(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6211051
(24)【登録日】2017年9月22日
(45)【発行日】2017年10月11日
(54)【発明の名称】転がり軸受部品
(51)【国際特許分類】
F16C 33/62 20060101AFI20171002BHJP
F16C 33/32 20060101ALI20171002BHJP
F16C 19/04 20060101ALI20171002BHJP
【FI】
F16C33/62
F16C33/32
F16C19/04
【請求項の数】8
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2015-502179(P2015-502179)
(86)(22)【出願日】2013年3月7日
(65)【公表番号】特表2015-511692(P2015-511692A)
(43)【公表日】2015年4月20日
(86)【国際出願番号】EP2013054546
(87)【国際公開番号】WO2013143817
(87)【国際公開日】20131003
【審査請求日】2016年3月4日
(31)【優先権主張番号】102012205242.9
(32)【優先日】2012年3月30日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】515009952
【氏名又は名称】シェフラー テクノロジーズ アー・ゲー ウント コー. カー・ゲー
【氏名又は名称原語表記】Schaeffler Technologies AG & Co. KG
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100099483
【弁理士】
【氏名又は名称】久野 琢也
(72)【発明者】
【氏名】エトガー シュトライト
(72)【発明者】
【氏名】オスカー ベーア
【審査官】
上谷 公治
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許出願公開第2006/0056754(US,A1)
【文献】
特開平09−257041(JP,A)
【文献】
特開平08−232964(JP,A)
【文献】
特開平11−080923(JP,A)
【文献】
特開2009−127114(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/62
F16C 19/04
F16C 33/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受部品(2,3,4)であって、
外側から内側に向かって減少する窒素含量を有する、窒化処理された縁ゾーン(5)と、
コアゾーン(6)と、
前記縁ゾーン(5)における外側から内側に向かって減少する圧縮残留応力と、
0.04mmの深さにおける870〜1000HV0.3の硬度と、
を有し、
0.3mmの深さにおける硬度が、0.04mmの深さにおける硬度よりも最大で250HV0.3だけ小さく、
前記縁ゾーン(5)における窒素含量の最大値の80%を下回る深さ(80N)が、圧縮残留応力が最大圧縮残留応力の80%となる深さ(80σ)の少なくとも1.75倍の深さに相応することを特徴とする転がり軸受部品(2,3,4)。
【請求項2】
0.3mmの深さにおいて、HV0.3で表される硬度が、0.04mmの深さにおける硬度の75%よりも大きい、請求項1記載の転がり軸受部品(2,3,4)。
【請求項3】
表面における圧縮残留応力の絶対値が、最小で500MPaであり、最大で1000MPaである、請求項1または2記載の転がり軸受部品(2,3,4)。
【請求項4】
0.05mmの深さにおける圧縮残留応力の値が、表面における圧縮残留応力の値の60%よりも小さい、請求項3記載の転がり軸受部品(2,3,4)。
【請求項5】
