(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6209827
(24)【登録日】2017年9月22日
(45)【発行日】2017年10月11日
(54)【発明の名称】エビの前処理方法
(51)【国際特許分類】
A23L 17/40 20160101AFI20171002BHJP
【FI】
A23L17/40 A
【請求項の数】10
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-33847(P2013-33847)
(22)【出願日】2013年2月22日
(65)【公開番号】特開2013-198485(P2013-198485A)
(43)【公開日】2013年10月3日
【審査請求日】2015年10月21日
(31)【優先権主張番号】特願2012-37857(P2012-37857)
(32)【優先日】2012年2月23日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086210
【弁理士】
【氏名又は名称】木戸 一彦
(74)【代理人】
【識別番号】100128358
【弁理士】
【氏名又は名称】木戸 良彦
(72)【発明者】
【氏名】木村 淳平
(72)【発明者】
【氏名】松浦 佳紀
(72)【発明者】
【氏名】藤竹 瑞穂
(72)【発明者】
【氏名】山口 祐太朗
【審査官】
市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−112269(JP,A)
【文献】
特開2006−081461(JP,A)
【文献】
特開平11−299469(JP,A)
【文献】
特開2006−314213(JP,A)
【文献】
特開2001−128649(JP,A)
【文献】
特開2004−242571(JP,A)
【文献】
LWT-Food Sci. Technol.,2009年,Vol.42,pp.1435-1438
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 13/00−17/00
A23L 17/10−17/50
CAplus/FROSTI/FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エビを加熱調理する際の前処理方法であって、前記エビを、一リン酸二ナトリウム構造を有する有機化合物を1リットル中に0.03〜1.2モル含む浸漬液に浸漬するエビの前処理方法において、一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物が、5'−イノシン酸二ナトリウム、5'−グアニル酸二ナトリウム、5'−シチジル酸二ナトリウム、3'−シチジル酸二ナトリウム、5'−ウリジル酸二ナトリウム、D-リボース5-リン酸二ナトリウム、D−グルコース−6−リン酸二ナトリウム、α−D−グルコース−1−リン酸二ナトリウム及びグリセロリン酸二ナトリウムからなる群より選ばれる1種又は2種以上の組合せであるエビの前処理方法。
【請求項2】
一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物が、5'−イノシン酸二ナトリウム及び/又は5'−グアニル酸二ナトリウムである請求項1記載のエビの前処理方法。
【請求項3】
前記浸漬液に前記エビを浸漬する時間は、2〜72時間の範囲である請求項1又は2記載のエビの前処理方法。
【請求項4】
浸漬開始前のエビのpHに対する加熱調理後の前記エビのpHの変化が、±0.5の範囲内である請求項1乃至3のいずれか1項記載のエビの前処理方法。
【請求項5】
前記浸漬液は、食塩及び/又はリン酸塩を更に含んでいる請求項1乃至4のいずれか1項記載のエビの前処理方法。
【請求項6】
