特許第6204178号(P6204178)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6204178
(24)【登録日】2017年9月8日
(45)【発行日】2017年9月27日
(54)【発明の名称】シアン濃度測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 31/00 20060101AFI20170914BHJP
   G01N 31/22 20060101ALI20170914BHJP
【FI】
   G01N31/00 R
   G01N31/00 Y
   G01N31/22 122
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-258033(P2013-258033)
(22)【出願日】2013年12月13日
(65)【公開番号】特開2015-17962(P2015-17962A)
(43)【公開日】2015年1月29日
【審査請求日】2016年4月20日
(31)【優先権主張番号】特願2013-124219(P2013-124219)
(32)【優先日】2013年6月12日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第19回地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会
(73)【特許権者】
【識別番号】000001373
【氏名又は名称】鹿島建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【弁理士】
【氏名又は名称】新山 雄一
(72)【発明者】
【氏名】河野 麻衣子
(72)【発明者】
【氏名】河合 達司
(72)【発明者】
【氏名】藤澤 惣
(72)【発明者】
【氏名】川端 淳一
(72)【発明者】
【氏名】瀬尾 昭治
【審査官】 三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−089869(JP,A)
【文献】 特開2011−174786(JP,A)
【文献】 特開昭49−98697(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0039347(US,A1)
【文献】 DROCHIOIU Gabi,Comparison of various sensitive and selective spectrophotometric assays of environmental cyanide,Toxicol Environ Chem,2008年,Vol.90 No.1/2,Page.221-235
【文献】 SETO Y,Determination of Physiological Levels of Blood Cyanide without Interference by Thiocyanate,衛生化学,1996年,Vol.42 No.4,Page.319-325
【文献】 河野麻衣子,ピクリン酸を用いたシアンの簡易分析法における硫黄化合物共存の影響と改善手法の検討,土木学会年次学術講演会講演概要集(CD-ROM),2013年 8月 1日,Vol.68th,Page.ROMBUNNO.VII-086
【文献】 河野麻衣子,妨害物質共存下での高濃度シアンの迅速測定法の検討,地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会講演集(CD-ROM),2013年,Vol.19th,Page.ROMBUNNO.S3-7
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 31/00
G01N 31/22
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シアン濃度測定方法であって、
酸化剤と、金属イオンと、を含有する試料水にマスキング剤を添加する工程と、
