(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
方位差が20度以上30度未満の範囲内にある前記α型酸化アルミニウム層の前記粒子の面積の合計Saが25面積%≦Sa≦70面積%の範囲内にある、請求項1に記載の被覆切削工具。
方位差が0度以上10度未満の範囲内にある前記α型酸化アルミニウム層の前記粒子の面積の合計Sbは10面積%≦Sb≦20面積%の範囲内にある、請求項1または2に記載の被覆切削工具。
前記被覆層は、前記基材と前記α型酸化アルミニウム層との間に、Ti元素と、C、N、OおよびBから成る群より選ばれる少なくとも1種以上の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を備える、請求項1〜4のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
前記α型酸化アルミニウム層の前記断面は、前記被覆切削工具のすくい面または逃げ面の所定領域に関して定められ、かつ、前記被覆層の厚さ方向において該α型酸化アルミニウム層の少なくとも50%が残った位置に定められる、請求項1〜6のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工では高速化、高送り化および深切込み化が顕著となり、従来よりも工具寿命が低下する傾向が見られるようになってきた。この様な背景により、工具の耐摩耗性および耐欠損性(耐チッピング性を含む)のさらなる向上に対する要求が強まっている。
【0006】
そのような中、上記の特許文献1の工具に関して、本発明者は実験を行った。その結果、特許文献1の工具は、切削加工中に、α型酸化アルミニウム層の粒子がすきとられることにより摩耗が進行し易く、耐摩耗性の点で問題を有することが確認された。
【0007】
本発明は、優れた耐摩耗性および耐欠損性を有する被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、結晶方位に着目して創意工夫を行い、結晶方位を適正化することにより、被覆切削工具の耐摩耗性および耐欠損性の両立を図れることを見出した。つまり、本発明者は、同観点から、被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、結晶方位、特にすべり系に着目した以下の構成を有する切削工具により、耐欠損性を損なうことなく、耐摩耗性を向上させることができ、その結果、工具寿命を延長することができるという知見を得た。
【0009】
本発明の一態様によれば、
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを含む被覆切削工具において、
前記被覆層は少なくとも1層以上のα型酸化アルミニウム層を含み、
前記α型酸化アルミニウム層の前記基材の表面と略平行な断面において、
前記断面の法線と前記α型酸化アルミニウム層の粒子の(222)面の法線とがなす角を方位差とし、
前記断面における、方位差が0度以上90度以下の範囲内にあるα型酸化アルミニウム層の粒子の面積を100面積%と定義すると共に、方位差が0度以上90度以下の範囲内にあるα型酸化アルミニウム層の粒子の面積を10度のピッチ毎に区分したとき、
前記断面における、方位差が20度以上30度未満の範囲内にあるα型酸化アルミニウム層の粒子の面積の合計Saが、10度ピッチ毎の9つの区分の各面積の合計の中で、最大である、被覆切削工具
が提供される。
【0010】
上記構成を有する本発明の一態様によれば、被覆切削工具の被覆層において、方位差が20度以上30度未満の範囲内にあるα型酸化アルミニウム層の粒子の面積の合計Saが、10度ピッチ毎の9つの区分の各面積の合計の中で、最大である。したがって、方位差が20度以上30度未満の範囲内にある粒子がα型酸化アルミニウム層において優勢であり、切削工具の耐欠損性を低下させることなく、高い耐摩耗性が達成されることができる。
【0011】
好ましくは、方位差が20度以上30度未満の範囲内にあるα型酸化アルミニウム層の粒子の面積の合計Saは25面積%≦Sa≦70面積%の範囲内にある。
【0012】
また、好ましくは、方位差が0度以上10度未満の範囲内にあるα型酸化アルミニウム層の粒子の面積の合計Sbは10面積%≦Sb≦20面積%の範囲内にある。
【0013】
また、好ましくは、前記α型酸化アルミニウム層の平均層厚は、1〜15μmである。
