特許第6206469号(P6206469)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6206469
(24)【登録日】2017年9月15日
(45)【発行日】2017年10月4日
(54)【発明の名称】スピンドル装置
(51)【国際特許分類】
   B23B 19/02 20060101AFI20170925BHJP
   B23Q 11/00 20060101ALI20170925BHJP
   F16J 15/54 20060101ALI20170925BHJP
   F16J 15/447 20060101ALI20170925BHJP
【FI】
   B23B19/02 A
   B23Q11/00 E
   F16J15/54
   F16J15/447
【請求項の数】1
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-228920(P2015-228920)
(22)【出願日】2015年11月24日
(62)【分割の表示】特願2012-1572(P2012-1572)の分割
【原出願日】2012年1月6日
(65)【公開番号】特開2016-34694(P2016-34694A)
(43)【公開日】2016年3月17日
【審査請求日】2015年11月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小栗 翔一郎
【審査官】 小川 真
(56)【参考文献】
【文献】 実開昭62−050378(JP,U)
【文献】 実開昭57−182664(JP,U)
【文献】 実開昭56−147049(JP,U)
【文献】 特開平03−149103(JP,A)
【文献】 特開平05−131305(JP,A)
【文献】 特開平11−077529(JP,A)
【文献】 特開昭60−157570(JP,A)
【文献】 特開2003−172458(JP,A)
【文献】 実開平03−120301(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 19/02
B23Q 11/00
B23Q 11/08
F16J 15/447
F16C 33/72−33/82
DWPI(Derwent Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸と、
前記回転軸をハウジングに対して回転自在に支持する軸受と、
前記軸受への液体の浸入を抑制する防水機構の少なくとも一部を構成し、前記回転軸に一体回転可能に固定されるフリンガーと、
を備えたスピンドル装置であって、
前記フリンガーは、
前記回転軸に固定される基部と、
前記基部から径方向外方に延設され、前記ハウジングの軸方向端面に対して僅かな隙間を介して軸方向に対向配置された円盤部と、
前記円盤部から軸方向に延設され、前記ハウジングの外周面に対して僅かな隙間を介して径方向に対向配置された円環部と、
を有し、
前記円環部は、前記円盤部から軸方向に離れるに従って、肉厚が薄くなるテーパ形状であり、
前記円環部の内周面は、前記円盤部から軸方向に離れるに従って、径方向長さが大きくなるテーパ面であり、
前記円環部と径方向に対向する前記ハウジングの外周面には、少なくとも一つの円周溝が凹設されると共に、前記テーパ面との間にラビリンス隙間を構成するテーパ部が設けられ、
前記円周溝は、前記円盤部側の端部が、前記円環部に軸方向でオーバーラップし、
前記ハウジングは、前記フリンガーの基部と径方向に対向する内周面に全周に亘って凹設された環状溝と、該環状溝と前記ハウジングの外周面とを径方向に向かって重力方向に連通するドレン孔と、を有し、
