特許第6205317号(P6205317)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社神戸製鋼所の特許一覧

<>
  • 特許6205317-抽出方法 図000002
  • 特許6205317-抽出方法 図000003
  • 特許6205317-抽出方法 図000004
  • 特許6205317-抽出方法 図000005
  • 特許6205317-抽出方法 図000006
  • 特許6205317-抽出方法 図000007
  • 特許6205317-抽出方法 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6205317
(24)【登録日】2017年9月8日
(45)【発行日】2017年9月27日
(54)【発明の名称】抽出方法
(51)【国際特許分類】
   B01D 11/04 20060101AFI20170914BHJP
   B01J 19/00 20060101ALI20170914BHJP
【FI】
   B01D11/04 A
   B01J19/00 321
【請求項の数】3
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2014-144033(P2014-144033)
(22)【出願日】2014年7月14日
(65)【公開番号】特開2016-19939(P2016-19939A)
(43)【公開日】2016年2月4日
【審査請求日】2016年9月1日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成26年2月18日を掲載日とし、公益社団法人化学工学会を公表者とする「化学工学会第79年会ウェブサイトの講演要旨(講演番号P207) URL:http://www3.scej.org/meeting/79a/abst/P207.pdf」にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100067828
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 悦司
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100109058
【弁理士】
【氏名又は名称】村松 敏郎
(72)【発明者】
【氏名】松岡 亮
(72)【発明者】
【氏名】野一色 公二
【審査官】 関根 崇
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭62−096700(JP,A)
【文献】 特開2010−229455(JP,A)
【文献】 特開2013−181247(JP,A)
【文献】 特開2012−196599(JP,A)
【文献】 特開2013−126616(JP,A)
【文献】 特開昭62−095103(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 11/04
B01J 19/00
C22B 3/02
C22B 3/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抽出を行うための流路をそれぞれ有する複数段の抽出器を備えていて各段の前記抽出器の前記流路から排出された流体の少なくとも一部が次段の前記抽出器の前記流路に供給されるように各段の前記抽出器が相互に接続された抽出装置を用い、原料流体から抽剤へ特定成分を抽出する抽出方法であって、
各段の前記抽出器の前記流路に原料流体と抽剤を流通させながらその原料流体から抽剤へ前記特定成分を抽出させる抽出工程と、
各段の前記抽出器の前記流路において原料流体からの前記特定成分の抽出が抽出平衡に達する前にその流路から原料流体と抽剤の混合流体を導出する導出工程と、
各段の前記抽出器の前記流路から導出した前記混合流体をそれぞれ原料流体と抽剤とに分離する分離工程と、
各段の前記抽出器の前記流路から導出されて前記分離工程で分離された各原料流体を次段の前記抽出器の前記流路へ供給する原料流体供給工程と、
特定段の前記抽出器の前記流路から導出されて前記分離工程で分離された原料流体を次段の前記抽出器の前記流路へ供給する前に、その原料流体のpHを前記抽出工程での前記特定成分の抽出に伴って生じる原料流体のpHの変化を戻すように調整するpH調整工程と、
所定段の前記抽出器の前記流路から導出されて前記分離工程で分離された抽剤を次段の前記抽出器の前記流路へ供給する抽剤供給工程とを備えた抽出方法。
【請求項2】
前記pH調整工程は、複数の異なる段の前記抽出器の前記流路から導出されて分離された各原料流体について行う、請求項1に記載の抽出方法。
【請求項3】
前記抽出装置として、各段の前記抽出器が前記流路としての複数のマイクロチャネルが配列された複数の流路層を有するとともにその複数の流路層が積層された構造を有する抽出装置を用いる、請求項1又は2に記載の抽出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抽出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、原料流体から特定成分を抽出するための種々の抽出方法が知られており、その抽出方法の一例が下記特許文献1に示されている。
【0003】
下記特許文献1に開示された抽出方法では、複数段のミキサーセトラー装置を用いて、原料流体としてのネオジムとプラセオジムとの硝酸系混合溶液から抽剤としての第四級アミン溶液へ特定成分としてのネオジムとプラセオジムを抽出している。
【0004】
