(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
絶縁性皮膜を表面に有した金属基板は、電子ペーパー、有機ELディスプレイ、有機EL照明、太陽電池のデバイス用基板などへの応用が期待されている。太陽電池基板では耐熱性並びに絶縁性が重要な特性になる。
【0003】
特にCIGS(CuInGaSe)のような化合物半導体系太陽電池では、製造プロセスの加熱工程において、500℃以上の温度に基板が晒される。金属基板そのものはCIGSのプロセス温度に晒されても重量・ヤング率・硬さなどの特性に変化がないが、金属基板を被覆している絶縁性皮膜には500℃以上の加熱温度に対する耐熱性が重要になる。
【0004】
太陽電池では、セル一つから得られる電圧や電流は小さいため、セルを直列或いは並列に複数個接続することが必要となる。金属材料を用いた太陽電池基板の場合、絶縁性皮膜を有する金属基板に直接セルを形成し基板ごと切断をして目的とするセル同士を導電性ワイヤなどで接続する方法と、絶縁性皮膜を有する金属基板をガラス基板と同様に扱ってセルを形成し集積型モジュールを作製する方法がある。後者は、モジュール構造がシンプルであるため生産性が高いが、皮膜の絶縁性が不十分であるとセルを複数個接続したときに設計通りの太陽電池特性が得られなくなる。従って、ピンホールなどの欠陥がない皮膜を作製することが重要である。
【0005】
一般にリーク電流は
図8のような構成で測定する。101は鋼材、102は絶縁性を有する皮膜、103は上部電極、104は電圧計、105は電流計、106は電源である。
絶縁性を有する皮膜102中にはクラックなどの皮膜欠陥が存在するため、上部電極103の電極面積にリーク電流は依存することが多い。従って、電極面積が大きくなるほどリーク電流は高くなり短絡につながりやすい。また、印加電圧が高くなるほど皮膜欠陥である薄膜部に高い電圧がかかることになり、短絡が生じやすくなる。
【0006】
集積型デバイスを作製するには大面積で高電圧印加時に低リーク電流、例えば10×10cm角で50V印加時に1×10
-6A/cm
2以下、1×1cm角で200V印加時に1×10
-8A/cm
2以下であることが求められる。必要とされる面積とリーク電流は作製するデバイスによって異なるが、3×3cm角で100V印加時に1×10
-6A/cm
2未満であることが1つの汎用的な指標となる。
【0007】
特許文献1には有機樹脂より耐熱性が高い無機有機ハイブリッドで被覆されたステンレス箔が開示されている。しかし、特許文献1に開示されている皮膜付きステンレス箔では上部電極が1×1cm角のとき10V程度の低電圧の印加では絶縁性が維持されても100Vでは短絡をしてしまうという問題がある。
【0008】
特許文献2には複数の無機ポリマー膜で被覆されたステンレス箔が開示されている。しかし、特許文献2に開示された皮膜付きステンレス箔では、無機ポリマー膜による被覆をステンレス箔に形成した場合、上部電極が1×1cm角のとき5V程度の低電圧の印加では絶縁性が維持されるが100Vでは短絡をしてしまうという問題がある。
【0009】
非特許文献1に、メチル基含有シリカ系の無機有機ハイブリッド膜を絶縁性皮膜として用いることが記載されているが、膜厚を1μm超にしようとするとクラックが発生するという問題がある。一方、非特許文献1の無機有機ハイブリッド皮膜の膜厚を1μm以下とした場合、3×3cm角で100V印加時のリーク電流を1×10
-6A/cm
2未満とすることは困難である。
【0010】
これらより、特許文献1、特許文献2並びに非特許文献1に開示された皮膜を有するステンレス箔は、上部電極3×3cm角において100V印加時のリーク電流を1×10
-6A/cm
2未満とすることは困難であり、電子デバイス作製用金属基板として用いるには不十分である。
【0011】
特許文献3にはアルミニウム、チタン等の基体上に表面絶縁層を有する電子材料用基板が開示され、基体表面は陽極酸化処理して皮膜を形成してから、その表面に非導電性物質の層を形成して陽極酸化皮膜のポアを補填している。
【0012】
しかし、特許文献3にも、リーク電流が上部電極3×3cm角において100V印加時に10
-6A/cm
2未満であることを満足する電子デバイス作製用金属基板は教示されていない。
【0013】
特許文献4には、ステンレス箔に二層の絶縁性皮膜を形成する太陽電池用絶縁皮膜付きステンレス箔が開示されている。
【0014】
しかし、特許文献4にも、リーク電流が上部電極3×3cm角において100V印加時に10
-6A/cm
2未満であることを満足する電子デバイス作製用金属基板は教示されていない。
【発明を実施するための形態】
【0021】
金属基板は、その上に電子デバイスを作製して電子デバイス搭載パネルを得るのに利用することができる。そのような電子デバイス搭載パネルの例としては、電子ペーパー、有機ELディスプレイ、有機EL照明、太陽電池などが挙げられる。これらのパネル自体はいずれも広く知られたものであり、ここでの詳細な説明は省略する。
【0022】
一例として、CIGS(CuInGaSe
2)化合物半導体を用いた太陽電池(CIGS太陽電池)を簡単に説明する。
図1にその典型的な構造の例を示す。
図1において、141は基板、142はMo等の裏面電極(下部電極)、143はCuInGeSe
2光吸収層、144はCdSバッファ層、145はZnO半絶縁層、146はZnO:Al窓層、147はAl上部電極、148はMgF
2反射防止膜である。膜厚の例は、裏面電極142からZnO:Al窓層146まで順に、0.8μm、1.7μm、50nm、0.1μm、0.6μmである。基板141として、メチル基含有シリカ系無機有機ハイブリッド皮膜などの絶縁膜を設けた鋼板やステンレス箔を使用することができる。
