【実施例1】
【0011】
まず、構成を説明する。
実施例1におけるベルト式無段変速機CVTの制御装置の構成を、「ハイブリッド駆動系構成」、「プーリ油圧制御系構成」、「ハイブリッド電子制御系構成」、「ベルト滑り検知処理構成」に分けて説明する。
【0012】
[ハイブリッド駆動系構成(
図1)]
前記ハイブリッド駆動系構成は、
図1に示すように、エンジン1(第1の駆動源)と、モータジェネレータ2(第2の駆動源)と、前後進切替機構3と、ベルト式無段変速機構4と、終減速機構5と、左右前輪6,6(駆動輪)と、を備えている。
【0013】
前記エンジン1は、スロットルバルブ開閉動作や燃料カット動作等により出力トルクや回転数の制御を行うエンジン制御アクチュエータ10を有する。このエンジン1のエンジン出力軸11とモータジェネレータ2のモータ軸との間には、選択される走行モードにより締結/解放が制御される第1クラッチ12(クラッチ)が介装されている。
【0014】
前記モータジェネレータ2は、三相交流の同期型回転電機であり、正のトルク指令による力行時、バッテリ22から放電される電力をインバータ21により三相交流電力に変換して印加することで、モータ機能が発揮される。一方、負のトルク指令による回生時、駆動輪6,6(又はエンジン1)から入力される回転エネルギーにより発電し、インバータ21により三相交流電力を単相直流電力に変換してバッテリ22に充電することで、ジェネレータ機能が発揮される。
【0015】
前記前後進切替機構3は、ベルト式無段変速機構4への入力回転方向を前進走行時の正転方向と後退走行時の逆転方向で切り替える機構である。この前後進切替機構3は、ダブルピニオン式遊星歯車30と、前進クラッチ31(前進側の摩擦締結要素)と、後退ブレーキ32(後退側の摩擦締結要素)と、を有する。なお、(前後進切替機構3+ベルト式無段変速機構4)によりベルト式無段変速機CVTが構成される。
【0016】
前記ベルト式無段変速機構4は、ベルト接触径の変化により変速機入力軸40の入力回転数と変速機出力軸41の出力回転数の比である変速比を無段階に変化させる無段変速機能を備える。このベルト式無段変速機構4は、プライマリプーリ42と、セカンダリプーリ43と、ベルト44と、を有する。前記プライマリプーリ42は、固定プーリ42aとスライドプーリ42bにより構成され、スライドプーリ42bは、プライマリ油圧室45に導かれるセカンダリ油圧によりスライド動作する。前記セカンダリプーリ43は、固定プーリ43aとスライドプーリ43bにより構成され、スライドプーリ43bは、セカンダリ油圧室46に導かれるプライマリ油圧によりスライド動作する。前記ベルト44は、プライマリプーリ42のV字形状をなすシーブ面と、セカンダリプーリ43のV字形状をなすシーブ面に掛け渡されている。ベルト44は、環状リングを内から外へ多数重ね合わせた2組の積層リングと、打ち抜き板材により形成され、2組の積層リングに対する挟み込みにより互いに連接して環状に設けられた多数のエレメントと、により構成される。
【0017】
前記終減速機構5は、ベルト式無段変速機構4の変速機出力軸41からの変速機出力回転を減速すると共に差動機能を与えて左右前輪6,6に伝達する機構である。この終減速機構5は、変速機出力軸41とアイドラ軸50と左右のドライブ軸51,51に介装され、減速機能を持つ第1ギア52と、第2ギア53と、第3ギア54と、第4ギア55と、差動機能を持つディファレンシャルギア56を有する。
【0018】
前記左右前輪6,6には、液圧ブレーキ装置として、ブレーキディスクをブレーキ液圧により制動するホイールシリンダ61,61が設けられる。このホイールシリンダ61,61へのブレーキ液圧は、ブレーキペダル63へのブレーキ踏力をブレーキ液圧に変換するマスタシリンダ64からのブレーキ液圧経路の途中に設けられたブレーキ液圧アクチュエータ62により作り出される。なお、ブレーキ液圧アクチュエータ62は、左右後輪(RL,RR)へのブレーキ液圧も作り出す。
【0019】
このFFハイブリッド車両は、駆動形態の違いによるモードとして、電気自動車モード(以下、「EVモード」という。)と、ハイブリッド車モード(以下、「HEVモード」という。)と、駆動トルクコントロールモード(以下、「WSCモード」という。)と、を有する。
【0020】
