特許第6203045号(P6203045)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6203045-補聴器及びフィードバックキャンセラ 図000007
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6203045
(24)【登録日】2017年9月8日
(45)【発行日】2017年9月27日
(54)【発明の名称】補聴器及びフィードバックキャンセラ
(51)【国際特許分類】
   H04R 25/00 20060101AFI20170914BHJP
   H04R 3/02 20060101ALI20170914BHJP
【FI】
   H04R25/00 M
   H04R3/02
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-270377(P2013-270377)
(22)【出願日】2013年12月26日
(65)【公開番号】特開2015-126443(P2015-126443A)
(43)【公開日】2015年7月6日
【審査請求日】2016年11月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000115636
【氏名又は名称】リオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110881
【弁理士】
【氏名又は名称】首藤 宏平
(72)【発明者】
【氏名】春原 政浩
(72)【発明者】
【氏名】西山 和輝
【審査官】 菊池 充
(56)【参考文献】
【文献】 特許第5296247(JP,B1)
【文献】 特開2010−263600(JP,A)
【文献】 特表2002−526961(JP,A)
【文献】 特開2003−167584(JP,A)
【文献】 特表平11−508105(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0182439(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2005/0163331(US,A1)
【文献】 米国特許第05694474(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 25/00−25/04
H04R 3/00− 3/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
音を電気信号に変換するマイクロホンと、
前記マイクロホンの出力信号に基づいて生成される第1の信号に所定の補聴処理を施して第2の信号を生成する補聴処理部と、
前記第2の信号を音に変換するレシーバと、
前記第2の信号を入力し、前記レシーバから出力される音が帰還成分として前記マイクロホンに入力されるまでのフィードバックパスの伝達関数を適応的に推定し、前記帰還成分に相当する第3の信号を出力する適応フィルタと、
前記マイクロホンの出力信号から前記第3の信号を減算する減算部と、
前記第1の信号及び前記第2の信号に基づいて前記適応フィルタのフィルタ係数を更新する係数更新部と、
少なくとも、前記係数更新部による前記フィルタ係数の算出タイミングを制御する制御部と、
を備え、
前記制御部は、前記フィルタ係数の算出タイミングを規定する乱数を生成する乱数生成部を含み、
前記算出タイミングは、前記乱数生成部により生成される乱数に基づいて、予め設定された基準タイミングをランダム化した時点に設定されることを特徴とする補聴器。
【請求項2】
前記基準タイミングは、前記第1の信号及び前記第2の信号のサンプリング間隔のP倍(Pは2以上の整数)の間隔毎に設定され、
前記乱数生成部は、0以上P−1以下の範囲内の整数を前記乱数として生成する、
ことを特徴とする請求項1に記載の補聴器。
【請求項3】
前記算出タイミングは、前記乱数生成部により乱数R(0以上P−1以下の整数)が生成されたとき、前記基準タイミングを起点に前記サンプリング間隔のR倍の時間だけ過去の時点に設定されることを特徴とする請求項2に記載の補聴器。
【請求項4】
前記乱数生成部は、M系列に基づく演算を実行することにより前記乱数を生成することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の補聴器。
【請求項5】
前記乱数生成部は、メモリに予め構成された乱数テーブルから読み出すことにより前記乱数を生成することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の補聴器。
【請求項6】
