特許第6209468号(P6209468)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6209468
(24)【登録日】2017年9月15日
(45)【発行日】2017年10月4日
(54)【発明の名称】ワイヤ
(51)【国際特許分類】
   D07B 1/06 20060101AFI20170925BHJP
【FI】
   D07B1/06 Z
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-50426(P2014-50426)
(22)【出願日】2014年3月13日
(65)【公開番号】特開2015-175067(P2015-175067A)
(43)【公開日】2015年10月5日
【審査請求日】2016年8月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】390000996
【氏名又は名称】株式会社ハイレックスコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】特許業務法人朝日奈特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100098464
【弁理士】
【氏名又は名称】河村 洌
(74)【代理人】
【識別番号】100149630
【弁理士】
【氏名又は名称】藤森 洋介
(74)【代理人】
【識別番号】100184826
【弁理士】
【氏名又は名称】奥出 進也
(72)【発明者】
【氏名】津田 烈
(72)【発明者】
【氏名】阪口 知
【審査官】 斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2006/095765(WO,A1)
【文献】 特開平05−230783(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D07B 1/00 − 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数本の素線を撚り合わせた心ストランドと、該心ストランドのまわりに、それぞれ複数本の素線が撚り合わされた複数本の側ストランドとが撚り合わされることにより構成される複撚り構造を有する操作用のワイヤであって、
前記側ストランドの側素線は、前記ワイヤの外周上に位置する部位において、前記ワイヤの径方向外側に面し、前記側素線の周方向の一部に設けられた平坦部が軸方向に沿って延びる、平滑面を有し、
前記平滑面の軸方向の長さは、前記側素線の径の4.8〜11.0倍であり、
前記側ストランドのピッチ倍率は、7.0〜12.0倍であるワイヤ。
【請求項2】
前記平滑面の軸方向の長さが、前記側素線の径の5.8〜9.2倍である請求項1に記載のワイヤ。
【請求項3】
駆動部、従動部及び樹脂製の方向転換部材を含み、
前記駆動部と前記従動部とは、請求項1または請求項2に記載のワイヤを介して接続され、
前記ワイヤは方向転換部材に対して所定の荷重で掛け回され、
前記駆動部を駆動させることにより前記ワイヤを移動させて前記従動部を移動させる際に、前記ワイヤが前記方向転換部材の位置に対して前記ワイヤの延在方向への移動がされるようにされてなる
ワイヤ操作機構。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複撚り構造を有する操作用ワイヤに関し、特に方向転換部材に掛け回される操作ワイヤおよびそれを用いたワイヤ操作機構に関する。
【背景技術】
【0002】
駆動部の操作力を従動部へ伝達するために、操作用ワイヤが用いられている。たとえば、車両のウインドレギュレータは、駆動部となるモータから、従動部となる窓ガラスを支持するキャリアプレートに操作用ワイヤが連結され、操作用ワイヤを介して駆動部の操作力を伝達している。操作用ワイヤは可撓性を有しており、湾曲した配索が可能であり、操作用ワイヤを方向転換するガイド部材などの方向転換部材に摺動して案内される。操作用ワイヤは、通常、複数本の素線が撚り合わされて構成されている。操作用ワイヤが、操作用ワイヤよりも柔らかい素材から形成された方向転換部材、たとえば樹脂製の固定ガイド(以下、単に樹脂製ガイドという)の摺動溝などに案内される場合、操作用ワイヤの外部に露出する素線と方向転換部材との接触部から、異音を生じる場合がある。