各段のミキサーセトラー装置は、ミキサー部と、セトラー部と、移送部とを有する。ミキサー部は、導入された硝酸系混合溶液と第四級アミン溶液とを混合する部分であり、その導入された前記硝酸系混合溶液と第四級アミン溶液を撹拌してエマルジョンを形成する撹拌手段を有する。セトラー部は、ミキサー部で形成されたエマルジョンが導入され、そのエマルジョンを静置して有機相と水相に分離する。移送部は、セトラー部で分離された有機相を次段のミキサーセトラー装置のミキサー部へ移送する一方、セトラー部で分離された水相を前段のミキサーセトラー装置のミキサー部へ移送する。前記硝酸系混合溶液から第四級アミン溶液へのネオジム及びプラセオジムの抽出は、各段のミキサーセトラー装置のセトラー部での撹拌工程及び各段のミキサーセトラー装置のセトラー部での静置工程において行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−323453号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、抽出反応の種類によっては、原料流体からの特定成分の抽出が進むにつれて原料流体のpHが変化し、そのpHの変化に起因して特定成分の抽出効率が変化する場合がある。例えば、抽出が進むにつれて原料流体のpHが低下し、そのpHの低下に応じて原料流体からの特定成分の抽出効率が悪化する場合がある。
【0007】
上記のようなミキサーセトラー装置を用いた抽出方法では、ミキサー部での撹拌により水相中に有機相が微分散するため、その有機相が微分散した状態の水相がセトラー部で静置されることによって有機相と水相に分離するまでにかなりの時間がかかる。このため、分離が完了するまでに抽出が進行する。しかし、原料流体と抽剤との混合直後は原料流体のpHが高くて抽出が高い抽出速度で進行する一方、所定時間の経過後には抽出の進行に伴って原料流体のpHが低下し、抽出の進行が遅くなる。セトラー部で分離が完了するまでの長時間のうちの大半は、既に原料流体のpHが低下していて抽出の進行が非常に遅くなっているか又は抽出平衡に達している状態になる。従って、この場合には、抽出処理の時間効率が非常に悪くなる。
【0008】
この発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、その目的は、抽出処理の時間効率を向上することが可能な抽出方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明による抽出方法は、抽出を行うための流路をそれぞれ有する複数段の抽出器を備えていて各段の前記抽出器の前記流路から排出された流体の少なくとも一部が次段の前記抽出器の前記流路に供給されるように各段の前記抽出器が相互に接続された抽出装置を用い、原料流体から抽剤へ特定成分を抽出する抽出方法であって、各段の前記抽出器の前記流路に原料流体と抽剤を流通させながらその原料流体から抽剤へ前記特定成分を抽出させる抽出工程と、各段の前記抽出器の前記流路において原料流体からの前記特定成分の抽出が抽出平衡に達する前にその流路から原料流体と抽剤の混合流体を導出する導出工程と、各段の前記抽出器の前記流路から導出した前記混合流体をそれぞれ原料流体と抽剤とに分離する分離工程と、各段の前記抽出器の前記流路から導出されて前記分離工程で分離された各原料流体を次段の前記抽出器の前記流路へ供給する原料流体供給工程と、特定段の前記抽出器の前記流路から導出されて前記分離工程で分離された原料流体を次段の前記抽出器の前記流路へ供給する前に、その原料流体のpHを前記抽出工程での前記特定成分の抽出に伴って生じる原料流体のpHの変化を戻すように調整するpH調整工程と、を備えている。
【0010】
なお、「特定成分の抽出に伴って生じる原料流体のpHの変化を戻すようにpHを調整する」とは、特定成分の抽出に伴って変化した原料流体のpHを抽出前のpHにまで戻すように調整することを必ずしも意味するものではなく、特定成分の抽出に伴って変化した原料流体のpHを抽出前のpHに達しないまでも抽出に伴って生じたpHの変化に対して逆に変化させるように調整することも含む概念である。
【0011】
この抽出方法では、各段の抽出器の流路において原料流体からの特定成分の抽出が抽出平衡に達する前にその流路から原料流体と抽剤の混合流体を導出し、その導出した混合流体のうちの原料流体を次段の抽出器の流路へ供給するから、各段の抽出器において抽出がほぼ進行しない抽出平衡に達した後の時間が消費されることがない。しかも、この抽出方法では、特定段の抽出器の流路から導出した混合流体から分離した原料流体を次段の抽出器の流路へ供給する前に抽出工程により生じたpHの変化を戻すようにその原料流体のpHを調整するため、次段の抽出器の流路では抽出速度が高いpHに回復した状態の原料流体から特定成分の抽出を行うことができる。このため、次段の抽出器の流路での原料流体からの特定成分の抽出が高い抽出速度で行われる。さらに、この抽出方法では、各段の抽出器の流路を原料流体と抽剤が流通することによって抽出が行われるため、従来のミキサーセトラー装置のミキサー部で原料流体と抽剤が撹拌されて抽出が行われる場合に比べて、分離工程で混合流体を原料流体と抽剤に分離する時間を短縮できる。以上のことから、この抽出方法では、抽出処理の時間効率を向上することができる。
【0012】
また、上記抽出方法は、所定段の前記抽出器の前記流路から導出されて前記分離工程で分離された抽剤を次段の前記抽出器の前記流路へ供給する抽剤供給工程を備えている
【0013】
この構成によれば、少ない抽剤の使用量で原料流体からの特定成分の抽出を行うことができる。
【0014】
或いは、上記抽出方法は、所定段の前記抽出器の前記流路へ前記分離工程で分離された抽剤よりも前記特定成分の含有率が低い別の抽剤を供給する抽剤供給工程を備えることも可能である
【0015】
この構成によれば、所定段の抽出器の流路に抽出能力の高いフレッシュな抽剤を供給できる。このため、所定段の抽出器の流路において、原料流体と抽剤を流す時間(滞留時間)を短縮しても、十分な抽出を行うことができ、抽出処理にかかる時間をより短縮することができる。
【0016】
上記抽出方法において、前記pH調整工程は、複数の異なる段の前記抽出器の前記流路から導出されて分離された各原料流体について行うことが好ましい。
【0017】
この構成によれば、抽出速度が高いpHに回復した状態の原料流体から特定成分の抽出を行うことができる抽出器が多くなるので、抽出処理の時間効率をより向上することができる。
【0018】
