(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
細胞や組織の形態情報から患者を診断する細胞診や組織診断は、病理診断において重要な役割を果たす。例えば、組織診断ではヘマトキシリン・エオジン染色等、細胞診ではパパニコロウ染色やギムザ染色等の一般的な染色方法を用いて細胞を染色し、呈色した細胞の明視野での顕微鏡による形態観察から、細胞や核の形の異常の有無を識別する。
【0003】
細胞における特定のタンパク質の発現を調べる方法としては、標的タンパク質と特異的に結合する抗体を用いた免疫染色を行う免疫染色法が一般的である。免疫染色法では、染色の有無や染色強度に基づいて、各細胞において当該標的タンパク質の発現の有無や発現強度を識別する。免疫染色には、酵素標識した抗体を用いる酵素抗体染色法と、蛍光標識した抗体を用いる蛍光抗体染色法とがあるが、高価な蛍光顕微鏡を必要としないことから、医療現場等では酵素抗体染色法が好まれる。
【0004】
形態情報と、病理マーカーとなる特定のタンパク質の発現情報との両方を組合せることにより、精度の高い病理診断が可能になる。形態観察のための色素染色と、解析対象である標的タンパク質の発現を調べる免疫染色は、いずれも検体中の細胞を染色する方法であり、同一の標本を二重に染色した場合には呈色が重なってしまうため、染色強度を正確に比較することができず、標本中の各細胞について標的タンパク質の発現量を評価することは非常に難しい。そこで、一般的には、色素染色と免疫染色にはそれぞれ別個の病理標本を用いる。同一の標本に対して両方の染色を実施する場合は、細胞転写法等により標本を2つに切り分け(例えば、非特許文献1参照。)、一方を色素染色し、他方を免疫染色することにより、呈色の混合が避けられている。
【0005】
その他、細胞の蛍光画像を取りながら、カルシウムイオン濃度の変化をリアルタイムで測定し、画像の位置と時系列信号とを対応付ける装置が知られている。(例えば、特許文献1参照)。このような装置を応用すれば、免疫染色を蛍光抗体染色法により行うことによって、細胞の形態情報と分子情報とを合わせて得ることができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
形態情報と標的タンパク質の発現情報は、同一の細胞に対して取得することが好ましい。しかしながら、同一の検体標本に対して色素染色と免疫染色の両方を行った場合には、色素染色がバックグラウンドとなり、免疫染色による呈色強度の正確な画像解析ができず、標的タンパク質の発現情報の信頼性が低いという問題がある。
一方で、細胞転写法等により一の標本を2以上に分ける方法もあるが、当該方法は操作が煩雑であり、手間がかかる上に、標本の種類や状態によってはそもそも転写不可能な場合もある。
【0009】
本発明は、酵素標識抗体を用いた免疫染色において、色素染色との二重染色を行った細胞のように、当該酵素標識抗体の酵素反応による発色以外の色がバックグラウンドとなる細胞についても、標的タンパク質発現量を精度よく評価し得る方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、酵素標識抗体法において、経時的な発色強度(呈色強度)の変化を指標とすることにより、酵素反応以外による染色由来の色がバックグラウンドとなる細胞画像からも、酵素反応による呈色強度の正確な画像解析が可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明に係る細胞の標的タンパク質の発現量の評価方法は、下記[1]〜[
4]である。
[1] (a)細胞試料中の細胞に対して、標的タンパク質と特異的に結合する酵素標識抗体又は酵素標識抗体複合体を用いた抗原抗体反応を行う工程と、
(b)前記工程(a)の後、前記細胞試料中の細胞に発色基質を加えて、酵素反応により発色させる工程と、
(c)前記工程(b)中、発色基質添加直後の時点を含む、発色基質添加後の少なくとも2以上の時点において、前記細胞試料中の細胞の透過光画像を取得する工程と、
(d)前記工程(c)において取得した2以上の透過光画像に基づき、各細胞における透過率の経時的変化を調べる工程と、
(e)前記工程(d)において求めた透過率の経時的変化に基づき、各細胞の前記標的タンパク質の発現量を評価する工程と、
を有