エビを、一リン酸二ナトリウム構造を有する有機化合物を1リットル中に0.03〜1.2モル含む浸漬液に浸漬した後、浸漬液の液切りをしてから加熱調理する加熱調理済みエビの製造方法において、一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物が、5'−イノシン酸二ナトリウム、5'−グアニル酸二ナトリウム、5'−シチジル酸二ナトリウム、3'−シチジル酸二ナトリウム、5'−ウリジル酸二ナトリウム、D-リボース5-リン酸二ナトリウム、D−グルコース−6−リン酸二ナトリウム、α−D−グルコース−1−リン酸二ナトリウム及びグリセロリン酸二ナトリウムからなる群より選ばれる1種又は2種以上の組合せであるエビの製造方法。
【請求項7】
一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物が、5'−イノシン酸二ナトリウム及び/又は5'−グアニル酸二ナトリウムである請求項6記載の加熱調理済みエビの製
造方法。
【請求項8】
前記浸漬液に前記エビを浸漬する時間は、2〜72時間の範囲である請求項6又は7記載の加熱調理済みエビの製造方法。
【請求項9】
浸漬開始前のエビのpHに対する加熱調理後の前記エビのpHの変化が、±0.5の範囲内である請求項6乃至8のいずれか1項記載の加熱調理済みエビの製造方法。
【請求項10】
前記浸漬液は、食塩及び/又はリン酸塩を更に含んでいる請求項6乃至9のいずれか1項記載の加熱調理済みエビの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エビの前処理方法に関し、詳しくは、エビを加熱調理する際の歩留まりや食感を向上させるためのエビの前処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工業的に各種肉類を加熱調理する際の前処理として、リン酸塩をはじめとする各種アルカリ剤の水溶液中に浸漬することにより、肉類の歩留まりを向上させることが行われている(例えば、特許文献1〜4参照。)。また、死後のエビを特定の温度範囲で保持し、エビに含まれる核酸物質中の5'−イノシン酸の割合が40%以上になるように熟成させることにより、旨味を増強させることも行われている(例えば、特許文献5参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開WO2003/090564号公報
【特許文献2】特開2004−81213号公報
【特許文献3】特開平11−164669号公報
【特許文献4】特開2004−329165号公報
【特許文献5】特開2006−314213号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、リン酸塩を大量に使用すると、ゼリー状になって食感を損ねることがあり、また、一般に、微生物の増殖を抑えるためにはpHの上昇を抑える必要があるが、リン酸塩として通常用いられるリン酸塩の水溶液は強塩基性であることから浸漬した食品のpHを上昇させるため、リン酸塩を使用した食品では微生物の増殖を抑えにくいという問題もあった。また、リン酸塩由来の独特な味があるため、リン酸塩を多量に使用すると食品の呈味を損ない、リン酸塩を多量に用いることができないという問題があった。さらに、近年は、リン酸塩が体内へのカルシウムの吸収を阻害する原因となるなどの理由により、前処理剤としてリン酸塩を多量に使用することは適当でないという指摘もある。
【0005】
また、pH上昇を伴わない塩類を使用した歩留まり向上剤として、塩溶性タンパク質を溶出させる食塩を使用することも行われているが、ある一定の歩留向上効果は見られるものの、大量に使用すると調理後の食品の塩味が強くなるため、前処理に食塩を大量に使用することはできなかった。さらに、食味を向上させるため、5'−イノシン酸二ナトリウムや5'−グアニル酸二ナトリウム、グルタミン酸ナトリウムなどの、いわゆるうまみ調味料を少量添加することも行われているが、添加量はいずれも0.1重量%未満であり、加熱調理後の歩留まりや食感に影響を与えることはなかった。
【0006】
