(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本実施形態の磁気ディスク用ガラス基板について詳細に説明する。
【0021】
[磁気ディスク用ガラス基板]
図1は、本実施形態の磁気ディスク用ガラス基板10(以降、ガラス基板10という)の斜視図である。ガラス基板10は、
図1に示されるように、円板形状であって、中心部分が同心円形状にくり抜かれたリング状を成している。ガラス基板10は、少なくともガラス基板の表面が化学強化され、ガラス板10の表面に圧縮応力層が形成されている。
ガラス基板10は、ガラス組成として、モル%表示でLi
2Oを0.1〜1%含有する。ガラス基板10の機械的特性として、破壊靱性値K
IC[MPa・m
1/2]が1[MPa・m
1/2]以上である。ガラス基板10の表面には化学強化による圧縮応力層が設けられ、この圧縮応力層の深さD[μm]がD≧57・K
IC−1.6、かつD≧20[μm]を満足する。より好ましくは破壊靱性値K
IC[MPa・m
1/2]が1.2[MPa・m
1/2]以上であり、圧縮応力層の深さD[μm]がD≧70・K
IC−1.6かつD≧35[μm]を満足する。
このようなガラス基板10のガラスのガラス転移点温度Tgが650℃以上であることが好ましい。この場合、ガラス基板10は、種々の磁気ディスク用ガラス基板に用いることができるが、好適に、エネルギーアシスト方式の磁気ディスク用ガラス基板に用いることができる。
なお、破壊靱性値K
IC[MPa・m
1/2]は、2.5[MPa・m
1/2]以下であることが好ましい。また、深さDは150μm以下であることが好ましい。
【0022】
ガラス基板10を用いて磁気ディスクが作製されるとき、ガラス基板10の主表面に、少なくとも磁性層を成膜することにより、磁気ディスクが作製される。
磁性層は、例えば、Feおよび/またはCoと、Ptとの合金を主成分とする磁性材料を含む。この磁性層を有する磁気ディスクは、エネルギーアシスト方式の磁気ディスクに好適に用いられる。Feおよび/またはCoと、Ptとの合金を主成分とする磁性材料としては、Fe−Pt系磁性材料、Co−Pt系磁性材料、またはFe−Co−Pt系磁性材料を挙げることができる。
【0023】
上記磁性層を形成するとき、ガラス基板の主表面に、Feおよび/またはCoと、Ptとの合金を主成分とする磁性材料を成膜した後、アニール処理を行う。ここで、上記磁性材料の成膜温度は通常500℃超の高温である。更にこれら磁性材料は、成膜後に結晶配向性を揃えるため、上記アニール処理は成膜温度を超える温度で行われる。したがって、Fe−Pt系磁性材料、Co−Pt系磁性材料、またはFe−Co−Pt系磁性材料を用いて磁性層を形成する場合、ガラス基板が上記高温に晒されることとなる。本実施形態のガラス基板10は、優れた耐熱性を有する点から、ガラス転移点温度として650℃以上であることが好ましい。ガラス転移点温度Tgの好ましい下限は660℃であり、さらに好ましい下限は665℃であり、一層好ましい下限は670℃であり、より一層好ましい下限は675℃である。ただし、ガラス転移点温度Tgを過度に高めると後述する化学強化処理温度が高くなり、化学強化時に熔融塩の熱分解が起こり、ガラス基板の表面を侵蝕するため、ガラス転移点温度Tgの上限を740℃とすることが好ましい。なお、ガラス転移点温度Tgは化学強化の前後でほぼ一定である。このようなガラス転移点温度Tgのガラスで構成されたガラス基板10は、ガラス基板10上にFe−Pt系磁性材料、Co−Pt系磁性材料、またはFe−Co−Pt系磁性材料の磁性層を形成しアニール処理した後でも、高い平坦性を有する。
【0024】
上記ガラス転移点温度Tgを、従来より高くするには、ガラス組成を調整することによって実現される。具体的には、Li,Na等のアルカリ金属の含有成分を抑えることにより、ガラス転移点温度Tgを高めることができる。
この点で、本実施形態のガラス基板10に用いるガラスは、モル%表示でLi
2Oを0.1〜1%含有する。Li
2Oの含有率は、好ましくは0.1〜0.6%であり、より好ましくは0.1〜0.3%である。
