特許第6205061号(P6205061)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6205061
(24)【登録日】2017年9月8日
(45)【発行日】2017年9月27日
(54)【発明の名称】浸炭窒化軸受用鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20170914BHJP
   C22C 38/32 20060101ALI20170914BHJP
   F16C 33/62 20060101ALI20170914BHJP
   F16C 33/32 20060101ALI20170914BHJP
   F16C 33/64 20060101ALI20170914BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20170914BHJP
   C21D 1/76 20060101ALN20170914BHJP
   C21D 9/40 20060101ALN20170914BHJP
【FI】
   C22C38/00 301N
   C22C38/32
   F16C33/62
   F16C33/32
   F16C33/64
   !C21D1/06 A
   !C21D1/76 M
   !C21D9/40 A
【請求項の数】2
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-537754(P2016-537754)
(86)(22)【出願日】2015年7月29日
(86)【国際出願番号】JP2015003799
(87)【国際公開番号】WO2016017162
(87)【国際公開日】20160204
【審査請求日】2016年12月19日
(31)【優先権主張番号】特願2014-153944(P2014-153944)
(32)【優先日】2014年7月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】根石 豊
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 崇久
(72)【発明者】
【氏名】小山 達也
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 真吾
(72)【発明者】
【氏名】金谷 康平
(72)【発明者】
【氏名】佐田 隆
【審査官】 坂巻 佳世
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2010/082685(WO,A1)
【文献】 特開2011−080099(JP,A)
【文献】 特開2012−112024(JP,A)
【文献】 特開2011−080100(JP,A)
【文献】 特開2008−280583(JP,A)
【文献】 特開2005−042188(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/32
F16C 33/32
F16C 33/62
F16C 33/64
C21D 1/06
C21D 1/76
C21D 9/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.22〜0.45%、
Si:0.50%以下、
Mn:0.40〜1.50%、
P:0.015%以下、
S:0.005%以下、
Cr:0.30〜2.0%、
Mo:0.10〜0.35%、
V:0.20〜0.40%、
Al:0.005〜0.10%、
N:0.030%以下、
O:0.0015%以下、
B:0〜0.0050%、
Nb:0〜0.10%、及び、
Ti:0〜0.10%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有する、浸炭窒化軸受用鋼。
1.20<0.4Cr+0.4Mo+4.5V<2.60 ・・・(1)
2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+Mo+V>2.20 ・・・(2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載の浸炭窒化軸受用鋼であって、
前記化学組成は、
B:0.0003〜0.0050%、
Nb:0.005〜0.10%、及び、
Ti:0.005〜0.10%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、浸炭窒化軸受用鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受用鋼に関し、さらに詳しくは、浸炭窒化焼入れ及び焼戻しが施される浸炭窒化軸受用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
中型や大型の軸受部品用の鋼材としては、JIS G 4805(2008)に規定されたSUJ3、SUJ5に代表される軸受鋼と、JIS G 4053(2008)に規定されたSNCM815に代表されるSNCM系の肌焼き鋼とがある。これらの鋼を用いた軸受部品の製造工程の一例は次のとおりである。鋼材に対して熱間加工(たとえば熱間鍛造)、及び、切削加工を行い、所定の形状の中間品を製造する。中間品に対して、熱処理を実施して、所定の硬さ及びミクロ組織に調整する。熱処理は、軸受鋼の場合は焼入れ焼戻しであり、肌焼き鋼の場合は浸炭処理(浸炭焼入れ及び焼戻し)である。以上の工程により、軸受部品を製造する。
【0003】
軸受部品によっては、優れた耐摩耗性及び表面起点はく離寿命を要求される場合がある。この場合、軸受部品の製造工程での上記熱処理として、浸炭処理に代えて浸炭窒化処理(浸炭窒化焼入れ及び焼戻し)が実施される。浸炭窒化処理は、鋼材の表層の炭素濃度及び窒素濃度を高めて鋼材表層を硬くする。
【0004】
軸受部品又は軸受用鋼材に関する技術は、たとえば、特開平8−49057号公報(特許文献1)、特開2008−280583号公報(特許文献2)、特開平11−12684号公報(特許文献3)、及び、特開平6−287712号公報(特許文献4)に提案されている。
【0005】