音を電気信号に変換する第1の変換手段と、
前記第1の変換手段の出力信号に基づいて生成される第1の信号に所定の信号処理を施して第2の信号を生成する信号処理部と、
前記第2の信号を音に変換する第2の変換手段と、
前記第2の信号を入力し、前記第2の変換手段から出力される音が帰還成分として前記第1の変換手段に入力されるまでのフィードバックパスの伝達関数を適応的に推定し、前記帰還成分に相当する第3の信号を出力する適応フィルタと、
前記第1の変換手段の出力信号から前記第3の信号を減算する減算部と、
前記第1の信号及び前記第2の信号に基づいて前記適応フィルタのフィルタ係数を更新する係数更新部と、
少なくとも、前記係数更新部による前記フィルタ係数の算出タイミングを制御する制御部と、
を備え、
前記制御部は、前記算出タイミングを規定する乱数を生成する乱数生成部を含み、
前記算出タイミングは、前記乱数生成部により生成される乱数に基づいて、予め設定された基準タイミングをランダム化した時点に設定されることを特徴とするフィードバックキャンセラ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハウリングの発生を抑制可能な構成を具備する補聴器及びフィードバックキャンセラに関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な補聴器は、使用者の外耳道内に設置されたレシーバから出力された音が、外部空間を経由してマイクロホンにフィードバックすることにより、ハウリングが発生する場合がある。このようなハウリングの発生を抑制するための手段として、フィードバック伝達関数を適応的に推定する適応フィルタを用いたフィードバックキャンセラが知られている。例えば、特許文献1には、適応フィルタの係数を所定の適応アルゴリズムに従って一定の間隔で更新し、上述のフィードバックの成分を音信号から除去し得るフィードバックキャンセラが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第5296247号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来の補聴器において、マイクロホンから出力されるアナログ信号は、所定のサンプリング周波数でディジタル信号に変換され、各サンプル点の離散的なデータ列に対して信号処理が施される。一方、適応フィルタで用いるフィルタ係数の更新は複雑な適応アルゴリズムが必要であり、全てのサンプル点に対してフィルタ係数を算出することはディジタル信号処理の負担が過大になる。そのため、フィルタ係数を算出するサンプル点を間引くことにより、演算量を減らすことが望ましい。例えば、フィルタ係数の更新周期をサンプリング間隔の16倍とし、16サンプルに1回ずつフィルタ係数を算出することにより、ディジタル信号処理の負担を十分に軽減することができる。
【0005】
適応フィルタは、誤差信号を用いてフィルタ係数を更新している限り、適応動作により誤差信号のレベルが十分に小さくなるように動作する。しかし、サンプル点を間引いてフィルタ係数を算出する場合において、誤差信号が、ゼロクロス点の間隔がフィルタ係数の更新周期に一致するような信号(例えば、図4(A)参照)である場合には、そのゼロクロス点(フィルタ係数を算出する点)でのフィードバック抑制は働くものの、その他の点においてはフィードバック抑制が効かずに発振する状態となって、ハウリングの抑制動作に支障を来すという問題がある。
【0006】
本発明は上記の問題を解決するためになされたものであり、比較的簡単な構成で、フィルタ係数の算出タイミングに起因するフィードバック抑制性能の低下を防止し、使用者にとって快適な補聴器等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明の補聴器(1)は、音を電気信号に変換するマイクロホン(18)と、前記マイクロホンの出力信号に基づいて生成される第1の信号(e(n))に所定の補聴処理を施して第2の信号(x(n))を生成する補聴処理部(10)と、前記第2の信号を音に変換するレシーバ(17)と、前記第2の信号を入力し、前記レシーバから出力される音が帰還成分として前記マイクロホンに入力されるまでのフィードバックパス(FP)の伝達関数(F(z))を適応的に推定し、前記帰還成分に相当する第3の信号を出力する適応フィルタ(12)と、前記マイクロホンの出力信号から前記第3の信号(y(n))を減算する減算部(14)と、前記第1の信号及び前記第2の信号に基づいて前記適応フィルタのフィルタ係数を更新する係数更新部(13)と、少なくとも、前記係数更新部による前記フィルタ係数の算出タイミングを制御する制御部(11)とを備え、前記制御部は、前記フィルタ係数の算出タイミングを規定する乱数を生成する乱数生成部(11a)を含み、前記算出タイミングは、前記乱数生成部により生成される乱数(R)に基づいて、予め設定された基準タイミングがランダム化した時点に設定されることを特徴としている。