前記ドレン孔は、前記円環部の前記テーパ面と前記ハウジングのテーパ部との間に構成される前記ラビリンス隙間に開口していることを特徴とするスピンドル装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピンドル装置に関し、より詳細には、防水機能を有し、工作機械に適用するのに好適なスピンドル装置に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械等に適用されるスピンドル装置の回転軸は、高速回転して被加工物の切削加工や研削加工を行っている。加工に際して、一般的に、刃具および加工部位の潤滑や冷却を目的として多量の加工液が加工部に供給される。即ち、潤滑により、被削特性の向上、加工刃先の摩耗抑制、工具寿命の延長などが図られる。また、冷却により、刃具及び被加工物の熱膨張が抑制されて加工精度の向上、加工部位の熱溶着を防止して加工効率の向上や加工面の表面性状の向上が図られる。スピンドル装置と加工部との距離が近いこともあり、加工液がスピンドル装置の前面にも多量にかかる。この多量に供給される加工液が回転軸を支持する軸受内部に浸入しやすく、加工液が軸受内部に浸入すると、軸受の潤滑不良や焼付きなどの原因となるため軸受の防水性能が重要となる。特に、グリース封入潤滑やグリース補給潤滑される軸受においては、エアと共に潤滑油が供給されるオイル・エア潤滑やオイルミスト潤滑の軸受と比較して軸受内部が低圧であるため、加工液が軸受内部に浸入し易く、より高い防水性能が必要となる。
【0003】
一般的な防水機構としては、オイルシールやVリングなどの接触式シールが知られている。しかしながら、この接触式シールを、dmn値が40万以上(より好適には、50万以上)の高速回転で使用されるスピンドル装置に適用した場合、接触式シールの接触部からの発熱が大きく、シール部材が摩耗して防水性能を長期間に亘って維持し難い問題がある。このため、工作機械では、スピンドル装置の前端部(工具側)に、回転軸と一体回転可能にフリンガーを固定し、該フリンガーとハウジングとの間の隙間を小さくした非接触シールである、所謂ラビリンスシールを構成して防水を図っている。高速で回転するフリンガーは、ラビリンス効果と共に、フリンガーに降りかかった加工液を遠心力で径方向外方に振り飛ばして、加工液の軸受内部への浸入を防止している。
【0004】
フリンガーによる遠心力及びラビリンス効果を利用した防水効果は、回転の高速化や大径のフリンガーを用いることで遠心力を大きくすると共に、フリンガーとハウジングとの間の隙間を極力小さく、且つ、長く設けることが効果的である。しかし、高速回転したり、フリンガーの直径を大きくすると、フリンガーに作用する遠心力及びフープ応力もこれに比例して大きくなる。
【0005】
遠心力による影響を抑制する従来の技術としては、工具に装着されたコレットを工具保持部のテーパ孔に挿入し、工具保持部に螺合するナットを締め付けて工具を工具保持部に固定するようにした工具ホルダにおいて、ナットの外周面に炭素繊維層を巻き付け、遠心力によるナットの膨張抑制を図ったものが開示されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0006】
また、特許文献2に記載の回転機の軸封装置は、回転機の端蓋から突出するフリンガーの先端部が大径テーパ面を有しており、フリンガーの回転に伴うテーパ面の作用で振り切り作用を行い、外部から雨水や油が浸入することを防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6−226516号公報
【特許文献2】実開平2−5655号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一般的にフリンガーは、SC材、SCM材、SUS材、AL材、CU材などの比較的比重が大きな金属材料で製作されている。従って、フリンガーに降りかかる加工液に大きな遠心力を作用させるために、フリンガーの直径を大きくすると、フリンガー自身、特に外径側に大きな遠心力が作用する。工作機械の回転軸のようにdmn値が100万以上となる高速回転においては、遠心力によってフリンガーが変形したり、極端な場合には遠心力がフリンガーの引張強度を越えて破壊に至る可能性がある。このため、遠心力による影響が許容される程度に、フリンガーの直径や回転軸の回転速度を制限する必要がある。
【0009】