前記マスキング剤の添加後の試料水を蒸留して遊離シアンを分離回収する工程と、
前記遊離シアンを、検定試薬であるピクリン酸カリウムと接触させて有色化合物を形成する工程と、
前記有色化合物の吸光度から、前記試料水のシアン濃度を算出する工程と、を備え、
前記マスキング剤は、L−アスコルビン酸を含んでなる添加剤であるシアン濃度測定方法。
【請求項2】
前記マスキング剤中の、L−アスコルビン酸の含有量が5質量%以上30質量%以下である請求項1に記載のシアン濃度測定方法。
【請求項3】
前記マスキング剤の添加量が、前記試料水に対する質量比で5%以上15%以下である請求項1又は2に記載のシアン濃度測定方法。
【請求項4】
前記試料水中の前記酸化剤の含有量が、0.2質量%以上2質量%以下である請求項1から3のいずれかに記載のシアン濃度測定方法。
【請求項5】
前記金属イオンが銀である請求項1から4のいずれかに記載のシアン濃度測定方法。
【請求項6】
前記試料水は、硫化物を含有し、該硫化物の前記試料水中の濃度が60mg/L以上200mg/L以下である請求項1から5のいずれかに記載のシアン濃度測定方法。
【請求項7】
前記硫化物が硫化鉄である請求項6記載のシアン濃度測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料水中のシアン濃度を測定するためのシアン濃度測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建設現場周辺域の地下水の汚染調査等では、公定方法によるシアン濃度の公定分析の実施が法的に定められている。公定方法であるJIS−K0102による分析方法は、数時間を要する前処理で工場排水中のシアンを蒸留分離し、得た分離液を用いてピリジン−ピラゾロン吸光光度法、4−ピリジンカルボン酸−ピラロゾン吸光光度法、イオン電極法等により全シアン濃度を測定する方法である。
【0003】
しかし、公定方法による分析によれば、精度の高い分析値を得ることはできるが、作業現場とは別途の専用設備の設置や、分析に要する測定時間や測定コスト等の経済的負担が極めて大きい。そこで、例えば、建設工事現場における浄化の進捗評価や絞込調査等においては、例えば、特許文献1に記載の簡易定量器具等を用いた簡易分析方法が一般的な方法として採用されている。とりわけ、近年の建設現場等においては、ピクリン酸を発色試薬に用いた吸光光度法によるシアン濃度の簡易分析方法が最も一般的な簡易分析方法として広く採用されており、これにより、シアン濃度測定にかかるコストの低減が図られている。
【0004】
ピクリン酸を発色試薬に用いた上記の簡易分析方法は、作業現場内で実施可能であり、簡易且つ迅速にシアン濃度の測定ができるため、分析に要する時間と費用を大幅に低減することができる。又、その他の多くのシアンの簡易分析方法が、遊離シアンを対象としていて、シアンを含む錯体等の分析ができないのに対して、ピクリン酸を発色試薬に用いた上記の簡易分析方法によれば、蒸留操作で錯体を遊離シアンにして分析できるため、測定精度も良好である。しかし、ピクリン酸を発色試薬に用いた上記の簡易分析方法は、公定分析による測定と比較すると、測定精度は低く、分析値のばらつきも大きい。この点、やはり未だ改良の余地があるものであった。
【0005】
簡易分析方法の測定精度を高めるための手段として、例えば、特許文献2に記載の方法と同様に、シアン濃度の測定値のばらつきの一因となる試料水中の硫化物等、測定妨害物質の影響を選択的に除去できるマスキング剤の使用が考えられる。
【0006】
又、一方で、特許文献3には、測定妨害物質となる硫化物のみを気化させて除去する前処理を行うことによって、測定精度を高めるシアン濃度の測定方法も提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭48−10104号公報
【特許文献2】特開昭51−62088号公報
