【文献】
A.Escudeiro Santana, A.Karimi, V.H.Deflinger, A.Schutze,The role of hcp-AlN on hardness behavior of Ti1-xAlxN nanocomposite during annealing,Thin sold Films,ELSEVIER,2004年,vol.469-470,pp339-344
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記硬質被覆層の上層にTiN、(Ti,Al)N、Ti(C,N)、(Al,Cr)N、CrNのいずれかからなる平均層厚0.1μm以上0.3μm以下の上部層が存在する、または前記硬質被覆層の下層にTiN、(Ti,Al)N、Ti(C,N)、(Al,Cr)N、CrNのいずれかからなる平均層厚0.5μm以上1.5μm以下の下部層が存在することを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
前記硬質被覆層の下層にTiN、(Ti,Al)N、Ti(C,N)、(Al,Cr)N、CrNのいずれかからなる平均層厚0.5μm以上1.5μm以下の下部層が形成されていることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
前記硬質被覆層の上層にTiN、(Ti,Al)N、Ti(C,N)、(Al,Cr)N、CrNのいずれかからなる平均層厚0.1μm以上0.3μm以下の上部層が形成されていることを特徴とする請求項7に記載の表面被覆切削工具。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は高速化の傾向にある。例えば、硬質被覆層として、(Ti,Al)N層等を蒸着形成した従来被覆工具を鋼や鋳鉄の通常条件での切削に用いた場合には格別問題はないが、特に、この従来被覆工具を切削時に高熱発生を伴う炭素鋼、ステンレス鋼、合金鋼などの高硬度鋼の高速断続旋削加工に用いた場合には、硬質被覆層の耐酸化性および耐欠損性が十分であるとは言えず、硬質被覆層には欠損、亀裂進展、チッピング等が発生する虞がある。また、硬質被覆層として、(Ti,Al)系炭窒化物層を蒸着形成した従来被覆工具は、ステンレス鋼、合金鋼などの高速断続旋削加工では、耐摩耗性が満足できるものではない。このため、いずれの従来被覆工具においても、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
【0008】
本発明は、以上の事情に鑑み、ステンレス鋼、合金鋼などの高硬度鋼の断続切削加工においてすぐれた切削性能を発揮する硬質被覆層を備え、従来被覆工具よりも使用寿命が長い表面被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、前述のような観点から、特にステンレス鋼、合金鋼などの断続切削加工で、すぐれた耐酸化性、耐欠損性を発揮する硬質被覆層を備えるとともに、すぐれた耐衝撃性および耐摩耗性を発揮する被覆工具を開発すべく、前記従来被覆工具の硬質被覆層に着目し、研究を行った結果、以下の知見を得た。
【0010】
(a)硬質被覆層が、(Al,Ti)N層で構成された従来被覆工具において、硬質被覆層の構成成分であるAlは高温硬さと耐熱性とを向上させ、Tiは高温強度を向上させると共に、AlとTiが共存含有した状態で高温耐酸化性を向上させる作用がある。
(b)成膜時に工具基体に印加するバイアス電圧をパルス制御すると共に、そのデューティサイクルを変化させると、バイアス電圧がDCである場合に得られた岩塩型(NaCl型)結晶構造(以下、岩塩型構造ともいう)を有する結晶粒と共に、結晶構造が異なるウルツ鉱型(ZnS型)結晶構造(以下、ウルツ鉱型構造ともいう)を有する結晶粒を得られる。
また、成膜時に膜の原料に印加するエネルギー、工具基体の温度のほか、時間的操作により結晶粒の配向性を制御することができる。
(c)岩塩型結晶構造を有する(Al,Ti)N層は高硬度である。このため、(Al,Ti)N層を工具基体上に形成することで被覆工具の耐摩耗性を向上させることができるが、欠損やチッピングが起こりやすい。
(d)岩塩型結晶構造を有する(Al,Ti)Nの結晶粒と、化学的に安定で潤滑性にすぐれたウルツ鉱型結晶構造を有する(Al,Ti)Nの結晶粒の両方を混在させることで、耐欠損性を向上させることができる。
(e)岩塩型結晶構造を有する(Al,Ti)Nの結晶粒とウルツ鉱型結晶構造を有する(Al,Ti)Nの結晶粒とを無秩序に形成した場合、結晶構造の違いから、両結晶粒の界面において剥離が発生しやすく、工具寿命が短くなる。
(f)成膜時に工具基体に印加するバイアス電圧をパルス制御することによって、岩塩型結晶構造を有する(Al,Ti)Nの結晶粒とウルツ鉱型結晶構造を有する(Al,Ti)Nの結晶粒をそれぞれ特定方向の低次面方向へ配向させることができる。これにより、岩塩型結晶構造を有する(Al,Ti)Nの結晶粒とウルツ鉱型結晶構造を有する(Al,Ti)Nの結晶粒との密着性が向上し、両結晶粒が有する特性が相俟ってすぐれた膜特性が発揮される。
(g)前記(a)〜(f)の条件を満たす硬質被覆層は、圧縮残留応力を高くしても硬質被覆層が自己破壊し難く、その結果、硬質被覆層の緻密性が向上し、工具を長寿命化することができる。
【0011】
本発明は、前記の研究結果に基づいてなされたものであって、以下の態様を有している。
(1) 炭化タングステン基超硬合金焼結体からなる工具基体の表面に硬質被覆層が蒸着形成された表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層の組成が、組成式:(Al
xTi
1−x)N(0.5≦x≦0.8)で表され、前記硬質被覆層の平均層厚が0.5μm以上7.0μm以下であり、
(b)前記硬質被覆層が、平均粒径5nm以上50nm以下の結晶粒から成り、
(c)前記結晶粒には、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒とが混在し、かつ、
(d)前記工具基体の表面に垂直に、前記立方晶系結晶粒の{200}、および前記六方晶系結晶粒の{11−20}が配向されている、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 前記硬質被覆層の組成が、組成式:(Al
xTi
1−x)N(0.6≦x≦0.8)で表され、前記硬質被覆層の平均層厚が0.5μm以上5.0μm以下であり、
前記硬質被覆層の圧縮残留応力が8GPa以上12GPa以下であることを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 前記結晶粒の平均アスペクト比が3以下であることを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4) 前記硬質被覆層の断面方向から、電子線を照射して観察された電子線回折図形において、
前記岩塩型構造に由来する回折環の一部と、前記ウルツ鉱型構造に由来する回折環の一部とが観察され、前記岩塩型構造の(200)に由来する回折円弧と、前記ウルツ鉱型構造の(11−20)に由来する回折円弧とが、いずれも完全な円環でなく円弧であり、
前記岩塩型構造の(200)に由来する回折円弧および前記ウルツ鉱型構造の(11−20)に由来する回折円弧それぞれの角度幅はそれぞれ60度以下であり、かつ前記岩塩型構造の(200)に由来する回折円弧および前記ウルツ鉱型構造の(11−20)に由来する回折円弧それぞれについて前記回折円弧の半径中心と前記回折円弧の開き角の中点を結んだ直線が工具基体の表面となす角度φ(但し、φ≦90°)が、75度以上であることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(5) 前記硬質被覆層の断面方向から電子線を照射して観察された電子線回折図形において、
工具基体の表面に垂直な方向における回折図形の強度プロファイルを算出した場合の、前記岩塩型構造の(200)回折円弧の回折強度をIc、前記ウルツ鉱型構造の(11−20)回折円弧の回折強度をIhとした時に、
0.8≧Ic/(Ic+Ih)≧0.3
であることを特徴とする(1)乃至(4)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(6) 前記硬質被覆層の上層にTiN、(Ti,Al)N、Ti(C,N)、(Al,Cr)N、CrNのいずれかからなる平均層厚0.1μm以上0.3μm以下の上部層が存在する、または前記硬質被覆層の下層にTiN、(Ti,Al)N、Ti(C,N)、(Al,Cr)N、CrNのいずれかからなる平均層厚0.5μm以上1.5μm以下の下部層が存在することを特徴とする(1)乃至(5)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(7) 前記硬質被覆層の下層にTiN、(Ti,Al)N、Ti(C,N)、(Al,Cr)N、CrNのいずれかからなる平均層厚0.5μm以上1.5μm以下の下部層が形成されていることを特徴とする(1)乃至(5)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(8) 前記硬質被覆層の上層にTiN、(Ti,Al)N、Ti(C,N)、(Al,Cr)N、CrNのいずれかからなる平均層厚0.1μm以上0.3μm以下の上部層が形成されていることを特徴とする(7)に記載の表面被覆切削工具。
(9) 前記下部層がTiNからなり、前記上部層がCrNからなることを特徴とする(8)に記載の表面被覆切削工具。
