(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6208992
(24)【登録日】2017年9月15日
(45)【発行日】2017年10月4日
(54)【発明の名称】酸素発生用合金電極およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C25B 11/06 20060101AFI20170925BHJP
【FI】
C25B11/06 A
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2013-135650(P2013-135650)
(22)【出願日】2013年6月27日
(65)【公開番号】特開2015-10253(P2015-10253A)
(43)【公開日】2015年1月19日
【審査請求日】2016年6月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005119
【氏名又は名称】日立造船株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103517
【弁理士】
【氏名又は名称】岡本 寛之
(74)【代理人】
【識別番号】100070161
【弁理士】
【氏名又は名称】須賀 総夫
(73)【特許権者】
【識別番号】591125935
【氏名又は名称】橋本 功二
(74)【代理人】
【識別番号】100070161
【弁理士】
【氏名又は名称】須賀 総夫
(72)【発明者】
【氏名】橋本 功二
(72)【発明者】
【氏名】加藤 善大
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 祐介
(72)【発明者】
【氏名】四宮 博之
(72)【発明者】
【氏名】吉田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】泉屋 宏一
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 直和
【審査官】
宮本 靖史
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−290500(JP,A)
【文献】
特開昭57−041389(JP,A)
【文献】
特開平07−233459(JP,A)
【文献】
特開昭59−067383(JP,A)
【文献】
特開昭60−067688(JP,A)
【文献】
特開昭53−059000(JP,A)
【文献】
特表2012−506485(JP,A)
【文献】
特開2000−160379(JP,A)
【文献】
特開2003−247088(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 11/00−11/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄を3〜45原子%、炭素を0.6〜10原子%含み、残部は実質的にニッケルからなる合金組成を有する合金層を、電極基材上に電気メッキ法により形成してなる酸素発生用合金電極。
【請求項2】
鉄を3〜45原子%、炭素を0.6〜10原子%、コバルトを30原子%以下含み、残部は実質的にニッケルからなる合金組成を有する合金層を、電極基材上に電気メッキ法により形成してなる酸素発生用合金電極。
【請求項3】
請求項1に記載の酸素発生用合金電極の製造方法であって、ニッケルの可溶性塩、鉄の可溶性塩、アミノカルボン酸およびホウ酸を含有するメッキ液を使用して電解を行ない、陰極基板上にNi−Fe−C合金を析出させることからなる酸素発生用合金電極の製造方法。
【請求項4】
請求項2に記載の酸素発生用合金電極の製造方法であって、ニッケルの可溶性塩、鉄の可溶性塩、コバルトの可溶性塩、アミノカルボン酸およびホウ酸を含有するメッキ液を使用して電解を行ない、陰極基板上にNi−Fe−Co−C合金を析出させることからなる酸素発生用合金電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素を製造することを目的とするアルカリ水溶液の電気分解に当たって、陽極として使用したとき、酸素を高速に発生することができ、耐久性にすぐれた酸素発生用合金電極に関する。本発明はまた、その酸素発生用合金電極の製造方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