上記抽出方法において、前記抽出装置として、各段の前記抽出器が前記流路としての複数のマイクロチャネルが配列された複数の流路層を有するとともにその複数の流路層が積層された構造を有する抽出装置を用いることが好ましい。
【0019】
マイクロチャネルでは、原料流体と抽剤の単位体積当たりの接触面積が大きくなるため、この構成では、各段の抽出器の各マイクロチャネルにおいて原料流体から特定成分をより高い抽出速度で抽出することができる。また、各段の抽出器が多数のマイクロチャネルを有することになるため、抽出処理量も確保することができる。さらに、マイクロチャネルを原料流体と抽剤が流れる抽出工程では、攪拌式の抽出工程のように原料流体と抽剤が過度に微粒化することがないため、そのマイクロチャネルから原料流体と抽剤の混合流体を導出した後、その混合流体を分離工程で原料流体と抽剤とに分離するのに要する時間をより短縮できる。このため、抽出処理の時間効率をより向上することができる。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように、本発明の抽出方法によれば、抽出処理の時間効率を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の第1実施形態による抽出方法に用いる抽出装置の構成を示す模式図である。
図2】抽出装置を構成する抽出器を概略的に示す斜視図である。
図3】抽出器本体を構成する流路基板の平面図である。
図4】第1実施例の実験において求めた原料流体と抽剤の滞留時間と抽出率及び原料流体のpHとの関係を示す相関図である。
図5】第2実施例のシミュレーションにおいて求めた原料流体と抽剤の滞留時間と抽出率及び原料流体のpHとの関係を示す相関図である。
図6】本発明の第1変形例による抽出装置の構成を示す模式図である。
図7】本発明の第2変形例による抽出装置の構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
【0023】
本発明の一実施形態による抽出方法は、図1に示すような抽出装置1を用いて原料流体から抽剤へ抽出対象物質である特定成分を抽出する。図1は、本実施形態による抽出方法で用いる抽出装置1を概略的に示す模式図である。
【0024】
抽出装置1は、第1抽出器11と、第2抽出器12と、第3抽出器13と、第4抽出器14と、第5抽出器15と、第6抽出器16と、第7抽出器17と、第8抽出器18と、第9抽出器19と、第1セトラー21と、第2セトラー22と、第3セトラー23とを備える。
【0025】
第1〜第9抽出器11〜19は、原料流体から抽剤への特定成分の抽出工程が行われるものである。具体的に、第1〜第9抽出器11〜19は、抽出を行うための多数の流路28(図3参照)をそれぞれ有しており、その流路28を原料流体と抽剤が互いに接触した状態で流通しながら原料流体から抽剤への特定成分の抽出が行われるようになっている。第1〜第9抽出器11〜19は、この順番で原料流体の流れ方向の上流側から下流側へ配置されている。
【0026】
第1抽出器11と第2抽出器12は、第1抽出器11の流路28から導出された原料流体が第2抽出器12の流路28へ供給されるように相互に接続されている。また、第1抽出器11と第2抽出器12は、第1抽出器11の流路28から導出された抽剤が第2抽出器12の流路28へ供給されるように相互に接続されている。なお、図1において、Aで示している各配管が原料流体を後段の抽出器へ送るための接続配管であり、Bで示している各配管が原料流体を後段の抽出器へ送るための接続配管である。
【0027】
第2抽出器12と第3抽出器13は、第2抽出器12の流路28から導出された原料流体が第3抽出器13の流路28へ供給されるように相互に接続されている。また、第2抽出器12と第3抽出器13は、第2抽出器12の流路28から導出された抽剤が第3抽出器13の流路28へ供給されるように相互に接続されている。
【0028】
第4〜第6抽出器14〜16は、第1〜第3抽出器11〜13と同様の構成で相互に接続されている。また、第7〜第9抽出器17〜19も同様の構成で相互に接続されている。
【0029】
第1セトラー21は、第3抽出器13から排出された原料流体と抽剤の混合流体が当該第1セトラー21に導入されるように第3抽出器13と接続されている。第2セトラー22は、第6抽出器16から排出された原料流体と抽剤の混合流体が当該第2セトラー22に導入されるように第6抽出器16と接続されている。第3セトラー23は、第9抽出器19から排出された原料流体と抽剤の混合流体が当該第3セトラー23に導入されるように第9抽出器19と接続されている。
【0030】
第1〜第3セトラー21〜23は、それぞれ導入された混合流体を静置して比重差により原料流体と抽剤とに分離する。第1セトラー21は、その内部で分離した原料流体が第4抽出器14の流路28へ供給されるように第4抽出器14と接続されている。第1セトラー21の内部で分離した抽剤は、その第1セトラー21から個別に排出されるようになっている。第2セトラー22は、その内部で分離した原料流体が第7抽出器17の流路28へ供給されるように第7抽出器17と接続されている。第2セトラー22の内部で分離した抽剤は、その第2セトラー22から個別に排出されるようになっている。また、第3セトラー23の内部で分離した原料流体と抽剤は、その第3セトラー23から個別に排出されるようになっている。
【0031】
全抽出器のうち最も上流側の第1抽出器11に未処理の原料流体を供給するための原料供給配管33が接続されている。また、第1抽出器11と第4抽出器14と第7抽出器17に、抽出処理に未使用の新しい抽剤を供給するための抽剤供給配管34が接続されている。
【0032】
また、第1抽出器11から第2抽出器12へ原料流体を送る接続配管A、第2抽出器12から第3抽出器13へ原料流体を送る接続配管A、第1セトラー21から第4抽出器14へ原料流体を送る接続配管A、第4抽出器14から第5抽出器15へ原料流体を送る接続配管A、及び、第5抽出器15から第6抽出器16へ原料流体を送る接続配管Aに、pH調整剤を供給するための調整剤供給配管42がそれぞれ接続されている。
【0033】
