特許第6202659号(P6202659)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6202659
(24)【登録日】2017年9月8日
(45)【発行日】2017年9月27日
(54)【発明の名称】癌組織の不均一性マーカー及びその使用
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20060101AFI20170914BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20170914BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20170914BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20170914BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20170914BHJP
   C07K 16/18 20060101ALI20170914BHJP
   C12N 5/09 20100101ALI20170914BHJP
【FI】
   C12Q1/68 AZNA
   C12M1/00 A
   C12N15/00 A
   G01N33/50 P
   G01N33/68
   C07K16/18
   C12N5/09
【請求項の数】26
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2017-503971(P2017-503971)
(86)(22)【出願日】2016年6月30日
(86)【国際出願番号】JP2016069529
(87)【国際公開番号】WO2017002943
(87)【国際公開日】20170105
【審査請求日】2017年1月23日
(31)【優先権主張番号】特願2015-133033(P2015-133033)
(32)【優先日】2015年7月1日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】学校法人慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】佐谷 秀行
(72)【発明者】
【氏名】有馬 好美
(72)【発明者】
【氏名】千場 隆
【審査官】 野村 英雄
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2014/0100121(US,A1)
【文献】 国際公開第2013/116144(WO,A1)
【文献】 特表2012−525159(JP,A)
【文献】 特表2009−513161(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/144804(WO,A1)
【文献】 特表2013−507987(JP,A)
【文献】 特表2007−527220(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/064702(WO,A1)
【文献】 "Homo sapiens calmodulin-like 3 (CALML3), mRNA.",[online], インターネット,GenBank,2014年 9月 6日,Ver.3,Accession No. NM_005185,[検索日:平成29年2月23日],URL,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/635574597?sat=21&satkey=53615290
【文献】 "Homo sapiens biglycan (BGN), mRNA.",[online], インターネット,GenBank,2015年 3月15日,Ver.4,Accession No. NM_001711,[検索日:平成29年2月23日],URL,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/268607602?sat=21&satkey=51223827
【文献】 "Homo sapiens chloride channel accessory 2 (CLCA2), mRNA.",[online], インターネット,GenBank,2015年 3月15日,Ver.5,Accession No. NM_006536,[検索日:平成29年2月23日],URL,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/187761335?sat=4&satkey=136622903
【文献】 "Homo sapiens cystatin A (stefin A) (CSTA), mRNA.",[online], インターネット,GenBank,2015年 3月15日,Ver.3,Accession No. NM_005213,[検索日:平成29年2月23日],URL,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/61743964?sat=4&satkey=136633760
【文献】 "Homo sapiens aldehyde dehydrogenase 1 family, member A1 (ALDH1A1), mRNA.",[online], インターネット,GenBank,2015年 3月15日,Ver.4,Accession No. NM_000689,[検索日:平成29年2月23日],URL,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/327365354?sat=21&satkey=51816339
【文献】 "Homo sapiens nerve growth factor receptor (NGFR), mRNA.",[online], インターネット,GenBank,2015年 3月15日,Ver.3,Accession No. NM_002507,[検索日:平成29年2月23日],URL,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/295842401?sat=4&satkey=136635976
【文献】 "Homo sapiens S100 calcium binding protein A8 (S100A8), mRNA.",[online], インターネット,GenBank,2015年 3月15日,Ver.4,Accession No. NM_002964,[検索日:平成29年2月23日],URL,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/315221156?sat=4&satkey=136650194
【文献】 "PREDICTED: Homo sapiens elastin (ELN), transcript variant X1, mRNA.",[online], インターネット,GenBank,2015年 3月12日,Ver.1,Accession No. XM_011515868,[検索日:平成29年2月23日],URL,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/767946999?sat=4&satkey=136442212