し、前記工程(d)において、透過率の経時的変化を、透過率の変化量が予め規定された一定量に達するために要する酵素反応時間として求めることを特徴とする、細胞の標的タンパク質の発現量の評価方法。
[2]
(a)細胞試料中の細胞に対して、標的タンパク質と特異的に結合する酵素標識抗体又は酵素標識抗体複合体を用いた抗原抗体反応を行う工程と、
(b)前記工程(a)の後、前記細胞試料中の細胞に発色基質を加えて、酵素反応により発色させる工程と、
(c)前記工程(b)中、発色基質添加直後の時点を含む、発色基質添加後の少なくとも2以上の時点において、前記細胞試料中の細胞の透過光画像を取得する工程と、
(d)前記工程(c)において取得した2以上の透過光画像に基づき、各細胞における透過率の経時的変化を調べる工程と、
(e)前記工程(d)において求めた透過率の経時的変化に基づき、各細胞の前記標的タンパク質の発現量を評価する工程と、
を有し、
前記工程(d)において、透過率の経時的変化を、透過率当たりの酵素反応時間変化率として求めることを特徴とする細胞の標的タンパク質の発現量の評価方法。
[
3] 前記工程(b)の前に、前記細胞試料中の細胞が、色素により染色されている、前記[1]
または[2]に記載の細胞の標的タンパク質の発現量の評価方法。
[
4] 前記透過率が、画像の階調数として表される、前記
[1]または[2]に記載の細胞の標的タンパク質の発現量の評価方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る細胞の標的タンパク質の発現量の評価方法により、酵素抗体染色法を用いて、酵素標識抗体の酵素反応以外による呈色をバックグラウンドとして有する細胞についても、標的タンパク質の発現量を精度よく評価することができる。このため、当該方法により、例えば、形態観察用の色素染色との二重染色が行われた細胞試料についても、標的タンパク質の発現量の異なる細胞を識別することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る細胞の標的タンパク質の発現量の評価方法(以下、「本発明に係る発現量評価方法」ということがある。)は、酵素抗体染色法による染色の有無や染色強度に基づいて、個々の細胞の標的タンパク質の発現量を評価する方法であって、下記工程(a)〜(e)を有することを特徴とする。
(a)細胞試料中の細胞に対して、標的タンパク質と特異的に結合する酵素標識抗体又は酵素標識抗体複合体を用いた抗原抗体反応を行う工程と、
(b)前記工程(a)の後、前記細胞試料中の細胞に発色基質を加えて、酵素反応により発色させる工程と、
(c)前記工程(b)中、発色基質添加直後の時点を含む、発色基質添加後の少なくとも2以上の時点において、前記細胞試料中の細胞の透過光画像を取得する工程と、
(d)前記工程(c)において取得した2以上の透過光画像に基づき、各細胞における透過率の経時的変化を調べる工程と、
(e)前記工程(d)において求めた透過率の経時的変化に基づき、各細胞の前記標的タンパク質の発現量を評価する工程。
【0015】
本発明に係る発現量評価方法に供される細胞試料としては、例えば、生体試料(生物から採取された試料)や、生体試料から分離された細胞、生体試料から分離された細胞の培養物、及び培養細胞の培養物等が挙げられる。生体試料としては、生体から採取された組織片、血液、リンパ液、骨髄液、腹水、滲出液、羊膜液、喀痰、唾液、精液、胆汁、膵液、尿等の体液、糞便、腸管洗浄液、肺洗浄液、気管支洗浄液、又は膀胱洗浄液等が挙げられる。また、生体試料から分離された細胞としては、例えば、血液から分離回収された単核球成分(バッフィーコート)、リンパ液等から分離回収された細胞成分、組織片の結合組織を分解して細胞をばらばらにした溶液、組織片をばらばらにした後に分離回収された細胞成分等が挙げられる。なお、組織片の生体からの採取方法は特に限定されず、バイオプシー検体、手術サンプル等が挙げられる。本発明において供される細胞試料としては、標的タンパク質の発現量が異なる2種類以上の細胞が含まれているものが好ましく、生体試料や生体試料から分離された細胞等がより好ましく、組織標本中の細胞がさらに好ましい。
【0016】
本発明において供される細胞試料としては、少なくとも工程(b)の前(酵素反応の前)に、好ましくは工程(a)の抗原抗体反応を行う前に、色素染色がなされているものが特に好ましい。当該色素染色としては、組織観察や細胞形態観察のための病理での一般的な染色が好ましい。具体的には、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)、パパニコロウ染色、ギムザ染色等が好適に用いられる。
