(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6210033
(24)【登録日】2017年9月22日
(45)【発行日】2017年10月11日
(54)【発明の名称】水の脱塩処理方法および装置
(51)【国際特許分類】
B01D 61/00 20060101AFI20171002BHJP
B01D 61/02 20060101ALI20171002BHJP
B01D 61/58 20060101ALI20171002BHJP
C02F 1/44 20060101ALI20171002BHJP
【FI】
B01D61/00 500
B01D61/02 500
B01D61/58
C02F1/44 A
C02F1/44 D
C02F1/44 G
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-166505(P2014-166505)
(22)【出願日】2014年8月19日
(65)【公開番号】特開2016-41411(P2016-41411A)
(43)【公開日】2016年3月31日
【審査請求日】2016年8月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004123
【氏名又は名称】JFEエンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085109
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 政浩
(72)【発明者】
【氏名】渕上 浩司
(72)【発明者】
【氏名】戸村 啓二
(72)【発明者】
【氏名】藤原 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】功刀 亮
(72)【発明者】
【氏名】冨田 洋平
【審査官】
片山 真紀
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許出願公開第2012/0267308(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2011/0272355(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 1/44
B01D 61/00−71/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩類を含有する被処理水と、疎水性化した温度感応性薬剤が析出して白濁あるいは相分離が起こる温度である下限臨界温度を有する温度感応性薬剤を水に溶解した誘引溶液とを半透膜を介して接触させ、前記被処理水中の水を前記半透膜を通して前記誘引溶液に移動させ、水で希釈された希釈誘引溶液と膜濃縮水を得る正浸透工程と、前記希釈誘引溶液を前記誘引溶液の前記下限臨界温度以上の温度まで加温する加温工程と、前記加温工程で相分離した温度感応性薬剤を主体とする濃厚溶液層と、水を主体とし少量の温度感応性薬剤を含有する希薄溶液層とに重力分離する重力分離工程と、前記重力分離工程で分離された濃厚溶液を前記誘引溶液の前記下限臨界温度以下の温度まで冷却した後、前記正浸透工程へ循環し、誘引溶液として再使用する冷却・循環工程と、前記重力分離工程で分離された希薄溶液を膜処理し、膜ろ過水を得る膜処理工程を有する水の脱塩処理方法であって、
前記希釈誘引溶液の下限臨界温度を測定し、測定値が予め設定された設定値よりも高い場合は、該希釈誘引溶液に疎水性物質そのものを添加し、また、設定値が予め設定された設定値よりも低い場合は、該希釈誘引溶液に親水性物質そのものを添加することを特徴とする脱塩処理方法。
【請求項2】
親水性物質がアルコール、エチレングリコール含有化合物、グリセリン化合物のうちから選択される物質を含む物質であることを特徴とする請求項1に記載の水の脱塩処理方法。
【請求項3】
疎水性物質が炭素数3以上のグリコールを含有する化合物、脂肪酸(塩)、ソルビタン化合物のうちから選択される物質を含む物質であることを特徴とする請求項1に記載の水の脱塩処理方法。
【請求項4】
下限臨界温度を重力分離槽の界面高さにもとづき測定することを特徴とする請求項1に記載の水の脱塩処理方法。
【請求項5】
