(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
多孔質ポリマーは、各種物品の構成材料、あるいは様々な機能を持った機能性材料として、様々な工業用途や医療用途等の種々の分野で実用化されている。そして、用途に適した形状や構造にすべく、製造工程が工夫されているものの、いまだ、その制御性は不十分なケースもあり、形状や構造をさらに容易に且つ広範囲に制御可能な製造方法が求められている。
【0003】
また、各種触媒等の活性物質の担体として、種々の中空ないし多孔質構造の膜状、マイクロカプセル状の成形体が提案されている。
例えば、スピノーダル分離模様の連続多孔構造を有する膜が提案されている(特許文献1参照)。また、各種触媒の担持体、電子写真のトナー、表示機器などの電子材料、クロマトグラフィー、吸着材などとして、多孔質球状粒子が知られている(特許文献2参照)。また、微生物、細菌、酵素に代表される活性物質の固定化担体として、中空および多孔質のカプセル壁を有し、カプセル壁の多孔質が、カプセルの内部の中空と微細孔を通してつながっている構造のマイクロカプセルが提案されている(特許文献3参照)。また、カプセル樹脂壁材の緻密性を制御することにより、所望の徐放特性を有するマイクロカプセルが提案されている(特許文献4参照)。さらに、活性物質のバインダーを多孔構造とする方法として、無機塩や澱粉等の有機物を造孔剤として用いる方法が提案されている(特許文献5参照)。
【0004】
マイクロカプセルは、固体状、液体状および気体状の内包物を薄い皮膜の壁材により被膜した微小な容器であり、不安定な物質の保護、反応性物質の隔離、内包物の拡散性の制御、活性物質の内包などの機能を有する。これらの機能を有効に発現させるためには、カプセル外の物質が、圧損を生じることなく分子拡散が容易に行われることによって、内包される活性物質と効率的に接触できることが必要である。
しかし、従来のマイクロカプセルは中空部と、それを覆う外殻とからなり、カプセル内部は中空であり活性物質を内部に担持するスペースおよび内部表面積は限られている。
【0005】
また、大粒径のマイクロカプセルの場合、強度を維持するためには外殻の厚さを大きくする必要があるが、活性物質とカプセル外物質との接触は、外殻に存在する数nm〜数十μmの細孔によってのみなされるため、外殻の厚さを大きくした場合には、かかる細孔による圧損が大きくなり、効率的に接触を行うことができないという欠点がある。
【0006】
また、活性物質は一般に微細粒子であるため、充填塔として使用する場合、圧損が大きく実用的でないという問題がある。これを解決するため、バインダー等で活性物質を固定し、造粒することが一般に行われているが、この方法ではバインダーが活性物質表面を覆い、機能を発揮するのに有効な表面積が確保できない。そのため、バインダーに無機塩や澱粉等の有機物を造孔剤として混入させ、成形加工後にこれらを水洗等で除去する方法が提案されているが、外部と連通孔する孔が得られず、また製造コストも高くなるという欠点がある。
【0007】
また、活性物質が凝集構造を持つ場合は、直接外部雰囲気にさらされている箇所では、外部からの摩擦等で容易に活性物質の一部が脱落、剥離してしまうという問題がある。
また、生理的活性が強い活性物質の場合、直接人体に接触したり吸引されたりするのを防ぐ必要がある。この場合、ポリマー等の薄膜で活性物質の表面を覆う必要があるが、被覆するポリマーに連通孔がないと活性物質が有効に働かないという問題がある。
【0008】
さらに、これらの問題点を克服するための成形体の製造方法が提案されている(特許文献6)。すなわち、活性物質とカプセル外の物質とが、圧損などの影響を大きく受けることなく効率的に接触でき、活性物質の表面がポリマーにより被覆されることなく、その表面積を最大に利用することができ、活性物質が外部からの摩擦等で容易に脱落、剥離することがなく、活性物質が直接人体に接触したり吸引されたりすることのない成形体を提供することを目的としたものである。
【0009】
