(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6208235
(24)【登録日】2017年9月15日
(45)【発行日】2017年10月4日
(54)【発明の名称】多発性硬化症治療のためのビオチンの使用
(51)【国際特許分類】
A61K 31/4188 20060101AFI20170925BHJP
A61P 25/02 20060101ALI20170925BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20170925BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20170925BHJP
A61K 47/04 20060101ALI20170925BHJP
A61K 47/38 20060101ALI20170925BHJP
A61K 47/26 20060101ALI20170925BHJP
【FI】
A61K31/4188
A61P25/02
A61P25/00
A61P27/02
A61K47/04
A61K47/38
A61K47/26
【請求項の数】26
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2015-523453(P2015-523453)
(86)(22)【出願日】2013年4月29日
(65)【公表番号】特表2015-522630(P2015-522630A)
(43)【公表日】2015年8月6日
(86)【国際出願番号】EP2013058936
(87)【国際公開番号】WO2014016003
(87)【国際公開日】20140130
【審査請求日】2016年4月28日
(31)【優先権主張番号】12/57254
(32)【優先日】2012年7月26日
(33)【優先権主張国】FR
(31)【優先権主張番号】13/644,615
(32)【優先日】2012年10月4日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】500257447
【氏名又は名称】アシスタンス ピュブリック−オピト ド パリ
【氏名又は名称原語表記】ASSISTANCE PUBLIQUE−HOPITAUX DE PARIS
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100117787
【弁理士】
【氏名又は名称】勝沼 宏仁
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100188651
【弁理士】
【氏名又は名称】遠藤 広介
(72)【発明者】
【氏名】フレデリック、セデル
【審査官】
澤田 浩平
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2011/124571(WO,A1)
【文献】
Mitochondrion,2012年 3月,12,p.173-179
【文献】
PEDIATRIC NEUROLOGY,2007年,36(2),p.132-134
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K9/00−9/72,
A61K31/33−31/80,
A61K47/00−47/48,
A61P1/00−43/00
CAplus(STN),
REGISTRY(STN),
MEDLINE(STN),
EMBASE(STN),
BIOSIS(STN),
JSTPlus(JDreamIII),
JMEDPlus(JDreamIII),
JST7580(JDreamIII),
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多発性硬化症の治療のための、ビオチンを含んでなる医薬組成物であって、該多発性硬化症が、一次性または二次性進行型の多発性硬化症である、医薬組成物。
【請求項2】
進行型多発性硬化症の患者の歩行能力を改善するための、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
進行型多発性硬化症の患者の視力を改善するための、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項4】
患者に投与されるビオチンの1日量が50〜700mgを含んでなる請求項1〜3のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
患者に投与されるビオチンの量が100〜300mgを含んでなる請求項1〜4のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
経口投与に適した形態である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
ジェルカプセル、(任意にフィルムコートされた)錠剤、ロゼンジ、または丸剤の形態である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
ビオチンおよび賦形剤を含有し、他のいずれの活性成分を含まない組成物の形態である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
前記賦形剤が、タルク、微結晶性セルロース、ラクトース、およびマンノースからなる群から選ばれる、請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
注射投与に適した形態である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項11】
徐放組成物の形態である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項12】
ビオチンを用いる前記治療の期間が少なくとも3か月である、請求項1〜11のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項13】
ビオチンを用いる前記治療の期間が少なくとも1年である、請求項1〜12のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項14】
患者に投与されるビオチンの1日量が少なくとも100mgである、請求項1〜13のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項15】
患者に投与されるビオチンの1日量が少なくとも150mgである、請求項1〜14のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項16】
患者に投与されるビオチンの1日量が300mgである、請求項1〜15のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項17】
