(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
電子機器部品は強度特性や耐食性に加え、平坦度や寸法精度の要求が厳しく、高い加工性が求められる。そのため、切削のみで加工すると、冷間鍛造に比べると生産性が低く、コストが高い。一方、冷間鍛造は生産性が高いが、製品に要求される表面粗さ規格が厳しく、冷間鍛造のみでは表面仕上げが難しい。したがって冷間鍛造により可能な限り仕上げ形状に近づけて製造し、最後に切削加工で表面を仕上げる方法が、品質を満足し、生産性を高め、鋼線から製品加工してコストが最も低くなる。
【0003】
しかしながら、従来のステンレス鋼線は切削が難しい。そのため、切削性を向上させるために、熱伝導率の比較的高いフェライト系ステンレス鋼に、切削性向上に有効なPbやBi等の合金元素を添加し、低融点の介在物や析出物を分散させている。しかし、これらの手段は加工変形量を低下させ割れやすくなる。更に、表面の介在物が大きくなることや数が多くなると、これらを起点として発銹しやすくなり、耐食性の確保が難しくなる。すなわち、冷間鍛造性と切削性、及び耐食性を全て向上させることは非常に難しい。
【0004】
特許文献1には、Cr:10.0〜30.0%に、切削性向上のためS:0.10%以下とし、Se:0.03〜0.30%、Te:0.01〜0.10%、Pb:0.03〜0.30%、Bi:0.03〜0.30%の少なくとも1種以上を含み、円相当直径200μm以下の結晶粒の占める面積率が60%以上で、シャルピー遷移温度50℃以下の靱性、冷間加工性、加工後の表面肌特性に優れたフェライト系快削ステンレス鋼が開示されている。しかしながら、特許文献1には介在物の組成や分布に関しては開示されていない。
【0005】
特許文献2には、フェライト系ステンレス鋼を、質量%でC:≦0.15%,Si:≦1.00%,Mn:≦1.50%,Cr:12〜30%,S:≧0.010%,必要に応じて更にAl:2.0〜6.0%を含有し、且つ硫化物の幅を3μm以下にすることにより靭性、延性を損なわず被削性の改善されたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。しかしながら介在物の大きさの制限は開示されているものの、介在物の組成や分布に関しては開示されていない。
【0006】
特許文献3には、質量%で、Cr:10〜20%を含有するフェライト系ステンレス鋼において、円相当径が1μm以上であり、質量%でTiO2:5〜30%、CaO:5〜30%、Al2O3:24.1〜49.7%、SiO2:6.2〜26.8%を含む、Al2O3−SiO2−CaO−TiO2系の酸化物系介在物を任意の断面1mm×1mmあたり30個以上含有することを特徴とする被削性に優れたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。介在物の組成と割合は開示されているものの介在物の分布に関しては開示されていない。
【0007】
特許文献4には、塑性加工後の切削性を向上して生産性を高め、かつ、介在物の脱落による汚染を防止したロータハブが開示されている。このロータハブに用いるフェライト系快削性ステンレス鋼の成分は、P:0.05%〜0.15%、S:0.10%〜0.30%、Mn:0.15%〜0.30%、Cu:0.40%〜1.00%であって、部品の中心軸に沿った切断面上に現れるA系介在物(圧延により引き伸ばされた形状を有する介在物)の方向、大きさ、分布密度(厚み方向の大きさが50μmを超えるものの分布密度が3個/mm
2未満)を規定したロータハブが開示されている。しかしながら、塑性加工前の棒材の介在物の状態については、長さ100μm以上のA系介在物が該切断面で1個/mm
