特許第6206800号(P6206800)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6206800
(24)【登録日】2017年9月15日
(45)【発行日】2017年10月4日
(54)【発明の名称】被膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/34 20060101AFI20170925BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20170925BHJP
   C23C 16/56 20060101ALI20170925BHJP
【FI】
   C23C16/34
   B23B27/14 A
   C23C16/56
【請求項の数】3
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2013-183946(P2013-183946)
(22)【出願日】2013年9月5日
(65)【公開番号】特開2015-52133(P2015-52133A)
(43)【公開日】2015年3月19日
【審査請求日】2016年4月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】パサート アノンサック
(72)【発明者】
【氏名】金岡 秀明
(72)【発明者】
【氏名】奥野 晋
【審査官】 吉野 涼
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2004/0110039(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0111197(US,A1)
【文献】 特開平06−136514(JP,A)
【文献】 A. Knutsson, et al.,Journal of applied physics,2010年 8月23日,108, 044312
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/00−16/56
B23B 27/14
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に形成される、1または2以上の層により構成される被膜の製造方法であって、
前記層のうちの少なくとも1層を、CVD法を用いて形成するCVD工程を含み、
前記CVD工程は、チタンおよびアルミニウムを含む第1ガスと、窒素を含む第2ガスとを、前記基材に向かって噴出する噴出工程と、
前記噴出工程後の前記基材を、5分以上30分以下の期間、850℃以上1000℃以下の加熱条件でアニール処理するアニール工程と、
前記アニール工程後の前記基材を、7℃/min以上の冷却速度で冷却する冷却工程と、を含む被膜の製造方法。
【請求項2】
前記CVD工程は、CVD装置を用いて行ない、
前記CVD装置は、反応容器および前記反応容器へガスを導入する導入管を備える、請求項1に記載の被膜の製造方法。
【請求項3】
前記導入管は、第1導入口および第2導入口を備え、
前記噴出工程は、前記第1ガスを前記第1導入口から前記導入管内に導入し、前記第2ガスを前記第2導入口から前記導入管内に導入し、かつ前記第1ガスおよび前記第2ガスを前記導入管内において混合することなく、前記反応容器へ導入する操作を含む、請求項2に記載の被膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被膜、切削工具および被膜の製造方法に関し、特に、耐酸化性および硬度に優れた被膜、その被膜を含む切削工具およびその被膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、超硬合金などからなる切削工具を用いて、鋼、鋳物などの切削加工が行われている。このような切削工具は、切削加工時において、その刃先が高温、高圧などの過酷な環境に曝されるため、刃先が摩耗したり、欠けたりするといった問題が生じる傾向にある。このように、切削工具の切削性能には課題がある。
【0003】
そこで、切削工具の切削性能の改善を目的として、超硬合金などの基材の表面を被覆する被膜の開発が進められている。なかでも、チタンとアルミニウムとを含む窒化物(以下、「Ti1-xAlxN」ともいう。)からなる被膜は、高い硬度を有することができるとともに、Alの含有割合xを高めることによって耐酸化性を高めることができる。このような被膜によって切削工具を被覆することにより、切削工具の性能の顕著な改善が可能であるため、当該被膜のさらなる開発が期待されている。
【0004】
たとえば、特開平7−205362号公報(特許文献1)には、TiN層およびAlN層を0.4nm〜50nmの周期で組成を連続的に変化させた多層構造の被膜が開示されている。該多層構造の周期中にはTi1-xAlxNが存在すると考えられている。しかし、この被膜はPVD(Physical Vapor Deposition)法により形成されているため、Ti1-xAlxNにおけるxを0.55よりも高く設計することはできなかった。このため、この被膜の耐酸化性には限界があり、さらなる改善が求められていた。
【0005】
これに対し、特表2008−545063号公報(特許文献2)には、CVD(Chemical Vapor Deposition)法によりTi1-xAlxNからなる被膜を作製する技術が開示されている。特許文献2には、Ti1-xAlxNにおけるxが0.75<x≦0.93であり、かつ面心立方構造(以下、「fcc型結晶構造」ともいう。)を有する被膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−205362号公報
【特許文献2】特表2008−545063号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献2に開示される被膜では、fcc型結晶構造中に六方細密充填構造(以下、「hcp型結晶構造」ともいう。)を有するAlNが析出する場合がある。析出したhcp型結晶構造のAlN(以下、「hcp−AlN」ともいう。)は、被膜中に欠陥として存在することとなり、被膜の硬度、耐酸化性などを低下させる。
【0008】
すなわち、従来の被膜では、Ti1-xAlxNが発揮し得る高い硬度と高い耐酸化性との両特性を十分に発揮させることが困難であり、それ故、Ti1-xAlxNが発揮し得る高い硬度と高い耐酸化性とを有する被膜は実現されておらず、また該被膜による切削工具の性能の改善は達成されていない。
【0009】
本発明は、上記のような現状に鑑みなされたものであって、その目的とするところは、Ti1-xAlxNが発揮し得る高い硬度と高い耐酸化性とを有することができる被膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、1または2以上の層により構成され、該層のうち少なくとも1層は、TiNからなる第1単位層と、Ti1-xAlxNからなる第2単位層とが交互に積層された多層構造を含み、第1単位層はfcc型結晶構造を有し、第2単位層はfcc型結晶構造を有し、Ti1-xAlxNにおけるxは、0.6以上0.9以下である、被膜である。
【0011】
また、本発明は、基材と、該基材を被覆する上記被膜と、を含む切削工具である。
また、本発明は、基材上に形成される、1または2以上の層により構成される被膜の製造方法であって、該層のうちの少なくとも1層を、CVD法を用いて形成するCVD工程を含み、CVD工程は、チタンおよびアルミニウムを含む第1ガスと、窒素を含む第2ガスとを、基材に向かって噴出する噴出工程と、噴出工程後の基材を、5分以上30分以下の期間、850℃以上1000℃以下の加熱条件でアニール処理するアニール工程と、アニール処理後の基材を、7℃/min以上の冷却速度で冷却する冷却工程と、を含む被膜の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明において、Ti1-xAlxNからなる第2単位層におけるxを0.6以上0.9以下という高い数値に維持することができるとともに、第2単位層におけるhcp−AlNの析出を抑制することができる。このため、本発明によれば、Ti1-xAlxNが発揮し得る特性を最大限に発揮させることができ、もって、高い硬度と高い耐酸化性を有する被膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本実施形態に係る被膜が基材上に設けられた図であって、該被膜が1つの層からなり、該1つの層が多層構造を含む層である場合に対応するTEM写真を示す図である。