一方、核酸物質中の5'−イノシン酸の割合を40%以上にすることによって旨味を増強させることはできるものの、加熱調理する際の歩留まりを向上させることはできなかった。
【0007】
そこで本発明は、リン酸塩を多量に使用せず、かつ、pHを上昇させずに、エビを加熱調理する際の歩留まり及び食感を向上させることができるエビの前処理方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明のエビの前処理方法は、エビを加熱調理する際の前処理方法であって、前記エビを、一リン酸二ナトリウム構造を有する有機化合物を1リットル中に0.03〜1.2モル含む浸漬液に浸漬することを特徴としている。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0010】
[1]エビを加熱調理する際の前処理方法であって、前記エビを、一リン酸二ナトリウム構造を有する有機化合物を1リットル中に0.03〜1.2モル含む浸漬液に浸漬するエビの前処理方法。
【0011】
[2]一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物が、糖化合物、糖アルコール化合物及び核酸化合物からなる群より選ばれる1種又は2種以上の組み合わせである[1]のエビの前処理方法。
【0012】
[3]一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物が、5'−イノシン酸二ナトリウム、5'−グアニル酸二ナトリウム、5'−シチジル酸二ナトリウム、3'−シチジル酸二ナトリウム、5'−ウリジル酸二ナトリウム、D-リボース5-リン酸二ナトリウム、D−グルコース−6−リン酸二ナトリウム、α−D−グルコース−1−リン酸二ナトリウム及びグリセロリン酸二ナトリウムからなる群より選ばれる1種又は2種以上の組合せである[1]又は[2]記載のエビの前処理方法。
【0013】
[4]一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物が、5'−イノシン酸二ナトリウム及び/又は5'−グアニル酸二ナトリウムである[3]記載のエビの前処理方法。
【0014】
[5]前記浸漬液に前記エビを浸漬する時間は、2〜72時間の範囲である[1]乃至[4]のいずれかに記載のエビの前処理方法。
【0015】
[6]浸漬開始前のエビのpHに対する加熱調理後の前記エビのpHの変化が、±0.5の範囲内である[1]乃至[5]のいずれかに記載のエビの前処理方法。
【0016】
[7]前記浸漬液は、食塩及び/又はリン酸塩を更に含んでいる[1]乃至[6]のいずれかに記載のエビの前処理方法。
【0017】
[8]エビを、一リン酸二ナトリウム構造を有する有機化合物を1リットル中に0.03〜1.2モル含む浸漬液に浸漬した後、浸漬液の液切りをしてから加熱調理する加熱調理済みエビの製造方法。
【0018】
[9]一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物が、糖化合物、糖アルコール化合物及び核酸化合物からなる群より選ばれる1種又は2種以上の組み合わせである[8]記載の加熱調理済みエビの製造方法。
【0019】
[10]一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物が、5'−イノシン酸二ナトリウム、5'−グアニル酸二ナトリウム、5'−シチジル酸二ナトリウム、3'−シチジル酸二ナトリウム、5'−ウリジル酸二ナトリウム、D-リボース5-リン酸二ナトリウム、D−グルコース−6−リン酸二ナトリウム、α−D−グルコース−1−リン酸二ナトリウム及びグリセロリン酸二ナトリウムからなる群より選ばれる1種又は2種以上の組合せである[8]又は[9]記載の加熱調理済みエビの製造方法。
【0020】
[11]一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物が、5'−イノシン酸二ナトリウム及び/又は5'−グアニル酸二ナトリウムである[10]記載の加熱調理済みエビの製造方法。