【0025】
上述のガラス組成のガラス基板に関して、その製造方法で用いる化学強化処理に注目し、磁気ディスクとして求められる機械的強度を満足するような圧縮応力層の形成を、本願発明者は種々検討した。
一般に、磁気ディスク用ガラス基板の機械的強度として、公知の抗折強度が用いられる。磁気ディスク用ガラス基板における抗折強度は、ガラス基板の中心に開いた円孔よりも大きい鋼球を上記円孔上に載せて鋼球に負荷を徐々に加えたとき、ガラス基板が破断する負荷荷重によって定まる値である。この抗折強度の試験方法は、ハードディスクドライブ装置内の回転スピンドルに固定されている磁気ディスク用ガラス基板の機械的強度を模擬したものといえる。一方、従来よりJISR1607に準拠した圧子圧入法によって測定された破壊靱性値K
IC[MPa・m
1/2]をガラス基板の機械的強度の指標として用いられている。
【0026】
図2は、磁気ディスク用ガラス基板として作製した新品時のガラス基板、すなわち、後述するような、ガラス基板の円孔周りの内側端面およびその円孔の周辺部分に傷がついていない状態のガラス基板における、上記破壊靱性値K
IC[MPa・m
1/2]と抗折強度の値との対応関係を調べたものである。
図2からわかるように、破壊靱性値K
ICが高くなるほど抗折強度も概略高くなることがわかる。しかし、上記対応関係は、新品時のガラス基板であって、ガラス基板の円孔周りの内側端面およびガラス基板の主表面の円孔の周辺部分には傷がないガラス基板を用いた結果である。実際の磁気ディスク用ガラス基板の中心に設けられた円孔周りの内側端面およびガラス基板の主表面の円孔の周辺部分は、ハードディスクドライブ装置の回転スピンドルに固定されるまでに、種々の部材と接触して微小な傷がつく場合がある。たとえば、回転スピンドルに固定するために回転スピンドル自身と接触しながらガラス基板を位置調整するとき、あるいは、接触式センサによりガラス基板を抜き取り検査するときガラス基板の円孔周りの内側端面および主表面の円孔の周辺部分に傷がつく場合がある。特に、エネルギーアシスト磁気記録方式による次世代の磁気記録ではトラック密度が極めて高いため、トラッキングミスを抑制するためにスピンドルに対する磁気ディスクの位置決めを特に厳密に行う必要がある。そして、この調整作業のときにガラス基板の円孔周辺に傷が付き易い。本件発明者は、上述のように、ガラス基板が実際にハードディスクドライブ装置に組み込まれるまでに生じる傷によって、
図2に示すような対応関係が必ずしも成立しない場合もあることを見出した。このような場合、抗折強度が低下する発生率(不良率)が許容範囲内にないため、磁気ディスク用ガラス基板の歩留まりが低下する。そして、特にLi
2Oの含有量が低いガラス基板において、上記現象が顕著に見られることを見出した。
【0027】
このような上記対応関係の不成立に対して、破壊靱性値K
ICの他に別の指標が必要であると、本願発明者は判断した。そこで、ガラス基板のガラス組成およびガラス基板に施す化学処理の条件を種々変更しながら、ガラス基板の内側端面の傷の形成により抗折強度が低下して製品として提供できない不合格品となるガラス基板の不良率を調べ、この不良率に影響を与える指標を鋭意検討した。
その結果、ガラス基板が700℃程度の高温にさらされても反ったりせず、様々な調整の後HDDに組み込んでも割れたりしないガラス基板を得るには、Li
2Oの含有量が0.1〜1モル%であるガラス基板において、化学強化の処理条件を調整することにより、ガラス基板の不良率を低下することができることを知見した。そして、ガラス基板の合格率(=1−不良率)を用いたスクリーニングにおいて合格品とされるガラス基板では、破壊靱性値K
ICが1[MPa・m
1/2]以上であり、かつ、化学強化によってガラス表面に形成された圧縮応力層の深さが、ある一定値以上であり、かつ破壊靱性値K
ICに基づいて定まる値よりも大きいことが必要であることを知見した。
【0028】
すなわち、Li
2Oの含有量が0.1〜1モル%と、極めて少ないガラスで構成されたガラス基板10において、破壊靱性値K