図2図1の要部を拡大したTEM写真を示す図である。
図3】本実施形態の製造方法におけるCVD工程に用いられるCVD装置の概略的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[本願発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施形態の概要について説明する。
【0015】
本発明者らは、Ti1-xAlxNの高い硬度と、そのAlの含有割合xを高めることによる高い耐酸化性との両特性を十分に発揮できる被膜を実現すべく、各種検討を重ねた。
【0016】
具体的には、まず、本発明者らは、PVD法では実質的に含有割合xを0.55よりも高い数値に設計することが困難であることから、CVD法を用いて目的とするTi1-xAlxNからなる被膜の作製を試みた。そして、各種検討により、xが大きくなるにつれてhcp−AlNの析出の頻度が高まること、なかでも、xが0.7以上の場合にhcp−AlNの析出が顕著であることが分かった。
【0017】
このようなAlNの析出は、fcc型結晶構造のTi1-xAlxN(以下、「fcc−Ti1-xAlxN」ともいう。)におけるxが大きく、特に0.7以上になると、結晶構造に大きな歪みが生じることが原因と考えられる。すなわち、fcc−Ti1-xAlxNにおいて、その結晶構造をより安定な結晶構造とするための相転移がおこり、これによりfcc型結晶構造のTiN(以下、「fcc−TiN」ともいう。)とともにhcp−AlNが析出すると考えられる。析出したhcp−AlNは、前述のように被膜中の欠陥として存在することとなり、被膜の硬度、耐酸化性を低下させる要因となる。
【0018】
そこで、本発明者らは、Ti1-xAlxNの相転移を抑制すべく鋭意検討を重ねた。そして、被膜中において、fcc−Ti1-xAlxNを単に1つの単一層として存在させるのではなく、fcc−Ti1-xAlxNからなる層を、その厚み方向においてfcc−TiNからなる層で挟み込む構造とにすることにより、上記の相転移を抑制できることを知見し、本発明に係る被膜、これを有する切削工具を完成させた。また、上記被膜は、CVD法において、従来とは全く異なった条件を採用した本発明に係る製造方法を用いることによって、初めて製造することができたものである。
【0019】
(1)すなわち、本実施形態に係る被膜は、1または2以上の層により構成され、該層のうち少なくとも1層は、TiNからなる第1単位層と、Ti1-xAlxNからなる第2単位層とが交互に積層された多層構造を含み、第1単位層はfcc型結晶構造を有し、第2単位層はfcc型結晶構造を有し、Ti1-xAlxNにおけるxは、0.6以上0.9以下である、被膜である。
【0020】
本実施形態に係る被膜によれば、Ti1-xAlxNからなる第2単位層が、TiNからなる第1単位層と交互に積層されているため、第2単位層をその厚み方向において第1単位層によって挟み込むことができる。これにより、第2単位層において、Ti1-xAlxNのxを0.6以上0.9以下という高い数値に維持することができるとともに、第2単位層におけるhcp−AlNの析出を抑制することができる。したがって、本実施形態に係る被膜は、高い硬度と高い耐酸化性とを有することができる。
【0021】
(2)本実施形態に係る被膜において好ましくは、第2単位層は、X線回折スペクトルにおいて、(111)面または(200)面由来のピークが最大強度を示す。(200)面由来のピークが最大強度を示す場合、第2単位層の表面は他の場合に比して特に平滑となり、これにより、被膜の耐溶着性が向上する。一方、(111)面由来のピークが最大強度を示す場合、第2単位層の表面は他の場合に比して特に安定な結晶面となり、これにより、被膜の硬度が向上する。
【0022】
(3)本実施形態に係る被膜において好ましくは、多層構造において、第2単位層を挟んで隣り合う第1単位層間の距離が10nm以上40nm以下である。この場合、被膜は特に高い硬度を有することができ、さらに、高い靱性を有することができる。
【0023】
(4)本実施形態に係る被膜において好ましくは、第2単位層は、絶対値が2GPa以下である圧縮残留応力を有する。これにより、被膜は高い耐欠損性を有することができる。
【0024】
(5)本実施形態に係る切削工具は、基材と、基材を被覆する上記被膜と、を含む切削工具である。
【0025】
本実施形態に係る切削工具によれば、上記の高い硬度と高い耐酸化性とを有する被膜によって基材が被覆されているため、切削加工時において、高い硬度と高い耐酸化性とを発揮することができ、もって切削性能に優れる。
【0026】
(6)本実施形態に係る切削工具において好ましくは、基材は、WC基超硬合金またはサーメットで構成される。これにより、より高い硬度と高い耐酸化性とを発揮することができる。
【0027】
(7)本実施形態に係る製造方法は、基材上に形成される、1または2以上の層により構成される被膜の製造方法であって、層のうちの少なくとも1層を、CVD法を用いて形成するCVD工程を含む。当該CVD工程は、チタンおよびアルミニウムを含む第1ガスと、窒素を含む第2ガスとを、基材の表面に向かって噴出する噴出工程と、噴出工程後の基材を、5分以上30分以下の期間、850℃以上1000℃以下の加熱条件でアニール処理するアニール工程と、アニール工程後の基材を、7℃/min以上の冷却速度で冷却する冷却工程と、を含む。
【0028】
本実施形態に係る製造方法によれば、噴出工程後の基材を上記条件でアニール処理し、その後の基材を上記冷却速度で冷却することにより、噴出工程により形成されたチタン、アルミニウム、窒素を含む1つの層を第1単位層と第2単位層とに相転位(分離析出)させることができ、上記多層構造を有する層を形成させることができる。したがって、本実施形態によれば、上記の高い硬度と高い耐酸化性とを有する被膜を製造することができる。
【0029】
[本願発明の実施形態の詳細]
以下、図面に基づいて本発明の実施形態について詳細に説明する。以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。また、本明細書において、硬質被膜を構成する各層の組成を「TiAlN」、「TiN」などの化学式を用いて表わす場合、原子比を特に限定しない場合は従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるものではない。たとえば、単に「TiN」と記す場合、「Ti」と「N」の原子比は50:50(1:1)の場合のみに限られず、従来公知のあらゆる原子比が含まれるものとする。
【0030】
≪被膜≫
本実施形態に係る被膜は、1または2以上の層により構成され、層のうち少なくとも1層は、TiNからなる第1単位層と、Ti1-xAlxNからなる第2単位層とが交互に積層された多層構造を含む。また、後述するように、第1単位層はfcc型結晶構造を有し、第2単位層はfcc型結晶構造を含み、Ti1-xAlxNにおけるxは0.6以上0.9以下である。なお、「Ti1-xAlxN」の「Ti1-xAlx」と「N」との原子比は上記と同様に50:50(1:1)の場合のみに限られず、従来公知のあらゆる原子比が含まれるものとする。
【0031】
