(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記マルテンサイトステンレス鋼の微細構造中のデルタフェライトの比率が1%以下であることを特徴とする請求項1〜18のいずれか一項に記載のマルテンサイトステンレス鋼。
【背景技術】
【0002】
構造的硬化されたマルテンサイトステンレス鋼が、特にこの用途に関連する需要に合致する目的で開発された。伝統的に、より通常的には300Mと呼ばれる、特に、0.40%のC、1.80%のNi、0.85%のCr、及び0.40%のMoを含む、40NiSiCrMo7タイプの非ステンレス鋼が使用される。これらは重量%であって、本明細書中に述べられているすべての含有量も同様である。適当な熱処理の後、この鋼は1930MPaより大きな引張強度Rmと、55MPa・m
1/2の靱性K
1cを有することができる。これら機械的特性に加えて、高い耐腐食性の特性を持つ鋼を有する可能性があることが有利である。この目的のために種々のグレードが開発されてきたが、それらのいずれも十分な満足を与えるものではなかった。
【0003】
特許文献1に開示された、典型的にはC≦0.050%、Si≦0.6%、Mn≦0.5%、S≦0.015%、Cr=11.5〜13.5%、Ni=7〜10%、Mo=1.75〜2.5%、Al=0.5〜1.5%、Ti≦0.5%、Nb≦0.75%、N≦0.050%のグレードは、1800MPa未満という低すぎる機械的強度を有する。
【0004】
特許文献2に開示された、典型的にはC≦0.020%、Cr=11〜12.5%、Ni=9〜11%、Mo=1〜2.5%、Al=0.7〜1.5%、Ti=0.15〜0.5%、Cu=0.5〜2.5%、W=0.5〜1.5%、B≦0.0010%のグレードもまた、それ自体が不十分なRmを有する。
【0005】
特許文献3に開示された、典型的にはC≦0.030%、Si≦0.75%、Mn≦1%、S≦0.020%、P≦0.040%、Cr=10〜13%、Ni=10.5〜11.6%、Mo=0.25〜1.5%、Al≦0.25%、Ti=1.5〜1.8%、Cu≦0.95%、Nb≦0.3%、N≦0.030%、B≦0.010%のグレードもまたそれ自体が不十分なRmを有する。
【0006】
特許文献4に開示された、典型的にはC≦0.030%、Si≦0.5%、Mn≦0.5%、S≦0.0025%、P≦0.0040%、Cr=9〜13%、Ni=7〜9%、Mo=3〜6%、Al=1〜1.5%、Ti≦1%、Co=5〜11%、Cu≦0.75%、Nb≦1%、N≦0.030%、O≦0.020%、B≦0.0100%のグレードは、望ましいレベルの機械特性を有することができるが、不十分な耐腐食性を有するだろう。また、このグレードは薄い製品の製造のために開発されたので、大型の部品として十分に適用可能とすることができない場合がある。熱処理中に、このグレードは、一般的には930〜980℃の高温で、溶体化熱処理にかけられなければならない。
【0007】
特許文献5は、典型的にはC≦0.200%、Si≦0.1%、Mn≦0.1%、S≦0.008%、P≦0.0030%、Cr=9.5〜14%、Ni=7〜14%、Mo=0.5〜3%、Al=0.25〜1%、Ti=0.75〜2.5%、Co≦3.5%、Cu≦0.1%、N≦0.010%、O≦0.005%の組成の鋼を開示しており、この鋼は、上述した主な特性に関しては良好な機械的特性を有している。しかし、その延性は、1%を超えるAlが加えられたとしたら、不十分なものとなる。溶体化熱処理は常に940〜1050℃という非常に高い温度で、1/2〜3時間行われ、それによって過剰な結晶粒の粗大化を生じさせることなく、十分に完全なものとなる。
【0008】
特許文献6は、典型的にはC≦0.025%、Si≦0.25%、Mn≦3%、S≦0.005%、P≦0.020%、Cr=9〜13%、Ni=8〜14%、Mo=1.5〜3%、Al=1〜2%、Ti=0.5〜1.5%、Co≦2%、Cu≦0.5%、W≦1%、N≦0.006%、O≦0.005%の組成の鋼を開示している。この鋼は、高価な元素であるCoを殆ど又は全く含有しておらず、それほど高くない温度(850〜950℃)での溶体化熱処理を許容し、したがってエネルギーの消費が少なく、かつ結晶粒の粗大化のリスクが少ないという利点を有する。しかし、その引張強度−靱性の折衷は、望ましいほどには好ましいものではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、高い機械的強度特性Rm及び靱性K1c、高い耐腐食性、及び大型の部品として成形される優れた性能を同時に有する、構造的硬化されたマルテンサイトステンレス鋼を提案することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この目的のために、本願の対象はマルテンサイトステンレス鋼であり、その組成は重量パーセントで、
