【文献】
J.Musil et.al,Formation of crystalline Al-Ti-O thin films and their properties,Surface and Coatings Technology,2008年 3月14日,Vol.202,Page.6064-6069
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは前記課題を解決するため、窒化物皮膜よりも高温状況下での化学的安定性に優れた、酸化物からなる硬質皮膜に着目し、かつ従来の酸化物皮膜よりも更に耐摩耗性に優れた皮膜を実現すべく鋭意研究を重ねた。その結果、高硬度を容易に達成できて耐摩耗性の向上に有効なTiと、耐酸化性の向上および結晶粒の微細化による高硬度化に寄与する希土類元素とを併せて含む酸化物皮膜とし、更には、高硬度を容易に達成できて耐摩耗性の向上に有効なAlや、皮膜の安定性に有効なSi、高硬度を容易に達成でき耐摩耗性の向上に有効なCrを含有させれば、従来の硬質皮膜よりも耐摩耗性を更に向上できることを見出し、本発明を完成した。以下、本発明の硬質皮膜において、各元素を選定した理由と各元素の組成範囲の限定理由について説明する。
【0013】
本発明では、まず第1の硬質皮膜として、
組成式が(Ti
aAl
bSi
cR
d)O
xであり
(但し、Rは希土類元素を示す。またa、b、c、dは夫々Ti、Al、Si、Rの原子比を示し、xはOの原子比を示す。以下同じ)、かつ、
0.30≦a≦0.7、
0.30≦b≦0.70、
0≦c≦0.2、
0.005≦d≦0.05、
a+b+c+d=1、
0.5≦a/b<1、および、
RがCeを含まない場合は下記式(1)を満たし、RがCeを含む場合は下記式(2)を満たすことを特徴とする硬質皮膜を規定する。
0.8≦[x/(2a+1.5b+2c+1.5d)]≦1.2 …(1)
0.8≦[x/(2a+1.5b+2c+2d)]≦1.2 …(2)
【0014】
酸化物皮膜としてアルミニウム酸化物のみからなる層を低温で形成した場合、非晶質となり高硬度を達成することが難しいが、Tiを含有させることによって、酸化物皮膜中に結晶相が形成され、硬度を高めることができる。この様な効果を得るべくTi量(a)を0.30以上とする。好ましくは0.40以上である。ただし、Ti量が0.7を超えると、結晶構造がTi酸化物(ルチル)に転移し、硬度が低下し易くなる。よってTi量の上限を0.7とする。好ましくは0.60以下である。
【0015】
Al量(b)が0.30未満だと高硬度を確保できないため、Al量の下限を0.30とする。好ましくは0.40以上、より好ましくは0.45以上である。一方、Al量が0.70を超えると、非晶質になり高硬度を達成することが難しくなる。よって、Al量の上限は0.70とする。好ましくは0.60以下、より好ましくは0.55以下である。
【0016】
更にAl量に対してTi量が多いと、TiO
2が多く含まれて硬度が低下しやすくなる。よって、Ti量(a)とAl量(b)の関係はa/b<1とする。a/bは、好ましくは0.95以下、より好ましくは0.90以下である。一方、Al量がTi量の2倍を超えると、非晶質になりやすく高硬度を達成することが難しい。よってa/bは0.5以上とする。a/bは、好ましくは0.60以上、より好ましくは0.70以上、更に好ましくは0.80以上である。
【0017】
Siは、その酸化物がTi酸化物と比較して形成の自由エネルギーが小さく安定している。よって、より安定な酸化物皮膜を形成するにはSiを含有させることが好ましい。この様な観点から、Si量(c)は0.03以上であることが好ましく、より好ましくは0.05以上である。しかしSiが過剰に含まれると、皮膜が非晶質化しやすく高硬度を達成することが困難となる。よって、Si量の上限は0.2とする。Si量は好ましくは0.10以下である。
【0018】
また本発明の酸化物皮膜は、R(希土類元素を示す。以下「元素R」ということがある。具体的には、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、およびLuよりなる群から選択される1種以上の元素である)を含むことによって、耐酸化性が向上し、かつ結晶粒の微細化により高硬度化を図ることができる。さらに、希土類元素を含有させることによって、Al
