(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
本願発明者は、「Yamakado, M., Takahashi, J., Saito, S.,: “Comparison and combination of Direct-Yaw-moment Control and G-Vectoring Control”, Vehicle System Dynamics, Vol.48, Supplement、 pp.231-254, 2012」(以下、非特許文献1と記す)に記される発明をし、従来に比べて緊急回避性能を向上させることを実現した。
【0011】
本願発明者は非特許文献1に記される発明をした後、各種実験および考察を重ねた結果、以下に示す課題を見出し、この課題を解決する車両の運動制御システムを発明した。さらに、この発明は、非特許文献1の発明に限らず、上記特許文献1に記載の発明の課題など、他の発明が抱える課題を解決することができるものであることが見出された。本明細書では、非特許文献1の発明に対する各種実験および考察から見出された課題を説明し、この課題を解決するための本発明の実施の形態について説明する。
【0012】
<横運動に連係した前後加速度制御(GVC:G-Vectoring Control)>
非特許文献1には、ステアリング16の操舵操作による横運動に連係して自動的に加減速を行うことにより、前輪と後輪の間に荷重移動を発生させて車両の操縦性と安定性の向上を図る方法が記載されている。具体的な目標前後加速度G
xは、式(1)によって表される。なお、前後加速度とは、正であれば前方向の加速度を表し、負であれば後方向の加速度、すなわち減速度を表すもので、以下では前後加速度を加減速度とも記す。
【数2】
ここで、G
yは車両の横加速度、G
y_dotは車両の横加加速度、C
xyはゲイン、Tは一次遅れ時定数、sはラプラス演算子である。右辺第一項は、横運動に連係した前後加速度である。右辺第二項のG
x_DCは、横運動に連係しない前後加速度(オフセット値)であり、ドライバの操作に基づいて決定される前後加速度や自動ブレーキ制御により決定される減速度である。sgn(シグナム)項は、右コーナー、左コーナーの両方に対して上記の動作が得られるように設けた項である。
【0013】
式(1)で表される制御則では、基本的に横加加速度G
y_dotにゲインC
xyを乗じ、一次遅れを付与した値を目標前後加速度とする。これにより、エキスパートドライバの横運動と前後運動の連係制御ストラテジの一部が模擬でき、車両の操縦性・安定性の向上が実現できる。具体的には、後述するように、操舵角を増加させる操舵操作である切増し操作開始のターンイン時に減速し、定常旋回になると横加加速度が0となると減速を停止し、操舵角を減少させる操舵操作である切戻し操作開始時のコーナー脱出時に加速する動作が実現できる。
【0014】
このように制御されると、前後加速度と横加速度の合成加速度Gが、横軸に車両の前後加速度、縦軸に車両の横加速度をとるg−gダイアグラム(
図1(b)参照)で、時間の経過とともに曲線的な遷移をするように方向付けられるため、「G-Vectoring(登録商標)制御(以下、GVCと記す)」と呼ばれている。
【0015】
GVCを適用した場合の車両運動に関して、具体的な走行を想定して説明する。
図1(a)は、車両がコーナーへ進入して脱出するまでの走行する様子を模式的に示す模式図である。
図1に示される走行経路は、直線部からなる直進区間A、緩和曲線からなる過渡区間B、一定の曲率を有する曲線部からなる定常旋回区間C、緩和曲線からなる過渡区間D、直線部からなる直進区間Eとを有する。
【0016】
図2は、操舵角、横加速度、横加加速度、式(1)にて計算した加減速度(目標前後加速度)、および、電動モータにより四輪に作用する制動・駆動力について時刻暦波形として示した図である。なお、左旋回において、前外輪は右前輪、前内輪は左前輪、後外輪は右後輪、後内輪は左後輪となる。前外輪と前内輪、後外輪と後内輪は、左右(内外)それぞれ同じ値となるように制動力・駆動力(以下、制駆動力と記す)が配分されている。
【0017】
制駆動力とは、各車輪の車両前後方向に発生する力の総称である。制動力は車両を減速する向きに作用する力であり、駆動力は車両を加速する向きに作用する力である。なお、車両の走行中にドライバによる加減速操作は行われておらず、横運動に連係しない前後加速度G
x_DCは0であるものとして説明する。
【0018】
直進区間Aから車両がコーナーに進入し、過渡区間B(点1〜点3)に入ると、ドライバが徐々に操舵角を増加させる切増し操作を行うにしたがって、車両の横加速度G
yが増加する。このため、過渡区間Bにおいて横加速度G
yが増加している間、横加加速度G
y_dotは正の値をとることになり、横加速度G
yの増加が終了する点3の時点で横加加速度G
y_dotは0に戻る。過渡区間Bでは、式(1)より、車両には横加速度G
yが増加している間、目標前後加速度G
xは減速度を表す負の値をとる。これにより、前外輪、前内輪、後外輪、および、後内輪のそれぞれに略同じ大きさの制動力(制駆動力は負の値)が加わることになる。
【0019】
車両が定常旋回区間C(点3〜点5)に入ると、ドライバは切増し操作を止め、操舵角を一定に保つ。定常旋回区間Cにおいて、横加加速度G
y_dotは0となるため、式(1)より、目標前後加速度G
xは0となる。よって、各車輪の制駆動力も0となる。
【0020】
過渡区間D(点5〜点7)に入ると、ドライバが徐々に操舵角を減少させる切戻し操作を行うにしたがって、車両の横加速度G
yが減少する。このため、過渡区間Dにおいて横加速度が減少している間、横加加速度G
y_dotは負の値をとることになり、横加速度G
yの減少が終了する点7の時点で横加加速度G
y_dotは0に戻る。過渡区間Dでは、式(1)より、車両には横加速度G
yが減少している間、目標前後加速度G
xは加速度を表す正の値をとる。これにより、前外輪、前内輪、後外輪、および、後内輪のそれぞれに略同じ大きさの駆動力(制駆動力は正の値)が加わることになる。
【0021】
直進区間Eに入ると、横加速度G
yが0となり、横加加速度G
y_dotも0となるため加減速制御は行われない。以上のように、車両は、切増し操作開始時(点1)からコーナーの曲率が徐々に増加し、曲率が最大となるポイント(点3)にかけて減速し、曲率が一定の曲線部における定常旋回中(点3〜点5)には減速を止め、切戻し操作開始時(点5)からコーナー脱出時(点7)には加速する。このように、車両にGVCを適用すれば、ドライバは旋回のための操舵操作(切増し、切戻し操作)を行うだけで、横運動に連係した前後加減速運動を実現することが可能となる。
【0022】
図1(b)は、横運動に連係した加減速運動を表すg−gダイアグラムである。
図1(b)に示す座標系は、目標前後加速度G
xを横軸(x軸)、横加速度G
yを縦軸(y軸)で表す座標系である。各点に付される符号1〜7は、
図1(a)の点1〜点7に対応している。
【0023】
車両の前方向をx軸の正、車両の左方向をy軸の正とした車両固定座標系で、車両にy方向に正である左側の操舵入力があった場合、あるいは車両がy方向に正である左旋回を開始した場合、GVCにより車両には、横加速度が正の方向に発生するとともに、前後加速度が負の方向に発生する。
【0024】
これにより、g−gダイアグラムでは、前後加速度と横加速度を表す座標の軌跡が、原点近傍から第2象限に向けて、時計回りの滑らかな曲線となるように、すなわち時計回りの円を描くように遷移する特徴的な運動になる。換言すれば、GVCにより決定される目標前後加速度G
xは、このg−gダイアグラムで前後加速度と横加速度を表す座標が、時間の経過とともに曲線的に遷移するように決定される。
【0025】
なお、遷移は、左コーナーに進入し、脱出する場合には、
図1(b)に示すように時計回りの遷移となり、右コーナーに進入し、脱出する場合には、図示しないが、x軸について反転した遷移経路となり、その遷移方向は反時計回りとなる。このように遷移すると前後加速度により車両に発生するピッチング運動と、横加速度により発生するロール運動が好適に連係し、ロールレイト、ピッチレイトのピーク値が低減される。
【0026】
式(1)で表される制御則は、左右の運動に対する符号関数、一次遅れ項を省略して考えると式(2)で表される。横運動に連係する目標前後加速度G
xは、横加加速度(G
y_dot)にゲイン(−C
xy)を掛け合わせた値であり、ゲイン(−C
xy)を大きくすることより、同一の横加加速度G
y_dotに対して、目標前後加速度G
xを大きくすることができる。
【数3】
【0027】
図3は、
図1および
図2と同一のシチュエーションでゲインを通常値とした通常ゲインの状態での走行と、ゲインを通常値よりも高い値とした高ゲインの状態での走行から得られた図である。
図3(a)は、操舵角、横加速度、横加加速度、式(1)にて計算した加減速度(目標前後加速度)、および、車速について時刻暦波形として示した図である。
図3(a)において、通常ゲインの状態(
図2)を破線で示し、高ゲインの状態を実線で示している。
【0028】
図3(a)に示すように、高ゲインの状態では、旋回開始時(点1)の減速度が通常ゲインの状態に比べて大きくなっている。これにより、通常ゲイン時に比べ、車速が低下し、同一操舵操作に対しても横加速度が小さくなり旋回時の安全性が向上している。
【0029】
図3(b)は、横運動に連係した加減速運動を表すg−gダイアグラムであり、通常ゲインの状態(破線)と高ゲインの状態(実線)とを示している。高ゲインの状態では、x方向に膨れた形になり、y方向は速度低下の影響を受け、若干すぼまる傾向となる。
【0030】
なお、通常の運転中にも高ゲインの状態にしておく場合、微小な操舵操作に対しても大きな加減速度が生じるようになり、ドライバおよびパッセンジャは強い減速感およびピッチング運動を感じるようになる。したがって、通常、GVCのゲインC
xyは制御効果とフィーリングがバランスする0.25程度に調整することが好ましい。
【0031】
GVCを前輪、あるいは後輪の回生制動で実現する場合に想定される課題として、以下のようなものが挙げられる。
(i)二輪(前輪のみまたは後輪のみ)の制動では、四輪の制動に比べてタイヤに対する負担率が増加し、早期にタイヤの摩擦限界に到達しやすい。
(ii)電動モータの特性上、回生制動力にはモータの回転速度に応じた限界がある。
(iii)ドライブシャフトのねじれによる共振を抑制するために、モータの高速応答に限界がある。
(iv)蓄電装置の充電状態(SOC:State Of Charge)により、受け入れ可能な回生制動力が変化する。
このように(i)以外は、モータの数に関わらず、回生制動装置を有する車両にとって、共通の課題であり、回生制動力のみを利用してGVCによる減速制御を行う場合、GVCによる目標とする減速度を得ることができないおそれがある。
【0032】
これに対して、各車輪に備えられる摩擦制動装置には、上記(i)〜(iv)のような、車両側の都合により制動力が左右される問題点はほとんどなく、摩擦係数がある程度以上確保されている状況では、指令値どおりの減速度を発生させることができる。
【0033】
<GVCによる車両の運動性の検証>
左前輪および右前輪に回生制動力を付与できる車両において、GVCを適用した場合のライントレース性、操縦性を評価するために、ドライアスファルト路で実車試験を実施した。
【0034】
図4は、実験車の概略構成を示す図である。実験車は、モータおよびインバータにより前輪を駆動する車両であり、回生制動力は左前輪および右前輪のみに作用し、左後輪および右後輪には作用しない。EVコントローラは、車速、操舵角、アクセルペダル操作量およびブレーキペダル操作量などの車両情報から式(1)で表す目標前後加速度G