特許文献1では、多量のVを含有する鋼材に対して浸炭処理又は浸炭窒化処理を実施して、表層にV炭化物を析出する。このV炭化物により、転がり軸受が優れた耐摩耗特性を有する、と記載されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1の鋼材中のV含有量は0.8〜2.0%と高い。そのため、浸炭窒化処理を実施した場合、粗大なV炭化物及びV炭窒化物が生成し、軸受部材の靭性が大幅に低下する場合がある。
【0007】
特許文献2に開示された軸受用肌焼鋼では、軸受寿命に対する水素脆化に着眼し、V系炭化物を微細分散させ、水素トラップサイトの効果を高める。これにより、面疲労強度が高まる、と記載されている。
【0008】
しかしながら、特許文献2で提案された技術では、鋼材に含まれるS量、P量に応じて、靭性が低下する場合がある。
【0009】
特許文献3で開示された冷間鍛造用肌焼鋼では、低コスト化を目的として、鋼の成分及びミクロ組織を調整して、球状化焼鈍処理の迅速化を図っている。
【0010】
しかしながら、特許文献3で提案された鋼材を用いて軸受を製造する場合、焼入れ性及び靱性が低い場合がある。
【0011】
特許文献4に開示された鋼部品は、浸炭窒化焼入れを実施することにより、表層に多量の残留オーステナイトを含む。これにより、表面起点はく離寿命が高まる、と記載されている。
【0012】
しかしながら、特許文献4の鋼材は高価なNiを0.5%以上含有する。そのため、中型及び大型の軸受部品に適用する場合、製造コストが高くなる。
【0013】
近年、衝撃環境下、貧潤滑環境下、及び、高面圧条件下での軸受部品の長寿命化の要求が高まっており、靭性、耐摩耗性、及び、表面起点はく離寿命に優れた技術の確立が望まれている。従来、靭性及び表面起点はく離寿命を高めるために、JIS G 4053(2008)のSCM、SNCMに代表される肌焼鋼や、Si、Mn、Mo、Vなどの合金元素を適正化した肌焼鋼に、浸炭、浸炭窒化を行い、残留オーステナイトを増加させる方法が採用されてきた。しかしながら、残留オーステナイトは軟質な組織であるため、残留オーステナイト量が増加すれば、耐摩耗性が低下する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平8−49057号公報
【特許文献2】特開2008−280583号公報
【特許文献3】特開平11−12684号公報
【特許文献4】特開平6−287712号公報
【発明の概要】
【0015】
本発明の目的は、Niを含有しなくても、焼入れ性に優れ、熱処理後の靭性、耐摩耗性及び表面起点はく離寿命に優れる、浸炭窒化軸受用鋼を提供することである。
【0016】
本実施形態の浸炭窒化軸受用鋼は、質量%で、C:0.22〜0.45%、Si:0.50%以下、Mn:0.40〜1.50%、P:0.015%以下、S:0.005%以下、Cr:0.30〜2.0%、Mo:0.10〜0.35%、V:0.20〜0.40%、Al:0.005〜0.10%、N:0.030%以下、O:0.0015%以下、B:0〜0.0050%、Nb:0〜0.10%、及び、Ti:0〜0.10%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有する。
1.20<0.4Cr+0.4Mo+4.5V<2.60 ・・・(1)
2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+Mo+V>2.20 ・・・(2)
【0017】
本実施形態の浸炭窒化軸受用鋼は、焼入れ性に優れ、熱処理後において、靭性、耐摩耗性及び表面起点はく離寿命に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、実施例1での焼入れ性評価試験、及び靱性評価試験用の試験片に対する焼入れ及び焼戻しのヒートパターンを示す図である。
図2図2は、ローラピッチング試験で用いる小ローラ試験片の中間品の側面図及び横断面図である。
図3図3は、図2の中間品から製造される、小ローラ試験片の側面図及び横断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明者らは鋼の成分、特に、C、Si、Cr、Mo、Vが浸炭窒化軸受用鋼の焼入れ性、靭性、耐摩耗性、及び、表面起点はく離寿命に及ぼす影響について調査及び検討した。その結果、本発明者らは次の知見を得た。
【0020】
[耐摩耗性及び表面起点はく離寿命について]
鋼材に対して浸炭窒化焼入れ、焼戻し等の表面硬化処理を実施して、鋼材の耐摩耗性を高めるためには、鋼材の表層にV炭化物及びV炭窒化物等の微細なV析出物が分散していることが有効である。しかしながら、耐摩耗性にはさらに、表面硬化処理後の鋼材の表面硬さ、及び、鋼材中の残留オーステナイト量も影響する。したがって、耐摩耗性を高めるためには、V系析出物を微細分散させつつ、表面硬さ及び残留オーステナイト量に影響するV量、Cr量及びMo量を調整することが有効である。
【0021】
Vは炭化物及び炭窒化物(以下、炭窒化物等という)を生成する。したがって、V含有量を高めれば、浸炭窒化軸受部材の耐摩耗性が高まる。しかしながら、V含有量が高すぎれば、鋼材の熱間延性が低下して、熱間加工時(熱間圧延時及び熱間鍛造時)に割れが発生しやすくなる。さらに、鋼材中に粗大な炭窒化物等が存在する場合、浸炭窒化処理後の軸受部品の芯部の靭性が低下する。さらに、軸受部品内に粗大な炭窒化物等が残存すれば、これらの粗大析出物が応力集中源となる。この場合、これらの粗大析出物が疲労起点となり、表面起点はく離寿命が低下する。
【0022】
V含有量を抑えつつ、V含有量、Cr含有量及びMo含有量のバランスを調整することにより、上述の粗大な炭窒化物等の生成が抑制される。以下、この点について詳述する。
【0023】
炭化物及び炭窒化物といった析出物を微細分散するためには、析出物の核(析出核)の生成サイトを増加させることが有効である。V、Cr及びMoを複合して含有すれば、析出核生成サイトは増加し、多数の炭窒化物等が析出する。しかしながら、これらの炭窒化物等が、熱間圧延及び熱間鍛造前の加熱工程で固溶せずに残存すれば、浸炭窒化処理において残存した炭窒化物等が粗大化する。この場合、表面起点はく離寿命が低下する。したがって、熱間圧延及び熱間鍛造前の加熱工程において、炭窒化物等を十分に固溶させる。
【0024】