前記「EVモード」は、第1クラッチ12を解放状態とし、駆動源をモータジェネレータ2のみとするモードであり、モータ駆動モード(モータ力行)・ジェネレータ発電モード(ジェネレータ回生)を有する。この「EVモード」は、例えば、要求駆動力が低く、バッテリSOCが確保されているときに選択される。この「EVモード」を選択しての定常走行中、第2クラッチ(前進時は前進クラッチ31、後退時は後退ブレーキ32)のトルク伝達容量をコントロールしながら、僅かなスリップ量によるμスリップ(マイクロスリップ)状態を維持するμスリップ制御が行われる。μスリップ制御を行う主な理由は、「EVモード」から「HEVモード」へのモード遷移要求時、モータジェネレータ2をスタータモータとし、第2クラッチをスリップ締結した状態でエンジン1を始動するエンジン始動制御をスムーズに開始するのに備えるためである。μスリップ制御では、第2クラッチの出力回転数にμスリップ量を加えた回転数を目標回転数とするモータジェネレータ2の回転数制御を行う。そして、第2クラッチのトルク伝達容量は、第2クラッチを経過して伝達される駆動力が、ドライバーのアクセル操作量にあらわれる要求駆動力となるようにコントロールされる(μスリップ制御手段)。第2クラッチのトルク伝達容量は、第2クラッチ、即ち、前進クラッチ21、または、後退ブレーキ22に供給される油圧によって制御させる。
【0021】
前記「HEVモード」は、第1クラッチ12を締結状態とし、駆動源をエンジン1とモータジェネレータ2とするモードであり、モータアシストモード(モータ力行)・エンジン発電モード(ジェネレータ回生)・減速回生発電モード(ジェネレータ回生)を有する。この「HEVモード」は、例えば、要求駆動力が高いとき、あるいは、バッテリSOCが不足するようなときに選択される。
【0022】
前記「WSCモード」は、第2クラッチ(前進時は前進クラッチ31、後退時は後退ブレーキ32)をWSCスリップ締結状態(「WSC」は、Wet Start Clutchの略)にし、第2クラッチのトルク伝達容量をコントロールするモードである。この「WSCモード」を選択する必要がある理由は、トルクコンバータのような回転差吸収要素を有さないハイブリッド駆動系において、回転差吸収機能を第2クラッチのスリップ差回転により確保するためである。「WSCモード」での第2クラッチのトルク伝達容量は、第2クラッチを経過して伝達される駆動力が、ドライバーのアクセル操作量にあらわれる要求駆動力となるようにコントロールされる。この「WSCモード」は、「HEVモード」を選択した状態で、停車からの発進時等のように、駆動源回転数が変速機入力回転数を上回り第2クラッチに差回転が発生する領域において選択される(WSCスリップ制御手段)。
【0023】
[プーリ油圧制御系構成(
図1)]
前記プーリ油圧制御系構成としては、
図1に示すように、プライマリ油圧室45に導かれるプライマリ油圧Ppriと、セカンダリ油圧室46に導かれるセカンダリ油圧Psecを作り出す両調圧方式による変速油圧コントロールユニット7を備えている。
【0024】
前記変速油圧コントロールユニット7は、オイルポンプ70と、レギュレータ弁71と、ライン圧ソレノイド72と、ライン圧油路73と、第1調圧弁74と、プライマリ油圧ソレノイド75と、プライマリ圧油路76と、第2調圧弁77と、セカンダリ油圧ソレノイド78と、セカンダリ圧油路79と、を備えている。
【0025】
前記レギュレータ弁71は、オイルポンプ70から吐出圧を元圧とし、ライン圧PLを調圧する弁である。このレギュレータ弁71は、ライン圧ソレノイド72を有し、オイルポンプ70から圧送された油の圧力を、CVTコントロールユニット81からの指令に応じて所定のライン圧PLに調圧する。
【0026】
前記第1調圧弁74は、レギュレータ弁71により作り出されたライン圧PLを元圧とし、プライマリ油圧室45に導かれるプライマリ油圧Ppriを作り出す弁である。この第1調圧弁74は、プライマリ油圧ソレノイド75を有し、CVTコントロールユニット81からの指令に応じて第1調圧弁74のスプールに作動信号圧を与える。
【0027】
前記第2調圧弁77は、レギュレータ弁71により作り出されたライン圧PLを元圧とし、セカンダリ油圧室46に導かれるセカンダリ油圧Psecを作り出す弁である。この第2調圧弁77は、セカンダリ油圧ソレノイド78を有し、CVTコントロールユニット8からの指令に応じて第2調圧弁77のスプールに作動信号圧を与える。
【0028】
[ハイブリッド電子制御系構成(
図1)]
前記ハイブリッド電子制御系8は、