【0003】
この異音は、使用の過程で方向転換部材に操作用ワイヤの撚り目痕が転写され、撚り目状の凹凸が形成され、操作用ワイヤと方向転換部材とが摺動する際に、撚り目状の凹凸を摺動する際に操作用ワイヤに回転力が働くことによって操作用ワイヤがねじれ、この操作用ワイヤのねじれが開放された際に、方向転換部材の摺動面からたたき異音が発生して異音が生じていた。特に、ウインドレギュレータが車両へ取り付けられた際には、振動音がガイドレールとドアパネルとを介して、増幅し、異音が生じてしまうことがしられている。
【0004】
一方、特許文献1には、断面が円形ではない素線を有する単撚りの異形線ストランド100の加工方法が開示されている(図6参照)。この異形線ストランド100は、表面が平滑であるため、撚り目痕の生成を抑え、異音の発生を抑制できる可能性がある。この異形線ストランド100は、平行撚りで、各層のワイヤ(素線)同士が線接触した状態で異形線状に加工されている。
【0005】
また、上記異音を解消するために、難自転性とすることにより操作用ワイヤの捻れを抑制して、撚り目状の凹凸である撚り目痕に起因した、方向転換部材の摺動溝における操作用ワイヤの摺動面への叩き異音の抑制も図られている。(特許文献2)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−108388号公報
【特許文献2】特開2006−283269号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、複撚り構造を有するワイヤに対して特許文献1の加工方法を適用すると、ワイヤの耐疲労性が低下するという問題が生じる。これは、複撚り構造を有するワイヤは、素線同士が点接触しているので、上述の加工を受けると点接触した箇所で優先的に変形し、ワイヤの使用時に、この変形した箇所を起点に素線が切断しやすくなるからである。また、特許文献2のワイヤのように難自転性とされた操作用ワイヤを用いた場合であっても、高温などの使用環境によっては、撚り目痕の溝に位置した操作用ワイヤの最外周の素線が撚り目痕の凸部を乗り越える際に生じる周期的な異音(以下、溝移動音という)が生じることがわかった。
【0008】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたもので、方向転換部材とワイヤとが摺動した際の周期的な溝移動音の発生と、ワイヤの耐疲労性の低下とを抑制することができる操作用ワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のワイヤは、複数本の素線を撚り合わせた心ストランドと、該心ストランドのまわりに、それぞれ複数本の素線が撚り合わされた複数本の側ストランドとが撚り合わされることにより構成される複撚り構造を有する操作用のワイヤであって、前記側ストランドの側素線は、前記ワイヤの外周上に位置する部位において、前記ワイヤの径方向外側に面し、前記側素線の周方向の一部に設けられた平坦部が軸方向に沿って延びる、平滑面を有し、前記平滑面の軸方向の長さは、前記側素線の直径の4.8〜11.0倍であり、前記側ストランドのピッチ倍率は、7.0〜12.0倍であることを特徴とする。
【0010】
また、前記平滑面の軸方向の長さが、前記側素線の直径の5.8〜9.2倍であることが好ましい。
【0011】
また、駆動部、従動部及び樹脂製の方向転換部材を含み、前記駆動部と前記従動部とは、前述のワイヤを介して接続され、前記ワイヤは方向転換部材に対して所定の荷重で掛け回され、前記駆動部を駆動させることにより前記ワイヤを移動させて前記従動部を移動させる際に、前記ワイヤが前記方向転換部材の位置に対して前記ワイヤの延在方向への移動がされるようにされてなるワイヤ操作機構であることを特徴する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、方向転換部材とワイヤとが摺動した際の溝移動音の発生と、ワイヤの耐疲労性の低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明のワイヤの構造の一例を示す断面図である。
