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(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
互いに逆向きに進む格子レーザーの対を供給することにより定在波のなす光格子を形成するレーザー光源を備え、原子が有する2準位の電子状態を時計遷移に利用し、前記光格子が前記2準位の各準位に対して互いに一致した光シフトを生じさせる魔法波長の光格子である光格子時計であって、
筒状壁により囲まれ第1端から第2端まで延びている中空の通路を導波径路として有する光導波路をさらに備え、前記第1端および前記第2端における前記中空の通路の各開口が、前記格子レーザーの対の各格子レーザーにより照射されており、
前記格子レーザーの対は、各格子レーザーの周波数が互いにシフトされることにより、前記光格子を、前記光導波路の前記中空の通路に沿って移動する1次元光格子である移動光格子とするようになっており、
該移動光格子は、前記中空の通路の延びる向きに沿って前記第1端から前記第2端まで前記導波径路を通ることにより、前記原子を前記格子点付近にトラップしながら運ぶようになっており、
前記原子は、前記移動光格子により前記格子点付近にトラップされ前記中空の通路を通って前記第1端から前記第2端まで運ばれながら、前記2準位の電子状態の間における前記時計遷移を引き起こすものである
光格子時計。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明に係る光格子時計の実施形態を図面に基づき説明する。当該説明に際し特に言及がない限り、全図にわたり共通する部分または要素には共通する参照符号が付されている。
【0024】
[1 従来の光格子時計の原理]
本実施形態の光格子時計の動作原理を説明するために、まず従来の原子時計の動作と精度改善の手法を概説する(1−2)。その後、従来の光格子時計の動作を説明する(1−3)。
【0025】
[1−2 従来の原子時計の動作]
まず、原子の時計遷移の遷移周波数を利用する従来の原子時計(光原子時計を含む)の動作を、その精度を支配する要因と各要因に対するアプローチに着目し概説する。原子時計では、端的には、時計遷移の遷移周波数をいかに正しく測定できるか、および、遷移周波数自体が周囲から受ける影響をいかに排除できるか、により精度、すなわち、時計としての不確かさが決定される。このため、この不確かさの説明を、遷移周波数の値の決定における安定度(1−2−1)と、遷移周波数それ自体の正確さ(1−2−2)とに分けて進める。
【0026】
[1−2−1 遷移周波数の決定における安定度]
遷移周波数の決定における安定度とは、仮に遷移周波数が十分に正確であるとした場合に、その遷移周波数を正しく決定するための測定を妨げる要因の少なさをいう。この遷移周波数の決定における安定度の指標がアラン偏差(
Allan's deviation)とも呼ばれる指標である。アラン偏差の表現は、原子の位置における電場や磁場等(以下、単に「外場」という)が0のときの遷移周波数をf、遷移周波数の遷移における周波数測定のフーリエ限界をΔfとし、単位時間(例えば1秒)当りN個の原子観測を時間t(例えば秒)にわたり行い、合計Nt回の測定の平均を取る測定を行なうとする場合、
【数1】
により与えられる。このアラン偏差の値は小さいほどに上記安定度が高いといえる。これを反映し、遷移周波数の決定における安定度を高めるためにはいくつかのアプローチが採用される。具体的に採用されるアプローチは、
(a)遷移周波数fを増大させる、
(b)T=1/Δfという関係(フーリエリミット)によりΔfに影響を及ぼす相互作用時間Tを増大させる、
(c)測定結果の平均を取る延べ測定原子数Ntを増大させる、
という手法である。(a)の遷移周波数fを増大させるためには、例えば時計遷移をマイクロ波に代え光波領域のものから選択することができる。光原子時計はこの観点から開発されたものである。(b)の相互作用時間Tは、原子時計では、原子のトラップ、例えばPaulトラップ、を利用することにより1秒程度かそれ以上とすることができる。(c)のためには、時計遷移に関与する原子数を増大させたり、測定時間tを増大させて長時間測定を行なう手法が採用される。
【0027】
[1−2−2 遷移周波数それ自体の正確さ]
その一方、遷移周波数の正確さとは、遷移周波数の値が本来の値に近いこと、である。この正確さを高めるためには、
(d)遷移周波数fに対する摂動(perturbation)の起源である外場を除去する、
(e)原子の運動に起因するドップラー効果によるシフト(「ドップラーシフト」)の影響を排除する、
といったアプローチが採用される。(d)の外場の除去は、例えば(b)の上記トラップを採用すれば実現される。例えばPaulトラップでは、電磁四重極における中心位置つまり外場が原理的に0となる位置に原子がトラップされるためである。また、(e)のドップラーシフトの影響を排除するためには、レーザー冷却などの手法により原子を冷却したうえで時計遷移を起こさせたり、ラム・ディッケ束縛とよばれる手法も採用される。ラム・ディッケ束縛は、トラップされている原子の閉じ込め領域を、遷移周波数などの原子と相互作用する波長よりも十分に狭くすると、原子の運動によるドップラー効果が観測されなくなる現象を利用するものである。
【0028】
なお、式(1)のアラン偏差により遷移周波数の決定における安定度が決定されるのは、原子が単一原子であったり、原子集団に属する原子が互いに無相関といえる場合である。
【0029】
[1−2−3 原子時計の現状]