(10) 前記下部層が(Al,Cr)Nからなることを特徴とする(7)に記載の表面被覆切削工具。
(11) 前記結晶粒の平均アスペクト比が1.4以上1.8以下であることを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
【0012】
本発明の表面被覆切削工具において、前記硬質被覆層は、圧力勾配型プラズマガンを用いたイオンプレーティング法により工具基体に蒸着形成され、蒸着形成時に工具基体にパルス制御されたバイアス電圧を印加することが好ましい。
また、本発明の表面被覆切削工具において、前記硬質被覆層は、圧力勾配型プラズマガンを用いたイオンプレーティング法により工具基体に蒸着形成され、蒸着形成時に工具基体にパルス制御されたバイアス電圧と直流バイアス電圧とを印加することがより好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一態様に係る表面被覆切削工具は、炭化タングステン基超硬合金焼結体からなる工具基体の表面に、硬質被覆層が蒸着形成された表面被覆切削工具である。この表面被覆切削工具において、硬質被覆層の組成が組成式:(Al
xTi
1−x)N(0.5≦x≦0.8)で表され、硬質被覆層の平均層厚が0.5μm以上7.0μm以下である。硬質被覆層は平均粒径5nm以上50nm以下の微細結晶粒から成る。この硬質被覆層には、岩塩型構造を示す立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を示す六方晶系結晶粒が混在する。前記立方晶系結晶粒の{200}は工具基体の表面に垂直に配向され、前記六方晶系結晶粒の{11−20}は工具基体の表面に垂直に配向されている。以上の構成を備えることにより、本発明の一態様である表面被覆切削工具の硬質被覆層は、すぐれた耐摩耗性と耐欠損性とを有する。この結果、本願発明の表面被覆切削工具は長寿命となる。さらに各結晶粒の配向が特定の方向に制御されていることにより、結晶粒個々の耐摩耗性も一段と向上する。
【0014】
本発明の他の態様に係る表面被覆切削工具は、炭化タングステン基超硬合金焼結体からなる工具基体の表面に、硬質被覆層が蒸着形成された表面被覆切削工具である。この表面被覆切削工具において、硬質被覆層の組成が組成式:(Al
xTi
1−x)N(0.6≦x≦0.8)で表され、硬質被覆層の平均層厚が0.5μm以上5.0μm以下である。硬質被覆層は平均粒径5nm以上50nm以下の微細結晶粒から成る。この硬質被覆層には、岩塩型構造を示す立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を示す六方晶系結晶粒とが混在する。前記立方晶系結晶粒の{200}は工具基体の表面に垂直に配向され、前記六方晶系結晶粒の{11−20}は工具基体の表面に垂直に配向されている。さらに、硬質被覆層の圧縮残留応力が8〜12GPaとされている。以上の構成を備えることにより、本発明の別の態様である表面被覆切削工具の硬質被覆層では、結晶構造の異なる二相が微細混相組織として存在するため、耐摩耗性が向上する。そしてこの二相をそれぞれ特定の低次元方向へ配向することで、一段とすぐれた耐摩耗性を発揮し、被覆工具を長寿命化できる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(第一の実施形態)
本発明の被覆工具の第一の実施形態に関し、図面を参照して説明する。
図2Aは、硬質被覆層を形成した被覆工具の断面模式図である。
図2Aに示すように、本実施形態の被覆工具は、炭化タングステン基超硬合金焼結体からなる工具基体10と、その表面に蒸着形成された硬質被覆層11とを主たる構成要素としている。硬質被覆層11の組成は組成式:(Al
xTi
1−x)N(0.5≦x≦0.8)で表され、硬質被覆層11の平均層厚は0.5μm以上7.0μm以下である。
【0017】
(Al
xTi
1−x)NにおけるAlとTiとの合量に対するAlの含有割合xを0.5以上0.8以下とした理由を説明する。(Al
xTi
1−x)Nの結晶構造は、x=0.5〜0.8を境界領域として岩塩型結晶構造からウルツ鉱型結晶構造へと変化する。すなわち、0.5≦x≦0.8となる領域において、岩塩型結晶構造とウルツ鉱型結晶構造とを共存させることができる。後述する方法において、工具基体10に付与するパルスバイアス電圧の負電圧のONとOFFとを所定のデューティ比で切り替えることにより、組成が(Al
xTi
1−x)N(0.5≦x≦0.8)の複合窒化膜である硬質被覆層11の構造が、岩塩型結晶構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型結晶構造を有する六方晶系結晶粒とが共存する構造に再現性よく制御することが可能である。また、硬質被覆層11の平均層厚を0.5μm以上7.0μm以下とすることにより、厚膜化によって生じる皮膜のチッピングを防ぎ、かつ所望の耐摩耗性を発揮することができる。
【0018】
図2Bは、硬質被覆層11の上層(被覆工具の最外層)に上部層13を形成し、硬質被覆層11の下層(硬質被覆層11と工具基体10との間)に下部層12を形成した被覆工具の断面模式図である。
図2Bのように硬質被覆層11の上層または下層に所定の上部層13または下部層12を形成することが好ましい。硬質被覆層11は、単独でもすぐれた特性を示すが、上部層13または下部層12を形成することにより、被覆工具の切削性能をより向上させることが出来る。特に、下部層12を設けることにより、工具基体10に設けられた皮膜(工具基体10に形成された硬質被覆層及び上部層、下部層で構成される膜)の耐摩耗性を向上することができる。
【0019】
上述の構成に加え、本実施形態の硬質被覆層11は、次のような構造をとるので、きわめてすぐれた切削性能を示す。
【0020】
(a)立方晶系結晶粒と六方晶系結晶粒の配向性:
前述のような硬質被覆層11において、立方晶系結晶粒の{200}の多くは工具基体10の表面に垂直に配向され、六方晶系結晶粒の{11−20}の多くは工具基体10の表面に垂直に配向されている。このような硬質被覆層11では、微粒組織でありながら低次面方向へ配向しているという特異な結晶粒組織が形成されているので、一段とすぐれた耐摩耗性と耐欠損性とを発揮する。
詳細には、AlとTiとの合量に対するAlの含有割合が0.5以上となる領域では、高温硬さと耐熱性とを向上させるというAlの効果により、硬質被覆層11が高い耐摩耗性を発揮する。これに加えて、立方晶である岩塩型構造を持つ結晶粒と、六方晶であるウルツ鉱型構造を持つ結晶粒とが混在することにより、結晶粒組織の微細化が促進される。この結果、硬質被覆層11がすぐれた耐摩耗性を発揮する。なお、後述する硬質被覆層11の断面(
図3A参照)において、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒が占有する面積と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒が占有する面積との合計が、断面全体の面積の70%以上であることが好ましい。さらに、硬質被覆層11が、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒と、これらの結晶粒の結晶粒界とのみで構成されることがより好ましい。このような構成であれば、上述の耐摩耗性と耐欠損性とが十分に発揮される。
従来、岩塩型構造を持つ結晶粒とウルツ鉱型構造を持つ結晶粒とを混在させた微細結晶粒組織では、これらの結晶粒が無秩序に配向されていたため、ランダム粒界が多く形成されて各結晶粒間の結合力が弱くなるため、衝撃により粒子が欠落し易かった。この結果、工具用硬質被覆層として実用に十分耐え得る性能を確保することは困難であった。これに対し、本実施形態の硬質被覆層11では、岩塩型構造を持つ結晶粒とウルツ鉱型構造を持つ結晶粒とが所定の配向性を有していることにより、工具用硬質被覆層として十分な耐摩耗性、耐欠損性を確保できる。すなわち、結晶粒の多くが所定の配向を有するため、隣り合う結晶粒が異なる結晶構造を持つ場合でも、これらの結晶粒の結晶粒界における異方性が緩和される。そして、この所定の配向において、立方晶系結晶粒の{200}および六方晶系結晶粒の{11−20}が工具基体10の表面に垂直となるように配向されている。このため、ウルツ鉱型構造の結晶面の中で{11−20}に垂直な{10−10}の原子配列と、岩塩型構造の結晶面の中の{200}に垂直な{011}の原子配列とが互いに近い構造をもつことから、高い整合性をもつ低エネルギーの結晶粒界が多く形成され、結晶粒同士の結合力が高まり、その結果として、皮膜全体としての耐欠損性が向上する。なお、後述する硬質被覆層11の断面(
図3A参照)において岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒が占有する面積のうち、工具基体10の表面に垂直な方向から15度以内に{200}が配向された立方晶系結晶粒の面積が50%以上100%以下であることが好ましく、80%以上100%以下がより好ましい。同様に、硬質被覆層11の断面においてウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒が占有する面積のうち、工具基体10の表面に垂直な方向から15度以内に{11−20}が配向された六方晶系結晶粒の面積が50%以上100%以下であることが好ましく、80%以上100%以下であることがより好ましい。
【0021】
(b)微細結晶粒の平均粒径と平均アスペクト比:
硬質被覆層11を構成する微細結晶粒の平均粒径は、5nm以上50nm以下である。これにより、硬質被覆層の硬さ及び耐欠損性を向上できる。平均粒径が5nm未満では、結晶粒が細か過ぎるため、窒化物結晶としての特性が弱化し、硬質被覆層の硬さが低下する。一方、平均粒径が50nmを超えると結晶粒が粗大になり過ぎ、所望の耐欠損性を得ることが出来ない。 また、微細結晶粒のアスペクト比の平均値、すなわち、平均アスペクト比は、3を超えると結晶粒の異方性が高くなり過ぎるので、長径方向への亀裂進展がしやすくなり、耐欠損性が低下する。したがって、微細結晶粒の平均アスペクト比は3以下であることがより好ましい。
なお、微細結晶粒の平均粒径および平均アスペクト比の算出は、次のようにして行った。まず、透過型電子顕微鏡により、数万倍から数十万倍(例えば2万倍)に拡大された視野において断面観察を行う。
図3Aは、本実施形態における断面の透過型電子顕微鏡写真である。透過型電子顕微鏡により観察される断面は、
図3Aに示すように、工具基体10の表面に垂直な方向を含む平面により工具基体10および硬質被覆層11を切断した切断面である。なお、以降の説明において、観察される断面における工具基体10表面を示す線の垂直方向を膜厚方向と云い、観察される断面に垂直な方向(
図3Aの紙面垂直方向)を断面方向と云う。この断面において透過型電子顕微鏡により結晶粒径およびアスペクト比が測定される範囲は、先立って走査型電子顕微鏡による観察において決定された平均層厚に基づき決められる。平均層厚は、この断面内の複数点の層厚を測定し、その平均を求めることにより決定される。観察視野内において、工具基体10の表面上の任意の点を始点とする平均層厚長さと等しい膜厚方向の線分を定め、および同じ始点を有する膜厚方向に垂直な数ミクロン(例えば5μm)の線分からなる平均層厚×数ミクロンの矩形の領域を測定範囲とする。測定範囲における全ての結晶粒について、結晶粒径およびアスペクト比をそれぞれ測定する。各結晶粒の最大長さを示す線分を長径(粒子長さ)とし、この長径に対して垂直方向の結晶粒の最大幅を示す線分を短径(粒子幅)として測定する。この長径と短径の平均値を結晶粒径とし、長径の値を短径の値で除した値をアスペクト比とする。そして、測定範囲における全ての結晶粒の結晶粒径およびアスペクト比の平均値を、それぞれ平均粒径および平均アスペクト比とする。
【0022】
(c)岩塩型構造の(200)の回折円弧、ウルツ鉱型構造の(11−20)の回折円弧の角度幅:
図3Bは、硬質被覆層11の断面に電子線を照射して得られた電子線回折図形である。このような電子線回折図形は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察される。
図3Aに示す断面を観察面とする薄膜の試料を作成し、この試料のある領域、例えば
図3Aの点線で囲まれた領域に、硬質被覆層11の断面方向から、スポット径が硬質被覆層11の層厚相当の電子線を照射することにより、
図3Bに示す電子線回折図形が得られる。この電子線回折図形において、電子線の照射軸O(
図4参照)を中心とする複数の回折環またはその一部が観察される。ここで、電子線の照射軸Oは、
図3B(
図4または
図5B)の電子線回折図形の紙面垂直方向である。硬質被覆層11は、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒とが混在した状態で形成されているので、
図3Bにおいて、前記岩塩型構造に由来する回折環の一部と、前記ウルツ鉱型構造に由来する回折環またはその一部(円弧)とが観察される。なお、
図3Bにおいて、c(hkl)は岩塩型構造に由来する(hkl)の回折パターンを示し、h(hkil)はウルツ鉱型構造に由来する(hkil)の回折パターンを示す。例えば、c(200)は岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒の(200)に由来する回折パターンであり、h(11−20)はウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒の(11−20)に由来する回折パターンである。
硬質被覆層11において、立方晶系結晶粒の{200}及び六方晶系結晶粒の{11−20}が所定の方位に配向されているので、
図3Bにおいて、立方晶系結晶粒の(200)に由来する回折パターン、および六方晶系結晶粒の(11−20)に由来する回折パターンは、いずれも完全な円環ではなく円弧として観察される。
図4は、
図3Bの電子線回折図形における角度の測り方を説明する図である。
図4に示すように、回折円弧の角度幅(中心角)をθとすると、立方晶系結晶粒の(200)に由来する回折円弧、及び六方晶系結晶粒の(11−20)に由来する回折円弧の角度幅θはそれぞれ60度以下であることが好ましい。このような電子線回折図形は、硬質被覆層11全体における、{200}が特定の方向から15度以下の範囲内に配向された立方晶系結晶粒と{11−20}が特定の方向から15度以下の範囲内に配向された六方晶系結晶粒との体積率が高い場合に観察される。この場合、ウルツ鉱型構造において{11−20}と垂直な{10−10}と、岩塩型構造において{200}と垂直な{011}とが互いに略平行に配向され、前述のように結晶粒同士の結合力が高くなる。この結果、硬質被覆層11の耐欠損性及び耐摩耗性を向上できる。これに対し、角度幅θが60度を超えると所望の配向性が得られないため、十分に耐欠損性及び耐摩耗性を向上することが難しく、好ましくない。
【0023】
(d)円弧の半径中心と円弧の開き角の中点を結んだ線分(直線)が工具基体の表面となす角φ:
角度幅θを持つ円弧の開き角の中点(円弧の中点)と円弧の半径中心(円弧の中心であり電子線の照射軸O)とを結んだ直線C(角度幅θの二等分線C)と、電子線回折図形上で工具基体10の表面Sとのなす角度φ(但し、φ≦90°)は、75度以上であることが好ましい。このような電子線回折図形は、{200}と工具基体10の表面とのなす角が75度以上90度以下である立方晶系結晶粒と、{11−20}と工具基体10の表面とのなす角が75度以上90度以下である六方晶系結晶粒との硬質被覆層11全体における体積率が高い場合に観察される。この場合、硬質被覆層11の耐摩耗性を向上できる。角度φが75度未満では、耐摩耗性を発揮する特定方向、すなわち立方晶系結晶粒の{011}及び六方晶系結晶粒{10−10}が工具基体10の表面に対して傾斜して配向されるため、工具基体10にかかる切削中の応力や衝撃に耐えることが難しく、所望の耐摩耗性を確保し難いので好ましくない。
次に、回折円弧の角度幅θおよび円弧の開き角の中点を決定する方法について説明する。
図5Aは電子線回折図形における強度プロファイルを説明する図であり、
図5Bは電子線回折図形における角度ωを説明する図である。まず、
図5Bの電子線の照射軸Oを中心として、回折円弧を補完した回折リングを仮定する。次に、そのリングの周上における回折線の強度値を、縦軸が強度であり横軸が角度ωであるグラフにプロットし、強度プロファイルを作成する。
図5Aはこのように作成した特定の円弧の強度プロファイルである。そして、角度幅θおよび円弧の開き角の中点を求めたい円弧に対応する強度プロファイルにおいて、強度が最大値Ipの半分となる角度ωをそれぞれ回折円弧の第一端E1及び第二端E2とする。電子線の照射軸Oと第一端E1とを結ぶ直線L1と、電子線の照射軸Oと第二端E2とを結ぶ直線L2とのなす角の大きさを回折円弧の角度幅θと定める。さらに、直線L1と直線L2とのなす角の二等分線Cがその回折円弧と交わる位置をその回折円弧の開き角の中点と定める。
なお、電子線回折図形から強度を数値化する方法としては、コンピュータに取り込んだ回折図形をグレースケールのデジタル画像に変換し2次元の強度プロファイルとして数値化する方法がある。
【0024】
(e)岩塩型構造の(200)回折線の強度をIc、ウルツ鉱型構造の(11−20)回折線の強度をIhとした時のIc/(Ic+Ih)の値:
電子線回折図形において、工具基体10の表面Sに垂直な方向における岩塩型構造の(200)回折線の強度をIc、ウルツ鉱型構造の(11−20)回折線の強度をIhとした時のIc/(Ic+Ih)の値が、0.3以上0.8以下であることが好ましい。岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒の{200}と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒の{11−20}とが工具基体10の表面に垂直に配向されており、かつ、このように配向された結晶粒における立方晶系結晶粒と六方晶系結晶粒との存在比率(体積比率)が適正である場合、このような電子線回折図形を得られる。この場合、硬質被覆層11は、十分な耐摩耗性を有する。この値が0.3未満では、硬質相である岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒が相対的に少なくなるので、所望の耐摩耗性が得られない。一方、0.8を超えると岩塩型構造を有する結晶粒の特性が支配的となり、硬質被覆層11を2相混相組織で構成したことにより硬さおよび耐摩耗性が向上するという効果が低減し、所望の工具寿命を得られない。したがって、0.8≧Ic/(Ic+Ih)≧0.3とすることが好ましい。
なお、電子線回折図形から工具基体の表面に垂直な方向における回折線の強度を数値化する方法としては、コンピュータに取り込んだ回折図形をグレースケールのデジタル画像に変換し、電子線回折図形上で電子線の照射軸Oから工具基体10の表面Sに垂直な方向にひいた直線上における各回折円弧のグレースケール値をもって回折強度Ic、Ihとするという方法がある。または、工具基体10の表面Sに垂直な方向近傍における(200)の回折円弧及び(11−20)の回折円弧について上述の