従来のdmn値が100万以上となる環境下で使用されるスピンドル装置では、遠心力の大きさを考慮してフリンガーの寸法を制限していたために、防水性能の点で改善の余地があった。
【0010】
本発明は、前述した課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、dmn値が100万以上の高速回転可能、且つ、良好な防水機能を有するスピンドル装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の上記目的は、下記の構成により達成される。
回転軸と、
前記回転軸をハウジングに対して回転自在に支持する軸受と、
前記軸受への液体の浸入を抑制する防水機構の少なくとも一部を構成し、前記回転軸に一体回転可能に固定されるフリンガーと、
を備えたスピンドル装置であって、
前記フリンガーは、
前記回転軸に固定される基部と、
前記基部から径方向外方に延設され、前記ハウジングの軸方向端面に対して僅かな隙間を介して軸方向に対向配置された円盤部と、
前記円盤部から軸方向に延設され、前記ハウジングの外周面に対して僅かな隙間を介して径方向に対向配置された円環部と、
を有し、
前記円環部は、前記円盤部から軸方向に離れるに従って、肉厚が薄くなるテーパ形状であり、
前記円環部の内周面は、前記円盤部から軸方向に離れるに従って、径方向長さが大きくなるテーパ面であり、
前記円環部と径方向に対向する前記ハウジングの外周面には、少なくとも一つの円周溝が凹設されると共に、前記テーパ面との間にラビリンス隙間を構成するテーパ部が設けられ、
前記円周溝は、前記円盤部側の端部が、前記円環部に軸方向でオーバーラップし、
前記ハウジングは、前記フリンガーの基部と径方向に対向する内周面に全周に亘って凹設された環状溝と、該環状溝と前記ハウジングの外周面とを径方向に向かって重力方向に連通するドレン孔と、を有し、
前記ドレン孔は、前記円環部の前記テーパ面と前記ハウジングのテーパ部との間に構成される前記ラビリンス隙間に開口していることを特徴とするスピンドル装置。
【発明の効果】
【0012】
上記記載のスピンドル装置によれば、ハウジングの外周面と対向配置されたフリンガーの円環部が、円盤部から軸方向に離れるに従って肉厚が薄くなるテーパ形状に形成される。したがって、円環部の先端側において遠心力変形が生じ難く、ラビリンスの入り口における隙間の増加を抑制することができ、良好な防水機能を発揮することができる。
また、円環部の内周面とハウジングの外周面との間のラビリンス隙間に液体が浸入した場合であっても、当該液体に生じる遠心力は円盤部から軸方向に離れるに従って大きくなるので、液体を円環部の内周面で案内して、ラビリンスの外部に排出することが可能となる。
また、ハウジングの外周面に凹設された円周溝は、その円盤部側の端部が円環部に軸方向でオーバーラップするので、スピンドル停止時において、液体が円周溝に流れ込み、円環部の内周面とハウジングの外周面との間のラビリンス隙間に浸入することを防止することができる。特に、ラビリンスを構成するハウジングの外周面がテーパ形状である場合、スピンドル停止時に液体がラビリンスに浸入し易いが、上記構成のスピンドル装置によれば、液体のラビリンスへの浸入を防止できる。
加えて、ハウジングは、フリンガーの基部と径方向に対向する内周面に全周に亘って凹設された環状溝と、該環状溝とハウジングの外周面とを径方向に向かって重力方向に連通するドレン孔と、を有し、ドレン孔は、円環部のテーパ面とハウジングのテーパ部との間に構成されるラビリンス隙間に開口しているので、フリンガーの基部とハウジングの内周面との間に液体が浸入した場合であっても、当該液体は、環状溝に溜まり、ドレン孔を介してラビリンス隙間に排出され、ポンプ効果や遠心力によって効率よく外部に排出され、軸受への液体の浸入をさらに抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の第1実施形態に係るスピンドル装置の断面図である。
図2図1に示すスピンドル装置の要部拡大図である。
図3】(a)は図2に示すスピンドル装置をさらに拡大して示す図であり、(b)は変形例に係るスピンドル装置の拡大図であり、(c)は他の変形例に係るスピンドル装置の拡大図である。