上述した種々のアプローチにより安定度および正確さが高められている原子時計においても、現実には、遷移周波数の決定における安定度の高さと、遷移周波数それ自体の正確さとを両立させがたい場合がある。例えば時計遷移を起こす原子が実際にはイオンである場合、(d)および(e)の点で遷移周波数それ自体の正確さは高めやすく(b)の点でも支障は少ないものの、(c)の原子数Nを増大させにくい。これは、イオンの互いのクーロン相互作用による斥力が生じるためである。このような場合、(c)の原子観測の測定時間tを増大させる対処が可能である。ただし、その測定時間は、時間の測定という時計の用途としては長くなり過ぎる。例えば、Δf/fを10
−15程度、N=1としてアラン偏差を10
−18という高精度な値とするには、少なくとも10日程度の原子観測が必要となる。正確な時間の決定のために多大な時間を要する時計では、用途が限定されてしまう。
【0030】
[1−3 光格子時計]
次に、光格子時計の動作を説明する。光格子時計では一般に、例えば自由空間にレーザー光を対向させて定在波を形成することにより電磁場強度の空間的なパターンを形成する。すると原子には、光電場の影響により電気双極子モーメントが誘起される。この電気双極子モーメントは光電場と相互作用することから、原子は、光電場の強い領域に向かって、つまり、格子点である光電場の定在波の腹部分に向かって引きつけられる。もし、光格子の光電場が十分に強ければ、原子はその光格子の格子点に保持される。これを利用して、光格子時計では、時計遷移に関わる原子が宙に浮いた状態に維持される。
【0031】
特に、魔法波長(magic wavelength)のコンセプトを採用することにより、光格子時計に高い精度がもたらされる(非特許文献1)。一般に、原子の電子状態には、光電場によりACシュタルクシフトによる摂動が加わる(以下「光シフト」という)。この摂動によるエネルギーは光電場振幅の2乗(2次)、4乗(4次)・・・という光電場に対する偶数次の依存性を示す。このうち、実質的な摂動を与えるのは2次の成分であり、準位iの摂動エネルギーU
iは、E
L(ω)を光電場、α
i(ω)を準位iに対する摂動エネルギーのための比例係数とすると、
【数2】
と表現される。ここで、上記比例係数α
i(ω)は、光電場の周波数ωと電子の準位iとに依存した値となる。摂動エネルギーが各準位に対して依存する結果、時計遷移の上位準位と下位準位との差として決まる遷移周波数も一般に光電場の振幅に依存することとなる。つまり、遷移周波数は光電場の周波数(光格子の波長)からの影響を受ける。さらに、仮に光格子の強度が十分に制御されていた場合であっても、格子点に対する相対位置に依存する光電場の波長内の強度分布に遷移周波数が影響され、光格子の内部の時計遷移の遷移周波数に広がりが伴うこととなる。
【0032】
ところが、非特許文献1において本願の発明者が明らかにしたように、光電場の周波数は、原子の時計遷移の上位準位と下位準位の双方に対し同一量の光シフトの摂動エネルギーをもたらす特別な周波数すなわち波長とすることができるのである。その特別な周波数(波長)で生成した光格子の中の原子においては、遷移周波数の光電場の強度に対する依存性が、上位準位と下位準位のエネルギーが同一の依存性であるため、キャンセルされる。時計遷移の遷移周波数が光電場に依存しなければ、遷移周波数の正確さを高める目的で光格子の振幅を制御する必然性も薄れ、光格子それぞれの範囲内の強度分布すなわち光電場の波長より小さなスケールの強度分布も遷移周波数の広がりを生じさせなくなる。本願の発明者はこの光格子の特別な波長を魔法波長と呼んでいる。この魔法波長による光電場依存性のキャンセルという概念は、光格子時計に対し、原子時計において問題となる(d)の摂動を抑制できる潜在的な能力を担保する原子物理学上の裏付けを与えるものといえる。この概念では、原子が外場から受ける摂動という原子の性質を意図的に制御することから、いわば、摂動の人為的操作(perturbation engineering)の一例ともいえる。
【0033】
次に、魔法波長の光格子の格子点にトラップされた原子を利用するという光格子時計の動作において、精度に影響を及ぼす要因を説明する。上述した原子時計に関する説明に関連づけて説明すれば、光格子時計においても、安定度についての上式(1)のアラン偏差による見積りや、(a)〜(e)の具体的アプローチは有効である。特に原子時計からの比較としての光格子時計の特徴を説明すれば、光格子時計では、光格子の格子点のすべての原子における時計遷移が観測対象となるため、遷移周波数の決定における安定度を高めるために原子数を増大させやすいことである。しかも、光格子の格子点に捕獲された原子は、時計遷移に関与する光の波長よりも十分狭い領域に閉じ込められる結果、上述したドップラーシフトを除去するための条件(ラム・ディッケの束縛条件)をも満たしている。そして、上記(d)の摂動については、上述したとおり、魔法波長により摂動の実質的な影響を排除することができる。
【0034】
図1は、従来の光格子時計の構成および動作原理を示す説明図である。
図1(a)は、従来の光格子時計900の構成を示す構成図、
図1(b)は、光格子に原子がトラップされるビームウエスト部の様子を示す模式図、そして、
図1(c)は、
光格子にトラップされている原子が感じるポテンシャルの様子を示す模式図である。
図1(a)に示す従来の光格子時計900は、光路920、レーザー光源930および932、レーザー冷却部940を備えている。レーザー冷却部940は、図面では4方向からの白抜き矢印のすべての延長上の交点付近において、原子がレーザー冷却により冷却される空間部位である。ただし実際には、さらに2方向、合計6方向から冷却用のレーザーが照射される。光路920のレンズ926とミラー928の間には、時計遷移(clock transition)に関連する2準位(two levels)の電子状態を持つ原子(atoms)の冷却原子950が供給される。冷却原子950が飛行する空間を真空とするために、動作空間は高真空に維持されている。そして光路20における冷却原子950が参照原子となって、その時計遷移による吸収を生じる波長の光が光格子時計のために参照される。