近年、最もクリーンなエネルギー源として水素が見直されるに至り、その水素を、再生可能なエネルギー起源の電力を用いて、水電解によって製造することが企てられている。ところが、再生可能なエネルギー起源の電力は、しばしば変動が大きく、かつ、断続的にしか得られないため、水電解の操作も、そうした電源側の事情による制約を受ける。
【0003】
一方、水素を製造するための水電解、とくにアルカリ水溶液の電解は、それ自体成熟した技術である。従来の技術において、酸素を発生する陽極としては、通常、ニッケルが使われている。変動し断続する再生可能エネルギー起源の電力を利用して水電解を行なう装置の陽極としては、在来のニッケル電極よりも高活性であるとともに、長寿命であることが要求される。
【0004】
水電解における酸素発生用電極の改良に関し、これまで行なわれてきた試みは、つぎのようなものである。電極寿命の延長に関しては、電極活物質として白金族金属の酸化物を使用する電極に対して、電極活物質の表面を白金族金属および(または)バルブ金属のコロイドでコーティングすること(特許文献1、特許文献2)や、フッ素化合物粒子を分散含有する複合メッキ被膜を形成すること(特許文献3)が提案された。酸素過電圧を低くする目的で、電極基材たとえばニッケルメッシュに活性炭の繊維を接触させたものもある(特許文献4)。
【0005】
海水のような塩素イオンを含有する水溶液の電解において、塩素を発生せず酸素を発生させる電極として、Mn−Mo,Mn−WまたはMn−Mo−Wの複合酸化物を電極活物質として、電極基板の上にアノード電着法により形成した電極が知られており、発明者らは、この電極の中間層における貴金属の使用量を低減したものを開発している(特許文献5、特許文献6)。一方、海水の電気分解やソーダ工業における食塩水の電解において、水素を発生する電極である陰極について、出願人らは、Fe−Co−Ni−C合金からなる電極を開発し、電解メッキ法によるその製造方法とともに開示した(特許文献7)。
【特許文献1】特開平6−306670
【特許文献2】特表2013−500397
【特許文献3】特開2000−290790
【特許文献4】特開平11−71691
【特許文献5】特開2006−233302
【特許文献6】特開2010−59524
【特許文献7】特許第451149号
【0006】
アルカリ水溶液の電解は、電気伝導度が高い条件下に電解を行なおうとするため、高濃度のアルカリたとえばKOHの水溶液を、高温にして使用する。このような条件下で電気分解を行なって水素を製造するための酸素発生用陽極として、発明者らは、ニッケルに、鉄または鉄およびコバルトを添加した合金電極が高活性であることを見出した。しかし、酸素発生のための高電位での電解の際に、鉄やコバルトが腐食されて溶液中に溶出してしまうため、この電極の寿命は不満足なものであり、実用化には、耐久性の向上が鍵となっていた。
【0007】
さらに研究を続けた発明者らは、上記のNi−FeまたはNi−Fe−Co合金に対し、合金中の金属元素と結合を生じる半金属である炭素を添加することによって、合金中の鉄やコバルトの溶出を防止できるのではないかということを着想した。実験の結果、この着想が当たっていることを確認したばかりか、炭素が加わった合金組成をもつ電極は、水電解に使用したとき、高い酸素発生能を有することが判明した。前掲の特許文献7に開示した水分子に電子を供給する水素発生用のFe−Co−Ni−C合金電極が、水素発生とは逆の作用の水分子から電子を受け取る酸素発生用電極としても有用であることは、合金組成の範囲が異なるとはいえ、予想外のことであった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、上述した発明者らの知見を活用し、高濃度のアルカリ水溶液を電解して水素を製造するための酸素発生用合金電極において、高い酸素発生能と十分な耐久性を有するものを提供することにある。この合金電極を製造する方法を提供することもまた、本発明の目的に含まれる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の酸素発生用合金電極は、基本的な態様としては、鉄を3〜45原子%、炭素を0.6〜10原子%含み、残部は実質的にニッケルからなる合金組成を有する合金層を、電極基材上に電気メッキ法で形成してなるものである。好適な態様としては、鉄を3〜45原子%、炭素を0.6〜10原子%、およびコバルトを30原子%以下含み、残部は実質的にニッケルからなる合金組成を有する合金層を、電極基材上に電気メッキ法で形成してなるものである。