図4】本発明の第2実施形態に係るスピンドル装置の要部拡大図である。
図5図4に示すスピンドル装置をさらに拡大して示す図である。
図6】本発明の第3実施形態に係るスピンドル装置の要部拡大図である。
図7図6に示すスピンドル装置をさらに拡大して示す図である。
図8】本発明の第4実施形態に係るスピンドル装置の要部拡大図である。
図9】本発明の第1実施形態の変形例に係るスピンドル装置の断面図である。
図10】本発明の第2実施形態の変形例に係るスピンドル装置の断面図である。
図11】本発明の第3実施形態の変形例に係るスピンドル装置の断面図である。
図12】本発明の第4実施形態の変形例に係るスピンドル装置の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係るスピンドル装置の各実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
(第1実施形態)
【0015】
図1図3(a)に示すように、本実施形態のスピンドル装置10は、工作機械用のモータビルトイン式スピンドル装置であり、回転軸11が、その工具側(前側、軸方向前方)を支承する2列の前側軸受50,50と、反工具側(後側、軸方向後方)を支承する2列の後側軸受60,60とによって、ハウジングHに回転自在に支持されている。ハウジングHは、工具側から順に、前側軸受外輪押さえ12、外筒13、及び後側ハウジング14によって構成されている。
【0016】
各前側軸受50は、外輪51と、内輪52と、接触角を持って配置される転動体としての玉53と、図示しない保持器と、をそれぞれ有するアンギュラ玉軸受であり、各後側軸受60は、外輪61と、内輪62と、転動体としての玉63と、図示しない保持器と、を有するアンギュラ玉軸受である。前側軸受50,50(並列組合せ)と後側軸受60,60(並列組合せ)とは、互いに協働して背面組み合わせとなるように配置されている。
【0017】
前側軸受50,50の外輪51,51は、外筒13に内嵌されており、外筒13にボルト15で締結された前側軸受外輪押え12によって外輪間座54を介して外筒13に対し軸方向に位置決め固定されている。
【0018】
また、前側軸受50,50の内輪52,52は、回転軸11に外嵌されており、回転軸11に締結されたナット16によってフリンガー40及び内輪間座55を介して回転軸11に対し軸方向に位置決め固定されている。
【0019】
フリンガー40は、前側軸受50,50より工具側(図中左側)において回転軸11に外嵌し、ナット16で内輪52,52と共に回転軸11に固定されている。
【0020】
後側軸受60,60の外輪61,61は、後側ハウジング14に対して軸方向に摺動自在に内嵌するスリーブ18に内嵌すると共に、このスリーブ18に不図示のボルトで一体的に固定された後側軸受外輪押え19によって、外輪間座64を介してスリーブ18に対し軸方向に位置決め固定されている。
【0021】
後側軸受60,60の内輪62,62は、回転軸11に外嵌されており、回転軸11に締結された他のナット21によって、内輪間座65を介して回転軸11に対し軸方向に位置決め固定されている。後側ハウジング14と後側軸受外輪押え19との間にはコイルばね23が配設され、このコイルばね23のばね力が、後側軸受外輪押え19をスリーブ18と共に後方に押圧する。これにより、後側軸受60,60に予圧が付与される。
【0022】
回転軸11の工具側には、軸中心を通り軸方向に形成された工具取付孔24及び雌ねじ25が設けられている。工具取付孔24及び雌ねじ25は、刃具などの不図示の工具を回転軸11に取付けるために使用される。なお、工具取付孔24及び雌ねじ25の代わりに、回転軸11の軸芯に従来公知のドローバー(図示せず)を摺動自在に挿嵌するようにしてもよい。ドローバーは、いずれも不図示の工具ホルダを固定するコレット部を備え、皿ばねの力によって反工具側方向に付勢する。
【0023】