2以上分布していることが開示されているのみであり、棒材における介在物分布については開示されていない。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。まず、本発明において、ステンレス鋼線の成分組成を上記の範囲に限定した理由について説明する。本明細書において、特に限定しない限り成分組成に関する%は質量%を意味する。
【0016】
C:0.001%以上0.02%以下
Cは、マトリックスのフェライト組織の強度を高め、更に、オーステナイト相および炭化物の生成元素である。オーステナイト相は、溶接後においてマルテンサイト組織を生じて強度を向上させ、また微細炭化物も強度の向上に寄与するため、0.001%以上含有させる。この効果を確実にするため、好ましくは0.003%以上とし、さらに好ましくは0.004%以上にするとよい。しかしながら、0.02%超では熱間圧延後の冷却速度によってはCr炭化物の粒界への析出によりその回りにCr欠乏層が生成するようになる。腐食環境では、粒界に沿ったCr欠乏層が溶解するので、いわゆる粒界腐食が発生する。従って、C量を0.02%以下の範囲に限定した。さらに粒界腐食を防止するには、C量は0.015%以下の範囲にすることが望ましい。さらに好ましくは、0.010%以下にするとよい。
【0017】
Si:0.1%以上1.0%以下
Siは、脱酸剤として、またSiO2の酸化皮膜を形成して切削加工時の表面の温度上昇に対して酸化の進行を抑制するので耐高温酸化性に有用な元素である。しかし、含有量が1.0%超になると硬くなり機械的性質が劣化する。従って、Si量は1.0%以下とした。この効果を確実にするため、好ましくは0.9%以下とし、さらに好ましくは0.8%以下にするとよい。
また、0.1%未満では脱酸効果が得られないため0.1%以上含有させる。この効果を確実にするため、好ましくは0.2%以上とし、さらに好ましくは0.25%以上にするとよい。
【0018】
Mn:1.0%以下
MnもCと同様マトリックスのフェライト組織の強度を高め、更に、オーステナイト相生成元素であるが、オーステナイトMn含有量が1.0%を超えると鋼中に残存する介在物が多くなり耐食性が劣化する。従って、Mn量は1.0%以下の範囲とした。この効果を確実にするため、好ましくは0.9%以下とし、さらに好ましくは0.8%以下にするとよい。また、Mnは必ずしも含有しなくてもよいが、0.1%より少ないと鋼線の強度が低くなるので、0.1%以上含有することが好ましい。さらに好ましくは。0.15%以上とするとよい。
【0019】
P:0.04%以下
Pは、原料から不可避で混入する元素であり、靱性等の機械的性質を劣化させるのみならず、耐食性に対しても有害な元素である。したがって、Pは極力低減することが好ましい。特にP含有量が0.04%超になるとその悪影響が顕著になるので、P量は0.04%以下に制限するものとした。
【0020】
S:0.03%以下
Sは、Pと同様に原料から不可避で混入する元素であり、Mnと結合してMnSを形成し、初期発銹の起点となる。またSは、結晶粒界に偏析して粒界脆化を促進する有害元素でもある。したがって、Sは極力低減することが好ましい。特にS含有量が0.03%を超えるとその悪影響が顕著になるので、S量は0.03%以下に制限するものとした。
【0021】
Cr:10.5%以上30.0%以下
Crは、本発明における耐食性発現成分として重要な元素である。本発明で対象にする鋼線は、耐食性に必要なCr量として、少なくとも10.5%が必要である。これは、10.5%未満になると強固な不動態皮膜や高温酸化皮膜が生成され難くなるためである。この効果を確実にするため、好ましくは12.0%以上とし、さらに好ましくは15.0%以上にするとよい。