塩類を含有する被処理水と、疎水性化した温度感応性薬剤が析出して白濁あるいは相分離が起こる温度である下限臨界温度を有する温度感応性薬剤を水に溶解した誘引溶液とを半透膜を介して接触させ、前記被処理水中の水を前記半透膜を通して前記誘引溶液に移動させ、水で希釈された希釈誘引溶液と膜濃縮水を得る正浸透膜処理装置と、前記希釈誘引溶液を前記誘引溶液の前記下限臨界温度以上の温度まで加温する加温手段と、前記加温手段で加温され相分離した温度感応性薬剤を主体とする濃厚溶液層と、水を主体とし少量の温度感応性薬剤を含有する希薄溶液層とに重力分離する重力分離槽と、前記重力分離槽で分離された濃厚溶液を前記誘引溶液の前記下限臨界温度以下の温度まで冷却した後、前記正浸透工程へ循環し、誘引溶液として再使用する冷却・循環手段と、前記重力分離工程で分離された希薄溶液を膜処理し、膜ろ過水を得る膜処理装置を有する水の脱塩処理装置であって、
前記希釈誘引溶液の下限臨界温度測定手段と、該希釈誘引溶液への疎水性物質そのものの添加手段及び/又は、親水性物質そのものの添加手段を有することを特徴とする水の脱塩処理装置。
【請求項6】
親水性物質が、アルコール、エチレングリコール含有化合物、グリセリン化合物のうちから選択される物質を含む物質であることを特徴とする請求項5に記載の水の脱塩処理装置。
【請求項7】
疎水性物質が、炭素数3以上のグリコールを含有する化合物、脂肪酸(塩)、ソルビタン化合物のうちから選択される物質を含む物質であることを特徴とする請求項5に記載の水の脱塩処理装置。
【請求項8】
前記下限臨界温度測定手段が、重力分離槽の界面高さを設定し、その設定値に基づき下
限臨界温度を測定する手段であることを特徴とする請求項5に記載の水の脱塩処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海水、かん水などの被処理水から淡水を製造する水の脱塩処理方法および装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海水から半透膜を用いて淡水を製造する方法は種々知られているが、海水に浸透圧以上の圧力を加えて水を強制的に透過させる逆浸透法が主に開発されてきた。しかし、この方法は高圧に加圧する必要があるため、設備費および運転費にコストがかかるという問題点がある。そこで、半透膜を介して海水と海水より高濃度の溶液を接触させ、加圧せずとも浸透圧により海水中の水をこの溶液に移動させ、分離、回収することにより淡水を製造する方法が開発されている。(特許文献1−3)。
【0003】
特許文献1の方法は、半透膜を介して海水と反対側にアンモニアと二酸化炭素を溶解して得られる塩溶液を流して、海水中の水を半透膜を通過させて該塩溶液に移動させ、得られた希釈塩溶液をイオン交換膜や蒸留塔等を用いてアンモニウムイオンと炭酸イオンを個別に分離して浄水を得るとともに、分離したアンモニウムイオンと炭酸イオンを該塩溶液に溶解して半透膜の元の部屋に戻す方法である。
【0004】
特許文献2の方法は、下限臨界温度を有する物質を溶質とする誘引溶液を用いており、
図4に示すように、海水21を正浸透システム30に送って、そこで半透膜を介して誘引溶液24と接触させて海水21中の水を浸透圧により半透膜を透過させて誘引溶液24へ移動させる。水が誘引溶液に移動して残った濃縮海水22は正浸透システム30から流出する。一方、海水中の水で希釈された希釈誘引溶液25は加熱器を備えた沈殿システム34に送られ、そこで相分離あるいは沈殿を生じた希釈誘引溶液はポンプ37で加圧されてろ過システム32に送られる。その際、溶質の下限臨界温度より低い温度の液29を添加することができる。ろ過システム32で濃縮された誘引溶液24は正浸透システム30に返送される。一方、ろ過された膜ろ過水28は後処理部33でさらに精製されて飲料水となる。下限臨界温度を有する溶質にはポリエチレングリコールやポリプロピレングリコールが使用され、ろ過システムのろ材にはナノろ過膜や逆浸透膜が使用されている。
【0005】
特許文献3には、特定の構造を有する正浸透用の誘導溶質が開示されている。この誘導溶質は、下限臨界温度(lower critical temperature)を有していて、その温度以上になると自己凝集して溶液から分離される。この性質を利用して半透膜を用いて淡水を製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−83663号公報
【特許文献2】米国特許第8,021,553B2号明細書