図2図1のワイヤの側面図である。
図3】本発明のワイヤにおける側ストランドのピッチ倍率を説明するための説明図である。
図4】固定ガイドとワイヤとが摺動した際に生じる溝移動音を測定するために用いたウインドレギュレータの概略図である。
図5】固定ガイドにおいて摺動しながら屈曲を受ける場合のワイヤの耐疲労性能を測定するための装置の説明図である。
図6】従来の異形線ストランドの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照し、本発明のワイヤを詳細に説明する。
【0015】
本発明のワイヤは、駆動部の操作により生じた操作力を、駆動部が操作されることによりワイヤが引き操作若しくは押し引き操作され、ワイヤを介して操作部から離れた位置において操作される従動部に伝達する操作用のワイヤである。本発明のワイヤは、方向転換部材、たとえば、回転せずにワイヤを案内する固定ガイドや回転軸周りに回転するプーリに案内され、駆動部と従動部との間に配索される。駆動部および従動部は、ワイヤを操作することができ、また、ワイヤにより操作されるものであれば特に限定されない。本発明のワイヤは、方向転換部材によって方向が転換されて駆動部と従動部との間に配索され、駆動部の操作力を従動部に伝達する用途であればいかなる用途にも用いることができ、たとえばウインドレギュレータや、パーキングブレーキ、フューエルリッドアクチュエータ、バイクアクセル、バイクスクリーン等を操作するために用いることができる。また、本発明のワイヤは、車両以外の用途にも適用可能である。
【0016】
本発明のワイヤの一例を図1および図2に示す。図1は、一実施形態のワイヤ1の構造を示す断面図であり、図2は、ワイヤ1を模式的に示した側面図であり、見やすくするように図2中、中央部の側ストランド3にドットを付して示している。本発明のワイヤ1は、図1に示されるように、複数本の素線2a、2b、2c、2dを撚り合わせた心ストランド2と、心ストランド2のまわりに、それぞれ複数本の素線3a、3bが撚り合わされた複数本の側ストランド3とが撚り合わされることにより構成される複撚り構造を有している。ワイヤ1は、心ストランド2と、そのまわりに複数本の側ストランド3とが撚り合わされた複撚り構造であれば特に限定されず、ワイヤが用いられる用途に応じて適宜変更が可能であり、公知の構造を含め、図1に示した構造以外の複撚り構造であってもよい。なお、図1に示される実施形態では、ワイヤ1は、1本の心ストランド2のまわりに、8本の側ストランド3が撚り合わされた構造(W(19)+8×7)として示されている。心ストランド2は、1本の心素線2aの周りに、6本の側素線2bが撚られ、側素線2bの周りに大きさの異なる側素線2cと側素線2dが交互に配置されるように撚り合わされたウォーリントン撚りとして示されている。また、側ストランド3のそれぞれは、1本の心素線3aの周りに6本の側素線3bが撚り合わされている。
【0017】
心ストランド2および側ストランド3のそれぞれを構成する素線の材料は、たとえば、亜鉛めっき鋼線、ステンレス鋼線などの鋼線が用いられる。また、心ストランド2および側ストランド3のそれぞれを構成する素線の径や本数は、ワイヤが用いられる用途やワイヤの構造に応じて適宜変更が可能である。
【0018】
本発明のワイヤ1の側ストランド3の側素線3bは、図1および図2に示されるように、ワイヤ1の外周上に位置する部位において、平滑面Pを有している。より詳細には、平滑面Pは、側ストランド3の側素線3bのうちワイヤ1の最外周の素線において、ワイヤ1の径方向外側に面して設けられ、軸Xに沿って延びて設けられている。また、平滑面Pは、図1および図2に示されるように、ワイヤ1の径方向外側に面し、側素線3bの周方向の一部に設けられた平坦部Fが軸X方向に沿って延びるように形成されている。平坦部Fは、側ストランド3の側素線3bのうち、側素線3bの周方向に沿って形成された平坦な部位である。