【0035】
レーザー光源930は光路920中の原子すなわち参照原子に対して、偏光子924およびレンズ926を通して紙面上左向きに伝播する光を供給する。そして、その光がミラー928により反射すると、紙面上右向きに伝播する光も供給される。これらの光の対は光路920の内部で定在波となって、光の周波数で振動する光電場が形成される位置と、光電場が形成されない位置とを互い違いに並べた光電場のパターンを形成する。このパターンが光格子であり、格子点となるのは光電場の振幅が極大となる位置である。つまり、レーザー光源930は、格子レーザー対を供給する作用がある格子レーザー(Lattice laser)である。この格子レーザーの波長λ
Lを上記魔法波長λ
mとしたものが、魔法波長のコンセプトを採用する光格子時計である。これに対しレーザー光源932は、レーザー光源930と同様の光路に光を供給するものの、冷却原子950の時計遷移を励起する作用を持つ。このため、レーザー光源932は、時計レーザー(clock laser)として作用する。このレーザー光源932は、参照共振器(reference cavity)を利用して周波数が安定化されており、さらに、音響光学素子AOMによってわずかに周波数を変更しうるようにされている。
【0036】
図1(a)において、冷却原子950の時計遷移は、検出器960により時計遷移による光の吸収または放出が検知され、サーボ制御部970によりレーザー光源932にフィードバックされる。具体的には、レーザー光源932からの時計レーザーは、冷却原子950に照射され、各周波数における光の吸収または放出の強度によって、励起確率が観測される。そして、この励起確率が1/2となるように、音響光学素子AOMにより時計レーザー周波数がフィードバック制御される。
【0037】
図1(b)には、レーザー光源930からの格子レーザー対の強度が強いビームウエスト部910の様子を拡大した模式図として示している。ビームウエスト部910においては、右側および左側から伝播する格子レーザーが互いに干渉して定在波を形成している。この定在波をなす光電場の強弱は、格子レーザーの波長をλ
Lとしたときλ
L/2の空間周期を有している。この空間周期λ
L/2が光格子の格子間隔となって、光電場の振動の腹の部分(格子点)に冷却原子950を引き寄せる。また、格子レーザーによる光電場の強度は、径方向にはレーザーのモードに応じた分布を示す。
図1(b)には光格子を形成する電場の光強度の位置依存性を示している。
【0038】
図1(c)における原子が感じるポテンシャルは、光格子の定在波をなす光電場の強弱を反転させた形状となり、光電場の強度を二乗したものの逆符号に比例する。つまり、光電場の絶対値の2乗を光の周波数より長い時間で平均した値に負の値の比例係数を乗じた値がこのポテンシャルとなる。光電場の強い位置は、より深いポテンシャルの井戸(well)を形成し、各格子点を極小値とし、光格子の強度に応じて空間的に振動するポテンシャル形状が得られる。なお、
図1(c)には図示しないが、
図1(b)と同様に実際のポテンシャルは、ビームの半径方向にも変化しており、例えば格子レーザーによる光電場の強度がビーム軸上中心に向かって強くなるようなものである場合、ビーム中心を極小値とする下に凸の形状のポテンシャルとなる。そして、各格子点において、冷却原子950が適切にトラップされている場合、冷却原子950の存在しうる範囲(Δx)は、光格子の格子間隔λ
L/2に比べて小さい値となる。この際、k
p=2π/λ
0(ただし、λ
0は、時計レーザーであるレーザー光源932、または、それに近い周波数を有するプローブのために利用するレーザー(時計レーザー)の光源(図示しない)の波長)との関係で、k
pΔx<1であるとき、上述したラム・ディッケ束縛が実現される。この束縛状態では、時計遷移の光の波長や時計レーザーに対して、冷却原子950の時計遷移がドップラー効果を示さなくなる。
【0039】
そして、光格子全体を見たときには、実際にトラップが生じる範囲は、
図1(b)に示すように、レイリー長より十分狭い約150μm程度の範囲内に限定される。この範囲を外れた位置では、格子レーザー対が存在しても、光格子時計の観測領域には適さない。また、
図1(c)に示したように、冷却原子950がスピン偏極されたフェルミ粒子である場合には、一つのポテンシャル井戸当り10原子程度を束縛しても、その井戸内での原子の相互作用は原理的に生じないため、冷却原子950の個別の原子の相互作用を減少させることができる。しかしながら、一つのポテンシャル井戸当り10原子を大きく超えるような原子数をポテンシャル井戸にトラップしようとすると、原子間の相互作用が問題となる。上記約150μm程度の範囲内の光格子全体では、150μm÷(λ
L/2)として求まる約4000格子程度が存在するものの、この制約のために、総数としては40000個程度の原子が時計遷移に関与するに過ぎない。つまり、従来の光格子時計900において、時計遷移の精度を保って時計遷移に関与する冷却原子950の数をこれ以上増大させることは、容易ではない。
【0040】
[2 本実施形態の光格子時計]
次に、本実施形態の光格子時計について説明する。本実施形態の光格子時計においては中空の通路を有する光導波路を採用する。これは、時計遷移に関わる原子数、すなわち式(1)におけるNを増大させることによる精度の向上を期待してのことである。つまり、上記原子数を増大させるべく、光格子において原子をトラップできる空間領域の実効的な体積を増加すると、長距離にわたって格子レーザー光の一様性を確保でき、格子点の数を増加させることができる。
【0041】
[2−1 構成]