本実施形態の被膜によれば、多層構造を含む層(以下、「多層構造含有層」ともいう。)において、Ti1-xAlxNからなる第2単位層が、TiNからなる第1単位層と交互に積層されているため、第2単位層をその厚み方向において第1単位層によって挟み込むことができる。これにより、第2単位層において、Ti1-xAlxNのxを0.6以上0.9以下という高い数値に維持できているにもかかわらず、第2単位層におけるhcp−AlNの析出を抑制することができる。したがって、本実施形態に係る被膜によれば、Ti1-xAlxNの特性を最大限に発揮することができ、もって、高い硬度と高い耐酸化性とを有することができる。
【0032】
被膜全体の厚さは、好ましくは3μm以上30μm以下である。被膜全体の厚さが3μm以上であることにより、被膜全体の厚さが薄いことに起因する硬度の低下を防止することができる。また、被膜全体の厚さが30μm以下であることにより、被膜全体の厚さが厚いことに起因する被膜のチッピングを防止することができる。被膜全体の厚さは、より好ましくは5以上20μm以下であり、さらに好ましくは7μm以上15μm以下である。
【0033】
このような被膜全体の厚さは、たとえば、被膜を任意の基材上に形成し、これを任意の位置で切断して、その断面を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)または透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)で観察することにより測定することができる。なお、断面観察用のサンプルは、たとえば、集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)、クロスセクションポリッシャー装置(CP:Cross section Polisher)などを用いて作製することができる。
【0034】
本実施形態に係る被膜は、上述の多層構造含有層を少なくとも1層含む限り、これ以外の他の層を含むことができ、他の層を含んでいたとしても、上述の顕著な効果を奏することができる。他の層としては、たとえば、多層構造含有層と基材との間に設けられる下地層、多層構造含有層上に設けられる表面保護層などを挙げることができる。
【0035】
<多層構造含有層>
以下、上述の被膜に含まれる多層構造含有層について詳述する。
【0036】
図1は、本実施形態に係る被膜が基材上に設けられた図であって、該被膜が1つの層からなり、該1つの層が上記多層構造含有層である場合に対応するTEM写真を示す図である。また、図2は、図1の要部を拡大したTEM写真を示す図である。
【0037】
図1および図2を参照し、基材11の表面を被覆する被膜10を構成する多層構造含有層は、第1単位層12(図2に示される多層構造中の淡色部分)および第2単位層13(図2に示される多層構造中の濃色の部分)が交互に積層された多層構造を含む。第1単位層12はfcc−TiNからなり、第2単位層13はfcc−Ti1-xAlxNからなり、Ti1-xAlxNにおけるxは0.6以上0.9以下である。
【0038】
被膜10を構成する多層構造含有層の組成は、たとえば、SEMまたはTEM付帯のエネルギー分散型X線分析(EDX:Energy Dispersive X-ray spectroscopy)装置により測定することができる。また、各層の結晶構造は、たとえば、X線回折(XRD:X-ray diffraction)装置により測定することができる。本実施形態では被膜10が1つの層からなる場合を例示しているが、被膜10が2以上の層からなる場合であっても、同様の方法により、被膜10を構成する各層の組成を測定することができる。なお、多層構造含有層は、酸素(O)、窒素(N)、炭素(C)などの不可避不純物を含んでいてもよい。
【0039】
多層構造含有層全体の厚さdは、好ましくは1μm以上20μm以下である。多層構造含有層全体の厚さdが1μm以上であることにより、多層構造含有層の特性に由来する被膜10の顕著な特性の向上が可能となる。また、多層構造含有層全体の厚さdが20μmを超えた場合には、多層構造含有層の特性に由来する被膜10の特性の向上に大きな変化が見られないことから、経済的に有利でない。多層構造含有層全体の厚さdは、より好ましくは2μm以上15μm以下であり、さらに好ましくは5μm以上10μm以下である。
【0040】
図1および図2に示されるように、多層構造含有層は柱状晶領域を有しており、該柱状晶領域において、柱状結晶の長軸方向(図1および図2の各矢印が示す方向)に対し第1単位層12および第2単位層13が交互に積層された構成となっている。多層構造含有層はその全体が柱状晶領域のみから構成されてもよく、柱状晶領域の他、他の結晶領域を有していていもよい。ただし、多層構造の存在による被膜10の優位な特性を効果的に発揮するためには、多層構造を有する柱状晶領域は、好ましくは多層構造含有層の50体積%以上を占め、より好ましくは70体積%以上を占める。
【0041】
ここで、柱状晶領域とは、柱状結晶で構成される領域をいい、このような柱状結晶は基材11の面方向(図1中の左右方向)よりも、基材11の表面の法線方向(図1中の上下方向)に近似した方向、換言すれば、多層構造含有層の厚み方向に成長する。このような柱状結晶は、たとえば幅(径)が50〜500nmであり、成長方向に関する長さが1000〜10000nmの形状を有する。
【0042】
上記柱状晶領域に構成される多層構造は、第2単位層13を第1単位層12で挟み込むように、第1単位層12および第2単位層13が周期的に繰り返して積層された多層構造である。ここで、周期的に繰り返して積層されるとは、第1単位層12と第2単位層13とが上下交互に積層する場合はもちろん、第1単位層12と、第2単位層13とに加えて他の第3単位層とが上中下と交互に繰り返して積層する場合も含む。第3単位層としては、たとえば、fcc型結晶構造のAlN(以下、「fcc−AlN」ともいう。)からなる層を挙げることができる。
【0043】
第1単位層12は、上述のようにfcc−TiNからなる。fcc−TiNは安定な結晶構造であり、また、高い熱安定性を有する。また、第2単位層13をその厚み方向において第1単位層12によって挟み込むことにより、第2単位層13におけるhcp−AlNの析出を抑制することができることから、多層構造の厚み方向の両端に位置する層は、第1単位層12であることが好ましい。これにより、全ての第2単位層13を第1単位層12によって挟み込むことができる。
【0044】
第2単位層13は、上述のようにfcc−Ti1-xAlxNからなり、Ti1-xAlxNのxは0.6以上0.9以下である。xがこのように高い数値であるfcc−Ti1-xAlxNは、たとえば、xが0.55以下のfcc−Ti1-xAlxNと比して特に高い耐酸化性を有する。ここで、Ti1-xAlxNのxが0.6以上0.9以下であるとは、Ti1-xAlxNにおけるAl含有割合の平均値が0.6以上0.9以下であることを意味する。したがって、たとえば、多層構造は、第2単位層13のうち第1単位層12と接する領域のTi1-xAlxNのxが0.6未満の場合もあり、また、たとえば第2単位層13のうち近隣する第1単位層12から最も離れた領域、すなわち第2単位層13の厚み方向に対する中間領域のTi1-xAlxNのxが0.9を超える場合もある。
【0045】
Ti1-xAlxNにおけるAl含有割合の平均値は、たとえば、次のようにして算出することができる。すなわち、まず、第2単位層13の厚み方向および面内方向に異なる任意の複数領域(たとえば、厚み方向において1nm、面内方向において0.5μm互いに離れた少なくとも5地点)に関し、EDXにより領域内の組成を分析する。これにより、第2単位層中の複数個所に位置する領域内の組成情報が得られる。そして、各組成情報から得られる複数のAlの含有割合を平均化することにより、Ti1-xAlxNにおけるAl含有割合の平均値xを算出することができる。
【0046】
第2単位層13に関し、第2単位層13のX線回折スペクトルにおいて、(111)面または(200)面由来のピークが最大強度を示すことが好ましい。
【0047】