図5Aにおける強度プロファイルを求め、各回折線のピーク面積をそれぞれIc、Ihとしても良い。このとき、回折リングの一部が飽和することがないよう、電子線回折図形の撮影時間などの撮影条件を調整する必要があるが、撮影条件は個々の透過型電子顕微鏡の装置上で調整することが可能である。
【0025】
以上のように、本実施形態の硬質被覆層は、岩塩型結晶構造を有する結晶粒とウルツ鉱型結晶構造を有する結晶粒との微細混相組織として形成されているので、硬質被覆層の耐摩耗性及び耐欠損性が従来よりも高いものとなる。さらに、立方晶系結晶粒の{200}は工具基体の表面に垂直に配向し、六方晶系結晶粒の{11−20}は前記工具基体の表面に垂直に配向することにより、結晶構造による異方性が緩和されるので、耐欠損性及び耐摩耗性が向上する。
【0026】
(f)硬質被覆層の下部層及び上部層:
前述の通り、硬質被覆層11の下層に下部層12を、または硬質被覆層11の上層に上部層13を形成することが好ましい。下部層12としてTiN層を形成すると、工具基体10と硬質被覆層11との付着強度が向上する。また、(Ti,Al)N、Ti(C,N)、(Al,Ti)Nなどの耐摩耗層を下部層12または上部層13として形成すると、皮膜の耐摩耗性が一段と向上する。さらに、上部層13としてTiNやCrNを硬質被覆層11に被覆すると、皮膜の切削抵抗が低下し、皮膜のチッピングや切削熱の発生を抑制することが出来る。なお、上部層13の平均層厚は0.1μm以上0.3μm以下であることが好ましく、下部層12の平均層厚は0.5μm以上1.5μm以下であることが好ましい。上部層13及び下部層12の平均層厚がこの範囲内であると、上述の切削性能をより一層向上できる。
【0027】
次に、
図1を参照して、上述の硬質被覆層11を工具基体10の表面に蒸着形成する方法について説明する。
図1は、工具基体10に硬質被覆層11を蒸着形成するために用いられるイオンプレーティング装置100の概略図である。イオンプレーティング装置100は、ハウジング101と、2つのプラズマガン111、112と、2つのハース121、122と、工具基体ホルダ130と、ヒーター140と、アシストプラズマガン153と、電源160とを備える。ハウジング101は、その内部で蒸着を行う蒸着室を形成する。ハウジング101の底面には、反応ガスを蒸着室内に導入するための2つの反応ガス導入口151、152と、反応後のガスをハウジング外へ排出するための不図示の排出口とが、ハウジング101の内部と外部とを連通するように設けられている。反応ガス導入口151、152とハウジング101の側壁との間には、蒸着材料を入れるハース121、122がそれぞれ設けられている。ハース121、122の上側(
図1の上側)且つハウジング101の側壁上には、ハース121、122にプラズマ50を照射する圧力勾配型のプラズマガン111、112が設けられており、ハース121とプラズマガン111、及びハース122とプラズマガン112はそれぞれ共通の電源と接続されている。反応ガス導入口151、152との間には、プラズマガン111、112とは別にプラズマを照射するアシストプラズマガン153が設けられている。
さらに、ハウジングの上面側には、工具基体ホルダ130が設けられている。工具基体ホルダ130は、ハウジング外部に設置された電源160と電気的に接続されている主軸131と、主軸131に対し垂直な方向に延びた、工具基体10を保持する保持部132とを備える。主軸131は、ハース121、122が載置されるハウジング101の底面に垂直な軸線R回りに回転可能にハウジング101の上面に取り付けられており、保持部132は主軸131に垂直な軸線(ハウジング101の底面に平行な軸線)回りに回転可能に主軸131に取り付けられている。そして、工具基体ホルダ130とハウジング101の側壁との間には、工具基体10を加熱するヒーター140が設けられている。なお、
図1は、工具基体10として複数のインサートを工具基体ホルダ130に装着した例を示している。
【0028】
次に、このようなイオンプレーティング装置100を用いて硬質被覆層11を工具基体10の表面に蒸着形成する手順について説明する。
まず、工具基体10を洗浄した後、工具基体10を乾燥させた状態で工具基体ホルダ130の保持部132に装着し、ハース121、122に蒸発源21、22としてTi及びAlをそれぞれ設置する。次に、蒸着室内を蒸着を開始することが可能な状態にする。具体的には、反応ガス導入口151、152からハウジング101内(蒸着室)に反応ガスとして窒素ガスを導入すると共に、ヒーター140により工具基体10を所定の温度まで加熱する。このとき、ハウジング101内の圧力は、一定に保持される。その後、ハウジング101内に導入される窒素ガスの流量、工具基体10の温度、ハウジング101内の圧力を保ちながら、工具基体ホルダ130の主軸131をハウジング101の底面に垂直な軸回り(矢印A)に回転させると共に、保持部132をハウジング101の底面に平行な軸回り(矢印B)に回転させる。また、工具基体10には、工具基体ホルダ130を介して電源160からバイアス電圧が付与される。
蒸着室をこのような状態にして蒸着を開始する。まず、プラズマガン111、112から放電ガスを蒸着室内へ供給すると共にプラズマガン111、112に電力を付与し、プラズマガン111からハース121内のTiへ、プラズマガン112からハース122内のAlへプラズマ50を照射することによりTiとAlを蒸発させ、イオン化する。同時にアシストプラズマガン153からハウジング上方に向けてプラズマを照射し、Ti
+イオンと、Al
+イオンと、窒素ガスとを反応させつつ工具基体10に蒸着させる。蒸着により形成された硬質被覆膜11の厚さが所望の厚さになった後、蒸着を終了する。
【0029】
以上の方法では、蒸着中に工具基体10に印加されるバイアス電圧がパルスバイアス電圧であるので、各イオンが工具基体10と衝突する頻度が変化する。この結果、工具基体10の表面に蒸着形成される硬質被覆層が、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒とが混在した混相組織として形成される。また、パルスバイアス電圧のONとOFFとのデューティ比を調節することにより、立方晶系結晶粒と六方晶系結晶粒との存在比率を調節できる。さらに、パルスバイアス電圧のONとOFFとのデューティ比を調節することにより、立方晶系結晶粒と六方晶系結晶粒とを特定の低次面方向へ配向させることができる。また、このような圧力勾配型プラズマを用いたイオンプレーティング装置100及びそれを用いた方法により硬質被覆層を形成することにより、比較的層厚が均一な硬質被覆層を形成し易い。
【0030】
(第二の実施形態)
本発明の被覆工具の第二の実施形態に関し、図面を参照して説明する。
本実施形態の被覆工具は、
図2Aに示すように、炭化タングステン基超硬合金焼結体からなる工具基体10と、その表面に蒸着形成された硬質被覆層11とを主たる構成要素としている。本実施形態においては、硬質被覆層11の組成が組成式:(Al
xTi
1−x)N(0.6≦x≦0.8)で表され、硬質被覆層11の平均層厚は0.5μm以上5.0μm以下である。
また、本実施形態において、硬質被覆層11の圧縮残留応力は8GPa以上12GPa以下である。その他の構成は、第一の実施形態と同じであるため説明を省略し、第一の実施形態と同じ部分について以下説明する。
【0031】
(Al
xTi
1−x)NにおけるAlとTiとの合量に対するAlの含有割合xを0.6以上0.8以下とした理由を説明する。(Al
xTi
1−x)Nの結晶構造は、x=0.6〜0.8を境界領域として、岩塩型結晶構造からウルツ鉱型結晶構造へと変化する。すなわち、0.6≦x≦0.8となる領域において、岩塩型結晶構造とウルツ鉱型結晶構造とを共存させることができる。前述のように工具基体10に印加されるパルスバイアス電圧の負電圧のONとOFFとを所定のデューティ比で切り替えることにより、組成が(Al
xTi
1−x)N(0.6≦x≦0.8)の複合窒化膜である硬質被覆層11の構造が、岩塩型結晶構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型結晶構造を有する六方晶系結晶粒とが共存する構造に再現性よく制御することが可能である。また、硬質被覆層11の平均層厚を0.5μm以上7.0μm以下とすることにより、厚膜化によって生じる皮膜のチッピングを防ぎ、かつ所望の耐摩耗性を発揮するという効果を得られる。ここで、本実施形態では、AlとTiとの合量に対するAlの含有割合xを0.6≦x≦0.8とし、平均層厚を0.5μm以上7.0μm以下としているため、上記の作用は、第一の実施形態よりも顕著となる。
【0032】
(a)立方晶系結晶粒と六方晶系結晶粒の配向性:
硬質被覆層11において、立方晶系結晶粒の{200}の多くは工具基体10の表面に垂直に配向され、六方晶系結晶粒の{11−20}の多くは工具基体10の表面に垂直に配向されている。このような硬質被覆層11では、微粒組織でありながら低次面方向へ配向しているという特異な結晶粒組織が形成されているので、一段とすぐれた耐摩耗性と耐欠損性とを発揮する。
詳細には、AlとTiとの合量に対するAlの含有割合が0.6以上となる領域では、高温硬さと耐熱性とを向上させるというAlの効果により、硬質被覆層11が高い耐摩耗性を発揮する。これに加えて、立方晶である岩塩型構造を持つ結晶粒と、六方晶であるウルツ鉱型構造を持つ結晶粒とが混在することにより、結晶粒組織の微細化が促進される。この結果、硬質被覆層11がすぐれた耐摩耗性を発揮する。なお、後述する硬質被覆層11の断面(