【0008】
本発明の補聴器によれば、フィードバック抑制処理時に適応フィルタの適応動作に用いるフィルタ係数を更新する際、制御部の乱数生成部が乱数を生成し、その乱数に基づき設定されるフィルタ係数の算出タイミングは、予め設定された基準タイミングをランダム化したものとなっている。よって、フィルタ係数の更新動作を一定間隔の基準タイミングに行ったとしても、算出タイミングは周期性を持たなくなるため、誤差信号に含まれる特定の正弦波のゼロクロス点と算出タイミングが一致する事態を防止でき、誤差信号のレベルの増大に起因するフィードバック抑制性能の低下要因を排除することが可能となる。
【0009】
本発明において、前記基準タイミングを、前記第1の信号及び前記第2の信号のサンプリング間隔TsのP倍(Pは2以上の整数)の間隔毎に設定し、前記乱数生成部は、0以上P−1以下の範囲内の整数を前記乱数として生成するようにしてもよい。これにより、毎回のサンプリング時でフィルタ係数の算出を行うと信号処理の負担が過大になるので、それを周期P・Tsに長くすることにより、信号処理の負担が軽減される。また、前記算出タイミングは、前記乱数生成部により乱数Rが生成されたとき、前記基準タイミングを起点に前記サンプリング間隔TsのR倍の時間だけ過去の時点に設定する。これにより、0以上P−1以下の範囲内の一様な乱数を用いることで、算出タイミングを各周期P・Tsの範囲内でランダムに変化させることができる。
【0010】
前記乱数生成部としては、多様な構成を採用することができる。例えば、M系列に基づく演算を実行することにより乱数を生成する乱数生成部を採用することができる。M系列の演算は、他の乱数発生アルゴリズムに比べ、シフトレジスタとXOR回路を組み合わせた比較的簡単な構成で実現することができる。また例えば、メモリに予め構成された乱数テーブルから読み出すことにより乱数を生成する乱数生成部を採用することができる。乱数テーブルを用いる方法は、十分なメモリ容量が必要になるので、演算量を十分に低減する効果がある。
【0011】
また、上記課題を解決するために、本発明のフィードバックキャンセラは、音を電気信号に変換する第1の変換手段と、前記第1の変換手段の出力信号に基づいて生成される第1の信号に所定の信号処理を施して第2の信号を生成する信号処理部と、前記第2の信号を音に変換する第2の変換手段と、前記第2の信号を入力し、前記第2の変換手段から出力される音が帰還成分として前記第1の変換手段に入力されるまでのフィードバックパスの伝達関数を適応的に推定し、前記帰還成分に相当する第3の信号を出力する適応フィルタと、前記第1の変換手段の出力信号から前記第3の信号を減算する減算部と、前記第1の信号及び前記第2の信号に基づいて前記適応フィルタのフィルタ係数を更新する係数更新部と、少なくとも、前記係数更新部による前記フィルタ係数の算出タイミングを制御する制御部とを備え、前記制御部は、前記算出タイミングを規定する乱数を生成する乱数生成部を含み、前記算出タイミングは、前記乱数生成部により生成される乱数に基づいて、予め設定された基準タイミングをランダム化した時点に設定されることを特徴としている。本発明のフィードバックキャンセラは、上述の補聴器には限られず、多様な機器に組み込むことが可能であり、上述の補聴器の場合と同様の作用効果を実現することが可能である。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように、本発明によれば、フィードバック抑制処理を導入した補聴器等において、適応フィルタの更新時に、乱数を用いてフィルタ係数の算出タイミングをランダム化することにより、フィルタ係数を一定の周期で算出することに起因する発振を防止することができる。よって、多大な演算を行うことなく、フィードバック抑制の良好な性能を保つことができ、使用者にとって快適な補聴器等を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本実施形態の補聴器において、ディジタル信号処理に関連する具体的な構成例を示すブロック図である。
図2】適応フィルタとその周辺部の具体的な構成例を示す図である。
図3】(4)式に基づくフィルタ係数の更新時の動作例を模式的に示すタイミングチャートである。
図4図3の比較例によるフィードバック抑制処理の際の問題点と、図3の本発明の手法を適用する場合の相違を説明する図である。