第2単位層13がTi1-xAlxNの(200)面を成長面として成長した場合、そのX線回折スペクトルにおいて(200)面由来のピークが最大強度となる。この場合、第2単位層13の表面は、(200)面を成長面とせずに成長した場合と比して特に平滑となる傾向にある。第2単位層13の表面が平滑であることにより、多層構造の各面、ひいては多層構造含有層自体が平滑となるため、多層構造含有層は高い耐溶着性を有することができる。
【0048】
一方、第2単位層13がTi1-xAlxNの(111)面を成長面として成長した場合、そのX線回折スペクトルにおいて(111)面由来のピークが最大強度となる。この場合、第2単位層13の表面は、(111)面を成長とせずに成長した場合と比して特に安定な結晶面となる傾向にある。第2単位層13の表面が安定な結晶面であることにより、多層構造の各面、ひいては多層構造含有層自体が安定となるため、多層構造含有層は高い耐摩耗性を有することができる。
【0049】
したがって、本実施形態の被膜10に関し、第2単位層13のX線回折スペクトルにおいて、(200)面由来のピークが最大強度を示す場合、被膜10の耐溶着性を特に向上させることができ、(111)面由来のピークが最大強度を示す場合、被膜10の特に耐摩耗性を向上させることができる。
【0050】
また、第2単位層13において、圧縮残留応力の絶対値は2GPa以下であることが好ましい。ここで、「圧縮残留応力」とは、被膜10に存する内部応力(固有ひずみ)の一種であって、「−」(マイナス)の数値(単位:本発明では「GPa」を使う)で表される応力をいう。このため、圧縮残留応力が大きいという概念は、上記数値の絶対値が大きくなることを示し、また、圧縮残留応力が小さいという概念は、上記数値の絶対値が小さくなることを示す。すなわち、圧縮残留応力の絶対値が2GPa以下であるとは、第2単位層13に関する好ましい圧縮残留応力が−2GPa以上0GPa未満であることを意味する。
【0051】
第2単位層13の圧縮残留応力の絶対値が2GPa以下であることにより、多層構造含有層内に適切な大きさの歪が維持され、これにより、被膜10の耐欠損性が向上する。第2単位層13の圧縮残留応力の絶対値はより好ましくは1GPa以下であり、さらに好ましくは0.2GPa以上0.8GPa以下であり、さらに好ましくは0.4GPa以上0.8GPa以下である。
【0052】
第2単位層13の圧縮残留応力の絶対値が2GPa以下に設定可能であるのは、第2単位層13を構成するTi1-xAlxNのxが0.6以上0.9以下であり、かつ第2単位層13が第1単位層12によって挟み込まれているためと考えられる。たとえば、xが0.6未満である場合、第2単位層13は引張残留応力を有し易い傾向にある。また、xが0.9を超える場合、第2単位層13が有する圧縮残留応力が大きくなる傾向にある。
【0053】
このような圧縮残留応力は、X線応力測定装置を用いたsin2ψ法により測定することができる。具体的には、このような圧縮残留応力は被膜10中の圧縮残留応力を有する第2単位層13に含まれる任意の点の応力を該sin2ψ法により測定し、その平均値を求めることにより測定することができる。なお、上記任意の点は、1点、好ましくは2点、より好ましくは3〜5点、さらに好ましくは10点またはこれ以上であり、複数点で測定する場合の各点は第2単位層13の応力を代表できるように互いに面内方向において0.1mm以上の距離を離して選択することが好ましい。また、上下方向に多数存在する第2単位層13に関し、1層ではなく、2層の各圧縮残留応力を測定することが好ましく、3〜5層の各圧縮残留応力を測定することがより好ましく、10層またはこれ以上の各層の圧縮残留応力を測定することが好ましい。
【0054】
このようなX線を用いたsin2ψ法は、多結晶材料の残留応力の測定方法として広く用いられているものであり、たとえば、「X線応力測定法」(日本材料学会、1981年株式会社養賢堂発行)の54〜67頁に詳細に説明されている方法を用いれば良い。
【0055】
また、上記圧縮残留応力は、ラマン分光法を用いた方法を利用することにより測定することも可能である。このようなラマン分光法は、狭い範囲、たとえばスポット径1μmといった局所的な測定ができるというメリットを有している。このようなラマン分光法を用いた残留応力の測定は、一般的なものであるが、たとえば、「薄膜の力学的特性評価技術」(サイぺック(現在リアライズ理工センターに社名変更)、1992年発行)の264〜271頁に記載の方法を採用することができる。
【0056】
第1単位層12、第2単位層13の各厚さは、好ましくは3nm以上30nm以下である。各層の厚さが30nm以下であることにより、各層が積層された多層構造は、各層が周期的に多数繰り返して積層された超多層構造となる。これにより、多層構造含有層における硬度および耐酸化性のより顕著な向上が可能となり、もって被膜10の硬度および耐酸化性のより顕著な向上が可能となる。また、各層の厚さが3nm以上であることにより、多層構造に由来する多層構造含有層の特性の顕著な向上が可能となる。第1単位層12、第2単位層13の各厚さは、より好ましくは5nm以上25nm以下であり、さらに好ましくは10nm以上20nm以下である。
【0057】
また、多層構造がfcc−AlNなどの他の層を有する場合、他の層の厚みは、多層構造が不均一となることによって多層構造の特性が発揮されなくなることを抑制する点から、第1単位層12および第2単位層13と同様に、15nm以上30nm以下であることが好ましい。
【0058】
各層の厚さは、上記の被膜全体の厚さと同様に、SEM、TEMなどにより測定することができる。また、各単位層は、同じ厚さであってもよく異なっていていもよい。すなわち、たとえば、複数の第1単位層12は、それぞれ同じ厚さであっても異なる厚さであってもよく、第1単位層12と第2単位層13とが同じ厚さであっても異なる厚さであってもよい。
【0059】
そして、第2単位層13を挟んで隣り合う第1単位層12間の距離は、好ましくは10nm以上40nm以下である。これにより、hcp−AlNの析出をより顕著に抑制することができるため、被膜はさらに高い硬度を有することができる。また、この場合、被膜は薄い複数の層からなる超多層構造を有することができるため、高い靱性を有することができる。ここで、第2単位層13を挟んで隣り合う第1単位層12間の距離とは、1つの第2単位層13を挟んで隣り合う2つの第1単位層12間の厚さ方向の距離であって、1つの第1単位層12の厚さ方向中間から他の1つの第1単位層12の厚さ方向の中間までの最短距離をいう。
【0060】
したがって、たとえば、第1単位層12と第2単位層13とが上下交互に積層された多層構造においては、上記距離は、1つの第1単位層12の厚さの半分に相当する距離と、該1つの第1単位層12上に隣接する第2単位層13の厚さに相当する距離と、該第2単位層13上に隣接する他の1つの第1単位層12の厚さの半分に相当する距離とを足した値となる。また、多層構造がさらに第3単位層を含む場合、たとえば、第1単位層12、第2単位層13、fcc−AlNからなる第3単位層とが上中下と交互に繰り返して積層されている場合、上記距離は、1つの第1単位層12の厚さの半分に相当する距離と、該1つの第1単位層12上に隣接する第2単位層13の厚さに相当する距離と、該第2単位層13上に隣接する第3単位層の厚さに相当する距離と、該第3単位層上に隣接する他の1つの第1単位層12の厚さの半分に相当する距離とを足した値となる。
【0061】
<他の層>
本実施形態に係る被膜は、上述の多層構造含有層を少なくとも1層含む限り、これ以外の他の層を含むことができる。他の層は、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)およびハフニウム(Hf)からなる群より選ばれる1種以上の元素と、窒素(N)、酸素(O)、炭素(C)、ホウ素(B)からなる群より選ばれる1種以上の元素との化合物からなる層であることが好ましい。この場合、他の層もまた、比較的高い硬度を有することができるため、被膜全体の硬度をさらに高めることができる。このような化合物としては、たとえば、TiN、TiB、TiBN、TiCO、TiBNO、TiCBN、TiCNO、ZrN、ZrCN、ZrN、ZrO2、HfC、HfN、HfCNなどを挙げることができる。なお、上記の化合物に対し、他の元素が微量にドープされたものであってもよい。