前記縁ゾーン(5)における窒素含量の最大値の80%を下回る深さ(80N)は、圧縮残留応力が最大圧縮残留応力の80%となる深さ(80σ)の最大で8倍の深さに相応する、請求項1から4までのいずれか1項記載の転がり軸受部品(2,3,4)。
【請求項6】
当該転がり軸受部品が軌道輪(2,3)として形成されている、請求項1から5までのいずれか1項記載の転がり軸受部品(2,3)。
【請求項7】
当該転がり軸受部品が転動体(4)として形成されている、請求項1から5までのいずれか1項記載の転がり軸受部品(4)。
【請求項8】
請求項6または7記載の転がり軸受部品(2,3,4)を有する転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、転がり軸受部品、特に転がり軸受の軌道輪に関する。
【0002】
発明の背景
転がり荷重を支持するための機械要素は、たとえば欧州特許第1774187号明細書および欧州特許第1774188号明細書から公知である。この機械要素は、マルテンサイト組織を有する鋼から成る転がり軸受要素、特に軌道輪であり、この転がり軸受要素は、熱化学的に形成された、窒素濃度増大された縁層を有する。
【0003】
発明の課題
本発明の根底を成す課題は、転がり軸受部品を上記公知先行技術に比べて改良することである。
【0004】
発明の要約
この課題は、本発明によれば、請求項1に記載の特徴を備えた転がり軸受部品によって解決される。転がり軸受部品は、好ましくは軌道輪として形成されていて、以下に挙げる特徴を具備している:
外側から内側に向かって減少する窒素含量を有する、窒化処理された縁ゾーン、
少なくともほぼ一定の硬度を有するコアゾーン、
縁ゾーンにおける外側から内側に向かって減少する圧縮残留応力、
0.04mmの深さにおける870〜1000HV0.3の硬度(以下「縁硬度」とも呼ぶ)、
この場合、0.3mmの深さにおける硬度は、縁硬度よりも最大で250HV0.3だけ小さい。
【0005】
本発明は、機械要素の安全臨界的な使用の場合、たとえば航空機における使用の場合に、可能な限り長い寿命と共に、高い損傷許容性が要求されるという思想を前提としている。個別事例において、さしあたり局所的な小さな損傷が発生した場合、少なくとも、相応する機器の危険なしの停止が可能となるまでは機械要素の機能性が維持されなくてはならない(たとえば航空機の場合では目的空港への到着)。このためには、損傷開始を可能な限り早期に検知すると共に、すべての部品が高い損傷許容性を有していることが必要となる。
【0006】
窒化処理された縁ゾーンを有する転がり軸受部品の場合、本発明によれば硬度が40μmの深さに関して最小で870HV0.3および最大で1000HV0.3に限定されていることにより、残留応力経過も限定され、この場合、窒化処理されたゾーンが、損傷に起因して中断された際に生じるせん断応力は、過剰転がり負荷を加えられた際の損傷の拡散が、窒化処理されていない縁ゾーンの場合よりも著しく迅速に行われないように制限される。さらに、窒化処理された材料は、硬度が増大するにつれて延性をも失う恐れがある。減じられた延性は、損傷の拡散に抗する抵抗の低下をも意味する。
【0007】
前述したように縁硬度を限定し、かつコアゾーンにおける最小硬度と縁硬度との間の最大差を250HV0.3に制限することによって、損傷の発生に対する大きな抵抗(十分な硬度と圧縮残留応力)に対する要求と共に、損傷の拡散に対する大きな抵抗(高い延性と高すぎない残留応力)に対する要求に最適に応えられる構成部品が提供される。0.3mmの深さにおいて、硬度(HV0.3で表示)は、好ましくは0.04mmの深さにおける硬度の75%よりも高く、特に80%よりも高い。転がり軸受部品の表面における圧縮残留応力の絶対値は、有利な実施態様においては最小で500MPaであり、最大で1000MPaである。0.05mmの深さにおける圧縮残留応力の値は、好ましくは表面における圧縮残留応力の値の60%よりも小さく、特に50%よりも小さい。
【0008】
転がり軸受部品の縁ゾーンにおける圧縮残留応力は、少なくとも転がり軸受部品の機械的に負荷されていない状態で存在する。この場合、従属請求項における圧縮残留応力に関するすべてのデータも、転がり軸受部品の機械的に負荷されていない状態に関する。