図5】本実施形態の補聴器におけるフィードバック抑制処理の効果について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を適用した補聴器の実施形態について、添付図面を参照しながら説明する。図1は、本実施形態の補聴器1において、ディジタル信号処理に関連する具体的な構成例を示すブロック図である。図1の構成例には、補聴処理部10と、乱数生成部11aを含む制御部11と、適応フィルタ12と、係数更新部13と、減算部14と、DA変換器15と、AD変換器16と、レシーバ17と、マイクロホン18とが示されている。このうち、補聴処理部10、制御部11、適応フィルタ12、係数更新部13、減算部14の構成部分は、例えば、ディジタル信号処理を実行可能なDSP(Digital Signal Processor)を用いて実現することができる。図1の各構成要素は、補聴器1の内部に搭載された電池(不図示)によって電源を供給することにより動作する。なお、図1に示す補聴器1としては、耳あな型、耳かけ型、ポケット型などを含む多様な種類の補聴器を挙げることができる。
【0015】
以上の構成において、補聴処理部10は、後述の減算部14から出力される誤差信号e(n)を増幅するとともに、各々の使用者に適合して個別に設定された所定の補聴処理を施す手段である。なお、誤差信号e(n)は本発明の第1の信号に相当する。図1に示すように、補聴処理部10による補聴処理は、伝達関数G(z)で表すことができる。補聴処理部10によって適用可能な補聴処理としては、入力される誤差信号e(n)に対する所定のゲインの付与に加えて、例えば、誤差信号e(n)に対するマルチバンドコンプレッション、ノイズリダクション、トーンコントロール、出力制限処理など、補聴器1の使用者の聴力特性や使用環境に合わせた多様な処理を挙げることができる。
【0016】
制御部11は、補聴器1におけるディジタル信号処理を全体的に制御する手段である。特に、制御部11の重要な制御としては、補聴器1において生じるハウリングを抑制するためのフィードバック抑制処理がある。そして、制御部11内の乱数生成部11aは、制御部11がフィードバック抑制処理を制御する際、後述のフィルタ係数の算出タイミングをランダム化するための乱数Rを係数更新部13に供給する。乱数Rの範囲は、後述の1ブロックを構成するサンプル数に依存する。例えば、1ブロックが16サンプルであれば、乱数Rは0〜15の範囲の整数となる。なお、乱数生成部11aにより生成される乱数Rを用いたフィードバック抑制処理の具体的な内容については後述する。
【0017】
乱数生成部11aとしては、多様な構成を適用可能であるが、ディジタル信号処理に適した代表的な例として、M系列を挙げることができる。M系列は周期性を有する擬似不規則信号の一例であり、シフトレジスタとXOR回路を組み合わせて簡単に構成することができる。M系列に基づく演算を実行する乱数生成部11aを採用すれば、比較的段数の短いシフトレジスタを用いたとしても、長大な周期を有する良質な乱数Rを生成することが可能である。
【0018】
DA変換器15は、ディジタル信号である入力信号x(n)をアナログの電気信号に変換する。レシーバ17は、例えば、使用者の外耳道内に設置され、DA変換器15から出力される電気信号を音に変換して外耳道内の空間に出力する。レシーバ17としては、例えば、電磁型などのレシーバを用いることができる。
【0019】
マイクロホン18は、補聴器1の外部空間から伝わる音を収集し、それを電気信号に変換して出力する。AD変換器16は、マイクロホン18から出力されるアナログの電気信号をサンプリングし、ディジタル信号である所望信号d(n)を出力する。マイクロホン18としては、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)、コンデンサ型などの多様なマイクロホンを用いることができる。なお、AD変換器16におけるサンプリング周波数fsは、少なくとも補聴器1の周波数帯域の2倍以上に設定する必要があり、例えば、fs=16kHzに設定される。
【0020】
図1の右側に示すように、マイクロホン18には、外部の環境音に相当する音信号s(n)のみが入力されるが、実際にはレシーバ17から出力される音がフィードバックパスFPを経由してからマイクロホン18に回り込む。ここで、フィードバックパスFPに関連して、レシーバ17からマイクロホン18に至る伝達関数F(z)を想定する。この伝達関数F(z)は、補聴器1の構造、使用者の挙動、周囲の環境などによって変化する。そして、DA変換器15を介してレシーバ17に入力される入力信号x(n)と、マイクロホン18から出力される所望信号d(n)の間には、伝達関数F(z)を用いて、次の(1)式の関係が成り立つ。ここで、d(n)、s(n)、x(n)のZ変換をそれぞれD(z)、S(z)、X(z)とする。