【0062】
また、他の層は、より好ましくはα−アルミナ(α−Al23)からなる層またはκ−アルミナ(κ−Al23)からなる層である。このようなアルミナからなる層は、高い耐酸化性を有するため、被膜の耐酸化性をさらに高めることができる。なかでも、アルミナからなる層を表面保護層とすることにより、被膜はより耐酸化性に優れることができる。
【0063】
≪切削工具≫
本実施形態に係る切削工具は、基材と、該基材を被覆する上記被膜と、を含む切削工具である。本実施形態に係る切削工具は、高い硬度と高い耐酸化性とを有する上記被膜を有するため、その硬度および耐酸化性が飛躍的に向上したものであり、もって優れた切削性能を有することができる。
【0064】
上記被膜による特性を効果的に発揮できる切削工具としては、ドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどを挙げることができる。
【0065】
切削工具の基材としては、このような切削工具の基材として従来公知のものを特に限定なく用いることができる。そのような基材としては、たとえば、炭化タングステン(WC)基超硬合金、サーメット、高速度鋼、セラミックス、立方晶型窒化ホウ素焼結体、ダイヤモンド焼結体などを挙げることができる。なかでも、硬度および靱性のバランスの観点から、基材は、WC基超硬合金またはサーメットであることが好ましい。
【0066】
切削工具の被膜は、必ずしも基材の表面の全てを被覆する必要はなく、表面の少なくとも一部、たとえばすくい面および逃げ面の少なくとも一部に形成されていればよい。これらの面の一部に形成されることにより、切削工具を用いて被加工物を加工する際に、その高い硬度および高い耐酸化性による有益な効果を発揮することができる。なお、本実施形態に係る切削工具が有する被膜の詳細は上述と同様なので、その説明は繰り返さない。
【0067】
≪製造方法≫
上記被膜は、本実施形態に係る製造方法によって製造することができる。すなわち、本実施形態に係る製造方法によって製造される被膜は、高い硬度と高い耐酸化性とを有することができる。また、当該被膜を切削工具用の基材に設けることにより、上記切削工具を製造することができる。
【0068】
ここで、上述の被膜が、多層構造含有層以外の他の層を有する場合、これらの他の層は、従来公知のCVD法を好適に用いることができる。一方、上述の被膜が有する多層構造含有層は、従来公知のCVD法では製造することができず、以下の特異的なCVD工程によって初めて製造することができる層である。
【0069】
すなわち、本実施形態に係る製造方法は、基材上に形成される、1または2以上の層により構成される被膜の製造方法であって、該層のうちの少なくとも1層を、CVD法を用いて形成するCVD工程を含み、CVD工程は、チタンおよびアルミニウムを含む第1ガスと、窒素を含む第2ガスとを、基材に向かって噴出する噴出工程と、噴出工程後の基材を、5分以上30分以下の期間、850℃以上1000℃以下の加熱条件でアニール処理するアニール工程と、アニール工程後の基材を、7℃/min以上の冷却速度で冷却する冷却工程と、を含む被膜の製造方法である。以下、多層構造含有層を製造するための上記CVD工程について詳述する。
【0070】
<CVD工程>
上記CVD工程は、上述の被膜を構成する層のうちの少なくとも1層である多層構造含有層をCVD法により形成する工程である。このCVD工程においては、図3に示すCVD装置を用いることができる。
【0071】
図3を参照し、CVD装置21内には、基材11を保持するための基材セット治具22を複数設置することができ、これらは耐熱合金鋼製の反応容器23でカバーされる。また、反応容器23の周囲には調温装置24が配置されており、この調温装置24により、反応容器23内の温度を制御することができる。
【0072】
反応容器23内には、2つの導入口25、26を有する導入管27が配置されている。導入管27は、基材セット治具22が配置される領域を貫通するように配置されており、基材セット治具22近傍の部分には複数の貫通孔が形成されている。導入管27において、導入口25、26から管内に導入された各ガスは、導入管27内において混合されることなく、それぞれ異なる貫通孔を経て、反応容器23内に導入される。この導入管27は、その軸を中心軸として回転することができる。また、CVD装置21には排気管28が配置されており、排気ガスは排気口29から外部へ排出することができる。なお、反応容器23内の治具類等は、通常黒鉛により構成される。後述する各工程に関し、図3を用いながら説明する。
【0073】
<噴出工程>
本工程では、チタンおよびアルミニウムを含む第1ガスと、窒素を含む第2ガスとを、基材に向かって噴出する。なお、本工程を実施するに先だって、CVD装置21の反応容器23内の基材セット治具22には、被膜形成部位が反応容器23内に露出するように、基材11が配置される。また、反応容器23内は、高温減圧環境に維持される。
【0074】
図3を参照し、本工程において、第1ガスが導入口25から導入管27内に導入され、第2ガスが導入口26から導入管27内に導入される。また、このときの導入管27は、不図示の駆動部により、図中回転矢印で示すようにその軸を中心として回転する。
【0075】
導入管27の一端側(図中上側)には複数の貫通孔が開いているため、導入された第1ガスおよび第2ガスは、それぞれ異なる複数の貫通孔から反応容器23内に噴出される。また、導入管27が回転しているため、反応容器23内には、第1ガスと第2ガスとが混合された状態となる。したがって、本工程においては、基材セット治具22に設置された基材11の表面に、第1ガスと第2ガスとが混合された混合ガスが噴出されることになる。これにより、基材11の露出する表面に混合ガスが到達し、この混合ガスに含まれる元素を組成成分とした成長層として、TiAlN層が形成される。
【0076】
チタンおよびアルミニウムを含む第1ガスとしては、TiCl4ガス、AlCl3ガスを含むガスを挙げることができる。窒素を含む第2ガスとしては、NH3を含むガスを挙げることができる。また、第1ガスとともに導入口25からキャリアガスを導入してもよく、第2ガスとともに導入口26からキャリアガスを導入してもよい。なお、キャリアガスとしては、H2ガス、N2ガス、Arガスなどを挙げることができる。
【0077】
また、本工程において、反応容器23内の温度は、好ましくは700℃以上900℃以下であり、反応容器23内の圧力は、好ましくは0.1kPa以上13kPa以下に維持される。これにより、TiAlN層の効率的な形成が可能となる。
【0078】
また、本工程の実施時間を調整することにより、上記成長層の厚みを制御することができる。たとえば、噴出工程の実施時間を短くすることによって成長層の厚みを小さくすることができ、長くすることによって成長層の厚みを大きくすることができる。また、成長層の組成は、第1ガス中のチタンを含むガスとアルミニウムを含むガスとの混合割合を調整することによって制御することができる。たとえば、第1ガスにおけるTiCl4ガスの混合割合を大きくすることによって成長層中のTiの含有割合を高めることができ、逆に第1ガスにおけるAlCl3ガスの混合割合を大きくすることによって成長層中のAlの含有割合を高めることができる。
【0079】
また、本工程の第1ガス中のチタンを含むガスとアルミニウムを含むガスとのモル比率を調整することにより、第2単位層13の成長面を(200)面または(111)面のいずれかに設定することができる。具体的には、第1ガス中におけるAlCl3とTiCl4とのモル比率(AlCl3/TiCl4)を3.0未満に調整することにより、第2単位層13の成長面を(200)面にすることができる。このような第2単位層13は、前述のように、そのX線回折スペクトルにおいて(200)面由来のピークが最大強度となる。また、AlCl3とTiCl4とのモル比率(AlCl3/TiCl4)を3.0以上に調整することにより、第2単位層13の成長面を(111)面にすることができる。このような第2単位層13は、前述のように、そのX線回折スペクトルにおいて(111)面由来のピークが最大強度となる。