図6A参照)において、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒が占有する面積と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒が占有する面積との合計が、断面全体の面積の70%以上であることが好ましい。さらに、硬質被覆層11が、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒と、結晶粒界とのみからなることがより好ましい。このような構成であれば、上述の耐摩耗性と耐欠損性とが十分に発揮される。従来、岩塩型構造を持つ結晶粒とウルツ鉱型構造を持つ結晶粒とを混在させた微細結晶粒組織では、これらの結晶粒が無秩序に配向されていたため、ランダム粒界が多く形成されて各結晶粒間の結合力が弱くなるため、衝撃により粒子が欠落し易かった。この結果、工具用硬質被覆層として実用に十分耐え得る性能を確保することは困難であった。これに対し、本実施形態の硬質被覆層11では、岩塩型構造を持つ結晶粒とウルツ鉱型構造を持つ結晶粒とが所定の配向性を有していることにより、工具用硬質被覆層として十分な耐摩耗性、耐欠損性を確保できる。すなわち、結晶粒の多くが特定の配向を有するため、隣り合う結晶粒が異なる結晶構造を持つ場合でも、これらの結晶粒の結晶粒界における異方性が緩和される。そして、この所定の配向において、立方晶系結晶粒の{200}および六方晶系結晶粒の{11−20}が工具基体10の表面に垂直となるように配向されている。このため、ウルツ鉱型構造の結晶面の中で{11−20}に垂直な{10−10}の原子配列と、岩塩型構造の結晶面の中の{200}に垂直な{011}の原子配列とが互いに近い構造をもつことから、高い整合性をもつ低エネルギーの結晶粒界が多く形成され、結晶粒同士の結合力が高まり、その結果として、皮膜全体としての耐欠損性が向上する。なお、後述する硬質被覆層11の断面において岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒が占有する面積のうち、工具基体10の表面に垂直な方向から15度以内に{200}が配向された立方晶系結晶粒の面積が50%以上100%以下であることが好ましく、80%以上100%以下がより好ましい。同様に、硬質被覆層11の断面においてウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒が占有する面積のうち、工具基体10の表面に垂直な方向から15度以内に{11−20}が配向された六方晶系結晶粒の面積が50%以上100%以下であることが好ましく、80%以上100%以下であることがより好ましい。
【0033】
(b)硬質被覆層の圧縮残留応力:
硬質被覆層11の圧縮残留応力は8GPa以上12GPa以下である。これにより、硬質被覆層11の緻密性を向上させることができるため、硬質被覆層内でクラックが生じた場合にも、クラックが進展し難く、耐摩耗性及び耐欠損性を向上できる。この結果、工具を長寿命化することができる。本実施形態の硬質被覆層11は上述の構成を有し、特にAlとTiとの合量に対するAlの含有割合xが0.6≦x≦0.8とされ、平均層厚を0.5μm以上7.0μm以下とされているため、硬質被覆層11の残留圧縮応力を従来の硬質被覆層よりも高く設定しても、硬質被覆層11が自己破壊することがない。具体的には、従来の硬質被覆層では、残留圧縮応力として5〜6GPaが限界であったのに対し、本実施形態に係る残留圧縮応力は8GPa以上12GPa以下とすることができる。8GPaを下回ると、圧縮残留応力の値が小さくなり、所望の耐摩耗性が得られない。一方、12GPaを上回ると、圧縮残留応力の値は大きくなり過ぎ、たとえ結晶粒同士が高い結合力を有していても、硬質被覆層11の自己破壊に繋がり所望の耐欠損性が得られない。したがって、硬質被覆層11の圧縮残留応力は、8〜12GPaとすることが好ましい。
硬質被覆層11の圧縮残留応力は、次のように付与する。すなわち、前述のように蒸着中に工具基体10に印加するパルスバイアス電圧の負電圧のONとOFFとを所定のデューティ比で切り替えることにより、組成が(Al
xTi
1−x)N(0.6≦x≦0.8)の複合窒化膜である硬質被覆層11の結晶構造を、岩塩型結晶構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型結晶構造を有する六方晶系結晶粒とが共存する構造に制御する。このとき、パルスバイアス電圧と同時に、バイアス電圧としてDC(直流)の負電圧を印加する。すなわち、パルスバイアス電圧のOFF期にも負電圧が印加される。結果として、工具基体10に印加されるバイアス電圧は、高い電圧と低い電圧とを交互に印加するパルスバイアス電圧となる。これにより、蒸着形成された結晶粒がTi
+イオン、Al
+イオンによって叩かれ、その衝突エネルギーが蒸着層内に蓄積されることによって、硬質被覆層に圧縮残留応力が付与される。
なお、残留圧縮応力は、CuKα線を用いたX線回折測定によるsin
2ψ法によって測定される。まず、硬質被覆層の断面に複数の角度ψからX線を照射して回折線強度分布を測定する。角度ψは断面方向とX線照射方向とのなす角度である。そして、得られた回折線強度分布ごとに回折線強度のピークを示す回折角を求める。次に、縦軸を回折角とし、横軸をsin
2ψとしたグラフに得られた回折角とその時のsin
2ψをプロットする。プロットした点の最小二乗近似直線を求め、この直線の傾きに応力定数を乗じて残留圧縮応力を算出することができる。
【0034】
本実施形態に係る硬質被覆層11は、
図1に係る装置を用いて蒸着形成することが可能である。蒸着の手順は、第一の実施形態の手順と同様であるが、工具基体10に工具基体ホルダ130を介して電源160から印加される電圧が、パルスバイアス電圧と直流バイアス電圧である、すなわち、高い負電圧と低い負電圧とのパルス電圧を印加する点で異なっている。これにより、工具基体10の表面に蒸着形成される硬質被覆層11が、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒とが混在するように形成されると共に、硬質被覆層11に圧縮残留応力を付与できる。また、パルスバイアス電圧のデューティ比を調節することにより、立方晶系結晶粒と六方晶系結晶粒との存在比率を調節できる。さらに、パルスバイアス電圧のデューティ比を調節することにより、立方晶系結晶粒と六方晶系結晶粒とを特定の低次面方向へ配向させることができる。
【0035】
なお、本発明の技術的範囲は以上説明した実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0036】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例1】
【0037】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr
3C
2粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した。その後、乾燥後の原料粉末の混合物を100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を圧力が6Paの真空中、温度1400℃の条件下に1時間保持して焼結した。焼結後、切刃部分に半径Rが0.03mmのホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408で規定されたインサート形状をもった炭化タングステン(WC)基超硬合金製の工具基体A〜Eを形成した。
【0038】
ついで、前記工具基体A〜Eのそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄した後乾燥した。上述した
図1の概略図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型アルゴン(Ar)プラズマガンを利用したイオンプレーティング装置100の工具基体ホルダ130に工具基体A〜Eを装着し、以下の条件で硬質被覆層を蒸着形成した。
工具基体温度:400〜430℃
蒸発源21:チタン(Ti)
蒸発源21に対するプラズマガン111の放電電力:8〜9kW
蒸発源22:アルミニウム(Al)
蒸発源22に対するプラズマガン112の放電電力:9〜11kW
反応ガス導入口151および152から蒸着室内に流入する反応ガス:窒素(N
2)ガス
窒素ガスの流量:100sccm
プラズマガン用放電ガス:アルゴン(Ar)ガス
プラズマガン用アルゴンガスの流量:35sccm
工具基体に印加するバイアス電圧:1周期100μsecのパルス電圧(−90Vまたは−80Vの電圧を98μsec印加するON期と2μsec電圧を印加しないOFF期とを繰り返すパルス電圧)
アシストプラズマガン153の放電出力:2kW
蒸着時間:40〜280min
具体的には、表2に示される形成条件のもと表3に示される所定の目標層厚を有する硬質被覆層の形成を行い、本実施例に係る表面被覆切削工具としての本発明インサートa1〜a8をそれぞれ製造した。なお、表2において、バイアス電圧は、ON期の電圧(V)と1周期(100μsec)における印加時間(μsec)を表す。
【0039】
また、比較の目的で、比較インサートa1〜a8を形成した。本発明インサートa1〜a8と同じ工具基体A〜Eを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した。本発明インサートa1〜a8と同様に、
