特許第6204853号(P6204853)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6204853
(24)【登録日】2017年9月8日
(45)【発行日】2017年9月27日
(54)【発明の名称】歯科用接着性組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 6/00 20060101AFI20170914BHJP
【FI】
   A61K6/00 A
【請求項の数】4
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2014-40046(P2014-40046)
(22)【出願日】2014年3月3日
(65)【公開番号】特開2015-164902(P2015-164902A)
(43)【公開日】2015年9月17日
【審査請求日】2017年1月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】森川 美希
(72)【発明者】
【氏名】松重 浩司
【審査官】 佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−112672(JP,A)
【文献】 特開2013−193971(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/017360(WO,A1)
【文献】 国際公開第2007/139207(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 6/00− 6/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)酸性基含有重合性単量体(A1)を含む重合性単量体成分、
(B)水、
(C)水溶性揮発性有機溶媒、及び、
(D)抱水力が100〜1500%である脂肪酸エステル
を含むことを特徴とする歯科用接着性組成物。
【請求項2】
前記酸性基含有重合性単量体(A1)が、リン酸エステル基を含有する重合性単量体を含むことを特徴とする請求項1に記載の歯科用接着性組成物。
【請求項3】
前記脂肪酸エステル(D)が、ヒドロキシステアリン酸、ステアリン酸、ダイマー酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の脂肪酸とグリセリンの2〜12量体とをエステル化して得られる(ポリ)グリセリン脂肪酸エステルであることを特徴とする請求項1又は2に記載の歯科用接着性組成物。
【請求項4】
前記酸性基含有重合性単量体(A1)100質量部に対して、前記水(B)を10〜120質量部、前記水溶性揮発性有機溶媒(C)を100〜600質量部、前記脂肪酸エステル(D)を0.2〜20質量部含むことを特徴とする請求項1〜3の何れかに記載の歯科用接着性組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯質に対する接着性が良好であり、歯科用前処理材や歯科用接着材に有用な歯科用接着性組成物に関する。しかも、保存安定性を向上した歯科用接着性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
齲蝕等により損傷を受けた歯の修復には、主にコンポジットレジンと呼ばれる充填材料が用いられる。このコンポジットレジンは、歯の空洞に充填した後、重合硬化して使用されるのが一般的である。しかし、コンポジットレジン自体は歯質、例えばエナメル質や象牙質への接着性を持たないため、重合性組成物を用いた歯科用接着材(以下単に、接着材とも略する)と併用することが必要である。そのため、このような歯科用接着材は、コンポジットレジン及び歯質両方に接着することが要求される。
【0003】
従来、接着材の歯質に対する接着強度を向上させることを目的として、接着材の使用前には、歯面に対して次のような前処理が施されている。即ち、
1)硬い歯質(主にヒドロキシアパタイトを主成分とするエナメル質)をエッチング処理するための前処理材の塗布、更に、
2)歯質中への接着材の浸透を促進するため、プライマーと呼ばれる前処理材の塗布が行われている。
【0004】
エッチング処理は、酸水溶液を用いて歯質を脱灰する処理であり、酸水溶液により溶解除去された歯質の表面は粗造化したエナメル質やスポンジ状のコラーゲン繊維からなる象牙質が露出することとなる。エッチング処理した後、該露出したエナメル質及び象牙質への接着材の接着機構はそれぞれ異なり、具体的には以下のとおりである。
【0005】
エナメル質への接着材の接着は、酸水溶液により脱灰された粗造な歯質の表面へ、接着性成分が浸透して硬化するというマクロな機械的嵌合により達成される。それに対し、象牙質への接着材の接着は、脱灰後に露出されたスポンジ状のコラーゲン繊維の微細な空隙に、接着材が浸透して硬化するというミクロな機械的嵌合により達成される。しかし、接着性成分は、コラーゲン繊維の微細な空隙への浸透が容易ではなく、エッチング処理後に、更にプライマー(浸透促進材)によるプライミング処理(浸透)を行ってから接着材を塗布する必要がある。
【0006】
上述したように、エナメル質と象牙質の双方に対して良好な接着強度を得るためには、損傷された歯を修復する際、エッチング処理及びプライミング処理の2段階の前処理を行う必要があり、この2段階の前処理を行った上、接着材を塗布して硬化させる3ステップシステムが採用されており、操作が煩雑であるという問題があった。
【0007】
以上のような問題点を解決するため、歯科用接着材の操作性の簡略化が求められ、脱灰機能と浸透促進機能を併せて持つ1液型前処理材が主流となった。即ち、エッチング処理及びプライミング処理との2段階の前処理を1段階に簡略することにより、歯の修復操作は、従来の3ステップシステムから、1段階の前処理後に接着材を塗布して硬化させる2ステップシステムとなり、操作性が大きくアップした(特許文献1及び2)。
【0008】
更に、近年では、1液型歯科用接着材が開発されており、エッチング処理及びプライミング処理等の前処理を必要とせず、脱灰機能及び浸透促進機能を併せて持つ接着性組成物が主流となっている。従って、従来の2ステップシステムを1ステップシステムへと大幅に操作性が簡略化されるようになった。
【0009】
