【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一目的は、高ビットレートレンジにおいても計算効率の高いステレオ符号化をする方法と装置を提供することである。
【0010】
本発明は、独立請求項に規定した、符号化及び復号をするための、それぞれコーダ及びデコーダ、コーディング及びデコーディング方法、及びコンピュータプログラム製品を提供することにより、この目的を達成する。従属項は本発明の実施形態を規定している。
【0011】
第1の態様では、本発明は次のシステムを提供する。すなわち、複素予測ステレオ符号化によりステレオ信号を提供するデコーダシステムであって:
ダウンミックス信号(M)と残差信号(D)の第1の周波数領域表示に基づいて、前記ステレオ信号を生成するように構成されたアップミックス段階であって、各第1の周波数領域表示は多次元空間の第1の副空間で表された対応する信号のスペクトルコンテンツを表す第1のスペクトル成分を有するアップミックス段階を有し、前記アップミックス段階は、
前記ダウンミックス信号の第1の周波数領域表示に基づき、前記ダウンミックス信号の第2の周波数領域表示を計算するモジュールであって、前記第2の周波数領域表示は、前記第1の副空間に含まれない多次元空間の一部を含む、前記多次元空間の第2の副空間で表された信号のスペクトルコンテンツを表す第2のスペクトル成分を有する、モジュールと、
前記ビットストリーム信号にエンコードされた前記ダウンミックス信号の第1と第2の周波数領域表示と、前記残差信号の第1の周波数領域表示と、複素予測係数(α)とに基づいてサイド信号(S)を計算する重み付け加算器とを有するアップミックス段階と、
前記ダウンミックス信号と前記サイド信号の第1の周波数領域表示に基づいて、前記ステレオ信号を計算する和・差段階を有し、
前記アップミックス段階は、さらに、前記ダウンミックス信号と残差信号が前記和・差段階に直接供給されるパススルーモードで動作可能である。
【0012】
第2の態様では、本発明は次のシステムを提供する。すなわち、
複素予測ステレオ符号化によりビットストリーム信号によりステレオ信号をエンコードするエンコーダシステムであって、
複素予測係数を推定する推定器と、
(a)前記ステレオ信号を、前記複素予測係数の値により決定される関係を有するダウンミックス信号と残差信号の周波数領域表示に変換するように動作可能な符号化段階と、
前記符号化段階と推定器から出力を受け取り、これを前記ビットストリーム信号にエンコードするマルチプレクサとを有する。
【0013】
本発明の第3と第4の態様では、ステレオ信号をビットストリームにエンコードする方法と、ビットストリームを少なくとも1つのステレオ信号に復号する方法が提供される。各方法の技術的特徴は、それぞれエンコーダシステムとデコーダシステムの技術的特徴を同様である。第5と第6の態様では、本発明は、各方法をコンピュータで実行する命令を含むコンピュータプログラム製品を提供する。
【0014】
本発明は、MPEG USACシステムにおける統一ステレオ符号化の優位性からの利益を受ける。これらの優位性は、SBRが一般的には利用されない、QMFベースアプローチに伴う計算上の複雑さを大幅に増大することなく、高ビットレートでも保存され、これが可能になる理由は、クリティカルサンプリングされたMDCT変換は、MPEG USAC変換の基本であるが、ダウンミックス及び残差チャンネルの符号オーディオ帯域が同じであり、アップミックスプロセスが非相関化を含まない場合には少なくとも、本発明により、複素予測ステレオ符号化でも使える。これは、追加的なQMF変換がもはや必要ないことを意味する。QMF領域における複素予測ステレオ符号化の代表的な実施形態は、従来のL/RまたはM/Sステレオと比較して、1単位時間当たりの演算数を大幅に増やす。そのため、本発明による符号化装置は、控えめな計算負荷により高音質を提供するため、かかるビットレートで競争力があるように思われる。
