(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6205642
(24)【登録日】2017年9月15日
(45)【発行日】2017年10月4日
(54)【発明の名称】テルペン合成酵素をコードする遺伝子のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20170925BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20170925BHJP
C12Q 1/68 20060101ALI20170925BHJP
【FI】
C12N15/00 A
C12Q1/02ZNA
C12Q1/68 Z
【請求項の数】9
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2013-104412(P2013-104412)
(22)【出願日】2013年5月16日
(65)【公開番号】特開2014-223038(P2014-223038A)
(43)【公開日】2014年12月4日
【審査請求日】2016年5月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人 千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(74)【代理人】
【識別番号】100152319
【弁理士】
【氏名又は名称】曽我 亜紀
(72)【発明者】
【氏名】梅野 太輔
(72)【発明者】
【氏名】岩嵜 美希
【審査官】
松岡 徹
(56)【参考文献】
【文献】
特表2004−528844(JP,A)
【文献】
特開2011−125334(JP,A)
【文献】
梅野 太輔,テルペン合成酵素の探索と機能進化法の開発,研究報告集,財団法人松籟科学技術振興財団,2013年 3月 1日,第24集,第29〜35頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12Q
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
テルペン合成酵素変異体をコードする遺伝子であって、酵素活性および/またはその発現が野生型酵素と比較して増強されたテルペン合成酵素変異体をコードする遺伝子を導入した細胞に、被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含み、該テルペン合成酵素変異体は、当該変異体を発現した細胞の細胞死を引き起こす変異体であり、細胞死が、テルペン合成酵素変異体により消費される基質または該基質の材料となる化合物が細胞の生存に関与する化合物であることにより生じる細胞死であって、当該基質はテルペン合成に必須の基質である、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
【請求項2】
テルペン合成酵素変異体が、ゲラニオール合成酵素変異体である、請求項1に記載のテルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
【請求項3】
細胞が、大腸菌である、請求項1又は2に記載のテルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
【請求項4】
酵素活性が増強されたゲラニオール合成酵変異体をコードする遺伝子であって、該変異体は酵素活性および/またはその発現が野生型酵素と比較して増強されており、かつ、該変異体を発現した細胞において、該変異体により消費される基質または該基質の材料となる化合物が細胞の生存に関与する化合物であることにより生じる細胞死を引き起こす変異体をコードする遺伝子を導入した細胞に、被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
【請求項5】
酵素活性が増強されたゲラニオール合成酵変異体をコードする遺伝子であって、該変異体は酵素活性および/またはその発現が野生型酵素と比較して増強されており、かつ、該変異体を発現した大腸菌において、該変異体により消費される基質または該基質の材料となる化合物が大腸菌の生存に関与する化合物であることにより生じる細胞死を引き起こす変異体をコードする遺伝子を導入した大腸菌に、被検遺伝子を導入して培養し、大腸菌に導入した被検遺伝子のうち生存した大腸菌に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
【請求項6】
酵素活性が増強されたゲラニオール合成酵変異体をコードする遺伝子が、配列番号1または配列番号3に記載のヌクレオチド配列で表される遺伝子である、請求項4または請求項5に記載のテルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
【請求項7】
配列番号1または配列番号3に記載のヌクレオチド配列で表されるゲラニオール合成酵変異体をコードする遺伝子を導入した細胞に、被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
【請求項8】
配列番号1または配列番号3に記載のヌクレオチド配列で表されるゲラニオール合成酵変異体をコードする遺伝子を導入した大腸菌に、被検遺伝子を導入して培養し、大腸菌に導入した被検遺伝子のうち生存した大腸菌に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
【請求項9】
配列番号5または配列番号6に記載のヌクレオチド配列で表されるプラスミドを形質転換した大腸菌に、被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テルペン合成酵素をコードする遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法に関する。より詳しくは、本発明は、テルペン合成酵素変異体をコードする遺伝子であって、酵素活性および/またはその発現が野生型酵素と比較して増強されたテルペン合成酵素変異体をコードする遺伝子を導入した細胞に、被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含み、ここで、該テルペン合成酵素変異体は、細胞の生存に関与する化合物をその基質や該基質の材料として消費することにより細胞死を引き起こすことを特徴とする、テルペン合成酵素をコードする遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
テルペンは、55,000種以上もの構造が知られている、植物や昆虫、菌類等によって生産される多様な天然化合物群である。分類によってはテルペン類のうち、カルボニル基やヒドロキシ基等の官能基を持つ誘導体をテルペノイドと呼ぶことがある。また、それらの総称としてイソプレノイドという呼称も使用される。
【0003】
テルペンは最初、精油に含まれるC
10H
16の分子式をもつ炭化水素を指していたが、テルペンと呼ばれる対象が拡大し、現在では(C
5H
8)
nの組成の炭化水素およびそれから導かれる含酸素/含窒素化合物並びに不飽和度を異にするものも意味するようになった。拡張された範囲のものをテルペノイドと称する場合も多い。上記分子式のnの数2のものをモノテルペン、3をセスキテルペン、4をジテルペン、6をトリテルペン、8をテトラテルペン、および多数のものをポリテルペンと称する。自然界には既知/未知を含めて百万超のテルペンがあると言われている。これら全てのテルペン化合物はイソペンテニル二リン酸(以下、IPP)という共通の前駆体からテルペン合成経路を介して合成される。IPPは、アセチルCoAを出発物とするメバロン酸経路や、ピルビン酸を出発物とする非メバロン酸経路を経て合成される(非特許文献1−2)。IPPは、イソペンテニル二リン酸イソメラーゼ(以下、IDI)による異性化反応で、その構造異性体であるジメチルアリル二リン酸(以下、DMAPPと略称する)に転換される。これら経路で合成されたIPPおよびDMAPPにプレニルトランフェラーゼが作用することにより、ゲラニル二リン酸、ファルネシル二リン酸、ゲラニルゲラニル二リン酸等の、テルペン合成の中間体である鎖状アルコール二リン酸エステルが生成される。これら鎖状アルコール二リン酸エステルを基質としてテルペン合成酵素の作用によりテルペンが合成されるが、これらの酵素は鎖状のテルペンを与えるほか、閉環、ヒドリドやアルキル基転位、水やアミンの付加、脱水素、酸素官能基導入、脱炭酸反応を行い、多種多様な骨格を持つテルペンを生成する。
【0004】
テルペンは、医薬品、香料、および有機合成の合成原料として広く利用されている(非特許文献3)。また、このような工業価値を有するものに加え、抗菌作用、免疫賦活作用、精神安定作用、抗マラリア活性等の、様々な薬理活性を有するものがある。さらに近年では、ディーゼルやジェット燃料に適した物性を持つテルペンが、新たなバイオ燃料として注目されてもいる(非特許文献4)。
【0005】
このようにテルペンにはさまざまな生理機能があることから、テルペンの効率的な微生物生産法の確立をめざした多くの研究がなされている。テルペン合成酵素をコードする遺伝子の多くは植物由来であるため、大腸菌や酵母等の宿主を利用した生産系では、その発現量が低く、また発現する酵素の安定性や活性も低い。つまり、コドン利用(codon usage)の非最適化、翻訳後修飾の欠如、会合パートナーの不在等によって、本来の活性を発揮できない場合が多い。また、テルペン合成酵素は、酵素活性が高くないものが多い。これらの原因により、テルペンの効率的な微生物生産の構築が困難になっている。
【0006】
一方、大腸菌、酵母、シアノバクテリア、コリネ菌、枯草菌、好熱性細菌等、産業生産の宿主に使われることが検討されているほとんど全ての細胞は、テルペン類の直接の前駆体を合成している。このため、必要なテルペン合成酵素の遺伝子を導入するだけで、微量ながら細胞にテルペン生産させることができる。ただし、それらのプレニル二リン酸の合成量は必ずしも高くないうえ、tRNA修飾やタンパク質のプレニル化、ドリコール/キノン側鎖等細胞の生育に必要な各種成分の生合成に使われるため、テルペン生産にまわる炭素原は必ずしも多くない。
【0007】
テルペンの効率的生産をめざして、その生産経路の改良が各種試みられてきた。例えば、宿主由来のプレニル二リン酸合成経路遺伝子の過剰発現(非特許文献5)、異種のプレニル二リン酸合成経路遺伝子の導入(非特許文献6−7)、競合経路であるtRNAプレニル化酵素遺伝子の欠損(特許文献1、非特許文献6−7)、およびグローバルレギュレーターの過剰発現(非特許文献7)等による試みが報告されている。しかしテルペンの生産効率は、バイオアルコールや脂肪酸エステル、バイオプラスチック等の生産レベル(数十〜数百g/L培地)と比べ、圧倒的に低レベル(せいぜい1g/L培地)であり、その生産方法にはまだ改良の余地がある。テルペン生産能の向上に寄与する遺伝的因子の探索を目的として、宿主の持つ複雑で未解明な代謝制御ネットワークを探索し、ランダムな遺伝子ノックアウト(非特許文献8−10)、σ因子やグローバル転写レギュレータのランダム改変(特許文献2−4、非特許文献7)、ゲノムシャッフリング(非特許文献11)等が、今なお精力的に行われている。また、同じテルペン生産経路の上流に存在して生産を強化する遺伝子(群)でも、由来が違ったり、あるいはオペロンの構成が変わったりすると、宿主のテルペン生産能は高まる(非特許文献12−13および14−16)。
【0008】