図1に示すように、ハイブリッドコントロールモジュール80と、CVTコントロールユニット81と、ブレーキコントロールユニット82と、モータコントロールユニット83と、エンジンコントロールユニット84と、を有して構成される。なお、ハイブリッドコントロールモジュール80と各コントロールユニット81,82,83,84は、情報交換が互いに可能なCAN通信線90を介して接続されている。
【0029】
前記ハイブリッドコントロールモジュール80は、車両全体の消費エネルギーを管理し、最高効率で車両を走らせるための統合制御機能を担うもので、アクセル開度センサ85や車速センサ86やブレーキストロークセンサ87等からの情報を、CAN通信線を介して必要情報を入力する。このハイブリッドコントロールモジュール80には、ドライバーによるアクセル踏み込み操作時、目標駆動トルクと実駆動トルクを演算する駆動トルク演算部と、ドライバーによるブレーキ踏み込み操作時、目標制動トルクと実制動トルクを演算する制動トルク演算部と、を有する。また、目標制動トルクのうち、モータジェネレータ2で可能な最大限の回生トルク分を先に決め、目標制動トルクから回生トルク分を差し引いた残りを液圧トルク分とし、回生制動トルクと液圧制動トルクの総和により目標制動トルク(目標減速度)を得る協調回生制御部を有する。さらに、減速時、モータジェネレータ2で回生する回生制御部を有する。
【0030】
前記CVTコントロールユニット81は、プライマリ回転センサ88、セカンダリ回転センサ89等から必要情報が入力され、ライン圧制御、変速油圧制御、前後進切替制御、等のベルト式無段変速機CVTの油圧制御を行う。プライマリ回転センサ88は、プライマリプーリ42のうち固定プーリ42aの外周位置に配置される。セカンダリ回転センサ89は、終減速機構5のうち第4ギア55の外周位置に配置される。そして、ライン圧制御は、変速機入力トルク等に応じた目標ライン圧を得る制御指令をライン圧ソレノイド72に出力することで行う。変速油圧制御は、車速VSPやアクセル開度APO等に応じて目標変速比を得る制御指令をプライマリ油圧ソレノイド75及びセカンダリ油圧ソレノイド78に出力することで行う。前後進切替制御は、図示しないソレノイドを制御することにより、選択されているレンジ位置が、Dレンジ等の前進走行レンジのとき前進クラッチ31を締結し、Rレンジのとき後退ブレーキ32を締結することで行う。
【0031】
前記ブレーキコントロールユニット82は、ハイブリッドコントロールモジュール80からの制御指令に基づき、ブレーキ液圧アクチュエータ62に対し駆動指令を出力する。また、ブレーキ液圧アクチュエータ62で発生しているブレーキ液圧を監視することにより得られる実液圧制動トルク情報をハイブリッドコントロールモジュール80に送る。
【0032】
前記モータコントロールユニット83は、ハイブリッドコントロールモジュール80からの制御指令に基づき、インバータ21に対し目標力行指令(正トルク指令)又は目標回生指令(負トルク指令)を出力する。また、モータ印加電流値等を検出することにより得られる実モータ駆動トルク情報または実ジェネレータ制動トルク情報をハイブリッドコントロールモジュール80に送る。
【0033】
前記エンジンコントロールユニット84は、ハイブリッドコントロールモジュール80からの制御指令に基づき、エンジン制御アクチュエータ10に対し駆動指令を出力する。また、エンジン1の回転数や燃料噴射量等により得られる実エンジン駆動トルク情報をハイブリッドコントロールモジュール80に送る。
【0034】
[ベルト滑り検知処理構成]
図2は、CVTコントロールユニット81により実行されるベルト滑り検知処理の流れを示す。以下、ベルト滑り検知処理構成をあらわす
図2のフローチャートの各ステップについて説明する(ベルト滑り検知手段)。
【0035】
ステップS1では、WSC制御中であるか否かを判断する。YES(WSC制御中)の場合はステップS3へ進み、NO(WSC非制御中)の場合はステップS2へ進む。
ここで、WSC制御中であるか否かの判断は、WSC制御の開始から終了まで出力されるWSC制御フラグが立っているか(WSC制御フラグ=1)、否か(WSC制御フラグ=0)により行う。
【0036】
ステップS2では、ステップS1でのWSC非制御中であるとの判断に続き、μスリップ制御中であるか否かを判断する。YES(μスリップ制御中)の場合はステップS3へ進み、NO(μスリップ非制御中)の場合はステップS4へ進む。
ここで、μスリップ制御中であるか否かの判断は、μスリップ制御の開始から終了まで出力されるμスリップ制御フラグが立っているか(μスリップ制御フラグ=1)、否か(μスリップ制御フラグ=0)により行う。
【0037】