【0080】
なお、噴出工程の実施時間および成長層中のTiとAlの含有割合は、後述するアニール工程、冷却工程を経て形成される多層構造含有層の構成にも影響する。たとえば、成長層の厚みが大きくなった場合、第1単位層および第2単位層による積層周期の数も増える傾向にある。また、成長層中のTiの含有割合が大きい場合、第1単位層の厚みが大きくなったり、第2単位層におけるTiの含有割合が大きくなる傾向にある。反対に、成長層中のAlの含有割合が大きい場合、第2単位層の厚みが大きくなったり、第2単位層におけるAlの含有割合が高くなる傾向にある。
【0081】
<アニール工程>
本工程では、噴出工程後の基材を、5分以上30分以下の期間、850℃以上1000℃以下の加熱条件でアニール処理する。具体的には、本工程において、導入管27からの第1ガスおよび第2ガスの導入を行わず、キャリアガスのみを導入し続けながら、噴出工程後の基材11が反応容器23内に配置されたままの状態で、5分以上30分以下の期間、反応容器23内を850℃以上1000℃以下に加熱する。これにより、成長層が形成された基材11がアニール処理される。
【0082】
<冷却工程>
本工程では、アニール工程後の基材を、7℃/min以上の冷却速度で冷却する。具体的には、アニール工程後の基材11が配置される反応容器23内を、基材11の温度が7℃/min以上の速度で低下するように冷却する。なお、噴出工程後の基材11を自然放置により冷却させた場合、その冷却速度は3℃/min〜4℃/min程度であり、5℃/minを超えることはない。
【0083】
上述のようなCVD工程を行うことによって、上述の多層構造含有層が形成される理由の詳細は不明であるが、種々の検討結果を踏まえ、本発明者らは、次のように推察する。
【0084】
噴出工程によって形成された成長層はTiAlNからなるが、このAlの含有割合が高い場合、TiAlNの結晶構造は不安定である。このような不安定な結晶構造を有する成長層に対して引き続きアニール処理が行われることにより、TiAlNがスピノーダル分解することによって成長層内で相分離が発生する。
【0085】
上記相分離は、fcc−TiAlNからなる成長層が、fcc−AlNからなる層、fcc−TiAlNからなる層、fcc−TiNからなる層の3層構造となった後、アルミニウムおよびチタンの各元素が各々分散することにより、fcc−AlNからなる層とfcc−TiNからなる層が薄くなっていくとともにfcc−TiAlNからなる層が厚くなっていく。なお、3層構造の初期の段階では、fcc−TiAlNからなる層はfcc−AlNからなる層やfcc−TiNからなる層と比して極めて薄いと考えられる。
【0086】
fcc−AlNからなる層とfcc−TiNからなる層はそれぞれ薄くなっていくが、アルミニウムの分散速度がチタンの分散速度よりも早いために、fcc−AlNからなる層が先に消滅する傾向にある。したがって、上述のようにアニール処理の温度および期間を適切に設定することにより、fcc−TiNからなる層は消滅することなく、fcc−Ti1-xAlxNからなる層とfcc−TiNからなる層が交互に積層された構造となり、かつAlが十分に分散していることにより、Ti1-xAlxNからなる層のxが0.6以上0.9以下という高い数値を有することができる。
【0087】
しかし、相分離の過程において、fcc−Ti1-xAlxNからなる層とfcc−TiNからなる層が交互に積層された構造が形成されたとしても、その後、この被膜が自然放置のような遅い速度で冷却された場合、あるいはアニール処理時間が上記期間よりも長く設定された場合には、最終的に多層構造含有層を形成することはできない。これは、相分離の過程で存在するTiAlNからなる層が、より安定な結晶構造となるべく、hcp−AlNとfcc−TiNとに相分離してしまうためと考えられる。
【0088】
これに対し、本実施形態の製造方法においては、成長層は、適切なアニール処理後、直ちに7℃/min以上の高い冷却速度で冷却される。このため、相分離は上述の段階で停止し、結果的に、fcc−TiNからなる第1単位層と、fcc−Ti1-xAlxNからなる第2単位層とが交互に積層された多層構造を含む多層構造含有層が形成されるものと考えられる。
【実施例】
【0089】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。なお、以下の説明において、各層の厚みは、前述のように被膜の断面をSEM観察またはTEM観察することにより測定したものであり、Ti1-xAlxNにおけるAlの含有割合xは、前述のようにEDXを用いて測定したものであり、圧縮残留応力は、前述のようにsin2ψ法により測定したものである。
【0090】
<基材>
まず、被膜を形成させる対象となる基材として、以下の表1に示す基材Lおよび基材Mを準備した。具体的には、まず、表1に記載の配合組成から成る原料粉末を均一に混合した。表1中の「残り」とは、WCが配合組成(質量%)の残部を占めることを示している。次に、この混合粉末を所定の形状に加圧成形した後、1300〜1500℃で1〜2時間焼結して、形状がCNMG120408NGUの超硬合金製の基材を得た。なお、この形状は住友電工ハードメタル社製のものであり、旋削用の刃先交換型切削チップの形状である。
【0091】
【表1】
【0092】
<被膜>
作製した基材の表面に表2に示す構造の被膜(No.1〜21)を作製した。これにより、基材上に被膜が形成された切削工具(No.1〜21)を得た。
【0093】
【表2】
【0094】
表2において、下地層は被膜の最内層であって基材の表面と直接接する層であり、中間層は下地層上に形成された層であり、表面層は中間層上に形成された層である。なお、1つの欄内に2層が記載されている場合、左側の層が下層であることを意味し、「−」のみで示される欄は、該当する層を有さないことを意味する。
【0095】
たとえば、表2のNo.15の切削工具は、基材Mの表面上に1.0μmの厚みのTiN層および3.0μmの厚みのTiCN層からなる下地層が形成され、その上に形成条件bで形成された2.5μmの厚みの中間層が形成され、さらにその上に0.5μmの厚みのTiBN層および1.0μmの厚みのAl23層からなる表面層が形成された構成であり、各層からなる被膜全体の厚みが8.0μmであることを示す。
【0096】
上記表2に示す下地層および表面層は、従来公知のCVD法によって形成された層であり、その形成条件は表3に示す通りである。たとえば、表3の「TiN(下地層)」の行には、下地層としてのTiN層の形成条件が示されている。表3を参照し、TiN層は、CVD装置の反応容器内(容器内の環境は6.7kPa、915℃)に基材を配置し、該反応容器内に2容量%のTiCl4ガス、39.7容量%のN2ガスおよび残り58.3容量%のH2ガスからなる混合ガスを63.8L/minの流量で噴出することにより形成された。なお、表3に示される他の層についても、これと同様の記載となっている。
【0097】
【表3】
【0098】
一方、上記表2に示す中間層のうち、No.1〜15の被膜が有する中間層は前述の多層構造含有層に該当し、形成条件a〜gのいずれかによって形成されている。また、No.16〜18の被膜が有する中間層は前述の特許文献1に開示されるTi1-xAlxN層に該当し、形成条件xによって形成されている。また、No.19〜21の被膜が有する中間層は前述の特許文献2に開示されるTiN層およびAlN層を0.4nm〜50nmの周期で組成を連続的に変化させた多層構造からなる層に該当し、形成条件yによって形成されている。形成条件a〜gの詳細を表4および表5に示す。