回転軸11の前側軸受50,50と後側軸受60,60間の略軸方向中央には、回転軸11と一体回転可能に配置されるロータ26と、ロータ26の周囲に配置されるステータ27とを備える。ステータ27は、ステータ27に焼き嵌めされた冷却ジャケット28を、ハウジングHを構成する外筒13に内嵌することで、外筒13に固定される。ロータ26とステータ27はモータMを構成し、ステータ27に電力を供給することでロータ26に回転力を発生させて回転軸11を回転させる。
【0024】
フリンガー40は、回転軸11に外嵌して固定された基部としてのボス部41と、該ボス部41の軸方向前端部から径方向外方に延設された円盤部42と、該円盤部42の径方向外方端部から軸方向後方(前側軸受外輪押さえ12側)に向かってリング状に延設された円環部43と、を有する。円盤部42の径方向中間には、前側軸受外輪押さえ12と対向する面に、前側軸受外輪押さえ12側に向かって突出する凸部44が形成されている。円環部43は、円盤部42から軸方向に離れるに従って、すなわち、軸方向後方に向かうに従って、肉厚が薄くなるテーパ形状に形成されている。より具体的に、円環部43の内周面45は、円盤部42から軸方向に離れるに従って、径方向長さが大きくなるテーパ面となるように形成されている。
【0025】
前側軸受外輪押さえ12には、フリンガー40の円盤部42と軸方向に対向する軸方向前端面71に、フリンガー40の凸部44と対向して該凸部44を僅かな隙間を介して収容可能な凹部73が形成されている。また、前側軸受外輪押さえ12の外周面75は、軸方向前端に形成されて、軸方向後方に向かうに従って径方向長さが大きくなるテーパ部77と、テーパ部77の軸方向後端から径方向内方に向かい、全周に亘って深さtだけ凹設された円周溝79と、円周溝79の軸方向後端から径方向外方及び軸方向後方に延びて外筒13の外周面と滑らかに接続する大径円筒面81と、を有している。
【0026】
ボス部41は、前側軸受外輪押さえ12の内周面83に対して僅かな隙間を介して径方向に対向配置され、円盤部42は前側軸受外輪押さえ12の軸方向前端面71に対して僅かな隙間を介して軸方向に対向配置され、円環部43は前側軸受外輪押さえ12の外周面75のテーパ部77に対して僅かな隙間を介して径方向に対向配置される。このように、フリンガー40は、ハウジングHを構成する前側軸受外輪押さえ12と僅かな軸方向隙間及び径方向隙間、例えば0.5mm程度の隙間を介して対向配置され、所謂ラビリンスシールを構成する。
【0027】
特に、円環部43の内周面45とテーパ部77との間には、その周速度の差によってエアカーテンが形成され、被加工物を加工する際、スピンドル装置10に降りかかる加工液が前側軸受50,50側に入ることを抑制するための防水機構を構成する。また、仮に、円環部43の内周面45とテーパ部77との間のラビリンス隙間に加工液が浸入した場合であっても、当該加工液に生じる遠心力Fは軸方向後方に向かうに従って大きくなるので、加工液を円環部43の内周面45で案内して、ラビリンスの外部に排出することが可能である。また、円環部43の内周面45は、軸方向後方に向かうに従って回転速度が速くなるので、円環部43の内周面45とテーパ部77との間のラビリンス隙間における圧力が、軸方向後方に向かうに従って低下する。したがって、円環部43の内周面45とテーパ部77との間のラビリンス隙間には、軸方向後方に向かって空気流が発生するので、いわゆるポンプ効果によって、加工液が浸入することをさらに抑制することが可能である。
【0028】
ここで、本実施形態においては、前側軸受外輪押さえ12の外周面75のテーパ部77が、円環部43の内周面45と共にラビリンスを構成しているため、スピンドル停止時に加工液がテーパ部77に案内されてラビリンスに浸入し易い。しかしながら、円周溝79の軸方向前側端部80と、円環部43の軸方向後端面46と、は回転軸11と直交する同一平面上に位置しているので、スピンドル停止時においても、加工液は円周溝79によって案内されて外部に排出されるので、加工液が円環部43の内周面45とテーパ部77との間のラビリンス隙間に浸入することを防止することができる。
【0029】