2O
3、R
2O
3といった異なる格子定数を持つ結晶が共存し、結晶内に歪みが生じる。その結果、格子欠陥が発生して高硬度化を図ることができる。また、Al
2O
3結晶内の一部のAl原子が希土類元素と置換されることによっても、結晶内に歪みが生じて欠陥が発生し、高硬度化を図ることができる。上記Al
2O
3結晶内に歪みを生じさせ易くする観点からは、希土類元素として、イオン半径がAlと大きく異なる元素が好ましい。該元素として具体的には、R
2O
3の構造で安定であってイオン半径が1.0Å以上であるY,La,Nd,Ho等が挙げられる。
【0019】
前記元素Rの効果を得るため、元素Rの含有量(d)(希土類元素が1種の場合は単独量であり複数の場合は合計量をいう。以下同じ)を0.005以上とする。好ましくは0.010以上である。しかし元素Rの含有量が0.05を超えても、その効果が飽和するのみならず、皮膜の結晶粒が微細になりすぎて非晶質化し、皮膜の硬度が低下しやすくなる。よって、元素Rの含有量は0.05以下とする。好ましくは0.03以下である。
【0020】
金属元素(Ti、Al、Si、R)と酸素の比率は、酸化物皮膜を構成する金属元素の種類と比率により変化する。理論的に、TiはTiO
2、AlはAl
2O
3、SiはSiO
2、元素Rは一般的にR
2O
3を形成する(尚、元素RがCeの場合はCeO
2が安定である)。よって、上記(Ti
aAl
bSi
cR
d)O
xからなる酸化物皮膜の場合、上記量論酸化物を形成した場合であって元素RがCeを含まない場合は、x=2a+1.5b+2c+1.5dで表される。また、上記量論酸化物を形成した場合であって元素RがCeを含む場合(元素RがCeのみの場合に加え、元素RがCeおよびCe以外の希土類元素からなる場合もこの場合に含まれる)、x=2a+1.5b+2c+2dで表される(以下、前記「2a+1.5b+2c+1.5d」と前記「2a+1.5b+2c+2d」を量論酸化物の構成酸素量ということがある。)。
【0021】
x/(2a+1.5b+2c+1.5d)またはx/(2a+1.5b+2c+2d)(以下、これらを「比率Q」と総称することがある)の値は、理論的には1であるが、実際には成膜条件等により変動する。成膜条件により酸化物皮膜中の酸素量が少なくなり、金属リッチになると、硬度が低下する傾向にある。よって本発明では、xの値が、量論酸化物の構成酸素量の0.8倍以上、即ち、比率Qが0.8以上となるようにする。前記比率Qは、好ましくは0.90以上、より好ましくは0.95以上である。一方、xの値は、基本的に量論酸化物の構成酸素量を超えることはないが、測定誤差などを勘案して、前記比率Qは1.2を上限とする。前記比率Qは、好ましくは1.10以下、より好ましくは1.05以下である。
【0022】
本発明では更に、第2の硬質皮膜として、
組成式が(Ti
aCr
eAl
bSi
cR
d)O
xであり
(但し、Rは希土類元素を示す。またa、e、b、c、dは夫々Ti、Cr、Al、Si、Rの原子比を示し、xはOの原子比を示す。以下同じ)、かつ、
0.05≦a≦0.4、
0.10≦e≦0.85、
0≦b≦0.70、
0≦c≦0.2、
0.005≦d≦0.05、
a+b+c+d+e=1、
b=0の場合はa/e<1.0、および、
RがCeを含まない場合は下記式(3)を満たし、RがCeを含む場合は下記式(4)を満たすことを特徴とする硬質皮膜を規定する。
0.8≦[x/(2a+1.5e+1.5b+2c+1.5d)]≦1.2 …(3)
0.8≦[x/(2a+1.5e+1.5b+2c+2d)]≦1.2 …(4)
【0023】