【0015】
当業者は気づくように、アップミックス段階はパススルーモードでも動作可能であるという事実により、デコーダは、エンコーダ側での判断により、従来の直接符号化または同時符号化、及び複素予測符号化により、適応的に復号できる。よって、デコーダが音質レベルを従来の直接L/Rステレオ符号化や同時M/Sステレオ符号化より積極的に挙げられない場合に、少なくとも、同じレベルを維持することを保証できる。よって、本発明のこの態様によるデコーダは、機能的観点から、背景技術に対して上位集合(superset)と見なせる。
【0016】
QMFベース予測符号化ステレオに対する優位性として、(任意に小さくできる量子化誤差を除いて)信号の完全再構成が可能である。
【0017】
このように、本発明は、複素予測による変換ベースのステレオ符号化をする符号化装置を提供する。好ましくは、本発明による装置は、複素予測ステレオ符号化に限定されず、背景技術による直接L/Rステレオ符号化や同時M/Sすれてお符号化でも動作可能であり、具体的なアプリケーションや特定の時間中に最も適した符号化方法を選択できる。
【0018】
信号のオーバーサンプリングされた表示(例えば、複素表示)は、第1と第2のスペクトル成分を両方とも含み、本発明による複素予測の基礎として用いられ、よって、かかるオーバーサンプリングされた表示を計算するモジュールが、本発明によるエンコーダシステムとデコーダシステムに構成される。 スペクトル成分は、多次元空間の第1と第2の副空間を指す。これは、有限のサンプリング周波数でサンプリングされた、所与の時間的長さ(例えば、所定の時間フレームの長さ)の、一組の時間依存関数である。この多次元空間中の関数は基底関数の有限の重み付け和により近似できることは周知である。
【0019】
当業者には明らかなように、デコーダと協働するように構成されたエンコーダは、エンコードされた信号の忠実な再生を可能とするように、予測符号化のベースとなるオーバーサンプリングされた表示を提供する等価なモジュールが備えられている。かかる等価なモジュールは、同じ又は類似したモジュールか、同じ又は類似した伝達特性を有するモジュールである。特に、エンコーダとデコーダのモジュールは、それぞれ、等価な数学的演算を実行するコンピュータプログラムを実行する類似した、または非類似のユニットであってもよい。
【0020】
デコーダシステムやエンコーダシステムのある実施形態では、第1のスペクトル成分は第1の副空間で表された実数値を有し、第2のスペクトル成分は第2の副空間で表された虚数値を有する。第1と第2のスペクトル成分は共に、信号の複素スペクトル表示を構成する。第1の副空間は第1の組の基底関数の線形スパンであり、第2の副空間は第2の基底関数の組の線形スパンであり、その一部は第1の組の基底関数とは線形独立である。
【0021】
一実施形態では、複素表示を計算するモジュールは、実・虚変換、すなわち、信号の実スペクトル表示に基づき、離散時間信号のスペクトルの虚数府を計算するモジュールである。この変換は、高調波分析やヒューリスティック関係からの式など、厳密な、又は近似的な数学的関係に基づく。
【0022】
デコーダシステム又はエンコーダシステムのある実施形態では、第1のスペクトル成分は、離散時間領域信号の時間・周波数領域変換により、好ましくはフーリエ変換により、例えば離散余弦変換(DCT)、修正離散余弦変換(MDCT)、離散正弦変換(DST)、修正離散正弦変換(MDCT)、高速フーリエ変換(FFT)、素因子ベース(prime-factor-based)フーリエアルゴリズムなどにより求められる。最初の4つの場合には、第2のスペクトル成分はDST、MDST、DCT、及びMDCTによりそれぞれ求められる。周知なように、単位期間で周期的なコサインのリニアスパンは、同じ期間で周期的なサインのリニアスパンに完全には含まれない副空間を構成する。好ましくは、第1のスペクトル成分はMDCTにより求められ、第2のスペクトル成分はMDSTにより求められる。