ステップS3では、ステップS1でのWSC制御中であるとの判断、或いは、ステップS2でのμスリップ制御中であるとの判断に続き、プライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecの変化を緩和するフィルタリング処理を行い、ステップS4へ進む。
このフィルタリング処理では、WSC制御中又はμスリップ制御中において、ジャダーが発生したときのプライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecの変化状況を実験により確認し、最大域のセンサ値変化があってもセンサ値の変化緩和(センサ値のなまし)ができるフィルタ性能に設定する。
【0038】
ステップS4では、ステップS2でのμスリップ非制御中であるとの判断、或いは、ステップS3でのNpri,Nsecのフィルタリング処理に続き、プライマリ回転数センサ値とセカンダリ回転数センサ値を用いたベルト滑り検知を実行し、リターンへ進む。
ここで、ベルト滑り検知は、プライマリ回転数センサ88からのプライマリ回転数センサ値と、セカンダリ回転数センサ89からのセカンダリ回転数センサ値に基づき、プライマリプーリ42とセカンダリプーリ43に対してベルト44が滑っている状態を検知する。すなわち、ステップS2→ステップS4のときは、フィルタリング処理無しのプライマリ回転数センサ値とセカンダリ回転数センサ値を用いたベルト滑り検知を実行し、ステップS3→ステップS4のときは、フィルタリング処理有りのプライマリ回転数センサ値とセカンダリ回転数センサ値を用いたベルト滑り検知を実行する。
【0039】
次に、作用を説明する。
実施例1のベルト式無段変速機CVTの制御装置における作用を、「スリップ非制御中のベルト滑り検知作用」、「スリップ制御中のベルト滑り検知作用」に分けて説明する。
【0040】
[スリップ非制御中のベルト滑り検知作用]
ベルト式無段変速機構4のプーリ油圧制御において、ベルト44の滑りが発生しないように、プライマリ圧Ppriとセカンダリ圧Psecを高めの設定とし、ベルト44のクランプ力を十分な余裕を持って確保すると、両プーリ42,43とベルト44との間でのフリクション損失が増大してしまう。そこで、定常走行状態では、ベルト44の滑りが発生しないが、余裕代を小さくしたクランプ力に設定すると、フリクション損失は抑えられるものの、入力トルクが増大するような過渡状態でベルト44が滑り出すことがある。したがって、フリクション損失を抑えたプーリ油圧に設定した場合、伝達トルクが急増するような過渡状態でのベルト44の滑りを検知し、これをプーリ油圧制御に反映させ、ベルト44の滑りを防止する必要がある。
【0041】
実施例1では、WSC非制御中であり、かつ、μスリップ非制御中であると、
図2のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS4→リターンへと進む流れが繰り返され、ステップS4では、フィルタリング処理無しのセンサ値を用いたベルト滑り検知が実行される。
【0042】
ここで、実施例1でのベルト滑り検知は、目標変速比i*と実変速比iの変速比乖離幅が±αを超えたらベルト滑りが発生していると検知している。
【0043】
すなわち、目標変速比i*は、センサ検出される車速VSPとアクセル開度APOと
図3に示す変速比マップを用い、変速比マップ上での車速VSPとアクセル開度APOによる運転点により目標入力回転数を決定する。そして、決定した目標入力回転数と、実出力回転数(セカンダリ回転数センサ値をベルト式無段変速機構4の出力回転数に換算)の比により目標変速比i*を演算にて求める。
【0044】
そして、実変速比iは、
図4に示す実変速比演算部91により演算される。LPF91a(ローパスフィルタ)では、プライマリ回転数センサ88からのプライマリ回転数センサ値Npriに含まれるノイズを除去する。プライマリ回転数換算部91bでは、ノイズ除去処理後のセンサ値をパルス波に変換し、所定時間当たりのパルス波の数をカウントし、パルスカウント数をプライマリ回転数に変換する。LPF91e及びセカンダリ回転数換算部91fでは、同様の処理により、セカンダリ回転数センサ89からのセカンダリ回転数センサ値Nsecをセカンダリ回転数に変換する。そして、プライマリ回転数とセカンダリ回転数は、切換部91d,91hを介して実変速比演算部91iに入力され、実変速比演算部91iでは、プライマリ回転数とセカンダリ回転数の比により実変速比iを演算する。なお、切換部91d,91hは、WSC制御フラグ又はμスリップ制御フラグが入力されないと、