次に、図2図4を参照して、各段の抽出器11〜19の具体的な構成について説明する。各段の抽出器11〜19は、図2に示すように、略直方体状の抽出器本体60と、その抽出器本体60に取り付けられた原料供給ヘッダ62、抽剤供給ヘッダ63及び排出ヘッダ64とを有する。
【0034】
抽出器本体60は、原料流体と抽剤を流通させてその原料流体から抽剤へ特定成分の抽出を行うための多数の流路28(図3参照)をその内部に有する。各流路28は、微小な流路径(数μm〜数mm)を有するいわゆるマイクロチャネルである。各流路28は、図3に示すように、原料導入路29と、抽剤導入路30と、合流部31と、抽出流路32とを有する。
【0035】
原料導入路29は、原料流体が導入される部分である。抽剤導入路30は、抽剤が導入される部分である。合流部31は、原料導入路29の下流側の端部と抽剤導入路30の下流側の端部とに繋がっている。合流部31は、原料導入路29に導入された原料流体と抽剤導入路30に導入された抽剤とを合流させる部分である。抽出流路32は、その上流側の端部で合流部31と繋がり、合流部31で合流した原料流体と抽剤が流れる部分である。この抽出流路32を原料流体と抽剤が互いに接触した状態で流れる過程において、原料流体から抽剤へ特定成分が抽出される。
【0036】
流体の流れ方向に沿った抽出流路32の流路長は、その抽出流路32を流れる原料流体から抽剤への特定成分の抽出が抽出平衡に達する前にその抽出流路32の下流側の端部から排出されるような流路長に設定されている。この流路長は、使用する原料流体及び抽剤の種類や物性、流量、その他の条件に応じて予め設定される。
【0037】
抽出器本体60は、図2に示すように、複数の流路28をそれぞれ形成する複数の流路基板70と複数の封止板72とを有する。抽出器本体60は、流路基板70と封止板72とがそれらの厚み方向に交互に積層されて互いに接合されることによって形成された積層体からなる。
【0038】
流路基板70は、本発明における流路層の一例である。各流路基板70の板面に沿って複数の流路28(図3参照)が配列されている。
【0039】
各流路基板70の一方の板面には、図3に示すように、各流路28の原料導入路29及び抽出流路32を形成する溝が形成されている。流路基板70の当該一方の板面に形成された溝の開口がその一方の板面に積層された封止板72によって封止されることにより、原料導入路29及び抽出流路32が形成されている。
【0040】
各流路基板70の他方の板面には、各流路28の抽剤導入路30を形成する溝が形成されている。流路基板70の当該他方の板面に形成された溝の開口がその他方の板面に積層された封止板72によって封止されることにより、抽剤導入路30が形成されている。
【0041】
また、各流路基板70には、各流路28の原料導入路29及び抽剤導入路30の下流側の端部と抽出流路32の上流側の端部に対応する各位置に当該流路基板70を厚み方向に貫通する穴がそれぞれ形成されている。この各穴によって、各流路28の合流部31が形成されている。
【0042】
原料供給ヘッダ62(図2参照)は、抽出器本体60のうち各流路28の原料導入路29(図3参照)の上流側の端部が開口する側面にそれら全ての原料導入路29の上流側の端部の開口を覆うように取り付けられている。抽剤供給ヘッダ63(図2参照)は、抽出器本体60のうち各流路28の抽剤導入路30(図3参照)の上流側の端部が開口する側面にそれら全ての抽剤導入路30の上流側の端部の開口を覆うように取り付けられている。排出ヘッダ64は、抽出器本体60のうち各流路28の抽出流路32の下流側の端部が開口する側面にそれら全ての抽出流路32の下流側の端部の開口を覆うように取り付けられている。
【0043】
次に、本実施形態による抽出装置1を用いた抽出方法について説明する。
【0044】
この抽出方法では、原料供給配管33(図1参照)を通じて第1抽出器11へ未処理の原料流体を供給するとともに、各抽剤供給配管34(図1参照)を通じて第1抽出器11、第4抽出器14及び第7抽出器17へ抽出処理に未使用の抽剤を供給する。
【0045】
原料流体としては、例えば、抽出対象物質である特定成分としての各種金属イオンが溶解した水溶液が用いられる。前記金属イオンとしては、例えば、銅イオン、亜鉛イオン、鉄イオン、チタンイオン、ニッケルイオン、コバルトイオン、マンガンイオン、バナジウムイオン、アルカリ土類金属のイオン、アルカリ金属のイオン、又は希土類のイオンなどが挙げられる。なお、希土類は、スカンジウム、イットリウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウムである。
【0046】
また、抽剤としては、例えば、PC88A(大八化学工業株式会社製)、ジ−2−エチルヘキシルリン酸(D2EHPA)、LIX64N、LIX64I、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、テノイルトリフルオロアセトン(TTA)、オキシン、ジチゾン、又はリン酸トリブチルなどの液体が用いられる。これらの液体が原液のままでは粘度が高い場合には、必要に応じてケロシンなどの有機溶媒でその液体を希釈したものを抽剤として用いる。
【0047】
第1抽出器11に供給された原料流体は、原料供給ヘッダ62(図2参照)を介して第1抽出器11の各流路28の原料導入路29(図3参照)へ分配されて導入される。第1抽出器11に供給された抽剤は、抽剤供給ヘッダ63(図2参照)を介して第1抽出器11の各流路28の抽剤導入路30(図3参照)へ分配されて導入される。第1抽出器11では、各流路28において原料導入路29に導入された原料流体と抽剤導入路30に導入された抽剤とがその流路28の合流部31(図3参照)で合流し、対応する抽出流路32に流れる。原料流体と抽剤は、例えばスラグ流等の互いに接触し且つ分離させやすい状態で抽出流路32を流れる。そして、原料流体と抽剤が抽出流路32を下流側へ流れる過程で、原料流体から抽剤へ特定成分が抽出される。
【0048】
