【実施例】
【0025】
(金属類濃度の低下が藻類濃度に与える影響)
藻類の異常増殖が問題となっている島根県の三瓶ダムを試験場とし、酸素含有水供給装置(松江土建株式会社製)を、台船からダム貯水池内に進水させ、酸素含有気体供給装置から酸素を供給することで、ダム貯水池内に高濃度酸素水を供給した。酸素含有水供給装置を用いた曝気の水深(曝気水深)を、ダム貯水池の最深水深27mに対して、25m(池底上2m)、15m、14mに適宜変更した。
【0026】
図4に、曝気水深と底層(池底上1m)におけるDO濃度の変化を示す。この
図4に示すように、DO濃度は、曝気水深が15mのときに、20mg/L程度であったが、曝気水深を25m(池底上2m)に下げると、40mg/Lを超えて上昇し、再び、曝気水深を14mまで上げることによって、20mg/L程度まで低下するように変動した。
なお、このDO濃度は、酸素含有水供給機の設置位置から2mほど横の地点の当該水深において、多項目水質計(Hydrolab社:DS−5X)により測定し、以降の測定でも、同様に測定した。
【0027】
図5に、
図4に示すDO濃度変化期間中の底層の金属類濃度の変化を示す。
図5中、T−Mnは、底層(池底上1m)の全マンガン濃度を示し、D−Mnは、底層の溶解性マンガン濃度を示し、T−Feは、底層の全鉄濃度を示し、D−Feは、底層の溶解性鉄濃度を示し、以降の図においても、同じ事項を示す。この
図5に示すように、溶解性鉄濃度は、高濃度酸素水の供給開始当初から低下する傾向を示し、曝気水深の上下に関わらず、全期間を通じて低い値に保たれた。一方、溶解性マンガン濃度は、高濃度酸素水の供給開始当初では、2,500μg/Lであったが、曝気水深を25m(池底上2m)に下げることによって、ほぼ0μg/Lに低下し、再び曝気水深を上げることによって、3,500μg/Lに上昇した。しかし、2009年の9月16日以降では、曝気水深を25m(池底上2m)に下げても、低い値に抑えることができなかった。
なお、これら全マンガン濃度、溶解性マンガン濃度、全鉄濃度及び溶解性鉄濃度は、次の方法により測定し、以降の測定でも、同様に測定を行った。
即ち、酸素含有水供給機の設置位置から2mほど横の地点の当該水深から試料を採取し、河川水質試験方法(案)(1997年版)に従い、ICP−MS(サーモフィッシャーサイエンティフィック社:X7CT)により測定した。
【0028】
これら溶解性金属類の濃度変化には、DO濃度に応じた酸化還元反応の進行が関係していたと考えられるが、鉄とマンガンでは、その傾向が大きく異なっていた。即ち、
図4,
図5に示すように、鉄では、溶存酸素が存在していれば、低い濃度に保たれていた。一方、マンガンでは、DO濃度が低下すると、底泥からの還元溶出量が大きくなり、酸化反応が進行して濃度を低下させるためには、池底近くで曝気を行い、常に溶存酸素を供給することが必要であった。なお、2009年9月16日以降に、曝気水深が池底上2mであるにも関わらず、溶解性マンガン濃度が低下しなかった理由としては、沈降した藻類(この点については、後述する)からの溶解性マンガンの溶出と、底層のpHが6未満と低いことによる溶解性マンガンの酸化速度の抑制とが考えられる。
図6に、
図4に示すDO濃度変化期間中の底層におけるpHの経日変化を示す。この
図6に示すように、全期間を通してpHが6未満の低い値であり、このことが、2009年9月16日以降に、沈降藻類から溶出したマンガンを十分に酸化させることができなかった要因のひとつになったものと考えられる。
なお、このpHは、酸素含有水供給機の設置位置から2mほど横の地点の当該水深において、多項目水質計(Hydrolab社:DS−5X)により測定し、以降の測定でも、同様に測定した。
【0029】
図7に、
図4に示すDO濃度変化期間中のダム貯水池の表層(水面下0.5m)における藻類濃度の経日変化を示す。ここで、藻類濃度は、ダム貯水水の濁度及び粒子態リン濃度(P−P)として観察している。この
図7に示すように、藻類濃度は、底層における溶解性マンガン濃度の変化に対応して変化し、溶解性マンガン濃度の低下期間中に、急激な低下が見られた。