‐微量≦C≦0.03%、好ましくは≦0.010%;
‐微量≦Si≦0.25%、好ましくは≦0.10%;
‐微量≦Mn≦0.25%、好ましくは≦0.10%;
‐微量≦S≦0.020%、好ましくは≦0.0005%;
‐微量≦P≦0.040%、好ましくは≦0.020%;
‐8%≦Ni≦14%、好ましくは11.3%≦Ni≦12.5%;
‐8%≦Cr≦14%、好ましくは8.5%≦Cr≦10%;
‐1.5%≦Mo+W/2≦3.0%、好ましくは1.5≦Mo+W/2≦2.5%;
‐1.0%≦Al≦2.0%、好ましくは1.0%≦Al≦1.5%;
‐0.5%≦Ti≦2.0%、好ましくは1.10%≦Ti≦1.55%;
‐2%≦Co≦9%、好ましくは2.5%≦Co≦6.5%;より良くは2.50〜3.50%
‐微量≦N≦0.030%、好ましくは≦0.0060%;
‐微量≦O≦0.020%、好ましくは≦0.0050%;
残部:鉄及び製鋼に由来する不純物
であることを特徴とし、かつ、
そのマルテンサイト変態の開始温度Msが、式(1)によって計算され、50℃以上、好ましくは75℃以上であることを特徴とする。
【0012】
【数1】
【0013】
好ましくは、1.05% ≦ Al ≦ 2.0%であり、好ましくは1.05% ≦ Al ≦ 1.5%である。
【0014】
その微細構造におけるデルタフェライトの比率は、好ましくは1%以下である。
【0015】
本発明の対象はまた、マルテンサイトステンレス鋼の部品を製造する方法であり、
‐鋼半製品が、以下の方法のうちの1つによって前述の組成を有して準備され:
*液状鋼が前述の組成を有して準備され、この液状鋼からインゴットが鋳造され、凝固され、少なくとも1つの熱間変態によって半製品に変態される;
*前述の組成を有する鋼の焼結された半製品が粉末冶金によって準備される;
‐半製品の溶体化熱処理の完全な始まり(complete beginning)がオーステナイトの領域で、800〜940℃の温度で達成される;
‐半製品の焼入れが、−60℃以下、好ましくは−75℃以下の最終焼入れ温度まで行われる;
‐450〜600℃での時効が4〜32時間、行われる;
ことを特徴とする。
【0016】
鋳造され凝固したインゴットの凝固と、半製品の溶体化熱処理との間で、インゴットの、又は半製品の均質化を、1200〜1300℃で少なくとも24時間行うことができる。
【0017】
焼入れと時効との間では、半製品の冷間変態を達成することができる。
【0018】
焼入れは、2つの異なる焼入れ媒体中に、2つのステップで行うことができる。
【0019】
第1の焼入れステップは、水中に行われる。
【0020】
液状鋼は、真空中で溶融することによる二重処理(dual treatment)によって準備することができ、真空中の第2の処理は、ESR又はVAR再溶融処理である。
【0021】
本発明の対象はまた、マルテンサイトステンレス鋼の部品であり、上述の方法によって準備されたことを特徴とする。
【0022】
これは、航空構造物の部品とすることができる。
【0023】
理解されるように、本発明はマルテンサイトステンレス鋼グレードであって、このグレードと組み合わされるとこれもまた本発明の要素である適正な熱機械的処理にかけられた後に、このグレードを着陸装置のような大型の部品の製造における使用のために好適にする引張強度、靱性、及び延性の特性、並びに、この目的のために既に使用されているグレードと比較して優れた耐腐食性を同時に有する、マルテンサイトステンレス鋼グレードを提案することからなる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の鋼は、マルテンサイト構造の鋼であり、
‐オーステナイトの領域における、したがって関連する鋼の温度Ac3を超えて行われる完全な溶体化熱処理であって;関連するグレードに対しては、この溶体化熱処理温度は800〜940℃であり;溶体化熱処理は30分〜3時間、行われ;1時間30分のオーダーの時間と組み合わされた850℃のオーダーの温度が、完全な溶体化と、結晶粒の穏やかな成長と、の両方を得るために一般的に十分であり;粗大すぎる結晶粒は、弾性、応力下の腐食、及び延性に有害である、完全な溶体化処理と、