例えば、特許文献3には、酸性基を有する重合性単量体(酸性基含有重合性単量体)を含む重合性単量体からなり、前処理を不要とする1液型の歯科用接着材が開示されている。即ち、酸性基を重合性単量体に導入することにより、接着材の溶液を酸性に呈することができ、酸水溶液を別途用意するエッチング処理を行う必要がなく、接着材の有する酸により脱灰機能を果たすようになった。また、酸性基含有重合性単量体に加えて、親水性・疎水性重合性単量体の配合量を調整することにより、象牙質への浸透促進効果も果たすことができ、別途にプライミング処理をする必要がなくなった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2003−073218号公報
【特許文献2】特開2001−026511号公報
【特許文献3】特開2007−119404号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
これら1液型歯科用接着材は、操作性の簡略化の目的は達成できる。
【0012】
しかしながら、1液型歯科用接着材は、エッチング効果を発揮するために水を必要とするため、その水の配合量を厳密に管理しなければ接着力が低下するといった問題があった。すなわち、水の配合量が少な過ぎると脱灰作用が十分でなくなり、また、水の量が多過ぎると接着材の硬化体の強度が低下するため、いずれも接着力が低下するといった問題があった。
【0013】
さらに、加水分解し易い酸性基、例えば、リン酸エステル基を含有する重合性単量体(以下、リン酸エステル基含有重合性単量体とする場合もある)を用いた場合には、加水分解によりリン酸エステル基が重合性単量体から離脱し、接着材の有効成分であるリン酸エステル基含有重合性単量体が分解するため、歯質に対する接着力が低下するという問題が特に顕著であった。加えて、以上のような加水分解の問題が生じるため、接着材自体の劣化(保存安定性)が問題となっている。
【0014】
従来の1液型歯科用接着材は、上記加水分解の問題もあるため、エッチング効果を発揮するために必要な水の配合量を少なくして対応してきた。この為、歯質の脱灰力が低下する傾向にあり、特にエナメル質に対する接着性に関しては必ずしも十分とは言えなかった。
【0015】
このような状況下、1液型歯科用接着材において、水の配合量の許容範囲を広げ、歯質、特にエナメル質に対して高い接着強度を有する1液型歯科用接着材の開発が強く求められていた。さらには、加水分解し易い酸性基含有重合性単量体を使用した場合であっても、十分な接着力を発揮すると共に、接着材自体の保存安定性を向上させることが強く求められていた。
【0016】
したがって、本発明の目的は、酸性基含有重合性単量体を含有する歯科用接着性組成物において、水存在下、歯質、特にエナメル質に対して高い接着強度を有する歯科用接着性組成物を提供することにある。さらには、接着材自体の保存安定性を向上させた歯科用接着性組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、抱水力が100〜1500%である脂肪酸エステルを配合することにより、エナメル質に対する接着力を向上できることを見出した。加えて、加水分解し易いリン酸エステル基含有重合性単量体を使用しても、高い接着力を維持したまま、保存安定性を向上できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0018】
本発明によれば、(A)酸性基含有重合性単量体(A1)を含む重合性単量体、(B)水、(C)水溶性有機溶媒、及び(D)抱水力が100〜1500%である脂肪酸エステルを含む歯科用接着性組成物が提供される。
【0019】
本発明の歯科用接着性組成物においては、前記酸性基含有重合性単量体(A1)がリン酸エステル基含有重合性単量体を含む場合に、特に保存安定性をも向上することができる。
【0020】
本発明の歯科用接着性組成物の一実施態様は、前記脂肪酸エステル(D)が、ヒドロキシステアリン酸、ステアリン酸、ダイマー酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の脂肪酸とグリセリンの2〜12量体とをエステル化して得られる(ポリ)グリセリン脂肪酸エステルであることが好ましい。
【0021】
本発明の歯科用接着性組成物の他の実施態様は、前記酸性基含有重合性単量体成分(A1)100質量部に対して、前記水(B)を10〜120質量部、前記水溶性揮発性有機溶媒(C)を100〜600質量部、前記脂肪酸エステル(D)を0.2〜20質量部含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明の歯科用接着性組成物は、酸性基含有重合性単量体を含む歯科用接着性組成物に抱水力が100〜1500%である脂肪酸エステルを配合することによって、歯質中のエナメル質に対する接着力を向上させることができる。加えて、リン酸エステル基含有重合性単量体を使用した場合、水による加水分解を有効に抑制でき、結果、保存安定性をも向上させることができる。
【0023】
よって、本発明の歯科用接着性組成物は、脱灰機能が良好で接着力が高いため、1液型前処理材や1液型接着材として、好適に使用できる。
【0024】
抱水力が100〜1500%である脂肪酸エステル(以下、単に「脂肪酸エステル」とする場合もある)を配合することによって、エナメル質に対する接着力が向上する理由については、まだ解明されてはいないが、本研究者らは、次のように考えている。
【0025】
脂肪酸エステルを配合すると、歯質の脱灰が進行しやすくなると考えられる。一般的に、歯質が脱灰されると、その表面に接触している接着材中では溶解した歯質成分の濃度が高くなり、次第に脱灰性は失われていく。これに対して、本発明においては、脂肪酸エステルの高い抱水力に起因した、水に対する高い親和力が、接着力向上に寄与しているものと考えられる。水に対して高い親和力を有する脂肪酸エステルは水分子との強い相互作用により、大きな分子の凝集団を形成する。この凝集団は接着材中に溶解した歯質成分を取り込む事ができると考えられる。そして、溶解した歯質成分が表面から減少することにより、歯質表面の脱灰効率が損なわれず、その結果、エナメル質に対する接着力が向上すると考えられる。
【0026】
また、脂肪酸エステルによる加水分解抑制効果の理由については、まだ解明されてはいないが、本研究者らは、やはり脂肪酸エステルの高い抱水力に起因した、水に対する高い親和力が、加水分解抑制に寄与していると考えている。即ち、脂肪酸エステルと水分子とが形成した大きな分子の凝集団が障壁となり、リン酸エステル基含有重合性単量体の加水分解を有効に抑制できると考えている。また、多くの水分子は脂肪酸エステルと凝集団を形成するため、遊離している水分子の量が相対的に少なくなり、このことも加水分解が有効に抑制される要因と考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の歯科用接着性組成物は、酸性基含有重合性単量体(A1)を含む重合性単量体成分(A)、水(B)、水溶性揮発性有機溶媒(C)、及び抱水力が100〜1500%である脂肪酸エステル(D)を含むものである。以下、各構成成分別に説明する。