図1に示される実施形態では、平坦部Fは、平坦部Fの接点とワイヤ1の中心とを結ぶ線を半径とする仮想円Cの半径と略同一の曲率半径を有する略円弧状の部位として示されているが、平坦部Fは、平面であっても曲面であっても構わない。すなわち、後に詳しく述べるように、平坦部Fが延びて形成される平滑面Pが、方向転換部材に対して面接触するように平坦に形成されていればよく、ワイヤ1の仮想円Cとは異なる曲率半径を有していてもよい。また、平坦部Fは、側素線3bの周方向の一部、すなわち側素線3bが延在する方向に対して垂直に切断した側素線3bの断面の外周上のうち、ワイヤ1の径方向外側に面して設けられている。平坦部Fは、ワイヤ1が方向転換部材に接触した際に方向転換部材に対して面接触することができれば、必ずしも仮想円C上に位置しなくてもよい。そして、平滑面Pは、このように形成される平坦部Fが、図2に示されるように、ワイヤ1が延在する方向である軸Xに平行に延び、方向転換部材の摺動溝に対して面接触可能に形成される。
【0019】
図1および図2に示されるように、側ストランド3の側素線3bは、側ストランド3の心素線3aの周りに螺旋状に撚り合わされており、各側素線3bは、ワイヤ1の外周上に位置する部位においては平滑面Pが形成される一方で、平滑面Pが形成された部位の軸X方向両側(図2中、左右方向)においては、側素線3bの断面は円形となっている。したがって、方向転換部材に接触する可能性がある、ワイヤ1の外周上に位置する部位には、図2に示されるように、ワイヤ1の外周において露出する複数の側素線3bにより、ワイヤ1の周方向かつ軸X方向に複数の平滑面Pが形成されている。
【0020】
なお、平滑面Pを有するワイヤ1は、後述する効果を奏することができるものであればその製造方法は特に限定されるものではないが、たとえば心ストランド2および側ストランド3が撚り合わされた後、ダイスによる引抜加工、スウェージング加工やカセットローラダイス加工等を行なうことによって形成することができる。
【0021】
このように形成される平滑面Pは、ワイヤ1が図示しない方向転換部材(ワイヤ1が案内される方向転換部材の案内溝の表面)に接触する際、方向転換部材に対して面接触する。したがって、本発明のワイヤ1によれば、側ストランド3の側素線3bが平滑面Pを有することにより、ワイヤ1と方向転換部材との接触における単位面積当たりの荷重を抑えることができる。従来のワイヤは側ストランドの素線がワイヤ1の軸方向に対して角度を有することからワイヤ1の移動方向に対して角度を有する溝である撚り目痕を生じるのであるが、ワイヤ1から方向転換部材に高荷重がかかったり、方向転換部材が高温環境下であっても、ワイヤ1からの方向転換部材への単位面積あたりの荷重が軽減されるために、撚り目痕の生成を抑制することができる。そして、方向転換部材への撚り目痕の生成が抑制されるため、ワイヤ1が方向転換部材に対してワイヤ1の延在方向に向かって移動する際に、撚り目痕の溝と溝との間をワイヤ1の側素線3bが移動する際の溝移動音の発生を抑制することができる。なお、平滑面Pは、図1および図2に示される実施形態では、仮想円Cと略同一の曲率半径を有したものとして示されている。しかし、本発明の平滑面は、ワイヤ1からの方向転換部材への単位面積あたりの荷重が軽減されるように方向転換部材と接していれば、方向転換部材に面接触するように形成されていてもよく、平滑面Pがワイヤ1の外周と異なる曲率半径としてもよいし、平面状に形成されたものでもよい。なお、平滑面Pが水平な面である場合には、仮想円Cは水平面と接する円とされる。
【0022】
平滑面Pの軸X方向の長さL1は、側ストランド3の側素線3bの径D1の4.8〜11.0倍であり、側ストランド3のピッチ倍率が、7.0〜12.0倍となるように構成されている。平滑面Pの、ワイヤ1が延在する軸X方向の長さL1は、図2に示されるように、ワイヤ1の軸X方向における平滑面Pの両端間の長さのことであり、側素線3bの径D1は、図1および図2に示されるように、平滑面Pを有する側素線3bの外径のことである。また、側ストランド3のピッチ倍率は、図3に示されるように、側ストランド3の撚りピッチ長さL2をワイヤ1の外径D2で除した値であり、本実施の形態においては、仮想円Cの直径がワイヤ2の外径D2となる。