図1の概略図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置100の工具基体ホルダ130に工具基体A〜Eを装着し、以下の条件で硬質被覆層を蒸着形成した。
工具基体温度:400〜430℃
蒸発源21:チタン(Ti)
蒸発源21に対するプラズマガン111の放電電力:8〜9kW
蒸発源22:アルミニウム(Al)
蒸発源22に対するプラズマガン112の放電電力:9〜11kW
反応ガス導入口151および152から蒸着室内に流入する反応ガス:窒素(N
2)ガス
窒素ガスの流量:100sccm
プラズマガン用放電ガス:アルゴン(Ar)ガス
プラズマガン用アルゴンガスの流量:35sccm
工具基体に印加するバイアス電圧:−10〜−20Vの直流電圧
アシストプラズマガン153の放電出力:アシストプラズマガンは使用しなかった
蒸着時間:目標層厚に達するまで蒸着を行った(表5参照)
具体的には、表4に示される形成条件のもと表5に示される所定の目標層厚を有する硬質被覆層の形成を行い、比較用の被覆工具としての比較インサートa1〜a8をそれぞれ製造した。
【0040】
また、前記の硬質被覆層形成前に、および/または、硬質被覆層形成後に、通常の物理蒸着法を用いて、TiN、(Ti,Al)N、Ti(C,N)、(Al,Cr)N、CrNのいずれかからなる平均層厚0.1〜0.3μmの上部層または平均層厚0.5〜1.5μmの下部層を形成することにより、表3および表5に示される本発明インサートa9〜a14、比較インサートa9〜a12をそれぞれ製造した。なお通常の物理蒸着法とは、工具の被膜に一般的に用いられている物理蒸着法であって、アークイオンプレーティングが一例として挙げられる。アークイオンプレーティングとは、蒸着室内に配置された金属を部分的にアーク放電させることにより、その金属をイオン化した状態で飛散させてターゲットに蒸着する方法である。
【0041】
つぎに、前記の各種のインサートを、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明インサートa1〜a14および比較インサートa1〜a12について、以下の切削条件A〜Cで乾式断続高速切削加工試験を行った。乾式断続高速切削加工試験とは、表面に軸方向(長さ方向)に延びる複数の溝が円周方向に等間隔に形成された丸棒について、潤滑剤を用いずに、軸方向に送りつつ周方向に切削加工を行う試験である。なお、各条件における切削速度を、通常の切削速度よりも大きくして試験を行った。この通常の切削速度とは、従来被覆インサートを用いた場合の効率(一般には、工具寿命までに加工できる部品の数など)が最適となる切削速度をいう。この速度を超えて切削を行うと工具の寿命が極端に短くなり、加工の効率が低下する。
(切削条件A:ステンレス鋼の乾式断続高速切削加工試験)
被削材:JIS・SUS316(ISO TR15510−26に対応)の長さ方向等間隔2本縦溝入り丸棒
切削速度: 180 m/min.(通常の切削速度:150m/min.)
切り込み: 1.5mm
送り: 0.25 mm/rev.
切削時間: 5分
(切削条件B:炭素鋼の乾式断続高速切削加工試験)
被削材:JIS・S50C(ISO683−1−C50またはC50E4またはC50M2に対応)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒
切削速度: 240m/min.(通常の切削速度:220m/min.)
切り込み: 2.0mm
送り: 0.25mm/rev.
切削時間: 5分
(切削条件C:合金鋼の乾式断続高速切削加工試験)
被削材:JIS・SCM440(ISO683/1−42CrMo4またはISO683/1−42CrMoS4に対応)の長さ方向等間隔6本縦溝入り丸棒
切削速度: 250m/min.(通常の切削速度:200m/min.)
切り込み: 1.5mm
送り: 0.25mm/rev.
切削時間: 5分
このような条件で、本発明インサートa1〜a14および比較インサートa1〜a12について乾式断続高速切削加工試験を行った。その時の切刃の膜厚方向における逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表6に示す。なお、比較インサートa1〜a12については、皮膜のチッピングや欠損等の原因により大きく摩耗するものがあった。これらについては、最大摩耗幅が0.25mmを超えるまでの切削寿命時間(分:秒)を表6に記入し、「*」を付した。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【0044】
【表3】
【0045】
【表4】
【0046】
【表5】
【0047】
【表6】
【0048】
この結果得られた本発明インサートa1〜a14および比較インサートa1〜a12の硬質被覆層の組成を、透過型電子顕微鏡を用いてのエネルギー分散型X線分析法により測定したところ、いずれも表3および表5に示した目標組成(目標とするAlとTiとの合量に対するAlの含有割合x)と実質的に同じ組成を示した。
【0049】
さらに、本発明インサートa1〜a14および比較インサートa1〜a12の硬質被覆層を構成する(Al,Ti)N層について、集束イオンビーム加工により、薄片を切り出した。薄片は、工具逃げ面から、工具基体および硬質被覆層を含む、幅100μm×高さ300μm×厚さ0.2μmの薄片である。なお、工具基体表面に平行な方向を幅、工具基体表面に垂直な方向(膜厚方向)を高さとした。該薄片のうち、硬質被覆層の厚み領域が全て含まれるよう設定された、幅が10μmであり、高さが硬質被覆層の平均層厚の2倍である視野を、透過型電子顕微鏡にて観察することにより、電子線回折図形から結晶粒の結晶構造を決定した。その結果、本発明インサートa1〜a14において、工具基体表面に対して垂直方向に{200}配向を有する岩塩型構造の立方晶系結晶粒と、同じく{11−20}配向を有するウルツ鉱型構造の六方晶系結晶の両方が混在することが確認された。
【0050】
また、本発明インサートa1〜a14および比較インサートa1〜a12の硬質被覆層の層厚を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表3および表5に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0051】
また、本発明インサートa1〜a14および比較インサートa1〜a12の硬質被覆層に対して透過電子顕微鏡(倍率は200000倍から1000000倍の範囲から適切な値に設定する)により断面観察を行い、平均粒径と平均アスペクト比とを測定した。断面組織観察視野内の任意の工具基体表面を始点とする膜厚方向に平均層厚と等しい線分、および同じ始点を有する膜厚方向に垂直な5μmの線分からなる観察視野内の平均層厚×5μmの範囲における個々の結晶粒について、結晶粒の最大長さを示す線分を長径(粒子長さ)とし、この長径に対して垂直方向の結晶粒の最大幅を示す線分を短径(粒子幅)として測定し、長径の値を短径の値で除した値をアスペクト比とした。そして、観察視野内の平均層厚×5μmの範囲における個々の結晶粒のアスペクト比の平均値を平均アスペクト比とした。また、個々の粒子の長径と短径の平均値を、その粒子の結晶粒径とし、観察視野内の平均層厚×5μmの範囲における個々の結晶粒の結晶粒径の平均値を平均粒径とした。その結果を、表3および表5に示す。なお、表3において、平均アスペクト比が3以下である結果には「*」を付した。
【0052】
さらに、硬質被覆層の断面方向から、スポット径が硬質被覆層の層厚相当の電子線を照射した状態で、電子線回折図形を観察した。
図3B、
図4、
図5Bはその一例である。その結果、本発明インサートa1〜a14においては、岩塩型構造に由来する回折環の一部と、ウルツ鉱型構造に由来する回折環またはその一部(円弧)が観察され、かつ、岩塩型構造の(200)の回折円弧、ウルツ鉱型構造の(11−20)の回折円弧が、いずれも完全な円環でなく円弧であることが確認された。そして、この電子線回折図形から、岩塩型構造の(200)の回折円弧およびウルツ鉱型構造の(11−20)の回折円弧それぞれについて、その円弧の角度幅θ(中心角)を測定した。また、これらの回折円弧の半径中心(電子線照射軸O)と円弧の開き角の中点を結んだ直線(角度幅θの二等分線)が工具基体の表面となす角度φ(但し、φ≦90°)を測定した。その結果を、表3に示す。
比較インサートa1〜a12の電子線回折図形については表5に示した通りである。これらの電子線回折図形からは、岩塩型構造の(200)の回折図形およびウルツ鉱型構造の(11−20)の回折図形が回折環として観察されるものと、回折図形自体が観察されないものとがあり、これらの回折図形が円弧として観察されるものはなかった。このため、角度幅θおよび角度φとを測定できなかった。
【0053】
さらに、電子線回折図形において、工具基体の表面と垂直な方向における岩塩型構造に由来する(200)の回折図形およびウルツ鉱型構造に由来する(11−20)の回折図形の強度プロファイルを算出し、岩塩型構造の(200)回折線のピーク面積を強度Ic、およびウルツ鉱型構造の(11−20)回折線のピーク面積を強度Ihとした時のIc/(Ic+Ih)を算出した。その結果を、表3および表5に示す。なお、表3において、Ic/(Ic+Ih)の値が0.3以上0.8以下の範囲に含まれない結果に「**」を付した。
【0054】
表3によれば、本発明インサートa1〜a14は、硬質被覆層の組成が、(Ti
1−xAl
x)N(0.5≦x≦0.8)であり、結晶粒の平均粒径は5nm以上50nm以下であった。また、電子線回折図形(