【文献】 "Homo sapiens SNRPN upstream reading frame (SNURF), transcript variant 1, mRNA.",[online], インターネット,GenBank,2015年 3月15日,Ver.3,Accession No. NM_005678,[検索日:平成29年2月23日],URL,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/29540557?sat=4&satkey=136622067
【文献】 "Homo sapiens lectin, galactoside-binding, soluble, 7 (LGALS7), mRNA.",[online], インターネット,GenBank,2015年 3月15日,Ver.3,Accession No. NM_002307,[検索日:平成29年2月23日],URL,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/194688138?sat=4&satkey=136627445
【文献】 YANG, X. et al.,"Microcirulatory fraction (MCF1) as a potential imaging marker for tumor heterogeneity in breast cancer.",MAGNETIC RESONANCE IMAGING,2012年10月,Vol.30, No.8,P.1059-1067,ISSN 1541-2016
【文献】 YIP, C. et al.,"Primary esophageal cancer: heterogeneity as potential prognostic biomarker in patients treated with definitive chemotherapy and radiation therapy.",RADIOLOGY,2014年 1月,Vol.270, No.1,P.141-148,ISSN 0033-8419
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−7/08
C12N 15/00−15/90
C07K 1/00−19/00
C12Q 1/00− 3/00
G01N 33/48−33/98
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Calmodulin−like protein 3(CALML3)、Biglycan(BGN)、Chloride channel accessory 2(CLCA2)、Cystatin A(CSTA)、Aldehyde dehydrogenase 1 family,member A1(ALDH1A1)、Nerve growth factor receptor(NGFR)、S100−calcium−binding protein A8(S100A8)、Elastin(ELN)、SNRPN upstream reading frame(SNURF)及びGalectin−7(LGALS7)からなる群より選択される遺伝子の、その存在の有無によって癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの情報を提供するためのマーカーとしての使用
【請求項2】
癌の予後についての情報を提供する、請求項1に記載の使用
【請求項3】
請求項1又は2に記載の使用のための、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のcDNAを増幅するためのプライマーを含むキット。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の使用のための、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAに特異的にハイブリダイズするプローブを含むキット。
【請求項5】
CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される遺伝子にコードされるタンパク質の、その存在の有無によって癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの情報を提供するためのマーカーとしての使用
【請求項6】
癌の予後についての情報を提供する、請求項に記載の使用
【請求項7】
請求項5又は6に記載の使用のための、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子にコードされるタンパク質に対する特異的結合物質を含むキット。
【請求項8】
前記特異的結合物質が抗体又は抗体断片である、請求項7に記載のキット。
【請求項9】
CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のcDNAを増幅するためのプライマーセット、
CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAに特異的にハイブリダイズするプローブ、又は
CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子にコードされるタンパク質に対する特異的結合物質、
を備える、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用キット。
【請求項10】
癌の予後判定用である、請求項に記載のキット。
【請求項11】
癌組織試料中の、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現を検出する検出工程と、前記遺伝子の発現が検出された場合に前記癌組織試料は不均一な癌細胞集団を含むと判定する工程と、を備える、癌組織試料が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定方法。
【請求項12】
前記検出工程は、前記遺伝子のmRNAを検出することにより行われる、請求項11に記載の判定方法。
【請求項13】
前記検出工程は、前記遺伝子がコードするタンパク質を検出することにより行われる、請求項11に記載の判定方法。
【請求項14】
前記癌組織試料が、乳癌、メラノーマ、肺癌又は膵臓癌に由来するものである、請求項1113のいずれか一項に記載の判定方法。
【請求項15】
前記乳癌が、エストロゲン受容体(−)プロゲステロン受容体(−)HER2(−)乳癌である、請求項14に記載の判定方法。
【請求項16】
不均一な前記癌細胞集団が、ZEB1(+)CLDN1(−)細胞及びZEB1(−)CLDN1(+)細胞を含む、請求項1115のいずれか一項に記載の判定方法。
【請求項17】
癌の予後についての情報を提供する、請求項1116のいずれか一項に記載の判定方法。
【請求項18】
単独の移植では腫瘍を形成しにくい癌細胞と、単独の移植でも腫瘍を形成する癌細胞とを混合して非ヒト動物に移植する工程を備える、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される遺伝子又はタンパク質を発現する、不均一な癌細胞集団の製造方法。