また、テルペンの効率的生産を目的として、その合成酵素遺伝子の探索が盛んに行われている。しかしながら、テルペン生合成に係わる合成酵素をコードする遺伝子の全てを網羅的に取得する方法は提案されていない。とくに未知のテルペン分子をつくる合成酵素の機能は、簡単に同定することはできない。現在のところ、既知のテルペン合成酵素遺伝子と有意な配列相同性をもつ遺伝子をゲノムデータベースから特定し、該遺伝子がコードするタンパク質の活性を液体クロマト質量分析装置(LC−MS)やガスクロマト質量分析装置(GC−MS)を用いて測定し、その結果テルペン合成酵素活性が認められたタンパク質をコードする遺伝子をテルペン合成酵素遺伝子であると認定するという方法で、新規テルペン合成酵素遺伝子の取得が行われている(非特許文献17)。しかし、既知のテルペン合成酵素遺伝子と配列相同性が低い遺伝子は、このような方法では取得することが困難であった。
【0009】
テルペン生産経路の改良やその合成酵素遺伝子の探索には、プレニル二リン酸から合成されるカロテノイド色素合成経路を用いたスクリーニング(カロテノイドスクリーニング)が用いられている(非特許文献7および18)。このスクリーニングでは、何らかの遺伝子の導入および発現によりテルペン前駆体量が高くなると、該テルペン前駆体から合成されるカロテノイド色素の蓄積量の増加がもたらされ、該増加した色素蓄積量がコロニー色の深化により可視化できる。
【0010】
本発明者らも、テルペン合成酵素の基質消費能に基づき、テルペン合成酵素遺伝子をスクリーニングする方法を提供している(非特許文献5)。すなわち、テルペン合成酵素群と同じ基質を原料とする種々の色素の生合成経路を細胞内に構築し、これらの細胞にテルペン合成酵素の遺伝子を導入して色素合成経路から原料を奪うことにより、細胞当りの色素合成量が減少することを指標にしたテルペン合成酵素のスクリーニング方法を提供している。
【0011】
しかし、色素の蓄積量の増加または減少を指標にしたテルペン合成酵素遺伝子のスクリーニングには、2つの問題点がある。1つの問題は、コロニーの色の測定等に手間がかかり、そのスクリーニングサイズが制限されることである。このようなスクリーニングにおいては多くの場合、ニトロセルロース膜を使って視認性を高める工夫が必要であり、そのコストとスループットに大きな制限がある(非特許文献19)。また、メタゲノムソースや、複数の遺伝子にまたがるランダム変異ライブラリ等のようなスループット要求性のより高い探索には、これらの手法は現実的ではない。もう1つ問題は、カロテノイド色素の代謝経路そのものが持つ触媒活性、および細胞宿主の色素蓄積限界の存在である。テルペン生産経路の上流経路を強化できたとしても、これらの要素により、細胞への色素蓄積量はプラトーに達する。このため、強力な活性を有するテルペン合成酵素遺伝子の探索は困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2005−348644号公報
【特許文献2】米国特許第7695932号明細書
【特許文献3】米国特許第7741070号明細書
【特許文献4】米国特許第8062878号明細書
【特許文献5】特開2011−125334号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Goldstein J.L., et al.,Regulation of the mevalonate pathway. Nature 343,425−430(1990)
【非特許文献2】Hunter W.N.,The Non−mevalonate Pathway of Isoprenoid Precursor Biosynthesis. The Journal of Biological Chemistry 282,21573−21577(2007)
【非特許文献3】Ajikumar P.K., et al.,Terpenoids:opportunities for biosynthesis of natural product drugs using engineered microorganisms. Molecular Pharmaceutics 5,2,167−190(2008)
【非特許文献4】Lee S.K. et al.,Metabolic engineering of microorganisms for biofuels production:from bugs to synthetic biology to fuels. Current Opinion in Biotechnology 19,5,556−563(2008)
【非特許文献5】Kinkead Reiling K. et al.,Monoand diterpene production in Escherichia coli. Biotechnology and Bioengineering 87,2,200−212(2004)
【非特許文献6】Martin V.J.J. et al.,Engineering a mevalonate pathway in Escherichia coli for production of terpenoids. Nature Biotechnology 21,7,796−802(2003)
【非特許文献7】Stephanopoulos G. et al.,Multi−dimentional gene target search for improving lycopene biosynthesis in Escherichia coli. Metabolic engineering 9,337−347(2007)
【非特許文献8】Oezaydin B. et al.,Carotenoid−based phenotypic screen of the yeast deletion collection reveals new genes with roles in isoprenoid production. Metabolic engineering 15,174−183(2013)
【非特許文献9】Alper H. et al.,Identifying gene targets for the metabolic engineering of lycopene biosynthesis in Escherichia coli. Metabolic engineering 7,155−164(2005)
【非特許文献10】Tawornsamretkit I. et al.,Analysis of Metabolic Network of Synthetic Escherichia coli Producing Linalool Using Constraint−based Modeling. Procedia Computer Science 11,24−35(2012)
【非特許文献11】Zhang Y.X., et al.,Genome shuffling leads to rapid phenotypic improvement in bacteria. Nature 415,644−646(2002)
【非特許文献12】Kajiwara S. et al.,Expression of an exogenous isopentenyl diphosphate isomerase gene enhances isoprenoid biosynthesis in Escherichia coli. Biochemical Journal 324,421−426(1997)
【非特許文献13】Tsuruta H. et al. High−level production of amorpha−4,11−diene, a precursor of the antimalarial agent artemisinin, in Escherichia coli. PloS One 4,e4489(2009)
【非特許文献14】Anthony J.R. et al.,Optimization of the mevalonate−based isoprenoid biosynthetic pathway in Escherichia coli for production of the anti−malarial drug precursor amorpha−4,11−diene. Metabolic Engineering 11,13−19(2009)
【非特許文献15】Peralta−Yahya P.P. et al.,Identification and microbial production of a terpene−based advanced biofuel. Nature Communications 2,483(2011)
【非特許文献16】Ajikumar P.K. et al.,Isoprenoid pathway optimization for Taxol precursor over production in Escherichia coli. Science 330,70−74(2010)
【非特許文献17】Mijts B.N. et al.,Identification of a carotenoid oxygenase synthesizing acyclic xanthohylls:combinatorial biosynthesis and directed evolution. Chemistry and Biology 12,453−460(2005)
【非特許文献18】Prather K.J.L. et al.,Proceedings of The National Academy of Siences 107,32,13654−13659(2010)
【非特許文献19】Furubayashi M. et al.,Directed Evolution of Carotenoid Synthases for the Production of Unnatural Carotenoids. Methods in Molecular Biology 892,245−253(2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
自然界の既知および未知のテルペンを生物生産できるようにするためには、まず、その合成酵素の遺伝子を取得する必要があり、そのような遺伝子の取得方法の開発が必要である。また、テルペンの生物大量生産系の構築のためには、テルペン生産経路の改良が必要であり、該経路に関わる酵素群およびそれらの変異体の探索方法の開発が必要である。
【0015】
すなわち、本発明の課題は、テルペンの生物大量生産系を構築するために使用される、テルペン生産経路に関わる酵素群およびそれらの変異体の探索方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を行い、テルペン生産量の向上したゲラニオール合成酵素(以下、GESと略称する)変異体をコードする遺伝子を形質転換した大腸菌株では細胞死が引き起こされること、該細胞死はGESによる基質消費に起因する生育阻害によること、該細胞死はGESの基質の生合成を触媒する酵素をコードする遺伝子を導入して該基質を供給することにより防止できることを見出した。そして、これら知見を利用して、酵素活性および/またはその発現が増強されたテルペン合成酵素変異体をコードする遺伝子を導入した細胞に被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することにより、テルペン合成酵素をコードする遺伝子および/またはその変異体、例えばテルペン合成酵素の基質または該基質の材料となる化合物、すなわちテルペン前駆体、を合成する酵素をコードする遺伝子および/またはその変異体をスクリーニングする方法を構築した。
【0017】