【特許文献3】特開2012−170954号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の方法では、誘引物質(例えば炭酸アンモニウム)の分離、回収を蒸発法で行うが、その際、アンモニアおよび同伴する水分の蒸発潜熱が多大で、膨大なエネルギーを要しコストも高い。さらに、蒸発設備サイズが極めて大きく、大量(例えば10万m
3/日)の飲料水製造には不向きである。また、投入エネルギーが大きいため熱交換器のサイズも大きくなり、大量処理には不向きである。さらに、炭酸アンモニウムを用いる場合には半透膜からのバックフローによって膜濃縮水を介して環境中に漏洩する誘引物質が窒素を含むため、富栄養化の原因となる。
【0008】
特許文献2、3の方法は、誘引溶液の温度感応性を利用して誘引物質の一部を凝集させることにより、膜ろ過エネルギーを低減させることができる。
【0009】
しかしながら、誘引溶液を長期間にわたり繰り返し再生利用していると、水温・外気温の変動や半透膜をわずかに透過する塩類や有機物が蓄積して、正浸透工程で得られた希釈誘引溶液を重力分離する際の重力分離特性が変わって、温度感応性薬剤を主体とする濃厚溶液の溶質濃度が変化することを見出した。温度感応性薬剤の濃厚溶液を分離する際には、温度を下限臨界温度より高くする程、分離時の濃厚溶液と希薄溶液の濃度差が大きくなり、また、半透膜でろ過する際には、温度を下限臨界温度より低くする程浸透圧が上昇して高いろ過速度が得られる。従って、重力分離時や正浸透における加温や冷却の温度を一定値に制御する場合、下限臨界温度の上昇は重力分離工程における分離効率の低下を引き起こし、下限臨界温度の低下は正浸透工程におけるろ過効率の低下を引き起こす。
【0010】
従って、重力分離される温度感応性薬剤を主体とする濃厚溶液の溶質濃度あるいは水分濃度を一定に保持することは、正浸透法の安定運転のために必須である。
【0011】
本発明の目的は、正浸透法で水処理する方法において、誘引溶液中の塩類や有機物の蓄積にかかわりなく、重力分離工程で温度感応性薬剤を主体とする層を一定の溶質濃度あるいは水分濃度で分離できる方法と装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討の結果、重力分離工程で分離される希釈誘引溶液の下限臨界温度を測定し、測定値が予め設定しておいた設定値よりも高い場合は、該希釈誘引溶液に疎水性物質を添加し、また、測定値が予め設定しておいた設定値よりも低い場合は、該希釈誘引溶液に親水性物質を添加することによって、誘引溶液の下限臨界温度を一定に保って、正浸透法を安定に運転させることができることを見出した。
【0013】
温度感応性薬剤の下限臨界温度は薬剤の親水基および疎水基のバランスによって決まり、親水基が多ければ高く、疎水基が多ければ低くなる。同様の傾向が混合物の水溶液でも見られ、下限臨界温度の低い物質に親水基を多く含む下限臨界温度の高い物質を混合すると下限臨界温度が上昇する現象が見られる。下限臨界温度変化の度合いは、親水基を多く含む下限臨界温度の高い物質の混合量および混合物質の親水基/疎水基の程度で変わる。一方、温度感応性薬剤の溶解している水が塩分を多く含むと下限臨界温度が低下し、アルコールのような親水性物質を多く含むと下限臨界温度が上昇する。このような現象は重力分離後に仕上げ処理として膜ろ過を行う正浸透法を長期間運転している場合に見られる。すなわち、塩やアルコールの阻止率が正浸透膜より仕上げ膜の方が高い場合に生ずる。
【0014】
界面活性剤は疎水性物質と親水性物質で構成されており、下限臨界温度を変化させる効果は疎水性物質や親水性物質そのものよりも小さい。例えば、疎水性のブチレングリコールと親水性のエチレングリコールで構成される界面活性剤を添加しても下限臨界温度は変化するが、ブチレングリコールあるいはエチレングリコールそのものを添加する方が添加重量当たりの下限臨界温度変化の効果は大きい。
【0015】
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものであり、塩類を含有する被処理水と、下限臨界温度を有する温度感応性薬剤を水に溶解した誘引溶液とを半透膜を介して接触させ、前記被処理水中の水を前記半透膜を通して前記誘引溶液に移動させ、水で希釈された希釈誘引溶液と膜濃縮水を得る正浸透工程と、前記希釈誘引溶液を前記誘引溶液の下限臨界温度以上の温度まで加温する加温工程と、前記加温工程で相分離した温度感応性薬剤を主体とする濃厚溶液層と、水を主体とし少量の温度感応性薬剤を含有する希薄溶液層とに重力分離する重力分離工程と、前記重力分離工程で分離された濃厚溶液を前記誘引溶液の下限臨界温度以下の温度まで冷却した後、前記正浸透工程へ循環し、誘引溶液として再使用する冷却・循環工程と、前記重力分離工程で分離された希薄溶液を膜処理し、膜ろ過水を得る膜処理工程を有する水の脱塩処理方法であって、