【特許文献3】特開2008−76235号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】分析化学 Vol.58,No.2 pp.55−71「全シアン及びシアン化物におけるシアン化水素の生成と全シアン分析前処理法の改良」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
例えば、建設工事現場における浄化の進捗評価や絞込調査等において、シアン化物を含有する地下水等の試料水を建設現場等でモニタリングする場合等は、簡易分析方法の採用によるコスト低減のメリットを維持したまま、より精度の高い測定値を得ることができるシアン濃度測定方法が求められている。
【0010】
ここで、シアン化物は、地盤中に浸透した状態において鉄等の金属と化合しやすく、主に紺青やフェロシアンに等の鉄シアノ錯体として存在している。この錯体のシアン化合物を原位置で浄化する工法として、過硫酸ナトリウム等の酸化剤を用いて、シアンを原位置で酸化分解する工法がある。特に、このような工法を行った建設現場等において酸化剤が添加された試料のシアン分析を行う場合には、シアン濃度の測定を行う蒸留装置の中でこれらの酸化剤、又は、酸化剤が蒸留過程で分解した生成物等が、シアン濃度算出に必須である発色剤によるシアンの発色を阻害しうるため、この酸化剤による測定への悪影響を排除することについて特段の留意を要する。
【0011】
特許文献2に記載のマスキング剤の使用については、公定方法を前提とした場合における、好ましいマスキング剤の選択については、既に研究が進んでいる(非特許文献1参照)。しかし、現状、一般に広く採用されているピクリン酸試薬を用いた簡易分析方法においては、いかなる種類のマスキング剤を選択するのが最も有効であるのかという点につき、上記酸化剤による測定妨害の排除という課題の解決策も含めた知見は未だ見出されていない。
【0012】
尚、特許文献3に記載の方法は、前処理にかかる時間と設備、或いは器具の負担が大きくなり、本来の趣旨であるコスト低減への寄与が小さくなるため必ずしも個々の建設現場等で好適に採用できる方法ではない。
【0013】
本発明は、以上の状況に鑑み、特に建設現場等で、広く採用されているピクリン酸試薬を用いた簡易的なシアン測定方法について、公定方法に対するコスト低減のメリットを維持したまま、試料水中に含有される酸化剤の測定への影響を排除し、より精度の高い測定値を得ることができる、シアン濃度測定方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、ピクリン酸試薬を用いたシアン濃度の簡易分析方法において、マスキング剤を、L−アスコルビン酸に限定することにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。より具体的には、本発明は以下のものを提供する。
【0015】
(1) シアン濃度測定方法であって、酸化剤と、金属イオンと、を含有する試料水にマスキング剤を添加する工程と、前記マスキング剤の添加後の試料水を蒸留して遊離シアンを分離回収する工程と、前記遊離シアンを、検定試薬であるピクリン酸カリウムと接触させて有色化合物を形成する工程と、前記有色化合物の吸光度から、前記試料水のシアン濃度を算出する工程と、を備え、前記マスキング剤は、L−アスコルビン酸を含んでなる添加剤であるシアン濃度測定方法。
【0016】
(1)の発明によれば、試料水が、酸化剤と金属イオンとを含有する場合において、公定分析方法よりも格段に低コストで実施可能な簡易分析方法でありながら、実用上必要十分な程度に高精度でばらつきの小さいシアン濃度の測定結果を得ることができる。
【0017】
(2) 前記マスキング剤中の、L−アスコルビン酸の含有量が5質量%以上30質量%以下である(1)に記載のシアン濃度測定方法。
【0018】
(2)の発明によれば、(1)に記載のシアン濃度測定方法の測定精度を更に高めることができる。
【0019】
(3) 前記マスキング剤の添加量が、前記試料水に対する質量比で5%以上15%以下である(1)又は(2)に記載のシアン濃度測定方法。
【0020】