xを決定する機能を有している。EVコントローラは、目標前後加速度G
xをCAN(Control Area Network)を介してインバータに送り、モータによる制駆動力を制御する構成とされている。
【0035】
図5は、試験コースの概要を示す図である。試験コースは、地点Aから地点Bまでが直線部からなる直進路であり、地点Bから地点Eまでが半径40mの半円状の曲線部からなるコーナーとされ、地点Eより先は直線部からなる直進路とされている。地点Bから地点Eまでの区間には、内側半径38mのライン上および外側半径42mのライン上のそれぞれにおいて、複数のパイロンが所定の間隔で配置され、内側のパイロンと外側のパイロンとの間に走行ラインが形成されている。
【0036】
実験車は、地点Aより走行を開始し、地点Bから地点Eまでは走行ラインに沿って走行し、その後、E地点以降の直進路を走行する。実験の際、ドライバには、コーナへの進入速度を指定した車速(60,70,80km/h)に調整すること、および、地点Bから地点Eまでの区間では、極力、内側のパイロンに沿って走行することを指示した。また、旋回中にはブレーキ操作は行わないように指示し、アクセル操作は任意のタイミングで実施するように指示した。
【0037】
図6は、試験コース(
図5参照)を走行した際にGVCを行わなかった場合(図中破線)、およびGVCを行った場合(図中実線)のそれぞれの走行軌跡をGPS計測データから作成し、重ね合わせた図である。図中、左側からコーナへの進入速度を60,70,80km/hとした試験の結果である。60,70km/hでは、それぞれの走行軌跡に差異は見られない。これに対して、80km/hでは、GVCを行った場合と行わなかった場合とで、コーナーにおける走行軌跡において、半径方向で最大4mの差が生じた。つまり、80km/hでは、GVCを行わない場合、旋回半径が大きくなり、ライントレースが適切にできていないという結果になった。
【0038】
特に、旋回初期での差が大きい。旋回初期においてライントレースが適切にできていないということは、緊急回避を想定すると、最初に障害物をよけるための旋回動作が遅れることを意味している。このように、GVCを行った場合では、80km/hにおいても適切にライントレースができており、GVCを行うことで、GVCを行わない場合に比べて回避性能が大きく向上していることがわかる。
【0039】
図7は、試験コース(
図5参照)を走行した際にGVCを行わなかった場合(図中破線)と、GVCを行った場合(図中実線)のそれぞれの操舵角[deg]の変化を示す図である。図中、左側からコーナへの進入速度を60,70,80km/hとした試験の結果である。進入車速が60km/hのときには、GVCを行った場合と行わなかった場合とで差はほとんどなかった。進入速度が70km/hでは、GVCを行った場合、コーナーへ進入した直後の初期段階での操舵角の大きさ(操作量)が、GVCを行わなかった場合に比べて小さく、操舵角の変化率も小さい。すなわち、ドライバは、GVCが行なわれる場合には、GVCが行われない場合に比べて少ない切増し操作量で適切なライントレースを行うことができる。また、操舵角の時間変化率も小さくてよいため、操作性が向上している。
【0040】
進入速度が80km/hのときには、コーナーへ進入した直後の初期段階での操舵角の変化に差がほとんどない。本来ならば、80km/hという高速で、ほぼ半径40mのコーナーに進入した場合、操舵操作はすばやく、かつ、大きくなり、横加加速度も大きくなるはずである。よって横加加速度に比例する減速度制御であるGVCが行われれば、大きな減速度が加わり、後輪から前輪へタイヤ垂直荷重が移動し、舵が効きやすくなり、また車速も低下する。このために、GVCによる指令値どおりの減速度が実現される場合、操舵角は、GVCを行わなかった場合に比べてかなり小さくなることが予想されていた。この予想と、実際の挙動との乖離については、後述する。
【0041】
図8(a)は試験コース(
図5参照)を走行した際にGVCを行わなかった場合のg−gダイアグラムであり、
図8(b)は試験コース(
図5参照)を走行した際にGVCを行った場合のg−gダイアグラムである。図中、左側からコーナへの進入速度を60,70,80km/hとした試験の結果である。
図8において、横軸(y軸)は車両の前後加速度G
xの大きさを表し、縦軸(y軸)は車両の横加速度G
yを表している。
【0042】
図8(a)および(b)において、実線は、試験コースを走行した際に、車両の加速度センサにより計測された横加速度および前後加速度の合成加速度の軌跡を示している。
図8(b)において、破線は、試験コースを走行した際に、車両の加速度センサにより計測された横加速度の実測値と、GVCによる目標前後加速度G
xの指令値との合成加速度の軌跡を示している。なお、
図8(a)では、目標前後加速度G
xの指令値は生成されない。
【0043】
図8(a)に示すように、GVCを行わなかった場合では、アクセルペダルを放す操作(アクセルオフ)によるエンジンブレーキ(エンブレ)相当の回生制動(−0.02G程度)のみが作用した状態でコーナーに進入すると横加速度が急激に立ち上がるため、大きく直線的な遷移となっている。
【0044】
図8(b)に示すように、GVCを行った場合では、進入速度60,70km/hのそれぞれにおいて、横加速度の立ち上がりと連係して減速しているために、旋回初期の遷移がGVC特有の右回りの円弧を辿るような滑らかな遷移となっている。破線で示したGVCの指令値にも良く追従している。
【0045】
進入速度80km/hでは、旋回初期から指令値との乖離が大きく、−0.15Gからはg−gダイアグラムの図示左上斜め方向に直線的な推移となっている。これは、上述したように、(ii)モータ特性上、回生制動力に限界があること、および、(iii)高速応答に限界があることが主な要因と考えられる。
【0046】
一般的に今回のような試験コースをトレースするようなタスクの場合、車速が高くなるにつれ、ドライバの操舵操作が急になる。これにより、旋回初期の横加速度の立ち上がりが急になり、横加加速度が大きくなるため、式(1)で表されるGVCによる前後加速度はより大きく、より早い応答を必要とするようになる。
【0047】
しかしながら、電動モータは車速が高くなり、モータの回転速度が高くなるほど得られる回生制動力は小さくなるという、相反する性質を持っており、回生制動力に限界があり、高速応答にも制限がある。実験車では、80km/hからGVCによる減速度が十分に得られなくなり、その結果として
図7の80km/hのグラフで示されるような非線形特性が出始めていると考えられる。さらに実験車は、上述したとおり、前輪でのみ回生制動を行う構成である。このため、上述したように、(i)タイヤの摩擦限界に到達することで、制動力により前輪のコーナリングフォースが低下している可能性ももちろん無視できない。
【0048】
図9は、ステアリングの操舵角に対するヨーレイトのリサージュ波形を示す図である。
図9において、横軸は操舵角[deg]、縦軸はヨーレイト[deg/s]を表している。
図9(a)は試験コース(
図5参照)を走行した際にGVCを行わなかった場合のステアリングの操舵角に対するヨーレイトのリサージュ波形を示し、
図9(b)は試験コース(
図5参照)を走行した際にGVCを行った場合のステアリングの操舵角に対するヨーレイトのリサージュ波形を示している。
【0049】
図9(a)および
図9(b)のそれぞれにおいて、左側からコーナーへの進入速度を60,70,80km/hとした試験の結果について示している。60km/hでは、GVCを行わなかった場合および行った場合のいずれの場合でも操舵角とヨーレイトの線形性が保たれている。
【0050】
70km/hになると、GVCを行わなかった場合では120[deg]付近で非線形性が見られるが滑らかに線形範囲に収束している。これに対し、GVCを行った場合では線形性が保たれている。80km/hでは、GVCを行わなかった場合、140[deg]付近で一気にヨーレイトが低下して線形性が破綻しかけているが、再び持ち直している。GVCを行った場合では120[deg]付近に非線形性が見られるが滑らかに線形範囲に収束している。
【0051】
以上のことから、GVCの効果により、70km/hまでは、操舵応答特性を線形領域に留めることが出来ていると考えることができる。一方、80km/hになると、若干非線形特性が発生することに注意を要する。たとえば、この非線形特性が緊急回避時に発生すれば、
図9(b)に示すような操舵角とヨーレイトの非線形関係から、回避に必要なヨー角(ヨーレイトの一階積分)と横移動量(横加速度の2階積分)を得るためには、
図7に示すように、操舵角の変化がGVCを行わなかった場合と同様になってしまうことが懸念される。
【0052】
このように、GVCを行った場合、70km/hまではGVCを行わない場合に比べて緊急回避性能が向上していることが確認できたが、80km/hでは緊急回避性能に向上の余地があることがわかった。
【0053】
以上のとおり、本願発明者は、各種実験および考察の結果、非特許文献1に記載の発明において、緊急回避性能に向上の余地があり、緊急回避性能を向上させるためには、減速度が指令値どおりに実現されないという課題を解決することで、緊急回避性能の向上という目標を達成できると考えた。さらに、本願発明者は、このような課題を解決するために、上述した(i)〜(iv)のような車両の都合により制動力が左右されることがほとんどない摩擦制動装置を利用した運動制御システムであって、ステアリングの操舵操作が行われる前や自動ブレーキが作動する前の段階において、摩擦制動力および回生制動力のそれぞれの大きさを決定するための制御値をリスクポテンシャルに基づいて決定しておくことで、操舵操作が行われた直後や自動ブレーキが作動した直後であっても減速度を指令値どおりに発生させることができる運動制御システムを着想した。
【0054】
以下、図面を参照して、本発明の運動制御システムを備えた車両の実施の形態について説明する。本発明は、エンジンと電動モータ(以下、モータと記す)の双方によって駆動されるハイブリッド型の電気自動車やモータのみによって走行する純粋な電気自動車に適用することができる。以下、電気自動車(以下、車両と記す)に本発明を適用した例について説明する。
【0055】
−第1の実施の形態−
図10は、本発明の第1の実施の形態に係る車両0の全体構成を示す図である。なお、
図10において、二次電池やキャパシタ等の蓄電素子を複数備える蓄電装置についての図示は省略している。車両0は、ドライバの操作部材と、操舵機構、加速機構、減速機構のそれぞれとの間に機械的な結合が無い、いわゆるバイワイヤシステムで構成されている。つまり、車両0は、自動運転も可能な構成とされている。なお、ドライバの操作部材と操舵機構のみを機械的に結合を有し、ドライバが直接操舵角を調整できる構成としてもよい。
【0056】
車両0は、モータ1により左後輪63および右後輪64(以下、総称して後輪とも記す)を駆動する後輪駆動車(Rear Motor Rear Drive:RR車)である。左前輪61、右前輪62、左後輪63、および、右後輪64(以下、総称して車輪とも記す)のそれぞれには車輪速検出用ロータが設けられ、車輪のそれぞれの近傍における車体側には車輪速ピックアップが設けられ、各車輪の車輪速を検出できる構成となっている。車輪速の情報は、後述する摩擦ブレーキコントローラ45に入力され、車速Vが演算される。
【0057】