図2は、本実施形態の光格子時計の典型的な構成および動作原理を示す説明図である。また、
図3は、本実施形態の光格子時計における光導波路における作用を説明するための説明図である。
図3(a)は、光導波路中に光格子を形成する全体構成と光格子において原子がトラップされる様子を示す構成図であり、
図3(b)は、光導波路の構造を示す断面図である。
【0042】
図2の光格子時計100の光学的構成が示すように、光格子時計100は、光導波路10、レーザー光源30、レーザー冷却部40を備えている。光導波路10は、第1端16から第2端18まで延びる中空の通路14を筒状壁12により囲んでおり、その通路14を導波経路としている。光路20は、ミラー26、28の間のうちの一部が通路14を通っている。レーザー光源30は、互いに逆回りとなる格子レーザー対L1、L2を光路20に供給する。レーザー冷却部40は、時計遷移に関連する2準位の電子状態を持つ原子の冷却原子50を光導波路10の第1端16の近傍に供給する。冷却原子50が飛行し運搬される空間を真空とするために、動作空間8は高真空に維持されている。
【0043】
光路20は、一例として、ミラー26、28に加え、半透過ミラー22およびダイクロイックミラー24を組み合わせたボウタイ型共振器と同様の光路である。格子レーザーL1は、半透過ミラー22を透過してダイクロイックミラー24にて反射し、ミラー28により第2端18側の通路14の開口に照射される。これに対し、格子レーザーL2は、半透過ミラー22を透過してミラー26により第1端16側の通路14の開口に照射される。
【0044】
格子レーザー対L1、L2は、2準位の各準位に対して互いに一致した光シフトを生じさせる波長である魔法波長のレーザーの対である。また、格子レーザー対L1、L2は、光導波路10の通路14において、第1端16から第2端18に向かって移動する移動光格子MLを形成する。冷却原子50は、移動光格子MLにトラップされて第1端16から第2端18に向かって通路14を運ばれながら、時計遷移を引き起こす。なお、格子レーザー対L1、L2は、格子レーザーL1と格子レーザーL2の周波数(それぞれ、ω
1、ω
2とする)が、原子が移動する速度vのムービングフレームから見たときに同一の周波数となり、かつ、魔法波長の周波数とも一致しているようなものである。このような周波数差を与えるため、レーザー光源30によるレーザーLは、格子レーザーL1と格子レーザーL2とに分岐した後、その少なくとも一方の光線に対して音響光学素子によりドップラー効果によりわずかな周波数シフトを生じさせる。
図2においては、上記周波数差が10kHz〜100kHzであるため、格子レーザーL1およびL2のそれぞれを音響光学素子AOM1およびAOM2に通過させている。なお、移動光格子による冷却原子の微小空間への輸送については、本願発明者らによる非特許文献3に報告されている。
【0045】
移動光格子MLの光格子は、例えば
図3(a)中の挿入図に示すように、通路14の半径方向に広がりを持つ光電場の定在波の腹となるいくつかの平面が、通路14の延びる向きにスタックしたものである。第1端16から筒状壁12内部に導かれた冷却原子50は、移動光格子MLの速度vでの移動によって通路14を通過して、第2端18から通路14を脱出する。したがって、第1端16から第2端18までに移動光格子MLの各定在波の腹となる平面それぞれ、つまり光電場の強い位置それぞれの付近には、冷却原子50の供給量により決まる個数だけの冷却原子50が同時にトラップされる。このトラップされる冷却原子50の総数を所定の数以上、例えば、10
6個以上となるようにすれば、安定度を高めることができる。その際、スピン偏極したフェルミ粒子を用いれば、各等位層面付近にトラップされる冷却原子は粒子の統計性を反映して衝突が抑制される。冷却原子50それぞれは、移動光格子MLにトラップされて通路14の内部を移動する期間に、時計遷移を引き起こす。この時計遷移は、一つの態様としては外部から入射した時計レーザーにより検出される。また別の態様においては、事前に励起状態にポンプしておいて、時計遷移による光を、例えば光L
OUTとして出力することにより外部で検出する。
【0046】
図3(b)に示すように、通路14は、筒状壁12に囲まれており、第1端16から第2端18まで延びている。通路14は、第1端16と第2端18において、外界と連通している。
【0047】
[2−2 光導波路]
[2−2−1 光導波路に求められる条件]
次に光導波路10について説明する。光導波路10が満たすべき条件は、第1に、通路14に移動光格子MLとともに冷却原子50を通過させることであり、第2に、格子レーザー対L1、L2による移動光格子MLを、十分な光電場の強度で通路14に形成できることである。このために、本実施形態の光導波路10は、上述したように通路14が、第1端16と第2端18とにおいて外界と連通している。さらに光導波路10では、通路14の第1端16(格子レーザーL1)、第2端18(格子レーザーL2)に入射した格子レーザーのビーム径と光強度が筒状壁12により通路14において維持される。より具体的には、筒状壁12は格子レーザー対L1、L2を反射して通路14に閉じ込めるようになっている。なお、必ずしも、光導波路10は直線形状である必要はない。また、光導波路10を伝播する格子レーザー対L1、L2は、基本モードの伝播モードであることも必要ない。
【0048】
[2−2−2 光導波路の具体例]
図4は、光導波路10の具体例の一つであるHC−PCF70の構成を示す模式図である。
図4(a)はHC−PCF70の通路74の延びる方向を含む面での概略断面図であり、