(3)の発明によれば、(1)及び(2)の発明の効果の発現を更に促進することができる。
【0021】
(4) 前記試料水中の前記酸化剤の含有量が、0.2質量%以上2質量%以下である(1)から(3)のいずれかに記載のシアン濃度測定方法。
【0022】
(4)の発明によれば、建設現場等において、シアン含有地下水に対して酸化剤の添加が行われている場合において、当該酸化剤のシアン濃度の測定への影響を確実に排除して、(1)から(3)の測定方法の測定精度を、十分に向上させることができる。
【0023】
(5) 前記金属イオンが銀である(1)から(4)のいずれかにに記載のシアン濃度測定方法。
【0024】
(5)の発明によれば、(1)から(4)の発明の効果の発現を更に顕著に促進することができる。
【0025】
(6) 前記試料水は、硫化物を含有し、該硫化物の前記試料水中の濃度が60mg/L以上200mg/L以下である(1)から(5)のいずれかに記載のシアン濃度測定方法。
【0026】
(6)の発明によれば、測定妨害物質である硫化物の濃度が、通常想定される範囲内にある一般的なシアン含有地下水の測定に、広く対応可能なシアン濃度測定方法を提供することができる。
【0027】
(7) 前記硫化物が硫化鉄である(1)から(6)のいずれかに記載のシアン濃度測定方法。
【0028】
(7)の発明によれば、一般的な建設現場等において、通常、シアン含有地下水に広範に混在することが想定される測定妨害物質である硫化鉄のシアン濃度の測定への正負の影響を確実に排除して、(1)から(6)の測定方法の測定精度を、十分に向上させることができる。又、この発明は、とりわけ、処分場や海浜土壌等、通常の地盤よりの硫化鉄等の含有量が相対的に多い環境において有効に実施することができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、一般的に広く採用されているピクリン酸カリウム試薬による簡易的なシアン濃度測定方法について、公定方法に対するコスト削減のメリットを維持したまま、試料水中に含有される酸化剤の測定への影響を排除し、より精度の高い測定値を得ることができるシアン濃度測定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】本発明のシアン濃度測定方法の一例を示すフローチャートである。
図2】ピクリン酸カリウム試薬を用いた一般的なシアン濃度測定方法に対する硫化鉄の妨害特性を調べるための試験の結果を示すグラフ図である。
図3】本発明の測定方法によるシアン濃度測定値の、公定分析方法による測定値からの乖離の程度を示すグラフ図である。
図4】従来のシアン濃度測定方法(マスキング剤使用)による測定値の、公定分析方法による測定値からの乖離の程度を示すグラフ図である。
図5】従来のシアン濃度測定方法(マスキング剤未使用)の測定値の、公定分析方法による測定値からの乖離の程度を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施態様について説明する。尚、本発明は以下の実施態様に限定されない。
【0032】
<シアン濃度測定方法>
本発明のシアン濃度測定方法は、公定方法(JIS−K0102)よりも、簡易に実施可能である簡易分析方法であり、例えば、市販の「全シアン検定器(WA−CN (株)共立理化学研究所製)」を用いることによっても実施可能なシアン濃度の測定方法である。図1に示す通り、本発明のシアン濃度測定方法は、マスキング剤を添加する工程ST1、遊離シアンを分離回収する工程ST2、有色化合物を形成する工程ST3、試料水のシアン濃度を算出する工程ST4と、を含んでなるプロセスである。
【0033】
又、本発明のシアン濃度測定方法は、例えば、建設現場周辺域の地盤中の地下水のシアン濃度を簡易迅速に調べるために用いることができる。又、本発明のシアン濃度測定方法の測定対象水は、シアンを含有する可能性がある水全般であるが、建設現場周辺域の地盤中のシアン汚染地下水等を対象とした場合に、本発明のシアン濃度測定方法はとりわけ好ましく用いることができる。
【0034】
