特許第6209521号(P6209521)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6209521個別化された戦略的癌治療
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6209521
(24)【登録日】2017年9月15日
(45)【発行日】2017年10月4日
(54)【発明の名称】個別化された戦略的癌治療
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/04 20060101AFI20170925BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20170925BHJP
   G06F 19/00 20110101ALI20170925BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20170925BHJP
【FI】
   C12Q1/04
   G01N33/48 Z
   G06F19/00
   A61K45/00
【請求項の数】18
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2014-541294(P2014-541294)
(86)(22)【出願日】2012年11月9日
(65)【公表番号】特表2014-533948(P2014-533948A)
(43)【公表日】2014年12月18日
(86)【国際出願番号】US2012064298
(87)【国際公開番号】WO2013071012
(87)【国際公開日】20130516
【審査請求日】2015年11月9日
(31)【優先権主張番号】61/558,902
(32)【優先日】2011年11月11日
(33)【優先権主張国】US
(31)【優先権主張番号】61/566,396
(32)【優先日】2011年12月2日
(33)【優先権主張国】US
(31)【優先権主張番号】61/678,790
(32)【優先日】2012年8月2日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】514117036
【氏名又は名称】ベックマン ロバート
【氏名又は名称原語表記】BECKMAN, Robert
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100102255
【弁理士】
【氏名又は名称】小澤 誠次
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100188352
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 一弘
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(72)【発明者】
【氏名】ベックマン ロバート
【審査官】 平林 由利子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/155009(WO,A1)
【文献】 最新医学, 2007, Vol.62, 9月増刊号(通巻第789号), p.2108-2123
【文献】 システムがん Newsletter No.1 2011年3月, p.10 <URL:http://cancersystem.hgc.jp>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00− 3/00
G01N 33/48−33/98
G06F 19/00−19/28
A61K 45/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のステップを含む、遺伝子の進化動態を使用した治療選択のためのコンピュータ実装方法。
対象の癌の測定に少なくとも部分的に基づいて複数の細胞状態の集団を特徴付けるデータを受容するステップであって、前記複数の状態が、治療薬の異なった組み合わせに対するそれらの応答によって定義され、前記複数の細胞状態が全体の集団を有し、前記細胞状態が前記細胞状態の最大の集団を有する第1の細胞状態を含む、ステップ;
複数の治療戦略のそれぞれの明細を受容するステップであって、それぞれの治療戦略が前記対象に導入される治療薬の順序及びタイミングの選択を表し、前記治療戦略の少なくともいくつかが、前記第1の細胞状態又は前記複数の細胞状態の前記全体の集団を標的とせずに前記第1の細胞状態以外の細胞状態を標的とする、ステップ;
コンピュータ実装手順を用いて、前記治療薬の異なった薬剤の導入に伴う前記複数の状態の予想される増殖及びその間の遷移を特徴付けるデータに基づいて、前記複数の治療戦略のそれぞれの有効性を決定するステップであって、前記複数の細胞状態の前記集団の進化を特徴付けるデータを計算することを含む、ステップ;及び
決定された有効性に従って治療戦略を選択するステップ;
【請求項2】
複数の細胞状態の集団を特徴付けるデータが、未検出の現在の状態又は起こり得る将来の状態に関連する確率論的情報にさらに基づく、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
複数の細胞状態の集団を特徴付けるデータが、組織試料、体液試料、及び分子イメージの少なくとも1つにおける複数の細胞状態の集団の測定にさらに基づく、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
複数の細胞状態の集団を測定することが、分子測定手法を適用することを含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
分子測定手法を適用することが、ポリメラーゼ連鎖反応手法を適用することを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
決定するステップが、複数の細胞状態の測定された集団の大きさ及び前記複数の細胞状態の推測された集団の大きさに基づいて前記複数の細胞状態のそれぞれの集団の大きさを推定することをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
複数の状態の予想される増殖及びその間の遷移を特徴付けるデータが、インビトロ及び/又はインビボでの実験によって決定されるデータを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
複数の状態の予想される増殖及びその間の遷移を特徴付けるデータが、患者由来の生物学的材料についてのエクスビボでの実験によって決定される情報を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
集団の進化を特徴付けるデータを計算することが、数値シミュレーションアプローチを適用することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
それぞれの治療戦略が、対象に導入される治療薬の順序、タイミング及び用量の選択を表す、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
複数の治療戦略のそれぞれの有効性を決定するステップが、多数の薬剤に対する耐性に対応する細胞状態の集団を予測することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
複数の治療戦略のそれぞれの有効性を決定するステップが、1つの細胞状態に対して、複数の分子状態を含む関連するモデルを評価し、前記治療薬の異なった薬剤の導入に伴う前記細胞状態の予想される増殖を特徴づけることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
データ処理システムに以下のステップを実施させるための命令を含む、非一時的なコンピュータ可読媒体に保存されたソフトウェア。
対象の癌の測定に少なくとも部分的に基づいて複数の細胞状態の集団を特徴付けるデータを受容するステップであって、前記複数の状態が、治療薬の異なった組み合わせに対するそれらの応答によって定義され、前記複数の細胞状態が全体の集団を有し、前記細胞状態が前記細胞状態の最大の集団を有する第1の細胞状態を含む、ステップ;
複数の治療戦略のそれぞれの明細を受容するステップであって、それぞれの治療戦略が前記対象に導入される治療薬の順序及びタイミングの選択を表し、前記治療戦略の少なくともいくつかが、前記第1の細胞状態又は前記複数の細胞状態の前記全体の集団を標的とせずに前記第1の細胞状態以外の細胞状態を標的とする、ステップ;
前記治療薬の異なった薬剤の導入に伴う前記複数の状態の予想される増殖及びその間の遷移を含む遺伝子の進化動態を特徴付けるデータに基づいて、前記複数の治療戦略のそれぞれの有効性を決定するステップであって、前記複数の細胞状態の前記集団の進化を特徴付けるデータを計算することを含む、ステップ;及び
決定された有効性に従って治療戦略を選択するステップ;
【請求項14】
対象の癌の測定に少なくとも部分的に基づいて複数の細胞状態の集団を特徴付けるデータを受容するためのインプットであって、前記複数の状態が、治療薬の異なった組み合わせに対するそれらの応答によって定義され、前記複数の細胞状態が全体の集団を有し、前記細胞状態が前記細胞状態の最大の集団を有する第1の細胞状態を含む、インプットと、
複数の治療戦略のそれぞれの明細を保持するためのデータストレージであって、それぞれの治療戦略が前記対象に導入される治療薬の選択された順序及びタイミングを表し、前記治療戦略の少なくともいくつかが、前記第1の細胞状態又は前記複数の細胞状態の前記全体の集団を標的とせずに前記第1の細胞状態以外の細胞状態を標的とする、データストレージと、
前記治療薬の異なった薬剤の導入に伴う前記複数の状態の予想される増殖及びその間の遷移を特徴付けるデータに基づいて、前記複数の治療戦略のそれぞれの有効性を決定するように、かつ決定された有効性に従って治療戦略を選択するように構成された計算モジュールであって、前記決定が前記複数の細胞状態の前記集団の進化を特徴付けるデータを計算することを含む、計算モジュールと
を含む治療選択システム。
【請求項15】