図4の実線の切換位置が維持される。
【0045】
さらに、ベルト44の滑りが全く無いときは、
図5に示すように、目標変速比i1*と実変速比i1が一致する。一方、ベルト44の滑りがあると、目標変速比i1*に対し実変速比が(i1+α)を超えたり、或いは、目標変速比i1*に対し実変速比が(i1−α)を下回ったりする。よって、実変速比iが出力されているとき、目標変速比i*と実変速比iの差を変速比乖離幅とし、変速比乖離幅が±α以下であるとき、ベルト44の滑りが無いと検知し、変速比乖離幅が+αを超えるとき、或いは、−αを下回るとき、ベルト44に滑りが発生していると検知する。なお、ベルト滑り判定値±αは、例えば、通常の変速時に応答性の差に起因して生じる目標変速比i*と実変速比iの乖離を許容するように、実験値などにより設定する。
【0046】
[スリップ制御中のベルト滑り検知作用]
ハイブリッド車両のように、駆動系に有する前進クラッチ31又は後退ブレーキ32をスリップさせるWSC制御やμスリップ制御を行う場合、このスリップ制御中に前進クラッチ31又は後退ブレーキ32にジャダーが発生することがある。ジャダーが発生すると、ジャダーにより生じた振動成分が、プライマリ回転数センサ値Npriやセカンダリ回転数センサ値Nsecに乗り、例えば、プライマリ回転数とセカンダリ回転数の比により実変速比を算出した場合、振動成分が乗った実変速比が大きく変動する。前進走行時に前進クラッチ31がジャダー状態になった場合を例にとると、前進クラッチ31のトルク容量が変動し、この前進クラッチ31を介して入力されるベルト式無段変速機構4への入力トルクが変動する。この入力トルク変動が、プライマリプーリ42の回転数を変動させることになるし、ベルト44を介してセカンダリプーリ43の回転数を変動させることになる。
したがって、スリップ制御中に前進クラッチ31又は後退ブレーキ32にジャダーが発生すると、実際にはベルト滑りが発生していない状況であっても、実変速比が目標変速比から乖離してしまうことがあり、このとき、ベルトが滑っていると誤検知してしまう。
【0047】
これに対し、実施例1のベルト滑り検知では、前進クラッチ31又は後退ブレーキ32の入出力差回転をトルク伝達状態で許容するWSC制御中やμスリップ制御中、センサ値の変化を緩和するフィルタリング処理を行ったプライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecを用いてベルト滑りを検知するようにした。すなわち、WSC制御中のときは、
図2のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS3→ステップS4へと進み、ステップS3では、プライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecのフィルタリング処理が行われ、ステップS4では、ベルト滑り検知が実行される。μスリップ制御中のときは、
図2のフローチャートにおいて、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4へと進み、ステップS3では、プライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecのフィルタリング処理が行われ、ステップS4では、ベルト滑り検知が実行される。
【0048】
スリップ制御中のベルト滑り検知において、実変速比iは、
図4に示す実変速比演算部91により演算される。つまり、プライマリ回転数換算部91bでのプライマリ回転数の算出に続き、フィルタ処理部91cにおいて、プライマリ回転数換算部91bで算出されたプライマリ回転数の変化を緩和するフィルタリング処理を行う。同様の処理により、セカンダリ回転数換算部91fでセカンダリ回転数の算出に続き、フィルタ処理部91gにおいて、セカンダリ回転数換算部91fで算出されたセカンダリ回転数の変化を緩和するフィルタリング処理を行う。そして、フィルタリング処理後のプライマリ回転数とセカンダリ回転数は、切換部91d,91hを介して実変速比演算部91iに入力され、実変速比演算部91iでは、プライマリ回転数とセカンダリ回転数の比により実変速比iを演算する。なお、切換部91d,91hは、WSC制御フラグ又はμスリップ制御フラグが入力されると、
図4の実線位置から破線位置へと切り換えられる。
【0049】