具体的には、第一の方法は、ドープを凝固液中で凝固させることからなるポリマー(A)中に形成された複数のセルを有する成形体であって、各セル中には活性物質が内包されている成形体の製造方法であり、(1)ドープは、ポリマー(A)、溶媒(B)およびポリマー(C)で被覆された活性物質を含有し、(2)凝固液は、ポリマー(A)の貧溶媒である溶媒(D)を含有し、(3)ポリマー(C)は、ポリマー(A)と非相溶であり、(4)溶媒(B)は、ポリマー(A)の良溶媒であり、かつ、ポリマー(C)の貧溶媒であることを特徴とするものである。そして、ポリマー(A)を凝固後、ポリマー(C)は、溶媒(E)により溶解除去される。
【0010】
また、第二の方法は、ドープを凝固液中で凝固させることからなるポリマー(A)中に形成された複数のセルを有する成形体であって、各セル中には活性物質が内包されている成形体の製造方法であり、ポリマー(A)、その良溶媒である溶媒(B)および活性物質を含有し、(2)凝固液は、ポリマー(A)の貧溶媒である溶媒(D)を含有し、(3)ドープ中の、ポリマー(A)が疎水性ポリマーであるとき活性物質は親水性であり、ポリマー(A)が親水性であるとき活性物質は疎水性であることを特徴とするものである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明に係る成形体の製造方法について、以下に説明する。以下において開示する物質やそれらの量等は、成形体の製造方法の良好な例であり、本発明はこれらに限定されるものではない。
また、成形体に関しては、多孔質のポリマー成形体、および多孔質ポリマー中に形成される複数のセル内に上記活性物質が内包される成形体が、本発明により得られる。以下においては、特に後者の製造方法を詳述する。前者の製造方法に関しては、以下の説明において、ドープに活性物質を含有させない点を除いて同様である。
【0021】
<成形体>
(ポリマー(A))
本発明の成形体は、ポリマー(A)により形成される。ポリマー(A)として疎水性ポリマーおよび親水性ポリマーが挙げられる。疎水性ポリマーとして、アラミドポリマー、アクリルポリマー、ビニルアルコールポリマー、セルロースポリマーなどが挙げられる。親水性ポリマーとして、デキストリン、水溶性澱粉、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、水溶性酢酸セルロース、キトサンなどが挙げられる。
【0022】
アラミドポリマーは、アミド結合の85モル%以上が芳香族ジアミンおよび芳香族ジカルボン酸成分よりなるポリマーが好ましい。その具体例としては、ポリパラフェニレンテレフタルアミド、ポリメタフェニレンテレフタルアミド、ポリメタフェニレンイソフタルアミド、ポリパラフェニレンイソフタルアミドを挙げることができる。アクリルポリマーは、85モル%以上のアクリロニトリル成分を含むポリマーが好ましい。共重合成分として、酢酸ビニル、アクリル酸メチル、メタクリ酸メチル、および硫化スチレンスルホン酸塩からなる群から選ばれた少なくとも一種の成分が挙げられる。
【0023】
(細孔)
本発明の成形体は、ポリマー自体に細孔を有するポリマー(A)により形成されている。細孔は他の細孔とポリマー(A)中で連通しており、細孔同士が連結した網目構造を形成している。細孔の孔径は1nm〜10μm、好ましくは10nm〜500nmの範囲にある。細孔は、ドープをポリマー(A)の貧溶媒である溶媒(D)を含有する凝固液中で凝固させることにより相分離現象により形成される。細孔は、走査型電子顕微鏡写真、透過型電子顕微鏡写真により観察することができる。
【0024】
(セル)
本発明の成形体中には複数のセルが形成される。セル中には活性物質が内包されている。セルの形状は一定ではない。大きさは活性物質を含むことが出来る大きさである。本発明の成形体においては、各セルの内壁と活性物質の大部分とは、実質的に接触していない。
【0025】
(活性物質)
活性物質は、金属酸化物、金属、無機物、鉱物、合成樹脂および生物からなる群から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。金属酸化物として、酸化チタン、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化亜鉛、シリカなどが挙げられる。金属としては、金、白金、銀、鉄、アルミニウム、ステンレス、銅、ニッケル、マンガンなどが挙げられる。無機物として、活性炭、ハイドロタルサイト、石膏、セメントなどが挙げられる。鉱物として雲母などが挙げられる。合成樹脂として、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリフェニレンスルサイドなどが挙げられる。生物として真菌(酵母など)や細菌(大腸菌など)などの微生物、遊離細胞(赤血球、白血球など)などが挙げられる。