IC[MPa・m
1/2]が1[MPa・m
1/2]以上であり、ガラス基板表面には化学強化による圧縮応力層が設けられ、圧縮応力層の深さD[μm]がD≧57・K
IC−1.6、かつD≧20[μm]を満足する。このように、ガラス基板の破壊靱性値K
ICと圧縮応力層の深さDを規定することにより、磁気ディスクに適した機械的強度をガラス基板は確実に備える。また、破壊靱性値K
IC及び圧縮応力層の深さDが上記範囲を満足し、かつLi
2Oの含有量が0.1〜1モル%であるとき、磁気ディスクに適した機械的強度をガラス基板は確実に備えることがわかった。以下、破壊靱性値K
IC及び圧縮応力層の深さDについて説明する。
【0029】
(破壊靱性値K
IC)
破壊靱性値K
IC[MPa・m
1/2]は、周知のビッカース硬度計の鋭いダイヤモンド圧子(ビッカース圧子)をガラス基板に荷重P[N]で押し込み、ガラス基板に圧痕およびクラックを形成させることで得られる。ガラス基板のヤング率をE[Pa]、圧痕対角線長さをd[m]、表面クラックの半長をa[m]とすると、破壊靭性値K
Ic[MPa・m
1/2]は下式で表される。
K
IC= 0.026・E
1/2・P
1/2・(d/2)/a
3/2
なお、特記しない限り、破壊靭性値K
ICは、荷重Pを9.81N(1000gf)として測定される破壊靭性値を意味する。上記破壊靱性値は、ガラス組成によっても変化し、また化学強化条件によっても変化するため、化学強化された磁気ディスク用ガラス基板を得るためには、組成調整および化学強化処理条件によって、上記破壊靱性値を所望の範囲とすることができる。
【0030】
(圧縮応力層)
図3は、ガラス基板10の圧縮応力層及び引張応力層を説明する図である。
本実施形態のガラス基板10は化学強化されているので、ガラス基板10の両側の主表面の表面12には圧縮応力層14が、ガラス基板10の内部に両側の圧縮応力層14に挟まれるように引張応力層16が、形成されている。この圧縮応力層14及び引張応力層16は、ガラス基板10を化学強化することにより形成される。
【0031】
一般的に、ガラス基板を構成するガラスをナトリウム塩とカリウム塩の混合熔融塩に浸漬して化学強化を行うと、ガラス中のLiイオンと熔融塩中のNaイオンとがイオン交換し、またガラス中のNaイオンと熔融塩中のKイオンがイオン交換して、表面近傍に圧縮応力層が、ガラス内部に引張応力層が形成される。しかし、本実施形態のガラス基板10は、ガラス組成としてLi
2Oを1モル%以下しか含有しないガラスを用いるので圧縮応力層14の深さDは小さく、圧縮応力の最大値はきわめて高い。一般にLi
2Oを1モル%超含有するガラスを用いたガラス基板では、ガラス中のLiイオンと熔融塩中のNaイオンとがイオン交換し、またガラス中のNaイオンと熔融塩中のKイオンとがイオン交換することによって、なだらかな応力分布を形成する。しかし、本実施形態のガラス基板10のように、Li
2Oの含有率が低いガラスでは、熔融塩中のNa
+イオンとイオン交換するLiイオンを少ししか含まない。一方、ガラス中のNaイオンと熔融塩中のKイオンとはイオン交換する。ガラス中におけるアルカリ金属イオンの拡散速度はイオン半径が大きいイオンほど小さいため、イオン交換によりガラス中に入るKイオンはガラス内へ拡散せず、ガラスの表面12に留まる。このため、Li
2Oを1モル%以下しか含有しないガラス基板10の圧縮応力層14の深さDは浅い。このような圧縮応力層は、一般にバビネ法により測定され得る。しかし、本実施形態のガラス基板10では、圧縮応力層14の深さDは浅い一方、圧縮応力の最大値はきわめて大きくなるので、その値を計測することは難しい。
Li
2Oの含有率が極端に低い場合、化学強化の効果が得られにくいことから、Li
2Oの含有率の下限はモル%表示で0.1%である。Li
2Oの含有率の好ましい範囲は、モル%表示で0.1〜0.6%である。
本実施形態のガラス基板10では、上記圧縮応力層14の深さDが、D≧57・K
IC−1.6、かつD≧20[μm]を満足する。
【0032】
このように破壊靱性値K