【0023】
一実施形態では、デコーダシステムは、少なくとも1つの時間的ノイズシェーピングモジュール(TNSモジュール、すなわちTNSフィルタ)を含み、これはアップミックス段階の上流に配置される。一般的に言って、TNSの使用により、過渡状成分を有する信号の知覚される音質が改善され、TNSを有する本発明のデコーダシステムの実施形態にも当てはまる。従来のL/R及びM/Sステレオ符号化では、TNSフィルタは周波数領域における最後の処理ステップとして、逆変換の直前に適用される。しかし、複素予測ステレオ符号化の場合には、TNSフィルタをダウンミックス信号と残差信号に、すなわちアップミックス行列の前に適用すると有利であることが多い。言い換えると、TNSは左右チャンネルの線形結合に適用され、これにはいくつかの利点がある。最初に、ある状況では、TNSが例えばダウンミックス信号に対してのみ有利であることが分かる。次に、残差信号についてはTNSフィルタリングは省略でき、これは利用できる帯域幅の経済的な使用を意味する。TNSフィルタ係数は、ダウンミックス信号についてだけ送信されればよい。第2に、ダウンミックス信号のオーバーサンプリングされた表示の計算は(例えば、複素周波数領域表示を構成するために、MDSTデータはMDCTデータから求められる)、複素予測符号化では必要であるが、ダウンミックス信号の時間領域表示が計算可能であることを要する。これは、ダウンミックス信号が、好ましくは一様に求めたMDCTスペクトルの時間シーケンスとして利用できることを意味する。TNSフィルタが、ダウンミックス/残差表示を左/右表示に変換するアップミックス行列の後にデコーダで適用された場合、ダウンミックス信号のTNS残差MDCTスペクトルのシーケンスのみが得られる。これにより、対応するMDSTスペクトルの効率的な計算が非常に難しくなる。特に、左/右チャンネルが特性が異なるTNSフィルタを用いている場合にそうである。
【0024】
強調しておくが、MDCTスペクトルの時間シーケンスが得られるかは、複素予測符号化の基礎として機能するようにフィットしたMDST表示を得るための絶対的な基準ではない。実験的な証拠に加えて、この事実は、一般的に、TNSによりフィルタされた残差信号が低周波のフィルタされていない残差信号に近似的に対応するように、TNSが、例えば数キロヘルツより高い高周波のみに適用されるということにより説明できる。このように、本発明は、以下に説明するように、TNSフィルタがアップミックス段階の上流以外に配置される、複素予測ステレオ符号化をするデコーダとして実施できる。
【0025】
一実施形態では、デコーダシステムは、アップミックス段階の下流に配置された少なくとも1つのさらないTNSモジュールを含む。セレクタ装置により、アップミックス段階の上流のTNSモジュールまたはアップミックス段階の下流のTNSモジュール。ある状況下では、複素周波数領域表示の計算は、ダウンミックス信号の時間領域表示が計算可能である必要はない。さらに、上記の通り、デコーダは、複素予測符号化を適用せずに、直接または同時符号化モードで選択的に動作可能であり、TNSモジュールを従来の場所に用いる、すなわち周波数領域における最後の処理ステップの1つとして用いる方が適している。
【0026】
一実施形態では、デコーダシステムは、ダウンミックス信号の第2の周波数領域表示を計算するモジュールを非アクティブ化することにより、処理リソース及び場合によってはエネルギーを節約するように構成されている。前記ダウンミックス信号は連続した時間ブロックにパーティションされ、各時間ブロックは複素予測係数の値に関連する。この値は、デコーダと協働するエンコーダにより各時間ブロックに対する決定により決まる。さらに、この実施形態では、ダウンミックス信号の第2の周波数領域表示を計算するモジュールは、所与の時間ブロックについて、複素予測係数の虚部の絶対値がゼロであるか、所定の許容値より小さい場合、自分自身を非アクティブ化するように構成されている。モジュールの非アクティブ化は、この時間ブロックについてダウンミックス信号の第2の周波数領域表示を計算しないことを意味する。非アクティブ化をしない場合、第2の周波数領域表示(例えば、一組のMDST係数)にはゼロ、またはデコーダのマシンイプシロン(四捨五入単位)又はその他の好適な閾値とほぼ同じオーダーの数がかけられる。
