(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
温度応答性高分子が、ポリ−N−置換アクリルアミド誘導体、ポリ−N−置換メタアクリルアミド誘導体、ポリアクリレート誘導体、ポリメタクリレート誘導体の単独、もしくはこれらの二つ以上の共重合体からなる、請求項1、2のいずれか一項記載の温度応答性細胞培養基材。
固定化した温度応答性高分子鎖の末端のジチオエステル基をチオール基に変換し、さらにそのチオール基を水酸基、カルボキシル基、アミノ基へ変換する、請求項6〜8のいずれか一項記載の温度応答性細胞培養基材の製造方法。
【背景技術】
【0002】
今日、動物細胞培養技術が著しく進歩し、動物細胞を対象とした研究開発もさまざまな分野に広がって実施されるようになってきた。対象となる動物細胞の使われ方も、開発当初の細胞そのものを製品化したり、その産生物を製品化したりするだけでなく、今や細胞やその細胞表層蛋白質を分析することで有効な医薬品を設計したり、患者本人の細胞を生体外で再生したり、或いはその機能を高めたりしてから生体内へ戻し治療する等ということも実施されつつある。現在、動物細胞を培養する技術、並びにその技術の評価、解析、及び利用する技術は、研究者が注目している一分野である。
【0003】
ところで、ヒト細胞を含め動物細胞の多くは付着依存性のものである。すなわち、動物細胞を生体外で培養しようとするときは、それらを一度、どこかに付着させる必要性がある。そのため、多くの研究者により生体外へ取り出された細胞をできるだけ生体内と同じような環境で培養しようと、例えば細胞接着性タンパク質であるコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等を表面に被覆した基材が設計され、そのような基材に関する発明がなされてきた。しかしながら、これらの技術はいずれも細胞培養時に係わるものであった。付着依存性の培養細胞は何かに付着する際、自ら接着性蛋白質を産生する。従ってその細胞を剥離させるときには、従来技術ではその接着性蛋白質を破壊しなければならず、通常酵素処理が行われる。その際、細胞が培養中に産生した各種細胞固有の細胞表層蛋白も同時に破壊されてしまうという重大な課題があったにもかかわらず、現実にはその課題を解決する手段が全くなく、特に検討されていなかった。この細胞回収時の課題の解決こそが、今後動物細胞を対象とした研究開発を飛躍的に発展させる上で強く求められるものと考えられる。
【0004】
このような背景のもと、特許文献1には、水に対する上限若しくは下限臨界溶解温度が0〜80℃である高分子で基材表面を被覆した細胞培養支持体上にて、細胞を上限臨界溶解温度以下または下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下にすることにより酵素処理なくして培養細胞を剥離させる新規な細胞培養法が記載されている。また、特許文献2には、この温度応答性細胞培養基材を利用して皮膚細胞を上限臨界溶解温度以下或いは下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上或いは下限臨界溶解温度以下にすることにより培養皮膚細胞を低損傷で剥離させることが記載されている。さらに、特許文献3には、この温度応答性細胞培養基材を用いて培養細胞の表層蛋白質を修復する方法が記載されている。温度応答性細胞培養基材を利用することにより、従来の培養技術に対しさまざまな新規な展開をはかれるようになってきた。
【0005】
その温度応答性細胞培養基材表面はさらに発展し、例えば、非特許文献1ではキトサンゲル膜上に温度応答性高分子をラジカル重合法でグラフトすることで、細胞の接着性並びに剥離性を温度変化でより効率良く制御できたキトサン膜が示されている。また、特許文献4では、温度応答性高分子が被覆された領域と細胞付着性領域が共存する細胞培養基材表面が提案されている。しかしながら、これらの技術とは細胞を付着しやすい基材と温度応答性高分子を併用したに過ぎず、細胞の付着、増殖性、並びに温度変化時の剥離性を厳密に設計した基材表面とは言い難いものであった。
【0006】
一方、基材表面を厳密に設計しようとした技術例として、温度応答性高分子の分子量鎖長が制御された成分を含むスチレン系マクロモノマーを基材表面にスピンコートされた細胞培養基材表面が挙げられるが、ここでの技術とは温度応答性高分子の固定化量を最適化することにとどまっており、必ずしも温度変化による細胞接着、剥離性を厳密に設計した表面とは言い難かった(非特許文献2)。さらに、特許文献5では、温度応答性高分子中に細胞接着性因子を固定化して細胞の付着性を改善させた基材表面が提案されているものの、ここでの技術も細胞を付着しやすい因子と温度応答性高分子を併用したに過ぎず、細胞の付着、増殖性、並びに温度変化時の剥離性を厳密に設計した基材表面とは言い難いものであった。
【0007】
以上のように、温度応答性細胞培養基材を利用することにより、従来の培養技術に対しさまざまな新規な展開をはかれるようになった。しかしながら、従来の温度応答性細胞培養基材は多くの細胞に共通した性質に対して設計されたものであり、培養した細胞をより効率良く付着させ、増殖させ、さらに温度を変えるだけで効率良く剥離させるような表面ではなかった。また、従来の温度応答性細胞培養基材は、異なる組織から採取した細胞個々の性質に応じて特別に設計されたものではなかった。