【0023】
本発明者らは、電子デバイスの作製に好適に用いることができる新たな金属基板の開発に当たり、種々の鋼材を高温で熱処理して表面に酸化膜(熱酸化膜)を形成する実験を行った。
その結果、
図2Aに示すように、Alを5%程度含有するステンレス箔1010を所定の条件で熱処理することにより、Al
2O
3を主体とする熱酸化皮膜1011をステンレス箔1010の表面に形成し、更に、この熱酸化皮膜1011の上にシリカ系無機有機ハイブリッド皮膜1012を形成した場合に、基板のリーク電流特性が格段に向上することが分かった。このような現象については、Siを2.5%程度含有するステンレス箔を所定の条件で熱処理することによりSiO
2を主体とする熱酸化皮膜をステンレス箔の表面に形成し、更に、この熱酸化皮膜の上にシリカ系無機有機ハイブリッド皮膜を形成した場合にも確認できた。
【0024】
一方、
図2Bに示すように、ステンレス箔1010の表面に熱酸化皮膜1011のみを形成し、シリカ系無機有機ハイブリッド皮膜1012を形成しない場合には、熱酸化皮膜1011の膜厚を大きくしても、リーク電流特性の顕著な向上は認められなかった。同様に、
図2Cに示すように、ステンレス箔1010の表面にシリカ系無機有機ハイブリッド皮膜1012のみを形成し、熱酸化皮膜1011を形成しない場合にも、シリカ系無機有機ハイブリッド皮膜1012の膜厚を大きくしても、リーク電流特性の顕著な向上は認められなかった。すなわち、熱酸化皮膜1011とシリカ系無機有機ハイブリッド皮膜1012とを組み合わせることによってリーク電流特性が特段に向上したことが分かった。
更に、ステンレス箔を鋼板に換えて実験を行ったところ、同様の結果が得られた。
【0025】
熱酸化皮膜1011とシリカ系無機有機ハイブリッド皮膜1012とを組み合わせることによってリーク電流特性が特段に向上する理由としては、下記のように考えられる。
すなわち、絶縁性を高めるためには、
(1)熱酸化皮膜1011の膜厚を大きくする
(2)シリカ系無機有機ハイブリッド皮膜1012の膜厚を大きくする
ことが考えられるが、(1)熱酸化皮膜1011の膜厚を大きくする場合、熱酸化皮膜1011は無機膜であるため
図2Bに示されるようにクラックCが発生しやすくなり、膜厚を大きくすることによる絶縁性の向上効果には限界がある。また、(2)シリカ系無機有機ハイブリッド皮膜1012の膜厚を大きくしても、
図2Cに示されるように、塗布液が流れるために、ステンレス箔1010の表面の凹部の膜厚は大きく、凸部の膜厚は小さくなり、場合によってはステンレス箔1010の表面に存在する鋭い突起が最表層に出現する。その場合、ステンレス箔1010の表面を成膜出来ない領域がピンホール状に生じることになり、絶縁性が悪くなってしまう。更には、シリカ系無機有機ハイブリッド皮膜1012の膜厚を大きくし過ぎると、電子デバイスの製造プロセスの加熱工程において、500℃以上の温度に基板が晒される際に造膜成分が熱分解したり、ガスが発生したりするため、電子デバイスの特性に悪影響を及ぼす。
【0026】
そこで、本発明においては、熱酸化皮膜を第一の絶縁性皮膜として形成することでピンホール状に成膜できない領域が生じないようにし、更にその上にシリカ系無機有機ハイブリッド材料による絶縁性皮膜を第二の絶縁性皮膜として形成することで、高い絶縁性を発揮させることを基本思想とする。
【0027】
更には、本発明者らは、熱酸化皮膜において、スピネル鉱物又はオリビン鉱物を所定量含有させた場合において、より一層高い絶縁性を発揮させることが出来ることも見出した。
【0028】
以下、上述の新たな知見に基づきなされた本発明を実施形態に基づき図面を参照しながら詳細に説明する。
【0029】
(金属基板1の構成)
本実施形態に係る電子デバイス作製用金属基板1は、
図3に示されるように、鋼材10と、この鋼材10の表面を被覆する第一の絶縁性皮膜11と、この第一の絶縁性皮膜11の表面を被覆する第二の絶縁性皮膜12と、を備える。
【0030】
(鋼材10の構成)
鋼材10としては、ステンレス箔及び鋼板などを用いることができる。鋼材10は電子デバイス作製用金属基板1の基材として使用されることから、50〜500μmの厚さを有していればよい。尚、本発明において、ステンレス箔とは、Cr含有量が19質量%以上であり、厚さが150μm以下である箔材を意味する。
【0031】
本実施形態に係る電子デバイス作製用金属基板1においては、鋼材10の表面の微細な突起をAl
2O
3及び/又はSiO
2を含む第一の絶縁性皮膜11により被覆し、その表面に更に第二の絶縁性皮膜12を形成することで表面粗さを小さくし、高い絶縁性を得ることを可能とする。第一の絶縁性皮膜11中に含有されるAl
2O
3又はSiO
2は、Al又はSiを含有する鋼材10の熱処理により得られるため、鋼材10におけるAl含有量及びSi含有量は所定の範囲に規定する必要がある。以下、特に説明が無い限り化学成分に関する%は質量%を意味する。
【0032】
Al+Si:0.5〜18.0%
Al:0〜13.0%
Si:0〜5.0%
鋼材10におけるAlとSiの合計量が0.5%未満である場合、熱処理により酸化スケール(Fe
2O
3、Fe
3O
4)が生成するため、Al
2O
3及び/又はSiO
2を含む第一の絶縁性皮膜11を所定の厚みで形成することが困難となる。換言すると、鋼材10におけるAlとSiの合計量が0.5%以上であれば、酸素との親和性がFeよりも強いAl及び/又はSiが熱処理により優先的に酸化するため、鋼板表面から第一の絶縁性皮膜11にAl及び/又はSiを十分に供給することが出来る。これにより、Al
2O
3及び/又はSiO
