(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の実施形態を詳しく説明する。
本発明の筆記具用水性インク組成物は、酸化セルロースを0.05〜1.5質量%含有し、Cassonの式で導かれる極限粘度が10mPa・s以下であることを特徴とするものである。
【0012】
<酸化セルロース>
本発明に用いる酸化セルロースは、セルロースI型結晶構造を有すると共に、セルロース〔(C
6H
10O
5)n:多数のβグルコース分子がグリコシド結合により直鎖状に重合した天然高分子〕を構成するβグルコースのC6位の水酸基(−OH基)を酸化しアルデヒド基(−CHO)およびカルボキシル基(−COOH基)に変性したものである。
【0013】
本発明に用いる酸化セルロースは、I型結晶構造を有する天然物由来のセルロース固体原料を表面酸化し、ナノサイズにまで微細化した繊維である。一般に、原料となる、天然物由来のセルロースは、ほぼ例外なくミクロフィブリルと呼ばれるナノファイバーが多束化して高次構造を取っているため、そのままでは容易にはナノサイズにまで微細化して分散させることができないものである。本発明の酸化セルロースでは、セルロース繊維の水酸基の一部を酸化しアルデヒド基およびカルボキシル基を導入し、ミクロフィブリル間の強い凝集力の原動となっている表面間の水素結合を弱めて、分散処理し、ナノサイズにまで微細化したものである。
【0014】
本発明では、上記物性の酸化セルロースを用いることで、本発明の効果を発揮できるものであり、好ましくは、数平均繊維径が2〜150nmとなるものが望ましい。
分散安定性の点から、更に好ましくは、数平均繊維径が3〜80nmとなるものが望ましい。この酸化セルロースの数平均繊維径を2nm以上とすることにより、分散媒体としての機能を発揮せしめ、逆に数平均繊維径を150nm以下とすることにより、セルロース繊維そのものの分散安定性を更に向上させることができる。
本発明において、上記数平均繊維径は、例えば、次のようにして測定することができる。すなわち、セルロース繊維に水を加え希釈した試料を分散処理し、親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストして、これを透過型電子顕微鏡(TEM)で観察し、得られた画像から、数平均繊維径を測定算出することができる。
また、上記特定のセルロース繊維を構成するセルロースが、天然物由来のI型結晶構造を有することは、例えば、広角X線回折像測定により得られる回折プロファイルにおいて、2シータ=14〜17°付近と、2シータ=22〜23°付近の2つの位置に典型的なピークを持つことから同定することができる。
【0015】
本発明に用いる酸化セルロースの製造は、例えば、天然セルロースを原料とし、水中においてN−オキシル化合物を酸化触媒とし、共酸化剤を作用させることにより該天然セルロースを酸化して反応物繊維を得る酸化反応工程、不純物を除去して水を含浸させた反応物繊維を得る精製工程、および水を含浸させた反応物繊維を溶媒に分散させる分散工程の少なくとも3つの工程により得ることができる。
【0016】
上記酸化反応工程では、水中に天然セルロースを分散させた分散液を調製する。ここで、天然セルロースは、植物,動物,バクテリア産生ゲル等のセルロースの生合成系から単離した精製セルロースを意味する。より具体的には、針葉樹系パルプ、広葉樹系パルプ、コットンリンターやコットンリントのような綿系パルプ、麦わらパルプやバガスパルプ等の非木材系パルプ、BC、ホヤから単離されるセルロース、海草から単離されるセルロ
ースなどを挙げることができるが、これに限定されるものではない。天然セルロースは好ましくは、叩解等の表面積を高める処理を施すと、反応効率を高めることができ、生産性を高めることができる。さらに、天然セルロースとして、単離、精製の後、ネバードライで保存していたものを使用するとミクロフィブリルの集束体が膨潤し易い状態であるため、やはり反応効率を高め、微細化処理後の数平均繊維径を小さくすることができ、好ましい。