なお、濁度は、酸素含有水供給機の設置位置から2mほど横の地点の当該水深において、多項目水質計(Hydrolab社:DS−5X)により測定した。また、粒子態リン濃度の測定は、藻類に含まれる粒子態リンの濃度を測定することで、間接的に藻類濃度の測定を行うことを目的としたものであり、酸素含有水供給機の設置位置から2mほど横の地点の当該水深から試料を採取し、下水試験方法に従い、栄養塩自動分析装置(TRAACS2000型:ブラン・ルーベ社)により測定した。
【0030】
また、
図8に、
図4に示すDO濃度変化期間中のダム貯水池の鉛直方向おける藻類濃度分布の経日変化を示す。この
図8に示すように、曝気水深を池底から高く設定した2009年7月14日まで、表層付近で高い藻類濃度が確認されたが、曝気水深を25m(池底上2m)に下げた2009年7月15日〜同年8月10日の期間中に、表層の藻類濃度が顕著に低下した。なお、この際、中層及び下層においても、顕著な藻類濃度の増加が確認さ
れなかったことから、表層に集積していた藻類は、池底に沈降したものと考えられる。
【0031】
このような藻類濃度の経日変化に対し、従来、栄養源として藻類増殖の一因と考えられてきた、窒素及びリンの各濃度の測定を併せて行った。
図9に、
図4に示すDO濃度変化期間中の表層における溶解性の窒素濃度及びリン濃度の経日変化を示す。また、
図10に、
図4に示すDO濃度変化期間中の底層における溶解性の窒素濃度及びリン濃度の経日変化を示す。なお、これらの図中、D−N及びD−Pは、溶解性の窒素及びリンを示し、T−N及びT−Pは、全窒素及び全リンを示す。
意外なことに、
図9,
図10で確認されるように、表層、底層の溶解性の窒素濃度及びリン濃度は、期間中、大きく変化しておらず、
図7,
図8に示した藻類濃度の変化との関連性が確認されないことから、溶解性の窒素濃度及びリン濃度が、藻類濃度の変化に与えた影響は、小さいと考えられる。なお、
図9,
図10では、全窒素濃度及び全リン濃度を併せて示しているところ、全窒素濃度及び全リン濃度については、藻類濃度の増減に対応した変化が確認される。これは、測定値が藻類に含まれる窒素及びリンの含有量を含んでいるためである。
なお、溶解性窒素濃度、溶解性リン濃度、全窒素濃度及び全リン濃度は、次の方法により測定した。
即ち、酸素含有水供給機の設置位置から2mほど横の地点の当該水深から試料を採取し、下水試験方法に従い、栄養塩自動分析装置(TRAACS2000型:ブラン・ルーベ社)により測定した。
【0032】
以上、
図4〜
図10に示される各測定結果から、底層の溶解性マンガン濃度を低下させることによって、表層における藻類濃度を低減させることができると考えられる。
【0033】
(安定的な溶解性マンガン濃度の低下条件と藻類濃度への影響)
先に行った2009年の実験では、既に表層に増殖していた藻類が沈降したこと、底層のpHが比較的低く溶解性マンガンの酸化速度を低下させたことから、溶解性マンガン濃度を安定的に低下させるには、至らなかった。
このため、2011年の実験では、夏当初(6月上旬)の藻類増殖前から、酸素供給を開始するとともに、底層pHの低下を抑制することとした。底層pHの低下は、有機物酸化等により生成された二酸化炭素が底層水中に蓄積したためと考えられるため、酸素含有水供給装置への供給気体を純酸素から空気に変え、蓄積した二酸化炭素を空気に含まれる窒素ガスによって脱気することにより、底層pHの低下を抑制することとした。
【0034】
図11に、曝気水深と底層DO濃度の経日変化を示す。また、
図12に、底層の溶解性マンガン濃度と表層の藻類濃度の経日変化を示す。
これら
図11,
図12に示すように、空気供給曝気を2011年6月から水深23m(池底上4m)で行ったところ、2011年7月19日には、極めて低い底層の溶解性マンガン濃度が達成され、表層の藻類濃度(濁度)も低い値に保持された。2011年7月28日に曝気水深を19mに引き上げたところ、底層のDO濃度が低下し、これに連れて、底層の溶解性マンガン濃度が上昇し、表層の藻類濃度が上昇したが、再び曝気水深を25m(池底上2m)に下げることによって、底層の溶解性マンガン濃度が低下し、これに連れて、表層の藻類濃度も低下した。
