【実施例】
【0017】
正極活物質(正極電極材料)の調製
ボールミル法、ハーディング法、バートン・ポット法等の適宜の方法により、鉛粉を調製する。鉛粉は鉛丹等を含んでいても良く、合成繊維等の補強剤、及びカーボン等の添加物を含んでいても良い。鉛粉にSb
2O
3粉体の形でSb元素を添加した。金属Sbの粉体、Sb
2O
5等の他の酸化物の粉体、あるいはSb
2O
2SO
4、Sb
2(SO
4)
3等の酸化物以外の化合物として、Sb元素を含有させても良い。鉛粉との質量比が4:1となる量の硫酸を鉛粉に加えて混練し、ペースト化した。通常のペーストに比べて硫酸過剰なので、鉛粉は硫酸に均一に分散せず、鉛粉が凝集してダマ状になる部分と、硫酸が主で鉛粉濃度が低い液状部分とが生じた。
【0018】
硫酸量(硫酸自体と水との合計質量)は、20℃における比重が1.02〜1.10の希硫酸の時、鉛粉の質量を1として、例えば0.3以上0.5以下が好ましい。添加したSb元素はダマ状になった鉛粉粒子を取り囲むように偏析することにより、複合粒子を形成すると考えられる。Sb元素を含有させた鉛粉ペーストから、フィルタプレス等により過剰の水分を濾別した後、芯金を包むガラス繊維チューブに充填し、乾燥と熟成とを施して、未化成の正極板とした。なお芯金はPb-Sb-As系合金としたが、組成は任意である。
【0019】
ペーストの密度は充填の容易さと、正極活物質の密度に影響する。そこで、
・ 前記のように、硫酸を濾別し適当な密度に調整した後に充填する、
・ 硫酸の濾別と、充填とを同時に行う、
・ 複合粒子を含まない通常のペーストと練合する、
ことにより、ペーストの密度を調整でき、これによって化成後の正極活物質の密度も調整できる。また最後の手法では、Sb濃度の調整も同時に行える。
【0020】
複合粒子とそれ以外の鉛粉粒子との割合を調整するには、例えば上記のようにして複合粒子を高濃度に含む鉛粉ペーストを作成すると共に、定法により複合粒子以外の鉛粉ペーストを作成し、これらを混合すればよい。また添加するSb量を制御することにより、正極活物質中のSb元素の濃度を、Sb金属換算で、0mass%から0.84mass%の範囲で変化させた。また定法に従った硫酸量で正極活物質ペーストを作成し、Sb元素を偏析させずに、均一に分布させた正極活物質を調製した。さらに充填時の正極活物質ペーストの密度を変えて、正極活物質の密度を変化させた。
【0021】
鉛蓄電池の製造
Sb元素を添加していない鉛粉にカーボン、硫酸バリウム、リグニン、及び合成繊維補強剤を加え、鉛粉との質量比が1:0.2の硫酸でペースト化し、未化成の負極活物質ペーストとした。負極活物質の組成は任意である。負極活物質ペーストをPb-Sb系の格子(組成は任意である)から成る集電体に充填し、乾燥と熟成とを施して未化成の負極板とし、未化成の正極板と共に電槽に収容し、希硫酸を加えて電槽化成を行い、クラッド式の鉛蓄電池(2V-165Ah/5hR)とした。
【0022】
負極活物質の組成、正極活物質及び負極活物質の化成条件等は任意で、クラッド式に代えてペースト式の鉛蓄電池としても良く、またVRLA式か液式か等は任意である。この発明の特徴は、Sb等の異種金属元素の偏析層により、酸化鉛のコアが被覆されている複合粒子を用いる点に有り、他の点は適宜に変更できる。偏析層はコアを完全に覆っている必要はなく、例えば画像上でC字状に見える偏析層のように、一部を除いてコアを覆っているものでも良い。
【0023】
複合粒子
図1〜
図3に、Sb元素の偏析層がある複合粒子を含む、正極活物質の断面での電子顕微鏡写真を示す。
図1は未化成の正極活物質の断面を示し、明るい円形のコアと、コアを被覆する暗い被覆層とを有する複合粒子が見えている。
図2は既化成の正極活物質の断面を示し、明るい円形のコアを暗い被覆層が被覆する複合粒子が見えている。
図2の複合粒子では、被覆層が明るい酸化鉛の層(殻)で被覆されているものが多い。
図1,
図2では、構造が明瞭な複合粒子を選んでマーキングしたが、これ以外にも暗い被覆層によりコアが覆われている粒子が多数見える。
【0024】
図3は化成後の正極活物質の断面を示し、密なPbO
2から成るコアと、その周囲の暗い被覆層(Sb元素の偏析層)と、被覆層を覆う密なPbO
2から成る殻とが見える。なお
図1〜
図3では倍率は85倍である。
【0025】
図4は、EPMAにより測定した、Pb元素とS元素、及びSb元素の分布を示す。図の左の列はSb無添加、中央の列は正極活物質中のSb濃度(この例ではSb
2O
3換算)が0.2mass%、右側の列は正極活物質中のSb
2O