複数の細胞状態のための治療薬の有効性を特徴付けるデータを提供するための、計算モジュールにアクセス可能なデータベースをさらに含む、請求項14に記載の治療選択システム。
【請求項16】
データベースがさらに、複数の細胞状態の増殖及び死滅の速度、並びにこれらの状態の間の遷移速度を提供するためのものである、請求項15に記載の治療選択システム。
【請求項17】
遺伝子状態と一時的な機能状態との関係及び特定の遺伝子状態の所定の一時的な機能状態の確率を特徴付けるデータを提供するための、計算モジュールにアクセス可能なデータベースをさらに含む、請求項14に記載の治療選択システム。
【請求項18】
薬剤濃度の生体内分布パターンを用量の関数として特徴付けるための、計算モジュールにアクセス可能なデータベースをさらに含む、請求項14に記載の治療選択システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願への相互参照
本出願は、2011年11月11日に出願した米国仮特許出願第61/558,902号、2011年12月2日に出願した米国仮特許出願第61/566,396号及び2012年8月2日に出願した米国仮特許出願第61/678,790号の利益を主張する。これらの出願は全体として参照により本明細書に組み込まれる。
【0002】
本発明は個別化された戦略的癌治療に関する。
【背景技術】
【0003】
従来の癌治療レジメンにおいては、医療従事者は1又は2以上の癌性腫瘍における癌性細胞の全体の集団を減少させ、又は排除するという目標をもって、細胞毒性を有する1又は2以上の化学療法剤で患者を治療する。そのような治療は、治療の際にたまたま急速に分裂している非癌性細胞を含む急速に分裂しているいかなる細胞をも(例えば細胞のDNAを損傷させることによって)死滅させるという点で、典型的には非特異的である。これらの治療レジメンはある程度効果的であり、ある場合には患者を延命させ、時には患者を完全に治癒させる。しかし、これらの治療の毒性による副作用は、不愉快なものから生命を脅かすものまで、幅広くなることがある。
【0004】
従来のいくつかの癌治療レジメンは、個々の癌(「個別化された癌医薬」)の間の不均質性に対処するように治療レジメンを調整することによって、より効果的で副作用が少ない標的療法を提供するように個別化されている。例えば、実際上、個別化された癌治療レジメンは、患者の腫瘍の分子構成を広範囲に特徴付けることによって設計される。患者の腫瘍の独特の分子的特色に基づいて、正確にその型の腫瘍を念頭において独自に設計された特異的医薬が適用される。これらの治療レジメンはある程度効果的であり、伝統的な化学療法と併用した場合には最も効果的であることが多い。個別化された癌治療レジメンは、治療すべき腫瘍が遺伝子的に単純な場合(例えば慢性骨髄性白血病、b−raf変異黒色腫)には特に効果的であることがある。個人的癌治療レジメンの副作用は典型的には少ないが、それでも深刻なこともある。
【0005】
極めて効果的な個別化された癌治療レジメンの創造を困難にする可能性があるいくつかの要因がある。1つの要因は、癌性腫瘍が典型的には不均質な細胞型を含むことである。例えば、ヒトゲノムにはおよそ30,000個の遺伝子があり、少なくとも100個の遺伝子は癌を促進することが知られている。癌性腫瘍には20,000〜30,000個の変異が含まれ、腫瘍片を超える中に1つの変異も存在しないことがある。さらに、遺伝子間の相互作用は数多く、複雑であり、多くの場合に不明である。これらの要因は腫瘍間の不均質性(現在の個別化された医薬パラダイムによって対処される)に繋がるのみならず、腫瘍内の、個々の細胞の間の不均質性に繋がることがある。さらに、腫瘍組織にアクセスしてそれにより腫瘍組織を遺伝子的にプロファイルすることが困難な場合がある。例えば、ある腫瘍は患者に非可逆的な損傷を引き起こすことなしに生検することができない。
【0006】
療法に対する動的な耐性は、多くの腫瘍型に、種々の遺伝子的及び非遺伝子的機構によって示されてきた。エルロチニブ又はゲフィチニブで治療された非小細胞肺癌(NSCLC)においては、最も一般的には標的のEGFレセプター(EGFR)において耐性変異が起こる。他の耐性機構としては、時にはリガンド誘発性である増幅を経由する、cMet等の並行シグナル伝達経路の活性化が挙げられる。重要なことは、エルロチニブ又はゲフィチニブに対する耐性が発達する場合、その薬剤の使用中止が腫瘍のリバウンドの引き金になり得ることであり、これは検出限界未満の感受性部分集団の存続を示唆している。NSCLCにおける未分化リンパ腫キナーゼが関与する独特な融合タンパク質を標的とする薬剤であるクリゾチニブに対する耐性は、標的における変異、標的の増幅、融合タンパク質をもたらす当初の転座の消失、EGFR経路におけるシグナル伝達の増大(1EGFR活性化変異を含む)、c−Kitの増幅、及びKRASの変異によるものとして、時には同じ患者で複数の耐性機構とともに報告されている。慢性骨髄性白血病においては、大部分の療法耐性は標的とされるBCR−ABL融合タンパク質における変異によるものであり、多剤耐性細胞の発生を遅らせるためには組み合わせが重要であることがある。腫瘍においては非遺伝子的耐性機構が起こり、これらはシグナル伝達経路におけるフィードバックループと直結しているので迅速であることがある。最近の例としては、結腸直腸癌細胞におけるベムラフェニブに対する耐性及び上流シグナル伝達経路の発現上昇によるPI3−キナーゼ阻害剤に対する耐性が挙げられる。
【0007】
これらの動態を前提とすると、おそらくいくつかの療法の手技を予め考えながら、起こり得る将来の状態を考慮する必要がある。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
1つの態様においては、一般に、個別化された癌療法への新規のアプローチは、遺伝子の進化動態及び単一細胞の不均質性を組み込んだ数学的モデルを利用する。説明的な事例及び3百万を超える評価可能な「患者」の仮想的臨床試験の解析によって、強化された(そして時には非直観的な)非標準的な個別化された医薬戦略が、現在の個別化された医薬アプローチと比較して患者に優れた結果をもたらし得ることが実証される。現在の個別化された医薬は概して診断時及び腫瘍の再発時又は進行時における腫瘍の分子プロファイルに対する療法と合致しており、概して試料の平均的、静的、及び現在の特性を重視している。いくつかの例においては、非標準的戦略は重要性の低いサブクローン、動態、及び予測される将来の腫瘍の状態を追加的に考慮する。新規のアプローチによって、非標準的な個別化された医薬戦略を体系的に評価する方法が提供される。
【0009】
別の態様においては、一般に、対象のための特定の治療計画を決定するためのアプローチは、対象からのサンプリング又は測定(例えば組織、体液、スキャン)に少なくとも部分的に基づく、治療薬のセットに対する異なった型の耐性を有する細胞の部分集団の時間的進化の予測を用い、1又は2以上の部分集団の進化に依存する要因に少なくとも部分的に基づく基準に従って選択される薬剤のいくつかを投与するための療法スケジュールを決定する。
【0010】
別の態様においては、一般に、治療選択のための方法は、対象からの試料(例えば組織、血液)の複数の細胞状態の集団を特徴付けるデータを受容する(accepting)ステップを含む。次いで複数の治療戦略のそれぞれの有効性が決定される。それぞれの治療戦略は、対象に導入される治療薬(及びその用量)の順序(sequence)の選択を表す。有効性決定のこのステップは、治療薬の異なった例の導入に伴う複数の状態の予測される又は予想される増殖及びその間の遷移の表現(例えば数学的モデルのデータ保存パラメーター)に基づいている。次いで、決定された有効性に従って治療戦略が選択される。
【0011】
別の態様においては、一般に、治療選択のための方法は、対象の腫瘍の測定(例えば組織試料、体液試料、又は分子イメージング)に少なくとも部分的に基づく複数の細胞状態の集団を特徴付けるデータを受容するステップを含む。複数の細胞状態は全体の集団を有し、細胞状態は細胞状態の最大の集団を有する第1の細胞状態(例えば「主要状態」)を含む。複数の治療戦略のそれぞれの明細も受容される。それぞれの治療戦略は、対象に導入される治療薬の順序の選択を表す。治療戦略の少なくともいくつかは第1の細胞状態又は複数の細胞状態の全体の集団を標的とせずに第1の細胞状態以外の細胞状態を標的とする(例えば大きさの低減又は正味の増殖速度の低減と関連して)。例えば、そのような治療戦略は直観的でなく、従来の療法アプローチと一致しない可能性がある。複数の治療戦略のそれぞれの有効性は、複数の治療薬の異なった薬剤の導入に伴う複数の状態の予想される増殖及びその間の遷移を特徴付けるデータ(例えば定量的速度)に基づいて決定され、これは、複数の細胞状態の集団の進化を特徴付けるデータを計算することを含む。次いで、決定された有効性に従って治療戦略が選択される。
【0012】
実施形態には、以下の特色の1又は2以上が含まれ得る。
【0013】
複数の細胞状態の集団を特徴付けるデータは、癌の進化に関する基礎的理解及び/若しくは実験的データに基づく未検出の現在の状態又は起こり得る将来の状態に関連する確率論的情報にさらに基づいている。
【0014】
複数の細胞状態の集団を特徴付けるデータは、組織試料、体液試料、及び分子イメージの少なくとも1つにおける複数の細胞状態の集団の測定にさらに基づいている。
【0015】
複数の細胞状態の集団を測定することは、分子測定手法、例えばポリメラーゼ連鎖反応手法を適用することを含む。
【0016】
決定するステップは、複数の細胞状態の測定された集団の大きさ及び複数の細胞状態の推測された集団の大きさに基づいて複数の細胞状態のそれぞれの集団の大きさを推定することをさらに含む。
【0017】
複数の状態の予想される増殖及びその間の遷移を特徴付けるデータは、インビトロ及び/又はインビボでの実験によって決定されるデータを含む。
【0018】
複数の状態の予想される増殖及びその間の遷移を特徴付けるデータは、患者由来の生物学的材料についてのエクスビボでの実験によって決定される情報を含む。
【0019】
集団の進化を特徴付けるデータを計算することは、数値シミュレーションアプローチを適用することを含む。
【0020】
実施形態は以下の利点の1又は2以上を有し得る。
【0021】