すなわち、本発明は、以下からなる。
1.テルペン合成酵素変異体をコードする遺伝子であって、酵素活性および/またはその発現が野生型酵素と比較して増強されたテルペン合成酵素変異体をコードする遺伝子を導入した細胞に、被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
2.テルペン合成酵素変異体が、該変異体を発現した細胞の細胞死を引き起こすテルペン合成酵素変異体である、前記1.のテルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
3.細胞死が、テルペン合成酵素変異体により消費される基質または該基質の材料となる化合物が細胞の生存に関与する化合物であることにより生じる細胞死である、前記2.のテルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
4.テルペン合成酵素変異体が、ゲラニオール合成酵素変異体である、前記1.から3.のいずれかのテルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
5.細胞が、大腸菌である、前記1.から4.のいずれかのテルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
6.酵素活性が増強されたゲラニオール合成酵変異体をコードする遺伝子であって、該変異体は酵素活性および/またはその発現が野生型酵素と比較して増強されており、かつ、該変異体を発現した細胞において、該変異体により消費される基質または該基質の材料となる化合物が細胞の生存に関与する化合物であることにより生じる細胞死を引き起こす変異体をコードする遺伝子を導入した細胞に、被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
7.酵素活性が増強されたゲラニオール合成酵変異体をコードする遺伝子が、配列番号1または配列番号3に記載のヌクレオチド配列で表される遺伝子である、前記6.のテルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
8.配列番号1または配列番号3に記載のヌクレオチド配列で表されるゲラニオール合成酵変異体をコードする遺伝子を導入した細胞に、被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
9.配列番号5または配列番号6に記載のヌクレオチド配列で表されるプラスミドを形質転換した大腸菌に、被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、酵素活性および/またはその発現が増強されたテルペン合成酵素変異体をコードする遺伝子を導入した細胞に被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素をコードする遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法を提供することができ、その結果、選抜された遺伝子やその変異体を使用して、テルペンの生物大量生産系を構築することができる。
【0019】
本発明に係る方法は、テルペン合成酵素の基質や該基質の材料となる化合物の枯渇による細胞死からのレスキューを原理とした選抜手法である。すなわち、本方法は、テルペンの前駆体、すなわちテルペン合成酵素の基質または該基質の材料となる化合物を合成する酵素をコードする遺伝子やその変異体を形質転換した細胞のみが生存するといういわゆるセレクションモードでの遺伝子探索法である。本方法は、従来報告されているテルペン生産向上に寄与する遺伝子のスクリーニング方法、例えば色素の蓄積量の増加または減少を指標にしたスクリーニング方法と比較して、スループットが極めて高く、その操作も迅速かつ簡便である(
図1)。また本方法は、細胞増殖と結びついている(Growth−coupled)ため、テルペン前駆体の合成増強活性がより強い酵素をコードする遺伝子やその変異体を形質転換した細胞ほど生存効率がより高いと考えることができる。すなわち、単に正の効果をもつ遺伝子を選び出すだけでなく、より好ましい遺伝子を濃縮するための手法としてさらなる使用可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】テルペン合成に関わる酵素遺伝子のスクリーニング方法を説明する図である。パネルAは、従前に報告されている方法であってカロテノイド色素を用いて色を指標に実施するスクリーニング方法を示す。パネルBは、本願発明に係る方法であって、基質枯渇による細胞死の回避を指標に実施するスクリーニング方法を示す。
【
図2】ゲラニオール合成酵素変異体をコードする遺伝子の発現コンストラクトの模式図およびそのプラスミドマップを示す図である。パネルAは、ゲラニオール合成酵素(GES)のN末端52アミノ酸を欠失させ、さらにC末端に6×ヒスチジンタグ(6×His)を付加した変異体(GESM53)をコードする遺伝子の発現コンストラクトpLac−gesM53の模式図である。パネルCは、pLac−gesM53のプラスミドマップを示す。パネルBは、GESM53遺伝子の翻訳効率を高めるためにGESM53のアミノ酸配列においてGESの第54番目に相当するアミノ酸であるグリシンをバリンに置換し、さらにC末端に6×Hisを付加した変異体(GESM53
G54V)をコードする遺伝子の発現コンストラクトpBAD−gesM53
G54Vの模式図である。パネルDは、pBAD−gesM53
G54Vのプラスミドマップを示す。(実施例1)
【
図3】ゲラニオール合成酵素遺伝子の変異体を導入した大腸菌株XL−1 blueでのゲラニオール生産をガスクロマト/水素イオン検出器により測定した結果を示す図である。A.はpLac−gesM53を形質転換したXL−1 blue、B.はpLac−ges
D323Aを形質転換したXL−1 blueにおけるゲラニオール(Geraniol)の分析結果を示す。C.はゲラニオール標品の分析結果を示す。横軸は保持時間(RT[min])を示す。(実施例1)
【
図4】カロテノイド色素合成酵素遺伝子であるジアポフィトエン合成酵素(CrtM)遺伝子およびデヒドロスクアレン不飽和化酵素(CrtN)遺伝子を発現させた大腸菌では、ゲラニオール合成酵素遺伝子を共発現させると、色素合成酵素の基質がゲラニオール合成酵素に奪われるために、カロテノイド色素量の蓄積量の減少が認められたことを説明する図である。パネルAは、CrtM遺伝子およびCrtN遺伝子を発現させた大腸菌では、ピルビン酸を原料として幾つかの経路を経てゲラニルゲラニル二リン酸(GPP)が合成され、GPPからさらにゲラニオール合成酵素(GES)よりゲラニオール(Geraniol)が生産される一方、GPPからファルネシル二リン酸(FPP)を中継してカロテノイド(carotenoid)の1種である黄色色素(yellow pigment)が合成されることを説明する。パネルBは、CrtM遺伝子およびCrtN遺伝子を発現させた大腸菌XL−1 Blueでは、野生型GES(図中、WTと表示)またはGESM53(図中、M53と表示)を共発現させると、空ベクター(図中、Voidと表示)を形質転換したとき、またはGES不活性化変異体(図中、WT
D323Aと表示)を発現させたときと比較して、カロテノイド合成量が著しく減少したことを示す。カロテノイド合成量は、乾燥細胞重量(DCW)1g当たりの合成量(μg/gDCM)として示す。結果はN=3の平均値で示し、エラーバーはN=3の標準偏差を示す。(実施例1)
【
図5】野生型GESを発現させた大腸菌およびGES不活性化変異体(図中、D323Aと表示)を発現させた大腸菌JW3686株ではコロニー形成が観察されたが、GESM53を発現させた大腸菌JW3686株ではコロニー形成がほとんど観察されなかったことを説明する図である。図中、野生型GESはWT、GES不活性化変異体はD323A、GESM53はM53と表示する。図の縦軸は、形質転換あたりのコロニー形成単位(CFU/TF)を示す。(実施例3)
【
図6】GESM53のみを発現させた大腸菌ではコロニーが形成されなかったが、該大腸菌にイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ(IDI)を共発現させるとコロニー形成が観察されたことを説明する図である。大腸菌JW3686株に、pLac−gesM53と空ベクターであるpAC−voidまたは色素合成酵素遺伝子発現ベクターであるpAC−crtMNとを共形質転換したときにはコロニーが形成されなかったが、pLac−gesM53とpAC−idiとを共形質転換することによりコロニーが形成された。図の左縦軸は、形質転換あたりのコロニー形成単位(CFU/TF)を示す。図中、○はpLac−gesM53と、pAC−void、pAC−idi、またはpAC−crtMNとの共形質転換によるコロニー形成単位(CFU
GES(+))を示す。●は、pLacプラスミドと、pAC−void、pAC−idi、またはpAC−crtMNとの共形質転換によるコロニー形成単位(CFU
GES(ー))を示す。図の右縦軸は生存率を示し、該生存率はCFU
GES(+)のCFU
GES(ー)に対する比である。結果はN=3の平均値で示し、エラーバーはN=3の標準偏差を示す。(実施例3)
【
図7】各種GES変異体発現プラスミドと緑色蛍光タンパク質発現プラスミドとを3種類の大腸菌株に形質転換し、宿主の種類がGES変異体発現による細胞死に影響するか否かを検討した結果を示す図である。大腸菌は、JW3686株(図中、JW/Δtnaと記載する)、BW25113株、およびXL−1 Blueの3種類を用いた。図中、D323AおよびG285SはGES不活性化変異体を、wtは野生型GESを、M53はGESM53を示す。縦軸は、プレートあたりのコロニー形成単位(cfu/plate)に対する蛍光性コロニーおよび非蛍光性コロニーのそれぞれの数比を示し、図中の数字は実際に計数したコロニーの数を示す。(実施例4)
【
図8】pLac−gesM53と、pAC−idiおよびpAC−gfpの等濃度混合液(pAC−gfp/pAC−idi混合液)とを、大腸菌に共形質転換し、得られた形質転換体を培養することにより、IDI遺伝子を、GFP遺伝子との混合系から選択的に濃縮することができたことを示す図である。左パネルは、pLac−gesM53またはpLac−ges
D323Aと、pAC−gfp/pAC−idi混合液とをJW3686株に共形質転換して培養し、形成されたコロニーを計数した結果を示す。棒グラフの濃灰色は緑色蛍光コロニー(蛍光(+))、薄灰色は無蛍光コロニー(蛍光(−))を示す。図中の数字は、実際に観察されたコロニー数を示す。右パネルは、pLac−gesM53とpAC−gfp/pAC−idi混合液との共形質転換によって生じた3個の蛍光コロニーおよび30個の無蛍光コロニーのうち3個(左パネル参照)のプラスミド部分をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅してアガロースゲル電気泳動により分析した結果を示す。図中、Mは分子量マーカである。(実施例5)
【
図9】GESM53
G54Vのアラビノース誘導系を利用し、GESM53
G54V発現とそれによる細胞死のアラビノースによるスイッチング、およびIDIによる該細胞死のレスキュー効果を検討した結果を示す図である。左縦軸は、アラビノースを含有する寒天培地でのコロニー形成数(○ CFU/TF−arabinose(+))、およびアラビノースを含まない寒天培地(● CFU/TF−arabinose(−))でのコロニー形成数を示す。コロニー形成数は形質転換あたりのコロニー形成単位(CFU/TF)で示した。右縦軸は、生菌率を示す(棒グラフ)。生菌率は、アラビノースを含有する寒天培地上のコロニー数とアラビノースを含有しない寒天培地上のコロニー数の比として算出した。(実施例6)