炭窒化物等を固溶させるには、加熱温度を高めればよい。しかしながら、加熱温度を高めれば、ミクロ組織(結晶粒)が粗大化して鋼材の靭性が低下する。また、設備上の制約により、加熱温度の上限は制限される。したがって、靭性の低下を抑制しつつ、炭窒化物等を十分に固溶できるように、V量、Cr量及びMo量を調整することが有効である。
【0025】
以上の考察を前提として調査検討を行った結果、本発明者らは、浸炭窒化軸受用鋼の化学組成が次の式(1)を満たせば、表面起点はく離寿命の低下及び靭性の低下を抑制しつつ、耐摩耗性を高めることができることを知見した。
1.20<0.4Cr+0.4Mo+4.5V<2.60 ・・・(1)
ここで、式(1)中の各元素には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0026】
fn1=0.4Cr+0.4Mo+4.5Vと定義する。fn1が1.20以下となれば、析出核生成サイトが不足する。この場合、微細な炭窒化物等の析出が不十分となり、耐摩耗性が低下する。一方、fn1が2.60以上の場合、耐摩耗性は高まるものの、未固溶の粗大炭窒化物等が残存する。そのため、表面起点はく離寿命及び靭性が低下する。
【0027】
[焼入れ性について]
浸炭窒化処理を実施して製造される浸炭窒化軸受部品の素材である浸炭窒化軸受用鋼には、高い焼入れ性が要求される。浸炭窒化軸受用鋼の化学組成が式(2)を満たせば、軸受部品が大型であっても十分に焼入れ可能であり、高強度が得られる。
2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+Mo+V>2.20 ・・・(2)
ここで、式(2)中の各元素には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。fn2=2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+Mo+Vと定義する。fn2に規定される各元素はいずれも、鋼の焼入れ性を高める。したがって、fn2が2.20よりも高ければ、十分な焼入れ性が得られ、軸受部品において、耐摩耗性を高めるために必要な強度が得られる。
【0028】
[靭性について]
中型及び大型の軸受部品には、優れた耐摩耗性、表面起点はく離寿命とともに、優れた靱性(破壊靭性)が要求される。焼戻しマルテンサイトを主とする組織の鋼材の破壊靭性は、主に、焼戻しマルテンサイト組織の強度、下部組織に影響するC含有量、粒界脆化を引き起こすP含有量、及び、鋼材中の硫化物の量が影響する。
【0029】
したがって、中型及び大型の軸受部品に要求される強度及び破壊靭性を得るために、C含有量を0.22%以上とする。さらに、破壊靭性を高めるために、P含有量を0.015%以下に制限する。また、硫化物は表面起点はく離寿命を低下する。したがって、S含有量は0.005%以下に制限する。
【0030】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による浸炭窒化軸受用鋼は、質量%で、C:0.22〜0.45%、Si:0.50%以下、Mn:0.40〜1.50%、P:0.015%以下、S:0.005%以下、Cr:0.30〜2.0%、Mo:0.10〜0.35%、V:0.20〜0.40%、Al:0.005〜0.10%、N:0.030%以下、O:0.0015%以下、B:0〜0.0050%、Nb:0〜0.10%、及び、Ti:0〜0.10%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有する。
1.20<0.4Cr+0.4Mo+4.5V<2.60 ・・・(1)
2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+Mo+V>2.20 ・・・(2)
ここで、式(1)及び式(2)中の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0031】
上記浸炭窒化軸受用鋼の化学組成は、B:0.0003〜0.0050%、Nb:0.005〜0.10%、及び、Ti:0.005〜0.10%を含有してもよい。
【0032】
以下、本実施形態の浸炭窒化軸受用鋼について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0033】
[浸炭窒化軸受用鋼の化学組成]
浸炭窒化軸受用鋼の化学組成は、次の元素を含有する。
【0034】
C:0.22〜0.45%
炭素(C)は、鋼の焼入れ性を高める。そのため、浸炭窒化軸受用鋼に対して浸炭窒化焼入れ及び焼戻しを施してなる浸炭窒化軸受部品の芯部の強度及び靭性を高める。Cはさらに、浸炭窒化軸受部品の表面起点はく離寿命を高める。C含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、C含有量が高すぎれば、熱間加工後においても粗大な炭化物及び炭窒化物(炭窒化物等)が残存して、浸炭窒化軸受部品の靭性及び表面起点はく離寿命が低下する。したがって、C含有量は0.22〜0.45%である。C含有量の好ましい下限は0.24%であり、さらに好ましくは0.25%である。C含有量の好ましい上限は0.44%であり、さらに好ましくは0.42%である。
【0035】
Si:0.50%以下
シリコン(Si)は、不可避的に含有される。Siは鋼の強度を高める。Siはさらに、浸炭窒化軸受部品の表面起点はく離寿命を高める。しかしながら、Si含有量が高すぎれば、母材の硬さが高くなりすぎ、切削時の工具寿命が低下する。Si含有量が高すぎればさらに、鋼材の靭性及び熱間加工性が低下する。したがって、Si含有量は0.50%以下である。Si含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%である。Si含有量の好ましい上限は0.35%であり、冷間加工性を考慮すれば、さらに好ましい上限は0.10%である。
【0036】
Mn:0.40〜1.50%
マンガン(Mn)は、鋼の焼入れ性を高め、さらに、浸炭窒化軸受部品の表面起点はく離寿命を高める。Mn含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Mn含有量が高すぎれば、母材の硬さが高くなりすぎ、切削時の工具寿命が低下する。Mn含有量が高すぎればさらに、靭性が低下したり、焼入れ時に焼割れが発生したりする。したがって、Mn含有量は0.40〜1.50%である。Mn含有量の好ましい下限は0.45%であり、さらに好ましくは0.48%である。Mn含有量の好ましい上限は1.30%であり、さらに好ましくは1.00%以下であり、さらに好ましくは0.75%である。