上記の測定対象水のうち、建設現場周辺域の地盤中の地下水等には、シアン濃度の測定精度を低下させ、測定値のバラツキを拡大させる要因となる物質として硫化物が含有されていることが一般的である。
【0035】
又、上述した通り、上記地下水は、その含有シアンを酸化分解するために過硫酸ナトリウム等の酸化剤が注入されている場合がある。そして、これらの酸化剤が、シアン分析の過程でシアン濃度の測定精度を低下させ、測定値のバラツキを拡大させる要因となることも上述の通りである。
【0036】
又、上記の酸化分解を促進させるための触媒として酸化剤と共に、触媒として鉄や銅、銀等の金属イオンを併せて添加することが広く行われている。本発明のシアン濃度測定方法は、上記金属イオンを用いることによって、その効果を奏するものである。中でも特に銀を触媒として添加することにより、極めて好ましい特段の効果を奏しえることが、本発明者らの研究により明らかにされている。
【0037】
本明細書においては、例えば、上記の硫化物等、或いは、酸化剤等を含め、シアンを含有する測定対象水中に含まれるシアン以外の混合物質であって、シアン濃度測定に際して測定値の精度の低下やばらつきの拡大等の影響(以下、このような影響をまとめて「正負の影響」とも言う)を与える物質全般のことを「測定妨害物質」と言うものとする。
【0038】
又、本明細書においては、測定妨害物質の測定結果への正負の影響を選択的に排除することを目的として測定対象水からなる試料水中に添加される添加剤のことを「マスキング剤」言う。本発明のシアン濃度測定方法は、マスキング剤を本願特有の添加剤に限定することによって、特に、測定妨害物質たる硫化物、とりわけ一般的に地盤中に広範に含まれる硫化鉄、及び、過硫酸ナトリウム等の酸化剤が、シアン濃度の測定精度に対して与える正負の影響を、確実に排除することができる方法である。
【0039】
尚、後に実施例において実証する通り、過硫酸ナトリウム等の酸化剤が、シアン濃度の測定精度に対して与える正の影響は、一般に酸化剤濃度が0.2%以上となった場合に、公定分析方法による測定値からの乖離が顕著になる傾向がある。又、酸化剤による上記の正の影響が実質的に問題となるのは、酸化剤濃度が2%程度までの範囲内においてとなる。以上より、本発明のシアン濃度測定方法は、酸化濃度が0.2%〜2%の範囲にある状況において、特に有効に用いることができる。
【0040】
又、本明細書における「試料水」とは、シアンを含有する可能性がある水又は水溶液である測定対象水について、本発明の方法によってシアン濃度を測定する際に、それらの測定対象水の一部を採取して測定対象試料としたもののことを言うものとする。
【0041】
本発明のシアン濃度測定方法は、測定妨害物質の試料水中の濃度が、60mg/L以上200mg/L以下である場合に、十分に高い精度でシアン濃度の測定ができる。試料水の測定妨害物質濃度が60mg/L未満である場合には、そもそもの妨害効果が小さく、測定に際してマスキング剤が必須とはならない。一方、200mg/Lを超える場合には、マスキング剤添加による測定精度の向上効果は、必ずしも十分なものとはならないが、測定妨害物質濃度が200mg/L以下の範囲をカバーできていれば、一般的な土壌中の硫化物濃度の想定範囲内を十分にカバーしており、実用上何ら支障はない。つまり、本発明の、シアン濃度測定方法は、害物質濃度が60mg/L以上200mg/L以下である一般的な場合について、広範且つ好適に用いることができる測定方法である。
【0042】
又、本発明のシアン濃度測定方法は、上記の妨害物質が、建設現場等における地盤中に含有される硫化物として最も一般的な物質の一つである硫化鉄である場合に、特に、その測定への悪影響を確実に排除しうるものである。よって、建設現場等における周辺土壌の汚染調査等に極めて好ましく用いることができる測定方法である。又、本発明のシアン濃度測定方法は、とりわけ、処分場、海浜土壌等、通常の地盤よりの硫化鉄等の含有量が相対的に多い環境において特に有効に実施することができる測定方法である。
【0043】
[マスキング剤を添加する工程]
