特許第6213066号(P6213066)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6213066高速断続切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
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  • 特許6213066-高速断続切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具 図000023
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6213066
(24)【登録日】2017年9月29日
(45)【発行日】2017年10月18日
(54)【発明の名称】高速断続切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23C 5/16 20060101AFI20171005BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20171005BHJP
【FI】
   B23C5/16
   B23B27/14 A
【請求項の数】6
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2013-178658(P2013-178658)
(22)【出願日】2013年8月29日
(65)【公開番号】特開2015-47642(P2015-47642A)
(43)【公開日】2015年3月16日
【審査請求日】2016年3月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100119921
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 正之
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【弁理士】
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100076679
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 和夫
(72)【発明者】
【氏名】龍岡 翔
(72)【発明者】
【氏名】山口 健志
(72)【発明者】
【氏名】長田 晃
【審査官】 青山 純
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−082207(JP,A)
【文献】 特開平08−209336(JP,A)
【文献】 特開2011−224716(JP,A)
【文献】 特開2012−061539(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23C 5/16
B23B 27/14
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、化学蒸着法により蒸着形成された平均層厚1〜20μmの立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、その平均組成を、
組成式:(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z
で表した場合、Al含有割合X、Si含有割合YおよびC含有割合Z(但し、X、Y、Zは何れも原子比)は、それぞれ、0.55≦X≦0.95、0.005≦Y≦0.10、0≦Z≦0.005、X+Y≦0.955を満足し、
(c)前記複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Lを中心に組成分析を行い、立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物のAl含有割合およびSi含有割合を求め、その平均値を平均Al含有割合Xおよび平均Si含有割合Y(但し、原子比)とすると、前記平均Al含有割合Xは、0.55≦X≦0.70であり、前記平均Si含有割合Yは、0.005≦Y≦0.05であり、また、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層から、複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Hを中心に組成分析を行い、立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物のAl含有割合およびSi含有割合を求め、その平均値を平均Al含有割合Xおよび平均Si含有割合Y(但し、原子比)とすると、前記平均Al含有割合Xは、X<X≦0.95であり、前記平均Si含有割合Yは、Y<Y≦0.10であり、さらに、複合窒化物または複合炭窒化物層中のAl含有割合およびSi含有割合は、複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層側に向かうにしたがって漸次増加する組成傾斜構造を有しており、
(d)前記複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Lにおける立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物結晶粒または複合炭窒化物結晶粒の工具基体表面と平行な面内の粒子幅の平均値を平均粒径Dとすると該平均粒径Dは0.1μm以下であり、また、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層から、複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Hにおける立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物結晶粒または複合炭窒化物結晶粒の工具基体の表面と平行な面内の粒子幅の平均値を平均粒径Dとすると該平均粒径Dは0.5〜2.0μmであり、さらに、立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物結晶粒または複合炭窒化物結晶粒の平均粒径は、複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層側に向かうにしたがって漸次増加する粒径分布を形成していることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層中に含有される平均塩素含有量は、0.001〜1.0原子%であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Lを中心に組成分析を行い、塩素の含有割合を求め、その平均値を平均塩素含有量Cとすると該平均塩素含有量Cは0.02〜1.0原子%であり、また、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層から複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Hを中