【0014】
好ましくは、前記被覆層は、前記基材と前記α型酸化アルミニウム層との間に、Ti元素と、C、N、OおよびBから成る群より選ばれる少なくとも1種以上の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を備える。
【0015】
また、好ましくは、前記被覆層の平均層厚は、3〜30μmであり、前記Ti化合物層の平均層厚は、2〜15μmである。
【0016】
前記α型酸化アルミニウム層の前記断面は、被覆切削工具のすくい面および逃げ面の所定領域に関して定められるとよい。また、その断面は、被覆層の厚さ方向において該α型酸化アルミニウム層の少なくとも50%が残った位置に定められるとよい。α型酸化アルミニウム層の前記断面は、研磨面であることが好ましい。
【0017】
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックスまたは立方晶窒化硼素焼結体のいずれか1つを含むとよい。
【0018】
上記被覆切削工具は、工具ボデーに着脱自在に取り付けられることができる切削インサートであってもよい。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<被覆切削工具>
本発明は被覆切削工具に向けられている。被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを含む。被覆切削工具は、基材と被覆層とからなってもよい。被覆切削工具は、すくい面と逃げ面との交差部に切れ刃を備える。被覆層は、切れ刃を含む所定領域に少なくとも形成され、好ましくはすくい面から逃げ面に亘って形成され、基材の表面の一部に限らず、全表面に亘って形成されてもよい。被覆切削工具の種類として具体的には、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル、エンドミルなどを挙げることができる。
【0021】
<基材>
本発明において「基材」は、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、高速度鋼などから作られることができる。その中でも、基材は、超硬合金、サーメット、セラミックスまたは立方晶窒化硼素焼結体の少なくともいずれか1つを含むとよい。基材は、超硬合金、サーメット、セラミックスまたは立方晶窒化硼素焼結体のいずれか1つからなってもよい。超硬合金、サーメット、セラミックスおよび立方晶窒化硼素焼結体のいずれかからなる基材は、耐摩耗性および耐欠損性に優れるので、好ましい。
【0022】
なお、これらの基材は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。例えば、基材が超硬合金製である場合はその表面に脱β層が形成され、基材がサーメット製である場合には表面硬化層が形成されてもよい。このように基材の表面が改質されていても、本発明の効果は示される。
【0023】
<被覆層>
本発明において「被覆層」は、平均層厚が3〜30μmであることが好ましい。被覆層の厚さが3μm未満であると、耐摩耗性に劣る場合がある。被覆層の厚さが30μmを超えると、被覆層と基材との密着性が低下したり、被覆切削工具の耐欠損性が低下したりする場合がある。被覆層の厚さは、その中でも、3〜20μmであるとさらに好ましい。被覆層は、単層からなってもよいが、複数層からなると好ましい。
【0024】
<α型酸化アルミニウム層>
本発明の被覆層は、少なくとも1層の酸化アルミニウム層を含む。この酸化アルミニウム層の結晶型はα型(つまり三方晶)であるとよい。ここで、基材の表面と略平行なα型酸化アルミニウム層の研磨面において、研磨面の法線とα型酸化アルミニウム層の粒子の(222)面の法線とがなす角を方位差とする。そして、研磨面における、方位差が0度以上90度以下の範囲内にあるα型酸化アルミニウム層の粒子の面積を100面積%とする。ここで、方位差が0度以上90度以下の範囲内にあるα型酸化アルミニウム層の粒子の面積を10度のピッチ毎に区分する。例えば、粒子の方位差が20度以上30度未満であるとき、その粒子の研磨面における面積を、方位差が20度以上30度未満の範囲内にある面積として処理する。その結果、被覆層のα型酸化アルミニウム層では、方位差が20度以上30度未満の範囲内にある粒子の面積の合計Saは、9つの区分の各々の面積の合計の中で、最大である。