車両0は、アクセルペダルセンサ31と、ブレーキペダルセンサ32と、ペダルコントローラ48と、ADAS(Advanced driver assistance system)コントローラ40と、パワートレインコントローラ46とを備えている。
【0058】
アクセルペダルセンサ31は、ドライバのアクセルペダル10の踏込み操作量(以下、アクセル操作量と記す)およびアクセルペダル10を開放する方向の操作速度であるペダル角速度を検出する。アクセルペダルセンサ31で検出されたアクセル操作量を表す信号は、ペダルコントローラ48を介してADASコントローラ40に入力される。アクセルペダル10には、アクセルペダル10の踏込み操作に対する反力を発生させるアクセルペダル反力モータ51が接続されている。アクセルペダル反力モータ51で発生させる反力は、ADASコントローラ40からの指令によって制御されるペダルコントローラ48により調整される。
【0059】
ブレーキペダルセンサ32は、ドライバのブレーキペダル11の踏込み操作量(以下、ブレーキ操作量と記す)およびブレーキペダル11を踏込む方向の操作速度であるペダル角速度を検出する。ブレーキペダルセンサ32で検出されたブレーキ操作量を表す信号は、ペダルコントローラ48を介してADASコントローラ40に入力される。ブレーキペダル11には、ブレーキペダル11の踏込み操作に対する反力を発生させるブレーキペダル反力モータ52が接続されている。ブレーキペダル反力モータ52で発生させる反力は、ADASコントローラ40からの指令によって制御されるペダルコントローラ48により調整される。
【0060】
車両0には、各車輪(四輪)に対応して摩擦制動装置65が設けられている。摩擦制動装置65は、車輪側に設けられるブレーキロータ65rと、車体側に設けられるキャリパー65cを含んで構成される。キャリパー65cは、ブレーキロータ65rをパッドで挟み込むことにより摩擦による制動力を発生させ、車輪を減速させる。
【0061】
キャリパー65cは、油圧式あるいはキャリパー毎に電動モータを有する電機式のキャリパーを採用することができる。油圧式の場合、周知の負圧ブースタに代え、中空モータとその内部のボールねじをアクチュエータとしてマスタシリンダ油圧を発生させるというシンプルな方式を採用し、車両の走行用のモータ1による回生ブレーキと協調して、自然なペダルフィーリングで必要な摩擦制動力を確保できる電動アクチュエーターを用いることができる。また、ITS(Intelligent Transport Systems)対応のESC(Electronic Stability Control)の多筒プランジャポンプやギヤポンプで加圧する構成を採用することもできる。
【0062】
ADASコントローラ40は、アクセル操作量やブレーキ操作量などの車両情報や外界情報等に基づいて、摩擦制動用目標減速度および回生制動用目標減速度を決定し、摩擦ブレーキコントローラ45およびパワートレインコントローラ46のそれぞれに出力する。ADASコントローラ40、摩擦ブレーキコントローラ45およびパワートレインコントローラ46は、それぞれCPUや記憶装置であるROMやRAM、その他の周辺回路などを有する演算処理装置を含んで構成される。
【0063】
摩擦ブレーキコントローラ45から出力される制御信号に応じて各キャリパー65cが動作すると、車両0に摩擦制動力が付与される。パワートレインコントローラ46は、ADASコントローラ40から出力される目標前後加速度を表す指令に応じて、図示しないインバータに制御信号を出力し、インバータよりモータ1を制御し、力行運転および回生運転を行う。回生運転が行われることで車両0に回生制動力が付与される。
【0064】
モータ1で出力された回転トルクは、電子制御トランスミッション2を介して、左後輪63および右後輪64のそれぞれに伝達される。電子制御トランスミッション2は、パワートレインコントローラ46により制御される。
【0065】
車両0の操舵系は、ドライバの操舵操作に応じて左前輪61および右前輪62(以下、総称して前輪と記す)が駆動する前輪操舵装置を備えている。前輪操舵装置は、ドライバにより操作されるステアリング16と、ステアリング16の操舵角および操舵角速度を検出する操舵角センサ33と、前輪の切れ角を検出する切れ角センサ(不図示)を有するパワーステアリング7と、ステアリングコントローラ30とを備えている。上述したように、前輪操舵装置は、ステアリング16とパワーステアリング7との間に機械的な結合の無い、いわゆるステアバイワイヤ構造とされている。
【0066】
操舵角センサ33により検出されたステアリング16の操舵角を表す信号は、ステアリングコントローラ30を介して、ADASコントローラ40に入力される。ステアリングコントローラ30は、操舵角センサ33で検出された操舵角に応じて、パワーステアリング7を制御し、前輪の切れ角を調整する。ステアリング16には、ステアリング16の操舵操作に対する反力を発生させるステア反力モータ53が接続されている。ステア反力モータ53で発生させる反力は、ADASコントローラ40からの指令によって制御されるステアリングコントローラ30により調整される。
【0067】
車両0は、車両0の横加速度を検出する横加速度センサ21と、車両0の前後加速度を検出する前後加速度センサ22と、車両0のヨーレイトを検出するヨーレイトセンサ38とを備えている。図示するように、横加速度センサ21および前後加速度センサ22、ヨーレイトセンサ38は、それぞれ車両0の重心点の近傍に配設されている。
【0068】
横加速度センサ21は、検出された横加速度G
yを微分して横加加速度G
y_dotを求める微分回路23を備え、前後加速度センサ22は、検出された前後加速度を微分して前後加加速度を求める微分回路24を備えている。横加速度および横加加速度、前後加速度および前後加加速度、ならびに、ヨーレイトを表す信号は、それぞれADASコントローラ40に入力される。なお、微分回路23,24は、各センサ21,22に設ける場合に限定されるものではない。センサ21,22に微分回路23,24を設けることに代えて、ADASコントローラ40にセンサ21,22から直接、加速度信号を入力して、ADASコントローラ40で横加速度および前後加速度のそれぞれに対して微分処理を実行し、横加加速度および前後加加速度を求めるようにしてもよい。
【0069】
なお、横加加速度および前後加加速度を求める方法は、上述した横加速度および前後加速度を微分して求める方法に限定されない。たとえば、非特許文献1に示されるように、車速、操舵角、車両運動モデルを用いた推定ヨーレイト・横加速度を用いて横加加速度を求めてもよいし、これらをセレクト・ハイなどの処理により組み合わせて用いてもよい。なお、非特許文献1の車両は、ヨーレイトセンサ38の信号を用いて車両運動モデルによる推定精度を向上するような構成となっている。
【0070】
GPS(Global Positioning System)ナビセンサ39は、GPS衛星で得られた位置情報を通信により配信されるダイナミックマップデータと照らし合わせ、自車前方のコーナーの曲率などのコース形状の情報、信号機の情報、標識情報、勾配情報などの外界情報を取得し、ADASコントローラ40に出力する。
【0071】
さらに、車両0には、ステレオカメラ70とステレオ画像処理装置701とが搭載されている。ステレオカメラ70は、左右一対のCCD(Charge Coupled Device)カメラで構成されている。
【0072】
ステレオカメラ70を構成する左右一対のCCDカメラは、たとえば車室内のルームミラー(不図示)を挟むような形で配置され、車両0の前方に存在する物体を、それぞれ車両固定系の異なる座標から個別に撮像し、画像情報をステレオ画像処理装置701に出力する。なお、CCDカメラに代えて、CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)カメラを採用してもよい。
【0073】
ステレオ画像処理装置701には、ADASコントローラ40を介して摩擦ブレーキコントローラ45から車速Vを表す信号が入力される。ステレオ画像処理装置701は、撮像した画像情報や車速Vの情報に基づき、車両0の前方に存在する物体や白線等の情報を認識し、自車走行路を推定する。ステレオ画像処理装置701で得られた情報は、ADASコントローラ40に入力される。
【0074】
ステレオ画像処理装置701は、車両0が、今後走行していく路上に障害物や先行車等の物体が存在しているかを検出し、検出された複数の物体のうちで車両0に最も近い物体を、衝突防止制御を実行するための障害物として認識し、ADASコントローラ40に出力する。ステレオ画像処理装置701は、障害物として認識した物体を識別し、その大きさや車両0からの相対位置およびその時間変化から相対速度を求めて、それらの情報をADASコントローラ40に出力する。なお、相対速度や相対位置は、ミリ波レーダやレーザレーダにより検出するようにしてもよい。
【0075】
車両0には、ドライバへ運転をアシストするための情報としてシステム稼働情報を伝えるHVI(Human Vehicle Interface)55が搭載されている。HVI55は、表示装置や音出力装置等で構成され、後述するように、表示装置の表示画面に出力される警告画像や音出力装置から出力される警告音でドライバに車両の状態(リスクポテンシャルの大きさ)を伝える。また、HVI55は、システムの稼働情報をドライバに伝える。
【0076】
図11は、ADASコントローラ40、摩擦ブレーキコントローラ45およびパワートレインコントローラ46の機能ブロック図である。CANのI/Oポートの入出力情報に基づき、ADASコントローラ40から出力される摩擦制動用目標減速度G
xFを摩擦ブレーキコントローラ45に入力すれば、摩擦制動装置65により発生する摩擦制動力により車両0の減速度を制御できる。CANのI/Oポートの入出力情報に基づき、ADASコントローラ40から出力される回生制動用目標減速度G
xRをパワートレインコントローラ46に入力すれば、モータ1により発生する回生制動力により車両0の減速度を制御できる。
【0077】
ADASコントローラ40は、リスクポテンシャル決定部41と、配分比率決定部42と、摩擦制動用減速度決定部43と、回生制動用減速度決定部44とを機能的に備えている。摩擦制動用減速度決定部43および回生制動用減速度決定部44は、それぞれ式(1)に基づいて、目標前後加速度Gxを決定する前後加速度決定部40Aを有している。つまり、本実施の形態は、上述した非特許文献1と同様の構成を備え、GVCを行うことができる。
【0078】
リスクポテンシャル決定部41は、少なくとも外界情報および車両情報のいずれか一方に基づいて、車両0のリスクポテンシャルRPを決定する。以下、リスクポテンシャルRPの定量的な評価方法について説明する。本実施の形態では、外界情報および車両情報から得られた衝突余裕時間(TTC:Time-To-Collision)tcの逆数(1/t
c)を用いてリスクポテンシャルRPを決定する。
【0079】
図12は、自車(すなわち車両0)と先行車101の相対関係を示す図である。
図12に示すように、x方向に走行中の車両0の前に、先行車101が走行している場合において、車両0の位置をxf、車速をvf、加速度をafとし、先行車101の位置をxp、車速をvp、加速度をapとすると、相対距離xr、相対速度vrおよび相対加速度arは、それぞれ次式で表される。
xr=xf-xp
vr=vf-vp
ar=af-ap
【0080】
外界情報である車両0の前方に存在する物体の撮像画像および車両情報である車速Vから得られる相対距離xrおよび相対速度vrは、上述したように、ステレオ画像処理装置701からADASコントローラ40に入力される。