また、円周溝79は、その軸方向前側端部80が円環部43に軸方向でオーバーラップする限り、上述の構成に限定されず、例えば図3(b)に示すように、円周溝79の軸方向前側端部80が円環部43の軸方向後端面46よりも軸方向前方に位置するように形成してもよいし、図3(c)に示すように、円周溝79の全体が円環部43に軸方向でオーバーラップするように形成してもよい。
【0030】
なお、本発明のスピンドル装置10の防水機能を効果的に発揮させるためには、スピンドル装置10を横向き(軸方向が重力方向に対して垂直の状態)で用いることが望ましい。そのように構成した場合、前側軸受外輪押さえ12の外周面75と円環部43の内周面45との間のラビリンス隙間に研削液が浸入し難くなることに加え、円周溝79に溜まった加工液を、重力によって効率よくスピンドル装置10の外部に排出することができる。
【0031】
また、本発明のフリンガー40は、金属と比較して、引張強度が高く、比重が小さい炭素繊維複合材料(CFRP)から形成されている。
【0032】
具体的に、炭素繊維複合材料としては、例えば、PAN(ポリアクリルニトリル)を主原料とした炭素繊維からなる糸を平行に引きそろえたものや、炭素繊維からなる糸で形成した織物(シート状)に、硬化剤を含むエポキシ樹脂などの熱硬化樹脂を含浸させてなるシートを多数層重ね合わせて、芯金などに巻きつけ、加熱硬化させることで製造される。また、ピッチ系を主原料とした炭素繊維を使用することもできる。炭素繊維複合材料は、纖維方向・角度を最適化することで、引張強度、引張弾性率、線膨張係数などの物性値を用途に合わせて最適化することができる。
【0033】
炭素繊維複合材料の特性としては、例えば、引張強度1800〜3500MPa、引張弾性率130〜280GPa、比重1.5〜2.0g/ccの物性値を持ったPAN系を主原料とした炭素繊維を用いると、従来の高張力鋼などと比べて、引張強度は同等以上であり、比重は1/5程度になる(比強度では、通常の金属材料に比べて略3倍となる)。また、熱膨張係数は、繊維方向・角度を最適化することにより、−5〜+12×10−6−1にすることができるので、従来の炭素鋼に比べて1〜1/10程度にすることができる。
【0034】
このように、金属と比較して比重が小さい炭素繊維複合材料を用いることで、直径が同じであればフリンガー40に作用する遠心力を大幅に小さくすることができ、高速回転時におけるフリンガー40の遠心力破損の虞がなくなる。更に、引張強度が金属と比較して同等以上であるため、遠心力による変形も抑えられる。従って、回転軸11の回転速度に対する制約や、フリンガー40の大きさ(径方向)に対する制限を大幅に緩和することができる。
【0035】
これにより、従来達成することが困難であった更なる高速回転化、或いはフリンガー40の大型化が可能となり、加工液に作用する遠心力を高めて、降りかかる加工液を確実に径方向外方に振り飛ばして軸受内部への浸入を防止することができる。また、フリンガー40の円環部43に作用する遠心力が小さくなることで、比較的強度が弱い片持ち構造となる円環部43の開口側(図中右側)が径方向外方へ拡径することを抑制することができる。これにより、円環部43の径方向長さ及び軸方向長さを長く設定して、ラビリンスシールの長さが長くなり防水効果が向上する。
【0036】
フリンガー40と回転軸11との嵌合は、金属と炭素繊維複合材料との線膨張係数の差を考慮して、例えば数μm程度のすきま嵌めとするのが好ましく、この場合、高速回転時に回転軸11の膨張によりしまり嵌め嵌合となる。また、フリンガー40と前側軸受外輪押さえ12との隙間も、両者の線膨張係数の差を考慮して、金属製の回転軸11や前側軸受外輪押さえ12が熱膨張しても干渉の発生が生じない程度の隙間(例えば、φ0.5mm以下)に設定される。
【0037】
以上説明したように、本実施形態のスピンドル装置10によれば、ハウジングHを構成する前側軸受外輪押さえ12の外周面75と対向配置されたフリンガー40の円環部43が、軸方向後方に向かうに従って肉厚が薄くなるテーパ形状に形成される。したがって、円環部43の先端側において遠心力変形が生じ難く、ラビリンスの入り口側における隙間の増加を抑制することができ、良好な防水機能を発揮することができる。仮に、円環部43が同一肉厚で形成された場合、先端側において遠心力変形が増加し易く、ラビリンスが口元で開き、加工液が浸入し易くなってしまう。