【0023】
平滑面Pの長さL1を側ストランド3の側素線3bの径D1の4.8〜11.0倍とし、さらに側ストランド3のピッチ倍率を7.0〜12.0倍とすることにより、ワイヤ1と方向転換部材とが接触するときに、方向転換部材のワイヤ1との接触面と側ストランド3の側素線3bの平滑面Pとが面接触し、かつ、素線間の単位面積あたりの点接触箇所が少なくなり、ワイヤ1の単位断面積あたりの素線密度が高くなる。したがって、側ストランド3の側素線3bによる方向転換部材の撚り目痕の生成を抑え、方向転換部材とワイヤ1とが摺動した際の溝移動音の発生を抑制することができ、またワイヤの耐疲労性の低下を抑制することができる。
【0024】
平滑面Pの長さL1が側素線3bの径D1の4.8倍より小さいと、側素線3bのワイヤ1外周上に位置する部位の露出長さが短くなるため、平滑面Pの軸X方向の長さが短くなり、方向転換部材と面接触する平滑面Pの面積が小さくなるという理由で、上述した平滑面Pの効果が得られず、逆に11.0倍よりも大きいと、側ストランド3の側素線3bの肉厚が減少することにより、断面積が同じであっても径方向に肉薄の部分に荷重がかかった場合に素線の破断が生じるため、ワイヤ1の耐疲労性が低下する。また、耐疲労性については、側ストランド3のピッチ倍率が7.0倍未満である場合にも、単位長さあたりの素線の交点が増えるために耐疲労性が低下する。図1および図2に示される実施形態を例に詳細に説明すると、側ストランド3の側素線3bは、心ストランド2の最外層に配置された側素線2cや側素線2dと交差して点接触している。側ストランド3のピッチ倍率が7.0倍未満になると、ワイヤ1の軸X方向の単位長さあたりの、側ストランド3の側素線3bと心ストランド2の側素線2c、2dとの点接触箇所が増加する。ワイヤ1が方向転換部材によって曲げられるとき、素線同士が点接触した箇所に局所的な力が加わるが、素線同士の点接触箇所が多くなると、側ストランド3の側素線3bが切断される可能性が高くなり、ワイヤ1の耐疲労性が低下する。一方、側ストランド3のピッチ倍率が12.0倍より大きい場合には、ワイヤ1を構成する素線間に隙間が生じやすく製造が難しく、耐久性が低下する懸念もある。図1および図2に示される実施形態を例により詳細に説明すると、側ストランド3のピッチ倍率が12.0倍より大きくなると、心ストランド2に対して側ストランド3を強く締め付けることができず、側ストランド3の側素線3bと、心ストランド2の最外層に配置された側素線2cや側素線2dとの間の隙間が生じやすくなる。その結果、ワイヤ1の単位断面積あたりの素線密度が低くなって、製造が難しく、ワイヤ1の耐久性が低下する懸念もある。
【0025】
また、上述したように、ワイヤ1のうち、方向転換部材と接触することがない、ワイヤ1の外周に露出していない部位においては、側ストランド3の側素線3bは、断面が円形である。側素線3bにおけるワイヤ1の外周に露出していない部位は、ワイヤ1の外周よりワイヤ1の径方向内側に位置している。側ストランド3の複数の側素線3bのうち、1本の側素線3bは、心素線3aの周りに螺旋状に延びており、ワイヤ1の外周上に位置する部位(外周に露出する部位)においては平滑面Pが形成され、ワイヤ1の外周に露出していない部位では、側素線3bはワイヤ1の径方向内側に入り込み、断面が円形となっており、平滑面Pが形成された部分と、断面が円形の部分とが、各側素線3bが延在する軸方向で交互に形成されるように構成されている。側ストランド3の側素線3bは、平滑面Pが形成されたワイヤ1の外周上に位置する部位以外は断面円形であるので、素線の長さ方向で均一な強度を有している。したがって、本発明のワイヤ1は、ワイヤ1が図示しない方向転換部材によって方向が転換されて曲げられても、側素線3bが切断する起点となるような場所が生じにくいので、耐疲労性の低下を抑制することができる。
【0026】