【0017】
標的タンパク質の存在量が多いほど、免疫染色による染色強度は強くなる。このため、免疫染色のみを行った細胞においては、免疫染色における染色強度を比較することにより、各細胞における標的タンパク質の発現強度を比較することができる。免疫染色された細胞の透過光画像においては、染色強度は透過率に反映され、染色強度が強い部位ほど、透過率が小さくなる。
【0018】
ただし、色素により染色されている細胞をさらに酵素抗体染色法により染色した場合には、酵素反応による呈色領域と色素染色による呈色領域が重なる領域では、両者の色が重なってしまう結果、透過光画像からは、酵素反応による呈色と色素染色による呈色とを区別することはできない。つまり、色素染色との二重染色をした細胞では、酵素反応後の透過光画像における染色強度は標的タンパク質の発現量を正確に反映しておらず、当該透過光画像から各細胞の標的タンパク質の発現量を評価できない。これに対して、本発明に係る発現量評価方法では、透過光画像における透過率(染色強度)ではなく、透過率の経時的変化を指標とするため、色素染色がなされている細胞についても、精度よく標的タンパク質の発現量を評価することができる。
【0019】
まず、工程(a)として、細胞試料中の細胞に対して、抗原抗体反応を利用して、標的タンパク質を酵素で標識する。標的タンパク質を標識する酵素としては、酵素抗体染色法において使用可能ないずれの酵素であってもよい。当該酵素としては、ペルオキシダーゼ又はフォスファターゼが、汎用されており好ましい。
【0020】
標的タンパク質の酵素標識は、標的タンパク質と特異的に結合する抗体(一次抗体)を直接酵素標識した酵素標識抗体(酵素標識一次抗体)を用いて行ってもよく、一次抗体と、当該一次抗体に対して特異的に結合する抗体(二次抗体)を酵素標識した酵素標識二次抗体とを用いて行ってもよい。後者の場合、標的タンパク質は、一次抗体と酵素標識二次抗体との複合体により標識される。さらに、一次抗体と、ビオチン標識した二次抗体(ビオチン標識二次抗体)と、酵素標識したストレプトアビジン(又は、酵素標識したアビジン)を用い、これらの複合体により標的タンパク質を酵素標識してもよい。なお、本発明において、「酵素標識抗体複合体」には、一次抗体と酵素標識二次抗体との複合体と、一次抗体とビオチン標識二次抗体と酵素標識したストレプトアビジン(又は、酵素標識したアビジン)との複合体のいずれも含まれる。
【0021】
一次抗体や二次抗体として用いられる抗体は、モノクローナル抗体であってもよく、ポリクローナル抗体であってもよい。また、このような抗体は、市販の抗体を用いてもよく、抗原をマウスやラット、ウサギ等の実験動物に免疫し、常法により作製した抗体を用いてもよい。
【0022】
標的タンパク質の酵素標識は、常法により行うことができる。例えば、まず、細胞試料中の細胞を、透過光による顕微鏡観察(明視野)が可能な細胞観察用容器に固定させ、次いで、この固定された細胞に、酵素標識一次抗体や、一次抗体と酵素標識二次抗体等を、一度に、又は必要に応じて順次接触させることにより、当該細胞が有する標的タンパク質を酵素標識する。複数の抗体等を順次接触させる場合には、次の抗体を接触させる前に、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)等による洗浄処理を行うことも好ましい。
【0023】
また、標的タンパク質が細胞内に存在する場合、一次抗体を接触させる前に、予め細胞試料に含まれている細胞に対して、浸透化処理を行うことも好ましい。浸透化処理により、細胞膜や核膜に穴を開け、抗体等が細胞内や核内に浸透しやすくなる。浸透化処理としては、界面活性剤溶液に細胞を浸漬させる処理等の常法が挙げられる。界面活性剤としては、TritonX−100やTween 20、NP−40、サポニン、ジギトニン等を用いることができる。
【0024】
細胞観察用容器としては、一般的に細胞染色に用いられるものであれば、特に限定されるものではないが、スライドガラス、又はマルチウェルプレートであることが好ましい。スライドガラス又はマルチウェルプレートを用いて、イメージングサイトメータ等を用いることにより、多数の検体も迅速かつ簡便に処理することが可能となる。
【0025】