図4(b)は通路74を切断する向きの概略断面図である。HC−PCF70は、光導波路10の具体例であり、筒状壁72に囲まれた通路74が第1端76から第2端78まで延びている。筒状壁72は、HC−PCF70では、通路74に伝播させる格子レーザー対L1、L2の波長の光の伝播が禁止されるような条件のフォトニッククリスタルをなしている。これに対し中空の通路となっている通路74ではその条件が成立せず格子レーザー対L1、L2の波長の光の伝播は許容される。その結果、格子レーザー対L1、L2は、通路74のみを一方の端部から他方の端部へ互いに逆向きに伝播してゆき、光格子を形成する。なお、筒状壁72は、フォトニッククリスタルとして機能するPCクラッド722と、それを取り巻くシース724により構成されている。PCクラッド722は、屈折率媒体が空隙を含んで規則的に配置された構造となり、その空隙がHC−PCF70の軸方向に連通していて、真空中に配置されると当該空隙内も排気されるような構造を有している。PCクラッド722は、それ自体が屈折率媒体と空隙の配置によって格子レーザー対L1、L2の波長の光の伝播を禁止するフォトニッククリスタルとなっている。
図4(a)に例示したHC−PCF70の全長(道のり)は、例えば30mmまたはそれ以上のサイズにされている。通路74の内径は、例えば10〜100μm程度である。
【0049】
なお、光格子時計のミニチュア化においては、上述した空間領域の拡大は障害とならない。レイリー長は例えば150μm程度であるが、それを30mm程度の全長(光格子の道のり、すなわち光格子の長さ)の光導波路10やHC−PCF70に変更すると、さらに光格子時計の安定度を高めることができる。しかも、例えば従来の光原子時計のサイズを考慮すれば、30mm程度の大きさの光導波路を採用する光格子時計であっても、十分にミニチュア化された高精度な光格子時計を実現しているといえる。また、ミニチュア化と時計性能の間にも、そもそものトレードオフが存在している。例えば1つの定在波の腹(格子点)に、それまでよりN倍(Nは2より大きい自然数)の個数の原子をトラップさせるとする。こうすれば、全原子数が一定としても、光格子の長さを1/Nとすることができるとも思える。しかし、このように各格子点の原子密度をN倍にすると、衝突シフトもN倍になる。このため、時計の正確さが劣り、不確かさでN倍となってしまう。これは、偏極フェルミ粒子で衝突を抑えてはいるものの、ある程度の残留衝突シフトが残るためである。このように、ミニチュア化をめざす場合であっても、式(1)に応じて遷移周波数値の決定における安定度を短時間(数秒〜数10秒)で18桁程度以下に高めるためには、上述したように空間領域を拡大させて原子数を増大させるべく30mm程度の光格子の長さとすることが好ましい。
【0050】
[2−2−3 光導波路における光格子]
図5は、HC−PCF70における光格子の説明図であり、基本モードのレーザーにより形成した光格子の光電場を二乗した強度値Intの、ある時間範囲における時間平均値を、通路74の延びる向きに沿った各位置zと、通路74の径方向の各位置xについて示している。ここでの時間平均は、光電場の振動の周期よりは長いものの、移動光格子MLの移動が観察されるほどには長くない時間範囲にわたる時間平均である。通路74は、一方向に延びる柱状の空間になっている。この空間に移動光格子MLのために基本モードの格子レーザー対L1、L2を伝播させる場合には、移動光格子MLが各位置zにおいて格子点を形成し、各格子点においては、各位置xにおいて、筒状壁72の内側表面に近付くほど、振動の腹の部分の光格子の光電場が弱まる。また、通路の軸方向の長さが光格子全体の長さとなって、その通路の各位置においては、格子レーザーの波長λ
Lの半分の周期λ
L/2で、光電場の強弱が繰り返している。例えば、通路74の中心軸部分に光電場の極大が位置し、筒状壁72の内側表面にむかって光電場が小さくなり、ガウシアンビームと同様の径方向の分布を持つ。このため、より強い光電場の位置にトラップされる冷却原子50は筒状壁72の内側表面に接する位置には近付かない。その結果、冷却原子50と筒状壁72の内側表面との間におけるvan der Waals力、Casimir-Polder力、そしてLifshits力といった長距離相互作用が抑制される。こうしてHC−PCF70に例示される光導波路10を採用する光格子時計では、原子時計においてミニチュア化する場合のような原子と容器内壁との相互作用は回避される。なお、この性質が得られるのは移動光格子MLが基本モードである場合だけには限定されない。高次の空間モードの移動光格子MLであっても、格子レーザー対L1、L2による光格子は筒状壁72の内側表面の近傍において、筒状壁72の内側表面に近付くにつれて光格子の光電場が弱まるためである。
【0051】
[2−3 精度の見積り]
[2−3−1 周波数決定における安定度]
次に、
図4に関して説明したサイズを念頭に、本実施形態の光格子時計が達成する精度の概算的な見積りについて説明する。まず、式(1)における単位時間(例えば1秒)当りの観測に関与する原子の個数Nは、光導波路10やHC−PCF70を利用すれば、増大させることが容易である。これは、HC−PCF70の長さを例えば30mmまたはそれ以上とすれば、従来の光格子時計において
図1(b)においてレイリー長に制限されていた原子のトラップの範囲の実効的な体積を、例えば200倍程度(HC−PCF70の長さが30mmの場合)に増大させることができるためである。光導波路10やHC−PCF70は、通路14や通路74の長さの全域において、冷却原子50のトラップを維持するだけの強さの光電場を実現することが可能であり、この性質は、光導波路10やHC−PCF70を長くしても維持される。そのため、上述した30mm長さの例に従えば、観測に関与する原子の個数を十分に増大させることができる。
【0052】
より詳細には、魔法波長の波長λ
mは、cを光速、ω
mを光格子の周波数とすると、λ
m=c/ω