【0021】
[12]前記浸漬液に前記エビを浸漬する時間は、2〜72時間の範囲である[8]乃至[11]のいずれかに記載の加熱調理済みエビの製造方法。
【0022】
[13]浸漬開始前のエビのpHに対する加熱調理後の前記エビのpHの変化が、±0.5の範囲内である[8]乃至[12]のいずれかに記載の加熱調理済みエビの製造方法。
【0023】
[14]前記浸漬液は、食塩及び/又はリン酸塩を更に含んでいる[8]乃至[13]のいずれかに記載の加熱調理済みエビの製造方法。
【0024】
[15][8]乃至[14]のいずれかに記載の方法により得られる加熱調理済みエビを含有する食品。
【0025】
[16][8]乃至[14]のいずれかに記載の方法により得られる加熱調理済みエビを含有する冷凍食品。
【発明の効果】
【0026】
本発明のエビの前処理方法によれば、エビを、5'−イノシン酸二ナトリウムや5'−グアニル酸二ナトリウムなどの一リン酸二ナトリウム構造を有する有機化合物の少なくとも一種を0.03〜1.2モル/リットル含む浸漬液に浸漬してから加熱調理することにより、食味に悪影響を与えることなく、加熱後の歩留まりの向上と食感の向上とを図ることができる。
【0027】
さらに、加熱調理後のpHの変化を±0.5の範囲とすることにより、pHの上昇に伴う微生物の増殖を抑制しつつ、加熱後の歩留まりの向上を図ることができる。また、浸漬時間を2〜72時間の範囲に設定することにより、確実かつ経済的に歩留まり及び食感をそれぞれ向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】実施例1における浸漬液成分の種類と各成分濃度と加熱歩留まりとの関係を示す図である。
【
図2】実施例1における浸漬液濃度と加熱後のpHとの関係を示す図である。
【
図3】実施例2における浸漬時間と加熱歩留まりとの関係を示す図である。
【
図4】実施例3における浸漬時間と加熱歩留まりとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明のエビの前処理方法では、エビを加熱調理する前に、5'−イノシン酸二ナトリウムや5'−グアニル酸二ナトリウムなどの一リン酸二ナトリウム構造を有する有機化合物の少なくとも一種を含む水溶液(以下、浸漬液という)中に浸漬する。前記5'−イノシン酸二ナトリウム及び前記5'−グアニル酸二ナトリウムは、いずれも核酸系うまみ調味料の一成分と知られており、従来から、グルタミン酸ナトリウムとともに調味液の一成分として、極少量、通常は、0.1重量%未満を添加して用いられているものである。
【0030】
本発明において、一リン酸二ナトリウム構造を有する有機化合物における一リン酸二ナトリウム構造とは、下記化1で表される一リン酸二ナトリウム構造をいう。
【化1】
【0031】
本発明の前処理では、一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物の少なくとも一種を高濃度で含む水溶液を浸漬液として用いる。浸漬液の濃度としては、一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物の少なくとも一種を1リットル中に0.03〜1.2モル(約1.25〜約40.0重量%)含むことが好ましく、より好ましくは0.1〜1.0モルである。このとき、一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物の濃度が0.03モル/リットル未満では、本発明が目的とする加熱後の歩留まりの向上や食感の向上を十分に得ることできず、また、濃度が1.2モル/リットルを超えると、加熱後の歩留まりを更に向上させることはできるが、肉の軟質化及び食味が低下する傾向がある。
【0032】