【0026】
また、シリカ、活性炭などを担体として用い、銀などの金属を担持した複合活性物質も好ましい。この場合、銀の粒径は、好ましくは1nm〜100μm、より好ましくは1nm〜100nmである。さらには、同一の成形体中に2種以上の活性物質を担持させることも好ましい。活性物質は、粒子状のものが好ましい。粒子の粒径は、好ましくは1nm〜500μm、より好ましくは1nm〜100μm、さらにより好ましくは1nm〜50μmである。
【0027】
なお、活性物質が、微生物や微粉といった取扱い困難な物質からなる場合、活性物質をゲルで包埋後、後述するドープに添加するようにすればハンドリングが容易となる。
なお、包埋ゲルは、必要に応じて、成形後に水などの溶剤で除去することもできる。
【0028】
(成形体の形状)
本発明の成形体は、球状、楕円状のような塊状のもの、紐状、パイプ状、中空糸状のような繊維状のもの、また膜状のものが好ましい。
【0029】
<成形体の製造方法>
本発明の成形体の製造方法は、ドープを、凝固液を用いた凝固工程において凝固させることにより多孔質ポリマーを形成する成形体の製造方法であって、
(1)ドープは、ポリマー(A)と、ポリマー(A)を溶解する溶媒(B)と、凝固工程においてポリマー(A)の凝固状態を制御する凝固制御剤(C)を含有し、
(2)凝固液は、上記ポリマーの貧溶媒である溶媒(D)を含有することを特徴とするものである。
また、
(1A)ドープは、活性物質をさらに含有し、
(3)多孔質ポリマー中に形成される複数のセル内に上記活性物質が内包されることを特徴とするものである。
【0030】
(ドープ)
ポリマー(A)、活性物質は成形体の項で説明した通りである。ドープ中に2種以上の活性物質を含有させることもできる。
溶媒(B)は、ポリマー(A)の良溶媒である。良溶媒とは一般に言われるように、ポリマーに対し大きな溶解能を有する溶媒である。
【0031】
凝固制御剤(C)は、凝固工程においてポリマー(A)の凝固状態を制御する役割を持つ。この凝固制御剤(C)は、ポリマー(A)のゲル化を促進するものであり、特に、ポリマー(A)を溶解する溶媒(B)と相溶性を有し、ポリマー(A)と分子間結合を形成することによって、ドープと凝固液からなる系の凝固性を制御するものである。具体的には、(ポリマー(A))−(ポリマーを溶解する溶媒(B))−(凝固剤)の三成分系の相図のゲル化相や固相領域を変化させて、ドープと凝固液からなる系の凝固性を制御するものであり、本発明においては、主に凝固価を大きくする目的で用いる。
なお、上記において、分子間結合とは物理的結合であり、ファンデルワールス力、イオン結合、水素結合および静電引力に代表される電荷や双極子により発生する電気的親和性による引力、さらには疎水性相互作用などの、いわゆる非共有結合による結合を意味し、共有結合に代表される化学的結合は含まない。特に、分子間結合としてファンデルワールス力によりポリマー(A)と結合する場合に、凝固工程におけるポリマー(A)の凝固状態の制御性は顕著となる。
ポリマー(A)がポリメタフェニレンイソフタルアミドであるとき、溶媒は水が好ましい。またポリマー(A)がポリ乳酸であるとき、溶媒はミネラルオイルが好ましい。凝固制御剤(C)は好ましくは50〜100質量%、より好ましくは85〜100質量%の溶媒を含有する。他の成分は、N−メチル−2−ピロリドンやジメチルスルホオキサドである。凝固制御剤(C)は、界面活性剤を含有していても良い。界面活性剤としてアニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤および非イオン界面活性剤が挙げられる。アニオン性界面活性剤として、高級脂肪酸塩、アルキル硫酸塩、アルケニル硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、α−オレフィンスルホン酸塩等が挙げられる。