一方、Cr濃度が30.0%超になると、耐食性は良くなるものの、靱性が低くなることやコストアップに繋がる。従って、Cr濃度は30.0%以下とした。この効果を確実にするため、好ましくは21.0%以下とし、さらに好ましくは20.0%以下にするとよい。
【0022】
N:0.001%以上0.025%以下
Nは、マトリックスのフェライト組織の強度を高め、更に、オーステナイト相および窒化物の生成元素であり強度を高めるため、0.001%以上含有させる。この効果を確実にするため、好ましくは0.005%以上とし、さらに好ましくは0.008%以上にするとよい。一方、過剰に含有させると耐食性、冷間鍛造性を劣化させるため上限を0.025%とした。好ましくは、0.020%以下であり、更に好ましくは、0.018%以下である。
【0023】
Nb:0.20%以上0.80%以下、またはTi:0.10%以上0.50%以下の少なくとも1種以上
NbとTiは、ともに炭化物や窒化物を形成する元素であり、Cr炭化物の生成を抑制し、その結果Cr欠乏層の生成を抑制するので粒界腐食を防止することができる。そのため、NbとTiの少なくとも1種以上を含有させることとする。
【0024】
Nbで耐食性向上効果を得るためには、0.20%以上含有させることが必要である。この効果を確実にするため、好ましくは0.25%以上とし、さらに好ましくは0.30%以上にするとよい。
しかしながら含有量が0.80%超になると冷間鍛造性や耐高温酸化性が劣化する。この効果を確実にするため、好ましくは0.75%以下とし、さらに好ましくは0.70%以下にするとよい。
【0025】
Tiで上記効果を発現させるためには、0.10%以上添加することが望ましい。この効果を確実にするため、好ましくは0.15%以上とし、さらに好ましくは0.20%以上にするとよい。一方、含有量が0.50%超になると冷間鍛造性や耐高温酸化性が劣化する。とくにTiは多く含むと酸化皮膜が緻密でなくなるため高温酸化が進行しやすくなる。従って、0.50%以下とした。この効果を確実にするため、好ましくは0.45%以下であり、更に好ましくは0.40%以下とするとよい。
【0026】
また、TiとNbを共に含有させることにより、酸化皮膜の緻密さを増す効果が発現し、耐食性が向上する。
【0027】
(Nb+Ti)/(C+N)≧10
上述したNbとTiは、(Nb+Ti)/(C+N)≧10となるように含有させることが必要である。式中、Nb、Ti、C、Nはそれぞれの元素含有量(質量%)を意味する。
【0028】
フェライト系ステンレス鋼は溶接時にCr炭窒化物が粒界に沿って形成され、その回りには耐食性が劣化したCr欠乏層が存在する。急冷してもCr欠乏層の形成を抑制することは難しい。そのためTi、Nbを添加し、Ti、Nb炭窒化物を優先的に析出させることでCr炭窒化物析出を抑制しCr欠乏層の形成を抑制する。溶接部の粒界腐食感受性を検出する試験方法として、JIS G 0575の硫酸濃度を変えた硫酸・硫酸銅腐食試験を実施した。試験条件は、沸騰させた溶液中(硫酸濃度:0.5%、硫酸銅:5%)に試験片を銅片に接触させながら16時間(h)連続浸漬した。試験後、試験片の断面を切出し、光学顕微鏡で溶着金属部の粒界腐食状況を観察した。硫酸・硫酸銅腐食試験における粒界腐食発生有無と溶着金属成分の関係を調査した結果、
(Nb+Ti)/(C+N)≧10
であれば粒界腐食の発生が抑制されることを見出した。この効果を確実にするため、好ましくは、(Nb+Ti)/(C+N)≧15とするとよく、更に好ましくは、(Nb+Ti)/(C+N)≧20とするとよい。
【0029】
Cu、Ni、Moは、含有させることによって耐食性や強度が向上するため、1種以上を含有させる。
【0030】
Cu:0.05%以上1.0%以下