【0099】
【表4】
【0100】
【表5】
【0101】
表4および5を参照しながら、形成条件aについて具体的に説明する。形成条件aにおいて、多層構造含有層である中間層は、次のようにして形成された。すなわち、まず、噴出工程として、基材が配置された図3に示すCVD装置の反応容器内に、AlCl3ガス、TiCl4ガスからなる第1ガスと、NH3ガスからなる第2ガスを異なる導入口より各々導入させた。このとき、AlCl3ガスおよびTiCl4ガスの各流量は0.065mol/minおよび0.025mol/minとなるように調整され、NH3ガスの流量は0.09mol/minとなるように調整された。
【0102】
なお、第1ガスを導入する導入口からは、キャリアガスとしてH2ガス(流量:2.9mol/min)およびN2ガス(流量:1.0mol/min)が導入され、第2ガスを導入する導入口からは、キャリアガスとしてN2ガス(流量:0.9mol/min)が導入された。
【0103】
上記噴出工程において、反応容器内の圧力および温度は2.2kPa、800℃に維持され、また、第1ガスおよび第2ガスを導入する導入管はその軸を中心に回転していた。この噴出工程を2時間継続させた後、反応容器内への第1ガスおよび第2ガスの導入を停止した。
【0104】
次に、アニール工程として、噴出工程後の反応容器内の温度を900℃に上昇させてからこの状態を10分間継続し、反応容器内の基材をアニール処理した。なお、このときの反応容器内の圧力は100kPaに維持されていた。
【0105】
次に、冷却工程として、アニール工程後の基材を含む反応容器内を強制的に冷却することにより、15℃/minの冷却速度で基材の温度を低下させ、形成された被膜を冷却させた。以上の工程を経ることにより、多層構造含有層である中間層が形成された。同様に、他の形成条件b〜gにおいても、表4および表5に記載される条件に従って多層構造含有層である中間層が形成された。
【0106】
また、形成条件xに関し、中間層は特許文献1に開示されるPVD法を利用して形成された。具体的には、まず、PVD法に用いられる蒸着装置の炉内の一方にTiターゲットを設置し、その向かい側にAlターゲットを設置し、各ターゲット間の中央のターンテーブル上に基材を配置した。そして、該ターンテーブルを50rpm/分で回転させながら、炉内にN2ガスを3000cc/minで導入し、真空アーク放電によりTiターゲットおよびAlターゲットを蒸発、イオン化させた。なお、このときの炉内の圧力および温度は、それぞれ1×10-2Torrおよび500℃となるように維持させた。この条件でのPVD処理を600分間行うことにより、9.0μmの厚みの中間層が形成され、同PVD処理を340分間行うことにより、5.0μmの厚みの中間層が形成された。
【0107】
また、形成条件yに関し、中間層は特許文献2に開示される従来のCVD法を用いて形成された。具体的には、まず、噴出工程として、基材が配置された図3に示すCVD装置の反応容器内に、AlCl3ガス、TiCl4ガスからなる第1ガスと、NH3ガスからなる第2ガスを異なる導入口より各々導入させた。このとき、AlCl3ガスおよびTiCl4ガスの各流量は0.0009mol/minおよび0.00015mol/minとなるように調整され、NH3ガスの流量は0.09mol/minとなるように調整された。なお、第1ガスを導入する導入口からは、キャリアガスとしてH2ガス(流量:2.9mol/min)およびN2ガス(流量:1.0mol/min)が導入され、第2ガスを導入する導入口からは、キャリアガスとしてN2ガス(流量:0.9mol/min)が導入された。
【0108】
上記噴出工程において、反応容器内の圧力および温度は1.0kPa、800℃に維持され、また、第1ガスおよび第2ガスを導入する導入管はその軸を中心に回転していた。この噴出工程を所定時間継続させた後、反応容器内への第1ガスおよび第2ガスの導入を停止した。
【0109】
そして、上記噴出工程後、形成条件a〜gとは異なり、噴出工程後の基材に対しアニール処理を実施することはなく、かつ基材を強制的に冷却させることなく自然放置によって冷却させた。なお、自然放置による基材の冷却速度は3.5℃/minであった。また、上記噴出工程を5時間継続させた場合には5μmの厚みの中間層が形成され、10時間継続させた場合には10μmの厚みの中間層が形成された。
【0110】
【表6】
【0111】
表6に、各形成条件a〜g、xおよびyによって形成された中間層の詳しい構成を示す。表6を参照し、各形成条件a〜gにより形成された多層構造含有層において、各多層構造含有層におけるTiN層およびTi1-xAlxN層のそれぞれの厚みは表6に示すように同等であった。また、Ti1-xAlxN層におけるAlの含有割合xは表6に示すように0.6以上0.9以下であった。また、多層構造含有層に関し、積層構造内の層数は表6に示す通りであり、その層数は100以上であった。すなわち、この多層構造含有層が有する積層構造は超多層構造に分類される。なお、多層構造含有層が柱状晶領域を有すること、該柱状晶領域に多層構造が構成されていることについても、TEM観察により確認された。
また、形成条件xによって形成された中間層は、4nmの厚みのTiN層と4nmの厚みのAlN層とが交互に積層された積層構造からなる層(AlN/TiN層)であり、形成条件yよって形成された中間層は、Ti0.1Al0.9Nの組成を主とする単層からなる層(Ti0.1Al0.9N層)であった。
【0112】
<多層構造含有層の特性>
多層構造含有層の特性として、形成条件a〜gで形成された中間層に含まれるTi1-xAlxN層のX線回折スペクトルを観察し、その最大強度を示すピークがいずれの面に由来するのかを確認し、さらに、X線を用いたsin2ψ法によりTi1-xAlxN層の圧縮残留応力を測定した。その結果を表7に示す。なお、試料No.1〜15の各被膜の中間層に含まれるTi1-xAlxN層について上記の特性を確認したところ、上記特性は形成条件毎に一致したため、表7においては試料No毎ではなく、形成条件毎の結果を示す。
【0113】
【表7】
【0114】
表7を参照し、形成条件a〜eに従って形成された中間層に含まれるTi1-xAlxN層は、X線回折スペクトルにおいて(200)面由来のピークが最大強度を示し、形成条件fおよびgに従って形成された中間層に含まれるTi1-xAlxN層は、X線回折スペクトルにおいて(111)面由来のピークが最大強度を示すことが確認された。また、いずれの形成条件によって形成された中間層においても、Ti1-xAlxN層の圧縮残留応力の絶対値は2.0GPa以下であることが確認された。
【0115】
<切削性能評価>
製造されたNo.1〜21の各切削工具を用いて、以下の切削試験1〜5の切削試験を行い、各切削工具の切削性能を評価した。
【0116】
<切削試験1>
以下の表8に示すNo.の切削工具について、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削時間を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察した。その結果を表7に示す。切削時間が長いもの程、耐摩耗性に優れていることを示す。また、最終損傷形態が正常摩耗に近いもの程、耐溶着性に優れていることを示す。
【0117】
<切削条件>
被削材:SUS316丸棒外周切削
周速:150m/min
送り速度:0.15mm/rev
切込み量:1.0mm
切削液:あり
【0118】
【表8】
【0119】
表8より明らかなように、No.1、3、7、9の各切削工具は、No.16、17、19の各切削工具に比し、耐摩耗性に優れていた。なお、表8の最終損傷形態において、「正常摩耗」とはチッピング、欠けなどを生じず、摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味する。この結果から、多層構造含有層を含む被膜で被覆された切削工具(No.1、3、7、9)は、AlN/TiN層を含む被膜で被覆された切削工具(No.16、17)およびTi0.1Al0.9N層を含む被膜で被覆された切削工具(No.19)よりも耐摩耗性に優れており、もって切削性能に優れることが確認された。これは、多層構造含有層を含む被膜が、他の被膜と比して、高い硬度と高い耐酸化性とを有するためと考えられる。
