(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記圧電材料層は、ビスマス、鉄、バリウム及びチタン、又はビスマス、ナトリウム及びチタン、又は鉛、チタン及びジルコニウムを含むことを特徴とする請求項1に記載の圧電素子。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る製造方法によって製造される液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図であり、
図2は、
図1の平面図であり、
図3(a)は
図2のA−A′線断面図、
図3(b)は
図3(a)の要部拡大断面図である。
図1〜
図3に示すように、本実施形態の流路形成基板10は、シリコン単結晶基板からなり、その一方の面には二酸化シリコンからなる弾性膜50が形成されている。
【0018】
流路形成基板10には、複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14及び連通路15を介して連通されている。連通部13は、後述する保護基板のマニホールド部31と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールドの一部を構成する。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。なお、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。本実施形態では、流路形成基板10には、圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15からなる液体流路が設けられていることになる。
【0019】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0020】
一方、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、例えば厚さ30〜50nm程度の酸化チタン等からなり、弾性膜50等の第1電極60の下地との密着性を向上させるための密着層56が設けられている。なお、弾性膜50上に、必要に応じて酸化ジルコニウム等からなる絶縁体膜が設けられていてもよい。
【0021】
さらに、この密着層56上には、白金(Pt)からなる第1電極60と、詳しくは後述するがマンガン、ビスマスからなる酸化物又はマンガン、ビスマス及び鉄からなる酸化物であるバッファー層72と、ペロブスカイト構造の圧電材料層74とからなる圧電体層70と、第2電極80とが、積層形成されて、圧力発生室12に圧力変化を生じさせる圧力発生手段としての圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。本実施形態では、第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせてアクチュエーター装置と称する。なお、上述した例では、弾性膜50、密着層56、第1電極60及び必要に応じて設ける絶縁体膜が振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50や密着層56を設けなくてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0022】
バッファー層72は、本実施形態においては、マンガン、ビスマスからなる酸化物、又はマンガン、ビスマス及び鉄からなる酸化物である。モル組成比で表すとビスマス、マンガン、鉄が、ビスマス:マンガン:鉄=100:100:0〜100:2:98となる。
【0023】
また、バッファー層72は、複数の圧電材料層74を焼成する際に圧電材料層74との間で成分元素の拡散等が生じる可能性があり、完全に分離された層としては検出されない可能性があるが、圧電体層70の第1電極側に、例えば、Mn濃度が高い領域が存在することは確認でき、これによりバッファー層72の存在が確認できる。
【0024】
本実施形態のバッファー層72は、バッファー層72上に形成されるペロブスカイト構造の圧電材料層74を特定の方位、特に(100)面に強配向させる配向制御層として作用する。本実施形態における特定の方位に強配向するとは、結晶がある方位又はその方位とほぼ等価な方位に単一配向するだけでなく、複数の方位又は等価な方位に配向する場合で主配向のピークが観察される場合も含むものとする。例えば、圧電材料層74がビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含む場合、又はビスマス、ナトリウム及びチタンを含む場合、圧電体層の結晶は(100)面に強配向する。また、圧電材料層74が鉛、チタン及びジルコニウムを含む場合、バッファー層72がないと、圧電体層70の結晶は(111)面に強配向するが、バッファー層72を設けることにより、(100)面、(110)面及び(111)面が混在し、主配向は(100)面となる。このような(100)面に強配向又は主配向した圧電体層70は、後述する実施例に示すように、クラックの発生が顕著に抑制された膜となる。
【0025】
また、圧電体は結晶の方位によって、変位量、誘電率、ヤング率等様々な物理的性質が異なるため、圧電体の配向は、単一配向か、もしくは複数の配向を有するが主配向の面がある場合の方が、ランダムな配向の場合や複数の配向が観察され主配向の面が観察されないものよりも、その圧電体の特性を発揮させることが可能となる。この結果、特定の方向に強配向した圧電体は、圧電特性に優れたものとなる。
【0026】
このようなバッファー層72上に設けられた圧電材料層74は、ビスマス、鉄、バリウム及びチタン、又はビスマス、ナトリウム及びチタン、又は鉛、チタン及びジルコニウムを含むペロブスカイト構造の酸化物からなる圧電材料層である。具体的には、例えば、鉄酸ビスマス系とチタン酸ビスマス系との混晶、チタン酸ビスマス系、又はチタン酸鉛系からなるペロブスカイト構造の酸化物が挙げられる。
【0027】
ペロブスカイト構造、すなわち、ABO
3型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。このAサイトにBi、Ba、Na、Pbが、BサイトにFe、Ti、Zrが位置している。
【0028】
鉄酸ビスマス系としては、鉄酸ビスマス(BiFeO
3)、鉄酸アルミニウム酸ビスマス(Bi(Fe,Al)O
3)、鉄酸マンガン酸ビスマス(Bi(Fe,Mn)O
3)、鉄酸マンガン酸ビスマスランタン((Bi,La)(Fe,Mn)O
3)、鉄酸マンガン酸チタン酸ビスマスバリウム((Bi,Ba)(Fe,Mn,Ti)O
3)、鉄酸コバルト酸ビスマス(Bi(Fe,Co)O