【0027】
前記の実施形態をさらに発展させたものでは、ダウンミックス信号がパーティションされる時間ブロックのサブレベルで処理リソースの節約が為される。例えば、時間ブロック内のかかるサブレベルは周波数帯域であり、エンコーダは時間ブロック内の各周波数帯域に対して、複素予測係数の値を決定する。同様に、第2の周波数領域表示を生成する方法は、複素予測係数がゼロであるか、大きさが許容値より小さい、時間ブロック内の周波数帯域に対する演算を抑制するように構成されている。
【0028】
一実施形態において、前記第1のスペクトル成分は変換係数の時間ブロックに配置された変換係数であり、各ブロックは時間領域信号の時間セグメントへの変換の適用により生成される。さらに、前記ダウンミックス信号の第2の周波数領域表示を計算するモジュールは、
・前記第1のスペクトル成分から第1の中間成分を求め、
・インパルス応答の少なくとも一部により前記第1のスペクトル成分の結合を構成して第2の中間成分を求め、
・前記第2の中間成分から第2のスペクトル成分を求めるように構成されている。
この手順により、米国特許第6,980,933B2号に、特にコラム8乃至28に、特に式41に詳細に記載されているように、第1の周波数領域表示から直接第2の周波数領域表示を計算することができる。当業者は気づくように、例えば、異なる変換が続く逆変換とは反対に、計算は、時間領域によっては実行されない。
【0029】
本発明による複素予測ステレオ符号化の実施例の場合、計算の複雑さは、従来のL/RまたはM/Sステレオと比較してほんの少ししか増加しない(QMF領域における複素予測ステレオ符号化により生じる増加よりも大幅に少ない)ことが推測されている。第2のスペクトル成分の厳密な計算を含むこのタイプの実施形態では、QMFベースの実施形態により生じるより数パーセント長いだけの遅延が生じる(時間ブロックの長さは1024サンプルであると仮定し、QMF分析/合成フィルタバンクの961サンプルの遅延と比較した)。
【0030】
好適にも、少なくとも前出の実施形態の一部では、インパルス応答は、第1の周波数領域表示を求められる、より正確には、その周波数応答特性により求められる変換に適応される。
【0031】
実施形態によっては、ダウンミックス信号の第1の周波数領域表示は、1つ又はそれ以上の分析窓関数(又は、カットオフ関数、例えば矩形窓、正弦窓、カイザー・ベッセル窓など)に対して適用される変換により得られ、その一目的は、危険なノイズ音量を生じたり、スペクトルに好ましくない変化を与えたりすることなく、時間的セグメント化を実現することである。場合によっては、かかる窓関数は、部分的にオーバーラップしている。次に、好ましくは、変換の周波数応答特性は、前記の1つ又はそれ以上の分析窓関数の特性に依存する。
【0032】
周波数領域における第2の周波数領域表示の計算を特徴とする実施形態をさらに参照して、近似的な第2の周波数領域表示を用いることにより、計算負荷を減らすことができる。かかる近似は、計算の基礎とする情報に完全性を求めないことにより実現できる。例えば、米国特許第6,980,933B2号の教示によると、3つの時間ブロック、すなわち出力ブロックと同時のブロック、先行するブロック、及び後続のブロックからの第1の周波数領域データは、一ブロック中のダウンミックス信号の第2の周波数領域表示の厳密な計算に必要である。