ICと圧縮応力層14の深さDを規定したガラス基板10は、後述する磁気ディスク用ガラスブランクの製造方法によって作製することができる。
本実施形態のガラス基板10の板厚は、0.3〜1.5mmであることが、ガラス基板10の強度を確保する点から好ましい。板厚は、0.5mm以上であることがより好ましい。
【0033】
(ガラス基板の機械的強度の試験及び評価)
ガラス基板10は、ハードディスクドライブ装置に組み込むとき、回転スピンドルと接触しながら固定されるので、ガラス基板10の内側端面は傷がつき易い。また、回転スピンドルに固定されるまでにガラス基板の位置の微調整をする。また、ハードディスクドライブ装置に組み込む前にサーボトラックを記録するために、ガラス基板10の内側端面を治具に固定する。このとき、ガラス基板10の内側端面は傷がつき易い。このような傷は、機械的強度(抗折強度)を低下させる。
図4は、機械的強度(抗折強度)の試験方法を説明する図である。機械的強度(抗折強度)の試験では、ガラス基板10の中心に空いた円孔に、この円孔よりも径の大きな剛球18を載せ、下方に剛球18に負荷をかけたときガラス基板10が破断する最小負荷荷重を求める。この最小負荷荷重によりガラス基板は評価される。このような機械的強度(抗折強度)の試験は、ガラス基板10の内側端面に予め回転スピンドルを通して所定の位置にガラス基板を配置した後、回転スピンドルから抜き取る処理、すなわち、傷付加処理を行った後行われる。この傷付加処理により、ガラス基板10は、上述したようにハードディスクドライブ装置に組み込むときのガラス基板の状態を再現したものとなっている。
ガラス基板に上記傷付加処理前の破壊靱性値K
ICと機械的強度(抗折強度)との対応関係を示す
図2からわかるように、内側端面に傷がまったくないガラス基板10の場合、破壊靱性値K
ICと機械的強度(抗折強度)とは比較的対応している。しかし、内側端面に傷がついたガラス基板10では、破壊靱性値K
ICと機械的強度(抗折強度)との対応関係は低下する。
このために、本実施形態では、上記傷付加処理を行った後ガラス基板の機械的強度の評価を行う。
【0034】
このようなガラス基板の機械的強度(抗折強度)の評価を、ガラス組成及び化学強化処理の条件を種々変更して作製した複数の条件のガラス基板10について行った。上記機械的強度(抗折強度)の評価を行ったときにガラス基板の抗折強度が60N以上の条件を満たして合格品と判定されるガラス基板の合格率が95%以上である条件を、磁気ディスクに適した機械的強度を確実に備える条件とし、上記合格率が95%未満である場合、磁気ディスクに不適な機械的強度を備える条件であるとして、複数の条件について区分けした。
図5は、上記区分けの結果を示す図であり、機械的強度(抗折強度)に関する合格率が95%以上であるガラス基板10の範囲を示す図である。
図5では、Li
2Oの含有が1モル%以下のガラス組成のガラス基板の中で、斜線領域が、合格率が95%以上となっているガラス基板の範囲、すなわち磁気ディスクに適した機械的強度(抗折強度)を確実に備えるガラス基板の範囲である。この斜線領域は、破壊靱性値K
ICが1[MPa・m
1/2]以上であり、圧縮応力層14の深さDがD≧57・K
IC−1.6、かつD≧20[μm]を満足する領域である。すなわち、ガラス基板の破壊靱性値K
IC[MPa・m
1/2]が1[MPa・m
1/2]以上であり、ガラス基板表面には化学強化による圧縮応力層が設けられ、圧縮応力層の深さD[μm]がD≧57・K
IC−1.6、かつD≧20[μm]を満足するガラス基板が、磁気ディスクに適した機械的強度を有するガラス基板となる。破壊靱性値K
IC[MPa・m
1/2]が1.2[MPa・m
1/2]以上であり、圧縮応力層の深さDは、D≧70・K
IC−1.6かつD≧35[μm]を満足することがより好ましい。
【0035】
このようなガラス基板10のガラス組成が、Li
2O 0.1〜1モル%であるとき、化学強化処理の熔融塩に、KNO
3とNaNO
3を含む混合塩を用いることが化学強化による圧縮応力層を適切に形成することができる点で好ましい。
【0036】
(化学強化処理)