Cuは、耐食性および強度を向上させる有用な元素である。この効果を得るためには、0.05%以上含有させることが好ましい。この効果を確実にするため、好ましくは0.1%以上にするとよく、更に好ましくは0.2%以上にするとよい。一方、含有量が1.0%超になると靭性が劣化するのみならず冷間鍛造性が劣化する。従って、1.0%以下とした。この効果を確実にするため、好ましくは0.9%以下にするとよく、更に好ましくは0.8%以下にするとよい。
【0031】
Ni:0.05%以上1.0%以下
Niは、Cuと同様に耐食性および強度を向上させる有効な元素である。この効果を得るためには0.05%以上含有させることが好ましい。この効果を確実にするため、好ましくは0.1%以上にするとよく、更に好ましくは0.2%以上にするとよい。一方、含有量が1.0%超になると冷間鍛造性が劣化する。従って、1.0%以下とした。この効果を確実にするため、好ましくは、0.9%以下にするとよく、更に好ましくは、0.8%以下にするとよい。
【0032】
Mo:0.02%以上2.5%以下
Moは、耐食性および高温強度を高め、フェライト生成元素であり、0.02%以上含有させることでこの効果が得られる。この効果を確実にするため、好ましくは0.1%以上にするとよく、更に好ましくは0.3%以上にするとよい。一方2.5%を超えるとσ相が析出しやすく脆化し、冷間鍛造性が劣化するので0.02〜2.5%とする。この効果を確実にするため、好ましくは、2.3%以下にするとよく、更に好ましくは、2.0%以下にするとよい。
【0033】
本発明では、更に種々の目的に応じてAl,Ca,V,B,Bi,Mg,Zr,REM(Sc,Y及び原子番号57番〜71番までの元素)から選ばれた1種又は2種以上を任意で添加することができる。
【0034】
Al:0.05%以下
Alは,脱酸剤として有用な元素であり、必要に応じて0.001%以上添加できる。しかし,含有量が0.05%超になると靭性が劣化する。従って,0.05%以下とした。
【0035】
Ca:0.05%以下
Caは,熱間加工性を向上させる有用な元素であり,必要に応じて0.001%以上添加できる。一方、含有量が0.05%超になると靭性が劣化する。従って,0.05%以下とした。
【0036】
V:0.1%以下
Vは,耐食性を向上させる有用な元素であり,必要に応じて0.03%以上添加できる。一方、含有量が0.1%超になると靭性が劣化する。従って,0.1%以下とした。
【0037】
B:0.01%以下
Bは,熱間加工性を向上させる有用な元素であり、必要に応じて0.0003%以上添加できる。一方、含有量が0.01%超になると靭性が劣化する。従って,0.01%以下とした。
【0038】
Bi:0.5%以下
Biは,耐食性及び切削加工性を向上させる有用な元素であり、必要に応じて0.005%以上添加できる。一方、含有量が0.5%超になると靭性が劣化する。従って、0.5%以下とした。
【0039】
Mg:0.1%以下
Mgは,耐食性を向上させる有用な元素であり,必要に応じて0.0002%以上添加できる。一方、含有量が0.1%超になると靭性が劣化する。従って、0.1%以下とした。
【0040】
Zr:0.5%以下
Zrは,耐食性,熱間加工性を向上させる有用な元素であり,必要に応じて0.03%以上添加できる。一方、含有量が0.5%超になると効果が飽和する。従って,0.5%以下とした。
【0041】
REM(Sc,Y及び原子番号57番〜71番までの元素):0.1%以下
REMは,熱間加工性を向上させる有用な元素であり,必要に応じて0.03%以上添加できる。一方、含有量が0.1%超になると靭性が劣化する。従って、0.1%以下とした。
【0042】
また、本発明において、鋼線中の介在物について規定した理由を説明する。
