【文献】
早稲田嘉夫、齋藤正敏,「放射光X線異常散乱による複雑系の構造解析」,放射光,1997年 6月,第10巻第3号,p.49-65
【文献】
橋本 眞也,「新しい放射光構造解析法のCuNiZn三元合金への適用」,いわき明星大学理工学部研究紀要,2005年 3月 1日,No.18,p.35-42
【文献】
豊川 秀訓,「大面積型ピクセル検出器PILATUS−2Mの整備状況」,SPring−8利用者情報,2009年11月,Vol.14 No.4,p.300-301
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記解析において、当該エネルギーにおける構造因子の二乗の比と回折強度の比とが比例関係にあることを利用して、前記固溶体中に含まれる原子の配位席占有率を決定することを特徴とする請求項2に記載の化合物の固溶体の構造評価方法。
【背景技術】
【0002】
従来のX線異常散乱法を用いた粉末X線回折の測定は、非特許文献1に記載された測定システムのように、0次元の半導体検出器1つを使用して回折角度のスキャンを行う方法で一般に行われていた。この手法は、角度条件毎にデータを測定する必要があるため、一つのX線回折プロファイルの測定に10点以上の測定が必要であり、時間がかかっていた。
【0003】
X線源として白色X線を用いることにより、一回の測定でX線回折強度のエネルギー依存性を測定することが可能となり、測定時間を短縮することができる(特許文献1)。しかし、測定にはエネルギー分解能が要求される。そして、エネルギー分解能は検出器に依存する。たとえばSi半導体検出器の分解能は数eVであり、X線異常散乱法を用いたX線回折の解析に必要なエネルギー分解能としては不十分であった。
【0004】
X線源として単色X線を用いる場合でも、特許文献2に記載されているように、二次元検出器を用いれば、一回の測定でX線回折プロファイルが得られるが、単色X線を使用しているため、化合物中に固溶している元素の配位席の占有率を決めることはできなかった。
【0005】
特定の元素の局所構造を解析する技術としてX線吸収端近傍スペクトル(XAFS)の解析が知られている。XAFSを用いれば、高速でエネルギースキャンを行うことで反応過程のその場観察を行うことも可能である(例えば、特許文献3)。しかし、結晶中の複数の配位席に存在する原子の占有率を解析することはできなかった。
【0006】
たんぱく質の立体構造を解析する手法として、多波長異常分散法(MAD法)が知られている(例えば、特許文献4)。MAD法は、水銀やセレンなどの重原子で置換を行ったたんぱく質の単結晶を、重原子の吸収端近傍の波長を含む3波長以上のX線を使用してX線回折を測定し、位相を決定する。しかし、MAD法は単結晶の構造解析を行うための光学系を使用しているため、多結晶体の構造解析および占有率は決定することができなかった。
【0007】
結晶構造解析において原子の占有配位席を決定するには、X線異常散乱法による回折強度測定が有効である。X線異常散乱法では複数のX線回折プロファイルの差分をとる、あるいは回折強度の比をとる必要があるため、十分な精度を得るためには一定のカウント数が得られるまで積算を行う必要があった。
【0008】
従来の0次元の半導体検出器を用いた測定方法では角度スキャンを行う必要がありスキャンを行うのに時間を要する。試料の構造の時間変化を観察するためには、より短時間でX線回折プロファイルを測定する技術が必要であった。
【0009】
これまで、多結晶体の結晶構造を解析する手法として、二次元検出器を用いたX線異常散乱法による手法は知られていなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、より短時間で化合物の結晶や化合物の固溶体のX線回折プロファイルを測定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、
X線光子計数型二次元検出器を使用すると短時間で回折データを取得でき、従来測定時間がかかるため困難であった反応過程におけるX線異常散乱測定が可能であること見出した。本発明は、以下の通りである。
【0014】