‐次いで、好ましくは溶体化熱処置温度に近い温度から行われる焼入れであって、この焼入れは極低温度まで、すなわち−60℃以下、好ましくは−75℃以下、典型的には−80℃まで長くされた焼入れと、
によって得られる。
【0026】
極低温の媒体中に鋼を保持する時間は、選択された温度での冷却及び求められた変態が鋼部品にその全体積に作用するように十分でなければならない。したがって、この時間は、処理される部品の質量と、寸法と、に大きく依存し、勿論、例えば処理される部品が厚いのでいっそう長くなる。様々な焼入れ媒体:空気、水、油、ガス、ポリマー、液体窒素、ドライアイス(このリストに限定されるわけではない)を使用することができ、焼入れは、必ずしも非常に速い冷却速度で行われるわけではない。
【0027】
2つの異なる焼入れ媒体の連続的な使用を考えることができ、例えば第1の媒体が鋼を中間的な温度にもたらし、第2の媒体が次いで、鋼をー60℃以下にもたらす。大抵の大型の部品に対しては、部品の中心部が十分に迅速に冷却されることを確実にする可能性を与えるので、水が好ましい第1の焼入れ媒体である。焼入れ開始温度は好ましくは、溶体化が生じる温度であり、それによって、溶体化熱処理と焼入れとの間に、制御が難しく製品の最終的な機械的特性に不利に影響する場合がある金属学的変態が生じないことを保証する。
【0028】
焼入れが、Msの下かつマルテンサイト変態の終了温度Mfより上で所定の時間、中断される場合には、中断は、焼入れが再開される際の変態を妨げるリスクを回避するために短くなければならない。
【0029】
また別の可能性は、焼入れをMsより上で中断し、次いで極低温まで再開することである。
【0030】
そのような中断の考えられる利点は、中断が、極低温の焼入れ媒体を直ちに使用することの必要性を回避する、したがって、焼入れ割れ(表面割れ)又は、半製品が比較的厚い場合に、表面と、半製品の依然として熱い中心部と、の間のマルテンサイト変態現象の差による場合がある、半製品の内側の割れの発生をもたらすリスクを生じさせる、第1の非常に大きな冷却速度を避ける可能性を与えるということである。しかし実際には、焼入れを1つのステップで行うことが、より便利でかつ鋼の微細構造への望ましくない金属学的効果の発生のリスクが無いために好ましく、なぜなら、2つのステップの焼入れは、第1のステップの最終的な温度に関して、また、処理された部品におけるその効果の均一性に関して、制御するのが難しいことが多いからである。
【0031】
極低温への移行を、使用可能な処理技術によって固体の、気体の、又は液体の媒体中で達成することができる。全体的にマルテンサイト構造を得るために、冷却の際のマルテンサイト変態の開始温度Msは、制御下になければならない。このMs点は、合金の組成に依存し、式(1)に従って計算される。
【0033】
本発明の技術的範囲内では、Msは、必ず50℃以上でなければならず、好ましくは75℃以上である。この条件が満たされないと、鋼は、機械的特性に、特に破断強度に有害である焼入れ残留オーステナイトを有する。
【0034】
溶体化熱処理及び目標とされた極低温への延長された焼入れの後に、最終的な機械的特性が、450〜600℃で4〜32時間の時効の終わりに得られる。得られた硬化は、ナノメータサイズのNiAl及びNi
3Tiタイプの金属間析出物の形成によって確保される。時効中には、復帰オーステナイト(reversion austenite)が形成され得、鋼の靱性に貢献する。この時効は、靱性を改善するために水焼入れによって任意に中断することができる。
【0035】
特に航空機における期待される好ましい用途のための最終的な構造は、機械的特性を劣化させるデルタフェライトを有してはならない。最大で1%のデルタフェライトしか許容されない。本発明による鋼の組成は、本発明による方法の適用中に行われる処理の最後にデルタフェライトが存在することをできるだけ避けるために厳密に選択される。この観点から、このデルタフェライトが存在しないことを保証するために、鋼のクロム当量/ニッケル当量の比、すなわちCr(等価クロム(equivalent chrome))のような主なアルファジェニック(alphagenic)な元素の含有量の重量の合計と、Ni(等価ニッケル(equivalent nickel))のような主なガンマジェニック(alphagenic)な元素の含有量の重量の合計と、の比が、1.05以下であることが非常に好ましい。ここで:
・クロム当量=Cr+2Si+Mo+1.5Ti+5.5Al+0.6W
・ニッケル当量=2Ni+0.5Mn+30C+25N+Co+0.3Cu
である。
【0036】