【請求項19】
単独の移植でも腫瘍を形成する前記癌細胞がZEB1(+)CLDN1(−)細胞であり、単独の移植では腫瘍を形成しにくい前記癌細胞がZEB1(−)CLDN1(+)細胞である、請求項18に記載の製造方法。
【請求項20】
単独の移植でも腫瘍を形成する前記癌細胞又は単独の移植では腫瘍を形成しにくい前記癌細胞が、ヒト由来の癌細胞である、請求項18又は19に記載の製造方法。
【請求項21】
単独の移植では腫瘍を形成しにくい癌細胞と単独の移植でも腫瘍を形成する癌細胞とを混合して非ヒト動物に移植することにより得られ、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される遺伝子又はタンパク質を発現する、不均一な癌細胞集団。
【請求項22】
単独の移植でも腫瘍を形成する前記癌細胞がZEB1(+)CLDN1(−)細胞であり、単独の移植では腫瘍を形成しにくい前記癌細胞がZEB1(−)CLDN1(+)細胞である、請求項21に記載の不均一な癌細胞集団。
【請求項23】
単独の移植でも腫瘍を形成する前記癌細胞又は単独の移植では腫瘍を形成しにくい前記癌細胞が、ヒト由来の癌細胞である、請求項21又は22に記載の不均一な癌細胞集団。
【請求項24】
生体から単離された、請求項21〜23のいずれか一項に記載の不均一な癌細胞集団。
【請求項25】
請求項21〜24のいずれか一項に記載の不均一な癌細胞集団に抗癌剤を投与する工程を備える、抗癌剤による治療効果の評価方法
【請求項26】
請求項21〜24のいずれか一項に記載の不均一な癌細胞集団に抗癌剤を投与する工程を備える、抗癌剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌組織の不均一性マーカー及びその使用に関する。より具体的には、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカー、タンパク質マーカー、キット、及び癌組織試料が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定方法に関する。本願は、2015年7月1日に、日本に出願された特願2015−133033号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
1つの癌組織中に性質の異なる癌細胞が混在している場合があることが知られている。このような状態は、腫瘍内不均一性(intratumor heterogeneity)と呼ばれ、癌治療を困難にしている一因であると考えられている(例えば、非特許文献1を参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Inda M. M., et al., Tumor heterogeneity is an active process maintained by a mutant EGFR-induced cytokine circuit in glioblastoma., Genes Dev., 24(16), 1731-1745, 2010.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来、癌組織の不均一性(癌組織が不均一な癌細胞集団を含む状態)を判定する方法は知られていなかった。そこで、本発明は、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカーを提供することを目的とする。本発明はまた、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用タンパク質マーカー、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用キット、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は以下の通りである。
(1)Calmodulin−like protein 3(CALML3)、Biglycan(BGN)、Chloride channel accessory 2(CLCA2)、Cystatin A(CSTA)、Aldehyde dehydrogenase 1 family,member A1(ALDH1A1)、Nerve growth factor receptor(NGFR)、S100−calcium−binding protein A8(S100A8)、Elastin(ELN)、SNRPN upstream reading frame(SNURF)及びGalectin−7(LGALS7)からなる群より選択される、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカー。
(2)CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される遺伝子にコードされる、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用タンパク質マーカー。
(3)CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される遺伝子、又は前記遺伝子にコードされるタンパク質からなる、癌の予後判定用マーカー。
(4)CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のcDNAを増幅するためのプライマーセット、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAに特異的にハイブリダイズするプローブ、又はCALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子にコードされるタンパク質に対する特異的結合物質、を備える、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用キット。
(5)CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のcDNAを増幅するためのプライマーセット、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAに特異的にハイブリダイズするプローブ、又はCALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子にコードされるタンパク質に対する特異的結合物質、を備える、癌の予後判定用キット。
(6)癌組織試料中の、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現を検出する検出工程と、前記遺伝子の発現が検出された場合に前記癌組織試料は不均一な癌細胞集団を含むと判定する工程と、を備える、癌組織試料が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定方法。
(7)前記検出工程は、前記遺伝子のmRNAを検出することにより行われる、(6)に記載の判定方法。
(8)前記検出工程は、前記遺伝子がコードするタンパク質を検出することにより行われる、(6)に記載の判定方法。
(9)前記癌組織試料が、乳癌、メラノーマ、肺癌又は膵臓癌に由来するものである、(6)〜(8)のいずれかに記載の判定方法。