化学強化処理は、ガラス基板を高温熔融塩中に浸して、熔融塩中のイオンとガラス中のイオンを交換させる処理である。熔融塩は、KNO
3を55〜85質量%含むことが、上記機械的強度を確保する点で好ましい。この場合、NaNO
3の含有率は15〜45質量%であることが好ましい。熔融塩におけるKNO
3の含有率は、60〜80質量%であり、NaNO
3の含有率は20〜40質量%であることがより好ましい。KNO
3の含有率を75質量%以上とすることにより、破壊靱性値K
ICが高くなる。熔融塩におけるKNO
3の含有率は、75〜85質量%であり、NaNO
3の含有率は15〜25質量%であることが特に好ましい。
【0037】
化学強化における熔融塩に浸す処理時間は、熔融塩の温度によって適宜調整が必要となるが、400〜600℃の範囲において2時間以上、より深い圧縮応力層14を形成するために4時間以上であることが好ましい。しかし、長時間熔融塩に浸すと、応力緩和が生じることにより破壊靱性値K
ICが低下する他、化学強化の処理時間が長時間になることから、ガラス基板10を熔融塩に浸す処理時間は20時間以下であることがより好ましい。上記観点から、さらに好ましくは4〜16時間である。ガラス基板中のLi
2O含有量が0.1〜1モル%であると化学強化の効果が得られにくいが、このように比較的高温かつ長い時間をかけて化学強化処理をすることによって、K
ICと圧縮応力層深さDが上記範囲を満たして傷つき時の耐久性の高いガラス基板を形成することができる。ガラス基板中のLi
2O含有量が多くなると、化学強化処理において熔融塩中のKと交換されるガラス基板中のLiの含有量が多くなる。しかも、本実施形態では、上述したように長時間の化学強化処理を行なうので、Liイオンに代わってKイオンはガラス基板の内部に深く入リ込み易い。このため、化学強化処理によってできる圧縮応力層の厚さは厚くなるが、圧縮応力層の表面における応力値は緩和し易くなり、K
ICを向上させることができない場合がある。このため、ガラス基板中のLi
2O含有量は1モル%以下である。
また、化学強化における熔融塩の処理温度は、400℃以上であることが好ましく、短時間でK
ICと圧縮応力層14の深さDを得るために、450℃以上とするのがより好ましい。他方、処理温度が高すぎると、化学強化処理に用いる硝酸塩が分解してしまうため、570℃以下とすることが好ましい。熔融塩の処理温度は、例えば、400〜570℃、より好ましくは450〜550℃の範囲で行うとよい。
なお、化学強化処理の処理時間が必要以上に長時間になるのを抑制する点から、破壊靱性値K
IC[MPa・m
1/2]は、2.5[MPa・m
1/2]以下であることが好ましい。同様の理由から、深さDは150μm以下であることが好ましい。
また、熔融塩に所定時間浸漬した後、室温までガラス基板の温度を戻す際には、ガラス基板の温度が少なくとも200℃になるまでの間、毎分30℃以下のゆっくりした冷却速度で冷却することが、破壊靱性値K
IC及び深さDを上記範囲にする点から好ましい。また、上記冷却速度が速すぎると、ガラス基板の端部において微小なチッピングやクラックが発生しやすくなり、機械的強度が低下する場合があるので、上記冷却速度は、ガラス基板の温度が少なくとも200℃になるまでの間、毎分30℃以下にすることが好ましい。
本実施形態のガラス基板10が、上述した破壊靱性値K
ICの値の範囲を満足し、圧縮応力層14の深さDが上記範囲を満足するためには、ガラス組成及び化学強化処理条件(熔融塩の組成、処理時間、処理温度、冷却速度)を適宜調整すればよい。
【0038】
(ガラス組成)
本実施形態のガラス基板10のガラス組成は、例えば、以下のアルミノシリケートガラスを挙げることができる。すなわち、モル%表示で、ガラス基板10は、
SiO
2を、55〜78%、
Li
2Oを、0.1〜1%、
Na
2Oを、2〜15%、
MgO、CaO、SrOおよびBaOを、合計で10〜25%、
含む。