【数1】
【0021】
このように、フィードバックパスFPを経由する音の経路と、マイクロホン18の出力側からAD変換器16、減算部14、補聴処理部10を経てレシーバ17の入力側に至る電気経路によってループが形成されるので、所定の発振条件が満たされたときにハウリングが発生することになる。そのため、本実施形態では、適応フィルタ12、係数更新部13、減算部14によって一体的に構成されるフィードバック除去部により、ハウリングの発生を抑制するものである。なお、レシーバ17とマイクロホン18に関しても、それぞれ固有の伝達関数が存在するが、いずれもフィードバックパスFPの伝達関数F(z)に含めている。
【0022】
適応フィルタ12は、係数更新部13から出力されるフィルタ係数を用いて、フィードバックパスFPの伝達関数F(z)を適応的に推定した伝達関数W(z)に更新され、補聴処理部10により生成される入力信号x(n)に対し、その演算結果として出力信号y(n)を生成する。なお、適応フィルタ12への入力信号x(n)は本発明の第2の信号に相当し、適応フィルタ12からの出力信号y(n)は本発明の第3の信号に相当する。係数更新部13は、上述の誤差信号e(n)及び入力信号x(n)に基づき、制御部11によって制御される算出タイミングで適応フィルタ12に供給すべきフィルタ係数を算出する。後述するように、係数更新部13によるフィルタ係数の算出時には、タップ数Mに1ブロックを構成するサンプル数Pを加えた数に相当する入力信号x(n)のデータ列を時間経過とともに順次記憶する必要があるので、所定容量のサーキュラーバッファを構成することが望ましい。適応フィルタ12及び係数更新部13の具体的な動作及び算出タイミングの制御について詳しくは後述する。
【0023】
減算部14は、マイクロホン18から出力される所望信号d(n)から、適応フィルタ12により生成される出力信号y(n)を減算し、それを上述の誤差信号e(n)として出力する。この場合、誤差信号e(n)は、以下の(2)式で表すことができる。(2)式に基づいて減算処理を行うことにより、フィードバックパスFPによる帰還成分に対応する出力信号y(n)を所望信号d(n)から除去することができ、ハウリングの発生を抑制することができる。
【数2】
【0024】
図2は、適応フィルタ12とその周辺部の具体的な構成例を示している。図2に示す適応フィルタ12は、タップ数MのFIR(Finite Impulse Response)型フィルタとして構成され、離散時間系における入力信号x(n)を順次遅延させるM−1個の遅延部30と、それぞれの遅延部30を経由する入力信号x(n)とM個のフィルタ係数w〜wM−1を乗算するM個の乗算部31と、それぞれの乗算部31から出力されるM個の乗算結果を加算して出力信号y(n)を生成する加算部32を備えている。タップ数Mとしては、例えば、M=64に設定される。
【0025】
図2の構成において、適応フィルタ12の出力信号y(n)は、フィルタ係数w〜wM−1と入力信号x(n)との畳み込み演算により得られ、次の(3)式で表すことができる。
【数3】
【0026】
一方、LMS係数更新部13aは、図1の係数更新部13の一例であって、適応アルゴリズムであるLMS(Least Mean Square)アルゴリズムに従って、(3)式の演算に用いるフィルタ係数wを算出する。ここで、離散時間系における入力信号x(n)は、所定のサンプリング間隔Ts(=1/fs)で順次入力されるが、係数更新部13によるフィルタ係数wの更新を全てのサンプル点に対して行うと信号処理の負担が過大になる。そのため、連続する所定のサンプル数(例えば、16個)を1ブロックとして扱い、1ブロックに1回ずつ係数更新部13によるフィルタ係数wの更新を行うことにより、フィルタ係数wの更新頻度を低減させるのが一般的である。このようにすれば、サンプリング間隔Tsより十分長い更新周期でフィルタ係数wを更新すればよいため、信号処理の負担を軽減することができる。しかし、各ブロックにおけるフィルタ係数wの算出タイミングが一定の周期性を持つことにより後述の性能上の問題が生じるので、その対策として、本実施形態では、乱数生成部11aにより供給される乱数Rを用いて、各ブロック内でフィルタ係数wの算出タイミングをランダム化する点に特徴がある。
【0027】
本実施形態において、LMS係数更新部13aによるフィルタ係数wの更新時の演算は、例えば、次の(4)式で表すことができる。
【数4】
ただし、b:ブロック番号(b≧0)
P:1ブロックを構成するサンプル数
μ:ステップサイズパラメータ