(10)前記乳癌が、エストロゲン受容体(−)プロゲステロン受容体(−)HER2(−)乳癌である、(9)に記載の判定方法。
(11)不均一な前記癌細胞集団が、ZEB1(+)CLDN1(−)細胞及びZEB1(−)CLDN1(+)細胞を含む、(6)〜(10)のいずれかに記載の判定方法。
(12)癌組織試料中の、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現を検出する検出工程と、前記遺伝子の発現が検出された場合に前記癌組織試料が由来する患者は予後不良であると判定する工程と、を備える、癌の予後判定方法。
(13)CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される遺伝子を発現する、不均一な癌細胞集団。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカー及びcDNAマーカーを提供することができる。また、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用タンパク質マーカー、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用キット、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】(a)は、複数の乳癌細胞株におけるZEB1遺伝子の発現の解析結果を示すグラフである。(b)は、複数の乳癌細胞株におけるCLDN1遺伝子の発現の解析結果を示すグラフである。
図2】実験例3の結果を示すグラフである。
図3】(a)は、癌組織の薄切組織標本を抗ZEB1抗体で染色した結果を示す写真である。(b)は、(a)とほぼ同視野の薄切組織標本を抗CLDN1抗体で染色した結果を示す写真である。
図4】(a)及び(b)は、実験例6の結果を示すグラフである。
図5】実験例7の結果を示すグラフである。
図6】実験例8の解析結果を示す図である。
図7】(a)〜(j)は、実験例10の結果を示す写真である。
図8】(a)〜(j)は、実験例11の定量的リアルタイムPCRの結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用マーカー]
1実施形態において、本発明は、CALML3(Calmodulin−like protein 3、アクセッション番号:NM_005185、配列番号25)、BGN(Biglycan、アクセッション番号:NM_001711、配列番号26)、CLCA2(Chloride channel accessory 2、アクセッション番号:NM_006536、配列番号27)、CSTA(Cystatin A(Stefin A)、アクセッション番号:NM_005213、配列番号28)、ALDH1A1(Aldehyde dehydrogenase 1 family,member A1、アクセッション番号:NM_000689、配列番号29)、NGFR(Nerve growth factor receptor、アクセッション番号:NM_002507、配列番号30)、S100A8(S100−calcium−binding protein A8、アクセッション番号:NM_002964、配列番号31)、ELN(Elastin、アクセッション番号:NM_000501、配列番号32)、SNURF(SNRPN upstream reading frame、アクセッション番号:NM_005678、配列番号33)及びLGALS7(Galectin−7、アクセッション番号:NM_002307、配列番号34)からなる群より選択される、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカー及びこれらの遺伝子のcDNAであるcDNAマーカーを提供する。
【0009】
すなわち、本実施形態のマーカーは、CALML3 cDNA、BGN cDNA、CLCA2 cDNA、CSTA cDNA、ALDH1A1 cDNA、NGFR cDNA、S100A8 cDNA、ELN cDNA、SNURF cDNA及びLGALS7 cDNAからなる群より選択される、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用cDNAマーカーであってもよい。
【0010】
実施例において後述するように、発明者らは、単独の移植では腫瘍を形成しない細胞株と、単独の移植でも腫瘍を形成する細胞株とを混合してヌードマウスに移植することにより、予想外にも不均一な細胞集団からなる癌組織を作製することができた。そして、不均一な癌細胞集団を含む癌組織において特異的に発現する遺伝子として、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7を同定したことにより、本発明を完成した。
【0011】
したがって、癌組織中にこれらの遺伝子のいずれか1つ又は複数の発現が検出された場合、当該癌組織は不均一な癌細胞集団を含んでいると判断することができる。
【0012】
また、実施例において後述するように、発明者らは、不均一な癌細胞集団を含む癌組織は、予後が悪い傾向にあることを見出した。したがって、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される遺伝子及びcDNAは、癌の予後判定用遺伝子マーカーであるということもできる。
【0013】
癌組織中にこれらの遺伝子のいずれか1つ又は複数の発現が検出された場合、当該癌組織を有する癌患者は予後が悪いと予測することができる。
【0014】
本明細書において、予後が悪いとは、癌細胞の増殖が速い、癌の転移能が高い、癌組織の抗癌剤耐性が高い、又は患者の生存率が低いこと等を意味する。
【0015】
上記の遺伝子マーカーは、オータネーティブスプライシング等による上記遺伝子のスプライシングバリアントであってもよい。また、上記の遺伝子マーカーは、1塩基多型(SNP)等を含む上記遺伝子の変異体であってもよい。
【0016】
また、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用マーカーは、上記の遺伝子にコードされるタンパク質であってもよい。すなわち、判定用マーカーはタンパク質マーカーであってもよい。
【0017】
また、上述した遺伝子マーカーと同様に、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される遺伝子にコードされるタンパク質は、癌の予後判定用タンパク質マーカーであるということもできる。
【0018】
癌組織における上記の遺伝子マーカー又はタンパク質マーカーの発現は、RT−PCR、DNAアレイ解析、ノーザンブロッティング、免疫染色、ELISA、ウエスタンブロッティング、フローサイトメトリー解析等により検出することができる。
【0019】
癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用マーカーとしては、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7遺伝子、cDNA、又は当該遺伝子にコードされるタンパク質の中でも、特にCALML3、CLCA2、CSTA及びLGALS7遺伝子、cDNA、又は当該遺伝子にコードされるタンパク質がより好ましい。実施例において後述するように、CALML3、CLCA2、CSTA及びLGALS7遺伝子は、実際にヒト乳癌の臨床検体において発現が確認できている。