(1)2種以上の元素からなる化合物の結晶の構造評価方法であって、前記化合物中に含まれる元素の異常分散項の値が異なる値を与えるエネルギーの異なる2種類以上のX線を前記化合物の結晶に入射し、該化合物の結晶により回折された回折X線を
X線光子計数型二次元検出器により測定し
、150〜1500℃の高温により生じる前記化合物の結晶構造変化を解析することを特徴とする化合物の結晶の構造評価方法。
【0016】
(
2)2種以上の元素からなる化合物の固溶体の構造評価方法であって、前記化合物中に含まれる元素の異常分散項の値が異なる値を与えるエネルギーの異なる2種類以上のX線を前記化合物の固溶体に入射し、該化合物の固溶体により回折された回折X線を
X線光子計数型二次元検出器により測定し解析する
方法であって、前記解析は、150〜1500℃の高温により生じる前記化合物の固溶体の構造変化を解析することを特徴とする化合物の固溶体の構造評価方法。
【0018】
(
3)前記解析において、当該エネルギーにおける構造因子の二乗の比と回折強度の比とが比例関係にあることを利用して、前記固溶体中に含まれる原子の配位席占有率を決定することを特徴とする(
2)に記載の化合物の固溶体の構造評価方法。
【0019】
(
4)前記元素は少なくとも遷移金属元素を含むことを特徴とする(
2)または(3)に記載の化合物の固溶体の構造評価方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、構成元素のX線吸収端近傍および吸収端から離れた領域の複数の入射X線エネルギーで、
X線光子計数型二次元検出器を用いてX線回折プロファイルを測定する。
X線光子計数型二次元検出器を用いることで、角度スキャンを行わずに短時間でX線回折プロファイルを測定することができる。また、
X線光子計数型二次元検出器で得られる回折データはDebye-ringの部分象限であるので、従来のランダム配向の粉末試料だけではなく、融液から析出した結晶の析出過程のように配向の強い点状の回折ピークの解析を行うこともできる。さらに、加熱炉を試料台に設置し、加熱しながら
X線光子計数型二次元検出器を用いてX線回折測定を行うことで、高温での結晶構造の時間変化や昇温・降温過程での構造の変化をモニターすることができる。
【0021】
例えば、0次元の半導体検出器では角度スキャンが必要なため、前述したように一つのX線回折プロファイルの測定に10点以上の測定点が必要であり、複数の回折線を測定するには少なくとも100点以上の角度スキャンを行う必要があった。一方、本発明で用いる
X線光子計数型二次元検出器での測定では広い角度範囲を一度に測定できるため、角度スキャンを行わずに複数の回折線を同時に測定することが可能である。例えば、数枚の回折像の撮影ですべての角度範囲を測定できるので、測定時間を従来の1/30以下に短縮できる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
一般に、結晶構造の解析は、単一の入射X線エネルギーを使用してブラッグピークの強度測定により行う。面指数hkl反射に対応するブラッグピークの積分強度I
hklは式(1),式(2)のように構造因子F
hklとF
hklの複素共役との積|F
2|に比例する。ここで、EはX線のエネルギー、K,ρ,P,L,Aは、それぞれ、スケール因子、多重度因子、偏光因子、ローレンツ因子、吸収因子であり、I
0(E)は入射X線の強度、v
cは単位格子の体積、Nは原子の個数、u,v,wは原子座標x,y,zを各軸の格子定数a,b,cで割った座標である。
【数2】
【0024】
上記の関係式を用い、最小二乗法で格子定数a,b,c,α、β、γ、原子座標x,y,zなどの結晶構造パラメーターを精密化することにより、実験で得られた回折強度を最もよく説明できる結晶構造モデルを得ることができる。X線回折プロファイルをフーリエ変換すれば、結晶格子を形成する原子の電子密度分布を求めることができる。しかし、X線回折プロファイルのフーリエ変換によって求められるのは電子密度分布までであり、元素の種類の区別は電子密度の大小や結合距離、配位数の違いから推察するしかなかった。すなわち、従来の単一の入射X線エネルギーを使用したX線回折測定では、原子番号の近い原子の区別は困難であった。
【0025】