【
図10】GESM53
G54Vのアラビノース誘導系を導入した大腸菌(JW3686/pBAD−gesM53
G54V)に、pAC−idiおよびpAC−gfpの等濃度混合液(pAC−gfp/pAC−idi混合液)を形質転換し、得られた形質転換体を培養することにより、IDI遺伝子を、GFP遺伝子との混合系から選択的に濃縮することができたことを説明する図である。左パネル(A)は、JW3686/pBAD−gesM53
G54Vを、pAC−gfp/pAC−idi混合液によって形質転換し、0.2% アラビノースを含有する寒天培地(上段)およびアラビノースを含有しない寒天培地(下段)に播種して形成させたコロニーの状態を示す。白く見えるのが蛍光を示すコロニー、つまりpAC−gfpの形質転換物である。右パネル(B)は、形成された非蛍光コロニーの数および蛍光コロニーの数から求めた形質転換あたりのコロニー形成単位(CFU/TF)を示す。図中の数字は実際に計数したコロニーの数を示す。(実施例7)
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明は、テルペン合成酵素をコードする遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法に関する。より詳しくは、本発明は、テルペンの前駆体を合成する酵素をコードする遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法に関する。
【0022】
本発明に係るスクリーニング方法は、酵素活性が増強されたテルペン合成酵素変異体をコードする遺伝子を形質転換した細胞で、該酵素による基質消費に起因する生育阻害により細胞死が引き起こされることを見出したことに基づいて達成したものであり、酵素活性および/またはその発現が増強されたテルペン合成酵素変異体をコードする遺伝子を導入した細胞に被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子うち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを特徴とする。
【0023】
「テルペン」は、イソプレンを構成単位とする炭化水素で、植物や昆虫、菌類等によって作り出される生体物質である。もともと精油の中から大量に見つかった一群の炭素10個の化合物に与えられた名称であり、そのため炭素10個を基準として体系化されている。分類によってはテルペン類のうち、カルボニル基やヒドロキシ基等の官能基を持つ誘導体をテルペノイドと呼ぶことがある。また、それらの総称としてイソプレノイドという呼称も使用される。
【0024】
テルペンは生体内でメバロン酸またはピルビン酸から、数段階の反応を経て、生合成される。なお、テルペンの生合成経路は生物種により異なっている。
【0025】
テルペン生合成の第一段階はイソプレン単位の生成であり、メバロン酸経路または非メバロン酸経路(NEP/DOXP経路ともいう)から、イソプレン単位の起源であるC5分子(C5PP)、すなわちイソペンテニル二リン酸(IPP)が合成される。さらに、IPPからその異性体であるジメチルアリル二リン酸(DMAPP)が生成される。
【0026】
IPPからDMAPPへの異性化反応は、イソペンテニルピロリン酸イソメラーゼ(IDI)により触媒される。
【0027】
テルペン生合成の第二段階は、ジメチルアリル二リン酸(DMAPP)に次々にイソペンテニル二リン酸(IPP)が付加していくイソプレン単位の結合過程が挙げられる。これにより炭素数が5つずつ増えてゆき、様々な鎖状アルコール二リン酸エステル、例えば炭素数10のもの(C10PP)、炭素数15のもの(C15PP)、炭素数20のもの(C20PP)が合成される。これら鎖状アルコール二リン酸エステルは、テルペノイド前駆体として、テルペノイド生合成経路の最終段階で使用される。
【0028】
C10PP、例えばゲラニル二リン酸(GPP)は、IPPとDMAPPの間で起こる頭−尾結合(head to tail)型の縮合反応により合成される。この反応は、ジメチルアリルトランストランスフェラーゼ(EC 2.5.1.1)により触媒される。C10PPは、ゲラニオールやリナロールといったモノテルペンの前駆体となる。
【0029】
C15PPは、IPPとC10PPの縮合反応により合成される。例えば、ファルネシル二リン酸(FPP)は、IPPとGPPの縮合反応により合成される。この反応は、ファルネシル二リン酸合成酵素(ファルネシル二リン酸シンターゼ)により触媒される。これはファルネソールといったセスキテルペンの前駆体となる。また、スクアレン合成酵素の触媒作用により、2分子のC15PPが結合するとスクアレンが生成し、コレステロールやフィトステロールといったトリテルペンの前駆体となる。
【0030】
C20PPは、IPPとC15PPの縮合反応により合成される。例えば、ゲラニルゲラニル二リン酸(GGPP)は、IPPとFPPの縮合反応により合成される。この反応は、ゲラニルゲラニル二リン酸合成酵素により触媒される。C20PPは、ゲラニルゲラニオール、フィトール、タキソールといったジテルペンの基本骨格となる。ジテルペンの中には生理活性をもつものが数多くあるため、その大量生産方法の開発は極めて重要である。さらに、2分子のC20PPが結合するとフィトエンが生成し、カロテノイドといったテトラテルペンの前駆体となる。
【0031】
テルペン生合成の第三段階は、鎖状アルコール二リン酸エステルから種々の骨格を持つテルペンへの転換工程である。この生合成経路にも種々の酵素が関与している。
【0032】
C10PPを基質とする酵素としては、ゲラニオール合成酵素、リモネン合成酵素、メントール合成酵素、ピネン合成酵素等を挙げることができる。
【0033】
C15PPを基質とする酵素としては、γ−フムレン合成酵素、ファルネソール合成酵素、アリストロケン合成酵素、β−ファルネセン合成酵素、ノートカトン合成酵素−スクアレン合成酵素等を挙げることができる。スクアレン合成酵素は2分子のC15PPを頭−尾結合で縮合させ、C30骨格をもつ炭化水素スクアレンを合成する反応を触媒する。
【0034】
C20PPを基質とする酵素としては、タキサジエン合成酵素、コパリル二リン酸合成酵素、カスベン合成酵素等を挙げることができる。
【0035】
「テルペンの前駆体」とは、テルペン生合成経路において、ある生産物よりも前の段階にあって、1ないし数段階の反応によって当該生産物に変わり得る化合物をいう。テルペンの前駆体は、言い換えれば、テルペン生合成経路において、ある生産物を合成する酵素の基質または該基質の材料となる化合物を意味する。テルペンの前駆体には、IPPおよびDMAPP等のC5PP、並びにGPP等のC10PP、FPP等のC15PP、およびGGPP等のC20PPにより例示される鎖状アルコール二リン酸エステルが含まれる。
【0036】
「テルペン合成酵素」とは、テルペンの生合成を触媒する酵素を意味する。本発明において「テルペン合成酵素」の範囲には、テルペン生合成の各過程に係わる酵素のいずれも含まれる。また、酵素は、酵素活性等のその基本的な性質が阻害されない限りにおいて、そのアミノ酸配列のN末端側やC末端側に別のタンパク質等、例えばヒスチジンタグ等のタグペプチドが付加されたものであってもよい。酵素は、各種生物内に有している天然の酵素であってもよいし、変異体であってもよい。「テルペン合成酵素変異体」とは、テルペン合成酵素がそのタンパク質の一部のアミノ酸残基の置換、欠失、付加等により変異したタンパク質の概念である。変異体には、かかる変異によりその酵素活性、基質特異性、および安定性等の性質に変化が生じるものがある。これに対し、変異させていない酵素を野生型酵素と称する。
【0037】
本発明において、テルペン合成酵素をコードする遺伝子を「テルペン合成酵素遺伝子」という。「その変異体」とは、テルペン合成酵素遺伝子のDNAがその一部のヌクレオチドの置換、欠失、付加等により変異した遺伝子の概念である。自然界で生じた変異でもよいし、人工的になされた変異でもよい。また、テルペン合成酵素遺伝子は、その機能、例えばコードするタンパク質の発現や、発現されたタンパク質の機能が阻害されない限りにおいて、そのDNAの5´末端側や3´末端側に、別のタンパク質をコードする遺伝子、例えばヒスチジンタグ等のタグペプチドをコードする遺伝子が付加されたものであってもよい。
【0038】
変異体は、変異体のライブラリを作成し、そのライブラリから、宿主において酵素活性、発現量または安定性が高い変異体を選択することにより取得できる。このような選択は、従来報告されている色素の蓄積量の増加または減少を指標にしたテルペン合成酵素遺伝子のスクリーニング方法や、本発明に係るスクリーニング方法により実施できる。また、変異体、およびそのライブラリの作成は、公知の遺伝子工学的手法を用いて実施することができる。
【0039】
細胞に導入するテルペン合成酵素遺伝子またはその変異体によりコードされるテルペン合成酵素およびその変異体は、十分な基質消費能力をもつものである限りにおいて、いずれのものであってもよい。好ましくは、酵素活性および/またはその発現が野生型酵素と比較して増強されたテルペン合成酵素変異体、より好ましくは酵素活性が野生型酵素と比較して増強されたテルペン合成酵素変異体である。「酵素活性および/またはその発現が野生型酵素と比較して増強された」とは、細胞あたりの酵素活性および/またはその発現量が、野生型酵素のものよりも高いことを意味する。酵素活性および/またはその発現が野生型酵素と比較して増強されたテルペン合成酵素変異体は、基質消費能力が高く、その結果、基質や該基質の材料となる化合物の枯渇を生じる。そのため、基質や該基質の材料となる化合物が細胞の生存に関与する化合物であることにより、テルペン合成酵素またはその変異体を発現した細胞において生育阻害や細胞死が引き起こされる。テルペン合成酵素変異体の酵素活性および/またはその発現の増強の程度は、基質や該基質の材料となる化合物の消費が亢進することにより細胞死が誘導される程度の増強であればよい。
【0040】
細胞に導入するテルペン合成酵素遺伝子またはその変異体によりコードされるテルペン合成酵素およびその変異体は、好ましくは、その基質や該基質の材料となる化合物が細胞の生存に関与する化合物であることを特徴とするテルペン合成酵素またはその変異体である。より好ましくは、テルペン合成酵素またはその変異体を発現した細胞の細胞死を引き起こすことを特徴とするテルペン合成酵素またはその変異体である。さらに好ましくは、テルペン合成酵素またはその変異体を発現した細胞において、該酵素またはその変異体がコードする酵素の基質や該基質の材料となる化合物の枯渇により細胞死を引き起こすことを特徴とするテルペン合成酵素またはその変異体である。さらにより好ましくは、酵素活性および/またはその発現が野生型酵素と比較して増強されており、かつ、テルペン合成酵素またはその変異体を発現した細胞において、該酵素またはその変異体により消費される基質または該基質の材料となる化合物が細胞の生存に関与する化合物であることにより生じる細胞死を引き起こすことを特徴とするテルペン合成酵素変異体である。テルペン合成酵素またはその変異体として、具体的には、鎖状アルコール二リン酸エステル、例えばGPPやFPPを高効率で消費するテルペン合成酵素またはその変異体を挙げることができる。
【0041】