3)、鉄酸ビスマスセリウム((Bi,Ce)FeO
3)、鉄酸マンガン酸ビスマスセリウム((Bi,Ce)(Fe,Mn)O
3)、鉄酸ビスマスランタンセリウム((Bi,La,Ce)FeO
3)、鉄酸マンガン酸ビスマスランタンセリウム((Bi,La,Ce)(Fe,Mn)O
3)、鉄酸ビスマスサマリウム((Bi,Sm)FeO
3)、鉄酸クロム酸ビスマス(Bi(Cr,Fe)O
3)、鉄酸マンガン酸チタン酸ビスマスカリウム((Bi,K)(Fe,Mn,Ti)O
3)、鉄酸マンガン酸亜鉛酸チタン酸ビスマスバリウム((Bi,Ba)(Fe,Mn,Zn,Ti)O
3)等が挙げられる。
【0029】
また、チタン酸ビスマス系としては、チタン酸ビスマスナトリウム((Bi,Na)TiO
3)、チタン酸ビスマスナトリウムカリウム((Bi,Na,K)TiO
3)、チタン酸亜鉛酸ビスマスバリウムナトリウム((Bi,Na,Ba)(Zn,Ti)O
3)、チタン酸銅酸ビスマスバリウムナトリウム((Bi,Na,Ba)(Cu,Ti)O
3)が挙げられる。その他、チタン酸ビスマスカリウム((Bi,K)TiO
3)、クロム酸ビスマス(BiCrO
3)等が挙げられる。また、上述した複合酸化物に、例えば、Bi(Zn
1/2Ti
1/2)O
1/2、(Bi
1/2K
1/2)TiO
3、(Li,Na,K)(Ta,Nb)O
3を添加したものであってもよい。
【0030】
圧電材料層74がBi、Fe、Ba及びTiを含むペロブスカイト構造の複合酸化物である場合、複合酸化物は、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶、または、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体としても表される。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマスや、チタン酸バリウムは、単独では検出されないものである。ここで、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムは、それぞれペロブスカイト構造を有する公知の圧電材料であり、それぞれ種々の組成のものが知られている。例えば、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムとして、BiFeO
3やBaTiO
3以外に、元素(Bi、Fe、Ba、TiやO)が一部欠損する又は過剰であったり、元素の一部が他の元素に置換されたものも知られているが、本実施形態で鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムと表記した場合、基本的な特性が変わらない限り、欠損・過剰により化学量論の組成からずれたものや元素の一部が他の元素に置換されたものも、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムの範囲に含まれるものとする。また、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの比も、種々変更することができる。
【0031】
このようなBi、Fe、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電材料層74の組成は、((Bi,Ba)(Fe,Ti)O
3)で表される。代表的には、下記一般式(1)で表される混晶として表される。また、この式(1)は、下記一般式(1’)で表すこともできる。ここで、一般式(1)及び一般式(1’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成のずれは勿論、元素の一部置換等も許容される。例えば、化学量論比が1とすると、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。また、下記のように一般式で表した場合は異なるものであっても、Aサイトの元素とBサイトの元素との比が同じものは、同一の複合酸化物とみなせる場合がある。
【0032】
(1−x)[BiFeO
3]−x[BaTiO
3] (1)
(0<x<0.40)
(Bi
1−xBa
x)(Fe
1−xTi
x)O
3 (1’)
(0<x<0.40)
【0033】
また、圧電材料層74がBi、Fe、Ba及びTiを含むペロブスカイト構造の複合酸化物である場合、Bi、Fe、Ba及びTi以外の元素をさらに含んでいてもよい。他の元素としては、例えば、Mn、Co、Crなどが挙げられる。勿論、他の元素を含む複合酸化物である場合も、ペロブスカイト構造を有する必要がある。圧電材料層74が、Mn、CoやCrを含む場合、Mn、CoやCrはBサイトに位置した構造の複合酸化物である。例えば、Mnを含む場合、圧電材料層74を構成する複合酸化物は、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体のFeの一部がMnで置換された構造、又は、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物として表され、基本的な特性は鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物と同じであるが、リーク特性が向上することがわかっている。また、CoやCrを含む場合も、Mnと同様にリーク特性が向上するものである。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウム、鉄酸マンガン酸ビスマス、鉄酸コバルト酸ビスマス、及び鉄酸クロム酸ビスマスは、単独では検出されないものである。また、Mn、CoおよびCrを例として説明したが、その他遷移金属元素の2元素を同時に含む場合にも同様にリーク特性が向上することがわかっており、これらも圧電材料層74とすることができ、さらに、特性を向上させるため公知のその他の添加物を含んでもよい。特に、Mnを含有すると、リーク特性が向上するだけでなく、マンガン酸ビスマスを含むバッファー層72との相性が良好なためか、クラック発生の抑制効果がさらに向上すると推定される。
【0034】
このようなBi、Fe、Ba及びTiに加えてMn、CoやCrも含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電材料層74は、((Bi,Ba)(Fe,Ti,Mn,Co,Cr)O