本発明のグレードの凝固は、特に機械的応力が横断方向に生じる際に機械的特性に有害であるインゴットの偏析を制限するために制御されなければならず、酸素及び窒素介在物の含有量はできるだけ最小にされなければならない。この目的のために、本発明による鋼を準備する好ましい方法は、誘導溶融による真空中での溶融(真空誘導溶融:Vacuum Induction Melting, VIM)による二重生成(dual elaboration)と、次いで、電極を得るためのインゴットへの鋼の鋳造と、であり、この電極は、次いで真空中でのアークによる再溶融(真空アーク再溶融:Vacuum Arc Remelting:VAR)によって、又は伝導性スラグの下での再溶融(エレクトロスラグ再溶融:ESR)によって処理される。真空中での生成(elaboration)は、空気によるAl及びTiの酸化、したがって酸化物介在物の過剰な形成の回避の可能性を与え、また、溶解した窒素及び酸素の一部の除去を可能にする。
したがって、疲労における長寿命を得ることができる。
【0037】
凝固したインゴットを得た後に、このインゴットに、その最終的な寸法に少なくとも近い寸法を与えるための、半製品(ブロック、鍛造された、若しくはプレス加工された部品・・・)に形作る熱間変態(圧延、鍛造、プレス加工・・・)が行われる。これら熱間変態はまさに、変形温度及び処理温度の両方に関し本発明の熱間変態と同程度の、一般的な組成を有する目標とされた半製品に対して通常である熱間変態である。
【0038】
好ましくは、インゴットの、若しくは半製品の均質化処理もまた、1200〜1300℃で少なくとも24時間、行われて、存在する種々の元素の偏析を制限し、それによって目標とする機械的特性の獲得を容易に確実とする。しかし、均質化は一般的に、好ましくは最終のプレス加工中、又はその後には行われず、製品の将来の使用に依存して製品の許容できる結晶粒サイズをより確実に維持する。
【0039】
次いで、半製品は、本発明に従って、以下からなる熱処理にかけられる。
‐標準的な、800〜940℃の溶体化熱処理が、半製品の全体に存在する析出物を溶解するために十分な、したがって前記半製品の寸法に密接に依存する時間で実践され、引き続いて−60℃以下、好ましくは−75℃以下の温度まで焼入れされ、この焼入れは好ましくは溶体化熱処理の温度に近い温度で始まり、中間温度(例えば室温、又はマルテンサイト変態の開始温度と終了温度との間の所定の温度、又はマルテンサイト変態の開始温度より高い温度)でのドウェリング(dwelling)によって、2つの別々のステップで行うことができる;
‐次いで、任意に、半製品の冷間成形が行われ、
‐次いで、450〜600℃で4〜32時間の時効が行われて、以下の基準に従って抵抗、靱性、及び延性の特性のバランスをとることができる。
・達成された最大強度は時効温度が上がると減少するが、延性と靱性は逆に増加する。
・所定の硬化を生じされるのに必要とされる時効時間は、時効温度が低下すると増加する。
・それぞれの温度レベルでは、強度は「硬化ピーク(hardening peak)」と呼ばれる、定められた時間に対する最大値を通過する。
・いくつかの時間‐時効温度の変数の対で達成することができるそれぞれの目標とする強度レベルに対して、鋼に対して許容される最良の強度/延性を与えるただ1つの対が存在し;これら最適な条件は構造の過時効の開始に対応し、硬化ピークを超える際に得られ;当業者は、ルーティンの熟慮及び試験によって最適な対を実験的に決定することができる。
【0040】
本発明による鋼の合金元素は、以下に検討される理由によって示された量で存在する。
上述したように、パーセントは重量パーセントである。
【0041】
C含有量は最大でも0.030%(300ppm)であり、好ましくは最大でも0.010%(100ppm)である。実際には、Cは原材料の溶融から結果的に生じる残部の元素の状態で、自発的な添加が行われたものではなく、一般的に存在する。Cは、M
23C
6のタイプのCrカーバイドを形成する場合があり、したがってCrを捕獲することによって、耐腐食性への損害(penalty)となり、これによってCrを満足のいく態様で鋼のステンレス特性を確保するためにはもはや使用することができない。また、CはTiに関連して疲労強度に対して有害なカーバイド及び炭窒化物を形成し、これらの形成の下でTiの消費が、形成される硬化性の金属間化合物の量を減少させる。
【0042】
Si含有量は、要求されるRmとK