【0020】
[癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用キット]
1実施形態において、本発明は、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のcDNAを増幅するためのプライマーセット、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAに特異的にハイブリダイズするプローブ、又はCALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子にコードされるタンパク質に対する特異的結合物質、を備える、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用キットを提供する。
【0021】
上述したように、癌組織中に上記の遺伝子のいずれか1つ又は複数の発現が検出された場合、当該癌組織を有する癌患者は予後が悪いと予測することができる。したがって、本実施形態のキットは、癌の予後判定用キットであるということもできる。
【0022】
(プライマーセット)
本実施形態のキットは、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のcDNAを増幅するためのプライマーセットを備えていてもよい。
【0023】
プライマーセットは、これらの遺伝子のcDNAの少なくとも1部を増幅することができれば、その配列は特に限定されない。具体的なプライマーセットの塩基配列としては、一例として、実施例において後述するものを挙げることができる。
【0024】
上記のプライマーセットを構成する少なくとも一方のプライマーは、上記のいずれかの遺伝子の塩基配列においてエクソンとエクソンとの境目を含む塩基配列を有していてもよい。このようなプライマーは自然界には存在しない塩基配列を有している。
【0025】
(プローブ)
本実施形態のキットは、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子のmRNAに特異的にハイブリダイズするプローブを備えていてもよい。
【0026】
プローブは、例えば上記の遺伝子のmRNAの少なくとも1部の塩基配列に相補的な塩基配列を有する核酸断片であってもよい。また、プローブは、安定性やハイブリダイゼーション時の特異性等を向上させる等の目的で、種々の化学修飾を有していてもよい。例えば、ヌクレアーゼ等の加水分解酵素による分解を抑制するために、リン酸残基を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネート等の化学修飾リン酸残基に置換してもよい。また、少なくとも一部がペプチド核酸(PNA)等の核酸類似体により構成されていてもよい。
【0027】
また、上記のプローブは、上記のいずれかの遺伝子の塩基配列においてエクソンとエクソンとの境目を含む塩基配列を有していてもよい。このようなプローブは自然界には存在しない塩基配列を有している。
【0028】
プローブは固相上に固定されていてもよい。固相としては、例えば、ビーズ、板状基板、膜等が挙げられる。
【0029】
プローブは、例えば、板状基板の表面に固定されてマイクロアレイを形成していてもよい。この場合、例えば、癌組織試料からRNAを抽出して蛍光物質で標識し、マイクロアレイとハイブリダイゼーションさせてマイクロアレイ上のプローブに結合したRNAを検出することにより、癌組織中に上記の遺伝子の発現を検出することができる。上記の遺伝子のいずれか1つ又は複数の発現が検出された場合、当該癌組織は不均一な癌細胞集団を含んでいると判断することができる。
【0030】
(特異的結合物質)
本実施形態のキットは、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子にコードされるタンパク質に対する特異的結合物質を備えていてもよい。
【0031】
特異的結合物質としては、例えば、抗体、抗体断片、アプタマー等が挙げられる。抗体は、例えば、マウス等の動物に上記のタンパク質を抗原として免疫することにより作製することができる。あるいは、ファージライブラリー等の抗体ライブラリーのスクリーニング等により作製することができる。また、抗体断片としては、Fv、Fab、scFv等が挙げられる。上記の抗体又は抗体断片は、ポリクローナルであってもよく、モノクローナルであってもよい。
【0032】
アプタマーとは、標識物質に対する特異的結合能を有する物質である。アプタマーとしては、核酸アプタマー、ペプチドアプタマー等が挙げられる。上記のタンパク質に特異的結合能を有する核酸アプタマーは、例えば、systematic evolution of ligand by exponential enrichment(SELEX)法等により選別することができる。また、上記のタンパク質に対する特異的結合能を有するペプチドアプタマーは、例えば酵母を用いたTwo−hybrid法等により選別することができる。
【0033】
特異的結合物質は、上記のタンパク質に特異的に結合することができれば特に制限されず、市販のものであってもよい。
【0034】
例えば、固定した癌組織の薄切標本を上記の特異的結合物質を用いて免疫染色することにより、上記のタンパク質の存在を検出することができる。上記のタンパク質の存在の検出は、ウエスタンブロッティング法により行ってもよいし、ELISA法により行ってもよいし、フローサイトメトリー解析等により行ってもよい。
【0035】
上記のタンパク質のいずれか1つまたは複数の存在は、癌組織が不均一な癌細胞集団を含んでいることを示す。
【0036】
[癌組織試料が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定方法]
1実施形態において、本発明は、癌組織試料中の、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される少なくとも1つの遺伝子の発現を検出する検出工程と、前記遺伝子の発現が検出された場合に前記癌組織試料は不均一な癌細胞集団を含むと判定する工程と、を備える、癌組織試料が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定方法を提供する。
【0037】
上述したように、癌組織試料中に上記の遺伝子のいずれか1つ又は複数の発現が検出された場合、当該癌組織を有する癌患者は予後が悪いと予測することができる。したがって、本実施形態の判定方法は、癌の予後判定方法であるということもできる。
【0038】
上記の検出工程は、上記遺伝子のmRNAを検出することにより行われてもよい。あるいは、上記の検出工程は、上記遺伝子がコードするタンパク質を検出することにより行われてもよい。
【0039】
上記遺伝子のmRNAの検出は、RT−PCR、DNAアレイ解析、ノーザンブロッティング等により行うことができる。また、上記遺伝子がコードするタンパク質の検出は、免疫染色、ELISA、ウエスタンブロッティング、フローサイトメトリー解析等により行うことができる。
【0040】