第1抽出器11の各流路28の下流側の端部(抽出流路32の合流部31と反対側の端部)まで流れた原料流体と抽剤の混合流体は、排出ヘッダ64(図2参照)内に導出される。本実施形態の抽出方法では、各流路28において原料流体からの特定成分の抽出が抽出平衡に達する前に各流路28から排出ヘッダ64へ原料流体と抽剤の混合流体が導出される。
【0049】
具体的に、原料流体と抽剤が接触開始した時点から原料流体からの特定成分の抽出が抽出平衡に達する時点までにかかる時間(以下、平衡到達時間という)が予めシミュレーション又は実験により求められている。そして、各流路28において原料流体と抽剤が互いに接触した状態で流れて抽出が行われる滞留時間が前記求められた平衡到達時間よりも短くなるように前記滞留時間が設定されている。滞留時間は、各流路28の合流部31から抽出流路32の下流側の端部まで原料流体と抽剤が流れるのに要する時間に相当し、抽出流路32の流路長に比例する。このため、滞留時間が前記平衡到達時間よりも短くなるような抽出流路32の流路長を予め求め、その求めた流路長の抽出流路32を有する各流路28が形成された第1抽出器11を抽出装置1に用いる。
【0050】
第1抽出器11の各抽出流路32から排出ヘッダ64内に排出された混合流体は、その排出ヘッダ64内で比重差により原料流体と抽剤とに分離する。分離した原料流体は、第1抽出器11の排出ヘッダ64から導出されて第2抽出器12の原料供給ヘッダ62へ供給される。また、分離した抽剤は、第1抽出器11の排出ヘッダ64から導出されて第2抽出器12の抽剤供給ヘッダ63へ供給される。
【0051】
第1抽出器11の排出ヘッダ64から第2抽出器12の原料供給ヘッダ62へ供給される原料流体は、その途中で調整剤供給配管42(図1参照)からpH調整剤が添加され、pHが調整される。具体的には、第1抽出器11の各抽出流路32での特定成分の抽出に伴って生じた原料流体のpHの変化を戻すように、原料流体のpHが調整される。本実施形態の抽出方法では、各抽出流路32での特定成分の抽出によって原料流体のpHが低下するため、pH調整剤として塩基性の液体を用い、低下した原料流体のpHを上げるように調整する。
【0052】
第2抽出器12の原料供給ヘッダ62に供給された原料流体は、第2抽出器12の各流路28の原料導入路29へ分配されて導入される。第2抽出器12の抽剤供給ヘッダ63に供給された抽剤は、第2抽出器12の各流路28の抽剤導入路30へ分配されて導入される。第2抽出器12の各流路28で行われる処理は、第1抽出器11の各流路28で行われる処理と同様である。そして、第1抽出器11の場合と同様、第2抽出器12の各抽出流路32から排出ヘッダ64内に排出された原料流体と抽剤の混合流体は、その排出ヘッダ64内で原料流体と抽剤とに分離される。そして、分離した原料流体は、第3抽出器13の原料供給ヘッダ62へ供給される途中で上記と同様にpH調整剤が添加されてpHが調整される。また、分離した抽剤は、第3抽出器13の抽剤供給ヘッダ63へ供給される。
【0053】
第3抽出器13の原料供給ヘッダ62及び抽剤供給ヘッダ63から各流路28では、第1抽出器11及び第2抽出器12の場合と同様の処理が行われる。そして、第3抽出器13の排出ヘッダ64からは原料流体と抽剤の混合流体が導出され、その導出された混合流体は、第1セトラー21(図1参照)に導入される。第1セトラー21に導入された混合流体は、その第1セトラー21内で静置され、比重差により原料流体と抽剤とに分離する。第1セトラー21で分離した原料流体と抽剤は、別々に第1セトラー21から排出される。
【0054】
第1セトラー21から排出された原料流体には、pH調整剤が添加されて当該原料流体のpHが調整され、そのpH調整後の原料流体が第4抽出器14へ供給される。また、第4抽出器14には、第1抽出器11に供給された抽剤と同様、抽出処理に未使用の抽剤が供給される。第4抽出器14から第5抽出器15を経て第6抽出器16へ原料流体と抽剤が流れるが、その過程で行われる処理は、第1抽出器11から第2抽出器12を経て第3抽出器13へ原料流体と抽剤が流れる過程で行われる処理と同様である。
【0055】
そして、第6抽出器16から排出された原料流体と抽剤の混合流体は、第2セトラー22に導入され、第1セトラー21の場合と同様に第2セトラー22内で原料流体と抽剤とに分離する。第2セトラー22から排出された原料流体は、第7抽出器17に供給される。また、第7抽出器17には、第1及び第4抽出器11,14に供給された抽剤と同様の抽剤が供給される。第7抽出器17から第8抽出器18を経て第9抽出器19へ原料流体と抽剤が流れるが、その過程で行われる処理は、原料流体のpH調整を行わないことを除き、第4抽出器14から第5抽出器15を経て第6抽出器16へ原料流体と抽剤が流れる過程で行われる処理と同様である。
【0056】
そして、第9抽出器19から排出された原料流体と抽剤の混合流体は、第3セトラー23に導入され、第1及び第2セトラー21,22の場合と同様、第3セトラー23内で原料流体と抽剤とに分離する。第3セトラー23内で分離された原料流体は、第3セトラー23から排出され、この原料流体が最終的な抽出処理後の原料流体となる。
【0057】
本実施形態による抽出装置1を用いた抽出方法は、以上のようにして行われる。
【0058】
本実施形態による抽出方法では、第1〜第9抽出器11〜19の各流路28において原料流体からの特定成分の抽出が抽出平衡に達する前にその各流路28から原料流体と抽剤の混合流体を導出するから、それらの抽出器11〜19において抽出がほぼ進行しない抽出平衡に達した後の時間が消費されることがない。
【0059】
しかも、本実施形態による抽出方法では、第1〜第5抽出器11〜15の各流路28から導出した混合流体から分離した原料流体を次段の抽出器の各流路28へ供給する前に抽出工程により生じたpHの変化を戻すようにその原料流体のpHを調整するため、次段の抽出器の流路28では抽出速度が高いpHまで回復又はこれに近づいた状態の原料流体から特定成分の抽出を行うことができる。このため、次段の抽出器の流路28での原料流体からの特定成分の抽出が高い抽出速度で行われる。
【0060】