細胞観察用容器への細胞の固定方法は、特に限定されるものではなく、常法により行うことができる。例えば、細胞観察用容器に接着させた細胞を、自然乾燥させてもよく、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、グルタールアルデヒド、メタノール、エタノール、アセトン等の固定化処理液で処理してもよい。固定化処理液を用いて固定した場合には、固定処理後、固定化処理液を除去するため、PBS等で洗浄する。その他、一次抗体と反応させる前に、細胞を固定した細胞観察用容器を、スキムミルク含有PBS等を用いてブロッキングすることも好ましい。
【0026】
次に、工程(b)として、酵素で標識した細胞に発色基質を加えて、酵素反応により発色させる。発色基質としては、酵素反応により化学的修飾を受けると、可視領域の特定の波長の透過率を変化させる発色物質が生成物として生じる化合物であればよい。発色物質は化学的・物理的・静電的に生成された箇所に沈着し、沈着箇所の透過率を変化させる色として、顕微鏡観察像から視覚的に認識することができる。例えば、ペルオキシダーゼの発色基質には、ジアミノベンジジン(DAB)、アミノエチルカルバゾール(AEC)、BCIP/NBT、ファーストレッド、ニューフクシン等が用いられる。
【0027】
本発明に係る発現量評価方法においては、工程(c)として、工程(b)における酵素反応中に、同一の細胞について、2以上の時点において透過光画像を取得する。取得する透過光画像のうち1枚は、発色基質添加直後の時点で取得する。なお、発色基質添加直後の時点の透過光画像に代えて、発色基質添加前の透過光画像を取得してもよい。透過光画像の取得時点は、酵素の種類、酵素反応の温度、発色基質の種類や濃度等を考慮して適宜調整できる。例えば、酵素反応の終了時点よりも初期のほうが、酵素量による反応の差が表れやすいことから、工程(c)において取得する複数の透過光画像のうち、少なくとも1枚は、発色基質添加時点(酵素反応開始時点)から0.5〜3分後に取得することが好ましい。
【0028】
具体的には、透過光画像を取得可能な撮像装置を備えた光学顕微鏡に、標的タンパク質を酵素標識した細胞が固定された細胞観察用容器を設置し、同一視野について、発色基質添加直後の時点を含む2以上の時点で透過光画像を取得する。当該光学顕微鏡としては、倍率20〜400倍程度の観察が可能な光学顕微鏡が好ましい。当該撮像装置としては、CCDカメラ等の細胞の撮像に通常用いられる撮像装置が用いられる。当該光学顕微鏡としては、さらに、取得した透過光画像に対して所定の画像解析処理を実施するための情報処理装置を備えていることも好ましい。
【0029】
工程(c)において取得した2以上の透過光画像に基づき、各細胞における透過率の経時的変化を調べ(工程(d))、求めた透過率の経時的変化に基づき、各細胞の前記標的タンパク質の発現量を評価する(工程(e))。透過率の経時的変化とは、換言すれば時間の経過に伴う色の変化である。以下に示すように、発色に伴う透過率の経時的変化は、標的タンパク質の発現量(細胞における存在量)に比例している。このため、透過率の経時的変化が大きい細胞ほど、標的タンパク質の発現量が多く、透過率の経時的変化が小さい細胞ほど、標的タンパク質の発現量が少ない。
【0030】
酵素標識免疫染色では、酵素標識抗体により、基質が反応して呈色が進行する。この反応は、下記式(1)で示される。式(1)中、Eは酵素、Sは基質、ESは酵素基質複合体、Pは呈色した基質を意味する。
【0032】
[E]
0を全酵素の濃度([E]
0=[E]+[S]
0)、[S]を基質濃度、[E]をフリーの酵素濃度、kを反応速度定数とすると、酵素濃度([E])の時間変化は、下記式(2)で示される。
【0034】
このとき、基質が大過剰の条件でSの変化が乏しい条件とすると、[S]は一定の値になるため、下記式(3)及び(4)となる。
【0036】
透過率の時間変化は、呈色した基質濃度[P]の時間変化に比例する。ここで、基質濃度[P]の時間変化d[P]/dt=k
3[ES]であるから、下記式(5)となる。
【0038】
呈色反応が開始し、酵素反応が定常状態に達したときを想定すると、[ES]の時間変化は小さくなっているため、下記式(6)と仮定できる。したがって、呈色反応の速度(v
0)は、下記式(7)となる。つまり、酵素標識免疫染色では、標的タンパク質の発現量は[E]
0と比例するため、呈色反応の速度、すなわち酵素反応時間における透過率の変化量は、標的タンパク質の発現量に比例する。