前記希釈誘引溶液の下限臨界温度を測定し、測定値が予め設定された設定値よりも高い場合は、該希釈誘引溶液に疎水性物質を添加し、また、設定値が予め設定された設定値よりも低い場合は、該希釈誘引溶液に親水性物質を添加することを特徴とする脱塩処理方法と、それに係る装置を提供するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、下限臨界溶液温度を有する温度感応性薬剤を用いた正浸透法による水処理方法において、重力分離した温度感応性薬剤を主体とする層の溶質濃度あるいは水分濃度を安定させて水処理を長期にわたって安定して行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施態様を模式的に示すブロック図である。
【
図2】その半透膜による膜ろ過と重力分離槽における分離を模式的に示した図である。
【
図3】下限臨界温度と薬剤濃度の関係を示した曲線である。
【
図4】公知の水処理方法の概略を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1に本発明の一実施態様を模式的に示す。
【0019】
本発明の方法で処理される被処理水は水を溶媒とする溶液であり、海水、かん水あるいは下水や工場排水などである。かん水は、シェールガス、オイルサンド、CBM(炭層メタン)、石油等を採掘する坑井からの随伴水も含まれる。
【0020】
随伴水は、坑井からの採掘目的物に同伴して排出される水であり、塩分、有機物、懸濁物などを含んでいる。汚濁物質の濃度としては、例えば蒸発残留物(主にNa
+、K
+、Ca
2+、Cl
-、SO
42-など)が1,000〜100,000mg/L、有機物(油分や添加した薬剤など)がTOCとして10〜1,000mg/L、懸濁物質が100〜10,000mg/Lといった範囲で含有される。
【0021】
油分と随伴水の分離手段は問わないが、例えば沈降などで油水分離が行われている。
【0022】
図1に示していないが、被処理水を必要によりまずろ過処理する。このろ過処理は、例えば、精密ろ過膜を用いたろ過器で行い、ろ過膜は、精密ろ過膜として使用されている通常の膜を使用することができる。例えば、酢酸セルロース、ポリテトラフルオロエチレン、ポリスルホン、ポリ塩化ビニルなどの外、セラミック製の膜や多孔質ガラス製の膜なども利用できる。精密膜ろ過処理では、精密ろ過膜を通過した膜ろ過水と、膜を通過しないで残った膜濃縮水が得られる。
精密膜ろ過のほか、限外膜ろ過、砂ろ過等のろ過処理が用いることができる。限外膜ろ過の材質は精密膜ろ過と同様のものが用いられる。
【0023】
正浸透工程
正浸透工程は、ろ過処理した被処理水と、温度感応性薬剤を水に溶解した高浸透圧の誘引溶液を半透膜を介して接触させ、前記被処理水中の水を前記半透膜を通して前記誘引溶液に移動させ、水で希釈された希釈誘引溶液と膜濃縮水を得る工程である。
【0024】
温度感応性薬剤は、低温では親水性で水によく溶けるが、ある温度以上になると疎水性化し溶解度が低下する物質であり、親水性〜疎水性に変化する温度が下限臨界温度あるいは曇点と呼ばれる。この温度に達すると疎水性化した温度感応性薬剤が析出して白濁あるいは相分離が起こる。徐々に加温する際に、薬剤によって白濁するが相分離しないもの、白濁した後更に加温すると相分離するもの、白濁状態を経ずに相分離するものがあるが、本発明に用いられる薬剤は相分離するものであって、ここでいう下限臨界温度とは相分離する温度を意味する。
【0025】