MgO、CaO、SrOおよびBaOの合計含有量に対するCaOの含有量のモル比CaO/(MgO+CaO+SrO+BaO)は0.20以下である。モル比CaO/(MgO+CaO+SrO+BaO)を0.20以下とすることにより、上記機械的強度の低下を抑制することができる。モル比CaO/(MgO+CaO+SrO+BaO)を、好ましくは0.18以下、より好ましくは0.16以下、特に好ましくは0.15以下とすることにより、イオン交換の効率の維持(熔融塩の劣化が生じ難い)と機械的強度の維持を実現できる。特に、イオン交換の効率の維持(熔融塩の劣化が生じ難い)の点で、ガラス基板は、Caを含まないアルミノシリケートガラスで構成されることが好ましい。なお、表面粗さの低減や化学強化のし易さの観点から、上記のガラスはアモルファスのアルミノシリケートガラスであるとより好ましい。
【0039】
(ガラス基板のサイズ)
ガラス基板10のサイズは、特に制限されないが、板厚は例えば0.3〜1.5mmである。ガラス基板10は、例えば、公称直径2.5インチ、1インチ、1.8インチ、3インチ、3.5インチ等の磁気ディスクに用いられる直径を有する。
【0040】
(磁気ディスク用ガラス基板の製造方法)
このようなガラス基板10の製造方法について以下説明する。
まず、一対の主表面を有する板状の磁気ディスク用ガラス基板の素材となるガラスブランクの成形処理が行われる。次に、このガラスブランクの粗研削処理が行われる。この後、ガラスブランクに形状加工処理及び端面研磨処理が施される。この後、ガラスブランクから得られたガラス基板に固定砥粒を用いた精研削処理が行われる。この後、第1研磨処理、化学強化処理、及び、第2研磨処理がガラス基板に施される。なお、本実施形態では、上記流れで行うが、上記処理全てが行われる必要はなく、これらの処理は適宜行われなくてもよい。以下、各処理について、説明する。
【0041】
(a)ガラスブランクの成形処理
ガラスブランクの成形では、例えばプレス成形法を用いることができる。プレス成形法により、円形状のガラスブランクを得ることができる。さらに、ダウンドロー法、リドロー法、フュージョン法などの公知の製造方法を用いてガラスブランクを製造することができる。これらの公知の製造方法で作られた板状ガラスブランクに対し、適宜形状加工を行うことによって磁気ディスク用ガラス基板の元となる円板状のガラスブランクが得られる。
【0042】
(b)粗研削処理
粗研削処理では、具体的には、ガラスブランクを、周知の両面研削装置に装着される保持部材(キャリア)に設けられた保持穴内に保持しながらガラスブランクの両側の主表面の研削が行われる。研磨材として、例えば遊離砥粒が用いられる。粗研削処理では、ガラスブランクが目標とする板厚寸法及び主表面の平坦度に略近づくように研削される。なお、粗研削処理は、成形されたガラスブランクの寸法精度あるいは表面粗さに応じて行われるものであり、場合によっては行われなくてもよい。
【0043】
(c)形状加工処理
次に、形状加工処理が行われる。形状加工処理では、ガラスブランクの成形処理後、公知の加工方法を用いて円孔を形成することにより、円孔があいた円盤形状のガラス基板を得る。その後、ガラス基板の端面の面取りを実施する。これにより、ガラス基板の端面には、主表面と直交している側壁面と、側壁面と主表面を繋ぐ傾斜面(介在面)が形成される。
【0044】
(d)端面研磨処理
次にガラス基板の端面研磨処理が行われる。端面研磨処理は、研磨ブラシとガラス基板の端面との間に遊離砥粒を含む研磨液を供給して研磨ブラシとガラス基板の端面とを相対的に移動させることにより研磨を行う処理である。端面研磨では、ガラス基板の内側端面及び外側端面を研磨対象とし、内側端面及び外側端面を鏡面状態にする。
【0045】
(e)精研削処理
次に、ガラス基板の両側の主表面に精研削処理が施される。具体的には、周知の両面研削装置を用いて、ガラス基板の主表面に対して研削を行う。例えば、固定砥粒を定盤に設けてガラス基板を研削する。具体的には、ガラス基板を、両面研削装置の保持部材であるキャリアに設けられた保持穴内に保持しながらガラス基板の両側の主表面の研削を行う。
本実施形態の研削処理では、固定砥粒を含んだ研削面とガラス基板の主表面とを接触させてガラス基板の主表面を研削するが、遊離砥粒を用いた研削を行ってもよい。