したがって、駆動系の前進クラッチ31又は後退ブレーキ32をスリップさせるWSC制御中やμスリップ制御中、ベルト滑り検知を確保しながらも、前進クラッチ31又は後退ブレーキ32にジャダーが発生したとき、ベルト滑り状態であると誤検知することが防止される。
【0050】
次に、効果を説明する。
実施例1のベルト式無段変速機CVTの制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0051】
(1) 車両駆動系に、駆動源(エンジン1、モータジェネレータ2)と、プライマリプーリ42とセカンダリプーリ43に掛け渡されたベルト44を有するベルト式無段変速機構4と、駆動輪(左右前輪6,6)と、を備え、
前記プライマリプーリ42のプライマリ回転数センサ値Npriと前記セカンダリプーリ43のセカンダリ回転数センサ値Nsecに基づき、前記プライマリプーリ42と前記セカンダリプーリ43に対して前記ベルト44が滑っている状態を検知するベルト滑り検知手段を設けたベルト式無段変速機CVTの制御装置において、
前記駆動源(エンジン1、モータジェネレータ2)と前記ベルト式無段変速機構4の間に介装される摩擦締結要素(前進クラッチ31、後退ブレーキ32)と、
前記摩擦締結要素(前進クラッチ31、後退ブレーキ32)をトルク伝達状態とし、要素入力回転と要素出力回転の差回転をトルク伝達状態で許容するスリップ制御を行うスリップ制御手段(WSC制御手段、μスリップ制御手段)と、を設け、
前記ベルト滑り検知手段(
図2)は、前記摩擦締結要素(前進クラッチ31、後退ブレーキ32)の入出力差回転をトルク伝達状態で許容するスリップ制御中(WSC制御中、μスリップ制御中)、センサ値の変化を緩和するフィルタリング処理を行ったプライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecを用いてベルト滑りを検知する。
このため、駆動系の摩擦締結要素(前進クラッチ31、後退ブレーキ32)をスリップさせるスリップ制御中(WSC制御中、μスリップ制御中)、ベルト滑りの検知を確保しながら、摩擦締結要素(前進クラッチ31、後退ブレーキ32)にジャダーが発生してもベルト滑り状態であるとの誤検知を防止することができる。また、駆動系の摩擦締結要素(前進クラッチ31、後退ブレーキ32)をスリップさせない時は、センサ値の変化を緩和するフィルタリング処理を行わないプライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecを用いてベルト滑りを検知する。このため、センサ値に変化により詳細に検知することができるので、ベルト滑りをより確実に検知することができる。
【0052】
(2) 前記駆動源として、第1の駆動源であるエンジン1と、第2の駆動源であるモータ(モータジェネレータ2)と、を備え、
前記スリップ制御手段は、前記エンジン1と前記モータ(モータジェネレータ2)を駆動源としている状態(HEVモード)の停車を含む発進域にて、要素入力回転と要素出力回転の差回転をトルク伝達状態で許容するスリップ制御を行うWSC制御手段であり、
前記ベルト滑り検知手段(
図2)は、WSC制御中、センサ値の変化を緩和するフィルタリング処理を行ったプライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecを用いてベルト滑りを検知する(ステップS1→ステップS3→ステップS4)。
このため、(1)の効果に加え、ジャダーが発生しやすいWSC制御中にベルト滑りの検知を確保しながら、ベルト滑り状態であるとの誤検知を防止することができる。
【0053】
(3) 前記駆動源として、モータ(モータジェネレータ2)を備え、
前記スリップ制御手段は、前記モータ(モータジェネレータ2)を駆動源としている状態(EVモード)の定常走行域にて、要素入力回転と要素出力回転の間で差回転をトルク伝達状態で許容するスリップ制御を行うμスリップ制御手段であり、
前記ベルト滑り検知手段(
図2)は、μスリップ制御中、センサ値の変化を緩和するフィルタリング処理を行ったプライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecを用いてベルト滑りを検知する(ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4)。
このため、(1)の効果に加え、ジャダーが発生しやすいμスリップ制御中にベルト滑りの検知を確保しながら、ベルト滑り状態であるとの誤検知を防止することができる。
【0054】