【0028】
<重合性単量体成分(A)>
本発明において、重合性単量体成分(A)は、重合により硬化してコンポジットレジンや各種の補綴物等に対する接着性を付与するために使用される成分であり、歯質に対する脱灰機能を付するため、酸性基含有重合性単量体(A1)を含有していることが必要である。
【0029】
<酸性基含有重合性単量体(A1)>
酸性基含有重合性単量体(A1)としては、1分子中に少なくとも1つの重合性不飽和基と、少なくとも1つの酸性基とを有する重合性単量体であれば特に制限されず、公知の物を使用することができる。
【0030】
上記の重合性不飽和基としては、アクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基、ビニル基、アリル基、エチニル基、スチリル基のようなものを挙げることができる。特に、硬化速度の点からアクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基が好ましく、アクリロイル基、メタクリロイル基が最も好ましい。
【0031】
酸性基含有重合性単量体(A1)は、1分子中に少なくとも1つの重合性不飽和基と、少なくとも1つの酸性基を分子内に有する化合物であれば、特に限定されず、公知の化合物を用いることができる。
【0032】
ここで、酸性基とは、該基を有する重合性単量体の水分散媒又は水懸濁液が酸性を呈す基であり、単なる酸性基だけでなく、当該酸性基の二つが脱水縮合した酸無水物構造や、酸性基がハロゲン化された酸ハロゲン化物基であってもよく、酸性基含有重合性単量体の酸解離定数(pKa)が5以下となるような酸性基が好ましい。具体的には、ホスフィニコ基{=P(=O)OH}、ホスホノ基{−P(=O)(OH)}、カルボキシル基{−C(=O)OH}、リン酸二水素モノエステル基{−O−P(=O)(OH)}、リン酸水素ジエステル基{(−O−)P(=O)OH}、スルホ基(−SOH)、及び酸無水物骨格{−C(=O)−O−C(=O)−}等が挙げられる。
【0033】
中でも、本発明によれば、水による加水分解を効率よく制御できるため、上記酸性基を有する重合性単量体の中でも、加水分解を生じやすいもの、例えばリン酸二水素モノエステル基{−O−P(=O)(OH)}、リン酸水素ジエステル基{(−O−)P(=O)OH}(以下、これらをリン酸エステル基と称す)等を使用した場合に特に優れた効果を発揮する。
【0034】
具体的な(A1)を例示すれば、(メタ)アクリル酸、N−(メタ)アクリロイルグリシン、N−(メタ)アクロイルアスパラギン酸、N−(メタ)アクロイル−5−アミノサリチル酸、2−(メタ)アクロイルオキシエチル、ハイドロジェンフタレート等の分子内に1つのカルボキシル基を有する重合性単量体;11−(メタ)アクリロイルオキシウンデカン−1,1−ジカルボン酸、10−(メタ)アクリロイルオキシデカン−1,1−ジカルボン酸、12−(メタ)アクリロイルオキシドデカン−1,1−ジカルボン酸、4−(メタ)アクリロイルオキシブチルトリメリテート、4−(メタ)アクリロイルオキシヘキシルトリメリテート、4−(メタ)アクリロイルオキシデシルトリメリテート等の分子内に複数のカルボキシル基を有する重合性単量体;2−(メタ)アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、p−ビニルベンゼンスルホン酸、
ビニルスルホン酸等の分子内にスルホ基を有する重合性単量体等;以下の化合物のように分子内にホスフィニコ基{=P(=O)OH}およびホスホノ基{−P(=O)(OH)}を有する重合性単量体が挙げられる。
【0035】
【化1】
【0036】
但し、上記化合物中、Rは水素原子またはメチル基を表す。
【0037】
また、上記の通り、本発明によれば、水による加水分解を効率よく制御できるため、上記酸性基を有する重合性単量体の中でも、加水分解を生じやすいリン酸エステル基を使用した場合に特に優れた効果を発揮する。次に、このリン酸エステル基を含有する、リン酸エステル基含有重合性単量体について説明する。
【0038】
<好適な(A1)成分:リン酸エステル基含有重合性単量体>
本発明によれば、酸性基含有重合性単量体(A1)成分が、リン酸エステル基含有重合性単量体を含む場合に特に優れた効果を発揮する。リン酸エステル基含有重合性単量体は、重合性不飽和基と共に、リン酸基から誘導されるリン酸エステル基を分子中に有する化合物である。リン酸エステル基を含有する重合性単量体は、歯質の脱灰作用が高いばかりでなく、コンポジットレジンや歯質に対しても高い接着強度を有する。
【0039】
このようなリン酸基を含有している重合性単量体の具体例としては、以下の化合物を例示することができる。
【0040】
【化2】
【0041】
但し、上記化合物中、Rは水素原子またはメチル基を表す。
【0042】
上記の中でも、歯質に対する接着性の観点から、2−メタクリロイルオキシエチルジハイドロジェンフォスフェート、6−メタクリロイルオキシヘキシルジハイドロジェンフォスフェート、10−メタクリロイロキシデシルジハイドロジェンフォスフェート、ビス(2−メタクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンフォスフェート、ビス(6−メタクリロイルオキシヘキシル)ハイドロジェンフォスフェート等を使用することが好ましい。
【0043】
<(A1)成分の配合>
上述した酸性基含有重合性単量体(A1)は、1種単独で使用されていてもよいし、2種以上を併用することもできる。そのため、当然のことではあるが、酸性基含有重合性単量体(A1)は、リン酸エステル基含有重合性単量体のみ、或いはその混合物であってもよいし、リン酸エステル基含有重合性単量体とそれ以外の酸性基含有重合性単量体との混合物であってもよいし、リン酸エステル基含有重合性単量体以外の酸性基含有重合性単量体のみ、或いはその混合物であってもよい。なお、複数種類の酸性基含有重合性単量体を使用する場合には、酸性基含有重合性単量体の合計量を基準の質量とする。
【0044】
本発明において、酸性基含有単量体(A1)の配合量は、特に制限されるものではなく、例えば、重合性単量体成分(A)の全量が酸性基含有単量体(A1)であってもよいし、また、重合性単量体成分(A)の一部が酸性基含有単量体(A1)であってもよい。
