(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
ワークの内面を研削により加工を行う場合、例えば、特許文献1に示す研削加工装置が使用されている。
図6は、従来の研削加工装置の構成を表したものである。
図6に示されるように、研削加工装置は、高周波スピンドル100の砥石スピンドルに、クイルホルダ101とクイル102を介して砥石103が取り付けられている。クイル102は、内面研削加工を行う砥石103を取り付けるための棒状の部品であり、クイルホルダ101は、高周波スピンドル100にクイル102を連結するための保持具である。
ワーク104の内面を研削する場合、ワーク104を軸心回りに回転させると共に、砥石スピンドル(及びクイルホルダ101、クイル102)と一体に砥石を軸心回りに回転させる。そして、砥石103の側面をワーク104の内周面に接触させた状態で、砥石スピンドルと共に砥石103を軸心方向に往復運動させている。
【0003】
このような研削加工装置により、細長い穴を加工する場合には、砥石とクイルも細長くする必要がある。
しかし、従来使用されているクイルは、鉄等の鋼製であるため、次のような問題がある。
すなわち、クイルが細長くなることで、剛性が極端に小さいために加工圧を上げることができず、砥石による切り込みが小さくなり、加工に時間がかかるという問題がある。
またクイルの剛性が小さいために、加工時に砥石が逃げ(反り)やすくなったり、砥石がバウンドしやすく(びびりやすく)なったりし、その結果として形状精度(加工精度)を低下させる原因となっている。
また、細いクイルは折れやすいという問題もある。
【0004】
さらに、小径の加工、例えば、5mm程度以下の小径を加工する場合、砥石及びクイルの径はそれ以下にする必要があり、このため砥石の周速度が下がり時間当たりの加工量が少なくなる。
これに対して、砥石の周速度を上げることで加工量を多くすることも可能である。
しかし、クイル径が細いと共振周波数が小さくなり、より小さい回転数で共振を起こすため、スピンドルの回転数の上限が小さくなり、周速度を上げることができない(回転数の限界値が小さい)という問題がある。
【0005】
クイルの剛性を高めるために、ヤング率が鋼の約2倍である超硬金属製のクイルを使用することも可能であるが、比重が鋼の倍近いため共振回転数を上げることができず、また、重くて折れやすいという問題もある。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明のクイル装置、及び研削加工装置における好適な実施の形態について、
図1から
図5を参照して詳細に説明する。
(1)実施形態の概要
本実施形態のクイル装置では、クイルをCFRP(炭素繊維強化プラスチック:carbon−fiber−reinforced plastic)で形成する。クイルを形成するCFRPは、母材として例えば、エポキシ樹脂が使用される。
クイルの一端にはクイルホルダが取り付けられ、他端には、砥石を配設するための砥石取り付けアダプタ(アタッチメント)が取り付けられている。クイルは、クイルホルダを介して高周波スピンドルに配設される。
クイルを形成する各種構造のCFRPを使用可能であるが、本実施形態のクイルでは直列繊維構造のCFRPが使用される。
クイルを形成するCFRPは、鋼に比べて、ヤング率が2〜4倍であり、比重が1/5、伸びが大きく簡単に折れることが無く、共振周波数を大きくすることができる。
また、本実施形態のクイルは、線膨張係数がゼロのため、温度変化による位置変化を抑制することができ、端面、シート加工の際の精度を向上させることが可能になる。
更に、引っ張り強度が高く、比重が軽いので、仮に折れたとしても飛散しにくいため、より安全性を向上させることができる。
本実施形態のクイルは、研削油等の膨潤対策として、その外周面をメッキ加工によるメッキ層により、又は極薄パイプで覆っている。これにより、クイルを形成するCFRPが油や研削液等の液体を吸収して膨張(変形)することを防止している。
【0012】
(2)実施形態の詳細
図1は本実施形態によるクイル装置を使用した研削加工装置の構成図である。
図1に示すように、研削加工装置は、高周波スピンドル1と、クイル装置2を備えている。
クイル装置2は、クイル10と、クイル10を高周波スピンドル1に着脱するためのクイルホルダ20と、クイル10の先端に砥石ユニット70を取り付けるための砥石取付アダプタ(アタッチメント)30を備えている。
【0013】