mにより与えられる。なお、光格子の周波数ω
mは、格子レーザーの対L1、L2は、格子レーザーL1と格子レーザーL2の周波数(それぞれ、ω
1、ω
2)の算術平均値であり、速度vで移動するムービングフレームにおける冷却原子50が見る光格子の周波数でもある。この場合、移動光格子MLが移動する速度vは、ω
1−ω
2の周波数差をδωとした場合、
v=λ
m(ω
1−ω
2)/2
=λ
mδω/2 式(3)
と表現される。すると、原子の寿命、すなわち、原子が通路14にて光格子と相互作用する時間τは、Lを通路14の全長として
τ=L/v 式(4)
により与えられる。このτの値は、例えば1秒程度とできる。
【0053】
より具体的に、原子種をスピン偏極した極低温フェルミ粒子となる物質とした場合を例に、原子数の見積りについて詳述する。このような性質の原子では、パウリの排他律のために、偏極した原子間における原子間相互作用は原理的に生じない。このため、もし、偏極した原子のみ100%とすることが可能であるなら、複数個の原子をトラップすることに支障はない。実際には、偏極した分子を100%とすることができないために、わずかながら生じる衝突シフトが問題となる点は、上述したとおりである。そして、その衝突シフトを増大させずに原子数を増やすために、原子をトラップできる空間領域の実効的な体積を増加させるのである。
【0054】
最初の見積りとして、通路74の長さlにおいて、その方向の光格子の周期λ
L/2の1格子あたりに原子数nが配置されるとする。その場合、ファイバー中に存在するトラップされた原子の数Nは、
N=nl/(λ
L/2) 式(5)
となる。
【0055】
より実際的な見積りを行なうためには、もう一つの効果を考慮する必要がある。それは、
図4に関して説明したサイズの通路74にトラップする場合、1格子点のサイズは、中心部の光電場が強い位置のみとなり、通路74の空間全体に原子が分布しないことである。実際には、
図4のサイズを仮定して、さらに、λ
L=800nm(Srにおける概算の値)を想定しても、各格子点は、厚み30nm、直径5μmの厚み方向につぶれた回転楕円体程度となる、というのが実態に近い。この場合この回転楕円体を1格子あたり、精度を悪化させずにトラップすることができる原子nの最大値は約10個程度となる。というのも、この際の原子密度は約1×10
13cm
−3程度であり、これ以上に原子密度が高まると、極低温(p−波)衝突による原子間相互作用が生じて精度の悪化を招きかねないためである。幸いなことに、本実施形態においては、光導波路10やHC−PCF70を採用するため、その全長を長くすれば、原子密度を上昇させずとも、時計遷移に関与する原子数の増大を図ることが可能である。計算を容易にするため
図4(a)のHC−PCF70の全長を、ここでは40mmであるとして計算すれば、上記回転楕円体の連なりにおける回転楕円体に10個の原子がトラップされれば、時計遷移に関与する原子数Nは10
6個程度となる。もちろん、HC−PCF70の全長や、光格子の波長が異なればこの原子数Nは変動させることができる。特に、HC−PCF70の全長をさらに延長すると、原子数Nを増大させることは容易である。しかも、HC−PCF70、より一般には光導波路10を採用する場合、原理的には光の減衰は生じない。実際にも、HC−PCF70の全長が上記40mmや例えば100mm程度では光の減衰は無視できるレベルである。
【0056】
なお、スピン偏極した極低温フェルミ粒子となる原子は、全軌道角運動量J=0の電子状態を持つ中性原子である例えばSr原子やYb原子等であり、より一般には、例えばII族、IV族、IIb族の原子である。
【0057】
さらに、本願の発明者の見積りによれば光導波路10は、通路14を囲む筒状壁12に対する冷却原子50の相互作用を所定の値より小さくするために、通路14の内径をある基準内径以上にすることが有効である。具体的には、原子に対する容器内壁の効果としては、上述した長距離相互作用を考慮することができる。これらの相互作用は、時計遷移の周波数のずれを生じ、時計の正確さを悪化させる。そこで、この周波数シフトΔf/fへの影響として上記長距離相互作用を見積もった。その結果、筒状壁72の内径(直径)を例えば10〜100μm程度とする場合、さらにファイバー壁面の温度を70K程度以下にすれば、Δf/fを最大でも10
−17程度またはそれ以下に抑制することができる、との見積りが得られた。
【0058】
これらから、光導波路10やHC−PCF70を採用することにより、光格子時計において、式(1)が指標となる安定度を十分に高めること、つまり、式(1)の値を小さくすることが可能であり、さらに原子と容器内壁の長距離相互作用も十分に抑制することができる。つまり、光導波路10やHC−PCF70を採用すれば、光格子時計の精度を高めることが可能となるばかりか、光格子時計のミニチュア化も現実味を帯びてくることとなる。
【0059】
[2−3−2 ドップラー効果の補償]
そして、時計遷移の遷移周波数(時計周波数)に生じるシフトのうちドップラー効果によるシフトは正確に補償することができる。具体的には、原子から放射される時計周波数f
Cはドップラー効果の影響を受けた値、cを光速、f
C0を原子がドップラー効果を受けない場合の周波数として、
f
C=f
C0(1+v/c) 式(6)
と表現される。式(3)をここに適用すれば、
f
C=f
C0(1+δω/2ω
m) 式(7)
となる。このシフト量であるδω/2ω
mは、正確に補償することができる。
【0060】
[2−4 冷却原子]
典型的な動作において、冷却原子50は、通路14または通路74に導入される直前に、偏極(スピン偏極)され励起されている。なお、偏極は、冷却原子50の原子が励起状態において半整数スピンを有する場合に行なわれる。この偏極または励起は、例えば一方向の円偏光のレーザーを、冷却原子50を含む移動光格子MLに第1端16直前の位置において照射することにより行なわれる。