前記第1の硬質皮膜に更にCrが含まれることにより、皮膜中にCr−O結合が形成されて一層の高硬度化を図ることができる。この様な効果を十分発揮させるには、Cr量(e)を0.10以上とする必要がある。Cr量は、好ましくは0.15以上、より好ましくは0.20以上、更に好ましくは0.25以上、より更に好ましくは0.30以上である。Cr酸化物はそれ自身耐摩耗性に優れることから、Crの割合を多くしてもよいが、Cr量が過剰になると、AlやTiの割合が相対的に小さくなり、硬度が低下しやすくなる。よって、Cr量の上限は0.85とする。好ましくは0.70以下、より好ましくは0.65以下である。
【0024】
第2の硬質皮膜の場合、Al量(b)は、高硬度を維持するため、好ましくは0.1以上含有させてもよい。Al量は、より好ましくは0.20以上、更に好ましくは0.30以上である。一方、Al量が0.70を超えると非晶質になり、高硬度を達成することが難しくなる。よって、Al量の上限は0.70とする。Al量は、好ましくは0.60以下、より好ましくは0.50以下である。
【0025】
更にTiを含有させることで、Cr単独の酸化物やCrとAlの酸化物よりも高硬度化を図ることができる。よってTi量(a)を0.05以上とする。好ましくは0.10以上、より好ましくは0.15以上である。しかし、Tiが過剰に含まれると、第1の硬質皮膜の場合と同様に、皮膜の硬度が却って低下することから、Ti量の上限を0.4とする。Ti量は、好ましくは0.30以下、より好ましくは0.20以下である。
【0026】
更に、Alが含まれない場合、Cr量に対してTi量が多いと硬度が低下しやすくなる。よってAlが含まれない場合(b=0の場合)、Ti量(a)とCr量(e)の関係はa/e<1.0とする。a/eは、好ましくは0.8以下、より好ましくは0.6以下である。尚、第2の硬質皮膜では、Ti量(a)とAl量(b)の関係(a/b)は規定しない。
【0027】
Siは、その酸化物がTi酸化物と比較して形成の自由エネルギーが小さく安定している。よって、より安定な酸化物皮膜を形成するにはSiを含有させることが好ましい。この様な観点から、Si量(c)は0.03以上であることが好ましく、より好ましくは0.05以上である。しかしSiが過剰に含まれると、皮膜が非晶質化しやすく高硬度を達成することが困難となるため、Si量の上限は0.2とする。好ましくは0.10以下である。
【0028】
また第2の硬質皮膜も、元素R(希土類元素、具体的には、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、およびLuよりなる群から選択される1種以上の元素である)を含むことによって、耐酸化性が向上し、かつ結晶粒の微細化により高硬度化を図ることができる。さらに、希土類元素を含有させることによって、Al
2O
3,R
2O
3,Cr
2O
3といった異なる格子定数を持つ結晶が共存し、結晶内に歪みが生じる。その結果、格子欠陥が発生して高硬度化を図ることができる。また、Al
2O
3結晶内の一部のAl原子が希土類元素と置換されることによっても、結晶内に歪みが生じて欠陥が発生し、高硬度化を図ることができる。上記Al
2O
3結晶内に歪みを生じさせ易くする観点からは、希土類元素として、イオン半径がAlと大きく異なる元素が好ましい。該元素として具体的には、R
2O
3の構造で安定であってイオン半径が1.0Å以上であるY,La,Nd,Ho等が挙げられる。
【0029】
前記元素Rの効果を得るため、元素Rの含有量(d)(希土類元素が1種の場合は単独量であり複数の場合は合計量をいう。以下同じ)を0.005以上とする。好ましくは0.010以上である。しかし元素Rの含有量が0.05を超えても、その効果が飽和するのみならず、皮膜の結晶粒が微細になりすぎて非晶質化し、皮膜の硬度が低下しやすくなる。よって、元素Rの含有量は0.05以下とする。好ましくは0.03以下である。
【0030】
第2の硬質皮膜においても、金属元素(Ti、Cr、Al、Si、R)と酸素の比率は、皮膜を構成する金属元素の種類と比率により変化する。理論的に、TiはTiO
2、CrはCr
2O
3、AlはAl
2O
3、SiはSiO
2、元素Rは一般的にR
2O
3を形成する(尚、元素RがCeの場合はCeO
2が安定である)。よって、上記(Ti
aCr
eAl
bSi
cR
d)O
