(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6207142
(24)【登録日】2017年9月15日
(45)【発行日】2017年10月4日
(54)【発明の名称】電線
(51)【国際特許分類】
H01B 7/02 20060101AFI20170925BHJP
H01B 13/14 20060101ALI20170925BHJP
【FI】
H01B7/02 Z
H01B13/14 Z
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-219150(P2012-219150)
(22)【出願日】2012年10月1日
(65)【公開番号】特開2014-72123(P2014-72123A)
(43)【公開日】2014年4月21日
【審査請求日】2015年9月18日
【審判番号】不服2016-14410(P2016-14410/J1)
【審判請求日】2016年9月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006895
【氏名又は名称】矢崎総業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(72)【発明者】
【氏名】大串 和弘
(72)【発明者】
【氏名】吉永 聡
【合議体】
【審判長】
新川 圭二
【審判官】
高瀬 勤
【審判官】
山澤 宏
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭56−126207(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B7/02
H01B13/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の素線が密集配置された導体と、前記導体の外周を覆う絶縁被覆とを備えた電線であって、
前記絶縁被覆は、前記導体の最外周位置に位置する前記素線の内で、前記導体の中心より最も離れた位置の素線に面接触し、前記導体の中心より最も離れた位置の前記素線より中心に近い位置の前記素線との間では隙間を介して配置されたことを特徴とする電線。
【請求項2】
請求項1記載の電線であって、
前記絶縁被覆は、縦弾性率が1150MPa以上であることを特徴とする電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐屈曲性に優れた電
線に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の従来例の電線として、特許文献1に開示されたものがある。この電線50は、
図8に示すように、複数の素線51aが撚られた導体51と、この導体51の外周を覆う絶縁被覆52とから構成されている。導体51と絶縁被覆52の間には、隙間dが形成されている。絶縁被覆52は、押し出し成形する際に、導体51の外形より大きな内径となるよう成形される。つまり、絶縁被覆52はチューブ押し出しで成形されている。
【0003】
この従来例の電線50によれば、電線50を屈曲させると、導体51と絶縁被覆52間の摩擦力が小さいため、優れた耐屈曲性が得られる。
【0004】
また、特許文献1には、
図9(a)、(b)に示すように、導体51と絶縁被覆52の間の隙間dに複数の線状体53を介在させた電線60も提案されている。各線状体53は、絶縁被覆52の内面に点接触している。つまり、この絶縁被覆52もチューブ押し出しで成形されている。
【0005】
この他の従来例の電線60でも、前記従来例のものと同様に優れた耐屈曲性が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−253228号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前記各従来例の電線50,60では、導体51と絶縁被覆52との間に隙間dが介在するため、絶縁被覆52が導体51の素線51a間に入り込むように成形されるもの(中実押し出し)と比較して、導体51と絶縁被覆52間の密着力が大きく低減する。そのため、絶縁被覆52に大きな引っ張り力が作用する作業、具体的には、電線50,60の切断や皮剥き等の加工性が悪いという問題があった。
【0008】
そこで、本発明は、前記した課題を解決すべくなされたものであり、耐屈曲性と加工性の両立を極力図ることができる電