3)で表される。代表的には、下記一般式(2)で表される混晶である。また、この式(2)は、下記一般式(2’)で表すこともできる。なお一般式(2)及び一般式(2’)において、Mは、Mn、CoまたはCrである。ここで、一般式(2)及び一般式(2’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成のずれは許容される。例えば、化学量論が1であれば、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。また、下記のように一般式で表した場合は異なるものであっても、Aサイトの元素とBサイトの元素との比が同じものは、同一の複合酸化物とみなせる場合がある。
【0035】
(1−x)[Bi(Fe
1−yM
y)O
3]−x[BaTiO
3] (2)
(0<x<0.40、0.01<y<0.10)
(Bi
1−xBa
x)((Fe
1−yM
y)
1−xTi
x)O
3 (2’)
(0<x<0.40、0.01<y<0.10)
【0036】
圧電材料層74がBi、Na及びTiを含むペロブスカイト構造の複合酸化物である場合、複合酸化物は、チタン酸ビスマスナトリウムを主成分とする材料で構成されることが好ましいが、他の圧電特性を有する材料を含む混晶又は固溶体とすることができる。他の圧電特性を有する材料としては、ペロブスカイト構造の酸化物であって、例えば、チタン酸バリウム、チタン酸ビスマスカリウム、ニオブ酸ナトリウム、ニオブ酸カリウム、ニオブ酸リチウム、ビスマスフェライト、クロム酸ビスマス、コバルト酸ビスマス、アルミ酸ビスマスなどの非鉛含有化合物の群より選ばれる少なくとも1種とすることができる。また、上述と同様に、Bi、Na及びTiを含む圧電材料層74についても、Mn、CoやCrなどを含有することができる。これらの元素を少なくとも1以上含有することにより、リーク特性は向上する。
【0037】
圧電材料層74が鉛、チタン及びジルコニウムを含むペロブスカイト構造の酸化物である場合、酸化物は、チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O
3)を主成分とする材料で構成されることが好ましいが、その他、マグネシウム酸ニオブ酸鉛とチタン酸鉛の固溶体(Pb(Mg
1/3Nb
2/3)O
3−PbTiO
3)、亜鉛酸ニオブ酸鉛とチタン酸鉛の固溶体(Pb(Zn
1/3Nb
2/3)O
3−PbTiO
3)等を用いてもよい。
【0038】
いずれにしても圧電材料層74の圧電材料は、ペロブスカイト構造の結晶からなるものであれば上記の圧電材料に限定されない。
【0039】
本実施形態における圧電材料層74は、配向制御層として作用するバッファー層72上に形成されるため、圧電材料層74の結晶は、特定の方位、特に(100)面に強配向した膜となる。これにより、圧電材料層74のペロブスカイト構造の結晶成長は促進され、後述する実施例に示すように、圧電材料層74のクラックの発生は抑制される。このような結晶が特定の向きに強配向した膜は、強配向していない膜よりも、圧電体の特性を発揮させることが可能となる。この結果、本実施形態の圧電材料層74の圧電特性は優れたものとなる。
【0040】
なお、バッファー層72や、圧電材料層74の厚さは限定されない。例えば、バッファー層72の厚さは10nm〜200nmである。また、圧電材料層74の厚さは例えば3μm以下、好ましくは0.3〜1.5μmである。
【0041】
このような圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、弾性膜50上や必要に応じて設ける絶縁体膜上にまで延設される、例えば、金(Au)等からなるリード電極90が接続されている。
【0042】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、第1電極60、弾性膜50や必要に応じて設ける絶縁体膜及びリード電極90上には、マニホールド100の少なくとも一部を構成するマニホールド部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このマニホールド部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。また、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、マニホールド部31のみをマニホールドとしてもよい。さらに、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、必要に応じて設ける絶縁体膜等)にマニホールド100と各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0043】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
【0044】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0045】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
【0046】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
【0047】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってマニホールド部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0048】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性膜50、密着層56、第1電極60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0049】
次に、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法の一例について、
図4〜
図8を参照して説明する。なお、
図4〜
図8は、圧力発生室の長手方向の断面図である。本実施形態では、圧電材料層74として、Bi、Fe、Ba及びTiを含む複合酸化物を形成する場合について例示する。
【0050】
まず、
図4(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハー110の表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン(SiO
2)等からなる二酸化シリコン膜を熱酸化等で形成する。次いで、
図4(b)に示すように、弾性膜50(二酸化シリコン膜)上に、酸化チタン等からなる密着層56を、スパッタリング法や熱酸化等で形成する。
【0051】
次に、
図5(a)に示すように、密着層56の上に、白金からなる第1電極60をスパッタリング法や蒸着法等により全面に形成する。次に、
図5(b)に示すように、第1電極60上に所定形状のレジスト(図示無し)をマスクとして、密着層56及び第1電極60の側面が傾斜するように同時にパターニングする。