k:タップ数Mの適応フィルタ12のタップ番号(0≦k≦M−1)
R:乱数生成部11aが出力する乱数(0≦R≦P−1)
【0028】
(4)式によれば、フィルタ係数wは、ブロック番号bの更新に伴い更新されるとともに、その算出は乱数Rに応じた算出タイミングで行われることがわかる。この場合、0≦k≦M−1の範囲内のM個のフィルタ係数wは、更新時点を起点として1ブロック内でランダム化した算出タイミングに算出される。一方、(4)式の右辺において、0≦k≦M−1の範囲内のM個の入力信号x(bP−R−k)と誤差信号e(bP−R)は、更新時点からRサンプル分だけ過去の時点のデータ群であることがわかる。なお、ステップサイズパラメータμは適応フィルタ12の適応速度を規定するパラメータであり、大きい値に設定するほど適応速度が速くなる一方で、精度が低下する。以下では、適応フィルタ12及びLMS係数更新部13aに関し、(4)式の演算に基づく動作及び作用について、図3図5を参照しつつ具体的に説明する。
【0029】
図3は、(4)式に基づくフィルタ係数wの更新時の動作例を模式的に示すタイミングチャートである。図3の例では、1ブロックが16サンプル数により構成され(P=16)、タップ数64の適応フィルタ12(M=64)を用いる場合を想定する。この場合には、64タップが4ブロックに対応する。また、乱数Rは、0≦R≦15の範囲内の値を取る。図3の上部には、ブロック毎に区切った時間軸を示すとともに、その下部に、LMS係数更新部13aに入力される離散時間系の入力信号x(n)及び誤差信号e(n)を時間軸に対応させて示している。
【0030】
図3においては、本発明の手法との対比のため、算出タイミングの設定に乱数Rを用いない場合を比較例として示している。この比較例においては、前述の(4)式の演算は、次の(5)式に置き換えられる。(4)式と(5)式の違いは、右辺におけるM個の入力信号x(bP−k)と誤差信号e(bP)に関し、乱数Rが関与していない点のみである。
【数5】
【0031】
まず、比較例においては、時間軸上のタイミングT0(本発明の基準タイミング)でフィルタ係数wを更新する動作を想定する。このとき、(5)式に従って、タイミングt0を起点に、64サンプル分の入力信号x(n)のデータ列と、1サンプル分の誤差信号e(n)が演算に用いられる。64サンプル分の入力信号x(n)は、LMS係数更新部13aに保持されており、1サンプル分の誤差信号e(n)は、減算部14から入力される最新のデータである。そして、0≦k≦M−1の範囲内の全てのkについて(5)式の演算を行うことにより、タイミングT0における64個のフィルタ係数wが更新されることになる。
【0032】
続いて、比較例において、時間軸上でタイミングT0から1ブロック分(16サンプル分)の時間Tbが経過したタイミングT0+Tb(本発明の基準タイミング)で再びフィルタ係数wが更新される。このときの演算は、タイミングT0と同様、(5)式に従って行われる。すなわち、64サンプル分の入力信号x(n)と1サンプル分の誤差信号e(n)は、上述のデータ列を時間軸上で時間Tbだけずらしたものである。これ以降も、時間Tbが経過する度に、同様の演算が繰り返される。
【0033】
図4(A)は、図3の比較例によるフィードバック抑制処理の際の問題点を説明する図である。図4(A)においては、時間軸に沿ってフィルタ係数wの算出タイミングを黒丸で示すとともに、その際の誤差信号e(n)に含まれるフィードバック成分と出力信号y(n)との差分の波形の一例を重ねて示している。ここでは、図1の適応フィルタ12が適切に動作している限り、本来は誤差信号e(n)のレベルを検出し、図4(B)の破線矢印で示すように、誤差信号e(n)のレベルが小さくなるように動作するはずである。しかし、例えば、図4(A)に示す誤差信号e(n)は、32サンプル分の周期を有する正弦波であり、16サンプル毎のゼロクロスの位置が算出タイミングに一致する波形を有する場合に、適応フィルタ12は適正な動作をしなくなる。すなわち、適応フィルタ12が適切に動作していたとしても、図1のループ内に図4(A)のような正弦波が発生した場合、算出タイミングにおけるフィードバック発振は抑制されるが、それ以外の期間における発振を抑制することができない点が問題となる。これは、図4(A)の正弦波には限らず、その整数倍の周波数の正弦波又は周期性のある信号であれば、ゼロクロス点が時間Tbの間隔に一致する周期性を持つため、同様の問題が生じ得る。
【0034】