このように、α型酸化アルミニウム層を20度以上30度未満の方位差の粒子が優勢であるように形成することで、被覆切削工具における耐欠損性(耐チッピング性を含む)を低下させることなく、耐摩耗性を高めることができる。α型酸化アルミニウムの粒子(つまり結晶粒)の(222)面はすべり面であるため、方位差が0度に近づくほど、そのすべり面が基材と平行な方向の面であることを示す。よって、方位差が0度以上10度未満の範囲内にある粒子の割合が高まると、耐チッピング性および耐欠損性に優れるが、すきとり摩耗に対する耐性(つまり耐摩耗性)が低下すると考えられる。これに対して、方位差が20度以上30度未満の範囲内にある粒子がα型酸化アルミニウム層で優勢になると、耐チッピング性および耐欠損性を維持しながら、すきとり摩耗に対する耐性を高めることができる。なお、α型酸化アルミニウムの(222)面は、菱面体軸に基づき、表されたものである。結晶面を表す軸の置き方を変え、六方晶軸で表すとき、この(222)面を(006)面と示すことができる。
【0025】
本発明におけるα型酸化アルミニウム層では、方位差が20度以上30度未満の範囲内にある粒子の面積の合計をSaとしたとき、25面積%≦Sa≦70面積%であるとよい。これにより、耐欠損性を低下させることなく、耐摩耗性をより好適に向上させることができるので好ましい。方位差が20度以上30度未満の範囲内にある粒子の面積の合計Saが25面積%未満であると方位差が0度以上10度未満の範囲内にある粒子または方位差が30度以上の範囲内にある粒子のα型酸化アルミニウム層における優勢度が非常に高まるため、耐摩耗性または耐欠損性が低下する傾向がある。一方、方位差が20度以上30度未満の範囲内にある粒子の面積の合計Saを70面積%に超えて大きくすることは、実質的に困難である。
【0026】
本発明のα型酸化アルミニウム層では、研磨面における、方位差が0度以上10度未満の範囲内にある粒子の面積の合計をSbとしたとき、10面積%≦Sb≦20面積%であると好ましい。方位差が0度以上10度未満の範囲内にある粒子の面積の合計Sbが10面積%未満であると被膜の亀裂や剥離が増大することにより、耐チッピング性または耐欠損性が低下する場合がある。方位差が0度以上10度未満の範囲内にある粒子の面積の合計Sbが20面積%を超えて大きくなると、すきとり摩耗に対する耐性、つまり耐摩耗性が低下するであろう。
【0027】
本発明のα型酸化アルミニウム層の平均層厚は、1〜15μmであることが好ましい。α型酸化アルミニウム層の平均層厚が、1μm未満ではすくい面における耐クレータ摩耗性が低下する場合があり、15μmを超えると剥離が生じやすくなり、耐欠損性が低下する場合がある。
【0028】
α型酸化アルミニウム層の研磨面とは、被覆切削工具を基材の表面と略平行(好ましくは平行)な方向にα型酸化アルミニウム層が露出するまで研磨し、得られたα型酸化アルミニウム層の面である。このとき、被覆層の厚さ方向においてα型酸化アルミニウム層の平均層厚の50%以上が残った位置で研磨面を得るのが好ましい。さらに好ましくは、被覆層の厚さ方向においてα型酸化アルミニウム層の50%以上90%以下が残った位置で研磨面を得るとよい。特に、研磨面は、鏡面であるとよい。α型酸化アルミニウム層の鏡面研磨面を得る方法としては、ダイヤモンドペーストまたはコロイダルシリカを用いて研磨する方法やイオンミリングなどを挙げることができる。しかし、本発明は、研磨面に限定されず、上記特徴をα型酸化アルミニウム層の種々の方法で形成した断面において有する被覆切削工具を含む。
【0029】
なお、粒子の各方位差における面積は、上記のα型酸化アルミニウム層の断面、好ましくは研磨面を用意し、走査電子顕微鏡(SEM)や電解放射型走査電子顕微鏡(FE−SEM)などに付属した電子後方散乱回折像装置(EBSD)を用いて測定することができる。EBSDを用いてα型酸化アルミニウム層の各粒子(つまり結晶)の結晶方位を特定し、結晶方位を特定した粒子の研磨面における面積を方位差に応じて方位差が0度以上90度以下の範囲内にある10度のピッチ毎の9つの区分のいずれかの面積として処理して、各方位差の区分における面積比率を求めることができる。
【0030】
より、具体的には、以下の方法で求めることができる。α型酸化アルミニウム層の研磨面を有する試料をFE−SEMにセットし、試料に70度の入射角度で15kVの加速電圧および0.5nA照射電流で電子線を照射する。30μm×50μmの測定範囲を0.1μmのステップサイズというEBSDの設定で測定して方位差を求めるのが望ましい。