この温度感応性薬剤は、各種界面活性剤、分散剤、乳化剤などとして利用されており、例示すれば、アルコール、アルキル基、グリコール類、または脂肪酸とエチレングリコールの化合物(水溶性ポリアルキレングリコール誘導体、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリオキシテトラメチレンポリオキシエチレングリコール、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレントリメチロールプロパン,ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテル,ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンペンタエリスリトールエーテルなど)アルキル基または脂肪酸とプロピレンオキサイドの化合物、アクリルアミドとアルキル基の化合物、エチレングリコール脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステルエチレンオキサイド付加物、アミノ酸およびその誘導体、ブチルグリコールやヘキシルグリコールなどのグリコールなどであり、好ましくは、ポリエチレングリコールとポリプロピレン/ポリブチレングリコールのブロック共重合体、グリセロールエトキシレートブトキシレート、トリメチロールプロパンエトキシブトキシレート等である。本発明において使用する温度感応性薬剤としては、下限臨界温度が30℃〜80℃の範囲、特に40℃〜60℃の範囲のものが好ましい。そのために、HLB値が10以上の非イオン性界面活性剤とそれよりHLB値が低い非イオン性界面活性剤、脂肪酸あるいはアルコールを組み合わせて下限臨界温度を上記の範囲に調節するといった方法を取ることもできる。
【0026】
誘引溶液の濃度は、誘引溶液の浸透圧が、被処理液の浸透圧より十分高くなるように調整しなければならない。
【0027】
この誘引溶液には、凝集用固体粒子を添加することもできる。凝集用固体粒子としては、ベントナイト、カオリン、活性炭粉末等が使用でき、無機吸着剤がより望ましい。粒径としては、平均粒径で0.1〜10μm程度のものが望ましい。固体粒子の添加量は、温度感応性薬剤に対する重量比で0.1〜10%程度が適当である。ただし、これらは温度感応性薬剤と固体粒子との親和性を勘案して決定することが望ましい。
【0028】
半透膜は水を選択的に透過できるものがよく、正浸透(Forward Osmosis)膜が好ましいが、逆浸透膜も使用できる。材質は特に制限されないが、例示すれば、酢酸セルロース系、ポリアミド系、ポリエチレンイミン系、ポリスルホン系、ポリベンゾイミダゾール系のものなどを挙げることができる。半透膜の形態も特に制限されず、平膜、管状膜、中空糸などいずれであってもよい。
【0029】
この半透膜を装着する装置は通常は円筒形あるいは箱形の容器内に半透膜を設置して、この半透膜で仕切られた一方の室に被処理水を流し、他方の室に誘引溶液を流せるものであり、公知の半透膜装置を用いることができ、市販品を用いることもできる。
【0030】
正浸透工程で被処理水を半透膜を介して誘引溶液と接触させると浸透圧の差によって被処理水中の水が半透膜を通って誘引溶液に移動し、被処理水が流入した室からは膜濃縮水が、そして誘引溶液が流入した室からは希釈誘引溶液が流出する。
【0031】
本発明は、この希釈誘引溶液の下限臨界温度を測定し、その測定値が予め設定された設定値よりも高い場合は、該希釈誘引溶液に疎水性物質を添加し、また、測定値が予め設定された設定値よりも低い場合は、該希釈誘引溶液に親水性物質を添加するところに特徴がある。
【0032】
希釈誘引溶液の下限臨界温度は、原則として、半透膜装置の出口から重力分離槽までの間のどこかで希釈誘引溶液の下限臨界温度を測定すればよい。下限臨界温度は、希釈誘引溶液を採取し、徐々に加温して相分離し始める温度を目視観察することで測定できる。薬剤によっては相分離温度よりやや低い温度で曇点が発現するものもあり、この場合の曇点は目視観察でも良いが可視光の吸光度が急激に上昇する温度としても測定することが可能である。
【0033】
下限臨界温度そのものではなく、下限臨界温度を別の指標から求めてもよい。例えば、下限臨界温度が上昇すると重力分離槽における温度感応性薬剤の水分濃度が高くなり、結果として界面が上昇する。
【0034】
すなわち、重力分離した温度感応性薬剤を主体とする濃厚溶液層の水分濃度は、
図3に示すように、重力分離の際の温度が下限臨界温度より高いほど低く、下限臨界温度に近いほど高くなる。従って、重力分離槽における界面高さを測定することによって、下限臨界温度を測定することができる。
【0035】
この測定値を比較する設定値は許容範囲で設定し、その範囲内にあるか否かを比較する。下限臨界温度の許容範囲は、下限臨界温度変動に伴う感温性薬剤の性能(正浸透ろ過速度や重力分離後の濃縮濃度)の変化の許容範囲によってプラント毎に設定されるべきものである。例えば、運転当初の値に対して、±2℃を許容範囲に設定することができる。