心に組成分析を行い、塩素の含有割合を求め、その平均値を平均塩素含有量Cとすると該平均塩素含有量Cは0.001〜0.01原子%であり、さらに、複合窒化物または複合炭窒化物層中の平均塩素含有量は、複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層側に向かうにしたがって漸次減少する組成傾斜構造を有していることを特徴とする請求項2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記工具基体と前記TiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層の間にTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、0.1〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層が存在することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む上部層が存在することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により蒸着形成することを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の表面被覆切削工具の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工で、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を備えることにより、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金、炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットあるいは立方晶窒化ホウ素(以下、cBNで示す)基超高圧焼結体で構成された工具基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、硬質被覆層として、Ti−Al系の複合窒化物層を物理蒸着法により蒸着形成した被覆工具が知られており、これらは、すぐれた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ただ、前記従来のTi−Al系の複合窒化物層を蒸着形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性にすぐれるものの、高速断続切削加工で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、超硬合金、サーメットまたは高速度工具鋼を基体とする切削工具の基体上に、(Ti,Al,M)(C1−d)からなる硬質皮膜であって、0.02≦a≦0.2、0.8≦b≦0.95、a+b+c=1、0.5≦d≦1(Mは1種または2種以上の金属又は半金属元素であり、a、b、cはそれぞれTi、Al、M の原子比を示す、dはNの原子比を示す。以下同じ)の組成の硬質皮膜を、少なくとも1層以上被覆したことを特徴とする硬質皮膜被覆工具が提案されており、そしてこれによって、高速・高能率切削が可能で、すぐれた耐熱性および耐摩耗性を発揮するとされている。
この被覆工具は、硬質被膜のAl組成比を0.8≦b≦0.95まで高め、岩塩構造型AlNを主体とする結晶構造とすることにより、硬度と耐酸化性を同時に高めた点に特徴を有している。
【0004】
また、特許文献2には、基体と該基体上に形成された被膜とを備える被覆工具であって、被膜は、AlまたはCrのいずれか一方または両方の元素と、元素周期律表のIVa族元素、Va族元素、VIa族元素およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素およびホウ素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とにより構成される化合物と、塩素とを含むことを特徴とする被覆工具が提案されており、そして、被膜が塩素を含むことにより被膜表面における被削材との潤滑性が改善されるため、耐摩耗性が飛躍的に向上するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−88130号公報
【特許文献2】特開2006−82207号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削加工における省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にあり、被覆工具には、より一層、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性等の耐異常損傷性が求められるとともに、長期の使用に亘ってのすぐれた耐摩耗性が求められている。
しかし、前記特許文献1に記載されている被覆工具は、硬質皮膜を形成するに際し、硬質皮膜形成用ターゲットを蒸発原料とし、電界または磁界により収束されたプラズマを用いて原料を単一のルツボ又はハースから溶解・蒸発させる溶融蒸発型イオンプレーティング装置を使用し、硬質皮膜形成用ターゲットを蒸発させるのに必要な最初の電力供給と、所定時間をおいて最初の電力より順次増大させた電力の供給を、必要な最大電力供給に至るまで繰り返して供給し、未溶融部位を順次溶解させるか、硬質皮膜形成用ターゲットを蒸発させるに必要な最初のプラズマ領域にプラズマを収束させるために用いるプラズマ制御と、最初のプラズマ領域よりプラズマを順次移動・拡大せしめて最大のプラズマ領域に至るまで連続的に順次移動・拡大させるプラズマ制御を行い、未溶融部位を順次溶解させるという、複雑な方法を要するため、製造コストが高くなり、実用的ではなかった。
また、前記特許文献2に記載されている被覆工具は、被膜の結晶構造を均一に立方晶としているため、通常の切削条件においては十分な被膜特性が得られるものの、高速フライス切削加工や高速断続切削加工で用いた場合には、基体との密着強度が十分でなく、また、靭性に劣ることから、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷が発生しやすく、満足できる切削性能を発揮するとは言えない。
【0007】
そこで、本発明が解決しようとする技術的課題、すなわち、本発明の目的は、合金鋼や炭素鋼等を高速断続切削等に供した場合であっても、すぐれた靭性を備え、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前述の観点から、TiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物(以下、「(Ti,Al,Si)(C,N)」あるいは「(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)」で示すことがある)を少なくとも含む硬質被覆層を化学蒸着で蒸着形成した被覆工具の耐チッピング性、耐摩耗性の改善をはかるべく、鋭意研究を重ねた結果、次のような知見を得た。
【0009】