線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、複数の素線が密集配置された導体と、前記導体の外周を覆う絶縁被覆とを備えた電線であって、前記絶縁被覆は、
前記導体の最外周位置に位置する前記素線の内で、前記導体の中心より最も離れた位置の素線に面接触し、前記導体の中心より最も離れた位置の前記素線より中心に近い位置の前記素線との間では隙間を介して配置されたことを特徴とする電線である。
【0010】
前記絶縁被覆は、縦弾性率が1150MPa以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、絶縁被覆は、導体の最外周位置より内周位置に位置する素線との間では隙間を介して配置されるので、最外周位置より内周位置の素線が絶縁被覆に拘束されることなく移動可能であるため、耐屈曲性が大きく低減せず良好な耐屈曲性が得られる。また、絶縁被覆は、導体の最外周位置に位置する素線の外周面に面接触するよう入り込むので、導体と絶縁被覆間の摩擦力が大きく増加するため、良好な加工性が得られる。以上より、耐屈曲性と加工性の両立を極力図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態を示し、(a)は電線の斜視図、(b)は電線の断面図である。
【
図2】本発明の一実施形態を示し、絶縁被覆の押し出し成形装置の要部断面図である。
【
図3】本発明の一実施形態を示し、各押し出し樹脂圧とこれによって成形された電線の密着力を示す図である。
【
図4】(a)はチューブ押し出し成形による電線の断面図、(b)は中実押し出し成形による電線の断面図である。
【
図5】実施形態の電線と比較例の電線(チューブ押し出し成形による電線)との構成と、屈曲試験結果、密着力及び座屈荷重を示す図である。
【
図6】本発明の一実施形態を示し、(a)は屈曲試験の説明するための概略図、(b)は密着力の測定概略図、(c)は座屈荷重の測定概略図である。
【
図7】本発明の一実施形態を示し、(a)は絶縁被覆の縦弾性率と電線の座屈荷重の特性線図、(b)は電線の各部位の物性値を示す図である。
【
図9】他の従来例を示し、(a)は電線の断面図、(b)は電線の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。
【0015】
図1(a)、(b)に示すように、電線1は、導体2と、導体2の外周を覆う絶縁被覆10とを備えている。導体2は、複数の素線3,3aが撚られて密集配置されている。素線3,3aは、銅合金やアルミニュームの導電性金属より形成されている。
【0016】
絶縁被覆10は、
図1(c)に詳しく示すように、導体2の最外周位置に位置する素線3aに面接触し、且つ、導体2の最外周位置より内周位置に位置する素線3との間では隙間dを介して配置されている。
つまり、絶縁被覆10は、導体の最外周位置に位置する素線3,3aの内で、導体2の中心より最も離れた位置の素線3a(本明細書では、「最外周位置の素線3a」という)に面接触し、導体2の中心より最も離れた位置の素線3aより中心に近い位置の素線3(本明細書では、「最外周位置より内周位置の素線3」という)との間では隙間dを介して配置されている。
絶縁被覆10の内面10aは、導体2の最外周位置の素線3aに接触する位置では素線3aの外周面に沿う円弧状に形成されている。
【0017】
絶縁被覆10は、ポリプロピレン(PP)材にて形成されている。絶縁被覆10は、導体2の外周に押し出し成形によって形成される。
【0018】
押し出し成形装置20は、
図2に示すように、導体2を通す導体挿通孔21aを有する芯金21と、この芯金21の先端側に装着される口金22Aとを備える。口金22Aは、芯金21の導体挿通孔21aに開口し、樹脂塗布孔22aを有する。樹脂塗布孔22aは、出口に向かって傾斜するストレートな形状孔である。
【0019】
絶縁被覆10の絶縁樹脂材は、上記したようにポリプロピレン(PP)材である。ポリプロピレン材は、温度が240℃程度で、剪断速度が1216sec
−1、粘度が3.236×10
2Pa・secで押し出される。この粘度未満であれば、押し出し圧力に係わらず樹脂が素線3,3a間に入り込み、中実押し出し成形の絶縁被覆10B(
図4(b)参照)となる。上記粘度より著しく高い値であれば、成形加工が困難となる。上記粘度(3.236×10
2Pa・sec)、若しくは、これより少し高い値の粘度であれば、押し出し樹脂圧によって
図1(a)〜(c)に示すような中実押し出し成形の絶縁被覆10の成形が可能となる。
【0020】