さらに、本実施形態による抽出方法では、第1〜第9抽出器11〜19の流路28を原料流体と抽剤が流通することによって抽出が行われるため、従来のミキサーセトラー装置のミキサー部で原料流体と抽剤が撹拌されて抽出が行われる場合に比べて、分離工程で混合流体を原料流体と抽剤に分離する時間を短縮できる。以上のことから、本実施形態による抽出方法では、抽出処理の時間効率を向上することができる。
【0061】
また、複数段のミキサーセトラー装置を用いた従来の抽出方法において、各段のミキサーセトラー装置のミキサー部やセトラー部にpH調整剤を直接添加して抽出の進行に伴うpHの低下を回復させることにより抽出速度の低下を防ぐという方法も考えられる。しかし、この場合には、ミキサー部のうち原料流体からの抽出がまだあまり進行していない領域では、pH調整剤の添加に伴って原料流体のpHが高くなりすぎ、その結果、原料流体から水酸化物等の固体が析出する虞がある。また、セトラー部では撹拌が行われていないため、pH調整剤が全体的に混合されずに局所的に偏ってその局所のpHが高くなりすぎ、水酸化物等の固体が析出する虞がある。このような固体が析出した場合には、配管等の閉塞が生じる虞がある。
【0062】
これに対し、本実施形態による抽出方法では、既に抽出工程が行われた原料流体に対してpH調整剤が添加されるとともに、次段の抽出器へ送られて流動している状態の原料流体に対してpH調整剤が添加されるため、上述のように原料流体のpHが高くなりすぎる虞がない。このため、固体の析出による配管等の閉塞が生じる虞もない。
【0063】
また、本実施形態による抽出方法では、第1、第2、第4、第5、第7及び第8抽出器11,12,14,15,17,18の各流路28から導出されて分離された抽剤を次段の抽出器の各流路28へ供給するため、それらの抽出器11,12,14,15,17,18から後段の抽出器へ行くに従って抽剤中の特定成分の濃度を高めることができる。このため、少ない抽剤の使用量で原料流体からの特定成分の抽出を行うことができる。
【0064】
また、本実施形態による抽出方法では、第4及び第7抽出器14,17の各流路28へ各抽出器の排出ヘッダ64又は各セトラー21,22,23で分離された抽剤よりも特定成分の含有率が低い別の抽剤、具体的には抽出処理に未使用の新しい抽剤を供給する。このため、第4及び第7抽出器14,17の各流路28に抽出能力の高いフレッシュな抽剤を供給できる。その結果、第4及び第7抽出器14,17以降の各流路28において、原料流体と抽剤を流す時間(滞留時間)を短縮しても、十分な抽出を行うことができる。このため、抽出装置1全体における抽出処理にかかる時間をより短縮することができる。
【0065】
また、本実施形態による抽出方法では、各段の抽出器11〜19がマイクロチャネルからなる複数の流路28が配列された複数の流路基板70を有するとともにその複数の流路基板70が積層された構造を有する抽出装置1を用いる。マイクロチャネルでは、原料流体と抽剤の単位体積当たりの接触面積が大きくなるため、本実施形態による抽出方法では、各抽出器11〜19の各流路28の抽出流路32において原料流体から特定成分をより高い抽出速度で抽出することができる。
【0066】
また、各抽出器11〜19が多数の流路28を有することになるため、抽出処理量も確保することができる。さらに、マイクロチャネルである各流路28では、原料流体と抽剤とが例えばスラグ流のような互いに接触しつつ分離しやすい状態で流れるため、各流路28から原料流体と抽剤の混合流体を導出した後、その混合流体を排出ヘッダ64又はセトラー21,22,23で原料流体と抽剤とに分離するのに要する時間をより短縮できる。このため、抽出処理の時間効率をより向上することができる。
【0067】
(第1実施例)
第1実施例として、本発明の抽出方法による効果を調べるために行った実験の結果について説明する。
【0068】
この実験では、原料流体として0.01mol/Lの濃度で硫酸銅を含有する硫酸銅水溶液を用い、抽剤として2mol/Lの濃度でジ−2−エチルヘキシルリン酸(D2EHPA)を含有するジ−2−エチルヘキシルリン酸のドデカン溶液を用いた。抽出対象である特定成分は、原料流体中の銅イオンである。
【0069】
本発明の抽出方法の一例に対応する実施例では、3段の抽出器を有する抽出装置を用いて原料流体から抽剤へ特定成分を抽出する。なお、簡易に実験を実施するために、各段の抽出器として、抽出流路がガラス管によって形成されたものを用いた。具体的には、2mmの内径を有するガラス製の円管を用い、その円管内の流路を抽出流路とした。この円管には、原料流体の導入口と抽剤の導入口とが個別に設けられていて、その各導入口に個別に導入された原料流体と抽剤が合流して円管内の抽出流路に流れるようになっている。また、円管の導入口と反対側の端部には、その円管内の抽出流路を通過した原料流体と抽剤の混合流体を比重差により原料流体と抽剤とに分離する分離部が設けられている。
【0070】
1段目の抽出器の円管内の抽出流路から排出された原料流体と抽剤の混合流体は、分離部で原料流体と抽剤に分離される。この分離された原料流体が2段目の抽出器の原料流体の導入口に供給されるとともに、この分離された抽剤が2段目の抽出器の抽剤の導入口に供給されるように、1段目の抽出器と2段目の抽出器が接続されている。また、2段目の抽出器と3段目の抽出器は、1段目の抽出器と2段目の抽出器との接続形式と同様の形式で接続されている。
【0071】
1段目の抽出器には、原料流体と抽剤を同じ流量で供給した。また、1段目の抽出器の抽出流路から排出されて分離部で分離された原料流体が2段目の抽出器に供給される前にpH調整剤を添加してその原料流体のpHを調整した。また、同様に、2段目の抽出器の抽出流路から排出されて分離部で分離された原料流体が3段目の抽出器に供給される前にpH調整剤を添加してその原料流体のpHを調整した。pH調整剤としては、0.5mol/LのNaOH水溶液を用いた。
【0072】
そして、各段の抽出器の抽出流路の導入口において、その抽出流路に導入される原料流体中の銅イオンの濃度を測定するとともに、各段の抽出器の抽出流路の出口において、その抽出流路から排出された原料流体中の銅イオンの濃度を測定する。その測定した抽出流路の導入口の銅イオンの濃度と出口の銅イオンの濃度との差から、各段の抽出器の抽出流路で行われた抽出工程による原料流体からの銅イオンの抽出率をそれぞれ算出した。