本発明の方法においては、試料水からシアン化物を分離捕捉する蒸留工程に先行して、試料水にマスキング剤を添加する工程を行う。本発明のシアン濃度測定方法は、このマスキング剤を、本発明特有のマスキング剤であるL−アスコルビン酸を含んでなる添加剤に限定した点に特徴がある。
【0044】
本発明の測定方法に用いるマスキング剤は、L−アスコルビン酸を含んでなる添加剤である。本発明のマスキング剤中の、L−アスコルビン酸の含有量は、5質量%以上30質量%以下であることが好ましく、20質量%程度であることがより好ましい。L−アスコルビン酸の含有量が、5質量%未満であると、効果が不十分となり、30質量%を超えると、マスキング液中への十分な溶解が困難であり、それ以上の効果の向上が望み難い。
【0045】
上記組成を有するマスキング剤は、L−アスコルビン酸を、上記含有量となるような添加量で純水中に添加し、湯せんにかけて混淆する方法等によって製造することができる。
【0046】
上記方法等により製造したマスキング剤を試料水に添加する。マスキング剤の添加量は試料水中におけるマスキング剤の濃度が、試料水に対する質量比で5%以上15%以下の範囲となるように、適宜調整すればよい。マスキング剤の濃度が5%以上であれば、本発明の効果を十分に奏しうることができる。又、マスキング剤の濃度が15%を超えてもそれ以上の効果の向上は望めず経済性が悪くなる点において好ましくない。
【0047】
上記組成を有するマスキング剤を、上記添加量範囲で、試料水に添加後、必要に応じて試料水を振とうする等の処理を施し、試料水中にマスキング剤を十分に混淆させる。しかる後に、次工程である遊離シアンを分離回収する工程を行う。
【0048】
[遊離シアンを分離回収する工程]
遊離シアンを分離回収する工程は、例えば蒸留用フラスコ内に採取した試料水を、電熱器等で加熱して沸騰させ、発生した蒸気を遊離シアン捕捉用の試験管内に導き、同試験管内でアルカリ剤を用いて遊離シアンを捕捉することによって行うことができる。
【0049】
尚、試料水中のシアン化合物を蒸留して、遊離シアンとするためには、上記マスキング剤の他、更に、アミド硫酸、沸騰石等を添加すればよい。例えば試料水50mlに対するアミド硫酸の好ましい添加量は約1g程度である。
【0050】
[有色化合物を形成する工程]
有色化合物を形成する工程は、上記の遊離シアンを分離回収する工程において捕捉した遊離シアンを、検定試薬であるピクリン酸カリウムと接触させることによって発色させ、有色(一般には赤褐色)の検定用化合物とする工程である。遊離シアンと検定試薬との接触は、例えば、上記の捕捉用の試験管内に予め検定試薬を入れておき、遊離シアン捕捉後に、所定量の純水を加えて両者を混淆することによって行うことができる。又、この処理によって上記の有色の検定用化合物を得ることができる。
【0051】
[試料水のシアン濃度を算出する工程]
試料水のシアン濃度を算出する工程は、上記工程で得た検定用化合物の吸光度を測定して、その吸光度から所定の算出式等により、試料水のシアン濃度を算出する工程である。吸光度の測定は、目視或いは既存の測定機器により行うことができる。そのような測定機器の具体例としては、市販されている「デジタルパックテストマルチ」((株)共立理化学研究所製)等をあげることができる。
【0052】
又、上記の吸光度の測定は、予め用意した吸光度毎の色見本と、発色後の検定化合物の色を目視により比較することによっても行うことができる。これにより、必要十分な精度で試料水中のシアン濃度を求めることができる。尚、色見本との比較の精度を確保するためには、遊離シアンと検定試薬を接触させるための容器中の液の量を一定とすればよい。
【実施例】
【0053】
以下、本発明について、実施例を挙げて詳細に説明する。尚、本発明は、以下に示す実施例に何ら限定されるものではない。
【0054】
<試験例1>
[硫化鉄によるシアン濃度測定への正負の影響の検証]