【0045】
中でも、接着性組成物の歯質に対する適度の浸透性を示し、また硬化体の強度を向上させるという観点から、重合性単量体成分(A)は、下記に詳述する酸性基を有さない重合性単量体(A2)(以下、非酸性重合性単量体(A2)とする場合もある)と酸性基含有単量体(A1)とを重合性単量体成分(A)とを含むことが好ましい。
次に本発明で好適に使用できる非酸性重合性単量体(A2)について説明する。
【0046】
<非酸性重合性単量体(A2)>
本発明においては、重合性単量体成分(A)として、上記の酸性基含有単量体(A1)と共に、非酸性重合性単量体(A2)を併用して使用することができる。このような非酸性重合性単量体(A2)としては、前述した重合性不飽和基を分子中に少なくとも1個有しており且つ酸性基を有していない化合物が使用される。このような非酸性重合性単量体(A2)の具体例としては、以下の化合物を例示することができ、これらは1種単独で或いは2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0047】
1.モノ(メタ)アクリレート系単量体;
メチル(メタ)アクリレート
エチル(メタ)アクリレート
グリシジル(メタ)アクリレート
2−シアノメチル(メタ)アクリレート
ベンジル(メタ)アクリレート
ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート
アリル(メタ)アクリレート
2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート
グリシジル(メタ)アクリレート
3−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート
グリセリルモノ(メタ)アクリレート
2−(メタ)アクリルオキシエチルアセチルアセテート。
【0048】
2.多官能(メタ)アクリレート系単量体;
エチレングリコールジ(メタ)アクリレート
ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート
トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート
ノナエチレングリコールジ(メタ)アクリレート
プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート
ジプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート
2,2’−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシフェニル]プロパン
2,2’−ビス[4−(メタ)アクリロイルオキシエトキシエトキシフェニル]プロパン
2,2’−ビス{4−[3−(メタ)アクリロイルオキシ−2−ヒドロキシプロポキシ]フェニル}プロパン
1,4−ブタンジオールジ(メタ)アクリレート
1,6−ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート
トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート
ウレタン(メタ)アクリレート
エポキシ(メタ)アクリレート
本発明においては、以上のモノ(メタ)アクリレート系単量体、多官能(メタ)アクリレート系単量体を上記酸性基含有重合性単量体(A1)と併用して使用することができる。
【0049】
また、非酸性重合性単量体(A2)としては、上記の(メタ)アクリレート系単量体以外の重合性単量体の少なくとも1種を、(メタ)アクリレート系単量体と併用することも可能である。
【0050】
上記以外の非酸性重合性単量体(A2)としては、フマル酸ジメチル、フマル酸ジエチル、フマル酸ジフェニル等のフマル酸エステル化合物;スチレン、ジビニルベンゼン、α−メチルスチレン、α−メチルスチレンダイマー等のスチレン系誘導体;ジアリルフタレート、ジアリルテレフタレート、ジアリルカーボネート、アリルジグリコールカーボネート等のアリル化合物;などを挙げることができる。
【0051】
本発明において、疎水性の高い重合性単量体、例えば、2,2′−ビス[4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリルオキシプロポキシ)フェニル]プロパン、トリエチレングリコールジメタクリレート等の重合性単量体を使用する場合には、非酸性重合性単量体(A2)は、それら重合性単量体の組み合わせだけでもよいが、2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等の両親媒性の重合性単量体を併用することが好ましい。非酸性重合性単量体(A2)として、疎水性の高い重合性単量体と両親媒性の重合性単量体とを併用することにより、水の分離を防ぎ、均一な組成を確保することができる。その結果、得られる歯科用接着性組成物は、高い接着強度を発揮できる。なお、この場合には、非酸性重合性単量体(A2)の全量を100質量%としたとき、両親媒性の重合性単量体0〜50質量%、疎水性の高い重合性単量体50〜100質量%とすることが好ましく、さらに、両親媒性の重合性単量体10〜40質量%、疎水性の高い重合性単量体60〜90質量%とすることが好ましい。
【0052】
<非酸性重合性単量体(A2)の配合>
本発明においては、接着性組成物の歯質に対する適度の浸透性を示し、また硬化体の強度を向上させるという観点から、重合性単量体成分(A)は、上記酸性基含有重合性単量体(A1)と上記非酸性重合性単量体(A2)とを含むことが好ましい。特に、エナメル質及び象牙質の両方に対する接着強度を良好にする観点から、酸性基含有重合性単量体(A1)100質量部に対して、非酸性重合性単量体(A2)を2000質量部以下の範囲で使用することが好ましく、25〜2000質量部の範囲で使用することがより好ましく、50〜1000質量部の範囲で使用することがさらに好ましく、65〜900質量部の範囲で使用することが特に好ましい。酸性基含有単量体(A1)の配合量が少ないと、エナメル質に対する接着強度が低下する傾向があり、逆に多過ぎると象牙質に対する接着強度が低下する傾向がある。
【0053】
<水(B)>
本発明においては、上述した脱灰機能を持つためには、酸性基含有重合性単量体の酸性基と共に水が必要となる。水が存在しないと、エッチング効果が発揮され難く、一定の接着強度を生じさせることができない。
【0054】