反応における天然セルロースの分散媒は水であり、反応水溶液中の天然セルロース濃度は、試薬の十分な拡散が可能な濃度であれば任意であるが、通常、反応水溶液の重量に対して約5%以下である。
【0017】
また、セルロースの酸化触媒として使用可能なN−オキシル化合物は数多く報告されている(「Cellulose」Vol.10、2003年、第335〜341ページにおけるI. Shibata及びA. Isogaiによる「TEMPO誘導体を用いたセルロースの触媒酸化:酸化生成物のHPSEC及びNMR分析」と題する記事)が、特にTEMPO(2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシル)、4−アセトアミド−TEMPO、4−カルボキシ−TEMPO、及び4−フォスフォノオキシ−TEMPOは水中常温での反応速度において好ましい。これらN−オキシル化合物の添加は触媒量で十分であり、好ましくは0.1〜4mmol/l、さらに好ましくは0.2〜2mmol/lの範囲で反応水溶液に添加する。
【0018】
共酸化剤として、次亜ハロゲン酸またはその塩、亜ハロゲン酸またはその塩、過ハロゲン酸またはその塩、過酸化水素、および過有機酸などが本発明において使用可能であるが、好ましくはアルカリ金属次亜ハロゲン酸塩、例えば、次亜塩素酸ナトリウムや次亜臭素酸ナトリウムである。次亜塩素酸ナトリウムを使用する場合、臭化アルカリ金属、たとえば臭化ナトリウムの存在下で反応を進めることが反応速度において好ましい。この臭化アルカリ金属の添加量は、N−オキシル化合物に対して約1〜40倍モル量、好ましくは約10〜20倍モル量である。一般に共酸化剤の添加量は、天然セルロース1gに対して約0.5〜8mmolの範囲で選択することが好ましく、反応は約5〜120分、長くとも240分以内に完了する。
反応水溶液のpHは約8〜11の範囲で維持されることが好ましい。水溶液の温度は約4〜40℃において任意であるが、反応は室温で行うことが可能であり、特に温度の制御は必要としない。
【0019】
精製工程においては、未反応の次亜塩素酸や各種副生成物等の反応スラリー中に含まれる反応物繊維と水以外の化合物を系外へ除去するが、反応物繊維は通常、この段階ではナノファイバー単位までばらばらに分散しているわけではないため、通常の精製法、すなわち水洗とろ過を繰り返すことで高純度(99質量%以上)の反応物繊維と水の分散体とする。該精製工程における精製方法は遠心脱水を利用する方法(例えば、連続式デカンダー)のように、上述した目的を達成できる装置であればどんな装置を利用しても構わない。
こうして得られる反応物繊維の水分散体は絞った状態で固形分(セルロース)濃度としておよそ10質量%〜50質量%の範囲にある。この後の工程で、ナノファイバーへ分散させる場合は、50質量%よりも高い固形分濃度とすると、分散に極めて高いエネルギーが必要となることから好ましくない。
【0020】
さらに、本発明では、上述した精製工程にて得られる水を含浸した反応物繊維(水分散体)を溶媒中に分散させ分散処理を施すことにより、酸化セルロースの分散体を得ることができ、この分散体を乾燥させて用いる酸化セルロースとすることができる。
ここで、分散媒としての溶媒は通常は水が好ましいが、水以外にも目的に応じて水に可溶するアルコール類(メタノール、エタノール、イソプロパノール、イソブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノール、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、エチレングリコール、グリセリン等)、エーテル類(エチレングリコールジメチルエーテル、1,4−ジオキサン、テトラヒドロフラン等)、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン)やN,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキサイド等を使用してもよい。また、これらの混合物も好適に使用できる。さらに、上述した反応物繊維の分散体を溶媒によって希釈、分散する際には、少しづつ溶媒を加えて分散していく、段階的な分散を試みると効率的にナノファイバーレベルの繊維の分散体を得ることができることがある。操作上の問題から、分散工程後の状態は粘性のある分散液あるいはゲル状の状態となるように分散条件を選択することができる。用いる酸化セルロースは、上記酸化セルロースの分散体でもよいものである。