炭化タングステン基超硬合金(以下、「WC基超硬合金」で示す)、炭窒化チタン基サーメット(以下、「TiCN基サーメット」で示す)または立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体(以下、「cBN基超高圧焼結体」で示す)のいずれかで構成された工具基体の表面に硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
例えば、トリメチルアルミニウム(Al(CH)を反応ガス成分として含有する熱CVD法により、硬質被覆層に少なくとも含まれる層として、立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を蒸着形成するとともに、複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層側に向かうにしたがって、複合窒化物または複合炭窒化物層中のAl含有割合およびSi含有割合が漸次増加する組成傾斜構造を有することによって、組成に応じた(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)の格子定数の違いによる歪が積極的に導入され、その結果として、立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含む硬質被覆層の耐チッピング性が向上することを見出した。
なお、本発明における(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層(X、Y、Zは何れも原子比)は、0.55≦X≦0.95、0.005≦Y≦0.10、0≦Z≦0.005、X+Y≦0.955を満足するものであるから、従来の化学蒸着法では蒸着形成することが困難な高Al含有割合の立方晶構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物層であるが、トリメチルアルミニウム(Al(CH)を反応ガス成分として含有する化学蒸着法を用いることにより、高Al含有割合の立方晶構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物層を蒸着形成することを可能にした。
【0010】
また、本発明者らは、化学蒸着法により蒸着形成した立方晶構造の(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層によれば、工具基体側の界面から、表層側に向かうにしたがって平均粒径が漸次増加する粒径分布が形成され、これによって、工具基体側の界面と工具基体または下部層との境界において、すぐれた密着性を示し、また、表層側において、すぐれた耐摩耗性を発揮することを見出した。
【0011】
さらに、本発明者らは、本発明の化学蒸着法により立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を蒸着形成した場合には、層中に反応ガス成分に由来する微量の塩素が含有されるが、平均塩素含有量が1原子%以下であれば、複合窒化物または複合炭窒化物層の脆化は生じず硬質被覆層特性に悪影響を及ぼすことはないばかりか、複合窒化物または複合炭窒化物層と工具基体または下部層との界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層側に向かうにしたがって、平均塩素含有量が漸次減少する組成傾斜構造を有する場合には、複合窒化物または複合炭窒化物層は潤滑性を備えるばかりか、耐チッピング性も向上することを見出した。
【0012】
したがって、前述のような硬質被覆層を備えた被覆工具を、例えば、合金鋼や炭素鋼等を高速フライス切削加工や高速断続切削加工等に用いた場合には、チッピング、欠損、剥離等の発生が抑えられるとともに、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することができる。
【0013】
本発明は、前述の研究結果に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、化学蒸着法により蒸着形成された平均層厚1〜20μmの立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、その平均組成を、
組成式:(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z
で表した場合、Al含有割合X、Si含有割合YおよびC含有割合Z(但し、X、Y、Zは何れも原子比)は、それぞれ、0.55≦X≦0.95、0.005≦Y≦0.10、0≦Z≦0.005、X+Y≦0.955を満足し、
(c)前記複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Lを中心に組成分析を行い、立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物のAl含有割合およびSi含有割合を求め、その平均値を平均Al含有割合Xおよび平均Si含有割合Y(但し、原子比)とすると、前記平均Al含有割合Xは、0.55≦X≦0.70であり、前記平均Si含有割合Yは、0.005≦Y≦0.05であり、また、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層から、複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Hを中心に組成分析を行い、立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物のAl含有割合およびSi含有割合を求め、その平均値を平均Al含有割合Xおよび平均Si含有割合Y(但し、原子比)とすると、前記平均Al含有割合Xは、X<X≦0.95であり、前記平均Si含有割合Yは、Y<Y≦0.10であり、さらに、複合窒化物または複合炭窒化物層中のAl含有割合およびSi含有割合は、複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層側に向かうにしたがって漸次増加する組成傾斜構造を有しており、
(d)前記複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Lにおける立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物結晶粒または複合炭窒化物結晶粒の工具基体表面と平行な面内の粒子幅の平均値を平均粒径Dとすると該平均粒径Dは0.1μm以下であり、また、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層から、複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Hにおける立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物結晶粒または複合炭窒化物結晶粒の工具基体の表面と平行な面内の粒子幅の平均値を平均粒径Dとすると該平均粒径Dは0.5〜2.0μmであり、さらに、立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物結晶粒または複合炭窒化物結晶粒の平均