【0037】
P:0.015%以下
リン(P)は、不純物である。Pは結晶粒界に偏析して浸炭窒化軸受部品の靭性を低下する。したがって、P含有量は0.0015%以下である。好ましいP含有量の上限は0.013%であり、さらに好ましくは0.010%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0038】
S:0.005%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは、鋼中で硫化物を生成して浸炭窒化軸受部品の表面起点はく離寿命を低下する。したがって、S含有量は0.005%以下である。表面起点はく離寿命をさらに高めるためのS含有量の好ましい上限は0.004%であり、さらに好ましくは0.003%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0039】
Cr:0.30〜2.0%
クロム(Cr)は、鋼の焼入性を高め、浸炭窒化軸受部品の強度を高める。Crはさらに、V及びMoと複合して含有されることにより、浸炭窒化処理(浸炭窒化焼入れ及び焼戻し)時に微細な析出物の生成を促進し、浸炭窒化軸受部品の耐摩耗性を高める。Cr含有量が低すぎればこれらの効果が得られない。一方、Cr含有量が高すぎれば、浸炭窒化処理時の浸炭性が低下する。したがって、Cr含有量は0.30〜2.0%である。Cr含有量の好ましい下限は0.50%であり、さらに好ましくは0.60%である。Cr含有量の好ましい上限は1.8%であり、さらに好ましくは1.7%である。
【0040】
Mo:0.10〜0.35%
モリブデン(Mo)は、Crと同様に、鋼の焼入性を高める。Moはさらに、V及びCrと複合して含有されることにより、浸炭窒化処理時に微細な析出物の生成を促進し、浸炭窒化軸受部品の耐摩耗性を高める。Mo含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Mo含有量が高すぎれば、鋼の熱間加工性及び切削性が低下し、さらに、製造コストが高くなる。したがって、Mo含有量は0.10〜0.35%である。Mo含有量の好ましい下限は0.20%であり、さらに好ましくは0.22%である。Mo含有量の好ましい上限は0.30%であり、さらに好ましくは0.28%である。
【0041】
V:0.20〜0.40%
バナジウム(V)は、Cr及びMoと同様に、鋼の焼入性を高める。Vはさらに、C及びNと結合して微細な析出物(炭窒化物等)を生成する。本実施形態では、V、Cr及びMoが複合して含有されることにより、浸炭窒化処理時に、微細な析出物が多数生成し、浸炭窒化軸受部品の耐摩耗性が高まる。V含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、V含有量が高すぎれば、熱間加工後においても未固溶の粗大な炭化物等が残存し、浸炭窒化軸受部品の靭性及び表面起点はく離寿命が低下する。さらに、鋼の熱間加工性及び切削性も低下する。したがって、V含有量は0.20〜0.40%である。V含有量の好ましい下限は0.21%であり、さらに好ましくは0.22%である。V含有量の好ましい上限は0.38%であり、さらに好ましくは0.36%である。
【0042】
Al:0.005〜0.10%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Al含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Al含有量が高すぎれば、粗大な酸化物系介在物が鋼中に残存して、浸炭窒化軸受部品の表面起点はく離寿命が低下する。したがって、Al含有量は0.005〜0.10%である。Al含有量の好ましい下限は0.008%であり、さらに好ましくは0.010%である。Al含有量の好ましい上限は0.050%であり、さらに好ましくは0.048%である。ここでいうAl含有量は、全Al(Total Al)の含有量を意味する。
【0043】
N:0.030%以下
窒素(N)は不純物である。Nは鋼中に固溶して鋼の熱間加工性を低下する。したがって、N含有量は0.030%以下である。N含有量の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%である。N含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0044】
O(酸素):0.0015%以下
酸素(O)は不純物である。Oは鋼中の他の元素と結合して酸化物を生成し、鋼材の強度を低下する。Oはさらに、酸化物を生成するとともに、MnSの粗大化を促進して、浸炭窒化軸受部品の表面起点はく離寿命を低下する。したがって、O含有量は0.0015%以下である。O含有量の好ましい上限は0.0013%であり、さらに好ましくは0.0012%である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0045】
本実施の形態による浸炭窒化軸受用鋼の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、浸炭窒化軸受用鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の浸炭窒化軸受用鋼に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0046】
本実施形態の浸炭窒化軸受用鋼の化学組成はさらに、B、Nb、Tiからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素であり、いずれも、浸炭窒化軸受の強度を高める。
【0047】
B:0〜0.0050%