【0021】
<筆記具用水性インク組成物>
本発明の筆記具用水性インク組成物は、上記酸化セルロースを含有することを特徴とするものであり、例えば、水性のボールペンなどの筆記具用インク組成物として使用に供される。
本発明において、上記酸化セルロースの含有量(固形分量)は、筆記具用水性インク組成物中(全量)に対して、0.05〜1.5質量%(以下、単に「%」という)、好ましくは、0.1〜1.0%とすることが望ましい。
この酸化セルロースの含有量が0.05%未満では、充分な増粘作用が得られず、顔料などの固形分の経時的な沈降が発生することがあり、一方、1.5%を超えると、極限粘度が高くなるため、筆記描線の線割れ現象やインクの吐出不良が発生することがあるので好ましくない。
【0022】
本発明の筆記具用水性インク組成物には、上記酸化セルロースの他、少なくとも着色剤、水溶性溶剤が含有される。
用いることができる着色剤としては、顔料及び/又は水溶性染料が挙げられる。顔料の種類については特に制限はなく、従来水性ボールペンなどの筆記具用に慣用されている無機系及び有機系顔料の中から任意のものを使用することができる。
【0023】
無機系顔料としては、例えば、カーボンブラックや、金属粉等が挙げられる。
また、有機系顔料としては、例えば、アゾレーキ、不溶性アゾ顔料、キレートアゾ顔料、フタロシアニン顔料、ペリレン及びペリノン顔料、アントラキノン顔料、キナクリドン顔料、染料レーキ、ニトロ顔料、ニトロソ顔料などが挙げられる。具体的には、フタロシアニンブルー(C.I.74160)、フタロシアニングリーン(C.I.74260)、ハンザイエロー3G(C.I.11670)、ジスアゾイエローGR(C.I.21100)、パーマネントレッド4R(C.I.12335)、ブリリアントカーミン6B(C.I.15850)、キナクリドンレッド(C.I.46500)などが使用できる。
また、スチレンやアクリル樹脂の粒子から構成されているプラスチックピグメントも使用できる。さらに、粒子内部に空隙のある中空樹脂粒子は白色顔料として、または、発色性、分散性に優れる後述する塩基性染料で染色した樹脂粒子(擬似顔料)等も使用できる。
【0024】
水溶性染料としては、直接染料、酸性染料、食用染料、塩基性染料のいずれも用いることができる。
直接染料としては、例えば、C.I.ダイレクトブラック17、同19、同22、同32、同38、同51、同71、C.I.ダイレクトエロー4、同26、同44、同50、C.I.ダイレクトレッド1、同4、同23、同31、同37、同39、同75、同80、同81、同83、同225、同226、同227、C.I.ダイレクトブルー1、同15、同71、同86、同106、同119などが挙げられる。
酸性染料としては、例えば、C.I.アシッドブラック1、同2、同24、同26、同31、同52、同107、同109、同110、同119、同154、C.I.アシッドエロー7、同17、同19、同23、同25、同29、同38、同42、同49、同61、同72、同78、同110、同127、同135、同141、同142、C.I.アシッドレッド8、同9、同14、同18、同26、同27、同35、同37、同51、同52、同57、同82、同87、同92、同94、同115、同129、同131、同186、同249、同254、同265、同276、C.I.アシッドバイオレット18、同17、C.I.アシッドブルー1、同7、同9、同22、同23、同25、同40、同41、同43、同62、同78、同83、同90、同93、同103、同112、同113、同158、C.I.アシッドグリーン3、同9、同16、同25、同27などが挙げられる。
食用染料としては、その大部分が直接染料又は酸性染料に含まれるが、含まれないものの一例としては、C.I.フードエロー3が挙げられる。