カチオン界面活性剤としては、炭素数12〜16の直鎖モノアルキル第4級アンモニウム塩、炭素数20〜28の分岐アルキル基を有する第4級アンモニウム塩等が挙げられる。両性界面活性剤としては、アルキル基及びアシル基が8〜18個の炭素原子を有するアルキルアミンオキシド、カルボベタイン、アミドベタイン、スルホベタイン、アミドスルホベタイン等が挙げられる。非イオン性界面活性剤としては、アルキレンオキシド、好ましくはエチレンオキシド(EO)等を挙げることができる。界面活性剤の含有量は、溶媒100質量部に対し、好ましくは0.05〜30質量部、さらに好ましくは5〜10質量部である。
なお、凝固制御剤(C)は、後述する凝固液と同じものであっても良い。特に、回収プロセスを考慮した場合、凝固液と同じものとすることで、回収コストをより低減することが可能となる。
【0032】
ドープは、好ましくは100質量部のポリマー(A)に対し、50〜10000質量部、より好ましくは100〜2000質量部の溶媒(B)を含有する。活性物質は、ポリマー(A)100質量部に対し、好ましくは100〜10000質量部、さらに好ましくは100〜5000質量部である。また、凝固制御剤(C)は、ポリマー(A)と溶媒(B)との総和100質量部に対して、0.1〜10000質量部である。
【0033】
ドープの温度は、好ましくは5〜80℃、さらに好ましくは20〜50℃である。
溶媒(B)にポリマー(A)を溶解させ、凝固制御剤(C)を加えることによりポリマー溶液が得られる。そして、このポリマー溶液に、活性物質を加えて良く撹拌することで、ドープが得られる。
【0034】
(凝固液)
凝固液は、ポリマー(A)の貧溶媒である溶媒(D)を含有する。貧溶媒とは一般に言われるように、ポリマー(A)に対し溶解能を僅かしか持たない溶媒である。ポリマー(A)がポリメタフェニレンイソフタルアミドであるとき、溶媒(D)は水が好ましい。またポリマー(A)がポリ乳酸であるとき、溶媒(D)はミネラルオイルが好ましい。凝固液は、好ましくは50〜100質量%、より好ましくは85〜100質量%の溶媒(D)を含有する。他の成分は、N−メチル−2−ピロリドンやジメチルスルホオキサドである。
凝固液は、界面活性剤を含有していても良い。界面活性剤としてアニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤および非イオン界面活性剤が挙げられる。アニオン性界面活性剤として、高級脂肪酸塩、アルキル硫酸塩、アルケニル硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、α−オレフィンスルホン酸塩等が挙げられる。カチオン界面活性剤としては、炭素数12〜16の直鎖モノアルキル第4級アンモニウム塩、炭素数20〜28の分岐アルキル基を有する第4級アンモニウム塩等が挙げられる。両性界面活性剤としては、アルキル基及びアシル基が8〜18個の炭素原子を有するアルキルアミンオキシド、カルボベタイン、アミドベタイン、スルホベタイン、アミドスルホベタイン等が挙げられる。非イオン性界面活性剤としては、アルキレンオキシド、好ましくはエチレンオキシド(EO)等を挙げることができる。界面活性剤の含有量は、溶媒(D)100質量部に対し、好ましくは0.05〜30質量部、さらに好ましくは5〜10質量部である。凝固液の温度は、好ましくは10〜80℃、さらに好ましくは20〜50℃である。
【0035】
本発明によれば、いわゆる相分離によって、ポリマー(A)中に連続した孔径1nm〜10μm程度の網目構造の細孔が形成される。
本発明の成形体を得るには特殊な装置は不要である。塊状成形体は、ドープを、凝固液中に添加することにより製造することができる。例えば、ドープを凝固液中にスプレー、注射器などで滴下させるだけでよい。また、繊維状の成形体は、凝固液中にノズルで吐出して巻き取ることで製造できる。また、繊維状、紐状、パイプ状の成形体は、空中からマイクロシリンジ等でドープを吐出しながらマイクロシリンジ等を水平に移動させて、ドープを凝固液中に投入することにより得ることもできる。また、膜状成形体はキャリア物質上にドープを塗布し凝固液に浸漬することで製造できる。これらの場合、スプレーノズルの口径、塗布厚みなどを変えることにより、成形体の径や厚みを任意に調整することが可能である。