一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物としては、前記構造を有する各種化合物を使用できる。一リン酸二ナトリウム構造を有する前記有機化合物として、糖化合物、糖アルコール及び核酸化合物を例示することができる。本発明において糖化合物とは、五炭糖又は六炭糖のそれぞれ1位、5位又は6位がリン酸化した化合物をいい、一リン酸二ナトリウム構造を有する糖化合物として、具体的には、D−リボース5−リン酸二ナトリウム、D−グルコース−6−リン酸二ナトリウム、α−D−グルコース−1−リン酸二ナトリウムなどを挙げることができる。糖アルコール化合物とは、リン酸と糖アルコールとから誘導されるリン酸エステルをいい、一リン酸二ナトリウム構造を有する糖アルコール化合物としては、グリセロリン酸二ナトリウムを例示することができる。核酸化合物とは、塩基と糖とリン酸とからなるヌクレオチドをいう。一リン酸二ナトリウム構造を有する核酸化合物としては、具体的には、5'−イノシン酸二ナトリウム、5'−グアニル酸二ナトリウム、5'−シチジル酸二ナトリウム、3'−シチジル酸二ナトリウム、5'−ウリジル酸二ナトリウムなどを挙げることができる。これらの中でも、5'−イノシン酸二ナトリウム、5'−グアニル酸二ナトリウム、5'−シチジル酸二ナトリウム、5'−ウリジル酸二ナトリウムが好ましく、5'−イノシン酸二ナトリウム、5'−グアニル酸二ナトリウムが特に好ましい。さらに、5'−イノシン酸二ナトリウム及び5'−グアニル酸二ナトリウムを混合した核酸系うまみ調味料として市販されている5'−リボヌクレオチド二ナトリウム(5'−リボヌクレオタイドナトリウム)を用いることもでき、ウリジル酸ナトリウム(5'−ウリジル酸二ナトリウム)、シチジル酸ナトリウム(5'−シチジル酸二ナトリウム)についても効果が期待できる。これらの化合物は、それぞれ単独で使用することもできるが、これらの中から選択した二種以上を適宜な割合で混合して合計濃度を前記濃度範囲に調整して用いることもできる。
【0033】
本発明の対象となるエビは、食用のものであればいずれでもよいが、殻を剥いたムキエビ、洗浄処理したエビ、凍結処理したエビを用いることが好ましく、凍結処理したエビを用いることがより好ましい。活エビを〆ただけで他の処理を加えていないエビに比べ、上記殻剥き、洗浄、凍結等の処理工程を経たエビは加熱歩留りの低下が大きい傾向にあることから、本発明による加熱歩留まりの向上効果が大きくなる。この理由は定かではないが、上記のような処理工程を経ることによりエビの組織蛋白の分解が起こり、その結果加熱歩留りが低下しやすいためと考えられる。使用するエビの種類、産地は特に限定されず、種類としては、例えば、バナメイエビ、プーバラン、カリガディ、ピンク/ホワイト、ブラックタイガーなどが挙げられる。また、エビの大きさは特に限定されないが、通常は、加熱調理後にそのまま、あるいは、冷凍保存して解凍後に喫食可能な大きさであることが好ましい。例えば、エビは殻を剥いた状態で、そのままあるいは適当な大きさに切って用いることができ、浸漬液中の成分がある程度肉全体に浸透できる大きさであることが好ましい。また、エビを粉砕してペースト状にしたものを用いることもできる。従来の前処理法では、加熱歩留まりが比較的低く、加熱調理後の味や食感が悪化することが多かったエビの加熱調理の前処理に本発明を適用することにより、加熱歩留まりの大幅な向上、味や食感の大幅な向上を図ることができる。
【0034】
前記浸漬液へのエビの浸漬時間は、浸漬液の濃度や温度、エビの種類や大きさなどの条件によって異なるが、通常は、2時間未満では十分な効果を得ることが困難なため、2時間以上に設定することが好ましい。また、浸漬を長時間行っても特に問題はないが、72時間以下に設定することが好ましく、工業的、経済的な面から48時間以下に設定することが更に好ましい。さらに、浸漬液の濃度や浸漬時間は、浸漬開始前のエビのpHに対する加熱調理後のエビのpHの変化が±0.5の範囲内、好ましくは±0.3の範囲内に収まるように設定することにより、pHの上昇を抑えて微生物の増殖を抑えることができる。また、pHが下がり過ぎた場合には、加熱歩留まりの効果が十分に得られない傾向にある。なお、本発明の目的を損なわない範囲で、他の成分も任意に添加することも可能である。他の成分としては、例えば、リン酸塩、食塩、グルタミン酸ナトリウム、コハク酸ナトリウム、各種澱粉類、加熱凝固性を有するタンパク質、増粘多糖類等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0035】