【0036】
そして、測定値が設定値の許容範囲の上限を越えたときは、希釈誘引溶液に疎水性物質を添加する。疎水性物質には、炭素数3以上、好ましくは6〜60程度のグリコール化合物、脂肪酸(塩)、ソルビタン化合物などを使用することができる。グリコール化合物の例としては、ポリプロピレングリコール、脂肪酸(塩)の例としては、オレイン酸やラウリル酸、カプリル酸のアルカリ金属塩、ソルビタン化合物の例としては、ソルビタンやソルビタンの脂肪酸エステル(ソルビタンモノカプリレート等)などを挙げることができる。これらの疎水性物質の添加形態は、通常は水溶液で添加するが、分散性が良好な場合はそのまま添加しても良い。疎水性物質の添加は、一度に行ってもよく、あるいは連続的あるいは断続的に添加してもよい。添加は、希釈誘引溶液の下限臨界温度が前記の設定値の範囲内になるまでであり、前記範囲の中心付近まで添加することが好ましい。
【0037】
一方、測定値が設定値の許容範囲の下限を下廻ったときは、希釈誘引溶液に親水性物質を添加する。親水性物質には、アルコール、エチレングリコール含有化合物、グリセリン化合物などを使用することができる。アルコールの例としてはブタノールやプロパノール等、エチレングリコール含有化合物の例としてはポリエチレングリコー
ル、グリセリン化合物の例としてはグリセリンやその重合物(トリグリセリン,デカグリセリンなど)、などを挙げることができる。これらの親水性物質の添加形態も、そのまままたは水溶液で添加する。親水性物質の添加は、一度に行ってもよく、あるいは連続的あるいは断続的に添加してもよい。添加は、希釈誘引溶液の下限臨界温度が前記の設定値の範囲内になるまでであり、前記範囲の中心付近まで添加することが好ましい。
【0038】
加温工程
正浸透工程で被処理水から水が移動して希釈された希釈誘引溶液を下限臨界温度以上の温度まで加温して、温度感応性薬剤の少なくとも一部を凝集させる。この凝集は、温度感応性薬剤の濃厚溶液が相分離したものである。
【0039】
加温工程における加温温度は、例えば熱交換器へ導入する熱媒体の流量の調整で制御できる。
【0040】
この加温工程の熱源には、次の重力分離工程で分離された濃厚溶液の顕熱を使用することが好ましい。
【0041】
重力分離工程
前記加温工程で相分離した温度感応性薬剤を主体とする濃厚溶液層と水を主体とし少量の温度感応性薬剤を含有する希薄溶液層に重力分離する。この重力分離は下限臨界温度以上の液温で重力分離槽内で静置することによって行うことができる。その際、前記加温工程で凝集した温度感応性薬剤の濃厚溶液は、凝集用固体粒子があるとそれを核とした微細な液滴の状態になる。そして、この状態で重力分離槽に投入されると、温度感応性薬剤の比重が水より重い場合は、濃厚溶液の微細液滴は速やかに沈降し、液滴同士が合一して下に濃厚溶液層が形成される。凝集用固体粒子のほとんどは濃厚溶液層に集まるか、極く一部は上の希薄溶液層に残る。この凝集用固体粒子は温度感応性薬剤の凝集を促進させる作用があり、上層の薬剤濃度の低減(例えば2〜6%⇒0.5〜1.5%)や下層の薬剤濃度の増加(例えば60〜70%⇒80〜85%)といった効果が得られる。さらに分離時間の短縮(例えば30分⇒15分)の効果も得られる。一方、温度感応性薬剤の比重が水より軽い場合、例えば、ブチルグリコールやヘキシルグリコールを温度感応性薬剤に用いた場合は、濃厚溶液層が上層になり希薄溶液層が下層になる。
【0042】
冷却・循環工程
前記重力分離工程で分離された濃厚溶液は、これを前記誘引溶液の下限臨界温度より低い温度に冷却することで水に溶解させて誘引溶液に再生する。この温度は広い範囲で採用可能であるが、経済性を考慮すると常温かそれより高い温度が好ましい。この冷却熱源としては、被処理水あるいは正浸透工程において得られた希釈誘引溶液を用いることがエネルギーの効率利用の点で好ましい。この冷却が不充分な場合には、正浸透工程で被処理水から移動してくる水によって濃度が下がるので下限臨界温度を発現して相分離し、浸透圧が失われてしまう。
【0043】
再生した誘引溶液はそのまま循環して再利用できる。
【0044】
膜処理工程
一方、前記重力分離工程で分離された希薄溶液は、ナノろ過膜や逆浸透膜などで膜ろ過して、そこに残存している温度感応性薬剤や凝集用固体粒子を除去する。膜ろ過水は淡水であり、飲料水などに利用できる。膜ろ過されないで残った膜濃縮水は、温度感応性薬剤や凝集用固体粒子が含まれているので、重力分離工程に循環するのがよい。あるいは、濃縮して誘引溶液として正浸透工程に直接返送することもできる。