(4) 前記駆動源として、第1の駆動源であるエンジン1と、第2の駆動源であるモータ(モータジェネレータ2)と、を備えるとともに、前記エンジン1と前記モータ(モータジェネレータ2)の間にクラッチ(第1クラッチ12)を介装し、
前記スリップ制御手段は、前記クラッチ(第1クラッチ12)を締結し、前記エンジン1と前記モータ(モータジェネレータ2)を駆動源としている状態(HEVモード)の停車を含む発進域にて、要素入力回転と要素出力回転の差回転をトルク伝達状態で許容するスリップ制御を行うWSC制御手段と、前記クラッチ(第1クラッチ12)を解放し、前記モータ(モータジェネレータ2)を駆動源としている状態(EVモード)の定常走行域にて、要素入力回転と要素出力回転の間で差回転をトルク伝達状態で許容するスリップ制御を行うμスリップ制御手段と、であり、
前記ベルト滑り検知手段(
図2)は、WSC制御中及びμスリップ制御中、センサ値の変化を緩和するフィルタリング処理を行ったプライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecを用いてベルト滑りを検知する(ステップS1→ステップS3→ステップS4、ステップS1→ステップS2→ステップS3→ステップS4)。
このため、(1)の効果に加え、クラッチ(第1クラッチ12)の締結/解放によりHEVモードとEVモードを選択するハイブリッド駆動系を備えたハイブリッド車両において、ジャダーが発生しやすいWSC制御中及びμスリップ制御中にベルト滑りの検知を確保しながら、ベルト滑り状態であるとの誤検知を防止することができる。
【実施例2】
【0055】
実施例2は、プライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecのフィルタリング処理を行う際、WSC制御中とμスリップ制御中とでフィルタ性能を異ならせた例である。
【0056】
実施例2のベルト滑り検知処理構成を説明する。
図6は、CVTコントロールユニット81により実行されるベルト滑り検知処理の流れを示す。以下、ベルト滑り検知処理構成をあらわす
図6のフローチャートの各ステップについて説明する(ベルト滑り検知手段)。
【0057】
ステップS21では、WSC制御中であるか否かを判断する。YES(WSC制御中)の場合はステップS23へ進み、NO(WSC非制御中)の場合はステップS22へ進む。
【0058】
ステップS22では、ステップS21でのWSC非制御中であるとの判断に続き、μスリップ制御中であるか否かを判断する。YES(μスリップ制御中)の場合はステップS24へ進み、NO(μスリップ非制御中)の場合はステップS25へ進む。
【0059】
ステップS23では、ステップS1でのWSC制御中であるとの判断に続き、プライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecの変化を緩和するWSC用フィルタリング処理を行い、ステップS25へ進む。
ここで、「WSC用フィルタ」としては、後述する「μスリップ用フィルタ」よりもセンサ値の変化を緩和するフィルタ性能が強いフィルタを選択する。
【0060】
ステップS24では、ステップS22でのμスリップ制御中であるとの判断に続き、プライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecの変化を緩和するμスリップ用フィルタリング処理を行い、ステップS25へ進む。
ここで、「μスリップ用フィルタ」としては、前記「WSC用フィルタ」よりもセンサ値の変化を緩和するフィルタ性能が弱いフィルタを選択する。その理由は、駆動源にエンジン1を含むWSC制御中に発生するジャダーでのセンサ値の変化幅と、駆動源にエンジン1を含まないμスリップ制御中に発生するジャダーでのセンサ値の変化幅と、を比較すると、WSC制御中に発生するジャダーでのセンサ値の変化幅が大きくなることによる。
【0061】
ステップS25では、ステップS22でのμスリップ非制御中であるとの判断、或いは、ステップS23でのWSC用フィルタリング処理、或いは、ステップS24でのμスリップ用フィルタリング処理に続き、プライマリ回転数センサ値とセカンダリ回転数センサ値を用いたベルト滑り検知を実行し、リターンへ進む。