【0010】
上記の酸素発生用合金電極を製造する本発明の方法は、基本的な態様においては、ニッケルの可溶性塩、鉄の可溶性塩、アミノカルボン酸およびホウ酸を含有するメッキ液を使用して電解メッキを行ない、適切な陰極基板上にNi−Fe−C合金を析出させることからなる。好適な態様においては、上記の組成に加えてコバルトの可溶性塩を添加したメッキ液を使用して電解を行ない、適切な陰極基板上にNi−Fe−Co−C合金を析出させることからなる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の酸素発生用合金電極は、ニッケルに加えて酸素の発生を活性化する鉄または鉄およびコバルトを含有するだけでなく、合金中の金属元素と結合する炭素を添加した合金組成とすることにより、合金電極中の鉄または鉄およびコバルトが電解中に溶出することが防止され、その結果、電極の耐久性が著しく向上している。
【0012】
電極を構成する合金への炭素の添加は、酸素発生能の向上にとっても有効であって、鉄または鉄およびコバルトの添加が少量であっても、酸素発生能を著しく高めることができる。このようにして本発明の合金電極は、水溶液中における電気分解による水素製造に用いる陽極として酸素発生に対して高活性であるとともに、高温かつ濃厚なアルカリ溶液中においても十分な耐久性を示す電極である。
【0013】
本発明の酸素発生用合金電極の製造方法は、電気メッキという簡単な方法で、所望の組成をもった合金を電極材料として有する電極を与えることができるから、低コストで高性能な、水電解のための酸素発生用合金電極が実現する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の酸素発生用電極を形成する合金の組成を上記のように限定した理由を、まず基本的な態様について、以下に説明する。
Fe:3〜45原子%
鉄は、ニッケル上での酸素の発生を加速する作用を有する元素であって、電極合金中に炭素と共存して酸素発生に高活性を付与する。この効果を得るためには、合金中にFeが3原子%以上存在しなければならない。一方、ニッケルまたはニッケル−コバルト系合金に多量の鉄を添加すると、合金の結晶構造が、面心立方晶から体心立方晶に変化する。体心立方晶の合金は、電解中に鉄やコバルトが溶出しやすく、その結果、電極の耐久性が低くなるから、鉄の添加は45原子%以下にとどめる必要がある。
【0015】
C:0.6〜10原子%
炭素は、前述のようにNi−Fe合金およびNi−Fe−Co合金中で金属元素と結合し、電荷移動によって酸素発生を加速して酸素発生に対する活性を向上させるとともに、電解時に金属元素が腐食されて溶出することを防止する作用がある元素である。この利益を得るためには、Cを0.6原子%以上存在させる必要がある。しかし、過剰の添加は、鉄炭化物の相が面心立方晶の母相から分離して生じるという結果を招き、電解時に電極から鉄が溶出する原因となるため、合金に存在させるCの量は、10原子%以下とする必要がある。
【0016】
Ni:残部
ニッケルは、本発明の酸素発生用合金電極にとって必須の合金成分であり、酸素発生に対して高活性であるとともに、高温で濃厚なアルカリ水溶液中でも安定な元素であって、電気メッキ法により電極成分として存在させることができ、酸素発生の活性をになう成分である。一方、Co−Fe系合金を電気めっき法で形成させると、最密六方構造または体心立方構造となりやすく、これらの構造の合金は耐久性に劣る。したがって、電極合金が面心立方構造を有することを保証する上で、ニッケルの存在は重要である。コバルトを含む態様において、ニッケル以外の成分が組成範囲の上限になると、ニッケルが15原子%となるが、これが存在すべき量の下限である。
【0017】
酸素発生用合金電極の好適な態様における合金組成は、上記の諸成分に加えて適量のコバルトを含有する。