高周波スピンドル1は、その軸心方向(X軸方向)に移動可能に図示しないテーブルに取り付け固定されるようになっている。このテーブルは、X軸サーボモータにより、高周波スピンドル1の軸心と平行なX軸に沿って移動できるように構成されている。この構成は、例えば、X軸サーボモータにより回転するボールネジをX軸に沿って設置し、かつ、そのボールネジのナットとテーブルとを連結固定する等の、ボールネジ機構等により実現される。
【0014】
高周波スピンドル1は、いずれも図示しないが、そのケーシング内に砥石スピンドルが収容されており、砥石スピンドルの先端側には、クイル装置2のクイルホルダ20を着脱可能に保持、固定するチャック機構を備えている。本実施形態のチャック機構は、クイルホルダ20に形成された雄ネジと螺合する雌ネジにより保持、固定するようになっているが、その他各種チャック機構を採用するようにしてもよい。
また、砥石スピンドルは、ケーシング内に軸受により、その軸心回りに回転可能に支持されている。さらに、この砥石スピンドルの外周面側には、砥石スピンドルをその軸心回りに高速回転駆動するための駆動モータとして、高周波モータが設けられている。
高周波スピンドル1は、高周波モータにより、例えば、数万回転/分、最大18万回転/分程度で回転するように構成されている。
【0015】
図2は、クイル装置2と砥石ユニット70の断面構成図である。
図2に示されるように、本実施形態のクイル装置2は、CFRPで形成されたクイル10と、クイル10の一端に配設されたクイルホルダ20と、他端に配設された砥石取付アダプタ30を備えている。
【0016】
クイルホルダ20は、軸方向に円筒形の空洞部を有し、空洞部内にクイル10の一端が接着により、又は接着と圧入により固定されている。
クイルホルダ20の一端側(砥石取付アダプタ30の反対側)の外周部には雄ネジ21が形成されており、この雄ネジ21を高周波スピンドル1にチャック機構として形成された雌ネジ部に螺合することで着脱可能となっている。
クイルホルダ20の他端側には凸部22が形成されている。本実施形態の凸部22は、周方向全体に亘って環状に形成されているが、周方向に亘る複数箇所に形成される突起によって形成されるようにしてもよい。
クイルホルダ20の凸部22と雄ネジ21の間の凸部22側には、インロー部23が形成されている。
クイルホルダ20は、高周波スピンドル1の砥石スピンドルにインロー部23が嵌込まれると共に、凸部22の端面24が突き当たるまで、雄ネジ21が螺合されることで、高周波スピンドル1に着脱される。
【0017】
砥石取付アダプタ30は、鉄製で円筒形状に形成され、その外径は、クイル10の外径と同じに形成されている。
クイル10の他端は、その中央部よりも砥石取付アダプタ30の肉厚分だけ小径に形成されており、この他端小径部に砥石取付アダプタ30の略中央までを挿入し、接着により、又は接着と圧入により固定される。
砥石取付アダプタ30における、クイル10が挿入される側の反対側の内周面には、雌ネジ32が形成されている。
また、砥石取付アダプタ30の外周の対向する2箇所には、その底面が互いに平行する凹部31が形成されている。この凹部31はスパナ掛けに使用され、砥石ユニット70を砥石取付アダプタ30に螺合する際のねじれ荷重をスパナで受けるためのものである。すなわち、2箇所の凹部31をスパナで挟んだ状態で、砥石ユニット70が、砥石取付アダプタ30に取り付けられる。
【0018】
クイル装置2のクイル10は、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)により、外径が数ミリ(例えば、2mm〜3mm)に形成されている。
クイル10を形成するCFRPは、母材としてエポキシ樹脂が使用されているが、ポリプロピレン等の他の汎用樹脂を使用することも可能である。
【0019】
図3は、クイル10における炭素繊維の構造を表したものである。
図3(a)に示されるように、本実施形態のクイル10では、CFRPの強化剤として直線状の炭素繊維が使用され、クイル10の長さ方向に纏めた直列繊維構造とし、これを母剤で固めることで、棒状のクイル10が形成されている。
なお、クイル10の炭素繊維構造は、直列繊維構造に限る必要はなく、各種方向に編み込んだ炭素繊維を強化剤として使用し、母剤で固めることで棒状に形成してもよい。
【0020】
また、
図3(a)に示した直列繊維構造の場合、遠心力を支える方向(径方向)に炭素繊維が走っていないため、遠心力は固められた母剤により支える構造となっている。
これに対し、
図3(b)に示すように、棒状に形成された直列繊維構造のCFRPの外周に、補強部材12(繊維)をスパイラル状に巻き付け接着することで、径方向に対するクイル10の強度を向上させた構造としてもよい。