【0081】
衝突余裕時間t
cの逆数(1/tc)は、式(3)で表される。
【数4】
【0082】
衝突余裕時間の逆数である1/t
cは、先行車101などの障害物の大きさ(先行車に対する視覚)の増加率の時間変化、または車間距離(車両0と前方の障害物との相対距離)の対数の時間変化と等価となる指標であり、先行車101などの障害物へ車両0が接近するにしたがって増加する傾向となる。
【0083】
リスクポテンシャル決定部41は、相対距離xrと相対速度vrに基づいて式(3)により衝突余裕時間の逆数(1/t
c)を演算する。
【0084】
図13(a)は自車と先行車の相対距離xrを示す図であり、
図13(b)は衝突余裕時間の逆数(1/t
c)とリスクポテンシャルRPの関係を示す図である。なお、相対速度vrは、
図13(a)に示す各自車位置のそれぞれにおいて同じ値であるとする。
図13(a)に示すように、先行車101との相対距離xrがxr0→xr1→xr2→xr3と縮まると、1/t
cが1/t
c0→1/t
c1→1/t
c2→1/t
c3と増加する。リスクポテンシャルは、1/t
cの増加にしたがって増加する。
【0085】
ADASコントローラ40の記憶装置には、
図13(b)に示す1/t
cに対するリスクポテンシャルRPの特性が予めルックアップテーブル形式で記憶されている。1/t
cに対するリスクポテンシャルRPの増加特性は、図中実線で示されるように段階的に変化するように決定されている。
【0086】
リスクポテンシャル決定部41は、リスクポテンシャルRPの特性(
図13(b)参照)を参照し、1/t
cに対応するリスクポテンシャルRPを読み出す。
【0087】
リスクポテンシャルRPは、1/t
c0<1/t
c<1/t
c1ではRP
0に決定され、1/t
c1≦1/t
c<1/t
c2ではRP
1に決定され、1/t
c2≦1/t
c<1/t
c3ではRP
2に決定され、1/t
c3≦1/t
cではRP
3に決定される。なお、1/t
c0,1/t
c1,1/t
c2,1/t
c3の大小関係は、1/t
c0<1/t
c1<1/t
c2<1/t
c3であり、RP
0,RP
1,RP
2,RP
3の大小関係は、RP
0<RP
1<RP
2<RP
3である。
【0088】
図11に示すように、リスクポテンシャル決定部41で決定されたリスクポテンシャルRPの情報は、配分比率決定部42、摩擦制動用減速度決定部43および回生制動用減速度決定部44、HVI55(
図10参照)のそれぞれに出力される。
【0089】
配分比率決定部42は、車両0に作用する総制動力を摩擦制動力と回生制動力とに配分するために、摩擦制動力および回生制動力のそれぞれの配分比率を決定する。配分比率決定部42は、リスクポテンシャル決定部41で決定されたリスクポテンシャルRPに基づいて、摩擦制動力の配分比率R
FRおよび回生制動力の配分比率R
Rを決定する。
【0090】
図14は、リスクポテンシャルRPと摩擦制動力の配分比率R
FRの関係を示す図である。ADASコントローラ40の記憶装置には、
図14に示すリスクポテンシャルRPに対する摩擦制動力の配分比率R
FRの特性が予めルックアップテーブル形式で記憶されている。配分比率決定部42は、配分比率R
FRのテーブル(
図14参照)を参照し、リスクポテンシャル決定部41で決定されたリスクポテンシャルRPに対応する摩擦制動力の配分比率R
FRを読み出す。
【0091】
なお、摩擦制動力の配分比率R
FRと回生制動力の配分比率R
Rとの関係は次式で表される。
R
FR+R
R=1
配分比率決定部42は、テーブルから読み出された配分比率R
FRから次式により回生制動力の配分比率R
Rを演算する。
R
R=1−R
FR
【0092】
配分比率決定部42は、リスクポテンシャルRPの値がRP
0の場合、摩擦制動力の配分比率R
FRの値を0.0とし(R
FR=0.0)、回生制動力の配分比率R
Rの値を1.0とする(R
R=1.0)。配分比率決定部42は、リスクポテンシャルRPの値がRP
1の場合、摩擦制動力の配分比率R
FRの値を0.4とし(R
FR=0.4)、回生制動力の配分比率R
Rの値を0.6とする(R
R=0.6)。
【0093】
配分比率決定部42は、リスクポテンシャルRPの値がRP
2の場合、摩擦制動力の配分比率R
FRの値を0.6とし(R
FR=0.6)、回生制動力の配分比率R
Rの値を0.4とする(R
R=0.4)。配分比率決定部42は、リスクポテンシャルRPの値がRP
3の場合、摩擦制動力の配分比率R
FRの値を1.0とし(R
FR=1.0)、回生制動力の配分比率R
Rの値を0.0とする(R
R=0.0)。
【0094】
つまり、リスクポテンシャルRPが高くなるにしたがって、摩擦制動力の配分比率R
FRは大きくなり、回生制動力の配分比率R
Rは小さくなる。
【0095】
図11に示すように配分比率決定部42で決定された摩擦制動力の配分比率R
FRの情報は、摩擦制動用減速度決定部43に出力され、配分比率決定部42で決定された回生制動力の配分比率R
Rの情報は、回生制動用減速度決定部44に出力される。
【0096】
摩擦制動用減速度決定部43および回生制動用減速度決定部44の前後加速度決定部40Aは、リスクポテンシャル決定部41で決定されたリスクポテンシャルRPに応じてプリクラッシュブレーキ用の減速度G
x_DC_Rを決定する。
【0097】
図15は、リスクポテンシャルRPとプリクラッシュブレーキ用の減速度の関係を示す図である。ADASコントローラ40の記憶装置には、
図15に示すリスクポテンシャルRPに対するプリクラッシュブレーキ用の減速度G
x_DC_Rの特性が予めルックアップテーブル形式で記憶されている。リスクポテンシャルRPに対する減速度G
x_DC_Rの増加特性は、図中実線で示されるように段階的に変化するように決定されている。
【0098】
前後加速度決定部40Aは、プリクラッシュブレーキ用の減速度G
x_DC_Rのテーブル(
図15参照)を参照し、リスクポテンシャル決定部41で決定されたリスクポテンシャルRPに対応するプリクラッシュブレーキ用の減速度G
x_DC_Rを読み出す。
【0099】
前後加速度決定部40Aは、リスクポテンシャルRPの値がRP
0およびRP
1の場合、衝突回避のための自動ブレーキの作動は必要ないものとして、減速度G
x_DC_Rの値を0.00[G]とする(G
x_DC_R=0.00)。前後加速度決定部40Aは、リスクポテンシャルRPの値がRP
2の場合、減速度G
x_DC_Rの値を0.40[G]とし(G
x_DC_R=0.40)、リスクポテンシャルRPの値がRP
3の場合、減速度G
x_DC_Rの値を1.00[G]とする(G
x_DC_R=1.00)。つまり、前後加速度決定部40Aは、リスクポテンシャルRPが高くなるほど、減速度G
x_DC_Rを高い値に決定する。
【0100】
なお、式(1)および(2)で表されるG
x_DCは、プリクラッシュブレーキ用の減速度G
x_DC_Rとドライバのブレーキペダル11の操作やアクセルペダル10の操作に応じて求められる前後加速度G
x_DC_Dとの和から求められる。本実施の形態では、説明の便宜上、ドライバのブレーキペダル11の操作やアクセルペダル10の操作に応じて求められる前後加速度G
x_DC_Dの値は0である、すなわちドライバのペダル操作は行われていないものとして説明する。
【0101】
前後加速度決定部40Aは、プリクラッシュブレーキ用の減速度G
x_DC_R、横加速度センサ21で検出された横加速度G
yおよび微分回路23で求められた横加加速度G
y_dotに基づき、式(1)より目標前後加速度G
xを決定する。
【0102】
リスクポテンシャルRPがRP
0の場合、緊急回避の操舵操作に伴う急激な横移動をアシストする可能性が低いため、横運動に連係した前後加速度(式(1)の右辺第一項)の大きさは、横運動によるロールと前後運動によるピッチがドライバにとって違和感のない範囲に留めておくことが重要となる。本実施の形態では、リスクポテンシャルRPの値がRP
0の場合に良好のフィーリングを得るために、ゲインC
xyを0.25(一定値)とした。ゲインC
xyは、ADASコントローラ40の記憶装置に予め記憶されている。
【0103】
図11に示すように、摩擦制動用減速度決定部43は、目標前後加速度G
xに摩擦制動力の配分比率R
FRを乗じて、摩擦制動用目標減速度G
xFを求め、摩擦ブレーキコントローラ45に出力する。摩擦制動用目標減速度G
xFは、式(4)で表される。
【数5】
【0104】
回生制動用減速度決定部44は、目標前後加速度G
xに回生制動力の配分比率R
R(=1−R
R)を乗じて、回生制動用目標減速度G
xRを求め、パワートレインコントローラ46に出力する。回生制動用目標減速度G
xRは、式(5)で表される。
【数6】
【0105】
摩擦ブレーキコントローラ45は、摩擦制動用目標減速度G
xFに基づいて、摩擦制動装置65を構成するキャリパー65cを制御し、摩擦制動力を発生させる。パワートレインコントローラ46は、回生制動用目標減速度G
xRに基づいて、回生制動力を発生させる。摩擦ブレーキコントローラ45およびパワートレインコントローラ46は、車両0に実際に作用する前後加速度が目標前後加速度G
x(指令値)となるように、摩擦制動装置65およびモータ1を制御する。
【0106】
以下、ADASコントローラ40による摩擦制動力および回生制動力のそれぞれの配分比率の決定制御を、
図16のフローチャートを用いて説明する。
図16は、ADASコントローラ40による摩擦制動力および回生制動力のそれぞれの配分比率の決定制御処理の動作を示したフローチャートである。イグニッションスイッチ(不図示)がオンされると、図示しない初期決定が行われた後、
図16に示す処理を行うプログラムが起動され、ADASコントローラ40で、所定の制御周期ごとにステップS100〜S160の処理が繰り返し実行される。
図16に示す処理を行うプログラムは、ADASコントローラ40の記憶装置に格納されている。
【0107】
ステップS100(情報取得処理)において、ADASコントローラ40は、外界情報および車両情報を取得し、ステップS110へ進む。
【0108】
ステップS110(リスクポテンシャル決定処理)において、ADASコントローラ40は、式(3)により衝突余裕時間の逆数(1/tc)を演算し、
図13(b)に示すテーブルを参照して、演算された1/tcに対応するリスクポテンシャルRPを読み出し、ステップS120へ進む。
【0109】
ステップS120において、ADASコントローラ40は、ステップS100で取得された車両情報である横加加速度に基づいて、横運動に連係する前後加速度(C
xy・G
y_dot)を決定し、ステップS130へ進む。
【0110】
ステップS130において、ADASコントローラ40は、ステップS110で決定されたリスクポテンシャルRPに対応する横運動に連係しない前後加速度G
x_DCを
図15に示すテーブルから読み出し、ステップS140へ進む。G
x_DCはリスクポテンシャルRPに基づいて決定されるG
x_DC_Rと、ドライバのアクセルペダル10の操作量およびブレーキペダル11の操作量に基づいて決定されるG
x_DC_Dとの和から求められるが、ここではドライバのペダル操作は無いもとしている(G
x_DC_D=0)。
【0111】
ステップS140において、ADASコントローラ40は、ステップS120で決定されたC
xy・G
y_dotとステップS130で決定されたG
x_DCとを加算して、目標前後加速度G
xを求め、ステップS150へ進む。
【0112】
ステップS150において、ADASコントローラ40は、ステップS110で決定されたリスクポテンシャルRPに基づいて、摩擦制動力の配分比率R