【0009】
有利な実施態様において、縁ゾーンにおける窒素含量の最大値の80%が下回られる深さは、圧縮残留応力が最大圧縮残留応力の80%となる深さの少なくとも1.75倍の深さ、特に少なくとも2倍の深さ、たとえば3倍の深さに相当する。
【0010】
縁ゾーンにおける窒素含量の最大値の80%が下回られる深さ、いわゆる80%窒素境界は、圧縮残留応力が、縁ゾーンにおける最大圧縮残留応力の80%の値を下回る深さ(80%圧縮残留応力境界)の、好ましくは最大で8倍の深さ、特に最大で4倍の深さに相当する。したがって、種々の可能な実施態様では、80%窒素境界は、80%圧縮残留応力境界の1.75倍〜4倍の範囲または2倍〜4倍の範囲または3倍〜4倍の範囲、または1.75倍〜8倍の範囲または2倍〜8倍の範囲または3倍〜8倍の範囲に位置する。
【0011】
硬度ならびに硬度差を上述したように限定すると同時に圧縮残留応力の経過および窒素含量を前述したように規定して制限することにより、靱性と硬度とに課せられた二律背反的な要求に均等に応えられる転がり軸受部品が提供される。特に、過剰転がり負荷の際の窒化処理されたゾーンの局所的な中断(「損傷」)の拡大に対する高い許容性と、厳格な条件下(たとえば、オイル流中での汚染)での長い運転時間とが与えられている。
【0012】
転がり軸受部品が製造される金属材料は、たとえばM50(AMS 6490/6491,80 MoCrV 42−16)の名称を有する鋼、またはM50NIL(AMS 6278,13 MoCrNiV 42−16−14)の名称を有する鋼である。その他の使用可能な材料は、冒頭で引用した先行技術に記載されている。
【0013】
以下に、本発明の実施の形態を図面につき詳しく説明する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】第1の転がり軸受を概略的に示す断面図である。
【
図2】第2の転がり軸受の軌道輪を示す横断面図である。
【
図3】残留応力を有する層の中断時におけるせん断応力の形成を示す原理図である。
【
図4】転がり軸受部品の硬度の分布を示す線図である。
【
図5】
図4に示す転がり軸受部品の残留応力の分布を示す線図である。
【
図6】
図4に示す転がり軸受部品の窒素の分布を示す線図である。
【0015】
図面の詳細な説明
図1には、全体を符号1で示した転がり軸受、つまり玉軸受の一部が図示されている。この玉軸受1は、軌道輪2,3、つまり、内輪2および外輪3(一般的に「転がり軸受部品2,3」と呼ぶ)と、同じく「転がり軸受部品」に含まれる転動体4とを有している。転がり軸受部品はすべて、この場合には金属の材料から製造されている。
【0016】
各転動体4は、マルテンサイト組織を有する鋼から形成されていて、熱化学的に形成された、窒化処理された、つまり窒素濃度増大された縁ゾーン5と、複数のパラメータに関して、特に化学的な組成の点で縁ゾーン5とは異なるコアゾーン6とを有している。縁ゾーン5とコアゾーン6との間の移行部は、
図1では破線によって描かれているが、この破線の位置ならびに図面全体は縮尺通りではない。
【0017】
縁ゾーン5内には外側から内側に向かって減少する圧縮残留応力が存在する。この場合、最大圧縮残留応力の80%が下回られる境界を、80%圧縮残留応力境界と呼び、図面においては80
σで示す。
【0018】
縁ゾーン5に存在する窒素は、やはり転動体4の表面から内側に向かって減少する。最大窒素濃度の80%が下回られる境界を、80%窒素境界と呼び、図面には80
Nで示す。80%窒素境界80
Nは、転動体4の表面から測定し、80%圧縮残留応力境界80
σの少なくとも1.75倍の深さ、たとえば2倍の深さ、特に3倍の深さに位置する。縁ゾーン5内では、転動体4の硬度値が、40μmの深さに対して最小で870HV0.3および最大で1000HV0.3である。この40μmの深さは、80%圧縮残留応力境界80
σと80%窒素境界80