上述したように、本発明者らは、冷間鍛造性と快削性とを両立する条件を見出すため、介在物の大きさや密度について、詳細に検討を行った。
【0043】
介在物の測定は、以下のようにして行った。つまり、JIS G 0555(2003)の附属書1の方法に従い顕微鏡観察及び画像処理によって測定した。
図1に示すように、検査される面(被検面)2は鋼線の中心を通り、鋼線軸方向に平行な切断面で、中心から試験片1の端(鋼線の表層)まで含むものとした。また、被検面2中で、鋼線表面から鋼線中心方向に鋼線外径の1/6の長さ(鋼線の外径をtとし、鋼線径の1/6に相当する長さを1/6tと表す。以下同様。)までの領域を鋼線表層部3とよぶ。また、鋼線表面から鋼線中心方向に、鋼線外径の1/6の長さを超え、鋼線外径の1/2の長さ(つまり鋼線中心)までの領域を鋼線中央部4とよぶ。なお、被検面2中の観察領域は、鋼線表層部で300mm
2とし、鋼線中央部で600mm
2とした。そして、縦125μm×横150μmの測定視野を、それぞれの観察領域から200視野、400視野ずつ抽出し、介在物の面積や密度を測定した。なお、顕微鏡の倍率は400倍とし、各測定視野の端部において、介在物の一部が視野外にはみ出しているなどの理由で介在物全体が観察できないものについては測定対象外とした。また、各測定視野において介在物面積が0.5μm
2未満のものは、冷間鍛造性や快削性への影響が極めて小さいため、測定対象外とした。この測定方法にて、種々の鋼線について、介在物の大きさや密度と、冷間鍛造性、快削性との関係を調査した。
なお、介在物の測定方法は、前記した方法には特に限定されない。観察領域や、測定視野の大きさは、適宜選択すればよい。
【0044】
その結果、非検面において、過剰に大きい介在物(例えば介在物面積で100μm
2超の介在物)が存在すると、冷間鍛造で割れが生じることが分かった。ここで、介在物面積とは、測定視野で測定される介在物の面積を指す。そのため、介在物面積の最大値を100μm
2以下とした。また、介在物面積の平均値が1μm
2未満であると切削加工性が悪化するので、介在物面積の平均値は1μm
2以上とした。介在物面積の平均値が5μm
2超であると冷間鍛造で割れが生じるようになるので、介在物面積の平均値は5μm
2以下とした。
【0045】
また、鋼線表層部における介在物が大きく、密度が大きいほど切り屑が小さく分離しやすいため切削加工性が向上することを知見した。一方、冷間鍛造においては介在物が小さく、密度が小さいほど、介在物を起点とした加工割れが発生し難く有利であることも分かった。また、介在物が小さく、さらに密度も小さいほど発銹の起点が少なくなり耐食性が高くなることも分かった。これらの理由から、介在物の介在物面積の最大値や平均値を制御するだけでなく、鋼線表層部と鋼線中央部のそれぞれにおいて介在物の密度を制御することが重要であることを見出した。
【0046】
まず、切削加工性向上に寄与する鋼線表層部における介在物の制御について説明する。
【0047】
鋼線表層部における介在物面積0.5μm
2以上の介在物の密度が3000個/mm
2未満の場合、切削加工性が悪くなり、7000個/mm
2超の場合は冷間鍛造性が悪くなる。このため、介在物の密度は3000個/mm
2以上7000個/mm
2以下とするとよい。
【0048】
鋼線表層部の介在物を対象としたのは、次の理由による。すなわち、冷間鍛造後の切削加工を必要とする切り代は小さいほどコストが低くなるが、鋼線表層部の切削性が良好であれば、加工コストが低く抑えられ、さらに製品の平坦度や表面粗さが確保できるからである。鋼線の外径は特に限定されないが、φ1mm〜φ20mmが望ましい。
【0049】