2を含む第一の絶縁性皮膜11を所定の厚みで形成することが出来る。従って、Al及びSiの合計含有量の下限値は、0.5%、より好ましくは0.7%、更に好ましくは1.2%とする。
本実施形態に係る電子デバイス作製用金属基板1においては、Al
2O
3及びSiO
2のうち少なくとも一種が第一の絶縁性皮膜11に含まれていればよいため、鋼材10におけるAl及びSiそれぞれの下限値は0%であってもよい。ただし、Si及びAlは製鋼時の脱酸剤として使用されるため、それぞれの下限値を0.001%としてもよい。
一方、鋼材10のAl含有量が13.0%を超える場合、鋼材10と第一の絶縁性皮膜11との間に金属間化合物が生成して脆化を引き起こす。従って、鋼材10におけるAl含有量の上限値は13.0%、好ましくは10.0%、更に好ましくは8.0%とする。
また、鋼材10のSi含有量が5.0%を超える場合、鋼材10の硬度が著しく上昇し、生産性を損なう。従って、Si含有量の上限値は5.0%、好ましくは3.0%、より好ましくは1.5%とする。
Al+Siの上限は、それぞれの上限値を足し合わせた18.0質量である。
【0033】
鋼材10のAl、Si以外の化学成分は本発明の効果を奏するためには特に限定する必要がなく、一般の鋼材に用いられる化学成分と含有率でよい。鋼の基本5元素の内、Si以外の4元素について、一般的に用いられる含有量は以下の通りである。
C:0.0005〜1.0%
Mn:0.01〜2.0%
P:0.001〜0.02%
S:0.001〜0.02%
【0034】
鋼材10は、Mg、Cr、Caを下記の範囲で含有してもよい。
Mg:0〜1.5%
Cr:0〜25%
Ca:0〜0.1%
【0035】
鋼材10におけるMg含有量は0質量%であってもよい。
ただし、鋼材10はAl及び/又はSiを含有するため、鋼材10にMgを含有させることで、所定の熱処理により第一の絶縁性皮膜11中にスピネル鉱物であるMgAl
2O
4又はオリビン鉱物であるMg
2SiO
4を生成させることが可能となる。後述するように、第一の絶縁性皮膜11中にスピネル鉱物又はオリビン鉱物を所定量含有させることで、一段と高い絶縁性を得ることが可能となるため、Mg含有量を0.1%以上含有させることが好ましく、0.2%以上含有させることが更に好ましい。
一方、鋼材10のMg含有量を高め過ぎると、鋼材10の加工性を低下させることから、上限を1.5%以下にすることが好ましく、1.2%以下にすることが更に好ましい。
尚、後述するように、鋼材の表面にMgスラリーを塗布することで、第一の絶縁性皮膜に取り込むMgの量を増加することが出来る。
【0036】
鋼材10におけるCr含有量は0質量%であってもよい。
ただし、鋼材10がAlを含有する場合、鋼材10にCrを含有させることで、所定の熱処理により第一の絶縁性皮膜11中にスピネル鉱物であるCrAl
2O
4を生成させることが可能となる。後述するように、第一の絶縁性皮膜11中にスピネル鉱物を所定量含有させることで、一段と高い絶縁性を得ることが可能となる。そのため、Cr含有量を0.1%以上含有させることが好ましく、0.2%以上含有させることが更に好ましい。
本発明における鋼材10はステンレス材を用いることができるので、その上限を25%程度としてもよい。
【0037】
鋼材10におけるCa含有量は0質量%であってもよい。
ただし、鋼材10がSiを含有する場合、鋼材10にCaを含有させることで、所定の熱処理により第一の絶縁性皮膜11中にオリビン鉱物であるCa
2SiO
4を生成させることが可能となる。後述するように、第一の絶縁性皮膜11中にオリビン鉱物を所定量含有させることで、一段と高い絶縁性を得ることが可能となるため、Ca含有量を0.0001%以上含有させることが好ましく、0.0005%以上含有させることが更に好ましい。
しかし、Caを0.1%を超えて含有しても上記効果は変わらないので上限を0.1%とする。
【0038】
鋼材10の成分組成は、上記の元素以外に、合金鋼によく用いられるNi、Mo、W、Cu、V、B、Ta、Nb、Y、Zr、Tiなどを含有してもよい。また、残部はFe及び不可避的不純物であってもよい。
鋼材10はFeと、Al及び/又はSiとを含有するため、所定の熱処理によりスピネル鉱物であるFeAl
2O
4又はオリビン鉱物であるMg
2SiO
4を第一の絶縁性皮膜11中に生成させることが出来る。
【0039】
(第一の絶縁性皮膜及び第二の絶縁性皮膜の構成)
鋼材10の表面を被覆する第一の絶縁性皮膜11は、Al
2O
3又はSiO
2を含有する熱酸化皮膜である。この熱酸化皮膜は、Al及び/又はSiを含有する鋼材10を所定の条件で熱処理することで、鋼材10の表面におけるAl又はSiをより安定な酸化物であるAl
2O
3又はSiO
2とすることで得られる。
熱処理条件は、目的の熱酸化皮膜が得られる限り特に限定されるものではない。尚、熱処理を行う装置は、特に限定されず、処理対象の鋼材10を所定の雰囲気中で所定の温度まで加熱することができる任意の装置を利用することができる。
第一の絶縁性皮膜11の厚みは、熱処理時の加熱温度及び加熱時間に大きく依存するとともに、鋼材中のAl濃度、Si濃度などにも依存する。
【0040】
第一の例を挙げると、鋼材10として5%程度のAlを含有する厚さ100μmのステンレス箔を用いる場合、ステンレス箔を大気中900℃〜1200℃の温度で1時間の熱処理に供することにより、ステンレス箔の表面に0.4〜1.4μm程度の厚みを有する第一の絶縁性皮膜11を形成することが出来る。
【0041】
第二の例を挙げると、鋼材10として10%程度のAlを含有する厚さ300μmの鋼板を用いる場合、鋼板を大気中900℃〜1200℃の温度で6時間の熱処理に供することにより、鋼板の表面に0.3〜0.7μm程度の厚みを有する第一の絶縁性皮膜11を形成することが出来る。
【0042】