上述したように、本発明のワイヤ1によれば、側ストランド3の側素線3bの、ワイヤ1の外周上に位置する部位において、所定長さの平滑面Pを設けることで、ワイヤ1と方向転換部材との接触面圧を抑え、撚り目痕の生成を抑制し、方向転換部材とワイヤ1とが摺動した際の溝移動音の発生を抑制することができる。一方で、平滑面Pを所定長さ以下とし、側ストランド3を所定のピッチ倍率で撚り合わせることで耐疲労性の低下を抑えることができる。本発明のワイヤ1は、ワイヤ1よりも柔らかい方向転換部材、たとえば樹脂製の固定ガイドによって摺動されつつ曲げられる用途に用いることができ、例えば、駆動部、従動部及び樹脂製の方向転換部材を含み、駆動部と従動部とは、上述のワイヤを介して接続され、ワイヤは方向転換部材に対して所定の荷重で掛け回され、駆動部を駆動させることによりワイヤを移動させて従動部を移動させる際に、ワイヤが方向転換部材の位置に対してワイヤの延在方向への移動がされるようにされてなるワイヤ操作機構に用いることができる。具体的には、本発明のワイヤは、たとえばウインドレギュレータ用途に好適に適用される。
【実施例】
【0027】
以下、実施例および比較例を挙げて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0028】
まず、実施例および比較例において評価したワイヤ摺動特性、耐疲労性の試験方法について説明する。
【0029】
(ワイヤ摺動特性試験)
実施例および比較例のワイヤを図4に示すウインドレギュレータ10により駆動し、ワイヤをウインドレギュレータ10の固定ガイドGに取り付けた直後(初期)と、クリープ試験後において、作動音の測定を行い、ワイヤを摺動させたときの作動音の大きさによりワイヤの摺動特性を評価した。ワイヤは、ウインドレギュレータ10のモータ10aとキャリアプレート10bとの間に2本取り付け、ウインドレギュレータ10のガイドレール10cの上下に設けられた固定ガイドGに案内させて方向転換させた。固定ガイドGは回転しない樹脂製で、ワイヤの案内方向に沿って湾曲した湾曲面を有したものを用いた。上記クリープ試験は、ウインドレギュレータ10に電源電圧14.5Vを印加し、キャリアプレート10bをガイドレール10cに沿って上下動しないように拘束し、80℃の雰囲気温度で120時間放置した。120時間放置後にモータを駆動させて、1m離れた位置で耳で聴いて、周期的な摩擦音である溝移動音を確認した。
【0030】
(耐疲労性試験)
全長が1000mmの実施例および比較例のワイヤを用意し、図5に示すようにワイヤの一端に10kgのウェイト21を連結し、ワイヤが固定ガイド22aで90°反転したのちすぐに、他の固定ガイド22bで180°反転状態となるように配索した。また、ワイヤの他端はエアシリンダー23に固定し、エアシリンダー23を矢印M、N方向に往復動させ、20000回往復させたときのワイヤの側ストランドの側素線の素線切れの本数を調べた。20000回往復時に側ストランドの側素線が切れた本数により、耐疲労性を評価した。その結果を表1に示す。なお、エアシリンダー23は、はじめは矢印M方向に動いて、ウェイト21がストッパ24に突き当ってワイヤの張力が35kgfになるまでワイヤをM方向に牽引し、その張力を0.5秒間保持したのち、矢印N方向に動かすように構成した。そして、ワイヤのストロークを100mm、速度は20往復/分とし、ワイヤと固定ガイド22a、22bとの摺動部にはオレフィン系グリースを充分塗布した。
【0031】
(実施例1)
鋼線(材質:JIS G3506 SWRH62A)に亜鉛めっきを施した外径0.93mmの母材を伸線加工して、直径が0.13mm、0.14mm、0.15mm、0.16mm、0.17mmの素線を得た。これらの素線をピッチ倍率11.28倍となるように撚り合わせて図1に示される構造(W(19)+8×7)を有する直径1.490mmのワイヤ1を作製した。なお、図1における心ストランド2の心素線2aには、直径0.17mmの素線を用い、側素線2bには、直径0.16mmの素線を用い、側素線2cには、直径0.17mmの素線を用い、側素線2dには、直径0.13mmの素線を用い、側ストランド3の心素線3aには、直径0.15mmの素線を用い、側素線3bには、直径0.14mmの素線を用いた。そして、このワイヤを、ダイスにより引抜加工(減径率7.5%)を行ない、側素線の平滑面の軸方向の長さが、側素線の径の7.22倍となる実施例1のワイヤを得た。
【0032】
(実施例2〜6)