粒径は、複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層側に向かうにしたがって漸次増加する粒径分布を形成していることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層中に含有される平均塩素含有量は、0.001〜1.0原子%であることを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Lを中心に組成分析を行い、塩素の含有割合を求め、その平均値を平均塩素含有量Cとすると該平均塩素含有量Cは0.02〜1.0原子%であり、また、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層から複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Hを中心に組成分析を行い、塩素の含有割合を求め、その平均値を平均塩素含有量Cとすると該平均塩素含有量Cは0.001〜0.01原子%であり、さらに、複合窒化物または複合炭窒化物層中の平均塩素含有量は、複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層側に向かうにしたがって漸次減少する組成傾斜構造を有していることを特徴とする(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4) 前記工具基体と前記TiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層の間にTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、0.1〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層が存在することを特徴と(1)乃至(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(5) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む上部層が存在することを特徴とする(1)乃至(4)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(6) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により蒸着形成することを特徴とする(1)乃至(5)のいずれかに記載の表面被覆切削工具の製造方法。」
に特徴を有するものである。
なお、本発明の硬質被覆層は、前述のような特徴を有する立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含むものであるが、前記炭窒化物層の下部および/または上部に、公知のTiやAl等の窒化物層、炭窒化物層、酸化物層からなる下部層および/または上部層を形成することによって、さらなる効果を付加することも可能である。
【0014】
つぎに、本発明の被覆工具の硬質被覆層について、より具体的に説明する。
【0015】
TiとAlとSiの立方晶構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物層((Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層)の平均組成:
前記(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層において、Alの含有割合X(原子比)の値が0.55未満になると、高温硬さが不足し耐摩耗性が低下するようになり、一方、X(原子比)の値が0.95を超えると、立方晶構造を維持できず、そのため高温強度が低下し、チッピング、欠損を発生しやすくなることから、X(原子比)の値は、0.55以上0.95以下とすることが必要である。また、Siの含有割合Y(原子比)の値が0.005未満になると、高温硬さが不十分となり、一方、Y(原子比)の値が0.10を超えると、靭性が低下し、チッピング、欠損を発生しやすくなることから、Y(原子比)の値は、0.005以上0.10以下とすることが必要である。また、X+Yの値は、0.955を超えると、相対的なTi含有割合の減少により、靭性が低下し、チッピング、欠損を発生しやすくなることから、X+Yの値は、0.955以下とすることが必要である。
なお、PVD法によって前記組成の(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層を蒸着形成した場合には、結晶構造は六方晶であるが、本発明では、後述する化学蒸着法によって蒸着形成していることから、立方晶構造を維持したままで前記組成の(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層を得ることができるので、Al含有割合が高いにもかかわらず、皮膜硬さの低下が起こらない。
また、前記(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層において、C成分には層の硬さを向上させ、一方、N成分には層の高温強度を向上させる作用があるが、C成分の含有割合Z(原子比)が0.0005を超えると、高温強度が低下してくることから、Z(原子比)の値は、0.005以下と定めた。
また、前記(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層は、その平均層厚が1μm未満では、工具基体または下部層との密着性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20μmを越えると、高熱が発生する高速フライス切削加工や高速断続切削加工で熱塑性変形を起し易くなり、これが偏摩耗の原因となることから、その平均層厚は1〜20μmと定めた。
【0016】
本発明では、前記平均組成を有する(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層において、層全体にわたって均一組成にするのではなく、工具基体側の界面から、表層側に向かって、層中のAl含有割合およびSi含有割合が連続的に増加する組成傾斜構造を形成する。
即ち、工具基体側の界面から、層の内部に0.3μm入った位置Lを中心に組成分析を行い、立方晶構造のTiとAlとSiの複合炭窒化物のAl含有割合およびSi含有割合を求め、その平均値を平均Al含有割合Xおよび平均Si含有割合Y(但し、原子比)とすると、平均Al含有割合Xは、0.55以上0.70以下、平均Si含有割合Yは、0.005以上0.05以下とし、また、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層から、層の内部に0.3μm入った位置Hを中心に組成分析を行い、立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物のAl含有割合およびSi含有割合を求め、その平均値を平均Al含有割合Xおよび平均Si含有割合Y(但し、原子比)とすると、平均Al含有割合Xは、Xより大きく0.95以下、平均Si含有割合Yは、Yより大きく0.15以下とし、複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面から、表層側に向かって、Al含有割合およびSi含有割合が漸次増加する組成傾斜構造を構成する。