xからなる酸化物皮膜の場合、上記量論酸化物を形成した場合であって元素RがCeを含まない場合、x=2a+1.5e+1.5b+2c+1.5dで表される。また、上記量論酸化物を形成した場合であって元素RがCeを含む場合(元素RがCeのみの場合に加え、元素RがCeおよびCe以外の希土類元素からなる場合もこの場合に含まれる)、x=2a+1.5e+1.5b+2c+2dで表される(以下、前記「2a+1.5e+1.5b+2c+1.5d」と前記「2a+1.5e+1.5b+2c+2d」を量論酸化物の構成酸素量ということがある。)
【0031】
x/(2a+1.5e+1.5b+2c+1.5d)またはx/(2a+1.5e+1.5b+2c+2d)(以下、これらを「比率R」と総称することがある)の値は、理論的には1であるが、実際には成膜条件等により変動する。成膜条件により酸化物皮膜中の酸素量が少なくなり、金属リッチになると、硬度が低下する傾向にある。よって本発明では、xの値が、量論酸化物の構成酸素量の0.8倍以上、即ち、比率Rが0.8以上となるようにする。前記比率Rは、好ましくは0.90以上、より好ましくは0.95以上である。一方、xの値は、基本的に量論酸化物の構成酸素量を超えることはないが、測定誤差などを勘案して、前記比率Rは1.2を上限とする。前記比率Rは、好ましくは1.10以下、より好ましくは1.05以下である。
【0032】
本発明の硬質皮膜としては、第1の硬質皮膜または第2の硬質皮膜を単層として形成する他、これらを2以上積層させたもの(以下、これらを「本発明の硬質皮膜」または単に「硬質皮膜」ということがある)が挙げられる。
【0033】
本発明の硬質皮膜は、単層の場合であっても上記複数層の場合であってもトータルとしての膜厚は、0.05μm以上であることが好ましく、また20μm以下であることが好ましい。0.05μm未満だと、膜厚が薄すぎて優れた耐摩耗性が十分に発揮され難い。膜厚は、より好ましくは0.10μm以上、更に好ましくは1.0μm以上、より更に好ましくは3.0μm以上である。一方、上記膜厚が20μmを超えると、切削中に膜の欠損や剥離が発生するため好ましくない。
【0034】
本発明は、基材と、当該基材を被覆する本発明の硬質皮膜とを少なくとも備えた点に特徴がある硬質皮膜被覆部材も含む。本発明の硬質皮膜は、硬質皮膜被覆部材の最表面の少なくとも一部を構成するものである。
【0035】
前記硬質皮膜被覆部材としては、チップ、ドリル、エンドミル等の切削工具や、鍛造加工、プレス成形、押し出し成形、せん断などの各種金型や、打ち抜きパンチ等の塑性加工用治工具等が挙げられる。更に特には、連続切削に使用されるインサートや断続切削に使用されるエンドミル、フライスチップあるいはドリル等の切削工具に用いた場合にその効果が存分に発揮される。特に、連続切削に使用されるインサートに適している。また本発明は、ダイカスト金型などの溶融金属と接触する部材にも適用でき、本発明の硬質皮膜は、該部材の表面に形成される耐摩耗性皮膜や耐溶融性皮膜として有用である。
【0036】
前記硬質皮膜被覆部材は、前記基材と前記硬質皮膜との間に配された、Tiおよび/またはCrを含む窒化物からなる中間層を更に備えていてもよい。上記第1の硬質皮膜や第2の硬質皮膜は、非常に安定な化合物であり、基材との反応性が低いことから密着性に劣る傾向がある。よって、上記の通り、基材と硬質皮膜の間に上記中間層を形成して、硬質皮膜の基材に対する密着性を向上させ、耐摩耗性を長期にわたり発揮させることが好ましい。上記Tiおよび/またはCrを含む窒化物として、TiN、CrN、TiCrN、TiAlN、TiCrAlN、CrAlN等を用いることができる。
【0037】
前記中間層は、基材側から硬質皮膜側に向けて、窒素が減少し酸素が増大する組成傾斜層を有するものであってもよい。この様な組成傾斜層を設けることで、中間層を構成する窒化物と硬質皮膜の界面の急激な組成の変化を抑制し、密着性をより高めることができる。組成傾斜層における組成変化は、連続的でもよく段階的でもよい。また直線的でもよく曲線的でもよい。さらには単調に変化してもよく、増加と減少を繰り返しながら全体として一定方向に変化してもよい。
【0038】