本アプローチによって、たとえ一時期にはそのような戦略が全体の集団の大きさに対処するには最適ではないにしても、細胞の耐性集団の増殖に対処し得る治療戦略を同定することができる。例えば、実際上最も効果的であるいくつかの戦略は、標準的ケアである現在の実践の逆であることがある。
【0022】
本明細書に記載する方法によって、新薬を開発するための費用を必要とせずに、現存する薬剤をより効果的に使用し、生存率を大幅に改善することができる。例えば、以前には認識されなかった薬剤の順序付けが、現在の治療戦略によって達成される効果を超える効果をもたらすことが同定され得る。
【0023】
治療戦略又は治療計画の個別化は、腫瘍の全体的又は平均的な挙動のみを重視するのではなく、異なった集団状態の分布の詳細を重視することによって改善される。腫瘍の同じ平均的特徴を有する異なった対象は、種々の状態の分布が異なっていれば、実際上非常に異なった最適戦略を有し得る。
【0024】
一般に、従来の個別化された医薬治療レジメンは、腫瘍の全細胞集団及び/又は主要な細胞型の集団の低減を目的とすることによって、癌治療に直観的にアプローチする。対照的に、上述のシステム及び方法は、腫瘍の全細胞集団及び/又は主要な細胞型の集団を増加させることを非直観的に可能にする一方、腫瘍内部のより小さな細胞集団を減少させる治療戦略をもたらし得る。ある状況においては、そのような非直観的な戦略は患者の寿命を長くすることができる。
【0025】
本発明の他の特色及び利点は、以下の記載及び特許請求の範囲より明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】個別化された戦略的癌治療システムのブロック図である。
図2】状態遷移ダイアグラムである。
図3-4】時間の関数としての細胞集団のプロットである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
1 概説
従来の個別化された癌治療レジメンは多くの場合、対象(例えばヒト対象)からの腫瘍の(例えば生検によって得られた)試料の平均的な分子特性を用いて設計され、腫瘍の進行又は再発が検出されたときのみに変更される。しかし、生検におけるそれぞれの腫瘍細胞(これは10億以上の腫瘍細胞を含有することがある)は、独特の遺伝子構造を有することがある(即ち、単一の癌性腫瘍における細胞集団は不均質であり得る)。従って、生検の平均的な分子特性は、それに基づいて癌治療療法を選択するための必ずしも最善の特徴ではない。そのようなアプローチに伴う問題の1つの例として、耐性細胞の比較的小さな部分集団の存在が究極的には療法の有効性を決定付け、そのような効果が腫瘍の平均的特徴又は治療薬に対する試料の平均的応答から明白でない場合がある。
【0028】
さらに、変異誘発因子仮説によって記載されるように、癌は一般に遺伝子的に不安定である。従来の個別化された癌治療レジメンは、典型的には多くの場合に初期の診断に用いられた試料である腫瘍の最近の試料に基づいており、療法は腫瘍の全体的特徴は静的なままであるが腫瘍の大きさは低減されることが予想されるという、明示的又は暗示的な仮定に基づいている。しかし、腫瘍の特性は1つの生検から次の生検へと変化し、そのため最初の生検に基づく個別化された癌治療レジメンは陳腐なものになり、新規な療法を選択し又は調節することが必要になる。
【0029】
従来の個別化された癌治療レジメンのこれらの欠点に対処するため、本明細書に記載する戦略的な個別化された癌治療レジメンにおいては、癌性腫瘍の標的療法に対する多数の部分集団の時間進化の数学的モデルを利用する。一般に、このモデルは(変異及び染色体のリアレンジメント等の)遺伝子の動態及び単一細胞の不均質性、並びに種々の治療薬の存在下における集団の大きさの変化速度を説明する。いくつかの例においては、このモデルは腫瘍における異なった細胞集団の挙動(例えば増殖及び遷移)をシミュレートするため、及び例えば全集団の大きさを最小化する一方、同時にある治療に対するある細胞集団の耐性を最小化するという予め定義された目標を最も良く達成する治療薬の順序を決定するために用いられる。
【0030】
図1を参照して、戦略的な個別化された癌治療システム100のブロックダイアグラムにおいては、インプットとして生検102が採取されてシミュレーション結果114が生成され、これが医療従事者によって評価され、適切な治療戦略が選択される。
【0031】
生検102は細胞集団測定デバイス104(例えばポリメラーゼ連鎖反応装置)に提供され、生検102に存在する細胞集団のそれぞれの大きさが測定される。一般に、本明細書を記述している時点においては、細胞集団測定デバイス104は、ある大きさの閾値を超える集団のみしか検出することができない。他の集団は未検出のままである。例えば、ある細胞集団測定デバイス104は、10,000の全細胞集団のうち集団の大きさ1を有する細胞を検出することができる。
【0032】
細胞集団測定デバイス104からの測定された細胞集団106のアウトプットは細胞集団推定装置108に送られる。本装置はまた、いくつかの例において確率論的情報(例えば未検出の現在の状態又は起こり得る将来の状態の確率)及び/又は癌細胞集団の進化に関する実験的データを含む知識データ116を受け取る。
【0033】
測定された細胞集団106及び知識データ116に基づいて、細胞集団推定装置108は生検された腫瘍における細胞集団の推定を生成する。この推定は患者の腫瘍の初期条件110である。
【0034】
患者の腫瘍の初期条件110はシミュレーター112に送られ、シミュレーター112は数学的モデルを用いて腫瘍における細胞集団の進化をシミュレートし、細胞集団は抗癌療法の種々の組み合わせの対象となる。シミュレーター112によって作成されたシミュレーション結果114は、腫瘍専門医等の医療従事者が評価することのできる形態でアウトプットされる。医療従事者はシミュレーション結果114に基づいて適切な治療戦略を選択する。
【0035】
システム100のアウトプットによって、腫瘍専門医は癌性腫瘍の現在の状態に適用される治療レジメンを開発できるだけでなく、癌性腫瘍の将来の経過の推定を考慮した治療戦略を開発することができる。そのような治療戦略によって患者の生存期間の延長が可能になる。さらにいくつかの例においては、通常は医療従事者によって実施されないであろう非直観的な治療戦略が従来の治療レジメンよりも長い患者生存期間をもたらすことが示される。
【0036】
いくつかの例においては、数学的最適化、自動制御理論、ゲーム理論、網羅的列挙、又は他の自動化アプローチを用いて、数学的モデル及び所望の目標(例えば効用関数)に基づく治療薬の適用の順序及びタイミングが決定される。
【0037】
例は固形腫瘍及び生検に関して記載され得るが、本質的に同じアプローチ(例えば対象の血液のサンプリング等)を用いて血液系癌等の他の型の癌にも対処できることに留意されたい。
【0038】
2 単純細胞モデル
種々の例において、種々のアプローチを用いて細胞の全体の集団を個々にモデル化できる部分集団に分割することができる。1つのアプローチは種々の遺伝子状態又は一時的状態を分子レベルで個々にモデル化することである。そのようなアプローチは充分な知識及び/又はデータがあれば実施可能であるが、以下に記載される別のアプローチは表現型状態のセットを利用する。特に、状態は治療薬の異なった組み合わせに対するそれらの応答によって定義される。例えば、
[この文献は図面を表示できません]
個の薬剤の組に対して
[この文献は図面を表示できません]
個の異なった表現型状態があり得る。
【0039】
図2を参照して、単純なモデルは2つの治療薬が利用可能な状況を表し、従って4つ(即ち、2)の細胞部分集団(即ち、4つの異なった表現型)があり、これらは状態ダイアグラム200において4つの状態として図示されている。読者は、多くの実際的状況において状態空間の大きさは極めて広く、異なった型の遷移構造を潜在的に有することを認識すべきである。それぞれの状態は2つの治療(例えば抗癌剤又は薬剤の組み合わせ):
[この文献は図面を表示できません]
及び
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に対して異なったレベルの感受性を有する細胞の集団を表す。状態Sは治療
[この文献は図面を表示できません]
と治療
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の両方に対して感受性を有する(例えば、それによって死滅するか増殖が遅くなる)腫瘍細胞の集団である。状態
[この文献は図面を表示できません]
は治療
[この文献は図面を表示できません]
に感受性を有するが治療
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には耐性を有する(例えば、それによって死滅もせず遅くもならない)腫瘍細胞の集団である。状態
[この文献は図面を表示できません]
は治療
[この文献は図面を表示できません]
に感受性を有するが治療
[この文献は図面を表示できません]
には耐性を有する腫瘍細胞の集団である。状態
[この文献は図面を表示できません]
は治療
[この文献は図面を表示できません]
と治療
[この文献は図面を表示できません]
の両方に耐性を有する腫瘍細胞の集団である。それぞれの表現型状態は、それぞれが同じ表現型を表す数千の分子状態及び一時的な機能性部分状態の複合であり得ることが留意される。
【0040】
状態ダイアグラムにおいて矢印で図示されるように、患者が抗癌剤で治療されると、ある状態の細胞の集団は、図示されるように1つの状態からの遷移から別の状態へと変化(即ち増殖又は減少)し得る。例えば、状態Sにおける集団の中の細胞は変異し、時間経過とともに治療
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に対して耐性になり、それにより細胞は状態
[この文献は図面を表示できません]
の集団に遷移する。さらに、それぞれの集団(及び全体としての全集団)における細胞の増殖及び細胞の死滅は、用量依存的に薬剤によって影響される。いくつかの例においては、部分的耐性が起こり得る。
【0041】
3 システムの数学的モデル
それぞれの癌性細胞型の集団増殖速度を予測する1つのアプローチは、以下に記載する微分方程式によってモデル化することができる。上に紹介した以下の記載を単純化するため、癌を治療するために利用できる2つの「薬剤」(「薬剤」への言及は薬剤の組み合わせ、又は他の治療形態に等価に置き換えることができることを理解する)、