経口投与に適した形態であり、かつ、経口投与用の当該形態は少なくとも20mgのビオチンを含む、請求項1〜16のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項18】
経口投与に適した形態であり、かつ、経口投与用の当該形態は少なくとも40mgのビオチンを含む、請求項1〜17のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項19】
経口投与に適した形態であり、かつ、経口投与用の当該形態は少なくとも75mgのビオチンを含む、請求項1〜18のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項20】
経口投与に適した形態であり、かつ、経口投与用の当該形態は少なくとも100mgのビオチンを含む、請求項1〜19のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項21】
進行型多発性硬化症の治療における同時、個別、または逐次(時間的に隔たる)使用のための、ビオチンと多発性硬化症に対する別の薬物との組み合わせ物。
【請求項22】
多発性硬化症に対する前記別の薬物が、免疫調節剤または免疫抑制剤である、請求項21に記載の組み合わせ物。
【請求項23】
前記別の薬物が、インターフェロンβ、グラチラマー・アセテート、ナタリズマブ、フィンゴリモド、ファムプリジンおよびミトキサントロンからなる群から選ばれる請求項21に記載の組み合わせ物。
【請求項24】
進行型多発性硬化症の治療において、多発性硬化症に対する別の薬物と共に、同時、個別、または逐次(時間的に隔たる)に使用するための、ビオチンを含んでなる医薬組成物。
【請求項25】
進行型多発性硬化症の治療において、多発性硬化症に対する別の薬物と共に、同時、個別、または逐次(時間的に隔たる)に使用するための、ビオチンを含んでなる請求項24に記載の医薬組成物であって、多発性硬化症に対する前記別の薬物が、免疫調節剤または免疫抑制剤である、医薬組成物。
【請求項26】
進行型多発性硬化症の治療において、多発性硬化症に対する別の薬物と共に、同時、個別、または逐次(時間的に隔たる)に使用するための、ビオチンを含んでなる請求項24に記載の医薬組成物であって、前記別の薬物が、インターフェロンβ、グラチラマー・アセテート、ナタリズマブ、フィンゴリモド、ファムプリジンおよびミトキサントロンからなる群から選ばれる、医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多発性硬化症、特に進行型および該疾患の発作後の神経学的後遺症の治療に関する。
【背景技術】
【0002】
多発性硬化症(MS)は、中枢神経系ミエリンの多源性の破壊を特徴とする、頻度の高い身体障害性神経疾患である。
【0003】
ヨーロッパにおけるMSの有病率は、住民の約1/2000である(Noseworthy et al., 2000)。典型的には、該疾患は20歳から30歳の間に始まり、冒されるのは女性が男子より2倍多い。80%の症例では、疾患は当初、数週間または数か月で完全に帰着するか、後遺症を伴う発作を通して進展する(純粋な寛解期または後遺症を伴う寛解期)。しかし、40%〜70%の症例では、最初のうちに寛解進展を経験する患者は、それに続いて進行型に向けて進展する(二次性進行型)。20%の患者では、発作なしに進展がすぐに進行する(一次性進行型)。
【0004】
退行性の発作を経る進展を経験する患者に関して、寛解は時間が経つにつれて完全でなくなり、結果として機能後遺症が生じ、疾患の初めから平均して20年後には歩行する能力が失われる。
【0005】
よって、従来型の多発性硬化症には、3つの進展型がありうる。
−再発寛解型:部分的または全体の回復が観察される間、寛解と交互に増悪。寛解は何か月または何年も続く可能性がある。増悪は、自然に起こる可能性もあり、または感染症、産後、もしくはある予防接種などのある特定の外部因子が引き金となる可能性もある。
−一次性進行型:疾患は寛解なしに漸進的に進展し、疾患が進行しない間、進行の停滞状態の可能性がある。回帰性傾向に反して、明らかな増悪はない。
−二次性進行型:この型は寛解と交互の発作で始まる寛解型の後に続き、その後、特定可能な発作を伴わない疾患の緩やかな進行が続く。
【0006】
20%の症例において錐体路症候群が疾患の始まりとなり(疾患を明らかにし)、強い易疲労感を伴う歩行障害、痙性、下肢の反射亢進を伴って歩行障害が現れる。発作の終わりには、バビンスキー徴候が後遺症として残ることが多い。
【0007】
球後視神経炎はまた、第3の類に近い疾患の指標であり、最も示唆に富む症状である。球後視神経炎は、視力の急速および重度の低下、眼痛および眼窩痛、眼球運動の増加、中心暗点または盲点中心暗点、ならびに色覚異常(赤緑軸の色弱)を通して患者に現れる。急性期には、眼の後は正常であり、約15日後のみに乳頭状突起の萎縮が起こり、視神経への損傷の証拠となる。時として後遺症として持続する。視覚誘発電位が、P100波の減速を伴って損なわれる。
【0008】
感覚障害がよくみられる。それらの感覚異常:しびれてピリピリする感覚、レルミット徴候(首を曲げたときに脊椎を上か下へ走る電気ショック感覚)は本質的に自覚的である。深部感覚障害を伴う脊髄後方障害が時として見られ、より稀に、熱に起因して生じる感覚脱失を伴う脊髄視床路の合併症が見られる。三叉神経が球部において影響を及ぼされる場合には、顔面痛(または逆に感覚脱失)の可能性がある。
【0009】
該疾患はまた、下記によって現れうる。
−回転性めまい、眼球振盪、および運動失調を合併する前庭症候群。
−小脳症候群。脱髄斑は、小脳および後頭蓋窩に頻発し、酔ったような不安定な直立、歩行を伴う小脳症候群、非協調的な動きなどを生じる可能性がる。
−1つ以上の動眼筋のまひ状態に起因する、物が二重に見える感覚からなる複視。後縦束の合併症の場合には、核間性眼筋麻痺の可能性があり、外転における眼の眼球振盪を伴う、片眼の不完全な内転によって側方注視に現れる。
−生殖器括約筋障害が頻発し、脊髄合併症に結び付く。それらは、尿意切迫(または尿閉)、便秘、および勃起不全に現れる。これらの障害は、急性尿閉および尿路感染症の源である。
−顔面麻痺。
−無力症(疲労)は、多発性硬化症の頻発症状であり、時として最も衰弱性のものである。
【0010】
一般には、多発性硬化症は自己免疫疾患と考えられ、特定の遺伝的背景で起こる(Weiner, 2004; Chaudhuri et al., 2004)。神経病理学的な見地からは、該疾患は、脱髄斑、はっきりとした低細胞性の領域、その内部でミエリンの欠乏が観察される、星状細胞神経膠症を特徴とし、時として、それがある場合に疾患の活動的な性質(active nature)の証明となる炎症性浸潤を特徴とする。時間とともに(しかし時として早い段階で)、また不可逆的な軸索病変も存在し、その機序はほとんど理解されていない。
【0011】