【0008】
そのような状況下で、基材表面への高分子鎖の精密な構築法として、最近、リビングラジカル重合法が注目を浴びている。この方法によれば、通常のラジカル重合法と比較して生成した高分子の分子量分布が非常に狭いことが特長である。その中の一手法である可逆的付加−開裂連鎖移動型ラジカル重合法(RAFT重合法)は、重合開始剤から発生したラジカル種が連鎖移動剤であるRAFT剤を介してモノマーの重合を引き起こす技術である(非特許文献3)。従って、開始剤、RAFT剤及びモノマーの濃度比を調整することにより、生成する高分子の分子量を精密に制御することができるようになる。本発明のように、表面開始型のRAFT重合反応により温度応答性高分子を表面に固定化すれば、精密に制御された分子量の揃った温度応答性高分子鎖がブラシ状に固定化された表面を得ることができると期待される。PIPAAm(ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド)修飾表面の物性(温度応答性)はPIPAAm鎖長および密度に依存するため、本手法は基材表面の温度応答性を精密に制御することに繋がる。また、RAFT剤を介してモノマーが重合した結果、高分子鎖末端にはRAFT剤に由来する官能基が存在することになる。これまでの研究から、この末端官能基をさまざまな官能基に置換した末端修飾高分子が報告されているおり、RAFT重合法を利用する利点のひとつとなっている(非特許文献4)。本技術は細胞培養を行う表面を設計する上で極めて有用な技術であるが、これまでにこの技術から作製される表面に対し細胞を使って評価した例がなく、その表面設計の可能性については今後検討されるべきものであった。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、実施例1のPIPAAmグラフト基板表面、及び開始剤固定化基板(V−501基板)表面に対しXPSによって元素組成を測定した結果を示すデータである。
【
図2】
図2は、実施例1におけるPIPAAmグラフト基板表面をFT−IRで測定した結果を示すチャートである。
【
図3】
図3は、実施例1の細胞播種6時間後の接着細胞のようすを示す顕微鏡写真である(Scale bar:200μm)。
【
図4】
図4は、実施例1の細胞播種後5日目にコンフルエント状態になった培養細胞を示す顕微鏡写真である(Scale bar:100μm)。
【
図5】
図5は、実施例1における冷却30分後の細胞シートのようすを示す写真である。
【
図6】
図6は、実施例2の細胞播種6時間後の接着細胞のようすを示す顕微鏡写真である(Scale bar:200μm)。
【
図7】
図7は、実施例2の細胞播種後2日目にコンフルエント状態になった培養細胞を示す顕微鏡写真である(Scale bar:100μm)。
【
図8】
図8は、実施例2における冷却30分後の細胞シートのようすを示す写真である。
【
図9】
図9は、実施例3の細胞播種後2日目にコンフルエント状態になった培養細胞を示す顕微鏡写真である(Scale bar:100μm)。
【
図10】
図10は、実施例3における冷却1時間後の細胞シートのようすを示す顕微鏡写真である(Scale bar:100μm)。
【
図11】
図11は、比較例1の細胞播種後2日目にコンフルエント状態になった培養細胞を示す顕微鏡写真である(Scale bar:100μm)。
【
図12】
図12は、比較例1における冷却24時間後の細胞シートのようすを示す顕微鏡写真である(Scale bar:100μm)。
【
図13】
図13は、未修飾PIPAAmブラシ表面上に播種したRPTECの接着挙動(3時間後)を示す顕微鏡写真である(Scale bar:100μm)。
【
図14】
図14は、RGD修飾PIPAAmブラシ表面上に播種したRPTECの接着挙動(3時間後)を示す顕微鏡写真である(Scale bar:100μm)。
【
図15】
図15は、未修飾PIPAAmブラシ表面上に播種したRPTECの接着挙動(24時間後)を示す顕微鏡写真である(Scale bar:100μm)。
【
図16】
図16は、RGD修飾PIPAAmブラシ表面上に播種したRPTECの接着挙動(24時間後)を示す顕微鏡写真である(Scale bar:100μm)。
【
図17】
図17は、RGD修飾PIPAAmブラシ表面上に接着したRPTECの低温処理による脱着挙動(20℃培養2時間後)を示す顕微鏡写真である(Scale bar:100μm)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、非架橋の温度応答性高分子が精密に固定化された温度応答性表面を持つ細胞培養基材に関するものである。具体的には、本発明は、基材表面に分子量が10000〜150000の非架橋の温度応答性高分子が0.02〜0.3分子鎖/nm
2の割合で固定化されている温度応答性細胞培養基材に関するものである。本発明では、その細胞培養基材表面へは直鎖状の高分子鎖が固定化される。その際、その高分子鎖の分子量は10000〜150000が良く、好ましくは80000〜130000、さらに好ましくは100000〜120000が良い。分子量が10000より小さいと温度を変えても細胞を剥離させるだけに十分な親水性の表面とならず本発明の基材表面として好ましいものではなく、逆に分子量が150000より大きい高分子鎖が基材表面に固定化されているとどの温度域においても細胞は付着することができず、本発明の温度応答性培養基材として好ましくない。さらに、本発明は、このような高分子鎖が0.02〜0.3分子鎖/nm