ボロン(B)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Bは鋼の焼入れ性を高め、浸炭窒化軸受部品の強度を高める。Bはさらに、焼入れ時にオーステナイト粒界にP及びSが偏析するのを抑制する。しかしながら、B含有量が高すぎれば、B窒化物(BN)が生成して鋼の靭性が低下する。したがって、B含有量は0〜0.0050%である。B含有量の好ましい下限は0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。B含有量の好ましい上限は0.0030%であり、さらに好ましくは0.0025%である。
【0048】
Nb:0〜0.10%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、Nbは鋼中のC及びNと結合して炭化物、窒化物、及び、炭窒化物を生成する。これらの析出物は結晶粒を微細化し、析出強化によって浸炭窒化軸受部品の強度を高める。しかしながら、Nb含有量が高すぎれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Nb含有量は0〜0.10%である。Nb含有量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Nb含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0049】
Ti:0〜0.10%
チタン(Ti)は任意元素であり、含有されなくてもよい。含有される場合、TiはNbと同様に、炭化物、窒化物、及び、炭窒化物を生成して結晶粒を微細化し、浸炭窒化軸受部品の強度を高める。しかしながら、Ti含有量が高すぎれば、鋼の靭性が低下する。したがって、Ti含有量は0〜0.10%である。Ti含有量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.010%である。Ti含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0050】
[式(1)について]
本実施形態の浸炭窒化軸受用鋼の化学組成はさらに、式(1)を満たす。
1.20<0.4Cr+0.4Mo+4.5V<2.60 ・・・(1)
ここで、式(1)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0051】
Cr、Mo及びVは、析出核生成サイトを生成して、炭窒化物等の析出物の生成を促進する。fn1=0.4Cr+0.4Mo+4.5Vと定義する。fn1が1.20以下であれば、析出核生成サイトが不足するため、微細な炭窒化物等が生成しにくい。そのため、浸炭窒化軸受部品の耐摩耗性が低下する。一方、fn1が2.60以上であれば、析出核生成サイトは十分であり、耐摩耗性が高まるものの、熱間加工後においても未固溶の粗大な炭窒化物等が鋼中に残存する。この場合、浸炭窒化焼入れ及び焼戻し時において、粗大な炭窒化物等がさらに成長して粗大化する。そのため、浸炭窒化軸受部品の表面起点はく離寿命及び靭性が低下する。したがって、fn1の下限は1.20よりも高く、fn1の上限は2.60未満である。fn1の好ましい下限は1.22である。fn1の好ましい上限は2.58である。
【0052】
[式(2)について]
本実施形態の浸炭窒化軸受用鋼の化学組成はさらに、式(2)を満たす。
2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+Mo+V>2.20 ・・・(2)
ここで、式(2)中の元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0053】
fn2=2.7C+0.4Si+Mn+0.8Cr+Mo+Vと定義する。fn2内の各元素はいずれも、鋼の焼入れ性を高める。したがって、fn2は浸炭窒化軸受用鋼の焼入れ性及び浸炭窒化軸受部品の強度の指標である。
【0054】
fn2が2.20以下であれば、鋼の焼入れ性が低すぎる。この場合、浸炭窒化軸受部品の芯部の硬さが低下して、浸炭窒化軸受部品の強度が低下する。したがって、fn2は2.20を超える。この場合、浸炭窒化軸受部品の強度が十分に高まる。fn2の好ましい下限は2.70であり、さらに好ましくは3.20である。
【0055】
[製造方法]
上述の浸炭窒化軸受用鋼の製造方法、及び、その浸炭窒化軸受用鋼を用いて製造される浸炭窒化軸受部品の製造方法の一例を説明する。
【0056】
[浸炭窒化軸受用鋼材の製造方法]
上述の化学組成を有し、かつ、式(1)及び式(2)を満たす溶鋼を連続鋳造法により鋳片にする。造塊法により溶鋼をインゴット(鋼塊)にしてもよい。鋳片又はインゴットを熱間加工して、鋼片(ビレット)を製造する。たとえば、分塊圧延により鋳片又はインゴットを鋼片にする。鋼片又は鋳片を熱間加工して、棒鋼又は線材等の浸炭窒化軸受用鋼材を製造する。熱間加工は、熱間圧延でもよいし、熱間鍛造(熱間鍛伸等)でもよい。必要に応じて、熱間圧延前の鋼片又は鋳片に対して均熱拡散処理を実施してもよい。製造された浸炭窒化軸受用鋼材に対して、必要に応じて、焼準処理や球状化焼鈍処理を実施してもよい。以上の工程により、浸炭窒化軸受用鋼材が製造される。
【0057】
[浸炭窒化軸受部品の製造方法]
上述の浸炭窒化軸受用鋼を用いて、浸炭窒化軸受部品を製造する。初めに、浸炭窒化軸受用鋼材を所定の形状に加工して中間品を製造する。加工方法はたとえば、熱間鍛造や機械加工である。機械加工はたとえば、切削加工である。
【0058】
製造された中間品に対して、浸炭窒化焼入れ及び焼戻しを実施して、浸炭窒化軸受部品を製造する。浸炭窒化焼入れでは、浸炭性ガスにアンモニアガスを含有した雰囲気ガス中において、中間品をA3変態点以上に加熱保持した後、急冷する。焼戻し処理では、浸炭窒化焼入れされた中間品を100〜500℃の温度範囲内で所定時間保持する。
【0059】
浸炭窒化軸受部品の表面C濃度、表面N濃度及び表面硬さは、浸炭窒化焼入れ、焼戻しの条件を制御して調整される。具体的には、表面C濃度及び表面N濃度は、浸炭窒化焼入れ時の雰囲気中のカーボンポテンシャル及びアンモニア濃度等を制御することにより調整される。
【0060】
具体的には、表面C濃度は、主に、浸炭窒化焼入れのカーボンポテンシャル、加熱温度、及び、保持時間で調整される。カーボンポテンシャルが高く、加熱温度が高く、保持時間が長いほど、表面C濃度が高くなる。一方、カーボンポテンシャルが低く、加熱温度が低く、保持時間が短いほど、表面C濃度が低くなる。
【0061】