【0038】
また、円環部43の内周面45は、軸方向後方に向かうに従って、径方向長さが大きくなるテーパ面とされているので、円環部43の内周面45とテーパ部77との間のラビリンス隙間に加工液が浸入した場合であっても、当該加工液に生じる遠心力Fは軸方向後方に向かうに従って大きくなるので、加工液を円環部43の内周面45で案内して、ラビリンスの外部に排出することが可能となる。
また、円環部43の内周面45は、軸方向後方に向かうに従って回転速度が速くなるので、円環部43の内周面45とテーパ部77との間のラビリンス隙間における圧力が、軸方向後方に向かうに従って低下する。したがって、円環部43の内周面45とテーパ部77との間のラビリンス隙間には、軸方向後方に向かって空気流が発生するので、いわゆるポンプ効果によって、加工液が浸入することをさらに抑制することが可能である。
【0039】
また、ハウジングHを構成する前側軸受外輪押さえ12の外周面75に凹設された円周溝79は、その円盤部42側の端部(軸方向前側端部80)が円環部43に軸方向でオーバーラップするので、スピンドル停止時においても、加工液が円周溝79に溜まり、円環部43の内周面45とテーパ部77との間のラビリンス隙間に浸入することを防止することができる。
【0040】
また、フリンガー40が炭素繊維複合材料から形成されているので、金属と比較して質量が小さくなることで遠心力が小さくなり、また、金属と比較して引張強度が高いので遠心力による変形が更に抑制される。したがって、当該フリンガー40は、高いdmn値でも使用することができ、径方向長さ及び軸方向長さを大きくすることができるので、加工液の振り切りも強くできると共に、ラビリンスを長く確保することができ、良好な防水性能を得ることが可能となる。
【0041】
(第2実施形態)
次に、本発明のスピンドル装置の第2実施形態を図4及び5に基づいて説明する。本実施形態のスピンドル装置は、フリンガー及び前側軸受外輪押さえの構成が第1実施形態と異なる。その他の部分については、本発明の第1実施形態のスピンドル装置と同様であるので、同一部分には同一符号又は相当符号を付して説明を簡略化又は省略する。
【0042】
本実施形態の前側軸受外輪押さえ12Aは、外周面75が、軸方向前方に形成された小径円筒面82と、軸方向後方に形成された大径円筒面81と、によって構成されており、断面略L字形状とされている。また、フリンガー40Aの円環部43は、内周面45が略円筒面とされて小径円筒面82と僅かな隙間を介して径方向に対向しており、外周面47が軸方向後方に向かうに従って径方向長さが小さくなるテーパ面とされている。
【0043】
したがって、本実施形態のスピンドル装置10によれば、円環部43の外周面47に加工液が付着した場合、当該加工液に生じる遠心力Gは軸方向後方に向かうに従って小さくなる。したがって、加工液を円環部43の外周面47によって案内し、軸方向前方、すなわちハウジングHと離間する方向(図5中、白抜き矢印の方向)に振り切ることが可能となる。
【0044】
(第3実施形態)
次に、本発明のスピンドル装置の第3実施形態を図6及び7に基づいて説明する。本実施形態のスピンドル装置は、前側軸受外輪押さえの構成が第1実施形態と異なる。その他の部分については、第1実施形態のスピンドル装置と同様であるので、同一部分には同一符号又は相当符号を付して説明を簡略化又は省略する。
【0045】
本実施形態の前側軸受外輪押さえ12Bは、フリンガー40のボス部41と径方向に対向する内周面83に、径方向外方に向かって全周に亘って凹設された環状溝85と、該環状溝85と外周面75のテーパ部77とを径方向に向かって重力方向に連通する連通孔としてのドレン孔87と、を有している。
【0046】