本発明による複素予測符号化を目的として、後続ブロック及び/又は先行するブロックからのデータを省略、またはゼロで置き換える(モジュールの動作が原因となる、すなわち遅延に貢献しない)ことにより、好適な近似を得られ、第2の周波数領域表示の計算が1つ又は2つの時間ブロックのみに基づくようにする。留意点として、入力データの省略は、例えば、もはや同じパワーを表さないという意味で、第2の周波数領域表示のリスケーリングを意味するが、上記の通り、エンコーダ側とデコーダ側の両方で等価な方法で計算されている限り、複素予測符号化の基礎として用いることができる。確かに、この種のリスケーリングは、予測係数値の対応する変化により、補償される。
【0033】
ダウンミックス信号の第2の周波数領域表示の一部を構成するスペクトル成分を計算するさらに他の近似方法は、第1の周波数領域表示からの少なくとも2つの成分の結合を含む。後者の成分は時間及び/又は周波数に関して隣接している。代替案として、後者の成分は、比較的少数のステップで、有限インパルス応答(FIR)フィルタリングにより結合できる。例えば、1024の時間ブロックサイズを用いるシステムでは、かかるFIRフィルタは2、3、4個等のタップを含む。この種の近似的計算方法の説明は、例えば、米国特許出願公開第2005/0197831A1号に見いだすことができる。各時間ブロック境界の近傍に比較的小さい重みを与える窓関数を、例えば非矩形関数を用いた場合、時間ブロックの第2のスペクトル成分を同じ時間ブロックの第1のスペクトル成分の組み合わせのみに基づかせると都合がよいが、最も外側の成分については同量の情報は得られないことになる。かかるプラクティスにより生じる可能性のある近似誤差は、ある程度抑えることができ、または窓関数の形状により隠蔽することができる。
【0034】
時間領域ステレオ信号を出力するように設計されたデコーダの一実施形態では、直接または同時ステレオ符号化と複素予測符号化との間で切り換える可能性がある。これは次のものを備えることにより実現できる。すなわち、
・(信号を変化させない)パススルー段階として、または和・差変換として選択的に動作可能なスイッチ;
・周波数・時間変換を行う逆変換段階;及び
・直接(または同時)符号化した信号を、または複素予測により符号化された信号を、逆変換段階に入力するセレクタ装置。
当業者が気づくように、デコーダの側にこのようなフレキシビリティがあるので、エンコーダは、従来の直接または同時符号化と、複素予測符号化とを選択する自由度を有する。よって、この実施形態は、従来の直接L/Rステレオ符号化や同時M/Sステレオ符号化の音質レベルを越えられない場合には、少なくとも、同じレベルを維持することを保証できる。よって、本実施形態によるデコーダは、関連技術に対して上位集合(superset)であるとみなすことができる。
【0035】
デコーダシステムの他の一群の実施形態は、時間領域を介して、第2の周波数領域表示の第2のスペクトル成分の計算を行う。より正確には、第1のスペクトル成分を求めた(又は求め得る)変換の逆変換を適用し、次に、出力として第2のスペクトル成分を有する異なる変換を行う。具体的に、逆MDCTの後にMDSTを行う。かかる実施形態では、変換と逆変換の数を減らすため、逆MDCTの出力を、MDSTと、復号システムの出力端子(場合によっては、さらにべつの処理ステップが前置されている)とに送る。
【0036】
本発明による複素予測ステレオ符号化の実施例の場合、計算の複雑さは、従来のL/RまたはM/Sステレオと比較してほんの少ししか増加しない(QMF領域における複素予測ステレオ符号化により生じる増加よりも大幅に少ない)ことが推測されている。
【0037】
前記パラグラフで言及した実施形態のさらなる発展として、アップミックス段階はサイド信号を処理するさらなる逆変換段階を有しても良い。そして、和・差段階に、前記さらなる逆変換段階により生成されたサイド信号の時間領域表示と、前述の逆変換により生成されたダウンミックス信号の時間領域表示とを供給する。再度述べるが、計算の複雑性の観点から、都合良く、後者の信号は、上述の和・差段階と異なる変換段階との両方に供給される。