本発明の測定方法における検定用化合物の吸光度の測定では、油脂類、残留塩素等の酸化性物質や硫化物イオン等の還元性物質により検定用化合物の発色が妨害される場合があることが知られている。実施時に測定対象水となるシアン汚染地下水には、多くの場合、これらの測定妨害物質が含まれている。中でも硫化鉄(II)は、様々な地盤に含まれていることが多い。よって、測定妨害物質として、硫化鉄に着目し、一般的な迅速測定方法であるピクリン酸カリウム試薬を用いた簡易的なシアン濃度測定方法に対する硫化鉄の正負の影響を検証するための試験を行った。
【0055】
この試験では、共立理化学製の全シアン検定器(WA−CN)を用いて、シアン濃度の測定を行った。又、測定は「マスキング剤を添加する工程」を行わない点以外は、上記において説明した本発明のシアン濃度測定方法にしたがって行った。
試料水:測定対象とする試料水については、フェロシアンカリウムK[Fe(CN)]溶液500mlに、測定妨害物質として、粉砕した硫化鉄を各所定量添加し、振とう機で24時間200rpm振とうし、更に、0.45μmメンブランフィルターでろ過した溶液を試験例の試料水とした。この試験例の試料水は、硫化鉄(II)濃度を段階的(0、30、60、120、150、200、400、600mg/L)に設定し、いずれもフェロシアン化カリウム濃度が1.5mg/Lとなるように、調整した。
検定試薬:遊離シアンを捕捉するためのアルカリ剤として、ピクリン酸カリウム((NO)3COK)0.4gを捕捉用の試験管内に予め投入しておいた。
上記各試料水を15分間蒸留し、捕捉された遊離シアンをピクリン酸カリウムとの接触により発色させ、共立理化学製のデジタルパックテストマルチによって吸光度を測定し、シアン濃度を算出した。結果を図2に示す。
【0056】
図2に示す通り、試料水中の硫化鉄(II)の濃度が60mg/Lまでの範囲にある場合には、シアン濃度測定への正負の影響は見られなかったが、120mg/L以上になると全シアン濃度の測定値の低下が見られ、硫化鉄(II)の濃度が上がるにつれ、マイナス側にシアン濃度が大きく低下するようになった。このように、硫化鉄(II)はシアンの迅速分析によるシアン濃度測定に対し、負の影響を及ぼすことが確認された。
【0057】
<試験例2>
以下に詳細を示す試料水について、本発明のシアン濃度の測定方法、及び公定分析方法により、それぞれシアン濃度の測定を行った。公定分析方法としては、ピリジン−ピラゾロン吸光光度法(JIS K 0102:2009 38.2)を採用した。試料水については、建設現場等で一般に行われるシアンの酸化分解処理が施されている状況を想定し、下記の通り、それぞれ酸化剤を添加した。それらの酸化剤を含有する試料水について、それぞれ、以下に示す実施条件の下で、各実施例、比較例毎にマスキング剤種類を変えて、各酸化剤濃度におけるシアン濃度の測定を行い、妨害物質のシアン濃度測定値への正負の影響を検証した。
【0058】
試験例2おいては、上記試験例1と同じ全シアン検定器を用いて、シアン濃度の測定を行った。この測定は、各試料水の蒸留前に「マスキング剤を添加する工程」を行う点以外の実施条件については上記試験例1と同一とし、上記において説明した本発明のシアン濃度測定方法にしたがって行った。
試料水:各実施例、比較例毎に、下記の通り、いずれもシアン濃度が1.5mg/Lとなるように調整した試料水1、試料水2、試料水3、試料水0を、それぞれ50ml使用した。
試料水1:濃度1.5mg/Lのフェロシアンカリウム(K[Fe(CN)])溶液500mlに、測定妨害物質として、粉砕して2mmの非金属ふるいにかけた硫化鉄75mgと、過硫酸ナトリウム(酸化剤)、酢酸ナトリウム(pH緩衝剤)、銀触媒を添加した。過硫酸ナトリウムの添加量は、各試料水中の酸化剤濃度がそれぞれ表1及び表2の酸化剤濃度となるように段階的に調整した。酢酸ナトリウムは10(g)、銀触媒溶液は15〜1500mg添加した。これを、振とう機で24時間200rpmで振とうし、更に、0.45μmメンブランフィルターでろ過した溶液を試料水1とした。