耐食性の観点からも、上記の成分範囲であれば、母地の合金元素の規定により発銹が抑制されることも分かった。
【0050】
また、鋼線中央部において、介在物の密度が、鋼線表層部の密度より小さいことを規定した理由を説明する。鋼線中央部においては、切削加工性より冷間鍛造性及び耐食性の確保が重要であり、そのため介在物の密度を小さくすることが有効である。したがって、鋼線中央部は鋼線表層部より介在物の密度を小さくするとよい。鋼線表層部と鋼線中央部の介在物の密度差が1000個/mm
2以上であると好ましい。
【0051】
鋼線中央部において、介在物面積0.5μm
2以上の介在物の密度が、1000個/mm
2以上3000個/mm
2以下であることが望ましい。3000個/mm
2以下とすることにより、冷間鍛造性及び耐食性を十分に確保することができる。1000個/mm
2未満にすると精錬工程及び鋳造工程に手間や時間を要し生産性が低下し、製造コストが大幅に上昇するからである。
【0052】
本発明のステンレス鋼線の製造方法について説明する。
【0053】
鋼線は、その材料としてのビレットから逐次加工されて製造され、さらに鋼線から部品が製造されるが、その代表的な製造プロセスは以下の通りである。
[1]ビレット−[2]線材圧延−[3]焼鈍−[4]伸線−[5]焼鈍−[6]スキンパス伸線−[7]冷間鍛造−[8]切削加工−[9]部品として使用。
また、ビレットはa合金原料溶解−b精錬−c連続鋳造のプロセスで製造される。
【0054】
上述した介在物の大きさ及び密度は、b精錬−c連続鋳造のプロセス条件によって、制御することが可能である。製錬や鋳造の諸条件と介在物性状との関連を例示する。例えば、断面積100μm
2を超える大型の介在物は、精錬工程や鋳造工程で浮上させてスラグとして溶鋼から分離することができる。このため、浮上時間を長くすると、大型の介在物が浮上しやすくなる。鋳造工程での浮上時間を大きくするため、連続鋳造時のビレットの引き抜き速度を遅くするほど、最大介在物のサイズ(断面積)を小さくすることができる。また、介在物面積0.5μm
2以上の介在物の平均介在物面積を小さくすることができる。従って、ビレットの引き抜き速度を適正化することにより、介在物面積100μm
2超の介在物が存在せず、介在物面積0.5μm
2以上の介在物の平均介在物面積を5μm
2以下にすることができる。ただし、引き抜き速度を遅くしすぎると、介在物面積0.5μm
2以上の介在物の平均介在物面積が1μm
2未満となるので、引き抜き速度を下げすぎないようにする。後述の実施例で用いた連続鋳造装置の場合について具体的に示すと、ビレットの引抜き速度を0.1〜1.0m/minに設定すると良い。ビレットの引抜速度が0.1m/min未満だと、浮上時間が過剰に長くなるため、鋼内部には微細な介在物しか残存せず、必要な介在物面積を得ることができなくなる。さらに、過剰に清浄化されるため、快削性に必要な表層部の介在物密度も得られなくなる。一方、1.0m/min超では介在物浮上時間が短すぎるため、大きな介在物が残存するだけでなく、清浄化が進まないので介在物密度が大きくなりすぎるため、冷間鍛造性が悪くなる。
【0055】
また、鋳型内電磁攪拌によっても鋼内介在物を制御することが可能である。鋳型内電磁攪拌を行うと、溶鋼内に流動が発生し、介在物同士が衝突を繰り返す。それにより、一部の介在物は凝集し、浮上しやすい大型の介在物となる。この作用により、鋳型内電磁攪拌の条件を適正に設定することで鋼を清浄化することが可能になる。また、電磁攪拌は表層部と中心部の介在物密度分布にも影響を及ぼす。つまり、このような大型の介在物は、浮上しやすくなると共に、同じ介在物内での速度差が顕著に現れ出す。つまり、電磁攪拌を行う場合はビレットの外周側では溶鋼流速が速く、中心部では溶鋼流速は遅くなる。介在物が大きくなってくると、介在物の外周側は速度が速く中心部側では速度が遅いため、大型介在物は中心部へ向かって移動していく。そして、大型介在物は中心部へ向かうと同時に浮上していくため、中心部付近の介在物は大型介在物に取り込まれながら一緒に浮上していく。その結果、表層部よりも中心部のほうが介在物の密度が小さくなるのである。従って、電磁攪拌による溶鋼流速を調整することにより、(1)鋼線表層部における介在物面積0.5μm