第三の例を挙げると、鋼材10として、2.5%程度のSiを含有する厚さ100μmのステンレス箔を用いる場合、ステンレス箔を、露点30℃〜50℃に調整した窒素などの不活性ガス中900〜1100℃の温度で1時間の熱処理に供することにより、ステンレス箔の表面に0.5〜0.9μm程度の厚みを有する第一の絶縁性皮膜11を形成することが出来る。
【0043】
第四の例を挙げると、鋼材10として5%程度のSiを含有する厚さ300μmの鋼板を用いる場合、鋼板を、露点30℃〜50℃に調整した不活性ないし還元性ガス雰囲気中750℃〜900℃の温度で1時間の熱処理に供することにより、鋼板の表面に0.5〜1.5μm程度の厚みを有する第一の絶縁性皮膜11を形成することが出来る。
【0044】
尚、処理雰囲気中に酸素源としての水分を加える場合、露点を調整した不活性ガスあるいは還元性ガスを使用することができる。
【0045】
第一の絶縁性皮膜11は絶縁性皮膜の特性として必要な10
9Ωcm以上の電気抵抗率を示す。電気抵抗率の測定は、室温(20℃)において、JIS K 6911(2006年)に従って無機酸化物シートの上下に円形の電極を設け、電極間に500Vを印加し1分後の抵抗値を絶縁抵抗計で測定して行う。Al
2O
3やSiO
2による皮膜は、電気抵抗率が10
9Ωcm以上である。これより電気抵抗が小さい場合は、半導体として機能して電気を流すため絶縁膜材料として使用するのに適さない。第一の絶縁性皮膜11の電気抵抗率は、好ましくは10
10Ωcm以上、より好ましくは10
12Ωcm以上である。尚、上述のように、鋼材10におけるAlとSiの合計量が0.5%未満である場合、熱処理により酸化スケール、即ちFe
2O
3、Fe
3O
4が発生してしまうが、Fe
2O
3、Fe
3O
4の電気抵抗率は十分ではなく、10
9Ωcm以上の電気抵抗率とすることが困難となる。従って、第一の絶縁性皮膜11の成分は10
9Ωcm以上の十分な電気抵抗率を実現可能なAl
2O
3及び/又はSiO
2であることが肝要である。
【0046】
上述のように第一の絶縁性皮膜11を形成することにより、鋼材10の凹凸形状に因らず表面を均一な厚みで被覆することが可能となる。ただし、第一の絶縁性皮膜11だけでは、電子デバイス作製用金属基板1としての絶縁性を確保することが出来ないため、第一の絶縁性皮膜11の表面には、高い絶縁性を有するシリカ系無機有機ハイブリッド材料から形成される第二の絶縁性皮膜12が形成される。第二の絶縁性皮膜は第一の絶縁性皮膜と組み合わせることで絶縁性を高めるとともに、鋼材の表面粗さを小さくする効果も有する。
一例として、
図4に、5%のAlを含有する鋼材(鋼材10)の表面にAl
2O
3を含有する熱酸化皮膜(第一の絶縁性皮膜11)を形成し、更にその上層にシリカ系無機有機ハイブリッド材料から形成される皮膜(第二の絶縁性皮膜12)を形成した構造のSEM写真を示す。
【0047】
第二の絶縁性皮膜12は、シリカ系無機有機ハイブリッド材料から形成される。好ましくは、シリカ系無機有機ハイブリッド材料の有機基はメチル基又はフェニル基である。
第二の絶縁性皮膜12の形成方法は、特に限定されず、使用する材料に応じて適宜選択すればよい。利用可能な絶縁膜形成方法としては、塗布法、スパッタ法、印刷法、CVD法、ゾルゲル法などを挙げることができる。
【0048】
シリカ系無機有機ハイブリッド材料は、例えば、メチル基含有シリカ系無機有機ハイブリッド材料である。メチル基含有シリカ系無機有機ハイブリッド材料は、メチル基で修飾されたシロキサン骨格を有する材料であり、次の式A、
(SiO
2)
x−(CH
3SiO
3/2)
(1-x) ・・・式A
(式A中、0<x<1.0)で表すことができる。
式A中のxが小さいほどメチル基の量が多くなるため皮膜が柔軟化されるが、耐熱性が低下する傾向がある。xの好適な範囲は0.2≦x≦0.8、更には0.4≦x≦0.6である。
【0049】
メチル基含有シリカ系無機有機ハイブリッド材料による第二の絶縁性皮膜12はゾルゲル法により作製することができる。その作製方法について説明する。テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトラブトキシシランから選ばれる少なくとも1種以上のシランと、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリプロポキシシラン、メチルトリブトキシシランから選ばれる少なくとも1種以上のシランを有機溶媒中で混合し加水分解する。有機溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、MEK、MIBKなどをそれぞれ単独、あるいは混合して用いることができる。加水分解に使う水は全アルコキシ基に対して0.3モル〜3モル倍であることが望ましい。加水分解時には、ケイ素以外の金属アルコキシド触媒、有機酸、無機酸を用いてもよい。こうして調製したゾルの塗布液を、鋼材10の表面に予め形成した第一の絶縁性皮膜11上に塗布する。塗布には、スピンコート、ディップコート、ロールコートなどの方法を用いることができる。塗布後、80〜150℃程度で0.5〜5分乾燥後、窒素などの不活性ガス中400〜600℃で0.5〜10時間熱処理をすることで、メチル基含有シリカ系無機有機ハイブリッド材料による第二の絶縁性皮膜12を得ることができる。
【0050】
第二の絶縁性皮膜12は、電子デバイス作製用に好適なように、3×3cm角で100V印加時の鋼材10のリーク電流を1×10
-6A/cm
2未満とするような厚さであることが好ましい。例えば、厚さ0.7μmの第一の絶縁性皮膜11上にメチル基含有シリカ系無機有機ハイブリッド材料で厚さ1μmの第二の絶縁性皮膜12を形成した場合、金属基板1のリーク電流は1×10