表面N濃度は、主に、浸炭窒化焼入れのアンモニア濃度、加熱温度、及び、保持時間で調整される。アンモニア濃度が高く、加熱温度が低く、保持時間が長いほど、表面N濃度が高くなる。一方、アンモニア濃度が低く、加熱温度が高く、保持時間が短いほど、表面N濃度が低くなる。なお、表面N濃度が増加すると、残留オーステナイトが多量に生成して、表面硬さが低下する。
【0062】
表面硬さは、表面C濃度及び表面N濃度と関連する。具体的には、表面C濃度及び表面N濃度が高くなれば、表面硬さも高くなる。一方、表面C濃度及び表面N濃度が低くなれば、表面硬さも低下する。しかしながら、表面N濃度が高すぎれば、残留オーステナイトに起因して表面硬さが低下する。
【0063】
浸炭窒化焼入れによって上昇した表面硬さは、焼戻しにより低下できる。焼戻し温度を高く、焼戻し温度での保持時間を長くすれば、表面硬さは低下する。焼戻し温度を低く、焼戻し温度での保持時間を短くすれば、表面硬さは高く維持できる。
【0064】
浸炭窒化焼入れの好ましい条件は次のとおりである。
【0065】
雰囲気中のカーボンポテンシャルCP:0.7〜1.4
雰囲気中のカーボンポテンシャルCPが低すぎれば、浸炭窒化軸受部品の表面のC濃度が0.7%未満となる。この場合、十分な量の炭窒化物を分散させることができず、耐摩耗性が低下する。一方、カーボンポテンシャルCPが高すぎれば、表面のC濃度が1.2%を超える。この場合、粗大な炭窒化物等が残存するため、表面起点はく離寿命が低下する。したがって、カーボンポテンシャルCPは0.7〜1.4である。
【0066】
雰囲気中の浸炭変成ガス流量に対するアンモニア濃度:1〜6%
雰囲気中の浸炭変成ガス流量に対するアンモニア濃度が低すぎれば、浸炭窒化軸受部品の表面のN濃度が0.15%未満となる。この場合、十分な量の炭窒化物を分散させることができず、耐摩耗性が低下する。一方、アンモニア濃度が高すぎれば、表面N濃度が0.6%を超える。この場合、粗大な炭窒化物が残存するため、表面起点はく離寿命が低下する。したがって、アンモニア濃度は1〜6%である。
【0067】
浸炭窒化時の保持温度(浸炭窒化温度):830〜930℃
浸炭窒化温度での保持時間:3時間以上
浸炭窒化温度が低すぎれば、C及びNの拡散速度が遅くなる。この場合、所定の熱処理性状を得るために必要な処理時間が長くなり、生産コストが増大する。一方、浸炭窒化温度が高すぎれば、雰囲気中のアンモニアが分解し、鋼材に侵入するN量が減少するとともに、侵入したC及びNの鋼材マトリクス中への固溶量が増加する。この場合、十分な量の炭窒化物を分散させることができず、耐摩耗性が低下する。したがって、浸炭窒化温度は830〜930℃である。
【0068】
浸炭窒化温度での保持時間は、鋼表面に十分なC濃度及びN濃度を確保するために、3時間以上とする。なお、保持時間が長いほどC及びNが鋼中に拡散する。したがって、保持時間は必要に応じて長くしてもよい。
【0069】
焼入れ温度:830〜930℃
焼入れ温度での保持時間:1時間以内
焼入れ温度は低すぎれば、鋼中に十分なCを固溶させることができず、鋼の硬さが低下する。一方、焼入れ温度が高すぎれば、結晶粒が粗大化し、結晶粒界に沿った粗大な炭窒化物が析出しやすくなる。この場合、転がり軸受としての機能が低下する。したがって、焼入れ温度は830〜930℃である。
【0070】
焼入れ温度での保持時間は、中間品全体が所定の焼入れ温度になるために必要な時間以上であればよい。しかしながら、焼入れ温度での保持時間が1時間を超えれば、結晶粒が粗大化する。したがって、焼入れ温度での保持時間は1時間以内である。
【0071】
焼戻しの好ましい条件は次のとおりである。
【0072】
焼戻し温度:150〜200℃
焼戻し温度での保持時間:0.5〜4時間
焼戻し温度が低すぎれば、十分な靭性が得られない。一方、焼戻し温度が高すぎれば、表面硬さが低下し、浸炭窒化軸受部品の耐摩耗性が低下する。したがって、焼戻し温度は150〜200℃である。
【0073】
焼戻し温度での保持時間が短すぎれば、十分な靭性が得られない。一方、保持時間が長すぎれば、表面硬さが低下し、浸炭窒化軸受部品の耐摩耗性が低下する。したがって、焼戻し温度での保持時間は0.5〜4時間である。
【0074】
[浸炭窒化軸受部品の表面におけるC濃度、N濃度及びロックウェルC硬さ]
以上の製造工程で製造される浸炭窒化軸受部品の表面でのC濃度、N濃度及びロックウェルC硬さHRCは次のとおりである。
【0075】
表面のC濃度:質量%で0.7〜1.2%
上述の条件で浸炭窒化焼入れ及び焼戻しして製造された浸炭窒化軸受部品の表面のC濃度は0.7〜1.2%である。表面のC濃度が低すぎれば、表面硬さが低くなりすぎ、耐摩耗性が低下する。一方、表面のC濃度が高すぎれば、粗大な炭窒化物等が残存するため、表面起点はく離寿命が低下する。表面のC濃度が0.7〜1.2%であれば、耐摩耗性及び表面起点はく離寿命に優れる。表面のC濃度の好ましい下限は0.75%であり、さらに好ましくは0.80%である。表面のC濃度の好ましい上限は1.1%であり、さらに好ましくは1.05%であり、より好ましくは1.00%である。
【0076】
表面のN濃度:質量%で0.15〜0.6%
浸炭窒化焼入れ及び焼戻しにより製造された浸炭窒化軸受部品の表面のN濃度は0.15〜0.6%である。表面のN濃度が低すぎれば、浸炭窒化焼入れ後の残留オーステナイト量が少なすぎ、さらに微細な炭窒化物の生成が抑制されるため、耐摩耗性が低下する。一方、表面のN濃度が高すぎれば、残留オーステナイトが過剰に多く生成される。この場合、浸炭窒化軸受部品の表面の硬さが低下してしまい、強度及び表面起点はく離寿命がかえって低下する。表面のN濃度が0.15〜0.6%であれば、耐摩耗性及び表面起点はく離寿命に優れる。表面のN濃度の好ましい下限は0.18%であり、さらに好ましくは0.20%である。表面のN濃度の好ましい上限は0.58%であり、さらに好ましくは0.56%であり、さらに好ましくは0.54%である。
【0077】
表面のC濃度及びN濃度は次の方法で測定される。電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いて、浸炭軸受部品の任意の表面位置において、表面から100μm深さまで、1.0μmピッチでC濃度及びN濃度を測定する。測定されたC濃度の平均を表面C濃度(質量%)と定義する。同様に、測定されたN濃度の平均を表面N濃度(質量%)と定義する。
【0078】