浸漬液に食塩及び/又はリン酸塩を添加することにより、更に高い加熱歩留り向上効果を得ることができる。食塩の添加量としては、浸漬液1リットル中に0.40〜2.5モルとすることが好ましい。リン酸塩の添加量としては、浸漬液1リットル中に0.05〜0.50モルとすることが好ましい。リン酸塩としては、リン酸三ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム又はこれらのカリウム塩、カルシウム塩など、重合リン酸塩であるポリリン酸塩、ピロリン酸塩、メタリン酸塩等を使用することができる。
【0036】
エビに対する浸漬液の比率としては、特に制限はないが、重量比としてエビ1に対して浸漬液0.15以上とすることが好ましく、0.2以上とすることが更に好ましい。エビに対する浸漬液の量は、多いほどエビの浸漬を容易に行うことができるが、浸漬液の廃棄ロスなどの経済的な観点から、エビ1に対して浸漬液1以下とすることが好ましく、エビ1に対して浸漬液0.5以下とすることが更に好ましい。また、浸漬液の温度は、特に制限はないが、通常0〜15℃であり、好ましくは2〜10℃である。
【0037】
浸漬液に浸漬したエビは、浸漬液の液切りを行うだけで次の加熱調理を行うことができる。加熱調理の方法は任意であり、茹でる、煮る、蒸す、焼く、揚げるなど、食品の種類や料理の種類に応じた加熱調理方法を採用することができる。浸漬後に液切りを行ったエビは、単独で加熱調理してもよく、また、他の食材とともに加熱調理することもでき、浸漬後のエビに、味付けなどの適宜な前処理を行うことも可能である。
【0038】
本発明では、加熱調理済みエビの製造方法も提供する。上述の通り、前処理を施したエビを加熱調理に供することにより、加熱調理済みエビを製造することができる。本発明により得られた加熱調理済みエビを用いて、種々の食品及び冷凍食品を製造することができる。食品としては、特に制限されるものではなく、エビを使用したエビグラタン、エビシューマイ、エビフライ、エビギョーザ、エビ天ぷら、エビコロッケ、エビカツ、エビ団子、エビピラフ、エビ炒飯、エビチリ、エビ入りソース類、炒め物類などを挙げることができる。冷凍食品としては、特に制限されるものではなく、エビを使用した冷凍エビグラタン、冷凍エビシューマイ、冷凍エビフライ、冷凍エビギョーザ、冷凍エビ天ぷら、冷凍エビコロッケ、冷凍エビカツ、冷凍エビ団子、冷凍エビピラフ、冷凍エビチリ、冷凍エビ炒飯、冷凍エビ入りソース類、冷凍炒め物類などを挙げることができる。
【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。但し、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0040】
浸漬液として、前記5'−イノシン酸二ナトリウム(イノシン酸二Na)及び前記5'−グアニル酸二ナトリウム(グアニル酸二Na)の濃度を表1,表2に示す各濃度とした水溶液をそれぞれ調製した。また、アデノシン三リン酸二ナトリウム(ATP・二Na)及び食塩(塩化ナトリウム)をそれぞれ表3,表4に示す各濃度とした水溶液を比較例としてそれぞれ調製した。なお、各濃度の水溶液は、各成分を少量の水に溶解させた後、水を加えてメスアップによって調製した。
【表1】
【表2】
【表3】
【表4】
【0041】
エビとして、輸入冷凍ムキエビ凍結ブロック(タイ産バナメイエビ、サイズ61/70)を袋に入れて流水で解凍した後、水を切って100gに小分けしたものを使用した。小分けした各バナメイエビを、5℃の各浸漬液20ミリリットルにそれぞれ24時間浸漬し、液切り後に1リットルの沸騰水で加熱調理(ボイル)を2分間行った。ボイル後に、水道水で1分間水冷して水を切ってから重量を測定し、歩留まり(加熱歩留まり:(加熱後重量/浸漬前重量)×100)を算出した。その結果を表5及び