塩基性染料としては、例えば、C.I.ベーシックエロー1、同2、同21、C.I.ベーシックオレンジ2、同14、同32、C.I.ベーシックレッド1、同2、同9、同14、C.I.ベーシックブラウン12、ベーシックブラック2、同8などが挙げられる。
また、塩基性染料で染色した樹脂粒子としては、アクリロニトリル系共重合体の樹脂粒子を塩基性蛍光染料で染色した蛍光顔料などが挙げられる。具体的な商品名として、シンロイヒカラーSFシリーズ(シンロイヒ株式会社)、NKW及びNKPシリーズ(日本蛍光化学株式会社)などが挙げられる。
【0025】
これらの着色剤は、それぞれ単独で用いてもよいし、2種類以上を組み合わせてもよく、筆記具用水性インク組成物全量中の含有量は、通常、0.5〜30%、好ましくは、1〜15%の範囲である。
この着色剤の含有量が、0.5%未満では、着色が弱くなったり、筆跡の色相がわからなくなってしまうことがあり、一方、30%を超えて含有した場合に、筆記不良を生じることがあるので好ましくない。
【0026】
用いることができる水溶性溶剤としては、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、3−ブチレングリコール、チオジエチレングリコール、グリセリン等のグリコール類や、エチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、単独或いは混合して使用することができる。この水溶性溶剤の含有量は、筆記具用水性インク組成物全量中、5〜40%とすることが望ましい。
【0027】
本発明の記具用水性インク組成物には、上記酸化セルロース、着色剤、水溶性溶剤の他、残部として溶媒である水(水道水、精製水、蒸留水、イオン交換水、純水等)の他、本発明の効果を損なわない範囲で、分散剤、潤滑剤、pH調整剤、防錆剤、防腐剤もしくは防菌剤などを適宜含有することができる。
【0028】
着色剤として顔料を用いた場合には、分散剤を使用することが好ましい。この分散剤は、顔料表面に吸着して、水との親和性を向上させ、水中に顔料を安定に分散させる作用をするものであり、ノニオン、アニオン界面活性剤や水溶性樹脂が用いられる。好ましくは水溶性高分子が用いられる。
潤滑剤としては、顔料の表面処理剤にも用いられる多価アルコールの脂肪酸エステル、糖の高級脂肪酸エステル、ポリオキシアルキレン高級脂肪酸エステル、アルキル燐酸エステルなどのノニオン系や、高級脂肪酸アミドのアルキルスルホン酸塩、アルキルアリルスルホン酸塩などのアニオン系、ポリアルキレングリコールの誘導体やフッ素系界面活性剤、ポリエーテル変性シリコーンなどが挙げられる。
【0029】
pH調整剤としては、アンモニア、尿素、モノエタノーアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンや、トリポリリン酸ナトリウム、炭酸ナトリウムなとの炭酸やリン酸のアルカリ金属塩、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属の水和物などが挙げられる。
また、防錆剤としては、ベンゾトリアゾール、トリルトリアゾール、ジシクロへキシルアンモニウムナイトライト、サポニン類など、防腐剤もしくは防菌剤としては、フェノール、ナトリウムオマジン、安息香酸ナトリウム、ベンズイミダゾール系化合物などが挙げられる。
【0030】
本発明の記具用水性インク組成物は、上記酸化セルロース、着色剤、水溶性溶剤、その他の各成分を筆記具用(ボールペン用、マーキングペン用)インクの用途に応じて適宜組み合わせて、ホモミキサー、ホモジナイザーもしくはディスパー等の攪拌機により攪拌混合することにより、更に必要に応じて、ろ過や遠心分離によってインク組成物中の粗大粒子を除去すること等によって筆記具用水性インク組成物を調製することができる。
水性ボールペン用では、該筆記具用水性インク組成物を、直径が0.18〜2.0mmのボールを備えた水性ボールペン体に充填することにより作製することができる。