高温での結晶構造の変化は変態や拡散を伴うため、特に複数の元素を含む化合物では、高温での構造変化を定量的に求めるのが困難になる。本発明は、異常散乱の現象を利用して特定の元素の関係する構造を選択的に求めることにより、高温での構造解析を可能とした。本発明は、2種以上の元素からなる化合物の結晶の構造評価方法である。本発明は、化合物中に含まれる複数の元素の異常分散項の値が異なる値を与え、エネルギーの異なる2種類以上のX線を前記化合物の結晶に入射し、化合物の結晶により回折された回折X線を
X線光子計数型二次元検出器により測定し解析する。以下では、化合物がA,Bの二種類の元素から構成されている場合について説明するが、化合物が三種類以上の元素から構成されている場合についても同様に行えばよい。
【0026】
X線吸収端近傍での原子散乱因子fは異常分散項を含む式(3)で表されエネルギー依存性を持つ。Qは波数ベクトル、f
0は原子散乱因子、f’およびf”は、それぞれ、異常分散項の実部および虚部である。
【数3】
【0027】
それぞれの元素の異常分散項は元素固有の吸収端近傍で大きく変化し、それぞれの元素の吸収端を与えるエネルギーにおける他の元素の異常分散項の変化量は一般に小さい。一例として、
図1に、Fe K吸収端近傍でのFe、MgおよびOの異常分散項のエネルギー依存性を示す。Fe K吸収端の低エネルギー側では、Feの異常分散項の実数部f’(E)のみが吸収端から大きく変化し、MgおよびOの異常分散項の変化量は小さい。これを利用して、Feを含む規則構造を選択的に調べることが可能になる。尚、吸収端の高エネルギー側は異常分散項の実数部f’(E)にX線吸収端微細構造(XAFS)が生じるため、X線異常散乱法に使用するエネルギーとしては適当ではない。
【0028】
本発明は、X線異常散乱法を用いることにより、原子種がどの配位席を占有しているかの区別を可能とした。ある元素Aを含む化合物を試料としてX線回折測定を行う際に、入射X線エネルギーにターゲット原子Aの吸収端の直下のエネルギーと、吸収端から離れたエネルギーの2種類を選択した場合、原子Aの異常分散項の実数項の変化が大きいため、原子Aの構造因子の寄与が大きい回折線の強度の変化は大きくなる。一方、異常分散項の変化が小さいエネルギーを選択した場合や、原子Aの寄与がない回折線の場合は、回折強度がほとんど変化しない。
【0029】
すなわち、異常散乱法によるX線回折測定を行うことにより、原子種の区別が可能である。具体的には、シンクロトロン放射光からの高輝度白色X線を入射X線源とし、Si(111)面などを利用した二結晶モノクロメーターで分光して単色化することにより、所望の入射X線エネルギーを得てX線回折測定に用いることができる。
【0030】
次に、化合物の結晶により回折された回折X線を
X線光子計数型二次元検出器により測定する理由と方法について述べる。
【0031】
従来のX線異常散乱法を用いた回折測定では0次元の半導体検出器を用いている。ひとつの回折線のプロファイルを精度よく測定するには少なくとも10点以上の回折角の測定点が必要であり、結晶構造解析を行うには一種類の化合物あたり複数本の回折線を測定する必要があるので、少なくとも100点以上の角度スキャンを行う必要があり、1点毎に測定角度を変更する必要があるため、測定に長時間を要していた。さらに、高温での化学反応による結晶構造の温度や時間による変化や固溶体への特定元素の固溶量を求めるには、短時間でデータを得る必要がある。一方、本発明で用いる
X線光子計数型二次元検出器による測定では広い回折角度範囲を一度に測定できるため、角度スキャンを行わずに複数の回折線を同時に測定することが可能である。例えば、数枚の回折像の撮影ですべての角度範囲を測定できるので、測定時間を従来の1/30以下に短縮できる。
【0032】
高温では試料自体の反応による結晶成長や試料ホルダーとの相互作用により結晶配向が起こりやすく、Debye-ringが点状になるなど不均一なことが多い。そのため、平均された構造情報を得るためには、回折のDebye-ringの円周方向に沿った積算が求められる。回折線の検出に
X線光子計数型二次元検出器を用いることにより、試料に対する検出器の向きを固定したままで回折角2θの測定範囲が23°程度、Debye-ringの円周方向の測定範囲が10°程度の広い範囲の回折データを1回の測定で取得することが可能である。