Co:30原子%以下
コバルトは、ニッケルに添加すると酸素発生能力を高める点で有用な元素であるが、過剰に添加すると、前述のように面心立方相を維持しがたくなり、電解時の電極成分の溶出が生じるため、含有量を30原子%以下にとどめる必要がある。
【0018】
本発明の合金において、おもに原料中の不純物に由来するイオウやリンが少量含まれることがあり得るが、酸素発生に対する活性にも、耐久性にも支障はないのみならず、電極として使用中に選択溶解して電極表面の粗度をあげるため有効な場合さえある。
【0019】
上に記した合金電極の製造方法において、メッキ液の成分として使用するアミノカルボン酸の好適な具体例は、リシンC
6H
14N
2O
2である。塩酸塩H
2N(CH
2)
4CH(NH
2)COOH・HClが入手容易である。電極合金の組成がコバルトを含む態様において、比較的多量のコバルトを含有させようとする場合、実施例に示したように、メッキ液にさらにMgSO
4やオキシカルボン酸を添加した上で、pHを低い値、たとえば1.5程度に調整して、メッキを行なうことが推奨される。オキシカルボン酸の好適な具体例は、クエン酸HOOCCH
2C(OH)(COOH)CH
2COOH・H
2Oである。
【実施例1】
【0020】
(No.1)
メッキ液として、下記の組成の水溶液を用意し、
NiSO
4・7H
2O: 320g/L
NiCl
2・6H
2O: 45g/L
FeSO
4・7H
2O: 112g/L
リシン塩酸塩: 10g/L
H
3BO
3: 30g/L
陰極基材としてニッケルを使用して、温度30℃、電流密度50A/m
2でメッキを行なって、
14.7原子%Fe−5.1原子%C−残部Ni
の組成の合金を得た。
【0021】
得られた合金電極を陽極として、90℃、30%−KOH水溶液の電気分解を行なった。3000A/m
2の電流密度におけるこの電極の酸素発生電圧は、金属ニッケル電極のそれより100mV低く、高い活性が実現した。この合金電極を、同じKOH水溶液を対象とする、同じく90℃において、電流密度を4000A/m
2に高めた条件で30日間電解を行なった後も、酸素発生電圧の上昇はみられず、アノード分極曲線は使用開始時と同じであって、この電極が高い耐久性を有することが確認された。
【実施例2】
【0022】
(No.2〜14)
実施例1における合金電極製造用のメッキ液において、NiSO
4・7H
2O、NiCl
2・6H
2O、FeSO
4・7H
2Oおよびリシン塩酸塩の濃度を変化させた(H
3BO
3の濃度は30g/Lの一定)溶液を用い、表1に示す種々の合金組成をもつ酸素発生用合金電極を製造した。
【0023】
表1
【0024】
これらの合金電極を使用し、実施例1と同じく、温度90℃において、30%−KOH水溶液の電気分解を行なった。3000A/m
2の電流密度におけるこの電極の酸素発生電圧を金属ニッケルの電極の電位と比較して得た値の例を示せば、つぎのとおりであって、
No. 電位差(mV)
2 −100
8 −20
14 −30
いずれもニッケル電極の電位より低く、高い活性が実現したことが確認された。これらの合金電極を、実施例1と同様に、温度90℃の30%−KOH水溶液中4000A/m
2の電流密度における30日間の電解を行なった後も酸素発生電圧の上昇はみられず、アノード分極曲線は使用開始時と同じであって、これらの電極の高い耐久性が確認された。
【実施例3】
【0025】
(No.15〜17)
実施例1において使用した組成を有する合金製造用のメッキ液に、さらにCoSO
4・7H
2OおよびMgSO
4を加え、pHを1.5に調整した溶液を用い、表2に示す3種の合金組成をもつ酸素発生用合金電極を製造した。
【0026】
表2
【0027】
これらの合金電極を使用し、実施例1と同じく、温度90℃の30%−KOH水溶液の電気分解を行なった。3000A/m
2の電流密度におけるこの電極の酸素発生電圧は表2に示したように、金属ニッケル電極のそれより低く、高い活性が実現していることが確認された。実施例1および2と同様の条件で、これらの合金電極を4000A/m
2の電流密度で40日間電解を行なった後も、酸素発生電圧の上昇はみられず、アノード分極曲線は使用開始時と同じであって、この電極についても高い耐久性が確認できた。