【0036】
ドープを凝固液中で凝固させると、得られる成形体中にはセルが形成され、セル中には、活性物質が内包されている。この活性物質の大部分がセルの内壁と実質的に接触していない成形体が得られる。
【0037】
上述したように、本発明は、ドープを凝固液中で凝固させることにより多孔質ポリマーを形成する成形体の製造方法であって、上記ドープは、ポリマー(A)と当該ポリマーの良溶媒である溶媒(B)と、凝固制御剤(C)とを含有し、凝固液は、上記ポリマーの貧溶媒(D)を含有する成形体の製造方法に関するものである。
【0038】
また、上記ドープは、活性物質をさらに含有し、上記多孔質ポリマー中に形成される複数のセル内に上記活性物質が内包されることを特徴とする成形体の製造方法に関するものである。
なお、当該製造方法により作製した成形体に内包される活性物質の割合は、重量比で、成形体全体の10〜99%となることが望ましい。
【0039】
<実証実験1>
以下、本発明の効果を実証実験により検証する。
(ドープの調製)
室温において、ポリマー(A)である100重量部のポリメタフェニレンイソフタルアミド(PmIA)を溶媒(B)である1900重量部のN−メチル−2−ピロリドン(NMP)に溶解させて、さらに、水160重量部と陰イオン性界面活性剤(花王株式会社製、製品名エマール0)を2質量部とからなる凝固制御剤を加えて、ポリマー溶液を作製した。次いで、PmIA100重量部に対して、活性物質としてハイドロタルサイト(富田製薬株式会社製、製品名TPEX)を400質量部添加し、攪拌棒で全体を充分に攪拌して、ドープを調製した。
【0040】
(凝固液の調製)
室温において、ポリマーの貧溶媒(D)である水100重量部に陰イオン性界面活性剤(花王株式会社製、製品名エマール0)を1質量部加え、充分に溶解するまで攪拌して凝固液を調製した。
(成形加工)
室温において、ドープを1mlニードル付きマイクロシリンジに入れて、凝固液中に滴下し、直径が2〜3mmの球形成形体を得た。
【0041】
(透過型電子顕微鏡を用いた成形体の観察)
作製した成形体の透過型電子顕微鏡写真を
図1から
図4に示す。
図1は成形体表層部の透過型電子顕微鏡写真であり、この写真から、活性物質表面の大部分は実質的に各セルの内壁と接触していないことが分かる。
【0042】
また、
図2は別の部位の成形体表層部の透過型電子顕微鏡写真であり、この写真においても、活性物質表面の大部分はポリマーに被覆されずに露出している。ただし、成形体表面に存在する活性物質の一部がスキン層と接触している。この接触部分を拡大した写真を
図3に示す。
図3から分かるように、スキン層には微細な空孔が多数存在しているため、これらの空孔を介して、活性物質は外部とつながっており、ポリマーで完全に被覆されて外部と遮断されている状態ではない。
【0043】
次に、作製した球形成形体の中央部の透過型電子顕微鏡写真を
図4に示す。図中右上の大きなハイドロタルサイトは、周囲のポリマーとは明確なクリアランスを有しており、各セルの内壁と活性物質は接触していないことがわかる。
【0044】
<比較実験>
上記の実証実験において用いた凝固制御剤の効果を確認するため、凝固制御剤を加えないドープを用いて、比較実験を行った。そして、得られた球形成形体を、透過型電子顕微鏡を用いて観察した。
【0045】
(透過型電子顕微鏡を用いた成形体の観察)
図5は成形体表層部の透過型電子顕微鏡写真であり、
図6は成形体中央部の透過型電子顕微鏡写真である。いずれの写真からも、活性物質表面のかなりの部分がポリマーで被覆されていることが分かる。
【0046】
<実証実験2>
次に、成形体に担持された活性物質の性能を確認するための実験を行った。
この実験に用いた成形体の製造方法を以下に示す。
(ドープの調製)
室温において、ポリマー(A)である100重量部のポリメタフェニレンイソフタルアミド(PmIA)を溶媒(B)である1900重量部のN−メチル−2−ピロリドン(NMP)に溶解させて、さらに、凝固制御剤(C)として水160重量部を加えて、ポリマー溶液を作製した。次いで、PmIA100重量部に対して、活性物質としてハイドロタルサイト(富田製薬株式会社製、製品名TPEX)を400質量部添加し、攪拌棒で全体を充分に攪拌して、ドープを調製した。