2以上の介在物の存在密度が3000〜7000個/mm
2、(2)介在物面積0.5μm
2以上の介在物の密度において、鋼線中央部が鋼線表層部より小さくできる。下記実施例で用いた丸ビレット連続鋳造装置の場合、電磁撹拌の条件は、モールドの中心からモールド半径の5/6の位置に於ける流速が10〜20cm/秒となるように設定する。電磁攪拌による流速が10cm/秒未満では、大型介在物の生成は少なく、介在物密度が大きくなりすぎてしまう。一方、20cm/秒超では、大型介在物が多量に発生し、介在物の浮上が過剰となる。その結果、鋼内部には微細な介在物しか残存せず、必要な介在物平均面積を得ることができなくなる。さらに、過剰に清浄化されるため、快削性に必要な表層部介在物密度も得られなくなる。
【0056】
なお、これらの設定条件は、使用している設備や諸々の操業条件によって異なる場合があり、実操業の諸条件と介在物の大きさ、密度との関係を調べて、介在物分布が本発明範囲となるように適宜設定すれば良い。
【実施例】
【0057】
a合金原料溶解−b精錬−c連続鋳造の工程でビレットを作製し、[1]ビレット−[2]線材圧延−[3]焼鈍−[4]伸線−[5]焼鈍−[6]酸洗−[7]スキンパス伸線の工程で線材コイルを製造した。
【0058】
連続鋳造は、直径178mmの丸ビレット連続鋳造装置によって行った。連続鋳造の鋳型内において電磁攪拌を適用した。電磁攪拌は、鋳型内の溶鋼に旋回流れを形成するように行った。鋳型内の溶鋼流速の測定を行った。鋳型内の溶鋼表面において、モールドの中心からモールド半径の5/6の位置の溶鋼流速を、非特許文献1に記載されたような溶鋼流速計測センサーによって計測した。
【0059】
[4]伸線後に[5]焼鈍(900〜950℃×1〜3h、水冷等)を実施した。[7]スキンパス伸線後に介在物サイズ及び介在物分布を測定した(表1に記載)。また,スキンパス伸線後サンプルを切出し、冷間鍛造し割れの有無を調査した。冷間鍛造の条件はφ16mm鋼線を長手方向に垂直に切断してサンプルを切出し、そのサンプルを据え込み鍛造した。据え込み率(%)は、下記で70%とした。
据え込み率(%)=((H−h)/H)×100
ただし、鍛造前のサンプルの長さをH、鍛造後のサンプルの長さをhとする。
【0060】
鍛造後表面の割れの有無を観察し、据え込み率70%で割れ無しを◎(優),据え込み率50%で割れ無しを○(良),据え込み率50%で割れ有りを×(不可)で評価した。
【0061】
また、鋼線の切削性の評価については、φ16mmの鋼線の端面をサーメット工具で切削し、100m切削後の表面状態をRaにて評価した。周速150m/min,切り込み0.04mm、送り0.03mm/rev、クーラントには水溶性切削油剤を用いた。
Ra:0.5μm以下でむしれ小のものを○(良)
Ra:0.5μm超えるかあるいはむしれ大のものを×(不可)、
で評価した。
【0062】
また、冷間鍛造後に表層に切削加工を施して、
図2に示すφ20mm、厚み1.0mmのハブを模擬した形状のサンプルを作製した。
【0063】
その後、ハブを模擬したサンプルについてJIS Z 2371に準拠した、35℃5%塩水噴霧試験(168h)を実施し、発銹の状況を観察した。発銹状況は、発銹無し◎(優),僅かに発銹有り(レイティングナンバー6以上)○(良),発銹有り(レイティングナンバー6未満)を×(不可)として評価した。