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及び
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があり、治療のためにその用量のいかなる組み合わせも選択できることを仮定する。しかし、両方の薬剤の全用量は毒性のために制限されており、一般には組み合わせにおける薬剤を個々の場合と同じ量で与えることはできない。以下の例においては、2つの用量の合計は正規化した用量である1を超えることはできない。図2に図示するように、2つの薬剤によって治療される癌性腫瘍は、4つの分解された腫瘍細胞型を含むと見なすことができる。
・細胞型
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は両方の薬剤に感受性である。
・細胞型
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は薬剤1に耐性、薬剤2に感受性である。
・細胞型
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は薬剤2に耐性、薬剤1に感受性である。
・細胞型
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は両方の薬剤に耐性である。
【0042】
いくつかの例においては、「感受性」及び「耐性」という属性は、治療によって誘起される細胞死滅速度と自然の増殖速度との比によって定量的に定義される。それぞれの細胞型の集団増殖速度は(1)自然の増殖速度、(2)治療によって引き起こされる細胞死滅速度(即ち、時間tにおいて存在する選択される薬剤(単数又は複数)による)、及び(3)他の密接に関連する細胞型からの変異速度による集団への流入に依存すると仮定される。
【0043】
それぞれのクラスの細胞集団として、4成分ベクトル、
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を表示する。療法の非存在下で細胞死滅速度はゼロであること、全ての細胞は同じ増殖速度を有していること、及び薬剤は細胞の死滅を促進することによって作用することを仮定する。それぞれのクラス、
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について、正味の増殖速度は
【0044】
【数1】
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:
【0045】
である。第1項は、全ての細胞型が共有する速度
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を有する細胞型iの増殖速度に対応する。第2項は他の全ての細胞型からの遷移に対応し、ここで
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は細胞型
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から
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への遷移速度(細胞あたり、世代あたり)を指定する。(i)耐性から感受性細胞型への遷移速度は無視できること、(ii)1つの薬剤に対する耐性を獲得する遷移速度は別の薬剤に対する耐性表現型とは独立であること、及び(iii)1つのステップで二重の耐性を獲得する遷移速度は無視できることを仮定する。従って、
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かつ
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であり、
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の他の全てのエントリーはゼロである。第3項は治療によって起こる細胞の死滅に対応し、ここで
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という制限のもとに2つの薬剤(
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は薬剤1、
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は薬剤2である)の正規化された用量を表し、
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及び
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は薬剤1及び薬剤2に対する細胞型
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の感受性を表す。4つの細胞型の集団動態は行列微分方程式
【0046】
【数2】
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(1)
【0047】
で簡潔に表現される。ここで
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は4×4の恒等行列を表示し、
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はベクトル成分をゼロ行列の対角エントリー上に置くための演算子を表示する。
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は成分値が1未満の場合にはそれらを0に設定する。即ち
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に対しては
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に対しては
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である。この項は、小数以下の細胞数(1細胞未満)は細胞分裂に寄与しないことを定めている。
【0048】
上の式は
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が区分的に定数である場合には解析的に解くことができる。これは実際的な治療に対してあてはまる。それは、用量が変更されるのは一定の時間間隔か、現在の治療レジメンが失敗した場合のみであるからである。時間間隔
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において
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が定数であると想定する。全ての成分が
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であれば、上式は一次直線行列微分方程式
【0049】
【数3】
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(2)
【0050】
に還元される。この式の解は単純に行列指数関数と初期集団の積
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である。この解は
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が定数で全ての成分が
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である限り、持続する。
【0051】
ある成分が
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(例えば
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)であれば、この第2の式はもはや第1の式と等価ではない。
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は小数以下の細胞数を0に設定し、従ってそれらの増殖速度への寄与をブロックする。この場合には、小数以下の集団に対応する列が0になり、残りの列が
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のそれに等しくなるように行列
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を定義する。従って、第1の式は
【0052】
【数4】
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(3)
【0053】
となり、解は
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である。この第3の式はそれぞれの細胞型の集団が1つの細胞の境界を超えない(
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から
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に、及びその逆にならない)場合にのみ有効である。境界を超えることが起これば、定数行列
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は更新しなければならず、境界を超える前の集団は新規の微分方程式のための初期集団として取り扱われる。
【0054】
それぞれの集団の予測は以下のようにまとめられる。
1.時間を規則的な間隔(本適用においては45日)に分割する。
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はそれぞれの間隔の中では定数であるが、間隔の間では変動することができる。
2.それぞれの間隔の開始時に、
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を新規な用量の組み合わせで置き換え、初期集団をその前の間隔の計算された集団として設定することによって、式1を更新する。
3.