X線光子計数型二次元検出器を用いた回折計は、0次元の半導体検出器と比較して短時間で回折データを取得でき、Debye-ringの円周方向の部分積算も可能であるため、高温で要求される短時間測定を可能にし、Debye-ringの不均一さの問題を解決することができる。
【0033】
次に、
X線光子計数型二次元検出器を用いた測定方法により、150〜1500℃の高温により生じる化合物の結晶構造変化を解析して化合物の結晶の構造を評価する方法について述べる。
【0034】
0次元の検出器を使用した測定方法の場合は、上述したように、X線回折測定に時間を要していたため、反応速度の速い反応過程における結晶構造の変化を解析することは困難であった。本発明は、X線回折計の試料位置に加熱炉を設置し、試料を加熱しながら二次元検出器を用いてX線回折測定を行うことにより、短時間で回折データを取得できるため、昇温過程、冷却過程で生成する結晶相の構造や反応による結晶構造の変化を解析することが可能となった。
【0035】
粉末試料は表面に吸着水を含みやすいので、150℃程度に加熱して吸着水を脱水させて測定を開始することが望ましい。加熱温度の上限は加熱炉の能力や測定試料の融点によって決まる。例えば、一般的に入手が容易な材料であるPtやAl
2O
3製容器に充てんした試料を大気中あるいはHeガス雰囲気あるいは減圧下で、発熱体としてPt製ヒーターを用いた加熱システムを適用すれば1500℃まで試料を加熱することが可能であるため、加熱温度の上限を1500℃とした。試料を1500℃以上に加熱するには、発熱体の材質を変更する必要があり、試料中に温度むらが生じるなどの課題もある。また、温度測定用の熱電対を、低温での測定精度がよくない高温タイプに変更する必要があるため、低温での反応と高温での反応を同じ温度計を使用して精度よく観察することが困難である。これらの問題を解決できた場合には、1500℃より高温であっても、本発明は適用可能である。
【0036】
次に、150〜1500℃の高温により生じる化合物の固溶体の構造変化を解析する構造評価方法について述べる。
【0037】
固溶体が置換型固溶体の場合、複数の原子種が同じ配位席をランダムに占めるため、電子密度分布から原子種を決定することは非常に困難である。特に高温下での相変態や熱分解反応などで得られる固溶体の結晶構造を解析することは従来の手法ではできなかった。本発明による、
X線光子計数型二次元検出器を用いたX線異常散乱測定による解析手法では、後述のようにターゲット原子がどの配位席をどの割合で占有しているのかを高温下でも知ることが可能である。化合物固溶体試料を加熱しながら、化合物中に含まれる元素の異常分散項の値が異なる値を与える2種類以上のエネルギーの異なるX線を前記化合物の結晶に入射し、化合物固溶体の結晶により回折された回折X線を
X線光子計数型二次元検出器により測定する。
【0038】
入射X線エネルギーとしてターゲット原子Aの吸収端の直下のエネルギーと、吸収端から離れたエネルギーの2種類を選択した場合、原子Aの異常分散項の実数項の変化が大きく、他の原子の異常分散項の変化は小さい。そのため、式(1)〜(3)より、原子Aの構造因子の寄与が大きい回折線の強度の変化は大きくなり、一方、異常分散項の変化が小さいエネルギーを選択した場合や、原子Aの寄与がない回折線の場合は回折線の強度はほとんど変化しない。このようにして得られた構造情報を元に原子Aの配位席を調べることができる。
【0039】
次に、化合物の固溶体中に含まれる原子の配位席占有率を決定し、固溶体の構造変化を解析する方法について述べる。
【0040】
非特許文献2,3に記載されているように、構造因子は結晶格子中に含まれる配位席Sの散乱因子f
sを用いて式(4)のように表すことができる。
【0042】
f
sはその配位席を占める原子の濃度と原子散乱因子の積の和、Bは温度因子、λは入射X線の波長、θは入射X線の角度である。たとえば、ある配位席sが原子AとBに占有され、原子Aの占有率をαとするとf
sは式(5)のように表すことができる。
【数5】
【0043】
二種類の入射X線エネルギーE
1およびE
2を用いて測定した各回折線の強度比は構造因子の二乗の比に等しい。
【数6】
【0044】