【0120】
<切削試験2>
以下の表9に示すNo.の切削工具について、以下の切削条件により逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmとなるまでの切削時間を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察した。その結果を表9に示す。切削時間が長いもの程、耐摩耗性に優れていることを示す。また、最終損傷形態が正常摩耗に近いもの程、耐溶着性に優れていることを示す。
【0121】
<切削条件>
被削材:SUS304丸棒外周切削
周速:200m/min
送り速度:0.15mm/rev
切込み量:1.0mm
切削液:あり
【0122】
【表9】
【0123】
表9より明らかなように、No.1、4、5、8の各切削工具は、No.17、19の各切削工具に比し、耐摩耗性および溶着性に優れていた。なお、表9の最終損傷形態において、「正常摩耗」とはチッピング、欠けなどを生じず、摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味し、「欠損」とは切れ刃部に生じた大きな欠けを意味し、「チッピング」とは仕上げ面を生成する切れ刃部に生じた微小な欠けを意味する。この結果から、多層構造含有層を含む被膜で被覆された切削工具(No.1、4、5、8)は、AlN/TiN層を含む被膜で被覆された切削工具(No.17)およびTi0.1Al0.9N層を含む被膜で被覆された切削工具(No.19)よりも耐摩耗性および耐溶着性に優れており、もって切削性能に優れることが確認された。これは、多層構造含有層を含む被膜が、他の被膜と比して、高い硬度と高い耐酸化性とを有するためと考えられる。
【0124】
<切削試験3>
以下の表10に示すNo.の切削工具について、以下の切削条件により工具刃先部において欠損またはチッピングが発生するまでの切削時間(分)を測定した。その結果を表10に示す。切削時間が長いものほど、耐疲労靭性に優れていることを示している。
【0125】
<切削条件>
被削材:SCM435溝材
周速:350m/min
送り速度:0.15mm/s
切込み量:1.0mm
切削液:あり
【0126】
【表10】
【0127】
表10より明らかなように、No.1、2、3、5、6の各切削工具は、No.17、19、20の各切削工具に比し、耐疲労靭性に優れていた。この結果から、多層構造含有層を含む被膜で被覆された切削工具(、No.1、2、3、5、6)は、AlN/TiN層を含む被膜で被覆された切削工具(No.17)およびTi0.1Al0.9N層を含む被膜で被覆された切削工具(No.19、20)よりも耐疲労靱性に優れており、もって切削性能に優れることが確認された。これは、多層構造含有層を含む被膜が、他の被膜と比して、高い硬度と高い耐酸化性とを有するためと考えられる。
【0128】
<切削試験4>
以下の表11に記載したNo.の切削工具について、以下の切削条件により欠損または逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmになるまでのパス回数および切削距離を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察した。その結果を表11に示す。パス回数が多いもの程(すなわち切削距離が長いもの程)、耐摩耗性に優れていることを示す。また、最終損傷形態が正常摩耗に近いもの程、耐衝撃性に優れていることを示す。
【0129】
なお、パス回数とは、下記被削材(形状:300mm×100mm×80mmのブロック状)の一側面(300mm×80mmの面)の一方端から他方端までを、切削工具(刃先交換型切削チップ)を1枚取付けたカッタにより転削する操作を繰り返し、その繰り返し回数をパス回数とした(パス回数に少数点以下の数値を伴うものは、一方端から他方端までの途中で上記の条件に達したことを示す)。切削距離とは、上記の条件に達するまでに切削加工された被削材の合計距離を意味し、パス回数と上記側面の長さ(300mm)との積に相当する。
【0130】
<切削条件>
被削材:FCD700ブロック材
周速:150m/min
送り速度:0.2mm/s
切込み量:2.0mm
切削液:なし
カッタ:WEX3032E(住友電工ハードメタル社製)
チップ:AXMT170508PEER−G1枚刃(住友電工ハードメタル社製)
【0131】
【表11】
【0132】
表11より明らかなように、No.10、11、13、15の各切削工具は、No.18、21の切削工具に比し、耐摩耗性に優れていた。なお、表11の最終損傷形態において、「正常摩耗」とはチッピング、欠けなどを生じず、摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味する。この結果から、多層構造含有層を含む被膜で被覆された切削工具(No.10、11、13、15)は、AlN/TiN層を含む被膜で被覆された切削工具(No.18)およびTi0.1Al0.9N層を含む被膜で被覆された切削工具(No.21)よりも耐摩耗性に優れており、もって切削性能に優れることが確認された。これは、多層構造含有層を含む被膜が、他の被膜と比して、高い硬度と高い耐酸化性とを有するためと考えられる。
【0133】
<切削試験5>
以下の表12に記載したNo.の切削工具について、以下の切削条件により欠損または逃げ面摩耗量(Vb)が0.20mmになるまでのパス回数および切削距離を測定するとともに刃先の最終損傷形態を観察した。その結果を表12に示す。パス回数が多いもの程(すなわち切削距離が長いもの程)、耐摩耗性に優れていることを示す。また、最終損傷形態が正常摩耗に近いもの程、耐衝撃性に優れていることを示す。
【0134】
<切削条件>
被削材:SUS304ブロック材
周速:200m/min
送り速度:0.2mm/s
切込み量:2.0mm
切削液:なし
カッタ:WEX3032E(住友電工ハードメタル社製)
チップ:AXMT170508PEER−G1枚刃(住友電工ハードメタル社製)
【0135】
【表12】
【0136】
表12より明らかなように、No.10、12、13、14の各切削工具は、No.18、21の切削工具に比し、耐摩耗性および耐衝撃性の両者に優れていた。なお、表12の最終損傷形態において、「正常摩耗」とはチッピング、欠けなどを生じず、摩耗のみで構成される損傷形態(平滑な摩耗面を有する)を意味し、「チッピング」とは切れ刃部に生じた小さな欠けを意味する。この結果から、多層構造含有層を含む被膜で被覆された切削工具(No.10、12、13、14)は、AlN/TiN層を含む被膜で被覆された切削工具(No.18)およびTi0.1Al0.9N層を含む被膜で被覆された切削工具(No.21)よりも耐摩耗性に優れており、もって切削性能に優れることが確認された。これは、多層構造含有層を含む被膜が、他の被膜と比して、高い硬度と高い耐酸化性とを有するためと考えられる。
【0137】
以上の切削試験1〜5から明らかなように、本実施の形態に係る多層構造含有層を含む被膜を備えた各切削工具(No.1〜15)は、他の切削工具(No.16〜21)と比して、切削性能に優れていた。これは、多層構造含有層を含む被膜が、他のTiN/AlN層やTi0.1Al0.9N層と比して高い硬度を有し、かつ高い耐酸化性を有するためと考えられる。
【0138】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0139】
10 多層構造含有層
11 基材
12 第1単位層
13 第3単位層
21 CVD装置
22 基材セット治具
23 反応容器
24 調温装置
25,26 導入口
27 導入管
28 排気管
29 排気口。
図1
図2
図3