溶解性マンガン濃度が低下した期間中の底層におけるpHは、
図13の底層pHの経日変化のグラフに示すように、6以上で低下が抑制されており、これにより、曝気水深を下げた場合に、確実に溶解性マンガンが酸化されたと考えられる。
【0035】
以上、
図11〜
図13に示される各測定結果から、藻類が増殖する前の早い時期から空気供給曝気を継続的に行うことにより、DO濃度を上昇させるとともに、pHの低下を抑制して、底層の溶解性マンガン濃度を低い値に保ち、これにより、表層の藻類濃度を抑えることが可能であると考えられる。
【0036】
(溶解性マンガン濃度低下のための好適条件)
上記貯水池の溶解性マンガン濃度を低下させる実験は、2009年〜2012年の各年毎に行っている。
ここで、2009年の実験では、底層への酸素供給を、酸素含有水供給装置に純酸素を供給することで行い、2010年、2011年の各実験では、底層への酸素供給を、酸素含有水供給装置に空気を供給することで行っている。また、2009年の実験における純酸素の供給速度は、120m
3/hとし、2010年、2011年の各実験における空気の供給速度は、120m
3/hとしている。ここでは、溶解性マンガン濃度低下のための、DO濃度について検討する。
【0037】
図14に、底層におけるDO濃度と、溶解性マンガン濃度の関係を示す。この
図14に示されるように、前述の純酸素及び空気の供給条件に基づき、これらを供給すると、底層のDO濃度が上昇し、これに連れて、底層の溶解性マンガン濃度の低下することが確認される。なお、DO濃度の測定は、池底上1m(底層)で行っている。
この様子を更に、
図15,
図16を用いてより詳しく説明する。
図15は、2009年及び2010年での各実験の底層におけるDO濃度と、溶解性マンガン濃度の関係を示すグラフであり、
図16は、2011年の実験の底層におけるDO濃度と、溶解性マンガン濃度の関係を示すグラフである。各図中、矢印は、曝気条件の変更に伴う測定結果の変遷の流れを示し、一点鎖線を併記した測定線は、池底上2mにおいて曝気したときに得られた測定結果を示す。
これら
図15,
図16に示すように、2009年の純酸素を供給する条件において、底層溶解性マンガン濃度の有意な低下(溶解性マンガン濃度がほぼゼロ)が確認されるDO濃度は、35mg/L以上であり、また、2010年、2011年の空気を供給する条件において、底層溶解性マンガン濃度の有意な低下が確認されるDO濃度は、15mg/L以上であった。
なお、
図15の楕円で囲った部分の測定結果では、DO濃度の上昇に対して、有意に底層溶解性マンガン濃度を低下させることができていないが、これは、既に増殖した藻類が沈降したこと、pHの低下によって溶解性マンガン濃度の酸化速度が低下したことに基づくものである。
また、純酸素及び空気を同じ供給速度で供給しても、曝気水深を引き上げた場合には、底層の溶解性マンガン濃度が増加する傾向が確認される。
以上のことから、溶解性マンガン濃度を低い濃度に保つためには、池底上2m以下で曝気し、DO濃度が低下しないように継続的に純酸素や空気を供給する必要がある。
しかし、ここで得られたDO濃度については、酸素含有水供給機の設置水深と溶存酸素供給能力により決定されたものであり、十分条件ではあるが必要条件ではない。このため、酸素含有水供給機の設置位置から370m上流側で池底水深が20mの地点において、池底上1mにおける、より低いDO濃度と溶解性マンガン濃度との関係を求めた。その関係を
図17に示すが、溶解性マンガン濃度を低く抑えるためには、DO濃度を5mg/L程度以上とすることが必要であることがわかる。
【0038】
(ダム貯水池最上流部から流入する金属類への対策)