【0046】
(f)第1研磨処理
次に、ガラス基板の両側の主表面に第1研磨処理が施される。具体的には、ガラス基板の外周側端面を、研磨装置のキャリアに設けられた保持穴内に保持しながらガラス基板10の両側の主表面の研磨が行われる。第1研磨処理は、遊離砥粒を用いて、定盤に貼り付けられた研磨パッドを用いる。第1研磨は、ガラス基板10の板厚を調整しつつ、例えば固定砥粒による研削を行った場合に主表面に残留したクラックや歪みの除去をする。第1研磨では、主表面端部の形状が過度に落ち込んだり突出したりすることを防止しつつ、主表面の表面粗さ、例えば算術平均粗さRaを低減することができる。
第1研磨に用いる遊離砥粒は特に制限されないが、例えば、酸化セリウム砥粒、あるいはジルコニア砥粒などが用いられる。
研磨パッドの種類は特に制限されないが、例えば、硬質発泡ウレタン樹脂ポリッシャが用いられる。
【0047】
(g)化学強化処理
次に、ガラス基板は熔融塩を用いて上述した化学強化処理が施される。熔融塩として、例えば硝酸カリウム、硝酸ナトリウムの混合物を加熱して得られる熔融塩を用いることができる。また、硝酸カリウムあるいは硝酸ナトリウムを単独で用いることもできる。そして、ガラス基板を熔融塩中に浸漬することによって、ガラス基板10の表層にあるガラス組成中のLiイオンやNaイオンが、それぞれ化学強化液中のイオン半径が相対的に大きいNaイオンやKイオンにそれぞれ置換されることでガラス基板10の表面に圧縮応力層が形成され、ガラス基板10が強化される。
化学強化処理を行うタイミングは、適宜決定することができるが、化学強化処理の後に研磨処理を行うようにすると、表面の平滑化とともに化学強化処理によってガラス基板の表面に固着した異物を取り除くことができるので特に好ましい。
【0048】
(h)第2研磨(鏡面研磨)処理
次に、化学強化処理後のガラス基板に第2研磨が施される。第2研磨は、主表面の鏡面研磨を目的とする。第2研磨においても、周知の両面研磨装置が用いられる。こうすることで、ガラス基板10の主表面の端部の形状が過度に落ち込んだり突出したりすることを防止しつつ、主表面の粗さを低減することができる。第2研磨処理は、第1研磨処理と遊離砥粒の点で異なり、また、第2研磨処理で用いる遊離砥粒の粒子サイズは、第1研磨処理の粒子サイズに比べて小さい。さらに、第2研磨処理で用いる研磨パッドの樹脂ポリッシャの硬度は、第1研磨処理に用いる研磨パッドの樹脂ポリッシャの硬度に比べて低いことが好ましい。
すなわち、第2研磨により研磨パッド10は研磨時の圧力によって沈み易い。
【0049】
第2研磨処理に用いる遊離砥粒として、例えばコロイダルシリカ等の微粒子が用いられる。第2研磨処理の取代は、化学強化処理時に形成した圧縮応力層の効果をなくさないために板厚換算で2μm以下であることが好ましい。研磨されたガラス基板を洗浄することで、磁気ディスク用ガラス基板が得られる。このようにして、第2研磨処理の施されたガラス基板10が磁気ディスク用ガラス基板となる。
【0050】
[実験例]
本実施形態の効果を調べるために、上述のガラス組成となるようにガラス原料を調合してガラス基板を作製し、種々の条件でガラス基板の化学強化を行った。ガラス基板のガラス組成は、SiO
2 65.5モル%、Al
2O
3 5モル%、Li
2O 1モル%、Na
2O 9モル%、MgO 16モル%、ZrO
2 3.5モル%、を基本組成とした。その際、Li
2OとNa
2Oの含有量を一定、すなわち10モル%となるようにしてLi
2Oの含有率を3水準振った。化学強化を行ったガラス基板に対して、上述の破壊靱性値K
ICを計測し、さらに周知のバビネ補正器法を用いて圧縮応力層の深さDを計測した。また、上述の傷付加処理を施したガラス基板の機械的強度(抗折強度[N])を上述した方法で調べた。機械的強度(抗折強度)の試験では、同じガラス組成、同じ化学強化の条件で処理した100枚のガラス基板を試験対象として調べ、抗折強度が60N以上の場合を合格としてガラス基板の合格率を求めた。ガラス基板の合格率が95%以上となる条件を、磁気ディスクに適した条件とした。