表1に示す側ストランドのピッチ倍率および側素線の径に対する平滑面の長さの倍数の値以外は、実施例1と同様にして、表1に示す側ストランドのピッチ倍率および側素線の径に対する平滑面の長さの倍数を有する実施例2〜5のワイヤを得た。なお、ダイスによる引抜加工時の減径率はそれぞれ、9.3%(実施例2)、9.8%(実施例3)、6.8%(実施例4)、7.5%(実施例5)とした。
【0033】
(比較例1〜4)
表1に示す側ストランドのピッチ倍率および側素線の径に対する平滑面の長さの倍数の値以外は、実施例1と同様にして、表1に示す側ストランドのピッチ倍率および側素線の径に対する平滑面の長さの倍数を有する比較例1〜4のワイヤを得た。なお、ダイスによる引抜加工時の減径率はそれぞれ、4.8%(比較例1)、4.3%(比較例2)、4.1%(比較例3)とした。
【0034】
以上の実施例1〜5および比較例1〜3について、摺動特性試験および耐疲労性試験を行なった結果を表1に示す。
【0035】
なお、溝移動音について、溝移動音の音量が大きく気になる場合は×、音の発生が確認できるものの気になる音量ではないものについては○、溝移動音がほとんど聞こえない又は発生しない場合は◎とした。
【0036】
また、耐疲労性については、2万回で切断された側素線がないものを◎とし、2万回で切断された側素線が総本数に対して10%未満のものを○とし、2万回で切断された側素線が総本数に対して10%以上のものを×とした。
【0037】
【表1】
【0038】
表1に示されるように、実施例1〜5については、平滑面長さが側素線の径の4.8〜11.0倍の範囲内であるために溝移動音の抑制がすべて良好であり、特に実施例1、および2〜5は側素線の径の5.8〜9.2倍の範囲内であるために、溝移動音の抑制が優れていた。
【0039】
また、表1に示されるように、側ストランドのピッチ倍率が7.0〜12.0倍の範囲内である実施例1〜4については、2万回で切断された側素線はなく耐疲労性が優れていた。また、実施例5については、側ストランドのピッチ倍率が7.0〜12.0倍の範囲内であるものの、平滑面の長さが側ストランドの素線の径の9.2倍を越えて12.0倍以内であるために、耐疲労性は良好であるものの実施例1〜4に比べて低下している。これに対して、比較例1と比較例2については、側ストランドのピッチ倍率が7.0〜12.0倍の範囲内であっても、平滑面の長さが側ストランドの素線の径の4.8倍未満である場合には溝移動音が大きく(比較例1)、平滑面の長さが側ストランドの素線の径の11.0倍よりも大きい場合には、耐疲労性が低下していた。また、比較例3については、側ストランドのピッチ倍率が7.0倍未満であるために、平滑面長さが側素線の径の4.8〜11.0倍の範囲内であっても、耐疲労性が低下している。特に上記実施例1〜5および比較例1〜3は、図1に示される構造(W(19)+8×7)となるように製造して、摺動特性試験および耐疲労性試験を行ったが、他の複撚り構造においても、同様の結果が得られると考えられる。なお、側ストランドのピッチ倍率が12.0倍より大きい場合には、操作用ワイヤは、製造が難しく、得られなかったが、今後何らかの製造方法に得られた場合には、上記実施例と同様の効果が得られるものと考えられる。
【0040】
以上に示したように、側ストランドの側素線の径に対する平滑面の長さの倍率を4.8〜11.0倍とし、側ストランドのピッチ倍率を7.0〜12.0倍とすることで、方向転換部材とワイヤとが摺動した際の溝移動音の発生と、ワイヤの耐疲労性の低下を抑制することができる。さらに、平滑面の軸方向の長さを、側素線の径の5.8〜9.2倍とすることにより、溝移動音の発生をより低下させ、耐疲労性についてもより低下を抑制することができる。
【符号の説明】
【0041】
1 ワイヤ
2 心ストランド
2a 心ストランドの心素線
2b、2c、2d 心ストランドの側素線
3 側ストランド
3a 側ストランドの心素線
3b 側ストランドの側素線
C ワイヤの最外層を結ぶ仮想円
D1 側ストランドの側素線の径
D2 ワイヤの径
F 平坦部
L1 平滑面の長さ
L2 側ストランドの撚りピッチ長さ
P 平滑面
X 軸
図1
図2
図3
図4
図5
図6