3換算の濃度が0.7mass%である。中央の列と右側の列では、Sbが高濃度に存在する被覆層が見え、その内側にPbのコアが見える。
【0026】
測定法
複合粒子の観察法、Sb濃度の測定法、等を示す。複合粒子は正極板の断面を電子顕微鏡で観察することにより確認でき、Sbの偏析層、鉛酸化物(主としてPbO
2)のコアはEPMAにより観察できる。複合粒子では使用と共に偏析層が分解するので、使用開始前、あるいは開始直後等に、観察することが好ましい。Sb濃度を測定するには、必要であれば充電した後に、正極板から活物質を分離し、水洗と乾燥とにより硫酸を除き、活物質の乾燥重量を測定する。次いで原子吸光やICPにより、例えば標準試料と比較することにより、Sb濃度を測定する。水洗と乾燥とを施した正極活物質に対し、例えば水銀圧入法により求めた細孔容積から、正極活物質の密度が求まる。
【0027】
鉛蓄電池の性能
鉛蓄電池の放電性能を測定した。次いで、30℃の環境下で放電が0.25CA(41.25A)×3h(DOD75%)で、充電が0.18CA(29.7A)×5h(120%)であるサイクル寿命試験を行い、1200サイクル後に0.2CA(33A)の放電容量を測定した。また容量試験の後に電池を解体し、1200サイクル後の正極活物質の強度と活物質の脱落量とを測定した。
【0028】
表1〜表5に、鉛蓄電池の放置性能および電池寿命性能を示す。なおSbは定法により均一に添加する場合と複合粒子を用いて添加する場合の2つの方法で添加し、表1〜表4に示した正極活物質の密度は3.3g/cm
3とした。複合粒子を用いて添加する場合、Sb濃度を0.02mass%以上0.5mass%以下、好ましくは0.04mass%以上0.5mass%以下、特に0.06mass%以上0.5mass%以下とすることにより、鉛蓄電池が長寿命化することが分かった。
【0029】
【表1】
【0030】
【表2】
【0031】
表2の寿命試験後の活物質強度は、複合粒子を生成させずにSbを均一に添加した場合と、複合粒子中にSbを偏析させた場合との、サイクル寿命試験の前後での正極活物質強度を示す。なお正極活物質強度は、正極板に任意の大きさの円柱状の棒(例えばφ1mm)を活物質に押し当て、突き抜けるもしくは亀裂が入るまでに要した最大の力を示す。Sbの偏析層がある複合粒子を用いると、正極活物質の強度の低下を遅くすることができた。なお実施例と同じ濃度(Sb:0.17%)で、Sbを均一に分布させると、初期から強度が低かった。
【0032】
【表3】
【0033】
表3は、Sb添加量と、脱落した正極活物質量との関係を示す。Sbの添加量は金属換算である。なお正極活物質の脱落量は、寿命サイクル試験を行う際に、電槽底部に溜まった沈殿物と、負極板に付着し還元された析出物を集めて水洗の後、乾燥して質量を測定した。Sbの偏析層のある複合粒子を用いると、正極活物質の脱落量が減少するので、正極活物質の密度を低下させることができる。また表3より、Sb含有量の増加と共に脱落量を減らすことができたが、ただし、表1に示したように、Sb含有量には特性上の上限がある。
【0034】
【表4】
【0035】
表4は、Sbを均一に添加した時と、Sbを偏折させた複合粒子として添加した時との、寿命試験終期(1200サイクル後)の5時間率容量比を示している。なお表4、表5では、添加物のSbがなく活物質密度が3.80g/cm
3の従来品を1として、5時間率容量比を示した。いずれのSb添加量においても、Sbを均一に添加した場合よりも複合粒子にSbを偏折させた場合の方が、寿命性能が更に向上した。
【0036】
【表5】
【0037】
表5は、活物質密度と添加剤の添加方法と寿命試験終期の容量との関係を示したものである。Sb無添加の場合には、3.10g/cm
3以下の低密度の極板で顕著な容量低下が確認され、比較ができなかった。Sbを均一に添加したものでは、密度3.10g/cm
3の時に寿命終期の容量は従来品の7割程度に低下していた。これに対して実施例のSb複合粒子添加の場合には、密度3.10g/cm
3の時にも寿命終期まで容量を維持できていた。密度が3.10g/cm
3よりも低い場合、および5.0g/cm
3よりも高い場合は、Sb添加の効果は見られなかった。
【0038】
表1〜表5の結果は、以下の作用を示唆している。
・ Sbは偏析層から徐々に放出される。このためSbの均一添加との差が生じる。
・ 偏析層から周囲の正極活物質中に拡散したSbは、正極活物質粒子間の結合を強化し、正極活物質の脱落量を減らす。
・ 偏析層からSbが周囲に拡散すると、コアの酸化鉛の起電反応への関与が強まる。このことと正極活物質の脱落を抑制できていることとの相乗効果により、放電容量の低下を小さくできる。