上記の遺伝子のいずれか1つ又は複数の発現が検出された場合、当該癌組織試料は不均一な癌細胞集団を含んでいると判断することができる。
【0041】
上記の癌組織試料は、乳癌、メラノーマ、肺癌又は膵臓癌に由来するものであってもよい。これらの癌には不均一な癌細胞集団を含むものが存在し、不均一な癌細胞集団を含むものは予後が悪いことが知られている。
【0042】
上記の乳癌は、エストロゲン受容体(−)プロゲステロン受容体(−)HER2(−)乳癌、すなわち、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体及びHER2を発現していない乳癌であってもよい。このような乳癌はトリプルネガティブ乳癌とも呼ばれ、予後が悪い乳癌であることが知られている。
【0043】
また、上記の不均一な癌細胞集団は、ZEB1(+)CLDN1(−)細胞、すなわちZEB1を発現しCLDN1を発現していない細胞と、ZEB1(−)CLDN1(+)細胞、すなわちZEB1を発現しておらずCLDN1を発現している細胞と、を含むものであってもよい。
【0044】
ZEB1(Zinc finger E−box−binding homeobox
1)は、上皮細胞がその細胞極性や周囲細胞との細胞接着機能を失い、遊走、浸潤能を得ることで、間葉系様の細胞へと変化する現象である、上皮間葉転換を誘導する転写因子である。また、CLDN1(Claudin1)は、タイトジャンクションに存在する主要なタンパク質である。
【0045】
実施例において後述するように、不均一な癌細胞集団を含む癌組織の一例として、ZEB1(+)CLDN1(−)細胞及びZEB1(−)CLDN1(+)細胞を含む癌組織を挙げることができる。
【0046】
[不均一な癌細胞集団]
1実施形態において、本発明は、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される遺伝子を発現する、不均一な癌細胞集団を提供する。本実施形態の癌細胞集団は、インビボで形成したものであることが好ましい。実施例において後述するように、例えば、免疫不全マウスに、ZEB1(+)CLDN1(−)である癌細胞及びZEB1(−)CLDN1(+)である癌細胞を混合した混合物を移植することにより、担癌マウスの癌組織として不均一な癌細胞集団を形成することができる。
【0047】
[その他の実施形態]
1実施形態において、本発明は、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される遺伝子のcDNAを提供する。上述したように、これらのcDNAは、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカー、又は癌の予後判定用マーカーとして用いることができる。
【0048】
1実施形態において、本発明は、癌組織試料を患者から採取する工程と、癌組織試料中の、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される遺伝子又はcDNAの発現を、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、マイクロアレイを用いた遺伝子発現解析、又は前記遺伝子にコードされるタンパク質に対する特異的結合物質との結合の検出により検出する工程と、を備える、癌組織試料中の前記遺伝子の発現を検出する方法を提供する。
【0049】
1実施形態において、本発明は、癌組織試料を患者から採取する工程と、癌組織試料中の、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7からなる群より選択される遺伝子又はcDNAの発現を、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、マイクロアレイを用いた遺伝子発現解析、又は前記遺伝子にコードされるタンパク質に対する特異的結合物質との結合の検出により検出する工程と、を備える、癌組織試料が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定方法を提供する。本実施形態の判定方法は、癌の予後判定方法であるということもできる。
【実施例】
【0050】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
<不均一な癌組織を有するモデルマウスの作製>
[実験例1]
(乳癌細胞株におけるZEB1及びCLDN1の発現の検討)
発明者らは、トリプルネガティブ乳癌細胞株である、MDA−MB−436、BT549、MDA−MB−157、MDA−MB−231、Hs578T、HCC1937、BT20、MDA−MB−468細胞における、ZEB1遺伝子及びCLDN1遺伝子の発現を、定量的リアルタイムPCRにより検討した。ZEB1遺伝子の増幅にはプライマーZEB1 Fw(配列番号1)及びZEB1 Rv(配列番号2)を使用した。また、CLDN1遺伝子の増幅にはプライマーCLDN−s(配列番号3)及びCLDN−as(配列番号4)を使用した。
【0052】
図1(a)は、各乳癌細胞株におけるZEB1遺伝子の発現の解析結果を示すグラフである。また、図1(b)は、各乳癌細胞株におけるCLDN1遺伝子の発現の解析結果を示すグラフである。
【0053】
その結果、発明者らは、MDA−MB−231細胞株が、ZEB1(+)CLDN1(−)であることを見出した。また、HCC1937細胞株が、ZEB1(−)CLDN1(+)であることを見出した。
【0054】
[実験例2]
(担癌マウスの作製)
MDA−MB−231細胞株とHCC1937細胞株とを、HCC1937細胞株の細胞数がMDA−MB−231細胞株の細胞数より多くなるように、好ましくはHCC1937細胞株の細胞数:MDA−MB−231細胞株の細胞数が2:1以上になるように、例えば9:1で混合した混合物を免疫不全マウス(4週齢、メス、BALB/c−nu)の4番乳腺脂肪組織に移植し担癌マウスを作製した(以下、「Mixマウス」という場合がある。)。対照として、MDA−MB−231細胞株のみ、及びHCC1937細胞株のみを、それぞれ免疫不全マウス(4週齢、メス、BALB/c−nu)の4番乳腺脂肪組織に移植し、担癌マウスを作製した(以下、それぞれ「231マウス」、「1937マウス」という場合がある。)。
【0055】
[実験例3]
(腫瘍体積の経時変化の観察)
実験例2で作製した、Mixマウス、231マウス及び1937マウスの腫瘍径を、癌細胞の移植後約30日間経時的に測定し、腫瘍体積の経時変化を観察した。
【0056】
図2は、各担癌マウスにおける腫瘍体積の経時変化を示すグラフである。その結果、HCC1937細胞株のみを移植した1937マウスでは、腫瘍が形成されないことが明らかとなった。また、1937マウスでは腫瘍が形成されなかったにもかかわらず、HCC1937細胞株にMDA−MB−231細胞株を混合して移植したMixマウスでは腫瘍が形成された。また、Mixマウスでは、同数のMDA−MB−231細胞株のみを移植した231マウスよりも大きな腫瘍が形成されることが明らかとなった。
【0057】
[実験例4]
(担癌マウスの癌組織の免疫染色)
実験例2と同様にして作製したMixマウスから、癌細胞株の移植16日後に癌組織を摘出した。続いて、摘出した癌組織をパラホルムアルデヒドで固定しパラフィン包埋した。続いて、癌組織の薄切組織標本を作製し、免疫染色により、ZEB1タンパク質及びCLDN1タンパク質の発現を検討した。