【0031】
<Ti化合物層>
本発明の被覆層は、上記α型酸化アルミニウム層に加えて、少なくとも1層以上のTi化合物層を含むとよい。Ti化合物層を設けることで耐摩耗性が向上するため好ましい。Ti化合物層は、下部層として基材とα型酸化アルミニウム層との間に形成されてもよく、その代わりにあるいはそれに加えて、上部層としてα型酸化アルミニウム層よりも外側に形成されてもよい。その中でも、Ti化合物層は、基材の表面に形成されると、基材と被覆層との密着性が向上するため好ましい。また、Ti化合物層は、被覆層のうちの最外層に形成されると、切削工具における使用済みコーナー(つまり使用済みの切れ刃部分)の識別が容易になるため好ましい。例えば、TiNは黄色っぽい色を呈し、使用されることで少なくともその光沢に変化が生じる。Ti化合物層とは、Ti元素を必須成分として含み、C、N、OおよびBから成る群より選ばれる少なくとも1種以上の元素とを含む化合物層を意味する。例えば、Ti化合物層は、TiC、TiN、TiCN、TiCO、TiCNO、および、TiB
2の少なくとも1つからなることができる。Ti化合物層は、任意成分としてZr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、AlおよびSiから成る群より選ばれる少なくとも1種以上の元素を含んでもよい。
【0032】
本発明のTi化合物層の平均層厚は2〜15μmであると好ましい。これは、Ti化合物層の平均層厚が2μm未満になると耐摩耗性が低下する傾向がみられ、一方Ti化合物層の平均層厚が15μmを超えて厚くなると、耐欠損性が低下する傾向がみられるためである。なお、Ti化合物層が下部層および上部層として形成される場合、Ti化合物層の平均層厚は、下部層と上部層との合計の平均層厚を指す。また、例えば下部層として複数のTi化合物層が形成される場合、それら複数層の全厚さはTi化合物層の層厚に含まれることができる。
【0033】
〔被覆層の形成方法〕
本発明の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の形成方法として、例えば、以下の方法を挙げることができる。
【0034】
例えば、TiN層は、原料ガス組成をTiCl
4:5.0〜10.0mol%、N
2:20〜60mol%、H
2:残りとし、温度:850〜920℃、圧力:100〜350hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0035】
TiCN層は、原料ガス組成をTiCl
4:10〜15mol%、CH
3CN:1〜3mol%、N
2:0〜20mol%、H
2:残りとし、温度:850〜920℃、圧力:60〜80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0036】
TiC層は、原料ガス組成をTiCl
4:1.0〜3.0mol%、CH
4:4.0〜6.0mol%、H
2:残りとし、温度:990〜1030℃、圧力:50〜100hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0037】
TiAlCNO層は、原料ガス組成をTiCl
4:3.0〜5.0mol%、AlCl
3:1.0〜2.0mol%、CO:0.4〜1.0mol%、N
2:30〜40mol%、H
2:残りとし、温度:975〜1025℃、圧力:90〜110hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0038】
TiAlCO層は、原料ガス組成をTiCl
4:0.5〜1.5mol%、AlCl
3:3.0〜5.0mol%、CO:2.0〜4.0mol%、H
2:残りとし、温度:975〜1025℃、圧力:60〜100hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0039】
TiCNO層は、原料ガス組成をTiCl
4:3.0〜5.0mol%、CO:0.4〜1.0mol%、N
2:30〜40mol%、H
2:残りとし、温度:975〜1025℃、圧力:90〜110hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0040】
TiCO層は、原料ガス組成をTiCl
4:0.5〜1.5mol%、CO:2.0〜4.0mol%、H