下記表1に、ガラス中のLi
2Oの含有率、熔融塩組成(KNO
3,NaNO
3の含有比)、熔融塩温度、化学強化処理時間を種々変更した条件の詳細と、ガラス基板の破壊靱性値K
IC、圧縮応力層の深さD、抗折強度(平均値)、及び合格率を示す。
【0052】
上記表1の結果を、合格率95%以上となる条件を磁気ディスクに適した条件として、この磁気ディスクに適した条件の領域をまとめたものが、
図5に示す斜線領域である。
図5中の○印は合格率が98%以上であることを意味し、△印は合格率が95%以上98%未満であることを意味し、×印は合格率が95%未満であることを意味する。したがって、○印及び△印が磁気ディスクに適していることを意味する。これより、ガラス組成として、モル%表示でLi
2Oを0.1〜1%含有するガラス基板が、磁気ディスクに適した機械的強度(抗折強度)を確実に備えるためには、破壊靱性値K
ICが1[MPa・m
1/2]以上であり、圧縮応力層14の深さDがD≧57・K
IC−1.6、かつD≧20[μm]を満足することが必要であることがわかる。より好ましい範囲は、破壊靱性値K
IC[MPa・m
1/2]が1.2[MPa・m
1/2]以上であり、圧縮応力層14の深さD[μm]がD≧70・K
IC−1.6かつD≧35[μm]を満足する範囲である。
なお、Li
2O, Na
2Oを除く上記基本組成を用い、Li
2Oの含有量を0モル%、Na
2Oの含有量を10モル%とした例、及びLi
2Oの含有量を0.05モル%、Na
2Oの含有量を9.95モル%とした例の場合、深さDが5μm以下となり、合格率はいずれも95%未満であった。この理由は、Li
2Oの含有量が少なすぎて、化学強化処理においてイオン交換が良好に行なわれなかったためである、と推察される。
また、Li
2O, Na
2Oを除く上記基本組成を用い、Li
2Oの含有量を1.5モル%、Na
2Oの含有量を8.5モル%とした場合、ガラス転移点温度T
gが650℃未満となった。
【0053】
以上、本実施形態のガラス基板10をまとめると、
(1)モル%表示でLi
2Oを0.1〜1%含有するガラスを用いたガラス基板であって、破壊靱性値K
IC[MPa・m
1/2]が1[MPa・m
1/2]以上であり、ガラス基板表面には化学強化による圧縮応力層が設けられ、前記圧縮応力層の深さD[μm]がD≧57・K
IC−1.6、かつD≧20[μm]を満足するガラス基板は、従来のガラス基板に比べて高いガラス転移点温度を有し、かつ磁気ディスクに適した機械的強度(抗折強度)を確実に備える。また、破壊靱性値K
IC及び圧縮応力層の深さDが上記範囲を満足して、機械的強度(抗折強度)を確実に備えるためには、Li
2Oを0.1〜1%含有することが必要であることもわかった。
(2)ガラス転移点温度を650℃以上にすることにより、エネルギーアシスト方式の磁気ディスク用ガラス基板として好適に用いることができる。
(3)モル%表示で、SiO
2を、55〜78%、Li
2Oを、0.1〜1%、Na
2Oを、2〜15%、MgO、CaO、SrOおよびBaOを、合計で10〜25%、含むガラスであって、MgO、CaO、SrOおよびBaOの合計含有量に対するCaOの含有量のモル比CaO/(MgO+CaO+SrO+BaO)が0.20以下であるガラスを用いたガラス基板、さらには、Caを含まないアルミノシリケートガラスを用いたガラス基板は、化学強化におけるイオン交換の効率を従来と同様に維持することができ、かつ、従来と同様の機械的強度を維持することができる。
(4)化学強化において、KNO
3とNaNO
3の混合溶融塩の液中にガラス基板を浸すとき、混合溶融塩は、KNO
3を55〜85質量%含むことで、上記圧縮応力層の深さDを実現することができる。
【0054】
以上、本発明の磁気ディスク用ガラス基板、磁気ディスク用ガラス基板の製造方法及び磁気ディスクについて詳細に説明したが、本発明は上記実施形態及び実施例に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更をしてもよいのはもちろんである。