【0052】
次いで、レジストを剥離した後、この第1電極60上に、マンガン、ビスマス又はマンガン、ビスマス及び鉄を含むバッファー層前駆体膜71を形成する。このバッファー層前駆体膜71は、例えば、金属錯体を含む溶液を塗布乾燥し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなるバッファー層72を得るMOD(Metal−Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて製造できる。その他、レーザーアブレーション法、スパッタリング法、パルス・レーザー・デポジション法(PLD法)、CVD法、エアロゾル・デポジション法などでも、バッファー層72を製造することができる。
【0053】
バッファー層72を化学溶液法で形成する場合の具体的な形成手順例としては、まず、
図5(c)に示すように、Ptからなる第1電極60上に、金属錯体、具体的には、Bi、Mn、必要に応じてFe等を含有する金属錯体を含むMOD溶液やゾルからなるバッファー層形成用組成物(バッファー層の前駆体溶液)をスピンコート法などを用いて、塗布してバッファー層前駆体膜71を形成する(バッファー層前駆体溶液塗布工程)。
【0054】
塗布するバッファー層の前駆体溶液は、焼成によりマンガン酸ビスマス又はマンガン酸ビスマス及び鉄酸ビスマスの混晶の複合酸化物を形成しうる金属錯体を混合し、該混合物を有機溶媒に溶解または分散させたものである。Biや、Fe、Co、Na、Mg等をそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸ビスマス、酢酸ビスマスなどが挙げられる。Mnを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸マンガン、酢酸マンガンなどが挙げられる。Feを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸鉄、酢酸鉄、トリス(アセチルアセトナート)鉄などが挙げられる。勿論、Biや、Mn、Fe等を二種以上含む金属錯体を用いてもよい。また、バッファー層の前駆体溶液の溶媒としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、オクタン、デカン、シクロヘキサン、キシレン、トルエン、テトラヒドロフラン、酢酸、オクチル酸などが挙げられる。
【0055】
このように、バッファー層72を作製するには、例えば、Bi、Mn、Feの金属錯体を含む前駆体溶液を用い、これをPtからなる第1電極60上に塗布等し焼成すればよい。前駆体溶液等の原料の組成は特に限定されず、各金属が所望のモル比となるように混合すればよい。
【0056】
次いで、このバッファー層前駆体膜71を所定温度(例えば、150〜200℃)に加熱して一定時間乾燥させる(バッファー層乾燥工程)。次に、乾燥したバッファー層前駆体膜71を所定温度(例えば、350〜450℃)に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(バッファー層脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、バッファー層前駆体膜71に含まれる有機成分を、例えば、NO
2、CO
2、H
2O等として離脱させることである。バッファー層乾燥工程やバッファー層脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。
【0057】
次に、
図5(d)に示すように、バッファー層前駆体膜71を所定温度、例えば600〜850℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって結晶化させ、マンガン、ビスマス又はマンガン、ビスマス及び鉄の酸化物からなるバッファー層72を形成する(焼成工程)。
【0058】
このバッファー層焼成工程においても、雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。バッファー層乾燥工程、バッファー層脱脂工程及びバッファー層焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。
【0059】
本実施形態では、塗布工程を1回として1層からなるバッファー層72を形成したが、上述したバッファー層塗布工程、バッファー層乾燥工程及びバッファー層脱脂工程や、バッファー層塗布工程、バッファー層乾燥工程、バッファー層脱脂工程及びバッファー層焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数層からなるバッファー層72を形成してもよい。
【0060】
次に、バッファー層72上にBi、Fe、Ba及びTiを含む複合酸化物からなる圧電材料層74を形成する。圧電材料層74は、例えば、金属錯体を含む溶液を塗布乾燥し、脱脂することにより製造することができる。その他、レーザーアブレーション法、スパッタリング法、パルス・レーザー・デポジション法(PLD法)、CVD法、エアロゾル・デポジション法などでも圧電材料層74を製造することもできる。
【0061】
圧電材料層74を化学溶液法で形成する場合の具体的な形成手順例としては、まず、
図6(a)に示すように、バッファー層72上に、金属錯体、具体的には、Bi、Fe、Ba及びTiを含有する金属錯体を含むMOD溶液やゾルからなる酸化物層形成用組成物(前駆体溶液)をスピンコート法などを用いて、塗布して圧電材料層74前駆体膜(圧電体層前駆体膜)73を形成する(塗布工程)。
【0062】
塗布する前駆体溶液は、焼成によりBi、Fe、Ba及びTiを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体を混合し、該混合物を有機溶媒に溶解または分散させたものである。また、Mn、CoやCrを含む複合酸化物からなる圧電材料層74を形成する場合は、さらに、Mn、CoやCrを有する金属錯体を含有する前駆体溶液を用いる。Biや、Fe、Ba、Ti、Mn、Co、Crをそれぞれ含む金属錯体を有する金属錯体の混合割合は、各金属が所望のモル比となるように混合すればよい。Bi、Fe、Ba、Ti、Mn、Co、Crをそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸ビスマス、酢酸ビスマスなどが挙げられる。Feを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸鉄、酢酸鉄、トリス(アセチルアセトナート)鉄などが挙げられる。Baを含む金属錯体としては、例えばバリウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸バリウム、バリウムアセチルアセトナートなどが挙げられる。