【0064】
表1,表2に本発明のハブ材用ステンレス鋼線の化学成分と冷間鍛造,切削加工,塩水噴霧試験の評価結果および比較例を示す。表中の「耐粒界腐食性指標」は(Ti+Nb)/(C+N)を意味する。
【0065】
表1に記載したNo.1〜No.29における電磁撹拌条件は、10〜20cm/秒、ビレット引抜き速度は0.1〜1.0m/分である。
【0066】
【表1】
【0067】
No.1〜No.20は、本発明の実施例を示す。いずれも冷間鍛造性、切削性及び耐食性の劣化は検出されなかった。
【0068】
一方、No.21はC量が0.02%を上回っており、耐食性が劣化した。No.22はSi量が1.0%を超えており、冷間鍛造性が劣化した。No.23はMn量が1.0%を超えており、耐食性が劣化した。
【0069】
No.24はCr量が10.5%を下回っており、耐食性が劣化した。No.25はCr量が30.0%を上回っており、冷間鍛造性が劣化した。No.26はNb量が0.20%を下回っており、耐食性が劣化した。
【0070】
No.27はNb量が0.80%を上回っており、冷間鍛造性が劣化した。No.28はN量が0.025%を上回っており、冷間鍛造性が劣化した。
【0071】
No.29は粒界腐食性指標(Ti+Nb)/(C+N)が10を下回っており、耐食性が劣化した。
【0072】
【表2】
【0073】
表2に記載した実施例においては、電磁攪拌による溶鋼流速(cm/秒)とビレットの引き抜き速度(m/分)を変化させた。本実施例を適用した連続鋳造装置においては、ビレットの引抜速度が0.1m/分未満だと、浮上時間が過剰に長くなる結果、鋼内部には微細な介在物しか残存せず、必要な介在物平均面積を得ることができなくなる。一方、1.0m/分超では介在物浮上時間が短すぎるため、最大介在物サイズが本発明範囲を超え、あるいは平均介在物面積が本発明の上限を超え、冷間鍛造性が悪くなる。電磁攪拌による流速が10cm/秒未満では、鋼線の半径方向において鋼線中央部の介在物密度を減少させることができず、介在物の分布が適正にならない。一方、20cm/秒超では、大型介在物が多量に発生し、介在物の浮上が過剰となる。その結果、鋼内部には微細な介在物しか残存せず、必要な介在物平均面積を得ることができなくなる他、過剰に清浄化されるため、快削性に必要な表層部介在物密度も得られなくなる。
【0074】
表2のNo.30〜No.34は本発明の実施例を示す。成分が本発明範囲内であり、電磁攪拌による溶鋼流速とビレットの引き抜き速度を好適条件とした結果として、鋼線中の介在物の大きさ、密度、分布が本発明範囲内にあり、いずれも冷間鍛造性、切削性及び耐食性の劣化は検出されなかった。
【0075】
比較例のNo.35はビレット引抜き速度が1.0m/分を上回り、介在物平均面積が5μm
2を上回っており、鋼線表層部の介在物密度が上限を上回り、冷間鍛造性および耐食性が劣化した。No.36はビレット引抜き速度が1.0m/分を上回り、介在物サイズが100μm
2を上回っており、介在物平均面積が5μm
2を上回っており、冷間鍛造性および耐食性が劣化した。No.37はビレット引抜き速度が0.1m/分を下回り、介在物平均面積が1μm
2を下回っており、鋼線表層部の介在物密度が下限を下回り、切削加工性が劣化した。
【0076】
No.38は 電磁撹拌速度が20cm/秒を上回り、介在物平均面積が1μm
2を下回っており、鋼線表層部の介在物密度が3000個/mm
2を下回り、切削加工性が劣化した。No.39は電磁撹拌速度が10cm/秒を下回り、鋼線表層部の介在物密度が7000個/mm
2を上回っており、冷間鍛造性および耐食性が劣化した。