2の割合で固定化されているものであり、好ましくは0.03〜0.2分子鎖/nm
2、さらに好ましくは0.04〜0.1分子鎖/nm
2が良い。その際、固定化の割合が0.02分子鎖/nm
2より小さいと温度を変えても細胞を剥離させるだけに十分な親水性の表面とならず本発明の基材表面として好ましくなく、逆に高分子鎖が0.3分子鎖/nm
2より大きいと過度な密度で基材表面に固定化させた場合、重合過程で高分子鎖に立体障害が生じ重合反応が妨げられるため、温度変化時に親水性表面を示すだけの十分な高分子鎖が固定化できず、結果的に温度を変えても培養細胞を剥離させられず、本発明の温度応答性培養基材として好ましくない。こうして基材表面に固定化された温度応答性高分子は分子量分布が狭く、すなわち、基材表面に分子量の揃った温度応答性高分子が固定化される。その分子量分布は、分散比(Mw/Mn)として1.1〜1.5の範囲のものであり、通常は1.2〜1.3となる。
【0017】
以上のように、細胞培養基材表面に固定化された温度応答性高分子の分子量とその高分子鎖の固定化密度は、その表面で培養される細胞の接着性、増殖性、剥離性に大きく影響する。一方で、基材表面に固定化された温度応答性高分子の分子量とその高分子鎖の固定化密度から決定される、基材表面への温度応答性高分子の被覆量について言えば、0.03〜2.4μg/cm
2の範囲が良く、好ましくは0.05〜1.8μg/cm
2であり、さらに好ましくは0.1〜1.5μg/cm
2である。0.03μg/cm
2より少ない被覆量のとき、温度を変えても当該高分子上の培養細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に2.4μg/cm
2より大きいと、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となり、本発明の細胞培養基材として好ましくない。被覆量の測定は常法に従えば良く、例えばFT-IR-ATR法、元素分析法、ESCA等を利用すれば良く、いずれの方法を用いても良い。以上を具体的にまとめると、本発明の温度応答性培養基材表面上で血管内皮細胞を培養する場合、例えば、固定される温度応答性高分子の分子量が110000、固定化密度が0.036分子鎖/nm
2、さらに被覆量として0.65μg/cm
2で温度応答性高分子が固定化された基材表面が挙げられる。同様に、線維芽細胞を培養する場合は、固定される温度応答性高分子の分子量が90000、固定化密度が0.05分子鎖/nm
2、さらに被覆量として0.74μg/cm
2で温度応答性高分子が固定化された基材表面が挙げられる。さらに、上皮細胞を培養する場合は、固定される温度応答性高分子の分子量が125000、固定化密度が0.07分子鎖/nm
2、さらに被覆量として1.45μg/cm
2で温度応答性高分子が固定化された基材表面が挙げられる。
【0018】
本発明では、基材表面に0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化する温度応答性高分子が固定化される。その固定化方法は、基材表面に固定化された開始剤よりリビングラジカル重合法で温度応答性高分子を固定化するものであれば特に限定されるものでない。一例として、基材表面に重合開始剤を固定化し、その開始剤から触媒の存在下で原子移動ラジカル法(ATRP重合法)により温度応答性高分子を成長反応させる方法が挙げられる。その際に使用する開始剤は特に限定されるものではないが、本発明のように基材がシリカやガラスの場合、例えば、1−トリクロロシリル−2−(m−クロロメチルフェニル)エタン、1−トリクロロシリル−2−(p−クロロメチルフェニル)エタン、或いは1−トリクロロシリル−2−(m−クロロメチルフェニル)エタンと1−トリクロロシリル−2−(p−クロロメチルフェニル)エタンの混合物、2−(4−クロロスルホニルフェニル)エチルトリメトキシシラン、(3−(2−ブロモイソブチリル)プロピル)ジメチルエトキシシランなどがあげられる。本発明では、この開始剤より高分子鎖を成長させる。その際の触媒としては特に限定されるものでないが、水和力が変わる高分子としてN−アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体を選んだ場合、ハロゲン化銅(Cu
IX)としてCu
ICl、Cu
IBr等があげられる。また、そのハロゲン化銅に対するリガンド錯体も特に限定されるものではないが、トリス(2−(ジメチルアミノ)エチル)アミン(Me
6TREN)、N,N,N’’,N’’−ペンタメチルジエチレントリアミン(PMDETA)、1,1,4,7,10,10−ヘキサメチルトリエチレンテトラアミン(HMTETA)、1,4,8,11−テトラメチル 1,4,8,11−アザシクロテトラデカン(Me