【0061】
[2−5 時計遷移の検出]
光格子時計100における時計遷移の時計周波数f
Cは、一般に、魔法波長の光格子の周波数とは別異のものである。時計遷移を起こしている時計周波数f
Cを決定することは、例えばダイクロイックミラー24を、時計周波数f
Cの光を透過し魔法波長の光を反射するものとしておけば、ダイクロイックミラー24を通じた冷却原子50の励起確率を観測することにより、可能である。この時計周波数f
Cは、十分に正確な周波数となる。具体的には、そのスペクトルの線幅は、通路14または通路74を通過する時間の逆数として決定される。しかも、通路14に含まれている原子のすべてが観測対象となっているため、原子数が多く安定度も高くなる。
【0062】
具体的な光格子時計100の動作において、励起確率が観測される冷却原子50は、参照原子となる。例えば、冷却原子50は最初にスピン偏極されている。そして通路14または通路74の入口(第1端16)および出口(第2端18)のそれぞれにおいて、時計遷移のπ/2パルスを照射して、通路14または通路74における移動光格子MLによる冷却原子50の輸送中にラムゼー分光を行なう。これにより、スペクトル線幅が通路14または通路74を通過する時間の逆数となるような鋭敏な検出を行なうことが可能となる。別の具体的な手法では、時計レーザー光の吸収と位相変化から、時計レーザー光の周波数を推定する。
図3には、これらの時計遷移のプローブのための光をより一般に時計レーザー光L
pとして示し、時計遷移のプローブとなる光を光導波路10に導入し、その出力をモニターすることによって行なう模式図として示している。
【0063】
時計周波数f
Cの吸収が検出される場合、周波数毎の吸収分布には原子において観測された励起確率が反映されている。このため、その吸収分布を利用してサーボ系(図示しない)により時計レーザー光L
pのための光源(時計レーザー光源、図示しない)に対してフィードバックが行われる。このサーボ系は、
図1において検出器960、サーボ制御部970を用いて説明したものと同様である。そして、時計レーザー光源の周波数を、例えば光周波数コム等の手法で分周することにより、扱いが容易なマイクロ波周波数においても同様の周波数不確かさを得ることができ、それを時計装置1000として利用することができる。このような時計装置1000では、高い精度の時間測定が可能となる。
【0064】
[3 構成例]
次に構成例を挙げ、本発明の具体例をさらに詳細に説明する。以下の構成例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順、要素または部材の向きや具体的配置等は本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することかできる。したがって、本発明の範囲は以下の具体例に限定されるものではない。説明済の要素には、同様の符号を明示しその説明を省略する。
【0065】
図6は、本実施形態の光導波路におけるHC−PCFを採用する光格子時計の構成例を示す配置図である。
図6(a)は、光路20を規定する基板60の一方の面を紙面に合わせる平面図であり、
図6(b)は、
図6(a)の紙面上の上方から見る上面図である。ただし、
図6(b)では一部の要素の記載を省略している。時計装置1000は、
図2に示した光格子時計100を一部に含む。光導波路10、光路20、レーザー冷却部40は、熱膨張率が小さい基板60に取り付けられている。例えば、光導波路10、光路20は、基板60の第1面60A側に、また、レーザー冷却部40は、第2面60Bの側に、それぞれ取り付けられる。第1面60A側の光導波路10の第1端16に対して冷却原子50を供給するために、基板60には、第1面60Aと第2面60Bとをつなぐ貫通孔64が形成されている。貫通孔64の位置は、第1面60A側の開口が光導波路10の第1端16の近傍とされている。貫通孔64の第2面60B側の周囲にはミラー62が設けられている。ミラー62には、第2面60Bの側においてレーザー冷却用のレーザー44、44、44が異なる方向から入射される。レーザー44、44、44は、ミラー62の効果により原子を冷却する冷却光子場をミラー62の付近に形成する。
【0066】
原子は、原子供給部42から第2面60Bの側の空間に供給される。この原子は、冷却光子場と相互作用して冷却された後、貫通孔64を通じて第1面60A側に供給される。この貫通孔64を通じて移動光格子MLに冷却原子50を届けるため、貫通孔64には、追加の移動光格子ML2が、貫通孔64を通るように形成されている。第1面60A側に供給された冷却原子50は、次に、格子レーザー対L1、L2がその空間部分に形成している移動光格子MLにより、光導波路10の第1端16から通路14の内部に導入され、第2端18から搬出される。
【0067】
格子レーザー対L1、L2は、光導波路10の外部においては広がって空間を伝播する。このため、光導波路10を離れるにつれて、移動光格子MLの光電場の強度は弱まり、冷却原子50をトラップし続けられなくなる。したがって第2端18から大きく離れた後の冷却原子50は、格子レーザー対L1、L2による移動光格子MLにはトラップされなくなり、高真空を維持するための排気系(図示しない)により排出されて行く。時計遷移による光は、光L
OUTとして出力されるか、または図示しない時計レーザー光により時計遷移が検出される。その高精度な時計遷移の信号に基づいて時計装置1000は時刻基準となる信号を生成する。このため、時計装置1000は高精度の時刻情報を提供することができる。また、基板60を利用することにより、比較的小型の構成とすることも可能となる。