-9A/cm
2程度となる。リーク電流は第一の絶縁性皮膜11及び第二の絶縁性皮膜12の厚みだけでなく、それらの材料の種類などにも依存するが、一般的に言えば、第二の絶縁性皮膜12を0.3〜5μmの範囲内で形成すれば、上記のリーク電流の要件を満たすことができる。
【0051】
第二の絶縁性皮膜12は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて1μm四方の領域で測定した表面粗さRaが2nm未満であることが好ましい。この条件を満たすことにより、10〜150nmの薄い層を積層する有機EL発光素子や有機薄膜太陽電池素子の構造であっても、途切れることなく薄い層で被覆することができるので素子性能を高くすることができる。
【0052】
以下、第一の絶縁性皮膜11と第二の絶縁性皮膜12の膜厚について説明する。
電子デバイス作製用基板として機能させるためには、前提として、2.0μm以上、基板と電子デバイスとが電気的に遮断されている必要がある。従って、第一の絶縁性皮膜11と第二の絶縁性皮膜12は、その合計膜厚が2.0μm以上となるように形成される。合計膜厚の上限値は、下記に説明する第一の絶縁性皮膜11の膜厚の上限値と第二の絶縁性皮膜12の膜厚の上限値との合計値7.0μmである。
【0053】
第一の絶縁性皮膜11は、0.2μm以上、好ましくは0.3μm以上、更に好ましくは0.5μm以上の厚さを有する。第一の絶縁性皮膜11の厚さが0.2μmより小さい場合、鋼材10の表面を被覆する効果を十分に得ることができない。その結果、第二の絶縁性皮膜12を形成したとしても鋼材凸部の被覆が不十分となり、優れた絶縁性を得ることが出来ない。言い換えると、第一の絶縁性皮膜11の厚さを0.2μm以上とすることで、鋼材10と第二の絶縁性皮膜12とが接触することがないように両者を確実に隔てさせることができ、絶縁性を高めることができる。第二の絶縁性皮膜12だけでは鋼材10の表面の微細な突起が最表面に出現するため、ピンホールやハジキが発生し、良好な絶縁性を得ることが出来ない。
一方、第一の絶縁性皮膜11の厚さを2.0μm超としても、上述の効果は飽和するだけでなく、第一の絶縁性皮膜11を形成する際の熱処理プロセスにおける冷却工程により、熱酸化物と鋼材との間の熱膨張係数差に起因する反りが鋼材に発生する。基板に反りがあると電子デバイス特性に大きなばらつきが生じたり、デバイスとして機能できなかったりするため、上限を2.0μmとする。
【0054】
第二の絶縁性皮膜12は0.3μm以上、好ましくは0.6μm以上、更に好ましくは0.8μm以上の厚さを有する。第二の絶縁性皮膜の厚さが0.3μm未満では、第一の絶縁性皮膜11の絶縁性を補う効果を得ることが出来ない。
一方、第二の絶縁性皮膜12の厚さが5.0μmを超える場合、電子デバイスの製造プロセス温度(500℃以上)に晒された際の揮発量が無視できなくなる。基板からの脱ガスは不純物として電子デバイスの特性に悪影響を及ぼす。従って、第二の絶縁性皮膜12の厚さの上限は5.0μm、好ましくは3.0μm、更に好ましくは2.0μmとする。
【0055】
第一の絶縁性皮膜11は、Al
2O
3を含有する場合、スピネル鉱物を更に含有することが好ましい。スピネル鉱物を含有させることで、Al
2O
3粒子の粗大化を抑えることが可能となり、0.2〜0.7μm程度に大きさのそろったAl
2O
3粒子が生成しやすくなる。すなわち、粗大化したAl
2O
3に起因する表面粗さの悪化を抑えることができる。従って、表面粗さを小さくすることが可能となる。
粗大化したAl
2O
3が大量に生成すると、第二の絶縁性皮膜の表面に粗大化したAl
2O
3の凹凸が発現することになり、表面粗さが低下してしまい、第二の絶縁性皮膜上に形成するデバイス特性が悪化する。特に有機EL素子や有機薄膜太陽電池のように薄膜を積層するデバイスの場合、基板の表面が粗いと積層構造が乱れるためデバイスとして機能できなくなる。
スピネル鉱物としては、例えば、MgAl
2O
4、FeAl
2O
4、Fe(Al,Cr)
2O
4などが挙げられる。
【0056】
より詳細には、第一の絶縁性皮膜11において、スピネル鉱物のAl
2O
3に対する存在量を、質量%比で3%以上、好ましくは5%以上とすることで、上記の効果を好適に得ることができる。
一方、第一の絶縁性皮膜11において、スピネル鉱物のAl
2O
3に対する存在量が、質量%比で11%超である場合、スピネル鉱物とAl
2O
3との粒界に空隙が多くなる。その結果、第一の絶縁性皮膜11の機械的強度が不十分となり剥離などが発生するため絶縁性が損なわれる虞がある。従って、スピネル鉱物のAl
2O
3に対する存在量を、質量%比で11%以下とすることが好ましく、9%以下とすることがより好ましい。
【0057】
第一の絶縁性皮膜11にAl
2O
3及びスピネル鉱物を含有させるためには、鋼材10において、Al含有量を0.5質量%以上含有させる必要がある。また、Si含有量は、Al含有量の1/2以下とすることが好ましい。
そして、この鋼材に対し、900℃〜1200℃の範囲で熱処理を行うことにより、第一の絶縁性皮膜11におけるスピネル鉱物のAl
2O
3に対する存在量を、質量%比で3%以上11%以下とすることができる。スピネル鉱物のAl
2O
3に対する存在量は、熱処理雰囲気に大きく依存する。例えば、熱処理雰囲気以外の熱処理条件を揃えて同一の鋼材に熱処理を行う場合には、酸素分圧が高いほど、第一の絶縁性皮膜中のスピネル鉱物のAl
2O
3に対する存在量を低くすることが可能となる。Alは酸化された時にスピネルとコランダムに分配されるが、酸素分圧が高いほど、コランダムへの分配係数が高くなる。これは、結晶学的に緻密な構造であるコランダムの方が高酸素分圧下で安定であるためと推察される。 尚、このような熱処理により第一の絶縁性皮膜11において、Al