【0073】
一方、比較例として、1段の抽出器のみを有する抽出装置を用いて原料流体から抽剤へ特定成分を抽出する。この比較例における1段の抽出器も実施例の場合と同様、2mmの内径を有するガラス製の円管を用いて形成されており、その円管内の流路によって抽出流路が形成されている。この比較例の抽出器でも、上記実施例と同様に原料流体の導入口と抽剤の導入口が設けられており、それらの各導入口に個別に導入された原料流体と抽剤が合流して円管内の抽出流路に流れるようになっている。なお、この比較例では、抽出流路における原料流体と抽剤の滞留時間がそれぞれ異なる場合のデータを採取するため、抽出器を構成する円管の長さ、すなわち抽出流路の流路長が異なる4種類の抽出器を用意した。また、この比較例では、実施例で用いた原料流体及び抽剤と同様の原料流体及び抽剤を用いる。そして、実施例の1段目の抽出器に対して原料流体及び抽剤を供給したのと同様の条件でこの比較例による抽出器の各導入口に原料流体と抽剤を供給する。
【0074】
そして、この比較例でも、抽出器の抽出流路の導入口において、その抽出流路に導入される原料流体中の銅イオンの濃度を測定するとともに、その抽出器の抽出流路の出口において排出される原料流体中の銅イオンの濃度を測定する。そして、実施例の場合と同様に抽出器の抽出流路で行われた抽出工程による原料流体からの銅イオンの抽出率を算出した。
【0075】
以上の実施例と比較例とについて行った実験の結果が図4に示されている。すなわち、図4には、原料流体と抽剤が接触した状態で流れる滞留時間の経過と得られる銅イオンの抽出率との関係が示されている。また、この図4には、滞留時間の経過と原料流体のpHとの関係についても示されている。
【0076】
この図4から分かるように、比較例では、抽出流路での原料流体と抽剤の滞留時間が約7秒で原料流体のpHが急激に低下し、それ以降はpHの低下は微小であり、特に滞留時間が約17秒を超えると原料流体のpHは低下した値でほぼ一定となる。そして、この比較例の場合、原料流体と抽剤の滞留時間が約7秒までは銅イオンの抽出率がある程度大きく増加するが、それ以降は抽出率の増加は緩やかになり、滞留時間が約17秒を超えると、ほぼ抽出平衡に達し、抽出率はあまり増加しない。
【0077】
一方、実施例では、1段目及び2段目の抽出器から排出された各原料流体についてそれぞれpH調整を行うことにより、2段階で原料流体のpHが回復している。その結果、比較例では抽出率の増加が緩やかになってくる滞留時間が約7秒以降において、抽出率の増加が大きく、比較例よりも抽出率が高くなる。結果、本発明の実施例では、同一の滞留時間で比較すると、比較例に比べて高い抽出率が得られることが分かる。また、別の観点からは、本発明の実施例では、比較例に比べてより短い滞留時間で銅イオンの抽出率を目標抽出率に到達させ得ることが分かる。
【0078】
(第2実施例)
次に、従来のミキサーセトラー装置を用いた抽出方法に対する本発明の抽出方法の効果を調べるために行ったシミュレーションの結果について説明する。
【0079】
このシミュレーションでは、抽出対象物質である特定成分が3価の金属イオンM3+であるものとし、原料流体は、この金属イオンM3+が0.5mol/Lの濃度で溶解した溶液であるものとする。また、この原料流体は、未処理の状態ではpHが2であるものとする。
【0080】
また、抽出工程において、以下の反応式で表される抽出反応が生じるものとする。なお、以下の反応式において、HRは抽剤の分子を表す。
【0081】
3++3(HR)→MR+3H
【0082】
この反応式は、1molの金属イオン(M3+)が原料流体から抽出されることにより、3molの水素イオン(H)が生成することを表す。従って、抽出が進行するにつれて原料流体のpHが低下する。
【0083】
また、このシミュレーションでは、原料流体からの金属イオンの抽出平衡のpH依存性を示す指標logDが以下のように設定される。なお、Dは、抽出平衡時の抽剤中の金属イオンM3+の濃度を抽出平衡時の原料流体中の金属イオンM3+の濃度で除することによって得られる値である。
【0084】
logD=3pH−0.5
【0085】
また、このシミュレーションでは、原料流体からの金属イオンの抽出速度のpH依存性を示す指標として、その金属イオンの抽出速度係数Kが以下のように設定される。この抽出速度係数Kは、金属イオン及び抽剤の種類に応じて設定される値である。
【0086】
K=0.002[H−1
【0087】
ここで、[H]は、原料流体中の水素イオン濃度である。
【0088】
実施例としては、上記実施形態の抽出装置1を用いて原料流体から特定成分としての金属イオンM3+を抽出するものとする。そして、実施例では、各段の抽出器11〜19の抽出流路32における平均滞留時間を64秒に設定し、第1〜第9抽出器11〜19の抽出流路32での合計の滞留時間を576秒に設定する。各段の抽出器11〜19の抽出流路32における平均滞留時間は、原料流体からの特定成分としての金属イオンM3+の抽出が抽出平衡に達するよりも短い時間に設定されている。また、各調整剤供給配管42からpH調整剤を供給することによって、対応する原料流体のpHを金属イオンM3+の抽出に適していて抽出速度が高くなる約1に調整するものとする。
【0089】
一方、比較例では、3段のミキサーセトラー装置を備えた抽出装置を用いて原料流体から抽剤への特定成分の抽出を行う。各段のミキサーセトラー装置は、撹拌手段により原料流体と抽剤を撹拌して混合するミキサー部と、そのミキサー部で混合された原料流体と抽剤の混合物を静置して原料流体と抽剤に分離させるセトラー部とを有する。この比較例で用いる原料流体、抽剤及び抽出対象物質である特定成分は、実施例の場合と同様とする。
【0090】