細胞に導入するテルペン合成酵素遺伝子またはその変異体によりコードされるテルペン合成酵素およびその変異体として、例えば、ゲラニオール合成酵素(geraniol synthase;GES)の変異体を好ましく例示できる。具体的には、GESの変異体として、スイートバジル由来のGESの変異体であって、全長GES(567アミノ酸)のアミノ酸配列から、N末端の52アミノ酸を切除して作製した変異体(GESM53と呼称する)を挙げることができる。GESM53は、野生型のものと比較して酵素活性が増強されており、GESM53を発現した細胞において、該細胞の細胞死を引き起こした。また、別の具体例として、GESM53のアミノ酸配列において、GESの第54番目に相当するアミノ酸であるグリシンをバリンに置換した変異体(GESM53
G54Vと呼称する)を挙げることができる。GESM53
G54は、GESM53と比較して、その遺伝子の翻訳効率が高いため、より高い活性を期待できる。GESM53をコードする遺伝子のヌクレオチド配列を配列番号1に、GESM53のアミノ酸配列を配列番号2に、GESM53
G54Vをコードする遺伝子のヌクレオチド配列を配列番号3に、GESM53
G54Vのアミノ酸配列を配列番号4に示す。
【0042】
本発明に係る方法で細胞に導入する遺伝子として、テルペン合成酵素遺伝子またはその変異体の代わりに、テルペン合成酵素の基質や該基質の材料となる化合物を消費する能力を有する酵素をコードする遺伝子またはその変異体を使用することができる。例えば、テルペン合成酵素の基質の材料となる化合物であるIPPを消費する活性を有する酵素、好ましくはIPPを消費する活性が高い酵素をコードする遺伝子を細胞に導入することにより、細胞内でIPPの枯渇が引き起こされ、それにより細胞死が生じる。かかる酵素として、ピロリン酸を加水分解除去するピロフォスファターゼを例示できる。
【0043】
細胞は、テルペン合成酵素遺伝子またはその変異体を導入することにより、細胞の生存に関与する化合物が消費され、その結果、細胞死が引き起こされるものである限りにおいて、いずれのものであってもよい。好ましくは、テルペン類の前駆体、例えばIPPやDMAPPを合成している細胞や、テルペン生合成経路を有する細胞を使用する。細胞は、増殖速度、クローニングの容易性、遺伝子操作の容易性、およびテルペンの生物大量生産系の構築への利用の容易性を考慮すると、大腸菌、シアノバクテリア、コリネ菌、枯草菌、好熱性細菌等の細菌類や酵母類が好ましい。また、人為的にテルペン生合成経路やその制御系の一部を損傷した細胞を使用することもできる。好適な細胞として、大腸菌、例えばJW3686株やBW25113株を例示できる。JW3686株は、BW25113株にΔtnaA::kanRの遺伝子改変を加えた株であり(Baba T. et al.,Construction of Escherichia coli K−12 in−frame,single−gene knockout mutants:the Keio collection. Molecular Systems Biology 2,Article No.0008(2006))、インドール合成に必要となるトリプトファン代謝酵素TnaAが欠損しているため、インドール合成をしない。そのため、ガスクロマトグラムにおいて、インドールピークに悩まされることなくテルペン生産物の分析ができるという利点がある。BW25113株は、大腸菌K−12株に由来する大腸菌株で、様々な遺伝子改変大腸菌を作成するときの親株として汎用されている。
【0044】
遺伝子またはその変異体の細胞への導入は、公知の遺伝子工学的手法を用いて実施することができる。例えば、テルペン合成酵素遺伝子またはその変異体を適当なベクターDNAに挿入して、該遺伝子またはその変異体を含む組換えベクターを作成し、得られた該組換えベクターを細胞に形質転換することにより、遺伝子またはその変異体の細胞への導入を実施できる。テルペン合成酵素遺伝子またはその変異体を挿入したベクターDNAとして、配列番号2記載のアミノ酸配列で示されるGESM53のC末端に6×ヒスチジンタグを付加したタンパク質をコードする遺伝子を挿入したプラスミドベクター(
図2のパネルAおよびC参照)を例示できる。このプラスミドベクターのヌクレオチド配列を配列番号5に示す。また別の例として、配列番号4記載のアミノ酸配列で示されるGESM53
G54VのC末端に6×ヒスチジンタグを付加したタンパク質をコードする遺伝子を挿入したプラスミドベクター(
図2のパネルBおよびD参照)を例示できる。このプラスミドベクターのヌクレオチド配列を配列番号6に示す。
【0045】
ベクターは、好ましくは発現ベクターを使用する。ベクターDNAは宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、宿主の種類および使用目的により適宜選択される。ベクターDNAは、天然に存在するものを抽出したもののほか、複製に必要な部分以外のDNAの部分が一部欠落しているものでもよい。代表的なものとして、プラスミド、バクテリオファージおよびウイルス由来のベクターDNAを例示できる。プラスミドDNAとして、大腸菌由来のプラスミド、枯草菌由来のプラスミド、酵母由来のプラスミド等を例示できる。具体的には、大腸菌では、pUC18およびpACYC184等を、枯草菌ではpYB110、pE194、pC194、pHY300PLK DNA等を、酵母では、pRS303、YEp213、TOp2609等を挙げることができる。ベクターには、目的遺伝子の機能が発揮されるように遺伝子を組込むことが必要であり、少なくとも目的遺伝子配列とプロモーターとをその構成要素とする。これら要素に加えて、所望によりさらに、複製そして制御に関する情報を担持した遺伝子配列、例えば、リボソーム結合配列、ターミネーター、シグナル配列、エンハンサー等のシスエレメント、スプライシングシグナル、および選択マーカー等から選択した1つまたは複数の遺伝子配列を自体公知の方法により組合せてベクターDNAに組込むことができる。選択マーカーとして、例えばジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子等を例示できる。ベクターDNAに目的遺伝子配列を組込む方法は、自体公知の方法を適用できる。例えば、目的遺伝子配列を適当な制限酵素により処理して特定部位で切断し、次いで同様に処理したベクターDNAと混合し、リガーゼによって再結合する方法が用いられる。あるいは、目的遺伝子配列に適当なリンカーをライゲーションし、これを目的に適したベクターのマルチクローニングサイトへ挿入することによっても、所望の組換えベクターが得られる。
【0046】
ベクターの宿主細胞への導入は、自体公知の手段が応用でき、例えば成書に記載されている標準的な方法(サムブルック(Sambrook)ら編、「モレキュラークローニング,ア ラボラトリーマニュアル 第2版」、1989年、コールドスプリングハーバーラボラトリー)により実施できる。具体的な方法として、リン酸カルシウムトランスフェクション、DEAE−デキストラン媒介トランスフェクション、マイクロインジェクション、陽イオン脂質媒介トランスフェクション、エレクトロポレーション、形質導入、スクレープ負荷(scrape loading)、バリスティック導入(ballistic introduction)および感染等が挙げられる。
【0047】
細菌を宿主として用いる場合、プロモーターとして、大腸菌等の宿主中で発現できるものであれば特に限定されず、いずれを用いてもよい。例えば、trpプロモーター、lacプロモーター、PLプロモーター、PRプロモーター等の、大腸菌やファージに由来するプロモーターが例示できる。tacプロモーター等の人為的に設計改変されたプロモーターを用いてもよい。細菌への組換えベクターの導入方法は、細菌にDNAを導入する方法であれば特に限定されない。好ましくは例えば、カルシウムイオンを用いる方法、エレクトロポレーション法等を例示できる。
【0048】
酵母を宿主とする場合、プロモーターとして、酵母中で発現できるものであれば特に限定されず、いずれを用いてもよい。例えば、gal1プロモーター、gal10プロモーター、ヒートショックタンパク質プロモーター、MFα1プロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター、AOX1プロモーター等が例示できる。酵母への組換えベクターの導入方法は、酵母にDNAを導入する方法であれば特に限定されず、好ましくは例えば、エレクトロポレーション法、スフェロプラスト法、酢酸リチウム法等を例示できる。
【0049】
動物細胞を宿主とする場合は、組換えベクターが該細胞中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、RNAスプライス部位、目的遺伝子、ポリアデニル化部位、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、所望により複製起点が含まれていてもよい。プロモーターとして、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMVプロモーター等を用いることができ、また、サイトメガロウイルスの初期遺伝子プロモーター等を用いてもよい。動物細胞への組換えベクターの導入方法として、好ましくは例えば、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法等を例示できる。
【0050】
原核生物を宿主とする場合は、組換えベクターが該細菌中で自律複製可能であると同時に、プロモーター、リボゾーム結合配列、目的遺伝子、転写終結配列により構成されていることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。
【0051】
発現ベクターは、所望の遺伝子の発現を制御可能な発現誘導システム(遺伝子発現誘導システム)を使用することが好ましい。遺伝子発現誘導システムは、該システムを導入した細胞で、特定の薬剤等の存在下で所望の遺伝子の発現が誘導または抑制されるものである。本発明に係るスクリーニング方法で用いるテルペン合成酵素をコードする遺伝子またはその変異体を形質転換した細胞は、発現した該酵素による基質消費に起因する生育阻害により細胞死が引き起こされるため、かかる細胞を維持培養しようとするときには、該遺伝子の発現が抑制されていることが必要である。遺伝子の発現を制御可能な発現誘導システムを使用することにより、通常の維持培養では遺伝子の発現を抑制して細胞を生存させ、使用時に薬剤を添加することにより遺伝子の発現を誘導して細胞死を誘発することができる。遺伝子発現誘導システムは、テルペン合成酵素をコードする遺伝子またはその変異体の発現を制御可能なものであれば、いずれを使用することもできる。好ましくは、発現誘導前の漏出のレベルが低いもの、より好ましくは、発現誘導前の漏出が殆どないものを使用する。遺伝子発現誘導システムとして、種々のシステムが報告されており、また、市販されているものもあるため、これらの中から適当なものを選択して使用することができる。好ましい遺伝子発現誘導システムとして、pBADタンパク質発現システムを例示できる。pBADタンパク質発現システムは、pBADプロモーターを組み込んだプラスミドベクターであり、L−アラビノースの用量依存的に、目的タンパク質の発現量をコントロールすることができる。pBADタンパク質発現システムを利用したテルペン合成酵素変異体遺伝子の発現ベクターとして、配列番号6に記載のヌクレオチド配列で表されるプラスミド(
図2のパネルBおよびD参照)を例示できる。このプラスミドは、配列番号4記載のアミノ酸配列で示されるGESM53
G54VのC末端に6×ヒスチジンタグを付加したタンパク質をコードする遺伝子をColEI型ベクターのpBAD下に導入した発現コンストラクトである。
【0052】