【0058】
図3(a)は、癌組織の薄切組織標本を抗ZEB1抗体(カタログ番号「sc−10572」、サンタクルーズ社)で染色した結果を示す写真である。図3(b)は、図3(a)とほぼ同視野の薄切組織標本を抗CLDN1抗体(カタログ番号「ab15098」、アブカム社)で染色した結果を示す写真である。
【0059】
実験例3の結果から、1937マウスでは腫瘍が形成されないことが明らかとなった。
この結果から、Mixマウスの癌組織は、ZEB1(+)CLDN1(−)であるMDA−MB−231細胞のみで構成され、CLDN1タンパク質が発現していない可能性が考えられた。これに対し、予想外にも、Mixマウスの癌組織において、ZEB1タンパク質だけでなくCLDN1タンパク質の発現が確認された。また、ZEB1タンパク質の発現とCLDN1タンパク質の発現は相互排他的であり、ZEB1(+)細胞はCLDN1(−)であり、CLDN1(+)細胞はZEB1(−)であることが示された。
【0060】
すなわち、Mixマウスの癌組織中にはZEB1(+)CLDN1(−)細胞とZEB1(−)CLDN1(+)細胞とが混合して存在しており、不均一な癌組織が形成されていることが確認された。
【0061】
実験例3及び4の結果から、MDA−MB−231細胞株とHCC1937細胞株との混合物を免疫不全マウスに移植することにより、不均一な癌組織を有するモデルマウスを作製できることが明らかとなった。また、不均一な癌組織は、より大きな腫瘍を形成したことから、均一な癌組織よりも悪性度が高いことが示された。
【0062】
<不均一な癌組織の悪性度の評価>
[実験例5]
(肺転移の評価)
実験例2で作製したMixマウス及び231マウスから、癌細胞株の移植11週後に肺を摘出してパラホルムアルデヒドで固定し、パラフィン包埋した。続いて、肺の薄切組織標本を作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色して顕微鏡で観察し、癌の肺転移巣の存在を検討した。
【0063】
その結果、Mixマウスでは、231マウスと比較して、肺転移巣の形成が多かった。
この結果からも、不均一な癌組織は、均一な癌組織よりも悪性度が高いことが示された。
【0064】
[実験例6]
(抗癌剤による治療効果の検討)
実験例2と同様にして作製したMixマウス及び231マウスに、パクリタキセル(3mg/kg)を週1回腹腔内投与して腫瘍径を経時的に測定し、腫瘍体積の経時変化を観察した(それぞれn=5)。対照として、パクリタキセルの代わりに生理的食塩水を腹腔内投与した群(対照群)についても腫瘍体積の経時変化を観察した(それぞれn=5)。
【0065】
図4(a)は、231マウスの結果を示すグラフである。また、図4(b)は、Mixマウスの結果を示すグラフである。図中、「パクリタキセル」は、パクリタキセル投与群の結果を示し、「対照」は、対照群の結果を示す。その結果、Mixマウスの癌組織は、231マウスの癌組織と比較して、パクリタキセルに対する耐性が高いことが明らかとなった。この結果からも、不均一な癌組織は、均一な癌組織よりも悪性度が高いことが示された。
【0066】
[実験例7]
(ZEB1(+)CLDN1(+)乳癌患者の予後の検討)
乳癌患者295名に由来する癌組織試料のマイクロアレイ遺伝子発現解析結果(ChangH. Y. et al., Robustness, scalability, and integration of a wound-response geneexpression signature in predicting breast cancer survival., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 102(10), 3738-3743, 2005. PMID: 15701700 を参照。)を用いて、ZEB1(+)CLDN1(+)乳癌患者、ZEB1(−)CLDN1(+)乳癌患者、ZEB1(+)CLDN1(−)乳癌患者及びZEB1(−)CLDN1(−)乳癌患者の予後(生存率)を検討した。ここで、ZEB1(+)CLDN1(+)である癌組織は、ZEB1(+)CLDN1(−)細胞及びZEB1(−)CLDN1(+)細胞が混在した不均一な癌組織であると考えられた。
【0067】
図5は、検討結果を示すグラフである。その結果、ZEB1(+)CLDN1(+)乳癌患者の生存率は低いことが明らかとなった。この結果からも、不均一な癌組織は、より悪性度が高いことが示された。
【0068】
以上、実験例4〜7の結果から、不均一な癌組織は、より悪性度が高いことが示された。
【0069】
<癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用マーカーの探索>
[実験例8]
(網羅的トランスクリプトーム解析)
実験例2と同様にして作製した、Mixマウス、231マウス及び1937マウスの癌組織における網羅的トランスクリプトーム解析を行った。
【0070】
まず、各担癌マウスから癌組織を摘出し、RNAを抽出した。続いて、キット(商品名「TruSeq RNA Sample Preparation Kit v2」、イルミナ社)を用いてライブラリーを作製した。続いて、次世代シーケンサー(型式「GenomeAnalyzerIIx」、イルミナ社)を用いてシーケンス解析を行い、バイオインフォマティクス解析を行った。
【0071】
より具体的には、検出された塩基配列を、ソフトウエア「Xenome」を用いてヒト由来の塩基配列とマウス由来の塩基配列に分離した。続いて、得られた塩基配列データをソフトウエア「Tophat」を用いてリファレンス配列にマッピングした。続いて、マッピングされた塩基配列データを既知遺伝子配列とともに可視化し、ソフトウエア「Avadis」を用いて、各試料間のmRNA発現を比較した。
【0072】
図6は、ソフトウエア「Avadis」を用いた解析結果を示す図である。ソフトウエア「Avadis」を用いた解析の結果、Mixマウスの癌組織で高発現し、231マウス及び1937マウスの癌組織では発現がほとんど認められない遺伝子として、図6の中央下領域における、丸で囲んだ領域に示される遺伝子が見出された。これらの遺伝子は、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカーの候補である。
【0073】
[実験例9]
(定量的リアルタイムPCRによる候補遺伝子の発現解析)
実験例8で、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカーの候補として見出された遺伝子について、定量的リアルタイムPCRによる発現解析を行った。
【0074】
まず、実験例2と同様にして作製した、Mixマウス、231マウス及び1937マウスから癌組織を摘出し、一部からRNAを抽出した。また、一部をパラホルムアルデヒドで固定しパラフィン包埋して後の実験に用いた。
【0075】
続いて、抽出したRNAからcDNAを合成し、定量的リアルタイムPCRにより候補遺伝子の発現を解析した。
【0076】