【0040】
一方で、基質過剰で変化がなく定常状態に達した条件では、基質濃度[P]は下記式(8)となる。
【0042】
このため、[P]が一定の値P’に到達するときの酵素反応時間tは、下記式(9)であり、標的タンパク質の発現量と比例する[E]
0は、酵素反応時間に反比例する。逆に、一定の反応時間t’における[P]
t=t’は、下記式(10)であり、標的タンパク質の発現量に比例する。
【0044】
酵素反応による呈色は独立した化学反応であるため、上記比例関係は、バックグラウンドの染色の有無に関わらず維持される。このため、バックグラウンドを有する条件においても、酵素反応時間における透過率の変化量を比較することにより、標的タンパク質の発現量を比較することができる。
【0045】
具体的には、透過率の時間変化率を比較することにより、各細胞の標的タンパク質発現量を評価できる。透過率の時間変化率は、例えば、各細胞について、透過率を縦軸に、酵素反応時間を横軸として、工程(c)で取得された2以上の透過光画像からそれぞれ求めた各細胞の透過率をプロットした場合に、各プロットについての近似直線の傾きとして求められる。
【0046】
透過率の時間変化率が高い細胞ほど、標的タンパク質発現量が多く、透過率の時間変化率が低い細胞ほど、標的タンパク質発現量が少ないと評価できる。細胞種によって標的タンパク質の発現量が異なる場合には、透過率の時間変化率が同程度の細胞同士は、同種の細胞である可能性が高いと評価でき、透過率の時間変化率が大きく相違する細胞同士は異種の細胞同士である可能性が高いと評価できる。
【0047】
また、予め規定された一定時間当たりの透過率の変化量を比較することによっても、標的タンパク質発現量を評価できる。例えば、異なる時点に取得された2枚の透過光画像を比較した場合に、この2枚の透過光画像における同一細胞の透過率の差分が、一定時間当たりの透過率の変化量といえる。所定時間当たりの透過率の変化量が高い細胞ほど、標的タンパク質発現量が多く、所定時間当たりの透過率の変化量が低い細胞ほど、標的タンパク質発現量が少ないと評価できる。
【0048】
その他、上記式(9)に示すように、透過率の変化量が予め規定された一定量に達するために要する酵素反応時間を比較することによっても、標的タンパク質発現量を評価できる。透過率の変化量が所定量に達するために要する酵素反応時間が短いほど、標的タンパク質発現量が多く、当該酵素反応時間が長い細胞ほど、標的タンパク質発現量が少ないと評価できる。
【0049】
同様に、透過率当たりの酵素反応時間変化率を比較することにより、各細胞の標的タンパク質発現量を評価できる。透過率当たりの酵素反応時間変化率が小さいほど、標的タンパク質発現量が多く、透過率当たりの酵素反応時間変化率が大きい細胞ほど、標的タンパク質発現量が少ないと評価できる。透過率当たりの酵素反応時間変化率は、例えば、各細胞について、酵素反応時間を縦軸に、透過率を横軸として、工程(c)で取得された2以上の透過光画像からそれぞれ求めた各細胞の透過率をプロットした場合に、各プロットについての近似直線の傾きとして求められる。
【0050】
また、透過率の時間変化率と同様に、所定時間当たりの透過率の変化量、透過率の変化量が予め規定された一定量に達するために要する酵素反応時間、又は透過率当たりの酵素反応時間変化率を指標とした場合でも、これらの値が同程度の細胞同士は同種の細胞である可能性が高いと評価でき、これらの値が大きく相違する細胞同士は異種の細胞同士である可能性が高いと評価できる。
【0051】
各透過光画像において、各細胞における透過率は、各細胞の細胞像を構成する対象画素の色成分における階調データ(階調数)に基づいて算出される。具体的には、細胞の細胞像を構成する全画素の階調数値の平均値が、各細胞の階調数値であり、透過率の指標となる。
【0052】
色素染色した細胞に対して本発明に係る発現量評価方法を行うことにより、細胞の形態の重要な情報源となる色素染色像を、標的タンパク質の発現量を評価した同一の細胞について取得することができる。このため、例えば、病理標本において、疾患マーカーを標的タンパク質とすることにより、疾患に特有の細胞の形態変化の有無と疾患マーカーの発現の有無や発現量の多寡を調べることができる。これにより、組織染色と免疫染色を異なる細胞標本に対して行う従来法よりも、当該疾患の罹患可能性や発症の有無、重篤度等を精度よく評価することもできる。