FRおよび回生制動力の配分比率R
Rを決定し(
図14参照)、ステップS160へ進む。
【0113】
ステップS160において、ADASコントローラ40は、ステップS150で決定された摩擦制動力の配分比率R
FRと、ステップS140で求められた目標前後加速度G
xとを乗算して、摩擦制動用目標減速度G
xFを求める。また、ステップS160において、ADASコントローラ40は、ステップS150で決定された回生制動力の配分比率R
Rと、ステップS140で求められた目標前後加速度G
xとを乗算して、回生制動用目標減速度G
xRを求める。ADASコントローラ40は、摩擦制動用目標減速度G
xFを摩擦ブレーキコントローラ45に出力するとともに回生制動用目標減速度G
xRをパワートレインコントローラ46に出力する。なお、各処理の順番は、このフローチャートに示す順番に限定されない。
【0114】
図17(a)は、定量的なリスクポテンシャルRPと、定性的なリスクポテンシャルの評価指標との対応表を示す図である。
図17(a)に示すように、リスクポテンシャルRPの値がRP
0の場合(RP=RP
0)には、衝突の可能性が無いと評価される。リスクポテンシャルRPの値がRP
1の場合(RP=RP
1)には、衝突の可能性がある、すなわち減速が行われずに現在の状態が維持された場合に障害物と衝突する状況であると評価される。リスクポテンシャルRPの値がRP
2の場合(RP=RP
2)には、衝突の可能性が高い、すなわちリスクポテンシャルRPの値がRP
1の場合に比べて短時間で衝突する状況であると評価される。リスクポテンシャルRPの値がRP
3の場合(RP=RP
3)には、衝突の可能性が非常に高い、すなわちリスクポテンシャルRPの値がRP
2の場合に比べて短時間で衝突する状況であると評価される。
【0115】
図17(b)は、リスクポテンシャルRPに対する各システムの稼働状況を示した表である。
図17(b)に示すように、HVI55を構成する音出力装置は、リスクポテンシャルRPに応じて警告音を出力する。音出力装置は、リスクポテンシャルRPの値がRP
0の場合(RP=RP
0)、音を出力しない。音出力装置は、リスクポテンシャルRPの値がRP
1またはRP
2の場合(RP=RP
1,RP=RP
2)、「ピピピ・・・」と断続的に音を出力する。音出力装置は、リスクポテンシャルRPがRP
3の場合(RP=RP
3)、「ピーー・・・」と連続的に音を出力する。
【0116】
図17(b)に示すように、HVI55を構成する表示装置は、リスクポテンシャルRPに応じて警告画像を表示画面に表示する。表示装置は、リスクポテンシャルRPがRP
0の場合(RP=RP
0)、警告画像を表示画面に表示しない。表示装置は、リスクポテンシャルRPがRP
1、RP
2またはRP
3の場合(RP=RP
1,RP=RP
2,RP=RP
3)、「前方注意」の文字と、車両の背後を模式的に表す図とからなる警告画像を表示画面に表示する。
【0117】
図17(b)に示すように、アクセルペダル反力モータ51、ブレーキペダル反力モータ52およびステア反力モータ53は、それぞれリスクポテンシャルRPに応じて、アクセルペダル10、ブレーキペダル11およびステアリング16に振動を発生させる。各反力モータ51,52,53は、リスクポテンシャルRPがRP
0の場合(RP=RP
0)、振動を発生しない。各反力モータ51,52,53は、リスクポテンシャルRPの値がRP
1、RP
2、RP
3の順に大きくなるように、「弱」「中」「強」の振動を発生させる。
【0118】
図17(c)は、エルク(鹿)Eとの相対距離に応じて自動的に車両に作用する制動力と、ドライバの操舵操作により回避動作を行う車両に作用する制動力とを説明する説明図である。
図17(b)および
図17(c)を参照して、車両0が障害物であるエルクEに接近する際の各システムの稼働状態や車両0に作用する制動力について説明する。
【0119】
車両0とエルクEとの相対距離が十分に長く、リスクポテンシャルRPの値がRP
0の場合、自動ブレーキは非作動である(
図15参照)。このため、ドライバが操舵操作を行わなければ車両0に制動力は発生しない。リスクポテンシャルRPの値がRP
0の場合、摩擦制動力の配分比率R
FRの値は0.0であり、回生制動力の配分比率R
Rの値は1.0である。このとき、ドライバが操舵操作を行うと、後輪(二輪)にのみ横運動に連係した回生制動力が発生し、車両0が減速する。なお、リスクポテンシャルRPの値がRP
0の場合、音出力装置から警告音は出力されず、表示装置の表示画面に警告画像は表示されず、アクセルペダル10、ブレーキペダル11およびステアリング16に振動は発生しない。
【0120】
リスクポテンシャルRPの値がRP
1の場合、自動ブレーキは非作動であるため(
図15参照)、ドライバの操舵操作が行われなければ車両0に制動力は発生しない。音出力装置からは「ピピピ・・・」という警告音が出力され、アクセルペダル10、ブレーキペダル11およびステアリング16に「弱」の振動が発生し、ドライバに対して衝突の可能性があることを知らせる。リスクポテンシャルRPの値がRP
1の場合、摩擦制動力の配分比率R
FRの値は0.4であり、回生制動力の配分比率R
Rの値は0.6である。すなわち、リスクポテンシャルRPの値がRP
0の場合に比べて、摩擦制動力の配分比率R
FRが高い値に決定されており、車両0の状態は回避ポテンシャルが向上された状態にある。このとき、ドライバが操舵操作を行うと、後輪(二輪)に横運動に連係した回生制動力が発生するとともに、四輪に横運動に連係した摩擦制動力が発生し、車両0が減速する。
【0121】
リスクポテンシャルRPの値がRP
2の場合、警報ブレーキとしての自動ブレーキ(プリクラッシュブレーキ)が作動する(
図15参照)。音出力装置からは「ピピピ・・・」という警告音が出力され、アクセルペダル10、ブレーキペダル11およびステアリング16に「中」の振動が発生し、表示装置の表示画面には警告画像が表示され、ドライバに対して衝突の可能性が高い状態であることを知らせる。リスクポテンシャルRPの値がRP
2の場合、摩擦制動力の配分比率R
FRの値は0.6であり、回生制動力の配分比率R
Rの値は0.4である。このため、警報ブレーキによる制動力は、回生制動力と摩擦制動力とに配分され、車両0に作用する。なお、この状態は、リスクポテンシャルRPの値がRP
1の場合に比べて、摩擦制動力の配分比率R
FRが高い値に決定されており、車両0の状態は回避ポテンシャルがさらに向上された状態である。ドライバが操舵操作を行うと、後輪(二輪)に横運動に連係した回生制動力が発生するとともに、四輪に横運動に連係した摩擦制動力が発生し、車両0が減速する。
【0122】
リスクポテンシャルRPの値がRP
3の場合、緊急ブレーキとしての自動ブレーキ(プリクラッシュブレーキ)が作動する(
図15参照)。音出力装置からは「ピーー・・・」という警告音が出力され、アクセルペダル10、ブレーキペダル11およびステアリング16に「強」の振動が発生し、表示装置の表示画面には警告画像が表示され、ドライバに対して衝突の可能性が非常に高い状態であることを知らせる。リスクポテンシャルRPの値がRP
3の場合、摩擦制動力の配分比率R
FRの値は1.0であり、回生制動力の配分比率R
Rの値は0.0である。このため、緊急ブレーキによる制動力は、摩擦制動力として四輪に作用する。さらに、ドライバが操舵操作を行うと、四輪に横運動に連係した摩擦制動力が発生し、車両0が減速する。リスクポテンシャルRPの値がRP
3の場合、回生制動力の配分比率R
Rの値が0.0であり、摩擦制動力の配分比率R
FRの値が1.0であるため、上述した(i)〜(iv)のような問題は生じることがなく、四輪で最大限の減速度を得ることができ、緊急回避を有利に行うことができる。
【0123】
図18は、自動ブレーキによる減速度と、GVCによる横運動に連係した減速度との連係を説明する説明図である。
図18(a)は、前後加速度を表すx軸と、横加速度を表すy軸とからなる座標系において、前後加速度と横加速度の合成加速度G(G
x,G
y)がどのように推移するかを示すg−gダイアグラムを示している。
【0124】
図18に示すように、自動ブレーキのみが作動し、横運動に連係したブレーキが非作動である状態では、車両に作用する減速度はG
x_DC_Rのみであるため、G
x軸上のみの減速度の推移となる。
【0125】
一方、ステアリング16を操舵操作した際の回避動作時のGVCによる横運動に連係した減速度と横加速度の合成加速度G(G
x,G
y)の推移を示したものが、図中太い実線で示す曲線である。その始点は原点からで、左への回避の際は正の横加速度と、これに連係して前後方向の減速度が加わるので、横加速度が増加して左側の他車線に移動していくときは第2象限での推移となる。
【0126】
自動ブレーキ制御として、ドライバによる操舵角、あるいは操舵角速度が大きくなると、制動制御を禁止する時間を決定することが行われる技術が特開2009−262701号公報(以下、特許文献2と記す)に記載されている。この技術では、自動ブレーキが作動しているときに回避動作が行われると、自動ブレーキが非作動となる。
【0127】
本実施の形態では、回避動作に伴い横加速度が発生するため、横運動に連係した減速度制御が行われる。このため、特許文献2と同様の技術を本実施の形態で行う場合、自動ブレーキが非作動となった時点から横運動に連係した減速度が作用するまでの間に、瞬間的に減速度の落ち込み、いわゆる「ブレーキ抜け(G抜け)」が発生する可能性がある。「ブレーキ抜け(G抜け)」の発生は、運転フィーリングの悪化を招くだけでなく、ピッチングによるドライバ視点の急激な変動、あるいはタイヤの接地荷重の変動の原因となり、操舵による回避性能の低下が懸念される。
【0128】
そこで、本実施の形態では、ADASコントローラ40の中に、自動ブレーキの作動中に操舵操作が行われたときに、操舵操作を開始した直後、急激に(ステップ状に)減速度が低下しないように、たとえば一次遅れフィルター(ローパスフィルタ)のような平滑手段(不図示)を設けている。平滑手段を設けることで、
図18(b)に示すように、自動ブレーキが非作動とされたときに低下する横運動に連係しない減速度と、操舵操作の開始により発生し、横加加速度の増加により上昇する横運動に連係した減速度との間を、滑らかにつなぎ合わせ、
図18(c)に示すように、自動ブレーキによる直線的な減速が行われた後、A点からB点に円弧状に推移し、さらに横運動のみのC点へと滑らかに推移させることができる。これにより、ドライバの視点の安定、接地荷重変動を低減することができ、ドライバは緊急時でも落ち着いて回避動作を行いやすくなる。
【0129】
上述した第1の実施の形態によれば、次の作用効果が得られる。
(1)摩擦制動力の大きさを決定するための配分比率R
FRと、回生制動力の大きさを決定するための配分比率R
Rとを決定する配分比率決定部42を備え、配分比率決定部42は、リスクポテンシャル決定部41で決定されたリスクポテンシャルRPに基づいて、配分比率R
FRを決定する。配分比率R
FRは、緊急回避などの操舵操作を行う前や自動ブレーキが作動する前の段階において、リスクポテンシャルに基づいて決定しておくことができる。したがって、リスクポテンシャル決定部41で決定されたリスクポテンシャルRPが高くなった場合、摩擦制動力の大きさが大きくなるように、配分比率R
FRを決定することで、緊急回避時に運転者の操作に応じて、あるいは、自動で車両に制動力が発生した直後の初期段階においても車両に対して摩擦制動力を利用した大きな減速度を発生させるとともに、横移動のためのコーナリングフォースを発生させることができる。すなわち、本発明によれば、緊急回避性能を向上させることができる。