「被検遺伝子」は、本発明に係るスクリーニング方法で試験される遺伝子を意味する。被検遺伝子は、特に限定されず、天然に存在するものであってもよいし、人為的に作成された変異体であってもよい。例えば、メタゲノム、テルペン生合成経路に関与する既知テルペン合成酵素の変異体、テルペン生産が認められる細胞や生物から調製した遺伝子群、公知のゲノムライブラリやcDNAライブラリ、人工のテルペン生合成経路のオペロンのライブラリ、テルペン生合成経路の上流の経路の向上に資する酵素遺伝子のランダム化によって得られたライブラリを挙げることができる。メタゲノムとは、土壌等の環境試料から、微生物の培養および分離を介さずに、抽出した微生物ゲノム群を意味する。
【0053】
被検遺伝子の細胞への導入は、遺伝子組み換え技術で用いられている常法によって実施できる。例えば、被検遺伝子を組込んだベクターを用いた形質転換方法を挙げることができる。ベクターおよびベクターの宿主細胞への導入方法は、上記のベクターおよびベクターの宿主細胞への導入方法を使用することができる。
【0054】
テルペン合成酵素遺伝子またはその変異体と被検遺伝子の細胞への導入は、同時に行っても良いし、また前者を細胞に導入しておいて、後に後者を細胞に導入しても良い。
【0055】
テルペン合成酵素遺伝子またはその変異体を導入した細胞に被検遺伝子を導入した後、細胞を、該細胞に適した公知の培地や条件下で培養する。例えば、大腸菌等の細菌であれば、コロニーを形成する条件下で培養を行う。
【0056】
被検遺伝子がテルペン合成酵素遺伝子および/またはその変異体であるという判定は、被検遺伝子を導入した細胞の生存を指標に行う。すなわち、細胞に導入した被検遺伝子のうち、培養後に生存した細胞に導入した被検遺伝子を、テルペン合成酵素遺伝子および/またはその変異体として選択する。前述のように、テルペン合成酵素をコードする遺伝子またはその変異体を形質転換した細胞では、発現した酵素による基質消費に起因する生育阻害により細胞死が引き起こされる。被検遺伝子の中に、テルペン合成酵素の基質または該基質の材料となる化合物、すなわちテルペン前駆体、の合成量を増加し得る酵素をコードする遺伝子またはその変異体が存在する場合、該被検遺伝子を導入した細胞のみが、基質消費に起因する生育阻害を回避することができ、細胞死を免れて生存し、増殖することができる。したがって、被検遺伝子の導入により生存できた細胞では、被検遺伝子の導入によりテルペン前駆体の合成量が増加し、その結果、生存が可能になったと判断できる。すなわち、被検遺伝子を導入した細胞のうち生存できた細胞に導入した被検遺伝子はテルペン前駆体を合成する酵素をコードする遺伝子および/またはその変異体であると判定できる。生存した細胞から、被検遺伝子を回収し、被検遺伝子の同定を公知の方法により行う。
【0057】
本発明に係る方法を用いれば、細胞を破壊することなく、テルペン合成酵素をコードする遺伝子および/またはその変異体を取得することができる。具体的には、大腸菌等の細菌であれば、コロニーをプレート上に形成させ、形成されたコロニーをピックアップすればよい。コロニーピッカーを用いてスクリーニング全般を半自動化することもできる。本発明に係る方法により、テルペン生産における原料供給経路を向上させる遺伝子群を効率的に、そしてハイスループットに選抜することができる。
【0058】
好適な実施態様は、酵素活性が増強されたゲラニオール合成酵変異体をコードする遺伝子であって、該変異体は酵素活性および/またはその発現が野生型酵素と比較して増強されており、かつ、該変異体を発現した細胞において、該変異体により消費される基質または該基質の材料となる化合物が細胞の生存に関与する化合物であることにより生じる細胞死を引き起こすことを特徴とする変異体をコードする遺伝子を導入した細胞に、被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法である。
【0059】
別の好適な実施態様は、配列番号1または配列番号3に記載のヌクレオチド配列で表されるゲラニオール合成酵素遺伝子変異体を導入した細胞に、被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法である。
【0060】
別の好適な実施態様は、配列番号5または配列番号6に記載のヌクレオチド配列で表されるプラスミドを形質転換した大腸菌に、被検遺伝子を導入して培養し、細胞に導入した被検遺伝子のうち生存した細胞に導入した被検遺伝子を選択することを含む、テルペン合成酵素の遺伝子および/またはその変異体のスクリーニング方法である。
【0061】
本発明の理解を深めるために、以下の実施例により更に詳細に本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0062】
[テルペン生産量の向上したゲラニオール合成酵素変異体の作製]
テルペン生産量を向上させる方法の開発にあたって、まず、テルペン生産量の向上したゲラニオール合成酵素変異体の作製を行った。
【0063】
テルペン合成酵素の触媒活性は一般的に極めて低く、kcat値にして0.01−0.1/sec程度である。そのなかでは、ゲラニオール合成酵素(GES)等のモノテルペン合成酵素は最速の触媒活性を示す。そこで、スイートバジル由来のゲラニオール合成酵素を検討対象として選択し、大腸菌におけるテルペン生産活性が増強されたその変異体の作製を試みた。ゲラニオール合成酵素として、具体的には、スイートバジル由来のゲラニオール合成酵素を使用し(Iijima Y. et al.,Characterization of Geraniol Synthase from the Peltate Glands of Sweet Basil. Plant Physiology 134,370−379(2004))、下記方法により、ゲラニオール合成酵素変異体の作製を行った。
【0064】
(1)ゲラニオール合成酵素変異体の作製
まず、スイートバジル由来のゲラニオール合成酵素(567アミノ酸)のアミノ酸配列から、色素体への輸送配列を除去するためにN末端の52アミノ酸を切除した。また、アフィニティ精製をするために、その終止コドンの直前に6×ヒスチジンタグ(6×His)を導入した。このように作製した変異体を、以降、GESM53と呼称する。また、対照として、ゲラニオール合成酵素の全長アミノ酸配列において、その酵素活性に必須とされる第323番目のアスパラギン酸(D323と称する)をアラニンに置換した不活性化変異体(GES
D323Aと称する)を作製した。
【0065】
GESM53をコードする遺伝子(gesM53と称する)をColEI型ベクターのpLac下に導入し、GESM53の発現コンストラクト(pLac−gesM53と称する)を作製した(
図2のパネルA)。そのプラスミドマップを
図2のパネルCに示す。また、プラスミドpLac−gesM53のヌクレオチド配列を配列番号5に示す。
【0066】
また、gesM53をColEI型ベクターのpBAD下に導入し、さらに翻訳効率を高めるため、GESM53のアミノ酸配列において、ゲラニオール合成酵素の第54番目に相当するアミノ酸であるグリシンをバリンに置換する変異を該遺伝子に導入して発現コンストラクト(pBAD−gesM53
G54Vと称する)を作製した(
図2のパネルB)。そのプラスミドマップを
図2のパネルDに示す。また、プラスミドpBAD−gesM53
G54Vのヌクレオチド配列を配列番号6に示す。
【0067】
GES
D323Aをコードする遺伝子(ges
D323Aと称する)をColEI型ベクターのpLac下に導入し、GES
D323Aの発現コンストラクト(pLac−ges
D323Aと称する)を作製した。
【0068】
(2)ゲラニオール合成酵素およびその変異体によるゲラニオール生産
上記ゲラニオール合成酵素およびその変異体によるゲラニオール生産の確認を行った。具体的には、宿主としてXL−1 Blueを用い、pLac−gesM53を導入した。対照として、pLac−gesM53
D323AをXL−1 Blueに導入した。XL−1 Blueは、テルペン生産量を高めるためにpBBRSOE6(非特許文献5)で形質転換した大腸菌株である。また、pLac−gesM53
D323Aは、GESM53において、ゲラニオール合成酵素の酵素活性に必要な第323番目に相当するアミノ酸であるアスパラギン酸をアラニンに置換した不活性化変異体(GESM53
D323A)をコードする遺伝子の発現コンストラクトである。
【0069】
遺伝子導入後、1mM イソプロピル−β−チオガラクトピラノシド(IPTG)および0.02% アラビノースを添加して、30℃、200rpmで8時間、振とう培養することにより遺伝子の発現誘導を行った。その培養液を酢酸エチル(リモネン内部標準を含む)で抽出した。抽出物は、ガスクロマトグラフ/水素イオン検出器(GC−FID)を用いて、次に示す条件で分析した。カラム:DB−5ms、注入口温度:250℃、カラム温度:60℃(3min)、60−150℃(6℃/min)、150−230℃(15℃/min)、検出器温度:250℃。キャリアガス:N
2。
【0070】
その結果、
図3に示すように、pLac−gesM53を形質転換したXL−1 Blueではゲラニオールの生産が認められたが、pLac−gesM53
D323A形質転換したXL−1 Blueではゲラニオールの生産は認められなかった。
【0071】
(3)ゲラニオール合成酵素およびその変異体を導入した細胞の細胞内ゲラニオール合成酵素活性
上記ゲラニオール合成酵素またはその変異体を導入した細胞の細胞内ゲラニオール合成酵素活性を測定した。細胞内のゲラニオール合成酵素活性の測定は、テルペン酵素群と同じ基質を原料とする種々の色素の生合成経路を細胞内に構築し、これらの細胞にテルペン合成酵素遺伝子を導入して色素合成経路から原料を奪うことにより、細胞あたりの色素合成量が減少することを指標にしてテルペン酵素活性を測定する方法(特許文献5)により行った。
図4のパネルAに示すように、スタフィロコッカス アウレウス由来のジアポフィトエン合成酵素(CrtM)遺伝子およびデヒドロスクアレン不飽和化酵素(CrtN)遺伝子を発現させた大腸菌では、ゲラニルゲラニル二リン酸(GPP)からファルネシル二リン酸(FPP)を中継してカロテノイドの1種である黄色色素4,4’−ジアポニューロスポレンが合成される。ゲラニオール合成酵素(GES)は、その中間体であるGPPをゲラニオールに転化する酵素であるため、CrtMおよびCrtNを発現させた大腸菌で共発現させると、色素合成系から基質を奪う。その結果、カロテノイド色素量の蓄積量は減少する。すなわち、カロテノイド色素量の蓄積量の減少が認められた場合、細胞内のゲラニオール合成酵素が高いと判定できる。
【0072】
具体的には、大腸菌にスタフィロコッカス アウレウス由来のCrtM遺伝子およびCrtN遺伝子を導入し、得られた大腸菌に上記ゲラニオール合成酵素またはその変異体を導入して培養した後、該大腸菌で合成された色素量を指標に、細胞内のゲラニオール合成酵素活性を測定した。
【0073】
図4のパネルBに示すように、CrtM−CrtN遺伝子の発現コンストラクトpAC−CrtM−CrtNを形質転換した大腸菌に空ベクターを導入したもの(Void)は、黄色色素4,4’−ジアポニューロスポレンを蓄積し、細胞色が黄色くなった。これに対し、pAC−CrtM−CrtNを形質転換した大腸菌を、野生型GES遺伝子の発現コンストラクトpLac−ges、またはGESM53遺伝子の発現コンストラクトpLac−gesM53でさらに形質転換すると、黄色色素の蓄積量は著しく減少し、細胞は白くなった。また、GESM53による基質消費量は野生型に比べ、明らかに高い。これは、N末端アミノ酸の欠失変異および翻訳効率を向上させる変異の導入により、細胞内におけるその酵素活性が十分向上しているためである。このような細胞の白色化、すなわち色素生産の減少は、pAC−CrtM−CrtNおよび不活性化GES変異体遺伝子の発現コンストラクトpLac−ges