4Cyclam)、ビピリジン等があげられる。さらに、別の方法として、上述した基材表面に固定化された開始剤から、可逆的付加−開裂連鎖移動型ラジカル重合法(RAFT重合法)でRAFT剤共存下で表面開始型ラジカル重合法により温度応答性高分子を成長反応させる方法が挙げられる。その際に使用する開始剤は特に限定されるものではないが、本発明のように基材がシリカやガラスの場合、シランカップリング剤を介して、例えば、2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)、2,2’−アゾビス(4−メトキシ‐2,4−ジメチルバレロニトリル)(V−70)、2,2’−アゾビス[(2−カルボキシエチル)−2−(メチルプロピオンアミジン)(V−057)などがあげられる。本発明では、この開始剤より高分子鎖を成長させる。その際に使用されるRAFT剤としては特に限定されるものでないが、ベンジルジチオベンゾエート、ジチオ安息香酸クミル、2−シアノプロピルジチオベンゾエート、1−フェニルエチルフェニルジチオアセテート、クミルフェニルジチオアセテート、ベンジル1−ピロールカルボジチオエート、クミル1−ピロールカルボジチオエート等があげられる。
【0019】
本発明で重合時に使用する溶媒については特に限定されないが、ATRP重合法の場合、イソプロピルアルコール(IPA)が好適である。発明者らは種々の検討を行ったところ、まず、温度応答性高分子の原料としてN−イソプロピルアクリルアミドを選択し、原子移動ラジカル重合反応を室温で溶液中で行った場合では、反応溶媒としてジメチルホルムアルデヒド(DMF)、水、IPAのいずれを選択しても同程度に反応速度が大きいことが分かった。しかしながら、本発明のような固体の基材表面に対しN−イソプロピルアクリルアミドを固定化重合しようとする固相反応の場合では、反応溶媒をIPAとすると、他の2者を選んだときに比べ顕著に反応速度が遅くなることを見出した。また、上述のMacromolecules 38,5937−5943(2005)に示されるt−ブチルアルコールでは、室温で固化する場合があり、従って反応温度を室温以上にしなければならず、その結果、反応速度が上昇してしまうことが分かり、本発明には不適当であることが分かった。ここでの知見は、従来技術では全く知られていなかったことであり、本発明によれば、担体への固定化重合は、反応溶媒としてIPAを選択すると高分子鎖の分子量は徐々に増加し、担体表面への高分子鎖の固定化量も徐々に増加することとなる。従って、本発明の方法に従えば、担体表面への高分子鎖を均一に固定化させることができるようになる。さらに、所定の時間で反応を中止することで、反応を中止した時点の固定化状態を有する担体を再現性良く製造できるようになる。また、RAFT重合時に使用する溶媒としては、1,4−ジオキサン、ジメチルホルムアルデヒド(DMF)等が好適である。この溶媒についても何ら限定されるものではないが、重合反応に使用するモノマー、RAFT剤および重合開始剤の種類によって、適宜、選択できる。
【0020】
本発明は、担体表面に固定化した開始剤より温度応答性高分子をリビングラジカル重合法で被覆固定化するものである。原子移動ラジカル重合法(ATRP法)の場合、ATRP重合開始剤を固定化し、上述の通り、例えばイソプロピルアルコールを溶媒として、その開始剤から重合触媒下で原子移動ラジカル法により、荷電を有し、0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化する高分子を成長反応させる方法であるが、その他の重合時の開始剤濃度、ハロゲン化銅濃度、リガンド錯体濃度、反応温度、反応時間等は特に限定されるものではなく、目的に応じて変更して良い。さらに反応液の状態は静置させても攪拌しても良いが、担体表面に均一に固定化することを考えると後者の方が好ましい。また、可逆的付加−開裂連鎖移動型ラジカル重合法の場合は、RAFT重合開始剤を固定化し、1,4−ジオキサンなどの溶媒を使用して、その開始剤からRAFT剤共存下で表面開始型ラジカル重合法により、0〜80℃の温度範囲内で水和力が変化する高分子を成長反応させる方法であるが、その他の重合時の開始剤濃度、RAFT剤濃度、反応温度、反応時間等は特に限定されるものではなく、目的に応じて変更して良い。さらに反応液の状態は静置させても攪拌しても良いが、担体表面に均一に固定化することを考えると後者の方が好ましい。また、RAFT法により温度応答性高分子を固定化した場合、ATRP法のように金属イオンを使用する必要がなく、温度応答性高分子を固定化した後の基材洗浄の手間がなく好都合である。また、重合条件そのものについてもRAFT法の方が簡便であり好都合である。
【0021】
被覆を施される細胞培養基材の材質は、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の物質のみならず、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス、金属類など全て用いることができる。その形状は、ペトリ皿等の細胞培養皿に限定されることはなく、プレート、ファイバー、(多孔質)粒子であってもよい。また、一般に細胞培養等に用いられる容器の形状(フラスコ等)を有したものであっても差し支えない。
【0022】