一方で、後述する脂肪酸エステルを組成物中に配合しない場合に水が多く存在すると、逆に接着組成物の硬化体の強度が低下し、接着強度が低下する傾向にある。さらには、加水分解し易い酸性基含有重合性単量体を使用した場合には、接着性組成物を保存中に加水分解反応が進行するため、長期間保存後使用する際には、接着強度が低下する。
【0055】
これに対して、本発明は、後述する脂肪酸エステルを配合するため、水が比較的多く存在した状態でも、接着強度の低下が少ない。さらには、加水分解し易い酸性基含有重合性単量体を使用した場合でも、加水分解反応を抑制し、保存安定性が良好となる。
【0056】
したがって、接着強度を高めるという点から、水(B)は、酸性基含有重合性単量体(A1)100質量部に対して、10〜120質量部、特に50〜100質量部含まれることが好ましい。
【0057】
本発明において、上記の水は、本発明の接着性組成物を歯面に塗布した際に、該組成物の硬化に先立って、エアブローにより除去させることが、硬化を十分に進行させる観点から好ましい。
【0058】
<水溶性揮発性有機溶媒(C)>
本発明の接着性組成物に使用する水溶性揮発性有機溶媒(C)は、上記重合性単量体成分(A)及び水(B)と、後述する適宜使用される重合開始剤(E)との混和性を向上させ、均一な組成の接着性組成物を得るために必要である。
【0059】
該水溶性揮発性有機溶媒としては、室温で揮発性を有し、水溶性を示すものであれば公知の有機溶媒が何等制限なく使用できる。ここで言う揮発性とは、760mmHgでの沸点が100℃以下であり、且つ20℃における蒸気圧が1.0KPa以上であることを言う。また、水溶性とは、20℃での水への溶解度が20g/100ml以上であることを言う。このような水溶性揮発性有機溶媒として具体的に例示すると、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、アセトン、メチルエチルケトンなどが挙げられる。これら水溶性揮発性有機溶媒は必要に応じ複数を混合して用いることも可能である。生体に対する為害性を考慮すると、エタノール、プロパノール又はアセトンが好ましい。
【0060】
本発明の接着材における水溶性揮発性有機溶媒(C)は、上記のように配合される各成分が均一となる程度であれば良く、酸性基含有重合性単量体(A1)100質量部に対して、100〜600質量部含まれることが好ましく、特に、200〜500質量部含まれることがより好ましい。
【0061】
<抱水力が100〜1500%である脂肪酸エステル(D)>
本発明に用いられる(D)脂肪酸エステルは、抱水力が100〜1500%の範囲でなければならない。抱水力が100〜1500%を満足するものであれば、既に公知のものが何ら制限なく使用することができる。より高い効果を発揮するためには、脂肪酸エステル(D)は抱水力が400〜1200%の範囲であることが好ましく、400〜1000%の範囲であることがより好ましく、600〜900%の範囲であることがさらに好ましい。
【0062】
本発明において、抱水力とは水を取り込む性質のことを指し、英国薬局方(BP)、ラノリンの含水測定法に準ずる抱水力試験法により測定される抱水力(%)を指す。即ち、50℃に加熱した試料10gに50℃の精製水を0.2〜0.5mlずつ添加しながら練込み、水が入らなくなった点(添加した水が溶解し、均一な液体とならず、水が分離した状態)を終点とし、試料に対する百分率で示した値を抱水力(%)とする。
【0063】
そのような脂肪酸エステルの例を挙げると、ラウロイルグルタミン酸ジオクチルドデシル、N−ラウロイル−L−グルタミン酸ジ(コレステリル又はフィトステロール・ベヘニル・オクチルドデシル)、N−ラウロイル−L−グルタミン酸ジ(コレステリル又はフィトステリル・オクチルドデシル)等のアミノ酸系エステル、ヒマシ油、シア脂等の多価アルコール脂肪酸エステル、イソステアリン酸デカグリセリル等のポリグリセリン脂肪酸エステル、(アジピン酸・2−エチルヘキサン酸・ステアリン酸)グリセリルオルゴエステル、(12−ヒドロキシステアリン酸・イソステアリン酸)ジペンタエリストール、(12−ヒドロキシステアリン酸・ステアリン酸・ロジン酸)ジペンタエリストール等の脂肪酸ジペンタエリルシトール、コレステロール、コレスタロール、デヒドロコレステロール、ラノリン脂肪酸コレステリル、イソステアリン酸コレステリル、ヒドロキシステアリン酸コレステリル、リノール酸コレステリル、マカダミアナッツ湯油脂肪酸コレステリル等のコレステロール誘導体やフィトステロール誘導体、ラノリン、吸着精製ラノリン、液状ラノリン、還元ラノリン、酢酸ラノリン、ラノリンアルコール、水素添加ラノリンアルコール、ラノリン脂肪酸等のラノリン誘導体及びラノリン脂肪酸をポリオキシアルキレンで変性したものなどが挙げられる。また、これらの中でも、ポリグリセリン脂肪酸エステルは、抱水力のコントロールが容易である点で好適に使用できる。
【0064】
本発明に好適に使用できるポリグリセリン脂肪酸エステルについて以下、詳細に説明する。
【0065】
ポリグリセリンの1又は2以上の水酸基を脂肪酸でエステル化したものである。ポリグリセリン脂肪酸エステルの抱水力は、グリセリンの量体数、エステル化された水酸基の数、構成脂肪酸の種類により総合的に決まるものである。一般的にはグリセリンの量体数が多くなるほど、また、エステル化された水酸基の数が少ないほど、構成脂肪酸の炭素数が少ない程、構成脂肪酸中の水酸基の数が多いほど、抱水力は大きくなる傾向にある。
【0066】
本発明では、脂肪族エステルの抱水力が100〜1500%の範囲にあれば、構成脂肪酸としては特に限定されるものでは無く、飽和脂肪酸であっても、不飽和脂肪酸であっても、良い。一般に、構成脂肪酸は炭素数15〜36のもの、具体的には、ペンタデシル酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、ヒドロキシステアリン酸、ノナデカン酸、ツベルクロステアリン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、オレイン酸、エルカ酸、リノール酸、エイコサジエン酸、ダイマー酸などが好ましい。これらの中でも、接着力向上、及び酸エステル基含有重合性単量体の加水分解抑制効果を考慮すると、ステアリン酸、ヒドロキシステアリン酸、ダイマー酸が特に好ましい。
【0067】
また、ポリグリセリン脂肪酸エステルを構成するポリグリセリンは、2量体〜12量体のもの、すなわち、ジグリセリン、トリグリセリン、テトラグリセリン、ペンタグリセリン、ヘキサグリセリン、ヘプタグリセリン、オクタグリセリン、ノナグリセリン、デカグリセリン、ウンデカグリセリン、ドデカグリセリンが好ましく、中でも、保存安定性の観点から、8量体〜10量体のオクタグリセリン、ノナグリセリン、デカグリセリンが特に好ましい。