よって、多発性硬化症を生理病理学的に2つの構成要素に区別することが可能である(1)炎症性構成要素、進行性の発作の原因であり、中枢神経系中のCD4+Tリンパ球の出現で始まる(Weiner, 2004)、および(2)変性構成要素、その機序は今のところほとんど理解されていない(Chaudhuri et al., 2004)、ほとんど炎症を伴わない進行を特徴とする。
【0012】
最近、この進行性神経変性が二次的なエネルギー不全に関連するかもしれないという仮説が立てられている。実際、ATPがランヴィエの絞輪でのみ静止膜電位を再編成するのに必要であるので、正常な状態では、ミエリン絶縁体がインパルス伝播の間、エネルギー需要を減少させると考えられている。脱髄線維は、裸出された軸索膜をまたぐイオン漏出の増加のため、エネルギー的に不利におかれて、結果として移動のためにエネルギー需要が増加する。くわえて、エネルギー産生が、ミトコンドリアの破壊に起因して損なわれ、Na
+−K
+ATPアーゼによって媒介される輸送が、MS脳の脱髄した軸索の多くで減りうる。そのような軸索は「事実上の低酸素症」の状態に偏りうる。結果として生じるエネルギーの供給と需要の間のミスマッチが変性に至りうる。(Stys et al. 2012)。
【0013】
疾患の炎症性構成要素を標的にする免疫抑制剤および免疫調節剤は、再発および脳病変の数を減らすことが示されてきた一方で、これらの薬物が、長期に障害進行を防ぐのに真に有効であるかどうかは依然として議論がある。今日、疾患の進行期(一次性または二次性)に作用する有効な薬物はない。
【0014】
インターフェロンβおよびグラチラマー・アセテートは、多発性硬化症に効果的であることが証明されている(少ない回数および重度の低い発作、MRIで可視化される病変の改善、時としてより進展性の少ない障害)。
【0015】
インターフェロン治療の適応症は、過去2年もしくは3年に少なくとも2度の発作がある寛解MSまたは発作が継続する二次性進行型多発性硬化症(継続性および進行性悪化、急性期の間の寛解なし)である。のちの機能性の後遺症を減らしうるので、現在、ある状態下で最初に発作が起こってすぐの初期に治療開始する傾向にある。しかし、長期有効性に関して論争が残っている(Filippini G, Munari L, Incorvaia B et al. Interferons in relapsing remitting multiple sclerosis: a systematic review [archive], Lancet, 2003; 361: 545-552)。
【0016】
グラチラマー・アセテートはその自体、数個のアミノ酸からなる共重合体である。グラチラマー・アセテートは、発作を通して進展する多発性硬化症を患い、再発/寛解型で、過去2年の間の少なくとも2度の発作を特徴とする(まだ自力で歩行できる)外来患者において、インターフェロンと同じくらい効果的に、発作の間隔をあけると思われる。グラチラマー・アセテートは、ミエリン構成物質に対するリンパ球の免疫寛容を引き起こすことによって作用すると思われる。
【0017】
ナタリズマブ(タイサブリ(商標))は、白血球インテグリンアルファ鎖に対するモノクローナル抗体である。寛解MSにおいて、重症症例(後遺症を伴う1年に2回の発作)またはインターフェロンの不成功(治療にかかわらず1年に1回の発作)の後の一次治療として提案されることができる。
【0018】
ジレニア(商標)(フィンゴリモド)は、スフィンゴシン−1−リン酸(S1P)受容体修飾薬類に属する。適応症は、ナタリズマブの適応症、すなわちインターフェロンの失敗後の発作を伴う寛解型と同じである。一次性進行型のMSにおける有効性を評価するために国際的な試みが現在進行中である(結果は入手不可)。
【0019】
Fampyra(商標)は、ファムプリジン(4−アミノピリジン、4−AP、またはダルファムプリジン)の徐放性錠剤形態の製剤である。この薬剤は、後遺症、特に後遺症を伴う寛解型または疾患の進行型に起こる歩行の障害の治療に適応される。研究により、Fampyra(商標)は少数の患者において歩行を改善することが示されている。Fampyra(商標)は、一部の患者における対症薬とみなされ、疾患を改善する治療と考えられていない。
【0020】
重症型では、副腎皮質ホルモンより効果的であるがより多くの副作用を含んでなるミトキサントロンを含む免疫抑制剤の使用が提唱できる。
【0021】
患者グループへの統合、職の維持、および、必要に応じて、職場の適応、精神療法、鬱治療または不安状態の治療を通して、社会的および心理的なケアが必要である。
【0022】
炎症反応を阻害することを目的としている免疫抑制剤または免疫調節治療は、疾患の初めには、活動病変の数または期間を減少させるのに効果的である一方で、長期の障害には非常に少ない効果しかなく、疾患の進行(一次性または二次性)型にはほんの少しの効果があるか、効果がないことを強調することが重要である。後遺症に対しては、Fampyra(商標)のみが、ある特定の患者における歩行を改善できる薬剤であると思われる。
【0023】
X連鎖性副腎白質ジストロフィー(ALD)は、ABCD1遺伝子によってコードされる脂肪酸トランスポーターであるALDタンパク質の機能喪失に起因する、稀な遺伝性のペルオキシソーム神経変性障害である。X−ALDの発生率は、成人期に症状が見つかることが多いヘミ接合体およびヘテロ接合女性を含む、1/17,000出生である。有病率は1/20,000と推定される。
【0024】
X−ALD臨床スペクトルは、最初の10年に発症し、数年内に死に至る急速な大脳脱髄を特徴とする小児大脳型(CCALD)(約40%症例)から、成人期に現れ、脊髄の軸索に影響を及ぼし、長くて80歳代まで生存と両立しうる軽度の副腎脊髄神経障害(AMN)(約60%症例)まで多岐にわたる。X−ALD男性は、CCALDまたはAMNの発症の数年前または数十年前に孤発性アジソン病が見つかる場合がある。
【0025】
AMNは、最も頻度の高いX−ALD表現型であり、結果として、脚の進行性の硬直および脱力、歩行困難を伴う感覚運動失調、下肢の振動感覚障害、括約筋障害、および勃起不全を生じる、20〜45歳の痙攣性の不全対麻痺の発症を特徴とする。成人男性およびヘテロ接合女性におけるAMNの進展は非常に変化しやすいが、再発および寛解の進展は見られない。10〜15年の内に、運動障害が大部分の罹患患者で深刻になり、杖または車椅子の使用が必要になる。
【0026】
AMNの神経病理学は、脊髄の長索路、主に背側束および錐体路における軸索の消失、ならびに二次的で軽度のミエリンの消失を特徴とする。生化学的には、ALDタンパク質をコードするABCD1遺伝子の変異が、ペルオキシソームの極長鎖脂肪酸(VLCFA)の移入障害につながる。よって、VLCFAはペルオキシソームのβ−酸化によって分解されることができず、体組織および体液に蓄積する。VLCFAの蓄積は、AMNの発症の一因となる酸化ストレス(Powers et al., 2005)やミトコンドリア異常(Fourcade et al., 2008)を生じる。恐らくAMNでは、脊髄の乏突起膠細胞中の酸化ストレスやミトコンドリア異常は、それら細胞の軸索の完全性を維持する能力を損なって軸索の損傷を生じうる可能性が高い。