このような組成傾斜構造によって、複合窒化物または複合炭窒化物層内には、工具基体側から表層に向かって、その組成に応じた結晶格子定数の違いによる格子ひずみが導入され、その結果として、複合窒化物または複合炭窒化物層の耐チッピング性が向上する。
【0017】
また、本発明では、硬質被覆層に少なくとも含まれる立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)結晶粒の平均粒径について、複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体側の界面近傍ではその平均粒径Dを相対的に小さな値(D≦0.1μm)とし、一方、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層側ではその平均粒径Dを相対的に大きな値(0.5μm≦D≦2μm)とする。
即ち、工具基体側の界面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Lにおける立方晶構造のTiとAlとSiの複合炭窒化物結晶粒の工具基体表面と平行な面内の粒子幅の平均値を平均粒径Dとすると該平均粒径Dは0.1μm以下であり、また、複合窒化物または複合炭窒化物層の表面から、複合窒化物または複合炭窒化物層の内部に0.3μm入った位置Hにおける立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物結晶粒または複合炭窒化物結晶粒の工具基体表面と平行な面内の粒子幅の平均値を平均粒径Dとすると、該平均粒径Dは0.5μm≦D≦2μmであり、工具基体側の界面から表層側に向かって、いわば、平均粒径が漸次増大する層厚方向粒径分布を形成する。
本発明は、前述のような層厚方向粒径分布を形成することによって、工具基体側の界面と工具基体または下部層と複合窒化物または複合炭窒化物層との密着性を高めることができ、また、表層側では、すぐれた耐摩耗性を具備するようになる。
【0018】
また、本発明では、後述するような化学蒸着法によって(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層を蒸着形成するが、この際、反応ガス成分に由来する塩素が層中に含有される。
層中に含有される塩素は、多量(1原子%を超える量)になると層自体の脆化を招くが、0.001原子%〜1.0原子%の範囲で微量に含有されている場合に限り、層の靭性を低下させずに潤滑性を高めることができるため、平均塩素含有量0.001原子%〜1.0原子%の塩素を層中に含有することが望ましい。
さらに、層中に塩素を含有させるに際し、工具基体側の界面から表層側に向かって、平均塩素含有量が漸次減少している組成傾斜構造を形成した場合には、層の耐チッピング性の低下を招くことなく、潤滑性を高めることができる。
具体的には、工具基体側の界面から、層の0.3μm内部に入った位置Lを中心に組成分析を行い、塩素の含有割合を求め、その平均値を平均塩素含有量Cを0.02〜1.0原子%とし、また、表層から、層の内部に0.3μm入った位置Hを中心に組成分析を行い、塩素の含有割合を求め、その平均値を平均塩素含有量Cを0.001〜0.01原子%とし、工具基体側から表層に向かうにしたがって平均塩素含有量が漸次減少するような組成傾斜構造を形成することによって、層の潤滑性、耐チッピング性を高めることができる。
【0019】
本発明の(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層は、例えば、次に述べる条件の化学蒸着法(熱CVD法)によって蒸着形成することができる。
反応ガス組成(容量%):
TiCl 0.5〜2.5%、
Al(CH0〜5.0%、
AlCl 1.0〜10.0%、
SiCl 0.5〜1.5%、
NH 11〜15%、
0〜15%、
0〜1.0%、
Ar 0〜5%
残りH
反応雰囲気温度: 700〜900℃、
反応雰囲気圧力: 2〜7kPa、
前記条件の熱CVD法によって、組成式:(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)で表した場合、平均組成が、0.55≦X≦0.95、0.005≦Y≦0.10、0≦Z≦0.005、X+Y≦0.955(但し、X、Y、Zは何れも原子比)を満足するTiとAlとSiの立方晶構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物層が蒸着形成される。
【0020】
前記化学蒸着法(熱CVD法)によって蒸着形成する(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層について、Al含有割合が、硬質被覆層の表層側に向かうにしたがって漸次増加し、また、層の工具基体側近傍の位置LにおけるAl含有割合XおよびSi含有割合Y(但し、いずれも原子比)が、0.55≦X≦0.70およびを0.005≦Y≦0.05を満足し、また、表層近傍の位置HにおけるAl含有割合XおよびSi含有割合Y(但し、いずれも原子比)が、X<X≦0.95およびをY<Y≦0.10を満足(但し、いずれも原子比)する組成傾斜構造は、例えば、前記反応ガス成分であるトリメチルアルミニウム(Al(CH)および四塩化ケイ素(SiCl)の添加量を蒸着形成の進行とともに調整(即ち、増加)することで形成することが出来る。
【0021】
また、層厚方向粒径分布についても、前述の組成傾斜構造と同様に、例えば、蒸着形成の進行とともに反応ガス成分であるトリメチルアルミニウム(Al(CH)および四塩化ケイ素(SiCl)の添加量を増加することによって、工具基体側の界面から表層に向かうにしたがって、平均粒径が漸次増大する層厚方向粒径分布を形成することができる。
【0022】
さらに、前記化学蒸着法(熱CVD法)によれば、蒸着形成の進行とともに反応ガス成分であるトリメチルアルミニウム(Al(CH)の添加量を増加することから、相対的に反応ガス成分AlClの添加量は減少し、蒸着形成される(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層中の平均塩素含有量は層の工具基体側から表層側に向かうにしたがって漸次減少する組成傾斜構造が形成される。
したがって、例えば、反応ガス成分であるトリメチルアルミニウム(Al(CH)の添加量を、所望の組成傾斜(Al、塩素)とともに、所望のX値、平均粒径、粒径分布、平均塩素含有量等に応じて調整することにより所望の複合窒化物または複合炭窒化物層を得ることが可能である。
【発明の効果】
【0023】