1段目のミキサーセトラー装置のミキサー部には、未処理の原料流体が供給される。また、各段のミキサーセトラー装置のミキサー部には、抽出処理に未使用の抽剤がそれぞれ供給される。1段目のミキサーセトラー装置は、そのセトラー部で分離した原料流体が2段目のミキサーセトラー装置のミキサー部に供給されるように2段目のミキサーセトラー装置と接続されている。2段目のミキサーセトラー装置は、そのセトラー部で分離した原料流体が3段目のミキサーセトラー装置のミキサー部に供給されるように3段目のミキサーセトラー装置と接続されている。
【0091】
そして、1段目のミキサーセトラー装置のセトラー部から導出された原料流体が2段目のミキサーセトラー装置のミキサー部へ供給される前にpH調整剤を添加し、その原料流体のpHを約1に調整するものとする。また、2段目のミキサーセトラー装置のセトラー部から導出された原料流体が3段目のミキサーセトラー装置のミキサー部へ供給される前にpH調整剤が添加し、その原料流体のpHを約1に調整するものとする。
【0092】
この比較例では、各段のミキサーセトラー装置のミキサー部における原料流体と抽剤の滞留時間を289秒に設定する。従って、3段のミキサーセトラー装置のミキサー部において合計867秒の滞留時間になるものとする。また、各セトラー部での滞留時間は、ミキサー部での滞留時間よりも長いものとする。このため、各セトラー部での滞留中に原料流体からの特定成分の抽出が抽出平衡に達しているものとする。
【0093】
以上のように設定された実施例と比較例についてシミュレーションにより、原料流体と抽剤とが接触した状態での滞留時間と抽出率及び原料流体のpHとの関係を求めた。そのシミュレーション結果が図5に示されている。
【0094】
この図5から分かるように、比較例では、抽出率が約90%に到達するのに約800秒の滞留時間が必要になるのに対し、実施例では、同じ抽出率に到達するのに約280秒の滞留時間しか掛からない。なお、このシミュレーションでは、比較例において、各段のミキサーセトラー装置のセトラー部での滞留時間を除外しているため、比較例で掛かる実際の滞留時間はより長くなる。従って、実施例による抽出方法では、所定の抽出率(目標抽出率)に到達するまでの時間を従来のミキサーセトラー装置を用いた抽出方法に比べて著しく短縮できることが分かる。
【0095】
なお、今回開示された実施形態及び実施例は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施形態の説明ではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0096】
例えば、図6に示す第1変形例のように、途中のセトラーで分離した抽剤をそのセトラーよりも上流側の抽出器に供給するように構成された抽出装置81を用いて原料流体からの特定成分の抽出処理を行ってもよい。
【0097】
具体的には、この第1変形例による抽出装置81では、第2セトラー22で分離した抽剤が第1抽出器11の各流路28(図3参照)に供給されるように第2セトラー22と第1抽出器11の抽剤供給ヘッダ63が相互に接続され、第3セトラー23で分離した抽剤が第4抽出器14の各流路28(図3参照)に供給されるように第3セトラー23と第4抽出器14の抽剤供給ヘッダ63が相互に接続されている。
【0098】
また、この第1変形例による抽出装置81では、抽出処理に未使用の抽剤は、第7抽出器17の各流路28(図3参照)のみに供給されるようになっている。また、pH調整剤は、第1抽出器11から第2抽出器12へ供給される途中の原料流体と、第2抽出器12から第3抽出器13へ供給される途中の原料流体と、第1セトラー21から第4抽出器14へ供給される途中の原料流体とにのみ添加される。
【0099】
この第1変形例による抽出装置81の上記以外の構成は、上記実施形態による抽出装置1の構成と同様である。
【0100】
この第1変形例による抽出装置81を用いた抽出方法では、第2セトラー22で分離した抽剤をその第2セトラー22よりも上流に位置する第1抽出器11での原料流体からの特定成分の抽出に再利用できるとともに、第3セトラー23で分離した抽剤をその第3セトラー23よりも上流に位置する第4抽出器14での原料流体からの特定成分の抽出に再利用できる。このため、抽剤の使用量をより削減できる。
【0101】
また、図7に示す第2変形例のように、最下流のセトラーで分離した抽剤を最上流の抽出器に供給するように構成された抽出装置91を用いて原料流体からの特定成分の抽出処理を行ってもよい。
【0102】
具体的には、この第2変形例による抽出装置では、第3セトラー23で分離した抽剤が第1抽出器11の各流路28(図3参照)に供給されるように第3セトラー23と第1抽出器11の抽剤供給ヘッダ63が相互に接続されている。また、この第2変形例による抽出装置91では、抽出処理に未使用の抽剤は、第4抽出器14の各流路28及び第7抽出器17の各流路28のみに供給されるようになっている。また、この第2変形例におけるpH調整剤の供給形態は、上記第1変形例の場合と同様である。
【0103】
この第2変形例による抽出装置91の上記以外の構成は、上記実施形態による抽出装置1の構成と同様である。
【0104】
この第2変形例による抽出装置91を用いた抽出方法では、第3セトラー23で分離した抽剤を最上流の第1抽出器11での原料流体からの特定成分の抽出に再利用できる。このため、当該第2変形例でも、抽剤の使用量を削減できる。
【0105】
また、上記実施形態では、マイクロチャネルである複数の流路が配列された複数の流路基板と複数の封止板とが積層された積層体によって抽出器本体が形成された例を示したが、抽出器は必ずしもこのようなものに限定されない。例えば、上記第1実施例で用いたガラス管等のチューブ状のものによって抽出流路が形成された抽出器を用いてもよい。
【0106】
また、本発明は、原料流体からの特定成分の抽出に伴って原料流体のpHが低下する形態のものにのみ適用が限定されない。例えば、原料流体からの特定成分の抽出に伴って原料流体のpHが上昇する形態のものにも本発明を適用可能である。
【符号の説明】
【0107】
1 抽出装置
11 第1抽出器
12 第2抽出器
13 第3抽出器
14 第4抽出器
28 流路
70 流路基板(流路層)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7