上記中間層の厚みは、0.01μm以上であることが好ましく、また5μm以下であることが好ましい。0.01μm未満だと、膜厚が薄すぎて優れた密着性が十分に発揮され難い。より好ましくは0.10μm以上、更に好ましくは1.0μm以上である。一方、上記膜厚が5μmを超えると、切削中に膜の欠損や剥離が発生するため好ましくない。上記中間層の膜厚は、より好ましくは4μm以下である。
【0039】
本発明の硬質皮膜は、ターゲットを用い、酸素分圧が0.5Pa以上4Pa以下の雰囲気中でカソード放電型アークイオンプレーティング法により形成することが推奨される。成膜装置として、例えば特許文献1の
図1に示された装置を使用することができる。成膜条件として、上述の通り酸素分圧が0.5Pa以上4Pa以下の雰囲気とすれば、高速かつ安定した成膜を実現することができる。酸素分圧が0.5Pa未満の場合、酸素が欠乏した酸化物皮膜(金属リッチな酸化物皮膜)、即ち、前記比率Qまたは比率Rが0.8を下回る酸化物皮膜が形成され、硬度の低いものとなる。酸素分圧は好ましくは1Pa以上である。一方、酸素分圧が4Paを超えると、成膜粒子のガスが散乱して成膜速度が遅くなるため、生産性の観点から好ましくない。酸素分圧は好ましくは2Pa以下とする。
【0040】
硬質皮膜形成時の基材温度は、500℃以上とすれば、結晶質の酸化膜を形成することができるので好ましい。より好ましくは550℃以上である。ただし、基材温度が高すぎると基材が劣化するので、750℃以下とすることが好ましく、より好ましくは700℃以下とする。
【0041】
中間層を形成する場合の、該中間層の形成方法は特に限定されず、例えば、TiターゲットやCrターゲット、TiAlターゲットを用い、窒素雰囲気中にてAIP法やスパッタリング法で、例えばTiN、CrNまたはTiAlN等を形成することができる。
【0042】
前記中間層と硬質皮膜の密着性をより高めるには、中間層の表面を基材温度500℃以上、酸素分圧1Pa以上の条件で酸化処理してから、前記硬質皮膜を形成することがより好ましい。
【実施例】
【0043】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0044】
[実施例1]
表1に示す組成の酸化物皮膜を、AIP装置を用い、AIP法(カソード放電型アークイオンプレーティング法)で形成し、耐摩耗性の評価を行った。
【0045】
基材として、超硬合金製の切削試験用チップ(SNMA120408)をエタノール中にて超音波脱脂洗浄したものを用意した。上記基材を装置に導入し、5×10
−3Paまで排気後、基材を550℃まで加熱してから、Arイオンによるエッチングを実施した。
【0046】
それから、まず中間層として約3μmのTiAlN膜を基材上に形成した。TiAlN膜の形成は、窒素ガスを4Paとなるまで導入し、アーク蒸発源に装着したTiAlターゲット(ターゲット直径:100mm)を用い、AIP法(カソード放電型アークイオンプレーティング法)により、放電電流:150A、基材に印加するバイアス電圧:−30Vの条件で行った。
【0047】
次いで、上記中間層の表面に、表1に示す成分組成の酸化物皮膜(厚さ:約5μm)を、該酸化物皮膜の金属成分組成を有するターゲットを用い、AIP法(カソード放電型アークイオンプレーティング法)にて、酸素分圧が1.3Paとなるよう酸素を導入し、150Aの電流値でアーク放電を実施して形成した。酸化物皮膜の形成時には、基材に−100Vのバイアス電圧をパルス状(周波数:30kHz、デュティー比:75%)に印加した。比較例として、酸化物皮膜を形成せずに、TiAlN膜(厚さ:約5μm)のみを形成したサンプルも用意した(表1のNo.1)。
【0048】
上記の様にして得られたサンプルを用い、下記条件で切削試験を行ってフランク摩耗量を測定し、耐摩耗性を評価した。フランク摩耗量が200
μm未満の場合を、耐摩耗性に優れると評価した(尚、上記フランク摩耗量は、好ましくは180
μm以下、より好ましくは160
μm以下である)。これらの測定結果を表1に示す。
【0049】
[切削試験条件]
被削材:FCD500(生材)
速度:300m/分
深さ切込:2mm