【0038】
一実施形態では、時間領域ステレオ信号を出力するように設計されたデコーダは、直接L/Rステレオ符号化または同時M/Sステレオ符号化と、複素予測ステレオ符号化との間で切り換えが可能である。これは次のものを備えることにより実現できる。すなわち、
・パススルー段階として、または和・差段階として動作できるスイッチ;
・サイド信号の時間領域表示を計算するさらなる逆変換段階;
・逆変換段階を、(好ましくは、複素予測符号化により生成されたステレオ信号を復号する場合のように、スイッチがアクティブ化されパスフィルタとして機能するときに、)アップミックスの上流にあり、かつスイッチの下流にあるポイントに接続されたさらなる和・差段階に、または(好ましくは、直接符号化されたステレオ信号を復号する場合のように、スイッチがアクティブ化され、和・差段階として機能するときに、)スイッチからのダウンミックス信号と、重み付け加算器からのサイド信号との組み合わせに、接続するセレクタ装置。
当業者は気づくように、これはエンコーダに、従来の直接又は同時符号化と、複素予測符号化との間を選択する自由度を与え、すなわち直接又は同時ステレオ符号化と少なくとも等しい音質レベルを保証できる。
【0039】
一実施形態では、本発明の第2の態様によるエンコーダシステムは、残差信号の信号パワー又は平均信号パワーを低減又は最小化する目的で、複素予測係数を推定する推定器を有する。最小化はある時間にわたり、好ましくは符号化する時間セグメント又は時間ブロック又は時間フレームにわたり行われる。振幅の二乗を瞬間信号パワーの尺度とでき、振幅の二乗の一時間区間にわたる積分をその時間区間における平均信号パワーの尺度とできる。好適にも、複素予測係数は時間ブロックごとに、及び周波数帯域ごとに決定できる。すなわち、その値は、その時間ブロック及び周波数帯域における残差信号の平均パワー(すなわち、全エネルギー)を低減するように設定される。具体的に、IID、ICC及びIPD又は同様のパラメータなどのパラメトリックステレオ符号化パラメータを推定するモジュールは、当業者には知られた数学的関係により複素予測係数を計算できる出力を提供する。
【0040】
一実施形態では、エンコーダシステムの符号化段階は、直接ステレオ符号化を可能とするため、さらに、パススルー段階として機能する。直接ステレオ符号化がより高い音質を提供すると期待される状況では、これを選択することにより、エンコーダシステムは、符号化されたステレオ信号が少なくとも直接符号化と同じ音質を有することを保証できる。同様に、音質が大幅に向上しても複素予測符号化により生じる大きな計算負荷が望ましくない状況では、エンコーダシステムには、計算リソースを節約するオプションが容易に利用できる。コーダにおける同時、直接実予測符号化と、複素予測符号化との間の決定は、一般的に、レート/歪み最適化の原理に基づく。
【0041】
一実施形態では、エンコーダシステムは、第1のスペクトル成分に直接基づき(すなわち、時間領域に逆変換を適用せず、かつ信号の時間領域データを用いずに)第2の周波数領域表示を計算するモジュールを有する。上述のデコーダシステムの対応する実施形態に関して、このモジュールは、同様の構成を有する、すなわち、同様の、しかし異なる順序の処理動作を有し、エンコーダがデコーダ側の入力に適したデータを出力するように構成される。この実施形態を説明する目的で、符号化するステレオ信号は、ミッド及びサイドチャンネルを有し、又はこの構成に変換され、符号化段階は、第1の周波数領域表示を受け取るように構成されているものと仮定する。符号化段階は、ミッドチャンネルの第2の周波数領域表示を計算するモジュールを有する。(ここで参照する第1と第2の周波数領域表示は、上で定義した通りである;具体的に、第1の周波数領域表示はMDCT表示であってもよく、第2の周波数領域表示はMDST表示であってもよい。)