2O
3とスピネル鉱物を共に含有させる場合、Al
2O
3が鋼材の表面を被覆し、スピネル鉱物は鋼材の表面には直接被覆しない構造とすることができる。
図5に、鋼材10の表層を覆うように形成されたAl
2O
3層11aと、Al
2O
3層11aを覆うように形成されたスピネル鉱物を含む層11bとを有する絶縁性皮膜11の断面STEM像を示す。このような構造によれば、Al
2O
3層11aにより鋼材表面を被覆し、更にAl
2O
3層11aをスピネル鉱物を含む層11bにより被覆するため、絶縁性を向上させることが可能になる。
【0058】
第一の絶縁性皮膜の構造は、例えば走査電子顕微鏡検査と組成分析から観測することが可能である。
【0059】
第一の絶縁性皮膜11が形成された鋼材10をCu−Kα線を用いて薄膜X線回折装置で分析を行うと、2θ=25.58°、35.15°、52.55°、57.50°などに回折ピークを示すコランダム構造のAl
2O
3と、2θ=19.03°、31.27°、36.85°、44.83°などに回折ピークを示すスピネルが検出される。コランダムのメインピークである2θ=35.15°の回折強度(Ic)に対するスピネルのメインピークである2θ=36.85°(Is)の回折強度の比(Is/Ic)からAl
2O
3に対するスピネル鉱物の存在量を知ることができる。
【0060】
また、第一の絶縁性皮膜がSiO
2を含有する場合、オリビン鉱物を更に含有することが好ましい。オリビン鉱物は鋼材10との密着性に優れ絶縁性が高いので、オリビン鉱物を含むことは第一の絶縁性皮膜11の特性向上に寄与する。
オリビン鉱物を含有させることで、非晶質のSiO
2に対するオリビン鉱物の割合を高め、十分な密着性を得ることが可能となる。密着性を高めることで、熱膨張係数差に起因するクラックや剥離の発生を抑えることができ、更に良好な絶縁性を得ることが可能となる。
オリビン鉱物としては、例えばMg
2SiO
4、Fe
2SiO
4、Ca
2SiO
4などが挙げられる。
【0061】
より詳細には、第一の絶縁性皮膜において、Siのモル数に対するMg、Fe、及びCaのモル数の和の比を1.2以上、より好ましくは1.4以上とすることで、上記の効果を得ることができる。
一方、第一の絶縁性皮膜において、Siのモル数に対するMg、Fe、及びCaのモル数の和の比が2.0超である場合には、オリビン鉱物の他にMg、Fe、Caの酸化物が存在することになり、それらの酸化物によって表面が粗くなる虞がある。従って、第一の絶縁性皮膜において、Siのモル数に対するMg、Fe、及びCaのモル数の和の比は、2.0以下であることが好ましく、1.8以下であることが更に好ましい。
【0062】
第一の絶縁性皮膜11にSiO
2及びオリビン鉱物を含有させるためには、鋼材10において、Si含有量を0.5質量%以上含有させる必要がある。また、Al含有量は、Si含有量の1/2以下とすることが好ましい。
そして、この鋼材に対し、900℃〜1200℃の範囲で熱処理を行うことにより、第一の絶縁性皮膜におけるSiのモル数に対するMg、Fe、及びCaのモル数の和の比を1.2以上2.0以下とすることが出来る。
また、第一の絶縁性皮膜におけるSiのモル数に対するMg、Fe、及びCaのモル数の和の比は、後述するように、熱処理前の鋼材表面にMgOスラリーを塗布することによっても調整することが出来る。
尚、このような熱処理により第一の絶縁性皮膜11において、SiO
2とオリビン鉱物を共に含有させる場合、SiO
2が鋼材の表面を被覆し、オリビン鉱物は鋼材の表面には直接被覆しない構成とすることができるため、優れた絶縁性を得ることが出来る。
【0063】
第一の絶縁性皮膜11が形成された鋼材10について、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)で元素分析を行い、存在する各元素の原子数百分率を求める。原子数の比はモル比になるので、Siのモル数M(S)に対するMg、Fe、およびCaのモル数の和M(M+F+C)の比、すなわちM(M+F+C)/M(S)を求めることができる。
【0064】
尚、第一の絶縁性皮膜11中においては、スピネル鉱物としては特にMgAl
2O
4、オリビン鉱物としては特にMg
2SiO
4が、絶縁特性の向上効果が大きい。
しかし、鋼材10に含有させることが出来るMg量には限りがある。そこで、本発明者らが第一の絶縁性皮膜11中にMgをより多く含ませることを模索した結果、鋼材10の熱処理に先立ち、その表面にマグネシア(MgO)粒子のスラリーを塗布しておくことが有効であることを突き止めた。
【0065】
従って、より多くのMgAl
2O
4又はMg
2SiO
4を第一の絶縁性皮膜11中に存在させるために、マグネシア(MgO)粒子のスラリーを鋼材10の表面に予め塗布してから熱処理を行うことが好ましい。マグネシア粒子としては、平均粒径が0.5〜3μm、好ましくは0.8〜2μm程度のものを使用することができる。スラリーは、マグネシア粒子を水又は有機溶剤(各種アルコールなど)に分散させて調製することができる。スラリー濃度は20〜80wt%が好適である。20wt%を下回ると、MgOが塗布できていない領域が生じる。80wt%を超えると、MgOの凝集が起き、局所的に粗大なMg
2SiO
4粒子ができるため、熱処理後の鋼材10の平滑性が悪くなる。スラリー濃度は、好ましくは25〜70wt%、より好ましくは30〜60wt%である。スラリーの塗布は、スラリー塗布に通常用いられる方法、例えばロールコートあるいはバーコート法で、1〜5μm程度の塗布膜厚となるように行うことができる。スラリーを1μm未満の厚さで塗布するのは実際的でなく、また塗布厚さが1μmに満たない場合、スラリーを使用する効果が薄くなる。塗布厚さが5μmを超えると、未反応のMgOを大量に洗い流すことになり、コストに見合った効果が得られない。