【0027】
よって、X−ALD、および特にAMNは、進行型多発性硬化症と幾らかの類似性を示す。
【0028】
現在のところ、X−ALDおよびAMNに対して満足な治療は存在しない。
【0029】
脳卒中、脳発作は、脳に供給する血管の閉塞または出血によって引き起こされる病態のグループを指す。脳卒中は、西洋における主な死因の3番目である。世界中で、1999年には約550万人が脳卒中で死亡し、それは全死亡の約10%である。アメリカ合衆国だけで、350万を超える生存者がおり、依然として該疾患は身体障害の主な原因のままである。脳卒中生存者の3分の2は、後遺症の神経学的欠損を患い、慢性の運動および言語機能障害に対処しなければならない。標準的な運動リハビリテーションを完了した後、約50〜60%の脳卒中患者が依然としてある程度の運動障害を経験する。
【0030】
虚血性脳傷害は、インサイチュ(in situ)血栓症または近位動脈または心臓を源とする血塊の塞栓のいずれかの血管閉塞が引き金となる。血管閉塞は、多くのさまざまな経路を包含して、細胞的事象の複雑なカスケードを開始し、最終的には不可逆な組織損傷、すなわち梗塞に至る。虚血領域の中心またはコア内で、血流量不足、低ATPレベルおよびエネルギー貯蔵、イオン崩壊、および代謝不全が深刻であり、細胞死が数分で進行する。コア領域内で、急速に死にかかっている脳細胞を助けることは、初期の再かん流なしに実行可能でないかもしれない。実際、いったん組織が臨界点を超えて損傷を受けると、血流量およびATPレベルの両方が回復しても、細胞死は避けられないと思われる。
【0031】
対照的に、流れの損なわれた領域内の辺縁部(虚血ペナンブラ)は、側副血管からの残留かん流に起因して軽度の傷害を負う。ペナンブラは、古典的には、血流量が低すぎて電気活性を維持できず、イオンチャネルを保つのに充分な虚血コアの周囲の低かん流の組織として定義される。この領域は、例えば、興奮毒性、拡延性抑制、酸化ストレス、および炎症反応を含む、コアから隣接する組織に伝播する有害な代謝プロセスの波に供され、虚血コアの拡張およびそれに続く悪化の臨床転帰に至る。虚血ペナンブラの進展の主な原因は、局所的な脳血流状態である。脳血流量の減少が、ATP産生の減少およびNa
+/K
+ポンプの不全を生じ、細胞外のグルタミン酸を増加し、グルタミン酸によって媒介されるチャンネルを活性化し、細胞にとって有害である細胞内のカルシウムの増加に至ると仮定されている。虚血ペナンブラが神経修復および神経保護療法のための標的であることは広く受け入れられている。
【0032】
先進国における脳卒中発生率および死亡率の最も重要な低下は、例えば、薬理学的治療またはとりわけ血圧を低下し、心房細動の影響を予防し、高血糖および脂質異常症を減らす他の方法にいずれかを含む、より良好な危険因子の制御を目的とした一次および二次予防対策から発展してきた。より少ない成功であるが、急性脳卒中治療に対する証明された恩恵がある治療介入が存在する。最も顕著な進歩の1つは、脳卒中部門での患者の管理であり、死亡率を減らし、機能的帰結を約20%向上することが示されている。くわえて、血栓溶解薬、主に組み換え組織プラスミノーゲン活性化因子を用いた閉塞血管の再疎通、および最近では機械的な血塊除去または破壊による再疎通が、急性虚血性脳卒中に対する最も効果的な治療の1つと思われている。経静脈組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)の使用のための時間ウィンドウは、特定の患者において最大で4.5時間である。
【0033】
急性脳卒中治療に対する他の潜在的な方法は、重要と考えられるカスケードの多様な構成要素を標的とすることによって虚血性カスケードを妨げることを試みることである。この後者の方法は、神経保護方法と呼ばれる。以前に、動物脳卒中モデルおよび臨床開発プログラムにおいて虚血性カスケードのさまざまな面を標的とする多くのさまざまな神経保護方法が検討された。動物における、梗塞サイズの減少および機能的帰結の向上に関して成功した治療実験が多くあるにもかかわらず、いずれの神経保護薬も、認可のための法的規制条件を満たす明白な有効性を治験において示していない。
【0034】
今日、脳卒中後の回復を向上する治療方針はたいていリハビリテーションプログラムに頼っている。脳刺激療法が現在のところ評価されている(経頭蓋磁気刺激法(TMS)、経頭蓋直流電気刺激(tDCS)、硬膜外刺激)。例えば、栄養因子、幹細胞、髄鞘再生療法、血管新生の刺激、神経伝達物質(ドーパミン作動剤、アンフェタミン)、セロトニン再取り込み阻害剤を含む、他の方法が開発されてきているが、今日まで成功はしていない。ヒトでは、シチジン−5−ジホスホコリン(CDP)−コリンが、無作為化二重盲検において好ましい結果を示している。シチコリンの神経保護作用の幾つかを説明するのに提案されている効果としては、脂肪酸放出の防止、ホスファチジルコリン合成の刺激、カルジオリピンおよびスフィンゴミエリンレベルの保持、グルタチオン合成およびグルタチオン還元酵素活性の増加、Na
+/K
+ATPアーゼ活性の回復、ならびに抗アポトーシス効果が挙げられる。この広範囲の作用は、その正確な作用機序がまだ完全に理解されていないことを示唆する。
【0035】
注目すべきは、過去15年間にわたって、脳卒中の医学の進歩および医療資源の焦点は、急性期および亜急性期にあったことであり、結果として脳卒中治療後の時期に著しい医療格差を生じている。現在のところ、虚血性脳卒中後の時期における回復を促進にしたり、高めたりする薬物は存在しない。
【0036】
ビオチン(またはビタミンH)は、臓物、卵、およびある特定の野菜などの多くの食品に天然に見られる、偏在性の水溶性ビタミンである。哺乳類では、ビオチンは4つの代謝カルボキシラーゼの補因子として作用し、エネルギー代謝の鍵となる幾つかの段階に関与する。例えば、ピルビン酸カルボキシラーゼ(糖新生)、3−メチルクロトニルCoAおよびプロピオニルCoAカルボキシラーゼ(クレブス回路に中間代謝産物を供給するある特定のアミノ酸カタボリズム)、およびアセチルCoAカルボキシラーゼ(脂肪酸合成)を含む。
【0037】
ここ数年にわたって、ビオチンはまた、DNAコンフォメーションを調節すし、そうすることで、ゲノムの特定の領域が転写因子にアクセスするタンパク質構造体であるヒストンのビオチン化/脱ビオチン化の機序を通して数多くの遺伝子の発現を調節できることが示されている。発現がビオチンによって調節される多数の遺伝子は、エネルギー代謝に関与するタンパク質をコードすると思われる(Zempleni et al., 2009)。
【0038】
結果として、ビオチンの作用機序は、脳エネルギー(ATP)産生のエンハンサーと見なされることができる。