【0068】
また、ポリグリセリン中のエステル化された水酸基の数については、グリセリンの量体数にもよるが、所望の抱水力にするために適宜選択され、一般には、1〜8置換体が用いられる。
【0069】
本発明において特に好適に使用される抱水力が100〜1500%であるポリグリセリン脂肪酸エステルを具体的に例示すると、ペンタグリセリンモノペンタデシル酸エステル、ペンタグリセリンモノパルミチン酸エステル、トリグリセリンモノマルガリン酸エステル、ジグリセリンモノステアリン酸エステル、ジグリセリンモノオレイン酸エステル、ジグリセリンモノイソステアリン酸エステル、テトラグリセリンモノステアリン酸エステル、テトラグリセリンモノオレイン酸エステル、ヘキサグリセリントリステアリン酸エステル、オクタグリセリンモノステアリン酸エステル、オクタグリセリンジヒドロキシステアリン酸エステル、オクタグリセリンテトラヒドロキシステアリン酸エステル、オクタグリセリンモノダイマー酸エステルノナグリセリンジステアリン酸エステル、ノナグリセリンモノヒドロキシステアリン酸エステル、ノナグリセリンオクタヒドロキシステアリン酸エステル、ノナグリセリントリダイマー酸エステル、デカグリセリンペンタステアリン酸エステル、デカグリセリンペンタイソステアリン酸エステル、デカグリセリンペンタオレイン酸エステル、デカグリセリンペンタノナデカン酸エステル、デカグリセリン酸トリエイカ酸エステル、デカグリセリルトリベヘン酸エステル、デカグリセリンモノステアリン酸エステル、デカグリセリンヘキサステアリン酸エステル、デカグリセリンモノヒドロキシステアリン酸エステル、デカグリセリントリヒドロキシステアリン酸エステル、デカグリセリンヘキサヒドロキシステアリン酸エステル、デカグリセリンオクタヒドロキシステアリン酸エステル、デカグリセリンモノダイマー酸エステル、デカグリセリンヘキサダイマー酸エステル、ウンデカグリセリンモノヒドロキシステアリン酸エステル、ウンデカグリセリントリダイマー酸エステル、ウンデカグリセリンジヒドロキシステアリン酸エステル、ドデカグリセリンジステアリン酸エステル、ドデカグリセリンテトラヒドロキシステアリン酸エステル等が挙げられる。
【0070】
上記したポリグリセリン脂肪酸エステルの中でも、エナメル質への接着性向上の観点から、抱水力が600〜900%の範囲にある、デカグリセリントリヒドロキシステアリン酸エステル(抱水力=800%)、デカグリセリンモノダイマー酸エステル(抱水力=650%)、(ダイマージリノール酸/ステアリン酸/ヒドロキシステアリン酸)ポリグリセリル−10:(ポリグリセリン脂肪酸エステル:日光ケミカル社製「GS−WHO」)(抱水力=800%)等の市販品等が特に好ましい。
【0071】
また、上述した脂肪酸エステルは、2種類以上を組み合わせて使用してもよい。
【0072】
脂肪酸エステルであっても、抱水力が100%未満のものは水を取り込む性質が弱く、水との相互作用による大きな凝集団の形成が困難になるものと考えられ、十分な保存安定性及びエナメル質に対する接着性向上効果が低下する。同様に、脂肪酸エステルであっても、抱水力が1500%を超えるものは、水を取り込む性質が強く、水との相互作用により形成する凝集団が大きくなりすぎ、水分子が凝集団の外側にいる確率が増えるものと考えられ、接着性組成物の硬化体の強度が低下し、接着性向上効果が低下する。また、この場合、酸性基含有接着性重合性単量体(A1)の加水分解を十分に抑制することができないため、保存安定性に関し十分な効果が発揮されない。
【0073】
脂肪酸エステルは、特に限定されないが、酸性基含有重合性単量体(A1)100質量部に対して、0.2〜20質量部含まれることが好ましく、特に、0.5〜10質量部含まれることがより好ましい。
【0074】
<重合開始剤(E)>
本発明の接着性組成物には、有効量の重合開始剤(E)を配合させても良く、これ自体を接着材として用いる場合には、重合開始剤を配合することが必要である。
【0075】
このような重合開始剤(E)としては、任意のタイミングで重合硬化させることができることから、光重合開始剤が好ましい。光重合開始剤としては、そのもの自身が光照射によってラジカル種を生成する化合物や、このような化合物に重合促進剤を加えた混合物が使用される。
【0076】
それ自身が光照射にともない分解して重合可能なラジカル種を生成する化合物としては、以下のものを例示することができる。
【0077】
α−ジケトン類;
カンファーキノン、ベンジル、α−ナフチル、アセトナフテン、ナフトキノン、1,4−フェナントレンキノン、3,4−フェナントレンキノン、9,10−フェナントレンキノン等。
【0078】
チオキサントン類;
2,4−ジエチルチオキサントン等。
【0079】
α−アミノアセトフェノン類;
2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−プロパノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−プロパノン−1、2−ベンジル−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ペンタノン−1、2−ベンジル−ジエチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ペンタノン等。
【0080】
アシルフォスフィンオキシド誘導体;
2,4,6−トリメチルベンゾイルジフェニルフォスフィンオキシド、ビス(2,6−ジメトキシベンゾイル)−2,4,4−トリメチルペンチルフォスフィンオキシド等。
【0081】
また、上記した重合促進剤としては、第三級アミン類、バルビツール酸類、メルカプト化合物などが使用される。その具体例は以下の通りである。
【0082】
第三級アミン類;