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及び現在の間隔の初期集団から定数行列
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を構成する。小数以下の集団に対応する
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の列を0に設定する。
4.間隔
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の初期集団を
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、式3における対応する定数行列を
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と表示する。
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のエントリーが単一細胞の境界を超えない場合には、
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の解は
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である。
5.もし
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において境界を超えることが起きれば、それによって
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を更新し、式3の初期集団を
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に設定する。
6.行列及び初期集団の更新を考慮される全時間の終わり(本研究においては5年)まで継続する。
【0055】
集団の進化を予測するため、初期条件を用いる。一般に、この初期条件は対象の生検の結果に基づく。いくつかの例においては、初期条件の設定は、組織試料において観察される集団、例えばある状態において検出集団のおそらくゼロではないが閾値未満を占める集団と、必ずしも等しくない。いくつかの例においては、対象の腫瘍の特定の特徴(例えば遺伝子の形質)は、類似の腫瘍の進化過程の実験的又は基礎的知識とともに、モデルのパラメーター及び/又は初期条件の決定において用いられ得る。
【0056】
この例においては、異なった状態の集団の進化を予測するために決定論的なモデルが用いられることに留意されたい。他の例においては、例えばモデルパラメーター(例えば増殖、死滅、及び遷移速度)の不確実性によって、及び/又は予測される導関数のランダムな摂動(「駆動ノイズ」)のモデリングによって、ランダム成分がモデルに導入され得る。同様に、初期条件における不確実性は、対象からの試料から得られる知識が不完全なことを説明するモデルでもある。
【0057】
いくつかの例においては、このアプローチにはモデルのパラメーターを提供する局所的若しくは集中型データベース又は集中型計算リソースが利用される。いくつかの例においては、組織試料からモデルパラメーター又は初期条件へのマッピングには、そのような集中型リソースが利用される。
【0058】
4 治療の選択
初期の(並びに引き続く)組織試料によって得られる知識と、予測される集団の進化の知識とを組み合わせることができる数学的モデルを用いることによって、治療の選択に対する種々のアプローチを用いることができる。治療の特徴付けの1つの例は、一連の固定された継続時間間隔の中で特定の治療薬のそれぞれが一定の用量で(又はおそらく新規な薬剤なしで)導入され、薬剤(単数又は複数)及び用量(単数又は複数)はこれらの間隔の間では瞬時に変化するものである。
【0059】
治療戦略には治療を選択するための方法が含まれる。1つのアプローチは事前に確立された戦略のセットを持つことであり、モデルに基づいて最善の戦略が選択される。このアプローチはゲーム理論の分野に属する数学的手法によって動機付けられ、いくつかの実行においてはこれを利用する。他のアプローチはモデル及び初期の推定における不確実性を説明する最適化手法及び/又は最適制御手法に基づいてよい。
【0060】
4.1 戦略セットからの選択
いくつかの例においては、治療戦略を設計し、シミュレートするために発見的目標が用いられる。発見的戦略のいくつかの例は次の通りである。
・腫瘍中の細胞の予測される全集団を最小化する薬剤の組み合わせの順序を選択する。
・差し迫った死亡のリスクがなければ、治癒不能な細胞が発達するリスクを最小化する薬剤の組み合わせの順序を選択する。
・モデルから次の時間間隔における第1の治癒不能な細胞の出現が予測されなければ腫瘍中の細胞の予測される全集団のリスクを最小化し、予測される場合には治癒不能な細胞の出現の確率を最小化する。
・治癒の可能性がある限り、治癒不能性又は死亡への時間を推定し、最も近い脅威に対応する。
【0061】
一般に、従来の戦略を含むこともある予め定義された戦略セットのそれぞれはモデルによって評価され、最善の戦略が選択される。このアプローチに基づき、戦略に基づく治療(予測されるリスクに従って薬剤用量を調節する)の、個別化された医薬の現在のパラダイム(主要な部分集団の分子特性に基づいて治療法を選択し、腫瘍の進行又は再発が検出されると薬剤を変更する)に対する利点を実証することができる。(本発明者らは、以下の戦略のようなより複雑な個人別の戦略も、現在実践されているわけではないが、個別化された医薬であることを特筆する)。この目標を達成するため、シミュレーション研究において6つの治療戦略を実行した。このシミュレーションにおいて細胞型Sは薬剤2(d)に対してよりも薬剤1(d)に対して感受性が高く、
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がdに対するよりもdに対して感受性が高いと仮定する。従って、dは全体として優れた薬剤である。
【0062】
戦略0:現在の個別化された医薬戦略。もし
【0063】
【数5】
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【0064】
(即ち、
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集団は腫瘍の主要部分を占めない)であれば、初期にdのみで患者を治療する。そうでなければdのみで患者を治療する。最下点は現在の治療が維持される場合の時系列プロファイルの中の全集団の局所的最小値である。以下の事象のいずれか1つが起こるまで、現在の治療を維持する。(a)全集団が最下点の集団の2倍に達する(RECIST腫瘍進行が単一線形ディメンジョンよりむしろ腫瘍体積を表すまでにスケールアップされる)、又は(b)全集団が検出閾値(10)未満のレベルから再上昇する(再発)。(a)又は(b)のいずれかが起これば別の薬剤に切り替える。戦略0は、主要な集団の分子的特徴付け、及び4つの細胞型の1つに分類することによって初期治療が選択されるという点において、個別化された医薬の現在のパラダイムを模倣するものである。
【0065】
戦略1:予測される全集団を最小化する。45日ごとに、「予見期間」の間にわたって(仮想的な)治療を維持することによって、予測される全集団を最小化するように
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を調節する。
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及び
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を0.01の間隔で0〜1で変動させる。それぞれの用量の組み合わせについて、初期集団をそれぞれの細胞型の現在観察されている集団とし、
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を所定の用量の組み合わせに固定し、期間を予見期間(45日又は60日)として式1を解くことによって、予測される全集団を評価する。予測される全集団を最小化する用量の組み合わせを選択する。
【0066】
戦略2:差し迫った死亡の脅威がなければ、治癒不能な細胞が発達するリスクを最小化する。45日ごとに、全集団が閾値を超えなければ予想される
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の集団を最小化するように
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を調節する。
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は両方の薬剤に耐性であり、従ってそれは多くの場合治癒不能である。全てのシミュレーションは
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集団を0として開始される。
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の形成を防止することによって、長期の疾患制御及び/又は治癒の可能性が維持される。全集団が閾値を超えれば、予測される全集団を最小化するように
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を調節する。シミュレーション研究において2つの閾値:戦略2.1において10、戦略2.2において1011を実行する。戦略2においては、全集団が患者の生命を脅かす閾値に達しなければ、全集団を減少させることよりも二重耐性変異体
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を防止することをより優先する。論拠は
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の抑制によっておそらく患者を治癒させることができるということである。
【0067】
戦略3:45日以内に最初の治癒不能な細胞が形成されるという予測がなければ、予測される全集団を最小化する。45日ごとに、予測される
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集団が1未満であれば、予測される全集団を最小化するように
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を調節する。そうでなければ予測される
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集団を最小化するように
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を調節する。しかし、現在
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で、
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が治癒可能でなければ(
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)、予測される全集団を最小化する。論拠は、
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の発生の予測されるリスクが優勢な場合にのみ