本発明の被覆工具は、化学蒸着法により、立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含む硬質被覆層が蒸着形成され、前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、工具基体側の界面から表層側に向かうにしたがって、Al含有割合およびSi含有割合が漸次増加する組成傾斜構造を有し、また、平均粒径が漸次増加する粒径分布が形成され、さらに、平均塩素含有量が漸次減少する組成傾斜構造を有することによって、すぐれた密着性、潤滑性、耐チッピング性、耐摩耗性を備え、合金鋼や炭素鋼等を高速フライス切削加工や高速断続切削加工等に用いた場合でも、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明被覆工具の硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層の縦断面の概略図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。なお、後述した実施例においては、本発明の特徴点である複合窒化物または複合炭窒化物層の効果が分かりやすいように、硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層のみについて詳述しているが、本発明は、硬質被覆層として後述する複合窒化物または複合炭窒化物層に加えて、公知のTiやAl等の窒化物層、炭窒化物層、酸化物層からなる下部層および/または上部層を形成したものも包含している。
【実施例1】
【0026】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状に成形したWC基超硬合金製の工具基体A〜Cをそれぞれ作製した。
【0027】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状に成形したTiCN基サーメット製の工具基体Dを作製した。
【0028】
【表1】
【0029】
【表2】
【0030】
つぎに、これらの工具基体A〜Dの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表4に示される条件で、表7に示される目標層厚、組成となるように(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層を蒸着形成することにより、表7に示される本発明被覆工具1〜15を製造した。
なお、本発明被覆工具6〜13については、表3に示される条件で、表6および表7に示される構成および目標層厚の下部層および/または上部層を形成した。
【0031】
また、比較の目的で、同じく工具基体A〜Dの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表4に示される条件で、比較例の(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表8に示される比較例被覆工具1〜13を製造した。
なお、本発明被覆工具6〜13と同様に、比較被覆工具6〜13については、表3に示される形成条件で、表6および表8に示される構成および目標層厚の下部層および/または上部層を形成した。
【0032】
参考のため、工具基体BおよびCの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)を目標層厚で蒸着形成することにより、表8に示される参考例被覆工具14、15を製造した。
なお、アークイオンプレーティングの条件は、次のとおりである。
(a)前記工具基体BおよびCを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、アークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って装着し、また、カソード電極(蒸発源)として、所定組成のTi−Al−Si合金を配置し、
(b)まず、装置内を排気して10−2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつTi−Al−Si合金からなるカソード電極とアノード電極との間に200Aの電流を流してアーク放電を発生させ、装置内にTiイオン、AlイオンおよびSiイオンを発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄し、
(c)次に、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−50Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、前記Ti−Al−Si合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、前記工具基体の表面に、表8に示される目標平均組成、目標層厚の(Ti,Al,Si)N層からなる被覆層を蒸着形成し、参考例被覆工具としての参考例被覆工具14、15を製造した。
【0033】
ついで、前記本発明被覆工具1〜15のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層について、平均Al含有割合X、平均Si含有割合Y、平均C含有割合Z、平均塩素含有量、工具基体側の界面近傍の位置Lにおける平均Al含有割合X,平均Si含有割合Y,平均塩素含有量C,平均粒径Dおよび表層近傍の位置Hにおける平均Al含有割合X,平均Si含有割合Y,平均塩素含有量C,平均均粒径Dについて測定した。
なお、具体的な測定は次のとおりである。
まず、ダイヤモンド研磨盤を用い工具基体表面に対し平行に研磨処理し、複合窒化物または複合炭窒化物層の表面研磨面を得た。
蛍光X線分析装置を用い、複合窒化物または複合炭窒化物層表面にスポット径100μmのX線を照射し、得られた特性X線の解析結果から平均Al含有割合X、平均Si含有割合Y、平均塩素含有量を求めた。
また、平均C含有割合Zについては、二次イオン質量分析(SIMS,Secondary−Ion−Mass−Spectroscopy)により求めた。イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向の濃度測定を行った。平均C含有割合ZはTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層についての深さ方向の平均値を示す。
ついで、ダイヤモンド研磨盤を用い工具基体表面に対し垂直な断面を作成し、電子線マイクロアナライザ装置を用い、工具基体側の界面から層の内部に0.3μm入った位置Lをスポットの中心とし、スポット径0.2μmの電子線を照射し、すなわち位置Lを中心とし工具基体側の界面から層の内部に0.2μm入った位置から層の内部に0.4μm入った位置まで電子線を照射し、得られた特性X線の解析結果の10点平均からAlとSiの含有割合XとYおよび平均塩素含有量Cを求めた。
なお、“中心に組成分析を行う”とは、該位置を中心に前記スポット径0.2μmの電子線を照射し、得られた特性X線の解析結果の10点平均を得ることを意味する。また、位置Lにおいて工具基体表面と平行に幅50μmの線Lを引き、線Lの横切る結晶粒数で線Lの幅を除算することにより位置Lにおける平均粒子径Dを求めた。
さらに、複合窒化物または複合炭窒化物層の表層から層の内部に0.3μm入った位置Hをスポットの中心とし、スポット径0.2μmの電子線を照射し、すなわち位置Hを中心とし表層から層の内部に0.2μm入った位置から層の内部に0.4μm入った位置まで電子線を照射し、得られた特性X線の解析結果の10点平均からAlとSiの含有割合XとYおよび平均塩素含有量Cを求め、また、位置Hにおいて工具基体表面と水平方向に幅50μmの線Lを引き、線Lの横切る結晶粒数で線Lの幅を除算することにより位置Hにおける平均粒子径Dを求めた。