N,N−ジメチルアニリン、N,N−ジエチルアニリン、N,N−ジ−n−ブチルアニリン、N,N−ジベンジルアニリン、N,N−ジメチル−p−トルイジン、N,N−ジエチル−p−トルイジン、N,N−ジメチル−m−トルイジン、p−ブロモ−N,N−ジメチルアニリン、m−クロロ−N,N−ジメチルアニリン、p−ジメチルアミノベンズアルデヒド、p−ジメチルアミノアセトフェノン、p−ジメチルアミノ安息香酸、p−ジメチルアミノ安息香酸エチルエステル、p−ジメチルアミノ安息香酸アミルエステル、N,N−ジメチルアンスラニックアシッドメチルエステル、N,N−ジヒドロキシエチルアニリン、N,N−ジヒドロキシエチル−p−トルイジン、p−ジメチルアミノフェネチルアルコール、p−ジメチルアミノスチルベン、N,N−ジメチル−3,5−キシリジン、4−ジメチルアミノピリジン、N,N−ジメチル−α−ナフチルアミン、N,N−ジメチル−β−ナフチルアミン、トリブチルアミン、トリプロピルアミン、トリエチルアミン、N−メチルジエタノールアミン、N−エチルジエタノールアミン、N,N−ジメチルヘキシルアミン、N,N−ジメチルドデシルアミン、N,N−ジメチルステアリルアミン、N,N−ジメチルアミノエチルアクリレート、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、 2,2’−(n−ブチルイミノ)ジエタノール等。
【0083】
バルビツール酸類;
5−ブチルバルビツール酸、1−ベンジル−5−フェニルバルビツール酸等。
【0084】
メルカプト化合物;
ドデシルメルカプタン、ペンタエリスリトールテトラキス(チオグリコレート)等。
【0085】
このような重合開始剤(E)の配合量は、この接着性組成物を硬化できるだけの有効量であれば特に限定されず、適宜設定すれば良いが、一般的に、重合を十分に進行させ、硬化体の強度を向上されるためには、酸性基含有重合性単量体(A1)100質量部に対して、0.5〜50質量部、特に1〜20質量部含まれることが好ましい。
【0086】
<その他の成分>
本発明の接着性組成物には、上記(A)〜(D)成分、更に、必要により重合開始剤(E)成分が配合されていれば歯質やコンポジットレジンに対して優れた接着性を発現するが、接着性組成物の機械的強度及び耐水性を向上させる為に無機充填剤を配合することが好ましい。
【0087】
このような無機充填剤としては、ホウケイ酸ガラス、ソーダガラス、重金属(例えばバリウム、ストロンチウム、ジルコニウム)を含むガラス、アルミノシリケート、ガラスセラミックス、シリカやシリカ・ジルコニア、シリカ・チタニア、シリカ・アルミナなどの複合無機酸化物などが挙げられ、このうちシリカが最も好ましい。
【0088】
これらの無機充填剤は、シランカップリング剤に代表される表面処理剤で疎水化することで重合性単量体とのなじみを良くし、機械的強度や耐水性を向上させることができる。疎水化の方法は公知の方法で行えばよく、シランカップリング剤としては、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリアセトキシシラン、ビニルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリス(β−メトキシエトキシ)シラン、γ−クロロプロピルトリメトキシシラン、γ−クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザンなどが好適に用いられる。上記各種フィラーは単独または二種以上を混合して使用することができる。
【0089】
前記無機充填剤を使用する場合、無機充填剤は、上記酸性基含有重合性単量体(A1)100質量部に対して、10〜200質量部含まれることが好ましく、20〜100質量部含まれることがより好ましい。無機充填剤の配合量が100〜200質量部を満足することにより、接着性組成物(硬化体)の強度および耐水性が高くなり、硬化が十分となり、歯質との接着性を向上することができる。
【0090】
また、本発明においては、接着性組成物の接着性を損なわない範囲で、必要に応じて歯科用接着性組成物の配合成分として公知の他の成分、例えば、上記例示以外のラジカル重合性単量体、紫外線吸収剤、重合禁止剤、重合抑制剤、染料、顔料等が配合されていてもよい。
【0091】
本発明の接着性組成物の製造方法は、特に限定されるものではなく、公知の歯質用接着性組成物の製造方法に従えばよい。一般的には、赤色光などの不活性光下に、配合される全成分を秤取り、均一溶液になるまでよく混合すればよい。
【0092】
本発明の接着性組成物の使用方法も、公知の歯質用接着性組成物の使用方法に従えばよい。接着材として使用する場合には、齲蝕部を取り除くなどした被着体となる歯質に本発明の接着性組成物を塗布し、5〜60秒程度放置後に圧縮空気などを軽く吹きつけて揮発性成分を揮発させ、コンポジット等の補綴物を詰めた後、ついで歯科用照射器を用いて可視光を照射し重合、硬化させればよい。
【実施例】
【0093】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。実施例中に示した、略称、称号については以下の通りである。
【0094】
重合性単量体成分(A)
[酸性基含有重合性単量体(A1):リン酸エステル基含有重合性単量体]
PM1:2−メタクリロイルオキシエチルジハイドロジェンフォスフェート。
PM2:ビス(2−メタクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンフォスフェート。
MHP:6−メタクリロイルオキシヘキシルジハイドロジェンフォスフェート。
MDP:10−メタクリロイルオキシデシルジハイドロジェンフォスフェート。
[非酸性重合性単量体(A2)]
Bis−GMA:2,2′−ビス[4−(2−ヒドロキシ−3−メタクリルオキシプロポキシ)フェニル]プロパン。
3G:トリエチレングリコールジメタクリレート。
HEMA:2−ヒドロキシエチルメタクリレート。
【0095】
水溶性揮発性有機溶媒(C)
IPA:イソプロピルアルコール。
【0096】
脂肪酸エステル(D)
D1:ポリグリセリン脂肪酸エステル:(ダイマージリノール酸/ステアリン酸/ヒドロキシステアリン酸)ポリグリセリル−10 日光ケミカルズ社製「GS−WHO」 抱水力=800%。
D2:デカグリセリンモノダイマー酸エステル 抱水力=650%。
D3:ステアリン酸硬化ヒマシ油 ナショナル美松社製「キャストライドMS」 抱水力=106%。
D4:ドデカグリセリンモノステアリン酸エステル 抱水力=1200%。
D5:パルミチン酸イソプロピル 日光ケミカルズ社製「NIKKOLIPP」 抱水力=30%。
D6:ペンタデカグリセリンヘプタヒドロキシステアリン酸エステル 抱水力=2000%。
だだし、D5、D6は本発明の(D)成分の要件を満足しない脂肪酸エステルである。
【0097】
重合開始剤(E)
CQ:カンファーキノン。
DMBE:p−N,N−ジメチルアミノ安息香酸エチル。
【0098】
その他の成分(無機充填剤)
F1:粒径0.02μmの非晶質シリカ(メチルトリクロロシラン処理物)。