1Cとの間の良好な折衷をさらに確実にするために、最大でも0.25%、好ましくは最大でも0.10%である。典型的には、これは、自発的に添加されるものではなく、残部元素に過ぎない。SiはMs(式(1)参照)を低下させる傾向があり、かつ鋼を脆くする傾向があり、その結果として、述べられてきたものを超える量の望ましくない特性である。
【0043】
Mn含有量は、最大でも0.25%、好ましくは最大でも0.10%である。典型的には、これは、自発的に添加されるものではなく、残部元素に過ぎない。MnはMs(式(1)参照)を低下させる傾向がある。Mnは、デルタフェライトの存在を回避するため、及び時効硬化(hardening ageing)中の復帰オーステナイトの存在に貢献するために、Niの部分的な置換として任意に使用することができる。しかし、真空処理中にMnが蒸発する容易さは、炉のヒュームからダストを除去するための装置の制御を難しくし、フォウリング(fowling)をもたらす。本発明の鋼中の大量のMnの存在は、したがって推奨されない。
【0044】
S含有量は、RmとK
1Cとの間の要求される良好な折衷をさらに確実にするために、最大でも0.020%(200ppm)、好ましくは最大でも0.005%(50ppm)である。これもまた、残部の状態で存在し、必要に応じてその含有量は原材料の注意深い選択及び/又は溶融ステップ中の冶金学的脱硫処理並びに鋼組成の調整によって制御されなければならない。Sは結晶粒界における偏析によって靱性を低下させ機械的特性を損なわせる硫化物を形成する。
【0045】
P含有量は、RmとK
1Cとの間の要求される良好な折衷をさらに確実にするために、最大でも0.040%(400ppm)、好ましくは最大でも0.020%(200ppm)である。これもまた残部元素であり、結晶粒界に偏析する傾向があり、したがって靱性を低下させる。
【0046】
Ni含有量は、8〜14%、好ましくは11.3〜12.5%である。これはガンマジェニックな元素であり、溶体化熱処理及び均質化作業中のデルタフェライトの安定化を回避するために十分高いレベルでなければならない。しかし、Niはまた、式(1)に従ってMsを低下させる強い傾向があるので、焼入れ中の完全なマルテンサイト変態を確実にするために十分に低いレベルに維持されなければならない。他方でNiは、本発明の鋼に機械的強度のレベルを与える硬化相NiAl及びNi
3Tiの析出によって、時効中の鋼の硬化に関与する。Niはまた、時効中に復帰オーステナイトを形成する機能を有し、復帰オーステナイトはマルテンサイトのラス間に細かく析出し、本発明の鋼に延性と靱性とを提供する。
【0047】
Cr含有量は、8〜14%、好ましくは8.5〜10%である。Crは耐腐食性を与える主な元素であり、このことは8%の下限値を正当化している。しかし、Crの含有量は、デルタフェライトの安定化に貢献しないように、また、式(1)に従って計算されたMsが50℃以下にならないように、14%に制限されるべきである。
【0048】
Mo+W/2の含有量は、1.5〜3.9%、好ましくは1.5〜2.5%である。Moは、耐腐食性に関与するとともに、硬化相Fe
7Mo
6を形成することができる。
しかし、過剰な量のMoの添加は、μ相Fe
7Mo
6の形成をもたらし、したがって、腐食を制限するために使用可能なMoの量を減少させる場合がある。任意に、Moの少なくとも一部をWで置き換えることができる。鋼において、これら元素の両方が機能的に同等であることが多いということ、及び同じ重量パーセントでは、WがMoより2倍効果的であることが良く知られている。
【0049】
Al含有量は、1.0〜2.0%、好ましくは1.05〜2.0%、より良くは1.0〜1.5%、最適には1.05〜1.5%である。時効中には、硬化相NiAlが形成される。Alは通常、延性を低下させるということで知られているが、この欠点は、本発明によって提供される、比較的低温で溶体化熱処理を行うことができるということによって相殺される。
【0050】
Ti含有量は、0.5〜2.0%、好ましくは1.10〜1.55%である。Tiはまた、Ni
3Ti相を形成することによって、時効中の硬化に関与する。Tiはまた、Tiの炭化物及び炭窒化物としてC及びNの結合を許容し、したがってCの有害な効果を回避する。しかし、上述されたように、これら炭化物及び炭窒化物は疲労強度に対して有害であり、あまりにも多く炭化物及び炭窒化物を形成することは避けるべきである。したがって、C、N、及びTiの含有量は、上述の限界値内に維持しなければならない。
【0051】