本発明で使われる温度応答性高分子は、水溶液中で上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度0℃〜80℃、より好ましくは20℃〜50℃を有する。上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。また、上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0℃より低いと一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため、やはり好ましくない。本発明に用いる温度応答性高分子は単独重合体、あるいは共重合体のいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されている高分子が挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コ高分子の場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、高分子同士のグラフトまたは共重合、あるいは単独重合体と共重合体の混合物を用いてもよい。また、高分子本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。その際、培養、剥離されるものが細胞であることから、分離が5℃〜50℃の範囲で行われるため、温度応答性高分子としては、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(単独重合体の下限臨界溶解温度21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(同27℃)、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(同32℃)、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド(同43℃)、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド(同45℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N−エトキシエチルメタクリルアミド(同約45℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(同約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N,N−エチルメチルアクリルアミド(同56℃)、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(同32℃)などが挙げられる。本発明に用いられる共重合のためのモノマーとしては、アクリルアミド、N、N−ジエチルアクリルアミド、N、N−ジメチルアクリルアミド、エチレンオキシド、アクリル酸及びその塩、ヒドロキシエチルメタクリレート、ヒドロキシエチルアクリレート、ビニルアルコール、ビニルピロリドン、高分子としては、ポリアクリルアミド、ポリ−N、N−ジエチルアクリルアミド、ポリ−N、N−ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水高分子などが挙げられるが、特に制約されるものではない。
【0023】
本発明においてRAFT剤を使用した表面開始型ラジカル重合法を利用した場合、RAFT剤の構造の一部であるジチオエステル系官能基が生成した高分子の末端に残存することになる。これはRAFT重合法に特徴的な現象であり、重合反応が終了した後、さらにその末端から重合反応を開始させることが可能となる。この特徴を利用することにより、既存の共重合体とは異なりブロック共重合体の表面を作製することも可能となる。その際、温度応答性高分子の末端に存在するジチオエステル系官能基は2−エタノールアミンなどを添加することにより、容易にチオール基に置換される。この反応は特別な条件下で行われる必要はなく、簡便でありまた短時間で進行する。その結果、反応性の高いチオール基を有する高分子鎖を得ることができるため、マレイミド基、チオール基などの官能基を有する機能性分子を選択的、効率的に高分子鎖末端に修飾できる。従って、温度応答性培養基材表面に新たな機能性を付与することが可能となる。その際、官能基の種類については特に限定されるものではないが、例えば、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、カルボニル基、アルデヒド基、スルホン酸基等が挙げられる。また、その高分子鎖末端には細胞接着を促進させるようなペプチドや蛋白質が固定化されていても良い。そして、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドの下限臨界溶解温度(LCST)が末端官能基の親水性・疎水性に依存して変化することから、本発明のような高分子鎖末端への官能基導入は、基材表面の温度応答性を別の観点から制御する新たな手法としても期待される。
【0024】