ここで入射X線エネルギーにターゲット原子Aの吸収端の直下のエネルギーと、吸収端から離れたエネルギーの2種類を選択した場合、原子Aの異常分散項の実数項の変化が大きいため、原子Aの構造因子の寄与が大きい回折線の強度の変化は大きくなる。一方、異常分散項の変化が小さいエネルギーを選択した場合や、原子Aの寄与がない回折線の場合は回折線の強度の入射S線エネルギーによる変化が小さいため、r
hkl,expの値は1に近づく。
【0045】
特定の元素が指定の配位席を占有すると仮定すれば、式(4),(5),(6)を用い構造因子の二乗の比、すなわち各ピークの強度比が計算できる。占有率αを変化させながら計算し、最小二乗法により式(7),(8)で表されるR
AXS因子が最小となる、すなわち最もよく実測データを再現できる占有率を決定することができる。
【数7】
【0046】
ここで、Σは複数の回折線の強度比におけるr
hkl,expとr
hkl,calの関係の総和であることを表している。化合物固溶体の各構成元素の各配位席に対する占有率を求めるには回折強度を精度よく測定する必要がある。しかし、高温での測定は、結晶成長や結晶配向が原因でDebye-ringが点状になるなど不均一になることが多いため、従来の0次元の検出器では回折強度を正確に測定することはできなかった。本発明で用いる
X線光子計数型二次元検出器により、高温で短時間での測定かつ、Debye-ringの円周方向に部分積分を行うことが可能になり、固溶体中に含まれる原子の配位席占有率が精度よく求められるようになった。
【0047】
次に、遷移金属元素を含む化合物の固溶体の構造評価方法について述べる。
遷移元素は酸化数が容易に変化し、互いに固溶することが多いため、原子番号が近い遷移元素を含む化合物では遷移元素の配位席を決定することが困難であった。本発明におけるX線異常散乱法では吸収端の位置(エネルギー)が元素固有のものであることを利用し、吸収端近傍のX線エネルギーを用いた回折測定をおこない、式(1),(2),(6),(7),(8)の関係から化合物中に含まれる遷移金属の位置および配位席への占有率を高温でも決定することが可能になった。
【0048】
また、吸収端エネルギーは元素固有のものである。軽元素の吸収端は低エネルギー領域に位置するため、吸収端エネルギーと同一のエネルギーを有するX線を入射X線に選択した場合、ブラッグの法則により回折計の2θの上限で得られる波数ベクトルQの範囲が小さくなり、所望の構造情報が得られなくなる。また、軽元素は、原子散乱因子の値が小さくなり回折強度が低下する問題がある。そのため、異常散乱法による回折測定は遷移元素よりも原子番号が大きい元素が適している。
【0049】
(実施例1)
MgOとFeOの粉末試薬をモル比64:36の割合で混合し、真空中1300℃で2時間焼結して得られたMgOと(Mg
1-X,Fe
X)O固溶体の 混合物を測定試料とし、FeのK吸収端(7.1112keV)近傍の入射X線エネルギー6.811keV(E
1)およびFeの吸収端から離れた入射X線エネルギー7.086keV(E
2)の2条件でX線回折測定を行った。
【0050】
図2のように、シンクロトロン放射光1の高輝度白色X線を入射X線源とし、Si(111)二結晶モノクロメーター2で分光することにより所望の波長の強力なX線ビームを得た。入射X線のビームは加速電子の軌道面に偏光しているので、偏光の効果を取り除くため縦型のゴニオメーターを用いた。入射X線強度はイオンチャンバー4を用いて測定し、回折強度の規格化に用いた。回折X線の検出には
X線光子計数型二次元検出器5であるDECTRIS社製のPILATUS(登録商標)を用いた。試料を加熱炉中に設置し、加熱しながらX線回折測定を行うことにより、高温での結晶構造や固溶率の変化、昇温過程、冷却過程で生成する結晶相の構造解析を行うことが可能である。温度の範囲は加熱炉の能力や測定試料の融点によって決まる。例えばPt容器中に充てんした試料を大気中あるいはHeガス雰囲気、減圧下でPtヒーターを用いて加熱する場合は1500℃まで試料を加熱することが可能であり、融点が1500℃より高い試料であれば1500℃までのX線回折の測定が可能である。
【0051】
試料はPt製容器に平板状に充てんし、入射X線に対しθ=10°の傾きに設置した。ゴニオメーターのアームの角度を入射X線に対し2θ=50°に固定し、PILATUS検出器を試料から200mmの距離に設置することで2θ=38.5〜61.5°の範囲の回折画像を得た。同様にして2θ=80°,95°を中心とする幅23°の範囲の回折画像を撮影した。