したがって、本実施形態のスピンドル装置10によれば、フリンガー40のボス部41と前側軸受外輪押さえ12Bの内周面83との間に研削液が浸入した場合であっても、当該研削液は、環状溝85に溜まり、ドレン孔87を介してフリンガー40の内周面45と前側軸受外輪押さえ12Bの外周面75との間のラビリンス隙間に排出される。その後、研削液は、上述したポンプ効果や遠心力によって、効率よく外部に排出されるので、前側軸受50への研削液の浸入をさらに抑制することが可能である。
【0047】
(第4実施形態)
次に、本発明のスピンドル装置の第4実施形態を図8に基づいて説明する。本実施形態のスピンドル装置は、前側軸受外輪押さえの構成が第2実施形態と異なる。その他の部分については、第2実施形態のスピンドル装置と同様であるので、同一部分には同一符号又は相当符号を付して説明を簡略化又は省略する。
【0048】
本実施形態の前側軸受外輪押さえ12Cは、フリンガー40Aのボス部41と径方向に対向する内周面83に、径方向外方に向かって全周に亘って凹設された環状溝85と、環状溝85と外周面75の大径円筒面81とを連通するドレン孔88と、を有している。
【0049】
ドレン孔88は、環状溝85から径方向外方に延びる第1延出孔89と、第1延出孔の径方向外方端部から軸方向後方に延びる第2延出孔90と、第2延出孔90の軸方向後方端部から径方向外方に延びて大径円筒面81に連通する第3延出孔91と、から構成されている。
【0050】
以上説明したように、本実施形態のスピンドル装置10によれば、フリンガー40Aのボス部41と前側軸受外輪押さえ12Cの内周面83との間に研削液が浸入した場合であっても、当該研削液は、環状溝85に溜まり、ドレン孔88を介して外部に排出されるので、前側軸受50への研削液の浸入をさらに抑制することが可能である。
【0051】
なお、本発明は、前述した各実施形態に限定されるものではなく、適宜、変形、改良、等が可能である。
フリンガー40、40Aは、少なくとも一部が炭素繊維複合材料であればよく、例えば、フリンガー40、40Aの外径側を炭素繊維複合材料から形成し、内径側をSC材、SCM材、SUS材、AL材、CU材などの金属材料から形成してもよい。
【0052】
また、図9〜12に示すように、フリンガー40、40Aの円盤部42には、必ずしも凸部44を設ける必要はなく、この場合、前側軸受外輪押さえ12、12A、12B、12Cの軸方向前端面71に凹部73は形成されない。
【0053】
また、上述の各実施形態においては、フリンガー40、40Aの円環部43は、ハウジングHを構成する前側軸受外輪押さえ12の外周面75と径方向に対向配置される構成であったが、必ずしもこの構成に限定されず、例えば、円環部43はハウジングHを構成する外筒13の外周面と径方向に対向配置されるように構成してもよい。このように構成した場合、上述の実施形態において前側軸受外輪押さえ12の外周面75に形成したテーパ部77や円周溝79に代わって、外筒13の外周面に、軸方向後方に向かうに従って径方向長さが大きくなるテーパ部や円周溝を設けてもよい。
【0054】
また、第1実施形態のフリンガー40と、第2実施形態のフリンガー40Aと、を組合せて、円環部43の内周面45及び外周面47をテーパ面としてもよいことは言うまでもない。
【0055】
また、モータビルトイン式スピンドル装置として説明したが、これに限定されず、ベルト駆動方式スピンドル装置、モータの回転軸とカップリング連結されたモータ直結駆動方式スピンドル装置にも同様に適用可能である。更に、工作機械用のスピンドル装置に限定されず、防水機能が要望される、他の高速回転機器のスピンドル装置にも適用することができる。
【符号の説明】
【0056】
10 スピンドル装置
11 回転軸
12、12A、12B 前側軸受外輪押さえ
13 外筒
40、40A フリンガー
41 ボス部(基部)
42 円盤部
43 円環部
45 内周面
47 外周面
50 前側軸受(軸受)
71 軸方向前端面(軸方向端面)
75 外周面
77 テーパ部
79 円周溝
80 軸方向前側端部(端部)
81 大径円筒面
82 小径円筒面
83 内周面
85 環状溝
87、88 ドレン孔(連通孔)
H ハウジング

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12