【0130】
(2)リスクポテンシャルRPの値がRP
1以下の場合には摩擦制動力の配分比率R
FR(≦0.4)を回生制動力の配分比率R
R(≧0.6)よりも小さい値とし、リスクポテンシャルRPの値がRP
2以上の場合には摩擦制動力の配分比率R
FR(≧0.6)を回生制動力の配分比率R
R(≦0.4)よりも大きい値とした。
【0131】
これにより、衝突の可能性が低い状態では、回生制動力を主とした制動力を車両に付与することで電費の向上を図ることができるとともに摩擦制動装置65の使用頻度を抑えることができる。摩擦制動装置65の使用頻度を抑えることで摩擦制動装置65の寿命を向上することができる。また、NVH(Noise, Vibration, Harshness)性能が低く低価格の減速アクチュエータを摩擦制動装置65に用いることで、車両の低コスト化を図ることもできる。一方、衝突の可能性が高い状態では、摩擦制動力を主とした制動力を車両に付与することで緊急回避性能を向上させることができる。
【0132】
(3)リスクポテンシャルRPが高くなった場合に、摩擦制動力の大きさが大きくなるように配分比率R
FRを決定することに伴って、リスクポテンシャルRPが高くなった場合に、回生制動力の大きさが小さくなるように配分比率R
Rを決定するようにした。つまり、摩擦制動力と回生制動力の和が車両0の要求制動力に適合するようになるため、ドライバの操作に適合した制動力を作用させることができる。
【0133】
(4)リスクポテンシャルRPが高くなった場合、制動力が作用する車輪の数を増加させるようにしたので、タイヤに対する負担率を軽減させることができ、前輪のコーナリングフォースの低下を抑制することができる。その結果、緊急回避性能が向上する。
【0134】
(5)プリクラッシュブレーキ用の減速度G
x_DC_Rを加味した目標前後加速度G
xと配分比率R
FRとから摩擦制動用目標減速度G
xFを求め、プリクラッシュブレーキ用の減速度G
x_DC_Rを加味した目標前後加速度G
xと配分比率R
Rとから回生制動用目標減速度G
xRを求めるようにした。これにより、プリクラッシュ用ブレーキ(警報ブレーキおよび緊急ブレーキ)が発生している段階で摩擦制動力を効果的に発揮させることができるため、緊急回避性能の向上を図ることができる。
【0135】
(6)プリクラッシュブレーキ用の減速度G
x_DC_Rは、リスクポテンシャルRPが高くなるにしたがって高くなるようにした。すなわち、緊急回避操作が必要な状況が高まるにしたがって減速度G
x_DC_Rが高くなるため、状況に応じて効果的に摩擦制動力を発揮させることができる。
【0136】
(7)横運動に連係する前後加速度(C
xy・G
y_dot)を加味した目標前後加速度G
xと配分比率R
FRとから摩擦制動用目標減速度G
xFを求め、横運動に連係する前後加速度(C
xy・G
y_dot)を加味した目標前後加速度G
xと配分比率R
Rとから回生制動用目標減速度G
xRを求めるようにした。これにより、緊急回避のための操舵操作に応じた横運動が行われたときにGVCにより生じる制動力を、リスクポテンシャルに応じて摩擦制動力と回生制動力とに配分することができ、緊急回避性能の向上を図ることができる。
【0137】
−第2の実施の形態−
図19を参照して、第2の実施の形態に係る車両の運動制御システムについて説明する。
図19は、第2の実施の形態に係る車両の運動制御システムを構成するADASコントローラ240、摩擦ブレーキコントローラ45およびパワートレインコントローラ46の機能ブロック図である。
図19では、煩雑化を避けるため、G
x_DC決定部460に入力される信号等の図示は省略している。なお、図中、第1の実施の形態と同一もしくは相当部分には同一の参照番号を付し、相違点を主に説明する。第2の実施の形態に係る車両は、第1の実施の形態の車両と同様の構成を有している(
図10参照)。
【0138】
第1の実施の形態では、横加加速度G
y_dotに乗じるゲインC
xyを一定値とする例について説明した。これに対して、第2の実施の形態では、リスクポテンシャルRPに基づいて、横加加速度G
y_dotに乗じるゲインを調整して、横運動に連係した減速度制御の強さを変化させる。
【0139】
図19に示すように、第2の実施の形態に係るADASコントローラ240は、リスクポテンシャル決定部41と、配分比率決定部42と、信号処理部223と、ゲイン決定部410と、第1ゲイン乗算部430F,430Rと、第2ゲイン乗算部450F,450Rと、プリクラッシュブレーキ用の減速度G
x_DC_Rおよびドライバのアクセルペダル10の操作およびブレーキペダル11の操作に基づく前後加速度G
x_DC_Dを決定するG
x_DC決定部460と、比率乗算部420F,420Rと、加算器461F,461Rとを機能的に備えている。
【0140】
リスクポテンシャル決定部41は、第1の実施の形態と同様に、外界情報および車両情報に基づいて、リスクポテンシャルRPを決定する。配分比率決定部42は、第1の実施の形態と同様に、リスクポテンシャルRPに基づいて、摩擦制動力の配分比率R
FRおよび回生制動力の配分比率R
Rを決定する。
【0141】
信号処理部223は、車両情報として入力された横加速度を微分して横加加速度G
y_dotを決定し、第1ゲイン乗算部430F,430Rのそれぞれに出力する。つまり、信号処理部223は、第1の実施の形態の微分回路23の機能をADASコントローラ240で実行するようにしたものであり、第2の実施の形態では第1の実施の形態の微分回路23が省略されている。
【0142】
第1ゲイン乗算部430Fは、入力された横加加速度G
y_dotに横運動連係ゲイン(−C
xy)を乗じて、減速度(−C
xy・G
y_dot)を求め、第2ゲイン乗算部450Fに出力する。第2ゲイン乗算部450Fは、入力された減速度(−C
xy・G
y_dot)に正規化ゲイン(K)を乗じて、減速度(−K・C
xy・G
y_dot)を求め、加算器461Fに出力する。
【0143】
加算器461Fは、入力された減速度(−K・C
xy・G
y_dot)に横運動に連係しない減速度G
x_DCを加算して、目標前後加速度G
xを求め、比率乗算部420Fに出力する。比率乗算部420Fは、入力された目標前後加速度G
xに、摩擦制動力の配分比率R
FRを乗じて、摩擦制動用目標減速度G
xFを求め、この摩擦制動用目標減速度G
xFを表す減速制御指令を摩擦ブレーキコントローラ45に出力する。
【0144】
摩擦ブレーキコントローラ45は、第1の実施の形態と同様に、摩擦制動用目標減速度G
xFに基づいて、摩擦制動装置65を構成するキャリパー65cを制御し、摩擦制動力を発生させる。
【0145】
第1ゲイン乗算部430Rは、入力された横加加速度G
y_dotに横運動連係ゲイン(−C
xy)を乗じて、減速度(−C
xy・G
y_dot)を求め、第2ゲイン乗算部450Rに出力する。第2ゲイン乗算部450Rは、入力された減速度(−C
xy・G
y_dot)に正規化ゲイン(K)を乗じて、減速度(−K・C
xy・G
y_dot)を求め、加算器461Rに出力する。
【0146】
加算器461Rは、入力された減速度(−K・C
xy・G
y_dot)に横運動に連係しない減速度G
x_DCを加算して、目標前後加速度G
xを求め、比率乗算部420Rに出力する。比率乗算部420Rは、入力された目標前後加速度G
xに、回生制動力の配分比率R
Rを乗じて、回生制動用目標減速度G
xRを求め、この回生制動用目標減速度G
xRを表す減速制御指令をパワートレインコントローラ46に出力する。
【0147】
パワートレインコントローラ46は、第1の実施の形態と同様に、回生制動用目標減速度G
xFに基づいて、回生制動力を発生させる。
【0148】
図20を参照して正規化ゲインKの決定方法について説明する。
図20(a)は、総稼働時間(生涯稼働時間)に対する各リスクポテンシャル(RP
0,RP
1,RP
2,RP
3)の発生頻度の統計を示す図である。
図20(a)に示すように、RP
0の状態が他の状態に比べて約98%と非常に高い。RP
1の頻度は約1.5%と低く、RP
2の頻度は約0.4%とさらに低い。RP
3の頻度は最も低く0.1%以下である。
【0149】
図20(b)は、リスクポテンシャルRPと正規化ゲインKの関係を示す図である。ADASコントローラ240の記憶装置には、
図20(b)に示すリスクポテンシャルRPに対する正規化ゲインKの特性が予めルックアップテーブル形式で記憶されている。リスクポテンシャルRPに対する正規化ゲインKの増加特性は、図中実線で示されるように、リスクポテンシャルRPの増加に伴って段階的に増加するように決定されている。
【0150】
ゲイン決定部410は、正規化ゲインKのテーブル(
図20(b)参照)を参照し、リスクポテンシャル決定部41で決定されたリスクポテンシャルRPに対応する正規化ゲインKを読み出す。
【0151】
ゲイン決定部410は、リスクポテンシャルRPの値がRP
0の場合、正規化ゲインKの値を0.0に決定し、リスクポテンシャルRPの値がRP
1の場合、正規化ゲインKの値を1.0に決定する(K=1.0)に決定する。ゲイン決定部410は、リスクポテンシャルRPの値がRP
2の場合、正規化ゲインKの値を1.5に決定し(K=1.5)、リスクポテンシャルRPの値がRP
3の場合、正規化ゲインKの値を2.0に決定する(K=2.0)。
【0152】
リスクポテンシャルRPの値がRP
0の場合、ゲイン(K・C
xy)は0となり、横運動が発生しても目標前後加速度の値は0となる。
図20(a)に示すように、総稼働時間(生涯稼働時間)のうちのほとんどが、リスクポテンシャルRPの値がRP
0の通常の状態であるため、通常の状態でのゲイン(K・Cxy)の値を0としておくことで、摩擦制動装置65が使用される頻度を大幅に抑制することができる。
【0153】
図20(c)は、正規化ゲインKの値を1.0とした場合と第2の実施の形態とで正規化総稼働時間を比較した図である。
図20(c)に示すように、リスクポテンシャルRPの値の大きさにかかわらずに正規化ゲインKを1.0(一定値)とした場合(第1の実施の形態と同様)の稼働時間を100%としたときに、第2の実施の形態での正規化した総稼働時間(稼働強さも考慮)を2.3%にまで低減することができる。
【0154】
摩擦制動装置65を構成する減速アクチュエータには、ポンプアップした油圧を用いて減速させるいわゆるESCを用いたものは、他のモータによる回生あるいは無段自動変速機(CVT)等に比べて、ポンプ部の耐久性が課題となる場合が多い。さらに作動時の音なども課題となる場合が多い。これらの課題に対しては、多気筒のプランジャポンプやギヤポンプを用いた、いわゆる「プレミアム仕様」の構成を採用することで、通常領域からの稼働に対応することが考えられるが、コストが大幅に増加するという問題が生じる。つまり、価格レンジの低い車両においてもESCは義務付けられているが、これらの車両にはコストの制約上「プレミアム仕様」の構成を採用できないという問題が生じる。
【0155】
本実施の形態では、上述したように、通常の状態でのゲイン(K・Cxy)の値を0としておくことで、通常の状態で自動ブレーキによる減速や横運動に連係した減速が行われることがない。この結果、総稼働時間(生涯稼働時間)において、摩擦制動装置65が使用される頻度を抑制することができるので、減速アクチュエータのポンプ部の耐久性に大きな影響を与える稼働時間を大幅に低減できるので、摩擦制動装置65の寿命を向上することができる。すなわち、上述した「プレミアム仕様」の構成を採用しなくても、緊急回避性能を向上することができる。