【0039】
ビオチンが進行型多発性硬化症において神経障害の改善を伴う好ましい効果を有することを示していることを報告する本明細書における結果を考慮すると、この化合物は、長期の運動障害または視覚障害の後でもAMNおよびそれに続く虚血性脳卒中における機能回復を高める有力な候補である。虚血性脳卒中の場合、この効果は虚血性発作の急性/亜急性期だけでなく、のちに観察される神経学的後遺症でも起こりうることが期待される。
【0040】
特許出願国際公開第2011/124571号は、特に視神経萎縮に関係する視力障害の治療のための高投与量(ほぼ100〜600mg/日程度)でのビオチンの使用を記載する。なお注目すべきは、本願に実際に記載の視力障害は、特定の白質脳症に関係する症状、すなわち脳の白質の合併症であることである。この文献は、ビオチンが多発性硬化症の治療のために使用されうることを記載も提案もしていない。実際に、ある特定の症状(視覚障害)は同様でありうるが、病因は異なる。
【0041】
ビオチンは、時として白質脳症または視神経症を合併する病理学的状態である、ビオチニダーゼ、メチルクロトニルCoAカルボキシラーゼ、またはホロカルボキシラーゼ合成酵素の欠損症の小児に適応されているが、これらの疾患の間、必要投与量はほぼ10mg/日程度である(2010年、Wolfによる概説)。
【0042】
Darinらは多発性硬化症および3−メチルクロトニル−CoAカルボキシラーゼ欠損症の小児について報告している。
【0043】
この患児は重度の炎症性型の多発性硬化症であったが、炎症性が少なくより進行性な変性疾患であるいわゆる「一次性または二次性」多発性硬化症ではなかった。その小児は、例えばビオチンを含むさまざまな化合物で治療されていた。しかし、該報告では、ビオチンは、幾つかの例ではビオチンに反応することが周知である関連病態、すなわち、3−メチルクロトニル−CoAカルボキシラーゼ欠乏症を治療するのに投与されているが、多発性硬化症をビオチンで治療する意図はなかった。その症例報告では、患者に多発性硬化症を治療するために投与された製品は、例えば、ミトキサントロンおよびステロイドを含む古典的な免疫抑制剤である。
【0044】
本発明との関連で、実は、ビオチンは、特に高投与量において、多発性硬化症、特に進行型の多発性硬化症または発作後の疾患神経学的後遺症を患う患者の病態を改善することを可能にすることが示されている。対照的に、少なくとも2名の患者(患者番号2および3)が治療中に再発したので、ビオチンは炎症再発に効果はない可能性がある。
【0045】
また、進行型多発性硬化症とその疾患と間の類似した症状および病態生理学的機序を考慮すると、ビオチンを副腎脊髄神経障害(AMN)に使用することも想定される。また、ビオチンがエネルギー産生の作用様式を通して機能回復を助けるようになること、および長期の疾患進行または後遺症の後でさえも進行型多発性硬化症の機能回復に関する、ここに報告されている成功を考慮すると、脳卒中後遺症の治療にビオチンを使用することも想定される。
【0046】
例に見られるように、この改善は4名のMS関連慢性視神経症患者で観察されているにもかかわらず、ビオチンは、疾患の病因(脱髄)が同様に残る他の症候群を見せる患者に使用できる。このことは、脳の視放線への損傷によって引き起こされた同側性外側半盲症(homonymous lateral hemianopsia)患者、および頸髄上部の病変によって引き起こされた進行性四肢麻痺の1名の患者において得られた結果によって確認される。
【発明の概要】
【0047】
よって、本発明は、多発性硬化症、特に一次性および二次性進行型の治療ならびに該疾患の発作後の神経学的後遺症の治療に使用されるビオチンに関する。
【0048】
また、本発明の主題は、多発性硬化症の治療における使用するためのビオチンを含有する組成物、および多発性硬化症の治療を意図した薬物の製造のためのビオチンの使用でもある。よって、本発明の教示は、多発性硬化症を患う患者にビオチンを投与することを含んでなる治療方法を実行することを可能にする。
【0049】
特にビオチンは、進行型の多発性硬化症(一次性または二次性進行型)の治療に使用できる。
【0050】
同様に、ビオチンは、多発性硬化症の治療において、発作後、緩和/寛解型(relaxing/remitting)に観察される後遺症に治療を可能にするために使用される。
【0051】
ビオチンは単独で使用することもでき、または多発性硬化症を治療するために使用される別の化合物、特に上述の化合物と併用しても使用できる。したがって、本発明は、多発性硬化症の治療における同時、個別、または逐次(時間的に隔たる)使用のためのビオチンを含有する組成物および多発性硬化症に対する別の薬剤を含む。
【0052】
本発明はまた、X連鎖性副腎白質ジストロフィー(X−ALD)の治療に使用するためのビオチンに関する。特に、本発明は副腎脊髄神経障害(AMN)の治療に使用するためのビオチンに関する。
【0053】
本発明はまた、虚血性脳卒中、特に急性期の後の治療に使用するためのビオチンに関する。特定の実施態様では、本発明は虚血性脳卒中を患ったことがある患者の神経学的後遺症の治療に使用するためのビオチンに関する。
【0054】
この実施態様では、ビオチンは患者が虚血性梗塞を罹患したすぐ後、または数年後に投与されてもよく、虚血ペナンブラ中の細胞によるエネルギー産生を増加することによって神経学的回復を助けるようになる。治療が四肢麻痺の数年後でも機能回復を刺激するのに有効であることが示された多発性硬化症の予備結果を基にして、治療は虚血性梗塞のすぐ後または数年後に施されるべきである。
【0055】
神経学的後遺症の治療は、例えば、四肢衰弱、痙性、失語症、半盲、小脳性運動失調症を含む(網羅はしていない)、いずれの運動、感覚、または認知機能障害の改善を通してモニターされることになる。
【0056】
ビオチンは単独で使用されるか、または上に列挙されたものなどの、脳卒中後の機能回復の助けとなる他のいずれの薬剤と併用しても使用されうる。
【0057】
特に、ビオチンは、急性期に、例えば、線溶療法および血管内修復治療を含む再透過化処理法(repermeabilisation strategies)と共に使用できる。ビオチンは、例えば、静脈内(IV)注入、経口投与、徐放形態、シロップ、カプセル剤(caps)、錠剤(tab)などを含むいずれの製剤で使用できる。
【0058】
本発明はまた、脳卒中の治療における同時、個別、または逐次(時間的に隔たる)使用のためのビオチンを含有する組成物および虚血性脳卒中に対する別の薬物を含む。そのような薬物は、抗血栓剤、抗血小板薬、血液凝固阻止薬、線維素溶解剤からなる群だけでなく、とりわけシチコリン(cyticholine)などの神経保護剤からなる群から選ばれうる。言及できるのは、アセチルサリチル酸および組織プラスミノーゲン活性化因子である。
【0059】