F2:粒径0.4μmの球状シリカ−ジルコニア(γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン疎水化処理物)と、粒径0.08μmの球状シリカ−チタニア(γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン疎水化処理物)との質量比70:30の混合物。
【0099】
また、以下の実施例および比較例において、各種の測定は以下の方法により実施した。
【0100】
(1)保存安定性(リン酸エステル基含有重合性単量体(A1)残存率)の測定方法
調製直後の歯科用接着性組成物0.05gをアセトニトリル4.95gに入れ、攪拌しながら溶解させ、均一な溶液を得た。この液5μlを、液体クロマトグラフィー(MD−2010 Plas、日本分光社製)で測定し、その液中のリン酸エステル基含有重合性単量体(A1)のピークを算出し、得られたピーク面積をリン酸エステル基含有重合性単量体(A1)の初期存在量(S1)とした。
【0101】
次に、この接着材を50℃のインキュベーター内に3週間保存後、上記と同様の方法を用いて、該液中のリン酸エステル基含有重合性単量体(A1)のピークを算出し、得られたピーク面積を、リン酸エステル基含有重合性単量体(A1)の保存後の存在量(S2)とした。
【0102】
そして、50℃で3週間保存後のリン酸エステル基含有重合性単量体(A1)の残存率(%)は下記の計算式により算出した。
リン酸エステル基含有重合性単量体残存量(%)=(S2/S1)×100%
上記液体クロマトグラフィーの測定条件は、以下の通りである。
展開溶媒:アセトニトリル/1.0%リン酸水溶液=50/50。
カラム:GLサイエンス社製「Inertsil ODS−2」。
流速:1.0ml/min。
測定波長:210nm。
サンプル仕込み量:5μl。
【0103】
(2)歯質接着性(初期接着性)の測定方法
a)接着試験片の作製方法
屠殺後24時間以内に牛前歯を抜去し、流水下、#600のエメリーペーパーで唇面に平行になるようにエナメル質および象牙質平面を削りだした。
【0104】
次に、これらの面に圧縮空気を約10秒間吹きつけて乾燥させた後、エナメル質及び象牙質の何れかの平面に直径3mmの孔の開いた両面テープを固定し、次いで、厚さ0.5mm、直径8mmの孔の開いたパラフィンワックスを上記円孔上に同一中心となるように固定して模擬窩洞を形成した。
【0105】
この模擬窩洞内に歯科用接着材を塗布し、20秒間放置後、圧縮空気を約10秒間吹き付けて乾燥し、歯科用可視光照射器(トクソーパワーライト、トクヤマ社製)にて10秒間光照射した。
【0106】
更に、その上に歯科用コンポジットレジン(エステライトΣ、トクヤマデンタル社製)を充填し、可視光線照射器により30秒間光照射して、接着試験片を作製した。
【0107】
b)接着試験方法
上記接着試験片を37℃の水中に24時間浸漬した後、引張り試験機(オートグラフ、島津製作所製)を用いてクロスヘッドスピード2mm/minにて引張り、歯牙とコンポジットレジンの引張り接着強度を測定した。1試験当り、4つの試験片について、引張り接着強度として、歯質接着性を評価した。
【0108】
(3)保存安定性(接着強度)評価方法
調製した歯科用接着性組成物を50℃インキュベーター内に3週間保管した後、上記と同様に引張り接着強度を測定した。1試験当り、4つの試験片について、引張り接着強度を測定し、その平均値をエナメル質或いは象牙質に対する50℃で3週間保存後の接着強度とした。
【0109】
<実施例1>
リン酸エステル性基含有重合性単量体(A1)としてPMを10g、非酸性重合性単量体(A2)としてBis−GMAを18g及び3Gを12g、水(B)を7.6g、水溶性有機溶媒(C)としてIPAを34g、脂肪酸エステル(D)としてD1を2.8g及び光重合開始剤(E)としてCQとDMBEとを其々0.5g取り、均一な溶液となるまで攪拌して、本発明の歯科用接着性組成物を調製した。組成を表1に示した。
【0110】
この接着性組成物を用いて、エナメル質及び象牙質に対して、初期接着強度及び保存安定性(50℃で3週間保存後のPM残存率及び接着強度)について測定した。接着性組成物の組成を表1に、評価結果を表2に示した。
【0111】
<実施例2〜24>
実施例1の方法に準じ、組成の異なる接着性組成物を調製し、エナメル質及び象牙質に対して、初期接着強度及び保存安定性(50℃で3週間保存後のPM残存率及び接着強度)を測定した。接着性組成物の組成を表1に、評価結果を表2に示した。
【0112】
【表1】
【0113】
【表2】
【0114】
<比較例1〜9>
実施例1の方法に準じ組成の異なる接着性組成物を調製し、エナメル質及び象牙質に対して、初期接着強度及び保存安定性(50℃で3週間保存後のPM残存率及び接着強度)を測定した。接着性組成物の組成を表3に、評価結果を表4に示した。
【0115】
【表3】
【0116】
【表4】
【0117】
実施例1〜24は、各成分が本発明で示される構成を満足するように配合されたものであるが、何れの場合においても、エナメル質、及び象牙質に対して良好な接着強度が得られ、また、50℃で3週間保存後のリン酸エステル基含有重合性単量体(A1)の残存率も高く、良好な保存安定性を有していた。
【0118】
これに対し、比較例1〜4は脂肪酸エステル(D)を配合していなかった場合であるが、何れの場合においても、50℃で3週間後にはリン酸エステル基含有重合性単量体(A1)の大半が加水分解されており、接着強度が大幅に低下した。また、歯質の脱灰効果が得られず、歯質、特にエナメル質における接着強度が大幅に低下することがわかった。
【0119】
比較例5は、脂肪酸エステル(D)の抱水力が低く、本発明の条件を満たさない場合であるが、歯質の脱灰効果が得られず、歯質、特にエナメル質における接着強度が大幅に低下している、また、50℃で3週間後にはリン酸エステル基含有重合性単量体(A1)の大半が加水分解されており、接着強度が大幅に低下することがわかった。
【0120】
比較例6は、脂肪酸エステル(D)の抱水力が高く、本発明の条件を満たさない場合であるが、50℃で3週間後にはリン酸エステル基含有重合性単量体(A1)の大半が加水分解されており、接着強度が大幅に低下した。
【0121】
比較例7は、リン酸エステル基含有重合性単量体(A1)を配合しなかった場合であり、比較例8は水(B)を配合しなかった場合であるが、何れの場合においても、歯質脱灰性が得られず、象牙質およびエナメル質に対する接着強度が低下している。
【0122】
比較例9は、水溶性揮発性溶媒(C)を配合しなかった場合であるが、接着性組成物の粘度が上昇し、歯質脱灰性及び浸透性が不足し、象牙質及びエナメル質に対する接着強度が大幅に低下している。