【0047】
(凝固液の調製)
ポリマーの貧溶媒(D)である水を凝固液として用いた。
(成形加工)
室温において、ドープを、ギアポンプで送液し、φ0.9mmのダイから、毎分2mの吐出速度で、凝固液の中に吐出して凝固させた。凝固した成形体をハサミで3mm長に切断し、成形体Xを得た。
【0048】
また、上記の製造方法において、凝固制御剤(C)を加えないドープを用いて、別の成形体Yを得た。
これらの2つ成形体XおよびYに対し、リン吸着試験を行った。
リン吸着試験は、リン濃度を0.9mgP/リットルに調整したNa2HPO4水溶液1.5リットル中に、成形体を0.5g(内ハイドロタルサイトは0.4g)添加し、室温にて撹拌した。攪拌中、定期的にNa2HPO4水溶液をサンプリングし、サンプル中のリン濃度をモリブデンブルー法にて定量した。その結果を
図7に示す。
【0049】
成形体Yを添加した水溶液のリン濃度は、成形体Xを添加した水溶液に対し、約2倍となり、成形体Xが高いリン吸着性能を持つことが分かった。すなわち、ドープに凝固制御剤(C)を加えることで、活性物質のポテンシャルを十分に引きだすことが可能となることを確認できた。
【0050】
<メカニズムに関する一考察>
上述したように、ドープに凝固制御剤(C)を加えることで、活性物質のポテンシャルを十分に引きだすことが可能となることを確認できた。この理由を明確にするために、検証実験1と比較実験で作製したそれぞれの成形体のスキン層付近を透過型電子顕微鏡で観察した。
図8は検証実験1で作製したそれぞれの成形体のスキン層付近の透過型電子顕微鏡写真であり、
図9は比較実験で作製したそれぞれの成形体のスキン層付近の透過型電子顕微鏡写真である。
【0051】
図8から、スキン層は粒子状の小さなポリマードメインが形成された、空孔の多い、すなわちポリマー密度の低い、粗い構造体となっていることが分かる。他方、
図9からは、スキン層は膜状の大きなポリマードメインが形成された、空孔の少ない、すなわちポリマー密度の高い、緻密な構造体となっていることが分かる。
このように、ドープに凝固制御剤(C)を加えた場合には、スキン層は粗い構造体となるため、凝固液の内部浸透が速く、したがって、活性物質表面でも微細ドメインからなるポリマードメインを形成させることによって、活性物質表層のポリマー被覆を抑制できたと考えられる。一方、ドープに凝固制御剤(C)を加えなかった場合には、スキン層は緻密な構造となり、凝固液の内部浸透が極めて遅いために、ゆっくりした凝固が起こり、活性物質がポリマー(A)で被覆されたと考えられる。
以上のように、凝固制御剤(C)をドープに加えることにより、凝固工程においてポリマー(A)の凝固状態を制御することが可能となる。
【0052】
スキン層の構造の相違に関する考察であるが、まず、ドープに凝固制御剤(C)を加えなかった場合は、凝固価が小さくなり、すなわち、凝固速度が速くなるために、ドープが凝固液に接した瞬間に、ドープ表層全域で急激な凝固が起こる。このため、スキン層には、膜状の大きなポリマードメインが形成された、空孔の少ない、すなわちポリマー密度の高い、緻密な構造体が形成さると考えられる。一方、ドープに凝固制御剤(C)を加えた場合は、ドープ中に高分子鎖の架橋がある程度形成される。すなわち、高分子の架橋構造が、極微細な塊となっており、その微細塊がドープ中に多数均一に分散している状態と考えられる。そのドープが凝固液に接した場合、架橋が進んでいる高分子鎖の微細塊部分が、先行的に凝固するため、スキン層には粒子状の小さなポリマードメインが形成され、空孔の多い、すなわちポリマー密度の低い、粗い構造体が形成されると想定される。
【0053】
なお、スキン・コア構造を有する多孔質構造の成形体は、人工皮革に用いるポリウレタンや人工透析および海水淡水化に用いる中空糸膜等、様々な用途に用いられているが、スキン層に均一な細孔構造、細孔径の制御、強度等の基本機能を持たせて、コア構造は支持体として用いる。したがって、スキン層の設計が極めて重要であり、スキン層の基本機能を満足させるために、凝固価を適正且つ厳密に管理することが必要となる。したがって、上述のように、予めゲル化を生じさせておくといったことは、凝固価を適正且つ厳密に管理するという観点からは、技術常識を逸脱したとも考えられる。