本願に照らして、多発性硬化症の治療のためのビオチンの使用について記載されるいずれの実施態様は、X−ALD(AMN型)の治療および脳卒中(strike)または脳卒中後の神経学的後遺症の治療のためのビオチンの使用に適応可能であると理解されるべきである。特に、多発性硬化症の治療について記載されている投与の方式、用量などは、他の記載の疾患および病態の治療に適応可能である。
【0060】
よって、本発明の主題は、AMN、脳卒中、または脳卒中発作後の神経学的後遺症の治療における使用のためのビオチンを含有する組成物、およびAMN、脳卒中、または脳卒中発作後の神経学的後遺症の治療を意図した薬物の製造のためのビオチンの使用である。よって、本発明の教示は、AMNを患う患者または脳卒中を患う患者または脳卒中を患ったことがあり、神経学的後遺症をもつ患者に、ビオチンを投与することを含んでなる治療方法の実行を可能にする。
【0061】
ビオチンは優先的には、高投与量で、すなわち1日当たり50mgを超える投与量で投与する。最大投与量が実際に想定されない場合でも、後者(the latter)は1日当たり500mg、600mg、または700mgを超えるべきではない。そのように、少なくとも1mg/kg/日に等しく、好ましくは3mg/kg/日、好ましくは5mg/kg/日、または少なくとも7.5mg/kg/日に等しく、またはさらに10mg/kg/日前後の投与量が患者に投与される。よって、1日当たり50〜700mgのビオチンが患者に投与され、一般には1日当たり50〜500mg、または1日当たり50〜600mg、より好ましくは1日当たり100〜300mg、一般には1日当たり300mg前後である。よって、1日当たり少なくとも50mg、より好ましくは1日当たり少なくとも100mg、または1日当たり少なくとも150mg、またはさらに1日当たり200もしくは250mgで投与される。
【0062】
好ましい1つの特定の実施態様では、(特に、患者による使いやすさの課題のために)ビオチンは経口投与に適した形態である。したがって、これは経口投与用組成物を含み、少なくとも20mg、好ましくは少なくとも40mgのビオチン、またはさらに50mg、75mg、100mg、150mg、もしくは250mgのビオチンを含有することになる。この組成物は、優先的には、医薬的に使用するためであり、したがってこの組成物は医薬品である。この組成物の毎回単位投与量は、少なくとも20mg、好ましくは少なくとも40mg、またはさらに50mg、100mg、150mg、250mgのビオチンを活性成分として含有することが理解される。
【0063】
1つ特定の実施態様では、経口投与用のこの組成物は、単独活性成分としてのビオチンおよび賦形剤を含有し、他のいずれの活性成分を含まない。
【0064】
賦形剤は、単なる担体として作用することを意図し、つまり生体活性を有することを意図しない、製剤の一部を形成する任意の化合物であることが理解されるべきである。
【0065】
この組成物は、当該技術分野において公知であるいずれの形態であることができる。特に、該組成物は、ジェルカプセル、(所望によりフィルムコートされた)錠剤、丸剤、またはロゼンジの形態である。別の実施態様では、該組成物はシロップの形態である。前記シロップは、単位投与量当たり少なくとも20mg、好ましくは少なくとも40mg、またはさらに50mg、75mg、もしくは100mgのビオチンを含有するような量を含有する。このシロップ中のビオチンの濃度は、患者に投与するのに望ましい単位投与量に依存する。
【0066】
当業者によって使用できる賦形剤は、当該技術分野において周知である。タルク(E553b)、微結晶性セルロース、ラクトース、マンノース、デンプン(特に、コーンスターチ)、ステアリン酸マグネシウム(E572)、およびステアリン酸(E570)が選ばれることができる。この列挙はすべてを網羅するものではない。
【0067】
この組成物が25ジェルカプセルの形態で調製される場合、好ましい賦形剤は微結晶性セルロースである。
【0068】
組成物がフィルムコート錠剤の形態である場合、前記フィルムコーティングは、ヒプロメロース(E464)、エチルセルロース、マクロゴール、タルク(E553b)、二酸化チタン(E171)、または酸化鉄(E172)などの当該技術分野において公知である任意の物質から形成されうる。
【0069】
活性成分はまた、(コチニールなどのいずれの許容可能な着色剤によって)着色されてもよく、それによってビオチンの賦形剤中での良好な分散を確かめることが可能になる。
【0070】
ビオチンの血漿半減期が短い(約2時間)ことを考慮して、徐放(または持効性(slow sustained))形態もまた想定されうる。
【0071】
前記徐放組成物は当該技術分野において公知であり、特に国際公開第2011/077239号に記載されている。特に、前記徐放組成物は、ビオチンを単独または1つ以上の活性成分とともに含んでなる徐放性基質を含んでいてもよい。
【0072】
特定の実施態様では、徐放組成物は、即時放出を可能にする基質含んでなり、ここで、前記基質は、ビオチンを単独または1つ以上の他の活性成分とともに含んでなり、徐放は放出修飾基質またはコーティングによって達成される。
【0073】
よって、徐放組成物は、ビオチンの即時放出および異なる(ゆっくりとした)放出をもたらしうる。
【0074】
特定の実施態様では、徐放は浸透圧的に作動する放出系によって達成されうる。
【0075】
別の実施態様では、徐放組成物は、ビオチンを含んでなるコア、所望により1つ以上の活性成分、および所望により医薬賦形剤、および1つ以上の外層を含んでなり、ここで該外層は1つ以上の徐放剤を含んでなる。
【0076】
別の面では、ビオチンは、注射によって投与可能にする形態であってもよく、次にそれは、単位投与量当たり少なくとも20mg、好ましくは少なくとも40mg、またはさらに50mg、75mg、100mg、150mg、もしくは250mgのビオチンを含有する注射可能な組成物を含む。
【0077】
この注射可能な組成物は、ビオチンおよび許容可能な賦形剤を含有するバイアルの形態であってもよい。ビオチンの濃度は、バイアルの想定される容量に応じて調整される。ビオチン溶解性を向上するある種の賦形剤が使用できる。
【0078】
注射可能な組成物の製造に使用できる賦形剤は、当該技術分野において周知である。特に言及されうるのは、リン酸二水素ナトリウム、重炭酸ナトリウム(E550i)、パラオキシ安息香酸メチル(E218)、およびパラオキシ安息香酸プロピル(E216)であり、それらは、当業者が決定できる割合で共に使用できる。使用される水は注射用水である。注射は好ましくは筋肉内に実施される。注射はまた静脈内に実施可能である。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【