【0156】
このような第2の実施の形態によれば、第1の実施の形態の作用効果に加えて以下の作用効果を奏する。
(8)第2の実施の形態では、リスクポテンシャルRPが低くなるにしたがって、前後加速度に乗じるゲインが小さくなるようにした。これにより、「プレミアム仕様」の構成を採用しなくても、摩擦制動装置65の寿命を向上することができる。リスクポテンシャルRPの値が高い状態では、多少の作動音、振動、ぎくしゃく感は容認されるため、NVH性能が低く低価格の減速アクチュエータを摩擦制動装置65に用いることで、車両の低コスト化を図ることができる。つまり、価格レンジの低い車両においても、本実施の形態の構成を採用して、緊急回避性能の向上を図ることができる。
【0157】
(9)リスクポテンシャルRPの値が低い通常の状態では、摩擦制動力による減速度、回生制動力による減速度の両者を小さくできるため、操舵操作の際にぎくしゃくすることがなく、運転フィーリングの向上を図ることができる。一方、リスクポテンシャルRPの値が高い状態での緊急回避操舵時には減速度を発生させて、ドライバをアシストすることができる。
【0158】
(10)リスクポテンシャルRPが高くなるにしたがって、目標前後加速度に乗じるゲインを大きくしたので、衝突の可能性が高い状態では、回避性能の大幅な向上を図ることができる。
【0159】
次のような変形も本発明の範囲内であり、変形例の一つ、もしくは複数を上述の実施形態と組み合わせることも可能である。
【0160】
(変形例1)
上述した実施の形態では、衝突余裕時間の逆数(1/t
c)を用いてリスクポテンシャルRPを決定する例について説明したが、本発明はこれに限定されない。リスクポテンシャルRPは、少なくとも外界情報および車両情報のいずれか一方に基づいて決定されるものであり、種々の方法を採用できる。以下、上述した実施の形態とは異なる決定方法について説明する。
【0161】
(変形例1−1)
操舵角速度に基づいてリスクポテンシャルを決定する例について説明する。この場合、ステアリング16の操舵角を検出する操舵角センサ33(
図10参照)が、リスクポテンシャルを決定するために用いる車両情報を取得する車両情報取得部として機能する。
図21は、操舵角速度とリスクポテンシャルRPの関係を示す図である。一般的に緊急回避を行う際の操舵操作は、通常時に比べて操舵角速度が速くなる。したがって、操舵角速度を用いてリスクポテンシャルRPを決定する場合、操舵角速度が速くなるほど、リスクポテンシャルRPが高くなるように定めればよい。
【0162】
図21は、横軸が操舵角速度を表し、縦軸がリスクポテンシャルを表している。操舵角速度が正の場合は右側に操舵操作が行われたことを表し、操舵角速度が負の場合は左側に操舵操作が行われたことを表している。
図21では、操舵角速度に対するリスクポテンシャルの特性が左側の操舵操作と右側の操舵操作とで同じ特性、すなわち図示左右対称になっているが、通行する車線に応じて非対称にしてもよい。
【0163】
(変形例1−2)
複数の車両情報に基づいてリスクポテンシャルを決定する例として、操舵角と操舵角速度に基づいてリスクポテンシャルを決定する例について説明する。この場合、ステアリング16の操舵角および操舵角速度を検出する操舵角センサ33(
図10参照)が、リスクポテンシャルを決定するために用いる車両情報を取得する車両情報取得部として機能する。
図22は、操舵角と操舵角速度とリスクポテンシャルRPの関係を示す図である。
図22では、横軸が操舵角を表し、縦軸が操舵角速度を表し、破線がリスクポテンシャルRPの特性を表している。左右のいずれか一方向に操舵している状態で、逆方向に急激に戻す操舵操作であるカウンターステアなどを考慮して、
図22に示すような操舵角と操舵角速度の2次元マップからリスクポテンシャルRPを決定してもよい。このように、リスクポテンシャルRPを決定するためのパラメータは、複数あってもよい。
【0164】
(変形例1−3)
車両0の横運動の推定値と実測時との偏差に基づいてリスクポテンシャルを決定する例について説明する。この場合、前後加速度センサ22で検出された前後加速度、横加速度センサ21で検出された横加速度、操舵角センサ33で検出されたステアリング16の操舵角、ヨーレイトセンサ38で検出されたヨーレイト、車輪速検出用ロータと車輪速ピックアップとからなる車輪速センサにより検出された車輪速から演算された車速、これらの情報から演算された車両横滑り角等が車両情報として取得される。
【0165】
図23(a)は車両モデル推定値と、実測値との偏差を示すタイムチャートであり、
図23(b)は偏差とリスクポテンシャルRPの関係を示す図である。車両横運動モデルとして、たとえば、特開2010−076584号公報にて開示されているモデルが知られている。この車両横運動モデルを用いて計算された値(車両モデル推定値)は、車輪に発生するコーナリングフォースが車両横滑り角と線形関係にある間は、実測値と一致するように調整されている。
【0166】
一方、緊急回避時などの場合、操舵角が大きくなったり、横加速度が大きくなったりするため、タイヤ横滑り角とコーナリングフォースの線形性が崩れる。このような状況では、モデル推定の規範運動と実運動の間に大きな乖離が生じるようになる。結果的には、この乖離すなわち
図23(a)に示す偏差Dが小さいうちは緊急度は低く、乖離が大きくなるにつれて緊急度が増加していると考えることができる。したがって、規範運動と実運動との偏差Dに用いてリスクポテンシャルRPを決定する場合、
図23(b)に示すように、偏差Dが大きくなるほど、リスクポテンシャルRPが高くなるように定めればよい。
【0167】
(変形例1−4)
その他、種々の車両情報からリスクポテンシャルRPを決定するためのポテンシャル決定用パラメータを定めることができる。たとえば、車両情報であるアクセルペダル10を開放する方向のペダル角速度や、車両情報であるブレーキペダル11を踏込む方向のペダル角速度をポテンシャル決定用パラメータPPと定め、
図24に示すように、ポテンシャル決定用パラメータPP(ペダル角速度)が大きくなるほど、リスクポテンシャルRPが高くなるように定めることができる。この場合、アクセルペダル10の操作速度を検出するアクセルペダルセンサ31や、ブレーキペダル11の操作速度を検出するブレーキペダルセンサ32が、リスクポテンシャルを決定するために用いる車両情報を取得する車両情報取得部として機能する。
【0168】
なお、ポテンシャル決定用パラメータPPに対するリスクポテンシャルRPの特性は、ポテンシャル決定用パラメータPPが大きくなるにしたがって階段状に増加する特性(図中実線)や直線的に増加する特性(図中一点鎖線)、曲線状に増加する特性(図中破線)など、種々の変化特性を採用することができる。以下、リスクポテンシャルRPを決定するパラメータ(衝突余裕時間の逆数や操舵角、操舵角速度、ペダル角速度等)を総称してポテンシャル決定用パラメータPPと記す。
【0169】
リスクポテンシャルRPの特性を決定する際には、回避操舵操作や回避制動操作が必要な危険な状況を想定して、実験やシミュレーション等により適宜設定することができる。危険な状況では、操作情報や車両の運動情報が大きく変化したり、急激に変化することが多いことも加味して設定することが好ましい。
図13に示す衝突余裕時間の逆数に対するリスクポテンシャルRPの特性も階段状とする場合に限定されることなく、
図25の破線で示すように、曲線状に連続的に変化する特性とすることもできる。
【0170】
(変形例1−5)
その他、種々の外界情報からリスクポテンシャルRPを決定することができる。たとえば、車両前方の環境情報を取得し、路面の状態(摩擦係数など)を推定したり、路面勾配などを推定し、車両前方の走行環境に対するリスクポテンシャルの定量化を行ってもよい。ここで注意を要するのは、路面勾配が大きい下り坂の場合はリスクポテンシャルが高く、横運動連係ゲインを向上する方向でよいが、路面摩擦係数が低い場合は、リスクポテンシャルは高いが、横運動連係ゲインを向上すると車輪ロックの可能性があるため、ゲインを増加するとともに、周知の車輪過スリップ防止制御を実行する必要がある。
【0171】
(変形例1−6)
GPS(Global Positioning System)ナビセンサ39は、GPS衛星で取得した位置情報を通信により配信されるダイナミックマップデータと照らし合わせ、自車前方のコーナーの曲率などのコース形状の情報、信号機の情報、標識情報、勾配情報などの外界情報を得ることができる。ADASコントローラ40は、これらの外界情報と、自車の車速などの車両情報から、たとえば前方のコーナーに対して速度が速すぎるとき(
図5に示すようなコースに速度80km/hで進入するような状況)においては、リスクポテンシャルRPの値を高くする。
【0172】
(変形例1−7)
式(6)で表される衝突余裕時間tcを用いてリスクポテンシャルを決定してもよい。
【数7】
衝突余裕時間は、現在の相対速度vrが維持されると仮定して、自車が先行車に衝突するまでの時間を予測する指標である。
【0173】
(変形例1−8)
式(7)で表される接近離間状態評価指標KdBを用いてリスクポテンシャルを決定してもよい。
【数8】
KdBは、「ドライバが先行車の視覚的な面積変化によって接近・離間を検出しながら加減速操作を行っている」とする仮説に基づいて定義された指標である。
【0174】
(変形例1−9)
式(8)で表される車間時間THW(Time-Head Way)を用いてリスクポテンシャルを決定してもよい。
【数9】
車間時間THWは、現在の自車速度で現在の先行車位置に到達する時間を示す指標である。
【0175】
(変形例1−10)
式(9)で表されるリスクフィーリングRF(Risk Feeling)を用いてリスクポテンシャルを決定してもよい。
【数10】
a,bは、予め求めた重みつけ定数である。
リスクフィーリングRFは、先行車追従時にドライバの車速制御特性を物理量で表現することを目的として、衝突余裕時間TTCと車間時間THWのそれぞれの逆数の線形和を、ドライバが主観的に感じるリスクとして定義する指標である。
【0176】
(変形例1−11)
上述した実施の形態では、リスクポテンシャルを決定するために用いる外界情報を取得するために、ステレオカメラ70とステレオ画像処理装置701を用いる例について説明したが、その他の例として以下のような外界情報取得部を採用することもできる。外界情報を取得する外界情報取得部としては、レーザーレーダやミリ波レーダなどの車両0の前方に存在する物体の情報を検出する車両前方情報検出部、車両0の周辺に存在する他の車両の情報を受信する車車間通信部、および、車両0の前方の環境情報を受信する路車間通信部などを採用することができる。たとえば、外界情報として、車両0の前方の通行帯が路面で凍結している情報、車両0の前方の通行帯の幅員が減少している情報、車両0の前方に急カーブなどが存在しているなどの道路情報を取得し、リスクポテンシャルを決定してもよい。
【0177】
(変形例1−12)
上述した実施の形態や、上述した(変形例1−1)〜(1−11)で説明したリスクポテンシャルのうちの複数を求め、その中で最も高いリスクポテンシャルを選択し、選択したリスクポテンシャルに基づいて摩擦制動力および回生制動力のそれぞれの配分比率を決定してもよい。
【0178】
(変形例2)
上述した実施の形態では、摩擦制動力の配分比率R
FRが、リスクポテンシャルRPが高くなるにしたがって階段状で不連続的に大きくなる例について説明したが(
図14参照)、
図26に示すように、リスクポテンシャルRPが高くなるにしたがって連続的に摩擦制動力の配分比率R