符号化段階は、さらに、サイド信号と、ミッド信号の2つの周波数領域表示とから構成され、複素予測係数の実部と虚部により重み付けされた線形結合として、残差信号を計算する重み付け加算器を有する。ミッド信号は、または好適にもその第1の周波数領域表示は、ダウンミックス信号として直接用いられる。この実施形態では、さらに、残差信号のパワー又は平均信号パワーを最小化する目的で、推定器が複素予測係数の値を決定する。最終動作(最適化)は、フィードバック制御により、さらに必要であれば、推定器が、調整すべき現在の予測係数値により得られる残差信号を受け取るフィードバック制御により、またはフィードフォワード的に、元のステレオ信号の左/右チャンネルに又はミッド/サイドチャンネルで直接行った計算により、行われる。ミッド信号の第1と第2の周波数領域表示と、サイド信号の第1の周波数領域表示とに基づいて、複素予測係数が直接的に(特に、非反復的又は非フィードバック的に)計算されるフィードフォワード法が好ましい。留意点として、複素予測係数の決定後、各オプションで得られる品質(好ましくは、例えば信号対マスク効果を考慮した知覚的品質)を考慮して、直接、同時実予測符号化をするか、または複素予測符号化をするかの決定を行う。よって、上記のステートメントは、エンコーダにフィードバックメカニズムが存在しないという旨と解釈してはならない。
【0042】
一実施形態では、エンコーダシステムは、時間領域を介して、ミッド(すなわちダウンミックス)信号の第2の周波数領域表示を計算するモジュールを有する。この実施形態に関する実施の詳細事項は、少なくとも第2の周波数領域表示の計算に関する限り、同様であり、対応するデコーダの実施形態と同様に行うことができる。この実施形態では、符号化段階は、次のものを有する。すなわち:
・ステレオ信号をミッドチャンネルとサイドチャンネルに変換する和・差段階;
・サイドチャンネルの周波数領域表示と、ミッドチャンネルの複素値(すなわち、オーバーサンプリングされた)周波数領域表示とを提供する変換段階;及び
・複素予測係数を重みとして用いる、残差信号を計算する重み付け加算器。
ここで、推定器は、残差信号を受け取り、場合によってはフィードバック制御形式で、残差信号のパワーまたは平均パワーを低減または最小化する複素予測係数を決定する。しかし、好ましくは、推定器は、符号化するステレオ信号を受け取り、それに基づいて予測係数を決定する。サイドチャンネルのクリティカルサンプリングされた周波数領域表示を用いることは、計算の経済性の観点から有利である。この実施形態では、サイドチャンネルは複素数との乗算をされないからである。好適にも、変換段階は、並列に構成されたMDCT段階とMDST段階とを含み得る。両者は、ミッドチャンネルの時間領域表示を入力として有する。このように、ミッドチャンネルのオーバーサンプリングされた周波数領域表示と、サイドチャンネルのクリティカルサンプリングされた周波数領域表示とを生成する。
【0043】
留意点として、このセクションで開示した方法と装置は、通常の実験を含む当業者の能力の範囲内で適当な修正をして、2より多いチャンネルを有する信号の符号化に適用できる。かかるマルチチャンネルオペラビリティへの変更は、例えば、上で引用したJ.Herre等による論文のセクション4、5に即して行える。
【0044】
さらに別の実施形態では、上記の2つ以上の実施形態の特徴を、明らかに補完的でない限り、組み合わせられる。2つの特徴が異なるクレームに記載されていても、それらを組み合わせられないと言うわけではない。同様に、さらに別の実施形態では、所望の目的に対して必要でない、または本質的でない特徴を省略してもよい。一例として、本発明による復号システムは、処理する符号化信号が量子化されていない場合、又はアップミックス段階での処理に好適な形式にすでになっている場合、逆量子化段階無しに実施してもよい。