すなわち、ステップS22→ステップS25のときは、フィルタリング処理無しのプライマリ回転数センサ値とセカンダリ回転数センサ値を用いたベルト滑り検知を実行する。一方、ステップS23→ステップS25のときは、WSC用フィルタリング処理有りのプライマリ回転数センサ値とセカンダリ回転数センサ値を用いたベルト滑り検知を実行し、ステップS24→ステップS25のときは、μスリップ用フィルタリング処理有りのプライマリ回転数センサ値とセカンダリ回転数センサ値を用いたベルト滑り検知を実行する。
なお、全体システム構成は、実施例1の
図1と同様であるので、図示並びに説明を省略する。
【0062】
次に、スリップ制御中のベルト滑り検知作用を説明する。
WSC制御中のときは、
図6のフローチャートにおいて、ステップS21→ステップS23→ステップS25へと進み、ステップS23では、プライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値NsecのWSC用フィルタリング処理が行われ、ステップS25では、ベルト滑り検知が実行される。μスリップ制御中のときは、
図6のフローチャートにおいて、ステップS21→ステップS22→ステップS24→ステップS25へと進み、ステップS24では、プライマリ回転数センサ値Npriとセカンダリ回転数センサ値Nsecのμスリップ用フィルタリング処理が行われ、ステップS25では、ベルト滑り検知が実行される。
【0063】
このように、WSC制御中かμスリップ制御中かにより、フィルタリング処理を、WSC用フィルタリング処理とμスリップ用フィルタリング処理とに分けたことで、μスリップ制御中、ベルト滑り検知精度を高めることができる。なぜなら、WSC制御中かμスリップ制御中かにかかわらず、同じフィルタリング処理を行う場合、センサ値の変化幅が大きくなる側のフィルタ性能に合わせる必要がある。そこで、WSC制御中にフィルタ性能に合わせると、μスリップ制御中には必要以上のフィルタ効果となり、その分、ベルト滑り検知精度が低下することによる。
なお、他の作用は、実施例1と同様であるので、説明を省略する。
【0064】
次に、効果を説明する。
実施例2のベルト式無段変速機CVTの制御装置にあっては、下記の効果を得ることができる。
【0065】
(5) 前記ベルト滑り検知手段(
図6)は、フィルタリング処理部として、第1フィルタリング処理部(ステップS23)と、前記第1フィルタリング処理部(ステップS23)よりもセンサ値の変化緩和程度を弱くした第2フィルタリング処理部(ステップS24)と、を有し、WSC制御中、前記第1フィルタリング処理部(ステップS23)によりセンサ値のフィルタリング処理を行い、μスリップ制御中、前記第2フィルタリング処理部(ステップS24)によりセンサ値のフィルタリング処理を行う。
このため、実施例1の(4)の効果に加え、WSC制御中及びμスリップ制御中にベルト滑りの誤検知防止を確保しながら、μスリップ制御中、ベルト滑り検知精度を高めることができる。
【0066】
以上、本発明のベルト式無段変速機の制御装置を実施例1及び2に基づき説明してきたが、具体的な構成については、これらの実施例に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0067】
実施例1,2では、ベルト滑り検知手段として、目標変速比i*と実変速比iとの変速比乖離幅によりベルト滑りの有無を検知する例を示した。しかし、ベルト滑り検知手段としては、プライマリ回転数センサ値とセカンダリ回転数センサ値を用いて目標ベルト移動速度(目標ベルト回転数)を算出し、この目標ベルト移動速度と、センサ検知される実ベルト移動速度と、の差によりベルト滑りの有無を検知する等、他の検知例であっても良い。
【0068】
実施例1,2では、ベルト式無段変速機CVTのベルトとして、2組の積層リングと多数のエレメントにより構成されたベルト44の例を示した。しかし、ベルト式無段変速機のベルトとしては、チェーンベルトや他のベルトであっても良い。
【0069】
実施例1,2では、ベルト式無段変速機を搭載し、エンジンとモータの間に第1クラッチを介装したハイブリッド車両への適用例を示した。しかし、ベルト式無段変速機を搭載し、エンジンとモータを直結したハイブリッド車両にも適用できるし、また、ベルト式無段変速機を搭載した電気自動車にも適用できる。さらに、ベルト式無段変速機を搭載したエンジン車両に対しても適用することができる。このエンジン車両の場合、発進クラッチのスリップ締結制御中や、トルクコンバータのロックアップクラッチをスリップ締結するスリップロックアップ制御中において、センサ値の変化を緩和するフィルタリング処理を行ったプライマリ回転数センサ値とセカンダリ回転数センサ値を用いてベルト滑りを検知するようにしても良い。