2:残りとし、温度:975〜1025℃、圧力:60〜100hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0041】
本発明のα型酸化アルミニウム層の粒子の各方位差の区分における面積の分布を制御した被覆切削工具は、例えば以下の方法によって得られる。
【0042】
本発明における被覆切削工具の被覆層を得るための方法は大きく分けて3つのステップを有する。まず、被覆切削工具の基体の表面に下部層である1層または複数層のTi化合物層を、例えば上記方法により形成する(第1ステップ)。次いで、2種類の酸化アルミニウムの核をTi化合物層の表面に形成する(第2ステップ)。そして、それら核が形成された状態で、α型酸化アルミニウム層を形成する(第3ステップ)。さらに、最外層としてTi化合物層を形成してもよい(第4ステップ)。
【0043】
2種類の酸化アルミニウムの核は、相対的に高温で形成する核(以下、第1核という)と、第1核よりも低温で形成される核(以下、第2核という)とである。2種類の酸化アルミニウムの核の一方である第1核は、より詳しくは後述するが、高温(所定第1温度)でC
3H
6ガスをわずかに流して形成することができる。そして第1核を形成した状態で、α型酸化アルミニウム層を形成すると、方位差が80度以上90度以下の範囲にある粒子を得ることができる。もう1種類の酸化アルミニウムの核である第2核は、低温(所定第2温度)でCH
4ガスをわずかに流して形成することができる。そして第2核を形成した状態で、α型酸化アルミニウム層を形成すると、方位差が0度以上10度未満の範囲にある粒子を得ることができる。なお、所定第2温度は、所定第1温度よりも低い。
【0044】
特に、Ti化合物層の表面に、上述した2種類の酸化アルミニウムの核をそれぞれ混合するように形成し、かつ従来知られた条件よりも遅い形成速度でα型酸化アルミニウム層を形成することで、方位差が20度以上30度未満の範囲にある粒子の面積の合計Saを9つの範囲の中で、最大にすることができる。なお、従来知られた条件でのα型酸化アルミニウム層の形成速度は、0.8〜1.2μm/hであり、ここでいう従来知られた条件よりも遅い形成速度とは、0.4〜0.7μm/hを指す。より具体的には、以下の工程によって本発明のα型酸化アルミニウム粒子を得ることができる。なお、以下の工程(A)および工程(B)は上記第2ステップに含まれ、以下の工程(C)は上記第3ステップに相当する。
【0045】
工程(A)では酸化アルミニウム(以下、Al
2O
3)の第1核を形成する。原料ガス組成をAlCl
3:2.1〜5.0mol%、CO
2:2.5〜4.0mol%、HCl:2.0〜3.0mol%、H
2S:0.28〜0.45mol%、C
3H
6:0.05〜0.2mol%、H
2:残りとし、温度:920〜950℃、圧力:60〜80hPaとする化学蒸着法でAl
2O
3の第1核を形成する。
【0046】
工程(B)では工程(A)にて既に形成された第1核と異なるAl
2O
3の第2核を形成する。原料ガス組成をAlCl
3:2.1〜5.0mol%、CO
2:2.5〜4.0mol%、CO:0.5〜1.0mol%、HCl:2.0〜3.0mol%、H
2S:0.28〜0.45mol%、CH
4:0.05〜0.2mol%、H
2:残りとし、温度:850〜900℃、圧力:60〜80hPaとする化学蒸着法でAl
2O
3の第2核を形成する。Al
2O
3の第2核を形成する温度が890℃以上になると、方位差が0度以上10度未満の範囲内にある粒子の面積の合計Sbが10面積%未満になる場合があるため、第2核の形成条件における温度は850〜880℃の範囲にあることが好ましい。工程(B)を経ることで、第1核と第2核とが混合状態でTi化合物層上に形成される。
【0047】
工程(C)では、α型酸化アルミニウム層(以下、α型Al
2O
3層)を形成する。このステップは、工程(A)および工程(B)で得た第1および第2核を成長させることを含む。原料ガス組成をAlCl
3:2.1〜2.5mol%、CO
2:2.5〜4.0mol%、HCl:2.0〜3.0mol%、H
2S:0.15〜0.25mol%、H
2:残りとし、温度:850〜920℃、圧力:30〜50hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0048】
なお、Al
2O
3の核を形成する工程(A)および工程(B)におけるAlCl
3が2.2mol%以下になると、方位差が20度以上30度未満の範囲内にあるα型Al