【0052】
図3は、入射X線エネルギーE
2の条件で2θ=35°を中心して、200秒間の露光により得られた画像である。同様にして2θ=80°,95°を中心とする回折画像を撮影した。露光時間は測定対象の回折線のエネルギー差による強度変化を精度よく求められる長さであればよい。即ち、より高輝度の放射光をX線源とする場合はさらに測定時間を短縮することも可能である。
【0053】
図4は得られた画像を回折リングの円周方向に積分することにより求めた回折強度の一次元プロファイルである。回折角度2θは波数ベクトルQに変換して示している。個々の回折強度は構造因子の二乗|F
hkl(E)|
2に比例し、Feを含む配位席の寄与が大きい回折のピーク強度は入射X線エネルギーの違いにより大きく変化する。即ち、Feを含まないMgOの回折強度は入射X線エネルギーを変化させてもほとんど変化せず、(Mg
1-X,Fe
X)O固溶体由来の回折線の強度のみが大きく変化する。
【0054】
図5は、(Mg
1-X,Fe
X)O固溶体の陽イオン配位席におけるFe原子の占有率α=Fe/(Fe+Mg)とX線エネルギーE
1,E
2における計算して得られた原子散乱因子の二乗の比
【数8】
の関係を示したものである。尚、各エネルギーE
1,E
2でのFe,O,Mgの異常分散項の値は非特許文献4に掲載されている実験値から算出した表1の値を用いた。
【0056】
図4に示したX線回折プロファイルから個々の回折線の積分強度を算出し、式(6)に従い回折強度比を算出した。実験で得られた回折線(200),(220),(222)におけるおよび計算値,式(7),(8)を用いて求めたR
AXSを表2に示す。R
AXSが最小となる条件から、Fe原子の占有率はα=0.45と求められる。
【0058】
(実施例2)
Fe
2O
3とCaCO
3の粉末試薬をモル比 2:1の割合でメノウ乳鉢を用い混合した試料を測定試料とし、昇温速度25℃/minで1300℃まで加熱して30分保持したのちに実施例1と同様の条件でX線回折測定を行った。昇温中800℃から960℃程度の温度領域でCaCO
3の熱分解が起こりCaOが生成する。1000℃程度からカルシウムフェライトが生成し始める。
図6は1300℃、入射X線エネルギーE
2の条件で2θ=35°を中心して、200秒間の露光により得られた画像である。結晶成長によりスポット状の回折線が得られた。回折線の位置と回折強度の入射X線エネルギーによる変化から、CaFe
2O
4が生成していることが分かった。
【0059】
尚、以上説明した本発明の実施形態のうち、情報処理装置が行う処理は、コンピュータがプログラムを実行することによって実現することができる。また、プログラムをコンピュータに供給するための手段、例えば、かかるプログラムを記録したCD−ROM等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体、又はかかるプログラムを伝送する伝送媒体も本発明の実施の形態として適用することができる。また、前記プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体などのプログラムプロダクトも本発明の実施の形態として適用することができる。前記のプログラム、コンピュータ読み取り可能な記録媒体、伝送媒体及びプログラムプロダクトは、本発明の範疇に含まれる。
【0060】
また、以上説明した本発明の実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその技術思想、またはその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【0061】
(比較例)
実施例1において、検出器を半導体検出器に変更しそれ以外はすべて同じ測定条件で測定した場合、一つの回折線あたり10点の測定およびバックグラウンドの測定を行うとすると少なくとも172点の角度スキャンが必要であり測定時間は実施例1の30倍の10時間を要していた。高温で10時間保持した場合、焼結反応が進行し結晶粒径の肥大化による結晶配向や反応物の生成により、測定開始時と測定完了時で回折線の強度が変化してしまい定量が出来なかった。