Co含有量は、2〜9%、好ましくは2.50〜6.5%、より良くは2.50〜3.50%である。これは、均質化及び溶体化熱処理の温度におけるオーステナイトの安定化を許容し、したがってデルタフェライトの形成を回避する。Crは、その固溶体中の存在によって硬化に関与し、また、NiAl及びNi
3Ti相の析出を促進する。CoをNiに対する代替として添加することができ、それによってMs温度を上げて、50℃以上を確保することができる。特許文献6に開示されている、Coが最大でも2%である鋼と比較すると、本発明での目的は、Coを、硬化に大きく貢献させるために、この存在する他の元素、及び必要とされる熱処理との組み合わせで使用することである。2.50〜3.50%という目標とされる選択的含有量は、鋼のコストと、その性能と、の間の最良の折衷を示す。
【0052】
Nは、RmとK
1Cとの間の得られる最良の折衷をさらに確保するために、最大でも0.030%(300ppm)、好ましくは最大でも0.0060%(60ppm)でなければならない。窒素は自発的に液状金属に添加されることは無く、製鉄中に一般的に行われる真空処理は、大気窒素の吸収に対して液体鋼を保護するか、又は溶解した窒素の一部を除去さえする。Nは、鋼の延性に対して好ましくなく、応力疲労中に割れを開始させる場所となる場合がある、角のあるTi窒化物を形成する。
【0053】
Oは、RmとK
1Cとの間の得られる最良の折衷を確保するために、最大でも0.020%(200ppm)、好ましくは0.0050%(50ppm)である。また、Oそれ自体が延性に対して好ましくなく、酸素が形成する酸化された介在物もまた、疲労割れの起点のための潜在的な場所となる。O含有量は、最終製品に対して求められる特定の機械的特性によって、当業者にとっての通常の基準に従って選択されなければならない。
【0054】
一般的に、本発明の鋼の機械的特性は、酸化物及び窒化物介在物によって好ましくなく影響される。最終的な鋼(VIM、ESR、VAR)中に存在する酸化物及び窒化物介在物を最小化することを目的とする製鋼方法の使用が、この理由で特に好ましい。
【0055】
本発明の鋼に存在する他の元素は、鉄と、製鋼に由来する不純物と、である。
【0056】
それぞれの元素に対して選択的なものとして与えられた範囲が互いに独立的である、すなわち鋼の組成を、所定の元素のみに対するこれら選択的な範囲にのみ決定することができるということが理解されるべきである。
【実施例】
【0057】
試験が、表1に記載された組成を有するインゴットの鋳造に由来するサンプルに行われた。サンプルA〜Eの組成は、参照鋼に対応し、A、D、及びEは特許文献6の教示に準拠している。B及びCは、本発明によるMsを強いる利益を明確に示す可能性を与える2つの参照例である。サンプル1〜16の組成は、本発明による鋼に対応する。サンプルA、B、C及び1〜5は、6kgのインゴットに由来し、他のサンプルは150kgのインゴットに由来する。6kgのインゴットは、本発明の概念の最初の検証のための最初の段階に生産されたものであり、それらの有望な特性が、本発明の定義を確認し、改良するために、150kgの鋳造による実験の継続をもたらした。6kgのインゴットはまた、直接、引っ張り試験を行うことの可能性を与えたが、一方で、150kgのインゴットを形成することが、このインゴットから、靱性を左右するパラメータの測定が行われるサンプルを次いで引き抜くために必要であった。
【0058】
【表1-1】
【0059】
【表1-2】
【0060】
【表1-3】
【0061】
6kgのインゴット(A、B、C、1〜5)は、それらの鋳造の前に液状金属の真空中の処理によって生産された(elaborated)。これら6kgのインゴットは1250℃で48時間、均質化された。次いで、これらインゴットは、940℃までの加熱の後に線引きされて、22mmの直径を有する棒材に形成された。表2は、これら棒材に次いでかけられた処理を示しており、棒材はそれらの主な機械的特性:引張強度Rm、従来型の0.2%における弾性限界Rp
0.2、破断伸びA、破断応力(striction at break)Z、ビッカース硬度を長手方向において測定された。線引きされたサンプルの減少したサイズは、靱性の試験を行うために必要とされる寸法を有したであろう、線引きされたサンプルから引き抜かれた試験片の可能性を与えなかった。
【0062】
【表2】
【0063】
