αS+X)bfa培地、すなわちS源欠失培地S(-)faに制限量のS 源(αS)とS源代替化合物(X)を添加した培地を使用した。ただし制限量のS源(αS)(mg/mL):二硫酸カリウム(0.002),図にしめすS源代替化合物(X)(0.2)、その他ビオチン(0.001),オレイン酸Na(0.1),含硫アミノ酸のメチオニンとシステインを除く18種アミノ酸の混合物(4.8 mg/mL)、緩衝剤としてグルタミン酸Na(8 mg/mL)を添加した。
【0221】
培養条件 100 mL/500 mL容角型フラスコ、27℃、130rpm
(結果)
結果を図15に示す。
【0222】
1代目の培養2日目の菌体を洗浄しこれを種菌として同じ培地に播種し2代目として馴化培養した。これを第4代まで継続した。図15は、馴化培養2代目の5日目(T2d5)、馴化培養3代目の5日目(T3d5)、及び馴化培養4代目の6日目(T4d6)の結果を示す。P. pastoris NBRC10777株はS源代替化合物としてB, Si, Ge, Teなどを含む化合物を添加した場合に無添加対照よりもOD値が増加した。OD値の増加は2代より4代目の方が高い傾向が認められた。
【0223】
[実施例19]
上記の実施例以外に、本特許の研究過程の各種試験においても、種々の非必須元素が本発明の微生物に取り込まれる事例を観察した。実施例と各種試験の両方の成績を基に、本発明の培養方法により取込まれた非必須元素の例を微生物別に表8にまとめて示した。表8において例えば大腸菌K12株は本発明の各種の条件下で培養した場合、非必須元素の1ないし2以上を構成元素とする種々の化合物を利用して増殖し、その結果、合計13種の元素を取込むことが出来た。また、他の微生物での成績を総合すると、少なくとも合計15種の元素が細菌5種と酵母2種の7株により必須元素として取込まれることが明らかになった。
【表8】
【0224】
菌株名は以下のとおりである。
【0225】
E. coli: Escherichia coli, B. subtilis: Bacillus subtilis, C. glutamicum: Corynebacterium glutamicum, M. smegmatis: Mycobacterium smegmatis, N. asteroides: Nocardia asteroides, (以上細菌), P. pastoris: Pichia pastoris, S. cerevisiae: Saccharomyces cerevisiae (以上酵母)。
【産業上の利用可能性】
【0226】
本願発明は、有用物質生産をはじめとし、農業、食品、医薬、美容、環境、素材産業など広い産業分野で利用することができる。
【0227】
本発明の微生物培養法は以下の特徴を有する。
【0228】
(1)従来、一般微生物の菌体に存在することが知られなかった15種以上の非必須元素の1ないし2以上を既存の微生物に取込ませることを可能にする。
【0229】
(2)非必須元素を効率的に取り込ませることを可能にする。大腸菌K12株に適用した場合、10種以上の非必須源を取り込ませることが出来る。含Si化合物を添加した培地で大腸菌を増殖させた場合、用量依存的に増殖して菌体内にSi元素を取込んだので、菌体構成物質に取り込まれたと理解される。また、対照の菌体より50倍以上の含量で菌体内に存在した。本発明の方法を他の細菌および真菌に適用することができる。その結果多数の非必須元素を効率よく取り込ませることが出来る。
【0230】
(3)本発明では安全と信じられている元素や、また毒性は低いと経験的に知られている元素の化合物を使用して、既存の微生物に取り込ませることに成功した。こうして得られる微生物菌体は元の株に比較して、新しい元素を含有し、新しい代謝機能と新しい物質生産能力を獲得したと期待される。
【0231】
(4)従来の微生物が物質生産において高い有用性を有するのと同様に、本発明で得られる微生物菌体は医薬品生産、ワクチン生産、および食品の生産などに有用であると期待される。
【0232】
(5)本発明で得られる微生物菌体は環境中から有用もしくは有害な金属の回収技術、もしくは除去技術の開発に有用であると期待される。環境負荷物質の分解にも有用である。
【0233】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15