図1にそれぞれ示す。
【表5】
【0042】
この結果から、5'−イノシン酸二ナトリウム及び5'−グアニル酸二ナトリウムについては、浸漬液の1リットル中に0.03モル以上の濃度で加熱歩留まりの向上を認めることができた。一方、5'−イノシン酸二ナトリウムや5'−グアニル酸二ナトリウムと同じ核酸系のナトリウム塩であるATP・二Naでは加熱歩留まりの向上を認めることができず、同じ核酸系のナトリウム塩であっても、作用効果が異なることが確認できた。食塩の場合は、濃度が0.4モル以上で加熱歩留まりの向上が認められたが、浸漬液濃度が同程度の場合、5'−イノシン酸二ナトリウムや5'−グアニル酸二ナトリウムと比較して加熱歩留まりの向上効果は小さかった。このことから、5'−イノシン酸二ナトリウムや5'−グアニル酸二ナトリウムと、食塩とでは、加熱歩留まり向上の作用機序が異なるものと考えられる。
【0043】
さらに、各浸漬液について、ボイル後のエビを3尾取り出して計量し、容器内に投入してエビの割合が10重量%になるように蒸留水を加えた後、蒸留水中のエビを細かく粉砕して水のpHを測定し、測定したpHを加熱後のエビのpHとした。浸漬液中の成分濃度とボイル後のエビのpHとの関係を表6及び
図2に示す。また、浸漬液に浸漬する前のエビについても同様にしてpHを測定したところ、pHは6.9であった。この結果から、5'−イノシン酸二ナトリウム及び5'−グアニル酸二ナトリウムでは、ボイル後のエビのpHの変化は僅かであったが、ATP・二Naについては、濃度の増加に伴ってpHが低下することがわかった。
【表6】
【0044】
また、5'−イノシン酸二ナトリウム及び食塩の各浸漬液について、水冷後の各エビについて10人で官能試験を行い、味と食感を評価した。味の評価は、浸漬液として水(5'−イノシン酸二ナトリウム又は食塩の含有量がゼロ(0mol/L))を使用し、この水からなる浸漬液に浸漬した後にボイルしたエビをコントロールとし、以下に示す9段階の評価基準で評価し、それぞれの平均点を求めた。味の評価結果を表7に、食感の評価結果を表8にそれぞれ示す。
【0045】
味の評価基準
9点:極めて良い、8点:良い、7点:少し良い、6点:やや良い、5点:コントロールと同じ、4点:やや不良、3点:少し不良、2点:不良、1点:極めて不良
食感の評価基準
9点:極めてプリプリしている、8点:プリプリしている、7点:少しプリプリしている、6点、ややプリプリしている、5点:コントロールと同じ、4点:ややプリプリしていない、3点:少しプリプリしていない、2点:プリプリしていない、1点:極めてプリプリしていない
【表7】
【表8】
【0046】
前述の加熱歩留まりと味及び食感とを総合すると、5'−イノシン酸二ナトリウム及び5'−グアニル酸二ナトリウムは、1リットル中の濃度が0.03〜1.2モルの範囲が最適で加熱歩留まりが向上し、味及び食感もコントロールに対して良好となった。一方、食塩では、濃度が高くなるとボイル後でも塩味が強くなって味が不良となった。このため、食塩のみを用いて85%以上の高い加熱歩留まりを達成しようとすると、塩味が強くなり味が不良となるため、製品に応用することは困難となる。
【実施例2】
【0047】
表9に示す5'−イノシン酸二ナトリウム浸漬液と、表10に示す食塩浸漬液とを使用し、200gに小分けしたエビを5℃の各浸漬液40mlにそれぞれ浸漬し、所定時間浸漬後に液切りを行ってから2リットルの沸騰水で2分間の加熱調理(ボイル)を行った。水道水で水冷して水切り後に重量を測定し、歩留まりをそれぞれ算出した。その結果を表11及び
図3に示す。
【表9】
【表10】
【表11】
【0048】