本発明で得られる温度応答性細胞培養基材表面に対して、使用される細胞は動物細胞であれば良く、その入手先、作製方法は特に限定されるものではない。本発明において使用される細胞は、例えば、動物、昆虫、等の細胞、あるいは細菌類の細胞が挙げられる。特に、動物細胞の由来として、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、ヌードマウス、マウス、モルモット、ブタ、ヒツジ、チャイニーズハムスター、ウシ、マーモセット、アフリカミドリザル等が挙げられるが特に限定されるものではない。また、本発明で用いる培地は、動物細胞を培養する培地であれば特に限定されないが、例えば、無血清培地、血清含有培地等が挙げられる。そのような培地は、さらにレチノイン酸、アスコルビン酸等の分化誘導物質を添加しても良い。基材表面への播種密度は常法に従えば良く特に限定されるものではない。
【0025】
また、本発明の温度応答性細胞培養基材であれば、培養基材の温度を培養基材上の被覆高分子の上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって培養細胞を酵素処理なく剥離させることができる。その際、培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。細胞をより早く、より高効率に剥離、回収する目的で、基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いても良い。
【0026】
本発明に記載される温度応答性細胞培養基材を利用することで、各組織から得られた細胞を効率良く培養できるようになる。この培養方法を利用すれば、温度を変えるだけで損傷なく、効率良く剥離することができるようになる。従来、こうした作業には手間と作業者の技術を必要としていたが、本発明であればその必要がなくなり、細胞の大量処理ができるようになる。本発明では、このような培養基材表面をリビングラジカル重合法を利用することで作製されることを示す。特に可逆的付加−開裂連鎖移動型ラジカル重合法に従えば、培養基材表面を簡便に精密に設計でき、続けて分子鎖末端に対して反応を続ければ簡便に官能基を入れられ、細胞培養に極めて有利である。
【実施例】
【0027】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0028】
ガラス基板を設置したセパラブルフラスコ内に3−アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)2.5μLを含む500μLトルエン溶液を添加し、窒素雰囲気下で150℃、20時間反応させ、アミノ基を導入したガラス基板(APTES基板)を得た。作製したAPTES基板上に重合開始剤V−501を固定化させ、開始剤固定化基板(V−501基板)を作製した。重合開始剤V−501はカルボン酸を有するため、V−501(5.25g)と縮合剤1−(エトキシカルボニル)−2−エトキシ‐1,2−ジハイドロキノリン(EEDQ)(9.25g)の混合溶液中にAPTES基板を浸漬させ、縮合反応(25℃、20時間)によりV−501を基板に固定化した。RAFT剤(0.25mM)、NIPAAm(1M)を含む1,4−ジオキサン中にV−501基板を浸漬させ、重合反応操作(70℃、20時間)を行った。
【0029】
PIPAAmが基板表面にグラフトされる際、溶液中にフリーの高分子が同時に生成する。溶液中に生成した高分子はジエチルエーテル中に沈殿させ精製した。回収したフリーのPIPAAmの分子量はゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)により105620であった。一方、X線光電子分光法により、V−501基板表面に高分子がグラフトされたことも明らかであった(
図1)。また、基板上のPIPAAmグラフト量はFT−IR測定の結果より算出した。グラフト量に依存して検出されるPIPAAmのカルボニル基由来(1650cm
−1付近)のピークをガラス基板由来(1000cm
−1付近)のピーク強度で規格化し(
図2)、PIPAAm溶液を用いて作成した検量線を用いて算出した結果、基板上のPIPAAmグラフト量は0.65μg/cm
2であった。グラフト密度に関しては、上述の方法により得られたフリーPIPAAmの分子量およびPIPAAmのグラフト量から算出した。下記の式から算出された結果、グラフト密度は0.036分子鎖/nm
2であった。
[グラフト密度(分子鎖/nm
2)=PIPAAmグラフト量(g/nm
2)/PIPAAm分子量×アボガドロ数]
【0030】
作製したPIPAAmグラフト基板上にウシ頸動脈血管内皮細胞を播種(1x10
5cells/cm
2)した結果、顕微鏡観察により細胞の接着が確認された(
図3)。しかしながら、細胞の接着性は比較的低く、細胞がコンフルエント状態になるまでに5日間を要した(
図4)。一方で脱着速度は比較的早く、低温処理(20℃、5%CO
2)30分後には細胞シートは完全に表面から剥離した(
図5)。
【実施例2】
【0031】
ガラス基板上に導入されるアミノ基の密度を調整するため、アルキル鎖を有するシラン剤ヘキシルトリエトキシシラン(HTES)と混合したAPTES溶液を調製し、シランカップリング反応を行った。具体的には、ガラス基板を設置したセパラブルフラスコ内にAPTES1.25μLと同モルのHTESを混合した溶液を含む500μLトルエン溶液を添加し、窒素雰囲気下で150℃、20時間反応させた(APTES/HTES基板)。重合開始剤V−501(5.25g)と縮合剤EEDQ(9.25g)の混合溶液中にAPTES/HTES基板を浸漬させ、縮合反応(25℃、20時間)によりV−501を基板に固定化した。RAFT剤(0.25mM)、NIPAAm(1M)を含む1,4−ジオキサン中にV−501基板を浸漬させ、重合反応操作(70℃、20時間)を行った。