表面のロックウェルC硬さHRC:58〜65
浸炭窒化軸受部品の表面のロックウェルC硬さHRCは58〜65である。表面のロックウェルC硬さHRCが58未満であれば、耐摩耗性が低下し、さらに、表面起点はく離寿命も低下する。一方、表面のロックウェルC硬さが65を超えれば、微小な亀裂が発生した場合の進展感受性が高まり、表面起点はく離寿命がかえって低下する。表面のロックウェルC硬さは58〜65であれば、優れた耐摩耗性及び優れた表面起点はく離寿命が得られる。表面のロックウェルC硬さの好ましい下限は58.5であり、さらに好ましくは59.0である。表面のロックウェルC硬さの好ましい上限は64.5であり、さらに好ましくは64.3である。
【0079】
浸炭窒化軸受部品のロックウェルC硬さHRCは次の方法で測定される。浸炭窒化軸受部品の表面のうち、任意の4つの測定位置を特定する。特定された4つの測定位置において、JIS Z2245(2011)に準拠して、Cスケールを用いたロックウェル硬さ試験を実施する。得られたロックウェルC硬さHRCの平均を、表面でのロックウェルC硬さHRCと定義する。
【0080】
以上の製造工程により、上述の浸炭窒化軸受用鋼及び浸炭窒化軸受部品が製造される。以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。
【実施例】
【0081】
表1に示す種々の化学組成を有する溶鋼を転炉を用いて製造した。
【0082】
【表1】
【0083】
表1中の空欄は、元素が意図的に含有されなかった(つまり、含有量は不純物レベルであって、実質0%である)ことを示す。溶鋼を連続鋳造してブルームを製造した。ブルームを分塊圧延して、160mm×160mmの矩形横断面を有するビレットを製造した。ビレットを熱間圧延して、直径60mmの棒鋼を製造した。
【0084】
直径60mmの棒鋼の一部を切断した。切断部分に対して熱間鍛伸を実施して、直径30mmの棒鋼を製造した。製造された直径30mmの棒鋼に対して焼準処理を実施した。具体的には、直径30mmの棒鋼を、920℃で1時間保持した後、空冷した。
【0085】
直径60mmの棒鋼、及び、焼準処理後の直径30mmの棒鋼に対して、球状化焼鈍処理を実施した。具体的には、各棒鋼に対して、760℃で4時間保持し、その後、15℃/時間で600℃まで冷却し、その後、常温まで空冷した。
【0086】
[評価試験]
球状化焼鈍処理後の棒鋼を浸炭窒化軸受用の鋼材とし、各鋼材の焼入れ性、靭性、耐摩耗性、及び、表面起点はく離寿命を評価した。
【0087】
[焼入れ性評価試験]
焼入れ性評価試験を次の方法で実施した。直径30mmの棒鋼から、フランジ付きの直径25mm、長さ100mmのジョミニー試験片を機械加工により作製した。各試験番号の試験片に対して、JIS G0561(2011)に準拠したジョミニー試験を実施した。試験後、水冷端から11mm位置での硬さJ11で焼入れ性を評価した。大型の浸炭窒化軸受部品に適用される軸受用鋼材では、硬さJ11がロックウェルC硬さHRCで32以上であることが要求される。したがって、焼入れ性試験では、硬さJ11が32以上の場合に焼入れ性が高いと判断し(表2中で「○」印で表記)、硬さJ11が32未満の場合に焼入れ性が低いと判断した(表2中で「×」印で表記)。
【0088】
【表2】
【0089】
[靭性評価試験]
靭性評価試験を次の方法で実施した。各試験番号の直径30mmの棒鋼に対して、図1に示すヒートパターンの焼入れ及び焼戻しを実施した。図1を参照して、焼入れ処理では、焼入れ温度は900℃とし、保持時間を6時間とした。保持時間経過後の棒鋼を油冷した(図中「OQ」と記載)。焼戻し処理では、焼戻し温度を180℃とし、保持時間を2時間とした。保持時間経過後の棒鋼を空冷した(図中「AC」と記載)。
【0090】
上記焼入れ及び焼戻しを実施した棒鋼から、Vノッチを有するシャルピー試験片を採取した。シャルピー試験片を用いて、JIS Z2242(2009)に準拠したシャルピー試験を室温で行った。試験により得られた吸収エネルギーを、切欠き部の原断面積(試験前の試験片の切欠き部の断面積)で除して、衝撃値vE20(J/cm2)を求めた。
【0091】
さらに、上記焼入れ及び焼戻しを実施した棒鋼から、棒状4号引張試験片を採取した。この試験片を用いて、JIS Z2241(2011)に準拠した引張試験を大気中、室温で行い、0.2%耐力σy(MPa)を求めた。
【0092】
得られたシャルピー衝撃値vE20(J/cm2)と0.2%耐力σy(MPa)とを用いて、靭性の評価指標Indexを次の式で求めた。
Index=σy×(vE200.1
【0093】
大型の浸炭窒化軸受部品に軸受用鋼材を適用するためには、上記Indexが950以上であることが要求される。したがって、靭性評価試験では、Indexが950以上である場合、靭性に優れると判断した(表2中で「○」印で表記)。一方、Indexが950未満である場合、靭性が低いと判断した(表2中で「×」印で表記)。
【0094】
[耐摩耗性評価試験]
浸炭窒化軸受部品の耐摩耗性評価試験を次の方法で実施した。直径30mmの棒鋼から図2に示す小ローラ試験片の中間品を作製した。図2は、小ローラ試験片の中間品の一部断面を示す側面図及び横断面図である。図2中の数値は、中間品の各部位の寸法(mm)を示す。
【0095】
中間品に対して浸炭窒化焼入れ及び焼戻しを実施して、浸炭窒化軸受部品を模擬した小ローラ試験片を作製した。このとき、小ローラ試験片の表面C濃度が0.80%、表面N濃度が0.30%、表面硬さがロックウェルC硬さHRCで60となるように、浸炭窒化焼入れ及び焼戻しの条件を調整した。具体的には、浸炭窒化焼入れ処理は、表3に示すカーボンポテンシャルCP、雰囲気中の浸炭変成ガスに対するアンモニア濃度、加熱温度(本実施例では加熱温度=浸炭窒化処理温度=焼入れ温度)及び保持時間(=浸炭窒化処理温度での保持時間+焼入れ温度での保持時間)で実施し、冷却方法は油冷とした。焼戻し処理は、表2に示す焼戻し温度及び保持時間で実施し、保持時間経過後は空冷した。浸炭窒化焼入れ及び焼戻し後の中間品に対して、仕上げ加工(切削加工)を実施して、図3に示す形状の小ローラ試験片とした。
【0096】
【表3】
【0097】