【実施例】
【0053】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0054】
[実施例1]
前立腺癌細胞株(PC−3株)について、パパニコロウ染色した細胞標本について、増殖マーカーであるKi−67を標的タンパク質として本発明に係る発現量評価方法を行った。
まず、細胞培養容器のガラスボトム上に接着させて培養したPC−3株を、4容量%パラホルムアルデヒド溶液で30分間処置し、固定した。蒸留水で洗浄した後、当該スライドガラス上の細胞をヘマトキシリン(メルク社製、製品番号:1092490500)で染色した。染色後の細胞は、蒸留水で洗浄した後、0.5容量%のTriton X−100溶液に5分間浸漬させた。その後、PBSで2度洗浄した後、当該ガラスボトム上の細胞を、Dako Real peroxidase Blocking solution(Dako社製、製品番号:S202386)に10分間浸漬させてブロッキング処理した。ブロッキング処理したガラスボトムは、PBSで2度洗浄した後、5容量%のヤギ血清含有PBSに30分間浸漬させた。次いで、当該ガラスボトム上の細胞に、Ki−67に対する一次抗体(Dako社製、製品番号:M724029)を室温で30分間反応させた。反応後、PBSで2度洗浄した後、酵素標識二次抗体(Dako社製、製品番号:K1390)を室温で30分間反応させ、反応後にPBSで2度洗浄した(サンプル)。
【0055】
ヘマトキシリン染色を行わなかった以外は、上記と同様の処置を施した細胞標本をポジティブコントロールとし、ヘマトキシリン染色を行わず、かつKi−67に対する一次抗体を添加しなかった以外は、上記と同様の処置を施した細胞標本をネガティブコントロールとした。
【0056】
その後、各細胞標本の細胞培養容器を、撮像装置(オリンパス社製、製品番号:DP72)を備える光学顕微鏡(オリンパス社製、製品番号:IX70)のステージに設置し、撮像する視野を確定した後、当該ガラスボトム上の細胞にDABによる発色基質溶液(Dako社製、製品番号:K1390)を添加し、添加時点から0分後(添加直後)、0.5分後、1分後、及び3分後の透過光画像を取得した。得られた画像中の着目した任意の細胞について、画像処理ソフトcellSens(オリンパス社)を用いて、グレースケールで表示した色成分を256階調で数値化した。各細胞の透過率として、各細胞を構成する全画素の平均階調数値を算出した。
【0057】
各細胞標本について取得された透過光画像を
図1に示す。顕微鏡観察の結果、ネガティブコントロールには、陽性の細胞(抗Ki−67抗体による免疫染色された細胞)は見られなかった(
図1の上段)。一方、ポジティブコントロールは、ほぼ全ての細胞で陽性であった(
図1の中段)。また、サンプルでは、DAB添加直後(0分後)でもパパニコロウ染色による色が確認され、反応時間の経過と共に、バックグラウンドとなるパパニコロウ染色の上からさらに呈色する様子が観察された(
図1の下段)。
【0058】
図2に、各細胞について、酵素反応時間ごとの階調数をプロットした図を示す。ネガティブコントロールの細胞(Cell 1)とサンプルの4細胞のうちの1つ(Cell 5)は、階調数の変化がほとんど見られなかった。一方、ポジティブコントロールの全細胞(Cell 2〜4)及びサンプルの残る3細胞(Cell 6〜8)は、時間の経過に伴った階調数の増大が見られた。
【0059】
図2から、各細胞について、酵素反応時間0〜1分間における階調数の変化量を近似直線で表し、傾きを比較した。0〜1分間における階調数の変化から求められる近似式の傾き及び切片を表1に示す。この結果、ポジティブコントロールに見られた10〜40程度の大きさの傾きは、パパニコロウ染色によるバックグラウンドを有するサンプル(Cell 6〜8)においても見られた。また、ポジティブコントロールにおいて、Ki−67の低発現細胞(Cell 2、傾き13)と中発現細胞(Cell 3、傾き20)と高発現細胞(Cell 4、傾き46)で傾きに差が見られたのと同様に、サンプルにおいても、低発現細胞(Cell 6、傾き9)と中発現細胞(Cell 7、傾き25)と高発現細胞(Cell 8、傾き34)の細胞で、傾きに差が生じた。この結果から、本発明に係る発現量評価方法により、色素染色された細胞についても、標的タンパク質の相対的な発現量を評価できることが明らかである。
【0060】
【表1】