Tiを含有する金属錯体としては、例えばチタニウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸チタン、チタン(ジ−i−プロポキシド)ビス(アセチルアセトナート)などが挙げられる。Mnを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸マンガン、酢酸マンガンなどが挙げられる。Coを含む有機金属化合物としては、例えば2−エチルヘキサン酸コバルト、コバルト(III)アセチルアセトナートなどが挙げられる。Crを含む有機金属化合物としては、2−エチルヘキサン酸クロムなどが挙げられる。勿論、Biや、Fe、Ba、Ti、Mn、Co、Crを二種以上含む金属錯体を用いてもよい。また、前駆体溶液の溶媒としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、オクタン、デカン、シクロヘキサン、キシレン、トルエン、テトラヒドロフラン、酢酸、オクチル酸などが挙げられる。
【0063】
次いで、この圧電材料層前駆体膜73を所定温度(例えば、150〜200℃)に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。次に、乾燥した圧電材料層前駆体膜73を所定温度(例えば、350〜450℃)に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、圧電材料層前駆体膜73に含まれる有機成分を、例えば、NO
2、CO
2、H
2O等として離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。なお、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を複数回行ってもよい。
【0064】
次に、
図6(b)に示すように、圧電材料層前駆体膜73を所定温度、例えば600〜850℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって焼成する(焼成工程)。これにより結晶化し、Bi、Fe、Ba、Tiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電材料層74となる。この焼成工程においても、雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。
【0065】
次いで、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数の圧電材料層74を形成することで、
図6(c)に示すように、バッファー層72及び複数層の圧電材料層74からなる所定厚さの圧電体層70を形成する。例えば、塗布溶液の1回あたりの膜厚が0.1μm程度の場合には、例えば、1層のバッファー層72と10層の圧電材料層74からなる圧電体層70全体の膜厚は約1.1μm程度となる。なお、本実施形態では、圧電材料層74を積層して設けたが、1層のみでもよい。
【0066】
このように、マンガン酸ビスマス又はマンガン酸ビスマス及び鉄酸ビスマスの混晶からなるバッファー層72を形成すると、この上に形成されるBi、Fe、Ba及びTiを含む圧電材料からなる層(本実施形態においては圧電材料層74)を、バッファー層上に形成しなかった場合と比較して、顕著にクラックの発生を抑制することができる。これは、バッファー層72によって、その上に形成される圧電材料層74のペロブスカイト構造の結晶成長が促進され、結晶が特定の方位、特に(100)面に強配向するためと推測される。結晶が特定の方位に強配向した膜は、結晶性が良好となり、ランダムな配向の場合よりも、圧電体の特性を発揮させることが可能となる。
【0067】
また、バッファー層72上に形成される圧電材料層74は、バッファー層72によりその配向性が制御され、バッファー層72の組成や成膜条件に依存して、特定の方位に強く配向した圧電材料層74となる。本実施形態では、バッファー層72をマンガン酸ビスマス又はマンガン酸ビスマス及び鉄酸ビスマスの混晶とすることにより、圧電材料層74の結晶は、特定の方位、特に(100)面に強配向した膜となる。
【0068】
圧電体層70を形成した後は、
図7(a)に示すように、圧電体層70上に白金等からなる第2電極80をスパッタリング法等で形成し、各圧力発生室12に対向する領域に、圧電体層70及び第2電極80を同時にパターニングして、第1電極60と圧電体層70と第2電極80を有する圧電素子300を形成する。なお、圧電体層70と第2電極80とのパターニングでは、所定形状に形成したレジスト(図示なし)を介してドライエッチングすることにより一括して行うことができる。その後、必要に応じて、例えば、600〜850℃の温度域でアニールを行ってもよい。これにより、圧電体層70と第1電極60や第2電極80との良好な界面を形成することができ、かつ、圧電体層70の結晶性をさらに高くすることができる。
【0069】
次に、
図7(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなるリード電極90を形成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
【0070】
次に、
図7(c)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤35を介して接合した後に、流路形成基板用ウェハー110を所定の厚さに薄くする。
【0071】
次に、
図8(a)に示すように、流路形成基板用ウェハー110上に、マスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。
【0072】
そして、
図8(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
【0073】
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面のマスク膜52を除去した後にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を
図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIとする。
【実施例】
【0074】
以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、実施例1〜7及び比較例1,2のバッファー層の組成、焼成条件、バッファー層前駆体溶液の濃度を表1に示す。
【0075】
(実施例1)