また、複合窒化物または複合炭窒化物層の平均層厚は、走査型電子顕微鏡を用い断面測定を行い、5ヶ所の平均値を求め、その平均値を硬質被覆層の平均層厚とした。
さらに、複合炭窒化物層の結晶構造については、X線回折装置を用い、Cu−Kα線を線源としてX線回折を行った場合、JCPDS00−038−1420立方晶TiNとJCPDS00−046−1200立方晶AlN、各々に示される同一結晶面の回折角度の間(例えば、36.66〜38.53°、43.59〜44.77°、61.81〜65.18°)に回折ピークが現れることを確認することによって調査した。
表7に、その結果を示す。
【0034】
ついで、比較例被覆工具1〜13および参考例被覆工具14、15のそれぞれについても、本発明被覆工具1〜15と同様にして、複合窒化物または複合炭窒化物層の平均Al含有割合X、平均Si含有割合Y、平均C含有割合Z、平均塩素含有量、工具基体側の界面近傍の位置Lにおける平均Al含有割合X,平均Si含有割合Y,平均塩素含有量C,平均粒径Dおよび表層近傍の位置Hにおける平均Al含有割合X,平均Si含有割合Y,平均塩素含有量C,平均均粒径Dについて測定した。
また、複合窒化物または複合炭窒化物層の結晶構造についても、本発明被覆工具1〜15と同様にして、調査した。
表8に、その結果を示す。
【0035】
【表3】
【0036】
【表4】
【0037】
【表5】
【0038】
【表6】
【0039】
【表7】
【0040】
【表8】
【0041】
つぎに、前述の各種の被覆工具をいずれもカッタ径125mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1〜15、比較被覆工具1〜13および参考被覆工具14,15について、以下に示す、合金鋼の高速断続切削の一種である乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
工具基体:炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、
切削試験: 乾式高速正面フライス、センターカット切削加工、
被削材: JIS・SCM440幅100mm、長さ400mmのブロック材、
回転速度: 917 min−1
切削速度: 360 m/min、
切り込み: 1.2 mm、
一刃送り量: 0.14 mm/刃、
切削時間: 8分、
表9に、前記切削試験の結果を示す。
【0042】
【表9】

【実施例2】
【0043】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表10に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体α〜γをそれぞれ製造した。
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表11に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.09mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体δを形成した。
【0044】
つぎに、これらの工具基体α〜δの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表4に示される条件で、表13に示される目標層厚、組成となるように(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層を蒸着形成することにより、表13に示される本発明被覆工具16〜30を製造した。
なお、本発明被覆工具19〜28については、表3に示される条件で、表12および表13に示される構成および目標平均層厚の下部層および/または上部層を形成した。
【0045】
また、比較の目的で、同じく工具基体α〜δの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表5に示される条件で、比較例の(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表14に示される比較例被覆工具16〜28を製造した。
なお、本発明被覆工具19〜28と同様に、比較被覆工具19〜28については、表3に示される条件で、表12および表14に示される構成および目標平均層厚の下部層および/または上部層を形成した。
参考のため、工具基体βおよび工具基体γの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表14に示される参考被覆工具29,30を製造した。
なお、アークイオンプレーティングの条件は、実施例1に示される条件と同様の条件を用いた。
【0046】
また、本発明被覆工具16〜30、比較例被覆工具16〜28および参考被覆工具29,30の各構成層の断面を、走査電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表12〜14に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
また、本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29、30の硬質被覆層について、前記本発明被覆工具11〜15の硬質被覆層を構成するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層について、平均Al含有割合X、平均Si含有割合Y、平均C含有割合Z、平均塩素含有量、工具基体側の界面近傍の位置Lにおける平均Al含有割合X,平均Si含有割合Y,平均塩素含有量C,平均粒径Dおよび表層近傍の位置Hにおける平均Al含有割合X,平均Si含有割合Y,平均塩素含有量C,平均均粒径Dならびに結晶構造を実施例1に示される方法と同様の方法を用い測定した。
表13、14に、その結果を示す。
【0047】
【表10】
【0048】
【表11】
【0049】
【表12】
【0050】
【表13】
【0051】
【表14】
【0052】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29,30について、以下に示す、炭素鋼の乾式高速断続切削試験、鋳鉄の湿式高速断続切削試験を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
切削条件1:
被削材:JIS・SCM435の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:360m/min、
切り込み:1.2mm、
送り:0.2mm/rev、
切削時間:5分、
(通常の切削速度は、220m/min)、
切削条件2:
被削材:JIS・FCD450の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:350m/min、
切り込み:1.2mm、
送り:0.2mm/rev、