D323Aを形質転換した大腸菌では認められなかった。
【0074】
上記結果は、GESが細胞内で高い基質消費活性を示し、カロテノイド色素生産に必要なその前駆体であるゲラニル二リン酸(GPP)の量が有意に減少したことを反映するものである。
【実施例2】
【0075】
[ゲラニオール合成酵素変異体によるテルペン生産向上の確認]
実施例1で作製したテルペン生産量の向上したゲラニオール合成酵素変異体をコードする遺伝子を使用して大腸菌株に導入し、テルペン生産の向上の確認を行った。
【0076】
具体的には、大腸菌株JW3686(BW25113ΔtnaA)株にpLac−gesM53を形質転換して培養を行った。コントロールとして不活性化GES変異体(GES
D323A)発現プラスミドpLac−ges
D323Aおよび空ベクターpLac−voidを用い、同様に形質転換して培養を行った。
【0077】
その結果、pLac−gesM53を形質転換したJW3686株ではコロニーが全く形成されず、形質転換効率はゼロとなった。一方、JW3686株にpLac−ges
D323AまたはpLac−voidを形質転換した場合は、コロニーが形成された。この結果は、GES遺伝子の強制発現が細胞にとって致死性であることを意味している。
【実施例3】
【0078】
[ゲラニオール合成酵素変異体の強制発現による細胞死のメカニズムの検討]
ゲラニオール合成酵素変異体をコードする遺伝子の強制発現が細胞にとって致死性であるメカニズムについて検討を行った。GES変異体遺伝子の強制発現が細胞にとって致死性であるメカニズムとしては次に示す2つの可能性がある:(1)GESあるいはその生産物が宿主毒性を持つ;(2)ゲラニオール合成のために細胞生育に必須なキノンやドリコール、tRNA修飾源が枯渇し、その結果として細胞が死滅する。
【0079】
(1)GESあるいはその生産物が宿主毒性を持つ可能性の検討
ゲラニオール合成酵素による生産物ゲラニオールはモノテルペンであり、モノテルペンは抗菌活性を示すことが知られている。そのため、大腸菌に対して毒性を示した可能性がある。しかしながら、大腸菌のゲラニオールに対する最小発育阻止濃度(MIC)は800mg/L程度という報告がある(Dunlop M.J. et al.,Engineering Microbial biofuelTolerance and Export Using Efflux Pumps. Molecular Systems Biology 7,Article No.487(2011))。本実施例で培地に蓄積したゲラニオール量は10−20mg/L程度であり、報告されたMICよりも十分低いものである。このことから、ゲラニオール合成酵素による生産物毒性は、本実施例で認められたGES遺伝子強制発現による致死性の理由ではないと考えられる。
【0080】
(2)ゲラニオール合成により、細胞生育に必須な物質が枯渇し、細胞死に至る可能性の検討
GES変異体によるゲラニオール合成によりGESの基質であるGPPが消費される。このGPPの消費が細胞死の原因である可能性について検討を行った。すなわち、ゲラニオール合成酵素変異体をコードする遺伝子と共に、GPPの合成に関わる酵素をコードする遺伝子を細胞に導入し、GES変異体によるGPPの消費を補うことにより、細胞死を防止し得るか否かを検討した。GPPの合成に関わる酵素として、大腸菌由来のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ(IDI;GenBank ID:949020)を使用した。IDIは、イソペンテニル二リン酸(IPP)とその異性体であるジメチルアリル二リン酸(DMAPP)の間の異性化反応を触媒する酵素である。生成したDMAPPとIPPとの間で頭−尾結合(head to tail)型の縮合反応が起こりGPPが生成する。IDIをコードする遺伝子を発現するプラスミドpAC−idiは、該遺伝子をpACプラスミドに挿入することにより作製した。
【0081】
まず、大腸菌JW3686株に次のプラスミドのいずれかを導入して1時間培養し、LB寒天培地に散布してコロニー形成させた:全長型のGESにD323A変異を導入した不活性化変異体を発現するプラスミドpLac−ges
D323A、GESのN末端側の52アミノ酸残基を削除し、C末端に6×Hisを付加した変異体GESM53を発現するプラスミドpLac−gesM53、および全長の野生型GESを発現するプラスミドpLac−ges。
【0082】
図5に示すように、pLac−gesM53のみを形質転換してGESM53を発現させた大腸菌JW3686株では、コロニーが全く形成されなかった。一方、全長の野生型GESを発現させた大腸菌株およびGES不活性化変異体を発現させたJW3686株では、コロニーの形成が観察された。
【0083】
次に、pLac−gesM53を、pAC−idi、CrtM遺伝子とCrtN遺伝子とを含む大腸菌発現用プラスミドpAC−crtMN、およびpAC−voidのいずれかと共に、JW3686株に共形質転換した。具体的には、JW3686株にpLac−gesM53と共に、pAC−idi、pAC−crtMN、およびpAC−voidのいずれかを導入して1時間培養し、LB寒天培地に散布してコロニー形成させた。形成したコロニーの数を数え、下記数式1を用いて生菌率を求めた。下記式において、CFU
GES(+)はpLac−gesM53を共発現させた大腸菌株のコロニー形成数を意味し、CFU
GES(−)はpLac−gesM53を共発現させなかった大腸菌株のコロニー形成数を意味する。ここで、コロニー形成数はコロニー形成単位(CFUまたはcfuと略称する。)で表している。
【0084】
(数1)
【0085】
CFU
GES(+)
生菌率 =───────────
CFU
GES(−)
【0086】
図6に示すように、pLac−gesM53と空ベクターであるpAC−voidを共導入した場合、コロニーは全く形成されず、その形質転換効率はほぼゼロであった。pLac−gesM53とpAC−crtMNを共導入した場合も、コロニー形成は認められなかった。Crt−Mおよび/またはCrtNを発現させるとGESと競合して、GESの基質を消費し、カロテノイド色素合成をする。その結果、ゲラニオール生産量は、GESのみを発現する場合と比較して低減すると考えることができる。GES生産物であるゲラニオールの毒性が細胞致死性を示すのであれば、Crt−Mおよび/またはCrtNを発現させることにより細胞死を防止できる可能性があるが、全く形質転換効率の回復は認められなかったことから、GES生産物の毒性が細胞致死性に関連するという仮定は否定できる。
【0087】
一方、大腸菌由来のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ(IDI)遺伝子をpLac−gesM53と共形質転換することにより、コロニーが形成され、形質転換効率が著しく回復した(
図6)。この結果から、GESM53遺伝子強制発現による細胞死は、GESM53生産物のゲラニオールの毒性ではなく、その高い酵素活性により、細胞増殖に必須なイソプレニル二リン酸が消費されて枯渇したことが原因であることが強く示唆された。IDIを過剰発現させることにより、カロテノイドやテルペン等の生産量が増加することは従来報告されている(非特許文献12)。IDIの過剰発現により宿主中のテルペン原料、すなわちイソプレニル二リン酸が増加し、その結果、GES発現下においても細胞の増殖が可能となったと考えることができる。
【0088】
以上の結果から、ゲラニオール合成酵素変異体をコードする遺伝子の強制発現が細胞死を引き起こす原因は、ゲラニオール合成酵素変異体によるその基質の消費にあり、基質の供給、すなわち基質の生産に関わる酵素の発現により、該細胞死を防止できることが明らかになった。
【0089】
上記現象を利用し、高い酵素活性を有するテルペン合成酵素をコードする遺伝子と、該酵素の基質の生産に関わる酵素をコードする遺伝子とを共発現させることにより、これら遺伝子を形質転換した細胞の生存を維持することができ、また、かかる細胞を使用することにより、テルペン生産量を向上させることができる。
【0090】
さらに、高い酵素活性を有するテルペン合成酵素をコードする遺伝子を形質転換した細胞を用い、被検遺伝子を導入して細胞を培養し、生存細胞に導入した遺伝子を選択することにより、該酵素の基質や該基質の材料の生産に関わる酵素をコードする遺伝子の選抜を行うことができる。
【実施例4】
【0091】
[ゲラニオール合成酵素変異体の強制発現による細胞死を利用した遺伝子選抜方法に用いる宿主の検討]
ゲラニオール合成酵素変異体をコードする遺伝子の強制発現による細胞死、および該酵素の基質の供給による該細胞死の防止が、JW3686株に特有の現象であるのか、それとも大腸菌株の種類によらずいずれの大腸菌株でも観察されるのかを検討した。
【0092】
検討した大腸菌株は、BW25113株、JW3686株、およびXL−1 Blueである。BW25113株は、遺伝子改変株の作製に汎用されている大腸菌株である。JW3686株は、BW25113株にΔtnaA::kanRの遺伝子改変を加えた株である。XL−1 Blueは、クローニングに頻用される株である。
【0093】
この3株のそれぞれに、2種類のプラスミドDNA、すなわち緑色蛍光タンパク質発現プラスミドpLac−sfgfpと各種GES変異体の発現プラスミドとを1:5の濃度比で含む混合液を形質転換した。pLac−sfgfpはスーパーフォルダー緑色蛍光タンパク質(Super Folder GFP)を定常発現するプラスミドである。GES変異体発現プラスミドは次のものを用いた:全長型のGESにD323A変異を導入した不活性化変異体を発現するプラスミドpLac−ges
D323A、全長型のGESにG285S変異を導入した不活性化変異体を発現するプラスミドpLac−ges
G285S、GESのN末端側の52アミノ酸残基を削除し、C末端に6×Hisを付加した変異体GESM53を発現するプラスミドpLac−gesM53。また、GES発現プラスミドとして、全長の野生型GESを発現するプラスミドpLac−gesを用いた。
【0094】
発現プラスミドを大腸菌に形質転換した後、それぞれの形質転換体を寒天培地上に播き、コロニーを形成させた。pLac−sfgfpによる形質転換体は緑色蛍光を持つコロニーを与え、各種GES発現プラスミドによる形質転換体は無蛍光のコロニーを与える。
【0095】
図7に示すように、GES不活性化変異体(GES
D323AおよびGES
G285S)は当然のこと、野生型GESを形質転換したものも、宿主に依らず、蛍光コロニー/無蛍光コロニーの数比は、形質転換操作時に用いた混合液のpLac−sfgfpとpLac−gesの濃度比、すなわち1:5とほぼ変わらなかった。このことから、GES不活性化変異体や野生型GESは、いずれの大腸菌株に対しても細胞毒性を示さないことは明らかである。
【0096】
一方、GESM53をJW3686株およびBW25113株に導入した場合は、生じたコロニーのすべてが蛍光性のものであり、無蛍光性コロニーは認められなかった。この結果は、GESM53がこの2つの細胞にとって致死性であることを示す。興味深いことに、XL−1 Blueを宿主とした場合は、この致死性は観察されなかった。すなわち、無蛍光コロニー/蛍光コロニーの数比は、GES不活性型変異体と変わらないものであった。GESM53の発現は、XL−1 Blueにおいては致死となるほどの基質枯渇をもたらさないと考えられる。