つまり、絶縁樹脂材の押し出し樹脂圧は、導体2の最外周位置に位置する素線3aに面接触し、且つ、導体2の最外周位置より内周位置に位置する素線3との間では隙間dを介して配置されるように調整する。
【0021】
具体的には、押し出し樹指圧を大きくした場合、又は中程度にした場合は、
図4(b)に示すように、素線3,3aの隙間にも樹脂が入り込むような中実押し出し成形の電線10Bとなった。押し出し樹指圧を小さくした場合は、
図1(b)に示すように、素線3,3aの隙間には樹脂が入り込まないような中実押し出し成形の電線1(本実施形態)が可能となった。そして、押し出し樹指圧を可変して成形された電線1の密着力は、
図3に示す値となった。
図3に示すように、絶縁被覆10が素線3,3aの隙間が入り込む電線10Bでは、導体2と絶縁被覆10間の密着性が非常に高い。しかし、絶縁被覆10が素線3,3aの隙間に入り込まないが一部の素線3,3aに面接触する電線10でも、
図4(a)に示すような従来例の電線10Aに較べて、導体2と絶縁被覆10間の密着性が高くなる。
【0022】
本実施形態の電線1は、絶縁被覆10が導体2の最外周位置より内周位置に位置する素線3との間では隙間dを介して配置されるので、最外周位置より内周位置の素線3が絶縁被覆10に拘束されることなく移動可能であるため、耐屈曲性が大きく低減せず良好な耐屈曲性が得られる。また、絶縁被覆10が導体2の最外周位置に位置する素線3aに面接触するので、導体2と絶縁被覆10間の摩擦力が大きく増加するため、良好な加工性が得られる。以上より、耐屈曲性と加工性の両立を極力図ることができる。
【0023】
図4(a)に示す従来例に相当する電線10Aと、
図1(b)に示す本実施形態の電線1について、屈曲試験、密着力の値及び座屈荷重の値を測定した。屈曲試験は、
図6(a)に示すように、一対のマンドレル40間に電線1,50を挟持し、所定の荷重(400g)を作用させた電線1,50に対し180度揺動を繰り返して電気抵抗が10%上昇するまでの揺動回数を調べた。密着力は、
図6(b)に示すように、電線1,50の一端側の絶縁被覆10を固定し、電線1,50の他端側の導体2,51を引っ張った場合に、どの程度の引っ張り力(N)で導体2が絶縁被覆10,52より抜けるかを調べた。座屈荷重は、
図6(c)に示すように、電線1,50の両端を共に回転不能に固定し、座屈荷重を調べた。
【0024】
図5に示すように、密着力については、従来例に較べて非常に良好な結果が得られた。これは、絶縁被覆10は、導体2の最外周位置に位置する素線3aに面接触するので、導体2と絶縁被覆10間の摩擦力が大きく増加するためである。従って、絶縁被覆10に大きな引っ張り力が作用する作業(電線の切断や皮剥き等)の加工性が良い。具体的には、自動機による加工可能な密着力は、10N(絶縁被覆10の長さ:50mm)であり、この値を大きく上回っている。屈曲試験では、従来例に較べて耐屈曲性が大きく低減せず良好な耐屈曲性が得られた。これは、絶縁被覆10は、導体2の最外周位置より内周位置に位置する素線3との間では隙間dを介して配置されるので、最外周位置より内周位置の素線3が絶縁被覆10に拘束されることなく移動可能であるためである。以上より、耐屈曲性と加工性の両立を極力図ることができる。
【0025】
また、絶縁被覆10は、ポリ塩化ビニル(PVC)材より縦弾性率Eが高いポリプロピレン(PP)材である。ポリ塩化ビニル(PVC)材は縦弾性率Eが442MPaで、ポリプロピレン(PP)材は縦弾性率Eが1771MPaのものを使用した。
図5に示すように、下記する理由により従来例に較べて座屈荷重も向上した。座屈荷重は、標線間距離(D)が15mmで7N以上で3N以上が目標値である。実施形態の電線1は、
図4に示すように、目標値を大きく上回る好結果が得られた。
【0026】
図7(a)は、本実施形態の電線1(各部位の物性値は、
図7(b)に示す値)における絶縁被覆10の縦弾性率Eと座屈荷重の特性線図である。
図7(a)に示すデータ理論値による特性線は、座屈に関するオイラーの式P
k=π
2(n・E・I/L
2)より導いたものであり、P
kは座屈荷重、Eは縦弾性係数、Iは断面二次モーメント、Lは座屈長さをそれぞれ表し、nは両端端末条件で決まる係数で両端固定ではn=4になる。
図7(a)より、理論値と実測値が概ね一致したことで、電線1の座屈荷重は、絶縁被覆10の縦弾性率に大きく依存することが分かる。そして、絶縁被覆10は、縦弾性率Eが1150MPa以上のものとすることにより、目標とする座屈荷重(標線間距離(D)が15mmで7N以上)を実現できる。
【符号の説明】
【0027】
1 電線
2 導体
3,3a 素線
10 絶縁被覆