構造中のオーステナイトの過剰な存在が、参照サンプルB及びCに対して非常に低い硬度によって示され、それが低い引張強度と、本発明の要求に対するあまりにも不十分な結果と、の手掛かりであったことに言及する。次いで、これらサンプルで他の機械的試験を行うことは、無駄であると評価された。これらサンプルは、元素それぞれの個々の含有量に関して、本発明の要求に準拠する組成を有しているが、個々の含有量を合わせると、低すぎるマルテンサイト変態温度Ms(50℃未満)を提供していた。実験的条件下で行われた焼入れは、通常、工業的に行われるものに対応し、これらサンプルの場合には、十分にマルテンサイト構造を得る可能性を与えなかった。これは、Msに課された条件を、本発明の範囲内で考慮することが重要であることを示している。
【0064】
150kgのインゴット(D、E、6〜16)に関しては、それらは真空中で生産され、鋳造され、次いでこれもまた真空中で、200mmの直径を有するインゴットを得るためにVAR法で再溶融された。それらは次いで1250℃で48時間、均質化され、次いでこの温度で110mmの八角形の断面を有する半製品に鍛造され、次いで、940℃への加熱の後に、再度、今回は80×40mmの断面を有する棒材に鍛造された。表3は、引き続いて行われる熱処理の条件を示しており、機械的特性は、サンプルの長手方向で測定された。表2の試験と比べると、Rmの測定と重複したであろう硬度の測定が行われておらず、弾性試験〈Kvの測定〉及び靱性試験(K
1Cの測定)が行われた。
【0065】
【表3-1】
【0066】
【表3-2】
【0067】
【表3-3】
【0068】
種々のサンプルの特性については以下のようにコメントすることができる。
【0069】
参照サンプルA、D、及びEは、特許文献6に開示されているCo含有量が低いか又は0である鋼に対応する。本発明の鋼と比べると、それらのRmは比較的小さいことがわかる。
【0070】
参照サンプルB及びCは、少なくとも50℃の、したがって本発明に準拠するには低すぎるMsを有する。このことは、低い硬度によって示された、十分なRmの獲得を妨げる残留オーステナイトの過剰な存在を説明する。
【0071】
参照サンプルFは、他の参照サンプルのレベルにある機械的特性しかもたらさない、本発明の要求に対して高すぎるMo含有量と、低すぎるTi含有量を示す。
【0072】
サンプル1は、本発明に準拠しているが、75℃以上という最適値未満のMsを有する。したがってそのRmは比較的小さく、考えられる用途のすべてに対して好適ではないであろう。同じことがそれほどではないにせよサンプル3についても言える。
【0073】
反対にサンプル2は、最適値に従うMsを有し、その1947MPaというRmは優れている。
【0074】
サンプル4及び5は、それらの実質的なCoによるNiの置換の故に、高いMsを有し、1966及び1977MPaというそれぞれ優れたRmを有する。
【0075】
サンプル6は、これもまた約3%のCoを有するサンプル2に対して最適ではないMsを有する。サンプル7もまた約6%のCo含有量を有するが、その低いMsの故にサンプル4より小さいRmしか有さない。
【0076】
サンプル8の非常に高いRmは、約6%のCo含有量との組み合されたその高いMsの故である。
【0077】
5%Coを有するサンプル9は、最適値より小さいMsを有し、そのRmは比較的限定されている。これは、比較的高いCo含有量が、本発明の技術的範囲内では高いRmを確保するために十分ではないことを実際に示している。
【0078】
サンプル10及び12は、RmとK
1Cとの間の最良の折衷を有するサンプルである。実際に、それらの組成はすべての元素の選択的含有量に準拠している。
【0079】
サンプル11は、高いMsと高いRmとを有している。RmとK
1Cとの間のバランスは、NiとCrとの含有量間のより良いバランスの故に、サンプル8よりも良い。
【0080】
サンプル13、14、及び15間の比較は、AlのTiによる部分的な置換の有利な効果を示しており、サンプル14は、RmとK
1Cとの間の最良の折衷を有している。これらサンプルが、サンプル10及び12のCr含有量〈約9%〉より高いCr含有量(9.2〜9.6%)を有することにもまた注意すべきである。
【0081】
サンプル16は高いMsを有している。そのRmはサンプル12のRmに匹敵するが、そのK
1Cは、わずかに高いCr含有量の故に、それほど好ましくはない。
【0082】
図1は、表3の結果を、150kgのインゴットに由来するサンプルに対するRmとK
1Cとの間の折衷に関して示しており、これらサンプルだけが、靱性が測定されたサンプルであった。全体的に、K
1CはRmが増加するときに減少し、本発明に係る鋼は、Co含有量を除いて組成が比較的本発明に近い参照鋼D及びEよりも、これら特性の両方間のより良い折衷を有する。
【0083】