用いる水性ボールペン体として、直径が上記範囲のボールを備えたものであれば、特に限定されず、特に、上記水性インク組成物をポリプロピレンチューブのインク収容管に充填し、先端のステンレスチップ(ボールは超鋼合金)を有するリフィールの水性ボールペンに仕上げたものが望ましい。
【0031】
更に、本発明では、良好な描線品位とするため、特に粘度が高いインクを用いたり、筆記速度が速くなった場合に発生しやすい線割れ現象を防止する点から、Cassonの式から導かれる極限粘度が10mPa・s以下とすることが必要であり、更に好ましくは、1〜10mPa・sであることが望ましい。
本発明における「極限粘度」とは、ずり速度が無限大の時の粘度値であり、下記に示すCassonの計算式から、極限粘度(η∞)を算出した。
τ
1/2=(η∞)
1/2・D
1/2+(τ
0)
1/2
〔式中、τ:ずり応力(Pa)、D:ずり速度(s
−1)、η∞:極限粘度(mPa・s)、τ
0:降伏値(Pa)である。〕
ずり応力(τ)は、ずり速度(D)と粘度の測定値(25℃)とから算出できる。τ
0(降伏値)は、2点以上のずり速度−ずり応力(測定値)のそれぞれの平方根からプロットした1次直線の切片の2乗がτ
0である。また、極限粘度(η∞)は、ずり速度の平方根(特に高ずり速度領域)に対してずり応力の平方根をプロット(Cassonプロット)して得られる直線の傾きとして求められる。
本発明の筆記具用水性インク組成物が上記範囲の極限粘度を有することによって、粘度が高いインクを用いたり、筆記速度が速くなったとしても良好な描線品位を実現することができる。
本発明において、上記極限粘度を10mPa・s以下とするには、酸化セルロースを均一に分散させなければならない。ディスパーなどの簡易的な攪拌では充分な均一性とすることができず、極限粘度を10mPa・s以下とすることは困難である。均一に分散させるためには、例えば、強力な剪断を加えることができるビーズミル、ホモミキサー、ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、超音波ホモジナイザー、高圧湿式メディアレス微粒化装置等を用いて撹拌条件を好適な条件に設定等することで、極限粘度を10mPa・s以下とすることが可能となる。
【0032】
本発明の筆記具用水性インク組成物の製造方法は、他の水性インク組成物の製造方法と比べて特に変わるところはなく製造することができる。
すなわち、本発明の筆記具用水性インク組成物は、上述した酸化セルロースを含む各成分をミキサー等によって混合攪拌することによって、チキソトロピー性インク(例えば、ゲルインク水性ボールペン用インク)を製造することができる。
また、本発明の筆記具用水性インク組成物のpH(25℃)は、使用性、安全性、インク自身の安定性、インク収容体とのマッチング性の点からpH調整剤などにより5〜10に調整されることが好ましく、更に好ましくは、6〜9.5とすることが望ましい。
【0033】
本発明の筆記具用水性インク組成物は、ボールペンチップ、繊維チップ、フェルトチップ、プラスクチップなどのペン先部を備えたボールペン、マーキングペン等に搭載される。
本発明におけるボールペンとしては、上記組成の筆記具用水性インク組成物をボールペン用インク収容体(リフィール)に収容すると共に、該インク収容体内に収容された水性インク組成物とは相溶性がなく、かつ、該水性インク組成物に対して比重が小さい物質、例えば、ポリブテン、シリコーンオイル、鉱油等がインク追従体として収容されるものが挙げられる。
なお、ボールペン、マーキングペンの構造は、特に限定されず、例えば、軸筒自体をインク収容体として該軸筒内に上記構成の筆記具用水性インク組成物を充填したコレクター構造(インク保持機構)を備えた直液式のボールペン、マーキングペンであってもよいものである。
【0034】
このように構成される本発明の筆記具用水性インク組成物にあっては、用いる酸化セルロースが筆記具用水性インク組成物中に0.05〜1.5%の低粘度であっても高い粘性を示し、かつ、セルロースに固有の高いチキソトロピーインデックスを示すため、筆記具用水性インク組成物の増粘・ゲル化剤として、従来の微細セルロースや、キサンタンガムより少量でレオロジーコントロール効果を発揮すると共に、Cassonの式で導かれる極限粘度値を10mPa・s以下とすることにより、低粘度でありながら粒子の保存安定性、経時筆記性および描線品位に優れた水性ボールペン等の筆記具に好適な筆記具用水性インク組成物が得られることとなる。