【0054】
また、成形体の形状は、ドープと凝固液の接触のさせ方により決まる。すなわち、ドープと凝固液の接触が成形プロセスであり、これ以前にポリマー(A)にゲル化を生じさせておくと、成形の自由度が低下するとも考えられる。
【0055】
しかしながら、ドープに対する凝固制御剤(C)の含有割合を制御することで、上記のような懸念が生じないことを確認できた。さらに、ドープに対する凝固制御剤(C)の含有割合を変化させることで、凝固プロセスにおける凝固価を実質的に変化させることが可能となり、成形体の基本機能をより広い範囲で、且つ容易に制御できることも確認した。すなわち、ドープに対する凝固制御剤(C)の含有割合を増加させると、実質的な凝固価が大きくなり、他方、ドープに対する凝固制御剤(C)の含有割合を減少させると、実質的な凝固価が小さくなる。
【0056】
凝固価の制御は、一般には、ポリマーと凝固液の組合せで決まるため、その制御範囲は限定されるが、凝固制御剤(C)をドープに含有させることで、実質的な凝固価の制御が、容易に、より広い範囲で行えるようになった。
【0057】
<本発明の特長>
最後に、本発明の特長についてまとめる。
第一に、凝固制御剤(C)をドープに含有させることで、均一な細孔構造を有する多孔質の成形体を容易に得ることができる。
特に、活性物質を成形体のセルに入れる構造においては、活性物質表面の大部分を、ポリマーが覆うことを抑制できるため、活性物質の表面積を最大限に活用可能であり、活性物質の持つポテンシャルを十分に発揮させることができる。
【0058】
第二に、凝固制御剤(C)のドープに対する量を調整することで、用途に適した成形体を得ることができる。例えば、スキン層の孔径を調整したり、強度等を制御できる。
特に、活性物質を成形体のセルに入れる構造においては、スキン層の孔径は、外の物質と活性物質との接触機会を決める重要なファクターであるため、活性物質の種類によって最適な孔径等の構造を制御できることは、実用上極めて重要である。
【0059】
第三に、凝固価は、多孔質構造を得る際の、重要管理項目の一つであり、ポリマーの種類・組成比・温度、凝固液の種類・組成比・温度などの変数である。通常、凝固価を一定範囲にするために、ポリマーの種類・組成比は固定されるが、ドープに凝固制御剤(C)を入れることによって、実質的に凝固価を変えることができるので、自由度が増え、ポリマーの種類・組成比を変えることが可能になる。
【0060】
第四に、活性物質を覆う別のポリマーを用いる必要が無いため、成形体容積に対して、活性物質を収納する容積を大きくとることができる。すなわち、活性物質の充填量を大きくすることができる。具体的には、吸着剤などの活性物質を商業規模で応用する場合、活性物質充填設備(例えば吸着塔)の単位容積当たりの充填重量を上げることができる。これにより、除去したい物質の除去効率を大きく向上させることが可能となる。
また、コスト低減のため、使用した物質の回収を行うケースにおいては、回収すべき物質の種類が減るため、蒸留塔といった回収設備への設備投資を削減できる。特に、凝固液としては一般に水が用いられるため、活性物質を覆う別のポリマーとしては、分離回収が難しい水溶性ゲルが一般に用いられる。この水溶性ゲルの回収プロセスを不要とすることで、設備コスト及び製造コストの大きな低減が可能となる。
【0061】
第五に、活性物質を親水性とした場合に、ポリマー(A)を疎水性としなければならないといった制約が無いため、活性物質の種類に左右されずに、ポリマー(A)の選択が可能となる。これにより、用途に応じた最適なポリマーを選択できる。
【0062】
第六に、活性物質の担持体として必要な性質を備えた成形体を提供できる。すなわち、内包される活性物質とカプセル外の物質とが、圧損などの影響を大きく受けることなく効率的に接触可能であり、活性物質が外部からの摩擦等で容易に脱落、剥離することを防止し、また、活性物質が直接人体に接触したり吸引されたりすることも防止できるという特長を有している。