【0066】
MgOスラリーを利用して第一の絶縁性皮膜11中にMgAl
2O
4又はMg
2SiO
4を存在させる目的は、絶縁特性の向上にあるだけでなく、特に鋼板をコイル状に巻いて熱処理する時に、MgOスラリー層をポーラスな層として機能させて雰囲気ガスをコイルの内部にまで届きやすくするためでもある。
【実施例】
【0067】
次に、実施例により本発明を更に説明する。本発明がここに提示した実施例に限定されないことは言うまでもない。
【0068】
まず、電子デバイス作製用金属基板の鋼材として6種類の鋼材A〜Eを準備した。表1に、鋼材A〜Eの種類、厚さ(μm)、主要成分(質量%)、及び、表面粗さRa(nm)を示す。
表面粗さRa(nm)は、JIS B 0601に基づき測定した。
鋼材A、Bは、Al含有量がSi含有量よりも多いAl系鋼材である。
鋼材Cは、Si+Al量が少ない鋼材(比較例)である。
鋼材D、Eは、Si含有量がAl含有量よりも多いSi系鋼材である。
【0069】
【表1】
【0070】
実験No.1〜12、14、15として、鋼材A(ステンレス箔)に対し所定の熱処理条件で熱処理を行うことで、第一の絶縁性皮膜を形成した。
実験No.13として、表面にMgOスラリーを1.0μm厚で塗布した鋼材A(ステンレス箔)に対し所定の熱処理条件で熱処理を行うことで、第一の絶縁性皮膜を形成した。具体的には、MgOスラリーの塗布は、平均粒径0.5μmのMgO粒子を水に30wt%で分散させて得られたMgOスラリーをロールコーターで1.0μm厚で鋼材Aの表面に成膜することで行った。
【0071】
実験No.16〜20として、鋼材B(鋼板)に対し所定の熱処理条件で熱処理を行うことで、第一の絶縁性皮膜を形成した。
実験No.21として、鋼材C(鋼板)に対し所定の熱処理条件で熱処理を行った。
【0072】
実験No.22〜36として、鋼材D(ステンレス箔)に対し所定の熱処理条件で熱処理を行うことで、第一の絶縁性皮膜を形成した。鋼材No.23〜36については、実験No.13と同様の手法でMgOスラリーを所定の厚みで塗布してから熱処理を行った。
実験No.37〜41として、鋼材E(鋼板)に対し所定の熱処理条件で熱処理を行うことで、第一の絶縁性皮膜を形成した。
【0073】
表2、表3には、実験No.1〜41に関し、使用鋼材、熱処理条件、及び、第一の絶縁性皮膜の性質を示す。
より詳細には、熱処理条件として、熱処理雰囲気、加熱温度(℃)、及び、加熱時間(hr)を示す。
【0074】
熱処理雰囲気に関し、「DA」は、大気の水蒸気含有量を少なくし、露点を−50℃に調整した乾燥空気(Dry Air)を意味する。また、例えばDA/O
2=80/20は体積比80:20の乾燥空気と酸素の混合ガスを意味する。
【0075】
表2、表3における第一の絶縁性皮膜の性質としては、厚さ(μm)、第一の絶縁性皮膜形成後のリーク電流(A/cm
2)、及び、スピネル鉱物のAl
2O
3に対する存在量(質量%比)、又は、Siのモル数に対するMg、Fe、及びCaのモル数の和の比を示す。
【0076】
第一の絶縁性皮膜形成後のリーク電流(A/cm
2)を得るために、第一の絶縁性皮膜の表面にイオンコータを用いて1×1cm角のPt上部電極を形成し、金属基板そのものを下部電極として100Vを印加してリーク電流を測定した。
下部電極の取り出しのために表面の熱酸化膜の一部を削り取った。リーク電流の値は20か所で測定して得られたリーク電流(A/cm
2)の最小値である。
【0077】
スピネル鉱物のAl
2O
3に対する存在量(質量%比)は、第一の絶縁性皮膜に対しCu−Kα線を用いた薄膜XRD測定を行うことで算出した。より具体的には、コランダム構造(α−Al
2O
3)に帰属するピークの回析強度(Ic)に対する、スピネル構造(MgAl
2O
4,FeAl
2O
4、Fe(Al,Cr)
2O
4およびそれらの固溶体など)に帰属するピークの回析強度(Is)の比(Is/Ic)に基づき算出した。
Siのモル数に対するMg、Fe、及びCaのモル数の和の比は、第一の絶縁性皮膜が付いている鋼材について、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)で元素分析を行い、存在する各元素の原子数百分率を求め、Siのモル数M(S)に対するMg、Fe、およびCaのモル数の和M(M+F+C)の比、すなわちM(M+F+C)/M(S)から求めた。
【0078】
【表2】
【0079】
【表3】
【0080】
実験No.1〜41について、熱処理後に、第二の絶縁性皮膜として
(A)フェニル基含有シリカ膜、
(B)ポリジメチルシロキサン系皮膜、及び
(C)メチル基含有シリカ膜
のいずれか一種を所定の厚さで形成した。具体的な形成方法を以下に示す。
【0081】
(A)フェニル基含有シリカ膜
フェニルトリエトキシシランをエタノール中で酢酸触媒を用いて全アルコキシ基に対して等モルの水で加水分解した後、エバポレータで濃縮してフェニル基で修飾されたシリカレジンを作製した。レジンをトルエンに溶かして粘度が10mPa・sになるようにフェニル基含有シリカ膜形成用の塗布液を調製した。スリットコータで塗布後、400℃で5分の熱処理を窒素中で行った。
【0082】
(B)ポリジメチルシロキサン系皮膜
エタノール中で重量平均分子量3000のシラノール末端ポリジメチルシロキサン1モルとチタニウムエトキシド2モルを混合し、2モルの水で加水分解を行って粘度が6mPa・sの塗布液を作製した。スリットコータで塗布後、大気中300℃で30分の熱処理を行った。
【0083】
(C)メチル基含有シリカ膜