【実施例】
【0035】
次に、実施例及び比較例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は下記実施例等に限定されるものではない。
【0036】
〔実施例1〜5及び比較例1〜9〕
下記物性となる酸化セルロースを用いて、下記表1の配合組成により各筆記具用水性インク組成物を所定量を高圧湿式メディアレス微粒化装置(吉田機械興業社製、ナノヴェイタ)を用いて撹拌条件(剪断力、圧力、撹拌時間)を適宜変動させて湿式法で混合撹拌し、10μmのバッグフィルターで濾過することにより調製した。各筆記具用水性インク組成物の25℃、pHをpH測定計(HORIBA社製)で測定したところ、7.9〜8.2の範囲内であった。
上記実施例1〜5及び比較例1〜9で得られた筆記具用水性インク組成物について、下記方法で粘度値を測定した。
粘度値の測定に際しては、ガラス瓶にて室温で一ヶ月間保管した各インクを用いて、EMD型粘度計(東京計器社製)により、25℃における剪断速度3.83
−1及び383
−1の粘度値を測定した。
また、極限粘度は、上記に示すCassonの計算式から、極限粘度(η∞)を算出した。具体的には、上記剪断速度3.83
−1及び383
−1における粘度測定開始から30秒後のずり応力を求めることにより、極限粘度(η∞)を算出した。
次に、上記実施例1〜5及び比較例1〜9で得られた筆記具用水性インク組成物について、下記方法により水性ボールペンを作製して、下記評価方法で経時安定性、顔料沈降性及び筆記性(線割れ)の評価を行った。
これらの結果を下記表1に示す。
【0037】
〔用いた酸化セルロース〕
乾燥重量で2g相当分の未乾燥の亜硫酸漂白針葉樹パルプ(主に1000nmを超える繊維径の繊維から成る)、0.025gのTEMPOおよび0.25gの臭化ナトリウムを水150mlに分散させた後、13重量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を、1gのパルプに対して次亜塩素酸ナトリウムの量が2.5mmolとなるように次亜塩素酸ナトリウムを加えて反応を開始した。反応中は0.5Mの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHを10.5に保った。pHに変化が見られなくなった時点で反応終了と見なし、反応物をガラスフィルターにてろ過した後、十分な量の水による水洗、ろ過を5回繰り返し、固形分量25質量%の水を含浸させた反応物繊維を得た。
次に、該反応物繊維に水を加え、2質量%スラリーとし、回転刃式ミキサーで約5分間の処理を行った。処理に伴って著しくスラリーの粘度が上昇したため、少しづつ水を加えていき固形分濃度が0.15質量%となるまでミキサーによる分散処理を続けた。こうして得られたセルロース濃度が0.15質量%の酸化セルロースの分散体に対して、遠心分離により浮遊物の除去を行った後、水による濃度調製を行ってセルロース濃度が0.1質量%の透明かつやや粘調な酸化セルロースの分散体を得た。この分散体を乾燥させて得られた酸化セルロースを用いた。なお、表1の各実施例等に示した酸化セルロースは、上記で製造したものを各実施例等の固形分濃度で表示したものである。
【0038】
上記で得た酸化セルロースの数平均繊維径は、下記方法により、確認、測定した。
<数平均繊維径>
酸化セルロースの数平均繊維径を、次のようにして測定した。
すなわち、酸化セルロースに水を加え希釈した試料をホモミキサーを用いて12000rpmで15分間分散した後、親水化処理済みのカーボン膜被覆グリッド上にキャストして、これを透過型電子顕微鏡(TEM)で観察し、得られた画像から、数平均繊維径を測定算出した。その結果、数平均繊維径は約140nmであった。
【0039】