【実施例5】
【0097】
[ゲラニオール合成酵素変異体の強制発現による細胞死を利用した遺伝子選抜]
実施例4に示したように、ゲラニオール合成酵素変異体をコードする遺伝子の強制発現による細胞死は、該酵素の基質の供給、すなわち基質の生産に関わる酵素を発現させることにより防止できる。この原理を利用して、高い酵素活性を有するテルペン合成酵素変異体をコードする遺伝子を形質転換した細胞を用い、被検遺伝子を導入して細胞を培養し、生存細胞に導入した遺伝子を選択することにより、該酵素の基質の生産に関わる酵素をコードする遺伝子の選抜を行うことができる。かかる選抜方法を実際に検討した。
【0098】
具体的には、テルペン生産経路の増強効果を有する遺伝子と該効果を持たない遺伝子との混合系から、前者を選抜することを試みた。テルペン生産経路の増強効果を有する遺伝子の発現プラスミドはpAC−idiを用い、該効果を持たない遺伝子の発現プラスミドは緑色蛍光タンパク質発現プラスミドpAC−gfpを用いた。
【0099】
まず、pAC−idiとpAC−gfpをそれぞれ等量(5ng/μL)ずつ含むプラスミド溶液を調製した。このプラスミド溶液1μLとGES変異体発現プラスミドpLac−gesM53またはGES不活性化変異体発現プラスミドpLac−gesM53
D323A 1μLとをJW3686株に形質転換した。SOC培養液(2% トリプトン、0.5% 酵母抽出物、10mM NaCl、2.5mM KCl、10mM MgCl
2、10mM MgSO
4、20mM グルコース)を添加して1時間培養した後、1mM IPTGを含む寒天培地に散布してコロニーを形成させた。プレートあたりの蛍光コロニーおよび非蛍光コロニーの数をそれぞれ数えた。
【0100】
図8の左パネルに示すように、プラスミド溶液とpLac−gesM53
D323Aとを共形質転換する実験においては、101個のコロニーが形成され、蛍光コロニーおよび無蛍光コロニーの数はそれぞれ41個および60個であった。蛍光コロニーと無蛍光コロニーの数比は、形質転換前のプラスミド溶液のpAC−idiとpAC−gfpの混合比1:1とほぼ変わらなかった。すなわち、IDI遺伝子とGFP遺伝子の間で選択はほとんど起こっていないと言える。
【0101】
一方、プラスミド溶液とpLac−gesM53とを共形質転換する実験においては、33個のコロニーが形成され、蛍光コロニーおよび無蛍光コロニーの数はそれぞれ3個および30個であった。すなわち、IDIが発現した無蛍光コロニーのほうが、GFPが発現した蛍光コロニーに比べ、濃縮された。
【0102】
蛍光コロニーと無蛍光コロニーの比は、pLac−gesM53
D323Aを用いた実験系では0.68であり、pLac−gesM53では0.1である。すなわち、「IDIをコードする遺伝子の選抜」のみかけの効率はわずか6.8倍ということになる。
【0103】
一方、pAC−idiとpAC−gfpの形質転換効率比は、
図6から見てほぼ1000倍程度であることを考えると、この選抜効率は決して高いものではない。そこで、pLac−gesM53とプラスミド混合液の形質転換によって生じた3個の蛍光コロニーからプラスミドをポリメラーゼ連鎖反応により増幅し、ゲル電気泳動分析を行った。また、30個の無蛍光コロニーから無作為に3個を選択して同様の分析を行った。
【0104】
図8の右パネルに示すように、3個の蛍光コロニーにはpAC−gfpと共にpAC−idiも形質転換されていた。この結果は、これら3個の蛍光コロニーは、導入されたIDI遺伝子がコードする酵素の効果によって、GES変異体発現下での細胞死が防止されて増殖し、かつ共に導入されたGFP遺伝子がコードするタンパク質によって蛍光を発していたことを示す。すなわち、プラスミド溶液とpLac−gesM53とを共形質転換した大腸菌の培養により形成された33個のコロニーの全てがpAC−idiによる形質転換体であることが明らかになった。
【0105】
このように、pAC−idiを含む混合プラスミド溶液とpLac−gesM53とを形質転換した細胞を培養することにより、IDIをコードする遺伝子を、テルペン生産経路の増強効果を持たない遺伝子との混合系から選択的に濃縮することができた。
【0106】
したがって、高い酵素活性を有するテルペン合成酵素をコードする遺伝子を形質転換した細胞を用い、被検遺伝子を導入して細胞を培養し、生存細胞に導入した遺伝子を選択することにより、該酵素の基質の生産に関わる酵素をコードする遺伝子の選抜を行うことができる。
【実施例6】
【0107】
[ゲラニオール合成酵素変異体の強制発現による細胞死を利用した遺伝子選抜方法の効率向上のための、アラビノース誘導系の構築]
高い酵素活性を有するテルペン合成酵素をコードする遺伝子を形質転換した細胞を用い、被検遺伝子を導入して細胞を培養し、生存細胞に導入した遺伝子を選択することにより、該酵素の基質の生産に関わる酵素をコードする遺伝子の選抜を行うことができる。しかし、2つのプラスミドで大腸菌を共形質転換する場合、形質転換効率は決して高くない。このような選抜方法を効率よく行うためには、高い酵素活性を有するテルペン合成酵素をコードする遺伝子を予め大腸菌JW3686株等の宿主に形質転換し、得られた形質転換体をコンピテントセル化し、これに対して被検遺伝子、例えば遺伝子ライブラリを形質転換することが好ましい。しかし、高い酵素活性を有するテルペン合成酵素は細胞内でその基質を枯渇させることにより細胞死を引き起こすため、高い酵素活性を有するテルペン合成酵素遺伝子の形質転換は、細胞内で該酵素の基質の供給に係わるIDIのようなテルペン生産増強効果を有する酵素をコードする遺伝子がないかぎり実施することが困難である。そこで、高い酵素活性を有するテルペン合成酵素をコードする遺伝子をP
BAD下流に挿入したコンストラクトを作製した。かかる形式のコンストラクトでは、アラビノースによって発現誘導される前はテルペン合成酵素遺伝子が発現抑制状態にあるため、該遺伝子を大腸菌に形質転換しても細胞死は引き起こされず、形質転換が可能となるはずである。
【0108】
まず、高い酵素活性を有するテルペン合成酵素としてGESM53
G54Vを用い、GESM53
G54V遺伝子を含むpBAD−gesM53
G54V(
図2のパネルBおよびパネルD、並びに配列番号6)をJW3686株に導入した。pBAD−gesM53
G54VはpLac−gesM53とは異なり、大腸菌に形質転換しても、アラビノース不在下では毒性は認められなかった(
図9)。また、pBAD−gesM53
G54VをJW3686株に形質転換して得られた形質転換体(以下、JW3686/pBAD−gesM53
G54Vと称する)からコンピテントセルを問題なく作製できた。
【0109】
調製したJW3686/pBAD−gesM53
G54Vに、pAC−idi、pAC−gfp、およびpAC−voidの3種の発現プラスミドのいずれかを導入し、0.2% アラビノースを含有する寒天培地または含有しない寒天培地に植菌してコロニーを形成させた。アラビノースを含有する寒天培地上のコロニー数とアラビノースを含有しない寒天培地上のコロニー数の比を算出し、ゲラニオール合成酵素変異体を発現する細胞の生菌率と定義した。
【0110】
図9に示すように、GESM53
G54Vのみを発現させた大腸菌の生菌率は10
−4−10
−5程度であった。GESM53
G54VとGFPを共発現させた大腸菌の生菌率は10
−3−10
−4程度まで減少した。一方、GESM53とIDIを共発現させた大腸菌の生菌率はおよそ1であった。また、不活性型であるGESM53
D323Aを発現するプラスミドpBAD−gesM53
D323Aを用いて同様の実験を行った。大腸菌の生菌率は、GESM53
D323Aのみを発現させた場合も、GFPまたはIDIと共発現させた場合も、いずれもほぼ1であった。つまり、GESM53
G54Vの発現が誘導されなければ、このような生存率の差は生じない。
【0111】
これらの結果は、GESM53
G54Vの発現によるその基質の枯渇により細胞が増殖阻害を受けること、およびIDIによりGESM53
G54Vの基質の前駆体供給量を増加させることで細胞の増殖を回復させ得ることを示す。すなわち、GESM53
G54V遺伝子を細胞に導入しても、アラビノースを添加しないことで該遺伝子を発現抑制状態に保つことができ、形質転換体を生存した状態で維持できる。
【0112】
このように、アラビノース誘導性プロモータを含む発現ベクタを利用することにより、予め高い酵素活性を有するテルペン合成酵素をコードする遺伝子を宿主に形質転換し、得られた形質転換体をコンピテントセル化することができる。得られたコンピテントセルを使用して、ゲラニオール合成酵素変異体の強制発現による細胞死を利用した遺伝子選抜方法を効率よく実施することができる。
【実施例7】
【0113】
[アラビノース誘導系におけるモックセレクションの検討]
実施例6で構築したアラビノース誘導系を用いて、pAC−gfpとpAC−idiとを含むプラスミド混合液から、pAC−idiだけを選別する実験を試みた。
【0114】
具体的には、実施例6で調製したJW3686/pBAD−gesM53
G54Vに、pAC−idiおよびpAC−gfpの等濃度プラスミド混合液(pAC−gfp/pAC−idi混合液)を形質転換し、0.2% アラビノースを含有する寒天培地およびアラビノースを含有しない寒天培地に播種した。プラスミド混合液の作製および形質転換は、実施例5に記載の方法と同様の方法で行った。形成された蛍光コロニーおよび無蛍光コロニーをそれぞれ計数し、形質転換あたりのコロニー形成単位(CFU/TF)を算出した。
【0115】
アラビノースを含有しない寒天培地では、蛍光コロニーおよび無蛍光コロニーの両方が観察された(
図10)。一方、アラビノースを含有する培地では、無蛍光コロニー、すなわちpAC−idiの形質転換体の数は無誘導の時と変わらなかったが、蛍光コロニー、すなわちpAC−gfpの形質転換体は全く観察されなかった(
図10)。これは、アラビノースを含有する培地ではGESM53
G54Vの発現が誘導されるため、pAC−idiが導入されていない大腸菌ではGESM53
G54Vの基質が枯渇し細胞死が起きることに原因する。
【0116】
このように、GESM53
G54V遺伝子のアラビノース誘導系を用いて、テルペン合成経路の前駆体供給能を持つ遺伝子を選抜できることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0117】
本発明は、テルペン生産量を向上させる方法に用いるテルペン合成酵素遺伝子の効率的探索法を提供することができる。テルペンはバイオ燃料、医薬品、農薬、香料、および有機合成の合成原料として有用な化合物である。そのため、本発明は、効率的なテルペンの製造に有用であり、産業上の利用可能性が極めて高いものである。
【配列表フリーテキスト】
【0118】
配列番号1:第1番目〜第52番目のアミノ酸残基を欠失したスイートバジルゲラニオール合成酵素変異体をコードする遺伝子。
配列番号3:第1番目〜第52番目のアミノ酸残基を欠失し、第53番目のグリシンがバリンに置換されたスイートバジルゲラニオール合成酵素変異体をコードする遺伝子。
配列番号5:第1番目〜第52番目のアミノ酸残基を欠失し、そのC末端に6×ヒスチジンタグが付加されたスイートバジルゲラニオール合成酵素変異体をコードする遺伝子の発現プラスミド。
配列番号6:第1番目〜第52番目のアミノ酸残基を欠失し、第53番目のグリシンがバリンに置換され、そのC末端に6×ヒスチジンタグが付加されたスイートバジルゲラニオール合成酵素変異体をコードする遺伝子の発現プラスミド。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]