【0068】
より具体的に時計装置1000のセットサイズを見積もると、例えば、光導波路10を40mmとした場合であっても、基板60は、50mm×100mm程度の平面形状の低膨張ガラスの薄板(厚み5〜10mm程度)とすることができる。また、レーザー44、レーザー光源30、励起(偏極)操作のための光源、移動光格子ML2のための光源(いずれも図示しない)などは、半導体レーザーを採用することができる。最終的には、時計装置1000を電源のみに供給により動作させるために必要なセットサイズは、19インチラックマウントサイズに収めることも十分に可能である。このように、時計装置1000は高い精度を誇りながらも、十分に小型化することが可能である。
【0069】
[4 変形例]
次に、上記実施形態の光格子時計100の変形例であるアクティブ型の発振器およびレーザー光源について説明する。
図2または
図6に示した光格子時計100は、アクティブ型の発振器やレーザー光源としても動作させることができる。具体的には、ボウタイ共振器の光路のような光路20が、超放射(superradiation)や誘導放出によるレーザー発振(lasing)のためのレーザー共振器となり、通路14中の冷却原子50がその発光を起こす媒質やレーザー媒質となる。つまり、冷却原子50を時計準位の上状態に準備するとき、ボウタイ共振器のモードで時計遷移により光を放出し、誘導放出が連続的に生じればレーザー発振を引き起こす。いずれにしても、光を放出する場合には、その光を出力としてアクティブ型の発振器、つまり、検出のための時計レーザー光を必要としない発振器として動作する。その発振器からの光の出力を周波数基準として時計装置を作製することも容易である。なお、冷却原子50の時計準位の間で光が吸収される際の挙動を利用して周波数基準とすることもできる。
【0070】
上記アクティブ型の発振器は、連続的に誘導放出を起こさせるレーザー発振を行わせる条件でも動作させることができる。この場合には時計遷移の上準位へ光ポンピングを行う。例えばダイクロイックミラー24を通じて出力する時計周波数f
Cの光または電磁波がコヒーレントなレーザー出力となる。この動作において、レーザー発振のための反転分布が実現される点には留意すべきである。これは、励起状態の冷却原子50が通路14、74に導入されて時計遷移を起こし、その後に基底状態となった冷却原子50が通路14、74から排出されるためである。偏極または励起された冷却原子50を基底状態の冷却原子50よりも多数に維持することができれば、通路14における限定された空間における時計周波数f
Cの光または電磁波の高い密度によって、誘導放出が引き起こされる。さらにレーザー出力を増強するためには、輸送過程の原子に対し、補助状態を経由した時計遷移・上準位への光ポンプを行う。このときは、レーザーは3準位レーザー的に振る舞う。この光ポンプは、光導波路の同軸上、あるいは、光導波路のクラッドの壁面から行うことができる。
【0071】
なお、レーザー発振を実現する場合、衝突シフトを低減するために、1格子あたりの原子数をnとする。このとき、冷却原子の通路14、74への輸送速度と、レーザー共振器への励起原子のポンプ速度Γ
pは
Γ
p=nv/(λ
L/2) 式(8)
となる。ここで、移動光格子MLの移動速度をv、光格子の波長をλ
Lとした。この励起された原子がレーザー発振の利得を与える。v=4cm/s、n=10とした場合、Γ
pは約10
6/sとなる。
【0072】
さらに、
図2または
図6の光路20において、bad cavity limitとなる条件を成立させ共振器の周波数引き込みの影響を低減する。これによって、光路20のレーザー共振器の熱揺らぎで制限されるレーザー発振のスペクトル幅の制限を低減する。さらに、HC−PCF70においては、Dickeの超放射に適する原子雲の形状である棒状が実現されるため、HC−PCF70は超放射の機構を使うレーザー光源の実現に有用といえる。
【0073】
レーザー発振させる場合にも、その発振周波数
にはドップラー効果によりシフトが生じる。ただし、このシフト量も正確に補償することができる。この補償は、式(6)、式(7)と同様である。つまり、レーザー発振の発振周波数は、式(6)、式(7)により表現されるf
Cとなり、式(7)シフト量であるδω/2ω
mは、この場合にも正確に補償することができる。さらに、この際の出力についても十分な出力が得られる。Γ
pを利用して出力
Pを見積もると、出力Pの概算値は、プランク定数をhとして、
hf
0Γ/2 式(9)
程度となる。この出力Pの概算値は、式(8)に用いた値を利用すれば、約0.1pW程度となる。この出力Pは、周波数が安定化された一般的なレーザーを利用してPLL(Phase Lock Loop)を実現するために十分な値である。
【0074】
Dickeの超放射は、励起状態原子雲の幾何学的形状の影響を受ける。上述したように、HC−PCF70を利用し棒状の原子雲となると、Dickeの超放射は容易である。また、中空の通路74にトラップされている原子のフレネル数F=πd
2/(4λ
cl)が1より十分に小さくなる(ただし、dは原子雲の動径方向の直径、λ
cはレーザー光波長)。このため、横シングルモードの発振が容易に実現する。
【0075】
以上の工夫を行なえば、本実施形態の光格子時計の原理を利用して発振するレーザー光源において、周波数不確かさが10
−17程度、出力0.1pW程度の超高安定度のレーザー光を出力させることが可能となる。
【0076】
以上、本発明の実施形態を具体的に説明した。上述の各実施形態および構成例は、発明を説明するために記載されたものであり、本出願の発明の範囲は、請求の範囲の記載に基づいて定められるべきものである。また、各実施形態の他の組合せを含む本発明の範囲内に存在する変形例もまた、請求の範囲に含まれるものである。