送り:0.25mm/刃
潤滑:ウェット(エマルジョン)
切削時間:6分
評価指標:フランク摩耗量
【0050】
【表1】
【0051】
表1より次の様に考察できる。No.4、5、7〜9、12〜15、17、18、20〜23、26〜30、33〜38、40〜42、45〜48、50および51は、本発明で規定する組成を満たす酸化物皮膜(硬質皮膜)を形成した例であり、TiAlN膜と異なり耐摩耗性に優れている。これに対し、上記No.以外の例は、本発明で規定する組成を満たさない酸化物皮膜を形成した例であり、酸化物皮膜は耐摩耗性に劣っている。
【0052】
詳細には、No.1は従来の窒化物皮膜であり摩耗量が多い。またNo.2は、Tiが不足しAlが過剰であり、Ti量とAl量の比率(a/b)が規定範囲を下回っているため、またNo.3も、Ti量とAl量の比率(a/b)が規定範囲を下回っているため、いずれも摩耗量が多くなった。
【0053】
No.6は、Alが不足し、Ti量とAl量の比率(a/b)が規定範囲を上回っているため、摩耗量が多くなった。
【0054】
No.10およびNo.43は、Si量が過剰であるため、摩耗量が多くなった。
【0055】
No.11は、元素Rを含んでおらず、特許文献1に開示の(Ti,Al,Si)O皮膜に相当する例である。またNo.44も元素Rを含んでおらず、いずれも摩耗量が多くなった。一方、No.16およびNo.49は、元素Rの含有量が過剰であるため、耐摩耗性に劣る結果となった。
【0056】
No.19はCrが不足し、No.24はTiが不足しかつCrが過剰であり、No.25はTiが不足し、またNo.31はTiが過剰であるため、いずれも耐摩耗性に劣る結果となった。
【0057】
No.32はAlを含まない例であるが、この場合、Ti量とCr量の比率(a/e)が規定の上限を超えているため、摩耗量が多くなった。
【0058】
No.39は、Al量が過剰であるため、耐摩耗性に劣る結果となった。
【0059】
[実施例2]
次に、中間層としてTiAlNを形成し、次いでx値の異なる(Ti
0.45Al
0.49Si
0.03Y
0.03)O
x皮膜(a/b=0.92)(元素名右下の数値は原子比を示す。以下同じ)、または(Ti
0.15Cr
0.3Al
0.47Si
0.05Y
0.03)O
x皮膜を酸化物皮膜として形成し、比率Qまたは比率Rが耐摩耗性に及ぼす影響を調べた。
【0060】
基材として、超硬合金製の切削試験用チップ(SNMA120408)をエタノール中にて超音波脱脂洗浄したものを用意した。上記基材を装置に導入し、5×10
−3Paまで排気後、基材を550℃まで加熱してから、Arイオンによるエッチングを実施した。
【0061】
それから、まず実施例1の場合と同様に、中間層として約3μmのTiAlN膜を基材上に形成した。次いで上記中間層の表面に、酸化物皮膜として、約5μmの(Ti
0.45Al
0.49Si
0.03Y
0.03)O
x皮膜を、Ti
0.45Al
0.49Si
0.03Y
0.03の組成を有するターゲットを用いて、または、約5μmの(Ti
0.15Cr
0.3Al
0.47Si
0.05Y
0.03)O
x皮膜を、Ti
0.15Cr
0.3Al
0.47Si
0.05Y
0.03の組成を有するターゲットを用いて、それぞれAIP法にて、酸素分圧を0.2〜4Paの範囲で変化させ、150Aの電流値でアーク放電を実施して形成した。尚、酸化物皮膜の形成時には、基材に−100Vのバイアス電圧をパルス状(周波数:30kHz、デュティー比:75%)に印加した。
【0062】
上記超硬合金製の切削試験用チップ上に成膜したサンプルを用いて、実施例1と同様に耐摩耗性を評価した。これらの測定結果を表2に示す。
【0063】
【表2】
【0064】
表2より次の様に考察できる。即ち、No.3〜5およびNo.8〜10は、比率Qまたは比率Rが本発明で規定する範囲内にあり、摩耗量が少なく耐摩耗性に優れている。これに対し、No.1、2、6および7は、比率Qまたは比率Rが本発明で規定する下限値に満たないもの、即ち、金属リッチな酸化物皮膜となっており、耐摩耗性に劣っていることがわかる。