FRが高くなるようにしてもよい。なお、この場合、リスクポテンシャルRPは不連続値ではなく、ポテンシャル決定用パラメータPPが高くなるにしたがって連続的に変化する特性である。
【0179】
連続的に変化するリスクポテンシャルRPに対応して、配分比率R
FRが連続的に変化する場合、
図27(a)および
図27(b)に示すような傾向が得られる。
図27(a)は、縦軸が単位横運動(たとえば横加加速度1m/s
3)あたりの摩擦制動用目標減速度G
xFを表し、横軸がリスクポテンシャルRPを表したグラフである。
図27(b)は、縦軸が単位横運動(たとえば横加加速度1m/s
3)あたりの回生制動用目標減速度G
xRを表し、横軸がリスクポテンシャルRPを表したグラフである。
【0180】
グラフに示されるPR
SとPP
Lの大小関係がRP
S<RP
Lの場合、RP
Lに対する摩擦制動用目標減速度G
xFLとし、RP
Sに対する摩擦制動用目標減速度G
xFSとすると、両者の大小関係は、G
xFL>G
xFSとなる。また、RP
Lに対する回生制動用目標減速度G
xRLとし、RP
Sに対する回生制動用目標減速度G
xRSとすると、両者の大小関係は、G
xRL<G
xRSとなる。
【0181】
(変形例3)
上述した実施の形態では、プリクラッシュブレーキ用の減速度G
x_DC_Rが、リスクポテンシャルRPが高くなるにしたがって階段状で不連続的に大きくなる例について説明したが(
図15参照)、
図28に示すように、リスクポテンシャルRPが高くなるにしたがって連続的に減速度G
x_DC_Rが高くなるようにしてもよい。なお、この場合、リスクポテンシャルRPは不連続値ではなく、ポテンシャル決定用パラメータPPが高くなるにしたがって連続的に変化する特性である。
【0182】
(変形例4)
第2の実施の形態では、正規化ゲインKが、リスクポテンシャルRPが高くなるにしたがって階段状で不連続的に大きくなる例について説明したが(
図20(b)参照)、
図29に示すように、リスクポテンシャルRPが高くなるにしたがって連続的に正規化ゲインKが高くなるようにしてもよい。なお、この場合、リスクポテンシャルRPは不連続値ではなく、ポテンシャル決定用パラメータPPが高くなるにしたがって連続的に変化する特性である。
【0183】
連続的に変化するリスクポテンシャルRPに対応して、正規化ゲインKが連続的に変化する場合、
図30に示すような傾向が得られる。
図30は、縦軸が単位横運動(たとえば横加加速度1m/s
3)あたりの車両の目標前後加速度(減速度)G
xを表し、横軸がリスクポテンシャルRPを表したグラフである。
【0184】
グラフに示されるPR
SとPP
Lの大小関係がRP
S<RP
Lの場合、RP
Lに対する目標前後加速度G
pLとし、RP
Sに対する目標前後加速度G
pSとすると、両者の大小関係は、G
pL>G
pSとなる。
【0185】
(変形例5)
上述した実施の形態では、摩擦制動力の配分比率R
FRを、摩擦制動力の大きさを決定するための第1制御値として決定し、回生制動力の配分比率R
Rを、回生制動力の大きさを決定するための第2制御値として決定する例について説明したが、本発明はこれに限定されない。たとえば、摩擦制動力の大きさを決定するための第1制御値αと、回生制動力の大きさを決定するための第2制御値βを、リスクポテンシャルRPに基づいて決定することとして、第1制御値αと第2制御値βの和が1以上になるようにすることができる。
【0186】
この場合、たとえばリスクポテンシャルRPが高くなった場合に、第2制御値βは一定の値のままとし、第1制御値αだけを増加させることもできる。つまり、回生制動力を維持させたまま、摩擦制動力の大きさ(絶対量)だけを大きくすることができる。
【0187】
(変形例6)
上述した実施の形態では、横運動に連係した前後加速度と横運動に連係しない前後加速度とを足し合わせて車両の目標前後加速度を決定する例について説明したが、本発明はこれに限定されない。横運動に連係した前後加速度と、横運動に連係しない前後加速度のうち、絶対値の大きい方を選択して車両の目標前後加速度として決定してもよい。
【0188】
(変形例7)
第2の実施の形態では、一定値である横運動連係ゲイン(−C
xy)と、リスクポテンシャルRPに応じて変化する正規化ゲイン(K)とを乗じて、減速度(−K・C
xy・G
y_dot)を求める例について説明したが、本発明はこれに限定されない。正規化ゲインKを乗じることに代えて、横運動連係ゲイン(−C
xy)を変数として、横運動連係ゲイン(−C
xy)自体をリスクポテンシャルRPに応じて変化させるようにしてもよい。
【0189】
(変形例8−1)
上述した実施の形態では、横加速度センサ21で検出された横加速度を微分して横加加速度を演算し、この横加加速度とゲインC
xyに基づいて横運動に連係した前後加速度を演算した例について説明したが、本発明はこれに限定されない。ステアリング16の操舵操作から横加加速度を演算し、この横加加速度とゲインC
xyに基づいて横運動に連係した前後加速度を演算してもよい。さらに、横加速度から求められた横加加速度と、操舵操作から求められた横加加速度のうちの大きい方の横加加速度あるいは両者の平均値と、ゲインC
xyに基づいて横運動に連係した前後加速度を演算してもよい。
【0190】
(変形例8−2)
上述した実施の形態では、車両0の横加速度の絶対値が増加するにしたがって車両0を減速させ、車両0の横加速度の絶対値が減少するにしたがって車両を加速させるように前後加速度を決定する例について説明したが、本発明はこれに限定されない。操舵角センサ33で検出された操舵角の絶対値が増加するにしたがって車両0を減速させ、操舵角の絶対値が減少するにしたがって車両を加速させるように前後加速度を決定するようにしてもよい。
【0191】
(変形例9)
上述した実施の形態では、たとえば、リスクポテンシャルRPの値がRP
0からRP
3に変化した場合、制動力が作用する車輪が二輪から四輪に変化する例、すなわち、リスクポテンシャルRPが大きくなった場合、制動力が作用する車輪の数が増加する例について説明したが、本発明はこれに限定されない。たとえば、リスクポテンシャルRPの値がRP
0のときに、摩擦制動力の配分比率を0.2として、リスクポテンシャルRPの大きさにかかわらず、制動力が作用する車輪を常に四輪としてもよい。また、モータの回生制動力が四輪のそれぞれに作用する構成とした場合、摩擦制動力の配分比率を0.0とした場合であっても制動力が作用する車輪は常に四輪となるが、このような構成においてもリスクポテンシャルRPが高くなるにしたがって摩擦制動力の配分比率を大きくすることで、緊急回避性能の向上を図ることができる。なお、回生制動は、前輪あるいは後輪のいずれかに作用する車両が多く、このような車両に対して、リスクポテンシャルが高くなった場合に制動輪の数を増加させることで、タイヤの負担率を低減することができるとともに、SOCによる回生制動力の変化の影響を抑えることができ、指令値に対する実際の減速度の追従性を向上することができる。
【0192】
(変形例10)
上述した実施の形態では、四輪を有する車両を例に説明したが、本発明はこれに限定されない。六輪以上の車輪を有する車両に本発明を適用することもできる。
【0193】
(変形例11)
上述した実施の形態で説明した制御と合わせて、リスクポテンシャルRPの値が所定値以上となったときに摩擦制動のための油圧ブレーキの不感帯をつめるようなプレ・ブレーキ動作を自動で行うようにしてもよい。
【0194】
(変形例12)
上述した実施の形態では、リスクポテンシャルRPが4段階に設定される例を説明したが、本発明はこれに限定されない。5段階以上としてもよいし、3段階以下としてもよい。また、リスクポテンシャル「有」と「無」の2段階としてもよい。本明細書において、リスクポテンシャル「有」とはリスクポテンシャル「無」に比べて、リスクポテンシャルが高いということと同義である。
【0195】
(変形例13)
緊急回避の際、高度な運転操作により回避を試みるドライバが存在する。このため、ドライバの操作による動作と「横運動に連係した前後加速度制御」とが干渉を及ぼす可能性がある。たとえば、後輪駆動車両の場合、操舵操作と合わせて、アクセルを全開にして、駆動力により後輪横力を低減させ、急激にヨーイング運動を立ち上げて回避を行うかもしれないし、パーキングブレーキを操作して後輪をロックさせて、いわゆるスピンターン状態で回避を行うかもしれない。このような状況に対しては、アクセル操作量やパーキングブレーキの操作量に予め閾値を設定しておき、この閾値を超えた操作量が検出されたときには、正規化ゲインKをリスクポテンシャルに応じて決定された値に比べて小さくする、たとえば0に設定してもよい。これにより、ドライバからのアクセル操作量が、予め定めた閾値を超えて入力された場合に横運動に連係した前後加速度が0となり、ドライバの操作による動作との干渉を防止することができる。
【0196】
(変形例14)
上述した実施の形態では、車両の横運動に連動して制動力が作用するGVCが行われた場合、あるいは、プリクラッシュブレーキが作動した場合に発生する車両の制動力を、リスクポテンシャルに基づいて決定された配分比率に応じて、摩擦制動力と回生制動力に配分する例について説明したが、本発明はこれに限定されない。ドライバがブレーキペダル11を操作する前の段階において、リスクポテンシャルに基づいて摩擦制動力および回生制動力のそれぞれの配分比率を決定しておき、ドライバのブレーキペダル11の操作により発生させる車両の制動力を、リスクポテンシャルに基づいて決定された配分比率に応じて、摩擦制動力と回生制動力に配分することもできる。
【0197】
(変形例15)
上述した実施の形態では、リスクポテンシャルRP、配分比率R
FR、減速度G
x_DC_R、および、正規化ゲインKの特性がルックアップテーブル形式で予めADASコントローラ40の記憶装置に記憶されている例について説明したが、本発明はこれに限定されない。たとえば、ルックアップテーブル形式のデータに代えて、各特性を表す関数を予め記憶装置に記憶させておくこともできる。
【0198】
(変形例16)
上記実施の形態では、ADASコントローラ40,240が実行する制御プログラムはADASコントローラ40,240の記憶装置に格納されている例で説明したが、本発明はこれに限定されない。制御プログラムやそのインストールプログラムをCD−ROM904などの記録媒体で提供してもよい。さらに、それらのプログラムをインターネットなどに代表される通信回線などの伝送媒体を介して提供することも可能である。すなわち、プログラムを、伝送媒体を搬送する搬送波上の信号に変換して送信することも可能である。
【0199】
図31はその様子を示す図である。車載コントローラ900は上述したADASコントローラ40,240であり、通信回線901との接続機能を有する。コンピュータ902は上記プログラムを提供するサーバーコンピュータであり、ハードディスク903などの記録媒体にプログラムを格納する。通信回線901は、インターネット、パソコン通信などの通信回線、あるいは専用通信回線などである。コンピュータ902はハードディスク903を使用してプログラムを読み出し、通信回線901を介してプログラムを車載コントローラ900に送信する。すなわち、プログラムをデータ信号として搬送波を介して、通信回線901を介して送信する。このように、プログラムは、記録媒体やデータ信号(搬送波)などの種々の形態のコンピュータ読み込み可能なコンピュータプログラム製品として供給できる。
【0200】
本発明の特徴を損なわない限り、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の形態についても、本発明の範囲内に含まれる。