5'−イノシン酸二ナトリウム浸漬液では、浸漬時間が2時間になったときに加熱歩留まりの向上が認められた。また、2時間経過後は、浸漬時間を長くしても歩留まりの向上は僅かであり、工業的な生産工程を考慮したり、浸漬中の微生物の増殖を考慮したりすると、浸漬時間は2〜72時間の範囲が適当であると思われる。一方、食塩を使用した浸漬液は、このような高濃度状態ならば数時間で加熱歩留まりの向上が認められるが、前述のように、塩味が強くなり、食味が悪くなるという問題があった。
【実施例3】
【0049】
エビとして、表12に示す各種エビを使用した。凍結ブロックとなっているバナメイ、ピンク、カリガディの各エビは、ビニール袋に入れ、水道水で流水解凍してから使用した。また、ブラックタイガーは、ビニール袋に入れて水道水で流水解凍した後、殻を剥いて使用した。水を切って100gに小分けした各エビを、表13に示す各濃度の5'−イノシン酸二ナトリウム浸漬液(20ml、5℃)に24時間浸漬した後、液切りしてから1リットルの沸騰水で2分間ボイルを行った。ボイル後に、水道水で1分間水冷して水を切ってから重量を測定し、加熱歩留まりを算出した。その結果を
図4に示す。全ての品種において同じ傾向が確認された。
【表12】
【表13】
【実施例4】
【0050】
表14に示す各組成の浸漬液を調製し、実施例1と同様にしてバナメイエビを5℃の各浸漬液20ミリリットルに24時間それぞれ浸漬し、液切り後に1リットルの沸騰水で2分間ボイルを行った。ボイル後に、水道水で1分間水冷して水を切ってから重量を測定し、加熱歩留まりを算出した。その結果をその結果を表15に示す。
【表14】
【表15】
【0051】
表15に示す結果から、5'−イノシン酸二ナトリウムに加えて食塩やリン酸塩を添加した浸漬液は、5'−イノシン酸二ナトリウムを単体で使用した浸漬液よりも歩留まりが向上していることがわかる。また、5'−イノシン酸二ナトリウムと食塩やリン酸塩とを併用することにより、食塩やリン酸塩の使用量を少なくすることができ、食味やpHに対する食塩やリン酸塩の悪影響も抑えることができる。
【実施例5】
【0052】
輸入冷凍ムキエビ凍結ブロック(タイ産バナメイエビ、サイズ61/70)を袋に入れて流水で解凍した後、水を切って100gに小分けしたものを使用した。小分けした各バナメイエビを、表16に示す各組成の浸漬液20mlに混合してボール内で30秒撹拌後、5℃で18時間それぞれ浸漬した。液切り後に1リットルの沸騰水で加熱調理を2分間行った後、水道水で1分間水冷した。実施例1と同様に、水を切ってから重量を測定し、加熱歩留まりを算出するとともに、ボイル後のエビのpHを測定した。各浸漬液の条件及び各測定結果を表16に示す。
【表16】
【0053】
表16に示す結果から、一リン酸二ナトリウム構造を有する5'−イノシン酸二ナトリウム及びD−リボース5−リン酸二ナトリウムに、pH上昇を伴わない加熱歩留まり向上効果があることが明らかとなった。
【実施例6】
【0054】
輸入冷凍ムキエビ凍結ブロック(タイ産バナメイエビ、サイズ61/70)を袋に入れて流水で解凍した後、水を切ってからペースト状に粉砕した。ペースト10gと表17に示す各組成の浸漬液2mlとをビニールパックに入れて30秒揉み込んだ後、5℃で18時間それぞれ浸漬した。浸漬後に、ビニールパック全体が浸るようにして沸騰水中で加熱調理を2分間行った。加熱調理後、氷水で冷却してからペーストをビニールパックから取り出し、ペーストの重量を測定して加熱歩留まりを算出するとともに、ペーストのpHを測定した。各浸漬液の条件及び各測定結果を表17に示す。なお、表中の数値は加熱歩留まりを示し、単位は%である。
【表17】
【0055】
表17に示す結果から、前述の5'−イノシン酸二ナトリウムや5'−グアニル酸二ナトリウムと同様に、一リン酸二ナトリウム構造を有する有機化合物である、5'−シチジル酸二ナトリウム、3'−シチジル酸二ナトリウム、5'−ウリジル酸二ナトリウム、D−グルコース−6−リン酸二ナトリウム、α−D−グルコース−1−リン酸二ナトリウム及びグリセロリン酸二ナトリウムが、pH上昇を伴わない加熱歩留まり向上効果を有していることが明らかとなった。