また、
図3(c)に示す補強部材13(布繊維構造のシート)を、直列繊維構造のクイル10(
図3(a))の外周に巻き付けて接着するようにしてもよい。
このように、径方向の強度を向上させることにより、遠心力により径方向に母剤が膨張することで、形状変化に伴う加工精度の低下を抑制することが可能になる。
【0021】
図2に戻り、本実施形態のクイル装置2は、クイル10の両端にクイルホルダ20と砥石取付アダプタ30を組み付けた後、全体を無電解ニッケルメッキによるメッキ層11が形成される。このメッキ層11は、吸収防止層として機能する。
また、無電解ニッケルメッキの後、研削加工で必要箇所の仕上げ加工が行われる。
このメッキ層11により、クイル10が油や研削液等の液体を吸収して膨張(変形)することが防止される。
なお、メッキ層11は、クイル10の膨潤対策用であるため、クイル装置2全体を対象とする必要がなく、少なくともクイル10がむき出しになっている部分、すなわち、クイルホルダ20と砥石取付アダプタ30内に挿入固定されることで外周が被覆されている箇所を除く部分にメッキがされていればよい。
【0022】
メッキ層11は、
図3(b)、(c)で説明したように、クイル10の外周に補強部材12、13を巻き付けた場合には、この補強部材12、13の外側に形成する。
但し、メッキ層11の外側に補強部材12、13を形成するようにしてもよい。
【0023】
図2に示した砥石ユニット70は、一例を示したものである。特に、砥石71の形状や大きさについては、ワークの研削内容に応じて各種の砥石71が使用される。例えば、研削が砥石の側面(周面)か、先端面かによっても異なり、先端部が円錐面を持つ砥石が使用される場合もある。
【0024】
砥石ユニット70は、砥石(研削砥石)71と、アタッチメント72を備えている。
アタッチメント72は、一端が砥石71に形成された孔(砥石により貫通している場合と、していない場合がある)に挿入され、固定されている。
砥石71をアタッチメント72に取り付ける方法としては各種方法を採用することができる。例えば、溶射した下地に電着砥石成形する方法、バインダと砥粒を混合した溶射にて砥石成形する方法、薄い金属パイプに電着砥石成形した物を、はめ合い円筒にて接着する方法等のいずれかにより取付が行われる。
【0025】
アタッチメント72の他端には、砥石取付アダプタ30に形成された雌ネジ32と螺合する雄ネジ73が形成されている。
また、長さ方向の略中央部には円環状の凸部74が形成されており、アタッチメント72を螺合させた場合に、この凸部74の雄ネジ73側の端面75が、砥石取付アダプタ30の先端面33と当接することで位置決めがされるようになっている。
【0026】
次に、第2実施形態について説明する。
図4は、第2実施形態におけるクイル装置の断面図である。なお、第1実施形態と同じ部分については同一の符号番号を付することでその説明を適宜省略する。
第1実施形態のクイル装置2では、研削液などに対する膨潤対策用にメッキ層11を形成する場合について説明した。
これに対し第2実施形態では、同じく膨潤対策用の他の構成として、吸収防止層として機能する極薄のパイプ14をクイル10の外周に配設するようにしたものである。
パイプ14は、クイル10に圧入接着する。パイプ14の一方の側はクイルホルダ20の端部と当接し、他方の側は砥石取付アダプタ30の一部(凹部31の手前まで)を覆うように圧入接着される。
なお、第1実施形態と同様に、部品組み付け後、全体を研削加工する。
【0027】
この第2実施形態のクイル装置によれば、第1実施形態にくらべて、ねじれに強く、より確実な膨潤対策を取ることができる。
なお、パイプ14が径方向の圧力を受けることが可能になり、遠心力により径方向に母剤が膨張することで、形状変化に伴う加工精度の低下を抑制することが可能になる。従って、
図3(b)、(c)で説明した耐遠心力補強のための補強部材12、13は不要である。但し、補強部材12、13と併用することで、より高い耐遠心力補強構造とすることも可能である。
【0028】
次に、第3実施形態について説明する。
図5は、第3実施形態におけるクイル装置の断面図である。
説明した第1、第2実施形態のクイル装置2では、先端に砥石取付アダプタ30を取り付けることで、砥石ユニット70をワークの加工形状等に応じて交換可能にしたものである。
これに対して第3実施形態では、砥石一体式のクイル装置2としたもので、クイル10の一方の端部に砥石71が接着等により固定的に取り付けられている。
砥石71は、
図2で説明した第1実施形態における砥石71と同様に、ワークの切削加工に応じた各種形状、外径の砥石が採用される。