切削時間:5分、
(通常の切削速度は、200m/min)、
表15に、前記切削試験の結果を示す。
【0053】
【表15】
【実施例3】
【0054】
原料粉末として、いずれも0.5〜4μmの範囲内の平均粒径を有するcBN粉末、TiN粉末、TiCN粉末、TiC粉末、Al粉末、Al粉末を用意し、これら原料粉末を表16に示される配合組成に配合し、ボールミルで80時間湿式混合し、乾燥した後、120MPaの圧力で直径:50mm×厚さ:1.5mmの寸法をもった圧粉体にプレス成形し、ついでこの圧粉体を、圧力:1Paの真空雰囲気中、900〜1300℃の範囲内の所定温度に60分間保持の条件で焼結して切刃片用予備焼結体とし、この予備焼結体を、別途用意した、Co:8質量%、WC:残りの組成、並びに直径:50mm×厚さ:2mmの寸法をもったWC基超硬合金製支持片と重ね合わせた状態で、通常の超高圧焼結装置に装入し、通常の条件である圧力:4GPa、温度:1200〜1400℃の範囲内の所定温度に保持時間:0.8時間の条件で超高圧焼結し、焼結後上下面をダイヤモンド砥石を用いて研磨し、ワイヤー放電加工装置にて所定の寸法に分割し、さらにCo:5質量%、TaC:5質量%、WC:残りの組成およびISO規格CNGA120412の形状(厚さ:4.76mm×内接円直径:12.7mmの80°菱形)をもったWC基超硬合金製インサート本体のろう付け部(コーナー部)に、質量%で、Zr:37.5%、Cu:25%、Ti:残りからなる組成を有するTi−Zr−Cu合金のろう材を用いてろう付けし、所定寸法に外周加工した後、切刃部に幅:0.13mm、角度:25°のホーニング加工を施し、さらに仕上げ研摩を施すことによりISO規格CNGA120412のインサート形状を有する工具基体イ、ロをそれぞれ製造した。
【0055】
【表16】
【0056】
つぎに、これらの工具基体イ、ロの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表4に示される条件で、本発明の(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表18に示される本発明被覆工具31〜40を製造した。
なお、本発明被覆工具34〜38については、表3に示される条件で、表17および表18に示される構成および目標平均層厚の下部層および/または上部層を形成した。
【0057】
また、比較の目的で、同じく工具基体イ、ロの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表5に示される条件で、比較例の(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表19に示される比較例被覆工具31〜38を製造した。
なお、比較例被覆工具34〜38については、表3に示される条件で、表17および表19に示される構成および目標平均層厚の下部層および/または上部層を形成した。
【0058】
参考のため、工具基体イおよび工具基体ロの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Ti1−X−YAlSi)(C1−Z)を目標層厚で蒸着形成することにより、表19に示される参考例被覆工具39、40を製造した。
なお、アークイオンプレーティングの条件は、実施例1に示される条件と同様の条件を用いた。
【0059】
ついで、前記本発明被覆工具31〜40の硬質被覆層を構成するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層について、平均Al含有割合X、平均Si含有割合Y、平均C含有割合Z、平均塩素含有量、工具基体側の界面近傍の位置Lにおける平均Al含有割合X,平均Si含有割合Y,平均塩素含有量C,平均粒径Dおよび表層近傍の位置Hにおける平均Al含有割合X,平均Si含有割合Y,平均塩素含有量C,平均均粒径Dならびに結晶構造を実施例1に示される方法と同様の方法を用い測定した。
表18に、その結果を示す。
【0060】
ついで、比較例被覆工具31〜38および参考例被覆工具39、40のそれぞれについても、本発明被覆工具31〜40と同様にして、硬質被覆層を構成するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層について、平均Al含有割合X、平均Si含有割合Y、平均C含有割合Z、平均塩素含有量、工具基体側の界面近傍の位置Lにおける平均Al含有割合X,平均Si含有割合Y,平均塩素含有量C,平均粒径Dおよび表層近傍の位置Hにおける平均Al含有割合X,平均Si含有割合Y,平均塩素含有量C,平均均粒径Dならびに結晶構造について測定した。
表19に、その結果を示す。
【0061】
【表17】
【0062】
【表18】
【0063】
【表19】
【0064】
つぎに、各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具31〜40、比較被覆工具31〜38および参考被覆工具39,40について、以下に示す、浸炭焼入れ合金鋼の乾式高速断続切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
工具基体:立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体、
切削試験: 浸炭焼入れ合金鋼の乾式高速断続切削加工、
被削材: JIS・SCr420(硬さ:HRC62)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 230 m/min、
切り込み: 0.1mm、
送り: 0.1mm/rev、
切削時間: 4分、
表20に、前記切削試験の結果を示す。
【0065】
【表20】
【0066】
前述した結果から、本発明被覆工具は、立方晶構造のTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層が蒸着形成され該複合窒化物または複合炭窒化物層は、工具基体側の界面から表層に向かうにしたがって、Al含有割合およびSi含有割合が漸次増加する組成傾斜構造を有し、また、平均粒径が漸次増加する粒径分布が形成され、さらに、平均塩素含有量が漸次減少する組成傾斜構造を有することによって、合金鋼や炭素鋼等を高速フライス切削加工や高速断続切削加工ですぐれた密着性、潤滑性、耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する。
これに対して、比較例被覆工具および参考例被覆工具については、いずれも、硬質被覆層にチッピング、欠損、剥離等の異常損傷が発生するばかりか、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0067】
前述のように、本発明の被覆工具は、合金鋼や炭素鋼等を高速フライス切削加工や高速断続切削加工においてすぐれた切削性能を示すことはもとより、各種の被削材の被覆工具として用いることができ、しかも、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化ならびに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
図1