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の防止に切り替えるということである。
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が既に出現していれば、
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の防止に構わずに全集団を最小化する。「相対的」耐性を認めるという前提であれば
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が治癒不能ではないということもあり得るが、パラメーター設定の大部分においては、
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は治癒不能である。
【0068】
戦略4:治癒の可能性がある限り、治癒不能性又は死亡への時間を推定し、最も近い脅威に対応する。45日ごとに、
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及び
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集団の増殖によって規定される治癒不能性(
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)及び死亡(集団
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)への予測される期間を評価する。それぞれの用量の組み合わせ
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について、現在観察されている集団としての初期集団及び
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に固定された薬剤用量を必要条件とする、治癒不能性(
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)に到達する予測される期間である
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を定義する。現在観察されている集団としての初期集団及び
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に固定された薬剤用量を必要条件とする、
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が死亡(
[この文献は図面を表示できません]
)に到達する予測される期間である
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を定義する。同様にして
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を定義することができる。現在
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、又は
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が治癒可能であれば(それぞれの成分で
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となるように、ある
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が存在すれば)、
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45日という制約のもとで
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を最大化するように、
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を変動させる。そのような用量の組み合わせが存在しなければ、
[この文献は図面を表示できません]
を最大化させる。現在
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で、
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が治癒可能でなければ、
[この文献は図面を表示できません]
を最大化させる。論拠はそれぞれの細胞型によって誘起されるリスクを治癒不能又は死亡への予測される期間として定量化し、そのリスクを最小化するための用量の組み合わせを見出すということである。
【0069】
4.2 他のアプローチ
他の例において、数学的最適化手法は、薬剤の組み合わせの最善の(例えば有限の又は無限の展望にわたって包括的には最適の)順序を決定するために用いることができる。効用関数の例は患者の生存期間である。いくつかの例においては、例えば薬剤の毒性を説明する、なし得る治療に対する制約も導入され、それにより対象に害を及ぼす可能性がある戦略又は用量を避ける。アプローチの計算上の複雑さを必ずしも考慮することなく、少なくとも概念的に、全ての治療(即ち薬剤の順序、有限の又は連続するレベルの組からの用量)を列挙して、概して全体の集団及び特定の状態にある集団の両方に依存する有用性の尺度に関する包括的最適値を決定することができる。最適化及び/又は最適制御の分野からの数学的手法を適用して、要求される計算を減少させ、例えばいくつかの場合には最適治療をほぼ達成させることができる。
【0070】
いくつかの例においては、ゲーム理論等の手法を定量評価及び戦略的選択の抽出に利用することができる。
【実施例】
【0071】
5 実施例
図3を参照して、グラフは従来の個別化された医薬治療レジメンの経過にわたる癌細胞集団の大きさの進行の例を説明するもので、このレジメンは2つの薬剤、
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及び
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を含む。グラフは時間に対する細胞集団数の大きさをプロットしており、全細胞集団の大きさ
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についてのプロットライン、並びに部分集団
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についてのプロットラインを含む。
【0072】
従来の個別化された医薬治療のこの例においては、患者は
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の癌性塊を発見したため、個別化された医薬療法を行う腫瘍専門医(personalized medicine oncologist)を受診する。腫瘍専門医はその塊を生検し、生検によってその塊が
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型の細胞(即ち、治療
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及び
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の両方に感受性の細胞)のみを含むことが示される。いくつかの例においては、生検に含まれる細胞の型は、分子試験を用いて、限定されないが例えばポリメラーゼ連鎖反応(PCR)手法を用いて決定される。本明細書を記述している時点において、そのような分子試験によって理想的には10,000個の全細胞中、1個の非
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型細胞を見出すことができる。いくつかの例においては、より感度が低い分子試験が用いられる。
【0073】
この例の目的のため、薬剤
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型細胞を効率的に死滅させることができ、主として
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細胞を含む検出可能な腫瘍を完全に全滅させることができると仮定する。薬剤
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はS型細胞を処置するにはそれほど効果的でなく、その増殖を遅くするのみということも仮定する。
【0074】
上記の仮定及び生検からの情報を前提として、腫瘍専門医は患者の腫瘍を治療するための最善の薬剤として、
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を同定する。S細胞型のカーブから判るように、患者は薬剤
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によって治療され、S型細胞の集団は5カ月以内に大きく減少する。さらに、全体の腫瘍の大きさNはCATスキャンではもはや検出できないまでに減少する。
【0075】
しかし、この例においては生検から得られた情報は不正確であり、実は腫瘍は実際に100,000個の
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型細胞(即ち、
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薬剤に耐性の細胞)を含んでいた。この不正確さは、試験の検出の最小閾値未満の
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細胞が存在するという事実によるものであった。この例においては、
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型細胞は
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型細胞よりも遺伝子的に
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型細胞に近いと仮定される。従って、
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型細胞は(例えば単一ヌクレオチド変化若しくは染色体リアレンジメント等の遺伝子性遷移又は遺伝子外変異等の非遺伝子性変異によって)より迅速に遷移して
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細胞になることができる。
【0076】
13カ月の時点において、患者は検出できる再発を経験する。生検によって、腫瘍は薬剤
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によって最も効果的に治療される
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型細胞を含むことが指摘される。患者の腫瘍は
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で治療され、
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細胞の集団が全滅するとともに腫瘍の全体の大きさNは減少する。