まず、(100)単結晶シリコン(Si)基板の表面に熱酸化により膜厚1200nmの酸化シリコン(SiO
2)膜を形成した。次に、SiO
2膜上にRFマグネトロンスパッター法により膜厚40nmのチタン膜を作製し、熱酸化することで酸化チタン膜を形成した。次に、酸化チタン膜上にRFマグネトロンスパッター法により、(111)面に配向し厚さ100nmの白金膜(第1電極60)を形成した。
【0076】
次いで、第1電極60上にBi、Mn及びFeを含むバッファー層72を形成した。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸鉄及び2−エチルヘキサン酸マンガンのn−オクタン溶液を、モル濃度比がBi:Fe:Mn=100:93:7となるように混合して、バッファー層の前駆体溶液を調製した。
【0077】
次いで、バッファー層の前駆体溶液を、酸化チタン膜及び白金膜が形成された上記基板上に滴下し、3000rpmで基板を回転させてスピンコート法によりバッファー層前駆体膜71を形成した(バッファー層塗布工程)。次に、ホットプレート上で、180℃で2分間乾燥した(バッファー層乾燥工程)。次いで、350℃で2分間脱脂を行った(バッファー層脱脂工程)。その後に、300℃/秒で650℃まで昇温し、酸素雰囲気中で、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置で650℃2分間の焼成を行うことにより、マンガン酸ビスマスと鉄酸ビスマスとの混晶からなるバッファー層72を形成した(バッファー層焼成工程)。
【0078】
次いで、このバッファー層72上にBi、Fe、Ba、Ti及びMnを含む圧電材料層74を形成した。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸鉄、2−エチルヘキサン酸バリウム、2−エチルヘキサン酸チタン及び2−エチルヘキサン酸マンガンの各n−オクタン溶液を、各元素がモル比でBi:Fe:Ba:Ti:Mn=75:71.25:25:25:3.75となるように混合して、前駆体溶液を調製した。
【0079】
そしてこの前駆体溶液を、バッファー層72上に滴下し、3000rpmで基板を回転させてスピンコート法により圧電材料層前駆体膜73を形成した(塗布工程)。次に、ホットプレート上で、180℃で2分間乾燥した(乾燥工程)。次いで、350℃で2分間脱脂を行った(脱脂工程)。その後、400℃/秒で750℃まで昇温し、酸素雰囲気中で、RTA装置で750℃2分間の焼成を行うことにより、結晶化させて、Bi、Fe、Ba、Ti及びMnを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電材料層74を形成した(焼成工程)。その後、圧電材料層前駆体膜73の塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を2回繰り返した後、焼成工程を行い、塗布から焼成までを4回繰り返し、バッファー層72及び圧電材料層74からなる、厚さ700nmの圧電体層70を形成した。
【0080】
(実施例2)
バッファー層前駆体膜の焼成条件を、400℃/秒で750℃まで昇温し、酸素雰囲気中で、RTA装置で750℃2分間の焼成とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0081】
(実施例3)
バッファー層の前駆体溶液として、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸鉄、2−エチルヘキサン酸マンガンのn−オクタン溶液を、モル濃度比がBi:Fe:Mn=100:99.3:0.7となるように混合したものを用い、バッファー層前駆体膜の焼成条件を、400℃/秒で750℃まで昇温し、酸素雰囲気中で、RTA装置で750℃2分間の焼成とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0082】
(実施例4)
バッファー層の前駆体溶液として、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸鉄、2−エチルヘキサン酸マンガンのn−オクタン溶液を、モル濃度比がBi:Fe:Mn=100:97:3となるように混合したものを用い、バッファー層前駆体膜の焼成条件を、2℃/秒で750℃まで昇温し、酸素雰囲気中で、RTA装置で750℃2分間の焼成とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0083】
(実施例5)
バッファー層の前駆体溶液として、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸鉄、2−エチルヘキサン酸マンガンのn−オクタン溶液を、モル濃度比がBi:Fe:Mn=100:85:15となるように混合したものを用い、バッファー層前駆体膜の焼成条件を、2℃/秒で750℃まで昇温し、酸素雰囲気中で、RTA装置で750℃2分間の焼成とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0084】
(実施例6)
バッファー層の前駆体溶液として、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸鉄、2−エチルヘキサン酸マンガンのn−オクタン溶液を、モル濃度比がBi:Fe:Mn=100:96:4となるように混合し、ビスマスのモル濃度が0.125mol/Lとなるようにn−オクタンで調製したものを用い、バッファー層前駆体膜の焼成条件を、2℃/秒で750℃まで昇温し、酸素雰囲気中で、RTA装置で750℃2分間の焼成とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0085】
(実施例7)
バッファー層の前駆体溶液として、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸鉄、2−エチルヘキサン酸マンガンのn−オクタン溶液を、モル濃度比がBi:Fe:Mn=100:0:100となるように混合し、ビスマスのモル濃度が0.03125mol/Lとなるようにn−オクタンで調節したものを用い、バッファー層前駆体膜の焼成条件を、2℃/秒で700℃まで昇温し、酸素雰囲気中で、RTA装置で700℃2分間の焼成とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0086】
(実施例8)
バッファー層の前駆体溶液として、2−エチルヘキサン酸ビスマス及び2−エチルヘキサン酸マンガンのn−オクタン溶液を、モル濃度比がBi:Mn=100:100となるように混合し、ビスマスのモル濃度が0.03125mol/Lとなるようにn−オクタンで調節したものを用い、バッファー層前駆体膜の焼成条件を、3℃/秒で700℃まで昇温し、酸素雰囲気中で、RTA装置で700℃2分間の焼成を行った。