耐摩耗性評価試験として、小ローラ試験片を用いてローラピッチング試験(2円筒転がり疲労試験)を実施した。ローラピッチング試験において、小ローラ試験片とともに、直径150mmの円板状の大ローラ試験片を準備した。大ローラ試験片の素材は、JIS G4805(2008)に規定された高炭素クロム軸受鋼材SUJ2に相当した。大ローラ試験片の円周面を小ローラ試験片の直径26.0mmの部分(以下、試験部という)の表面に接触させ、ローラピッチング試験を実施した。
【0098】
ローラピッチング試験の条件は次のとおりであった。潤滑環境下での小ローラ試験片と大ローラ試験片との面圧を3.0GPaとした。小ローラ試験片の回転数を1500rpmとし、滑り率を40%とした。繰り返し数2×107回まで試験を実施した。
【0099】
試験後、小ローラ試験片の試験部の摺動部分の軸方向の粗さを測定した。具体的には、摺動部において、円周方向に対して90°ピッチで4箇所の粗さプロファイルを測定した。上記4箇所での粗さプロファイルの最大深さを摩耗深さと定義し、これら4箇所の摩耗深さの平均を、平均摩耗深さ(μm)と定義した。平均摩耗深さが10μm以下であれば、耐摩耗性に優れると判断した(表2において「○」印で表記)。一方、平均摩耗深さが10μmを超えた場合、耐摩耗性が低いと判断した(表2において「×」印で表記)。
【0100】
[表面硬さ]
試験後の小ローラ試験片の試験部の表面のうち、摺動部分以外の領域(以下、未摺動部分という)において、円周方向に対して90°ピッチで4箇所の測定位置を特定した。特定された4箇所の測定位置において、JIS Z2245(2011)に準拠して、Cスケールを用いたロックウェル硬さ試験を実施した。各測定箇所のロックウェルC硬さHRCの平均を、表面でのロックウェルC硬さHRCと定義した。
【0101】
[表面C濃度及び表面N濃度]
小ローラ試験片の試験部の未摺動部分を軸方向に対して垂直に切断した。未摺動部を含む切断面を含む試験片を採取し、切断面に対して埋め込み研磨仕上げを行った。その後、電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いて、未摺動部分の表面から10μm深さまで、0.1μmピッチでC濃度及びN濃度を測定した。測定された値の平均値を、表面C濃度(質量%)及び表面N濃度(質量%)と定義した。
【0102】
[表面起点はく離寿命評価試験]
表面起点はく離寿命評価試験を次の方法で実施した。直径60mmの棒鋼から、直径60mm、厚さ5.5mmの円板状の粗試験片をスライスして採取した。粗試験片の厚さ(5.5mm)は、棒鋼の長手方向に相当した。
【0103】
粗試験片に対して、浸炭窒化焼入れ及び焼戻しを実施して、浸炭窒化軸受部品を模擬した試験片を製造した。このとき、各試験片の表面C濃度が0.80%、表面N濃度が0.30%、及び、表面ロックウェルC硬さHRCが60となるように、上記表3に示す条件で浸炭窒化焼入れ及び焼戻しを実施した。得られた試験片の表面をラッピング加工して、転動疲労試験片とした。
【0104】
スラスト型の転動疲労試験機を用いて、転動疲労試験を実施した。試験時における最大接触面圧を5.2GPaとし、繰り返し速度を1800cpm(cycle per minute)とした。試験時に使用した潤滑油には、異物として、ビッカース硬さで750(Hv)、100〜180μmの粒度に分級した高速度鋼ガスアトマイズ粉を混入した。ガスアトマイズ粉の混入量は潤滑油に対して0.02%とした。試験時に使用する鋼球として、JIS G 4805(2008)に規定されたSUJ2の調質材を用いた。
【0105】
転動疲労試験結果をワイブル確率紙上にプロットし、10%破損確率を示すL10寿命を「表面起点はく離寿命」と定義した。異物混入という過酷な使用環境下(本試験)において、L10寿命が7.0×105以上であれば、表面起点はく離寿命に優れると判断した(表2中で「○」印で表記)。一方、L10寿命が7.0×105未満であれば、表面起点はく離寿命が短いと判断した(表2中で「×」印で表記)。
【0106】
[試験結果]
表2に試験結果を示す。表2を参照して、試験番号1〜7の軸受用鋼材の化学組成は適切であり、式(1)及び式(2)を満たした。そのため、これらの試験番号の鋼材の焼入れ性は高く、焼入れ及び焼戻し後の靭性も高かった。
【0107】
さらに、試験番号1〜7の軸受用鋼材を浸炭窒化焼入れ及び焼戻しして製造された浸炭窒化軸受部品の化学組成は適切であり、式(1)及び式(2)を満たし、かつ、いずれも表面C濃度が0.7〜1.2%であり、表面N濃度が0.15〜0.6%であり、表面硬さHRCが58〜65内であった。そのため、優れた耐摩耗性及び優れた表面起点はく離寿命を示した。
【0108】
一方、試験番号8のP含有量は高すぎた。そのため、焼入れ及び焼戻し後の靭性が低かった。
【0109】
試験番号9のS含有量は高すぎた。そのため、L10寿命が7.0×105未満であり、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命が低かった。粗大な硫化物が生成されたためと考えられる。
【0110】
試験番号10のfn1は低すぎた。そのため、平均摩耗深さが10μmを超え、浸炭軸受部品の耐摩耗性が低かった。
【0111】
試験番号11では、Vが含有されなかった。そのため、平均摩耗深さが10μmを超え、浸炭軸受部品の耐摩耗性が低かった。
【0112】
試験番号12では、Mo含有量は低すぎ、V含有量が高すぎた結果、fn1が高すぎた。その結果、靭性及び表面起点はく離寿命が低かった。
【0113】
試験番号13では、V含有量が高すぎた結果、fn1が高すぎた。その結果、靭性及び表面起点はく離寿命が低かった。
【0114】
試験番号14では、fn2が低すぎた。その結果、硬さJ11が32未満となり、焼入れ性が低かった。
【0115】
試験番号15では、Cr含有量が低すぎ、Mo含有量が低すぎた。その結果、平均摩耗深さが10μmを超え、浸炭軸受部品の耐摩耗性が低かった。
【0116】
試験番号16では、fn1が高すぎた。その結果、Indexが950未満となり、靭性が低かった。さらに、L10寿命が7.0×105未満であり、浸炭軸受部品の表面起点はく離寿命が低かった。
【0117】
試験番号17では、fn2が低すぎた。その結果、硬さJ11が32未満となり、焼入れ性が低かった。
【0118】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1
図2
図3