第1、第2実施形態におけるクイル装置2では、例えば、ワークの加工箇所変更に応じて砥石ユニット70を交換することになるが、本実施形態ではクイル装置2全体を交換することになる。
【0029】
本実施形態のクイル装置2にはクイルホルダが存在せず、クイル10の砥石71と反対側端部のチャックエリア15が、スピンドル装置1にチャックされる。
なお、
図5(b)に示すように、チャックの際に加わる圧縮応力に耐え得るようにするため、少なくともクイル10のチャックエリア15の部分に強化芯16を配設するようにしてもよい。この強化芯16は、例えば円柱形状の鉄心とし、クイル10と同軸に配設され、接着等により固定される。
【0030】
第3実施形態のクイル装置2では、特に説明しなかったが、クイル10の耐遠心力、膨潤対策について、第1実施形態、第2実施形態と同様にすることが可能である。すなわち、クイル10に補強部材12若しくは補強部材13を形成し、及び/又は、クイル10の表面にメッキ層11若しくはパイプ14を形成するようにしてもよい。
【0031】
第3実施形態のクイル装置2では、一例として、クイルホルダ20が存在しない構造となっているが、
図1で示したと同様に、クイルホルダ20を砥石71と反対側に取り付けるようにしてもよい。
【0032】
以上説明したように各実施形態のクイル装置2、及び、高周波スピンドル1(研削加工装置)では、クイル10を炭素繊維強化プラスチックで形成した。
これにより、クイル装置2の軽量化が可能になるとともに、材料比強度、ヤング率を非常に大きくすることができる。
また、クイル10の振動減衰率を極めて高くすることが可能になる。
以上の結果、本実施形態のクイル装置2、及び高周波スピンドル1では、次の効果を得ることができる。
【0033】
(1)固有振動数が高くなる
クイル10の重量が軽く、ヤング率が高いため、共振周波数が大きくなる。
一般に内径研削加工では、細長いクイルを使用し、その先端に研削砥石を付けて加工することになる。その際、従来の金属製のクイルでは、その共振点(固有振動数)が小さいため、ある程度までしか高速化できない。このため、研削加工時の回転速度を共振点未満に下げるか、又は、クイル長さを短くするか、のどちらかで大きな妥協を強いられる。
これに対して、本実施形態のクイル10では固有振動数が高い(共振点が小さい)ため、回転速度とクイル長さとの調整点(妥協点)を大幅に上げることができる。すなわち、金属製のクイルと同じ長さであれば最高回転速度を更に上げることができ、金属製のクイルと同じ最高回転速度であればクイル長を金属製のクイルよりも長くすることが可能になる。
【0034】
(2)高速回転加工の実例
従来の金属製クイルの場合、下記式(a)で求まる固有振動数Nに対して、最高回転速度をN×0.8未満としている。
これに対して、本実施形態のクイル10を使用した高周波スピンドル1では、下記式(a)で求まる金属製クイル(超高、鋼)の固有振動数Nに対して、N×0.8以上の高速領域で使用することを特徴とすることができる。
【0035】
N=(60/2π)√(λgEI/mgl
3)
=(30/π)√(λgEI/Wl
3)・・・(a)
λ:たわみ公式の各数字で示された計数
E:縦弾性係数((g)f/mm
2)、鋼の場合21000
I:断面二次モーメント≒0.05d
4(mm
4)
m:質量(kgf)
l:軸の長さ(mm)
【0036】
(3)高い減衰による回転振れの低減
本実施形態のクイル10は、減衰率が高いと同じ運転条件下で砥石部(砥石71による加工点)での振動振幅を小さくすることが可能になる。
従って、加工精度、加工表面粗さを改善することができる。
【0037】
(4)共振点を超えた領域での運転
金属製のクイルの場合、共振点で振動が極大になり、クイルが折れたりする。
これに対して本実施形態のクイル10では、高い減衰効果があるため、振幅自体が小さくなる。そのため、共振点を超えた回転数での使用が可能になる。
但し、この場合には一層の遠心力がクイル10に作用するため、
図3(b)、(c)で説明した補強部材12、13、又は/及び、
図4で説明したパイプ14を形成することが好ましい。
【0038】
(5)その他
本実施形態のクイル10では、繊維構造や、補強部材12、13、パイプ4の形成により、より高い剛性を得ることができる。
また、簡単に折れることが無く、仮に折れたとしても、引っ張り強度が高く、比重が軽いので飛散しにくいため、安全性が高い。
更に、線膨張係数がゼロのため、端面、シート加工の際に、温度変化による位置変化を抑制でき、加工精度を向上させることができる。