【0087】
次いで、このバッファー層72上にBi、Na及びTiを含む圧電材料層74を形成した。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸ナトリウム及び2−エチルヘキサン酸チタンの各n−オクタン溶液を、各元素がモル比でBi:Na:Ti=50:50:100となるように混合して、前駆体溶液を調製した。他の操作は、実施例1と同様に行った。
【0088】
(実施例9)
バッファー層の前駆体溶液として、2−エチルヘキサン酸ビスマス及び2−エチルヘキサン酸マンガンのn−オクタン溶液を、モル濃度比がBi:Mn=100:100となるように混合し、ビスマスのモル濃度が0.03125mol/Lとなるようにn−オクタンで調節したものを用い、バッファー層前駆体膜の焼成条件を、3℃/秒で700℃まで昇温し、酸素雰囲気中で、RTA装置で700℃2分間の焼成を行った。
【0089】
次いで、このバッファー層72上に鉛、チタン及びジルコニウムを含む圧電材料層74を形成した。その手法は以下のとおりである。まず、酢酸鉛3水和物、チタニウムイソプロポキシド、ジルコニウムアセチルアセトナートの各ブチルセロソルブ溶媒を、各元素がモル比でPb:Ti:Zr=1.10:0.44:0.56となるように混合し、安定剤としてジエタノールアミン、増粘剤としてポリエチレングリコールを混合して、前駆体溶液を調製した。他の操作は、実施例1と同様に行った。
【0090】
(比較例1)
バッファー層を形成せず、バッファー層の前駆体溶液の代わりに、Bi、Fe、Ba、Ti及びMnを含む圧電材料層と同様の組成の前駆体溶液を用い、焼成条件を、400℃/秒で750℃まで昇温し、酸素雰囲気中で、RTA装置で750℃2分間の焼成とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0091】
(比較例2)
バッファー層を形成せず、バッファー層の前駆体溶液の代わりに、Bi、Fe、Ba、Ti及びMnを含む圧電材料層と同様の組成の前駆体溶液を用い、焼成条件を、2℃/秒で750℃まで昇温し、酸素雰囲気中で、RTA装置で750℃2分間の焼成とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0092】
(比較例3)
バッファー層を形成せず、バッファー層の前駆体溶液の代わりに、Bi、Na及びTiを含む圧電材料層と同様の組成の前駆体溶液を用いて圧電材料層を形成した以外は、実施例8と同様の操作を行った。
【0093】
(比較例4)
バッファー層を形成せず、バッファー層の前駆体溶液の代わりに、Pb、Ti及びZrを含む圧電材料層と同様の組成の前駆体溶液を用いて圧電材料層を形成した以外は、実施例9と同様の操作を行った。
【0094】
(試験例1)
実施例1〜2及び比較例1〜2の圧電体層(Bi、Fe、Ba、Ti及びMnを含む)について、PANalytical社の「X’Pert PRO MRD」を用いて、2θ、θを固定したときのχ方向の測定を行い、結果を
図9〜
図10に示す。
【0095】
図9〜
図10の(a)は、2θ、θを圧電体層70が(100)配向した場合に回折ピークが得られる位置である2θ=22.5°、θ=11.25°で固定し、χ方向へスキャンしたときの測定結果を示し、(b)は、2θ、θを圧電体層70が(110)配向した場合に回折ピークが得られる位置である2θ=32.0°、θ=16.0°で固定し、χ方向へスキャンしたときの測定結果を示す。また、
図9は実施例1,2、
図10は比較例1,2に関しての角度依存性を示す。
【0096】
そして、
図9〜
図10の(a)の各実施例、比較例のそれぞれに対し、ピークとなるχの値を求め、ピークが複数ある場合はそのχが最小となる値を表1に示した。この求めたχの角度が圧電体層70が(100)配向した場合の結晶方位とそのサンプルの結晶方位との傾き角を示す。
【0097】
また、
図9〜
図10の(b)の各実施例、比較例のそれぞれに対し、ピークとなるχの値を求め、ピークが複数ある場合はそのχが最小となる値を表1に示した。この求めたχの角度が圧電体層70が(110)配向した場合の結晶方位とそのサンプルの結晶方位との傾き角を示す。
【0098】
また、測定で得られた各結晶方位と傾き角との関係より、圧電体層70が立方晶であるものとして各実施例、比較例の配向の面指数を求め、表1に表記した。
【0099】
さらに、実施例3〜7についても同様に測定し、結晶方位との傾き角、配向を求め、表1に示した。
【0100】
この結果、バッファー層72の組成とそれに付随して作製条件を変更することで、圧電体層70を任意の向き、具体的には、実施例3〜7の圧電体層70を(100)面に強配向させ、実施例1,2の圧電体層70を(100)面とほぼ等価な面に強配向させることが可能であることがわかった。
【0101】
(試験例2)
実施例1〜7及び比較例1〜2において、第2電極80を形成していない状態の圧電体層70について、形成直後の表面を、金属顕微鏡により100倍にて観察した。この結果を
図11〜
図15に示す。
【0102】
この結果、
図11〜
図14に示すように、実施例1〜7では、クラックの発生がなかったが、
図15に示すように、比較例1,2では、多くのクラックが発生していることがわかった。また、65時間経過後に観察した結果、バッファー層がある実施例1〜7においてはクラックが発生していなかったことを確認した。これは、バッファー層を設けることにより、実施例1〜7の圧電材料層のペロブスカイト構造の結晶成長が(100)方向に促進され、結晶面がクラックが発生しにくい(100)方向に揃うことによる効果と考えられる。
【0103】
なお、実施例8の圧電体層(Bi、Na及びTiを含む)及び実施例9の圧電体層(Pb、Ti及びZrを含む)についての顕微鏡観察は行っていないが、後述する試験例3の結果より、これらの結晶もバッファー層を設けることにより、結晶配向性が制御されることがわかっている。このため、実施例8及び実施例9の圧電体層についてもクラックの発生がない膜であると推定される。
【0104】
【表1】
【0105】
(試験例3)
実施例8及び比較例3の圧電体層(Bi、Na及びTi)、実施例9及び比較例4の圧電体層(Pb、Ti及びZr)について、Bruker AXS社製の「D8 Discover」を用い、X線回折の測定を行い、X線回折強度を示す二次元マッピングと、それを積分することにより、(強度)−(2θ)のグラフを得た。
図16、
図17に、(強度)−(2θ)のグラフを示す。また、
図18に、実施例8及び比較例3の二次元マッピングを示し、