これに対し、図3の下部には、本発明の手法を適用する場合において、比較例と同様の2つのタイミングT0及びT0+Tbでフィルタ係数wを更新する場合の動作を示している。まず、タイミングT0では、その時点で得られる乱数R1に相当するサンプル数だけ過去の時点を起点とし、64サンプル分の入力信号x(n)のデータ列と、1サンプル分の誤差信号e(n)が演算に用いられる。そして、0≦k≦M−1の範囲内の全てのkについて(4)式の演算を行い、タイミングT0における64個のフィルタ係数wが更新されることになる。続いて、次のタイミングT0+Tbでは、新たな乱数R2を用いて同様の演算が行われる。その結果、隣接する2つのタイミングT0及びT0+Tbで用いられる入力信号x(n)及び誤差信号e(n)は、その間隔が時間Tbには限られず、比較例のような周期性は持たないことがわかる。ただし、1ブロックの1回ずつフィルタ係数wを更新するという点に関しては、比較例と共通であるため、ある程度の時間範囲内において適応フィルタ12の適応性能は同程度である。
【0035】
図4(B)は、図3の本発明の手法を適用する場合において、図4(A)の比較例の場合と同様の条件下で、フィルタ係数wの算出タイミングta、tb、tc、tdと誤差信号e(n)の波形を重ねて示している。図4(B)から明らかなように、黒丸で示す算出タイミングta、tb、tc、tdは乱数Rによってランダム化されており、誤差信号e(n)が正弦波であっても、算出タイミングとゼロクロス点とは連続して一致することはない。すなわち、適応フィルタ12が適切に動作すれば、その推定が次第に収束することにより、誤差信号e(n)が周期性のある信号であっても、その全体の信号レベルをある程度の時間経過後に抑制することが可能である。この点については、図4(B)の正弦波がどのような周波数であったとしても、あるいは正弦波に限らず周期性のある信号であったとしても、フィルタ係数wの算出タイミングが乱数Rによってランダム化されている限り、同様の効果を得ることができる。
【0036】
次に、本実施形態の補聴器1におけるフィードバック抑制処理の効果について、図5を用いて説明する。図5(A)は、図4(A)の比較例において、フィードバック発振により生じた信号のゼロクロス点が周期的で、フィルタ係数wの算出タイミングと一致する誤差信号e(n)である場合に、フィードバック抑制処理を実行したときのシミュレーションによる音信号の波形例を示している。この場合、フィードバック抑制が機能しなくなるため、発振したまま抑制できない状態となっている。これに対し、図5(B)は、図4(B)のように本発明の手法を適用した場合において、図4(B)で説明したメカニズムにより、フィードバック抑制が十分に効くことで、上述のフィードバック発振により生じた信号のレベルが短時間で抑制される状態になっている。以上の結果から、本発明を適用することによるフィードバック抑制効果を確認することができた。
【0037】
本発明を適用した補聴器1としては、上述の実施形態には制約されることなく、多様な変形例がある。例えば、図1の乱数生成部11aとしては、M系列等のディジタル信号処理に基づく乱数Rを生成する構成には限らず、例えば、メモリに予め構成された乱数テーブルから乱数Rを読み出す方法を採用してもよい。このような乱数テーブルを構成したメモリ部分の容量が小さいと周期の短い乱数Rしか得られないので、十分な容量を確保する必要がある。ただし、メモリに乱数テーブルを構成する方法は、演算量を低減可能というメリットがある。
【0038】
また、上記実施形態では、本発明を補聴器1に適用する場合を説明したが、本発明は、これらに限らず多様な機器内のフィードバックキャンセラに対して適用することができる。すなわち、図1に示した基本構成を具備し、図3に示した処理を適用可能であれば、単独で、あるいは他の機器に組み込んで本発明に係るフィードバックキャンセラを適用することができる。このようなフィードバックキャンセラは、補聴処理部10(図1)やその他の信号処理部の構成、あるいは各種パラメータの設定等について、多様な選択が可能である。
【0039】
以上、本実施形態に基づき本発明の内容を具体的に説明したが、本発明は上述の各実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の変更を施すことができる。例えば、図2では、係数更新部13のアルゴリズムとしてLMSアルゴリズムを採用する場合を説明したが、本発明の目的を達成できる限り、多様な適応アルゴリズムを採用することができる。また、図1の具体的な構成や図3の制御方法についても、本実施形態の内容に限定されず、多様な構成及び制御を採用可能であることは当然である。
【符号の説明】
【0040】
1…補聴器
10…補聴処理部
11…制御部
11a…乱数生成部
12…適応フィルタ
13…係数更新部
14…減算部
15…DA変換器
16…AD変換器
17…レシーバ
18…マイクロホン
図1
図2
図3
図4
図5