図3B参照)では、岩塩型構造に由来する回折環の一部とウルツ鉱型構造に由来する回折環またはその一部とが観察されたため、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒とが混在していることがわかった。また、岩塩型構造の(200)の回折円弧およびウルツ鉱型構造の(11−20)の回折円弧の角度幅θはいずれも60度以下であり、角度φはいずれも75度以上90度以下であったため、工具基体の表面に垂直に、立方晶系結晶粒の{200}、および六方晶系結晶粒の{11−20}が配向されていることがわかる。さらに表6から、本発明インサートa1〜a14は、比較インサートa1〜a12と比較して、切削加工における摩耗量が小さいことがわかる。すなわち、表3および表6に示される結果から、本発明インサートa1〜a14は、硬質被覆層全体または皮膜全体で、すぐれた耐欠損性を有し、また、すぐれた耐摩耗性を示し、剥離、欠損、チッピングを発生することなくすぐれた工具特性を長期に亘って発揮することが明らかである。
【0055】
一方、表5によれば、比較インサートa1〜a12は、硬質被覆層の組成が、(Ti
1−xAl
x)N(0.5≦x≦0.8)であった。また、比較インサートa4〜a8、a10〜a12の結晶粒の平均粒径は5nm以上50nm以下であった。しかしながら、比較インサートa1〜a4、a7〜a11の硬質被覆層には、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒とが混在しておらず、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒とウルツ型構造を有する六方晶系結晶粒とのうちいずれか一方のみから硬質被覆層が形成されていた。また、比較インサートa5、a6、a12の硬質被覆層には、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒とが混在しているが、工具基体の表面に垂直に、立方晶系結晶粒の{200}、および六方晶系結晶粒の{11−20}が配向されていない。このため、比較インサートa1〜a12は、硬質被覆層全体または皮膜全体として、耐欠損性、耐摩耗性の面で劣り、剥離、欠損、チッピングを発生し、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【0056】
表3および表6によれば、下部層が形成された本発明インサートa9〜a14の乾式断続高速切削加工試験後の摩耗幅が、下部層が形成されていない本発明インサートa1〜a8の摩耗幅よりも小さかった。このことから、下部層が形成されると切削性能が向上することがわかる。さらに、TiNで形成された下部層と、CrNで形成された上部層とを有する本発明インサートa11では、いずれの切削条件においても摩耗幅が最小であり、高い切削性能を示した。また、(Al,Cr)Nで形成された下部層を有する本発明インサートa10、a14では、上部層を有さない本発明インサートa10の方が、上部層を有する本発明インサートa14よりも摩耗幅が小さく、高い切削性能を示した。また、(Ti,Al)Nで形成された下部層を有する本発明インサートa9、a12において、上部層を有する本発明インサートa12の摩耗幅は、上部層を有さない本発明インサートa9の摩耗幅は同じ値となった。
【0057】
平均アスペクト比が3より大きい結晶粒で構成される本発明インサートa1では、乾式断続高速切削加工試験後の摩耗幅が、比較インサートa1〜a12よりは小さいものの、平均アスペクト比が3以下である本発明インサートa2〜a14より大きかった。また、下部層を有さず、かつ平均アスペクト比が3以下である本発明インサートa2〜a8において、平均アスペクト比が1.4以上1.8以下である本発明インサートa3〜a6は、摩耗幅が0.18mm未満と他の本発明インサートa2、a7、a8よりも小さく、より良い切削性能を示した。
なお、比較インサートa1〜a12の平均アスペクト比は、いずれも3を大きく超える値となった。これは、比較インサートa1〜a12の製造時に工具基体に印加するバイアス電圧をパルスバイアス電圧ではなく、一定の直流電圧にしたためである。
【0058】
Ic/(Ic+Ih)の値が0.8を超える本発明インサートa1では、乾式断続高速切削加工試験後の摩耗幅が他の本発明インサートよりも大きかった。また、Ic/(Ic+Ih)の値が0.3未満である本発明インサートa8では、切削条件Aで行われた乾式断続高速切削加工試験後の摩耗幅が比較的大きくなった。
【実施例2】
【0059】
まず、実施例1と同様に工具基体A〜Eを形成した。詳細には、原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr
3C
2粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、ボールミルで72時間湿式混合し、乾燥した。その後、乾燥後の原料粉末の混合物を100MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を6Paの真空中、温度1400℃の条件下に1時間保持して焼結した。焼結後、切刃部分に半径Rが0.03mmのホーニング加工を施してISO規格・CNMG120408で規定されたインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Eを形成した。
【0060】
ついで、前記工具基体A〜Eのそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄した後乾燥した。上述した
図1の概略図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型アルゴン(Ar)プラズマガンを利用したイオンプレーティング装置100の工具基体ホルダ130に工具基体A〜Eを装着し、以下の条件で硬質被覆層を蒸着形成した。
工具基体温度:420〜450℃
蒸発源21:チタン(Ti)
蒸発源21に対するプラズマガン111の放電電力:8〜9kW
蒸発源22:アルミニウム(Al)
蒸発源22に対するプラズマガン112の放電電力:9〜12kW
反応ガス導入口151および152から蒸着室内に流入する反応ガス:窒素(N
2)ガス
窒素ガスの流量:100sccm
プラズマガン用放電ガス:アルゴン(Ar)ガス
プラズマガン用アルゴンガスの流量:35sccm
工具基体に印加するバイアス電圧:1周期100μsecのパルス電圧(−90Vまたは−80Vの電圧を98μsec印加するON期と2μsec電圧を印加しないOFF期とを繰り返すパルス電圧であり、OFF期には−50Vまたは−60Vの直流バイアス電圧が印加される)
アシストプラズマガン153の放電出力:2kW
蒸着時間:40〜280min
具体的には、表7に示される形成条件のもと表8に示される所定の目標層厚を有する硬質被覆層の形成を行い、本実施例に係る被覆切削工具としての本発明インサートb1〜b8をそれぞれ製造した。なお、表7において、バイアス電圧は、ON期の電圧(V)と1周期(100μsec)における印加時間(μsec)を表す。また、OFF期に工具基体に印加するバイアス電圧とは、パルス電圧のOFF期(2μsec)に印加する電圧である。
【0061】
また、比較の目的で、比較インサートb1〜b8を形成した。本発明インサートb1〜b8と同じ工具基体A〜Eを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した。本発明インサートb1〜b8と同様に、
図1の概略図に示される物理蒸着装置の1種である圧力勾配型Arプラズマガンを利用したイオンプレーティング装置100に工具基体A〜Eを装着し、以下の条件で硬質被覆層を蒸着形成した。
工具基体温度:400〜450℃
蒸発源21:チタン(Ti)
蒸発源21に対するプラズマガン111の放電電力:8〜9kW
蒸発源22:アルミニウム(Al)
蒸発源22に対するプラズマガン112の放電電力:9〜12kW
反応ガス導入口1および2の反応ガス:窒素(N
2)ガス
窒素ガスの流量:100sccm
プラズマガン用放電ガス:アルゴン(Ar)ガス
プラズマガン用アルゴンガスの流量:35sccm
工具基体に印加するバイアス電圧:−10〜−20Vの直流電圧
アシストプラズマガン153の放電出力:アシストプラズマガンは使用しなかった
蒸着時間:目標層厚に達するまで蒸着を行った(表10参照)
具体的には、表9に示される形成条件のもと表10に示される所定の目標層厚を有する硬質被覆層の形成を行い、比較用の被覆工具としての比較インサートb1〜b8をそれぞれ製造した。
【0062】
また、前記の硬質被覆層形成前に、および/または、硬質被覆層形成後に、通常の物理蒸着法を用いて、TiN、(Ti,Al)N、Ti(C,N)、(Al,Cr)N、CrNのいずれかからなる平均層厚0.1〜0.3μmの上部層または平均層厚0.5〜1.5μmの下部層を形成することにより、表8および表10に示される本発明インサートb9〜b14、比較インサートb9〜b12をそれぞれ製造した。
【0063】
つぎに、前記の各種のインサートを、いずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明インサートb1〜b14および比較インサートb1〜b12について、以下の切削条件A〜Cで乾式断続高速切削加工試験を行った。なお、各条件における切削速度を、通常の切削速度よりも大きくして試験を行った。
(切削条件A:ステンレス鋼の乾式断続高速切削加工試験)
被削材:JIS・SUS304(ISO TR15510−6に対応)の長さ方向等間隔2本縦溝入り丸棒
切削速度: 230 m/min.(通常の切削速度は、200m/min.)