図19に、実施例9及び比較例4の二次元マッピングを示す。
【0106】
最初に、X線回折ピークの測定結果について説明する。
図16に示すように、バッファー層がない比較例3の圧電体層と、バッファー層がある実施例8の圧電体層は共に、(100)面を示すピークと、(110)面を示すピークが認められた。この結果、実施例8及び比較例3の圧電体層は(100)面及び(110)面に配向していることがわかった。しかしながら、実施例8の圧電体層では、(100)面のピーク強度が(110)面のピーク強度よりも数倍以上高い。これにより、実施例8の圧電体層は(100)面に主配向することがわかった。同様に、比較例3の圧電体層は(110)面に主配向することがわかった。なお、このような実施例8の結晶配向が(100)面に配向していることは、後述する二次元マッピングからも確認されている。また、比較例3の結晶配向が(110)面に配向していることは、後述する二次元マッピングからも確認されている(
図18参照)。
【0107】
また、
図17に示すように、バッファー層がない比較例4の圧電体層は、(111)面を示す強いピークと、(110)面を示す弱いピークが認められただけであったが、バッファー層72がある実施例9の圧電体層は、(110)面の強いピークと、比較例4では認められなかった(100)面の強いピークが現れた。この結果、実施例9の圧電体層の結晶は、バッファー層を設けることにより、(100)面及び(110)面に強配向することがわかった。また、比較例4の圧電体層は(111)配向が主配向であることがわかった。なお、実施例9の配向は、後述するX線回折の写真から、(110)面より(100)面に主配向していることが確認されている(
図18参照)。詳細は後述する。
【0108】
次に、二次元マッピングについて説明する。
図18,19に示す二次元マッピングは、二次元の検出器の2θの位置をそれぞれ、40°、25°に固定し、サンプルの角度を動かすことにより得られたものある。なお、回折ピークが得られる位置は、
図18の場合、(100)面が2θ=22.9°、(110)面が2θ=32.9°、(111)面が2θ=40.6°付近となり、
図19の場合、(100)面が2θ=22.1°、(110)面が2θ=31.2°、(111)面が2θ=38.5°となる。
【0109】
このような二次元マッピングから、圧電体層が、(100)配向、(110)配向、(111)配向又はランダム配向であるか否かを判断することができる。例えば、(100)面に強配向している場合は、(100)面の回折線が観察される位置(2θ)において中央部にスポット状の回折線が観測される。一方、ランダム配向の場合は、一様な強度でリング状に回折線が観測される。
【0110】
図18に示すように、実施例8の圧電体層は、(100)配向を示す位置の中央部にスポット状の回折線が観測されたため、(100)面に主配向していることがわかった。一方、比較例3の圧電体層は、(110)配向を示す位置の中央部にスポット状に回折線が観測されたため、(110)面に主配向していることがわかった。なお、(111)配向を示す位置の回折線は白金(Pt)を示すと考えられる。
【0111】
図19に示すように、実施例9の圧電体層は、(100)配向を示す位置の中央部にスポット状の回折線が観測され、(110)配向を示す位置では、(100)配向を示す位置にみられる回折線の強度よりやや弱いスポット状の回折線と中央部から外周部にかけてリング状の回折線が観測された。この結果、実施例9の圧電体層は、(110)面より(100)面に主配向していることがわかった。一方、比較例4の圧電体層は、(111)配向を示す位置の中央部にスポット状の回折線が観測されたため、(111)面に主配向していることがわかった。この結果、
図18,
図19の二次元マッピングから判断された圧電体層の配向性は、
図16,
図17のX線回折ピークの測定結果と一致することが確認された。
【0112】
以上の試験例1〜3の結果から、バッファー層をマンガン酸ビスマス又は、マンガン酸ビスマス及び鉄酸ビスマスの混晶とすることにより、圧電体層の結晶性を配向制御することができ、特に(100)配向の配向度を向上させることが可能となることがわかった。そして、配向制御された圧電体層は、クラックが発生せず、その圧電体の特性を十分に発揮することが可能な膜となる。このような圧電体層を具備する圧電素子、液体噴射ヘッド及び液体噴射装置は、圧電特性に優れ、信頼性の高いものとなる。
【0113】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
【0114】
さらに、上述した実施形態では、基板(流路形成基板10)上に第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を順次積層した圧電素子300を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子にも本発明を適用することができる。
【0115】
また、これら実施形態のインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。
図20は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
【0116】
図20に示すインクジェット式記録装置IIにおいて、インクジェット式記録ヘッドIを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
【0117】
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8に巻き掛けられて搬送されるようになっている。
【0118】
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0119】
また、本発明にかかる圧電素子は、液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子に限定されず、その他のデバイスにも用いることができる。その他のデバイスとしては、例えば、超音波発信器等の超音波デバイス、超音波モーター、温度−電気変換器、圧力−電気変換器、強誘電体トランジスター、圧電トランス、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルター等のフィルターなどが挙げられる。また、センサーとして用いられる圧電素子、強誘電体メモリーとして用いられる圧電素子にも本発明は適用可能である。圧電素子が用いられるセンサーとしては、例えば、赤外線センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力センサー、焦電センサー、及びジャイロセンサー(角速度センサー)等が挙げられる。