2O
3層の粒子の面積の合計Saが25面積%未満になる傾向があるため、ゆとりを持たせてAlCl
3の濃度は2.7〜5.0mol%の範囲にあるのが好ましい。
【0049】
各層の層厚は、被覆切削工具の断面組織から光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、電界放射型走査電子顕微鏡(FE−SEM)などを用いて測定することができる。なお、被覆切削工具の層厚は、刃先(つまり切れ刃)から被覆切削工具のすくい面側または逃げ面側に向かって50μmの近傍の位置において、各層の層厚を3箇所以上測定し、その平均値を求めるとよい。より具体的には、切れ刃のすくい面側の境界部から被覆切削工具のすくい面側に向かって約50μm離れた領域において層厚を測定するとよく、あるいは、切れ刃の逃げ面側の境界部から被覆切削工具の逃げ面側に向かって約50μm離れた領域において層厚を測定するとよい。
【0050】
各層の組成は、本発明の被覆切削工具の断面組織からエネルギー分散型X線分光器(EDS)や波長分散型X線分光器(WDS)などを用いて測定することができる。また、刃先(切れ刃)から被覆切削工具のすくい面または逃げ面に向かって50μmの近傍の位置における所定領域において、α型酸化アルミニウム層は特に(222)面に関する上記構成を有するとよい。所定領域は、任意の位置におよび/または任意の範囲で定めることができ、すくい面または逃げ面に定められるとよい。所定領域は、例えば100μm×100μmの範囲、好ましくは30μm×50μmの範囲を有することができる。特に、(222)面に関する上記構成は、基材の表面に略平行であり、かつ、α型酸化アルミニウム層の少なくとも50%が残った位置に延在する所定領域において備えられるとよい。具体的には、この所定領域は、後述される
図1の領域Aにおいて形成される断面、好ましくは研磨面において、定められるとよい。
【実施例】
【0051】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0052】
試料の各層の層厚は、被覆切削工具(例えば切削インサート)の刃先からすくい面側に向かって約50μmの位置の近傍の断面をFE−SEMで3箇所測定し、その平均値を求めた。ここで、
図1を参照してさらに説明する。
図1は、被覆切削工具の刃先近傍の断面模式図を示す。
図1では、符号「2」は刃先つまり切れ刃を指し、符号「4」はすくい面を指し、符号「6」は逃げ面を指し、符号「10」は基材を指し、符号「12」は被覆層を指す。切れ刃2は略円弧形状の断面を有している。切れ刃2のすくい面4側の境界部(
図1の破線参照)からすくい面4の方向に約50μmの領域Aにおいて、被覆層の厚さ方向(つまり基材10の表面に対して直交する方向)に延びる断面を得、試料の各層の層厚を測定した。
【0053】
得られた試料のα型Al
2O
3層の粒子の各方位差の区分における面積は、FE−SEMに付属したEBSDを用いて測定した。
【0054】
基材として、JIS規格CNMA120408形状の93.1WC−6.5Co―0.4Cr
3C
2(以上質量%)組成の超硬合金製切削インサートを用意した。この基材の切れ刃の稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0055】
基材の表面を洗浄した後、発明品1〜10については、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、まず、表5に示す3層からなる下部層(Ti化合物層)を表4および表5に示すように第1から第3層の順に形成した。下部層を形成した後、表1に示す条件でAl
2O
3の2種類の核を形成し、そして表2および表4に示す条件で表5に示す被覆層の構成と平均層厚になるように基材表面にα型Al
2O
3層を形成した。その後、発明品1から8については、TiNの上部層を表4および表5に示すように形成した。したがって、発明品1から8は、
図2に示すように、基材10上に被覆層12を有し、被覆層12は第1層14a、第2層14bおよび第3層14cを基材側から順に有する下部層14を有し、さらに第3層14cの上に、α型Al
2O
3層16および上部層18を順に有した。発明品9、10については、それぞれ、発明品1から8の被覆層に比べて、上部層18を形成しなかった。したがって、初期状態では、発明品1から8では上部層18が最外層であり、発明品9、10ではAl