試料水2:濃度1.5mg/Lのフェロシアンカリウム(K[Fe(CN)])溶液500mlに、測定妨害物質として、硫化鉄(II)2gと64%硫酸10mlより発生させた硫化水素をフェロシアン化カリウム溶液中に直接送り込み、過硫酸ナトリウム(酸化剤)を添加した。過硫酸ナトリウムの添加量は、各試料水中の酸化剤濃度がそれぞれ表1及び表2の酸化剤濃度となるように段階的に調整した。酢酸ナトリウムと銀触媒の添加量は、試料水1と同量とした。これを、振とう機を用いて、24時間200rpm振とうし、更に、0.45μmメンブランフィルターでろ過した溶液を試料水2とした。
試料水3:上記銀触媒溶液を添加せずに、それに代えて同量の硝酸ナトリウム溶液(濃度17mg/L)を添加した他は上記試料水1と同組成とした溶液を試料水3とした。
試料水0:測定妨害物質を添加しなかったこと以外は上記と同組成の溶液を試料水0とした。
マスキング剤:各実施例、比較例毎に、下記のマスキング剤1〜4をそれぞれ使用した。実施例1においては、上記試料水1及び2に、マスキング剤1を5ml添加した。比較例1においては、上記試料水1及び2に、マスキング剤2−1及び2−2を各2.5mlずつ添加した。比較例2においては、上記試料水1及び2に、マスキング剤3を5ml添加した。比較例3においては、上記試料水1及び2に、マスキング剤4を5ml添加した。比較例4においては、上記試料水1及び2にはマスキング剤を添加しなかった。
マスキング剤1:L−アスコルビン酸20g、純水100mlの混合水溶液。
マスキング剤2−1:硫酸銅(CuSO(II))0.2g、濃度1mol/Lの塩酸2.5ml、純水100mlの混合水溶液。
マスキング剤2−2:塩化スズ(SnCl(II))0.2g、濃度1mol/Lの塩酸2.5ml、純水100mlの混合水溶液。
マスキング剤3:塩化ヒドロキシルアンモニウム10g、純水100mlの混合溶液。
マスキング剤4:メタ亜ヒ酸ナトリウム20g、純水100mlの混合溶液。
検定試薬:上記試験例1と同様、同量のピクリン酸カリウムを同様に用いた。
【0059】
上記マスキング剤を添加混淆後(比較例4はマスキング剤未添加)の各試料水を15分間蒸留し、アルカリ剤によって捕捉された遊離シアンをピクリン酸カリウムとの接触により発色させ、共立理化学製のデジタルパックテストマルチによって吸光度を測定し、シアン濃度を算出した。結果を表1、表2、及び図3〜5に示す。表1及び表2は、実施例、比較例の酸化剤濃度毎、対象試料水毎の測定値を公定分析値との比較ができる形で記載したものである。尚、図3〜5は実施例、比較例1及び4のそれぞれ試料水0についての酸化剤濃度毎のシアン濃度測定値の、同条件における公定分析方法による測定値からの乖離の程度を検証するために各測定値をグラフ化したものである。
【0060】
【表1】
【0061】
【表2】
【0062】
実施例の結果より、L−アスコルビン酸を含有する本発明に係るマスキング剤(マスキング剤1)を添加した場合には、測定妨害物質の有無、酸化防止剤の濃度にかかわらず、公定分析方法(参考例)による測定値との乖離が極めて小さい良好な測定値を得ることができた。
【0063】
比較例1〜4の結果より、マスキング剤を添加しない場合、或いは、本願に係るマスキング剤以外のマスキング剤を添加した場合においては、いずれも、酸化剤濃度が0.2%〜0.5%以上の範囲となった場合に、公定分析方法による測定値から大きく乖離している。これは試験例1の結果からも分かる通り、妨害物質としての硫化鉄や硫化水素、及び酸化剤のシアン濃度測定への正負の影響の結果であると考えられる。
【0064】
表1、表2、及び図3〜5より、本発明のシアン濃度測定方法は、特に建設現場等で、広く採用されているピクリン酸試薬を用いた簡易的なシアン測定方法について、公定方法に対するコスト低減のメリットを維持したまま、試料水中に含有される酸化剤の測定への影響を排除し、より精度の高い測定値を得ることができる、シアン濃度測定方法であることが確認された。
【符号の説明】
【0065】
ST1 マスキング剤を添加する工程
ST2 遊離シアンを分離回収する工程
ST3 有色化合物を形成する工程
ST4 試料水のシアン濃度を算出する工程
図1
図2
図3
図4
図5