メチルトリエトキシシランとテトラメトキシシランを1:1のモル比で2−エトキシエタノール溶媒に加え、酢酸触媒下で全アルコキシ基に対して等モルの水で加水分解してゾルを作製した。得られたゾルの粘度は3.5mPa・sであった。スリットコータで塗布後、窒素中450℃で5分の熱処理を行った。
【0084】
表4、表5に、実験No.1〜41について、第二の絶縁性皮膜の性質、表面粗さRa(nm)、皮膜合計厚さ(μm)、及び、第二の絶縁性皮膜形成後のリーク電流を示す。
より詳細には、第二の絶縁性皮膜の性質として、厚さ(μm)、及び、種類を示す。
また、第二の絶縁性皮膜形成後のリーク電流として、リーク電流の平均(A/cm
2)、及び、リーク電流の分布評価を示す。
【0085】
表面粗さRa(nm)は、AFM(原子間力顕微鏡、Atomic Force Microscope)によって1×1μm角の視野で測定した値である。
皮膜合計厚さ(μm)は、第一の絶縁性皮膜の厚さと第二の絶縁性皮膜の厚さとの合計値である。
リーク電流の平均(A/cm
2)に示した数値は、第二の絶縁性皮膜の表面における1cm×1cmの領域に上部電極形成後、金属基板との間に100Vを印加した際のリーク電流を20か所で測定して得られたリーク電流(A/cm
2)の平均値である。
リーク電流の分布評価は、上記20か所で測定して得られたリーク電流について、
リーク電流≧1E−5(A/cm
2)が1点でもあればBad、
1E−5(A/cm
2)>リーク電流≧1E−8(A/cm
2)が1点でもあればFair、
すべての測定点で1E−8(A/cm
2)>リーク電流であればGood
と評価した。
【0086】
【表4】
【0087】
【表5】
【0088】
実験No.2〜11、13、17〜19では、使用した鋼材及び製造条件が適切であり、スピネル鉱物を有する第一の絶縁性皮膜を適切な厚さで形成し、更に第二の絶縁性皮膜を適切な厚さで形成した。従って、電子デバイスの作製に好適に用いることができる絶縁性に優れた金属基板を得ることが出来た。
【0089】
特に、実験No.2〜11では、第一の絶縁性皮膜の厚さが0.9μm、第二の絶縁性皮膜の厚さが3.6μmで一定あり、スピネル鉱物のAl
2O
3に対する存在量(質量%比)が2.8〜13.3の範囲で分散している。
図6は、これらの実験例について、第一の絶縁性皮膜におけるスピネル鉱物のAl
2O
3に対する存在量の質量%比(横軸)と、リーク電流(A/cm
2)及び表面粗さRa(nm)(縦軸)との関係を示すグラフである。この
図6からわかるように、スピネル鉱物のAl
2O
3に対する存在量(質量%比)が3%以上11%以下である場合には、リーク電流及び表面粗さを小さくすることができる。
なお、No.2、10、11は参考例である。
【0090】
実験No.23〜35、38〜40では、使用した鋼材及び製造条件が適切であり、オリビン鉱物を有する第一の絶縁性皮膜を適切な厚さで形成し、更に第二の絶縁性皮膜を適切な厚さで形成した。従って、電子デバイスの作製に好適に用いることができる絶縁性に優れた金属基板を得ることが出来た。
【0091】
特に、実験No.23〜32では、第一の絶縁性皮膜の厚さが0.7μm、第二の絶縁性皮膜の厚さが1.5μmで一定あり、Siのモル数に対するMg、Fe、及びCaのモル数の和の比が1.1〜2.1の範囲で分散している。
図7は、これらの実験例について、第一の絶縁性皮膜における、Siのモル数に対するMg、Fe、及びCaのモル数の和の比(横軸)と、リーク電流(A/cm
2)及び表面粗さRa(nm)(縦軸)との関係を示すグラフである。
この
図7からわかるように、第一の絶縁性皮膜における、Siのモル数に対するMg、Fe、及びCaのモル数の和の比が1.2〜2.0である場合には、リーク電流及び表面粗さを小さくすることができる。
なお、No.23〜35は参考例である。
【0092】
実験No.1、16は、第一の絶縁性皮膜の厚みが小さい比較例である。第一の絶縁性皮膜により鋼材の凸部を完全に被覆しきれないため、第二の絶縁性皮膜を形成しても鋼材凸部の被覆が不十分となり、絶縁性が得られなかった。
実験No.21は、鋼材におけるSi+Al量が小さいことに起因して酸化スケール皮膜が生成した比較例である。
実験No.12、20は、第一の絶縁性皮膜の厚みが大きい比較例である。これらの比較例では、第一の絶縁性皮膜を形成する際の熱処理プロセスにおける冷却工程により、熱酸化物と鋼材との間の熱膨張係数差に起因する反りが鋼材に発生した。基板に反りが発生するとその上に形成する電子デバイス特性に大きなばらつきが生じたり、デバイスとして機能できなかったりするため比較例としている。
実験No.14は、第二の皮膜が厚すぎる比較例である。第二の絶縁性皮膜を形成後には良好なリーク電流が得られたものの、電子デバイスの製造プロセスを想定した500℃の熱処理を行ったところ、第二の絶縁性皮膜の成分の揮発により欠陥が発生し、電子デバイス作製用金属基板としての性能を得ることができなかった。
実験No.15は、第二の絶縁性皮膜の厚みが小さい比較例であり、高い絶縁性を得ることができなかった。
【0093】
実験No.22、37は第一の絶縁性皮膜の厚みが小さい比較例である。第一の絶縁性皮膜により鋼材の凸部を完全に被覆しきれないため、第二の絶縁性皮膜を形成しても鋼材凸部の被覆が不十分となり、絶縁性が得られなかった。
実験No.36、41は、第一の絶縁性皮膜の厚みが大きい比較例である。これらの比較例では、第一の絶縁性皮膜を形成する際の熱処理プロセスにおける冷却工程により、熱酸化物と鋼材との間の熱膨張係数差に起因する反りが鋼材に発生した。基板に反りが発生するとその上に形成する電子デバイス特性に大きなばらつきが生じたり、デバイスとして機能できなかったりするため比較例としている。