2O
3層16が最外層である。なお、
図2は、発明品の一部(例えば
図1の領域Aに相当)の断面模式図である。α型Al
2O
3層16の研磨面は、例えば、基材10の表面10aに略平行な線Lに沿って形成される。
【0056】
基材の表面を洗浄した後、比較品1〜10については、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、まず、表5に示す3層からなる下部層(Ti化合物層)を表4および表5に示すように第1から第3層の順に形成した。下部層を形成した後、表3に示す条件でAl
2O
3の核を形成し、そして表4に示す条件で表5に示す被覆層の構成と平均層厚になるように基材表面にα型Al
2O
3層を形成した。その後、比較品1から8については、TiNの上部層を表4および表5に示すように形成した。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
【表3】
【0060】
【表4】
【0061】
【表5】
【0062】
得られた被覆切削工具のα型Al
2O
3層の研磨面をFE−SEMで観察し、FE−SEMに付属したEBSDを用いて各方位差の区分における粒子の合計面積を測定した。これらの測定結果を表6に示す。
【0063】
測定は、α型Al
2O
3層の研磨面が形成された試料をFE−SEMにセットし、試料に70度の入射角度で15kVの加速電圧および0.5nA照射電流で電子線を照射し、測定範囲が30μm×50μmの範囲を0.1μmのステップサイズというEBSDの設定で行った。測定範囲内におけるα型Al
2O
3層の粒子の面積は、その面積に対応するピクセルの総和とした。ステップサイズが0.01μmの場合、ピクセル1つあたりの面積は0.0065μm
2となる。すなわち、α型Al
2O
3層の粒子の各方位差における面積は、各方位差におけるピクセルを集計し、面積に換算して求めた。
【0064】
【表6】
【0065】
得られた試料(つまり切削インサート)を用いて、切削試験1および切削試験2を行った。切削試験1は耐摩耗性を評価する試験であり、切削試験2は耐欠損性を評価する試験であり、各切削試験の結果を表7に示した。
【0066】
[切削試験1]
被削材:S45Cの丸棒、
切削速度:300m/min、
送り:0.30mm/rev、
切り込み:2.0mm、
クーラント:有り、
評価項目:試料が欠損または最大逃げ面摩耗幅が0.2mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。なお、表7における「正常摩耗」は、欠損が生じずに、最大逃げ面摩耗幅が0.2mmに至ったことを指し示す。また、「チッピング」とは、ここでは、0.2mm未満の「微小な欠け」が生じたことを指し示す。
【0067】
[切削試験2]
被削材:S45Cの長さ方向に等間隔で2本の溝入り丸棒、
切削速度:250m/min、
送り:0.40mm/rev、
切り込み:1.5mm、
クーラント:有り、
評価項目:試料が欠損に至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの衝撃回数を測定した。衝撃回数は、試料と被削材とが接触した回数とし、接触回数が最大で20000回に到達した時点で試験を終了した。なお、各試料について、5個の切削インサートを用意し、それぞれ衝撃回数を測定し、それらの衝撃回数の値から平均値を求め、工具寿命とした。
【0068】
【表7】
【0069】
表7に示されるように、各発明品では、切削試験1での工具寿命が30分を超え、かつ、切削試験2での工具寿命は15000回を超えた。このように発明品では、耐欠損性(耐チッピング性を含む)を低下させることなく耐摩耗性が向上していた。発明品は比較品よりも工具寿命に至るまでの加工時間が長く、工具寿命までの衝撃回数が多いため、工具寿命が大幅に長いことが分かる。
【0070】
本発明の被覆切削工具は、耐欠損性を低下させることなく、耐摩耗性に優れるので、従来よりも工具寿命を延長できるので、産業上の利用可能性が高い。
【0071】
本発明は、以上に説明した実施形態およびその変形例、並びに実施例に限定されない。本発明については、請求の範囲に記載された発明の精神や範囲から離れることなしに、さまざまな改変や変更が可能であることは理解されなければならない。すなわち、本発明には、請求の範囲によって規定される本発明の思想に包含されるあらゆる変形例や応用例、均等物が含まれる。