その結果、実施例8のトランスクリプトーム解析において231マウス及び1937マウスでほとんど発現の見られなかったCALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7遺伝子は、定量的リアルタイムPCRによっても、Mixマウスの癌組織で高発現していることが確認された。すなわち、これらの遺伝子は、MDA−MB−231細胞及びHCC1937細胞を混合して移植し癌細胞集団が不均一性を示して高発現が検出されることから、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカーとして使用できることが示された。中でも、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、ELN、LGALS7遺伝子は、後述のインビトロ実験でMDA−MB−231細胞とHCC1937細胞を混合しても発現量の増加は認められなかったにもかかわらず(図8参照)、Mixマウスの癌組織において高発現を示した。その発現量は、トランスクリプトーム解析では、231マウス及び1937マウスの癌組織における発現量と比較してその差が大きかった。
【0077】
表1に、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDH1A1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7遺伝子の定量的リアルタイムPCRに使用したプライマーの名称及び配列番号を示す。
【0078】
【表1】
【0079】
[実験例10]
(免疫染色による候補遺伝子の発現解析)
実験例8で、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカーの候補として見出された遺伝子について、免疫染色により発現を検討した。
【0080】
より具体的には、実験例9で作製したMixマウス及び231マウスの癌組織の標本を薄切して組織切片標本を作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色及び免疫染色を行った。
【0081】
図7(a)〜(j)は免疫染色の代表的な結果を示す写真である。図7(a)は、Mixマウスの癌組織標本を抗CALML3抗体(カタログ番号「GTX114954」、Gene Tex社)で染色した結果を示す写真である。図7(b)は、対照として、231マウスの癌組織標本を抗CALML3抗体(同上)で染色した結果を示す写真である。
図7(c)は、Mixマウスの癌組織標本を抗CLCA2抗体(カタログ番号「NBP2−33482」、Novus Biologicals社)で染色した結果を示す写真である。図7(d)は、対照として、231マウスの癌組織標本を抗CLCA2抗体(同上)で染色した結果を示す写真である。図7(e)は、Mixマウスの癌組織標本を抗CSTA抗体(カタログ番号「HPA001031」、ATRAS antibodies社)で染色した結果を示す写真である。図7(f)は、対照として、231マウスの癌組織標本を抗CSTA抗体(同上)で染色した結果を示す写真である。図7(g)は、Mixマウスの癌組織標本を抗LGALS7抗体(カタログ番号「HPA001549」、ATRAS antibodies社)で染色した結果を示す写真である。図7(h)は、対照として、231マウスの癌組織標本を抗LGALS7抗体(同上)で染色した結果を示す写真である。図7(i)は、Mixマウスの癌組織標本を抗S100A8抗体(カタログ番号「NBP2−25269」、Novus Biologicals社)で染色した結果を示す写真である。図7(j)は、対照として、231マウスの癌組織標本を抗S100A8抗体(同上)で染色した結果を示す写真である。
【0082】
その結果、CALML3、CLCA2、CSTA、LGALS7及びS100A8タンパク質は、Mixマウスの癌組織において高発現し、231マウスの癌組織ではほとんど発現が認められないことが確認された。
【0083】
[実験例11]
(インビトロ試料を用いた定量的リアルタイムPCRによる候補遺伝子の発現解析)
実験例8で、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカーの候補として見出された遺伝子について、インビトロ試料を用いて定量的リアルタイムPCRによる発現解析を行った。
【0084】
まず、231細胞、1937細胞、及び231細胞と1937細胞を1:1で混合した細胞を、培養皿内で5日間培養し、インビトロ試料とした。続いて、各細胞試料からそれぞれRNAを抽出した。続いて、抽出したRNAからcDNAを合成し、定量的リアルタイムPCRにより候補遺伝子の発現を解析した。定量的リアルタイムPCRは実験例9と同様にして行った。
【0085】
図8は定量的リアルタイムPCRの結果を示すグラフである。図8中、「231」は231細胞の結果であることを示し、「1937」は1937細胞の結果であることを示し、「mix」は231細胞と1937細胞を1:1で混合した細胞の結果であることを示す。
【0086】
その結果、インビトロで231細胞と1937細胞を混合した試料では、実験例9及び10において得られた移植癌細胞集団からのインビボ試料でみられたような、CALML3、BGN、CLCA2、CSTA、ALDHA1、NGFR、S100A8、ELN、SNURF及びLGALS7遺伝子の高発現は確認できなかった。
【0087】
この結果から、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカーは、インビトロで癌細胞を混合して培養しただけでは高発現せず、インビボにおいて不均一な癌細胞集団を形成した場合に初めて高発現することが明らかとなった。
【0088】
[実験例12]
(乳癌手術検体の免疫染色)
実験例8で、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカーの候補として見出された遺伝子について、臨床検体の免疫染色により発現を検討した。
【0089】
より具体的には、インフォームドコンセントが取得された乳癌患者の、手術によって得られた組織のホルマリン固定パラフィン包埋された薄切組織標本を用いて、免疫組織染色を行い、CALML3、CLCA2、CSTA及びLGALS7タンパク質の発現を検討した。
【0090】
その結果、CALML3、CLCA2、CSTA及びLGALS7タンパク質の染色が確認され、ヒト乳癌手術検体において、これらのマーカータンパク質の発現が検出できることが確認された。
【0091】
この結果は、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカー、cDNAマーカー、及びタンパク質マーカーが、実際にヒト試料において使用できることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明によれば、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用遺伝子マーカーを提供することができる。また、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用タンパク質マーカー、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定用キット、癌組織が不均一な癌細胞集団を含むか否かの判定方法を提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]