【0077】
しかし、
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型細胞が13カ月の時点まで治療されなかったという事実のため、
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細胞の集団のいくつかはおよそ2カ月の時点で
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細胞(即ち、薬剤
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又は
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のいずれによっても治療できない細胞)に変異した。
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型細胞は26カ月で別の再発が起こるまで増殖し続け、その時点では腫瘍は治療不能で、従って治癒不能である。
【0078】
図4を参照して、別のグラフは個別化された戦略的医薬治療レジメンの経過にわたる癌細胞集団の大きさの進行の例を説明するもので、このレジメンは前の例において用いた同じ2つの薬剤、
[この文献は図面を表示できません]
及び
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を用いる。グラフは時間に対する細胞集団数の大きさをプロットしており、全細胞集団の大きさ
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についてのプロットライン、並びに部分集団
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についてのプロットラインを含む。
【0079】
従来の戦略的な個別化された医薬治療のこの例においては、前の例の患者は
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の癌性塊を発見したため、個別化された戦略的医薬療法を行う腫瘍専門医(personalized strategic medicine oncologist)を受診する。腫瘍専門医はその塊を生検し、生検によってその塊が
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型の細胞(即ち、治療
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及び
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の両方に感受性の細胞)のみを含むことが指摘される。しかし、国内及び国際のデータベースに蓄積された疫学的及び分子腫瘍学のデータによって代表される集約的な知識に基づいて、腫瘍専門医は、たとえ
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型細胞が検出されなかったとしても、この型の腫瘍が
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細胞のごく少数のサブクローンを含む可能性があることを認識する。さらに、腫瘍専門医は、
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型細胞が治癒不能な
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型細胞に変異する高いリスクを提示することを認識する。
【0080】
前の例でそうであったように、薬剤
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型細胞を効率的に死滅させることができ、主として
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細胞を含む検出可能な腫瘍を完全に全滅させることができると仮定する。薬剤
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はS型細胞を処置するにはそれほど効果的でなく、その増殖を遅くするのみということも仮定する。
【0081】
この情報に基づいて、腫瘍専門医は薬剤
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を用いて4カ月間、戦略的に患者を治療し、
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型細胞の集団を最小化する。
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はS型細胞を死滅させるには
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ほど効果的でないので、
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を用いる初期治療の間、細胞の全集団Nはゆっくりと増殖する。
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で治療した4カ月の後、腫瘍専門医は細胞の全集団Nを増殖させ続けることは許容されない差し迫ったリスクを提起することを決定し、
[この文献は図面を表示できません]

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の混合に切り替える。
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の混合による治療の時点の後、腫瘍は結局、検出レベル未満に消失する。この例においては、
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細胞の集団はおよそ8カ月の時点まで出現しない。
【0082】
上記の治療戦略により、患者は初期治療の日から38カ月まで
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細胞の治癒不能な再発を提示せず、患者はさらに1年間生存することができる。
【0083】
6 他のモデルとの関連
現在のモデルは、遺伝子的及び遺伝子外の要因によって決定される薬剤感受性/耐性の表現型並びに最適の個別化された医薬要因に対するそれらの影響を重視している。遺伝子性表現型を重視すること及び極めて多数の遺伝子型を少数の表現型クラスターに圧縮することは両方とも、複雑な治療戦略の評価を計算によって実行し得るようにするために必須である。この重点モデルを「コアモデル」と名付ける。広範囲のパラメーターにわたる大規模な感度解析によって、コアモデルから個別化された医薬戦略についての高いレベルの結論が得られた。
【0084】
このコアモデルを詳細に現実の腫瘍に適用する場合には、さらに多くの複雑さを考慮に入れる必要がある。このさらなる複雑さは、別々の関連したモデルによって評価する必要があり、次いでこのモデルによりコアモデルに情報が供給される。次いで、関連したモデルのこの枠組みによって、個々の腫瘍及び療法の複雑さが表され、それにより詳細な結論が引き出され得る。個々の腫瘍の特性が別々のステップで計算され、次いで候補となる多数の治療戦略に適用できるという点で、これは複雑な系についてのより効率的なアプローチである。
【0085】
現実の腫瘍に適用する場合、コアモデルは多くの場合に離散値(discrete value)よりむしろパラメーター値の確率分布を特定する必要がある。現在のコアモデルは均一な分布を有する広範囲のパラメーター値を用いている(パラメーターのそれぞれの値には等しい確率が割り振られている)。しかし、他の情報源と関連付けられると、これらの確率分布の範囲は狭められ、より構造化され得る。以下に、(i)感受性又は耐性表現型の基底にある遺伝子状態及びこれらの状態の間の遷移、(ii)パッセンジャー変異対ドライバー変異、(iii)耐性の非遺伝子的機構、及び(iv)生体内分布について、コアモデルが他のモデルからどのように情報を取り入れるかの高いレベルの概念を説明する。
【0086】
表現型の感受性/耐性状態及び基底にある遺伝子型の間のマッピングを得るため、並びに特定の状態の存在確率を推定するために、以下の情報源が用いられる。
【0087】
i)直接測定:これにはサンプリングのための非侵襲的方法及び単一細胞レベルでの分子及び/又は表現型の特徴付けの改善が要求される。
【0088】
ii)実験的データベース:診断及び剖検において多数の患者についての情報を収集することによって、あり得る状態及びその起生の可能性についての実験的な特徴付けを始めることができる。例えば最近の論文において、いまだ単一細胞の分解能ではないにもかかわらず、3項目で陰性のおよそ100例の乳癌についての詳細なサブクローン構造が提示された。細胞株のパネルの分子的研究を用いてこの実験的情報を補完することができ、これらの細胞株を薬剤感受性の表現型について直接に試験して、遺伝子的及び遺伝子外的な注釈と相関させることができる。
【0089】
iii)計算による経路解析:例としてPARADIGMソフトウェア(University of California at Santa Cruz Cancer Genomics Browser)は1,400を超える精選されたシグナル伝達経路を解析することができる。そのようなソフトウェアは将来、種々の特定の改変が経路レベルで解析される同様の表現型の効果を提示する可能性があるという意味で、どのような分子の準安定状態が特定の感受性プロファイルと関連するかを予測する試みにおいて用いられるであろう。このソフトウェアを用いることによって、表現型に関連する追加的な遺伝的状態を、実験的に決定された他の状態との経路関係に基づいて予測することが可能になるであろう。
【0090】
iv)機能的ゲノミクス:どの遺伝子型が感受性及び耐性の表現型に関連するかを予測するために、siRNA及びshRNAを用いるハイスループット・スクリーンズ(High-throughput screens)を体系的に適用することができる。
【0091】
これらの状態の間の遷移は、単一のドライバー遺伝子の変異に限らず、遺伝子及び遺伝子外の変化の全ての既知の機構を含むいかなる機構(変異、挿入、欠失、転座、増幅、染色体の消失又は獲得、DNAのメチル化、又はヒストンの修飾)にもよるであろう。表現型の状態A及びBの間の全遷移速度は、表現型Aから表現型Bへ移る可能な全ての経路に対応する速度の合計である。基底にある多くの分子状態のいずれが表現型Aを現在もたらしているかは判らないということを前提とすれば、表現型Aの基底にある可能なそれぞれの分子状態についてBへの遷移速度を計算してこれら全ての速度を合算し、表現型の基底にある特定の分子状態の確率をそれぞれに掛けなければならないであろう。いかなる個々の速度についても、2つの分子状態がいかに似ているか、及び起こり得る相互変換機構の速度を知る必要があろう。遺伝子的不安定性変異がこれらの個々の速度に影響し得るので、個々の速度それ自体は範囲又は確率分布として表す必要があろう。
【0092】