<セルロースI型結晶構造の確認>
用いる酸化セルロースがI型結晶構造を有することの確認を次のようにして行った。
すなわち、広角X線回折像測定により得られた回折プロファイルにおいて、2シータ=14〜17°付近と、2シータ=22〜23°付近の2つの位置に典型的なピークを持つことからI型結晶構造を有することを確認した。
【0040】
(水性ボールペンの作製)
上記で得られた各インク組成物を用いて水性ボールペンを作製した。具体的には、ボールペン〔三菱鉛筆株式会社製、商品名:シグノUM−100〕の軸を使用し、内径4.0mm、長さ113mmポリプロピレン製インク収容管とステンレス製チップ(超硬合金ボール、ボール径0.7mm)及び該収容管と該チップを連結する継手からなるリフィールに上記各水性インクを充填し、インク後端に鉱油を主成分とするインク追従体を装填し、水性ボールペンを作製した。
【0041】
(経時筆記性の評価方法)
得られた各水性ボールペンを、50℃、1週間放置後、筆記を行い、下記評価基準で評価した。
評価基準:
◎:筆記に際し、全く問題がない。
○:書き始めに多少カスレが見られたが、その後は遜色ない。
△:描線が多少かすれている。描線がうすい。
×:筆記ができない。
【0042】
(耐顔料沈降性の評価方法)
上記で得られた各インク組成物を試験管にセットし、5000rpmで10分間遠心処理を行った後、試験管内インクを上下にわけ、展色し、下記評価基準で評価した。
評価基準:
◎:上下で全く濃度に差がない。
○:並べて展色すると若干差異があるが、殆どわからない程度。
△:上下差はあるが、ある程度の濃さは保っている。
×:明らかに、上部が薄く下部が濃くなっている。描線状態を目視で評価。
【0043】
〔描線品位(線割れ)の評価方法〕
実施例1〜3、5及び比較例1〜5、7〜9は、上記水性ボールペンを用いて、また、実施例4及び比較例6については、修正具用ボールペン、CLN−250(三菱鉛筆社製)に充填して、それぞれの水性ボールペン、修正具用ボールペンを用いて筆検用紙に手書きで筆記したときの状態(線割れ)を下記評価基準で評価した。
評価基準:
◎:全く線割れが見られない。
○:若干の線割れが観察されるが、気にならない程度。
×:線割れがはっきりと認識される。
【0044】
【表1】
【0045】
上記表1の結果から明らかなように、本発明となる実施例1〜5の筆記具用水性インク組成物は、満足のいく経時筆記性が保たれ、顔料沈降性もなく、しかも、描線品位が優れることが判明した。
比較例を個別的にみると、比較例1、2、4及び6は、キサンタンガムを用いた場合であり、比較例3はカルボキシビニルポリマーを用いた場合、比較例5はカルボキシメチルセルロース(CMC)を用いた場合、比較例7及び8は酸化セルロースが本発明の含有量の範囲外となる場合であり、比較例9は酸化セルロースが本発明の含有量の範囲内であっても極限粘度値が本発明の範囲外となる場合であり、これらの場合は、経時筆記性、顔料沈降性、描線品位の何れかについて満足のいく結果が得られないことが判った。
【0046】
(試験例1)
本発明(実施例1〜5)で用いた酸化セルロースと比較例1、2、4及び6で用いたキサンタンガムとの剪断速度と粘度の関係について試験をした。すなわち、1%のキサンタンガム水溶液と0.5%の酸化セルロース分散液とを調製し、剪断速度3.83s
−1、38.3s
−1、383s
−1の時の粘度をEMD型粘度計(東機産業社製)を用いて測定した。これらの結果を
図1に示す。
図1の結果を見ると、酸化セルロース及びキサンタンガムともに、剪断速度の増加に伴い粘度が低下する擬塑性流動を示すものであるが、本発明の酸化セルロースは静置時には高い粘度を示すが、流動時には極端に粘度が低下する流動特性を示し、挙動変化が大きいことが判る。
【0047】
上記表1の結果及び
図1の結果を綜合的に考察すると、キサンタンガムのような従来の増粘・ゲル化剤と比較して、酸化セルロースを含有し、Cassonの式で導かれる極限粘度値が10mPa・s以下である筆記具用水性インク組成物は、低粘度でありながら粒子の保存安定性、経時筆記性および描線品位に優れることが判明した。