【0032】
ジエチルエーテル中に沈殿させ精製したフリーのPIPAAmの分子量はGPCにより105620であった。また、基板上のPIPAAmグラフト量はFT−IR測定の結果より0.43μg/cm
2であった。グラフト密度に関しては、上述の方法により得られたフリーPIPAAmの分子量およびPIPAAmのグラフト量から算出した。下記の式から算出された結果、グラフト密度は0.024分子鎖/nm
2であった。
[グラフト密度(分子鎖/nm
2)=PIPAAmグラフト量(g/nm
2)/PIPAAm分子量×アボガドロ数]
【0033】
作製したPIPAAmグラフト基板上にウシ頸動脈血管内皮細胞を播種(1x10
5cells/cm
2)した結果、顕微鏡観察により細胞の接着が確認された。細胞の接着性は密度の低下に伴い増加する傾向にあり、例えば、播種後6時間の時点における接着細胞数は実施例1の場合と比較して明らかに多かった(
図6)。さらに、細胞は2日後にはコンフルエント状態になっており、グラフト密度が減少したことによる細胞接着性の向上が伺える(
図7)。低温処理(20℃、5%CO
2)30分後には細胞シートの剥離が観察され(
図8)、0.024分子鎖/nm
2以上の密度で細胞シートが回収できることが分かった。
【実施例3】
【0034】
ガラス基板を設置したセパラブルフラスコ内にAPTES2.5μLを含む500μLトルエン溶液を添加し、窒素雰囲気下で150℃、20時間反応させ、アミノ基を導入したガラス基板(APTES基板)を得た。作製したAPTES基板上に重合開始剤V−501を固定化させ、開始剤固定化基板(V−501基板)を作製した。重合開始剤V−501(5.25g)と縮合剤EEDQ(9.25g)の混合溶液中にAPTES基板を浸漬させ、縮合反応(25℃、20時間)によりV−501を基板に固定化した。RAFT剤(1mM)、NIPAAm(1M)を含む1,4−ジオキサン中にV−501基板を浸漬させ、重合反応操作(70度、20時間)を行った。
【0035】
ジエチルエーテル中に沈殿させ精製したフリーのPIPAAmの分子量はGPCにより68284であった。また、FT−IR測定から算出されたPIPAAmのグラフト量は0.41μg/cm
2であった。グラフト密度に関しては、上述の方法により得られたフリーPIPAAmの分子量およびPIPAAmのグラフト量から算出した。下記の式から算出された結果、グラフト密度は0.036分子鎖/nm
2であった。
[グラフト密度(分子鎖/nm
2)=PIPAAmグラフト量(g/nm
2)/PIPAAm分子量×アボガドロ数]
【0036】
作製したPIPAAmグラフト基板上にウシ頸動脈血管内皮細胞を播種(1x10
5cells/cm
2)した結果、顕微鏡観察により細胞の接着が確認された(
図9)。通常の培養条件下(37℃、5%CO
2)で2日後にコンフルエント状態の細胞に対して低温処理(20℃、5%CO
2)を行い、細胞シートの回収を試みた。その結果、低温処理1時間後に細胞シートを回収することに成功した(
図10)。
【0037】
ガラス基板上に導入されるアミノ基の密度を調整するため、アルキル鎖を有するシランHTESと混合したAPTES溶液を調製し、シランカップリング反応を行った。具体的には、ガラス基板を設置したセパラブルフラスコ内にAPTES1.25μLと同モルのHTESを混合した溶液を含む500μLトルエン溶液を添加し、窒素雰囲気下で150℃、20時間反応させた。重合開始剤V−501(5.25g)と縮合剤EEDQ(9.25g)の混合溶液中にAPTES/HTES基板を浸漬させ、縮合反応(25℃、20時間)によりV−501を基板に固定化した。RAFT剤(1mM)、NIPAAm(1M)を含む1,4−ジオキサン中にV−501基板を浸漬させ、重合反応操作(70℃、20時間)を行った。
【0038】
ジエチルエーテル中に沈殿させ精製したフリーのPIPAAmの分子量はGPCにより68284であった。また、基板上のPIPAAmグラフト量はFT−IR測定の結果より0.32μg/nm
2であった。グラフト密度に関しては、上述の方法により得られたフリーPIPAAmの分子量およびPIPAAmのグラフト量から算出した。下記の式から算出された結果、グラフト密度は0.027分子鎖/nm
2であった。
[グラフト密度(分子鎖/nm
2)=PIPAAmグラフト量(g/nm
2)/PIPAAm分子量×アボガドロ数]
【0039】
作製したPIPAAmグラフト基板上にウシ頸動脈血管内皮細胞を播種(1x10
5cells/cm
2)した結果、顕微鏡観察により細胞の接着が確認された。実施例3と同様に、細胞の接着性は比較的高く、播種後2日目にはコンフルエント状態になった(
図11)。一方、低温処理(20℃、5%CO
2)によって細胞シートは剥離しなかった(
図12)。同様の重合条件により同じ鎖長を有するPIPAAmグラフト基板から細胞シートが剥離したことから(実施例3)、分子量68284のPIPAAmグラフト基板上で細胞シートを回収するためには0.027分子鎖/nm
2より大きい密度が必要であることが分かった。分子量が105620の場合、0.024分子鎖/nm