切り込み: 1.5mm
送り: 0.25 mm/rev.
切削時間: 5分
(切削条件B:炭素鋼の乾式断続高速切削加工試験)
被削材:JIS・S50C(ISO683−1−C50またはC50E4またはC50M2に対応)の長さ方向等間隔2本縦溝入り丸棒
切削速度: 220m/min.(通常の切削速度は、220m/min.)
切り込み: 2.0mm
送り: 0.25mm/rev.
切削時間: 5分
(切削条件C:合金鋼の乾式断続高速切削加工試験)
被削材:JIS・SCM440(ISO683/1−42CrMo4またはISO683/1−42CrMoS4に対応)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒
切削速度: 250m/min.(通常の切削速度は、200m/min.)
切り込み: 1.5mm
送り: 0.25mm/rev.
切削時間: 5分
このような条件で、本発明インサートb1〜b14および比較インサートb1〜b12について乾式断続高速切削加工試験を行った後の切刃の膜厚方向における逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表11に示す。なお、比較インサートa1〜a12については、皮膜のチッピングや欠損等の原因により大きく摩耗するものがあった。これらについては、最大摩耗幅が0.25mmを超えるまでの切削寿命時間(分:秒)を表11に記入し、「*」を付した。
【0064】
【表7】
【0065】
【表8】
【0066】
【表9】
【0067】
【表10】
【0068】
【表11】
【0069】
本発明インサートb1〜b14および比較インサートb1〜b12の硬質被覆層を構成する(Al,Ti)N層について、集束イオンビーム加工により、薄片を切り出した。薄片は、工具逃げ面から、工具基体および硬質被覆層を含む、幅100μm×高さ300μm×厚さ0.2μmの薄片である。なお、工具基体表面に平行な方向を幅、工具基体表面に垂直な方向(膜厚方向)を高さとした。該薄片のうち、硬質被覆層の厚み領域が全て含まれるよう設定された、幅が10μmであり、高さが硬質被覆層の平均層厚の2倍である視野を、透過型電子顕微鏡にて観察することにより、電子線回折図形(
図6B参照)から結晶粒の結晶構造を決定した。その結果、本発明インサートb1〜b14及び比較インサートb1〜b12において、工具基体表面に対して垂直方向に{200}が配向される岩塩型構造の立方晶系結晶粒と、同じく{11−20}が配向されるウルツ鉱型構造の六方晶系結晶の両方が混在することが確認された。また同時に、透過電子顕微鏡(倍率は200000倍から1000000倍の範囲から適切な値に設定する)による断面観察を行い、平均粒径を測定した(
図6A参照)。本発明インサートb1〜b14および比較インサートb1〜b12の硬質被覆層の断面組織観察視野内の(Al,Ti)N層の領域のうち、(Al,Ti)N層の層厚×5μmの範囲における個々の結晶粒の長径と短径とを、実施例1と同様の方法で測定し、それらの平均値をその結晶粒の平均粒径とした。その結果を表8および表10に示す。また、透過型電子顕微鏡を用いてエネルギー分散型X線分析法により、本発明インサートb1〜b14および比較インサートb1〜b12の硬質被覆層を構成する(Al,Ti)N層の組成を測定したところ、いずれも表8および表10に示した目標組成と実質的に同じ組成を示した。
【0070】
また、本発明インサートb1〜b14および比較インサートb1〜b12の硬質被覆層の層厚を、走査型電子顕微鏡(倍率は5000倍から200000倍の範囲から適切な値に設定する)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表8および表10に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0071】
また、本発明インサートb1〜b14および比較インサートb1〜b12の硬質被覆層の残留圧縮応力を、CuKα線を用いたX線回折測定によるsin
2ψ法によって測定した。その結果を、表8および表10に示す。
【0072】
さらに、硬質被覆層の断面方向から、スポット径が硬質被覆層の層厚相当の電子線を照射した状態で、電子線回折図形を観察した。
図6B、
図7、
図8Bはその一例である。その結果、本発明インサートb1〜b14においては、岩塩型構造に由来する回折環の一部と、ウルツ鉱型構造に由来する回折環または円弧が観察され、かつ、岩塩型構造の(200)の回折円弧、ウルツ鉱型構造の(11−20)の回折円弧が、いずれも完全な円環でなく円弧であることが確認された。そして、この電子線回折図形から、岩塩型構造の(200)の回折円弧およびウルツ鉱型構造の(11−20)の回折円弧それぞれについて、その円弧の角度幅θ(中心角)を測定した(
図7、
図8Aおよび
図8B参照)。また、これらの回折円弧の半径中心(電子線照射軸O)と円弧の開き角の中点を結んだ直線(角度幅θの二等分線)が工具基体の表面となす角度φ(但し、φ≦90°)を測定した。その結果を、表8に示す。比較インサートa1〜a12の電子線回折図形については表10に示した通りである。これらの電子線回折図形からは、岩塩型構造の(200)の回折図形およびウルツ鉱型構造の(11−20)の回折図形が回折環として観察されるものと、回折図形自体が観察されないものとがあり、これらの回折図形が円弧として観察されるものはなかった。このため、角度幅θおよび角度φとは測定できなかった。
【0073】
さらに、電子線回折図形において、工具基体の表面と垂直な方向における岩塩型構造に由来する(200)の回折図形およびウルツ鉱型構造に由来する(11−20)の回折図形の強度プロファイルを算出し、岩塩型構造の(200)回折線のピーク面積を強度Ic、およびウルツ鉱型構造の(11−20)回折線のピーク面積を強度Ihとした時のIc/(Ic+Ih)を算出した。その結果を、表8および表10に示す。なお、表8において、Ic/(Ic+Ih)の値が0.3以上0.8以下の範囲に含まれない結果に「**」を付した。
【0074】
表8によれば、本発明インサートb1〜b14は、硬質被覆層の組成が、(Ti
1−xAl
x)N(0.5≦x≦0.8)であり、結晶粒の平均粒径が5nm以上50nm以下であった。また、電子線回折図形(
図6B参照)では、岩塩型構造に由来する回折環の一部とウルツ鉱型構造に由来する回折環またはその一部とが観察されたため、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒とが混在していることがわかった。また、岩塩型構造の(200)の回折円弧およびウルツ鉱型構造の(11−20)の回折円弧の角度幅θはいずれも60度以下であり、角度φはいずれも75度以上90度以下であったため、工具基体の表面に垂直に、立方晶系結晶粒の{200}、および六方晶系結晶粒の{11−20}が配向されていることがわかる。さらに表11から、本発明インサートb1〜b14は、比較インサートb1〜b12と比較して、切削加工における摩耗量が小さいことがわかる。すなわち、表8および表11に示される結果から、本発明インサートb1〜b14は、硬質被覆層全体または皮膜全体として、すぐれた耐欠損性を有し、また、すぐれた耐摩耗性を示し、剥離、欠損、チッピングを発生することなくすぐれた工具特性を長期に亘って発揮することが明らかである。
【0075】
一方、表10によれば、比較インサートb1〜b12は、硬質被覆層の組成が、(Ti
1−xAl
x)N(0.5≦x≦0.8)であった。また、比較インサートb5〜b8、b10〜b12の結晶粒の平均粒径は5nm以上50nm以下であった。しかしながら、比較インサートb1〜b4、b7〜b11の硬質被覆層には、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒の両方が混在しておらず、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒とウルツ型構造を有する六方晶系結晶粒とのうちいずれか一方のみから硬質被覆層が形成されていた。また、比較インサートb5、b6、b12の硬質被覆層には、岩塩型構造を有する立方晶系結晶粒と、ウルツ鉱型構造を有する六方晶系結晶粒とが混在しているが、工具基体の表面に垂直に、立方晶系結晶粒の{200}、および六方晶系結晶粒の{11−20}が配向されていない。このため、硬質被覆層全体または皮膜全体として、耐欠損性、耐摩耗性の面で劣り、剥離、欠損、チッピングを発生し、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【0076】
表8および表11によれば、下部層が形成された本発明インサートb9〜b14の乾式断続高速切削加工試験後の摩耗幅が、下部層が形成されていない本発明インサートb1〜b8の摩耗幅よりも小さかった。このことから、下部層が形成されることにより切削性能が向上することがわかる。さらに、TiNで形成された下部層と、CrNで形成された上部層とを有する本発明インサートb11では、いずれの切削条件においても摩耗幅が最小であった。
【0077】
Ic/(Ic+Ih)の値が0.8を超える本発明インサートb1では、乾式断続高速切削加工試験後の摩耗幅が他の本発明インサートよりも大きかった。
【0078】
表8および表11によれば、本発明インサートb1〜b14において8〜12MPaという比較的高い残留圧縮応力を付与したため、実施例1のように平均アスペクト比を制御しなくとも、十分な耐摩耗性を得ることができた。