試験場である三瓶ダム貯水池では、流入河川水が最上流部の池底から溶出した金属類を連行して流入するため、藻類増殖の原因となっている。そのため、藻類増殖を効果的に抑制するためには、貯水池の最深部だけでなく、河川水が流入する上流側において、池底を這って侵入する金属類への対策が必要となる。即ち、夏季には、流入河川水の水温が、ダム貯水池表層の水温よりも低いため、流入河川水は、池底を這うようにダム貯水池の最上流部に侵入し、溶出した高濃度の金属類を連行してダム貯水池上流部の水面下2〜5mに流入する。この様子を
図18により説明する。水温が約22℃であった河川水は、最上流部で貯水池水とやや混じり合って水温を高め、しかし、貯水池表層よりは低い水温を保ちながら、最上流部池底に侵入する。これは、低水温ほど水の密度が高いためである。そして、侵入河川水は最上流部底泥から溶出した金属類を連行して電気伝導度を高め、上流部において密度が同じである同じ水温の水深に流入する。この水深は、2〜2.5mとなっている。なお、
図18は、2011年6月の最上流部と上流部における水深ごとの水温及び電気伝導度を示す図である。
こうしたことから、2011年7月から、河川水が貯水池に流入する上流部における河川水の流入水深を電気伝導度で検知し、これが水深3mであったことからこの水深に担体処理装置(担体:JFEエンジニアリング株式会社製)を設置し、流入する河川水中の金属類濃度を低下させることとした。この担体処理装置は、藻類の増殖に必要な金属類を酸化させる金属酸化微生物(マンガン酸化細菌等)を担持可能な担体が収容された反応槽と、河川水と接触することにより、担体に自然的に発生する金属酸化微生物の金属類酸化を促すために曝気する曝気手段(エアーコンプレッサ)に接続され、曝気した状態で反応槽に河川水を通過させることで、金属酸化微生物により金属類を酸化させるとともに、流入河川水の流れに担体から剥離する金属酸化微生物を供給して、堤体までの移流の間に金属類の酸化を進行させて、その金属酸化物を池底に沈降させる装置である。
【0039】
図19に、担体処理装置稼働前後での溶解性マンガン濃度の変化を示す。この
図19に示されるように、担体処理装置稼働後では、それまでに見られていた、ダム貯水池表層(湖心表面下0.5m)における溶解性マンガン濃度の一時的な上昇が確認されなくなり、安定して低い濃度を保つことができた。
即ち、河川水流入に伴い貯水池の池底を這って侵入する溶解性マンガン濃度を低下させることによって、貯水池への溶解性マンガンの負荷を減少させ、表層における溶解性マンガン濃度を効果的に低減させることができた。
以上により、担体処理装置による処理を酸素含有水供給装置による処理と並行して行うことで、藻類増殖の抑制をより確実に行うことができると考えられる。
【0040】
(底層の溶解性マンガン濃度低下により表層の藻類濃度上昇が抑制される原因の推定)
藍藻類であるミクロキスティスの増殖には、Mn錯体が大きな影響を与え、また、Mn錯体を形成する物質が底泥溶出水中に含まれているとの研究報告例がある(Chika Tada etal, The Effect of Manganese Released from Lake Sediment on the Growth of Cyanobacterium Microcystis aeruginosa, Japanese Journal of Water Treatment Biology, 38(2), 95-102, 2002)。三瓶ダムにおいては、底泥から高濃度のMnが溶出するが、これらは錯体を形成していて、藍藻類に利用されやすい形態になっていると考えられる。
【0041】
ここで、日間の藻類濃度の変化を水深ごとに調べたところ、夜間において、底層での藻類濃度が高くなっていることが観測された。
図20に、水深ごとの日間における藻類濃度の変化を示す。この
図20の測定結果から、有光層である表層に滞在すると考えられてきた藻類は、栄養源である金属類を利用するために、夜間、底層に沈降していることが強く推察される。
以上のことから、底層の溶解性マンガン濃度を低減させることで、表層に溶解性マンガンが拡散することを抑制することができることに加え、底層に沈降してMn錯体を利用していた藻類がこれを利用することができなくなり、結果として、表層の藻類濃度を低減させることができたものと考えられる。