図1】2012年4月12日に開始したビオチン(100mg/日)治療の前後の、5名の患者の視野の変化(ハンフリーの自動視野計)。A〜D:右眼;E〜H:左眼。A、E:2010年11月;B、F:2012年1月;C、G:2012年6月30日;D、H:2013年4月。注目すべきは、2010年11月(A、E)と2012年1月(B、F)の間、すなわち治療開始の前に、視野の自然に起こった修正が無いことである。注目すべきは、2012年6月、ビオチン治療の導入の2か月後における、上左4分の1区の視野の改善(CおよびG)。改善はコンピュータープロットの色を淡くすることによって示している(矢印)。1年の治療の後(DおよびH)、左右の上視野4分の1区はほぼ完全に回復し(矢印)、改善はより顕著である。
【実施例】
【0080】
一次性または二次性進行型の多発性硬化症患者の6名がビオチンを受けた。患者は全員、3〜12か月の治療期間にわたって改善した。
【0081】
臨床症例の説明
患者1
この72歳の患者は、治療前約3年間、右優位の急速な視力低下の視覚合併症を伴った進行型多発性硬化症であった。
【0082】
これらの障害が始まった3か月後に、その患者は、副腎皮質ホルモン注入を3度受け、顕著ではあるものの一過性の視力改善に至った。2度のさらなる注入を視力障害が始まって5および7か月後に実施し、目立った効果は少しもなかった。
【0083】
障害が始まった9か月後、視力は低下し続け、右1/10および左5/10まで進んだ。障害が始まった11か月後、彼女は、右は指の数を数えることのみ可能で、視力は左2/10まで進んだ。
【0084】
その患者はまた、毎回24時間未満続く下肢筋力低下を伴う平衡性障害と説明される歩行に発作性の障害もあった。
【0085】
障害が始まった2年後、ビオチンでの治療を1日3回、100mgの投与量で始めた。
【0086】
3か月後、患者は彼女の視力に改善を認め、彼女は電話番号を読むことができ、顔の化粧ができ、新聞の見出しを読むことができた。視力は左2/10および右5/10を認めた。平衡性は、特に回転したとき、より確かになった。以前はひとりで料理することができなかったが、それができた。MRIに変化はなく、脳MRIスペクトロも変化がなかった。他方では、左では、視覚誘発電位は、長い潜時(126.5ms)でP100波の再現を示した(右では、応答が認められなかった)。
【0087】
治療を同じ投与量で継続した。6か月の治療後、右では誘発電位はP100波の開始を示し、また(126.5〜111.8msに及んだ)左P100波の潜時の改善も示した。脳MRIスペクトロ(spectro)は、コリンのピークおよびコリン/クレアチン比に明らかな減少を示した。ビオチンでの治療を600mg/日に増加した。9か月の治療後、両側P100波が認められた。
【0088】
その後、治療を300mg/日の投与量で15か月間、次いで100mg/日で9か月間継続した。
【0089】
治療の開始と最後の来院との間、いかなる視神経症の症状をさらに発現することなく、視力は安定した状態を保った(左2/10および右5/10)。平衡性も安定した状態を保った。
【0090】
患者2
1987年生まれの男性、特に既往歴なし。彼の家系は、彼の母は多発性硬化症であったことを示した。患者は、2006年5月に、眼球振盪、肢痛、および平衡性障害を特徴とする最初の神経症状発現があり、8日で消退した。静的(static)小脳症候群に関連した、疲労、複視の一時的な感覚、および平衡性障害を特徴とする第2の症状発現が、2008年2月に起こった。自己免疫疾患の検索は陰性であった。延髄MRIは頸レベルで超高信号を示した。MRIは、脳室周囲白質に数多くの高信号域を、濃淡をとることなく示し、その様子は多発性硬化症の診断と一致した。インターフェロンIb(ベータフェロン)での治療を2008年2月に開始した。その患者は2008年7月にさらなる複視型の発作を経験し、それは、ソルメドロール(商標)(メチルプレドニゾロン)注入後に退行した。
【0091】
2009〜2012年、その患者に疾患のさらなる発作はなく、視力の極めて潜行性で進行性の低下を示した。視力は2008年には正常とみなされたが、2010年7月に認められたのは、右眼の視力が2/10で、左眼の視力が6/10であった。誘発電位(2010年7月)は、P100波の140ミリ秒への両眼の遅延を示し、両眼性の視神経の合併症の証明となる。3度のソルメドロール(商標)注入を2010年9月に実施し、次いで、4度の注入を2011年8月8日〜11日に実施した。効果は少しもなかった。2011年12月の視力は右1/10、左3/10に進んだ。乳頭(papillae)は両眼とも蒼白である。OCT(光干渉断層法)により、傍乳頭神経線維の厚さが右65ミクロンおよび左61ミクロンに相当大きく低下したことが示され、視神経の両眼性の合併症を確認された。Goldmann視野は、2つの中心暗点および盲点中心暗点を示し、また、以前の視野と比較して僅かな変性を伴う右側の盲点の増大を示す。左側では、これもまた以前の視野と比較して僅かに増大した中心暗点の存在が認められた。
【0092】
2008〜2011年の継続的なMRIは、損傷負荷のいかなる増加を示さず、該患者が視神経の合併症を特徴とする進行型の多発性硬化症であることを示している。
【0093】
次いで、ビオチンでの治療を2012年3月6日に100mg/日の投与量で3月30日まで導入し、次に2012年4月6日〜5月6日は200mg/日、その後2012年5月6日〜2012年6月7日は300mg/日とした。3回の完全な眼科検査をこの期間中に実施した。1回目は2012年3月30日、3月6日(治療前)の検査と比較して視力の改善は示されなかった。2回目は2012年6月7日(3か月の治療後)、左眼の視力(visual acuity)の非常に顕著な改善を示し、3/10から7.5/10になった。2012年12月(9か月の治療後)の3回目の検査において、VAは右3/10、左6/10に上がった。
【0094】
2012年11月、ビオチンでの治療中に、その患者は複視を伴う多発性硬化症の再発を呈した。ステロイド(メチルプレドニゾロン1gr/日)を3度注入した後、回復した。
【0095】
患者3
1980年生まれの男性、2003年以来、進行性小脳錐体路症候群があり、全身的な疲労感および注意障害を伴う認知障害を併発した。彼は赤緑軸の色を見ることに困難があった。進行性の進展が、併発した再発とともに、2003年〜2012年に起こった。脳MRIは、脳梁および傍皮質性白質を冒す脳室周囲の白質脳症を示した。T2配列では、散在する小結節高信号があり、その幾つかは前後方向に垂直であり、多発性硬化症を示唆している。腰椎穿刺は6つの構成成分/mm
3を含む炎症性液を示したが、免疫グロブリンの髄腔内合成はなかった。一次性進行型多発性硬化症の診断がなされた。
【0096】
その患者は、2008年4月〜2009年4月の間、経静脈メチルプレドニゾロンの月1回パルス(1gr/月)の治療を受けて明らかな恩恵はなかった。併発した再発のため、2010年6月〜2010年11月の間、彼はインターフェロンβ1b(ベータフェロン)を受けた。しかし、最大歩行距離は2008年の2kmから100〜200メートルに漸進的に減少した。また、視力が次第に失われるのも認められ、2012年7月に両眼AVは1/10未満と推定された。
【0097】