参照サンプルでは、1701MPaのRmは、66MPa・m
1/2の靱性に対応する。したがって、そのRmが非常に不十分であるので、この鋼は期待される好ましい使用に対して全く適用され得ない。参照サンプルの最大Rmは1952MPaであり、この値は期待される使用に対して適正であると言えるが、対応する靱性はたった43MPa・m
1/2であり、これは非常に不十分である。最良の強度/靱性の折衷が、1845〜1900MPaのRmに対して得られ、これには46〜56MPa・m
1/2のオーダーの靱性が対応する。したがって、全体的に見たこれら機械的特性は、300Mタイプの炭素鋼に対するほど好ましいものではない。
【0084】
本発明によるサンプルに関しては、RmとK
1Cとの間の非常に良好な折衷が、1950MPaのオーダーのRmに対して一般的に得られ、1950MPaのオーダーのRmは、46〜63MPa・m
1/2のオーダーに対応し、殆どの場合には50MPa・m
1/2より大きなK
1Cに対応するということが、
図1に示されている。したがって、300M鋼の対応する特性の大きさのオーダーに戻る。
【0085】
また、Rmの減少が許容された場合には、靱性が大きな比率で増加し、その逆もまた真であることがわかる。したがって、本発明による鋼は、ユーザに鋼の特性の選択における大きな柔軟性を提供し、特性は組成、熱処理、及び上述された範囲内で選択される最終時効によって調節することができる。
【0086】
延性に関しては、本発明によるサンプルのA%及びZ%の値は、300Mタイプの鋼に得られる延性に非常に近い。したがって、本発明は、この点から300Mと比較して何らの劣化も与えない。
【0087】
また、150kgのインゴットの鋳造物に由来するこれら同じサンプルのいくつかに対して、生理食塩水のミストを用いた腐食試験が、35℃で50g/lのNaClの水溶液において行われた。最初に、サンプルはすべてが同じ850℃で1時間30分の溶体化熱処理、その後−80℃までの焼入れ、その後510℃で16時間の時効にかけられた。
これらのサンプルのいずれにも200時間の暴露後の腐食の痕跡は見られなかった。
したがって、本発明による鋼は、Coを含有しない参照鋼Dに対して劣化した、生理食塩水のミストを用いた腐食試験における結果を有しない。
【0088】
また、応力下における腐食試験が、850℃で1時間30分の溶体化熱処理、その後の−80℃までの焼入れ、及びその後の510℃で16時間の時効にかけられた、サンプルE及び10に、23℃で3.5%のNaClを有する水媒体中で行われた。空気中の靱性K
1Cが測定され、破断前の期間がK
1Cの75%に等しい負荷に対して測定された。両方の場合において、サンプルは破断前に500時間以上耐えた。これは良好な結果であり、したがって、本発明は、Coを有さない参照鋼と比較して、応力下の腐食に対する耐性を劣化させることはない。
【0089】
したがって、本発明による鋼は、300M鋼がもしかすると置き換えられ得るステンレス鋼の特性に匹敵するので、300Mのタイプの鋼を十分な機械的な態様で置き換えることができ、さらに、非常に好ましい生理食塩水のミスト中での腐食耐性、及び応力下の腐食耐性の性能を有する。
【0090】
この説明のすべてにおいて、液状金属から鋳造された、凝固された「インゴット」は、多様な変形の後にその使用に対して望ましい形状及び寸法を有する最終製品につながるいずれかの形状を有することができることが理解されるべきである。特に、底壁及び固定された側壁を設けられた従来型のインゴット型内の鋳造は遂行のための可能な方法の1つに過ぎず、固定されているか、または移動可能な壁を有する底の無いインゴット成形における連続鋳造用の様々な方法を、「インゴット」の凝固物を生産するために使用することができる。
【0091】
記載されてきた1つに対する代替的な解法は、圧延、鍛造、プレス加工、又は他の処理によって、熱間圧延で変態されたインゴットに由来する半製品にではなく、粉末冶金によって製造された焼結された半製品に一連の熱処理を行うことであり、したがって半製品には、最終的な部品のものに非常に近い、任意の複雑な形状及び寸法を直接与えることができる。使用される粉末は、本発明による鋼の組成を有する金属粉である。この場合には、焼結された半製品の均質化は必要ない。しかし、製造工程は、厳密に言えば焼結に先立って、当業者には標準的であるような、温度及び/又は期間に関して焼結に比べてあまり厳しくない条件下で行われる焼結前ステップを含むことができる。一般的に、焼結プロセスは、当業者がその通常の知識を使用することによって行うように、行われる。