【0045】
一方、正浸透工程で得られた膜濃縮水は塩分を高濃度で含んでいるので、これを濃縮して塩分を析出させて分離し、有効利用することができる。
【0046】
この本発明の方法を
図1に模式化して示す。同図に示すように、海水等の被処理水1は正浸透膜装置10に送入され、半透膜3を通して水が反対側の室に透過されて残った膜濃縮水2が排出される。正浸透膜装置10の反対側の室には誘引溶液4が流入しており、そこで半透膜3を介して被処理水1と向流接触して被処理水1から移行した水で希釈されて正浸透膜装置10を出る。正浸透膜装置10を出た希釈誘引溶液5は、下限臨界温度測定手段17(定期的にサンプルを採取して実験室で測定)で下限臨界温度が測定されて、コンピュータ18に予め入力しておいた測定値と比較される。そして、その測定値が設定値の上限を越えていた場合には疎水性物質タンク19から希釈誘引溶液に疎水性物質が添加され、設定値の下限を下廻っていた場合には親水性物質タンク20から希釈誘引溶液に親水性物質が添加される。それから、熱交換器16を通って、重力分離された濃厚溶液7と熱交換して加温され、加熱器14でさらに加温されて重力分離槽11に入る。
【0047】
重力分離槽11には、下層と上層の界面を測定する界面計111が取り付けられていて、界面高さが常時計測されており、その値もコンピュータ18に送られ、設定値の範囲を逸脱すると疎水性物質タンク19あるいは親水性物質タンク20に信号を送ってこれらが投入される。
【0048】
重力分離槽11で分離された希薄溶液6は膜ろ過装置12でろ過され、得られた膜ろ過水8は活性炭等の後処理装置13でさらに精製されて精製水を得る。膜ろ過装置12でろ過されなかった膜濃縮水9は重力離装槽11に返送されて希釈誘引溶液とともに相分離される。
【0049】
一方、重力分離槽11で分離された濃厚溶液7は、熱交換器16を経て冷却器15で冷却されて、誘引溶液4として正浸透装置10に返送される。
【実施例】
【0050】
図1に示す装置を用いた。正浸透膜装置10の半透膜には酢酸セルロース製FO膜を、膜ろ過装置13にはナノろ過膜をそれぞれ使用した。
【0051】
誘引溶液には、グリセロールエトキシプロポキシレートに、水を加えて80重量%の溶液とした。この溶液の下限臨界温度は55℃であった。この下限臨界温度は薬剤濃度によって変わる。上記薬剤濃度と下限臨界温度の関係を調べた結果を
図3に示す。
【0052】
UF膜により前処理した海水を被処理水1として正浸透膜装置10に3L/分の流速で流入させた。膜透過水の量は1.5L/分であり、正浸透膜装置10から流出する希釈誘引溶液5の量は3.8L/分であった。膜透過水の流量は主に濃縮誘引溶液の浸透圧によって変化するため,流量を上昇させる場合には重力分離槽の分離温度を上昇させて濃縮誘引溶液の濃度を上昇させる。また、濃縮誘引溶液の流量を上昇させてその濃度低下を抑制することによっても膜透過水流量を上昇させることが可能である。膜透過水流量を低下させる場合には、逆の操作を行えばよい。この希釈誘引溶液5は熱交換器16を経て加熱器14で60℃に加温し、重力分離槽11に流入させた。重力分離槽11では温度感応性薬剤が凝集し、濃度80重量%の濃厚溶液7と1%の希薄溶液6に重力分離した。下層である濃厚溶液7は熱交換器16を経て冷却器15で40℃に冷却し、再び正浸透膜装置10に流入させた。上層である希薄溶液6は膜ろ過装置12に導入し、膜ろ過水8と膜濃縮水9に分離した。膜濃縮水9は再び重力分離槽11へ流入させた。膜ろ過水8は後処理装置13を経て1.5L/分の淡水を獲た。この淡水は飲料水として使用可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明の方法は、海水から淡水の製造や、坑井からの随伴水の処理さらには下水や工場排水の処理などに広く利用できる。
【符号の説明】
【0054】
1 被処理水
2 膜濃縮水
3 半透膜
4 誘引溶液
5 希釈誘引溶液
6 希薄溶液
7 濃厚溶液
8 膜ろ過水
9 膜濃縮水
10 正浸透膜装置
11 重力分離槽
111 界面計
12 膜ろ過装置
13 後処理装置
14 加熱器
15 冷却器
16 熱交換器
17 下限臨界温度測定手段
18 コンピュータ
19 疎水性物質タンク
20 親水性物質タンク