Nとの間に位置していることが好ましい。コアゾーン6では、硬度が、縁ゾーン5よりも最大で250HV0.3だけ小さい。
【0019】
図2に示した転がり軸受1は、たとえばガスタービンに設けられた軸受として使用可能である。前で記載した材料パラメータに関する、
図2に示した転がり軸受1の軌道輪2,3の特性は、
図1に示した実施形態の転動体4の特性に相応する。特にこの場合にも、40μmの深さにおける転がり軸受部品2,3の硬度は、最小で870HV0.3および最大で1000HV0.3である。また、0.3mmの深さにおける転がり軸受部品2,3の硬度も、縁ゾーン5よりも最大で250HV0.3だけ小さい。
【0020】
図3には、残留応力を有する中断された層の場合のせん断応力の発生の推論が示されている。
図3に示した転がり軸受部品4は、
図1に示した実施形態の転動体4であり、この場合、
図3には窒化処理された縁ゾーン5の損傷が概略的に示されている。また、
図3に示した転がり軸受部品4は、
図2に示したような軌道輪2,3でもあってもよい。窒素濃度増大された層、すなわち縁ゾーン5が、
図3から判るように、局所的に中断させられていると、中断箇所(自由表面)には、応力は作用しない。その他の個所では、この場合、残留応力は、層厚さにわたる平均値として解されるべきである。
【0021】
ある特定の角度領域φ*内では、残留応力(垂直応力)が、妨害されていない範囲における残留応力にまで連続的に増大する。増大する残留応力のこのような範囲内では、平衡の理由により、付加的なせん断応力τが作用せざるを得ない。このような付加的なせん断応力τによって、損傷の更なる発生が助長される。縁ゾーン5における圧縮残留応力が高くなればなるほど、損傷時に発生するせん断応力もますます高くなる。転がり軸受部品4の窒化処理された縁ゾーン5における圧縮残留応力は、形成された硬度と関連している。
【0022】
図4には、本発明における縁硬度における、
図3に示した転がり軸受部品4の硬度分布が示されている。
図4から判るように、縁硬度は950HV0.3である。この硬度よりも250HV0.3だけ減じられた硬度値、つまり700HVを、転がり軸受部品4の全ての領域において、大幅に上回っている(
図4における詳細a参照)。同じく
図4から判るように、0.3mmの深さにおいて、硬度(HV0.3で表示)は、0.04mmの深さにおける硬度、つまり縁硬度の75%よりも上である(詳細b参照)。
【0023】
図5には、
図3に示した転がり軸受部品4内部の残留応力の曲線が示されている。転がり軸受部品4の表面では、圧縮残留応力が800MPaの値を有する(詳細c参照)。80%圧縮残留応力境界80
σは、0.005mm〜0.02mmの深さに位置する。0.05mmの深さでは、圧縮残留応力の値が、既にワーク表面における圧縮残留応力の値の1/2よりも下の値にまで低下されている(詳細d参照)。転がり軸受部品4の>0.3mmの深さでは、縁ゾーン5における圧縮残留応力に比べて値的に極めて小さな引張残留応力が存在する。
【0024】
図6には、
図3に示した転がり軸受部品4内部の窒素含量を示す曲線が描かれている。ワーク表面において、窒素含量は1.5%〜2.0%である(詳細e参照;単位は質量%)。ワーク表面から窒素含量は連続的に減少する。80%窒素境界80
Nは、0.02mm〜0.04mmの深さに位置する。
【0025】
前述の特性を有する窒化処理された縁ゾーン5により、厳格な条件下での運転においても、この層の局所的な損傷が生じた場合でも、硬度および圧縮残留応力の、過剰転がり負荷に対して極めて有利な構成が提供される。
【符号の説明】
【0026】
1 転がり軸受
2 軌道輪、転がり軸受部品
3 軌道輪、転がり軸受部品
4 転動体、転がり軸受部品
5 縁ゾーン
6 コアゾーン
σ
eig 残留応力(一般)
σ
eig,max 影響を受けていない窒化処理された層における残留応力
φ* 残留応力が形成される角度領域
dφ 微分角度領域
R 窒化処理された層の半径
t 窒化処理された層の厚さ
τ せん断応力
80
N 80%窒素境界
80
σ 80%圧縮残留応力境界