2の密度を有する表面から細胞シートが剥離したことから(実施例2)、分子鎖長・密度ともに表面の温度応答性に寄与していることを示唆する結果であった。
【0040】
ガラス基板を設置したセパラブルフラスコ内にAPTES2.5μLを含む500μLトルエン溶液を添加し、窒素雰囲気下で150℃、20時間反応させ、アミノ基を導入したガラス基板(APTES基板)を得た。次に、重合開始剤V−501(5.25g)と縮合剤EEDQ(9.25g)の混合溶液中にAPTES基板を浸漬させ、縮合反応(25℃、20時間)によりV−501を基板に固定化した(V−501基板)。NIPAAm(2M)を含む1,4−ジオキサン中にV−501基板を浸漬させ、重合反応操作(70℃、20時間)を行った。RAFT剤非共存下で重合反応を進行させ、RAFT重合法を用いずにPIPAAmを基板表面にグラフトさせた。
【0041】
ジエチルエーテル中に沈殿させ精製したフリーのPIPAAmの分子量はGPCにより333060であった。また、基板上のPIPAAmグラフト量はFT−IR測定の結果より3.30μg/nm
2であった。グラフト密度に関しては、上述の方法により得られたフリーPIPAAmの分子量およびPIPAAmのグラフト量から算出した。下記の式から算出された結果、グラフト密度は0.059分子鎖/nm
2であった。
[グラフト密度(分子鎖/nm
2)=PIPAAmグラフト量(g/nm
2)/PIPAAm分子量×アボガドロ数]
【0042】
作製したPIPAAmグラフト基板上にウシ頸動脈血管内皮細胞を播種(1x10
5cells/cm
2)した結果、細胞の接着は見られなかった。RAFT剤を含まない溶液中でグラフトされたPIPAAmは鎖長が非常に長く、グラフト量も多い。その結果、PIPAAmブラシ表面は高い親水性度を示し、細胞に対して非接着表面としてふるまうと考えられる。
【実施例4】
【0043】
ガラス基板を設置したセパラブルフラスコ内に3−アミノプロピルトリエトキシシラン(3-aminopropyltriethoxysilane:APTES)2.5μLを含む500μLトルエン溶液を添加し、窒素雰囲気下で150℃、20時間反応させ、アミノ基を導入したガラス基板(APTES基板)を得た。作製したAPTES基板上に重合開始剤V−501を固定化させ、開始剤固定化基板(V−501基板)を作製した。重合開始剤V−501はカルボン酸を有するため、V−501(5.25g)と縮合剤1−(エトキシカルボニル)−2−エトキシ‐1,2−ジハイドロキノリン(1-(ethoxycarbonyl)-2-ethoxy-1,2-dihydroquinoline:EEDQ)(9.25g)の混合溶液中にAPTES基板を浸漬させ、縮合反応(25℃、20時間)によりV−501を基板に固定化した(V−501基板)。RAFT剤(0.5mM)、NIPAAm(1M)を含む1,4−ジオキサン中にV−501基板を浸漬させ、重合反応操作(70℃、20時間)を行った。
【0044】
作製したPIPAAmグラフト基板を3−マレイミドプロピオン酸(3-maleimidopropionic acid)(30mM)および2−アミノエタノール(2-aminoethanol)(10mM)を含むPBS溶液中に浸漬し、PIPAAmブラシ末端にカルボキシル基を導入した。さらに、この基板を1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl) carbodiimide)(50mg/mL)およびN−ヒドロキシスクシンイミド(N-hydroxysuccinimide)(NHS)(10mg/mL)を含むPBS溶液中に浸漬し、20℃で1時間攪拌して、NHSエステルを末端に有するブラシを作製した。このNHS修飾PIPAAmグラフト基板をGRGDS溶液(100μM)に浸漬してRGD修飾PIPAAmブラシ表面を作製した。
【0045】
ヒト近位尿細管上皮細胞(RPTEC)はガラス基板に対する接着性が非常に低く、比較的高い播種密度で細胞を播種してもコンフルエント状態になるまで培養するのは困難であった。従って、RPTECをRGD修飾PIPAAmブラシ表面上に播種することにより、末端に導入したRGDの効果について評価した。作製したPIPAAmブラシ表面上にRPTECを播種(1x10
5 cells/cm
2)した結果、末端未修飾のPIPAAmブラシ表面に播種した細胞は3時間後にはまったく伸展していなかった(
図13)。一方、RGD修飾PIPAAmブラシ表面上に播種した細胞は3時間後にはほぼ接着・伸展しており、RGD修飾による接着性の向上が見られた(
図14)。この結果は、RGDペプチドと細胞との特異的な相互作用を介した細胞の接着が誘起されたことを示唆している。未修飾PIPAAmブラシ表面上に接着した細胞は24時間培養後でもほぼ接着しておらず(
図15)、さらに数日培養してもコンフルエント状態にはならなかった。一方、RGD修飾PIPAAmブラシ表面上に接着した細胞は播種後24時間でほぼコンフルエント状態であった(
図16)。また、接着した細胞は温度変化(20℃)に伴いRGD修飾PIPAAmブラシ表面から速やかに脱着した(
図17)。このことから、RGD修飾によりPIPAAmブラシ表面に対する細胞接着性が向上することが分かった。さらに、このRGD修飾表面は冷却することだけで培養細胞を効率良く剥離させられ、温度応答性表面としても十分に機能することが明らかとなった。