モデルは基礎的には薬剤感受性状態の間の表現型の遷移のモデルであると考えられ、表現型の遷移は起こり得る多数の遺伝子変化のいずれを通しても起こり得る。表現型の変化の全速度は、原理的には表現型の変化に繋がり得る個々の変化全てからの速度の合計である。薬剤耐性については、この変化は以前の療法を回避する新規のドライバー変異の獲得による可能性があるが、パッセンジャー変異による可能性もある。そのような変異は、本来は腫瘍の進行に関わるものではないが、耐性を助長する可能性がある。例えば、薬剤の分子内分布又は代謝の変化に繋がる変異が起こる可能性がある。パッセンジャー変異が多様性のリザーバーを表し、それが薬剤への耐性、それゆえ薬剤療法下における生存にも寄与し得るという事実については既に述べた。
【0093】
パッセンジャー変異は、それが療法の非存在下では選択されないという点でドライバー変異と異なる。これはモデルにおける薬剤療法の非存在下での正味の増殖速度パラメーターに反映され、パッセンジャー変異の獲得に伴う増殖速度の増加を反映しない。
【0094】
非遺伝子的耐性機構:ベムラフェニブに対する耐性の既知の機構は遺伝子変化を伴わない耐性機構を例示する。特に結腸直腸癌において、ベムラフェニブによるB−Rafの阻害はEGFレセプター(EGFR)のフィードバック発現上昇に繋がり、これがさらに、(i)B−Rafの二量体化に繋がり、ベムラフェニブを無効化する、Rasの上流活性化及び(ii)潜在的にRas−Raf−Mek経路を回避するが、それでも阻害され得る程度のpI3−キナーゼシグナル伝達経路の並行活性化という2つの事象に繋がる。この耐性は固有のものであり、急速に起こり、遺伝子変化を必要としない。そのようなフィードバックループはシグナル伝達経路ではよく起こることであり、実際上、同様のフィードバックループがpI3−キナーゼ経路阻害剤に影響を及ぼしている。
【0095】
上記のように、「薬剤1」及び「薬剤2」は、単一の状態を指向する組み合わせを指すこともある。これは、例えば結腸直腸癌におけるベムラフェニブ等の場合に、ベムラフェニブは明らかにEGFR阻害剤と組み合わせて投与すべきであるということを意味している。遺伝子状態が結腸直腸癌について記載したものであれば、薬剤1はその遺伝子状態の中において仮定され得る一時的な適応のための最適化された薬剤又は薬剤の組み合わせ(即ち、ベムラフェニブとセツキシマブ等の組み合わせ)を意味する。最適化された組み合わせは、コアモデルとは別に関連付けられたモデルによって決定されなければならない。ハイコンテンツなホスホプロテオミクスは、耐性の非遺伝子的機構に関連するため、シグナル伝達を理解する試みにおける重要な情報源である。
【0096】
いくつかの例においては、非遺伝子的耐性を扱うための最適化された組み合わせは利用できない。この場合には、この事実はモデルにインプットされる正味の効率パラメーターが少ないことに反映される。他の場合に、非遺伝子的耐性は変動することがある。この場合には、これは効率パラメーターの確率分布によって表される。この確率分布は異なった遺伝子的状態において異なることがある。即ち、遺伝子的状態が特定の耐性機構の可能性に影響することがある。この全ては、もし分かればモデルにおけるパラメーター分布にインプットすることができる。
【0097】
生体内分布:非遺伝子的耐性機構を扱うために必要であれば薬剤1及び薬剤2が最適化された組み合わせであるのと同時に、単一の薬剤として投与される薬剤1又は薬剤2の用量及びスケジュールが、薬剤送達に関して最適化されたと仮定される。用量に対応する腫瘍内濃度の連続性が知られている限りにおいて、この情報はコアモデルの効率パラメーター分布に供給される。抗体の最適用量をその生体内分布及びそれを決定する生物物理学的要因の関数として決定することの問題を積極的に研究している。これらの問題は現在のところ解決されていないが、もし情報が利用可能になれば、情報をこの現象の複雑なモデルからコアモデルに供給することができる。
【0098】
7 代替
上の記載は単純な2つの薬剤、4状態のモデルについて述べているが、より複雑なモデルを実行することができる。例えば、典型的なモデルには1000種類までの実験的及び承認済みの抗癌剤が含まれ得る。そのような場合においては、少なくとも概念的には状態空間の大きさは非常に大きくなり得る(例えば21000)。状態空間の大きさは種々の手法、例えば薬剤のサブセットの事前選択、又は薬剤のクラスのモデル化によって減少させ得る。代替の薬剤が多数であっても、特定の治療を比較するために上記のアプローチを用いることができ、最適化アプローチにおいては、例えば改良アプローチを反復することによって、最善の治療を反復して探索するために用いることができる。
【0099】
いくつかの例においては、Norton-Simonによって記載されたモデル等の癌性腫瘍増殖の他のモデルを用いることができる。
【0100】
上の記載において、個別化された戦略的癌治療はヒト対象の治療に関連して記載している。規制されない細胞増殖を経験する他のいかなる生命体(例えばイヌ等の哺乳動物、爬虫類動物など)も上記のアプローチの対象となり得ることを知るべきである。
【0101】
いくつかの例においては、予想される増殖及び複数の細胞状態の間の遷移の表現を決定するために、患者由来の生物学的材料(例えば腫瘍組織試料)についてのエクスビボでの実験が行われる。他の例においては、予想される増殖及び複数の細胞状態の間の遷移の表現を決定するために、腫瘍組織試料、細胞株、又は他の生物学的材料についてのインビトロ又はインビボでの実験が行われる。
【0102】
8 実行
本明細書に記載した手法及び全ての機能操作は、デジタル電子回路において、又はコンピュータハードウェア、ファームウェア、ソフトウェア、若しくはそれらの組み合わせにおいて実行することができる。システムはコンピュータプログラム製品、即ち情報キャリア、例えば機械可読保存デバイスに、又はデータ処理装置、例えばプログラム可能なプロセッサー、コンピュータ、若しくはマルチプルコンピュータで実行される、若しくはその操作を制御するための伝播されたシグナルに明確に具現化されるコンピュータプログラムとして実行することができる。コンピュータプログラムはコンパイル型又はインタープリタ型言語等のいかなる形態のプログラム言語でも書くことができ、スタンドアローン型プログラムとして、又はモジュール、コンポーネント、サブルーチン、若しくはコンピュータ環境における使用に適した他のユニットとして等のいかなる形態でも展開することができる。コンピュータプログラムは1つのコンピュータで、又は1つの場所若しくは複数の場所に分配され、コミュニケーションネットワークで相互連結されたマルチプルコンピュータで実行されるように展開することができる。
【0103】
いくつかの例においては、実行は少なくとも部分的に集中され、それにより対象の組織試料に関する情報が中央コンピューティングリソース(例えば遠隔コンピュータ)に提供され、治療が返ってくる。いくつかの実行においては、試料の処理は自動化され、及び/又は試料の解析結果はそのようなコンピューティングリソースに自動的に提供され、治療(例えば薬剤及び用量)が臨床医に返ってくる。
【0104】
システムの方法ステップを、コンピュータプログラムを実行する1又は2以上のプログラム可能なプロセッサーによって実施し、インプットデータについて操作してアウトプットを生成することによってシステムの機能を実施することができる。特殊目的の論理回路によって方法ステップを実施することもでき、また特殊目的の論理回路としてシステムの装置を実行することもできる。
【0105】
コンピュータプログラムの実行に適したプロセッサーとしては、例えば汎用及び特殊目的のマイクロプロセッサーの両方、及びいかなる種類のデジタルコンピュータのいかなる1又は2以上のプロセッサーも挙げられる。一般にプロセッサーはリードオンリーメモリー若しくはランダムアクセスメモリー又はその両方から命令及びデータを受け取る。コンピュータの必須要素は、命令を実行するためのプロセッサーと命令及びデータを保存するための1又は2以上のメモリーデバイスである。一般にコンピュータはデータを保存するための1又は2以上の大量保存デバイス、例えば磁気、磁気光ディスク、若しくは光ディスクを含み、又はこれらと操作可能に連結され、これらからデータを受け取り、若しくはこれらにデータを移送し、又はその両方を行う。コンピュータプログラムの命令及びデータを具現化するために適した情報キャリアとしては、例として半導体メモリーデバイス、例えばEPROM、EEPROM、及びフラッシュメモリーデバイス;磁気ディスク、例えば内蔵ハードディスク又は取り出し可能なディスク;磁気光ディスク;並びにCD−ROM及びDVD−ROMディスク等のあらゆる形態の非揮発性メモリーが挙げられる。プロセッサー及びメモリーは特殊目的の論理回路によって補完し、又はこれに組み込むことができる。
【0106】
使用者との相互作用を提供するため、システムは使用者に情報を呈示するためのディスプレイデバイス、例えばCRT(陰極線管)若しくはLCD(液晶ディスプレイ)モニター、並びに使用者がコンピュータにインプットを提供できるためのキーボード及びポインティングデバイス、例えばマウス又はトラックボールを有するコンピュータ上で実行することができる。他の種類のデバイスも使用者との相互作用を提供するために用いることができる。例えば使用者に提供されるフィードバックはいかなる形態の感覚的フィードバック、例えば視覚フィードバック、聴覚フィードバック、若しくは触覚フィードバックであってよく、使用者からのインプットは音響、音声、若しくは触覚インプット等のいかなる形態でも受け取ることができる。使用者との相互作用は直接である必要はない。システムは、インプットデータ及びアウトプットデータをシステムと交換する代替手段を可能にするアプリケーションプログラミングインターフェースを用いて実行することができる。
【0107】
さらなる技術的詳細、実施例、実施形態、及び/又は実験結果は、“Impact of genetic dynamics and single-cell heterogeneity on development of nonstandard personalized medicine strategies for cancer,” Robert A. Beckman, et al., Proc. National Academy of Science of the U.S.A. 2012 Sep. 4; 109(36):14586-91に見出され、この文献は、National Academy of Scienceからの(例えばhttp://www.pnas.org/content/109/36/14586/suppl/DCSupplementalを経由して)公衆に利用可能な論文補足情報を含めて、参照により本明細書に組み込まれる。
【0108】
上の記載は本発明の範囲を説明するためであってそれを限定することを意図するものではなく、本発明の範囲は添付した特許請求の範囲によって定義されることを理解されたい。他の実施形態は以下の特許請求の範囲に含まれる。
図1
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図2
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図3
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図4
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