ビオチンでの治療を2012/07/12に開始し、1か月間100mg/日で始め、次に1日2回100mgで1か月間、次いで2012/09/12から1日3回100mgとした。2012年10月の初めに、患者は再び色を識別できたことに気付き、注意および集中能力は良好になり(家族により確認)、歩行速度も同様であった。7か月の治療の後、2013/02/07に、眼科検査により、右は0.7/10(治療前)から1.2/10への、左は0.6/10(治療前)から1/10へのVAの増加を確認した。Goldmanの方法を用いた視野分析では、右は明らかな改善を示し、その改善は4か月の治療(2012年11月)ですでに認められ、7か月(2013年2月)で確認された。治療の有害作用は認められなかった。2012年9月には、ビオチンでの治療中、彼は疲労および運動失調の悪化を伴う多発性硬化症の再発を示した。彼はステロイド(メチルプレドニゾロン1gr/日)を3度注入してほどなく回復した。
【0098】
患者4
この44歳男性は、視神経にかかわる進行型多発性硬化症の4年の病歴があった。
【0099】
ビオチンでの治療を2010年10月に開始した。その時点で視力は、右3/10および左0.25と測定された。視野は両眼性盲点中心暗点(bilateral ceoco-central scotoma)を示した。ビオチンの投与量を(100から300mgに)上げた3か月の後、視力は右が3/10から4/10に、左が0.25/10から3/10に上がった。その患者は自覚的改善に気付いた。彼は容易に両眼を開けて読むことができた(治療前、彼は読む際に左眼を閉じなければならなかった)。さらに、治療前に治療ウートホフ現象が起こり、治療後に改善した。有害作用は認められなかった。Godmanの方法を用いて視野分析は、左暗点およびそれほどではないにせよ右暗点の明らかな改善を示した。
【0100】
患者番号5
29歳女性、個人歴または家族歴なし。2004年10月半ば、右視放線の経路にある白質の炎症性病変に関連して、左同側性外側半盲が見つかった。次に検査により、CSFでの免疫グロブリンの髄腔内合成が明らかになり、当初はソルメドロール(登録商標)の3度の注入の後に進展は好ましかった。その後、症状が再発した。ソルメドロール(登録商標)の3度の注入および視力矯正治療の後、進展は機能改善によって示された。2005年2月、さらなる視覚障害、および濃淡をとるさらなる右頭頂後頭の病変の出現が認められた。進展が徐々に好ましくなった。しかし、左下四分の一半盲が続いた。視力は、右が6/10
th、左が7/10
thであった。2005年と2011年の終わりの間、2005年11月、2006年3月、および2006年10月の副腎皮質ホルモンを受けた悪化退行期間を含めて、視力の変動が認められた。発作の間に左同側性外側半盲は存続した。2008年の終わりから、視力は両眼6/10で安定していた。同側性外側半盲のこの安定は、2010年の終わりから2012年の始めの間に実施された数回の視野の検査によって明示された。視力の回復を欠くことに直面して、ビオチンでの治療を100mg/日の投与量で開始することを決定した。この際実施した視覚誘発電位は正常であり、視力障害は視神経自体の合併症ではなく、実は視放線を冒す脳の白質病変に関連する同側性外側半盲に関連することを示した。ビオチンでの治療を2012年4月12日に100mg/日の投与量で処方した。2012年6月30日(1か月半の治療後)の新たな視野検査は、同側性外側半盲の明らかな改善を示し(
図1)、その改善は、5か月、9か月、および12か月の治療の後にはさらに顕著であった。
【0101】
患者6
現在73歳のこの女性は、二次性進行型多発性硬化症の病歴があった。彼女の疾患は、30歳〜40歳の再発期で始まった。次に、61歳から彼女は下肢に始まる進行性肢筋力低下を発症し、次いで65歳から上肢に進行した。62歳で杖を使い始め、62歳で杖を2本使用した。63歳で車椅子を使用しなければならず、64歳で車椅子生活になった。66歳で、臨床検査により四肢不全麻痺が明らかになった。68歳で、彼女は自分自身で食べることがひどく困難になった。経静脈メチルプレドニゾロンまたはシクロホスファミドの月1回のパルスを使用した、疾患の進行を止めるための数度の試みは、幾分恩恵をもたらしたように思われた。治療はすべて2008年、68歳の時に中止した。
【0102】
脳および脊髄MRIは、脊髄上部および延髄下部を含む高信号域を明らかにした。
【0103】
ビオチン(100mg/日)での治療を2012年9月に開始した。その時点で、該患者は重度の四肢不全麻痺を示し、右腕1/5、左腕3/5、右脚0/5、左脚1/5と見積もられた。彼女にはまた、重度の嚥下障害、構音障害、および首筋力低下があった。彼女はストローを使ってグラスの水を飲み、カップに入ったコーヒーをテーブルから唇にもっていくことができなかった。2か月の治療の後、患者は左手に幾分の改善に気付き、次の2か月にわたって改善はさらに進んだ。2013年1月(4か月後)に彼女を診た際には、筋力低下は大幅に改善し、右上肢は2/5、左上肢4/5、左下肢2/5の強度になった。患者に構音障害はなく、嚥下障害がほとんど消失した。首筋力低下はもはや存在しなかった。患者はその時点で、自身の左手でコーヒーを唇にもっていくことができた。6か月の治療(100mg/日)の後、患者はさらに少し改善し、彼女は両脚を動かすことができ、左上肢の強度がさらに少し改善した。右手の動きが確認された。ビオチン投与量を1日3回、100mgに増やした。300mg/日で3週間後、右腕の強度がさらに改善し、二頭筋収縮は3/5と見積もられた。
【0104】
考察
したがって、二次性進行型の多発性硬化症の患者1の臨床状態は、ビオチンでの治療下で改善および安定化したことが観察された。
【0105】
この観察結果は、例えば、進行性視神経症の患者3名(患者番号2、3、および4)、脳白質の視放線の合併症からなる後遺症の患者1名(患者番号5)、および上部頸髄の病変によって引き起こされる進行性四肢麻痺/嚥下障害をもつ患者1名(患者番号6)を含む、多発性硬化症を患う5名の他の患者で確認された。注目すべきは、2名の患者(番号2および3)が、ビオチンでの治療中に再発を示した。このことは、ビオチンが炎症再発を予防するのに有効でないこと示唆しうる。
【0106】
今まで、これらの治療された患者6名は、数個のパラメーター:核磁気共鳴画像法、視覚誘発電位、視力、視野(視野測定法)、および神経学的検査で証明された改善を示している。
【0107】
6つの症例では、改善は、治療の導入に続く3か月以内に起こり、次の9か月の間にさらなる改善を伴った。一方で、後向きのデータの解析は、治療の導入に先行する2年間の視力障害の安定および/または進行性悪化を示した。既存の症状の改善のほかに、患者にはいずれの新しい症状が見つからなかった。
【0108】
現在、(一次性または二次性)進行型の多発性硬化症、またはその疾患の後遺症に関連する症状にも認められた治療はないので、これは重要な進歩を表わす。
【0109】
参考文献